沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件で日本側が逮捕・送検した中国人船長について那覇地検が処分保留で釈放することを決めた。
釈放によって、日中の緊張した関係が緩和される方向に向かうことを期待したい。しかし、逮捕以降の一連の経緯を踏まえると今回の決定には不透明さがぬぐい切れない。
すんなりと納得できないのは釈放の理由とそのタイミングである。
那覇地検は釈放理由について「わが国の国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」とする一方で、船長の行為を「追跡を免れるためにとっさに取った行動で、計画性は認められない」と説明した。
しかし、この説明には理解しにくい点がある。まず、検察が処分決定にあたり「外交上の配慮」を公言することの異様さだ。起訴するかどうかの裁量権は検察にあるとはいえ、「日本の法律にのっとり粛々と対応する」と繰り返してきたこれまでの政府の姿勢と矛盾するのではないか。検察は外交配慮を自らの判断で決めたと言うが本当にそうか。事実なら検察が外交に口を出すことの当否が問われる。
船長の逮捕容疑は停船命令に従わず漁船を巡視船に衝突させた公務執行妨害行為である。前原誠司外相も国土交通相として巡視船の被害状況を視察した際、「ビデオ撮影もしており、どちらが体当たりしてきたかは一目瞭然(りょうぜん)」と語っていた。今回の釈放理由との整合性が問われる。
さらに、タイミングの問題もある。釈放決定は中国側が閣僚級以上の交流停止を決め、訪米中の温家宝首相が「主権、領土で妥協しない」と表明したあとのことだ。しかも、日本の建設会社社員4人が中国で取り調べを受けたことが明らかになった直後でもある。中国の外交攻勢に押されての決定という印象はぬぐえない。政府の外交姿勢に対する不信を招きかねない。
漁船の行為が地検が言うように「とっさの行動」であったとしても、東シナ海や南シナ海での最近の中国の活発な行動は日本だけでなく韓国や東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々にとっても懸念要因である。ニューヨークでの日米首脳会談で両首脳は対中関係を注視していくことで一致したが、オバマ大統領は中国の協力の必要性にも言及した。
仙谷由人官房長官は釈放決定後の記者会見で日中関係の重要性を強調し「戦略的互恵関係の中身を充実させるよう両国とも努力しなければならない」と語った。今後、「外交的配慮」を独り歩きさせないための再発防止策へ向け冷静な対話の環境づくりに双方は取り組む必要がある。
毎日新聞 2010年9月25日 2時31分