*来神時代/なんだか仲良し











初めから気に喰わない奴だとは思っていたが、ここまでとは予想出来なかった。胡散臭そうな笑みにのせた爽やかな声は俺にとっては蚊の羽ばたきにしか聴こえない、とんだゴミ野郎だ。
俺と折原臨也の関係に名前をつけるとしたら、誰もが犬猿の仲というだろう。それでも生温いぐらいだが、これ以上嫌い合う関係を意味する言葉なんて頭の足りない俺には分からない。

とにかく合わないのだ。波長とでもいおうか、人間同士にそんなものが存在するのかは疑問だが、とことん合わない。臨也を見ると苛々するどころか心の底から憎悪が込み上げてくる。自分が嫌いなタイプを寄せ集めてくっつけて人間にしたような、奴はそんな人間だった。


そういえば昔誰かが言ってたっけ。どうして嫌いな人間が出来るのかって、それは自分に似ているからだ、と。










「やあシズちゃん、待ってたよ」

放課後、教科書を机に入れたままなのを思い出し教室に引き返した俺を待っていたのはそのノミ蟲野郎だった。無駄に長い足をぶらつかせ、あろうことか俺の机に腰掛けている。その辺にある椅子でも投げつけてやろうかと思ったが、朝登校してくる同級生が崩壊した教室を見てどう思うかが即座に浮かび、ぐっと怒りを腹に押さえ込んだ。よし偉いぞ俺。

「…………別に、手前を待ってた訳じゃねえよ」
「俺は待ってたよ。だってシズちゃん机の中に教科書忘れてたから。明日小テストだもん、教科書無いと勉強出来ないからねえ?シズちゃんって案外真面目だから」
「黙れ」

相変わらずの減らず口をなるべく聞かないようにして机と机の間を通り臨也に近づく。何だって俺の机に座ってやがんだ、くそ。

どうだっていいがなんでこんな薄暗い教室にこいつは一人でいたのだろうか。俺を待っていたとして、もし引き返して来なかったらどうするつもりだったのだ。
………いや、このノミ蟲は、俺が必ず戻ってくると踏んだからここに残った。確証はないが臨也の性格ならそうだろう。曖昧な予想では絶対に行動しない。そして見事予想通り俺はのこのこと戻ってきた訳だ、むかつく。

「何か用なのかよ」

こうして臨也の一挙一動に苛々してたら血管がもたない。怒りを必死に鎮めて低い声で問うと、途端に臨也はそっぽを向いた。殴りてえ。

「冷静なシズちゃんってきもい」
「殺すぞ」
「てっきり俺がシズちゃんの机に座ってる時点で殴りかかってくるかと思った」
「っ、分かってんならそこをどけ!!」

おかしな奴だ。つーか俺がキレるって分かってて行動するとか本当にむかつく、殺してえ、殺します。抑えてた怒りが爆発してはぜた。反射的に繰り出された拳をひらりとかわした臨也は素早く机から飛び降りて走り出す。
逃がす訳ねえだろ、ノミ蟲が。
鞄を持ったまま俺は臨也の後を追って教室から飛び出した。既に奴は階段を飛び降りて昇降口に向かっていて、俺もそれに続く。

「待ちやがれノミ蟲が!!!」
「いっつも待つはずないって言ってるでしょ!」

さすがに靴を履く余裕はないらしく、臨也は下駄箱で立ち止まる。待つはずがないとか言っておきながらそこで降参とでも言うようにホールドアップした。何なんだ手前は。普通に上履きのまま逃げりゃいいだろうがよ。

「今日はもう遅いからここまで。終わりー」
「ここまでじゃねえよ誰が終わらせるか馬鹿野郎。一発殴らせろ」
「その一発が俺の生死に関わるんだよ」


下駄箱にノミ蟲の体を押し付けて拳を握る。それでも殴ることをしないのは珍しく奴が抵抗もなく大人しかったから。
いつもならナイフだの何だの投げつけてくるのに、やけに無抵抗だな。不審に思い手を離すと、全くシズちゃんの乱暴者とかほざきながら軽く咳き込んだ。あーやっぱむかつく。短い前髪で隠されない額にデコピンをかますと、油断していたらしい臨也は盛大に下駄箱で頭を打っていた。ざまあみろ。


「いっ…たああ!!あり得ない、人が穏便に済ませてやろうって思ったのに!!!お花畑が見えたよこの野郎!」
「手前を殴らない俺なんていねえ」
「意味わかんないし。あー痛い…」
「意味わかんねえのは手前だよ。なんで俺を待っていやがった」


肝心なことを訊き忘れていたことを思い出し、問い詰めてみると臨也は目を逸らして黙り込む。何なんだよマジで。そしてこの世界一嫌いなノミ蟲野郎にわざわざ時間を割いてやっている俺も何なんだ。

いい加減黙り込んでいる臨也に苛々が積もってきたので再びデコピンの体勢を見せると、臨也は少しだけ慌てたようにあーとかうーとか唸り出した。いつだって己が正解だというように自信満々で言葉を紡ぐ姿しか見たことがなかったから、迷う素振りを見せるその姿に僅かな優越を感じる。


「シズちゃんをからかいたかったというか」
「よし殺す」
「ちょっ、お互いもう義務教育に守られてるガキじゃないんだからそうやってすぐキレるのやめようよ!デコピンやめて!」
「腹立つんだよ手前は!」


わざわざ放課後の教室に残ってまで俺をからかいたかっただと?とんだ暇人だ。そんな嘘くさい理由信じるか馬鹿。




「普通に一緒に帰りたかったって言えばいい話だろうが!」




俺の言葉に臨也は盛大にフリーズした。ぱくぱくと開閉する口が魚みたいで少し笑える。

あながち間違っちゃいねえだろ。じゃなきゃこのノミ蟲野郎がこんな遠回りで緻密な作戦で俺を下駄箱まで誘き寄せる筈がない。自惚れとか言われたって、それ以外に理由も見つからないから仕方ねえだろうが。俺だってお互い嫌い合っている臨也がそんな意図で俺を待ってたとは思い難いが、言い返す言葉も見当たらなくて思わず叫んでいた。


「、……………あ、ッハハハハハハ!!」


フリーズさせていた顔を一瞬で崩して、臨也は腹を抱えて笑い出した。本当腹立つ野郎だな。


「俺がシズちゃんと一緒に帰りたい?何それ傑作!超ウケる!」
「るっせえ、だったらなんで手前顔赤いんだよ!」
「っ、………え、うそ」


再びフリーズした臨也は慌てて手のひらで顔を触る。今度は俺が噴き出す番だった。
嘘に決まってんだろ。そう言ってやると恨み籠った目で睨み付けられた。珍しく動揺したらしい。ってことは、え、図星なのかよ。

一変して何も言わなくなってしまった臨也を前にしてどうしたらいいのかわからない。とりあえず一緒に帰りたかったってマジなのかよ。おいちょっと待て、俺たち殺し合う仲だろ。
……………あー。

「もういい」
「え」

気まずく思いながら手を差し出した俺の顔を凝視した臨也は、戸惑ったような声を上げた。なんかこんな表情をしている臨也は新鮮で、何というか、こうしてればむかつかない奴なのにとか考えてしまう。


「一緒に帰るんだろ」



おずおずと、俺の手に自分の手を重ねた世界一嫌いなノミ蟲野郎がちょっとだけ可愛く見えた、とか、嘘だろ。

あ、そういや教科書忘れっぱなしじゃねえか。











(そういう不器用で意地っ張りなところ、俺とよく似ていて苛々する)










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