*静臨前提、正+臨
折原臨也とは、色々な意味で有名な人間だ。
俺が身をもって知ったとおり、人を喰らうように取り込んで貶める。そういうことでも絶対近付いてはいけない存在だし、もう一つ。違う意味でまた人を喰らい尽くす人間なのだ。
男娼、なんて言ったら、信じられるだろうか。なんでもありなご時世だ、そういうことだってあると納得する人は意外と少ない。
折原臨也は情報屋であり、時に気まぐれで体を売る男娼であった。俺も噂で聞いたぐらいだから半信半疑だったんだけど、この前夜の街で臨也さんが知らない男に肩を抱かれてホテルに入っていったのを見てから信じた。あの手慣れた、人に媚びるような視線でその辺の男を引っ掛けて金を巻き上げるのだ。見た目だけなら中々綺麗な顔してるし、引っ掛かる奴もいるんだろう、多分。
そしてまた、今日も。
男に肩を抱かれて歩いている臨也さんと出くわした時には、息が止まるかと思った。こんな白昼堂々とゲイごっこしやがって。
「あれ、正臣くん」
男の手をあっさりと振り払って此方に駆けてきたから、余程逃げ出してやろうかと思った。臨也さんに手を振り払われた男はしきりに怒号を上げていたが、さすがに昼間の池袋で騒ぎを起こす気はなかったらしく、この淫売が、と悪態を吐いて去っていった。
「偶然だね。お茶でもどう?」
「遠慮します。……それより、いいんスか?」
「何が?」
臨也さんが赤い瞳を愉快そうに細めた。これだ、こんな風にこの人は人間の心を見透かして、取り込んで、壊していく。
「情報屋である俺が、男相手に売春してることが?それとも、シズちゃんにバレないか、って話?」
「………………………」
やっぱり臨也さんは分かっている。本当に超能力でも備わっているんじゃないか。ぞっとしながら、慌てて赤い瞳から目を逸らす。臨也さんの目は、不安定になるんだ。先が読めない。頭がおかしい。そんな甘いもんじゃない、明日消滅するかもしれない無限大の宇宙を見ているような。こんなこと言ったらやっぱり正臣くんは詩人だねえ、なんて笑われるだろうけど。
「おそらく、後者だよねえ?君の言う、いいんスかっていうのは」
「………分かってんなら、訊かないで下さいよ」
「あはは、ごめんごめん」
笑わない目で、口元だけ吊り上げてひらひらと手を振る。そう、目だけが、鋭い。獲物を狙う光をぎらぎらと宿した赤色に引き込まれて戻れなくなった人間を幾人も知っている。俺もその間抜けの内の一人だった。
臨也さんといると嫌なことしか思い出せない。
「静雄さんにこんなのバレたら、池袋が倒壊しますよ」
冗談でもなんでもなく真剣に告げる。あはは、とまた口元と声だけの笑みを返した臨也さんの顔にちらりと陰がよぎったのは気のせいじゃないと思う。
恐ろしいことにこの男は、これまた色々な意味で有名な平和島静雄と付き合っているのだ。付き合っているといっても大変ドライな関係で、お互い顔を合わせてもいつも通り殺し合いを始めるのだが。
「シズちゃんだって浮気しまくってるしさ、いいんだ。だって俺の方だけシズちゃん一筋とかそんなの不公平だしね。俺は平等を愛してるんだよ。だからシズちゃんが俺だけを見ない限り俺はいくらでも他の人間と寝るし媚びるし純情ぶるつもりもない言い訳もしない」
最後の方の言葉は、完全に無表情のまま紡がれた。苛立たしげに毒を吐いている、この人のこんなに切羽詰まった表情は初めてだ。
きっと俺は、触れてはいけないところに触れてしまった。
静雄さんが確かに浮気がちなのは知っている。顔はいいから大人しくしていればいくらでもモテるのだ。
それでも静雄さんの頭を占めているのは、目に映るのは臨也さんだけで。きっと臨也さんも同じ筈なのに。
なんでこの人たちはこんなにも複雑に絡まって戻れなくなっているのかなあ。ガキである俺には全くわからない。わからなくていい、と思った。
「……普通に、静雄さんに浮気をやめて欲しいって言えばいいじゃないスか」
「それが言えないからこうしてアピってるんじゃないか。そう簡単にいかないんだよね」
「臨也さんが体売るのやめたら静雄さんもやめるんじゃないですか」
「あははははははは、面白いこと言うねえ正臣くんは。しないよそんなこと。シズちゃんがやめたらやめる」
「…可哀想ですね」
「…………………………黙れ」
完全に笑みが消えた顔には、目一杯の悲哀が浮かんでいた。今にも脆く崩れ去ってばらばらになってしまいそうな、アンバランスさ。本当は弱くて弱くて寂しがりな臨也さんの本性。
無表情であった筈なのに、そこからは色々な感情な流れ込んでくるみたいに汲み取れた。ああ、可哀想な人だ。
「正臣くん、抱いてよ」
「……………俺はまだ死にたくないから、やめときます」
今まであんたを抱いてきた人間を静雄さんが片っ端からボコってるって、あんた知ってるんですか。知ってて、そんな泣きそうな、死にそうな顔をしているんですか。大人ってわかんねえや。大人になんて一生ならなくていい。
寂しさに溺死した人
(きっと、気付かない)(お互い何も気付かない)