「シズちゃんなんて嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、大っ嫌い、世界で一番大っっっっ嫌い!!」


池袋某所。人混みのど真ん中でもう見慣れた光景が繰り広げられていた。
臨也さんが、静雄さんの体に馬乗りになってひたすら嫌い嫌いと繰り返している。普段なら殴り合いに発展するであろうその一方的な口論を見守る勇者なんて僕と紀田くんぐらいしかいない。たまたま帰り道ここを通ったことを心から後悔した。

いつ静雄さんがぶちギレるか分からないと怯える通行人たちは、二人を避けて足早に人の流れに乗って歩いていく。僕たちも慌てて逃げようとして――――思わず立ち止まった。
「帝人?」
「あ、や、あの―――静雄さんが」
僕が示した先には、臨也さんに馬乗りになられている静雄さんの顔。サングラスは臨也さんによって外されていて、意外と綺麗な顔が露になっている。―――のは、いいんだけど。

臨也さんに嫌いだと罵られている静雄さんの顔は、いつもの青筋を立てることもせず、寧ろ悲しげに歪んでいた。
………え?あれ?
てっきり、俺も手前が世界一嫌いだこのノミ蟲と罵り返して自販機やら標識やらを引っこ抜くと思ってたのに。
悲しそうに眉を寄せる彼を、僕たち二人はあんぐりと口を開いて立ち去ることも出来ず見つめた。え、あの二人って嫌い合ってんじゃないの。顔を合わせたら即戦争で血の海を作り上げるコンビじゃないの。

「臨也、」
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。どうしたらいいのかわかんないぐらい嫌いっ!シズちゃん、嫌いっ!!」

嫌いを連呼する臨也さんとますます悲しそうに顔を歪める静雄さん。どうしちゃったんだよ池袋。これほど不気味な光景はないだろう。キレない静雄さんって、なんじゃそりゃ、えええ。
「おい、あれマジで静雄さんか?」
「わわわわ分かんない」
紀田くんは顔を真っ青にして僕の肩を掴んだ。僕も紀田くんの肩を掴み返す。端から見たら変な光景だけど、僕の向こうの静雄さんと臨也さんには敵わないよ。ぎりぎりと肩に食い込む指が痛い。ねえこれこの場から逃げるべき?静雄さんが本気でキレたりしたら、日本沈没しちゃうじゃんか。


嫌い、と声高らかに叫んでいた臨也さんがぴたりと口をつぐんだ。異様な沈黙。逆に怖いよこれ。お互い黙って見つめ合う二人を見ながら、紀田くんが後退る。
三十秒ぐらい沈黙したあと、臨也さんはぱっと笑顔になった。その誰もが魅了されるような素敵な笑みに周りに嫌な予感が広がる。静雄さんは未だ黙って青ざめた顔をしているままだ。

「シズちゃん」
「………………何だよ」
「今日、エイプリルフールだよ。今の、ぜーんぶ嘘。反対」
「…………………あ」

悪戯っぽく笑って静雄さんの唇をつつく臨也さん。
あーそうか、エイプリルフールか。そういや今日から四月だもんな。



……………は?



曇った顔から一転、照れたような表情を浮かべた静雄さんと、ニコニコしている臨也さんを見比べて、僕らはフリーズした。
エイプリルフール?
嘘?は、反対?
嫌い嫌い嫌い=好き好き好き?
世界で一番大っっっっ嫌い=世界で一番大っっっっ好き?
どうしたらいいのかわかんないぐらい嫌い=どうしたらいいのかわかんないぐらい好、

「う、そだあああああああ!!」
「紀田くんんんん?!!」

猛ダッシュで走り去ってしまった紀田くんを追いかけるにも追いかけられずに置いていかれてしまった。待って、こんな、こんな場所に置いていかないで!あの二人だけ別世界なこんな空間嫌だ!


「じゃあ、俺もお前が世界一嫌いだ」


静雄さんが呟いたのが聴こえて、思わず振り返ってしまう。今度は臨也さんがくしゃっと泣きそうに顔を歪めたのが見えた。やめて、まさか、これどっきりだよね?二人の関係ってまさか、え、デキてたのあの人たち?!
悲しそうな顔をする臨也さんを抱き締めて、静雄さんが優しく微笑する。

「ばーか、嘘だっつの」
「シズちゃん…」


出来るならこれも嘘であって欲しいんですけど。こんなの嘘だ、夢だ、悪夢だよ。そうかきっと僕は異次元というか、パラレルワールド池袋に巻き込まれちゃったんだ!よし寝よう、寝たら元の世界に戻れるぞっ。



「って、んな訳ないよねえ、あっははははははははは!!」



でもとりあえず夢でありますように。あと暫くチャットで甘楽さんとは絡みません。

街のど真ん中で熱いキスを交わす二人から逃げるように、僕は紀田くんを追って大疾走した。








埋まれよ

(こ、このバカップルが!!)









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