2010年03月25日 (木)アジアを読む 「北朝鮮武器密輸 暗躍する死の商人」
(冒頭V)
(岩渕梢キャスター)
去年12月、タイの首都バンコクの空港で、北朝鮮から到着した貨物機から大量の武器が見つかりました。北朝鮮は国連の制裁決議に違反してイランに武器を密輸しようとしたと見られています。一方、この事件では貨物機に乗っていたカザフスタン人など旧ソビエトの5人が、武器の不法所持などの疑いで逮捕されました。しかし、タイ当局は先月、5人を不起訴処分とし、多くの謎が解明されないまま捜査は終了しました。
▼タイ検察庁広報官
「タイ検察当局は容疑者の不起訴処分を決定した。彼らが持ち運んだ武器はタイとは全く関係がないからだ」。
事件の背景にはカザフスタンの武器商人を黒幕とする旧ソビエトの武器密輸グループの存在が指摘されています。国際的な武器密輸の実態を探ります。
「北朝鮮武器密輸 暗躍する死の商人」
(岩渕)
Q1:ここからは山内聡彦解説委員とともに進めます。この事件はどんなものだったのか簡単にまとめて下さい。
(山内)
A:これは北朝鮮による武器輸出と旧ソビエトの武器密輸グループの暗躍という2つの問題がからんだ国際的な事件です。事件は去年の12月11日、タイの首都バンコクの空港で発覚しました。北朝鮮から到着した旧ソビエト製の貨物機の中から大量の武器が見つかり、押収されました。摘発のきっかけはアメリカの情報機関からタイ政府に、貨物機に北朝鮮製の武器が積み込まれているという情報が寄せられたことでした。押収された貨物は145箱、35トンに上り、石油掘削用の機械などと申告されていました。しかし、実際には携帯型の対戦車ロケット砲や地対空ミサイルなど1800万ドル、およそ16億円相当の北朝鮮製の武器が積み込まれていました。これらの武器は北朝鮮の企業からイランの空港に届けられることになっていました。この事件で貨物機に乗っていたベラルーシ人のパイロット1人とカザフスタン人の乗員4人のあわせて5人が武器の不法所持などの疑いなどで逮捕されました。
(岩渕)
Q2:北朝鮮が武器を不法に輸出していることは以前から言われていましたね。
(山内)
A:北朝鮮にとって経済が悪化する中、武器の輸出は外貨を稼ぐ重要な手段です。これはアメリカの議会調査局がおととし発表した開発途上国に対する武器の輸出状況を示したものです。2000年から2007年までの8年間に北朝鮮は10億ドルの武器を輸出していました。世界の武器の供給国の中で北朝鮮は11位を占めています。こうした中で、国連安全保障理事会は去年6月、核実験を実施した北朝鮮に対して武器の輸出禁止などの制裁決議を採択しました。しかし、北朝鮮は決議を無視してその後も武器の輸出を続けています。去年8月には北朝鮮の武器を積んだイラン向けの貨物船がUAE・アラブ首長国連邦でだ捕されました。去年11月にはアフリカのコンゴ共和国むけの北朝鮮の武器密輸船が南アフリカ政府によって摘発されています。こうした北朝鮮の武器の輸出は東南アジアや中東、アフリカにまで広がっていると見られています。
(岩渕)
Q3:この事件の捜査は結局どうなったのですか。
(山内)
A:捜査は2か月間にわたって行なわれましたが、逮捕された5人は「積荷が武器だとは知らなかった」などと容疑を全面的に否認しました。結局タイ検察庁は先月11日、5人全員を不起訴処分とし、5人は釈放され出国しました。不起訴にした理由について、検察当局は持ち込まれた武器がタイで使われるものではなかったこと、またカザフスタンとベラルーシとの外交関係を考慮したと説明しています。
▼タイ検察庁広報官
「タイ検察当局は容疑者の不起訴処分を決定した。彼らが持ち運んだ武器はタイとは全く関係がないからだ。カザフスタンとベラル-シからタイ外務省に対し、本国で取り調べるために5人を送還するよう要請があった」。
タイ政府は5人を不起訴処分にしたことについてはアメリカ政府の了解も得られているとしています。この結果、誰が武器を発注したのか、どのような目的のために使用しようとしたのかなど詳しいことは解明されず、事件は多くが謎のままに終わりました。
(岩渕)
Q4:事件にかかわった武器密輸グループはどのようなものなのでしょうか。
(山内)
A:これについてはAP通信が詳しい調査報道を行なっています。それによりますと、事件の黒幕はカザフスタンの武器商人アレクサンドル・ズィコフ氏だったと見られています。ズィコフ氏はカザフスタンの航空貨物会社「イースト・ウィング」の社長です。逮捕された5人全員がこの会社の従業員で、貨物機はズィコフ氏の妻が経営するアラブ首長国連邦の航空貨物会社のものでした。旧ソビエトでは連邦崩壊後、アントノフやイリューシンといった多くの軍の輸送機が老朽化したまま放置されました。ズィコフ氏はこうした輸送機に目をつけて航空貨物輸送のビジネスを始めました。そして貨物機を使って世界の紛争地に武器を密売するネットワークを築いたと見られています。国連の調査によりますと、ズィコフ氏はこれまでアフリカのスーダンなどの紛争国に武器を密輸したり、アフリカのソマリアの志願兵をイスラエルとの戦闘が起きていた中東のレバノンに送り込んでいたということです。ただズィコフ氏は今回の事件への関わりは全面的に否定しています。
(岩渕)
Q5:彼らは今回どんな手口で武器の密輸をしていたのですか。
(山内)
A:特徴的なのは武器取引の実態を隠そうとする周到な工作が行われていることです。具体的には2つあります。1つは貨物機の飛行ルートを複雑にしていることです。これは今回の飛行ルートを示したものです。貨物機は去年12月上旬、ウクライナを出発し、途中でアゼルバイジャン、アラブ首長国連邦、タイでそれぞれ給油のため着陸し、北朝鮮で武器を積み込みました。その後、再びタイに給油のため着陸したところで武器を押収されたものです。貨物機はその後、スリランカ、イラン、アラブ首長国連邦、ウクライナを経由して旧ユーゴのモンテネグロに向かうことになっていました。飛行コースは往復で2万4000キロに及ぶものですが、貨物機は老朽化していて、かなり危険な飛行であったと見られています。
(岩渕)
Q6:随分複雑なルートを取っているようですが、もう1つはどんな手口ですか。
(山内)
A同じ貨物機をリースしたり、チャーターするなど手続きを複雑にして所属を隠そうとしていることです。貨物機はもともとアラブ首長国連邦にあるズィコフ氏の妻の会社のものです。この貨物機がまずグルジアの航空貨物会社にリースされ、その後、設立されたばかりのニュージーランドのペーパー・カンパニーにさらにリースされました。そして、この貨物機を香港の航空貨物会社がチャーターするという形が取られました。これらの会社はすべてズィコフ氏と関係のある会社か名ばかりの会社で、会社をいくつも介在させることで取引の実態を隠ぺいしようとしたと見られています。そして、ウクライナでこの貨物機にカザフスタンのズィコフ氏の会社の従業員5人が乗って出発し、遠く離れた北朝鮮に向かったわけです。
(岩渕)
Q7:こうした武器の密輸グループは他にも存在するのでしょうか。
(山内)
A:実は同じタイのバンコクの空港では2年前にも、ビクトル・ブート容疑者というロシア人の悪名高い武器商人が逮捕されています。ブート容疑者は世界最大規模の武器密売のネットワークを運営し、「死の商人」と呼ばれていました。「ロード・オブ・ウォー」という武器密輸の実態を描いた映画がありますが、俳優のニコラス・ケイジさんが扮する主人公の武器商人のモデルはこのブート容疑者です。ただブート容疑者は今回の事件には関係はないと見られています。ロシアのメディアによりますと、世界の武器のヤミ市場を支配している有力な武器商人はブート容疑者を含めてあわせて7人いて、全員が旧ソビエトの出身だということです。ただズィコフ氏はこの中には含まれておらず、武器商人としてはそれほど大物ではないと見られています。こうした武器商人が暗躍するヤミ市場で取り引きされる武器は年間50億ドルから100億ドルにのぼり、世界の銃の4分の1がヤミ市場で売買されているということです。
(岩渕)
Q8:世界に出回っている武器の多くは武器商人が売りさばいたものなのでしょうか。
(山内)
A:武器商人が売りさばくものは一部にすぎません。これはスウェーデンの「ストックホルム国際平和研究所」が今月発表した国際的な武器の取引に関する報告書です。2005年から20009年までの流れをまとめたものですが、世界最大の武器輸出国はアメリカで、世界市場の30%を占めています。第2位はロシアで、上位の武器供給国のほとんどが国連安保理の常任理事国です。一方、武器の輸入国は中国が第1位です。次いでインド、アラブ首長国連邦、韓国などとなっていて、アジアの国々が上位を占めています。武器商人はもちろん非難されるべきです。同時に彼らの行動をその国が事実上黙認し、彼らを利用していること、そして最大の武器商人はアメリカやロシアなどの大国であるという事実を忘れるべきではないと思います。
投稿者:山内 聡彦 | 投稿時間:18:05