ええ、中学生とか高校生の頃はね、本当に辛くて痛くて気持ち悪いだけで、まあ確かにそれは今でもそうなんですけどねえ、とにかくその意味が、尊さっていうのかな、わからなかったんですよ。子供なんて要らないのにとか、どうせ産まないならこんな痛くて辛くて気持ち悪いだけのもの必要ないじゃないか、とかね。色々と思ってたし、女として産まれてきたことを心から恨みましたよ。だけどねえ、実際こうやって結婚して子供を授かって、ね、育てるとね、ああやっぱり必要なんだなあって、急に女の体ってのが嬉しくなるんです。子供ってのは本当に不思議ですよ。愛する人との証なんだって思うと、どうしたって愛しく思えるし抱きしめたくなる。だからねえ、今はそんなに不快じゃないんですよ、生理って。



ぷ、つん。
喧しくやや早口でまくしたてる、ブラウン管の向こうの女優を映し出していた画面が突如真っ暗になる。どうでもいいがそのさっきまで下らない二流の番組でつらつらと言葉を並べていた女優は確か、つい最近産休から復帰したような人間だった気がする。

そして唐突に切れたテレビの前に座ってそれを見ていた静雄は、僅かに眉をしかめ後ろに立ってリモコンを握る臨也を振り返った。

「なんで切るんだよ」
「こんな下らない番組観てるの?やめなよ」
「俺の家なんだから俺が何観ようと自由だろ。リモコン返せ」
「命の尊さ?愛する人との子供?生理の大切さ?他人のそんな話聞いて楽しいの、シズちゃん」
「はぁ、?」


ブラウン管の向こうで話していたあの女優に劣らぬ速度でまくし立てられ、間抜けな声を上げる。何故臨也がこんなにも怒ってるのかすら理解できなかった。テレビばかり観ていたから構って欲しかったのか?と悠長で甘いことを考えながら、臨也の髪に手を伸ばす。叩かれると思っていたが、意外とあっさりと受け入れられてそのまま髪を撫でてしまう。臨也の赤い瞳は静かに爛々と輝いていて、今にも泣きそうな、それでいて笑いだしそうな、全く底が読めない。


「くだらないなあ、」

乾いた声を発して、臨也がぺろりと唇を舐める。そして不意に、静雄のズボンに手をかけた。

「お、い!臨也」
「黙って」
「黙ってじゃねえよ、てめっ…」

ファスナーを細い指先で素早く下ろされ、焦っているうちに下着の上から自身をなぞられる。誘っているような、そんな表情で一瞬見つめられ思わず怯んだ。
なんで、そんなに弱々しい顔をしている。
突然の行動に抵抗する暇も与えられず、臨也はあっさりと静雄のそれを下着から取りだし、躊躇うことなく口に含んだ。

ぬるりとした、独特の生暖かさが敏感なそこを包み込み、嫌でも体が跳ねる。慌てて臨也の髪に指を差し込んで引き剥がそうとするが、しっかりとくわえ込んでしまった口の中の舌はそんな余地も与えなかった。

「…っく…臨也、いきなりっ」
「ん、」

小さく吸い上げられ腰が震える。蹂躙される快感に眉をしかめることによって耐えて、臨也の頭を掴む掌に力を込めた。流されそうになりながら、下肢に集中していく熱から逃れる為に短く息を吐く。

「いざ、や」
「ふぅ……ん…、」

静雄の声には応えず、ただ臨也は勃ち上がるそこに舌を這わせ、吸い上げ、吐精を促す。白濁を呑み込むことだけが目的であろう、そんな性急な愛撫。

臨也が嫌がる為に今まで口淫なんて経験したことのなかった静雄にとってその刺激は強すぎた。荒くなる息を抑えられる筈もなく、また臨也の懸命に奉仕する様も伴って雄は萎える様子を一向に見せない。口内に苦い精液の味が広がるのも構わず臨也は口を開き直して、また喉の奥までくわえた。

「ちょ、マジで、やめっろって」
「ん、んん」
「っく…!」

引き剥がそうとする手から力が抜けた。一瞬上目遣いで見上げられ、その途端もう止めはきかなくなり、ますます自身が硬くなるのを感じる。―――不味い。混乱した頭は快楽した汲み取れず、込み上げる射精感に耐えられはしなくて。

何だってんだよ、畜生。
あまりにいきなりの行為に目を白黒する暇もなく、震える唇を開くのも億劫だった。

「臨也、もう、出るから放せっ」
「っ、ふぅ、ひふひゃん…」
「くわえたまま、喋る、んじゃねえ……!!」


あ、駄目だと本能が悟った時には目の前がチカチカと点滅して、既に臨也の口内で達していた。散った白濁を喉を鳴らして飲みほし、ようやく臨也が口を放す。唇に垂れる白が生々しくて艷やかで、目を逸らした。

「はっ、はぁ、ははは、…シズちゃん、早いね」
「っせえよ…、なんなんだ突然」
「ん」
「おいっ、臨也…?!」



見えよがしに白濁を舐めとって、床に染みをつくっているそれらを指で掬い取る。そして、突如自分でズボンのベルトを下ろし、脱力している静雄の膝に乗り上げた。

綺麗な笑みを貼り付けたまま、唖然としている静雄の前で長い指を自分の後孔に宛がい挿入する。僅かに頬を赤くして、指で慣らし始めた臨也に何も言えずに傍観するしかなくて。

「ぁ、シズちゃ、ん、」
「、」

静雄の精液を潤滑油代わりに入り口に塗りつけ、恍惚とした表情で腰を揺らしていた臨也は、未だ硬度を保っている静雄の自身にそこを擦りつける。やろうとしていることが分かってしまい、静雄は慌てて腰を落とそうとする臨也の肩を掴んだ。

「待っ…!!何してんだ手前」
「何って、君のを挿れようとしてるんだけど。見て分かんない」

艶やかな笑みの下に、無感動な心を見た気がした。
こんな一方的なセックスなんて、お前の自己満足でしかないじゃないか。
静雄の抑止もきかず、腰を落とし自分の中に無理矢理静雄のものをくわえ込んだ臨也は、苦痛に顔を歪めながらしがみついてきた。よく慣らしもしなかった為に、後孔は切れて血を太股に伝わせている。は、は、と獣じみた荒い息に、快楽を求めるような色は感じられない。

「抜けっ…きついのは手前の方だろっ」
「い、やだッ…!」

ぎちぎちと音がしそうなぐらいに狭いそこはそれでも静雄のそれを放そうとはしない。痛いとは絶対に訴えようとはしないその唇に、とりあえず落ち着かせる為に軽く口付ける。

「抜けって、………!!なんでいきなりこんなことしてんだよ、意味わっかんねえよ…!」
「っん、ぅ、う」
「、臨也」

そっと腰を抱き上げて、自身を抜く。ぐちっと音を立てて、臨也の後孔からは血と潤滑油に使った僅かな精液が流れ出た。

バツが悪そうな顔で俯く臨也をそっと抱き締めて、背中を撫でる。ひく、と動いた肩はきっと嗚咽を堪える為だろう。


「くっだんない…本当くだらないよ」
「………あ?」
「愛した人との証、だって」

のろのろと顔を上げた臨也の瞳は変わらず爛々と輝いていて、しかしその奥には悲しそうな、切なそうな色が滲んでいた。少し、息を呑む。

ああ、そうか。

さっきまで静雄が観ていた番組。あの女優の言葉が、臨也を深く深く傷付けたのだろう。


「なんで人ってそういう証ってものがないと安心出来ないんだろ」
「………」
「俺には、……子宮なんてないよ。男だもん。だから子供なんて産めないよ。生理もこないよ。シズちゃんとの、子供なんて、産めないんだよ…!」
「臨也、あのな、…………」
「いっぱいセックスしたら、子供でも出来るのかなあ、なんて、考えて、ねえどうやったら子供出来るかな?精液飲んだら出来るかなあ?」


そこで途切れた言葉に返す答えなんてなくて、少ないボキャブラリーを恨みながら、激情を吐き出す彼を抱き締める腕に力を込めた。子供なんていらない。お前さえいてくれればそれでいい。そんな陳腐な言葉を伝えられない自分が心底憎かった。


「ねえシズちゃん」
「ああ」
「俺を、愛した証拠がないと、不安?」
「……………んな筈ねえだろ」
「でもさ、俺には孕める体がないから」


結局俺はこうやって体でシズちゃんを繋ぎ止めるしかないんだ、と呟いた臨也に、鼻の奥がツンとした。









(いくら精液を飲んだって、胎内に残したって、俺が欲しがるものは出来ないのでした)








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