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産婦人科

診療責任者

山本 真一

 
始めに

刈谷豊田総合病院の産婦人科は地域の中核施設として、あらゆる疾患と分娩を取り扱うことを基本としています。近年取り扱い症例数は着実に増加しており、現在では年間外来患数約20000人(うち新患数約5000人)、年間分娩数900〜1000件、年間手術件数約650件となっています。

産科領域

刈谷市周辺は愛知県の中でも特に高水準の合計特殊出生率を保っています。複数の開業産婦人科施設が多数の分娩を取り扱っていますが、当院にも多くの分娩希望者が受診し、加えて開業施設からご紹介の重症者を数多く受け入れるため、取り扱い分娩数は増加を続けています。

過去4年間の取り扱い分娩数を示します。毎年100件程度ずつ増加しています。

平成17年度 534件
平成18年度 657件
平成19年度 824件
平成20年度 909件
平成21年度 992件

産科病棟のスタッフ全員が助産師であり、急変に備えた医師のバックアップと共に、入院時から安全に十分配慮した分娩介助を行います。当院産婦人科では、自然経過で進行可能な分娩については無用な医療介入を行わないことを原則とし、現在全体の60%程度が自然な経過で安全な分娩に至っています。予め何らかの異常が予測される20〜30%、および分娩経過の途中から正常範囲を逸脱する症例に関しては、厳重な管理の元、必要に応じて陣痛誘発・促進、吸引・鉗子分娩、帝王切開、各種止血操作、他科的管理、等の必要な医療介入を行います。帝王切開率は約30%と高くなっていますが、その原因は正常経過中の急変に加え、他科合併症を持つ妊娠、様々な原因の異常妊娠、様々な原因による紹介患者の増加に基づきます。分娩時の多量出血やコントロール不能な分娩時血腫等に対しては放射線科による動脈塞栓術が極めて有効な場合があり、近年その実施症例数が増加しています。

以下に平成21年度の分娩形式の統計を示します。

通常の経膣分娩 642件 64.7%
帝王切開 305件 30.7%
吸引or鉗子 45件 4.5%
 
次に帝王切開となった原因を示します。過去の帝王切開を原因とする例の増加が目立ちます。
既往帝王切開 115件
児心拍異常 24件
胎位異常 29件
分娩遷延・停止・CPD 38件
PIH 12件
胎盤位置異常 8件
早剥、早剥疑 2件
双胎 15件
回旋異常 9件
その他の原因 53件
 

平成21年度には、周産期死亡(妊娠満22週以後の死産と生後1週間未満の早期新生児死亡の合計)、母体死亡ともにありませんでした。 この間には、多量出血のため分娩後または帝王切開後に子宮摘出に至った例、全く妊娠検診を受けていない飛び込み分娩等も経験しました。

周産期領域の紹介受診や救急車搬送の症例は近年増加が著しく、平成21年度は約500件、うち約350件は何らかの合併症や異常な経過が見られました。更に救急搬送された当日に直ちに分娩または帝王切開手術、ICU入室などの緊急処置を要した18症例を解析した結果を下に示します。

PIH・HELLP・DIC 6件
早産関連 2件
早剥・早剥疑い 1件
IUGR 2件
CPD 1件
分娩後多量出血 1件
感染症 1件
その他(合併症等) 4件

低出生体重児や疾患のある新生児の管理は、小児科医師により新生児治療室にて行われます。収容基準を妊娠32週以降の新生児であることとし、それ以前に分娩になる可能性が高い場合には他院へ母体搬送を行います。新生児医療については、取り扱う妊娠週数を限定することによって医療資源の分散を防ぎ、当院管理の症例に対しては十分に充実した医療体制を用意できるようになりました。

下の図は1週間の分娩形式別の分布です。やや古い統計ですが、分娩数の増えた現在も同様の傾向です。 誘発分娩・促進剤使用例を一部に含む経膣分娩は、ほぼ均一に分布します。他科領域の合併症があって分娩時に母体や新生児への危険が予想される症例については、当該科や小児科の応援を得られる日に分娩誘発を行うため、週の中頃にやや多い傾向となっています。各種疾患を原因とする予定帝王切開は火〜木曜日に集中していますが、これは当院の手術室使用の申し合わせに従った結果です。分娩進行中に突発的な異常を生じた結果である緊急帝王切開は全ての曜日に分散します。ここには、合併症妊娠や異常妊娠の分娩中の急変、他施設からの分娩中の緊急搬送例も多数含まれています。

表:曜日別分娩形式

今後とも充実した手術室や集中治療室、多数の麻酔科医師、小児科や放射線科など他科医師のバックアップのもと、緊急事態に十分な体制で臨める事を最大のメリットとして、産科医療を充実させて行きたいと考えています。
しかしながら、取り扱い分娩数が急増したため、病床不足等により、時として緊急患者の搬送を受けられない事態も生じています。このため大変心苦しいのですが、平成21年10月以降、正常分娩の受付を月間約70件で制限する事といたしました。当院での分娩を希望される方には、妊娠の早い時期で一度ご来院のうえ、分娩予約を行っていただくよう、ご説明お願いいたします。なお、異常妊娠、合併症妊娠、救急搬送等は、今後も可能な限りお受けいたします。

 
婦人科領域

卵巣癌、子宮頚癌、子宮体癌、等の悪性腫瘍は毎年50〜60例ほどの新規症例を受け入れています。近年は卵巣癌と子宮体癌の増加が目立ち、子宮頚癌が主体であった20年前頃とは全く様変わりしています。治療方針としては、学会ガイドラインを基本としつつも患者さん御本人のご希望を尊重し、状況に応じて手術療法、化学療法、放射線療法、緩和療法、等を組み合わせて実施しています。平成21年度の悪性腫瘍関係の手術は、子宮悪性腫瘍関連が30件(円錐切除を除く)、附属器悪性腫瘍関連が28件となっており、また化学療法は61人に対して延べ280コース実施いたしました。なお、外照射による放射線治療は当院で行っていますが、子宮内腔照射は実施できませんので、必要な方については大学病院等をご紹介しております。

婦人科の代表的な良性腫瘍である子宮筋腫の治療に関しては、手術療法(子宮全摘出術、子宮筋腫核出術、等)はもちろん、ご希望に従って、対症療法、各種ホルモン療法、子宮動脈塞栓術、等を実施しております。しかし子宮筋腫は良性とは言っても、悪性腫瘍である子宮肉腫の可能性を手術せずに完全に否定する事が困難です。当院では過去20年間に20例近い子宮肉腫を経験して、決して稀ではない事を痛感しており、必要に応じて腫瘍マーカー・PET-CT検査も併用して診断を行っています。子宮内膜症については、対症療法、ホルモン治療、漢方治療等を用い、重症例には手術療法(子宮全摘出術、腫瘍摘出術、等)を実施しています。 また、婦人科領域の多量性器出血の緊急時にも子宮動脈塞栓術が有効であり、近年実施症例数が増加しています。

更年期医療については、ホルモン治療(HRT)や漢方治療などを使用し、また状況によっては抗うつ剤、骨粗鬆症治療薬等も処方いたします。 老年期医療分野では子宮下垂・子宮脱の数多い受診者があり、軽症例や合併症例では生活指導や膣内器具(ソフトタイプぺッサリー)の使用を中心に外来管理し、重症例では手術療法(膣式子宮全摘出術、膣壁形成術、等)を行っています。 この手術では患者さんの生活面の改善度が大きく、高い満足度が得られます。

平成21年度に行われた婦人科関係の手術(350件)の内容を下に示します。近年の手術数の増加は著しいものの、構成割合に大きな変化はありません。

広汎子宮全摘出術 7件
拡大子宮全摘出術 11件
その他手技による子宮悪性腫瘍手術 12件
円錐切除術 56件
単純子宮全摘出術 85件
子宮筋腫核出術 21件
膣式子宮全摘出or脱手術 10件
附属器悪性腫瘍手術 22件
その他手技による附属器悪性腫瘍 6件
附属器摘出、附属器腫瘍摘出術 50件
腹腔鏡手術 41件
その他 29件
 
不妊症関連

当院の不妊症治療は基本的分野に限定しています。
検査としては、子宮や卵巣の形態的検査(エコーなど)、感染症検査(真菌、クラミジア、淋菌、等)、卵巣機能検査(基礎体温表、ホルモン検査、等)、排卵日推定、子宮卵管造影検査(卵管通過性検査)、ホルモン負荷検査、ヒューナーテスト、精液検査、等を実施しています。治療方法としては、タイミング法指導、人工授精、経口剤または注射による排卵誘発、などを行っています。
体外受精、顕微受精は当院では実施しておらず、必要な方には実績のある施設をご紹介いたします。

 
研修希望の方へ

日本の産科医療は、お産に関わる多くの医療人の必死の努力により輝かしい実績を残してきました。例えば周産期死亡率(分娩前後の児の死亡)は世界最小の数字になりました。50年前には生まれる赤ちゃんの25人に一人がお産で死亡していましたが、30年前には50人に一人になり、現在では約300人に一人となりました。また日本の母体死亡(分娩前後の母体の死亡)は、50年前には年間3000〜4000人、現在は年間30〜40人と激減しています。 これらは何れも世界トップの成績です。産科医療はこのようにお産における悲劇を確実に減らすことができる、次世代へ喜びを伝える診療科です。

しかし過去30年ほどの間の、国の政策や司法制度の重大な欠陥、マスコミの誤った報道等を原因として、分娩に関わる医療体制の崩壊が日本各地で目につく様になりました。産科を志す医師が減少し、分娩取り扱い施設が次々と閉鎖されて「お産難民の出現」が憂慮され、ついには重症者や合併症例を扱う中核施設の産科さえも閉鎖される例が現れました。残った施設とスタッフに仕事が集中し、その結果としての過重労働が医療事故を誘発する事態が懸念されます。既に周産期死亡率の悪化や、母体死亡の増加が懸念される地域も現れてきました。ようやくここ1年間ほどの国の政策の変更や、事実に基づくマスコミ報道等により、改善の方向性が示されつつあります。同時に産婦人科を志す新人が僅かとは言え増える傾向にある事は大変喜ばしいと思いますが、まだ現場の改善には至っていません。

このような中、刈谷豊田総合病院の産婦人科では、幸いな事に常勤医師7人と助産師33人(平成22年4月現在)が密接に協力して働ける環境にあり、今後とも安全に分娩を取り扱う地域の中核的施設としての機能を維持できる状況です。多数の医師と助産師が協力すれば、決して過重労働に陥ることなく働く事ができます。将来的には10人以上の産婦人科医師の在職を目指し、各人の過剰な負担に負うことのない、安心できる産科医療を目指したいと考えています。

当院には充実した手術室やICU、放射線科治療室、また、小児科・麻酔科・放射線科をはじめとした他科との密接な関係によって、極めて緊急度の高い産科救急に対応できる体制があります。更に、婦人科悪性腫瘍をはじめ、良性腫瘍、老年期疾患など、幅広い婦人科疾患治療の経験を積むことができます。他科も交えた毎週の症例検討会など、各症例を全員で共に考える姿勢で診療を行っています。このようにして、日本産科婦人科学会専門医試験には、受験資格(産婦人科に5年)のある医師全員が合格しています。

また、家庭(かわいいお子さんも!)のある女性医師も多数在職しており、女性の働く場としての環境を更に発展させたいと考えています。現在稼働中の保育施設を拡充する計画も進行中です。男性・女性を問わず、初期研修・後期研修ともに、充実した経験の場として当院での研修をお考えください。スタッフ全員で歓迎いたします。

 
その他

愛知県内の周産期医療に関わる医師、助産師、看護師等からなる愛知分娩監視研究会は、年に2回の研究会を開催しております。毎回200名ほどの様々な職種の出席者があり、対応に苦慮した分娩管理の貴重な経験が発表され、実に活発な意見交換が行われています。当院産婦人科は愛知分娩監視研究会の運営に深く関与しております。ご興味のある方は、研究会のホームページも覗いて見て下さい。