結婚への試練 前篇
守屋神社の件から数日。紫からの情報によると、俺が仲裁したあとに分社の件については平和な話し合いで解決したらしい。
「あの鴉の新聞によると、ずいぶんと派手な仲裁だったみたいね」
「仕方ないだろう。元同級生が瀕死の重傷を負うのを黙って見ているというのは、少々心が痛む」
「意外と良い所もあるのね」
正直なところ、治療がめんどくさかっただけだが、ものは言い様だな。
「刀弥、お客さまよ」
家の炬燵でレミリアとのんびりしていると、いつものように妙な方向から声が聞こえてきた。
「紫、頼むから普通に歩いてくれ」
いつもと変わらず、スキマから上半身だけ出て話す紫。もう慣れたが、何も知らない客に見られたらまずいことになる。
「嫌よ。面倒くさい」
「......わかってる。ところで、客というのは?誰かが来るとも聞いてないし...。
ん?どうしたレミリアにフラン」
なにやら深刻な表情の二人。しかもやたらと暗い。
「...いや、もしかしたら...ないとは思うけど」
「そうね、お姉さま。いやなことは考えないようにしましょ。現実になりかねないから...」
外の知り合いか?だとしたら、かなり古い相手だな。
吸血鬼?いや、まさか...でも、人魚も居たから吸血鬼が居てもおかしくはないか。
「丁重にお出迎えするか」
トランプを懐にしまい、拳銃を腰に下げ、玄関へと出る。残念ながらアマノは幻想郷の紅魔館でお留守番。年代物の吸血鬼を相手にするには少々不安の残る装備だが、無いものねだりをしてもしかたない。
例えジャッカルと454カスタムを持ってしてもどうなるやら...せめてパニッシャーあたりは欲しいものだ。
ため息をつきながら扉を開くと、真っ赤な紳士服を着た長身の男性と、中世の女性貴族が着るようなドレスを身に纏った長身の女性がいた。
「はじめまして。君が黒羽刀弥か?」
「そうです。名前を知っているということは、場所を違えたわけではなさそうですね」
「そうだ。まあ、先に自己紹介をしておこうか。私はクラウン。クラウン・スカーレットだ」
!...スカーレット、レミリアとフランの親族か?
「もうすでに知っているようですが、一応こちらも、黒羽刀弥です。一応よろしく...「下賤な人間と触れ合うつもりなどない」...礼儀というものを知らないんですか?」
握手を求めようとして手を差し出したが、はっきりとした敵意をぶつけられた。
どうやら完全に嫌われているようだ。
「......」
吸血鬼を相手にするには一撃必殺が前提となる。そういうわけで袖に仕込んだ銀製のナイフをいつでも能力を使って、相手を一撃で行動不能に陥れることができるように準備する。
「あなた?娘の夫になにをしてるのかしら?」
聞く者を虜にするような透き通った声。見る者を虜にするような怪しく、艶やかな雰囲気をまとった女性が、ものすごくイイ笑顔でクラウンさんを睨んでいた。
いや、笑ってというのには少し語弊がある。目がまったく笑ってない。
「!!...こ、これには、その、深い意味があってな「黙りなさい」スイマセンでした!!」
...さっきまでの威圧感はどこへやら、完全に妻と思われる女性のしりに敷かれているようだ。
「ともかく、早いところ握手しなさい」
「どうして人間なんかと握手しなければならんのだ!」
「いいからサッサとしなさい。でないと...」
右手に膨大な霊力を集めて脅す女性。はっきり言わせてもらうと、夫婦喧嘩はよそでやってもらいたい。
「わ、わかった!わかったから...」
「では、改めて、よろしくお願いします」
「......」
しぶしぶといった様子で手を差し出してくる。どうやら本当に妻には逆らえないらしい。
「坊や、私はアーシェ・スカーレットよ。よろしく」
「こちらこそ。アーシェさん。それで、本日はどのような御用でしょうか?」
握手を交わし、本題に入る。場合によっては対応も考えなくてはならない。いつでも能力を行使できるように身構える。
「お願いだからそんなに警戒しないで頂戴」
「信用に足る相手であることが判明し次第対応を変えさせていただきます。相手が相手なのでね」
「それは宣戦布告と受け取ってもかまわないな?人間」
濃密な殺気を叩きつけられる。
「やれやれ、どうして皆さんこんなに短気なのやら…」
普通なら気絶するような殺気の中、のんびりとため息をつく。
たかが殺気程度気絶していたら幻想郷ではやっていけないし、もう慣れた(主に幽香のせいで)
「さて、覚悟はいいか?人間」
体中から目に見える程の妖気を噴出しこちらににじり寄る吸血鬼。だが、残念ながらそれはこちらのセリフ。半径50m以内は能力の範囲内。相手との距離はわずか数メートル。どちらにとっても必殺の間合い。
「やめなさい」
緊迫した空気の中、互いに相手を確実に行動不能にできる一手を用意し、それを放とうとした瞬間、制止の声がかかった。
「なぜ止める?」
「手をかけた瞬間、あなたの命は消えてたわよ?」
そう言って後ろを指さすアーシェさん。後ろには、スペルカードを構えた紫がスキマを開いて待機していた。
「!なんと、八雲紫ではないか」
やはり吸血鬼なだけに勘も鋭いらしい。危機察知能力は飛びぬけている。
「ところで、知り合い?」
「ええ、一応ね。一度顔を会わせた事があるのだけど、即殺し合いに発展したわ」
「結果は?」
「圧勝に決まってるじゃない」
「......あの時は、妻に止められたからな...」
「私が止めるまでもなく、惨敗だったと思いますわ」
「...それよりも、私の娘たちはどこだ?」
「(逃げだな)」
「(完全な逃げね)」
どうやら親戚ではなく、レミリアとフランのご両親のようだ。
「お父様、お母様、わざわざ海を越えてやってくるだなんて、ずいぶんと物好きね」
「レミリア、親戚じゃないのか?」
「忌々しいけど、一応私の両親よ」
「そうか」
忌々しいと言うからには、よほど嫌いなのだろう。
「レミリアー!会いたかったぞ~!!我が愛娘よ~!」
「キャ!」
「俺の妻に何をする、この変態オヤジ」
「ブフォ!」
とりあえずレミリアに対してルパンダイブをしようとしていたので、顔面に蹴りを一発。のけぞったところをもう一発。体制を立て直してこちらに向かおうとしてきたところ、さらにシャイニングウィザードを決める。
しかし、我ながらうまくいった。五段階評価のうちの五だ。
「動くな。指一本でも動かせば、即座に頭と心臓に風穴をあける。
いくら吸血鬼といえども、頭と心臓をつぶされれば死ぬよな?」
そのまま地面に倒れ伏したクラウンとかいう中年。そのままジャッカルを頭に、454カスタムを心臓の真上に当て、引き金に指をかける。
「ッチ...久々の娘との再開も楽しませてくれぬのか?」
「知らん。俺はただ変態中年が妻に襲いかかっているようにしか見えなかったから止めたまでだ。
それで、要件は何だ?場合によっては追い返すが」
互いに睨みあったまま会話する。
「娘と話をしに来たの。ただ本当にそれだけ」
「そうですか。ではあとはご自由に」
「でも、気が変ったわ。私たちの娘が惚れるほどの人間、私たちの娘を預けるのにふさわしいかどうか、少し試させて頂戴」
「...あの、アーシェさん?いきなり何を?」
笑顔でこちらを品定めするように見つめるアーシェさん。美人なのはわかりますから、あま近寄らないでください。紫からの嫉妬の視線が痛いです。
「……ッ!」
目を合わせた瞬間、突然強烈な頭痛に襲われた。思わず倒れそうになるが、気合で耐える。
「魅了…か」
「正解よ。坊や」
吸血鬼に関する知識を思い出し、魔眼のことに気付く。そして霊力を放出し、無理矢理解除する。
「……合格!」
「は?…ああ、そういえば試すと言ってましたね」
「評価は…満点よ。結構本気で掛けたのに、あっさり解除されちゃったもの」
もっとマシ方法はなかったのだろうか。
「それじゃ、まだ後日伺いますわ。行くわよあなた。早くホテルにチェックインしないと...」
「ああ、そのことなんですが...」
「早くその銃をしまえ、人間」
「さっきから放っているその痛いほどの殺気をしまえば考えてやろう。吸血鬼」
「......」
「......」
互いに無言で睨み合う
「ッチ...明日だ。明日また来よう。その時に娘にふさわしい人間かを見極める。逃げてもいいぞ?」
「まさか、それどころか大歓迎だ。その程度で認めてもらえるのならな。で、勝負方法は如何に」
「ククク...いい度胸だ。勝負方法は実にシンプル。純粋な力と力のぶつかり合い。どちらか一方が戦闘不能になるなり戦意喪失するなり死ぬなりすれば、残った方が勝ち。平たく言えば、殺し合いだ」
「殺すのはまずいだろう。認めてもらう相手がいなくなるからな。ところで、多少の小細工はしても文句はないよな?」
「それで勝てるわけもないからな。好きにしろ」
その言葉、確かに聞いたぞ。クックック...後悔するといい。
「それでは、また明日、この家の裏庭で」
「さっきも言ったが、逃げても構わないからな」
「くどい。てかさっさと失せろ変態中年」
「な!?私は変態ではない!紳士だ!」
「変態という名の紳士だな」
「そんなに死にたいのか?」
「別にいいけど、死ぬとしたらそっちだ」
「ほう...だが、明日の楽しみにとっておこう。さらばだ」
変態は一瞬で霧となって消えた。だがアーシェさんはなぜか残っている。
「どうしました?」
「いえ、ちょっとね。吸血鬼を相手にあそこまで啖呵を切れる人間がいたことに驚いて。それと、すこしお腹が減ったから...」
「血は嫌ですよ?」
とっさに身構える。
「いえ、普通の食事をもらおうかと思って。私これでも元人間でね?直接血を飲むのにはちょっと抵抗があるのよ。
ついでに娘の夫のこともちょっとは知りたいしね」
随分と口調も変わったな…
「そうですか...どうぞ中へ。あと、一つ言っておきますが、レミリアとフラン以外にも二人、嫁にすると約束したやつが二人いますが、それでも彼女達の夫として認めてくれるんですか?」
これで認めてくれなければ、どうするか……
「私の娘を愛してくれる限りはね」
「それなら大丈夫です」
彼女たちが愛してくれくれる限りは、愛し続けよう。
「よろしい。それじゃ、今日の夕食はなにかしら~?」
先ほどまでの張りつめた空気は一転、ほのぼのとした緩やかな空気に変わってしまった。
「お嬢様のお母様ですか、これは丁重におもてなししなければなりませんね」
それと同時に咲夜が現れて、いそいそと動き回っている。
「ああ、紹介が遅れました。私はレミリアお嬢様のメイドを務めております、十六夜咲夜と申します。以後お見知り置きを」
「ついでに言うと、彼女も妻です。それと俺は向こうの館では執事長を務めていますので、よろしくお願いします」
「一度そちらにも遊びに行きたいわ~」
「やめておいてた方がいいと思います。一度入れば自分では出られませんよ?」
「出るときはあなたに頼むわ。それと、フラン?出てきなさい、いるんでしょう?」
「お母様、久しぶりね!」
とてもうれしそうな表情で抱きつくフランと、それを見つめる聖母のようなアーシェさん。一枚の絵にしてもいいような光景だ。
「そうね。あなたと別れてからもう500年近くだし、大きくなったわね」
「うん!」
「ところで、能力の方は?」
「間違って壊すようなことはもう無いと断言できるほどにはなった…なりました」
つい何時もの口調に戻ってしまった。ここで悪印象を与える訳にはいかないんだよな。
「刀弥のおかげだね」
「愛する妻のためだ。そのくらいお安い御用」
今度はこちらに抱きついてきたので、そのまま頭を撫でてやる。
「いいわね~、アツアツで...あの人もこんな時期があったのに...」
はぁ、とため息をつくアーシェさん。
「ああ、そうだ、アーシェじゃなくて、義母様と呼んでくれないかしら?義母さんでもいいわよ?」
「検討しておきます。
さて、それではしばらく親子水いらずでお楽しみください。俺は少し明日のための下準備をしてきますので」
アーシェさんを客室へ案内し、自分は工房へ歩く。
廊下を歩きながら、ふと窓から夜空を見上げると、そこには少しだけ欠けた月があった。ちょうど明日頃が満月だろう。
「やれやれ、明日は永い夜になりそうだ」
工房に入り、明日の準備をしながら呟く。