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2010年9月25日(土)付

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中国船長釈放―甘い外交、苦い政治判断

日中関係の今後を見据えた大局的な判断であり、苦渋の選択であったと言うほかない。那覇地検はきのう、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に故意に衝突したとして、公務執行妨害の疑い[記事全文]

イチロー―ベースボール変革の10年

偉大な足跡を刻む一打は、狙いすました鋭い当たりだった。シアトル・マリナーズのイチロー選手が自身の大リーグ記録を塗り替え、10年連続200安打を達成した。[記事全文]

中国船長釈放―甘い外交、苦い政治判断

 日中関係の今後を見据えた大局的な判断であり、苦渋の選択であったと言うほかない。

 那覇地検はきのう、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に故意に衝突したとして、公務執行妨害の疑いで逮捕・勾留(こうりゅう)していた中国人船長を、処分保留のまま釈放すると発表した。

 日本国民への影響と今後の日中関係を考慮したという。純粋な司法判断ではなかったということだ。

 もとより菅政権としての高度な政治判断であることは疑いない。

 中国側は船長の無条件釈放を求め、民間交流の停止や訪日観光のキャンセル、レアアースの事実上の対日禁輸など、対抗措置をエスカレートさせてきた。河北省石家荘市では、違法に軍事施設を撮影したとして日本人4人の拘束も明らかになった。

 日本側が粛々と捜査を進めるのは、法治国家として当然のことだ。中国側のあまりにあからさまな圧力には、「そこまでやるのか」と驚かされる。

 温家宝(ウェン・チアパオ)首相は国連総会で「屈服も妥協もしない」と表明し、双方とも引くに引けない隘路(あいろ)に陥ってしまった。

 このまま船長を起訴し、公判が始まれば、両国間の緊張は制御不能なレベルにまで高まっていたに違いない。

 それは、2国間関係にとどまらず、アジア太平洋、国際社会全体の安定にとって巨大なマイナスである。

 ニューヨークでの菅直人首相とオバマ米大統領の会談では、対中関係で両国の緊密な連携を確認した。クリントン国務長官は前原誠司外相に、尖閣が米国による日本防衛義務を定めた日米安保条約の対象になると明言した。

 その米国も日中の緊張は早く解消してほしいというのが本音だったろう。菅政権が米首脳の発言を政治判断の好機と考えたとしても不思議ではない。

 確かに船長の勾留期限である29日を待たずに、このタイミングで釈放を発表した判断には疑問が残る。

 圧力をかければ日本は折れるという印象を中国側に与えた可能性もある。それは今後、はっきりと払拭(ふっしょく)していかなければならない。

 そもそも菅政権は最初に船長逮捕に踏み切った時、その後の中国側の出方や最終的な着地点を描けていたのか。

 船長の勾留を延長した判断も含め、民主党外交の甘さを指摘されても仕方ない。苦い教訓として猛省すべきだ。

 日本はこれからも、発展する中国と必然的に相互依存関係を深めていく。それは日本自身の利益でもある。

 簡単に揺るがない関係を築くには、「戦略的互恵関係」の具体的な中身を冷徹に詰めていく必要がある。

 何より民主党政権に欠けているのは事態がこじれる前に率直な意思疎通ができるような政治家同士のパイプだ。急いで構築しなければならない。

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イチロー―ベースボール変革の10年

 偉大な足跡を刻む一打は、狙いすました鋭い当たりだった。

 シアトル・マリナーズのイチロー選手が自身の大リーグ記録を塗り替え、10年連続200安打を達成した。

 昨年、ウィリー・キーラー氏が記録した8年連続を108年ぶりに更新した。そして、新しい高みに立った。

 年間200安打自体が、容易ではない。それを過去、10度も達成したのは4256安打を記録したピート・ローズ氏ただ一人だった。

 そのローズ氏でさえ、連続は3年が最長で、10回にたどり着くまでに17年を要した。イチローは2001年のメジャー挑戦以来、途切れることなく打ち続けた。まさに金字塔である。

 200安打以上を打つには、試合をほとんど休まないことが前提になる。彼がこの10年、打席に入ったのは通算で7300回近くという膨大な数に達する。積み上げた重みと、継続できる強さが刻まれた数字だ。

 抜きんでた技量と、徹底した自己管理。イチローからは二つの「しんか」という言葉が思い浮かぶ。

 進歩、変化していく「進化」。そして、物事を深めていく「深化」だ。

 外面的には気づかない変化も含め、イチローは36歳の今も進化を続けている。新たな技術を打法に加えられるのは、6割を超える打ち損じから、何かを学んだときだという。

 「打った安打数よりはるかに多くの悔しさを味わってきた」。失敗を重ねた分だけ、彼は進化を遂げてゆく。

 年を経るごとに肉体は微妙に変化する。腹背筋で体の軸を保つなど、変えてはならぬものをより強固にする「深化」のために、最新式のトレーニングをその時々取り入れてきた。

 試合前のストレッチや打撃練習も、無造作に見えて実は計算し尽くされている。チェックする体のポイントは100を超える。普段の生活でも全身の筋肉を意識して動く。自らの体と「対話」し、最上の状態を保つ。試合に臨むまでの膨大な準備こそが、彼の本当のすごさなのだ。

 近く全米でテレビ放映されるメジャーを扱った番組で、イチローは「大リーグの国際化」の章に登場する。本塁打全盛の時代に革命を起こした――。そんな評価を受けている。

 筋肉を増強する薬物を使ってでもパワーを得ようとする選手がいる時代に、彼は走攻守で圧倒的なスピードを見せ、ベースボールという文化の本質を母国の人々に思い起こさせた。

 その歩みは、メジャーにおける「変革の10年」だった。

 昨年、キーラー氏の記録を超えたとき「人との戦いに終わりを迎えることができた」と言った。誰もいない地平を歩き続ける姿から、私たちはまた、力をもらい続けるだろう。

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