2010年09月23日 (木)時論公論 「尖閣漁船問題 中国強硬姿勢の背景」

今晩は。沖縄県、尖閣諸島付近の日本の領海で、中国の漁船と海上保安庁の巡視船とが衝突し、中国漁船の船長が逮捕拘留されている事件をめぐり、中国側の態度は、日増しに硬化し、日中関係は、総理大臣の靖国参拝問題で冷え切った、5年あまり前の状況にまで落ち込むかの兆しを見せています。そこで、今夜は、今回の事件をめぐる中国側の対応を分析し、なぜ、中国がそこまでかたくなな姿勢をとり続けているのか、そして、今後の日中関係はどうなるかについて考えてみたいと思います。

今回の事件は、実に、不可解なことばかりです。まず、その一つは、問題の中国漁船がとった異常な行動です。問題の中国漁船は、こともあろうに、日本の領海内で、大きなトロール漁の網を海におとして操業していたと伝えられています。「尖閣諸島は中国領」という中国の立場からは、日本の領海侵犯にはならないこということかもしれませんが、それでも、尖閣諸島の近くに行けば、海上保安庁の取締りを受けることくらいはわかっていたはずです。
ところが、今回、中国の漁船は、取り締まりに当たった巡視船二隻に、体当たりして逃げようとするなど、大胆不敵な行動に出たのです。
当時、周辺海域には、他にも中国漁船がいたほか、船に武器などがつまれていなかったことなどから、今回の事件は、単なる偶発的なものとの見方が出ています。
ただこれまで、中国漁船の行動には、政治的な意図によるものが少なくありませんでした。たとえば、去年3月、南シナ海では、アメリカ海軍の調査船が、近づいてきた2隻の漁船から、進路に材木を投げ込まれるといった妨害を受ける事件も起きています。
その意味から、今回の事件も、「尖閣諸島は中国のものだ」という中国側の立場をアピールする政治的な意図があった可能性も、現段階では、まったく捨てきるわけにはいかないでしょう。
もうひとつ、異例といえる事態。それは、事件の後、日増しに強まる中国政府の強硬な姿勢です。日本政府に対して繰り返し抗議を行い、船長の身柄の無条件引渡しを要求しています。しかし日本側は、あくまで日本の法律にのっとり、粛々とこの問題の刑事手続きを進めるという立場を貫いています。

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これに対して、中国政府は、次々と追い討ちをかけるように報復の対抗措置を打ち出しました。主な対抗措置は、▽閣僚レベル以上の交流の一時停止、▽日本の若者1000人の上海訪問延期。▽東シナ海のガス田開発をめぐる条約交渉の延期など、事件とは直接関わりない対抗措置ばかりです。まさに、戦略的互恵関係をうたってきた日中関係の大局をも揺るがしかねない、緊迫した事態といえます。

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そもそも戦略的互恵関係とは、尖閣諸島の領有権など双方の主張が異なる、いわば「小異」は棚上げして、日中の相互互恵という「大同」をよりどころに関係を強化しようという考えだったはずです。しかし、現況では、「小異」が大きな対立点として浮上し、本来追及すべき相互互恵という大局を脅かし始めているといっても過言ではありません。
今月18日、満州事変の発端となった事件の記念日には、中国のインターネット上で、盛んに反日デモを呼びかける書き込みが行われましたが、中国政府は、「理性的、合理的な対応を求める」として、暴力的で大規模な反日デモが再発しないよう、押さえ込む姿勢も見せました。
ただ、だからといって、今回の漁船問題を、中国政府が冷静に処理しようとしていると判断するのは、早計でしょう。現在、中国は上海万博という大きな国際イベントを抱えています。もし、かつてのように強い反日機運が広がれば、万博会場でも、日本のパビリオンに対する妨害活動が起こることも十分予想されます。そうなりますと、今度は、悲願だった、上海万博を大きく傷つけてしまいかねない。むしろ、そうした考えが働いているのかもしれません。

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では、なぜ、中国は、今回の漁船問題について、強硬な姿勢をとりつづけるのでしょうか。次に、この点を考えてみたいと思います。
尖閣諸島をめぐり、日本と中国との対立が最初にクローズアップされたのは、32年前の1978年。まさに、日中の間で平和友好条約の締結交渉が行われている時期でした。
この交渉の過程で、日本側は、尖閣諸島が日本の領土であることを確認しようとしていたといわれています。ところが、その年の4月、中国から100隻以上もの漁船が、大挙、尖閣諸島に押し寄せ、領海を侵犯する事件が起こりました。
日本側の抗議に対して、当時の最高実力者鄧小平氏は、「二度とこのような問題は起こさない」とした上で、双方の意見が異なるこの問題の解決について、「次の世代はもっと『賢く』知恵があろう」と述べて、棚上げすることを提案。結局、尖閣諸島の日本帰属は明文化されず、事実上棚上げになりました。

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確かに、その事件の後、尖閣諸島をめぐり、幾たびか対立もありましたが、香港や台湾からは、尖閣諸島への上陸をめざす抗議船が日本の領海を脅かす事態がおきたものの、中国の漁船が直接、そのような抗議活動に参加することはありませんでした。これまで中国漁船が、台湾や香港の抗議船に同調しなかったのは、鄧小平氏のいった「二度と問題は起こさない」といった言葉を尊重したためと見られます。
それにもかかわらず、今回中国政府が、強硬な姿勢をエスカレートさせている背景には、日本が再三の抗議を無視する形で、漁船の船長を起訴すれば、尖閣諸島は中国領だと主張する中国の立場が、日本によって完全に黙殺された形になるという強い焦燥感があると見られ、何としても船長の無条件釈放に持ち込もうとしていると考えられます。
一方、日本政府は、「尖閣諸島は日本の領土であり、東シナ海に領土問題は存在しない」という立場を表明。日本の法律にのっとって船長の刑事手続きを粛々と進める意向を曲げていません。もし、日本が中国の圧力に屈すれば、今度は、逆に法治国家としての日本の司法制度が揺らぐことになりかねないからです。日中双方、どちらにとっても、引くに引けないジレンマに落ち込んだといえます。

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今回の漁船事件で、もう一つ見過ごすことが出来ないのは、日中間の政治・安全保障面での相互不信が、問題深刻化の背景にあることです。
中国は、ここ数年、急速に海軍力を増強し、活動海域を中国の近海から西太平洋など遠洋へと広げつつあります。ことし4月には、中国東海艦隊の艦船が、日本の沖縄本島と宮古島との間を通過し、西太平洋に出て、大規模な軍事演習を行いました。
その際、監視活動にあたっていた海上自衛隊の護衛艦に、中国軍のヘリコプターが異常接近をする事件も起きています。このままでは、やがて、日本周辺の制海権を奪われかねないとの危機感が日本側には出始めています。
このため、こうした中国海軍の活動を念頭に、日本はことし年末までにまとめる、新たな防衛計画の大綱の中で、尖閣諸島の防衛強化を柱として打ち出し、南西諸島への自衛隊員の配備増加や、離島防衛対策などが具体的に盛り込まれるといわれています。
一方、中国側は、そうした日本の動きに神経を尖らせ、防衛計画の大綱の内容がどう煮詰まるのか、きわめて強い関心をよせています。
 今回の漁船事件は、折りしも、防衛大綱取りまとめの大枠が見え始めた、まさにそうしたタイミングの中で、起きたわけです。
もちろん、今回の事件は、偶発的に起きたのか、政治的な意図によって引き起こされたのかは、明らかではありませんが、いずれにしても、今回の事件をきっかけに、中国が、尖閣諸島の問題をめぐり、きわめてかたくなで、神経質になっていることが浮き彫りになったことは間違いありません。
温家宝首相は、21日夜、ニューヨークで、船長の無条件解放を強く要求するとともに、受け入れられなければ、さらに強い対応をとると揺さぶりをかけてきました。
今回の事件をきっかけに日中関係が、当面悪化する方向に向かうことは避けられない見通しです。それが、かつてのような「政冷経熱」にとどまるのか、それとも、経済にまで影響を及ぼす「政冷経冷」という最悪の事態にまで発展するのか。争えば双方とも傷つく関係だけに、日中双方には、冷静かつ大局的な立場から、この難局を「賢く」乗り越えてほしいと思います。

投稿者:加藤 青延 | 投稿時間:23:59

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