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最終更新:2010年9月22日(水) 18時39分

三鷹事件、死後再審を請求へ

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 事件から61年。国鉄をめぐる戦後の三大ミステリーのひとつとされる「三鷹事件」で、無実を訴えながら獄死した竹内死刑囚の長男が死後再審を請求することが、22日、明らかになりました。

 JR三鷹駅。1949年7月15日、GHQの占領下にあった時代に、突然ここで無人電車が暴走し、6人が死亡、十数人が重軽傷を負いました。事件は、政府が国鉄職員らの大量解雇を打ち出した直後に起き、下山事件、松川事件とともに国鉄を舞台にした戦後の三大ミステリーとされます。

 三鷹事件では、共産党員である国鉄の組合関係者ら10人が逮捕されました。うち、唯一党員でなかった竹内景助が公判でこう主張します。

 「全く私の単独(1人)でやったものであります」(竹内景助被告〔当時〕)

 一審の判決は竹内だけに無期懲役、二審では、それが死刑に変わりました。竹内が「自分1人の犯行だ」と自白したのには、わけがあったといいます。

 「『おれがやったことにすればみんな助かる』『おれは身代わりになるんだ』と」(竹内死刑囚を担当した元看守 佐藤和友さん)

 死刑判決を受けたことをきっかけに、竹内は、「自分は無実だ」と訴えるようになりました。事件から18年、再審開始を目前に脳腫瘍で死亡しました。竹内死刑囚の長男から依頼を受けた弁護団。

 「死後再審を申し立てたい」(三鷹事件再審請求弁護団 高見澤昭治団長)

 竹内の自白内容と当時の電車の破損状態の矛盾を示す鑑定書などを新証拠として提出し、11月下旬にも申し立てを行います。(22日18:06)

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