ひやっとした新聞記事がありました。真相をさぐらねば、と思っていたら、すでにバンクーバーのサイト、「ピースフィロソフィー」さんが日米のメディアを比較分析してくださっていると、さとうまきこさんが教えてくださいました。

その記事とは、訪米している前原外相にクリントン米国務長官が、「尖閣は安保条約の適用対象」と言った、というものです。けれど、「ピースフィロソフィー」さんの綿密な報道分析によると、どうやらこれは事実とは微妙にずれているようです。ようするに、前原外相が、「尖閣は安保条約の適用対象ですよね?」と水を向け、クリントン長官がうなずいたか、あるいは「ですね」と思わず同意してしまったか、のどちらかのようなのです。それを、このくにのメディアは、長官が尖閣は安保の対象と「明言した」だの「強調した」だのと報じているのです。

アメリカは、日米安保を領土問題には一切関係させない、との立場をとってきました。ですから、北方「領土」をロシアが実効支配しようとも、竹島(独島)を韓国が実効支配しようとも、なにもしないし、なにも言いませんでした。いっぽうで、尖閣諸島について、日本は領土問題の存在を否定しています。完全に日本の領土だと。だから、ここには安保条約が及ぶのだ、というのが前原外相を初めとするこのくにの政府の見解です(だとしたら、領土かどうかあいまいなときに使う「実効支配」という言葉を、なぜこのくにのメディアは尖閣諸島にも使ったりするのでしょうか、「わが国が実効支配している」なんて)。蓮舫行政刷新担当相が「領土問題」と言ったのを即刻訂正させたのは、前原外相がクリントン長官にこうした確認をするにあたってのノイズとして、否定しておく必要があったからでしょう。

けれど、クリントン長官から「安保」という言葉は出なかったのです。もしも出したとしたら、この海域で起こっている日中のあつれきに、アメリカは軍事で対応すると意思表示したことになります。それで、ひやっとしたのです。クローリー国務次官補の会見も読まねば、と思っていたら、「ピースフィロソフィー」さんがちゃんと読んでくださっていました。ここにも、クリントン長官が「安保」と言った傍証はありません。全般に腰が引けたような調子で、「日中はおとななんですから、互いにしかるべく矛を収めるのでしょう、そう望みます」と言っているだけです。

ひと安心なわけですが、心配の種は蒔かれました。前原外相は、外務省は、そして菅政権は、「クリントンが尖閣は安保の対象と言った」と、鬼の首でも取ったように喧伝し、既成事実化しようとすることでしょう。だから沖縄に米海兵隊は必要なんだと、詭弁を弄することでしょう。おもいやり予算を増額する口実にするのでしょう。軍事大好きの従米勢力はほくほくものです。

そんなことを許しておくわけにはいきません。これは、あの「偽メール事件」を連想せずにはいられない、前原サンの自作自演劇なのだと、言い触らす必要があります。


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(転送歓迎)

http://peacephilosophy.blogspot.com/2010/09/blog-post.html

 Thursday, September 23, 2010

Did Clinton really say ANPO applies to Senkaku? クリントンが『尖閣は安保5条の適用対象』と言った」というのは前原外相が言っているだけでどこにも証拠がない

(English-language readers - this is about Japan's Foreign Minister Maehara's possible misrepresentation of Hilary Clinton from their talk in New York on September 23, 2010.)

 

この投稿のタイトルに反してクリントンが本当にそう言ったという証拠があるということだったらすぐ info@peacephilosophy.comに連絡が欲しい。

 

日本のメディアは24日、一斉に「クリントンが『尖閣は安保条約の適用対象』と言った」と報道した。

 

・日経: 「米国務長官、尖閣「安保条約の適用対象」 日米外相会談

 

・テレ朝: 「尖閣諸島も日米安保の対象」クリントン国務長官

(前原外相が「尖閣も含めて日米安保条約第五条の適用がなされるという話もクリントン長官からありました。」と言っている。)

 

 ・時事: 「米長官「尖閣は安保条約の対象」=日中対話に期待−日米外相会談

(時事は「クリントン長官は尖閣諸島について「日米安全保障条約は明らかに適用される」と述べ、米国の対日防衛義務を定めた同条約第5条の適用対象になるとの見解を表明した。」と、前原外相を引用するという形ではなく報道している)

 

・読売 クリントン米国務長官「尖閣は日米安保適用対象」

(「日本側の説明によると、沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で日中間の緊張が高まっていることについて、外相は日本の国内法に基づいて粛々と対応していることを説明した。これに対し、長官は理解を示したうえで、「尖閣諸島には、(日本への防衛義務を定めた)日米安保条約5条が適用される」と明言した。」としている。「日本側の説明によると」というのがクリントンの発言とされている節にまでかかるのかどうか、曖昧である)

 

・共同 尖閣は安保の対象、米国務長官 日米外相が初会談、漁船衝突で

(「前原氏は沖縄県・尖閣諸島周辺の中国漁船衝突事件をめぐる日本政府の対応を説明。前原氏によると、国務長官は理解を示した上で、尖閣諸島が米側の日本防衛の義務を定めた日米安保条約第5条の適用対象になるとの見解を表明した。」とある。前原外相を引用する形になっているが、引用なら「表明したという」といった終わり方になるべきなのでここも曖昧だ)

 

 ・産経 「尖閣は日米安保適用対象」クリントン長官、明言 日米外相会談で

(「クリントン氏は沖縄・尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突した事件に関連して、尖閣諸島は日米安全保障条約の適用対象であるとの見解を強調した。」と、クリントンが主体的にこの発言をして「強調した」とまで書いている。)

 

・東京 尖閣諸島は安保対象』 日米外相会談 米国務長官が明言

(「米政府はこれまでも日本の施政下にある領域に適用される同条の対象に尖閣諸島が含まれるとの考えを示してきた。前原氏がこうした米側の姿勢に謝意を示したのに対し、クリントン氏は「日米安全保障条約第五条は明らかに適用される」と明言した。」とある。ここからは、前原氏が過去の米国の立場に言及して誘導的にクリントンからこの発言を引き出したかのようなニュアンスがある。)

 

日本のメディアは大差がないのでこれぐらいにしておく。

 

ロイターの報道には、この「安保適用発言」には触れていない。

米国務長官、尖閣漁船衝突事件で日中両国に迅速な解決求める

 (「クローリー国務次官補(広報担当)は記者団に対し、「対話の促進および問題が速やかに解決されることを希望する、とクリントン長官は応対した」と述べた。」とある。)

 

メディアの報道ばかりなぜ追っているかというと会談の全文が公開されていないからだ(私が調べた限りは)。外務省の「要旨」には「クリントン長官からは、日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されるという米国の立場について発言があった。」とある。米側のソースとしては国務省のクローリー国務次官補の記者会見のテキストが発表されているだけだ。その中では、クリントンは日中がこの問題を早期に解決するように求めているということを繰り返しているだけで、彼が「安保」に触れたとはひと言も言っていない。参考までに全文を一番下に貼り付けておく。

重要な部分だけ赤字にして翻訳してある。

 

AFPは Clinton urges dialogue to resolve China-Japan row (クリントンは日中の騒動を解決するための対話を)というタイトルで報道している。重要なのはこの部分だ(下記参照)。「ニューヨークの共同通信は、前原が『クリントンが尖閣に安保が適用されると確認した』と報道した」と報道していることだ。どうしてこんなに回りくどい言い方をしなければいけないのか。本当にクリントンがそう言ったという裏が取れていないから「共同によると、前原がこう言ったとのことだ」程度のことしか言えなかったのである。日本の数々のメディアにはクリントンが「名言した」とまで書かれているがここでは acknowledge, 「確認した」ということである。この acknowledge という言葉は、誰かに言われて、うなずいたり、「そうです」と答えた程度の消極的なものである。いずれにせよAFPは「わからないけど、共同によると前原がこういってたとのことだ」と言っているだけなのだ。 また、「記事では前原を引用しなかった」という不明な表現がある。(*英語省略)

 

このAFPの報道を、Yahoo News Clinton says disputed islands part of Japan-US pact: Maehara 「前原によると」という但し書きでクリントンがしたと言われる安保への言及について報道している。

AP通信も、「前原によると」との但し書きでクリントンの安保発言について触れている。

 

この会談は密室で行われたのでも何でもなく、公式会談である。なのにどうして当事者の前原外相がこの会談の内容をメディアに話す報道官のような役割を果たしているのか。とても客観的とは言えないのである。

 

結局、国務省と外務省に会談の全記録を求めるしか真実はわからないということである。前原外相が嘘を言ったりしている、もしくは限りなく嘘に近い誇大表現をしているとは思いたくない。しかし、記録を見せてもらわないと私には納得できない。

 

クローリーの会見を読んでも、アメリカ側のは「安保があるから軍事衝突があったら米国が日本を守ってあげるよ」というような趣意のことは全く言っていない。「大人の国なんだからしっかり解決してください」と言っているだけなのである。前原発言は、嘘ではなかったとしても、大きな誇張であることは間違いない。しかし全文を見るまでは、嘘でなかったという確信は得られないのである。冒頭で書いたように、本当にクリントンがそう言ったのか、言ったとしたらどのような言葉を用いてどんな文脈で言ったのか、わかった人がいたら連絡ください。

 

なぜこのことが大事なのか、言うまでもないと思うが、尖閣諸島での中国漁船と日本の海保の巡視船が衝突した事件に対して、両国間で政治、文化、経済交流がストップするケースが続出するほどの異常事態になっている。今回の事態の異常さはこの事件そのものよりも、この政治、市民レベルでのオーバーリアクションにある。こういったとき、まさしく成熟した国家として落ち着いて外交で対応するべきであるのに、武力行使をするような事態になることを匂わせるような発言をすることはとても賢明とは言えないからである。

 

ましてや、前原外相が自分の意見として発表するのではなく、米国務長官の名を借りて自分の言いたいことを言わせるような行為は到底受容できるものではない。尖閣諸島付近のトラブルを利用して中国の「脅威」を最大限に演出し、「いざとなったらアメリカが守ってくれる。なので日米安保は大事だ。日米安保が大事なら尖閣諸島の横にある沖縄の米軍はやはり大事だ。普天間代替施設はやはり沖縄に作らなければいけない」という論理を作り上げ世論に影響させようとしている、そのためにクリントン長官を利用したとしたら、その罪深さは計り知れないものがある。

 

9月23日米国国務省クローリー国務次官補記者会見

(*抜粋訳:赤字は同センター訳)

 

地域問題については北朝鮮、イラン、アフガニスタンについて討議した。前原外相は現在の中国との緊張状態の話題を取り上げ、中国の漁船と日本の海保による事件に関する日本の見かたを説明し、日本は法的プロセスと国際法に沿ってこの問題に取り組んでいると述べた。

 

クリントン長官の反応は、地域の安定にとって日中の関係は非常に重要なので、対話を奨励し、この問題が早期に解決されることを望むというものだった。さらに日米両国の問題について、普天間基地の移転努力や、貿易−それも様々な貿易問題−について語った。普天間に関しては、前原大臣は528日の政府間合意に言及し、その合意の完全実施に鋭意専心すると約束した。

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