2010-09-26

ゴメンメモ用紙がなかったから一時的にコピペさせてもらう。後で消す。

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インド映画小説日本の侘び寂びと同じような

「navrasa(9つの情緒)」という文学価値観に基づいてるんだよ。

一言で言えば、喜怒哀楽全部入ってないと芸術価値はない。

しかし映画時間の制約がある。

だから登場人物の生い立ちや、人間関係の細やかな変化とか、

言語化できない部分を歌+映像ではしょって抽象的に表現する

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カースト制度については

カーストは決して古いものではなく、ヴェーダの時代も、イスラームが侵入してきた時も、

英国統治時代でも、その時代時代で常に変容し新しくなってたし、現在でもなってる。

問題の本質カーストではない。

カースト」が無くなれば、また新しい言葉概念を引っ張り出して新種の差別を生むだけ。

今のインドでは留保制度という被差別層の逆差別問題が事をややこしくしてる。

あと日本世界史の授業での「カースト」の扱い方にはかなり問題がある。

限られた授業時間で扱うには複雑過ぎることは理解できるけど、

そもそも教員自身の理解が浅くて、それがインドに対するステレオタイプを助長させてる。

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ガンジーさんに関する評価は、日本インドでは正反対と言っていい。

独立後から主流な評価は、

「建国の父という功績は揺ぎ無いが、工業化を阻んだ時代錯誤の石頭で、

パキスタンの分離独立を許し国家安全保障を半世紀以上脅かす契機を作った大馬鹿野郎」

という扱い。

ネルー

五カ年計画の頓挫、農地改革後回し、

ヒンディー語なり英語なり統一共通語ゴリ押ししなかった言語政策での失敗、

結果として失敗に終わったソ連寄りの社会政策

駄目な点は色々あるけど独立インドでは最も評価されてる政治家

個人的に一番の功績はインド文系トップ大学のJNU作ったことだと思う。

獄中で書いた「インド発見」を読んで、ネルーさんの民主主義への情熱がひしひしと伝わってきた。

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スラムドッグミリオネアについて

世界的に流行ったのは

世界インドに関して無知だからだと思う。

違和感のあるディテールが積み重なって、インド人的にはあまりにも不自然過ぎるし、

「いかにも外国人インドに持ってそうなイメージに合わせました」臭がプンプン。

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日本の支援で作ったデリー地下鉄エスカレーター

サリー巻き込みガードがついてるのを見たときは感動した。

インド人もみんなあれを褒めてる。

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八重洲南口にある「ダバ・インディア

日本インド料理屋で本当に美味しいと思ったのはこの一軒だけ。

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遠藤周作 深い河について

インド人として脳味噌空にして読めば「いつものステレオタイプだなー」という感想しか出ないけど、

登場人物の心情を投影するためにたまたま題材として選ばれた一装置と割りって考えると、いい作品

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先の戦争、というとインド人にとっては

パキスタンからのバングラデシュ独立に絡んだ第三次印パ戦争(1971)になるんだけど、

当然ながら経験した世代がバリバリ現役で記憶も鮮烈。

でも近代史インド人の意識の上で重要体験は、第二次印パ戦争(1965)と独立直後の印パ分離独立

朝鮮半島政治イデオロギー国家が分断されたけど、印パは宗教

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地域階層にもよるけど、未婚男女の性交がバレたら

確率で本人同士もしくは双方の家族の血が流れる。

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インド人に渡すお土産のひとつ柿の種加えてみてください。

その際、魚介類エキスが原材料に入ってる事だけは絶対事前に説明していたけたら

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インド独善かもしれないが、インド人は

「ガタガタ抜かすパキスタンさえいなければ、バングラデシュインドに再編入して

貧困の痛み分けして助けてやれるのに」と考えてる。

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基礎研究ボッコボコ

それに対する悲観論と、その裏返しとしてエンジニアリングに対する過剰な地震と両極端。

自分純粋技術的な話題に言及する知識を持ちあわせてないけど、ナノに関しても同じ議論。

「走る棺桶」と声高に罵る人と、枯れた技術を応用し高コストパフォーマンスを生み出す能力

世界随一と賞賛して反論を許さない人たちとの罵り合い。

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一般的に日本人イメージする常時ターバンインド人は、

人口比約3%を占めるスィク教徒の人。

蛇のとぐろっぽい形のターバン巻いてる人は宗教とは無関係で、ラージャスターンの人。

アメリカ在住に多いのはスィク教徒で、パンジャーブ出身の人。

1980年代ハリヤーナー州がパンジャーブ州から独立しようとして、

パンジャーブの治安が著しく悪化した時期に、米国に移住したパンジャービーがすごく多い。

(インディラ・ガンジーはこの独立問題が原因で暗殺された)

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インドではゴロゴロ宝石採れるから、本物の石が日本円で数百円~という信じがたい値段。

で、家族健康とか金運等の目的とその人の星座の位置との兼ね合いで切な石が決まる。

それを指輪ネックレスに加工して男女を問わず身につけてお守りにする。

なので、宝石屋の近所を見渡すと星占い屋がすぐ見つかったり、

宝石屋店内に星占いソフトインスコされたPCが置いてあったりする。

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インド人からみた日本宗教日本は土着のアニミズム仏教習合

儒教科挙制度が無かったから儒教権力が結びつかずに、知識人一教養の枠を出なかった。

儒教文化の背景として色濃く根付いてるのはむしろ中韓

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家族解体を嘆いてる。

『「欝は誰でもなる」「虐待だめ」「イジメ駄目」そういった標語を

全部「家族仲良くする方法考えよう」に一本化すればウザイぐらいの効果を発揮する。

犯罪虐待、すべてはパパとママが互いを尊敬する気持ちを忘れ、

罵り合ってる姿を見た子供が大人になり引き起こす』

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時代の分析で一番重要な前提は、インドにとっての独立パキスタンの分離独立

すなわち国家分断によるパキスタンとの資産の接収権の係争、

それと数千万単位で発生した難民の扱いが最重要課題だったので、英国大戦云々どころでは無かったこと。

日本人韓国ほかアジア各国への賠償問題と印パ英国比較する際に、これを見落としてる人が恐らく相当いるんではないかと。

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インド独立当初から非同盟主義っていうことで

一貫してオンリーワンさせてもらってます。

日本に対しては、プッっていうか「あ~……」という落胆

インドの望みは当時も今も一貫して、米国西欧の側でもない、共産主義でもない、

民主主義(←これ重要)で非同盟主義の強いリーダー

それに一番近いのが日本だった。

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日本リーダーを選ぶのが下手だし、選ばれたリーダーシステムを劇的に改革するだけのパワがー無い。

しかし逆説的に言えば、ショボショボなリーダーでも驚くほど安定して機能するシステムの堅牢さは奇跡

トップの采配如きでシステムが劇的に変わってしまうようでは、法治国家としてどうなのか?

と考えた時に、笑うどころか、日本システムからはまだまだ大いに学ぶ所はある。

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インド人には「何事も見た目から入る」という国民性があって、

例えばヒンドゥー教徒からキリスト教徒に改修すると

昨日まではシャンカルと名乗ってた人が今日からはトーマスといったように、

名前まで変えてしまうのが普通

[外見]と[中身]を結ぶ思考経路の距離がべらぼうに短いので、

肌色、服装、靴といった外見で人をするのはごく自然な行為であると同時に、

例え身につけた外見が背伸びの結果の付け焼刃であっても、

一度身につけたからにはその外見にふさわしい中身を身につける為に途方も無いエネルギーを費やし、

その為の努力を惜しまない。

つまり、先に高い目標を設定→急ピッチで追いつき、というパターン

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将来、インド人と日本人の心に溝が生まれるとすれば、

宗教と生活の兼ね合い、食事習慣(料理そのものではなくて)、オタ文化への理解

この3つ。

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イギリスインドに謝罪した事はありません。そして謝罪や賠償を求めるような教育も行ってません。

その理由は、法に照らした結果インド支配のプロセス違法な点は無く、英国支配によってインド資産が失われたことを

立証できず、賠償を請求できないというのがひとつ

同様に、インド帝国として英国戦争に付き合わされインド資産が失われたプロセスにも、何ら違法な点がなく、

これもまた賠償を請求できないというのがひとつ

つまり要求する権利が無いのに賠償よこせ!と促す教育をは、そもそも無意味

理由2つ目。インド英国から独立するために、英国保護が無くても民主主義と法の適正手続を守り抜くと

国際社会約束する必要がありました。すなわち法的根拠をもたない賠償請求を行う=法の適正手続に反することは

悲願であった独立と、インド人の目指す民主主義国家としての理念と矛盾する行為であったのです。

勿論インド道義的責任を追求したり、言いたいことは色々あったでしょうが、法をねじ曲げて頂戴する賠償と、

恥じることのない民主主義国家として、国際社会から敬意をもって受け入れられる事を天秤にかけた結果、

インド国民後者を選びました。

理由3つ目。理由1&2に加え、>>492にも書いた通り分離独立の大混乱で、

英国責任を追求する余裕が無かった

いまインド教育が成すべきことは、賠償要求よりも、その器の涵養だということです。

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