結婚への試練 後編
先日、レミリアとフランのご両親が家に訪問してきた。海を渡ってくるところから察するに、よっぽど高位の吸血鬼なのだと思う。
「残念ながらそれほどでもないわ」
「?どうしてです?海を渡れるんでしょう?」
普通の吸血鬼は流れる水の上を渡れない。池も、川も、湖も、当然海も渡れない。それにも関わらず海を渡ってやってきたということは、弱点を克服できるほど強い存在だということがわかる。
「う~ん、なんて言えばいいのかしら…主人の娘に対する愛情が天元突破した。ていうのが一番適切?」
思いだけで弱点を克服するって…正しく化け物ですね。
「まあ、ああ見えても夜の支配者だし?弱点の一つや二つ程度克服できないとダメじゃない」
「ああ、変態という名の紳士ですもんね。仕方ないですよね。だって変態ですし、変態に不可能なんてありませんし…」
「まあ、変態なのは確かね。いつもいつも、あのときになると…体操服にブルマ?それを着せられるもの。嫌じゃないけどちょっと恥ずかしいのよ」
ちなみに今話をしているのはアーシェさん。昨日とはずいぶんと話し方が違うようだが、これが素らしい。朝食と昼食を皆でとったおかげでずいぶんと打ち解けてくれた。
「そうそう、主人はああ見えて結構弱いから。昨日のあれは虚勢。いわゆるハッタリってやつ」
「どう考えても本気にしか見えなかったんですが?」
「擬態よ擬態。弱いからこそ強く見えるようにして負ける戦いをしないようにする。野生の動物と同じよ」
「吸血鬼と普通の動物を一緒にするのはどうかと思うんですが…」
「吸血鬼も自然が生み出した種族の一つ。人間と同じで動物という枠組みの中の一つの種族でしょう」
確かに人間も霊長類の長だが、格が違うだろう。
「格が違う?規格外のあなたが言うセリフじゃないわね。アーシェさんお茶をどうぞ」
紫が襖を開いてお茶(緑茶)を持って現れた。
「あら、ありがとう」
「紫、確かに俺は人外といわれても否定はできないが、生物学上は人間だ」
湯飲みの中で湯気を立てるお茶を啜りながらそう話す。
「能力だけがとりえのただの人間だ」
「あら?身体能力思考速度反応速度記憶力精神力、全てが人間以上なのに?
加えてその体には魔力や霊力、人間には本来流れていないはずの妖力神力を、外部からの供給とはいえ持っているのに?
その能力は人間が持つには大きすぎる、神ですら持ち得ないほどの能力なのに?」
「全て後天的な理由だ。それに神以上の能力なんて何に使う?」
「……世界征服?」
「管理に困るから嫌。する気にもならないしメリットが無い」
昔の人は何を思って世界征服など考えたのだろう。やっぱり金か?使い切れないほどのお金なんて何に使うのやら…
「幻想郷の支配者?」
「管理者の夫だから能力を使わなくても必然的にそうなる。するとすれば結界の修復程度だろうな」
「そのときは頼むわよ」
「自分の仕事くらい自分でしろ。いくら妻とはいえ仕事をサボるのは見逃せん」
今夜使用予定の銃を解体整備しながら話を続ける。整備は能力を使えば一瞬で済むのだが、今夜のために霊力は温存しておきたい。
ふと顔を上げると少々不満そうな顔のアーシェさんが目に入った。
「アーシェさんどうしました?」
「私があんまりに空気だったから」
「もしかしなくとも、怒ってます?」
表情こそ笑顔だが、目が笑ってない。射抜くような視線だ。
「もちろん」
「…レミリアやフランとあまり話をしていないようなので、しばらく話でもしてきたらどうでしょうか」
ここ(工房)にいてもつまらないだろうし、話も弾まない。部屋の壁は真っ白で飾りも何も無い。部屋の中にあるのは河童&八意共同開発の現在の科学の数世紀先を行く性能のPC程度。こんな面白くないところにいるよりもレミリアとフランと話をしてくればいいのではないかと思う。
「娘とは昨日しっかり話をしたわ」
「そうですか。……ところで」
解体整備が終わったので改めて向き合う。
「なぜここにいるんです?あまりに自然なんでスルーしてましたが、なぜ当然のようにこの家に居座っているんですか?別にかまいませんが」
「だったらいいじゃない。あ、お茶のおかわりおねがいします」
……脇巫女をそのまま大人にしたような傍若無人っぷりだな。
「なにか言った?」
「いえ、何も。それよりも、そろそろ時間です」
時計を見るとすでに夜の九時。工房は家の中心にある魔窟の一部を開拓して作ったものなので、時計はあるが窓がない。そういうわけで外の様子がわからなかった。
「さてと、外で待っている人が痺れを切らして突入してくる前に出るとしますか」
「あら?そういえばこの感じは、主人ね。周りが大きすぎるからつい感覚が麻痺しちゃったわ。よく気がついたわね」
感覚が麻痺するのも無理もない。神様に神剣に大妖怪に吸血鬼、暴走すれば街が一つ軽く消し飛ぶくらいの危険物。それらが怪しい人たちに見つからないように内部に閉じ込めるタイプの結界を張っているから結界内には常に濃密な妖気や神気が充満しているので、感覚が麻痺するのは当然だ。
「赤外線センサーと簡易の監視カメラです。使えるものはなんでも使う主義なので」
モニターを拡大してアーシェさんに見せる。するとそこには、監視カメラに見事に映っている変態さんがいた。その表情は怒っているようにしか見えない。
「それじゃ、出ますか」
工房から白衣のままで出る。戦闘用には動きやすいし、持ち物をある程度隠しておけるからちょうどいい。
「遅い!人間の分際で私を待たせるとは何事だ!
「お待たせしてすいませんね。クラウンさん」
「うむ、わかればそれでよい。それにしても、逃げなかったのは評価に値するぞ、人間」
「せめて名前で呼んでもらいたいものですね」
「それは私が敗れぬ限りはありえぬ。そう簡単に死んでくれるなよ?」
「っと、危ない」
いきなり突進してきた。まっすぐな攻撃なだけに避けやすいが、少し掠った。白衣の右腕の上腕部分の袖か切れて、その下から除く皮膚も軽く裂けている。
「ほうほう、今のを避けるとは、人間にしてはやるようだな」
「一撃でやられたら話にならないでしょう」
右腕を軽く動かす。裂けたのは皮膚だけのようで、筋肉や神経はやられていない。戦闘に支障はない。
「そら!」
今度は顔を狙った右ストレート、とっさに顔を逸らし、腕を掴もうとするが次に来たボディーブローで中断。後ろに跳ぶことでそれを回避する。
「まだまだぁ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
「ど、こ…のジョ○ョだッこの!」
一撃一撃が岩を砕きかねない威力を持つ拳が、弾幕のごとく押し寄せる。それを能力の使用で神経の伝達の過程を短縮し、反応速度を強制的に上げることで全て逸らし、避け、流す。それでも避けきれないものは腕を犠牲にして防ぐ。
時折隙を見つけて蹴りを放つが、普通に避けられる。
せめて武器を出す暇があれば…
「ッグホ!」
余計な考え事をしていたせいで一発だけ避け損ね、腹に食らう。その威力は幽香の一撃と同等であり、トラックに轢かれたような衝撃が腹を貫き、そのまま軽く吹き飛ばされて地面を数回バウンドしてやっと止まる。
「ふう…ここまでやれるとは、予想外だったぞ人間」
「ゲホっそりゃ…どうも…」
(今始めてこの頑丈な体に感謝した...普通の人間なら即死だったぞ)
いつものように能力で無かったことにするが、あの威力を乱打で食らえば…全身ミンチにされて三途の川を渡ることになるな。
「さすがは吸血鬼、といったところか…」
アーシェさんは弱いといっていたが、それは恐らく能力のことだろう。身体能力は幽香と同等かそれ以上。おまけに相手は完全に殺すつもりで来ている。たちが悪い。
「ほう、もう回復したのか。いや、再生?それでもない。面白い人間だが、ここで殺すことになるのは残念だな」
体は動く。痛みは若干あるものの、行動に支障はない。相手は追撃をしてこないし、慢心している。
...殺れる...
「あいにく、そう簡単にやられるほど弱くない」
頭が冷え切っていく。冷静に、ただ目の前にいる敵を抹殺することだけを考える。
立ち上がり、白衣からジャッカルと銀製ナイフを取り出して、ナイフを右手に逆手で持ち、拳銃を左で握り、前に突き出す。
「そのようなおもちゃでどうするつもりだね?」
「死ね」
結果を出してからジャッカルの引き金を引く。轟音と共に銃口が火を吹き、空になった薬莢が排出される。
「なに!?」
ヒット、足が吹き飛び血が吹き出る。これで機動力は殺した。
「銀製の銃弾か、なるほど…」
「勝負あったな」
「何を言うのかね?この程度の傷などすぐにかいふk「待つと思うか?」!!!」」
銀製のナイフで手足の腱を切り裂く。相手はその場に崩れる。
今度は普通に狙いを定めて撃つ。心臓とその周辺に狙いを定めて引き金を五回引き、リロード。今度は頭に銃口をつきつけ、引き金を五回引く。
「…!やりすぎた、死んだか?」
冷静さを取り戻したところで、目の前の惨状に気がつく。顔に飛び散った返り血がぬめりとした感触を与える。いつかのことを思い出すようで少々気分が悪い。
「主人はその程度じゃ死なないわ。殺すつもりなら、そうね肉片一つ残さずに消し飛ばす位でなきゃ」
「はっはっは!その通りだ!」
高らかに笑い声を上げながら復活してきた。顔についた血も再生に使用されたようで、先ほどの気分は消えた。再び相手を打倒するため、事前に考えておいた策の内、最も適切なものを選択する。
(銀の銃弾による飽和攻撃、却下。先ほどので銀はあまり効果が無いことが実証された。火の魔法を使用して完全に灰にする、却下。トランプを持ってきていないので使用が難しい。白木の杭で心臓を貫く、却下。心臓を貫いても再生する。流水による行動制限、採用。流水による行動制限の後、瞬間冷凍により氷の内部に閉じ込める)
たかが人間にここま「水剋火『大洋の津波』永久凍土『極点』」」
吸血鬼の弱点である大量の水で飲み込み、さらにそれを絶対零度近くまで冷却し、凍らせる。セリフの途中で攻撃するな?知るか、セリフを最後まで聞く義理もないし、勝負の最中に気を抜くのが悪い。
「せこいわね」
「知らん。勝負の最中で気を抜くほうが悪い」
巨大な氷山の中心に非常に恥ずかしいポーズで閉じ込められたクラウンさん。しかし、これで話ができないのでとりあえず砕くことにする。
馬鹿みたいにでかい杭打ち機、パイルバンカーを家の中から持ってきて、氷山に当てて作動させる。
腰ダメに構えてスイッチを押す。拳銃とは比べ物にならないほどの爆音が響き、反動で後ろに飛びそうになるが、そこは身体強化で耐える。
火薬により発射された太く、鋭い杭が打ち込まれた氷山は大きな氷塊と小さな氷の破片となって砕け散った。
「機嫌はどうですか?」
「ああ、最高に最悪だ。敗北を味わうのはこれで二回目だ。それも人間ごときに…」
その言葉とは裏腹に、顔は笑っていた。これ異常ないほど楽しいことをした後のすがすがしい笑いだった。
「これで認めてもらえましたか?」
「当然だ。負けたからには認めなければならぬ。そういう約束だ。娘をよろしく頼むぞ?黒羽刀弥」
「最初からそのつもりです」
武器をしまい、手を出す。今度はきちんと握手を交わすことができた。