下らない、馬鹿馬鹿しい、これだから人間ってのは愚かしくて愛おしい。
俺の膝の間に体を滑り込ませ、反吐が出そうなぐらいベタなメロドラマを二人で観ていると臨也が突如声を上げて笑い出した。まるで箸が転げても笑う女学生みたいな笑い方だ。可笑しくて可笑しくて仕方ない、笑っていないと気が済まないような。
甘ったるい音楽が流れ、恋人たちのキスシーンが画面いっぱいに映る。それを指差し、誰よりも歪んだ笑みでまた臨也は笑った。あーうるせえ。黙ってテレビも観れねえのかよ。
俺の顔の少し下にある黒い頭を引っ叩く。勿論手加減して。
あいたっ、と悲鳴染みた声を上げて臨也が涙目で此方を振り返ってきたから睨んでやった。
「何なんだよシズちゃん…!いったいなあ」
「何なんだよは此方の台詞だ。うっせえよ、黙ってテレビ観てろ」
「だって聞いてよシズちゃん、このドラマくっだらないったら!」
臨也が心底可笑しそうな声を上げて、ブラウン管の向こうの恋人たちを示した。下らないとは何だ、ファンの奴らに謝れ。
てっきり普段から愛だのなんだのを謳っているこいつは、こういうベタベタな愛だけを追求するドラマが好物なんだと思ってたが、誤解だったらしい。塵屑を見るような嘲笑を含ませた視線を画面に注ぐ臨也は、笑っちゃうね、と呟いて俺の肩に凭れ掛かった。
「だってこの主人公、自分より恋人が大事、とか言ってるんだよ?傑作じゃない?」
「ハア?………そういう性格って設定なんだろ」
未だニィ、と唇を歪ませたその表情が気に入らなくて反論する。何を言ってるんだか、こいつは。臨也の口調に批判するような調子はなく、ただ自分勝手な意見をつらつらと並べるだけだった。
「だってさ、いつだって人間は自分が一番の筈だろ?だって自分がいなくちゃこの愛も幸せも感じられないんだ、自分があるから幸せにそうやって浸ってられるんだろ?なのに恋人の方が大事なんだって、自分が死んだらその恋人の傍にいられないのに!馬鹿だよね、愚かだ。あーあ愛しいなァ、俺はそんな馬鹿なところも含めて人間を愛してるんだ」
まぁよく動く口だ。愛しいなあ、と繰り返される言葉はいまいち理解出来なかったが、とりあえず臨也は割りと愛に狂う人間とは一歩線を引いているということを理解した。一歩引いている、というよりかは多分、愛とか恋とかそういうものさえこいつにとってはただの観察対象にしかならないのだろう。冷静に他人のことを切り捨てられるから、自分のことも第三者から見詰めることが出来る。
いつもなら相変わらずくそうぜえ奴だとしか言い様がないのだが、今は何故か哀れに思えた。だってお前、このベッタベタに甘いドラマを批評するならその前に俺の体から離れやがれ。
「恋人なら、自分より大切に思えるんじゃねえの」
「ほらそれだ、恋人なんて片方が死んだら成立しない単語じゃないか。片方が恋人の為に片方を庇って死ぬとする、庇われて残された方はその死んだ方の重すぎる愛を背負って生きていかなきゃならないのかい?これが永遠の愛ってやつ?ほら下らない、人間ってのは面白いねつくづく!」
「ああ、そうかよ」
お前がとっくの昔に放棄した、その愛に狂える人間らしさとやらが多分俺にはあるのだ。何故なら、
「俺は自分より手前の方が大事だけどな」
臨也の笑い声がぴたりと止まった。途端に訪れる沈黙、その間を流れるドラマのBGM。俺の肩にしなだれかかって甘えるように擦り付けられていた頭がぴくりとも動かなくなって、まるで人形のように生気がなくなる。
そんなに、不味いことを言っただろうか。
大分予想外な臨也の反応に内心不安がよぎった。てっきり大爆笑されるとばかり思っていたから、そうやってフリーズされるとどうしたらいいのかわからない。
だって、お前は、何だかんだ理屈を並べておいて要は自分もこういうことを言われたかったんじゃないのか?俺が、滅多なことじゃ臨也に好意を示さないから、こういう言葉が欲しかったんじゃないのか?
「………………化け物、のくせに」
人間みたいなこと言わないでよ下らない下らない下らない、とまるで自分に言い聞かせるようにして膝に自分の顔を埋めてしまった臨也の耳は真っ赤だった。
自分より臨也の方が大切、だなんて今勢いで口から出た言葉だが、些か嘘ではないのだ。少なくとも俺の中での臨也の存在はかなり大きい。死んでも口に出すまいとしていたが、テレビを指差し純愛を笑い飛ばす臨也があまりに寂しそうに見えたから。
そうかこいつ、悪意を向けられるのは慣れてるけど、好意を向けられるのはちっとも慣れていないんだ。そう思うと急に愛おしく思えて、ああ、なんとなくお前の人間が愛しいって気持ちが理解できた気がする。
「いーざーやーくーん」
「うるさい化け物、黙って、何なんだ本当に…!人がせっかく人間について語ってるときになんで水を差すかなあ君は」
「なんでそんなに真っ赤なんだ、手前。なァ?」
熟れたトマトに似た赤を灯している耳に唇を寄せる。面白いぐらいに肩を跳ねさせた臨也は、更にきつく膝に顔を押し当ててシズちゃんの馬鹿野郎、と恨めしげな声を出した。なんだお前結構人間らしいじゃん、それ。
此処に二人
(素直に愛を構成出来ない、不完全な人間がいる)