「痛い、」
痛いよ、シズちゃん。
顔を真っ青にしながら訴えてくる臨也をアスファルトに突き飛ばす。切れた唇からは血が溢れ出ていた。もう慣れた動作で臨也が頭を庇う。その慣れた、というのが気に入らなくて腹立たしくて結局蹴り飛ばしてしまう。固いコンクリートに体を強かに打ち付けて蹲る背中を更に踏みつける。ごほっ、と咳き込んだ様子に僅かな優越を感じた。
「はっ、本当にノミ蟲みてぇだなあ」
無様だ。
誰がこんな臨也の姿を想像出来ただろう。いつも余裕をかまして笑っているこのノミ蟲野郎がただ身を守ることしか出来ない。嫌な笑いしか浮かべなかった小綺麗な顔は痛みと恐怖に引きつって、殴られた痕やら切った痕で腫れ上がっている。
無抵抗な臨也を好きなだけ痛ぶることから得られる優越は、俺にとって、果たして心地よいことなのだろうか。わからない。わからないけど。
そもそも言い出したのは臨也の方だった。たまたま最悪なことに狭い路地裏で鉢合わせしてしまい、素早く臨戦体勢に入った俺は臨也の様子がおかしいことに気付いた。ぼんやりとした目で俺を見るのだ。
「シズちゃん、俺が嫌い?」
突如生気のない唇から洩れた問いに反応出来ず、はぁ?と訊き返してしまう。すると臨也は機械みたいに同じ質問をわざわざ繰り返してくれた。俺が嫌い?と。
「嫌いに、決まってんだろうが」
何を今さら。手前も散々俺が嫌いだと触れ回っていただろうが。どっかの組にでもヤク嗅がされておかしくなったのか?
疑問符を浮かべる俺に、ただただ臨也は力無い笑みを向けた。いつもの人を見下すあの厭らしい笑みじゃない。何処か呆れたような、悟ったような、諦めたような。
「じゃあ、俺を屈伏させてみてよ。支配してみろ」
意味の分からないままその挑発に乗った俺は、既に拳を臨也の頬に打ち込んでいた。
無反応。何をしても無抵抗。何時間程殴り続けただろうか。
「いた、い」
頬を押さえる気力もないぐらい痛めつけられているのに、顔も青白く怯えているのに。こいつは、痛みと恐怖に引きつった顔で、うっすらと笑っていやがった。
「痛い、痛いよシズちゃん」
「ッ、黙れ、黙れ!」
何がしたいんだ。
腹を蹴り上げると臨也は小さく丸まって咳き込んだ。胃液がコンクリートを汚す。
それでも臨也は顔を上げて、腫れた唇を歪めた。
「駄目だよ、シズちゃん。暴力じゃあ俺を支配出来ない」
ぺろりと唇の血を舐めとった舌に目を奪われる。浅い息を繰り返す喉に、細められた赤い瞳に、乱れた黒髪に。
暴力じゃ手前を支配出来ない。それは、詰まるところ、ああ。
手を伸ばす。コートごと掴んで此方に引き寄せて、正解がわかったと笑ってみせた。臨也の両の目に歪んだ笑みを浮かべた俺が映っている。
「俺は、手前を貶める為ならどんな手でも使うぜ?」
例え世間一般に受け入れられないような、気色悪い行為でも、喜んで。
臨也は俺の意図を汲み取ったのか、ニィ、と口元を歪に吊り上げた。そういうことかよ。最初からこいつは誘ってやがったんだ。俺はこいつの策に嵌まったって訳だ。その事実は堪らなく不愉快ではあるが、好きなだけこのノミ蟲を痛ぶれると思うと背筋が震えた。
「俺に抱かれたくてあんなこと言ったのかよ、あ?」
「さあね」
曖昧な返事を確認して、俺は臨也のコートを勢いよく破った。
そんな余裕、なくすぐらいぐちゃぐちゃにしてやるよ。俺に許してくれと懇願するまで、震えて助けを乞うまで。惨めな姿を晒すまで。
現れたやけに白い肌に乱暴に噛みついた。がり、という音が聴こえてきそうだ。鎖骨に薄く血が滲んで痕がつく。
「っ、乱暴だなあ」
「はぁ?優しくするとでも思ったのかよ」
「まぁ、思ってないけどね」
「なら黙って喘いでやがれ」
腕を後ろに捻り上げて一纏めにする。痛みに小さく呻いた臨也を無視して、首筋にまた歯を立てた。吸い上げて、舌を下降させていく。
「っ、ん」
肌寒さにピンと勃っている乳首に舌を這わす。僅かに体を揺らして臨也が反応したのを感じて、俺は笑いながら見下した。
「胸だけで感じんのかよ?女か手前は」
「………っ、感じちゃ悪い?」
挑発的な瞳が気に入らない。どうしてこいつは、ここまで屈伏させたくなるような態度を取れるのだろう。わざとやっているのなら、とんだ天才詐欺師だ。
股間に膝を押し当てて、ぐりぐりと刺激する。もう既に少し勃っていたそこは強く押されただけで硬度が増していく。
「っぅ、あ、」
「おらだらしねえなあ、もう降参かよ?」
「誰が?―――っは」
俺の膝の刺激だけで簡単に勃ったそこは先走りを垂らしていて、未だ着用しているズボンと下着に染みをつくっていく。酷く卑猥な光景に見えた。
直接触ることはせずに、膝だけで押し上げる。顔を真っ赤にさせた臨也が、あ、あ、と淫らに喘ぐ。AV女優みてえだな、と頭の端で思いながら、乳首に再び噛みつく。こいつが死ぬほど憎いから、食い千切ってやろうと思ったのに、何故か歯は甘噛みを繰り返した。
「っ、んん、ん、」
「声出しやがれ淫乱が」
「っん」
口に手を当てて声を出すまいとしている臨也の頬を張る。固まりかけていた血がまた顎を伝い出すのを見てどうしても口が弧を描いてしまう。
「手前が誘ってきたんだろが」
「そ、だよ…!シズちゃんに抱かれたかった訳じゃないけどねッ…」
「そうかよ。じゃあこのままでも構わねえよなあ?」
「えっ?」
困惑したような声を上げる臨也から手を放す。乱れた服もそのままに不安そうな表情で此方を見つめるその視線にちり、と胸が焦げるように高揚した。そうだその顔が見たかった。何をされるのか分からず、不安に染まる顔が。
俺は臨也が座り込んでいる場所から少しだけ離れてビルの壁に寄りかかった。わざと携帯を見せ付けて笑ってみせる。
「抱いてくれんなら、誰でもいいんだろ?」
「…………それは、どういう」
「門田にしようかなァ。遊馬崎がいいか?それとも、幽か?」
俺が言っている意味を理解したらしい。はっと目を開いて、臨也は慌てた声を出す。
「ちょっ、待っ…!」
「今からとりあえず門田に連絡すっぞ。あいつなら抱いてくれんだろ。なんか文句あんのかよ」
笑顔のまま携帯を操作して門田の番号を呼び出す。いつでもコールできる状態だ。
変な意地張ってんじゃねえよ、今更。
自分から進んで殴られたのも、抱かれたのも、俺だったからって認めてみせろ。誰でもよかったなんて言わせねえ。
「ちょっ、待てって!冗談きついよタンマタンマッ…ん」
立ち上がろうとする臨也の体を蹴って再びアスファルトに転がす。もったいぶった動作で携帯をしまうと、爪先で顎を持ち上げた。赤く濁った瞳は微かに揺らいでいたような気がする。
そのまま半勃ちの臨也の自身を乱暴に踏みつけた。
「ん、………あっ!」
「嘘に決まってんだろ?んな焦ってよお、俺じゃなきゃ駄目な理由でもあんのかよ」
「ない、っね!!はぁ、あ、ん」
ぐっ、と腰を持ち上げて鳴らしもしないそこに自分のものを宛がう。臨也が目を見開くのを感じた。
男同士の行為の知識なんて欠片もないが、何処を使うのかぐらいは知っている。本来なら排泄にしか使わない狭い器官に突っ込むのだ、相当な激痛だろう。しかも慣らしもしないでいきなり、だ。
手前が痛かろうが何だろうが関係ねえよ。俺はただ、手前が泣き叫ぶ姿が見られればそれで満足なんだよ。
「っ、あ、うっ!!い゛ッ…!」
ぎち、と侵入を拒む後孔に無理矢理それを捩じ込む。痛みに息を忘れ、意識を飛ばしかける臨也の頬を思い切り叩いて更に奥へと腰を進める。切れたそこからはたらりと血が伝い、皮肉にもそいつが潤滑油となった。
「は、はっ、っは、シズ、ちゃん……」
がたがたと震える体を押さえつけお構い無しに揺さぶる。肌に出来た痣に唇を重ねながら、真っ白になった臨也の瞳から涙が零れるのをひたすら待った。
望んだ滴は伝わずに
枯れた頬には殴られた痕しか残っていない。望んだ屈伏の言葉も、涙も、見れないまま聞けないまま。
「シズち、ゃ、ん、…っ……好きだ、よっ」
違う違う違う、俺はそんな言葉を待っていたんじゃないのに。