[ English ]
記: 響谷さんの学生時代を教えてください。 響谷さん: 大学に入るまでとりとめもなく生きてました。学校で優秀な成績って訳でもなかったですし。歩行者天国とかイカ天ブームの時に高校時代を通じてバンドやってました。かっこつけだったね。全然勉強してなかったしね。遊んでばっかいました。高校までは日本ですよ。日本の閉塞感っていうかそういうものに対する反発がありました。いつかアメリカに逃げたいなと。自由な国ってイメージがあったからすごい憧れがあったんです。もともと僕は映画を作りたかったんですよ。日本からの脱却プラス、僕が行った大学はスピルバーグ(※1)とかジョージ・ルーカス(※2)が出たとこなんですけど、映画学っていうのがすごい盛んで、そういう意味ではすごく映画が創りたかった。昔から自分で創作活動・クリエイトして自分がつくったものでみんなが楽しんで欲しいっていうのはすごく純粋に思っていたと思います。わいわいやるって楽しいよね。お祭りごとが大好きなんだ。 留学してとりあえず念願の大学に入れたんですけど、高校の時遊んでたから最初はつらくて、英語で脚本を書かなきゃいけなかった。日本語でも脚本なんて書いたことないのに英語でなんか難しいじゃないですか。現地の人に聞いたら日本人で映画学を専攻してちゃんと卒業した人は2・3人しかいないらしい。ハーフとか現地での留学生活が長い人とか。それで僕は、こりゃ無理だと。僕はエンターテイメントビジネスに興味があったんで、だったらと思ってアミューズメント学っていうのを専攻したんです。企画を1つした時にその企画に対してどれだけ集客力をつけられるかっていうのですね。やってることは大したことないんですけど、でも面白かったですね。幼稚園生から大人までが集まる人気のスポットを1つ1つ研究して立地条件とか気候とか環境とか全部調査して、なんでここが人気があるのかっていうことを勉強する。そういうのっていうのはまだ日本にはないですよね。アメリカにはそういう学問がちゃんとできているんです。L.A.って世界最大のエンターテイメントシティじゃないですか。だからそういう空間もすごく充実してた。すごい楽しいですよ。カリフォルニアの気候はいつも天気が良くて青い空がずっと続いてて、留学して性格的には明るくなった。オラオラーってかんじだったのがね。僕はアメリカにどっぷりはまっちゃった。 |