ぼくはいつも通り歩いていた。
なぜ歩いているのか、そんな野暮なことを聞く人はいやしないだろう。
『人間は考える足である』と偉い人もいっていた。
人によって価値観は様々だから、その人物が果たして本当に偉いかどうかはさておき、少なくても教科書にはそう載っていた。
あいにくと教科書を読んだのはずいぶん前だからあやふやだが、間違ってはいないと思う。
まあぼくの記憶力は悪い方に定評があるのであまり当てにはできないのだけれど。
話が脱線してしまったがぼくがなぜ歩いているのか。
上の例を挙げるのなら人間が考える足である以上、歩かなければ人間ではない。
つまりはそういうことだ。
けっしてぼくにも理由がわからないとか、そういった情けない理由では断じてない。
止まったら負けだと思っているわけでもない。
まあ、唐突に歩いていることをアピールしてしまったが、それ自体に特に意味はない。
よどみなく歩きながらも疑問に思う。
しかしぼくはこれからどこへ向かうつもりなのだろうか、ということだ。
歩いている以上どこかに着くのは自明の理だろうが、果たして目的は何だったのだろうか。
ぼくはどこへ向かうのだろう。
これは思ったより哲学的な問いかもしれない。
人はどこへ向かうのだろうか。
「よう、いーたん」
現実逃避という手段をとったぼくを引き留めたのは赤い声だった。
振り向く。
これで答えの出ない問いを考えずに済むとか、そもそもぼくが何をしたかったのか思い出せなくても問題なくなっただとか、そういった戯言は赤い声の主、哀川さんを見た瞬間吹き飛んだ。
なぜならそこには、セーラー服を着た哀川潤が立っていたからだ。
哀川潤のセーラー服、それは思考を吹き飛ばすには十分すぎる衝撃だろう。
「どうしたんですか」
「何が」
「いや、だってセーラー服ですよ」
「ああ、それが?」
「もしかしてまた何か仕事ですか」
「おかしなことをいう奴だな」
そういうと哀川潤はシニカルに笑った。
「いくら私だって学校に通うときは制服を着るさ」
「哀川さんっていくつでしたっけ」
そう口にすると後ろのブロック塀が消失した。
蹴りつけただの砕いただのそんなちゃちなもんじゃない、確かにあったはずのそれは会話した次の瞬間この世に存在が確認できなくなった。
相変わらず規格外の人だ。
というかこの家の人はこれからどうするのだろう。
「私のことを名字で呼ぶな。呼んでいいのは敵だけだ」
「怒るのはそこなんですか」
「それ以外になんかあんのか」
「いや、年齢とか。潤さんって成人してますよね」
少なくとも車を運転したりお酒を飲んだりしていた以上二十歳は越えているはず。
もちろん違法ということもあるだろうがわりと律儀な人なのでそういったことはしないだろう。
「あーあーあー、いーたんって外国暮らしが長かったんだっけか」
「まあ、しばらくヒューストンで生活していましたけど」
「そっかそっか。いいこと教えてやるよ」
それから潤さんは丁寧に日本の事情を教えてくれた。
なんでも日本の学生というのはすべて十八歳以上で構成されているらしい。
だからどんなに幼く見えたとしても制服を着ていればその人は十八歳以上だし制服さえ着ていればどんなに妙齢の美女に見えたとしてもそれは学生なのだ、ということらしい。
この事は日本人にとっては目玉焼きを醤油で食べる、というくらい常識らしい。
つまりは日本人なら誰でも知っているということだ。
目玉焼きには醤油。
ソースや塩なんて日本人なら選びはしないことくらいはぼくだってわかっている。
醤油は日本人の魂なのだから。
「そ、そういえばそうでしたね。いやー外国生活が長かったからなあ」
そんなことは初耳だが常識のない奴と思われるのを避けるためとりあえず納得しておくことにした。
誰だって醤油を例えにだされれば納得せざるを得ないだろう。
いわれてみれば昔、学生がビールを飲んでいたり、煙草を吸っていたのを目撃した記憶がある。
あれは違法だとばかり思っていたが実際はその学生が二十歳を越えていただけの話だったのか。
哀川潤がセーラー服を着ている。
ならば自分はどんな格好をしているのか、と改めて自身を眺めてみると学制服を着ている。
詰め襟の学制服。
ということはぼくはこれから学校へ向かうつもりだったのだろうか。
「ところで、学校ってどこにありましたっけ」
「相変わらず忘れっぽいな。そんなんで生きていけるのか」
あきれた表情の哀川さんについていき、ぼくは自身の学び屋へとたどり着いた。
澄百合学園。
ぼくはここの学生なのか。
それにしても現実と記憶に差異がある。
潤さんが学生であることとか、ぼくが高校に通っていることとか、澄百合が共学になっていることとか。
何がなんだかよくわからないが、これが現実である以上どうしようもない。
つまりは流れに流されろ、そういうことなのだろう。
深く考えることをやめるとぼくは意を決して校内へと足を進める。
別段変わったところもなく、いかにもありがちな学校だ。
自身の名前の書かれているげた箱で靴を交換し教室へ向かう。
どうやら哀川さんは上級生らしく途中で分かれることになった。
果たして自分の教室がどこなのか、その答えは意外なところから提示された。
「あーいっくんだ!」
日溜まりのような声。
名前を覚えている人でよかった。
こっちだけがしらないと少し気まずいからね。
足を止め振り返り名前を呼ぶ。
「巫女子ちゃん」
「おー、いっくんが私の名前を呼んでくれた。今日はいいことがあるのかもっ」
朗らかに笑うと巫女子ちゃんはぼくのそばに駆け寄る。
どうやらクラスメートであるらしい。
なんだか都合がいいような気もしたけれど、これでどこへ向かえばいいかわかりホッとする。
さすがに授業が始まった学校で一人あてもなくさまよい歩くのはぞっとしない。
そのまま話しながら教室へ向かう。
といっても彼女の話に頷く程度なのだけれども。
どうしてか学生としてのぼくのことをいろいろ知っていたので記憶しておく。
この学園の二年生。
賞罰は無し。
海外留学を経験している。
アパートにて一人暮らし。
そしてどうやらぼくはこの学園の生徒会の副会長らしい。
役職なんて興味もないのでどうでもいいがぼくを副会長にしている学校は果たして大丈夫なんだろうか。
適任が他にいくらでもいると思う。
しかし学校の事以外は自分の記憶とたいした違いはないみたいだ。
住んでいる場所もだいたいの交友関係もそのままだ。
違うのは高校に通っているという一点だけ。
まあぼくは元々忘れっぽい人間だからちょっとした勘違いなんだろう。
自分は果たして右利きだったか左利きだったかとしばらく悩んだこともあるくらいだ。
それなら自分が学生かどうか忘れることだってあるかもしれない。
夢と記憶が混同したとかそんなとこだろう。
「教室についたよっ」
「そうだね」
まるで時報のように当たり前のことをいう巫女子ちゃんに相づちをうち中へ入る。
何の因果か教室のど真ん中がぼくの定位置らしい。
巫女子ちゃんはさっそく友人のグループに混ざって騒いでいる。
あたりをぐるりと見回すとだいたいがどこかで見たような顔ばかりだ。
「いーちゃんだ。おっはー」
「友」
どうやら友もこの学園に通っているらしい。
ひきこもりという設定はどうしたのだろうか。
友としばらく話して得た情報では、パソコン部の部長らしい。
階段の登り下りは相変わらずのようだがなぜだか健康らしく心配していた問題が軒並み解決していた。
なんなんだこれ。
まさかおまえは病弱なはずだ、というわけにもいかないのでそうか、とだけいっておいた。
ソフトやハードの開発に取り組んでおりこの学園、というか世界でも有数の存在であり、当然影響力も大きいらしい。
友だけでなく部員全てが規格外に優秀。
本来なら一線級の人たちが応募するコンペを総ナメにしているらしい。
まあその中でも僕様ちゃんが一番なんだけどね、とは友の言葉。
今度くるといいよー、といわれたが友はともかくとして他のメンツには死んでも会いたくない。
ハンドルネームで呼びあう部活とかどこの厨二病だよ。
しばらくすると始業のベルが鳴る。
時間きっちりに教室へ入ってきたのは木賀峰約。
なんというか予想外の人選だがありといえばありなのだろう。
淡々と連絡事項を告げる声を聞き流しながらぼくはこの学園について考え始める。
ぼくが学生だというのはまあいいだろう。
勘違いにしろ、そうでないにしろどうしようもないのだからしばらくの間学生をするしかない。
あの哀川潤でさえふつうに学生をしているのだからぼくは学生として生活していけばいいのだろう。
誰一人として疑問を持っていない以上特に支障もない。
しかしこの学園どう考えてもやばい気がする。
このクラスがほぼ顔を見知っている以上、他の学生や教師も顔見知りである可能性が高い。
『一群』がいる以上他のやばい存在も軒並み登場しそうだ。
「まあ結局は、戯言だけどね」
こっそりと呟く。
連絡事項が終わったのか教室を去っていく約先生。
「ひゃっ」
学者なので運動神経がよくないのか何もない教室で突然体勢を崩し転んだ。
凡人を嫌う彼女も突発的事態には普通の反応を示すものらしい。
スカートという事も災いしてか盛大に丸見えだった。
何が、とはあえていわない。
だがその赤い三角形は思考を止めるほど至高であり嗜好に叶っていたといっておこう。
しばらく時が止まったかのようにだれも動かなかったが状況が理解できたのか少し顔を赤くした約先生が立ち上がり身だしなみを整える。
あたりを見回し同様を押さえるかのようにメガネに手を触れるとこういった。
「あわてることはありません。こうなるであろう事を私は事前に予測していました」
ホントかよ。
それならパンツを穿いてくればいいと思うがどうなのだろうか。
当然、パンツとはパンツルックのことだ。
彼女の名誉のために敢えていうが彼女はきちんと穿いていた。
繰り返すがあえて何がとはいわない。
足早に教室を去っていく先生とこのわずかな時間を狙ってトイレにいく学生をなんとはなしに眺めつつぼくはぼんやりとしていた。
■■■
気がつくと放課後。
授業や昼休みはどこへいったのか。
そもそもぼくはどれだけぼんやりしていたのか、赤というものは暴力に例えられるが時間すら奪い去るものらしい。
「よっす」
秋春君が軽く手をあげ近寄ってくる。
とくに交友関係があったとも思わないが無視をするというのもなんなので適当に話そう。
「おはよう」
「もう放課後だけどな」
どうやら失敗したらしい。
人間の会話はまず挨拶から、つまり挨拶を失敗したぼくは会話に失敗したということだ。
地味に落ち込んでいると秋春君が再び口を開く。
「相変わらずいっくんはどっか変わってるな」
「そうかな、普通だと思うけど」
「得てして人間ってのは自分に対して鈍感らしいぜ」
「ふうん」
「ってか今日も生徒会に行くんだろう?」
「らしいね」
「らしいって、自分のことだろ」
「得てして人間ってのは自分に対して鈍感らしいからね」
「なんだよ、怒ってんのか」
「別に」
正直どうでもいい。
「そっかそっかそうだよな。俺たち友達だもんな」
どう勘違いしたのか前向きに誤解する秋春君。
まあ否定するほど嫌いでもないので流す。
「用件は他でもない。何とかして生徒会との合コンを設定してくれ」
「女の子くらい君の周りにたくさんいるじゃないか」
「あいつらは女じゃねえ」
「・・・・・・」
「やっぱ会長だよな。黒髪ロングとかたまんねえ、でも書記の子も不思議系っていうか、すごいかわいいし会計の子もその筋の人にはたまらないだろうなぁ。粒ぞろいっていうか選り取りみどりっていうか、とにかくあいつ等とはえらい違」
「ほおう」
さび付いた機械のようにギギギ、振り向く秋春。
そこには夜叉を背負ったむいみちゃんと歯をむき出しにしたハムスターのような巫女子ちゃんがいた。
壊れたおもちゃのようにギブっギブっと叫ぶ秋春君をむいみちゃんはアイアンクローで連れ去っていった。
ぼくはしばらく合掌し、気持ちを切り替えて生徒会に向かう。
しかし黒髪ロングと不思議系とおそらく合法ロリ。
思い浮かぶのはあの三人。
そうだとすると濃いメンツだ。
まあこの学園がそもそも濃すぎるのだが。
生徒会室前で呼吸を整え扉を開く。
そこには予想通りというかなんというか例のメンツがそろっていた。
「遅かったんですね」
「師匠、遅いです。まるで主の歩みですよ」
「虫ね」
なんだその優雅そうな歩みは。
子荻ちゃんに姫ちゃん・・・・・・玉藻ちゃんはいないみたいだがもう一人見知らぬ人がいる。
誰なんだろうか。
「どうしたの」
改めて見るとスゴい美人だ。
ただ学生ではない。
制服を着ていればありなのかもしれないが哀川潤がいっていた以上制服を着ていない彼女は学生ではないのだろう。
ということは顧問なのだろうか。
しかし見覚えがない。
これだけ自分の知識にある人物と合う以上彼女もどこかで合っていると考えるのが定石だと思うのだが。
「喉が乾いたわ」
子荻ちゃんに向かってカップを差し出す。
いれろということなのだろうか。
というかものすごい偉そうだなこの人。
「自分でなさってください」
子荻ちゃんはすげなくいう。
「私にそんな口を聞いていいと思っているの」
厳しい目をするとぼくへと顔を向ける。
「あなた」
思わず自分を指さす。
頷く彼女に自分にいれろということだろうかと疑問に思うが彼女の次の言葉はまったく予想と違うものだった。
「荻原子荻のおっぱいに興味はないかしら」
「正直、かなり」
「お母さん!」
思わず即答してしまった。
鋭い視線を向けてくる子荻ちゃんから目を逸らしつつ先ほどの言葉について考える。
おっぱいについてではない。それについて考える機会は既に用意されている。
お母さん、そういった。
確かにあったことがある、見覚えがないのも当然だろう。
だって記憶の中での彼女は死んでいたのだから。
「檻神ノア、さん?」
「なあに?もうお茶いれてもらったからおっぱいのことは秘密よ」
「檻神先生!」
「なにをカリカリしてるのよ。そんな数値や情報がばれたって何かが変わる訳じゃないでしょう」
「それでもいきなりそんなこといわないでよ」
「まったくあなたの悪い癖ね。冷静に、客観的になりなさい。だからあなたはだめなのよ」
そのまま生徒会室は家族の痴話喧嘩の場所とかした。
どう考えても悪いのは檻神先生だと思うが巧みな話術故か、はたまたそういう性質なのか子荻ちゃんが悪いことになっている。
性的な嫌がらせはやめるべきという話からなぜか嫁入りのためのお茶の上手ないれ方の話になっている。
どうしたものかとその情景をみていると、姫ちゃんがくいくいとぼくの袖をひく。
「師匠。私よく話すはずなのになぜか空気キャラです」
「メタ的な発言は控えるように」
「わかりました。しかし今日はどうなるんでしょうか」
「本当にね。でもまあ喧嘩するのは悪いことじゃないと思うよ」
「進化するほど仲が良いというやつですね」
「喧嘩っていったよね、ぼく」
「話半分に聞いてますから!」
「そういう意味じゃねえよ」
「あたー!」
なぜか机に備え付けられていたハリセンではたく。
それにしても本当にこれから先どうなるんだろうか。
楽しみなようなそうでないような。
「まあ結局は戯言だけどね」
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初めての方もそうでない方も読んでいただきありがとうございます。
風邪でダウンしていたら電波を受信しました。
果たして物語として読めるかどうかはわかりませんが楽しいただけたら幸いです。
更新は反応を見てから決めようかと。
さすがに誰も望まないものを延々とアップしても意味がないですし。
自分としてはおもしろいのだけれども人から見てどうか気になるところです。
あくまで突発的に思いついたネタなので内容は変えにくいのですが呼び方や設定に違和感があった場合は報告していただければ修正します。