*新セル+静→←臨
あー、なんでこうなるかなあ。
不機嫌そうにぶすっとした顔で僕とセルティの家にずかずかと上がり込んできた腐れ縁の男は、遠慮なしにソファーで足を組んでいる。まぁ遠慮されたらされたで気持ち悪いけどさあ。
「どうしたの、いきなり訪ねてきて。僕とセルティの甘い蜜の時間をぶち壊しに来たんだろそうなんだろ、僻みはやめてくれるかい?」
「………」
「臨也、喋んない君はある意味怖いよ」
眉目秀麗な腹が立つほど整った顔には、腫れて痣やら擦り傷やらが目立った。いつも着ているファーつきのコートも所々破れている。
『また静雄と喧嘩したのか』
セルティが臨也にコーヒーのカップを渡しながら文字で尋ねた。まったく、コーヒーなんか出さなくていいのにセルティったら。まぁそういう気が配れるところも素敵で淑女らしいけどね。来客にはもてなす。素晴らしい精神だ。
だが残念なことに、この男は来客ではない。僕が来客とは認めていない。何しろセルティとの愛の戯れの時間を邪魔されたんだ、此方が不機嫌だっていうのに。
「傷」
「え?」
「痛いんだけど。とっとと手当てしてよ」
腕をぐいっと差し出されて、大きな傷が嫌でも見せつけられた。皮が擦りむけて血が滲んで固まっている。こりゃ痛そうだ。
いや、それにしてもそれが人に頼む態度かい?腕を見せつけて傷が痛いから手当てしろ?臨也の性格は熟知してはいるものの不機嫌な時の奴の態度は特に酷い。傍若無人という名の駄々っ子だ。
「あのね、臨也。俺は闇医者なんだよ。そんぐらいの傷普通に病院に行ってくれないかな」
「だってシズちゃんに追われてたまたま新羅の家が近かったんだもん。そこに医者がいるのにどうしてわざわざ病院まで行かなきゃいけないんだよ」
「やっぱり静雄と喧嘩してたのか…。君も飽きないねえ」
「好きでやってる訳じゃないよ」
いいから、早く。
そう言わんばかりにまた傷を見せられて、僕は溜め息を吐きながら救急箱を取り出した。こうなった臨也にもう話は通じない。
『いい加減池袋が壊れそうで怖いんだけど』
「そうだよ、可愛い僕のセルティが怯えてるじゃないか。喧嘩なら他所でやってくれ」
「………だって、シズちゃんが池袋から出ないし。だから俺が行かなきゃ構ってくんないんだもん」
『………………は、?』
セルティがPDAを取り落としそうになって、慌てて掴んでいるのが見えた。そんなドジなところも可愛いなあ。そうか、セルティは臨也の静雄に対する想いを知らないのか。
臨也は、信じられないことに静雄に好意を抱いている。それを知っているのは来神時代一緒だったドタチンと僕ぐらいだ。
まさに犬猿の仲、と称するのがふさわしい二人の関係だけど、臨也が静雄をからかうのはただ単に構って欲しいだけなのだ。そう思うといくらかこの小憎らしい性格もいじらしく思えてくる。まぁ僕にはセルティがいるから可愛いとか思わないけどね。
『臨也、そんな、静雄のことが』
「うん、好き。でもシズちゃんは俺のこと嫌いなんだ。世界で一番、同じ空気も吸いたくないぐらい嫌いって、今日も言われた」
消毒液をつけた臨也の腕が微かに震えたのは染みただけじゃないだろう。悲しそうに伏せられた瞳はもう恋する乙女のそれだった。全く、青春だねえ。
『へぇー…なんかすごい意外だなあ。大丈夫だって、静雄も本気でお前のことを嫌っちゃいないさ』
「嫌いだよ。嫌いじゃなきゃ自動販売機なんか本気で投げてこないよ…」
『それは臨也が絶対に避けれると思って、信じてるから投げるんだろう?』
「違う、嫌いなんだ、絶対。殺そうとして投げてくるんだよ、ポストも自販機も」
『大丈夫だって…』
ああ、落ち込んでいる臨也を慰めるセルティは最高に素敵だ。素敵すぎる大人の女性だ。フォローが完璧過ぎるよ、セルティ!
セルティの完璧かつ優しいフォローを聞いても、臨也は悲しそうに眉を寄せたままだった。腕に包帯を巻いて、続いて顔の傷に消毒液を塗ろうとすると、彼は首を振ってそれを拒否した。
「いいよ」
「そうかい?でも顔の傷結構酷いよ」
「腕の傷は自販機避けようとしてビルの壁で擦ったからだけど、顔は、……………シズちゃんに、殴られたから」
「はい?」
「シズちゃんに直接触られたとこだから」
消毒したくない。
その言葉に、思わずセルティも僕も硬直した。なんて盲目的な恋だろう。そりゃ僕のセルティに対する気持ちには敵わないだろうけど、この臨也の一途さはさすがに、ちょっとびっくりする。ちゃんと素直になってみればまだ会話が成り立つ筈なのにね。
「分かったよ、………お大事に」
「ありがと。これ治療費ね」
福沢諭吉さんを何枚も置いて嵐の如く去って行った臨也に何も声が掛けられなかった。恥ずかしかったのか耳が真っ赤だったから。あ、ちょっと可愛いなんて思ってないからね。僕はセルティにしか可愛いなんて思わないんだからね。
ていうかこんなに治療費いらないんだけどなあ。
万札を数えている僕に、セルティがPDAを差し出した。
『臨也って案外乙女なんだね』
「………そうだね。あんなこと言うなんて」
『結ばれるといいな…。なんか素敵じゃないか』
「まさか!池袋最凶のカップルなんて考えたくもないよ」
『でも、臨也は本気で静雄のことが好きみたいじゃないか。………静雄は、やっぱり臨也のことが嫌いなのかな』
残念そうに肩を落とすセルティはやっぱり他人を思いやれて他人の為に落ち込める優しくてウルトラキュートな女性だ。セルティに心配されるなんて、臨也が羨ましい限りだよ。
近くに置いてあった携帯を手に取って、僕はそうでもないよ、と答えてみせた。セルティがばっと無い顔を上げる。
携帯は点滅していて、メールが来ていることを知らせていた。宛先は予想がついている。ああ、ほらやっぱり静雄だ。
『臨也に酷い怪我させちまったから、診てやって欲しい。多分お前の家に向かったと思うから、来たら頼む。治療費は俺が払ってもいいから手当てしてやってくれ。顔を、殴っちまったから、きっと痛がってると思う。あと腕も怪我してた。頼む』
ずらずらと文字が並べられた静雄からのメールを読んで、セルティは固まった。多分セルティに目があったら、極限まで見開かれていたことだろう。
『新羅、これって、さ』
「あー、セルティは知らないんだよね」
静雄の臨也に対する気持ちも。
知っているのは、来神時代一緒だったドタチンと僕ぐらいだよ。そしてあの二人の鈍感さに昔から苛々してきたのも僕たちだ。
『何なんだ一体…』
「ほんっと、馬鹿だよねえあいつら」
静雄に「手当てしといたよ」という返信をしながら、僕はやれやれと本日二度目の溜め息を吐いた。敢えて僕らは何も口出しはしない。
お互い気付くまでどのくらいかかるか、ドタチンと賭けてるからね。負ける訳にはいかないんだ。
まあ、来年になっても二人がくっついてなかったら僕らはいい加減恋のキューピッドになろうと決めてるけど。
LaLaLa
(これは歪んだ恋のうた!)