JASRACを刺したのは誰か(解答編)
日本音楽著作権協会(JASRAC)は2009年2月27日,独占禁止法が定める「私的独占の禁止」に違反しているとして公正取引委員会から排除措置命令を受けました(Tech-On!の関連記事)。発端は約10カ月前,2008年4月23日に公取委が独禁法違反の疑いでJASRACを立ち入り検査したことでした(Tech-On!の関連記事)。JASRACと放送事業者が結んでいる包括徴収契約は,放送事業者がどんな曲を何度かけても一定の割合の金額しか支払う必要がない「どんぶり勘定」であり,それがJASRAC以外の音楽著作権管理事業者の新規参入を妨げていると公取委が判断したのです。
公取委がJASRACを立ち入り検査したのは,JASRACが独禁法に違反していると誰かが申告し,その事実を確認するためであったと考えられます。そこで,「JASRACを刺したのは誰か」を調べるために取材を行い,その結果を2008年5月23日のNEブログに書きました。そのときの結論は「誰がJASRACを刺したのかはわからなかった」ということでした。ただし,放送で使われた音楽の使用料を過去に徴収していたのはJASRACとイーライセンスだけであり,申告した可能性があるのは事実上,イーライセンスに絞られていました。事実,このブログ記事を書いた後,複数の方から「申告を行ったのはイーライセンスである」との情報が寄せられました。その後,イーライセンス代表取締役である三野明洋氏に対し,「イーライセンスが申告を行ったかどうかについては,取材の際には肯定も否定もしなかった」ということを確認しました。
公取委が2009年2月27日に出した排除措置命令書も,申告を行ったのがイーライセンスであることを強く示唆しています(報道発表資料の別添)。これによると,イーライセンスは放送における音楽著作権の管理をエイベックスマネジメントサービスに委託され,放送事業者と「使用料を個別徴収する包括利用契約」を結び,2006年10月から管理業務を行っていました。ところが,イーライセンスが管理する曲(大塚愛の「恋愛写真」など)を放送事業者が使用すると,JASRACに支払っている定額の使用料に追加する形で費用が発生してしまうため,エイベックスの楽曲がほとんど利用されなくなってしまったそうです。そこで,エイベックスマネジメントサービスの親会社であるエイベックス・グループ・ホールディングスとイーライセンスは,同年10月1日から12月31日までの限定でエイベックス楽曲の放送での使用料を無料にしました。無料期間後の使用料徴収のメドが立たなかったため,エイベックスマネジメントサービスは同年12月下旬,2007年1月以降のイーライセンスへの管理委託契約を解約したとのことです。こうした事情が命令書にわざわざ書いてあることから見ても,イーライセンスが申告を行ったと考えて間違いないでしょう。
公取委はずっとJASRACを問題視していた
ただし,イーライセンスの件はきっかけに過ぎません。背景には,公取委が以前からJASRACの独占を好ましくないものだと考え,これにJASRACが反発してきたという歴史があります。公取委は「独占的状態の定義規定のうち事業分野に関する考え方について」というガイドラインを作成しており,この中で「独占的状態の国内総供給価額要件及び事業分野占拠率要件に該当すると認められる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認められる事業分野」の一つとして「音楽著作権管理業」を挙げています。公取委はこのガイドラインを逐次改定しており,最近では2006年と2008年に改定されています(2006年の改定と添付資料(PDF),2008年の改定(PDF))。改定の際に広く意見を求めているのですが,2006年の改定でも2008年の改定でも「音楽著作権管理業は独占的状態の分野ではない」という主張がなされ,それを公取委がはねつけています。
「独占ではない」とJASRACは主張していますが,音楽著作権管理分野でのJASRACのシェアは9割以上と言われており,独占的状態にあることは誰が見ても明らかです。そもそも2000年以前には,JASRACは「著作権に関する仲介業務に関する法律」(仲介業務法)という法律に基づいて独占的に音楽著作権管理を行っていました。独占に法的根拠があったのです。この状態が問題視され,仲介業務法に代わって著作権等管理事業法が2000年に成立し,2001年に施行されました。これにより,JASRAC以外の事業者による音楽著作権管理業務がようやく可能になったのです。
JASRAC以外にも,独占的な公的機関を起源とする巨大組織はあります。NTTやJRです。ただし,これらは民営化の際に分割されました。また,NTTにはKDDIやソフトバンク,JRには私鉄各社や他の交通機関といった,ある程度の規模を持つ競争相手が存在します。一方,音楽著作権管理の分野では,独占的に事業を行っていたJASRACが手つかずのまま,競争だけが導入されました。新規参入にこれだけのハンディキャップがある状態を「公正な競争」と呼ぶのは無理があります。
「音楽著作権者の利益を守る」という目的がある限り,JASRACが現在の利権を自ら手放すことはないでしょう。しかし,長い目で見ればJASRACも安泰だとは限りません。今回,問題視された放送事業者とJASRACとの定額契約は,放送事業者が自ら使用した楽曲を全曲は把握できていない点に原因があります。いわば「誰がどの商品をどれだけ売ったかがよくわからない状態」であり,競争が極めて成り立ちにくい市場なのです。一方,今後は楽曲提供の主流になると期待されているネットワークの世界では,すべての使用楽曲を容易に把握できます。JASRACは,動画共有サイトである「ニコニコ動画」や「YouTube」との間でも楽曲使用の契約を結んでいます(Tech-On!の関連記事1,Tech-On!の関連記事2)。JASRACによると,これらの契約はすべて全曲把握が前提になっているとのことです。こうした市場であれば,新規参入にも可能性があります。
排除措置命令を受けた際の記者会見で,JASRAC理事長の加藤衛氏は「JASRACとしてはあまり言いたいことではないが,時間が経てばJASRACが新規事業者に追い抜かされる可能性もあると思っている。今後のイノベーションやニーズの変化への対応を怠れば,JASRACにも明日はない」と語っています。この言葉を裏付けるように,JASRACやネットワ−ク音楽著作権連絡協議会(NMRC)は2009年3月9日,インターネットでの音楽コンテンツ配信における著作物の権利処理の効率化を目指す「著作権情報集中処理機構(CDC)」を設立したと発表しました(Tech-On!の関連記事)。今後,JASRACと他の事業者との力関係がどのように変化していくのか,注目していきたいと思っています。