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2010-09-27
妥協のやりかたを間違えた尖閣問題のこれから
引き続き、尖閣諸島沖での衝突事件から始まった一連の外交問題についてです。
先の記事で触れたように、今回の件はもともと武力衝突に発展する可能性が極めて低い、外交案件でした。よって日本側が妥協し、船長の身柄を中国に返すことは、どこかの時点でやらざるをえなかったでしょう。
しかし身柄を返す事前準備が不足し、かつタイミングが悪く、しかも形式がまずかったことは日本の失点であり、中国にとってはラッキーな拾い物となったでしょう。中国は今回の件を布石として尖閣諸島の領有問題でゆっくりと押すことが可能になります。そのやり方については南シナ海で起こったことが参考になるでしょう。
なぜ衝突事件がここまで大騒ぎになったのか
今回の事件については「尖閣諸島沖での日中対立について」で触れましたが、再度確認しておきましょう。
今回の騒動は、尖閣諸島の沖で中国の漁船が違法操業をおこなったことから始まりました。海上保安庁の巡視船が退去を勧告したのですが、中国漁船は退去せず、それどころか巡視船と衝突しました。漁船の方から当たってきたようです。この衝突事件が起こったのが9月7日午前のこと。漁船の船長は公務執行妨害で逮捕され、取り調べを受けました。中国政府はこれに猛反発し、日本で拘留されている船長を無条件で解放するよう要求してきました。
なぜ漁船と巡視船の衝突事故からこのようにヒートアップするかというと、衝突の場所が問題だからです。現場は『尖閣諸島』の沖合いでした。尖閣諸島は日本の領土なのですが、中国は「古来からの中国領だ」と主張しています。
もし尖閣が日本領ならば現場は日本領海ですから、海保の行為は正当です。「日本の領海へ中国の漁船が勝手に入ってきて、不法に漁をしようとし、それを注意した巡視船に体当たりしてきた」のですから、まったくとんでもない漁船である、ということになります。
しかし、もし尖閣が中国領だと考えると、事態はまったく違って見えます。これでは「中国の漁船が中国の領海で漁をしていたら、日本の巡視船が入ってきて、中国の漁船を連れ去った」となり、日本はなんという非道なことをするのだ、中国に対する侮辱だ、ということになって善悪逆転です。
このようなわけで衝突事故によって「いったい、尖閣諸島は日本の領土なのか、中国の領土なのか」という問題に火がつきました。
そして先日、日本は船長を中国に送り返しました。検察の判断で起訴を見送った、という形です。検察は判断理由として日中関係を考慮したと述べています。
紛争の可能性は極めて低かった
中国は今回、かなり強硬なことを言って、いろいろな手段で日本に圧力をかけてきました。しかしその一方、中国軍に目立った動きはみられませんでした。中国側はもともとこの件を外交レベルで終結させるつもりであり、武力衝突にまでエスカレートさせる意図がなかったのです。中国海軍少将の発言からもこれは明らかです。(サーチナ 9/19)
楊毅海軍少将は、中国の反応が政治面に止まり、いまだ軍事的行動に出ていないことは、事態の収拾がつかなくなることを考慮して、日本に与えられた猶予である。日本は情勢を正しく判断し、日中の戦略的互恵関係から適切に事態を処理することが、結局は日本自身のためになるとしている。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0919&f=politics_0919_006.shtml:title
この発言に見られるように、中国としても今回は軍を前面に出さず、外交交渉で妥協点をみつけて騒動を終わらせる腹づもりでいたとみていいでしょう。
圧力をかけた中国、譲り方をまちがえた日本
中国は軍ではなく外交や経済で日本に圧力をかけ、妥協を迫りました。これについて元外交官の茂田氏はこう分析されています。
閣僚級接触の停止、レア・アースの対日輸出の9月20日以降の事実上差し止め、日本への観光の抑制、青年その他の民間交流の停止など、対日圧力を加えてきた。温首相は、更なる報復を行うとニューヨークで述べた。更に日本人4名を軍事施設立ち入りの嫌疑で逮捕勾留した。
理不尽な、常軌を逸した対日圧力である。
こういう行為には、報償を与えてはならない。こういう圧力に屈することは、将来に大きな禍根を残す。中国は、日本は圧力をかければどうにでもなる国と考えることになる。それは正常な日中関係を築くことにならない。外交と言う見地からは、好ましくない決定と言わざるを得ない。
……短期的な利益のために妥協をすることは長期的な不利益につながることがある。
尖閣諸島問題(その3) - 国際情報センター - Yahoo!ブログ
茂田氏の書かれているように、中国に圧力に屈した形での妥協は、さらなる圧力を将来に招くことになります。そこで中国のメンツに配慮しつつも、日本側の「領有権問題では譲らないぞ」という明確な態度を伝える形での妥協が望ましいところでした。
妥協の形式はいろいろと考えられます。ひとつには29日の拘留期限まで取り調べを引き延ばし、期限切れだから強制送還する方法です。あるいはもっと早期に釈放して「逮捕した」という実績だけ残して終幕にするか、あるいはもう少し強硬に起訴までいくか、です。これについては元外務官僚で今は衆議院議員の緒方林太郎氏が書いておられます。
処分保留で釈放にするなら、もっと早い段階で恩着せがましくやるべきでしたね。「国慶節もありますから、まあ、人道的見地ということで・・・」ということを精一杯恩着せがましく言った上でやるという選択肢はあったはずです。決してそれがいいとは思いませんが、処分保留であればそれしかなかったはずです。
[あるいは]*1……起訴した後、すぐに裁判をして執行猶予付きの有罪くらいで収まるようにして、中国に送り返せるようにすれば良かったのです(なお、私は司法に介入する意図はありません)。
尖閣諸島(その2)|治大国若烹小鮮 ― おがた林太郎ブログ
同じ船長を返すにしても、こういった手段をとれば日本側のメッセージをクリアに伝えられたでしょう。早期に何らかの名目で釈放しておけば「逮捕した」という実績だけは残りますし、事態は長引きません。起訴までいってから送還したなら、事態は長期化するものの「尖閣は日本の司法が管轄している」ことが極めて明確になります。
ところが、実際に日本が船長を送り返すと決めたタイミングは非常にまずいものだったでしょう。引き続き緒方氏のブログから引用します。
結局、一番「圧力が効いた」と中国に思わせるタイミングで処分保留にしたわけです。これは最悪ですね。
尖閣諸島(その2)|治大国若烹小鮮 ― おがた林太郎ブログ
深夜に大使呼び出されて船員と船を返還し、四人の日本人が拘束・禁輸措置らの圧力がかかった直後に釈放決定と、二回にわたって圧力に屈した形です。
なお付け加えておきますが、ここで問題なのは、屈したこと事態ではありません。低姿勢でいる方が有利ならばいくらでもそうすべきですし、そういう場合もあります。しかしこの場合、前後の状況や南シナ海での情勢から判断して、屈したことで不利になります。
生かせなかった「釈放」カード
日本政府としては、船長が釈放されれば中国側はすぐに矛を収めるだろう、と楽観視していたようです(9/27 読売)。
船長釈放を発表した24日、首相官邸には楽観論が満ちていた。政府筋は「中国の反発は一気にしぼむはず」と語り、首相側近は「この先の中国の動きを見て評価してほしい」と自信たっぷりだった。
だが、事実上の「政治決断」は外務省幹部らにも事前に相談されていなかったため、結果的に「首相らは中国側と落としどころを調整せず、根拠なく事態が収拾すると楽観していた可能性が高い」(外務省関係者)との見方も出ている。
中国強硬、根拠なき楽観論砕かれ手詰まり感 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
確かに中国はもともとこの件を外交交渉で収めるつもりですから、いずれ矛を収めてくるでしょう。船長釈放はそのきっかけになりえるカードでした。ただしそれは「これを落とし所にするということで」と中国側に調整し、納得させた上での釈放です。船長を取り返した中国側は、この際だからもう少し押しておく、という選択をしたようです。(9/25 読売)
執拗(しつよう)なまでの外交圧力をかけてくる中国側には「菅政権にさらに揺さぶりをかければ、一層の譲歩を引き出せる」(外交筋)との読みがある。
中国、強気の対日外交「揺さぶれば一層の譲歩」 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
もっとも、今回の一件に話を限るならば、やはりあまり長期化しないかもしれません。中国の今回の狙いはそう大きなものではなく、どちらかといえば先々のためのテストや布石のためと考えられるためです。
これからの展開は南シナ海に見える
ただし今回の件が収まったとしても、中国は尖閣諸島の領有権問題でより強気に押してくるようになり、ことあるごとに、少しずつ実効支配を固め、日本側の領有権を有名無実にしようとするでしょう。
島の領有権を手に入れ、海洋権益を広げるとき、中国のやり方にはある程度のパターンがあります。まず漁船を送り込み、次に漁業監視船をだし、そのあとに軍艦を送り込み……という風に、徐々に実効支配を進めていくやり方です。
これは南シナ海で昔から見られます。パラセル(西沙)諸島については前述しましたが、同じく南シナ海にある南沙諸島についても同様です。
1992年米軍がフィリピンから撤退したのを見届けたように、95年には南沙諸島東方に所在するミスチーフ礁に漁民避難目的と称して施設を構築。
フィリピン政府は主権の侵害であると抗議したものの、中国海軍の方が優勢であり、中国は抗議を無視して中国艦艇や海洋調査船を派遣。強引に建設作業を行い、鉄筋コンクリートの建物、大型船舶が停泊可能な岸壁及びヘリポート等を建設して実効支配を確立している。
尖閣諸島の次は、沖縄領有に照準合わす中国 上海万博後に軍事行動に出る危険性も JBpress(日本ビジネスプレス)
90年代前半、フィリピンは自国領だと考えていたミスチープ礁に、中国の施設を建設しはじめました。その後、フィリピンは負けじとしばしば不法操業する中国漁民を拿捕しましたが、97年4月には同海域に7隻の中国軍艦艇があらわれるなど、中国海軍の進出が進みました。
中国政府はミスチーフ礁の施設を「漁民の避難施設」だと説明しましたが、当時フィリピンの国防大臣であったメルカド氏によれば「恒久的な軍事プレゼンスを目的とした施設であることは明白である。……中国は徐々に侵略を進めている」(東南アジア月報 1998年8月号 p106)ということです。
南シナ海においてそうしてきたのと同様、東シナ海においても中国はチャンスがあれば徐々に海洋権益の拡張を狙ってくるでしょう。
一歩、また一歩
「まず漁船、次に漁業監視船」と書きましたが、その兆候はすでにある、とみてよいかもしれません。9月27日の読売新聞では次のように報道しています。
尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の日本領海内で起きた中国漁船衝突事件を受けて、中国政府が、同諸島近海で、漁業監視船による自国漁船の護衛とパトロールを常態化させる方針を固めたことが27日、わかった。
中国、尖閣諸島周辺でパトロール常態化へ : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
今回の問題のように、外交問題はどちらか、または双方が妥協しないことには解決できません。ですからどこかで妥協するのは自然なことです。しかしそこにもやり方の巧拙があります。今回、日本側は妥協の仕方を誤った結果、中国側のさらなる前進にGOサインを出してしまったとみていいでしょう。それは徐々に、ゆっくりと進んでいきます。
この記事の参考文献
関連
中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - リアリズムと防衛を学ぶ
*1:[]内は文脈を明示するために補足したもの。原文にはなし
2010-09-24
船長の釈放について
手短に要点だけ書いておきます。尖閣諸島沖で不法操業の上、巡視船に衝突した件で拘留されていた中国漁船の船長が釈放されることになりました。那覇地検の判断です。
沖縄県・尖閣諸島周辺の日本の領海内で、海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した事件で、那覇地検は24日、公務執行妨害の疑いで逮捕、送検されていた漁船の船長セン其雄容疑者(41)を処分保留で釈放することを決めた。
那覇地検は処分保留とした理由を「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」と説明。船長の行為について「とっさにとった行為で、計画性は認められない」と述べた。同地検は釈放時期は未定としているが、近く釈放される見通し。
中国人船長を処分保留で釈放へ 那覇地検「日中関係を考慮」 - 47NEWS(よんななニュース)
今回の事件における中国側の姿勢をみると、少なくとも今回は、本格的に尖閣の領有権を取りに来たわけではなく、先々のために日本側の反応とチャンネルを把握したい、という程度の意図でいたことが推察できます。口では色々と強硬なことを言っても、実際に動かしている手駒は漁船のみで、海軍どころか沿岸警備隊すら盤面に送り出してきていなかったからです。
従って日本側は、何を言われようが粛々として「国内問題で」「司法の管轄なので」と、蛙の面に何とやらの心得で超然としておいて、中国からの圧力に屈するのではない形式で船長を送還して事態を収束させられればほぼベストだったのではないでしょうか。実際、今回の日本政府は珍しく超然とした姿勢をとって、もう少し事態を長引かせてやりそうな気配でした。
菅直人首相は……日中関係については「今いろんな人がいろんな努力をしている。もう少し、それを見守る」と述べるにとどめた。
首相、日中改善「努力見守る」 :日本経済新聞
このまま29日の拘留期限まで引っ張って、期限切れでこれ以上は法的に拘束できないから送還、というのが、考えられる落着点のひとつであったように思います。逮捕を実行することで「尖閣諸島は日本領土であり、その領海は日本の法律が適用される」ということを明確にできたし、アメリカから「尖閣諸島は日米安保の対象」という言質を改めて引き出すなどいくらか収穫もありましたので、なかなか悪くない形でここまではきていました。
しかし今回、那覇地検が処分保留を決めてしまったこと、そしてその理由として「日中関係を考慮」をあげてしまったことは失点だったのではないでしょうか。このあたりの問題については以下のサイトに詳しいので、ご参照頂きたいところです。
尖閣諸島や漁船衝突とは無関係にもかかわらず圧力や影響を受けた省庁や地方自治体、一般企業、マスメディアはどうするだろうか。当然、事態の解決を求めるだろう。
他の省庁から外務省、外務省から国土交通省、本省から海上保安庁・・・、
企業や自治体から地元選出の政治家・事務所へ陳情、政治家から各グループ、各グループから党中央、党中央から政府・・・
そしてメディアは呼びかける「知恵を出して解決を」「冷静に対話を」
そういった有形無形の圧力が「司法」すなわち検察や海上保安庁に直接・間接的に伝わることこそが中国の狙いであり「超限戦」なのである。
……不起訴処分となれば、尖閣諸島周辺海域で不法操業してもよい、取り締まられて抵抗し、海保へ損害を与えても裁判になるほどの犯罪ではない、というお墨付きを与えてしまうことになる。
事実上、尖閣諸島周辺海域から海上保安庁が追い出されることになる。
中国は「超限戦」で海上保安庁を封殺する-蒼き清浄なる海のために
過去の好評記事
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中国との対し方 高坂正尭著「海洋国家日本の構想」 - リアリズムと防衛を学ぶ
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2010-09-22
尖閣諸島の死角
昨日公開した記事「尖閣諸島沖での日中対立について」は、はてなブックマーク、ライブドアBLOGOS、Yahooトピックスで大きなご反響を頂きました。ありがとうございます。
今回は補足的に尖閣諸島の防衛について1点だけ補足です。尖閣諸島の警備体制についてです。
今回の事件がひとまず沈静化したなら、できるだけ早めに尖閣諸島の警備体制を強化する必要しておくべきでしょう。それは尖閣諸島の実効支配を確かにして、同様の事件の再発を防止するとともに、また事件が発生した際にすばやく、的確な対応をとれるようにするためにも、海保・自衛隊双方について警備体制の強化が課題となります。
海保による警備
尖閣諸島では以前にも中国の海洋調査船の侵入を許すなど、色々な事態が発生しているため、海保の警備能力の向上がはかられてきました。しかしまだまだ十全とは言い難いようですし、有事をにらんだ自衛隊の警戒体制についても同様です。
海上保安庁による尖閣諸島警備は、現在どのように行われているのでしょうか? 著名で信頼性の高い軍事サイト「北大路機関」様の解説によると「現時点では警備救難体制の空白地帯といわれるほどで、巡視船が常時展開している程度である」とのことです。具体的には海保石垣島基地の航空部隊と、ヘリコプター搭載の大型巡視船(PLH型)2隻の常時配置で警備されているそうです。
仮にこれを抜本的に強化するなら、どのような施策が考えられるでしょうか? 沿岸警備隊の専門サイト「蒼き清浄なる海のために」様によれば、例えば下記のような手段が考えられるそうです。
上空からの監視能力強化
・長時間滞空が可能なUAV(USCGがグローバル・ホーク、USCBP米国勢間国境警備局がプレデター及びエルメスを導入)
尖閣諸島、特に魚釣島に監視機材を設置
・対水上レーダー施設(国内では一部の原子力発電所の警備で海保が陸上に設置された対水上レーダーを使用している)
・陸上設置型レーザーレーダー(ODAでマラッカ海峡警備用にインドネシアへ提供)
・陸上設置型水中セキュリティセンサー(海保が東大と共同開発に成功。洞爺湖サミット警備で使用)
海保警備の死角と対策-蒼き清浄なる海のために
自衛隊による警戒
また尖閣諸島の警戒態勢については、自衛隊にも強化すべき…というか、いま空いている穴を埋めるべきポイントがあるようです。もと空自幹部の久遠数多さんによれば、尖閣諸島をふくむ南西諸島先端部の防空体勢には懸念があります。
それよりも更に問題なのは、与那国だけでなく、尖閣上空なども含めて「見えないし、間に合わない」と言う事です。
言うまでもなく、これは与那国に一番近いレーダーサイトが宮古島であり、スクランブル発進する飛行場が那覇だということです。
レーダーサイトが遠すぎるため、高高度でも近くに来てからでなければ見えないし、低高度であれば全く見えません。
レーダーサイトの情報を元にスクランブル発進させる基地は、宮古島よりも更に更に遠い那覇です。
対比の例としては北方領土を挙げる事ができます。
北方領土では、千歳は遠いものの、レーダーサイトは根室と網走にあり、上空は非常に良く見えてます。
与那国島上空のADIZ再設定は大したニュースじゃない: 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感
とのことで、レーダーサイトの建設や、また現在検討が進んでいる先島諸島への自衛隊部隊の駐屯を含め、警戒態勢の強化が求められるでしょう。わけても具体化が進んでいる「与那国島への陸上自衛隊の配備」については、また改めて書きたいと思います。
お勧め文献
尖閣諸島、先島諸島などの島々でもしも紛争が起こった時のために新設された自衛隊の「西普連」を取材した本です。
関連記事
中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - リアリズムと防衛を学ぶ
2010-09-21
尖閣諸島沖での日中対立について
尖閣諸島沖での中国漁船と海保巡視船の衝突事件について、遅まきながら見解をまとめておきます。
この事件は単なる衝突事件にとどまらず、事件の背景となっている尖閣諸島の領有権をめぐる日中対立につながっています。
今回のいきがかり上、中国は強硬な態度をとっています。日本側に譲歩を迫るとともに、領土問題の存在を国際社会にアピールしたい考えです。日本側はアメリカをはじめ国際社会を巻き込みながら、押し負けないことが必要でしょう。
下手な譲歩の仕方をすると、円満に収まるどころか、漁船の次は漁業監視船、島への上陸と次々押されてしまうことが目に見えています。なぜなら漁船の違法操業からスタートして徐々に実効支配を進めるのは、南シナ海でも行われている中国の常套手段だからです。
事件はどのように起こったか? ざっくりしたあらまし
衝突事件が起こったのは9月7日午前のことです。日本領海で違法操業していた中国の漁船が、海上保安庁の巡視船に衝突しました。漁船の乗員は海保によって逮捕されました。これだけなら「違法操業のうえ、衝突事故までやった漁船が逮捕された」という国内司法の問題でおさまります。
しかし、その衝突があった場所が問題です。現場は『尖閣諸島』の沖合いでした。尖閣諸島は日本の領土なのですが、中国は「古来からの中国領だ*1」と主張しています。もし尖閣が日本領ならば現場は日本領海ですから、海保の行為は正当です。
しかし、もし尖閣が中国領だと考えると、事態はまったく違って見えます。これでは「日本の海上保安庁が中国の領海に入ってきて、中国の漁船を逮捕して連れ去った」という全く非道な話になります。また違法操業についても、そこは中国の領海なのだから漁は合法だ、なのに日本が妙な難癖をつけてきたのだ、ということになって善悪逆転です。
このようなわけで衝突事故によって「いったい、尖閣諸島は日本の領土なのか、中国の領土なのか」という問題に火がついた形です。
顔を潰された中国政府
中国政府は1970年代から「尖閣諸島は古来から中国の領土だ」と国内外に主張してきました。1969年に「近くで石油がとれるかもよ」という報告がでたのがきっかけと見られています。
以来、何十年も「あそこはうちの領土だ、領海だ」と言ってきた海で、自国の漁民が他国に逮捕されました。しかも長期間取調べを受けています。中国政府の面目は丸つぶれです。
自分の主張を守るため、またその主張を信じている自国民の手前、中国政府は強硬な態度にでました。日本の大使を4回も呼びつけて抗議し、逮捕された船長の即時釈放を求めます。
中国の国内世論も反応し、反日ムードが高まったようです。天津にある日本人学校で窓ガラスが割られた上「中国人民は侵犯を許さない」と落書きがされました(産経9/13)。また警視庁のウェブサイトへのサイバー攻撃が行われ、こちらも中国からのものと見られています(読売9/17)。
日本へ強硬な態度をとらないと、「政府は腰抜けだ」ということでこの反日のエネルギーが中国政府自身に矛先を変えかねません。
証拠のビデオがでても揉め事は終わらない
また中国政府は衝突事故の調査にも反対しました(読売9/12)。
巡視船と中国漁船の衝突を漁船を立ち会わせて再現させたことについて、中国外務省の姜瑜(きょうゆ)副報道局長は同日、談話を発表。
その中で、「いかなる形式のいわゆる調査を行うことに断固反対する。証拠集めは無効で無駄であり、事態をエスカレートさせる行為の停止を要求する」と語って抗議の意を表明した。
巡視船と衝突再現、中国「証拠集めは無駄」 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
その後、巡視船が撮影していたビデオによって、衝突の原因は中国漁船にあるとわかりました。中国漁船はわざと体当たりしてきたのです(NHK9/18)。
漁船は進路を変えずに一定の速度で走っていた巡視船に斜め後ろから近づき、大きくかじを切って衝突する様子が現場で撮影されたビデオに映っていたことがわかりました。海上保安庁は、漁船が故意に巡視船に衝突したことを裏付けるものとして、さらに詳しく調べています。
“故意に衝突”ビデオで裏付け NHKニュース
このような境界線付近での事件・事故では国同士で「むこうが悪い」「いや、先に手を出したのはそっちだ」という言い合いになりがちです。だから海保などの沿岸警備隊は、後で証拠になるビデオを撮影しておきます。今回はそれが役に立ちました。
しかしハッキリした証拠がでたところで、揉め事が片付くわけではありません。そもそも事件・逮捕の場所が中国領海なのか、日本領海なのかという対立があるからです。中国側の主張をとるならば、事件現場に日本の巡視船が入ってきていること自体がそもそも不法だからです。
海保の数では手に負えない――中国漁船の浸入が増加
今回の事件の直接原因は、中国の漁船団が日本の領海で違法操業したところから始まりました。沖縄タイムスの報道(9/9)によれば、中国漁船の違法操業は大規模で、去年に比べて増えています。その数は多く、海上保安庁の手に余るほどだそうです。また現地の市長や、漁業組合の代表者は日本政府に毅然とした対応を求めています。
■「手に負えぬ」
今年8月中旬には1日で最大270隻の中国漁船が確認され、そのうち日本の領海内に約70隻が侵入していた―。この数に、関係者は「とても海保だけで手に負える数ではない」と吐露する。
11管によると、ことし8月から尖閣諸島周辺海域で中国船籍と思われる漁船が増加。巡視船と中国漁船が衝突した7日には160隻ほどの中国船籍とみられる漁船が同海域で確認され、そのうち30隻が日本の領海内に侵入していた。……
■国の対応要望
尖閣諸島を行政区に含んでいる石垣市の中山義隆市長は「違法操業の疑いがあるとなれば遺憾に思う。尖閣諸島は日本の領土であり、市の行政区域。海保、国にはしっかりと対応してほしい」と求めた。
八重山漁協の上原亀一組合長は「(同海域には)実態として外国の漁船が入り込んでいるため、国は黙認せず、毅然(きぜん)とした態度で取り組んでほしい」と要望した。
沖縄タイムス | 尖閣に中国船1日270隻 石垣市民、不安高まる
海上保安庁は財政悪化の余波もあり、巡視船の老朽化が著しく、そのうえ広大な日本領海・排他的経済水域に対して船の数がそもそも少ないという問題があります。更新ペースの加速、定数と人員の増加も検討せねばならないでしょう。
「漁船を解放しなければ、撃つ」 中国の漁業監視船の脅迫
漁船の浸入は、中国の海洋政策の一部です。南シナ海らでも中国はベトナム、インドネシアらと海洋問題でもめています。そこでは明らかに漁船が中国政府の尖兵として使われています。
2010年の6月、インドネシア領のラウト島から約105キロの地点で、中国の準・軍艦とインドネシアの軍艦がするどく対立する事態が起こりました。6月22日にインドネシアの排他的経済水域(EEZ)で、中国漁船10隻が違法操業を行ったのが発端です。
漁船がインドネシアによって拿捕されると、中国の『漁業監視船』が機銃を向けて「拿捕(だほ)した中国漁船を解放しなければ攻撃する」としてインドネシアの警備艇を脅しました。
この『漁業監視船』は、所属こそ海軍ではありませんが、もと軍艦です。排水量4450トンの軍艦を改造し、ペンキを白く塗りなおして警備に使っています。もと軍艦の武装を活かして、自国の漁船を護衛しているのです。
毎日新聞が入手した現場撮影のビデオ映像によると、中国監視船のうち1隻の船首付近には漢字で「漁政311」の船名がある。……漁業を統括する中国農業省の所属で、船体色こそ白だが、どっしりと洋上に浮かぶ姿は正に軍艦だ。
……ファイバー製の警備艇は被弾すればひとたまりもない。やむなく漁船を解放したという。中国監視船は5月15日にも拿捕漁船を解放させていた。「武装護衛艦付きの違法操業はこれが初めて」(インドネシア政府当局者)だった。
(7/26 毎日新聞 「中国:武装艦で威嚇「拿捕の漁船解放せよ」 一触即発の海」)
このときは漁業監視船の「撃つぞ」という脅迫に負け、インドネシア側がやむなく違法漁船を解放しました。もし交戦に入れば警備艇程度ではたちうちできない上、こうも強硬に脅されたのでは仕方がなかったのでしょう。
中国はこういった漁業監視船をさらに建造し、南シナ海での海洋権益を拡張しようとしています。古い軍艦の転用ばかりでなく、専門船の新造にも着手しています(読売9/17)。
中国農業省は西沙(パラセル)諸島周辺での漁業管理を強化するため、同諸島に常駐させる漁業監視船の建造に着手した。……監視船の全長は約56メートル、最高速度18ノット、航続距離2000カイリという。農業省高官は同通信に「西沙海域での漁業管理と主権保護の任務が日に日に大きくなっている」と述べた。
中国が西沙諸島に常駐監視船、実効支配強化へ : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
現在、尖閣諸島沖合いなどの東シナ海では、ここまで事態が加熱してはいません。今回の尖閣沖の事件において中国の漁業監視船はおとなしく引き上げました。しかし将来また事件があれば、軍艦に準じる武装をもった監視船の投入や、「中国漁船を解放しなければ撃つ」といった脅迫がありえることを、日本も念頭においておく必要があるでしょう。
漁船は海洋戦略の尖兵
もと外交官の茂田氏の分析によれば、今年6月のインドネシア沖の事件は「中国が南シナ海や東シナ海で、海軍の退役艦艇を改造した漁業監視船を派遣しつつ、漁船を“先兵”として使っていることを裏付けている」とされています。また、こういった場合のやり口にはパターンがあるそうです。
中国のこういう場合のやり方には一つのパターンがあり、漁船を送り込む、その後、武装した監視船や海軍艦船を送り込むというものである。
尖閣諸島問題 - 国際情報センター - Yahoo!ブログ
そうやって段階的に、その海は中国が事実上利用している、という状態を作っていくわけです。こう書くとなんだかえらくアクドイやり口のように思われるかもしれませんが、海洋権益の拡張にはきわめて効果的な手段です。中国の権益を増やすという立場からすれば合理的、当たり前の営業活動だといえるでしょう。
実効支配の確立と、国際的なアピールが必要
まず漁船、次に漁業監視船、さらには島への上陸と、だんだんと実質的な支配を確立していくやり方は、領域紛争において効果的です。海洋政策研究財団の寺島紘士氏のブログによれば、係争地域が自国領として認められるか否かについては、その国がその領域の主権を実際に握っているかいなかが重要になるといいます。
国際裁判における領域紛争の解決においては「領域主権の継続的かつ平穏な表示は権原に値する」という見解が支配的という。国家が係争地域において実効的に展開する主権者としての活動が、先占等の領域主権の取得方式に優越する決定要素である(信山社「プラクティス国際法講義」p196)
尖閣諸島領海における中国漁船の違法操業について考える-海洋政策は今 寺島紘士ブログ
よって日本側としても尖閣諸島およびその周辺領海の実効支配を維持し、固めていくことが大事でしょう。ただし火に油を注いでも損ですから、さしあたっては違法操業を引き続き万全に取り締まれる体勢を維持することからとなるでしょう。また「尖閣諸島には領土問題が存在する」ということが国際的に認識されるだけでも、日本にとっては損です。よって中国に対してだけでなく、他国に対しても日本の立場の説明、アピールを行っていくことが望ましいといえるでしょう。
(9/22追記)
補足記事を書きました。
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2010-09-13
反攻作戦ストロングハート ―ヨム・キプール戦争の決着
このシリーズでは1973年に起こったヨム・キプール戦争(第四次中東戦争)をとりあげています。今回は戦争を決着に導いたイスラエルの反撃作戦をとりあげます。
ヨム・キプール戦争の展開
ヨム・キプール戦争はエジプト・シリア軍による奇襲ではじまりました。イスラエルは「エジプトが攻めてくるなんてあり得ない」とたかをくくっており、戦争勃発の兆候に気付いていながら、それを見過ごします。戦争が始まると気付いたのが、開戦のわずか10時間前でした。目の前で数十万の敵軍が動いていても「何かの間違いだ」「本気ではないだろう」と都合のよく考えた結果、奇襲を受けてしまったのです。
エジプト軍はスエズ運河を東へ渡り、イスラエルが支配しているシナイ半島になだれ込みました。イスラエルの戦車を対戦車ミサイルで、戦闘機を対空ミサイルで叩き、大ダメージを与えます。イスラエル空軍は全般的には優勢でしたが、しかし決戦場となったスエズ運河付近でだけは、一時的に航空優勢を失ってしまいます。
しかしイスラエル陸軍は戦車と歩兵を組み合わせて、対戦車ミサイルへ対抗策をつくりあげました。そしてやがて反撃作戦が模索されます。こんどはイスラエル軍がスエズ運河を西へ渡河して、エジプト領に逆襲をかけるのです。
イスラエルの構想と専守防衛、および「あしたのジョー」
逆渡河は、もともとイスラエルの構想にありました。スエズ運河という天然の防壁をもつとはいえ、守ってばかりいたのでは敵に主導権を握られ、翻弄されてしまいます。最善の防御は攻撃であり、戦闘はできるだけ敵の領土内で行うべきです。ですから敵の渡河部隊を防いだ後は、こちらから逆渡河して反撃し、敵を講和に追い込む構想でした。
我々が西岸に逆渡河し、そこで敵の主力を撃滅して初めて、戦争に決着をつけることが可能となる。…これに疑念をさしはさむ人は、文字通りひとりとしていなかった。(p116 アダン)
なお日本の場合、海という天然の防壁をもつとはいえ、ひたすら守るだけ、という構想です。敵領土へ逆襲をかけることは禁じられています。そのため敵国は防御を心配をせず、ひたすら攻撃に集中できます。戦いは常に日本国内で行われるので、国民の生命や財産への打撃は極めて大きなものとなります。
ボクシング漫画「明日のジョー」の矢吹丈の得意は「ノー・ガード戦法」です。敢えて無防備になって敵のパンチを誘います。ですがこれは罠です。敵がパンチを打ってくれば、すかさず必殺の反撃、クロス・カウンターをかけて一撃で倒す、という戦法です。
これに対し日本の専守防衛はいわば「ガード・オンリー戦法」です。矢吹丈と違い、ガードを固めて敵のパンチは防ぎますが、しかしずっとガードしているばっかりです。敵のボディへの反撃はしません。敵が組み付いてくれば引き離すけれども、こちらから積極的に攻めてKOを狙うことはありません。それは禁じられています。
このように守っているだけでは、敵が疲れ果てて諦めるまで延々と戦争が続いてしまいます。そこで敵を挫折させ、講和に追い込む反撃が必要なのですが、これはアメリカ軍に任せることにしています。自衛隊が盾、アメリカ軍が矛です。これが日本の防衛戦略「専守防衛」です。
盾も矛も自分でやるイスラエルは、敵領に反撃をかけて敵の意図を挫くことで、エジプトを和平交渉に追い込まねばなりませんでした。
ストロングハート作戦
イスラエルの逆渡河作戦は、エジプト軍の対空ミサイルを排除するとともに、大規模な包囲を行う大胆なものです。簡単な図にすると、こうです。エジプト軍はスエズの西岸に対空ミサイルを多数置いて航空優勢を確保し、東岸に二個軍を上陸させました。
このエジプト二個軍の間、中央部分にわずかな隙があること、イスラエルは気付きました。そこでこの中間を突破し、西岸に上陸部隊を送ることを考えました。上陸部隊は西岸の対空ミサイルを排除し、東岸のエジプト軍の後方を遮断します。成功すれば一挙に戦局を逆転する、大作戦です。
しかしこの作戦には大きな問題があります。西岸にはまだエジプト軍の機甲師団(戦車を中心とする重装備の大部隊)が残っています。突破・渡河作戦が成功しても、せっかく上陸した部隊はこのエジプト機甲師団によって頭を抑えられかねません。そうなると敵を包囲するどころか、渡河したイスラエル軍の方が敵中に包囲されてしまいます。そのためイスラエル軍はこの反撃をためらいました。
なお日本の陸上自衛隊の役割はこの時の西岸にあったエジプト機甲師団に近いものがあります。外国が日本へ上陸作戦を計画する場合、陸上自衛隊が十分な戦力を持っていれば、これを打倒できるだけの大規模な上陸船団を送らねばなりません。すれば実行は難しくなり、かつ自衛隊が上陸船団を海上で捉えて打撃を与えることも可能になってきます。陸上戦力は最終的な抑止力として、上陸作戦のハードルを上げる効果を持っているのです。
砂漠の戦車戦
イスラエルが逆渡河・反撃を検討し、しかし西岸に残っているエジプト機甲師団のために躊躇っていたまさにその時、イスラエルの情報機関モサドが重大な情報をつかみました。エジプト首都に潜んでいたスパイからの情報によれば、エジプトは西岸の機甲師団を東岸に渡河させ、攻勢をもくろんでいる、というのです。
恐るべき危機でしたが、しかしこれを乗り切れば反撃の展望が開けます。スエズ東岸へ渡河したエジプト軍主力を撃破すれば、西岸への上陸作戦のリスクは大きく下がるからです。
エジプト軍は400〜500両もの戦車を一挙に投入し、東岸で大規模な攻勢にでました。イスラエルに追い詰められたシリアが、エジプト政府をせっついたためです。
対するイスラエル軍は高台の稜線で待ち構え、戦車と対戦車兵器で猛射を加えて、エジプト軍を次々に撃破していきました。わずか1日で150両〜250両の戦車が撃破されたといいます。さらにはイスラエル空軍も、対空ミサイルの傘から外に出た敵に対して対地攻撃を行います。エジプト軍の攻勢は、こうして完全に失敗しました。
一方のイスラエル軍はこの日の戦果を受け、渡河反撃を固く決意したのです。渡河作戦は「ストロングハート」と名付けられました。
「粛々、夜河を渡る」
イスラエルの逆渡河作戦は、15日の太陽が沈んだ直後、夜襲で始まりました。東岸エジプト軍の中央部分を、夜に乗じて突き破るのです。これに参加した将軍の一人は「何度も戦争を体験したが、この夜ほど固唾を飲む日はなかった」と後に述べました(p379 ラビノビッチ)。
夜を徹する激戦でエジプトの防衛線に穴をあけ、運河までの道を切り開きました。そして道路を確保し、渡河橋をかけ、部隊を移動させて、ついに大規模渡河を敢行。17日夜に渡河したアダン師団長は、そのときの様子をこう書いています。
私はいささか興奮の態で、マイクをとると隷下部隊に伝えた。
”待ちにまった瞬間が遂にやっていた。我々は只今よりアフリカに渡る。目の前には素晴らしい橋がかかっている。諸士の迅速なる到着を待っているのだ”
私がそこまて言ったとき、私の膝に何か固いものが触った。ゼルダ(APC)の中からである。のぞきこむと、操縦手のムウサが私を見上げていた。
”将軍、ウイスキーを一杯いかがですか、瓶はあいています”
と彼は言った。これぞまさしく戦友である。私は瓶を高くかかげると、搭乗兵全員に聞こえるように大声で言った。
”アフリカ突入のために! 諸君、長い道のりだった。我々が敵を叩き潰すのに、長い時間はかからぬだろう。レハイム!”(レハイム=…乾杯の意)。
ウイスキー瓶は手から手へと回っていった。ゼルダの車内は意気大いにあがった。それから私は軍司令部に連絡し、いささか美文調で、余はすでにアフリカに在り、部隊粛々として夜河を渡るなどと伝えた。(p211 アダン)
イスラエル軍は運河まで切り開いた補給線を守りつつ、次々に主力を西岸に渡していきます。これによってエジプトの対空ミサイルは撃破され、あるいは後退しました。するとイスラエル空軍がその空域に進出し、地上部隊を存分に支援できるようになりました(p229 アダン) まず陸軍が進んだ結果、空軍も進めるようになり、すると陸軍はさらに前進可能になったのです。
イスラエルの渡河作戦は成功し、エジプトはこのままではシナイ半島へ渡河した第三軍が包囲殲滅されることを知りました。
停戦への動き
東岸のエジプト軍は退路を遮断され、その運命は風前のともしびとなりました。完全に殲滅される前に停戦にもちこむ他、もはやエジプトに道はありません。
また、米ソからも停戦圧力がかかります。ソ連はエジプト、アメリカはイスラエルを支援していました。もしエジプトが負けそうになればソ連はこれを支え、アメリカはそんなソ連に対抗するために直接介入を迫られ、米ソ対決になりかねないのです。それを避けるためにも、22日、ニューヨークの国連安保理で停戦決議がだされました。アメリカのキッシンジャー国務長官がソ連へ、次いでイスラエルへと飛び回って調停にまわります。
イスラエルはエジプト・シリアの攻撃を跳ね返したところであり、エジプトはシナイ半島にまだ軍を残しています。この辺りが妥協可能なポイントだ、とキッシンジャーは考えました。
エジプト、イスラエル双方はそれぞれ交渉のカードを持っている。イスラエルは第三軍を包囲しさらに西岸に進出しており、エジプトも東岸に橋頭堡を有している。つまり、双方とも取引材料を手にしているから、交渉の望みはある。
(p273 「図解中東戦争」 ハイム・ヘルツォーグ)
停戦交渉の焦点はエジプトの第三軍です。第三軍はイスラエル領のスエズ東岸を占領しています。しかしすでに包囲下にあり、このまま戦争が継続すれば殲滅されるに違いありません。
第三軍が殲滅されればイスラエルの完勝、エジプトの敗退が誰の目にも明らかになります。・・・しかし、それではうまくない――と、停戦の仲介にあたるキッシンジャーは考えました。痛み分けの形で停戦にするのが最も望ましいと考えたのです。
政治の道具としての戦争
こうした外交上の思惑が飛び交い始めた頃、戦場では未だに戦いが続き、砲弾が飛び交い、将兵が傷ついていきました。スエズ東岸で戦っていたエジプト軍のナデー軍曹は、当時の日記にこう記しています。
「私は、ベートーベンの交響曲第三番、英雄を聞いているような気持ちがする。勇気がこんこんと湧く。
今日、我々はムーサンの誕生日を祝った。二十七歳だ。そして我々は一日中……争っている。
砲弾が爆発するたびに、砲弾もろともばらばらになりたいと願う。
神が死なせて下さらぬ。
戦争ほど、この世で汚いものはない」
(ナデー軍曹の日記 「ヨムキプール戦争全史」p425-425)
戦場の形勢を支えているのはこうした将兵の名状しがたい労苦でした。交渉の席において、それはカードとしてつかわれます。まさしく戦争は、異なった仕方でする政治の継続です。戦場で流される血も汗も、ことここに至れば、政治のための道具に他ならないのでした。
こうして主たる戦場は、砂漠から執務室へと移りました。現下の戦況を利用して、いかに都合のよい条件を勝ち取り、自国にとって望ましい戦後を形成するかという、言葉の戦いが始まりました。
十月戦争シリーズ
なぜ戦争に気づかなかったか ヨムキプル戦争1 - リアリズムと防衛を学ぶ
「戦車の限界」 ヨムキプル戦争2 - リアリズムと防衛を学ぶ
「空軍だけでは戦争に勝てない理由」 ヨムキプル戦争3 - リアリズムと防衛を学ぶ
戦車と装甲車はどう違うのか? ヨムキプル戦争4 - リアリズムと防衛を学ぶ