上記当事者間の貴庁【平成22年(ワ)第29430号】損害賠償請求事件について、被告は、次のとおり、移送の申立てをする。 平成22年8月26日 東京地方裁判所民事第5部 民事第5部合議B係 御中 記 申立ての趣旨 本件の申し立て事件を、 名古屋地方裁判所に移送する。 との決定を求める。 申立ての理由 1)事件の発端は、被告の企画「タップなごやプロジェクト」であり、ことの舞台は愛知・名古屋地区で執り行われたもので、名古屋地区で争うのが筋というもの。配信サイトのサーバーが東京にあるから東京地裁で、という原告側の理屈はこじつけである。もしそんな理由が通るなら、サーバーが海外のものなら海外で争わなければならなくなってしまう。 2)財力のある組織でも団体でもない、一個人に過ぎない原告が、御庁への出頭に要する時間的・経済的負担は甚大である。一方、被告は日本各地に支店の住所があり、地方への移送による損益がない。 3)よって、被告は名古屋地方裁判所の移送することを求めるため、本申立てをする。 当事者の公平を図る必要性から、本件は管轄裁判所である名古屋地方裁判所に移送するのが相当だというべきである。 |
東京地方裁判所民事第5部 民事第5部合議B係 御中 原告代理人弁護士 松田隆次 1 被告が移送を申し立てる理由 被告は、平成22年8月26日付け移送申立書により、「御庁への出頭に要する時間的・経済的負担は甚大である。一方、原告は日本各地に支店の住所があり、地方への移送による損益がない」などとして、名古屋地方裁判所への移送を申し立てるものである。 2 本件事案について 本件は、被告が、インターネットを介して、プロバイダーから提供されたサーバーのディスクスペースを用いて開設した「名古屋ケーキバイキング・アラモード」と称するホームページにおいて、「日本ユニセフ協会及びTAP PROJECTには応じないで下さい」と題して、「日本ユニセフ協会の詐欺行為同然の悪徳ビジネス」、「日本ユニセフ協会のような悪質な詐欺団体の活動」などと原告が詐欺団体である旨の虚偽の内容を記載した文章(「本件文書」)を掲載し、これらを不特定多数の者が閲覧可能な状態に置くことによって、原告の社会的評価が著しく既存されたとして、原告が被告に、本件文書の削除と損害賠償請求を求める事案である。 3 本件は東京地方裁判所に管轄を有すること (1)原告の請求は、本件文書が原告の社会的評価を毀損するものとして人格権に基づく妨害排除請求権を求めるものであるが、人格権に基づく排除請求の訴えは民事訴訟法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に該当する(注解民事訴訟法【T】112頁)。 ところで、不法行為があった地とは、不法行為の行われた地とその損害が発生した地の双方が含まれるが、本件文書の掲載による損害とは原告の社会的評価の毀損であり、損害が発生した地とはまさに原告が置く主たる事務所であり、民訴法5条9号により、東京地裁が管轄裁判所である。 (2)また、原告は本件文書が原告の社会的評価を毀損するとして民法709条に基づく損害賠償を求めるものであるが、不法行為に基づく請求は、民法484条により債権者の住所地が義務履行地になることから、民訴法5条1号により、原告の住所地を管轄する東京地裁が管轄裁判所である。 なお、原告には「支部」「友の会」などの名称で原告の活動を支援する組織があるが、これらは全てボランティアが自主的に運営する外部組織であって、原告の下部組織ではなく、「原告は日本各地に支店の住所がある」との被告の主張は事実に反する(ちなみに名古屋には、これらの支部や友の会は存在しない)。 4 民訴法17条に基づく移送申立てについて (1)被告は、民訴法17条に基づき移送を申し立ててるものと思われるが、同条は、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があるときは、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、裁判所の裁量により、他の管轄裁判所に移送できるとするものである。 (2)本件の場合、被告が本件の文書を掲載したことや掲載された本件文書の記載内容については争いがなく、本件文書で記載された事実が真実であるか否か、記載された事実が真実であると信じるについて相当の理由があったか否かが主な争点である。 ところで、刑事事件であるが、最高裁昭和22年《※さすがにこれは平成の間違いかと思います》3月15日決定(判例タイムズ1321号93頁)は、インターネットの個人利用者による表現行為においても、事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし合わせて相当の理由があると認められなければならないし、インターネット上の書き込みは一方的立場から作成されたものにすぎず、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるとはいえないとする。 被告の準備書面1の1頁によれば、被告は「あらゆる資料、例えば第3者によるインターネット上における体験談や指摘、意見、批判などを整合し、結論に至ったもの」として「インターネットで第3者のみなさんの批判や証言」を基に、本件文書で記載された事実が真実と信じるについて相当の理由があると主張し、かつそれに裏付ける証拠として乙1ないし34を提出するが、上記刑事事件び半示するとおり、相当性の抗弁に関する被告の主張は主張自体失当であり、加えて相当性の抗弁を裏付けるものとして書証び取調べのみで十分であり、被告側の証人尋問の必要性があるとは全く考えられない。 これ対し、原告側は本件文書で記載された事実が真実でないことの立証活動が必要となり、そのためには、原告に在職する役員や職員、また監督官庁である外務省の担当者などの証人尋問は不可欠であるが、これらの者はいずれも東京または東京周辺に在住していることから、名古屋地裁での審理は原告に著しい負担を掛けることになる。 (3)本件事案は、上記したとおり、インターネットを介した名誉毀損行為であるが、インターネットは、伝達される情報がすべてデジタル情報であることから、情報が広範にかつ簡便・即時・大量に伝達され、社会的評価の名誉を侵害する表現行為も瞬時のうちに広範囲かつ多数の者が知りうる状態に置かれるという特注を有する。 被告は、インターネットを介して、被告の表現する内容について、名古屋という特定地域に限らず(本件文書の掲載行為が名古屋と強い結びつきを有しているものではない)、不特定多数の者が閲覧可能な状態に置くという利便を享受しているのであるから、他方で、その表現行為により原告の名誉を害した場合に、被告の住所地以外の管轄裁判所で審理を受けるとの不利益は甘受すべきであり、そのことがインターネットによる名誉毀損の被害者救済に資する。 インターネットによる名誉毀損の被害者は、そもそも発信者を特定することが著しい困難であり、仮に発信者を特定できたとしても、発信者が遠方の地域に居住している場合に、その発信者の住所地を管轄する裁判所での訴訟を強いられるとなると、インターネットによる名誉毀損の被害が放置され、他方で、インターネットによる名誉毀損を助長しかねない。 (4)原告は、児童の福祉増進に寄与するため、国民の間に国際理解及び国際協力の精神を涵養し、併せて国民による国際協力の実施を促進することを目的とする慈善団体であり、かかる目的達成のための活動原資は企業等の団体及び個人からの寄付により賄われており、原告の活動は一般社会からの社会的評価を基本的な根幹とする。 したがって、インターネットを通じて、被告が原告の社会的評価を低下させるような虚偽の内容の事実が掲載されていれば、原告は寄付を行う企業等の団体及び個人からの信頼または信用を失う恐れがあり、原告の活動ひいてはユニセフの目的実現に重大な支障を来たす恐れがあることから、速やかにかつ原告が慈善団体であることから費用を掛けることなく原告に生じた損害の救済を図るべきであり、本件訴訟を名古屋地裁へ移送することは相当ではない。 (5)なお、原告は被告に、原告の活動内容などを正しく理解してもらいたい趣旨で、平成22年6月22日付配達証明郵便にて書面を郵送したがこれを受取拒否されたことから、同月29日に普通郵便にて、「日本ユニセフ協会とユニセフの関係、当協会の財政や組織について、ご説明させていただきたく、お便りをお送り致します。ご一読いただきますよう、お願い申し上げます。」との裏書を付して、同じ書面を郵送したが開封されることなく差し戻されていることから、本件訴訟を提訴せざるを得なかったものである。 被告の準備書面1によれば、そのことに関し、被告は「信憑性が乏しく数多くの疑念のある団体から」の郵便物を「受け取るのは危険」だと弁明している。 (6)本件訴訟に先立って、原告は被告に対し、本件文書の削除を求める仮処分命令申立を東京地裁に提起し(同庁平成22年(ヨ)第2461号)、東京地裁は、本案訴訟が同庁に係属していることを確認した上で、平成22年9月3日、本件文書の削除を認める決定を行った。当該処分事件の審尋に被告本人が出頭したことを付言する。 以上。 |
【事案の概要】 (1)基本事件は、原告である相手方が、被告である申立人の開設したホームページにおいて原告の社会的評価を低下させる記事(本件記事)が掲載されていると主張して、@人格権としての名誉権に基づく妨害排除請求権に基づき本件記事の削除と、A不法行為に基づく損害賠償として100万円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。 (2)本件は、名古屋市に居住する申立人が、当庁へ出頭する時間的・経済的負担が甚大であるのに対し、相手方は日本各地に支店があり、名古屋地方裁判所に移送しても負担は少ないから、当事者間の衡平を図るために必要であると主張して、民事訴訟法17条に基づき、基本事件を名古屋地方裁判所に移送するよう求めた(以下「本件移送申立て」という。)事案である。 (3)相手方は、本件移送の却下を求め、その理由として@相手方が日本各地に支店を有する事実はなく、基本事件を名古屋地方裁判所に移送すれば相手方にとって大きな負担が生ずる、A申立人がホームページに掲載した相手側主張の真実性が争点となれば、相手方の職員や相手方を監督する外務省の担当者の証人尋問の必要が生じることが予想されるところ、これらの者はいずれも東京近辺に在住している、などと述べた。 【当裁判所の判断】 (1)申立人は、自身が名古屋市に居住しているのに対し、相手方の支店が全国各地にあること等を指摘して、民事訴訟法17条に基づき基本事件を名古屋地方裁判所へ移送することを求めている。 しかし、基本事件の主な争点は本件記事により摘示された事実の真実性の有無と予想されるところ、これを解明するために客観的な証拠を提出することは電話会議システムの利用によっても可能であり、現段階で申立人の本人の尋問が必要不可欠であるとも言い難いから、必ずしも申立人がすべての期日に出頭を要するとはいえない。他方、記録によれば、相手方は東京都に主たる事務所を有しており、名古屋市に相手方の支店がある形跡はないこと、全国各地に地域組織が存在するものの、これは自主的なボランティア活動を行う組織であって、相手方の下部組織ではない上、愛知県には地域組織が存在しないことが認められる。これらの事情を総合すると、当事者間の衡平を図るために申立人の住所地を管轄する名古屋地方裁判所への移送を認める必要があるとはいえない。 なお、申立人は、相手方の企画する「タップなごやプロジェクト」が愛知・名古屋地区で行われたことが事の発端であるから、名古屋地区で争うのが筋であるとも主張する。しかし、本件記事は上記企画に関するものではなく、相手方の活動全般に関するものであることに照らせば、上記事情は、当事者間の衡平を図るために移送の必要性がないとの上記判断を左右するものではない。 そうすると、本件移送申立ては、民事訴訟法17条の要件を欠くから、理由がない。 以上によれば、申立人の本件移送申立ては理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。 平成22年9月10日 東京地方裁判所民事第5部 裁判長裁判官 畠山稔 裁判官 矢作泰幸 裁判官 瀬戸信吉 |