後継者問題:キム・ジョンウン氏の素顔(下)

 ジョンウン氏は若くして酒、たばこを好むようになった。たばこが所持できない10代の当時も、大人にたばこをせがんでは吸っていた。藤本氏によると、2000年のある日、招待所(別荘)で指を口に当てる仕草をしながら、「これをしよう」と誘うジョンウン氏(当時17)に「イヴ・サンローラン」のたばこをもらったことがあったという。

 たばこは隠れて吸っていたが、酒は堂々と飲んでいた。金総書記の家族や側近が出席する宴会で、幹部は先を争うようにジョンウン氏に酒をついだ。ジョンウン氏は金総書記が見ている前でそれを飲み干した。

 ジョンウン氏の大胆な性格を物語るエピソードがある。2000年7月に、金総書記一家が中朝国境に近い白頭山招待所に1週間泊まっていた時のことだ。ある日、家族で白頭山(中国名・長白山)の頂上に登ると、ジョンウン氏は藤本氏に歩み寄り、「下山するまで我慢できない」と言い、「藤本、あっちに行こう」と隠れた場所に誘った。尿意を覚えたジョンウン氏は周辺にトイレがなかったため、藤本に一緒に立ち小便をしようと誘ったのだった。白頭山には北朝鮮が金総書記の出生地だと宣伝する「白頭山の密営」があり、山全体が聖地同様だ。藤本氏は「一般住民にしてみれば、どうかしている行動に映っただろう。わたし一人が立ち小便していたら、銃殺されていたはずだ」と話した。

 金総書記はそんなジョンウン氏を、正哲氏よりもかわいがった。その差は兄弟の誕生日を見れば明らかだった。金総書記一家の誕生日祝いの料理を作っていた藤本氏によると、金総書記はジョンウン氏のために毎年盛大な誕生パーティーを開いたが、正哲氏の扱いは異なった。正哲氏の誕生日(9月25日)は末娘、キム・ヨジョン氏の誕生日(26日)と近いという理由で、二人の誕生日祝いを同時に行っていた。

 ジョンウン氏は昨年1月に後継者に内定して以降、最高権力機関の国防委員会に勤務し、重要な政策立案に深く関与してきたとされる。北朝鮮はこの過程で、ジョンウン氏の名前を変えたとの見方がある。元は「金正雲」という漢字表記だったが、それを「金正銀」に変えたという見方だ。韓国大統領府情報秘書官を務めた金正奉(キム・ジョンボン)韓中大碩座教授は「金総書記の業績に影を落とす『雲』よりも、『銀』という文字が三代世襲に有利だと判断したのではないか」と指摘した。

 ジョンウン氏の誕生日も1983年1月8日から82年1月8日に変更された。これは北朝鮮が「強盛大国元年」として宣伝する2012年にジョンウン氏が30歳を迎えるように配慮したためとみられる。12年は金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年に当たるほか、金総書記が古希(70歳)を迎える年だ。金総書記も実際は1941年生まれだが、金日成主席(1912年生まれ)と年の末尾の数字を合わせるため、42年生まれに変更された。

李竜洙(イ・ヨンス)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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