ああ、本当に俺は朝が嫌いなんだ。深く心地よい睡眠の底から無理矢理ぐい、と手を引っ張られて覚醒するあの感じ。まだ起きたくないと抵抗する体を起き上がらせて目を擦って伸びをする。そしてまた一日が始まってしまう絶望。
周りの人間からしたら、俺は物凄く人生を楽しんでいる奴というイメージしかないんだろう。だからこうやって朝は絶好調にマイナス思考な俺を見たら気味悪がる、きっと。だって仕方ないだろう、誰だって睡眠は心地よいものなのだ。深い海に沈み込んで膝を丸めて何も考えなくてよい時間にひたすら浸って疲労した体と、それから精神を癒す、大体そんな感じだと思う。
ああ、俺は今、何もしなくていいのだ。情報のことも、街のことも、人間のことも、全てワァッと投げ出して、こうやって膝を抱えて振り払うことが出来る。最もこんな考えは無論睡眠中には浮かばないのだが、普段自分の見えない葛藤や街の喧騒に比べたら、夜瞼を閉じて微睡む瞬間の落ち着くことといったら。段々と頭の中でごちゃごちゃと混じり合っていた糸が、ほどけるというよりかは消えていく感覚。そして空白になる。それが俺にとっては睡眠であり、唯一折原臨也という皮を脱げる時間だった。
それに終わりを告げる覚醒。
何も考えなくてもいい、麻酔のような痺れた甘さをもった緩やかな意識を一気に揺さぶり、うっすらと目が覚める。そうして徐々に視界に飛び込んでくる俺が愛してやまない筈の日常たちを、目覚めのこの瞬間だけはどうしたって憎らしく思えてしまうのだ。
朝が嫌いだ。薄汚い現実を痛感させられ、愛すべきものが一瞬見えなくなる。
何より月曜日が嫌いだ。日曜日が沈んで、また一週間が始まる、あの、絶望。不安と期待がない交ぜになった変に高揚した気分。そのくせして起き上がって覚醒しかけの頭で、俺はひょっとしたら一生このままなのではないかと考えてしまう。ずっと、何の変わりもなく、池袋から疎まれ情報を売り歩くだけ、愛する人間に埋もれて高笑いして、一週間を生きていく、それだけ。そうやって生きて死んでいくだけなんじゃないか。ああ、不安定。何も見えなくなる訳だ。
「………とか、色々思うんだよねぇ、俺」
もぞもぞとお日様の匂いがするシーツの中で寝返りを打ちながら、ベッドに腰掛けた上半身裸のままの男に打ち明けてみた。俺は実は結構悩んだりしてるんだよ、みたいなアピール。
俺に背中を向けたままのシズちゃんは、その逞しい背中に幾筋も走る爪痕を隠そうともしない。あーカッコいい、嫌味なぐらいカッコよくて惚れる。惚れ直しちゃう。
「………臨也」
掠れた声が俺の名前を呼ぶ。その声の掠れ具合さえも性的で、ゾクゾクきてしまう訳だ。なに、と素っ気なく返しながら視線を背中の傷から天井に移す。
「わりィ、全然聞いてなかった」
「………………うん、まぁ、分かってたけどね。シズちゃんこういううだうだした話嫌いだもんね。うん」
折角俺が中々哲学的なことというか、心の中を曝け出してやったというのにこの男は。馬鹿なんだから仕方ないよね、うん、ちょっとむかついたけどシズちゃんカッコいいから許す。
大きな手が此方に伸びてくる。長い指に髪を撫でられるだけで、もう俺は、何もかもどうでもよくなってしまう。あれ、俺何の話してたんだっけ。
「手前が月曜日と朝が嫌いだっつーのは分かった」
「あれ、しっかり聞いてんじゃん。臨也うれしー」
「うん黙れ」
「えー酷い」
シーツに顔を埋める。下半身のだるさを忘れたくてぎゅっと目を伏せた。
閉められたカーテンの間から零れた朝日が、俺の頭を柔らかく焼いていた。じわじわ、暑い、熱い。
「シズちゃん」
「あ?」
「今日って何曜日」
「月曜日」
「死にたい」
「生きろ」
「俺、月曜日の朝が一番嫌い」
「らしくねえなァ」
「だって、日曜日はシズちゃん仕事休みだからこうやってセックスして一緒に寝て」
「………あ?」
「月曜日が来たら、シズちゃん仕事に行っちゃうんだもん」
「……………………」
シズちゃんが、ばっと此方を振り向いた。サングラスを掛けていない目が俺の視線とかち合う。
と、思ったらいきなり腕を伸ばされて、ぼふんとシズちゃんの体が俺の上に覆い被さった。重いんだけど。文句を言おうとした口に軽く口づけられて何も言えなくなる。そのままぎゅーっと抱きしめられて、いだだだ背骨折れる、でも幸せ!でも痛い!
「シシシシシズちゃん、シズさま!出来ればその腕の力をもうちょっと緩めてくれたら俺嬉しい!ぎゅーっとしてくれるのはとても嬉しいんだけどあだだだ」
「……くそ」
「シズちゃぁーん痛いー」
「畜生うっぜぇくせに可愛いんだよ手前!嫁に来い馬鹿野郎!」
「キャープロポーズされちゃったー」
今日は仕事休む、とか言い出したシズちゃんを止めることもなく俺はシーツに埋もれたまんまシズちゃんに抱きしめられていた。だってシズちゃんがクビになろうが何だろうが俺には関係無いし、シズちゃんがクビになったらうちの事務所に用心棒として雇えばいいし。そうすれば一緒にいれるじゃん、俺って頭いいなあ!
ぐるり
(君がいるだけで思考も一転という訳だ、ああ人間って単純だなぁ!)