海外

文字サイズ変更
はてなブックマークに登録
Yahoo!ブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

クローズアップ2010:中国「力の外交」加速 「領土」防衛したたか

 沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺での中国漁船と日本の巡視船の衝突事件は、国力増強を背景に「力の外交」を前面に押し出す中国の姿を改めて印象づけた。米国がかつてのような絶対的な力を持たなくなったという認識の下、中国は各地での領有権紛争を力で押していこうとしているようだ。東南アジアや韓国など周辺国が警戒を強める一方、地域大国であるインドからは「力」で中国に対抗する姿勢がうかがえる。衝突事件は、アジアの新しい外交勢力図を浮かび上がらせた。日米関係がこじれる中での日中対立は、菅外交に重い課題となっている。

 「中国は防衛的な国防政策を遂行していく。永遠に覇権はとなえないし、拡張政策も採用しない」

 温家宝首相は23日の国連総会の演説で強調した。衝突事件で強硬な対抗措置を相次いで打ち出す中国の姿を見た周辺諸国の間で、中国脅威論が再燃したことを警戒した模様だ。

 だが、人民日報系の環球時報は25日、強硬な中国イメージをさらに強める社説を掲載した。社説は「国を治める経験の乏しい日本の現政府に、中国が軽率に対立できる国ではないことを知らしめるべきだ」と主張したのだ。

 中国は南シナ海の南沙、西沙両諸島でフィリピンやベトナムなどと領有権を争う。今年3月以降は南シナ海を台湾やチベットと同様に「核心的利益」と位置づけ、決して譲歩できない問題だと主張するようになった。92年には領海法を制定し、尖閣諸島、西沙諸島、南沙諸島などを中国の領土と明記している。

 それでも中国は、最高指導者だった故・トウ小平氏が示した「韜光養晦(とうこうようかい)(能力を隠し外に出さない)」という抑制的方針の下で周辺国との摩擦を避け、経済発展を優先させてきた。

 「力の外交」路線への転換が決定的になったのは、07年秋の中国共産党大会だ。国家戦略を機関決定する5年に1度の重要会議で「韜光養晦」の文言が公式文書から消えた。党関係者は「中国の外交理論は時代とともに前進する」と述べ、国力増強を背景にした方針転換を認める。

 中国は今年中に世界第2位の経済大国に躍り出る。国際的な地位向上と海軍力増強を背景にした「力の外交」はさらに加速しそうだ。

 温首相は国連総会の演説で「国際金融危機の影響を受け、軍拡競争、領土紛争などの安全保障問題は時に激化している」と述べた。米国の影響力低下による国際秩序の乱れを利用し、中国脅威論を抑えつつ各地での領有権紛争で有利な立場を作っていこうというしたたかな思惑を込めた発言だ。【北京・浦松丈二】

 ◇警戒強める周辺国

 24日にニューヨークで開かれた米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳会議でも、陰の主役は中国の「力の外交」だった。

 オバマ米大統領とASEAN10カ国の首脳は、南シナ海を含む地域の問題について、平和的解決や自由航行の重要性で一致した。

 だが、共同声明草案にあった「南シナ海」や、領有権問題の平和的解決へ向けた法的拘束力を持つ「行動規範」という表現は、採択時には削られていた。衝突事件での中国の強硬姿勢を見たASEAN側が「中国をこれ以上刺激することは得策ではない」と判断したと見られている。

 中国の「力」を恐れるのは、韓国も同じだ。

 韓国は99年、中国産ニンニクにセーフガード(緊急輸入制限)を発動。このとき中国は、韓国製携帯電話とポリエチレンの輸入を全面禁止する対抗措置を取り、韓国の化学業界だけで推定100億円規模の損失を被った。外交当局者は「(今回の事件を)我々も参考にさせてもらう」と話した。

 ただ、インドは、カシミールなどで領有権を争う中国に「力」で対抗する構えを見せる。

 インドも、中国との関係改善を通じて地域情勢を安定化させ、経済成長を持続させることを基本方針としている。ただ、インド政府高官は「領土問題で弱い姿勢を見せる国などない」と指摘する。

 この高官が衝突事件を巡るやりとりに向ける視線は冷めている。「中国がいつもより強硬だというのなら、その背景を冷静に見極めたい」【ニューヨーク草野和彦、バンコク西尾英之、ソウル西脇真一、ニューデリー栗田慎一】

 ◇日本、戦略見直し急務

 「日本と中国は国際社会に責任を持つ重要な隣国であり、戦略的互恵関係を深めるため、冷静に双方が努力していくことが必要だ」

 中国人船長の釈放を受け、菅直人首相はニューヨーク滞在中の会見で日中の「戦略的互恵関係」の重要性に言及した。しかし、中国外務省が声明で日本側に「謝罪と賠償」を要求し、対立の長期化も懸念される。

 政権交代が実現した昨年9月、民主党は外交の柱に「対等な日米同盟、アジア重視」を掲げた。米軍普天間飛行場の移設問題の迷走で日米関係が悪化する一方、日中関係は緊密化が進んだ。今年5月末の温家宝首相の訪日では、日中首脳会談で、東シナ海のガス田開発を巡る早期の条約締結交渉開始で合意するなど、多くの合意事項が発表された。

 それからわずか4カ月弱。中国漁船の衝突事件で日中関係は一気に冷え込み、政治、経済、人的交流など幅広い分野に影響が及んだ。事件の発生は、民主党代表選の真っ最中で、中国が矢継ぎ早に「対抗措置」を繰り出した期間中、菅政権は国内政治に目を奪われ対応は後手に回った。改造内閣で「対中強硬派」の前原誠司氏が外相に就任し、中国側は警戒感をさらに強めた。

 菅政権は態勢を構築できないまま、中国側の出方を読み違え、中国側との有力なパイプの欠如により水面下の折衝もできず、「危機管理に失敗した」(外交専門家)との指摘が相次いでいる。今後も「力の外交」を推し進めるだろう中国に対し、「日本もその場しのぎで対応するのでなく、国家利益を追求するために中国を制御するようなメカニズムをつくるべきだ」(外務省幹部)と対中戦略の再構築を求める声も出ている。日米関係の修復が急がれる中、日中関係の先行き不透明感が「外交不得手」の首相に重くのしかかる。【犬飼直幸、吉永康朗】

毎日新聞 2010年9月26日 東京朝刊

検索:

PR情報

海外 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報

注目ブランド