尖閣だけではない 空母建造「正式着工」で“積極防御”へ突き進む中国 (下)
フォーサイト 9月21日(火)10時23分配信
『決議』が就役を目指す年のみならず、月にまで踏み込んだのは、中国らしい。1999年10月1日、江沢民・前総書記は建国50周年の国慶節に際し、故トウ小平が建国35周年の1984年に久々に復活させた閲兵式典を15年ぶりに挙行。これを機に、党は建国から10年ごとに大規模な軍事パレードを行なうと定めた。「〇四八弁公室」発足、国産一・三番艦の就役時期は、それぞれ2004年、2014年、2024年と、いずれも軍事パレードの狭間で建国から5年ごとの節目にあたる。古くからの言い伝え「五年小慶・十年大慶」に沿ったわけだ。最大規模の原子力推進の二番艦就役が、2021年7月1日の共産党建党100周年を睨むのは多言を要すまい。『決議』直前の3月、訪中した浜田靖一防衛相(当時)に、梁国防相自身が「中国(という大国)が、永遠に空母を保有しないわけにはいかない」と明言、実質的に対外宣言したのは偶然でも観測気球でもない。極めて具体的な根拠とスケジュールに基づいた一言だった。
あらゆる関連情報が、「胡指導部の固い決意と揺るぎない自信を浮き彫りにしている」と先の総参謀部の中堅幹部。冒頭の老将軍が興奮気味にまくし立てたのは、毛沢東以来の悲願達成にめどをつけた軍内の雰囲気を代弁していたのである。
しかしながら、プロジェクトが計画通り進展するかどうか、不確定要素は少なくない。艦の建造のみならず、戦闘機や早期警戒機、対潜哨戒機など各種艦載機およびレーダーや電子装置の開発・生産、随伴する駆逐艦、ミサイル巡洋艦、原潜を含む潜水艦や輸送艦などの配置と運用……まさに米太平洋軍のキーティング前司令官が指摘したように、「機動艦隊は、複雑で膨大な系統工程(システムプロジェクト)の集積、想像を絶する長い時間をかけ幾多の困難を乗り越えなければならない」のだ。
■スケジュールは中国にとって「ギリギリの期限」
「覚悟しています」――軍内の熱気を遮るかのように、先の技術将校は冷静に語った。中国海軍の父と呼ばれ、空母推進派の旗頭だった劉華清・海軍総司令官(当時、後に党中央軍事委員会副主席)は1980年代、真剣に空母保有の可能性を探った。だが「中国はあまりに貧しかった」。海軍内部においてすら、限られた資源を潜水艦増強に振り向けるべきだと主張した潜水艦派が空母派を圧倒、劉は84年頃、やむなく断念したとされる。将校は、「空母本体や甲板に使う特殊鋼板、艦載機、エンジン……すべて輸入せざるをえない。技術の壁は厚かった。なにより、初歩的に200億元余とはじいた空母建造・機動艦隊創設費は同年の国防予算178.7億元(公表分)をも軽く上回った。劉は遠い未来の夢を語っていると、誰もが受け止めていた」と当時を振り返る。
ところがわずか四半世紀を過ぎ、資金の壁が低くなったばかりか、多くの技術の壁も乗り越えられそうになった。「船体・甲板用の特殊鋼板は上海・宝鋼(宝山製鉄所)がほぼ必要な全量を供給できる。空母本体に限定すれば、国内には無い高度な装備・部品は12%(対総建艦費とみられる)にすぎないとはじいており、覇権超大国(=アメリカ)が妨害しなければ、国際貿易ルートを通じて調達できる」「艦載機は、ウクライナから購入したSu33艦載戦闘機のテスト機をベースに中航工業瀋陽飛機工業集団が殲一五(J15)を製造する。陝西省西安の軍研究機関は、当面はロシアから購入せざるをえないエンジンに代わる国産エンジン開発にやっとめどをつけたばかり」――将校は、敏感で微妙な情報に踏み込みすぎたと警戒したのか話題を一転、一段と力を込めた。「資金や技術の壁……いかに厚くとも、どのような困難が横たわっていようと、梁国防相が言った通り、我が国は空母を保有しないわけにはいかない。今、踏み切らなければ間に合わない」。
中国が輸入する天然資源のほぼ8割がマラッカ海峡を通過し、今後、原油は言うに及ばず天然ガス・石炭などの対外依存度は高まり続ける。「中東やアフリカからインド洋・マラッカ海峡を経て南シナ海にいたるシーレーン(海上交通路)の安定・安全が、ますます経済発展の死命を制するようになる」――。原油に限っても、2009年に初めて対外依存度が過半を超え52%に達し、2020年には65%、2050年には80%超へ跳ね上がる。2009年には石炭も純輸入国に転じた。「後発優位をフルに活用し運用までの期間を米国の半分に縮めたとしても、空母保有から本格運用まで25年は覚悟しなければならない。2024年に3個機動艦隊との目標は、ギリギリ間に合う期限なのです」と将校はその心中を吐露する。
■「近海防御」から「遠海“積極”防御」へ
軍シンクタンクの研究員を務め総参謀部に移った理論家肌の前述の中堅幹部が補足した。「総合国力の増大に伴い、我が軍の任務も当然、変わる。劉華清司令官時代の海軍は、沿岸防御型から近海防御型に転換する段階、そして今や胡錦濤政権は遠海積極防御型海軍の建設を謳っている」――。幹部の解説をそのまま借りれば、「毛沢東時代の沿岸防御は陸上部隊とともに沖合いや海岸で敵を迎え撃つ戦術、四半世紀前の潜水艦派の勝利は敵の接近を拒否し近海で叩くのが主目的で、いずれも表立っては言わないが、文字通り“防御”に主眼を置いていた。空母の任務は違う。だからこそ、同じ防御でも“積極”の2文字をことさらに強調する。脅威があれば敵陣まで攻め込む選択肢も加えるという、根本的な戦略の転換なのです」。
1987年5月、劉華清は広州艦艇学院(広東省)に、わずか1期のみという軍史上初の幹部養成コース「飛行員艦長班」を設けると決め、同年秋、1000人近くの海軍パイロットから10人を選抜し入学させた。脱落した1人を除き3年半の教育訓練を受けた9人は今や、駆逐艦や護衛艦の艦長などを経て艦隊支隊(分隊)を率いる師団級幹部(基本階級は大校=大佐)に昇進している(『揚子晩報』2009年5月22日)。ワリヤーグや国産一番艦の艦長は、「ほぼ間違いなく、この9人の中から選ばれる」と同紙。中国なりに、長い時間をかけて「膨大な系統工程」をこなしているのである。
「那(+口偏)里有国家利益、那(+口偏)里有八一旗(国家利益あるところ、軍旗がはためく)」――先の総参謀部の中堅幹部が語ったこの一言ほど、中国軍の今日を浮き彫りにする言葉を筆者は知らない。党中央の幹部によると、胡指導部は「黒水型の民間軍事組織設立」も決めた。米正規軍にも戦闘訓練し、アフガニスタンやイラクで活動する戦争請負会社「黒水」すなわちブラックウォーターのような“民間組織”を中国も作り、軍OBらを雇うだけでなく現役の軍人も“出向”させる方針を正式決定したという。正規軍を送り込めない地域に、民間警備会社の名目で派遣する寸法だ。当面は、アフリカで資源獲得に邁進し、治安悪化や環境破壊に対する現地の反発に直面している中国の権益と中国人コロニーを守る役割を担うと明かしたこの幹部は、率直に打ち明けた。「米国は、いつも先生ですね……でも、我々だって永遠に生徒に甘んじるつもりはない」。
「米中海洋冷戦時代」は目の前に
今月7日、尖閣諸島の領海内で違法に操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、日本は船長を逮捕したが、中国はそれに激しく抗議した。日本のメディアは「日本の政局混乱を突いた挑発・観測気球」と深読みし、一部は「海上民兵を動員した計画的な行動」と騒ぎ立てる。一方、中国側は「総合国力の増大に伴い軍事力を増強するのは当然だから、変化する現実と冷静に付き合えるよう“うるさい”日本人を教育する」と国務院幹部が真顔で断言する。胡指導部と同様、視線は遠くハワイの米太平洋軍やワシントン郊外のペンタゴンを見据えているのである。
一時もてはやされた「G2」論や、逆に米中対峙を予測する「新冷戦」論は、あまりにも現実にそぐわない。機動艦隊創設を決意したように、中国はしばらく、少なくとも今世紀半ばまでは、あらゆる分野で米国を先生と見なし先進経験や技術を吸収しようとするだろう。カギは、中国がいつ、どの分野で、どの程度、米国を凌駕したと受け止めるのか、だ。
全面的な衝突にはいたらないとしても、「遠海積極防御」へ突き進む中国海軍と米海軍は、「これから軋轢・摩擦を繰り返し、やがては偶発的な事故、小規模な挑発が不可避だ」と米太平洋軍参謀畑の高官も明言した。「米中海洋冷戦時代」の幕開けは、目の前だ。
筆者/ジャーナリスト・藤田洋毅 Fujita Hiroki
Foresight(フォーサイト)|会員制国際情報サイト
http://www.fsight.jp/
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しかしながら、プロジェクトが計画通り進展するかどうか、不確定要素は少なくない。艦の建造のみならず、戦闘機や早期警戒機、対潜哨戒機など各種艦載機およびレーダーや電子装置の開発・生産、随伴する駆逐艦、ミサイル巡洋艦、原潜を含む潜水艦や輸送艦などの配置と運用……まさに米太平洋軍のキーティング前司令官が指摘したように、「機動艦隊は、複雑で膨大な系統工程(システムプロジェクト)の集積、想像を絶する長い時間をかけ幾多の困難を乗り越えなければならない」のだ。
■スケジュールは中国にとって「ギリギリの期限」
「覚悟しています」――軍内の熱気を遮るかのように、先の技術将校は冷静に語った。中国海軍の父と呼ばれ、空母推進派の旗頭だった劉華清・海軍総司令官(当時、後に党中央軍事委員会副主席)は1980年代、真剣に空母保有の可能性を探った。だが「中国はあまりに貧しかった」。海軍内部においてすら、限られた資源を潜水艦増強に振り向けるべきだと主張した潜水艦派が空母派を圧倒、劉は84年頃、やむなく断念したとされる。将校は、「空母本体や甲板に使う特殊鋼板、艦載機、エンジン……すべて輸入せざるをえない。技術の壁は厚かった。なにより、初歩的に200億元余とはじいた空母建造・機動艦隊創設費は同年の国防予算178.7億元(公表分)をも軽く上回った。劉は遠い未来の夢を語っていると、誰もが受け止めていた」と当時を振り返る。
ところがわずか四半世紀を過ぎ、資金の壁が低くなったばかりか、多くの技術の壁も乗り越えられそうになった。「船体・甲板用の特殊鋼板は上海・宝鋼(宝山製鉄所)がほぼ必要な全量を供給できる。空母本体に限定すれば、国内には無い高度な装備・部品は12%(対総建艦費とみられる)にすぎないとはじいており、覇権超大国(=アメリカ)が妨害しなければ、国際貿易ルートを通じて調達できる」「艦載機は、ウクライナから購入したSu33艦載戦闘機のテスト機をベースに中航工業瀋陽飛機工業集団が殲一五(J15)を製造する。陝西省西安の軍研究機関は、当面はロシアから購入せざるをえないエンジンに代わる国産エンジン開発にやっとめどをつけたばかり」――将校は、敏感で微妙な情報に踏み込みすぎたと警戒したのか話題を一転、一段と力を込めた。「資金や技術の壁……いかに厚くとも、どのような困難が横たわっていようと、梁国防相が言った通り、我が国は空母を保有しないわけにはいかない。今、踏み切らなければ間に合わない」。
中国が輸入する天然資源のほぼ8割がマラッカ海峡を通過し、今後、原油は言うに及ばず天然ガス・石炭などの対外依存度は高まり続ける。「中東やアフリカからインド洋・マラッカ海峡を経て南シナ海にいたるシーレーン(海上交通路)の安定・安全が、ますます経済発展の死命を制するようになる」――。原油に限っても、2009年に初めて対外依存度が過半を超え52%に達し、2020年には65%、2050年には80%超へ跳ね上がる。2009年には石炭も純輸入国に転じた。「後発優位をフルに活用し運用までの期間を米国の半分に縮めたとしても、空母保有から本格運用まで25年は覚悟しなければならない。2024年に3個機動艦隊との目標は、ギリギリ間に合う期限なのです」と将校はその心中を吐露する。
■「近海防御」から「遠海“積極”防御」へ
軍シンクタンクの研究員を務め総参謀部に移った理論家肌の前述の中堅幹部が補足した。「総合国力の増大に伴い、我が軍の任務も当然、変わる。劉華清司令官時代の海軍は、沿岸防御型から近海防御型に転換する段階、そして今や胡錦濤政権は遠海積極防御型海軍の建設を謳っている」――。幹部の解説をそのまま借りれば、「毛沢東時代の沿岸防御は陸上部隊とともに沖合いや海岸で敵を迎え撃つ戦術、四半世紀前の潜水艦派の勝利は敵の接近を拒否し近海で叩くのが主目的で、いずれも表立っては言わないが、文字通り“防御”に主眼を置いていた。空母の任務は違う。だからこそ、同じ防御でも“積極”の2文字をことさらに強調する。脅威があれば敵陣まで攻め込む選択肢も加えるという、根本的な戦略の転換なのです」。
1987年5月、劉華清は広州艦艇学院(広東省)に、わずか1期のみという軍史上初の幹部養成コース「飛行員艦長班」を設けると決め、同年秋、1000人近くの海軍パイロットから10人を選抜し入学させた。脱落した1人を除き3年半の教育訓練を受けた9人は今や、駆逐艦や護衛艦の艦長などを経て艦隊支隊(分隊)を率いる師団級幹部(基本階級は大校=大佐)に昇進している(『揚子晩報』2009年5月22日)。ワリヤーグや国産一番艦の艦長は、「ほぼ間違いなく、この9人の中から選ばれる」と同紙。中国なりに、長い時間をかけて「膨大な系統工程」をこなしているのである。
「那(+口偏)里有国家利益、那(+口偏)里有八一旗(国家利益あるところ、軍旗がはためく)」――先の総参謀部の中堅幹部が語ったこの一言ほど、中国軍の今日を浮き彫りにする言葉を筆者は知らない。党中央の幹部によると、胡指導部は「黒水型の民間軍事組織設立」も決めた。米正規軍にも戦闘訓練し、アフガニスタンやイラクで活動する戦争請負会社「黒水」すなわちブラックウォーターのような“民間組織”を中国も作り、軍OBらを雇うだけでなく現役の軍人も“出向”させる方針を正式決定したという。正規軍を送り込めない地域に、民間警備会社の名目で派遣する寸法だ。当面は、アフリカで資源獲得に邁進し、治安悪化や環境破壊に対する現地の反発に直面している中国の権益と中国人コロニーを守る役割を担うと明かしたこの幹部は、率直に打ち明けた。「米国は、いつも先生ですね……でも、我々だって永遠に生徒に甘んじるつもりはない」。
「米中海洋冷戦時代」は目の前に
今月7日、尖閣諸島の領海内で違法に操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、日本は船長を逮捕したが、中国はそれに激しく抗議した。日本のメディアは「日本の政局混乱を突いた挑発・観測気球」と深読みし、一部は「海上民兵を動員した計画的な行動」と騒ぎ立てる。一方、中国側は「総合国力の増大に伴い軍事力を増強するのは当然だから、変化する現実と冷静に付き合えるよう“うるさい”日本人を教育する」と国務院幹部が真顔で断言する。胡指導部と同様、視線は遠くハワイの米太平洋軍やワシントン郊外のペンタゴンを見据えているのである。
一時もてはやされた「G2」論や、逆に米中対峙を予測する「新冷戦」論は、あまりにも現実にそぐわない。機動艦隊創設を決意したように、中国はしばらく、少なくとも今世紀半ばまでは、あらゆる分野で米国を先生と見なし先進経験や技術を吸収しようとするだろう。カギは、中国がいつ、どの分野で、どの程度、米国を凌駕したと受け止めるのか、だ。
全面的な衝突にはいたらないとしても、「遠海積極防御」へ突き進む中国海軍と米海軍は、「これから軋轢・摩擦を繰り返し、やがては偶発的な事故、小規模な挑発が不可避だ」と米太平洋軍参謀畑の高官も明言した。「米中海洋冷戦時代」の幕開けは、目の前だ。
筆者/ジャーナリスト・藤田洋毅 Fujita Hiroki
Foresight(フォーサイト)|会員制国際情報サイト
http://www.fsight.jp/
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最終更新:9月21日(火)10時23分
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