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[21942] {ネタ}異聞・銀河英雄伝説
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:8b963717
Date: 2010/09/25 18:55
人類が宇宙に進出し、既に1700年以上が過ぎた。
そんな銀河の、これは1つの歴史書である。
それを人は、銀河英雄伝説と読んでいる。

はい、愚考に愚行して銀河英雄伝説をテーマにした二次創作(原作無視)をやって見たいと思います。テーマは銀河共和国が存続し、自由惑星同盟領土が銀河帝国ゴールデンバウム王朝であり、長年にわたり対立と戦争を続けている。そこに彼の英雄たちを登場させて見てはどうなるか、中二病丸出しの作品です。
キルヒアイスやヤンを生かしたいという思いと、ラインハルトとヤンが別の立場にいたらどうなっているかをテーマに頑張っていこうと思います。また各種作品とクロスオーバーしてくるかもしれません。

以上がダメ、嫌、な人は見ない事をオススメします。では。

9月17日追記
銀河帝国内部の要塞は全部銀河帝国が保有している設定です。理由は本文にあるとおり、国防優先であったからです。もちろん、共和国はそんな事知りません。
また、駄文にもかかわらず多くの方のご批判、ご指摘を頂きありがとうございます。文が短いのは作者の力量不足です、申し訳ありません。なんとか長く出来るよう頑張りますのでよろしくお願いします。


9月21日追記

みなさまには説明不足で申し訳なかった点を補足します。

1 恒星系は原作に準じているが位置は正反対(つまり、ハイネセンがあった場所にオーディンがある)

2 帝国風の名前は銀河帝国内部にあります。アスターテだけ例外、と考えてください。

3 ラインハルトがまだ中将である(二人が軍に入ったのはやはりアンネローゼ救出のため)

4 要塞は全部帝国軍が所有している。

5 共和国内部でも腐敗の目はある。反ヤン勢力が軍部を中心に根強い。

6 フリードリヒ4世が覚醒している

だいたいこんな所でしょうか?
今まで有給と休みでなんとか1日1話をキープしてきましたが、実はストックなんて全くないのです。毎日あれこれ試行錯誤しながら書き続けてきましたが、これからは不定期連載になるやも知れません・・・・すみません・・・・ごめんなさい。


9月25日土曜日

第12話、小さいながらも、重大な変更をしました。ご確認下さい。



[21942] 第一話 会議は踊り・・・・
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:8b963717
Date: 2010/09/16 19:24
無音のはずの漆黒。そこに聞こえないはずの音が聞こえる。
光。光。また光。漆黒の闇を切り裂く緑色の艦艇。
その正体は銀河共和国軍第13艦隊の艦艇2万隻である。





side ヤン・ウェンリー

(2万隻。さして重要でもないこの時期にこの出兵。一体なんの意味がある?)

(戦えば必ず人が死ぬ。それを分かっているのか?)

(私がイゼルローンを落として以来、共和国はこんな無益な戦闘を続けている・・・・これでは講和による戦争終結どころか殲滅戦になるぞ)

ベレー帽をだらしなくかぶりながらデスクに足を投げ出すさえない男。
もしもこんな姿を何も知らない人間が見たら驚嘆するか呆れるか。まあ後者の方が絶対的多数にはなれるだろう。
もっともその男の役職をしれば更に不安と不信が加わるかもしれない。

(人類の歴史上最も大きな事件はラグラン市事件とそこから集った4人の英雄たちであると言われている。あのシリウス戦役後に登場したのが銀河共和国。彼らのリーダーが生きていた事で人類は100年以上早く黄金期を迎えられた。その国で建国百周年を祝い、暦がシリウス暦から宇宙暦に変わり、帝国の登場で帝国暦が生まれた。いやはやそのまま人類が平和裏に進めば私も今頃は歴史学者の一人として生きていられたろうに・・・・それが親父の事故、共和国軍への入隊、極めつけはエル・ファシル・・・・まったく、いったいどこでボタンを掛け間違えたんだ?)

「閣下」

ヘイデルの瞳を持った金髪の副官の声に思案の海から引き上げられる。

「やあグリーンヒル大尉」

「お休みのところ申し訳ありません、ですが時間ですので、その」

「ああ、いいんだよ。そんなに申し訳なさそうにしなくても」

「ハイ。ムライ参謀長、パトリチェフ副参謀、ラップ作戦参謀、アッテンボロー、フィッシャー、グエン各分艦隊司令が席についております」

フレデリカ・グリーンヒル大尉の発言を受け、艦橋の司令席から作戦会議用の司令官席に移る。


side ムライ

「閣下、敵艦隊はこちらの2倍、約4万隻、三方向から方位せんとしています」

「ふーん、そいつは一大事だ。」

ジロリ。そんな擬音語が聞こえそうな目線でアッテンボロー少将を睨む

(全く困ったものだ。もっと共和国軍人として、特に将官としての意識をもって欲しいものだ)

「あ、いや、ですがね、その辺の事はラップ大佐やヤン提督がなんとかしてくれますって。ね?」

(何故そうも楽観的なのだ!! このままいけば我が艦隊はダゴンの殲滅戦で敗れた帝国軍と同じ目にあうのだぞ。)

「しかし、三方向から2倍の敵に包囲されては退却もままなりません。ここは戦わずにイゼルローン要塞に後退すべきかと。」

(慎重にことを進めるに越した事はない)

「なるほど、確かに参謀長の言うとおりですな。」

パトリチェフ准将が賛同する

「逃げる時間はまだありますからな。ダゴンの、しかも敗者の二の舞役は避けるべきでしょう」

エドウィン・フィッシャー少将も意見を述べる。

(そう、まだ逃げる時間はあるのだ)

「しかし、敵を前に逃げたならば最悪軍法会議で銃殺ですぞ? それならば一戦交えた方がよろしいのではないですか」

グエン・バン・ヒュー少将が交戦論を主張する。

「いやしかし、二倍の敵相手に戦うってどうやって?」

「それは・・・・」

「それにです、ラップ作戦参謀、この2倍の敵、ロボス元帥からの直接命令、こう、なんか・・・なにか作為を感じません?」

「アッテンボロー提督、そう言う事は私事に言うべきでいま言うことではないと思われますが。」

「確かに。今までは最低3個艦隊が帝国領へ侵攻して通商破壊作戦を展開していましたからな。妙といえば、妙です。」

「副参謀長も。あまりに不謹慎です。」

「まあ、なんです。800年近くに渡って共和国は自由の国ですから。ルドルフ大帝の築いた銀河帝国とは違いますし」

「で、戦うのか戦わないのか、勝つにはどうするべきか。」

第13艦隊ではこうした政治的な発言が一切制約されず、パトリック・アッテンボローの銀河NETでは「もっとも自由をもつ艦隊」と皮肉交じりに賞賛されていた。

(会議は踊る、されど進まず、か。やはり私の役目は常識論を唱えることでありヤン提督に一杯の水を注ぐことだけか)

「いいかな?」

混沌とし始めた会議にヤンの一言がのぼった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一月前 首都シリウスにて。

宇宙艦隊司令部に呼ばれたヤン・ウェンリー大将は思わず聞き返した。
その場にいるのはラザール・ロボス元帥、アンドリュー・フォーク准将の二名。
なんとも居心地の悪さを感じつつヤンは疑念を述べる。

「は、2万隻でありますか?」

「そうだ、2万隻の艦艇を貴官に与える」

「お言葉ですが、通常艦隊は13000隻を基本として中将をその任に当てるのではないでしょうか?」

「普段はそうだが、貴官は大将だ。しかも史上最年少30歳にして、な」

「はぁ」

「はぁ、では困るのだよ、大将。貴官は我が軍の英雄。あの難攻不落のイゼルローン要塞を半個艦隊で攻略した救国の英雄ではないかね?」

「あれはまぐれに過ぎま」

「まぐれだろうが何だろうが貴官は共和国の大将であり尚且つ英雄でもある言いたい事が分かるかね?」

「なんとなくですが、分かります」

「よろしい、フォーク作戦参謀、説明を」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



一ヵ月後、帝国領アスターテ星域

side ヤン

「という訳で、これが私の考えた作戦だ」

作戦構想を語り終える。
グエンはうなずき、パトリチェフはしきりに肯定し、ムライは唖然とし、ラップやアッテンボローはいたずらが成功したような顔で、フィッシャーは目を閉じ腕を組み、グリーヒルは畏敬の念を向けた。

「三方向から包囲される前に、2万隻の大軍を持って各個撃破に討って出る」

方針は決まった。後は実行するのみ。

「こういうのは好きじゃないんだけどね、今回ばかりは仕方ない。」

ヤンのつぶやきは表面上は誰にも、本当は副官のグリーンヒル大尉にだけ聞かれ、消えていった。



[21942] 第二話 帝国の事情、共和国の策略
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/27 22:59
銀河共和国。それはシリウス戦役を母体に誕生した星間国家である。
シリウス戦役の後、人類は地球のくびきを脱し黄金時代を迎える。
百年続いたシリウス暦は、宇宙暦へと改定された。それから300年、人類は穏やかな、しかし確実な停滞期に入る。
宇宙暦300年代、新進気鋭の若き英雄がシリウス政界に登場した。彼の名はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。人々は熱狂し、人類社会は彼を中心に新たな開拓時代へと突入した。
フロンティア・エイジ。宇宙暦200年代後半から300年代を指す言葉である。

だが、彼は急進的過ぎた。ルドルフ=地球(圧制)政権という構図ができ始める。それは彼の命まで危険にさらし、彼はニュー・ランド(彼の名づけではノイエ・ラント)にはんば亡命する形で彼の支持者(この時点で数億人、後に共和国全白人人口の半分、数十億)と共に共和国を後にする・・・・・・彼個人の深い憎悪を抱きながら。


それから300年、両者は国力の差もあり何もなかったが、オストマルク大公らの帝位継承権争いが火種となり銀河帝国軍が、協定により不可侵地帯であったイゼルローン回廊を突破、ダゴン星域会戦を契機に両者は戦争状態へと突入した。

そして、150年近い月日が流れた。



アスターテ星域

side キルヒアイス

「星を見ておいでですか?」

赤髪の青年は10年来の親友に声をかける

「ああ、星はいい・・・・・だが」

金髪の青年は途中までは機嫌よく、途中から棘のこもった声で答えた。

「作戦会議で何かありましたか?」

「キルヒアイスは鋭いな」

「艦隊、についてですか」

(でなければ説明がつかないものな)

「そうだ。わざわざ倍の兵力を3つに分派している。シュターデン中将は例のダゴン星域会戦を再現したいのだろうが・・・・」

「もしも敵艦隊が各個撃破に転じたならば、という事ですね」

「エルラッハ艦隊12000隻、ゼークト艦隊13000隻、本体15000隻。どれをとって見ても敵に劣る」

「気にしすぎ、とシュターデン提督に言われましたか?」

「ああ、ついでに俺が同じ中将であるのが気に食わないらしい。指揮官は私だ、とまで言って下さった」

(怒ってるな、これは。心底。)

「ですが、決まってしまったものは仕方ありません。それより策がおありなのでしょ?」

その言葉にラインハルト・フォン・ミューゼル中将はにやりと笑った。

「共和国軍が無能でなければ、武勲を立てる機会が回ってくるかも知れぬな」

(ご自分が戦死する、とはお考えにならないのか)

のちのローエングラム王朝建国者とその最大の功労者はまだ見ぬ敵と古きに固執する味方に挟まれながら星の海を征く。




ところかわり、銀河共和国首都シリウス星系4番惑星シリウス
宇宙艦隊司令部

「まもなく、ですか」

「そうだ、まもなくだ」

「これであの生意気な青二才も終わりですな」

「めったな事を言うものではないよ、准将。我々は彼の友人だぞ?」

「そうでした、友人でした。であるからには・・・・・」

「そう、であるからには、彼の勝利を期待しなければならぬな」

准将と呼ばれた男が声色も変えずに続ける。

「共和国の主要メディアは抑えてあります。二倍の敵に立ち向かうことが如何に愚かな事か。それを宣伝してくれるでしょう」

「よしんば戦わずに逃げ帰ればそれはそれ。それを理由に彼奴らをまとめて更迭できる」

「辺境の分艦隊司令官にでもしますかな」

「さて、な。まあ国葬あたりが妥当だろう」

「奇跡の魔術もネタ切れであると思いたいものです」

アンドリュー・フォークは心のそこで思った。
自分こそ英雄にふさわしい。分裂した銀河を統一するのはヤン・ウェンリーなどという冴えない男ではなく共和国士官学校主席卒業の自分にこそふさわしい、と。

ラザール・ロボスは思った。これであの小生意気で目障りな大将を排除できる。万一勝利したならば、異例の上級大将昇進もありうるが・・・・まあ、2倍の敵に3方向から包囲させるようフェザーンを経由して小細工したのだ。負けてもらわねば困る。シドニー・シトレ。やつを蹴落とすためにも。


side フェザーン自治領

禿の男といかにも神経質そうな男の二人が、一目見て安物ではない、豪華なインテリアに囲まれている部屋で話し合っている。
一人は第四代フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー、もう一人は首席補佐官のボルテックである

「共和国の件はそれでよい。イゼルローン陥落以降、共和国は些か図に乗りすぎている」

「はい、此度の遠征で2万もの艦艇を失えば暫らくは大人しくなるでしょう」

「国民感情もあるしな」


フェザーン自治領は今から100年ほど前に地球出身の商人にして共和国中央議会代議員でもあったレオポルド・ラープが共和国、帝国双方に合法・非合法の各手腕を用いて建設した事実上の独立国家である。国防兵力として約二個艦隊を保持し、帝国、共和国間の交易を独占すること、過剰な反応を両陣営から買わぬことを念頭に今日では共和国・帝国・フェザーン=6・5・2の微妙な均衡を維持してきた。

「ですが、自治領主閣下。」

「ん?」

「あのイゼルローン攻防戦があったからこそ帝国は曲がりなりにも共和国と対等であった訳で、要塞が落ちた今となっては・・・・」

「均衡が崩れつつある、と言いたいのだな?」

「ケッセルリンク補佐官のレポートでは既に共和国6・帝国4・フェザーン3となっております。このままですと」

「うむ、共和国が帝国を併呑するのではないかと、そうなればフェザーンの価値も急速に薄れるのではないか、そう言いたい訳か」

「ご明察、恐れ入ります」

「なに、案ずるな。その為に帝国に共和国の情報を流したのだ」

(もっとも、あの艦隊はヤン・ウェンリー指揮下の艦隊。はたしてロボス元帥の思惑通りに行くかな?)


side 銀河帝国 フリードリヒ4世

「此度は勝つか」

やる気のない、といわれならがこの数年間貴族の自尊心をくすぐり平民への重税を課すことなく共和国の侵攻に対応してきたフリードリヒ4世が国務尚書リヒテンラーデ侯の報告を受ける.
この灰色の皇帝とまで言われた彼がやる気をだした、と、言われるようになるのはヤン・ウェンリーのイゼルローン陥落以降断続的に行われてきた共和国軍による帝国領侵攻作戦に端を発した。イゼルローン要塞建設の契機はブルース・アッシュビー貴下の宇宙艦隊による侵攻、いわゆる第二次ティアマト会戦まで遡る。
共和国軍に惨敗した帝国軍は恐れた。大規模な侵攻を。如何に多産政策を奨励したとはいえ絶望的な国力差は変わりはしない。故に恐れた。
結果論ではあるが、帝国の不安は杞憂に終わる。
共和国が本気で攻めて来ないのは、攻めた場合の犠牲、全土制圧成功時の経済的な負担と増税(何せ英語(銀河語)とドイツ語(帝政ラテン語)と言語に通貨、標準規格まで全て違う)、それによる有権者の反発を恐れてのことである。
また、時の為政者ら、つまり共和国議員達が、言葉にはしないが帝国下級貴族の持つ『高貴なる義務』の名の下に行われる無軌道なゲリラ戦を恐れたのだ。


「真に。陛下の温情で軍部も二倍の艦艇を動員できました」

「これで勝てぬようではゴールデンバウム王朝も終わり、という訳じゃな」

(国運をかけ軍事費の半分を投入し、その建設過程で失われた艦隊10個以上。そのイゼルローン要塞が無欠占領されるとは・・・・四半世紀もの間、国力に劣り、政治的に相容れぬ我が軍の攻勢に耐えてきた共和国のフラストレーションは如何ばかりの事か・・・・)

「陛下!?」

「なに、冗談よ」

(もっとも、こんな腐敗した国なぞ滅びても良いのやもしれんがな)

「それより此度の情報、妙に的確すぎる。フェザーン以上に共和国にも網を張るよう軍部に通達せよ」

(・・・・フェザーン。共和国は大義名分がなければ軍事侵攻できぬ。となれば彼奴らの存在が第二のイゼルローンとなるやもしれぬ。そして共和国内部の不協和音・・・・まだ滅びるにはいかぬ。まだ、な)

「御意のままに」

フェザーン、共和国宇宙艦隊司令部、銀河帝国、それぞれが第13艦隊の敗北を予見しながらアスターテ会戦の火蓋が切って落とされる。それは停滞の終わりであり、新たな英雄たちの登場でもあった。



[21942] 第三話 アスターテ前編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/17 17:07
さて、アスターテ星域会戦の前に銀河帝国設立を振り返ってみよう。ルドルフの築いた帝国は100年ほど共和国の探知外に存在した。
彼らの言う長征1万光年は伊達ではなかった。以後国家建設と打倒共和国を合言葉にゴールデンバウム王朝の黄金期が始まる。
彼らはヴァルハラ星系第3惑星に首都「オーディン」を築き上げた。

またノイエ・サンスーシに代表される古典的な建物は、宇宙暦550年代に登場し、580年代に成熟した政治家、共和国再興の父アーレ・ハイネセンによる対外宥和政策の間隙をもって建設されている。

何故ルドルフはイゼルローン回廊開拓に成功したのか?
それは、彼個人が一種の株式の株券でありヒーローであったからだと言われている。
長征において幾人もの人々、支持者を失ったルドルフではあったが、共和国に残した親ルドルフ的な政治的な基盤、軍部からの支援、企業や民間支持団体からの大規模な援助はイゼルローン回廊開拓に大きく役立った。
確かにルドルフ=地球政権という構図があったが、それを信じない人々も存在し、サルガッソスペースより先に存在するであろう恒星系に莫大な富を夢見た人々がいたのだ。
そんな彼らの欲望、あるいは願望を利用したルドルフは驚くべき程の犠牲の少なさで宇宙の暗礁宙域を突破した。
・・・・・そして、自らの痕跡を抹消し一切の連絡をたった。
余談だが、このルドルフ艦隊消失事件は共和国国内に大きな波紋を呼んだ。
彼らが数億の民と共に全滅したのだと考えられ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは国葬を持って処遇された。
なお、大規模な資金援助をした団体の半数は倒産や解体を余儀なくされルドルフ不況というべき状態に共和国は入ってしまう。

やがて銀河帝国と銀河共和国が接触すると共和国の市場開拓、経済原理という状況と負い目もあった事から数十年の蜜月時代を迎える。

接触時、銀河共和国大統領を務めていた第二の国父アーレ・ハイネセンはこう語ったという。

「我々の先祖は罪深いことをした。いくら急進的とはいえ、その思想を持って個人を抹殺するなど民主主義の行うべきことではない。失意の中に消え去った彼、ゴールデンバウム氏の為にも、また我が国民にいらぬ犠牲を出さぬ為にも我々は銀河帝国と不可侵協定、ならび相互通商条約を結ぶべきであろう」




宇宙暦796年 アスターテ星域

side ヤン

第13艦隊は勝利を収めつつあった。
ヤンの構想どおり比較的近距離にいたエルラッハ中将の艦隊は約1.6倍の第13艦隊の強襲をうけ前方集団3000隻が瞬時に壊乱、その後艦隊中枢に第13艦隊得意の一点集中射撃を受け指揮官であるエルラッハ中将が戦死、その後は残敵掃討といって良い段階まで追い詰められていた。

(・・・・そろそろ頃合か)

「グリーンヒル大尉」

「はい、なんでしょう?」

「敵艦はあとどのくらい残っている?大雑把な数で良いんだ」

「そうですね、報告によりますと残り2000隻程、更にその半数が損傷しているとの事です」

「そうか、ならば良いか。ムライ参謀長」

「ハッ」

「アッテンボロー少将達に連絡。フィッシャー少将の指導の下艦隊を急ぎ再編せよ、とね。」

「眼前の敵を放置して、でありますか?」

「パトリチェフ副参謀長の意見はもっともだ。でもね、もはや敵は艦隊と呼べるものではない。放置しても構わないさ」

(それにこれ以上の殺戮は無意味だ)

「なるほど」

「それに戦いはまだ3分の1が終わったに過ぎない。更にロボス元帥の厳命でここで引く事も出来ないからね」

「それとだ、グリーンヒル大尉、敵艦隊に向け通信を送ってくれ。内容はこうだ『これ以上の追撃はしない、生存者の捜索・救出と貴官らの退路は保障する』、以上だ」

それから30分、銀河共和国最精鋭と謳われた第13艦隊は整然と列を整え漆黒の中に消えた。



side ゼークト艦隊

「どう言う事だ!! 敵は密集隊形をとり我々を迎え撃つつもりではなかったのか!?」

艦隊司令官の怒号が艦橋にいる幕僚たちに降り注ぐ。

「閣下」

「新任のオーベルシュタイン大佐か。なんだ。何か策があるのか?」

「ハイ。今すぐ艦隊を転進させるべきです」

「窮地にある味方を見捨ててか!?」

「残念ながらエルラッハ艦隊は既に壊滅しているものと思われます。なによりこの『我、敵艦隊と交戦中至急来援を請う』という文ですが、本当にエルラッハ艦隊から発信されているかが怪しいものです」

「卿の意見ではこれは敵の偽電だと言いたいのか?」

「左様です、ここは敵の手に乗らず」

「いや、ここで味方を見捨てるわけにはいかん。唯でさえ国力で劣るわが国が味方を見捨てたとあっては平民階級に動揺が走る」

「しかし、今ここでは生き残ることが最優先。政治的な問題は帰国してからの宣伝でどうとでもなりますまい」

「・・・・だが」

「それに、国力の点をご指摘なさるのでしたら既に一個艦隊を失った以上全軍撤退をも視野に入れるべきではないかと」

「・・・・・・・」

「いや、敵将はまだ若い。それに対してエルラッハ中将は歴戦の勇士だ。今尚彼の艦隊を惹き付けているに違いない」

「閣下! それは希望的な観測に過ぎません。ランテェスターの法則を考えるまでもなくエルラッハ艦隊は」

「もう良い!!全艦全速前進。艦隊の最高速度でエルラッハ艦隊を救援に」

その時、艦橋が揺れた。
そしてスクリーンに多くの光の華が咲いた。

「なんだ、どうしたのだ!」

「左舷後方に敵艦隊。ジャミングが激しくそれ以上のことは分かりません」

「何!」

「閣下、敵はやはり戦場を移動したのでしょう。ここは迎撃を」

「やかましい。言われなくともわかっておるわ」

このやり取りの間にも戦火は拡大していく。
そして義眼の参謀は、最早見切りをつけていた。

(ゼークト提督も所詮この程度の人か)



side 第13艦隊

「よーし、後はドンちゃん騒ぎだ。」

「はは、こいつは良いどっちを向いても敵ばかりだ。撃てば当たるぞ。弾薬を惜しむなよ」

「慌てず、焦らず、敵艦隊の通信量が多い部隊を集中して叩くのです」

第13艦隊は敵の後背を取った。圧倒的な有利の下、ヤンはグエン分艦隊を先頭に突撃を命じた。
それを支援するアッテンボロー、フィッシャーの両艦隊。

「ヤン提督、敵がワルキューレを発進させつつあります」

「了解した、ラップ大佐。各艦に伝達、敵空母部隊に砲火を集中させよ、と」

「ハッ」

(どうもラップに敬語を使われるのは違和感があるな・・・やりにくい)


戦闘開始から1時間後、ゼークト艦隊はエルラッハ艦隊同様の損害を出してしまう。
違うのは指揮官が未だ健在かどうかといった程度であろう。

「敵艦隊司令に連絡を入れてくれ。降伏せよ、しからざれば退却せよ。追撃はしない、とね」



side ゼークト艦隊

「降伏だと!? しかもそれが嫌ならば逃げろだと?馬鹿にしおってからに!!」

「通信相手はヤン・ウェンリー大将です」

「あの、あの、あのヤン・ウェンリーか!!!? イゼルローンのみならずここでも恥辱を受けろというのか!!!」

「か、閣下」

「砲撃だ。これほど無残に敗北して我々はおめおめ帝都には戻れん。よもやここにきて命を惜しむ者はおるまいな」



side 第13艦隊

「ヤン閣下、返信です。」

ラップ大佐が手を震わせながら続ける

「読みます。『汝は武人の心を弁えない卑怯者である、我、無能者とのそしりを受け様とも臆病者と誹りは感受できず。この上は皇帝陛下の恩顧と帝国の繁栄の為全艦玉砕し帝国軍の名誉を全うすべし』以上です」

「武人の心だって!? 臆病者の誹りは受けられないから玉砕するだと!!」

普段のヤンらしからぬ態度に幕僚たちの視線が集まる。

「敵旗艦を判別できるか?」

(死んで詫びるなら一人で詫びれば良い。なぜ部下を巻き添えにする!)

「出来ます」

「集中的にそれを狙え。これがこの戦い最後の砲撃だ」

「照準完了」

「撃て」


ゼークト艦隊旗艦は消滅した。ゼークト提督は戦死し、他の生き残った艦艇も四散して逃げ散っていく。
そんな中、砲撃で撃沈される前に一機のシャトルがゼークト艦隊旗艦から脱出した事を気に留めたものはこの時点では誰もいない

宇宙暦796年1月、アスターテ会戦前半戦と後に言われる戦いは終わった。
これ以上の犠牲を出したくないヤンは、艦隊を帰路に着かせようとしていた。





[21942] 第四話 アスターテ後編
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:d7a7faea
Date: 2010/09/17 21:14
『諸君らは共和国を守る精鋭部隊である。民主主義の大儀を掲げるこの国と、第1から第18艦隊までの国防戦力とが共に手と手を取り合えば圧政を掲げる銀河帝国軍の侵攻を跳ね除け、やがては悪の拠点イゼルローン要塞をも陥落させることが出来るであろう。このヨブ・トリューニヒトは諸君らの愛国的な活動を期待するものである』



『アーレ・ハイネセンは確かに偉大さ。だがな完璧な人間がいないように彼も完璧ではなかった。銀河帝国の底力と当時の少数派であったゲルマン系白人民族の鬱憤を軽視してしまった。それがこの戦争の一つの要因さ。もっとも当時の私が同じ立場にいたらやはり和平を選択しただろうよ。何故かって?そりゃあもちろん世論には勝てんからだよ』byホアン・ルイ



『シトレ元帥は仰っていた。我々は偶像と戦っている、とね。わしもそう思う。わしが初陣を飾った第二次ティアマト会戦までは攻勢に転じていたのは共和国軍じゃった。しかし、目先の勝利に拘泥し艦隊増強を行った為、要塞建設という発想の転換を行えなんだ。その結果が6度にわたるイゼルローンの敗北であり、度重なる帝国軍の侵攻であろう。わしの子供の頃は選抜徴兵制度などなかったものじゃよ?じゃがあの要塞が完成させてしまってからそれは開始され、物事は悪い方向ばかりへと進んでいる、そんな気がする』by アレクサンドル・ビュコック



『銀河帝国軍が侵攻してきただと?何かの誤報だろう』byコード・ギアス大統領



『我々は帝国に逆侵攻する必要はないのです、ウィンザー議員。何故なら我が国のほうが人口比で勝り、開拓すべき惑星を多数保有しております。一方銀河帝国は国防に力を傾け内政問題を疎かにしています。もしも我が軍が大挙して侵攻するなら敵を団結させ、更には平民階級への弾圧を招きかねません。また、あの広大な領土を維持するには18個艦隊では絶対数がはるかに足りません。更に言わせてもらいますが、戦勝をもぎ取ることと治安維持は全くの別物であります。小規模ならともかく、5個艦隊以上の出兵は臨時国債などで賄われ財政の悪化につながりますので、民意が納得できる理由が必要です』byシドニー・シトレ



第四話 アスターテ後編


side ラインハルト

「無能どもめ」

おもわず悪態をつく。
艦隊は予想通りに壊滅させられ、残った艦隊は本体15000隻のみ
対して敵は未だ20000隻近くの艦艇が残っている

「これでは話にならぬ」

敵軍が引き返す、という報告を受けたときは何かのデマかと思ったが予想通りデマだった。
おかげで戦場深く誘い込まれてしまったようなもの。

(俺に全軍の指揮権があれば、いや、一個艦隊の指揮権さえあれば必ず逆転させられるものを)

「シュターデン中将は最早正常な判断を下せないものと思われます」

ジークフリード・キルヒアイス大佐が副官として意見を述べる

「キルヒアイスもそう思うか?」

「はい、この期に及んでなお前進命令を出すなど自殺行為です」

「そうだな、本来であればゼークト艦隊壊滅と同時に速やかにオーディンへと帰還するのが『常識』というやつだ」

「それをおやりにならないのは、司令官個人がもはや意固地になっているとしか思えません」

赤毛の親友は正しい。いつも正しい意見を述べる。・・・・述べるが

「ああ、そうだろうよ。だが、だからといって私の指揮下にある艦隊だけでも逃げ出すわけにはいかん」

指揮シートをつかむ手に血管が浮かぶ。
何も出来ない自分への腹立たしさ、将兵への申し訳なさ、宮廷貴族どもの無能さとこの国の理不尽さに怒り、呆れ返っている。

「でしたら、ラインハルト様のなすべき事を為さるべきでしょう」

(こいつは・・・・全く敵わんな)

「キルヒアイス、このメモリーデータを全艦艇に流してくれ。くれぐれも内密に、な」

「畏まりました」


それから2時間後、ラインハルトの下に報告が届けられた

「敵影確認」

(距離800、方位は一時から二時の方向)

「距離900。方位1.25時の方角」

「敵艦発砲!!」


アスターテ会戦は新たな局面を迎えた。



side 第13艦隊 4時間前

「全艦、これよりイゼルローン要塞に帰港する、転進用意」

「帰港されるのですか?」

聞き返すのはパトリチェフ。

「ああ、敵二個艦隊を撃破したんだ。もう十分さ」

(全く、これだけの勝利を得たんだ。もう十分だろう)

ヤンは指揮官席の上に胡坐をかきながら考える。

(ロボス元帥も納得するはずだ。二個艦隊を相手に損害はほとんどなし、対して敵艦隊はほぼ壊滅・・・常識的に考えて十分な戦果のはずだ)

ヤンは人殺しを嫌っている。そんな彼をイゼルローン要塞防御司令官ワルター・フォン・シェーンコップは『矛盾の人』と称している。

だが、ヤンの期待はものの見事に破れる事のになる。
一人の仕官がフレデリカに通信文を渡し、彼女の顔が強張った。

「閣下、その、宇宙艦隊司令部より通信です」

(なんでこのタイミングにこんな命令が? とにかく閣下に伝えなければ)

「なんだい大尉、撤退命令かい?」

フレデリカ・グリーンヒル大尉は無言で首を横にふった

(・・・・・何だか、いやな予感しかしないなぁ)

「読んでくれ。」

「読みます・・・・『敵艦隊を全て殲滅せよ』・・・・以上です」

「全く」

(上層部は現状が分かっているのか!?超能力者でもいるんじゃないのか・・・・いや、実際の戦場の現場をこんなに詳しく分かるはずがない)

(つまり、私は嵌められたという訳か・・・・アッテンボローの言った通りになるとは・・・・まったく)

「了解したと返信してくれ。ああ、それと先ほどの命令は撤回。全軍に通達、最後の戦いだ、死なないように戦い抜こうと激励してくれ」


4時間後

中央から正面衝突したシュターデン艦隊は中央突破戦術と近接戦闘により半壊しつつあった。
そして、戦闘開始から約1時間、イワン・コーネフ、オリビエ・ポプラン少佐のスパルタニアンによる連携攻撃によりシュターデン提督が戦死した。

その報告は即座にラインハルトの下へ届いた。

「キルヒアイス!」

「はい。全艦に告ぐ。これより我が艦隊はラインハルト・フォン・ミューゼル中将の指揮下に入る。全軍C-4回戦を開き即座に行動せよ」

帝国軍が反撃の狼煙をあげんとしていた。

一方この放送はヒューべリオンでも受信された。
急速に穿つ共和国軍、分裂していく帝国軍。一見すると勝利は確実なものとなったかに見えた。

「・・・・脆すぎる」

ヤンが何か引っかかりを覚えた頃、各分艦隊司令官達も同じ様な感触に囚われていた

「どういう事だ、何故敵の反撃がこうも薄い!」

「やれやれ、何かこうラップ先輩やヤン先輩の予想とはかけ離れてないか?」

「予想では死兵になる前に片をつける筈・・・・それが」


・・・・その頃、ラインハルトの旗艦では・・・・

「どうだ!!」

「はい、我が軍は敵に分断させつつあります」

「よし、今だキルヒアイス、全艦全速前進!!敵の後背に食らいつけ!!」


・・・・ヒューベリオン・・・・

「っ、しまった」

「閣下! 敵が、左右に分断した敵が我が方の後背にくらいつつあります」

「反転、いいや、待て。ヤン提督、このまま時計回りに前進。さらに敵の背後を突くべきです」

「ラップ参謀の言うとおりだ。全軍に厳命、時計回りに敵艦隊後背へ食らいつくように。なお、敵前回頭は慎み防御に全力を注ぎ込むべし、だ。急いでくれ」


更に2時間、両軍は二つの蛇がお互いの尾を食らい合う陣形になった。
そして消耗戦を嫌った両者はお互いが息を合わせたかのように兵を引いていく。

・・・・・そんな中・・・・・・

「閣下、敵艦隊司令官ラインハルト・フォン・ミューゼル中将から通信が入っています。如何為さいますか?」

「・・・・・・・・・・」

ヤンは熟考の末、決断した。



[21942] 第五話 分岐点
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/18 20:34
『お前たちを叩きのめしたのはこのブルース・アッシュビーだ。そして次に叩きのめすのもブルース・アッシュビーだ。よく覚えておけ』



『我々は屈しない。銀河共和国から苦節1万光年、ついに我々は新天地を得たのだ。余はここに銀河帝国ゴールデンバウム王朝の成立を宣言する。そしていつの日にか必ず正当な支配者として共和国を僭称する輩に反撃するであろう』byルドルフ・フォン・ゴールデンバウム



『帝国は怖いのさ。自国の権益を我ら共和国が全て掻っ攫うのではないかとね。だがな、それも仕方ない。圧倒的、とまではいかないが国力の差は歴然としているし、なにより人口差が違う。貴族制という一種の専制政治は確かに効率の良い制度だ。その結果ルドルフの作り上げた帝国は、軍事面において我が国とほぼ互角といって良い・・・・もっとも、我々が限定戦争を望んでいるのに対して向こうは常時戦時下のようなもの。いずれ破綻するのは目に見えている。だから大規模な出兵などする必要はないし、イゼルローン要塞が落ちた今、選抜徴兵制度も廃止すべきなのだ・・・・・まあ、人口差を10対5にまで埋めた歴代皇帝の多産政策は賞賛に値するがな』by ジョアン・レベロ



『イゼルローン要塞は陥落した。それも半個艦隊で。成功させたのはヤン・ウェンリー少将。これで我々は帝国領土へ約30年ぶりに侵攻できる。宇宙暦795年1月は記念すべき年月となるだろう。彼を二階級特進させ軍を嗾けさせよう。彼に、魔術師ヤンに続け、とね。そうすれば戦略的劣勢で戦力を削がれてきた軍部のことだ、喜び勇み出兵命令に賛同するであろう(そして再選だ)』byラザフォート大統領



第五話 分岐点

第13艦隊は凱旋の途上にあった。三方向から包囲されながら2個艦隊を殲滅し、更にもう1個艦隊を半壊させ味方の損害は1割にも満たない。まさに、圧勝である。
それは初期の予想を大きく裏切る形であった。
特にダゴン会戦の勝利の再現を目論んだフェザーン、共和国軍首脳部、帝国軍の者達にとって凶報以外の何者でもない。



「全艦警戒シフトに移行」

ムライ参謀長の命令が各艦に伝達される。

「各艦はフィッシャー提督の命令に従い、秩序ある行動を行うように」

当たり障りのない命令。弛緩した空気。
誰も彼もが笑顔を浮かべ、今日生きていることを喜んでいるようだ。

(無理もない)

ヤンは思う

(本来なら殲滅されるのは私たちの筈。それが逆に敵艦隊を殲滅した・・・人事でなければ私だって無邪気に喜べただろう・・・)

ヤンの思考は続く

(しかし、それでも私は喜ぶことは出来ない。1289隻、戦死者13万17名。帝国軍の方はざっと400万はくだらないだろう)

(そして私はまた偶像にまつり上げられる。英雄という名の監獄に・・・)

(・・・そんな私が・・・)

「参謀長」

「何でしょう?」

「私は数時間ほど私室にもどる。何かあったら連絡をくれ」



side フレデリカ・グリーンヒル

化粧室の前で念入りに彼女は化粧をしていた。
それはこれから彼女自身の一世一代の賭けに出ようとしていたからだ。

(思えば14年前から私はあの人に憧れ、恋してきた)

14年前、宇宙暦782年、帝国軍が威力偵察兼労働階級確保(共和国内部では組織的拉致行動として強く非難されている)を目的とした軍事行動に出た。目標は共和国外縁恒星系エル・ファシル。参加兵力は一個分艦隊2000隻
無論、反撃した共和国軍であったが、アーサー・リンチ司令官は戦闘途中にエル・ファシルに帰還、指揮系統を失ったエル・ファシル駐留軍2000は壊乱してしまう。
そんな混乱の中、任官して一年の若い中尉が民間人脱出計画の最高責任者となった。
一方帝国軍は慢性的な労働力を少しでも増やし、各貴族領土の荘園に働く平民階級を手に入れるべく艦隊を増派。戦力比は1対5にまで膨れ上がりエル・ファシル駐留軍は玉砕か撤退か、降伏を迫られることになる。

(そしてみんながパニックに陥った・・・・大人で冷静だったのはあの人くらいの者かしら)

パニックに陥った市民をなんとかなだめる新米の中尉。
一方でリンチ少将は一部司令部幕僚ともに独自に脱出計画を進める、それはあまりにも常識的な、故に帝国軍にも察知される行動であった。

(・・・・あの日に遡る・・・・あの人の初めての奇跡の日を)

司令官敵前逃亡。その報道はエル・ファシル全土に駆け巡った。
そしてそれを待っていたかのように中尉は動いた

『お静かに。何、司令官が一部の幕僚と共に逃げただけです。それよりみなさん、我々も脱出します。急いで割り当てられた便の船に乗り込んでください』

脱出船団は対レーダー装置を働かせる、という固定概念とエル・ファシル惑星上に展開した500隻あまりの無人艦隊に気を取られ見事民間人400万人を脱出させる事に成功した。それは一人の英雄の始まりであり、いまや偉大な英雄となった者の第一歩であった。


そして、現在。フレデリカは司令官室の前まで来た。

『ヤン司令、この会戦が終わって生きていることが出来たならお話をさせてもらってもよろしいでしょうか?』

返ってきた答えは『YES』

アラームを押す。程なくして『どうぞ』という掛け声が扉越しに聞こえた。



side ヤン

『卿が、あのヤン・ウェンリーか。卿らのアスターテにおける各個撃破の活躍は見事である。私が国政の全権を掌握した暁には良き関係を築きたい』

『また、共和国が攻撃せぬ限り、こちらからも攻撃はせぬ様、ラインハルト・フォン・ミューゼルの名で確約しよう』

『卿らの勇戦に敬意を評す。お互い再戦の日まで壮健でいたいものだ』

(敗軍の将の中にこれほどの器の持ち主がいたとはね)

あの通信で初めて話した相手。ラインハルト・フォン・ミューゼル。
まさか自分より若い若者が艦隊司令官とは思わなかった。
そして匂わされた野心も。

(たった数言の会話の中で彼は私に伝えた)

(いずれゴールデンバウム王朝は自分の手で滅びるであろうと)

灰色の頭脳と呼ばれた彼の知略は、若い金髪の司令官の思考を読み取った。

(大胆な青年だ。如何に言葉を選んだとはいえ不敬罪とやらにあたるかもしるぬというのに)

その自身の表れにも驚嘆させらる他なかった。

(全く、味方には嫉妬されるは敵には賞賛されるは・・・・普通逆じゃないのかい)

その時アラームがなる。
心当たりは・・・・・ある。

(グリーンヒル大尉・・・だな)

「どうぞ」

『失礼します』

ドアが開き、グリーンヒル大尉が入ってきた。
その瞬間、あのヤン・ウェンリーが、色恋沙汰にそれ程縁のなかった灰色の頭脳が直感を感じた

(・・・・私もどうして・・・・度し難い低脳だな)



side フレデリカ

鼓動がとまらない。こんな事は初めてだ。

「あ、あの」

ヤンは何もいえない。何故ならサーブを打つ権利は彼女にある。
アスターテの前夜、わざわざヤンを捕まえて話があるといったのは彼女だったのだから。

「閣下」

「・・・うん」

「わ、私と、その、あの、えっと」












「私と付き合ってもらえませんか!!」

(言ってしまった!!)



side ヤン

(やはり・・・・・そういう話題か)

「あの?」

グリーンヒル大尉の思いは知っていた。知っていた上で躊躇してきた。
はっきりと分かったのはイゼルローン攻略戦後だった。
そして、今、自分の気持ちに嘘をついてきた、あるいは向かい合わなかった報いを受けているのだろう、ヤンはそう思った

「グリーンヒル大尉」

「ハイ」

彼女の声が震える。顔が強張る。

「私は人殺しだ」

彼は言い放った。まるで断罪を望むかのように。

「それに、生活能力はないし、見ての通りさえない人相だ。しかも政敵もいる・・・・・そんな私で本当にいいのかい?」

(私の心は決まっていたんだな。彼女と再会してから・・・・ずっと)

それは彼女のもっとも聞きたかった言葉

『私でいいのか』



side フレデリカ

「はい。そんな貴方だからこそ、私はここにいます」

そして彼女は驚くべき事実を告げだした

「実は今回の出兵に対して父から艦隊を降りるよう申し付けられました。『もはや命令の撤回は叶わぬ、ロボス元帥はヤン提督を生贄にするつもりだ』と」

彼女は続けた。たった今、自らの伴侶に選んだ人物に。

「父は続けてこうも言いました『卑怯者と罵られようとも構わない。恨まれても構わない、だからお前だけでも』と」

それは父が、ドワイト・グリーンヒルが全てを捨てる覚悟の発言であり行動であった。
そこまで娘を想う父親の気持ちを振り切ったフレデリカにヤンは改めて問うた。

「何故、残った?」

と。

「決まっています。どうせ死ぬのなら貴方と一緒に死にたかったからです」

その言葉と共にフレデリカはヤンに抱きついた。
そして口付けを交わす二人。
ヤン・ウェンリーは生涯のフレデリカ・グリーンヒルという伴侶を得た瞬間である。




このときを後世の歴史家はこう批評する。
「ヤン・ウェンリーが政治の世界を目指すきっかけのひとつは間違いなくこの出会いであったろう。彼は守るべきものが出来た。正確には増えたというべきか。どちらにせよ政敵から自分の大切な人々を守り通す力を彼は手に入れざる負えなくなったと言ってよい。その事はフレデリカ・グリーンヒルに告白された当時のヤン・ウェンリーには分からなかった。だが、嫌でも分かることとなる。それは別の男との出会いによってもたらさるのだった」



[21942] 第六話 出会いと決断
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/19 07:25
『ユリアン、アーレ・ハイネセンの一番の功績は何だと思う?』

『帝国と争わなかった、でしょうか?』

『そう。彼はわかっていた。新興国とはいえ貴族制と専制制度を両立させた国が、国力差が著しい共和国の、特に沸騰した国民世論の前と総力戦体制に移行すれば帝国は勝てないであろう事を。』

『ですが、ヤン提督。僕たちはまだ帝国と戦っています。それはどうしてでしょうか?』

『一般的にはルドルフの怨念といわれているけど私は違うと思う。まず帝国は恐怖から戦っていると思う。特に大貴族にとっては負ける事=処刑される事だと思っているんじゃないかな?もちろん、口には出さないけどね。だから最近のイゼルローンを進発した艦隊が何度も足を止められているんだろうね。そして帝国が当初の予想以上に艦隊を動かせるのは、軍部が貴族の援助を受けていて、それを使った皇帝が軍を強化している、そんなところかな』

『でしたら! 尚のこと帝国を打倒しなければならないのでは?』

『そう、問題はそこだ。ユリアン、思い出してごらん。接触時の平和は何十年続いた? そのときの共和国の繁栄はどうだった?』

『・・・・・第二の黄金期、そう学校で教わりました』

『そう、第二の黄金期だ。人類は争うことなくそういった価値あるものを手にいれられる、そう私は思っている』

『では提督は銀河帝国と和平を結ぶべきとお考えなのですか?』

『いや、今は違う。少なくともゴールデンバウム王朝の現体制が継続するなら和平は結べないだろうし、結ぶべきではない』

『それは?』

『軍産複合体』

『・・・・・軍?』

『簡単に言うとね、共和国内部で軍隊に利権を持っている人々の集団のことさ。大は軍艦の建造会社から小は統合作戦本部のコーヒーショップの店員まで。彼らの職を斡旋できないと議員でも大統領でも次の選挙で劣勢になるか失職する。特にタカ派の議員は、ね。私の危惧はそれなんだ。仮に現時点で講和を結んだとしても銀河帝国は鎖国してしまうだろう。そうなると交易・貿易対象として意味がない。第二次黄金時代は銀河共和国と銀河帝国との共存と貿易、帝国領土の開発でなりたった。民需に関して言えば共和国産のほうが優れている。私の予想ではフェザーンの様に貿易で儲けることで戦後不況を乗り切れると考えている。ところが、55億の人口を持つ国家が一方的に鎖国するとそれは起きない。つまり貿易による失業回避という代替案にならないんだ。そして不況で職を失う人々が街に溢れれば旧暦(西暦)1900年代のファシズムのような国粋主義の台頭を生むだろう。そして、また戦争だ。経済を回らせるための、終わらせるつもりのない、無計画な破滅へと続く戦争だ・・・・そう丁度今のようなね』

『・・・提督』

『軍人では戦争を終わらせられない、そいつは分かっている。だけど、政治家になっても戦争を終わらせる環境にもっていけない。イゼルローンを落とせばこちらの負担が減るかと思った。だが、甘かった。見通しが甘すぎた。軍内部は私のような若造が大将閣下になっているのがよほど気に食わないらしい。私に続けと煽られて既に3度も出兵している・・・・大規模な敗北も占領もなかったから良かったもののもしも広大な占領地を持ち、それ全土に焦土作戦を取られていたら・・・・大敗北をきしてより軍備に経済が依存するような事態になればと思うと・・・・正直ぞっとするよ』



第六話 出会い


フレデリカとヤンが熱烈なキスを交わしていた頃、ジャン・ロベール・ラップは頭を抱えていた。
捕虜の一人が面識を求めてきている、という報告をアッテンボローから受け取ったのだ。
ご丁寧に護衛つきでトリグラフからヒューベリオンに送るとも付け加えて。

「はぁ、なんでまた一介の大佐がこんな情報を知っているんだ?」

彼が目を通しているレポート、それにはロボス元帥が裏で情報を帝国側へ流した状況証拠が多数書かれていた。

「会わせない訳にはいかないだろうけど・・・・いま会わせるのは・・・・でも」

ラップは気付いていた。
あの親友に春が訪れるのではないか、特にグリーンヒル大尉の唯らなぬ様子。
そしてヤンの普段では考えられない、だがよほど注意しなけば分からぬ態度、それを長年の感が感じ取った。

(はは、これを邪魔したら正直銃殺ものだな)

「だが、そうとばかり言ってられない。」



side ???

(どの艦も私のシャトルを拾わなかったのは予想外だったな)

男は無機質な目で自分に与えられた個室に目を見やる。

(まあ、あえて火中の栗を拾いたがる者はおらぬ、ということであろう)

出された食事に手をつける。
それは先ほど通った士官食堂のレパートリーと同じものだった

(共和国は平民・貴族の差別はないと聞くが本当のようだ)

もくもくと食べる捕虜に、ある種の感動を覚える兵士もいる

(毒殺を恐れないのか?)

(ここは敵艦だぞ?その上ヤン提督を呼びつけておいてこの態度は一体なんだ?)



side ヤン

フレデリカと熱い包容を交わしているところに端末に無線が入ってきた。
正直無視をしたいがそうは言ってられない

(すまないね、大尉。続きはまた今度だ)

ヘイゼルの瞳はまだ物足りなさを感じていたが、流石に軍務中であることを思い出したのか、慌てて離れる。

「し、失礼しました」

思わず頭を下げるフレデリカ。
それを困ったように見つめるヤン。

「いや、そのね、僕たちはもうそういう関係なんだからプライベートの時はそんな風にしなくても」

このあと数分間二人は謝り合戦を続けた



side ラップ

(・・・・いい加減出ろ)

こめかみに青筋を立てながら電話する。
確かに内線番号は合っている。居るのも分かっている・・・・・あとはそこで何をしているか。
怒りを通り越して呆れて来た。

(はぁ、本気で銃殺されそうに思ってきた)

やっと繋がった。

「ヤン提督、捕虜の一人が面会を求めています。興味深い資料をお持ちのようですので是非会って頂けませんか?」

新しい出会い。
人は出会い、別れを繰り返す。そんな中、一人の人間との出会いが、その人物の進路を決めてしまう事も往々にしてある。

『分かった、彼を司令官室に通してくれ』



side ヤン

『彼を司令官室へ通してくれ』

連れて来られたのは如何にも参謀です、といった雰囲気を醸し出す男だった。
堂々としてはいるが、威風を感じないのは何故だろう?

「貴官の名前を聞く前に、こちらから自己紹介しよう。私がヤン・ウェンリー。階級が大将で・・・彼女が」

「フレデリカ・グリーンヒル大尉です」

二人の挨拶にとくに感銘を受けた様子も、恐怖した様子も、憎悪した様子もなく彼が会釈する

「銀河帝国軍ゼークト艦隊情報参謀パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐です、お初におめにかかります」

「それでオーベルシュタイン大佐は私に何を提示してくれるのかな?」

「その前にお人払いをお願いします」

「ここには私と大佐と大尉の3人だけだが?」

ヤンの問いに男は淡々と答えた。

「そう、グリーンヒル大尉がいらっしゃる。私の記憶で間違いがなければ総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将殿の娘が」

ヤンの顔に嫌悪感が浮かんだ

「つまり、政治的な話だと、そう言いたいのかい?」

「ご明察恐れ入ります」

両者はなにも言わず視線をぶつける。
だが、先に折れたのはヤンの方だった。

「大尉、その、すまないが・・・・」

「はい、隣室に控えさせていただきます」

フレデリカの姿が完全に消え去った頃合をみて語りだす。
そしてヤンにラップに見せたものと同じ報告書を渡す。
それを熟読するヤン。今までもこの捕虜と面会してから緊張のしっぱなしだった。
それが今まで以上に顔が強張る。

「ヤン提督、貴方は非常に難しい立場に立たされているようですな」

そこにはヤン・ウェンリー謀殺の為に上官たるロボスがフェザーン経由で流した事を裏付ける資料があった

「貴官は一体どこでこれを?」

「アスターテに出兵する直前に担当の各将官、参謀に配布された資料です。容易に手に入りました」

「どう、しろと?」

「もはや知らなかった、では済まされますまい。それに薄々感づいておられた筈です。この会戦には裏がある、と」

ヤンは何も言わない。ただ無言で続きを言うようオーベルシュタインに求めた。

「それは貴方を謀殺ないしは敗北させることです。その状況証拠に今回の出兵では我が国は非常に詳細なデータを手に入れれました」

「ヤン提督、貴方の人となりはわが国でも研究されてきました。とうぜんですな、あのイゼルローン要塞を無血占領されたのですから」

「そこから導き出されたのは、お人よし、という事です。政治的野心も表面上は見えない」

ヤンが口を開く

「ああ、そうかもしれない。それで良いんじゃないか?誰にも迷惑はかけていないし」

彼は首を横にふった後、発言した。
それはヤンの隠れた本心を見事に突く発言だった。

「嘘、ですな。貴方は自責の念にとらわれている。自分についてきた部下に対して謀略に巻き込まれたのを許せない、そう思いのはずだ」

ヤンは薄気味悪さを覚えた。

(何故だ、何故この男はこうも簡単に自分の懐へ入り込んでこれる?)

何故、自分の懸念をこうも的確に当ててくるのだ?

その時、何を思ったか、オーベルシュタイン大佐は片目に手をやった。

・・・・そして

「ご覧の通り、私の両目は義眼です。弱者に生きる資格なしとしたルドルフ・フォン・ゴールデンバウム時代に生まれていれば生まれた直後に抹殺されたでしょう」

「お分かりですか? 私は憎んでいるのです。彼が築き上げた帝国を。」

ヤンが口を開く。

「・・・・・・それを撃ち滅ぼす為に私に手を貸せ、そう言いたいのかい?」

彼は我が意を得たとばかりに頭を下げる。

「御意」

続けてヤンは、自分を襲う何かから逃れるように話を続けた。

「だが私は一介の大将に過ぎない。共和国大統領でも中央議会議長でもない、何より私自身が政敵に暗殺されるほど立場が弱い。なにより私は退役するつもりだ。貴官には悪いけどこの戦いで帝国軍は浅くない傷を負った。その回復には相当な時間がかかるだろう。だから私は悠々自適な予備役生活を・・・・」

そこでオーベルシュタインが手を挙げる。そして発言を求めた。
次の瞬間、ヤンは凍りついた。

「選抜徴兵制度、そしてその対象者ユリアン・ミンツ。これらを無視して退役されるとは思えません」

(っ、どこまで知っている!?)

「・・・・・・・・・・」

沈黙。

「・・・・・・・・・・」

口を開いたのはオーベルシュタインだった

「私を買っていただきたい。貴方を、貴方の敵から守るため。そして貴方を覇者にする為に」



その後、公式にはパウル・フォン・オーベルシュタイン『少将』が自由意志で銀河共和国へ亡命し、ヤン・ウェンリーの権限で共和国情報部第三課「国内諜報部門」の局長に就任させた事が記されているのみである。



[21942] 第七話 密約
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 18:21
『ここで、銀河共和国の歴史、特に政治制度について述べたいと思う。諸君らに知っていのとおりラグラン・シティ事件をきっかけに4人の建国の父たちが生まれた。それから黒旗軍の活躍により地球正規軍を撃破し、当時、第三次産業の中心であり、持久力の無い地球連邦、その本拠である地球全土を戦略爆撃と戦略封鎖で飢餓に追い込んだ。『我々に殺されるか、餓えて死ぬか、自分で選べ』というある仕官の言葉が地球政権への植民地側惑星の憎悪の深さを物語っている。その後、シリウス暦が採用されるがシリウス暦を採用し続けることが地球政権時代、西暦を採用し続けた事とそれがシリウス単独政権の圧制へと他の星系がダブらせる事を恐れた、時の大統領レギウム・ドラグノフ氏は中央議会に掛け合い、公募した中から宇宙暦を採用する。それが宇宙暦元年であり今から780年ほど前のことだ』

『さて、政治制度であるが、時の4人の英雄がまず参考にしたのは旧暦(西暦)のアメリカ合衆国だった。旧暦1900年代もっとも完成された三権分立を採用することで共和国のなばかり民主主義化を防ごうとし、それは成功した。行政権を握る大統領府、立法権を持つ中央議会、最後の審判にして良識の砦、最高裁判所を設立させた。中央議会の定員は450名。うち150名は75ある各星系(州と呼ばれる事もある)から2名、残り300名は各地の小選挙区制度から選らばる。その為、中央議会は『州民連合』と『自由共和党』の二大政党政治が展開されてきた。そして中央議会には最高評議会と呼ばれる行政への諮問機関がある。これは行政の暴走を防ぐために設けられた機関で中央議会から12ある委員会(国防委員会、人的資源委員会、財務委員会など)の委員長12名から構成され大統領の職権(特にダゴン会戦以降は軍事大権)を1度制限することが可能である。行政権を持つ大統領は直接選挙、任期5年3期までと決まっており立法権を持たない代わりに、議会の提案を一度拒否できる。解任請求は原則されない。また大統領が行う重要な行動は評議会に諮問され、ここで2度否決されるとその軍事行動や提案などは廃案となる。また、現役軍人の入閣や大統領就任は共和国憲章で明確に否定されているが、退役軍人は問題ない。むしろマーシャル大統領の様に大軍を指揮した人間を国民が優秀と判断し、大統領へと就任させた例もある。』

『(故に大統領職は人気職でもあるわけですか、校長。)』

『最高裁判所の役割は民事・刑事・行政裁判を抜かせば違憲審査権にあると言えるだろう。立法府が行う議題、法律が共和国憲章に反する場合に効力を発揮し、それを差止め、棄却させられる。だが悲しいかな、現在の情勢、そうイゼルローン要塞が帝国軍の手にあり、共和国軍は防戦一方のため、違憲審査が行われるのはあまりにも少なくなった。』

『例えば、例の選抜徴兵制度の導入でしょうか?』

『ヤン候補生の指摘は相変わらず毒舌だな。そう、その制度も議会に論争の末可決された。本来なら違憲審査なり大統領拒否権の発動なりがあってもよかったのだが・・・・』

シドニー・シトレ中将による士官学校特別講演会より抜粋。著者パトリック・アッテンボロー 『銀河共和国の矛盾』




第六話 密約




首都星シリウスは勝利の報告に色めきかえっていた。
アスターテの大勝利が伝わったのであり、当然の結果といえよう。


『やってくれました、エル・ファシルの英雄、イゼルローンの奇跡、魔術師ヤンがアスターテで悪逆非道な専制君主の艦隊を撃破しました』

『共和国軍の事前の報道によりますと、2倍の敵から方位され勝った例はないとの事。しかも帝国軍は著作権料を支払わずにダゴン会戦を再現しようとした模様。』

『と言うことは、リン・パオ、ユーフス・トパロフル両元帥以上の活躍と言ってよいのでしょうか?』

『そうですね、史上最年少の大将であり、ダゴンの逆転劇を演出したのですからそう言っては良いのでしょうか?』

『それ以上にブルース・アッシュビー元帥より若い元帥の登場です。本人が聞いたら喜ぶ・・・・』

ブツン。
ソリビジョンの電源が切れた、いや、正確には切られた、というべきか。



side ロボス 

宇宙艦隊司令長官室で苦虫を何十匹もすり潰した顔でフォーク准将を睨み付ける。
そこには第11艦隊ウィレム・ホーランド中将、作戦部参謀アンドリュー・フォーク准将とロボス元帥の3人がいた。

「どう言う事だ!! 本来であれば逆ではなかったのか!!」

ロボスが怒鳴る。

「そもそも、ダゴン会戦を再現させるよう情報を流させたのは貴官ら二人の為だったのだぞ」

言っていることは責任転換の何者でもない。
確かにヤンが気に食わないことで一致している3人であるが、最初に謀殺を提案し、実行するよう命令したのはロボスだ。

「それが、アスターテでの空前絶後の大勝利。メディアはこぞって元帥号授与を規定事実として報道している」

そう、フォークの流した情報が裏目に出た。
勝利前は反ヤン・ウェンリーと言う様な報道が多かったが、勝利の報告が入るとメディアは一変した。
惑星ネットの批評も批判から大絶賛に変貌している。
これで勲章などで済ませればロボス自身への非難に向かいかねない勢いだ。

「しかも有り難い事に、国防委員会委員長のトリューニヒト閣下まで乗り気と来ている!!」

シドニー・シトレ統合作戦本部長がヤン・ウェンリーの元帥昇進を後押ししているのは分かる。
同じ大将格でありながら、何故だか総参謀長のドワイト・グリーンヒルも親ヤン・ウェンリーだ。
だから二人が賛成するのはわかる、分かっていたが・・・・・

『ロボス君、国防委員会はヤン大将を元帥に昇進させるよう勧告する。これは正式な決定だ』

トリューニヒトがヤンを擁護するとは思わなかった。
彼の思惑はだいたい読める。政治力のないヤンを傀儡にしたいのだろう、と。
だが、パエッタ中将をはじめ軍内部の宇宙艦隊司令官の親トリューニヒト派将校の反発を買うような言動はさけるものと思っていた。
そう考えフェザーンを経由して情報を流したのだ・・・・だが、それが、全て裏目にでた。

「一体全体なぜこうなった!!! 帝国軍は居眠りでもしていたのか!?」

ロボスはこれ以上ヤンを活躍させないため、三人で新たな策謀を開始した。
それは図らずしもヤン・ウェンリーを上らせるための策謀となるのだが、現時点ではそれは誰にも分からない事だった。





side ヤン

『貴方を覇者にするために』

「貴官はいったい何を言っているのか分かっているのかい?」

思わず聞き返す。

(・・・・そうであれ、しかし)

ヤンの中で渦巻く迷い。
足を踏み外しそうな気分だ。いや、この場合は道をそれる気分と言った方が正しいか。

「そうです、私は私自身の目的のため閣下を利用する、閣下は閣下ご自身の身を守るため私を利用する、そういう事です」

(私が覇者になる・・・・それで本当に守れるのか?)

頭の中でぶつかり合う論争。
フレデリカ、ユリアン、アッテンボロー、キャゼルヌ先輩、ラップを初め私を信じて付いてきてくれた人々。ジェシカやシェーンコップのように期待する人々。守りたいもの。

(私はどうしたら良い?)

オーベルシュタインを見つめなおす。
冷徹な義眼には回答が一つだけあった。
ただそれは、ヤンの感じ方とは全く逆方向の回答であった。


「貴官は・・・・・私を裏切らないと確約できるのかい?私が貴官の意にそぐわぬ時は私をも排除する、そうではないのか?」

オーベルシュタインは眉一つ動かさず答えた。

「そうですな、そうなるでしょう」

(言い切ったか・・・・それほどまで自信があるのか)

その時、先ほどまでフレデリカと抱き合っていた感触が急激にもどってくる。

(・・・・フレデリカ)

思い出されるのは養子の笑顔。
大佐、提督、と自分をしたってきた今年16になる少年。

『ヤン提督、僕、軍人になろうと思います。』

(私が反対してもユリアンは戦場に向かう運命にある。あの悪法、選抜徴兵制度がある限り)

ヤンの心は固まりつつあった。
彼に芽生えつつあるのは政治的野心。
その発端は家族を守るため。
たったそれだけをするのに30歳の大将は茨の道を歩まざる負えなくなってしまった。

「やれやれ私は劇薬を手に入れたらしい、それもとびっきりの劇薬を」

皮肉にも動じないオーベルシュタイン。だがヤンはもう驚かなかった。

(まるでドライアイスみたいだな、この図太さは)

「オーベルシュタイン大佐」

「ハッ」

「私を共和国の覇者にする為にはまず何をしたら良いとおもうかい?」

そこで返ってきたのは質問

「失礼ながら、閣下は何が必要だと思われますか?」

ヤンは簡潔にいう。

「停戦、そして講和。ただし、現在のゴールデンバウム王朝以外の勢力と」

ヤンの答えに半ば満足したオーベルシュタインはなお促す。

「さらにあるでしょう。閣下ご自身の身を守るために」

ヤンの顔がゆがんだ。

「・・・・・・・・最低でも宇宙艦隊司令長官と同等になること。つまり元帥号の授与だ」

(いや、それだけじゃ満額の回答にはならない)

「・・・・・・・・そして、親ヤン・ウェンリー派を立ち上げる。」

オーベルシュタインは無機質な賞賛をあげる。

「お見事です、閣下。それに付け加えるならば」

「付け加えるならば、軍内部だけでなく、国民、政界の双方に基盤を持つこと」

さらにヤンは続ける。

「政界への転出。講和の達成。すくなくとも通商条約の締結」

「その理由は?」

「貴官なら、言わなくても分かるだろ?古来より戦争を動かしてきた魔物の一つにして筆頭、経済、さ」



それから沈黙が流れた。



永遠ともいえる沈黙。



そこでヤンは重い口を開いた。


「私が元帥になったら、いや、帰還したら貴官をシドニー・シトレ統合作戦本部長に会わせる。また、キャゼルヌ後方主任参謀やドワイト・グリーンヒル総参謀長にも力をかしてもらう。元帥号を一旦捨ててもこの人事を認めてもらう」

(何故だろうな・・・・こんな陰謀劇を繰り広げるほど私は卑しい人間だったのか?)

オーベルシュタインは相変わらずの姿勢、声色で聞きなおした。
まるで、ヤンが自分が使えるに値する主君であるか確認するかの様に。

「その人事とは?」

今度はヤンも即答した。

「共和国情報部第三課、国内調査・防諜部門。そこで貴官に働いてもらおう。共和国は軍事面以外で国内の防諜にあまり力を入れていない」

「理由は簡単。帝国で作れるものは共和国で作れる。しかも帝国が1作る間に、10を作れる計算だからだ」

(ここまで言った以上、もう・・・・・後には引けない)

そして義眼の男が答える。

「そして国内にいるヤン提督のシンパを集め、国内の敵を掃討する、というわけですね」




「・・・・・・・・・ああ」


義眼の男は敬礼をしてその場を下がった。

そしてヤンは、聞こえるはずのない音を確かに聞いた。

それは、自分の背後で扉がしまる、そんな音だった。



[21942] 第八話 昇進
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 18:18
『 イゼルローン攻防戦の原因について考察する手記より

今となっては遅いが、イゼルローン回廊に要塞を建設する案は共和国にもあった。では、何故それをしなかったかと言うと第二次ティアマト会戦にその要因があると思われる。第二次ティアマト会戦は当初の予想通り帝国軍の壊滅に終わった。それはいい。しかし、その結果軍上層部は安易な、だが確実な艦隊増強案に走った。当時の国民世論は勝利に沸いており、その原因を見た目で分かる、宇宙艦隊に求めた。それは正しいものの見方だった。だが、それは新たなるものの見方ではなかった。イゼルローン回廊を巡る戦いは、フレデリック・ジャスパー提督のジンクスではないが、勝勝負勝勝負を繰り返しており、共和国軍優位のまま進んでいた。だから要塞建設案よりも艦隊増強案を議会は可決したのだ。これは私案としてブルース・アッシュビー提督(時の宇宙艦隊司令長官)が宇宙艦隊増強を認めさせる代わりに要塞建設を簡単に放棄した点でも分かる。当時の為政者たちは、『要塞』、それは過去の遺物であり、現在の戦争にはそぐわないと思われたのだ。それが大きな間違いだと気づくのに、我々は二千万に近い人命を浪費してしまった。罪深いことだ。あの要塞をもし我々が建設していればより優位な立場で外交なり戦争なりを継続できたであろう』



『 銀河帝国宇宙艦隊司令長官より皇帝陛下への奏上

此度のティアマトでの敗戦、真に申し訳ありません。まさに臣の不徳の致す所でございます。されど陛下、もしもご温情いただけるならば臣にもう一度機会をお与え下さい。必ずや共和国を僭称する反逆者どもに目にモノを見せてやります』



『銀河帝国勅令 帝国暦462年 5月

帝国領土防衛のためのイゼルローン回廊における新要塞建設のメリットについて
1、帝国内部へ侵攻する共和国軍への防壁となる。
2、帝国軍艦艇を駐留させる事により、防戦一方であった我が国が逆侵攻にでれる。
3、イゼルローン回廊に戦略物資の貯蔵施設を設けることで国庫への負担を軽減できる
4、共和国軍をイゼルローン回廊へ向かわせることで、フェザーン回廊からの同時進行を避けられる(余はフェザーン自治領の中立政策に頼るのは危険と判断した)

以上の点をもって、帝国艦隊は共和国軍の動きを万難をもって排除し、要塞建設を支援することを命じる、これは勅令である』



第八話 昇進



二週間後、アスターテの戦場よりイゼルローン要塞を経由して首都星シリウスに帰還したヤンたちを待っていたのは凱旋式を思わせるほどの熱狂的な歓待であった。
新たなるブルース・アッシュビー、第二のリン・パオ、ユースフ・トパロフルの再来を一目見ようと、あるいはインタビューに答えてもらおうと巨大な人の壁、人の渦が辺り一面を多い尽くしていた。

『ヤン提督だ、魔術師ヤンだ!』

『何!? どこだ? どこにいる!?』

『いた、ヤン提督だ。奇跡のヤンだ。』

『ヤン提督、何か一言!!』

『アスターテでの感想を!』

そういったシュプレッヒコールは無視していたヤンだが、ある記者の一言には胸を痛めた。
それはこんな内容だった。

『今回の無駄な出兵で死んだ遺族にはなんと説明するつもりですか?』

ヤン自身、今回の出兵が自分を排斥したい宇宙艦隊司令長官ロボス元帥の独断と選挙に勝ちたいラザフォート大統領の思惑が一致した為と知った今、自責の念に駆られている。

(違う、私は英雄なんかじゃない! ただの人殺しなんだ!!)

そう叫べたらどんなに良かったか。

(だから、もう私に付きまとわないでくれ!)

そう、言い切れればどんなに楽か。

だが。それはもう彼には許されない。

フレデリカと関係を持った以上、彼女を見捨てて無責任な事は言えない。
彼女には打ち明けた。



side フレデリカ 一週間前


(何かしら) 

フレデリカ・グリーンヒルはこのところ彼女の伴侶が元気がない、いや、何か思いつめているのに気が付いていた。

(私にも言えない・・・・他の女? まさかね)

少しばかり見当違いをしてしまうのは恋する乙女の勲章だろう。
だが、そんなほのぼのとした感想は彼の呼び出しを受けた時に瓦解する。

「フレデリカ」

いつになく険しい表情。
怒っているような、泣いているような、戸惑っているような、そんな表情。

「ごめん、フレデリカ」

(何がごめんなの?)

「・・・・実は」

深刻そうな彼の表情を見て彼女も決意した。

「別れ話、でしょうか?」

それを聞いてきょとんとするヤン。

(あれ?違うの?)

一瞬拍子抜けしたフレデリカ。
一方ヤンも何を言っていいのか戸惑う。

「ええと、ちがうんだ、そうじゃない、そうじゃなくて・・・・・」

そしてヤンは話した。オーベルシュタイン大佐との話を。



side シドニー・シトレ 統合作戦本部本部長室

白のベレー帽に白い軍服で入室してきた青年士官をみやる。
軍服を着てなければどこかの大学の芽の出ない学者にしか見えない男。
だが、いまや小学生以上の国民なら9割は知っているに違いない英雄。

(思えば10年前にも似たような事があったな)

思い出すのはエル・ファシル脱出直後の彼。
まだ何も分からない子供と言っても良い若手の中尉が怒涛のインタビューラッシュ、講演会への強制参加といった混乱と騒動の洗濯機に叩き込まれていた。
そんな中、私が挨拶しに行くとどこか安心したような表情を見せた彼。

(・・・・だが)

だが、今まさに元帥へと昇進する彼の目は変わっていた。
明らかに10年前の、あるいは、イゼルローン要塞陥落時に辞表を提出した彼とは違った。

(何かあったな・・・・やはりアスターテの件か)

無能では軍の最高指揮官は務まらない。
彼とて政界や財界に独自の諜報網はある。
そして知った。ヤン・ウェンリー謀殺計画とでも言うべき暗躍を。

「ヤン・ウェンリー、ただ今帰還しました。」

「ご苦労だった、大将。ところでわざわざ呼ばれた理由は分かるかね?」

ヤンは少々考える振りをしてから切り出した。

「自分の艦隊と昇進についてだと考えます」

「そうだ、まあかけたまえ。」

「失礼します、本部長」

(やはり変だ。ここまで物事をはっきりいうタイプではなかった・・・・まあ良い事なのだろう)

ヤンはヤンでタイミングを計っていた。いつ、オーベルシュタインの件を切り出すか。

「此度のアスターテにおける活躍は見事だった」

本部長ともヤンとも違う声が聞こえる。
それは総参謀長ドワイト・グリーンヒルであり、ヤンがフレデリカと共に事前に根回しをした成果でも合った

「いえ、運が良かっただけです」

その後なんどか謙遜の応酬が続き、本部長が本題に入ってきた。

「さて、ヤン大将、貴官の処遇だが・・・・貴官にとって喜ばしいかどうかは不明だが、ヤン大将、貴官を明日1200を持って元帥へと正式に昇進させる。何か異義や要請はあるかね?」

ヤンは即答とした。
それは彼にとって始まりの第一歩であった。

「人事の件、でもよろしいでしょうか?」

「うむ、許可しよう。で、どんな人事かな?」

「亡命者の中にパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐がいます、彼を少将の地位にいたことにして、彼を准将の階級に据え置き国内諜報部門のトップに据えていただきたい」

ヤンは堂々と言ってのけた。
これにはグリーンヒル大将もシトレ元帥も即答はさけた。

「理由は?」

「彼が非常に優秀な諜報員であり情報参謀であるからです。彼自身が共和国への憧憬を抱き、隙を見て敵艦隊旗艦からシャトルを奪い脱出。我が軍に亡命してきました」

「それだけ、かね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「それだけでは話にならない、他になにかないのか?」

グリーンヒル大将も聞いてくる。

・・・・そして、彼はジョーカーを切った。
最強にして最悪の鬼札を。

「アスターテの裏側」

「「!!」」

二人の顔がこわばる。いや青くなったと言っても良い。

「彼はアスターテを知っています。それをマスコミにリークすることも出来ます。でしたら、彼の言うとおりにしたほうが良いと考えます」

ぶつかる視線。
だが、何故か笑みをたたえる本部長。
それをみて遣外な表情をとる総参謀長。

「ヤン候補生、私は君の味方かね?」

「私としては味方であって欲しいと考えます、校長先生」

「君は相変わらず笑顔で毒を吐く。その癖を直してもらいたいものだ」

ヤンが苦笑いをする。
自覚しているが、どうにも直らない。
フレデリカにも言われた。『閣下は毒舌家ですね』と。

(私はそんなつもりは無いんだけどなぁ)

「元帥ともなればなおりましょう。部下たちの安全の為にも、ですが」

それはシトレの望んだ回答でもあった。

「よかろう、人事局には明日にでも正式に伝えよう。で、偽名はなんと言う?」

少し戸惑った、いや罪悪感に苛まれた後でヤンは告げた。

「恐らくアスターテで戦死した佐官でポール・サー・オーベルトという人物がいます。彼の軍歴を利用し、同姓同名の別人を作り上げては如何でしょう」

二人で話を進める中、グリーンヒル大将が苦虫をつぶしている。

「グリーンヒル大将、何か意見がありそうだな。遠慮はいらん述べたまえ」

彼が発言する。

「本部長、これは利敵行為ではありませんか?得体の知れない帝国軍人を国内情報部のTOPに就任させるなど狂気の沙汰としか思えません」

「それに、如何に救国の英雄とは言えあまりにも滅茶苦茶な要求・・・・・」

「では、軍内部の不祥事を世間にもらせと? 私はそれでも構わんがそれこそ彼の、帝国の狙いだとしたらどうする」

「・・・・しかし」

「失礼ながら本部長、総参謀長、彼の件は直接本人に会ってから決めては如何でしょうか?」

グリーンヒルはしぶしぶ納得した。
それはヤンの策略にまんまと乗せられることとなる。

「では、入ってきてもらいます。オーベルシュタイン大佐をここへ」

軍用携帯電話で従卒に命令したヤン。
二人が止めるまでも無く、一人の、冷徹を表現した男が入ってきた。

「お初にお目にかかります。『元』銀河帝国軍ゼークト艦隊情報参謀のパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐です」

そして彼は語った。彼自身の身の上を。
そして伝えた。彼が如何にゴールデンバウム王朝を憎んでいるかを。

「よろしいですね?」

シトレは鷹揚に、グリーンヒルは渋々と言った感じで。
だが、二人も老練な策士だ。
釘を刺すことを忘れない。

「ヤン提督」

「グリーンヒル閣下?」

「ここまでしたのだ、娘を不幸にだけはするなよ」

初めて浮かんだ両者同時の笑顔は、確かな信頼関係があった。
そしてシトレ元帥は伝えた。
かつて、教え子が二階級特進で少佐になった時、初めて声をかけたあの時の様に。

「ああ・・・言い忘れた。元帥昇進、おめでとう、ヤン候補生」



一方、帝国では。

ラインハルトが残存艦艇およそ6000隻を率いて帝国本土、首都オーディン宇宙港に帰還していた。
帰還へとかっかた時間は役3週間。ヤンの第13艦隊とは違い敗残の艦隊である。また、生存者の救出にも時間をかけたので通常2週間弱のところ3週間近くモノ時間を費やした。

「大貴族らならばここで平民主体の軍人を見捨てるでしょう。ですが、ラインハルト様の道にはその平民たちの支持が不可欠です」

「敵艦隊は完全にアスターテから退却しました、ですから助けられる限りはぎりぎりまで助けるべきでしょう」

このキルヒアイスの進言を受け入れたランハルトはシュターデン艦隊だけでなく、エルラッハ、ゼークト艦隊の残存兵力をも吸収し一時は1万隻もの大軍となった。
しかし、傷つき航行に支障をきたす艦艇が多く結局のところ廃艦せざるおえなかったが。

そして戦勝祝い(共和国軍によるアスターテ星系進入を阻止したのだから強ち間違いではない。)としてシュワルツラインの館にあるアンネローゼ・フォン・グリューネワルトに会いに行く途上だった。
無論、親友のジークフリード・キルヒアイス中将を連れて。

「遅いな、この馬車は・・・・」

金髪の若者が不機嫌そうにぼやく。
彼こそ、皇族を除けば銀河帝国最年少の上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。

「ラインハルト様にとってはアンネローゼ様にお会いする全てのものが障壁なのでしょうね」

穏やかな口調のキルヒアイス。
それに毒気を抜かれたラインハルト。

「キルヒアイスらしいな」

「ええ、もう10年来の付き合いです。ラインハルト様の事でしたら大概のことは分かりますよ?」

「ふん」

そっぽを向いているラインハルトに、キルヒアイスは思った。
アスターテで敗北した自分たちを取り込んだ皇帝の思惑を。



3時間前 ノイエ・サンスーシ

人事を司る軍務省ではなく皇帝の宮殿に直接呼ばれた事に違和感を感じるラインハルト。
それは赤毛の親友、ジークフリード・キルヒアイスを伴うように、という勅令で不信感は頂点に達した。

(元帥ならともかく、一介の中将を呼び出すとはいったい何事だ?)

(まさかアスターテでの通信のことか?)

思い出されるのはヤン・ウェンリーとの通信。

(いや、あれは極秘通信で俺とキルヒアイスしか知らないし、記録にも残していない)

即座に懸念材料を振る。

(では、何故?)

そうしている間に彼らは皇帝の間(銀翼の鷲)に到着した。
そして頭をたれる。
そこには皇帝フリードリヒ4世と、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー、国務尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデの三名がいた。
皇帝は腰を掛け、残りの二人は直立不動のまま傍らに立っている。

「此度の戦、まことにご苦労であった」

灰色の皇帝。彼の声が木霊する。
自分たちは何も言えない。
言えば、不敬罪として断罪されるであろう。
何せ自慢じゃないがラインハルト・フォン・ミューゼルの大貴族からの嫌われっぷりは半端なものではない。
ベーネミュンデ侯爵婦人やラードル・フォン・フレーゲル男爵など宮中には敵しかいない。

「艦艇34000隻を失いながらも、よくぞ全軍崩壊の危機を乗り切った礼をいうぞ」

皇帝が臣下に礼を言う。
その前代未聞の言葉に衝撃をうける国務尚書のリヒテンラーデ侯爵。
だが口を挟めない。如何に大貴族で宮廷貴族(閣僚)とは言え皇帝の発言に口を挟めばそれだけで不敬罪になるのは目に見えているからだ。

「そこで、だ。卿も20歳を超えたことだし此度の武勲を持ってローエングラム伯爵家を正式に継がせる」

普段では聞かれることのない断固とした意思。それが存在した。

「またな、元帥、例のものを」

そういって皺くちゃな手で威風堂々たる宇宙艦隊司令長官を名指す。

「ハッ」

そして恭しく取り出される一枚の紙。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム、アスターテ会戦で味方の全滅を防ぎ、のみならず共和国を僭称する反逆者の侵入を阻止した功績をもって卿を二階級特進させ、上級大将へと任ずる。また、ジークフリード・キルヒアイスを中将へと3階級特進させ、エルラッハ、ゼークト、シュターデン艦隊を一つにまとめキルヒアイス艦隊の司令官に抜擢する、以上だ」

驚いたのはキルヒアイスだ。
彼は平民。しかも普通の家庭出身で20歳で大佐という異例の出世を遂げている。
それが更に3階級、しかもさしたる武勲もなく出世するのだ。
驚くな、というほうが無理であろう。

「なに、余からの誕生日プレゼントじゃよ」

それを見抜いたかのように笑う皇帝。

「それにここは銀河帝国。誰も余の決定には逆らえぬ。ああ、それとローエングラム伯には近い将来、キルヒアイス提督を含めた三人の中将を部下につける」

今度はラインハルトも驚く。
ローエングラム伯爵家の継承問題はアスターテ以前に一度話し合われたきりだが、こうも簡単に野望への階段を上ることになろうとは。
そして、二人の提督にも心当たりがあった。

「何か、意見はあるか?」

「いえ、ございません。」

「そうか、ならばみな下がれ。バラの手入れの時間なのでな」



side リヒテンラーデ

(陛下はいったい何をお考えなのだ?)

老人と言って良い彼だが、その脚力はいささかも衰えていない。
それはそうだろう、このノエイ・サンスーシは『弱者に生きる資格無し』としたルドルフ大帝の遺言を繁栄してエレベーターだとかエスカレーターだとかそんなものは存在しない。
で、あるならばら、脚力がなくなった時点で引退を余儀なくされる。
だから、意外かも知れぬがこの老人は朝のランニングを欠かさずに行ってきた。それは今でも変わらない。

温室の前まできた。中ではフリードリヒ4世が一人バラの世話をしている。

「陛下、よろしいでしょうか?」

皇帝はバラを切りながら答えた。

「国務尚書の言いたいことは分かるつもりだ。余がアンネローゼの弟、そしてそれに付随する者に権力を与えすぎた、そういいたいのであろう?」

内心の驚愕を隠しながら続ける。

「陛下のご晴眼真に恐れ入ります。なればこそ、宮中に不穏な空気をばらまくのは危険と臣は考えます」

「というと?」

「ブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵ら貴族への配慮を承りたく存じ上げます。上級大将昇進はともかく、特にローエングラム伯爵家の継承問題は新たなる火種になりかねません」

必死に訴えるリヒテンラーデ。
だが返ってきた答えは彼の想像を脱していた。

「良いではないか?」

「は!?」

思わず絶句する。

「銀河帝国とて元を正せば銀河共和国の一部に過ぎぬ。それに不死の人間が存在しないよう不滅の国家もありえんのだ・・・・余の台で銀河帝国ゴールデンバウム王朝が終焉を迎えても仕方のないことやも知れぬな」

「それに外敵の存在もある。あの赤毛の青年は分からぬがローエングラム伯は紛れもない武勲を立ててのし上がってきた。それで大貴族どもは納得すまいが・・・・まあ、国務尚書も近いうちに分かるじゃろうて。何故余がローエングラム家を与え、彼の者を上級大将に昇進させたのかが、な。」

リヒテンラーデを退出させた皇帝は一人思った。

(さて、あの若者は余の寿命が尽きるまでに目的を達成できるかな?)


side アンネローゼ

弟が帰ってくる。ジークと共に。

『アスターテでの帰還艦艇数6000隻、3名の司令官は全員戦死』

という凶報には耳を疑った。
それが真実だと知った時は胸が押しつぶされそうだった。

ヴェストパーレ男爵夫人が『弟さんたちは無事よ、それどころか武勲を挙げて帰ってくるんですって』

という言葉で心底安堵した。

だが自分はどっちにより安堵したのだろうか?

ラインハルトに? それともジークに?

どちらでも良いことであった。今はただ生存を喜べばよい。

『ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵、おなーり』

そして数分後。
金髪と赤毛の若者が入ってくる。

「姉上、ただいま帰還しました」

「お久しぶりです、アンネローゼ様」

知らずに涙が流れる。

「あ、アンネローゼ様?」

先に気が付いたのはキルヒアイスであった。

二人を抱き寄せるアンネローゼ。

(良かった・・・・本当によかった。二人が無事に戻ってきてくれて)

しばしの幸福に浸る3人。だが誰もが分かっていた。これが一時の事でしかないと。

「ごめんなさいね、取り乱して」

「いえ、こちらこそ姉上に心配をおかけして申し訳ありませんでした」

ラインハルトが謝る。もしもこれをフレーゲル男爵などがみたら目を疑うだろう。
あの金髪の小僧が身上に謝っているのだから。

「そうだわ、今日は二人に会いたいという方をお招きしているの」

「ラインハルト様だけ、でなくて、私たちに、ですか?」

「ええ、是非に、というものだから・・・・ごめんなさいね、勝手に決めて」

「いえいえ、姉上の紹介ならいつでも喜んで。なあ、キルヒアイス」

「ええ。それでどなたなのですか」

呼び鈴が鳴る。
ドアが開いた。
金髪のショートカットの女性、おそらくはラインハルトらと同年代の聡明そうな女性が入ってきた。

「はじめまして、ラインハルト・フォン・ミューゼル中将、ジークフリード・キルヒアイス大佐」

「私はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。此度は閣下にお願いとお頼み、そして誓約のためにまいりました」




ラインハルトがヒルダと面識を得た日から約一月後、銀河共和国ではある議案が最高評議会賛成9、反対3で可決され、大統領令A108が実行されようとしていた。



[21942] 第九話 愚行
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 19:10
『選抜徴兵制度 宇宙暦776年3月 中央議会

近年の帝国軍侵攻により、我が国のフロンティア・サイド開拓は大きく停滞している。また、現在の志願制では必要絶対数の兵士の確保が難しいのが現実である。そこで私は以下の法案を提出するものである。

1 軍人家庭の子供の職業の継承

2 孤児の軍人家庭への引き取りとその後の士官学校への入校義務の付与

そうすることで、我々は俗に言う予備役を確保し、また、幼い頃から軍人教育を施すことで優秀な軍人を手に入れられるだろう。この議案は兵士の絶対数不足に歯止めをかけ、尚且つ孤児の養育費を軍事費に回せるという利点がある。その結果、軍も強化され国庫への負担も減らせられ、増税による市民の反発をもさけらる事であろう。以上の点から、私は本議案を中央議会に提出する』



『帝国領土深遠部分について 宇宙暦774年

帝国は我が国の詳細な航路図を知っている。当然である、ルドルフは帝国を築くために共和国全土を利用したのだから。代わって我らにはそれはない。ハイネセン大統領時代の帝国との交易・貿易のデータはフェザーンに移ってしまい、それから100年余り。誰も帝国領土奥深くへと進発したものはいない。また、その必要性も薄かった。その為、帝国領土の地形を知るにはフェザーン経由の情報と数度にわたる威力偵察で分かった辺境の辺境部分しかない。また、オーディンの位置も捕虜交換時の情報や帝国軍艦艇へのデータベースをサルベージした情報しかないため、大雑把にしか分かっておらず、どこにどんな恒星系が存在するのかが不明瞭であり、ここ100年の間にどのような航路が開拓されたのかが分かっていない。下手をすれば挟撃をうける恐れのある。艦隊の侵攻は危険が大きい。よって帝国領土深遠部分への軍事侵攻は控えるべきであると私は判断する』byアルフレッド・ローザス大将



『共和国侵攻作戦 帝国暦 781
共和国へ侵攻を決定する。参加兵力は2000隻の一個分艦隊。目標はエル・ファシル恒星系。そこに住む共和国を僭称する反逆者をひっとらえる事だ。また、共和国軍正規艦隊の目を掻い潜る為、別方面で大規模な陽動をかける。なんとしても共和国から人的資源を手に入れるのだ』



『職業選択の自由を奪われるとは、共和国も落ちたものだ。だってそうだろう?選抜徴兵制度と言えば聞こえがいいが、やってることは帝国と同じさ。軍人って言う名前の農奴階級を作ろうって魂胆さ』by ボリス・コーネフ



『A100シリーズ
銀河共和国大統領府が軍部に動員令をしく際に発令される命令。主にイゼルローン攻略作戦といった大規模な出兵に際して発令される。A101からA109まで存在し、番号が大きいほど大規模な動員命令となる。最高評議会が二度否決すれば効力を発しないが一度可決すると効力を発生させる・・・・そのたびに膨大な物資を用意するんだ。後方担当者の現場の身にもなってみろ、冗談抜きに過労死する命令だ・・・・もっともこんな命令に付き合わされて最前線に送られるよりはマシだがね』by アレックス・キャゼルヌ



第九話 愚行


side 宇宙艦隊司令部


宇宙艦隊司令部にはそうそうたるメンバーが揃っていた。

統合作戦本部本部長、シドニー・シトレ元帥

総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将

第1艦隊司令官、フォード・クルブスリー大将

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ中将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル中将 

第4艦隊司令官、ムーリ・ムーア中将

第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将

第6艦隊司令官、パトリオット・パストーレ中将

第7艦隊司令官、アレキサンダー・ホーウッド中将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン中将

第9艦隊司令官、アル・サレム中将

第10艦隊司令官、ウランフ中将

第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド中将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将

第14艦隊司令官、ラルフ・カールセン中将

第15艦隊司令官、ライオネル・モートン中将

そして、第13艦隊司令官にして宇宙艦隊副司令官、ヤン・ウェンリー元帥

以上、編成途上にある第16から18までの艦隊司令官(未定)を除いた15名の宇宙艦隊司令官とその副官が勢揃いした。
これほどまでの作戦会議は50年ほど前の第二次ティアマト会戦以来なく、軍の高官たちも緊張の色を隠せないのか、私語や水を飲む音がしきりに聞こえる。
そこへこの会議の主催者がアンドリュー・フォーク准将と共に入ってきた。
一斉に椅子を立ち敬礼する将官とその副官。
身振りで座るよう指示するロボス元帥。シトレのみ座ったままでいたが。

「よく集まってくれた諸君」

それに対してヤン元帥は心の中で思う。

(よく言うよ、命令の拒否権なんて軍隊にはないじゃないか)

そんなことを知らずに続けるロボス元帥。

「今回の遠征は大統領令A108を使って行われている。よって軍部に拒否権はない」

(もっとも拒否するつもりもないがな)

ロボスが腹の内で打算をしているころ、幾人かの提督たちが頷いた。
そこでウランフ中将が発言を求めた。

「そもそも今回の遠征目的を伺いたい」

ボロディン中将も続ける。

「我々は軍人であり文民統制だ。だが、今回の出兵の目的すらはっきりしていない」

ボロディンは過去に参加した作戦を引き合いにだして疑問を投げかける。

「前回のような通商破壊戦術で帝国経済を圧迫させるには、A108、あまりにも動員する艦艇が多すぎるのではないか?」

ここでもっとも老練なビュコック中将も続けて発言した。
もっとも、発言というよりは皮肉に近かったが。

「中央議会の選挙が近いからではないかね?」

それを無視し、話を始めるよう命令するロボス。

「その点についてはフォーク准将から説明がある。説明を」

「ハッ、この度の大規模な攻勢に参加できるのは武人の名誉と心得ます。ですから小官としては帝国領土へと奥深く侵攻する先達方に畏敬の念を禁じえません。」

ウランフが横槍を入れた
演説を中断され不機嫌になるフォーク。
だが、彼の自制心を必死に働かせ抑える。

「能書きは良い、我々は軍人だ。行けと言われればどこにでも行く」

盟友のボロディン提督も続ける。

「まして、それがかつての同胞にして現在の悪の帝国の首都なら、な」

だが、毒を含むのを忘れない。

「今回の出兵は基本計画が定まっていない」

突如、シトレが発言した。

おもわず唸る数名の提督。
ヤン元帥にいたっては露骨に頭を抱えている

「それを決める為の作戦会議だ。不要な発言は双方とも慎みたまえ」

そこでヤン元帥が発言する。
注目が集まった。

(当然だな。フォーク准将や副官たちを除けば誰よりも若いのに、誰よりも階級が高い元帥閣下だからな)

「では遠征の目的をお聞きしたい」

「帝国軍の震撼を脅えさせる事にあります」

(はぁ?)

(あの准将は何を言っているんだ?)

(いくら大規模な出兵とはいえ・・・・脅かす?)

(おいおい、今日は4月1日だったのか?)

フォーク准将にあきれ返った視線が行くが・・・・全く気づいていない。

フォークの独演は続き、ますます混乱する。

「ようするに、行き当たりばったりという事ではないのかな?」

ビュコック中将に続けてパエッタ中将も言う。

「そんな無計画な作戦で小官は部下を死地にやれません」

反論するフォーク。身振り手振りで俳優のように。

「そんなことはありません。共和国が民主共和政治の大儀の下、一致団結し侵攻すれば民衆は挙って我らを迎え入れます」

「また、帝国を支える腐敗した大貴族たちも我が軍の軍門に戦わずして下るに違いありません」

エスカレートする演説に反論する提督たち。
だが、彼らには権限がなかった。出兵計画を変える権限も、やめさせる権限も。

誰もが諦めたその時、ヤンが動いた。

「具体的に何個艦隊動員するのですか?」

それに同格者となってしまったロボスが答える。

「第2艦隊から第9艦隊、そして第11艦隊だ」

((((9個艦隊))))

ざわめきが大きくなる。
当初の予定では五個艦隊と聞いていたのだから突然の変更に驚くのは当然だろう。

「ヤン元帥はもちろん賛成なのであろう? 何せ史上最年少の元帥閣下だからな」

「それにヤン提督は第10、第12艦隊を指揮下にいれ、公式にもヤン艦隊の通称を認めよう。それで良いかね?」

明らかに侮蔑を含んだ言葉で問うロボス。
3個艦隊を指揮下にもつ、軍人としては大変な栄誉だ。それだけにロボスもヤンが黙ると思ったのだが・・・・

「私は反対です。そもそもこの出兵計画自体に否といわせてもらいます」

会議のざわめきがさらに大きくなる。
あの、ヤン・ウェンリーが反対したのだ。
当然、様々な感情が交差する。そんな中を彼は泳ぎだした。

「まず第一に、補給の面が心配です。帝国軍が辺境地帯から洗いざらい物資を引き上げたときはどうするつもりですか?
まさか、艦隊の補給部隊で補えると思ってはおいででないでしょうね?」

そう、艦隊の人員は精々200万人。対して帝国領は分かっているだけで50億を越す。
辺境地域にどれほど住んでいるかは分からないが1億を下回ることは無いだろう、そうヤンは予測していた。

「第二に、作戦参謀は貴族たちが平気で軍門に下ると仰っていましたが本当に下るのですか?むしろ処刑なり財産没収なりを恐れ徹底抗戦されたらどうするおつもりですか?」

これは歴代の政権、特にイゼルローン要塞建設前の政権がお茶を濁すような出兵で満足してきた理由でもある。
『窮鼠猫をかむ』、それを今回はどう考えているのか分からない。

「第三に、帝国軍と帝国領土の奥深さを侮っているとしか思えません。帝国領土は長征1万光年の長旅で建国された領土です。うかつに攻め込めばその距離の長さ自身に足をすくわれると考えます」

距離は防壁である。これは古代の戦争を見れば分かる。
ヤンの頭には補給が追いつかず敗北した大日本帝国軍の姿が映し出されていた。

「第四に、いったいいつ撤兵するのかが不明確です。敵艦隊に打撃を与えてよしとするのか、オーディンを制圧するのか、先ほどのウランフ提督の発言ではありませんが、いったい何処まで進むのか、それをはっきりさせてもらわなければ前線部隊が迷惑です」

確かにそうだ。無秩序な侵攻は引き際を誤りかねない。

ヤンの指摘で紛糾する会議。
それに対してフォークは精神論を展開するだけ。
思わずヤンは言ってしまった。

「この遠征は利敵行為です」

フォークの顔が真っ赤にそまる。

(なんだと、この、運だけの男が!!)

「ヤン提督!! 貴官の態度は増長が激しすぎるぞ!! 以降の発言を禁止する!!」

「どういった理由で!」

ダン。ロボスが机を叩き付ける。

「理由などわかっておろう」

ヤンも反論する。
ここで黙ってしまえば数千万が犠牲になるかもしれないのだ。黙っていられるか。

「異議を求めます」

二人の元帥の押し問答。
すかさずシトレが止めに入る。

「待ちたまえロボス元帥、彼は確かに言い過ぎた、だが提督の発言を禁止する、そこまでの権限も貴官にはない」

出兵に反対の提督たちからも援護射撃が行われた

「そうじゃな、確かにヤン提督は言い過ぎた。だが、間違ったことをいっとる訳でもなかろうて」

「そうだ、今回の出兵計画は空前絶後なのだろう? ならば慎重に慎重を施す必要がある」

「まあ、若いのだから大目に見てあげてください」

ビュコックが、ウランフが、ボロディンがヤンを擁護する。

だが、ヤンは知っていた。
前線の指揮官がいくら騒いでも、文民統制の共和国で、大統領が決定した戦争行為を撤回させることは出来ないと。

「ヤン元帥はイゼルローン要塞に残り、ヤン艦隊の指揮を取れ」

それは武勲を立てさせたくないロボスとフォークの思惑だった。

「必要とあらば出撃してもかまわないが、出撃にはそれ相応の理由を設けること。もしも勝手に武勲を手に入れるために出撃し、イゼルローンが戦場となった場合は抗命罪に処する」

「首都シリウスには第1艦隊、第14艦隊、第15艦隊の3個艦隊が駐留することとする」

ヤンの思惑通り、否、最悪の予感が的中し、会議は出兵することだけを決め、重要なことは何一つ決めないまま終わってしまう。



side フェザーン 自治領主府 ランドカー


レムシャイド伯爵は急いでいた。急ぎ帝国へ報告せぬばならない。

(9個艦隊、それだけの動員が本当に可能なのか?)

それは今から1時間前のことだった。
至急の知らせがある、との事で、高等弁務官事務所からフェザーン自治領主府に出向いた。

(ここでも国力の差か。共和国の同時進行を防ぐ為にも屈辱的だがこちらから出向くしかない)

その高等弁務官事務所を後にしたレムシャイド伯はとんでもない報を耳にする。

『共和国は貴国に対して大規模な、そう、9個艦隊もの大兵力で侵攻する構えをみせております』

ルビンスキーは差し出されたウィスキー片手に語った。

(あの黒狐。これみよがしに笑いおった)

内心でははらわたが煮えくり返る怒りを感じながら。

『それは興味深い。しかし、その情報を帝国に流してフェザーンにいかほどの利益がおありかな?』

『これは異な事を。われらフェザーンが一度でも帝国に不利益を与えたでしょうか?』

『いや、過分にしてそのような記憶は無いのぉ』

『帝国の安寧を願い、この重大な情報を急ぎレムハイド伯爵にお伝えせねばと思い、お伝えした所存でございます』

退席しようとするレムシャイド伯を止めるルビンスキー。

『ああ、どうです、帝国暦440年ものワインがあるのですが一杯いかがかと』

『お生憎であるが、医者から休養を進められましてな。それでは失礼する』

(とにかく、一刻も早く軍部と皇帝陛下に伝えなければ)




side 帝国 ノイエ・サンスーシ



軍務尚書エーレンベルク元帥の報告を聞きながらフリードヒ4世は思った。

(ついに動きおったか、共和国軍)

「ローエングラム伯を呼べ、ああ、それと書記官を呼ぶようにな。勅令を出す」

(来るが良い、共和国軍。そちらの思惑通りにことは運ばさぬ。我が国は滅びてもかまわぬ、構わぬが共和国に滅ぼされる訳にはいかぬのだからな)

「ハッ」

参事官の一人が退出する。
そこでエーレンベルク元帥が疑問を投げかけた。

「陛下、ローエングラム上級大将に与えた4個艦隊をもってしも我が軍が総動員できるのは残り2個艦隊のみ。しかもそれは宇宙艦隊司令官直卒の艦隊とメルカッツ艦隊です。」

イゼルローン失陥以来、明らかに変わった皇帝に、軍部も好意的な視線を送るものが多くなった。

「続けたまえ」

「艦隊の絶対数が足りません。このままでは我が国は共和国の・・・・」

エーレンベルク元帥は発言を続けられなかった。
皇帝が右手をあげた。つまり、もう発言をやめろという意思表示だ。

「その点は抜かりない。何の為に書記官に勅令を書かせると思うか?」

よほど自信が在るのか、フリードリヒ4世に迷いはなかった。
だが、次の瞬間、軍務尚書はその思考を止められてしまう。

「ブラウンシュバイクとリッテンハイムに勅令を出す。貴下の私兵から2個艦隊ずつ軍部に無償で提供せよ、とな」

「陛下!」

思わず止めに入ったのは国務尚書のリヒテンラーデであった。

「お考え直し下さい、陛下。仮にそのような勅令を出したとしても、その後陛下は宮廷から疎まれます」

リヒテンラーデは続ける。己の政治信念に基づいて。

(皇帝陛下だけでも守らねば)

「2個艦隊といえば、貴族が持てる私軍の三分の二にあたります。それを取り上げたとあっては・・・・真に申しにくいのですが」

皇帝が続けた。

「余の命さえも危険にさらされる、と言いたいのか」

「御意」

「だがな、国が敗れて荘園だけ残っても仕方あるまい?」

それはそうだ。
共和国に貴族制度がない以上、『銀河帝国ゴールデンバウム王朝』あっての貴族領であり、荘園であり、私兵集団を保有できるといえる。

「ですが、指揮官が足りません」

今度はエーレンベルク元帥が実務面で指摘する。彼もまた貴族。
その反発の恐ろしさを知っているからこそ自身の保身の為にも前言を翻して欲しかった。
だが、皇帝の意思は固い。まるで開祖ルドルフ大帝が乗り移ったように。

「じゃからこそ、ローエングラム伯を呼ぶのだ。伯は平民階級や下級貴族の有能な将校と親しいと聞く。艦隊司令官も作戦も彼に選ばせればよい」

「「陛下!」」

それでは現職の宇宙艦隊司令長官の立場がない。
それを指摘しようして、皇帝は続けた。

「わしは自他共に認める無能な皇帝だ、だから失敗も三度まで許そう。じゃがイゼルローン陥落、帝国領土への通商破壊作戦、そして極めつけのアスターテ会戦」

それは暗に宇宙艦隊司令長官グレゴリー・フォン・ミュッケンベルガーをさしていた。

「これが最後の奉公とあの者も奮起するであろう」

それは、勝てば勇退、負ければ引責辞任のことを指していた。
そしてローエングラム伯が謁見の間に現れ、その命令を承った。



side 第5艦隊司令官室



「どういうことですか!」

ヤンが珍しく詰め寄る。

「まあ、落ち着きたまえヤン元帥。これを知ったのはわしもつい今しがたじゃ」

それは一枚の辞令。

『ユリアン・ミンツ、スパルタニアン訓練生を軍曹待遇とし、パイロットとして第五艦隊に配属する』

「・・・・・・私が暴れたせい、でしょうか?」

ヤンのトーンが落ちる。

「いや、違うじゃろうな。これほどタイミング良く辞令が交付されることは常識からしてありえん」

「では」

ビュコックは一呼吸おいてから言葉を放つ。

「言いにくいが、貴官はまた嵌められた、ということじゃろう」

「!!」

ヤンの顔に驚愕が走る。

「ご存知だったのですか?」

それはアスターテの件をこの老提督が知っている、と言うことだ。

「まあ、伊達に年をとってはおらん。貴官が政界への転向を目論むのも分かる」

ヤンの目が鋭くなる。
そこまで知っていて何故自分に接触したのだ?

「・・・・ビュコック提督・・・・私はただ」

彼は派閥争いとは無縁な人物のはず。
それが何故?

「戦争を終わらせたい、そうじゃな?」

ビュコックの目が鋭くヤンを射抜く。

「はい」

「ならば年長者を信用することじゃ。少なくともわしはロボス元帥のように貴官を嵌めるような真似はせぬ」

「提督は私に味方してくださる、そう仰っていると伺いますがよろしいですか?」

ビュコックは無言で頷いた。そしてヤンを退出させた。

「ジャック、ルード。御主らが生きていてくれたらわしも今頃は悠々自適な隠居生活をおくれたはずじゃ」

独語は続く。

「じゃからわしは戦争が憎い。戦争を止めたい。だが、今から何かをするにはわしは年を取りすぎた」

「じゃからわしはあの若者に賭けてみようと思う。同じく家族を守るため、そして、同じく選抜徴兵制度の犠牲になった子を救うため」

「だからな、許してくれまいか?」





宇宙暦796年8月、『新年には帰るよ』と言い残し、多くの将兵、総兵力3600万名が帝国領へと出兵した。
そして数ヶ月間、彼らは焦土戦術と無軌道なゲリラ戦に悩まされるのだが、現時点でそのことを予測する共和国首脳部は、ヤンを除いて誰もいなかった。



[21942] 第十話 協定
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 17:57
『フェザーン建設の歴史

フェザーン自治領(共和国名称は特別自治州)が建設されたのは今から約100年前宇宙暦690年になる。それは独立国家フェザーン建国、そういっても良いかもしれない。名目上は帝国の自治領、共和国の特別自治州としても外交・軍事・内政・司法の4つの権力を保持しているのだから。フェザーン人はフェザーン人としての独自性、独立性を保障されており、それ故に両国家間を行き来できる。だて本筋の歴史について述べよう。銀河帝国とどう接触したのかはあまり知られていない。公式的には時の皇帝マクシミリアン2世と個人的友誼があった為、と、言われている。共和国の情報網をもってしてもそれ以上のことは分かっていない。分からない以上それが真実なのやも知れぬ。
時の皇帝マクシミリアン2世は政治闘争で身の危険を感じた彼は、共和国に一度亡命し、その後帝位についた。彼は共和国との宥和政策を掲げ、その治世5年ほどは両国に平和への兆しが見えた。だが、共和国憎しとの念に駆られた一部の貴族が彼を暗殺してしまう。
その5年間、その5年以内にフェザーンは、我ら共和国人が『休戦期間』と呼ぶこの時期に、帝国と何らかの密約を結んだものと考えられる。
帝国史から見たフェザーン建国の謎であり、恐らく真実であろうと学者たちは考える。
一方でマクシミリアン2世がフェザーン自治領を建設を認めた背景には、幼い頃をすごした共和国への憧憬と底力を知っており、またその責任感の強さから帝国の改革と存続を目指していた。その為の講和の仲介役としてフェザーンを使いたかったのではないか?
それが現在の共和国の一般的なものの見方である。

一方、共和国内部には詳細な資料が残っている。レオポルド・ラープ以前に3名の地球出身の代議員がいた。名前は活除するがこれら3人もラープ氏に負けず劣らずの活躍を中央議会で行った。
彼らは、当時未開拓地域であり軍の管轄下(帝国領と接しているのだから当然である)であったフェザーンのテラフォーミングと開拓を強く訴えた。否、訴えただけでなく新型テラフォーミング技術の実験として、フェザーン恒星系第7惑星でそれを実行させた。
当時の軍部は帝国侵攻の後方拠点として、経済界は単なる新技術の実験として行ったと後にコメントしている。
兎にも角にも、テラフォーミングは成功し、後は州への格上げを行うのみ、となる。そこで登場したのがレオポルド・ラープだった。
歴代の自治領主の中でもっとも中央議会に近かった彼は(彼自身、最高評議会、国土交通委員会委員長を務めている)その政治力を利用して、ある時は経済的な利益を、ある時は軍事的な脅威を、ある時は帝国との架け橋の可能性を訴え続けた。
その結果、独自の州軍2個艦隊を保有を認めさせ(共和国からみれば帝国への無言の圧力となると当時は考えられた)、特別自治州として外交権(この点は大論争になったが情報を定期的に共和国へ流す、という事で了承された。それが帝国にも流していると気が付いた時にはフェザーンは確固たる地位を確立していた。余談だがこの事態を知った、時の大統領は辞職に追い込まれている)、司法権(この点は各州が州裁判所と州法、州立議会を持っているので特に問題視されなかった)、内政権も同様だ。他の州が持っているのにフェザーン『州』にだけ認めないのはおかしい、とラープ氏の弁は的を得ていたので付与された。
さて、ここで問題となるのは軍事拠点としてフェザーンを利用したかった軍部である。経済界は新しい取引先の成立と独立系商人(G8やNEXT11などの財閥に属さない、準大手の企業や個人商社など)が大挙したおかげで追い払えた感があった為、さして問題にはしなかった。では軍部は? 意外なことにある程度の文句をつけた程度で終わっていた。
宇宙暦646年4月のダゴン会戦(接触戦争)から当時までの軍部は宇宙艦隊の増強を少ない予算(それでも帝国軍の1.5倍は出ていた、出ていたが、共和国全土を守るにはあまりにも少ない。その理由はダゴン会戦の圧倒的勝利に求められるだろう。当時の共和国上層部は向こう数十年の本格的な武力侵攻は双方ともに無いと判断したのだ)の中でやりくりしており、その予算代わり(盾代わり)を自前で用意してくれるなら寧ろありがたい、そういう風潮であった。
すんなり、とはいかないがフェザーン特別自治州の案件は通ってしまう。それはフェザーンという交易国家の始まりでもあった』



『成績優秀なユリアン・ミンツ訓練生並びカーテローゼ・フォン・クロイツェル訓練生を第五艦隊に配属とし、帝国領土侵攻作戦「ストライク」に参加する事を命じる』 統合作戦本部人事局より



『帝国軍上層部が我々を反逆者、と呼んでいるのには訳がある。彼等にとって現在の広大な共和国領土は本来、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム氏が継承するはずだった、そう考えているのだよ。しかし、それは大きな誤りだ。ゴールデンバウム氏は自己の意思で共和国を離れたのであり、私たちが追い払ったような言われようは不本意であるからな。また、共和国の公式文章には戦争中にもかかわらず、否、戦時かだからこそ慢心することなく帝国を銀河帝国ゴールデンバム王朝と明記している。これは我が国の方が銀河帝国に比べて言論の自由を保障し、また、敵を侮らないという鉄則を守っている証拠に他ならない』by ヨブ・トリューニヒト


『新たな恒星系の一つバーラト恒星系にある惑星ハイネセンは第二の首都だ。首都機能をそのまま移転できるよう整備されている。だからハイネセン州の発言力は大きい。人口30億を数えればそれだけ多くの議員を輩出できるからさ。あの、若い女史、ジェシカ・エドワーズなども、ね』by ある自由共和党議員の日記より


『ジェシカ、今度はシリウスで会わないか?テルヌーゼンへの帰省はまた今度になりそうだ。
ヤンとお前と、それとグリーンヒル少佐、それにアッテンボローとユリアン君の6人で大切な話がある。よい返事を期待している。
ジャン・ロベール・ラップより』


『銀河帝国軍・国防白書 帝国暦437年7月 

軍務尚書の上奏より抜擢

新要塞郡建設について。臣は新たにガルミッシュ、レンテンベルク要塞を建設し、それぞれの主要航路に配置し、共和国軍の侵攻を食い止めることを念頭に入れております。特にガルミッシュ、レンテンベルク要塞を結ぶ線は帝国防衛の為の必須条件と考えます。いわば絶対国防圏であります。ブルース・アッシュビーなる反逆者の蠢動のため宇宙艦隊の大半を失い、反逆者どもの大規模侵攻の可能性にさらされている今、帝国が存続する為にも要塞建設は必要不可欠であります。また、宇宙艦隊再建の暁にはイゼルローン回廊にも帝国軍の要塞を設置すべきと考えます。残念ながら第二次ティアマト会戦の結果、我が国は向こう20年間は迎撃に特化せざる終えません。そこで艦隊再建の傍ら、本土決戦の補給・防衛線として要塞が必要との結論に達した所在でございます。どうか、要塞建設のご聖断を』



第十話 協定




side ホアン・ルイ 
帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の二週間前 首都シリウス



『和音の亭』
俗に言う『和食料理』を出す高級レストラン。
だが、ただ高級ではない。
ここは多くの政治家や企業家が愛用する場所。
それはここが秘密を守るのに適したセキュリティーシステムを装備しているからだ。

そこに中高年の少し頭皮が薄い男が入ってくる。
カーゴ色のスーツに薄い緑色のネクタイ。明らかに高級素材でフルオーダーとしたと分かるシャツ。

「英雄からのお誘いとは恐れ入るね」

それは共和国最高評議会人的資源委員長ホアン・ルイだった。
そして向かい側に座っている、ブルーのジャケットに白のスラックス、黒のシャツを着ている男。
冴えない風貌とそれに似合わない鋭い眼光。

「お初にお目にかかります、ヤン・ウェンリーです」

そう言ってヤンは頭を下げる

「いやこちらこそ、彼の英雄とご一緒できるとはうれしい限りだよ」

右手を差し出す。

「人的資源委員長のホアン・ルイだ。よろしく頼む」

(そう、この男こそ今や国民的な英雄となったヤン元帥だ)

(だが、レベロから聞いている印象とはまるで違う)

(やはり、あの噂は本当だったのだな)

握手をしながら、ホアン・ルイが頭の片隅でアスターテの噂を思い出している。

(・・・・出所は不明だが・・・・)

『アスターテの噂
アスターテ会戦の初期の過程がダゴン会戦と似たようになったのは銀河帝国に情報を流した軍高官が存在するからだ。その目的は目障りなヤン・ウェンリーの謀殺。』

(あの噂の出所はついに掴めなかった。噂の噂では軍部からと聞くが・・・・まさか自分の失態を、下手をすれば軍法会議ものの情報を流すはずがない)

「それで、私に何を頼みに来たのかね?アスターテの噂の真偽を問いただすならば無駄だよ、元帥」

ヤンにかまをかけてみる。
だがヤンの反応は彼の予想を斜めに行くものだった。

「とんでもない、もっと政治的なことですよ、人的資源委員長閣下」

ヤンは何事もなかったかのように言い切った。
政治的野心が自分を持っている、と。

「ほう?」

興味がわく。
あのヤン・ウェンリーが何を目的に、何を狙っているのか。

(政治的野心の無い、稀有な人物と見ていた私の観察眼は間違っていたのか?)

ホアン・ルイは言葉にださず、日本酒のグラスをあおる。
ヤンもまた彼に習い、グラスをあおった。

「閣下は今回の出兵に反対しましたね」

ヤンが確認するのはA108と「ストライク」作戦の議題だった。

「ああ、反対した。もっとも私とレベロ、それにトリューニヒトの3人では否決できなかった。共和国の法に則り、君を含め多くの軍人たちを無謀な出兵に参加させてしまって申し訳なく思う」

それは紛れもない本心。

「そうお考えですか?」

ヤンが切り込もうとしてきた。

(?)

「ああ、そう考えるね。」

ヤンが切り込んだ

「でしたら、お願いがあります。戦争を終わらせるために」

ホアン・ルイは思わずグラスを落としかけた。

(彼は何を言った? 今、戦争を終わらせる、そう言わなかったか)

戦争。
聞き間違い出なければこの長い戦争のことか?
まだ誰も終わらせるどころか終わらせる糸口も見えない戦争のことなのか?
ホアン・ルイの衝撃を無視してヤンはカバンから一枚の分厚いファイルを取り出した。

(ほう、今時めずらしい、紙媒体のファイルとは・・・・それだけ重要な事だという事だな)

「ここに私がまとめたむこう1世紀の共和国の情報と推移が乗せてあります。どうぞごらんになってください」

渡される資料。
最初は流し読みをしていたホアン・ルイだったが、どんどん真剣に、そして熱心に何度も何度も読み返した。

「これは君が書いたのかね?」

「ええ、ある人物には手伝ってもらいましたが」

そこにはむこう半世紀以内共和国軍は徴兵制度をしき、民間需要を萎縮させ、軍備拡大路線に傾き、帝国を滅ぼし、その新領土の重さと軍需産業の依存により自壊していく事が事細かにデータ付で乗せられていた。
その未来予想図にホアン・ルイの顔が青ざめる。

(よく出来てる。それに否定できる材料がほとんどない!)

さらにヤンは畳み掛ける。

「その切っ掛けとなるのがこのたびの遠征でしょう」

一口飲む。
飲んでのどを潤す。ヤンも緊張しているのだ。

「勝っても負けても共和国は軍備増強路線に走ります。勝てば占領地維持のため、負ければ損害回復と復仇戦を挑むために」

ホアン・ルイが後を引き継ぐ。

「そして軍需産業は今以上に増え肥える、という事かね」

ヤンは続けた。

「ええ、そして議会は安易な軍人確保手段として徴兵制の議論を開始するでしょう。それが中長期的に見ては国庫の破綻や国家の人的資源能力の枯渇へと繋がります」

さらに言葉を重ねる。

「それを避けるには、大敗北をきっした直後に帝国と、それも通商条約を含んだ講和を成立させることです」

「軍人の君から敗北と言う言葉を聴くとはな。新鮮な驚きだよ」

「委員長!」

ヤンが怒ったような声で、実際には怒っているが、彼を怒鳴りつける。

「分かっている、そう怖い顔をしんさんな。だが、確かに君の言うとおりだ・・・・しかし、ただ戦争を終わらせるだけでは駄目なのかね」

ホアン・ルイは至極真っ当な質問を返す。

「それでは失業者問題に対応できません」

そしてヤンはかつてユリアンに語った事をそのまま語った。

「なるほどな」

先ほどから何杯も口につけているが二人は全く酔ってない。

「もしもだ、仮に講和が成功すれば良いとしてゴールデンバウム王朝が存続し、鎖国したらどうするかね?」

「その時は、選抜徴兵制度の廃止と辺境恒星系開発、フェザーンの三角貿易への直接介入とで不況を乗り切ろうと思います」

ホアン・ルイは驚いていた。
それは彼やジョアン・レベロが考え、夢物語として捨て去った構想。
それをヤン元帥は蘇らせた。重大な危機感と共に。

「第3の黄金期、それを創造するというのかね?」

ホアン・ルイは新しいグラスに手をつける。これで何杯目かはもう分からない。
だが、むしろ普段以上に鋭い感覚で物事を見ていた。

「ヤン提督、君の案は確かに正論だ。だがね、惜しいかな軍人では・・・・・言い難いが・・・・・共和国の政治には何も出来んよ?」

ホアン・ルイは語る。
それはこの国の常識だった。

「君の戦争を終わらせたい気持ちは分かった。私たちは同志と言っても良い」

嘘偽りはない。
彼は本気で戦争を止めたいというヤンの思いに応えたかった。だが、応えられない。
・・・・何故なら彼は軍人だからだ。

「だが、敢えてもう一度言う、軍人は政治に関与できんし、するべきではない」

ホアン・ルイも譲れぬものがある。
彼は確かにヤン・ウェンリーを支持したいと思う。仮に彼が本当に政治の場で活躍するつもりなら。
だが、それが分からない。

(この男はどれほどの覚悟を持って停戦、講和、通商条約の締結といった言葉を並べたのか)

言葉だけの政治家は古来から現代まで極めて多い。
だが、口先だけで終わらせてしまう、あるいは鈍らせることは多々ある。

(それに絶対的権力を持って人が変わるかもしれん。アーレ・ハイネセンのような人物はむしろ稀なほうなのだぞ)

ヤンはすこし考えた後口に出した。
恐らく、アスターテがなければ彼が絶対に拒否したことを。

「それは分かっています。ですから、閣下にもうひとつお頼み申し上げたいことがあります」

真摯な目。
ホアン・ルイも思わず姿勢を正す。

「何かな?」

ヤンは一呼吸置いていった。

「ホアン・ルイ委員長と同じ自由共和党に属している、今回の出兵にも反対票を投じた方、国防委員会委員長のヨブ・トリューニヒト氏と面接の機会を下さい」

と。

(!!! あの反トリューニヒトのヤン元帥が自らトリューニヒトに会いに行く、だと!?)

それは、彼が茨の道を歩むことを覚悟した言葉だった。




side ジェシカ・エドワーズ代議員 帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の12日前 首都シリウス


久しぶりに夫に会える。
アスターテの報道を聞いたときはどうなるかと思ったが、それは幸運なことに杞憂で終わった。
ヤンが彼を、ジャン・ロベールを救ってくれた。

(私に話って何かしら?)

ヤンが奥さんを手に入れつつあるのは知っている。
以前、ジャンから通信が来たときのことだ。

『あの時はほんとうにびっくりしたよ』

『信じられかい?あのヤンに優秀な女性だぜ?』

『しかもエル・ファシルから10年もの片想い』

『普通なら諦めるか、他の男に目移りするはずだろ?』

『それがずっと、エル・ファシルからずっとだ。そして想いを遂げた』

『まさにミラクル・ヤンだ』

続けて、その奇跡の瞬間を邪魔せざる負えなくなった愚痴が続く。

『冗談抜きで愛し合っていたらどうしようかと思ったよ』

『電話にはでないし』

『ヤン閣下に銃殺される、と、少し本気で思えたね』

回想はおわりジェシカは学園祭の頃のヤンを思い出した。
ダンスの一つもまともに踊れない新米候補生。
私に気があったのは分かっていたけど、彼は私をもう一度ダンスに誘うことはなかった。

その、ヤンに彼女か。

(私を振っといてよくもできたものね)

ジェシカは笑みを浮かべながら、彼女を乗せた機体はアーレ・ハイネセン空港に到着した。




side ラップ 帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の12日前 首都シリウス


ヤン、ラップ、ジェシカ、フレデリカ、ユリアン、アッテンボローの6人はヤンの官舎で歓待を受けていた。
といっても、フレデリカははさむモノ以外は苦手だし、ヤンはご存知の通り生活無能力者。
そいう訳で訓練学校から帰宅したユリアンがジェシカとともに厨房に立つことになる。

雑談が過ぎ、ワインのビンが2,3本空けられた頃、ヤンは切り出した。

「みんな、話がある」

いつになく深刻そうなヤンにみなの視線が注目する。

「私は今度の大統領選に出馬するつもりだ。戦争を止めさせるために」

ラップが思う。

(やはり、か)

ジェシカは絶句する。

(なっ!)

ユリアンは突然のことで何といってよいのか分からない。

「ヤン、詳しく話をしてくれないか?」

ラップはうすうす感ずいていたが、敢えて彼に話を振った

「うん、まずはみんなに知ってもらいたいのはアスターテの件だ」

そして彼は語りだす、オーベルシュタインとの出会い、本部長との密約、ホアン・ルイとの会談。

「そんな、そんな事ってあんまりです!!」

ユリアンが怒り叫ぶ。
むろん、そのベクトルはヤンを謀殺せんと企む軍上層部にむかっていた。

「それで、どうする? 俺たちに何をして欲しい」

ヤンは逡巡した後に絞りかすのような言葉で口を紡いだ。

「友でいて欲しい」

と。

「どういうこと?」

ジェシカが問う。

「軍部はシトレ元帥や私自身の名声で抑えられる。財界にも手はうつ。だが、国民は駄目だ。自由共和党が与党とはいえ議席の過半数をかろうじて保有するのみ」

「待って!自由共和党は右翼よりよ?講和を望むなら何故、私たちの州民連合に参加しなかったの!?」

「それは・・・・・」

ラップに視線をやる。
それだけで分かった。

(長い付き合いだからな)

(そして、俺たちを呼んだ理由はそこだな、俺たち、じゃなく、ジェシカ、か。)

「ジェシカ」

ラップが口をはさむ。

「ヤンはね、君の政治基盤を当てにしているんだよ」

「ヤン!!」

その言葉に顔を上気させるジェシカ。
(裏切られた!? 私たちは親友ではなかったの!?)

バチン!!!

ジェシカが身を乗り出し、ヤンに平手打ちを食らわした。

「あなた!」

「提督!」

「先輩!」

フレデリカはジェシカを鬼のような形相で睨みつけた。
一方ユリアンとアッテンボローはどうしていいのか分からないまま場違いな感想を持った。

((女って怖いんだな))

お構いなしに怒鳴りつけるフレデリカ。
それを涼しい顔で受け止めるジェシカ。

「何をするのですか!?」

ヤンの頬におしぼりを当てながら反発するフレデリカ。

「それはヤンに聞きなさい! 私を利用するつもりで今日呼んだ、貴方の彼氏さんに、ね!!」

フレデリカもすかさず反論する。

「あの人は、ウェンリーはそんな人じゃありません」

ジェシカも半ば泣きそうな表情で言い返す。

「ええ、私もそう思っていたわよ。今の今までは。」

「でも違った。こうやって自分の派閥を作ろうとしている、そうでしょ!?」

「しかもヤン、貴方、私が断れないようにする為にジャンを巻き込んだわね!?」

ジェシカはヤンが最初からラップを懐柔し、自分を抜き差しならぬ状況に追いやったと感じた。だから思わず手が出てしまった。
一方フレデリカは、ジェシカが感情的になって手を出したとしか思ってない。

「戦場でこの人がどれだけ苦心したか、あなたには分からないの!?」

フレデリカは知っていた。アスターテで、イゼルローンで犠牲になった両軍の兵士たち、その遺族。それに心を痛めているヤンを。

「わかるつもりよ!」

「嘘だわ! でなければこの人が、ウェンリーがどんな思いで今日を迎えのか分かる筈だわ!!」

エスカレートする二人の女、女の戦い。

「いいかな」

ラップが仲裁に入る。

(アッテンボローは役に立たないし、ユリアン君には荷が重過ぎる。そしてヤンは当事者)

(結局俺が仲裁に入るのか)

その態度はいかにも恐る恐る、といった感じだった。

(絶対にヤンに酒を、それも飛びっきりの良い奴を奢らせてやる、必ずだ)

「ヤンの話を最後まで聞いてからでも良いんじゃないか?第一、謀殺されかけたのは事実なんだし、戦争終結の為に協力する事がそれほど理不尽なこととも思えない。それにだ、ジェシカ。俺だってヤンが政界への転出を考えているって知ったのは今日が初めてなんだぜ?」

「だから、ジェシカ。ジェシカの思うような卑劣な策をヤンが弄した訳じゃないんだ・・・だからな、少し落ち着いてくれ」

ラップの言葉に憤懣仕方ないといった表情で座りなおすジェシカ。
ヤンはフレデリカの手を止めると自分の構想を語りだした。

「ジェシカ、議員では駄目なんだ。今回の出兵をみてもA100シリーズは大統領権限になる。逆に言えば大統領ならば行政権を利用して戦争を止めることができる。そして私が欲しいのはたかだか数十年の平和なんだ」

ヤンはかつてイゼルローン攻略作戦時にシェーンコップたちに語った事と同じようなことを。

「だが、ジェシカ、議員は国民から選ばれる上に任期の制限がない。そのため、一度選ばれると多くの人はその地位にしがみ付きたがる」

「・・・それは」

思い当たる節があるのかジェシカの声のトーンが下がった。

「そして現在の議会は和平派と継戦派が半々で、継戦派が有利だ。だが、彼らの大半はG8やNEXT11といった大規模な企業、特に軍産複合体の代弁者でしかない」

「本気で帝国全土制圧を考えている人間なんて一握りしかいないのさ」

そこでラップは思った

(今回はその一握りに動かされたわけだな)

ラップの思惑を知らずに彼、ヤンは続ける。

「そこで私は、軍産複合体、通称ロゴスに新しい利権を与える。戦争以上のうまみを持つ恒星開拓と・・・・銀河帝国55億との和睦による貿易」

「私の予想ではだが、せいぜい1億2千万人の利益よりも開拓された55億の購買層に彼らの目を向かわせることが出来る」

「だから私は超党派の議員連合と、市民の支持、財界への新たなる利権をもって大統領選にでる。そしてこの無意味な戦争を終わらせる」

珍しくヤンが断言した
そんな親友をみてジェシカは思った。

(私はテルヌーゼンの中央議会代議員に選ばれた。そして多くの同志、とくに戦争で大切な人を失った人々派閥を作り上げた)

(いえ、祭り上げられたというべきかしら。でも私は精一杯の努力を、反戦に向けた活動を行った)

(でも、私たちは無力だった。今回の「ストライク」作戦に反対したけど、数の差に押し込まれてしまった)

(政治は結果。結果がなにより評価される)

(そして講和派代表であるはずの、州民連合の代表者である評議会議員7名の内、出兵に反対したのがジョアン・レベロ先生だけだった)

(そして、私にはヤンのような経済への視点が欠けている)

長い沈黙が流れた。
そして、ジェシカが口を開いた。

「いいわ。協力しましょう。ただし、ここまでするからには大統領になりなさい、ヤン。そしてこんな馬鹿げた戦争を終わらせて」

数秒の沈黙の後、強い口調で彼は頷きいった。

「ああ。終わらせるさ、こんな馬鹿げた戦争を」

そして4人は後にした。ユリアンは訓練学校の寄宿舎へ、アッテンボローとラップは官舎へ。ジェシカはホテルへ。




side アッテンボロー


無人タクシーを捕まえる二人。
ジェシカはまだ拘りがあるのか、一人でホテルへと戻ってしまった。

「ラップ先輩、何故ヤン先輩はあんなに嫌がっていた政治の世界に飛び込む気になったのでしょうか?」

アッテンボローは疑問を投げかける。
それはラップにとっても疑問だった。

「さて、それはお前さんの方が分っているんじゃないのかな」

アッテンボローが肩を竦める。

「あんまり分りたくないんですけどね」

だがラップは笑いながらも逃げ道を残さなかった。

「言ってみな。ここには俺とお前の二人しかいないしな」

数秒の間。

「俺達の為、ですよね?」

「ああ、そうだろうな」

ラップは続けた。苦虫を噛み砕きながら。

「今回の出兵が成功するとロボス元帥は統合作戦本部長になるだろう」

伊達に26歳で中将に昇進してないアッテンボローは即座に続けた。
なお、アスターテ会戦参加者はヤン元帥を筆頭に一階級昇進している。

「そうなると人事権をえる。俺たちをバラバラにして最前線送りにする、ですか?」

「うん、それもある」

どうやら、ラップ先輩の問いの半分しか正解点には届いてないみたいだ。
ラップは補足した。

「逆に一生辺境めぐりというパターンもあるわけだ」

アッテンボローもようやく我が身の危うさを理解した。

「それから身を守るためには二つの道しかない」

アッテンボローが引き取る。

「辞めるか、偉くなるか、ですね?」

それは答え。

「そう、そしてヤンはもう辞めれないだろう。ユリアン君の件は聞いているな」

ラップが確認を取るかのように聞いてきた。

「選抜徴兵制度・・・・・」

そこでアッテンボローは気が付いた。
この悪法の重大な欠点、いや悪点を。

「あれ? いやちょっと待ってください、あれって片親が軍人でも適応される制度でしたよね?
だったらラップ先輩とジェシカ先輩の子供も対象じゃないですか!?」

アッテンボローが叫ぶ。

「そう、軍の頂点を極めても、戦争が続けば俺たちの子供は軍人になるしかない。そして親より早く死ぬかもしれない。
丁度、第5艦隊のビュコック提督の二人の息子のように、ね。何よりの親不孝だ。親より先に死ぬなんてな。」

ここでようやくアッテンボローも気が付いた。
ヤンが政界に転出してまで平和を求めた理由を。

「じゃあ、ヤン先輩があそこまで戦争終結に拘るのは・・・・・」

「俺たちの子供たちのためでもあるのさ。そしてジェシカもそれに気が付いたから一旦ホテルに帰ったのだろう。覚悟を決めるために」




side オーベルシュタイン


フレデリカが後片付けをしている頃、ヤンは一人の人物と連絡を取っていた。
彼の名前はパウル・フォン・オーベルシュタイン元銀河帝国軍大佐。
現時点では国内諜報部門第三課局長ポール・サー・オーベルト准将。

「お久しぶりです、閣下」

無機質な声。
感情を感じさせない声にもなれた

「やあ、准将。元気かい?」

あえて明るく振舞うヤン。
誰が盗聴しているか分らないのだ。ことは慎重に運んで損はない。

「はい、閣下の要望通りの品、確かに手に入りました」

要望した品、それは軍産複合体19社の汚職、売春、脱税、暗闘、不良債権などの資料である。
むろん、二人以外は誰も知らない。

「いやあ、悪いね。ただ航路図は今回の遠征に必見だからね、どうしても予備が欲しかったのさ」

航路図は要望した品の暗号だ。

「御意、ところで閣下のお会いしたい人物ですが、どうしても日程が合わず小官のみで先方に伺うこととしました」

「うん、先方にはくれぐれも例の件を強く押しておいてくれ」

例の件、それは55億の市場の魅力と辺境のフロンティア・サイドの可能性、そして徴兵制導入による購買層の激減の可能性のことだ。

「御意」

「それではまた後ほど、統合作戦本部で。」

通信が切れる。
携帯の液晶パネルを見つめ続けるヤン。

「あなた」



side フレデリカ

「あなた」

ヤンは答えない。

フレデリカは聞いていた、今の会話を。
それは決してヤンが望んだ会話ではないことも分っていた。

「泣いても良いのですよ?」

ハッとするヤン。

「泣きたい時くらい誰にでもあります」

フレデリカは続けた。

「良い友人方じゃないですか。ラップ准将にアッテンボロー中将、ユリアンにジェシカさん」

「誰も貴方のことを恨んではいません」

ヤンがようやく答える

「そうだろうか・・・・私は・・・・ジェシカを、ラップを」

唇を唇で塞ぐフレデリカ

「フレ」

「私は何があっても貴方の味方です。たとえこの宇宙が原始の塵に還ったとしても」

フレデリカはさらに言葉を紡ぐ。

「貴方はね、戦死なんてカッコの悪い死に方をする人ではありません。私たちの孫に囲まれて、もうだれも貴方の武勲を覚えていなくなったころ、静かに生きを引き取る、そして孫がそれに気づいて子供たちを呼ぶ、そんな死に方が相応しいと私は思います」

子供、孫、といって言葉に少し動揺するヤン。

「・・・・・しかし」

そんなヤンを意図的に無視してフレデリカは続けた。

「少なくとも・・・・貴方だけを逝かせません」

それは決意表明。
一生を添い遂げると。一生を共にすると。

「フレデリカ」

今度はヤンの方から口付けを交わす。
それはフレデリカのプロポーズに対する答えだった。

(私から言うのも、なんだか変な気分ね。まあ、恋する乙女の特権という奴かしら?)

「今日は一緒に寝て、愛し合いましょう? 貴方が少しでも軽くなるよう、努力させていただきます」





ヤン・ウェンリーの蠢動は続く。
それは彼が望まない行動であり、現実が彼に要求した行動でもあり、もしかしたら時代が求めた行動なのかもしれなかった。
宇宙暦796年7月22日、パウル・フォン・オーベルシュタインはある人物と面会を果たした。
そしてその面会は彼の思惑通り進み、ヤンを政治の表舞台へと押し上げる原動力となるのだった。



[21942] 第十一話 敗退への道
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 18:01
G8とNEXT11について 宇宙暦835年 3月30日 ある士官のレポートより

G8やNEXT11は所謂大財閥の一員である。その設立は様々だが、一番古い企業、『ヒイラギ重工』は旧暦3600年代まで遡る。他の企業、特にG8加盟企業はシリウス戦役を母体に登場した新興企業であった。『同盟工廠』『ネルガル重工』などその典型例であろう。彼らは共和国の事実上の支配者といわれている。
何故なら、共和国が選挙制度をとる以上選挙多額の資金が必要であり、それを供給してきたのだから。実際、全盛期には大統領の首さえも代えられると豪語する者もいた。
だが、宇宙暦300年代と宇宙暦500年代に新たなる潮流が登場する。その新たなる潮流の企業群、NEXT11と呼ばれる新興(彼らからみて)の財閥により地位を脅かされることとなる。いわゆる、ライバル出現、という奴だ。
その後の暗闘、両陣営は今でも秘密にするほど合法・非合法な活動が展開されたと聞く。その後は緩やかな協調関係にもどり共和国経済を裏から操る巨大企業群に変貌して行った。
それがG8とNEXT11がたどった歴史的経緯である。やがて戦争が始まるとまるで謀ったのかのように企業群は各々の得意分野で戦争に貢献した。軍艦の建造から軍服の製造まで、ほとんど競争原理が働かないままダゴン会戦から30年あまりが経過する。流石に見過ごせなくなった最高裁判所はG8とNEXT11の合計19社に談合の中止と独占禁止法違反の疑いで莫大な課徴金を課す。
もっともこれは一種の増税であり、その課徴金(なんと当時の共和国年収の1割強に匹敵した)は軍備増強へとまわされるので、あまり意味が無かったと言われている。それから120年、兎にも角にも共和国経済を支えてきた19社はある男たちとの出会いで一世紀に渡る軍産複合体からの脱却を迫られることとなるだった。』



『銀河帝国軍上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラムより、フリードリヒ4世皇帝陛下への奏上

現在行われようとしている共和国軍をイゼルローン近郊で縦深陣をしき迎撃するのは困難なものと考えます。
それは以下の点から成り立ちます

1、共和国の物量
(当然ながら共和国艦隊の全軍が9個艦隊であるわけでもなく、他に予備兵力として6個艦隊が存在することが確認されております。遺憾ながら陛下の温情そろえた11個艦隊では15個艦隊に勝てるとは思えません)

2、補給線の短さ
(前途した1に関係しますが補給線が短いほど、彼ら共和国軍は戦い易いのです。その為、共和国軍との決戦をイゼルローン近郊に選んだ場合、士気の高い9個艦隊相手に大いに苦戦するものと考えます)

3、艦隊錬度の低さ
(皇帝陛下の温情の下、各貴族領土から集めた艦艇ですが、それはテストもしていない新造艦艇から、廃艦寸前の旧式艦艇まで様々です。また共同訓練も実地しておらず、最低3ヶ月は各艦隊の訓練が必要であります)

以上の点を持ちまして、臣、ローエングラム上級大将は以下の作戦を提案します。

『ガルミッシュ、レンテンベルク要塞、両防衛線までの後退と辺境外縁部を放棄することによる長期持久戦』

1、二つの要塞からの補給を受けられること。

2、艦隊編成・練度の向上の為の貴重な時間を稼げること。

3、辺境惑星から物資(主に嗜好品、医薬品)を引き上げることで、共和国軍の負担を増大させられること。

4、要塞自体を囮にし、治安維持のために後方に展開しているであろう共和国軍を各個撃破できること。

5、依然、保有する各貴族艦隊を危機感で統率しこれによるゲリラ作戦を展開すること。

以上をもって共和国軍迎撃にあてたいと臣は考えます

帝国暦488年8月 宇宙艦隊司令長官主席参謀兼宇宙艦隊ローエングラム師団司令長官 ラインハルト・フォン・ローエングラム』



『帝国領土に敵影無し』 試作巡洋艦『レダ2』艦長より報告。宇宙暦796年9月3日



第十一話 敗退への道



side ラインハルト 帝国暦486年 7月22日

キルヒアイスが不機嫌だ。
それが最近の彼らの日課である。
ここはラインハルトの官舎。
さっきまでは有能な若手将官たちが勢ぞろいしていたが今は誰もいない。

「怒っているな?」

赤毛の親友に問う。

「怒ってなどおりません」

返事は素っ気無かった。

(嘘だな)

ラインハルトは頭を下げ謝る。

「すまなかった」

キルヒアイスも流石に驚いた。
アンネローゼとの会話や幼い頃を除けばラインハルトがこんなに正直に謝るなど無かったからだ。

「キルヒアイスに相談もせず勝手に焦土戦術をとったこと、悪いと思っている」

「ラインハルト様」

「だが、キルヒアイス、お前とて分かっていよう?俺たちには時間が必要なんだ」

キルヒアイスは答えない。
だが、沈黙は先ほどまでの沈黙とは違っていた。

「貴族どもから接取した艦隊は訓練が足りない」

それはそうだ。
貴族の私兵といえば聞こえは良かったが、いざ集めてみると名ばかり艦隊ばかり。
最低でも向こう2ヶ月は訓練に当てなければならない。

「向こう数ヶ月はこちらから積極的な攻勢に転じられない」

ラインハルトがキルヒアイスの内心を見透かしたかなのように言葉を紡ぐ。

「だから、仕方ない、そう仰るのですか?」

「・・・・そう、言えば、キルヒアイスは気が済むのか?」

「・・・・いえ」

「俺だって食うや食わずの下級貴族出身だ。空腹感の辛さは分かるつもりだ」

思い起こされるのは父親がガス代・電気代を止められ真っ暗になった少年時代のこと
姉上のベッドに逃げ込んだ程の怖さ。
そして、食べるものがないからと先祖伝来の土地を手放し、幾ばくの報酬かと共にこいつの、キルヒアイスの隣に移ったときの事。

「・・・・・・・」

親友の言葉を待つキルヒアイス。

「だがな、こんな策を弄するのは一回だ。この一回限りだ。だから頼む、俺を許してくれ」

数瞬をおいてキルヒアイスが放った

「頭をお挙げ下さい、ラインハルト様。もしもこれが完全な焦土作戦であれば私も断固反対したでしょう。しかし、領民に食料を残す、例えそれが我が軍に不利な事であっても、です。ですから今回だけは私は受け入れます」

「ですが、ラインハルト様?」

そこでキルヒアイスの言葉が止まった。

「うん?」

怪訝な顔をするラインハルトにキルヒアイスは怖いくらいの笑顔で釘を刺す。

「一回は一回です。この意味、お忘れにならないようお願いします」



side イゼルローン要塞 宇宙暦796年9月25日

戦勝。戦勝、また戦勝。
無血で解放(占領)が進むにつれロボスの機嫌は良くなっていく。
それは作戦を主導したアンドリュー・フォーク准将も同様だった。

「いや、ここまで帝国軍が抵抗が無いとは・・・貴官の予測通りだな、フォーク准将」

呼ばれた准将は答える。

「はい、やはりヤン元帥は神経質になりすぎていたのでしょう」

それはロボス元帥の望んだとおりの回答だった。

「ああ、そうだ、その通りだ。
そんな神経質な元帥にこれほどの高度な柔軟性を維持しつつ行われる作戦に口を挟まれてはたまらぬ。
ヤン元帥には休養を兼ねてシリウスで第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊の合同演習を命じておいて良かったよ」

続けるフォークには侮蔑の炎がその瞳にあった。

「もっとも、あの目障りな、失礼、神経質な元帥閣下も今年末には到着する見込みです」

「それまでに、決着をつけたいものだ」

ロボスは故意にフォークの上官侮辱罪を見逃す。
彼自身がそう思っているのだから、仕方の無いことかもしれない。

「以前のアスターテ同様、マス・メディアはヤン元帥が出兵に反対した事を知っています」

少し驚いた顔をするロボス。

「ほう?我々はリークしてないが?」

(そうだ、アスターテの隠蔽のためにわしの政治力はほとんど削がれてしまった。黒髪の青二才め)

的外れな、当人にとっては死活問題の苦言。

「ヤン元帥自ら報道に出ているそうです。これは一種の売名行為です」

それをきいて心底嬉しそうな、だが口には深刻そうな言葉で、

「・・・・売名行為、か、それはいかんな」

と言う。

「左様です、軍人は政治に口を挟むものではありません」

これを後世の歴史家が知ったとき、同じ事を感じたという。
((大統領府にかけあって出兵計画を立案したのはお前たちではないか!!))

と。

「うむ、ヤン元帥には査問会を招集し、被告に立ってもらう必要もありそうだな」

もっともそんな後世の批評など知らぬロボスはヤン元帥の待遇を口にする。

「必要とあれば」

便乗するフォーク。

「ところで前線の状況はどうだ? 何か変化はないか?」

「順調です。下級貴族たちは捕らえられませんでしたが、解放政策と相まって民衆の支持は我々にあります」

後方主任参謀のセレブレッゼ中将は頭を抱えている。

(良く言いますな、その民衆3億の嗜好品を届けるのにどれだけ国庫を圧迫しているか分かっているのですか?)

「たしか、趣向品や医薬品がないと聞いたが?」

「病院施設や宇宙港、電力供給施設も破棄されておりました」

それを副後方主任参謀アレックス・キャゼルヌ少将が聞いて内心怒鳴った。

(分かっているじゃないか! それを直すためどれだけの工兵を初めとする後方支援部隊がどれほどの期間を拘束されると思っているんだ!?)

だがロボスは理解していないようだ。
事の重大さに。インフラ施設の全滅、それの普及には数ヶ月を要することを。

「まあ、些細なことだ。それよりも帝国軍宇宙艦隊のほうだ、何か動きは無いのか」

だが、彼はそれを些細なことだと言い放った。
彼の関心は一向に出現しない帝国軍宇宙艦隊に注がれていた

「正規艦隊は我々に恐れをなして逃げたものと思われます。貴族の私兵艦隊がいくつか戦闘の末仕留めた程度です」

実際はゲリラ戦を組織的に仕掛けられ、補給部隊や艦隊から分派した哨戒部隊が少なくない損害を払ったのだが・・・・それはフォークの胸のうちに秘められたままだった。
というより、フォーク自身が重要視していない。そしてゲリラ戦を仕掛けてきた艦隊の7割を逃がした事などすっかり忘れ去られていた。

(その程度で撤退してくれたらありがたいんだが・・・・ヤンならそうするだろうな)

「うむ、作戦は順調のようだ」

「ええ、作戦は順調です。このまま一気にオーディンまで攻め上がりましょう」

本気で言う二人。
一方、キャゼルヌは叫びだしたいのを必死に押さえていた

(ちょっと待て! そんな物資は予算に計上されていないし、用意できない。今だって3億の帝国人を慰撫するための輸送に精一杯でこれ以上占領地を拡大されたら補給計画は確実に破綻する!!)

「占領地をさらに拡大せよ、これは宇宙艦隊司令長官の厳命である!!」

共和国軍の9個艦隊はさらなる領土拡大に向けて分散出撃した。
各地の占領地帯(解放区)に1000万名を越す将兵を治安維持・インフラ整備に残して。
それが、それこそがラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将の策力であるとも知らずに。



side 占領地

一方占領地では、解放軍として共和国軍を迎え入れたかというとそうではない。
辺境地帯になればなるほど共和国軍の侵攻を受けてきた、そしてそのつど撤退している為、ある種の達観があった。
今回もそうであろう、と。

さらに。

とある屋敷で有力者が会合を繰り広げていた。
豪華な、とはいかなまでもそれなりの料理が並んでいる。

「確かにインフラを直してもらえるのはありがたい」

一人が口を開く。そこには感謝の念があった。

「だが、共和国軍が未来永劫ここにいるとは限らぬ」

また一人が口を開く、それは疑念。

「それに共和国が来訪した惑星はほんの一部と聞く」

そうだ。9個艦隊で全惑星を制圧できるはずがない
帝国の航路も全て掌握できているわけではない。
これは、先ほど、飲みにきていた共和国軍の補給部門の左官が漏らした言葉だ。
恐らく間違いないだろう。

「貴族様は自分たちが侵略者と戦うのだと喜び勇みワシらを置いていってしまった」

思い起こされるのは100隻から2000隻までの艦艇の出撃。
たぶん他の星でも行われたに違いない。

「いざとなれば、武器を持て、と言われてな」

露骨に迷惑そうな顔をする老人。

「ふん、国民皆兵制度をとっとる国じゃ。わし等に戦え、そういうに決まっておる」

それに付随する別の老人。

「では共和国軍が狼藉を始めたら・・・・・」

それは恐怖。
長い駐留期間の間、インフラを破壊され、満足に娯楽を提供できない今、いつ暴発するのか。
特に前線に来ている将兵たちのストレスと欲求不満はいかほどの事か。
それが怖い。

「自分の身は自分で守れ、と言う事だろう」

そうして最初の老人が締めくくる。
彼らの隠し部屋にはいくつものライフルが置かれていた。

これから2ヵ月後、共和国軍の下士官の一人が婦女子に暴行を働き死なせてしまう事件が発生。
もちろん、残っていた住民が抗議に出たが黙殺された。
そればかりか、対応に出た士官がガチガチの共和主義思想家で、第11艦隊のウィレム・ホーランド中将のようにこの遠征で皇帝の首をとると公言して歯ばかりなかった。
その士官は最悪の行動に出る。それは、デモ隊への発砲であった。




side ドワイト・グリーンヒル大将 宇宙暦796年12月1日


グリーンヒルはヤン艦隊と共に要塞へと着任した。
ヤン艦隊はそのまま査問会への出頭を命じられ、ヤンは司令部に顔を出せる事さえ許されずにいた。
査問会は3日続き、ヤンの神経をすり減らし、決意をより強くするのだが、その時点では本人以外は分からなかった

そしてグリーンヒルは状況をキャゼルヌ少将から聞くと顔を青ざめ、急ぎロボス元帥へとアポを取る。

「閣下、各地の占領地で暴動が相次いでおります」

(まさかここまでひどい事態になろうとは)

グリーンヒルは思った。
これは不味い、と。そして早く撤退しなければ、と。

「このままでは我が軍は戦わずに疲弊します」

だがロボスの反応は鈍い。

「即時撤退すべきです」

しかし返ってきたのは予想だにしなかった発言だった。

「ならん、帝国軍と一戦も交えずに撤兵したとあっては我が軍の沽券に関わる」

(軍の沽券?)

もしもヤンが聞いたら激怒していただろうう、軍人としての名誉を全うするために、いや、今回は司令官個人の自尊心を満足させるために撤退しないと言っているのだから。

「事はそういう問題ではありますまい、閣下。それに数度にわたって帝国軍を撃破しているではありませんか」

グリーンヒルの脳裏にヤンが見せた資料が流れる。
あんな未来はごめんだ。自壊する共和国など見たくもない。

孫のためにも。




side ヒューベリオン ヤン元帥の私室 宇宙暦796年11月15日

3人いる。
一人はヤン・ウェンリー。
一人はドワイト・グリーンヒル。
一人はフレデリカ・グリーンヒル。

ヤンが頭を徐に下げた。
そこには統合作戦本部長室で見せた謀将のかけらもない。

『お義父さん、と御呼びすれば良いのかも知れません、フレデリカをもらいにきました』

『・・・・・・』

頭を下げる二人。
ちょっとした沈黙の後、グリーンヒル大将が口を開く。

『フレデリカ、本当にヤン君で良いのかね?』

『はい』

即答するフレデリカ。
しばしの間、目を瞑るグリーンヒル

(・・・・・・)

(・・・・・・)

二人が黙っているとおもむろに言葉を発し始めた。

『・・・・・こんな娘だが、私にとっては妻の形見でもある。前にも言ったが・・・・』

グリーンヒルが睨む。
それに答えるヤン。

『不幸だけには、決してしません』

ヤンの決意を見るグリーンヒル。そこには外見とは全く似合わない決意が表示されていた。
頷くグリーンヒル。

『よろしい』

『ありがとうございます』

心からお礼を述べるヤン。

それから3人で雑談をしていたが、グリーンヒルが突如話題を切り替えた。

『ところで、ヤン君、私に何か見せるものがあるのではないかね?』

核心を突く言葉。第三者が聞いても分からないであろう言葉。

『・・・・ご存知でしたか』

驚くヤン。それをいつ伝えるか迷っていたのだから。

『総参謀長という役職を舐めないでもらいたいものだね、ヤン君?
君がオーベルト准将と何か作成している事は知っていたのだよ?』

『何故、放置を?』

フっとグリーンヒルが笑った。
そしてヤンにとっても意外な言葉を続ける。

『我が国にとって大切なことではないかと、そう直感を感じたから。それと・・・・・娘の夫を収監したくなかったからだ』

そしてヤンはホアン・ルイに語った事と同じ事をグリーンヒルに事となる。




side グリーンヒル 宇宙暦12月1日 イゼルローン要塞司令部。


「閣下! お考え直しください。まだ間に合います」

必死に訴えるグリーンヒル大将。もしも今損害らしい損害を出さずに撤退できるなら、あのレポートの前提が崩れる。
そうすれば孫が軍人になるのを防げるかもしれない。
何せあのレポートの大前提は広大な占領地帯を保有するか、大敗北を喫するかどちらなのだから。

「撤退が無理ならば、せめてヤン元帥の軟禁を解いてください」

ヤンは売名行為のかどで艦隊に軟禁されていた。
さらに理由がある、それは早期撤退論を誰振りかまわずしゃべった為である。

「いいや、だめだ。彼には礼儀が足りん」

実際ヤンに撤退の進言をする権限はあっても、撤退命令を下す権限はなかった。
だからヤンは要塞内部に撤退論をつくりロボスを少数派に追い込むつもりであった、あったのだが。

「彼は私を無視したのだぞ!」

ロボスを無視したのは悪かった。いや、結果を急がずに回り道をしてしまったヤンが不運だったのか。
温厚で紳士的と呼ばれているグリーンヒルも流石に呆れた。

(それは感情論ではないか!)

結局、双方の論理は平行線を走り、侵攻作戦は継続されることになる。
ただし、流石のロボスも罪悪感を覚えたのか、比較的後方地帯を占領していた第7艦隊のアレキサンダー・ホーウット中将に補給船団の護衛を命じた。
だが、補給艦隊の総数に比べ、護衛艦艇の艦艇数はあまりに少なかった。

それが新たなる悲劇を呼ぶことになる。




side ラインハルト 帝国暦486年12月5日


宇宙艦隊司令長官の命令でラインハルトが訓示をたれる。
ミュッケンベルガー元帥は既にガルミッシュ要塞防衛の任についており、ここにはいない。
彼がどれだけ皇帝に疎まれたかが分かる人事だった。
また、貴族連合軍を纏め上げ新たに艦隊を編成したアーダベルド・フォン・ファーレンハイト中将(いくつもの小規模な艦隊を統合し練兵し、1個艦隊を再編した腕前をもって皇帝より少将から中将に任じられた)はレンテンベルク要塞防衛の為に進発しており、同じく帝都にはいなかった。

「卿ら、時はきた」

ラインハルトは9名の提督たちを座らせると言った。
彼らの傍らに副官たちが座る。

ウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将

ウォルフガング・ミッタマイヤー中将

オスカー・フォン・ロイエンタール中将

ジークフリード・キルヒアイス中将

カール・グスタフ・ケンプ中将

コルネリアス・ルッツ中将

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将

エルネスト・メックリンガー中将

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将

いずれも有能な9名の提督たちである。

「共和国軍は罠にはまった」

ラインハルトの端正な顔が一瞬ゆがむ。
もっとも気が付いたのは赤毛の親友だけであったが。

「キルヒアイス中将、説明を」

「ハッ」

キルヒアイスが端末を操作する。
そこには各地に分断され半ば孤立している共和国軍とレンテンベルクに1個艦隊、ガルミッシュに1個艦隊を釘付けにされた状況が映し出された。

「ごらんの通り、我が国の3分の1を占領した共和国軍ですがその距離、そして各地に派遣した分艦隊のゲリラ戦術で満足な補給が受けられている状況ではないと情報部は判断しました」

分艦隊規模のゲリラ戦、各地に備蓄されていた物資を切り崩して行われた。
それは皮肉にも50年以上前、第二次ティアマト会戦敗北後に本格的に議論された本土決戦を想定しての作戦であり、それが実った形となる。
いわば共和国軍は50年前の大勝利のつけ、それも予想だにしなかったツケを払わされていたのだ。

「それを裏付けるかのように、帝国深遠部に近い共和国艦隊は物資の略奪を始めております」

そう、共和国艦隊は無計画な進出にしたがい、自己の艦隊を維持するだけの水や食料が不足していた。
帝国軍はもちろん知らなかったが、共和国軍の最前線の艦隊に至っては汚水を浄化して飲み水に変えているくらいである。
それはヤンが指摘した距離の壁であり、撤兵時期の無計画さのツケでもあった。

「そしてそれに対抗すべく艦隊の占領地域では大規模なパルチザンが展開されており少なくない損害を出しているとの事です」

陸戦部隊を投入しても数で圧倒される、しかし投入しなければ自分たちが餓える。
そんなジレンマを抱ええる共和国軍。もはや解放者としての仮面はなかった。

「さらに、4ヶ月前に占領された辺境各地でも大規模な暴動が発生しております。これは軍規の甘さとそれによって生じた問題、対立とが原因と思われますが、その対処に武力を持って望んだため民心は急速に共和国軍を見放しております」

キルヒアイスの握られた左手から血が滴り落ちる。
怒っているのだ。彼は。

「そして各艦隊はあまりにも遠く相互支援できる状況にはありません。また、前線の物資不足を補うためイゼルローンから100億トンもの物資を輸送する計画が持ち上がり、今年12月中旬に実行される見通しです」

「そしてその補給艦隊を私が急襲します」

キルヒアイスは締めくくった。
そしてキルヒアイスが先に退席する。作戦を実行するために。

「卿ら、現状は分かったな?」

メルカッツが手を挙げる

(メルカッツほどの人物が分からぬとも思えぬが)

「何か不可思議な点でもあるのか?」

「いいえ、上級大将閣下。現時点で共和国軍が息切れした点は良く分かりました。
しかしながら、何故ここまで民衆を苦しめる必要があったのですか?」

幾人かの提督がハッとして金髪の若い司令官を見る。

「・・・・・国を変えるためだ」

彼は小さな、小さな声で呟いた。
それは全員に聞こえた。
メルカッツが聞き間違いかと反復する。

「国を?」

そこには先ほど沈んだ若者の姿はなく、英雄の姿があり、彼は断言した。

「勝つためだ、それ以外の何がある?」






宇宙暦796年、帝国暦486年12月24日

クリスマスイブの惨劇と呼ばれる戦いがタラニス恒星系で発生する。

キルヒアイス艦隊は共和国軍が掌握できなかった航路を使って、各地のスパイや偵察艦艇、フェザーンから野情報を総動員し第7艦隊と補給艦隊の位置を割り出したのだ。
そしてタラニス恒星系の隕石地帯で待ち伏せを行い、一気に急襲。共和国第7艦隊旗艦『ケツァル・コァトル』が沈み、ホーウッド提督も戦死した。艦隊旗艦を撃沈され艦隊が一時混乱。そこをキルヒアイス艦隊につかれ前後に分断、分断後キルヒアイスは前方集団の殲滅に全力をそそぐ。
前方集団7000隻は突如現れた15000隻の艦隊に対応できず崩壊、中央攻撃で2000隻を、その後はほとんど何も出来ずに味方7000隻を失った後方の4000隻は、かろうじて生き残った副艦隊司令官アーノルド少将の命令により補給艦隊ともども投降する。

この戦闘でキルヒアイスは、その戦闘速度の的確さと戦闘時間の短さ、犠牲の少なさから、味方の帝国軍から、絶大な信頼を得てローエングラム陣営No2の座を確実なものとなる

100億トンもの物資もキルヒアイス艦隊の手に落ちた。
それは共和国軍の補給線が完全に瓦解した事を意味する。

そしてそれから1週間後の宇宙暦797年、帝国暦487年1月1日、帝国の逆襲が始まった。



[21942] 第十二話 大会戦前夜
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 23:45
『         大統領召集の安全保障会議議事録 1198

記録では、最高評議会議員12名とラザフォート大統領、報告のためイゼルローンから帰還したドワイト・グリーンヒル大将の14名が参加していたとある。

『貴官を前線のイゼルローンから呼んだのは他でもない、ストライクの事なのだ。大将、私は正確な情報がしりたいのだ』

『ロボス元帥は戦勝の報告しかしないが、本当に勝っているのかね?』

『それとも、実際は負けているのではないかな?』

『今回の閣僚人事に現役の軍人アドバイザーとして、秀才の誉れ高いアンドリュー・フォーク准将をいれたが、彼も戦勝を報告している』

『だが、国庫、特に軍事予算関連は当初の見積もりの4倍にまで膨れ上がり、福祉や教育、恒星開拓といったほかの分野でも悪影響を与えだしている』

『この点はどう考えるのかね?』

『現時点、9月18日時点で侵攻軍3600万に目立った被害は出ておりません、大統領』

『そうか、つまり勝ているのだな?』

『ですが、大統領。現在の作戦は帝国領土全域を制圧すると言う無計画な作戦で、これ以上の作戦遂行は国庫に多大な負担を加えます』

『うん? 何が言いたいのだ、ドワイト・グリーンヒル大将?』

『即時撤兵を進言します』

『!!』

『それはなりません!』

『何故ですか、ウィンザー国土交通委員長?』

『これは専制政治を打倒する正義の戦い、国庫に負担があるからといって一戦も交えずに撤退するなど・・・・聖戦にあってはならない行為です』

『そもそも今回の侵攻計画はグリーンヒル大将、あなた方軍部から持ち出されたものではありませんか?』

『それが良識派のグリーンヒル大将ともあろうお人が臆病風に吹かれたようでは・・・・とても安心して夜も眠ることが出来ません』

『そうお考えでしたら、一刻も早く撤退すべきです。確かに帝国軍正規艦隊とは交戦し、これを撃破しておりませんが小規模な艦隊ならばいくつも撃破しております』

『大統領閣下。もう戦果としては十分ではないでしょうか?』

『・・・・いや、だめだ』

『何故です!?』

『有権者により目に見える形で成果をあげなければならぬ。このたびの遠征で議会は臨時増税を可決した。消費税の10%への値上げをな。それは来月にも異例の速さで施行される』

(・・・・・そんなことが・・・・・いつの間に)

『だからな、大将、目に見える成果を挙げるのだ。特に、我々が有権者の支持を会得するためにも、な』

『大統領閣下、それは命令ですか?』

『そう、命令だ。付け加えるなら最高評議会の三名の議員を除く全ての議員の総意でもある』

『さしたる大戦果も無しに占領地からの撤兵など、もはや国民世論が納得しないのだよ、大将』

(それは貴方たちの理論では・・・・いや、止められなかった私も同罪か)

『よって大統領府としては今回の作戦を継続する事を命令とする』

『もちろん、帝国軍に大打撃を与えれば撤兵してもかまわんよ?』

宇宙暦860年 『愚行の過程』より抜粋





第十二話 大会戦前夜



side オーベルシュタイン 宇宙暦796年12月22日

ホテル・ローマ、スィートルーム。
ここに一人の老人と一人の若者がいた。

一人はG8筆頭『ヒイラギ総合商社』の、つまり軍産複合体連合議長のアキラ・ヒイラギ。
茶色の着物を着た大人しそうな爺、といった雰囲気だ。
もっとも、眼光は鋭く、第一印象で彼を侮ると痛い目を見る、そんな風格がある。

もう一人は次席筆頭の『同盟工廠』のミルド・ダン。
両者は三十歳近く年が離れているが、両者ともこの国を影で操る実力者といって良い。
とくにブルーのネクタイにブルーのスーツできたダンなど、若干31歳で『同盟工廠』を取り仕切っているのだから。

「オーベルト准将、じゃったな? 此度はどういった用件かのう?」

「ええ、そうですね。まさか僕らの正体を知らずに迎え入れたわけではないのでしょう?」

二人は挨拶もそこそこに本題に入る。
本来であれば別の要件で忙しいのだ。
それを無視するほどのものをこの男は提示してきた。
だからこそ、ここにいる。しかも、イルミナーティ幹部の二人が。

「そうですな、まずこれをご覧下さい」

紙媒体の資料が手渡される。
それはヤンに命じられてオーベルシュタインが作成した、G8とNEXT11の表沙汰にしたくない資料だった。
それを読み終える二人。
もっとも驚きは少ない。最初の手紙に載せられていた自分たち個人の汚職、売春などに比べれば想定の範囲だった。

「確かに良くできた脅しじゃな」

「ええ、これは立派な名誉毀損罪になりますね」

二人の返答は予想のものだった。
白を切る、当然だろう。

「では、明日の朝一番にでも公表してよろしいので?」

「・・・・・」

「!!」

まさかそう返してくるとは思わなかった。
そんな中、老人は薄く笑い、青年は絶句する。
この辺は修羅場をどれだけ潜ったかによるのだから、二人の反応の違いは仕方ないのかもしれない。

「わしはこういった駆け引きを好まぬ」

一番の年長者が口を開いた

「何が望みじゃ? 言うてみぃ」

オーベルシュタインは淡々と答えた。

「ヤン・ウェンリーを支援していただきたい」

若者が聞く。
彼の目は、老人と同じく真剣であった

「見返りは?」

当然だ。彼らは商人。
ボランティアで誰かを支援することなど無い。
そういう物好きは理想に燃える者の特権だ。
ジェシカ・エドワーズ代議員などその良い例だろう

「戦争の終結による民需産業の更なる勃興とフロンティア・サイドの開拓、そして」

ほう、と老人が頷く。

「そして?」

若者が促した。

「銀河帝国55億の民への貿易権」

それは銀河帝国との講和を前提にした話であった。
さすがに二人とも驚く。
それは150年に渡って議論され、誰も成しえていない偉業だからだ。

「銀河帝国と講和じゃと?」

老人が訝しげに聞く。

「左様です」

オーベルシュタインは淡々と答える。
まるで機械のように、感情にこもらない声で。

「できるのか?」

老人が確認する。
できるのか、と。

「ヤン・ウェンリーならば確実に、と言いたい所ですが確証をすることは出来ません」

オーベルシュタインは正直に答えた。
ここで確証を与えて自分たちの手足を縛っては何も意味がない。
あくまで自発的に味方になってもらわなければならないのだから。

「それでは話にならないよ」

若者が侮蔑を隠さず言い放つ。

「ですので、こちらの資料をご覧下さい」

さらに二つのファイルが手渡される。
そこには銀河共和国の自壊への道しるべが掲載されていた。
食い入るように見入る若者と、老い先短い性か達観している老人。

「お主は優秀じゃな?」

若者はまだ衝撃から抜けきれないのか何も言わない。
だが二人は理解した。
このままでは600億の市場を失うことを。

「恐れ入ります」

オーベルシュタインは頭を下げる。

「共和国の自壊。そう言われればそうかもしれない」

若者にとっては衝撃だった。
まさか数十年先に自分の故郷が崩れ去ると言われたのだから。

「これが本当になるなら協力しなければなりませんね、会長」

「果たしてなるのかのう?」

「ですが徴兵制度はまずい。若い良質な労働力を奪われます、引いては民需の弱体化に繋がります」

若者と老人が言い合う
彼らG8やNEXT11とて何も軍事だけで食っているわけではない。
むしろ、軍事の利益はそれほど大きくない。民間企業だけあって、600億の市場を席巻するほうが甘味があるのだ。

「かといって選抜徴兵制度を続ければ同じことです。いずれ不公平感から世論はいずれかに傾くでしょう」

そこへオーベルシュタインが爆弾を投げ込んだ。

「徴兵制度導入か、志願制度への移行か。そして後者の可能性は戦争が継続していく限りあまりにも低いでしょうな」

そう、民意は時として誰にも止めるられなくなる。不公平感が爆発すれば時の政権はオーベルシュタインの言う選択を迫られるだろう。

「そうじゃが、軍需産業で儲ければよいでのはないかな? 敢えて火中の栗を拾わずとも良いではないか?」

オーベルシュタインは即座に反論した。
まるで待っていたかのように。

「購買層の低下、民需製品の方が利率が高い事は経済を知っている者の常識でしょう。それを捨て去るとは思えません。」

更に煽る

「そして軍需産業に傾倒して、戦争に勝った暁はどうするのですか? 内戦でも起こさない限り軍需の利益は縮小されます。その時莫大な損失を被るのはあなた方イルミナーティのメンバーでしょう」

そうだ、戦争中は良い。だが、万一大勝利を収め、圧倒的な国力差で帝都オーディンを落としたとしたらどうなるか?
戦後不況だ。それも今、戦争に勝って終わるのとは比べ物にならないほどの。

「そこまで分かっていて、講和派のヤン元帥を支持せよと命令するか」

「御意」

チャキ。
ダンがブラスターを取り出す。

「ここで君を殺せば全て無かった事にも出来ますが・・・・どうでしょう?」

「話は全部無かったことにしませんか? お互いそれが一番利益を、少なくてもここ数十年間は生む」

オーベルシュタインは無言で懐からある装置を取り出した

「「ゼッフル粒子発生装置」」

二人の声が重なる。

「そういうことです、代表」

しばしのにらみ合い。
先に折れたのはダンのほうだった。

「やれやれ、あなたは怖い人だ。自分自身をも賭けの道具に使えるとは」

それは賞賛の声。
彼は素直に感心した、この不気味な男の覚悟を。

「そうでもありません。私にも怖いものはあります」

「それは是非とも次の機会に聞いてみたいものじゃ」

「ええ、そうですね」

老人が口を開く。

「ヤン・ウェンリーの件は了承した。悪行ばかりの人生じゃったが、だからこそ一度くらい善行をしても罰はあたらんじゃろう」

老人は損得計算で、一度の賭けならば決して悪くないと考えた。
それに例のレポートもある。あれをばら撒かれるのはやはり痛い。

「全く、とんでもない人物だ。私たちイルミナーティを手玉に取った。それだけで賞賛に値しますよ」

「まあ、信じないでしょうけど僕も戦争は嫌いです、儲けが少ないですからね」

彼も老人と同様の結論に達した。
新たなる市場開拓、その可能性に一度くらいかけてみようと。
なあに、掛け金は思いのほか少ない。

「ヤン・ウェンリーという小僧を支援する、それだけで良いのじゃな?」

確認する。
ヨブ・トリューニヒトのように、支援すればよい。
奴が何か言ってくるのは目に見えておるが、そんな事は次の一言でどうとでもなる

『順番が変わった』
と。

そこでオーベルシュタインが彼らを思考の海から引き上げた。

「ではそちらの資料はお渡しします。信頼の証として」

「信頼か、利用の間違いじゃろう?」

「ま、僕も協力しますよ。そう言うのは嫌いじゃない」

こうしてオーベルシュタインはパイプを手に入れた。
そのパイプは共和国という大樹の地下深くに根をはるイルミナーティ、軍産複合体連合は、彼の目論見どおりヤンへの大きな支持基盤に変貌するのだった。




side ビュコック 宇宙暦797年1月3日



「今すぐ、総司令官にお繋ぎしてもらいたい!!」

ようやく繋がった。
全く何基の中継衛星を利用しているのかわかっているのか。

「それが、その」

対応に出た士官は少尉。
老練な名将の怒りの前にたじたじだった。

「貴官では話にならん。急いで繋げ」

そこで向こうで、イゼルローンでひと悶着あった。
ある人物がオペレーターを押しのけて通信に割り込んだのだ。

「あ、ちょっと」

「失礼しました、アンドリュー・フォーク准将です、ビュコック提督」

不思議に思うビュコック。
わしは確かにロボス元帥との面談を要求したはずだ、と。

「何故貴官が出るのだ!? わしはロボス元帥に直接進言したいのだ!!」

「ですから、まずは小官を介してもらいます」

フォークは柳のようにビュコックの怒りを無視して話を始めた。

「何故?」

「それが規則だからです」

(埒が明かんな、これは)

「じゃな、ならば言わせてもらう。補給作戦が失敗した今、今すぐに退却の命令を出してもらいたい」

フォークは舞台俳優のようにビュコックの正論を精神論で拒否してきた。

「これはこれは、60年近くも帝国軍の侵略を阻んできた勇将の発言とは思えません」

(ふん、何とでも言えばよい)

だが次の瞬間、ビュコックの堪忍袋の緒が切れた

「臆病風に吹かれたのですか、提督?小官なら撤退などしません。むしろこれを好機に帝国艦隊を撃滅してご覧に入れます」

数瞬の間。
ビュコックは静かに口を開いた。

「そうか、わかった、ならば代わってやる」

「は?」

なにを言われたのか分からない、そんな様子のフォーク。
実勢なにを言われたのか頭の中で整理がついていないのだろう。

「代わってやると言ったのだ。そこまで自身がおありならば安全なイゼルローンにモグラのように引き込んでいないで前線に出てくるが良い」

そしてビュコックは代弁した。
今前線にいる全ての艦隊司令官たちの言葉を。

「そしてわしらの代わりに艦隊の指揮を執れ!!」

フォークはたじろいだ。思えば前線に立ったことなど彼は一度も無かったのだから。

「む、無茶を言わないでくさい」

ビュコックの怒りは収まらない。

「無茶を言っているのは貴官の方だ、貴官は自己の才能を示すのに弁舌ではなく実績を示すべきであろう」

「それができないからヤン元帥に嫉妬している、違うか!?」

「しかも他人の影に隠れて功績を横取りしようとしているのではないのか!!」

そして一枚の命令書を出し、手の甲ではたき付ける。

「極めつけはこれだ・・・『現地調達せよ』だと? 自らの失敗を棚に上げてよくもぬけぬけと戦えなどと言えたな!!」

その途端。スクリーン越しのフォーク准将が引き付けを起して倒れた。
軍医が呼ばれ、診断し、ビュコックに事情を説明する。
ビュコックは心底あきれ返った声で言う。

「やれやれ、わしらは赤ん坊の立てた作戦でこんなところまで来てしまったようじゃな」

「お見苦しいところをお見せしました」

ドワイト・グリーンヒルが通信に映し出される。
肩で息をしているところをみるとよほど急いできたらしい。

「なんの。自業自得じゃて。それより総参謀長、撤退の許可はいただけるのでしょうな?」

無言で首をふるグリーンヒル。彼は良識派の軍人だ。
だからこそ、自分の職権以上の事をしてはならないと考え行動してきた。
それ故に、軍内部で出世できたと言っても良い。
得てしてそういう人物ほど若い頃からの生き方に囚われてしまいがちであった。

「私には権限がありません、そしてロボス元帥は今昼寝中で誰も起こすなとの命令です」

「昼寝・・・・ですと?」

「はい」

呆れた、諦めにも似た空気が双方に漂う。

「分かりました、司令部がその気ならば仕方ない。こちらは現地裁量でやらせてもらうとお伝え下さい」

「・・・・・提督」

「ああ、それとグリーンヒル大将、ロボス元帥が起きたら、『このアレクサンドル・ビュコック』が良い夢を見れましたかなと、気にしていた点をお忘れなくお伝え下さい。では」

敬礼して画面から離れるビュコック。

「閣下、言い過ぎです。ヤン元帥の拘禁の件もあります、あまり」

ファイフェル少佐が苦言を言う。

「そういうな少佐。それより撤退準備だ。人員の収容を最優先にする。急げ。荷物は全て置いていって構わぬ」

有無を言わせぬ命令。

「・・・・・ブービートラップは仕掛けますか?」

参謀長のチュン・ウー・チェン少将の提案も拒否する。

「いや、そんな時間は無い。撤退を最優先にせよ。他の艦隊にも通達。責任はこのアレクサンドル・ビュコックが全てとる、とな」




side キルヒアイス



補給艦隊と第7艦隊の残存艦艇を拿捕し、全速力で根拠地にもどるキルヒアイス。
根拠地の名前はロンギヌス。
ロンギヌス基地は来るべき共和国軍との決戦を支援する目的で建設された惑星要塞である。
その為、通常航路から若干外れたところにある、後方支援の秘密基地としての役割を持っていった。
故に、ロンギヌス基地は共和国軍の航路データバンクには搭載されておらず、今回の大遠征でも平穏を保っていた。

だが、それも過去形で語られることとなる。
キルヒアイス中将が100億トンの物資と4000隻の敵艦艇を拿捕して戻ってきたのだ。

「ベルゲングリューン大佐、報告をお願いします」

「戦況の、ですね?」

ベルゲングリューンは確認する。
自身がはじめて認めた上官に。

「はい」

説明が始まった。

「まず帝国暦489年1月7日、ガルミッシュ要塞攻略中の艦隊はムーア中将の第4艦隊と判明しました。これを後方から我が軍のルッツ艦隊が強襲、それに呼応してミュッケンベルガー元帥も出撃、第4艦隊は8隻を除いて全て撃沈したとの事です」

「続けてレンテンベルク要塞ですがこちらも同様であります。同日7日にはファーレンハイト中将とワーレン中将の艦隊に挟み撃ちにあい第6艦隊は消滅。残存艦艇2000隻あまりが捕縛されたそうです」

大勝利と言ってよい。
もっとも、共和国の回復力を考えればそれほどではないのかもしれないが。

「ほかの星系は?」

キルヒアイスが続ける。

「キフォイザー恒星系ではロイエンタール艦隊が8日に敵第3艦隊と交戦中。7日には要塞攻防戦と時を前後して、イザヴェル恒星系ではミッタマイヤー中将が敵の第8艦隊と、グラズヘルム恒星系ではケンプ艦隊が敵の第9艦隊と、我が軍の先鋒であるメルカッツ艦隊はヴィグリード恒星系で敵の第5艦隊と9日に交戦中との事です」

ふと疑問に思う。第2艦隊は遠すぎて狙えないから報告に無いのはわかる、わかるが。

「敵の第11艦隊はどうしたのです?」

ここでビューロー大佐が変わりに報告する

「逃げました」

キルヒアイスは一瞬目を丸くした。
そしてビューロー大佐に聞き返した。

「逃げた?」

「はい」

「それほど早く撤退準備が整っていたとは聞いていませんが・・・・・」

「ローエングラム伯によりますと、共和国軍はエルムト恒星系に展開させた自軍の陸戦部隊15万名を放置していたとのことです」

「な!」

(そんな非常識なことが!)

キルヒアイスが怒っている間にも報告は進む。

「恐らく、どこかイゼルローン近郊の恒星系で決戦を挑み、その場でその失態を取り戻そうとする魂胆でしょう」

「卑劣なまねを・・・それでビッテンフェルト中将、メックリンガー中将を率いるローエングラム伯はどうされたのです?」

「追撃しております、おりますが・・・・」

「どうやら友軍を見捨てるつもりのようで追いつけない状況だとか」

キルヒアイスが言った。

「卑劣な男、ですね」

と。

「全く同感です」

そこでキルヒアイスは今に戻る。

「捕虜にした共和国軍将兵は丁重に扱ってください。暴行、略奪は一切厳禁、破った者は極刑に処す、と」


この後、帝国軍は各地で共和国軍を撃退。特に緒戦で無傷だったのは全てを捨てて逃げたホーランド提督の第11艦隊と、最後尾を守っていたため帝国軍の攻撃範囲外にいたパエッタ中将の第2艦隊だけであった。
その他は疾風ウォルフの異名を持つほどの快速で撃退された第8艦隊のアル・サレム中将。
ヘテロクロミアのロイエンタールにより戦力の半数を失った第3艦隊。
お互い近接戦闘には移行しなかったものの、双方2割の損害を出した第5艦隊とメルカッツ艦隊。
逆に近接戦闘で6割の損害を出した第9艦隊。

だがそれでも各艦隊は10日午前には撤退を完遂し、後はイゼルローン要塞に逃げ込むだけとなった。
そのときである、イゼルローンから艦隊が進発したとの報告が入ったのは。

宇宙暦797年1月11日、ロボス元帥がイゼルローンの予備兵力8000隻を率いて出撃し、そのほかの艦隊は恒星系アムリッツァに集結せよとの命令を伴っていた。
戦力分散の具を犯した共和国軍は各地の味方を見捨ててアムリッツァに集結する。

一方帝国軍も少なくない損害をおったが、士気の面、国力の差から今、敵艦隊を少しでも減らす必要があるため艦隊を再編成し、アムリッツァに兵を進める。

ここに第二次ティアマト会戦以来50年絶えてなかった5個艦隊以上の大規模な艦隊決戦の舞台が幕を挙げようとしていた。




[21942] 第十三話 大会戦前編
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 18:11
『帝国軍艦艇と共和国軍艦艇の差異について

第一に挙げられるのは大気圏内活動力の有無であろう。帝国軍は治安維持と共和国軍の侵攻にそなえ、各地の惑星に潜伏する事を念頭に置かれて設計されている。その大きな結果がこの度の遠征におけるゲリラ作戦である。ゲリラ作戦には根拠地が必要であるが、共和国軍の艦艇はそれを宇宙基地に求めるほか無い。必然的に敵に見つかり易い。航路を逆に辿っていけば用意に発見できるのだから。一方、積載量が多く、万能艦として設計された帝国軍は違う。物資の積載量の多さは長期作戦行動を可能とし、大気圏内外の活動を可能とした万能艦は各惑星で補給(特に水や食料)を受けられる。また、ある意味では帝国全土が巨大な兵站基地でもあるので武器・弾薬の補給について心配も必要ない。特に貴族領土として内政自治権が共和国よりも強い(治外法権や独自の宇宙艦隊兵力の保持は共和国憲章で禁止されている)のでゲリラ戦には持って来いの地形と言える。そして人的資源の面からか帰属の保身からかは分からないが被弾時のダメージコントロールが優れている。その為にある意味で沈みにくい。防御のソフト面では帝国が優位にたっていると言えよう

一方、共和国艦艇の特色として、徹底した合理化が挙げられる。小型化に大火力、艦艇の大きさに比べての重防御力(帝国軍艦艇と同様の防御スクリーンを持つ)を持っていっる。また、共和国があくまで自衛目的で宇宙艦隊を保持した経緯(これは地球圧時代を参考に最後まで論争された。いや、今現在でも帝国軍の存在が無ければ論争され軍備は縮小・解体の傾向にあったとされていただろう)と、各地の治安は地上軍である州軍と中央警察、地方警察が維持すると言う大原則があるため宇宙戦闘用に特化した宇宙艦艇となっている。小型化については敵艦隊からの砲撃命中率の低下を意図して、また大量生産を可能にするために行われた。さらにセンサー類など民需関連技術で帝国を凌駕しているため共和国軍艦艇は総じて帝国軍に較べて、若干ではあるが、広範囲の槍と目を持っていると言えるだろう。これにより先制攻撃や敵襲からの回避を可能にした。また、もっとも優れているのはジャミング技術であり、アスターテ会戦で証明されたように最新式の障害電波発生装置は近距離まで敵に察知されない特徴を持つ。惜しむべきは「ストライク」参加艦隊は比較的古い艦艇で構成されており、それら新技術が搭載されず活かされなかった点であろう。もしもこの技術が活かされていればアムリッツァ会戦の結末は大きく変わったものと考えられる。

                                                宇宙暦900年 『共和国と帝国の艦艇、共和国編』 』

『帝国暦487年 1月10日 全軍、アムリッツァに向けて進軍せよ  ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵』




第十三話 大会戦前編




side グリーンヒル

(何を言っても無駄だった!)

ロボスを止めようとした。
これ以上の犠牲は無意味だと。
最早、各地の駐留部隊を艦隊が回収することは不可能だと。
だから艦隊だけでも撤収させるべきである、と。

だが、だめだった。
先日の会話が思い出させる。
ロボスは何度も撤退論をかざすグリーンヒルを怒鳴りつけた。

『まだ6個艦隊も健在なのだ!!』

そして言った。

『共和国軍の意地を見せんでどうする!!』

と。
もう意地を見せるしか彼の頭には無いのだろう。
それでもグリーンヒルは反論する。

『傷ついた6個艦隊です、無傷の艦隊ではないのです』

続ける。

『確かに帝国軍にも打撃を与えたでしょう、ですがそれ以上に此方の方が損害を受けているのです』

そして最後の説得を試みる。

『どうかご再考を。今はヤン元帥やビュコック提督の言うとおりにして、撤退を。』

ロボスは急に思い出したかのように付け加えだした。

『2000万以上もの味方を置いては行けぬ』

唖然としたグリーンヒル。
確かにそれは正論だ。
反論しにくい。だが、その原因を作ったのは何だ?
要因になったのは誰だ?

(あなたがそれを言うか!? 無計画の出兵を行わせたあなたがそれを言うのか!?)

ロボスの無責任な発言にグリーンヒルも正論で返す。

『ですが、まだ艦隊にも800万以上の将兵がいます。ここは苦渋の決断でしょうが・・・・撤退すべきです』

そうだ、報告では無事な艦隊や損害が軽微な艦隊も多数いるのだ。
そこにいる人名を救うのも軍人の、特に作戦部の義務ではないか?

『幸い、帝国軍も戦力を一時再編成するほどの打撃を受けました。今なら周辺部の人員と共に脱出できます』

そうだ。ここで艦隊を分派して助けられる限り助ける、そういう時間は幸いにしてある。
だが総司令官閣下のお考えは違った。

『くどい、ようは勝てば良いだけであろう、総参謀長。予備兵力8000隻をわし自ら率いて合流する。それで数の不利は覆せよう』

あまりにも楽観的過ぎる回答。

『それくらいで覆るとは思えません。それに士気の面もあります。さらに言わせてもらいますがいっそのこと』

それは暗にある艦隊を指していた。

『ヤン艦隊を出せ、そう言いたいのか?』

『左様です、首都で5万隻にまで増強されたヤン艦隊ならまだ逆転のチャンスがあるはずです』

そう、ヤン艦隊は第13艦隊2万隻、第10艦隊15000隻、第12艦隊15000隻、合計5万がヤン元帥の指揮下に入っている。
彼が軟禁されているので出撃準備状態で待機だけしているが・・・・これがアムリッツァの艦隊と合流できれば。

『言いやだめだ』

それでもロボスは首を縦には振らなかった。
もはや頑迷とまで言って良い。

『何故です? 何故そこまで拘るのですか?』

『国防の為だ』

グリーンヒルはそれがヤン元帥に功績を横取りされたくない故に出た詭弁だとようやく、本当にようやくだが分かった。
だから反論する。艦隊800万の将兵のためにも。

『真に国防を考えるならば出すべきではないのですか? それか撤退するか。』

『後方支援部隊には捕虜交換なり身代金なりで引き上げましょう』

帝国を支援することになるが仕方ない。
フェザーン経由でならば可能だろう。

『ならん! これは命令だ。わし自ら予備兵力を率いて帝国軍と決戦を行う』

『貴官は要塞に残れ、そして後の指揮をとれ』

そう言い残しロボスは出撃した。
出撃から1時間後、予備兵力、通称ロボス艦隊が完全に要塞の探知範囲外に出た頃、グリーンヒルはヒューベリオンの司令官室にいた。

「失礼するよ」

アラームを押して入室するグリーンヒル。
そこにはだらしなくベレー帽をアイマスク代わりに、机に足を投げ出して元帥の姿があった。

「なんだい、また査問会かい? いい加減にしてくれないかな」

のんびりと返すヤン元帥。

「十分反省しているかね?」

グリーンヒルが答える。
その声に聞き覚えがあるのか慌て出すヤン。

「え、あ、グリーンヒル閣下。失礼しました」

思わず敬礼する。
それを笑って不要だと答えるグリーンヒル。

「ヤン元帥、君のほうが上官なのだ敬礼は不要だよ」

「は、申し訳ありません」

それでも敬語はやめない。
こまったものだ、軍隊では階級が下の者が上の者に対して敬語を使うのであって、逆ではないと言うのに。

「まあいい、時間も無いことだし掻い摘んで話そう。実はな」

そしてグリーンヒルは話した。帝国の逆襲を。

「それで閣下がこの要塞の最高責任者に・・・・・それでは」

ヤンは察した。何故グリーンヒルがここに来たのかを。

「察しが早くて良いな、私も良い義理の息子に恵まれたものだ」

義理の息子と言う言葉に戸惑うヤン。

「あ、いや、その」

グリーンヒルは断固たる口調で命令しだした。

「ヤン元帥」

「はい」

「ヤン艦隊を率いて直ちに進発。目標はアムリッツァ恒星系。目的は友軍の救援である」

ヤンは投げかける。
ロボス元帥はそんな命令はしなかった。これは独断専行になるのではないか、そう心配して。

「本当によろしいのですか?」

だが杞憂だった。

「遅すぎた感はあったが、私も足掻いてみようと思う・・・・もっとも、やはり、遅すぎたが」

グリーンヒルの覚悟はもはやそんなレベルではなかったのだ。
例え軍法会議にかけられようとも、そういう覚悟でヤンを釈放しに来たのだ。

「了解しました」

それを受け取るヤン。

「それとお願いがあります」

頼みごとなら何でも受けよう、そういう意思の表れでグリーンヒルは応じる。

「何かな?」

と。
だがヤンの頼みは相変わらず常人には理解できない頼み事だった。

「ローゼンリッター連隊をお借りしたい」

聞き間違いか? そんな表情を見せるグリーンヒル。

「うん?あの要塞特務守備隊のローゼンリッター連隊か?しかし何故?」

そこでヤンが頭をかきながら説明する。自分の策を。

「まあ、手品師は最後まで手品の種を言わないものですがあいにくお義父さんの手前言わざる負えないでしょう」

あごに手を当てて考えるグリーンヒル。確かに魅力的ではあるが。

「そんな方法が成功するとでも・・・・」

「ええ、思います、それもかなりの確率で」

思い起こされるのは現要塞守備隊司令官にして第13代バラの騎士連隊連隊長、ワルター・フォン・シェーンコップによる、先々代、つまり第12代バラの騎士連隊連隊長にして帝国への逆亡命を図ったリューネブルク大佐の殺害。

「確かに・・・・第6次イゼルローン攻防戦を考えれば不可能ではないか」

「お願いします」
 
ヤンが頭を下げる。
グリーンヒルとてもとより断るつもりは無い。

「了承した、それでは改めて命ずる、出撃準備にかかれ」

「ハッ」




アムリッツァ恒星系 宇宙暦797年、帝国暦487年、1月14日

ここにいま、共和国軍の艦隊が集結した。

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ中将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル中将 

第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン中将

第9艦隊司令官、アル・サレム中将

第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド中将

の、6個艦隊であり、ロボス元帥の予備兵力を振りわけ、約63000隻の艦隊が集結していた。
士気は低い、だが、戦わなければならない。
それが分かっているからこそ、共和国軍は窮鼠と変貌していた。現に後背には9千万個の機雷群をひき背水の陣を取っている。
その事がありえない事態を生み出すことになる。

ロボスもまた貴下に500隻の艦艇を従え、陣形中央の後方に待機して督戦していた。



そしてそれに相対するのは帝国軍


ローエングラム艦隊

ミッターマイヤー艦隊

ロイエンタール艦隊

メックリンガー艦隊

ケンプ艦隊

ビッテンフェルト艦隊

ワーレン艦隊


の、7個艦隊およそ8万5千隻であり、数の上では圧倒していた。
だが・・・・問題もある。
問題の無いときほど幸せなことは無い。
まず、貴族から摂取したメックリンガー、ケンプ、ワーレン、ビッテンフェルト艦隊で抗命罪が多発していた。
それは勝利したことに原因があるのだから世の中は複雑怪奇である。

これらの艦隊は貴族士官の割合が多い。当然、爵位持ちの貴族が艦隊指揮や艦長として指揮を執ることもある。
そして、何故平民の士官に命令されぬばならないのかという自尊心の高さが艦隊士気を大きく上げ下げしていた。

緒戦でこそ、自分たちの領地が占領されると言う危機感を利用して、何とか従順に従っていたがどうなるかは分からない。

第二にファーレンハイト艦隊、ミュッケンベルガー艦隊、ルッツ艦隊の不参戦である。
これは純粋に死兵と成って戦った共和国軍第4艦隊、第6艦隊の交戦結果であり、両者とも艦隊の半数を失いこれる状況ではなかった。特に残存数8隻まで減少した第4艦隊と激突したルッツ、ミュッケンベルガー両名の艦隊の喪失は頭痛の種だった。

そして別同部隊のメルカッツ、キルヒアイス艦隊を別働隊として後方へ回り込ませる作戦を取る。
そのため、ラインハルトは不本意ながらも正面からの衝突を選択せざるえなかった。


両軍は横一文字で激突する


共和国軍左翼 第11艦隊・第9艦隊
帝国軍左翼  ワーレン艦隊・ロイエンタール艦隊

共和国軍右翼 第2艦隊・第8艦隊
帝国軍右翼  ケンプ艦隊・ミッターマイヤー艦隊

そして、

共和国軍中央 第5艦隊・第3艦隊
帝国軍中央  ローエングラム艦隊・ビッテンフェルト艦隊・メックリンガー艦隊

さきに攻勢に出たのは共和国軍の方だった。全艦艇の同時一斉射撃。
アウトレンジからの攻撃。艦船の能力の差から行われたアウトレンジ砲撃に撃沈される帝国軍艦隊。
だが帝国軍も止まらない。即座に前進し距離を詰める。
右翼、左翼も同様だ。

距離をつめ帝国軍が砲門を開く。

「砲撃だ!!共和主義者どもにきついのをかましてやれ!!」

黒色槍騎兵艦隊のビッテンフェルトが、

「全艦砲撃、敵を迎え撃て」

ケンプが、

「全速で敵の陣形に楔を打ち込む、ファイエル」

疾風ウォルフの異名を奉られたミッターマイヤーが、

「ふん、さてどうでるか第11艦隊に第9艦隊。砲撃を開始しろ」

ヘテロクロミアのロイエンタールが、

「先手を取られたが気にすることは無い、数の上ではこちらが有利なのだからな。慌てずに攻撃を行え」

メックリンガーが、

「醜態をさらすな、十分にひきつけよ」

ワーレンが、

それぞれの艦隊指揮官が激励する。
反撃する帝国軍。一方の共和国軍も負けてはいない。
いちおう、宇宙艦隊司令長官が陣頭指揮を執っているのだ。
各艦隊とも遅れをとるわけにはいかないと砲撃の手を休めない。


そこで右翼の第2艦隊が動いた。

『この星の大気はヘリウムとガスで出来ています。一発のレーザー水爆で我々は全滅です』

それは青二才と思っていた、だが、自分など到底及びもしない偉大なる英雄の言葉。

(ふ、ヤン准将・・・・いやヤン元帥、私は貴官を誤解していたようだ)

パエッタが決断する。

「恒星にレーザー水爆を三発投下。そのごの太陽風を使い一気に攻め立てるぞ。アップルトン中将にも伝達、急げ!」

恒星風にのり急突進する第2艦隊、第8艦隊。
そこには死兵とかした軍の恐るべき勢いがあった。

「後退だ」

「一時後退せよ」

たまらず引くミッターマイヤー、ケンプの両艦隊。
だがただでは戻れなかった。
砲撃の手が緩んだ瞬間、逆撃を受ける第8艦隊。第2艦隊はその物量差でなんとか耐え切ったが、第8艦隊はそうは行かなかった。
ミッターマイヤーが即座に艦隊を再編、反撃に転じたのだ。
その攻撃は苛烈を極めた。もしも艦隊の定数が満たされていれば問題は無かったかもしれない。しかし、緒戦でミッターマイヤーから受けた打撃を完全に回復できていない第8艦隊は瓦解する。
旗艦クシュリナは数隻の敵戦艦を撃沈した後、動力部に被弾、総員退艦命令が発令された。


「アップルトン中将もお早く!!」

「残存艦隊はパエッタ中将の指揮下にはいれ・・・・・・退艦だが・・・・・・私は良い」

そう言って彼は艦と運命を共にした。



一方左翼。

「はは、見ろこの芸術的艦隊運動を」

ウィレム・ホーランド中将はエピメテウスの艦橋で悦に入っていた。
それは敵艦隊がものの見事に壊乱して行くサマが映し出されていたからだ。

あえて艦隊陣形を取らないで行動する。

その常軌を逸した行動は緒戦は大きな戦果を挙げた。
そしていま尚戦果を挙げつつある。それはなぜか?
ワーレン艦隊は何故、この様な醜態をさらしたのか。


「ええい、味方が命令に従わないとは!」

思わずワーレンが怒鳴りつける

「再度命令だ、敵に乗せられるな。艦隊陣形を保て、とな!!」

だが返ってきたのはオペレーターの悲痛な叫びだった

「だめです、混乱しているか意図的なのかは分かりませんが、通信を遮断しています」

そう、ワーレン艦隊は貴族艦隊であった。その為、ワーレンという平民出身の上官の命令を無視した対応をしている艦艇が続発した。
これは正規軍ではありえない行為であり、私軍の弊害といえよう。


一方、第9艦隊は必死に第11艦隊旗艦を呼び出して、陣形を取るよう要請していた。

「あのばかを呼び出せ!」

「ホーランド提督応答願います、応答願います!」

だが通信は繋がらない。
その一方ではロイエンタール艦隊(当時は分からなかった)をなんとか釘付けにして第11艦隊の壊走を食い止めていた。


「ワーレンが貴族どもを御しえぬとは、な」

(それともローエングラム伯の予想以上に貴族どもの不満が溜まっていたということか)

ロイエンタールは冷静に戦局を眺めていた。
あの行動がそう長く続くはずが無い。あれは物資が無限にあればという設定だ。
それを無視している。・・・・ならば

「敵艦隊がとまったら報告せよ。それと同時に主砲一斉射撃三連を行う」

そしてその時はきた。

敵第11艦隊の動きがやんだのだ。
それを見逃す二人ではなかった。両者は指揮下にある全艦艇に命令を下した。

「「ファイエル」」

ワーレンとロイエンタールの命令が炸裂し、火達磨となる第11艦隊の各艦艇。
かろうじて生き残ったホーランド中将は撤退命令を下す。だがそれは、第9艦隊に砲火が集中することを意味していた。



中央


「生きて提督の下に帰るんだ」

ユリアン・ミンツは必死に戦っていた。既に巡洋艦を1隻撃沈したが、それを誇っている余裕は無い。
彼の周りにはワルキューレが3機も展開していた。

「やられる!!」

そう彼が思った瞬間、ワルキューレが2機撃墜された。
不利を悟ったのかもう1機のワルキューレは後退した。

「ミンツ軍曹無事ですか?」

通信から入る女の、いや、女の子の声。

「クロイツェル伍長かい、ありがとう、助かったよ」

感謝の念を送るユリアン。

「な、べ、別に当然のことをしたまでで、そこまで礼を言われることではないですよ!」

「あ、ああ」

(どうもよく分からない女の子だな)

(なんなの、あいつ)

「それよりエネルギーが少ない、一度帰還しよう」

二人は帰還する。
かろうじて戦線を維持している第5艦隊へ。


中央


「なかなかやるではないか」

ラインハルトは賞賛の念を漏らす。
基点というべき第5艦隊が崩れない以上、戦線の全軍崩壊へとは繋がっていない。

「ですが閣下、これ以上の犠牲は後の覇業に影響が出ます。ここは一旦お引きになっては」

女性の声が聞こえる。
彼女の名前はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢。
何故こんなところにいるのかはヒルダとラインハルト、そしてキルヒアイスしか知らない。

「フロイライン、いや、ヒルダ。ヒルダの言は正しいが、ことここに至った以上はひいてはならぬ、ケスラー参謀長!」

参謀長を呼び出す。憲兵出身の、柔軟な思考を持つウルリッヒ・ケスラー少将を。

「はっ」

「ビッテンフェルトに連絡だ、目標は敵の左翼第9艦隊。敵艦隊のベレー帽をその槍先に掲げてこい、とな」

「中央の戦力が空きますがよろしいのですか?」

あえて確認するケスラー。

「ケスラー、卿も分かっていよう? 中央の第3艦隊はもう瓦解している。第5艦隊だけでは突破できん、とな」

実際、ク・ホリンは撃沈。
ルフェーブル中将はこの時点で戦死しており、第3艦隊は第5艦隊の指揮下に入っていた。

「は、一応念には念を入れておくのも参謀の務め。出すぎた真似をしました」

そして戦況はさらなる展開を見せる
もっとも攻撃力の高い黒色槍騎兵艦隊が動き出したのだ。



[21942] 第十四話 大会戦中編
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/26 19:08
帝国暦486年 11月10日 ローエングラム上級大将官邸

『ブリュンヒルトに乗りたい?』

『はい、閣下。この目で戦場の現実を目に焼き付けておきたいのです』

『それは駄目だ』

『危険、だからでしょうか?』

『それもある』

『私が、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが女だからでしょうか』

『・・・・・・・』

『それでしたら無用の気遣いと言うものです、閣下』

『私は閣下に全てを賭けたのです。その上で閣下にお頼み申し上げているのです』

『・・・・・キルヒアイスには何と言う?』

『同じ事を・・・・それに、です』

『それに?』

『閣下ほど私の心を躍らせてくれる人物はいませんから』

『ああ、それともう一つ。私は閣下のものですからヒルダ、で結構ですわ』



「 バグダッシュの感想日記

宇宙暦796年5月、アスターテ会戦から2ヵ月後、俺は統合作戦本部の人事課に呼ばれた。そこで第3艦隊の情報参謀の任を解く旨を受けた。正直唖然としたよ。自分は確かに士官学校は中の中で卒業したが、それでもこれまでは何一つ大きな失敗をしてきた記憶は無い。むしろ有能な情報参謀としてルフェーブル中将から重宝されていた自信が在る。それがいきなり国内諜報部門第三課への転属だ。怒りたくもなるね、この左遷人事には。だからさっさと転属、それも対外諜報部の第一課に転属して貰うようかけあうつもりだった。あの男に会うまでは。あの男は俺の全てを見透かすように語りやがった。それに引き込まれる俺もどうにかしている、だが、悪くはなさそうだ。あの男についていけば今以上の階級が上がりそうだ。主義主張なんてものは単なる道具に過ぎない、それが邪魔ならば捨てるだけのこと。それを言い当てられたときの恐怖。そして「大佐」の階級章。とりあえず責任は彼のものだとも言った。気楽に、いや、あの男は楽をさせてもらえそうに無いな。ならば必死でやらせてもらうとしようかな     」




第十四話 大会戦中編



side 第5艦隊

戦況は五分五分に見える。
だが、もう間もなく崩れるだろう。
ビュコックはそう予想していた。

「もはやここまで、じゃな。」

「閣下!」

リン・ファイフェル少佐が叫ぶ。
まさか敬愛する上官がここで弱音を吐くとは思わなかったからだ。

「第9艦隊、第3艦隊の司令長官は既にこの世に無く、第11艦隊は訳の分からぬ行動をとった挙句、半数を失いましたからな」

チュン・ウー・チェン参謀長が同意する。

今は小休止となってっているが、どうなるか分からない。
中央には2万5千隻が、左翼の第2艦隊は1万隻が、右翼の第11艦隊、第8艦隊には合計1万3千隻の合計4万8千隻が健在だが、もう時間の問題なのは明らかだ。
無傷の艦艇など一隻もいないと言ってよかった。無事なのはたまたま重防御スクリーンと隔壁のおかげであろう。
あと数時間もすれば戦闘継続は不可能になる。
それは火を見るより明らかだ。
そしてセンサーで確認された黒い艦隊。

「敵中突破後に撤退させよう。第3艦隊の8000隻はパエッタ中将に預ける」

「そうなると敵左翼ですな、こちらの第9艦隊と第11艦隊はいかが致しますか?」

チェン参謀長が聞いてくる

「指揮系統をアル・サレム中将に統合するよう命令せよ、司令部の命令と偽ってもかまわん」

総司令部からは臨機応変に対応せよ、としか言ってこない。
ホーランドが煩いだろうから、こちらも臨機応変に対応して黙らせよう。

「では尚のこと敵をひきつけなければなりません。1万3000隻で。」

1万3000隻の犠牲。
囮部隊。
殿部隊。
古来よりもっとも犠牲が出る部隊である。

「ああ、苦労をかけるが・・・・頼む」

参謀長も覚悟を決めているようだ。

「ハッ」

(総司令部はどうするのだろうか?)

そんな中、ファイフェル少佐の疑問には誰も答えるものはいなかった。



一方帝国軍別働隊


「時間がかかりますね」

キルヒアイスが珍しく苛立たし気に放つ。

「まあ、9000万個の機雷を除去するのだ、いかにゼッフル粒子とて時間がかかる」

それを窘めるメルカッツ。
彼は分かっていた、待つことも戦いであると。
このあたりは若手で構成されているローエングラム陣営に欠けている性質と言っても良い。

「メルカッツ提督」

「それにだ、前線は我が軍が優位と聞く。それほど恐れることはあるまい」

試作型指向性ゼッフル粒子発生装置。
天才と言われたゼッフル博士が共和国に亡命して以来、停滞していた帝国軍の技術。
それを進めたシャフト技術大将。
この作戦には試作品しか間に合わず、当初の予定よりはるかに作業は遅れていた。

「わかっているのですが、こう、なぜか漠然と嫌な予感がするのです」

キルヒアイスが艦隊司令官らしくない発言をする。

「嫌な予感?」

(この若者はそんなあやふやなものに脅かされるほど神経質だったか?)

メルカッツの感想を知らず彼は続けた。

「ええ、嫌な予感です」

そこで、メルカッツが反論する。

「センサーには反応が無いが」

キルヒアイスが懸念材料を持ち出す。

「ですが、哨戒に出した偵察艇からの定期連絡がありません」

と。

「それは戦場のジャミングとこれだけの質量を持つ恒星系の傍であるからではないかね」

「そう、ですね」

確かにメルカッツ大将の言う通りかもしれない。

「今は一刻も早く作戦を成功させることだ。これに成功すれば向こう数年間は共和国軍の侵攻に対処しなくて済む」

「そうですね、そうしましょう。」

キルヒアイスも気持ちを切り替えた。
そうだ、所詮は直感でしかない。

試作型指向性ゼッフル粒子装置を数機使い、帝国軍は待つ。
機雷源に穿つ穴を作るために。



一方、敵左翼ではビッテンフェルト艦隊が突撃を開始した。
ビュコックの再編命令よりそれはすばやく実行される。
伊達に高速戦艦を中心に編成された部隊ではない。
そして、この司令官の気質は貴族たちにとっても好ましかった。
突撃好きの貴族たちとビッテンフェルトの呼吸が合致する。

「突撃だ!! ロイエンタールにコーヒーを飲む時間を作ってやろう!!」

猛攻。

まさにその一文字。

残存する共和国艦隊は必死の反撃を試みるも次々と敵の突破を許してしまう。
ここで凡将ならば壊乱に転じただろう。
だが、良くも悪くも第11艦隊司令官は凡将ではなかった。
敵の中央突破を許してしまう第11艦隊。そしてビッテンフェルトが第9艦隊を捉えた瞬間、


「今だ反転迎撃せよ」

なんと指揮下に残っていたわずか4000隻の艦隊で逆にビッテンフェルト艦隊へ突撃をかけたのだ。
普通の常識ある提督ならばここで戦力を再編するだろう。
事実、見捨てられた形になった3000隻はロイエンタール、ワーレン艦隊に崩壊の瀬戸際に立たされていた。

そして、第11艦隊の突撃に呼応するかのように第9艦隊もわざと敵に中央突破をさせビッテンフェルト艦隊を前後から砲火を集中。
さらに第5艦隊の全力の側面砲撃で敵中に孤立してしまう。

「ビッテンフェルトは何をしているのか!」

金髪の司令長官が叫ぶ。
本来であればビッテンフェルトは賞賛に値する行動を取ったであろう。
何せ敵艦隊を二つも分断したのだから。
ところが、中央の第5艦隊にまで欲をかいたのがいけなかった。
第5艦隊は想像以上に堅牢な陣形を引いていた。そして耐え切った。さしたる損害も出さずに。

そしてラインハルトももまさか敵の第11艦隊がここまで大胆に味方を見捨てるとは思いもしなかった。
その結果、半ば偶然の産物で包囲網が完成することになろうとは。

「ビッテンフェルト提督をお叱りになる前に、新たなる命令を」

ケスラーが進言する。
そこにオペレーターから通信が入った。

「ビッテンフェルト提督より入電、我救援を求む、以上です」

硬直するラインハルト。
そして激発した。

「救援? 私が艦隊の湧き出る魔法の壺でも持っていると思っているのか!」

「我に余剰戦力なし、現有戦力を持って武人の名誉を全うせよ、と返信」

その命令を下そうとした瞬間、ヒルダが瞳で訴える。

(あなたもあの第11艦隊の司令官と同じですか?)

と。

そこでラインハルトは命令を撤回する。
幸い、中央は自分の艦隊で十分支えきれる。
敵の狙いは左翼のようだ。ならばメックリンガー艦隊を増派しても問題はあるまい、そう判断した。

「いや、まて、不本意だがメックリンガー艦隊を送る。それまで現地にて防衛線を張るよう伝えよ、以上だ」

だがこの命令が届く頃、戦局は更なる転機を迎える。



side 第5艦隊

「閣下、敵艦隊に動きあります。一時的に敵左翼・中央が空きます」

「よし、今じゃな。パエッタ中将!」

通信妨害に苦しむ帝国軍と予め数十機の偵察衛星を配置することで通信の潤滑さを図った共和国軍。
その差は確実に現れていた。

「ハッ」

「苦しかろうが当初の予定通り頼む」

「了解しました」

そしてパエッタは自分の指揮下の艦隊に命令を下した。

「第2艦隊全速前進、左翼の敵を叩き付けに行くぞ!」

パエッタの檄と共に動き出す共和国右翼艦隊。一方でそれの追撃を阻む第5艦隊。
この時、第5艦隊は超人的な働きを見せていた。黒色槍騎兵艦隊を殲滅しつつ、反対側の側面砲撃で追撃する敵右翼の足止めを行い、主砲で戦力の減少しつつあった敵中央を削り取ったのだ。

「このままでは中央が危ない」

メックリンガー艦隊がそう判断せざる負えないほどの猛攻撃。
それはビッテンフェルト艦隊と同様、いや、それ以上の苛烈さを持っていた。
そしてとうのビッテンフェルト艦隊は何とか自力でロイエンタール艦隊に合流したものの、戦力の9割を失うと言う大打撃を被る。


「艦隊全速前進」

「いまだ、敵左翼を突破する!」

アル・サレムが、パエッタが命令を下す。
自分たちが生きる道、それは敵艦隊の後ろにあることを知っていた将兵たちは死に物狂いとかして命令を実行する。

ロイエンタールは油断などしていなかった。正確な用兵家はこの攻勢をワーレンと共に支える自信が在った
艦艇の半数を失ったワーレン艦隊だが数では互角。ならばあとは指揮官の力量のみ。
そして指揮官同士の力量ならヘテロクロミアの男は負ける気がしなかった。

「ワーレン艦隊に連絡」

ロイエンタールが命じる。

まさにその時である、ワーレン艦隊において司令官左腕切断の重症の報告が入ったのは。
運命の女神のいたずらとしか言いようの無い一撃がワーレン艦隊「火竜」に直撃。
轟沈こそ免れたものの、艦橋にて爆発が発生、司令官の左腕が吹き飛ぶと言う重傷をおった。
ワーレンの意識を奪う。すかさず副艦隊司令官に指揮権が移譲される。

そしてラインハルトらが貴族たちを御せなかったように、ワーレン艦隊副司令官も御せ無かった。

第2艦隊、第8艦隊、第11艦隊が更なる猛攻撃を加える。
ロイエンタールをもってしてもパニックを起した群衆とかした各艦を抑えることは出来なかった。
いや、正確には抑える時間が無かったと言うべきか。
それほどまでに死兵とかし、生存への欲求に満ちた艦隊の突撃を抑えきれることは出来なかったのだろう。

本来のロイエンタールであれば、あるいはワーレン艦隊もまた正規軍であれば共和国軍の中央突破を抑えられたかもしれない。
だが、何度もいうように共和国軍は死兵だった。そして用兵家の計算を狂わすものは敵味方の熱狂的な士気。
その士気に敗れ去ったと言うべきか。

だが、ただでは通れない。
第2艦隊18000隻は10000隻まで、第11艦隊は1000隻まで、、第8艦隊は5000隻まで撃ち減らされた。
それでも、帝国軍の包囲網を突破した。

そのときである、第五艦隊後方で爆炎が生じたのは。

それはキルヒアイス艦隊とメルカッツ艦隊の来援であった。



side 第5艦隊


「後背に新たな敵です」

「なんじゃと!」

参謀長の報告にさすがに驚くビュコック。

「機雷は、機雷源はどうなったのでしょか?」

ファイフェル少佐が信じられないと言った感じでうろたえる。

「恐らく何らかの方法で無効化されたものと思われます」

それを冷静に受け止め、報告するチェン参謀長。
そこでビュコックははたと思い出した。
そう言えば、ここには督戦しかしない有害な司令長官がいたと言うことを。

「総司令部は?」

ファイフェル少佐に尋ねる。

「だめです、連絡がつきません」

それに続けてチュン・ウー・チェン少将が付け加えた。

「恐らく降伏か玉砕かいずれかを選択したものと思われます」

ビュコックは数秒間無言を保った。・・・・・そして

「・・・・・わしらもそうするしか無さそうじゃな」

と、発言した。

「やはりロボス元帥はヤン元帥の出撃を拒絶されたのですね」

いくら待っても来ないヤン艦隊。逆になぜか8000隻と言う中途半端な数で援軍に来たロボス。
そして後方深く陣取り、前線に「臨機応変に対応せよ」としか言ってこない総司令部。

「ああ、そうじゃろうて」

ビュコックは悔やんだ。己のミスを。

後背からのおよそ3万隻。
前方の敵、およそ5万隻。

対して味方は1万隻。

もはやその差は絶望的だ。
逆転の秘策など無い。

(さて、どうしたもんかな。)

ビュコックは思う。

(わし一人の命ならばここで散らすのも悪くない)

だが、即座に否定する。

(じゃがここにはユリアン君をはじめ多くの将兵が、家族を持つものがおる)

(いたずらに殺してよい法があるまいて)

確かに捕虜になれば自分の名誉は失われよう。
だが、自分ひとりの名誉でまだ生きている200万人以上の人命が無事で済むのならば。

「敵艦隊旗艦に通信を」

そこまでビュコックが考え降伏しようと思ったときだった。

「敵旗艦より閣下に通信が入っています、どうしますか?」

オペレーターが報告してきた。

「サブスクリーンに出せ」

即答するビュコック。
両軍の砲火が自然と止んでいく。

そして合間見える二人の名将。
一人は帝国軍の若き英雄、ラインハルト・フォン・ローエングラム。
もう一人は共和国の生きた軍事博物館とまでいわれた、老練なる名将アレクサンドル・ビュコック。

敬礼する二人の名将。

(若いな。ヤン・ウェンリーも若かったが、この若者も若く、覇気に満ちておる)

「銀河共和国軍第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将です」

「銀河帝国軍上級大将、ラインハルト・フォン・ローエングラムだ」

お互いに名乗りを上げる。

「卿の戦い見事である。そして卿ほどの人物ならば分かっていよう、既に退路は立たれたと」

金髪の若者は正確に物事を洞察しているようだ。
次の言葉に自分は、いや、艦橋全体が一瞬息が止まった。

「どうだ、いっその事銀河帝国で大将の地位につかないか?卿ほどの人物を一艦隊司令官に備え付けるとはもったいない」

それは思いもよらぬ勧誘条件。
だが確かめなければならない。

「それは、降伏勧告の条件ですかな?」

ビュコックの問いは、彼の中でとても重要だった。
彼が彼自身であり続けるために。
金髪の若者は無言で首を振り、続けた。

「いや、降伏勧告とはまた別の個人的なお節介だ」

と。

「では、まずそのお節介について言わせてもらいましょう」

「うむ」

「残念ながらその申し出、銀河帝国軍大将の申し出は拒絶させていただきます」

それは老将ならではの矜持。
人生の大半を共和国に捧げたものにしか、いや、何かに人生を捧げた者にしか分からない矜持だった。

「理由は?」

だから若いラインハルトには分からない。
なぜ、其れほどまでに拘るのか、を。

「これは私事です、ですから最後まで聞いていただきたい」

「よかろう、私の名に基いて最後まで聞こう」

そして語り始めた。

「私は常々孫がいたらと考えました。そしてこの間、一人、孫のような人物に会いました」

「また、もう一人孫が出来るのなら貴方の様な覇気に飛んだ孫が欲しいと思います」

そこでビュコックは戦死した二人の息子を思い出す。

「・・・・・わしは誰かにとって良い友人でありたいし、良い友人が欲しい」

「だが、良い主君も良い臣下も持ちたいとは思わぬ」

「ですから、あなたの友人にはなれても臣下にはなれません」

「貴方は、かのヤン・ウェンリーとは面識があるそうですが、彼もあなたの友人にはなれても臣下にはなれません。
他人事ながら保障してくれても良いくらいですな」

そしてビュコックは語気を強めた。

「だが、だからこそ、やはり貴方の臣下にはなれん。だからこそ、貴方と私は同じ旗を仰ぐことは出来んのだ」

「なぜなら、偉そうに言わせてもらえれば民主主義とは対等の友人を作る思想であって主従を作る思想ではないからじゃ」

それは彼の生き様。
渡される紙コップ。注がれるウィスキー。
ファイフェル少佐も覚悟を決めた。

「ご好意には感謝するが、あなたのような若者には、この老体は必要ありますまい」

「民主主義に乾杯」

チュン参謀長がビュコックの気持ちを代弁する。
いつの間にかウィスキーの入った紙コップが握られていた。

ラインハルトが怪訝な表情で確認しようとした。
この老人は無益に将兵を死なす人ではない、そう感じたが。

「では拒否すると」

そしてビュコックが口を開こうとしたそのとき。



そのときである、ビュコックが降伏を受諾する旨を伝えようとしたその時、その瞬間、数十万のもの光が帝国軍後方の下方45度から帝国軍右翼・中央に向けて貫いた。そして大混乱が発生した。



戦局は予期せぬ第三幕を迎えた。



[21942] 第十五話 大会戦後編
Name: 凡人001◆f6d9349e HOME ID:4c166ec7
Date: 2010/09/27 16:08
『このたびの敗戦の責任はひとえに敵の捕虜となったロボス元帥に上げられるといえる。これは査問会においてのグリーンヒル総参謀長の言であるが、ロボス元帥は度重なる撤退の進言を退けた。その証拠もここにある。
これはイゼルローン要塞中央作戦会議室の議事録であるが、これを国防委員長の権限で公表しよう。・・・・・・・・・・聞いたかね、記者諸君。
ロボス元帥は予備兵力であるヤン艦隊の出撃を拒否した。そればかりではなく、あれほどまでに危機感を募らせ、大敗を防ごうとしたヤン元帥を査問の名の下に収監し、自分の思い込みで占領地を無計画に拡大して、補給線を崩壊させ、結果、2200万名もの将兵を、あなた方の親や子供を、あるいは恋人や孫を置き去りにしてきてしまった。
一部ではヤン艦隊が救出すべきであった、という意見があるがそれは違う。ビュコック提督の言によるとヤン艦隊はアムリッツァ到着時には推進剤の半分を使い切っていた。
これはヤン提督が如何に味方を救うべく腐心した現れである。それと同時に、遠方の味方を救出する物理的術が無かった事を意味する。不幸なことに、ヤン元帥の予想通り我が軍は動き敵の術中にはまった。
だが、だからこそ、私は絶望的な状況下で、誰の支援も無かったにも拘らず早期撤退論を展開し、最後には友軍の全軍崩壊を防いだだけでなく帝国軍に一矢酬いたヤン提督を尊敬したいと、このヨブ・トリューニヒトは考える。
もしもの話であるが、彼が大統領選なり中央議会選挙に出馬するならば喜んでヤン提督を支援しよう』 

宇宙暦797年2月4日 ヨブ・トリューニヒト、ヤン・ウェンリーを支援すると言う大ニュースより抜粋。



『今こそ、戦争をやめるべきなのです。幸いにしてイゼルローン要塞はこちらの手にあります。そして国力差があり依然9個艦隊が健在な以上は私たちはまだ帝国と対等の交渉につくことが出来ます。
ここで戦争をやめれば捕虜交換で2400万もの友人を取り返すことが可能なのです。そしてその為にはヤン・ウェンリーの様な前線の悲惨さを知っている人物がこの国のTOPに立つべきです』

宇宙暦797年3月3日 ジェシカ・エドワーズ代議員、正式にヤン・ウェンリーを擁護する。この報道は瞬く間に共和国全土に広がり、共和国の反戦団体は親ヤン・ウェンリー派閥として一致団結した行動を見せ始める。と惑星NETニュースは伝えた。



『二人の言うことは正しい、私も同意見だよ。これほどの大敗を喫した後だ、主戦論者ではなく、非戦論者が国家の頂点に立っても良いのではないかな?幸い、選挙は来年の4月から6月にかけて行われる。現職のラザフォート、新人のヤン・ウェンリー、同じく新人のリンダ・クーラー氏。面白い選挙になるだろうな。え?私は誰を支持するかだって?それはもちろん、この出兵に反対した英雄さ』

宇宙暦2月20日ホアン・ルイ、銀河ニュースの会見にてコメント。良識派議員の擁護に俄かに大統領ヤン・ウェンリー論が高まる。





ところ変わって、首都星シリウス・ホテル『ヴィクトリア』
そこで19人の男女が会談を開いていた。

『と言うわけで、次回の選挙はヤン・ウェンリーを支持する』

『指示せざる負えない、と言ったほうが正しいのでしょうけどね』

『イルミナーティとしてはそれで良い。ヤン・ウェンリーの非公式の公約だが、軍需産業の維持のためフェザーン回廊出口に要塞を建設するとの事だ。あの懐刀のオーベルト准将の言だ、間違いあるまい』

『イゼルローンクラスの要塞建設と同時に内部に人工都市を建設し民需にもつなげる、確かにおいしい話ではある』

『艦隊も再建するのではなく、増強し、全艦隊を2万隻単位にするとの事。艦隊全軍の再編よりはうまみが減りますが・・・・』

『このレポートを見ればそれも仕方あるまい。それに譲歩は交渉の基本じゃ』

『たしかにその通りね。まあ、民需のほうが私たちにとっては有り難いんだからヤン提督を非難する理由も無いわ』

『同感じゃな。それに孫が軍人になって共和国を守るとか言いおる。それは避けたい』

『では皆さん、我々の意思はヤン・ウェンリーの大統領選勝利でよろしいですね?』

『我ら19人、全員一同異議は無い』

『では、ミドル・ダンの名においてイルミナーティ最高幹部会を閉会します』

『諸君、忙しい中ご苦労じゃったな』





第十五話  大会戦後編





「どこからの攻撃だ!」

ラインハルトが叫ぶ。

「後方約10字の方向、角度下方45度前後、後方の下からです!!」

ラインハルトが珍しく逡巡する。

「ちい、前方の敵に謀られたか。で、敵の数は」

ロイエンタールが愚痴る。

オペレーターから返信が来た。
それを副官が読み上げる。心なしか声が震えている気がする。
いや、実際に震えていた。

「敵艦、およそ・・・・およそ・・・およそ五万三千隻!!!」

あのロイエンタールが絶句し、何もいえなくなった。

(5万3千隻もの艦隊に後背を取られたというのか)

そのころ猛攻撃を受けたミッターマイヤー、ケンプ艦隊では。

「各艦隊の被害状況は!?」

ミッターマイヤーが叫ぶ。
何とかして艦隊を立て直さなければ。
それには正確な情報がいる。
それが分かっているから、煽るミッターマイヤー。

混乱が広がた帝国軍。
そしてもたらせられる凶報。

「カール・グスタフ・ケンプ中将、先の砲撃で戦死された模様」

「「「ケンプが!!?」」」

ラインハルトが、ミッターマイヤーが、ロイエンタールが同時に叫ぶ。
左翼にメックリンガー艦隊を派遣し、後方を突いたキルヒアイス、メルカッツ艦隊と合流していない今、その時点でのケンプの死。
それは右翼艦隊の瓦解を意味していてた。


数十万の光の槍、そう、ヤン艦隊の来援である。



side ヒューべリオン 会戦参加4時間前

「まもなく恒星の迂回を完了します」

エドウィン・フィッシャー中将がスクリーン越しから報告する。

「いよいよヤン元帥の魔術のお手並みを拝見できるのか」

ウランフ提督がどこか楽しそうに言う。

「ウランフ、味方が窮地にあるのだ。そういう感じの言は人を不愉快にさせるぞ」

それを盟友のボロディンがたしなめる。

会議室には

イゼルローン要塞防御司令官、ワルター・フォン・シェーンコップ少将

参謀長、ムライ・アキラ中将

副参謀長、フィヨードル・パトリチェフ少将

第1分艦隊司令官、ダスティ・アッテンボロー中将

作戦参謀、ジャン・ロベール・ラップ准将

第2分艦隊、グエン・バン・ヒュー中将

第10艦隊司令官、ウランフ中将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将

副官、フレデリカ・グリーンヒル少佐

ら、が勢ぞろいしていた。

会議は進む。

「無茶だ、ローゼンリッター連隊を危険にさらしますぞ」

いつもながらムライが常識論を展開する。

「そう、我ながら無茶な作戦だとは思っている。だから第6次イゼルローン攻防戦に参加した貴官の意見を聞きたい」

ヤンも認めた。
何せこの作戦はぎりぎりまで現場に判断がゆだねられ、それでも成功する可能性は五分五分だったからだ。

「やれ、とはお命じにならないのですかな?」

その作戦指揮官はどこか面白がっているように確認する。

「ああ、命令しない」

ヤンも即答する。

「理由を、あの時の様に理由を聞かせて願いますかな?」

ヤンを問い詰めるシェーンコップ。
場の雰囲気に飲まれてか、だれも何も言わない。

「貴官に、いやローゼンリッター連隊全員に無駄に死んで欲しくない、それが理由かな」

それはまた彼らしい答え。

「ほう」

そして続けるヤン。

「まして、私の個人的な我が儘の様な作戦だ。無理に付き合う必要も無い」

「我が儘?」

少し驚くシェーンコップ。イゼルローンの時もそうだが、この提督は面白いことを平気で言う。
だから、興味がわく。

「ああ、会戦後を見越した政治的な我が儘。それだけさ」

そこでボロディンとウランフが口を挟む。

「失礼だがヤン元帥、会戦後の政治的なものとは何だ?」

「それは私も聞きたいな」

ヤンの返事は素っ気ないものだった。

「捕虜交換」

シェーンコップは少し失望した目でヤンを見る。

「なるほどね、ここで点数を稼いでおけば後に役立つわけですか」

だが、それは次に一言で変わった。

「それにだ、捕虜の交換は終戦にも繋がると私は思っている」

「と、いいますと?」

パトリチェフが聞いてくる。
そしてヤンは語りだす。

「捕虜の交換で国民もある程度は納得できると思う。誰だって自分の大切な人には側にいて欲しい」

「そしてこれ以上こんな思いをするのはごめんだと言う気風を作る。そうすれば世論は復仇戦より講和に傾くだろう」

シェーンコップから失望の目は消えた。
だが、今度はムライが質問する。

「失礼ながらヤン提督、少し楽観過ぎるのではないでしょうか」

「うん、我ながらそう思う」

アッテンボローがフォローする前に、シェーンコップが続けた。

「ユリアンの為でしょう?」

それを聞いて首をかしげるウランフ。

「ユリアン?」

「ヤンの養子だ。例の選抜徴兵制度いわゆるトラバース法の犠牲者だよ」

納得するウランフ。幸い独身の自分にはいないが、ヤンにはいたようだ。

「ああ、そうだ。もしかしたら私が捕虜交換に拘るのはそういった理由があるからなのかも知れない」

「ふ、相変わらず正直な方だな、あなたという人は。で、この会戦戦後はどうするのです?」

シェーンコップの疑問はもっともだ。
捕虜交換は政府の権限、如何に元帥といえども自由に出来る権限ではない。

「退役する」

「「「!!!」」」

おどろくグエン、ムライ、パトリチェフの3人。
思わず聞き返すグエン。

「この情勢下に退役するとおっしゃるのですか?」

ヤンは澱みなく伝える。

「そう、その情勢というやつさ。こう言っては変だが今回の遠征で両軍共に信じられないほどの傷を負った。互いに攻勢にはでられないほどのね」

確かにそうだ。占領地でのゲリラ戦、辺境部でのインフラの破壊、艦隊の損害、要塞へのダメージ。
なによりも、イゼルローン要塞の健在。

「なるほど、確かに我が軍は善戦していると聞きますし、我々を含めまして国内にはまだ9個艦隊が健在ですからな」

「逆侵攻を防ぐのはわけないと言うことか」

ウランフとグエンが納得する。

「ちょっと待ってください、その9個艦隊でまた今回のような遠征を企画したらどうするんですか?」

そこでアッテンボローが発言した。
そして、それこそ、ヤンの望んだ発言でもあった。

「それはない」

「ん?」

ウランフが首をかしげる。

「だから、私は退役するんだ。戦争を終わらせるために」

爆弾発言。そう言ってよかった。

「戦争を・・・・ヤン元帥、君はまさか」

ボロディンがどもりながら続ける。其れほどまでにインパクトの高い爆弾だった。

「ボロディン提督の想像通りだと思います」

ムライ参謀長が結論を促す。

「つまり、ヤン提督、それは・・・・」

ヤンが断言する。

「今度の大統領選に出馬します」

「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」

ラップとアッテンボローを除いて誰も知らなかった事。
まさかアムリッツァに向かう前にこんな話になるとは思っていなかったのだろう。
だれも、いやシェーンコップを除いて何もいえない。

「それでシェーンコップ少将、私の理由はこんなところだが、どうだろう?」

「最後にもう一つだけ、よろしいですかな?」

其れは疑問。イゼルローンとアスターテの件は知った。
その上での疑問である。

「何故、急に大統領になろうと思ったのです?名誉欲ですか?それとも権力欲ですか?」

さすがに言い過ぎた。
そう思った二人の名将がシェーンコップを、この亡命貴族上がりの将官を窘めようとする。

「「シェーンコップ少将!!」」

ボロディンが怒鳴りつける。

「さすがに無礼だぞ」

ウランフ提督が続ける

「我々が言えた事ではないが、節度、というものが在るのではないかね?」

だがシェーンコップはにやりと笑うだけで二人の名将の問いに答えない
答えたのはヤンだった。

「家族と、ここにいる仲間、そしてこれからの世代の為に」

それは偽りの無い本心。
心を動かされる会議室の面々。

(ヤンがここまで本気で国を思っていたとは)

ウランフは感心した。そして思った。

(出来る限りのことはやってやろう)

と。

ボロディンは思った。そして考えた。

(これは協力するしかあるまい。私だって娘の葬式を見るのは嫌だからな)

ヤンに協力する、それが娘を死なせずにすむと信じて。

「相変わらず、ルドルフ大帝かよほどの正直者ですな、ヤン提督。まあいい、今回も期待以上の答えをいただいた」

そしてシェーンコップが立つ。

「あの時と同様、微力を尽くすとしますか。永遠ならざる平和のために」


のちの歴史家はこう語った。このときに出来たヤン艦隊の絆。これにシドニ・シトレー、ドワイト・グリーンヒル、パウル・フォン・オーベルシュタイン、ジェシカ・エドワーズ、ホアン・ルイ、ヨブ・トリューニヒト、ミドル・ダン、アキラ・ヒイラギによる、ヤン大統領誕生を目標にした半ば独裁体制を、かつての730年マフィアにかけあわせ、ヤン・ファミリー誕生、と。


現在

ヤン艦隊は緒戦の勝利、と言ってよいかは分からないが、緒戦の占領地域拡大で得た迂回航路を使ってアムリッツァに到着した。
そして周囲の偵察艇を全て拿捕、または撃沈し、アムリッツァ恒星を大きく上下に迂回。
帝国軍の後背下方を突いたのだった。

それは帝国軍にとって悪夢に等しい事態だ。
事実、ケンプ中将の指揮下の貴族私軍艦艇は敵前回頭を行い一気に半数以上も撃沈されその混乱の中、ヨーツンハイムが撃沈された。

「またしてもヤン・ウェンリーか!!」

ラインハルトは叫ぶ。

だが、叫ぶだけではなかった。

「各艦隊に通達反転迎撃は禁ずる、全速をもってキルヒアイス・メルカッツ艦隊と合流せよ、と」

そこへオペレーターから悲痛と言うべき報告が入る。

「前方の艦隊が砲撃を再開しました!!」

「敵の通信を傍受、全速力でミッターマイヤー艦隊、ケンプ艦隊を中央突破するつもりです!!」

驚いたのはケスラーだ。
あそこまで言っておいて、この反応。

「してやられた。あの通信自体が時間稼ぎの擬態だったのだか」

ケスラーが唸る

「その点については疑問があります」

ヒルダが戦闘中にもかかわらず、疑念を口にする。
いいかげんにしろ、と言いたいが中将待遇で乗っている手前、そうも言えない。

「なんですかな?」

「あの目です。あれは降伏ですべてを失うことを覚悟した者の目だと思います」

思い起こされるのはビュコックの目。
あれは追い詰められ達観したものの目ではなかった。

「ではこの攻撃は・・・・・偶然だと?」

「はい、でなければ今になって慌てて攻撃する必要がありません。むしろ、より砲火を強め我々の眼を欺くことを目的としたでしょう」

(確かにその通りだ、あそこであのタイミングで砲撃を中断する必要はない)

「・・・・・・・」

黙るケスラーに現実へと引きずり戻す声が聞こえた。

「ヒルダ、ケスラー」

「はい」

「ハッ」

反応する二人。

「そのことは私の不覚とする所だ、あの老人を責めるな」

ラインハルトは自分の失敗には怒っていたが、何故かあの老人を責める気にはならなかった。
第一、自分が逆の立場だったら自分も同じ事をしたであろう、そんな確信が彼の中にはあった。


「全艦隊全速前進。後背の味方と合流する!」




side 第5艦隊、ヤン艦隊

「わしは卑怯者じゃな」

ビュコックが重い溜息と共に吐く。

「卑怯者。ですか?」

ファイフェル少佐が聞きなおす。

「ああ、そうじゃ。わしはあそこまで啖呵を切って置きながら自分は降伏しようとした。そして好機が来たらそんな事をお構いなしに攻勢に出るよう命じておる」

ビュコックはまるで懺悔する様に続けた。

「さぞかし、帝国軍の連中には憎まれているじゃろうな」

そこへチェン参謀長が口を挟む。

「お言葉ですが、司令官。司令官は共和国の艦隊司令官です。ただその義務をお果たしになっただけのこと、違いますか?」

「・・・・・参謀長」

チェンは続ける。

「ここで、自責に駆られるのは一種の逃げと考えます、どうか艦隊の指揮をお取りください」

ビュコックの目に、体に闘志が戻ってきた。
それは目に見えないもの。だが確実に全艦艇に伝わりだした。
古来より指揮官の心情が戦局を左右する。それはこの宇宙艦隊戦にとっても違いは無かった。

「そうか、そうじゃな」

「逃げる訳にはいかんのぅ・・・・・全艦近接戦闘用意、スパルタニアン隊は全機発進!! 敵を混乱の坩堝に叩き込め!!」



「ヤン閣下、敵が混乱しています」

ラップが報告する。
スクリーンには混戦状態になった右翼が映し出されている。

「ローゼンリッター連隊はうまくやるだろうか」

混戦は待ち望んだところ。
ヤン艦隊は今度は中央に砲撃による追撃をかけていた。
特に首都で改装された第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊は射程距離が従来の1.5倍まで威力も二割増になっており面白いように帝国軍を撃沈していた。
まるで赤子の手をひねるように。
この会戦終盤の特色として、国力の差が如実に現れ始めていた点を後世の軍事ジャーナリストは検証している。

「わかりません、ですが。」

ラップは正直に答えて、促した。当初の予定通りやるべきだろうと。

「ああ、当初の予定通りにやろう、ムライ参謀長」

彼も頷く。

「了解しました、全無人揚陸艦突入を開始します」



side ミッターマイヤー艦隊


「醜態をさらすな、陣形を整えよ」

そのとき付近を航行していた戦艦と巡洋艦が同時に撃沈された。
ゆれる艦橋。

「グ」

思わず唸る。
戦局はもはや指揮官の手を離れつつあった。いや、正確には帝国軍の、と言うべきか。

先手を取られ、さらに正面から混乱状態に突撃をくらい、近接戦闘に移行された。

「全て後手に回るとは・・・・・情け無い」

ミッターマイヤーが弱音を吐くほど混戦は、否、統率された攻撃を受け続ける。
極めつけは敵の3千隻強襲揚陸艦による自爆攻撃だ。

「神風か!」

ミッターマイヤーも我が目を疑う行為、だが、それこそが擬態だった。
混戦の中。
スパルタニアン隊が切り開いた穴。そこに刺客が飛び込む。

幾多もの強襲揚陸艦、木を隠すなら森の中。

ベイオウルフ艦橋に強襲揚陸艦ケイロン3が突入した。


side シェーンコップ

『敵の指揮官、できればウォルフガング・ミッターマイヤーかオスカー・フォン・ロイエンタールのいずれかを捕縛してほしい』

『人質にするのですかな?』

『そうだ』

『ふ、だれの差し金かは知りませんがヤン提督、あなたも随分と悪辣になったものだ』

過去を一瞬だけ振り返ったシェーンコップは即座に訓練用の刃の部分が強化プラスチックのトマホークを振るう。
ゼッフル粒子の散布は待っていられない。
一気にローゼンリッターがベイオ・ウルフ艦橋に流れ込んだ。

そして見つけた、狼狽しながらも銃を向ける兵士たちをリンツが、ブルームハルトが次々と切り裂く。

そして。

「ウォルフガング・ミッターマイヤー中将ですな?」

男はゆっくりと頷いた。

「そうだ、そういう卿は何者だ?」

「私の名前はワルター・フォン・シェーンコップ、短い間だが覚えてもらおう」

数回のトマホークを避けるミッターマイヤー。
だが、今回ばかりは敵の数が違った。
後ろからリンツがミッターマイヤーを羽交い絞めにする。
そこへ鳩尾に強力な一撃を食らわせるシェーンコップ。

(え、エヴァ)

それがミッターマイヤーが意識を失う直前に思った光景だった。



side ラインハルト

「ミッターマイヤーが敵に捕縛されただと!?」

ラインハルトは怒鳴った。
それは自分への怒りか、それとも失敗した疾風ウォルフへの怒りか。

「虚報ではないのですか?」

ヒルダも信じられないと言うようにケスラーに確認を取る。

「信じられませんが事実です」

「その証拠に、ミッターマイヤー艦隊は指揮系統を損失、敵の一方的な中央突破を許しました」

ケスラーも信じられないといった表情で、若い主君に報告する。

「そして、敵艦隊は合流。アムリッツァを離れつつあります」

そうだ、ヤン艦隊はその圧倒的な火力でラインハルトの貴下の艦隊を削りつつも距離を保ち続けた。
そして、友軍の脱出とミッターマイヤー捕縛の報が入ると即座に軍を引き始めた。

撤退するヤン艦隊。

それを追撃するだけの余力はもうラインハルトには無かった。



宇宙暦797年、帝国暦487年1月17日

こうしてアムリッツァ会戦は終了した。双方の失った艦艇は共和国軍4万隻、帝国軍5万7千隻。
アムリッツァだけでみれば共和国軍の辛勝に見えるかもしれないが、緒戦で失われた艦隊をあわせれば約9万隻もの大艦隊を失っている。
そして棄兵と去れ、帝国領土に残された将兵およそ2400万名。
実に侵攻軍総兵力の三分の二を失ったことになる。



共和国は総兵力の半分を失った。
そして、得ることは何も無かったと言ってよかった。

一方の帝国軍も、からくも共和国軍の侵攻を押し返しただけでその被害は甚大であった。
向こう数年間は両者とも大規模な軍事侵攻はできない、それだけの損害をうけた。



だが、この戦いが、ヤン・ウェンリーを更なる英雄へと駆り立て、あの頂へ、大統領と言う名の頂へと推し進めることとなる。


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