「もっと早くできないのか」
菅直人首相が声を荒らげた。22日からの国連総会出席を前に、尖閣諸島沖の衝突事件で逮捕した中国人船長について、官邸の関係者が「勾留(こうりゅう)期限の数日前には決着がつきそうです」と、起訴が避けられそうだとの感触を伝えた時のことだった。首相は、船長釈放について「検察当局が総合的に考えた」として、関与を全面否定しているが、実際は早期解決を促すような発言をしていたのだった。
首相に伝えられたのは、米ニューヨークから帰国する25日以降、さほど間を置かずに検察当局の判断が出るという見通しだった。中国人船長の勾留期限は29日。その前に局面を変えたいという政権の意向が働いていた。
だが、首相はいら立ちをあらわにして、自らの訪米中にも決着を急ぐよう求めた。ニューヨークで温家宝(ウェン・チアパオ)首相と接触する可能性を残したかったと見られる。結局、那覇地検は24日、船長を処分保留のまま釈放すると発表した。
一報がニューヨークの首相にもたらされたのは、現地時間の24日未明。就寝中に起こされた首相は「ふーん」と答えただけで、特に驚いた様子は見せなかった。
早期決着を促した首相の姿勢は、粛々と国内法を執行するという当初の方針からの明らかな転換だった。
中国人船長を逮捕した判断は、当時は海上保安庁を指揮する国土交通相だった前原誠司外相らの進言を受け入れた結果だった。だが、首相は訪米直前には、電話をしてきた知人に「初動に問題があったようだ」と漏らした。逮捕後に何が起きるのか、もう少し見越すことができなかっただろうか――。そんな首相の心情がにじんでいた。
首相外遊中に緊張回避を模索したのは、留守を預かる仙谷由人官房長官だった。外務省の懸念がそれとなく検察側に伝わるように手を打った。11月中旬に横浜市で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議には、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席の来日が予定されている。それまでに局面を転換しなければならない。
だが仙谷氏は最近、知人にこう漏らしている。「民主党には中国とのパイプがないんだ」。中国側と十分な意思疎通がないまま船長釈放のカードを切ったものの、首相が期待したニューヨークでの温首相との接触は実現できずに終わった。そればかりか、中国側は謝罪と賠償を要求している。
突然の船長釈放について、中国政府関係者は「予想外だった」と明かす。
29日に船長は起訴される可能性が高い――。中国政府内では、19日に1度勾留が延長された際、こうした見方が大勢を占め、すでに対日強硬路線にかじを切っていた。首相に先駆けてニューヨーク入りした中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相は21日、「必要な対抗措置を取らざるを得ない」と発言。中国筋によると、温首相の発言は共産党指導部内の合意を得た上でのことだった。
一度、党の方針が決まれば一気に突き進む。それは、日本側が船長釈放で緊張緩和への局面転換を図ろうとした後でも変わらない。中国政府系シンクタンク関係者は「指導者があれだけ強い調子で批判した直後に、日本の首相と握手できるわけがない。完全な根回し不足だ」と語る。
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