*変態スク水プレイ
うそ、と小さく呟いた唇が戦慄いた。
眼下に広がるのは無惨にも白に覆い尽くされたゲーム盤―――オセロ盤。臨也の手持ちにはもう一つも駒はない。うそ、まさか、そんなこの俺が。
呆然としている臨也を鼻で笑ったサングラスの男は、満足げに目を細めた。宿敵であり認めたくはないが恋人でもあるこの男、静雄の駒は白であった。オセロ盤はほぼ真っ白に染まっている。つまりそれが表すことは、臨也の敗北。
「え、まじ、で?」
どうしよう、と臨也は顔には出さないもののたらりと背中に冷や汗を流した。そもそも静雄の家までやって来て、大の男二人でオセロをしていたことには訳がある。否、無いといえば無いのだが。
―――オセロで、負けた方が勝った方の言うことを聞く。
一見小学生あたりが使いそうなその罰ゲームを二人で決めて、おもむろにどこからか臨也が引っ張り出してきたオセロを始めたのだ。命を懸けて戦ったと言っても過言じゃなかった。負けたら屈辱しか待っていない気がする。あながち間違ってはいない予感に苛まれながら、お互いの色をひっくり返してきた。そして。
「お前の負けだなァ、臨也くん」
ニヒルな笑みを口元に貼り付けて心底楽しそうに静雄が告げる。死刑宣告を受けた気分だ。臨也は短く息を吸って、目一杯相手を睨み付ける。
「なんだその眼はよぉ。負けたのは手前だろ?罰ゲームは、何だっけ?」
顎を掴まれて、耳元で幼児に言い聞かせるように囁かれた。それだけでも屈辱だというのに。
「………勝った方の、言うことを何でも、聞く」
自分で確認するみたいに悔しさを噛み締めた。
まさかこの俺がシズちゃんごときに負けるだなんて。頭にぐるぐると廻る敗北の二文字。どうしようもなく、腸が煮えくり返りそうだ。テーブルゲームは得意な部類に入っていた、筈だった。失念していた、平和島静雄という人間は褒美の大きさに比例し力を膨大させる人間であったのだ。しかしルールはルールであることには変わりはない。
「つまり勝者である俺が、敗者であるお前に何でも命令出来る。そうだろ?」
「………………そうだね」
「何をしてもらおうか」
舌舐めずりでもしそうな程悪人顔で、静雄は臨也の耳元でくつくつと笑う。ああ、殴ってやりたい。臨也は拳を握り締めただひたすらその屈辱に耐えた。
「とっとと、決めてよ。何でもしてやるから」
開き直って静雄を真正面から睨めつけると、彼は数秒思案した後、ああ、と小さく声を上げていきなり立ち上がった。臨也の背中に、訳の分からない戦慄が走る。
「思い付いたぜ」
「………なにを、」
嫌な予感がする、なんて可愛いもんじゃない。静雄がそんな顔をするときは主に臨也にとって碌なことがない、というのを身を持って知っていた。
静雄は一旦奥の部屋に引っ込み、何かを探しているようだ。そうか、今の内に逃げよう、と腰を上げた矢先にタイミング悪く静雄が戻ってくる。
盛大に舌打ちをして、それから彼が持っているものを見て―――愕然とした。まさか。まさか。
「シ、シズちゃん、それ、冗談だよね?」
「まぁ使うつもりは無かったんだけどな。手前もぜってぇ抵抗するし」
この機会に使ってやんだよ、と唇の端を歪めた静雄の手に持たれているのは、紺色の薄い布。ただの布なら良かった。それはやたら面積の小さい布で、布というか、どっちかというとあれは。
動揺し過ぎて言葉が出ない。珍しく混乱している臨也を見て、静雄はますます楽しげに笑って臨也にそいつを突き出した。
「さあ、とっとと―――着ろ」
そいつは、所謂スクール水着というやつだった。
「じっ、冗談よしてよ!!!そもそも誰から、誰から貰ったんだよそんなもの!!」
「新羅」
「ああーっやっぱりね!やっぱりねあいつかあの変態か大抵の変態っぽい物事にはあいつが関わってるんだよね!」
「セルティに着せる分として注文したら、サイズがデカかったんだとよ。んで臨也にでも着せろって俺に寄越してきた訳だ」
「ごめんどこから突っ込めばいいのかわかんないから帰るね」
「帰るんならこれを着てから帰れよ」
「いやそれは厳しい!!」
おらおらと差し出されたそれを着ろと?男の生命を終わらせる気かこいつは。
臨也は壁に追い詰められながら、内心だらだらと止まることのない冷や汗を垂らしていた。本当に、これは、まずいだろう。着せられたら確実に屈辱と羞恥で死ねる。
そんな臨也の反応を楽しみながら、静雄は更に水着を押し付けた。着なければもっと酷い目に遭わせるとでも言いたげである。
「あっ、待っ、脱がせんなシズちゃんの変態!」
「手前がいつまで経っても着ようとしねえからだろ」
「そんなん着るわけないだろ!」
「臨也ァ…。これは罰ゲームなんだぜ?」
手前に拒否権はねぇだろ?
耳朶を食まれ、このままじゃ確実に喰われる、と直感が叫んだ。
確かに敗者は自分だ。そして、言うことを聞かなければならない。そこまでは誰だって把握出来る。ただ、野郎なんぞに女子用のスクール水着を着せて何を楽しもうっていうのだ。屈辱以外なんでもない。尤も、静雄はそれが目的なのだろうが。嫌がる自分を見て心底楽しんでいる様子の男を想像し、臨也は全身の血が沸騰する程腹が立ったのを感じた。
元から負けず嫌いというか、ひねくれている性格故に開き直りも早い。臨也は静雄の手からその忌々しいコスチュームを剥ぎ取った。
「着ればいいんでしょ、着れば」
「潔いな」
「俺を誰だと思ってんの」
腹をくくって、着ていたインナーを脱いで床に放る。着替えている最中は絶対に見ないでよ、と念を押して静雄に後ろを向かせた。
「振り返んなよ」
「分かってるっつの」
上半身を露にして、ようやく畳まれた水着を広げて見る。これを着るのだと思うと眩暈に襲われそうだ。
いくら大きいサイズだとはいえ、女物であることには変わりない。そんなものの着用を強いる静雄はとち狂っているし、そんなものを着用する自分も滑稽であろう。
今まで生きてきて一番じゃないか、と思う程深いため息を吐いて、臨也はズボンと下着を脱ぎ、紺色のそれに足を通した。
「いいよ」
全て着終わって、静雄に声をかけた。
とりあえず女みたいな座り方で床に尻をつけ、足の間に手を挟む。そうすることで面積の少ない布によって目立ってしまう男のそれを隠すことに成功した。
ゆっくりと振り返った静雄は、品定めするようにそんな状態の臨也をじろじろと見回す。居心地の悪さを感じながら、臨也は体を覆っているスクール水着を恨めしげに見下ろした。水着の締め付けが不愉快だ。
「なにっ、なんか文句あるの?」
自然と頬に血が集まってくる。顔なんか赤らめたら静雄の思う壺だとは分かっているのだけれど。
「手ぇ、どけろ」
足の間に挟んでいる手を顎で示して、命令された。体が硬直する。
「いや、だ」
即座に首を振ると、静雄は片眉をぴくりと上げて此方に手を伸ばしてきた。思わずすくんだ体を突き飛ばされて呆気なく床に転がってしまう。やめろ、と抵抗する前に両足首をがっちりとホールドされ足を閉じることを防がれた。
静雄の顔が足の間に割って入り、どうしても女と違う故に強調されてしまうそれを観察するように眺める。恥ずかしさのあまり声も出なかった。
「やっ、やだ、やだやだ、シズちゃん放して!お願いだから、いやだっ!」
「手前、こんな恥ずかしい格好して、俺が盛んねえとでも思ってんのかよ」
「威張って言うな!………っあ」
つつ、と布の上からそこを指でなぞられる。嫌でも反応してしまう体は跳ね上がり、結果、静雄の口元に笑みを浮かべることになってしまう。若干涙目になる臨也の拒絶をものともせず、あろうことか静雄は指を這わせていたそこに口をつけた。
「あっ…!!ん、んああ、や、っやだ……!!」
フェラとはまた違う、布越しのもどかしいその行為に腰が浮く。足を掴まれている為充分に動くこともなく、快楽だけが背筋を駆け巡った。
「ぁ、あ、ひああッ!も、やだったら、シズちゃぁ……あああっ」
小さく吸い上げられて、既に勃っているそこを甘噛みされると、言葉とは裏腹にだらだらと蜜を溢し始める。どうしようもなく悔しくてみっともなくて、顔の前で腕をクロスさせた。
「……顔、見せやがれ」
低い声で、それでもどこか優しさを含んだ声をかけられる。勢いよく頭を振って、臨也は下半身に集まる熱からどうにかして逃れようと強く唇を噛み締めた。するとちゅ、と腕に一瞬温かな感触。静雄に口付けられたのだと気付いて思わず驚きで腕をほどき、彼の顔をまじまじと見上げてしまう。策に嵌まったのだと気付いた時には既に遅かった。
「っ、あ」
「なんつー顔してやがんだよ、手前…」
「シ、ズちゃん…」
潤みきった赤い瞳に射止められ、静雄は思わず息を呑む。なんて扇情的な顔をするんだ、こいつは。
昂る熱を押さえつけ、もう一度布越しに愛撫を再開させた。
「あっあ、あぅ、ひ」
「もうこんなぐちょぐちょじゃねぇかよ……ここ、こんな目立ってんの、分かるか?」
「ひぅ、あっ、言う…なッ」
紺色の布を押し上げ主張し、蜜を溢すそこを意地悪く弾いてやれば、全身を震わせまるでもっと、とねだるように悦ぶ。羞恥に駆られる分感度が良くなっているようだ。とんだマゾヒストだ、唇をつり上げると静雄は手を伸ばし臨也の肩に引っ掛かっている水着を腹まで下ろし、露になったピンク色に震える乳首に爪を立てた。
「っは、あああっ!!」
同時に臨也が背中を反らして精を吐き出す。平素よりもかなり高い嬌声は二人きりの空間に甘ったるく消えた。どろりとした白濁が水着に染み込み、臨也は嫌悪感にまた背筋を震わせた。
「胸でイったのかよ。なあ、臨也くんよぉ」
「ち、がっ…!もうやだ、放せシズちゃんの変態!ばか!グラサン野郎!」
「まだそんな口きけんのか」
しまった、と臨也は息を乱しながら口をつぐむ。手遅れ、だったらしい。サディストな笑みを浮かべた静雄が滑稽な格好の自分に覆い被さったときには最早抵抗する術なんて見つからなかった。
するりと指が伸びて、布の上から双丘を割る。体を強張らせた臨也などお構い無しにひくつき始めた秘部を静かに押す。
「っ、」
「なんでここひくつかせやがってんだ?答えてみろよ」
「知、らない…!んっ、…ん…」
指はそれ以上侵入を果たしてはこず、布越しに軽く押されるだけ。もどかしくなって腰を浮かす臨也だが、どうしたって彼のプライド上そのもどかしさを口にすることは出来ない。そんなことを全て理解した上でこの男は焦らすように入り口をなぞるだけなのだろう。
「っ、や、もぉっ……」
もどかしくて堪らない。体が、その指がつぷりと秘部を暴いて侵入してくることを望んでいた。
「もう、なんだよ?言ってみろ」
耳に声を吹き込まれ、低音に脳が犯される。死ぬほど腹立たしい、この男にねだるなど。しかし臨也のプライドなんて、最早この衣装を着せられた時点で脆く崩れ去ってしまっていた。
「ゆ、指っ、………挿れ、て」
掠れた小さな声で、屈辱に耐えながら懇願する。静雄が満足げに笑う気配がした。
「上出来」
水着の中に指が入ってきて、まだかまだかと待ち構えている秘部を掻き分けて侵入する。嫌味なぐらいすんなりと受け入れて飲み込んだそこは、欲を張って二本目も飲み込んでいく。卑猥な水音を聴かないように、臨也は顔を真っ赤にしながらぎゅっと目を瞑った。
「―――あ、ああっ、シズちゃ、シズちゃんッ…!」
べろりと乳首を舐められて、生理的な涙を床に落としながら静雄にしがみつく。ゆっくりと腕を回されながら、爆発してしまいそうな理性に縋った。
触れられていない自身は、それでも布の中で窮屈そうに身をもたげている。止まることのない蜜が更に水着を汚していく。痴態を晒しているというのに怒るどころか興奮していくことに屈辱は感じなくなっていた。今は、快楽をこうやって貪っているだけでいい。
「挿れ、っぞ」
「っぁん、あっ、…とっとと…しな、よっ」
「っは…、よく言う」
充分に慣らされたそこに静雄のそれが入ってきて、切なさにも似た感情と共に臨也はまた白濁を吐き出した。
「っ信じらんない……」
白濁で汚れきった水着を抱き締めて、臨也は呆然と呟いた。こんなあられもない衣装に身を包んであられもなく喘いでいたなんて。とてもじゃないが受け入れ難い事実であった。
「俺が、シズちゃんなんかとスク水プレイしてたなんて…!お嫁にいけない…!!」
どこか外れたことを口走る臨也を煙草をくわえながら暫し黙って見ていた静雄は、その言葉を聴いて煙と一緒に返事を返した。
「俺んとこにくればいいだろ」
「いーやーだ!シズちゃんの嫁なんかになったらねえ、体が持たないっつの!さらっと変態プレイするし」
「つーかお前を嫁にもらう奴なんざ俺しかいねえだろ」
「はっそうか、俺嫁じゃなくて常識的に考えたら婿じゃん!」
こいつ俺に抱かれ過ぎてとうとう頭イカれたか?とかなんとか考えながら、やや乱暴に臨也を抱き寄せる。意外と素直にすり寄ってきた黒髪を不器用に撫でると猫のように目を細めた。
こういう甘ったるい雰囲気は苦手なのに。心地よいと感じてしまうお互いがいた。
「仕方ないから、……嫁に行ってやるよ癪だけどな」
「仕方ないから、嫁にとってやるよ鬱陶しいけどなァ」
「黙れ変態」
「変態はどっちだあんな格好してあんあん喘ぎやがって」
「あれは…………。死ね平和島」
「いきなりナイフ出すなノミ蟲」
今度は静雄が押し倒されて床に背をつく。臨也の腕を引いて荒々しく口付けると、もう一ラウンドいけちゃう訳?と彼が唇を吊り上げたのが見えた。
喰らう、獣、喰らう
(お互い様だね)