英国訪問録 三話
side Toya
「いや~、凄かったね~。現地で観光ってのも海外留学の最大の楽しみなのかな?」
楽しげに話す涼子だが、俺は遠くからずっと監視してくる吸血鬼のせいで冷や汗が滝のように流れ出て観光を楽しむどころではなかった。中途半端に実力があるからああいう奴に目を付けられる。初めてこの能力を恨んだような気がする。
「涼子、海外留学の目的は現地の人との交流による学業と精神的成長への貢献だぞ」
それも一つの目的なのかもしれないが、それをメインにするのは間違ってると思うぞ。
「硬いこと言うなって黒羽。せっかくロンドンまで来たんだし、楽しまないと損だぜ?」
「そうそう。素直に楽しまないと損だよ~?」
こいつら...人の最大の楽しみを奪っておいてどの口が言うか。紫達と過ごす時間が俺の最大の楽しみと言ってもいいことなのに、それを無視して無理やり連れてきたお前らは...しかも化け物に目を付けられるし...楽しむどころじゃないんだよ俺は。あ、そうか。
「あの吸血鬼の前に放り出されて、それでも同じセリフが吐けるなら楽しんでやろう」
そうすれば俺の気持ちも少しは理解してもらえるだろう。幻想郷でも見かけないほどの力を持った、本当の化け物。それを目の前にしてなお楽しめるというのならこいつらの言い分を認めてやらんことも無い。
「「無理」」
「殴っていいか?」
あっさりと即答した二人に拳を構える。少し腹が立った。親の心子知らずとはよく言うものだ。俺はこいつらのことも心配してあの化け物の目を引きつけてやっているのにな。
「いや、黒やんでも勝てないような化け物だよ?」
「そんなのからしらた俺達なんて道端に転がる小石みたいなもんだろ」
ああ...無性に殴りたくなってきた。涼子の言い分はわかる。だがな、
「藤原、お前は駄目だ」
周囲の目がこちらに向かないように一瞬だけ認識拒絶を使い、某狩人×狩人の硬のように拳に霊力を集中させて、全力で顔面に突き出す。
「殺す気かアホ!」
だが、あと一センチのところで避けられる。軽く音速は出してたのに、お前も結構な化け物になってきたな。
「殺す気は無い。数少ない友人をわざわざ自分の手で殺そうなんて、一体誰が考える」
友人というのは素晴らしいものだ。ストレス解消の捌け口にもなるし、相談に乗ってもらうこともできる。実に素晴らしい。
「うわ...真っ黒だよ黒やん」
なるほど、何を考えているかも色として認識できるのか。『見る程度の能力』は伊達じゃないな。見る力が強くなりすぎないうちに封印しておくべきか...いや、制御は完璧にできてるから問題ないか。
「あ、戻った」
「......」
しかし、変なことを考えてると読まれるな。注意するか。
「で、これからどうする」
昼はもう済ませたし、これといって行きたい所もない。ホテルに戻ってもいいが、それだと時間を無駄に過ごすことになる。
「決めてないな」
「そうか」
そこらを目的もなくフラフラと彷徨うのも一つの手ではある。時間と金を浪費することになるだろうが。
「ん?」
そんなことを考えながら三人で道を歩いていると、突如黒塗りの金持ちが乗りそうな車が俺達のすぐ横で停車した。
「藤原、涼子。ちょっと下がってろ」
車から降りてきたのは、金髪の女性と執事の格好をした老人。道を尋ねるとかそういった用事ではないのは確かだろう。
「始めまして、日本人の学生諸君。私はインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。ここイギリス周辺を仕切る英国国教騎士団、通称HELLSING機関の長だ」
「ウォルター・C・ドルネーズ。ご覧の通り執事でございます」
流暢な日本語で話す女性と執事。......無性にいやな予感がする。逃げて良いだろうか。
「我々に何か御用でしょうか」
少し警戒しながら尋ねる。俺達は留学生。目を付けられるようなことは...ちょっとはしたが、それでも目立つほどのことではない。それはそうと、逃げていいか? むしろ逃げさせてくれ。日本に帰らせろ。
「アーカードから話は聞いている。なんでも、少し面白い日本人留学生が三人ほど居るとな」
アーカード? そんな名前の奴は知らな...待てよ、英語で綴ればAlcard。逆にすれば、Dracla、吸血鬼。
「驚いたな...あなたがあの規格外の吸血鬼のご主人か」
あんなのを従えるほどだから、どれほどの化け物かと思えば、人間だったか。しかもこんな女性とは。それ以前にさっさと逃げたい。
「そうだ。ずいぶんと迷惑をかけたようなのでな、侘びもかねて少し食事にでも招待させてもらおうと思った」
「謹んで辞退させていただきます」
考えるまでもなく即答する。俺は妖怪の類には幻想郷で慣れているが、命の危険を感じたことはほとんど無い。幽香が相手であっても、正面でもなんとかなる。だが、それでもあの吸血鬼は俺の本能に警告を上げさせた。俺が本気で勝てないと悟った相手は、いつだったか、過去に飛んで偶然に会った、レストランを営んでいた二人以来だ。
「私達は、お願いします~」
「わざわざ食事のお誘いに来てくれたんだ。無碍にするのは礼儀に反するよな~」
......藤原、涼子お前ら人の気持ちをわかってるのか? わかって言ってるのか? わかって言ってるだろ。
「...前言撤回だ。俺も行かせて貰う。こいつらだけだと食われかねん」
あの吸血鬼への俺の認識は、圧倒的な本物の化け物。人を襲い食らう、化生そのものだ。友人が食われるのは勘弁して欲しい。
「では、乗ってくれ」
そのまま招かれるままに車に乗り込み、車は郊外へと向かう。
「人間に飼われる吸血鬼か...よくあんなのを身近に置く気になるな」
ため息が出る。涼子と藤原は隣で緊張する様子もなくのんきにお喋りしているし...俺の隣に座っているインテグラという女性はあの吸血鬼を飼うような物好きだし...それを言ったら俺も似たようなものか。吸血鬼姉妹と妖怪とメイドを婚約者にしてるし。
「俺達を監視していた理由を教えてもらえるか?」
あんな化け物に監視されて嫌な気分にならない奴はいないだろう。理由は意地でも聞かせてもらう。
「面白い人間が居ると聞いたのでな。あのアーカードが気に入る人間がどんな人物か気になっただけだ。気を悪くしたのなら謝ろう」
「...それだけか?」
「それだけだ」
嘘をついているようには見えない。あの兎詐欺みたいな雰囲気もないし、言っていることは本当なのだろう。
「大事でなくて良かったと喜ぶべきか...下らん理由で寿命が縮められたと嘆くべきか...」
「どっちにしろ人間より長生きする予デェっ!?」
余計なことを言いそうになった藤原の顔に拳をめり込ませる。
「人間よりも長生き? どういうことだ」
「健康に気をつかって病気にならないように生きようってことだ」
能力使って死と老いを破棄するなんて言えるか。藤原の阿呆が。
「そういえば、アーカードからはお前らが変な能力を持っていると聞いたが」
「それは教えることは出来ない。これ以上目を付けられるのは御免だ」
相手が大規模な組織となれば尚更だ。俺は面倒ごとが一番嫌いで、平穏が一番好きなんだ。頼むから俺の平穏を返してくれ。嫁と一緒に静かに暮らさせてくれ。何で普通の学生生活を送っているのにこんなに厄介ごとにばかり巻き込まれるんだ。異変にしても俺が幻想郷に居るときに限って起こるし、留学に来れば吸血鬼に目を付けられるし...
「いっそ一月引き篭もってやろうか...」
何もしないのは好きじゃないが、自分の健康も考えた結果だ。あの吸血鬼をぶちのめして大西洋に沈めればそれで問題解決だが、それができれば苦労はしない。反撃されて良くて相打ち。悪くて敗走。分の悪い賭けは好きじゃない。
「不健康だな」
「だったらあの吸血鬼を棺桶に閉じ込めといてくれ。心労でいつか倒れる」
「それはできない。不確かな勢力を自分の近くに監視も無しで置いておくのは胃が痛むのでな」
吸血鬼を飼っているくせによく言う。あの吸血鬼以下の少し力を持った人間なんて脅威にもならないだろうに。
「俺はあんたらがちょっかいかけてこない限りは何もしない」
「まあ、半分は監視のため。もう半分は趣味だ。私は人の嫌がる顔を見るのが好きでな」
...スキマに落として幻想郷ツアーでもさせてやろうか。ルーミア辺りに追い掛け回されて化け物に追い掛け回される恐怖を知ってくれ。閻魔様直々の説教を食らって改心してくれ。...逆に論破しそうな気もせんでもないが...
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