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[13116] 【新型】リリカル
Name: satuki◆e7bce84a HOME ID:aab7c914
Date: 2010/09/23 12:56
2009/10/30 21:20

緊急追加

satsukiです。
【実験】という言葉が誤解を受けてしまったので、取り外すことにします。
「チラ裏でやれ」などのご指摘をして下さった方々、ご迷惑をお掛けしました。


2009/10/30

実験作です。
今までと少し感じを変えたくて、投下しました。
とは言っても、多分続きます。

なのでその内【実験】は取れると思いますので、長い長い目で見てやってくださいませ~。





[13116] 【新型】リリカル 本文
Name: satuki◆b147bc52 ID:aab7c914
Date: 2009/10/30 21:21


「おめでとう、■■・■・■■■クン。本日を以って君は、【聖王の末裔】として認定されることとなった」
「…………ハァ?」

 時空管理局地上本部。
 その事務職の砦とも言える事務局で、朝一番に局長からそんな言葉が出てきた。
 ……うん。とりあえず、耳の掃除をしよう。まずはそれからだ。

「スミマセン。ちょっと耳掃除するんで、そしたらもう一回話してください」

 最近忙しくて、耳掃除すらも出来なかったからなぁ~。
 事務職は忙しいんだよねぇ?
 魔導師よりも危険が少なくて、定時上がりが多いって聞いたから頑張って就職したっていうのに……実際はサービス残業が多すぎて死ねるし。

「あぁ、問題ない。存分に掃除したまえ……事実は変わらんがね?」

 何か聞こえたが、とりあえず無視。
 耳掃除って、自分でやってもある程度綺麗になるけど、やっぱ理想は膝枕で人にやって貰うことだよね?
 それが美人なら尚良し。……って言っても、そんな経験はないんだけど。

「(ポン、ポン)良し、OK。お待たせしました、局長殿!」
「うんうん。ではもう一度言おう。君は今日から【聖王の末裔】として認定された。ついては……」
「局長!!」
「……なんだい?」
「ちょっくら耳掻きカフェに行ってくるんで、早退したいのですが!!」

 最近ミッドに出来た新たなジャンルの喫茶店。
 その名もステキ、【耳掻きカフェ】。
 普段なら胡散臭さが先立つが、現実逃避するには丁度良い。

「待ちたまえ。行っても変わらないし、行くんだったら私も行こう。最近、あの【凪】ちゃんのツンデレがないと、生きていけない身体になってしまってなぁ……」
「……局長。実は常連だったんですか?」
「ふっふっふ……!実はメンバーズカードNo.0001なのだよ、私は……!!」

 何か金色のカードが出た。
 そこに刻印された【0001】という数字が、何故か痛々しく見えるのは気のせいだろうか?

「もしかして局長なのに外回りの回数が異常に多いのは……」
「……え?もちろん外回りにかこつけて、ソコに行ってるからだよ?」

 何言ってんの、コイツ?みたいな視線は止めて欲しい。
 
「…………まぁ良いでしょう。局長の奇行は、今に始まったことではないですし」
「その間の空きっぷりと、その末に出た結論が全くオブラートに包まれていないあたり、私の人望のなさが透けて見えるな」
「自覚があるなら、さっさと直してください」
「NO!断じてNO!この【アルファー・D・トヨタ】のモットーは、自分の生き方を変えないことだ!!……例えそれが、ダメ人間だという自覚があっても」

 最悪だ。
 ウチの上司は、自分が思っていたよりも斜め上を行くダメ人間だった。
 何でこんな奴が、事務局の局長やってられるんだよ?

「もちろん優秀だからさ♪並みの事務員なら五人がかりでやることも、私なら一人で出来るからね~?」

 インテル入ってるんじゃないか。そう噂されている、我が事務局の局長殿。
 両手は勿論のこと、さらには両足や口すらも使っての並列作業。
 一説には、【一人オーケストラ】も出来るとか。ここまで来ると、凄いを通り越して別の感想すら浮かんでくる。

「局長は本当に生物なんですか?」
「ソコで【人間なんですか?】と聞かないあたり、さりげなく人類から除外されているよね?」
「何を今更。こんなこと事務局のデータバンクを検索すれば、一秒も掛からずに抽出される程のデータですよ?」
「コラ、そこの局員。公のデータを改竄するんじゃない」
「何言ってるんですか、やったのは局長本人じゃないですか?……酔っ払った勢いで」
「あるぇ~~?私、そんなことは覚えてないなぁ~?」

 ウゼェ。
 心底この生物(?)がウザイ。
 しかし相手は上司だ。手を上げるなんてこと、出来るはずもない。

「ま、おふざけはここまでにしよう」
「……ようやく話が一周回ってきましたね」

 ちなみにこれまでの会話中にも、局長の手足が止まることはなかった。
 つまり会話と平行して、四つの作業をしていたということになる。
 ……やっぱり生物じゃねぇ。

「それでその――【聖王の末裔】とやらは、一体何なんですか?」
「文字通り【聖王】の子孫だ。君がそうだということが、昨日判明したのだよ」

 聖王というのは、ベルカ自治領での領教(国境)である。
 何でも遥か昔に、ベルカを統治していた王様の名前らしいのだが……。
 まぁベルカの人間以外には、全く良く分からん話なのだ。

「お言葉を返すようですが、家は由緒正しいミッドの人間でして。父も母も、父方の祖父母も、母方の祖父母も……」

 昔初等部の時に出た課題で、家のルーツを辿ったことがある。
 その結果は言わずもがな、ただの一般人オブ一般人。
 先祖には著名人もいなければ、高ランク魔導師もいない。本当にただの一般人だった。

「うん。だが遥か昔に戻ると、君の祖先は【聖王】だったようだ。あまりにも多くの女性に手を付けすぎて刺された、不名誉な王様だったらしいがね?」

 それじゃあ、存在が抹消された可能性が大だ。
 またはその子どもから、家系図が書かれた可能性も高い。
 どちらにせよ、そんな面倒な系譜だったとは……。ラッキーとか思う前に、面倒ごとが押し寄せてきそうだ。

「しかし何でそんなこと、本人にも内緒で調べたんですか?……って言うか、一体何処のどいつが調べたんです?」
「こっからはトップシークレットになるのだが……」
「そのトップシークレットを、何でアンタが知ってるんですか?」

 通常トップシークレットなるレベルの情報は、事務局の局長と言えど閲覧は不可能だ。

「蛇の道は竜というヤツだ」
「勝手に捏造しないで下さい」
「そこは重要じゃない。だから今は関係ない」
「……じゃあ、何処が重要なんですか」

 局長は目を伏せ、そして両手足の作業を中断した。
 ふぅと一息吐いて脚を組むその姿は、流石に局長と呼ばれるクラスの人間である。
 威厳もバッチリだった。

「現在聖王教会には、【聖王の器】という少女が居る」
「何ですか、そのゲームにでも出てきそうなネーミングは」
「彼女の正体は、古代ベルカの最後の聖王のクローン」
「!?クローンって……そんなこと、出来るんですか!?」
「出来る。だから彼女は存在し、そして混乱も起きた」

 出来るか、出来ないか。
 という問題は既に意味を持たない。
 事実として存在すれば、その問答は不要だからである。

「混乱……?」
「聖王というのは、教会にとっての神を意味する。神の復活、本来ならば諸手を上げて喜ぶところだが……」
「クローンだから、混乱が起きたって言うんですか?」
「それもある。しかし真に重要なのは、其処ではない。これまでの権力関係が――勢力図が書き換えられるかもしれないことだ」

 あぁ、ようやく理解した。
 ようは大人の黒い世界の話か。
 全く。権力って言うのは、どうしてこう厄介なのかねぇ?

「聖王に近しい存在は良い。だがそれにあぶれた奴らは?」
「焦るんじゃないですか?」
「そう、その通り。だから彼らは探した。自分たちの【神輿】になる存在を――【聖王の末裔】を」

 つまり【聖王の器】と同じ位の格を持った神輿を用意し、自分たちがそれを操れば。
 そうすれば、あぶれた奴らは権力闘争にまで持っていける。
 あとはその正当性を説いて、神輿を勝たせれば良いのだ。

「腐ってますね」
「あぁ、腐っているな」

 事務局という立場柄、どうしてもこういった腐った話を聞く機会は多い。
 横領や管理局員による犯罪など、例を上げればキリが無い。

「そして連中が探し出したのが――――君だ!!」
「すげぇ嬉しくない【シンデレラボーイ】ですね」
「同感だ。もし私が同じ立場だったら、教会を滅ぼしに行ってしまうよ」

 事務員の癖に、SSランク保持の魔導師でもあった局長。
 そんな人材、本来なら事務員にはなれない。
 しかし局長はなった。お偉方の弱みを握って、【穏便に】推薦して貰うという恐ろし過ぎる手段を用いて。

「そんで自分は、そんな権力闘争に巻き込まれると?」
「いや、心配には及ばない。既に君を見つけ出した連中は、教会の膿として処分された」
「何だ。じゃあ自分には、もう関係ないですね」
「ところがどっこい、ココからが問題なんだよ」

 まだあるのか。
 もうウンザリしてくるのだが。

「その前に一つ問い掛けをしよう。聖王そのものと、聖王の血脈。どちらも存在するが、選べるのは一つ。しかしその二つを一つしなければ、混乱は収まらない。さて、君ならどうする?」
「どうするって……」

 一番危ない手段は、片方を【消す】こと。
 しかし流石にそれは使えないだろう。
 ならば何がある?

「【消す】以外だとすると、公からの抹消とか……」
「ブッブ~!!ハズレ、ハズレ~!!かすりすらもしないとは……」
「そんなこと言われても。せめてヒントを!」
「ヒントねぇ~?私は最初に言ったはずだよ?聖王の器と呼ばれる【少女】が居ると。それが最大のヒントだったのだが」

 【少女】。
 オンナ。
 ……だから?

「えっと……ギブの方向で」
「――スマン、君は一般人だったもんな。こんなお偉方や王政が生きてる世界の話を言われても、ピンとこないのも無理はない」
「王政……って、まさか!自分とその少女を……!?」

 当代での一体化が出来なければ、次代で出来るようにすれば良い。
 つまり婚姻。結婚。
 その先にある……子どもの誕生。

「ザッツライト。今教会は、その方法で動いてるらしい」
「何て傍迷惑な!?本人の意思は、何処へ行ったの!?」
「勿論本人の意思を尊重するとは言ってくるだろうが、実質的には脅迫めいてるな」
「どうしましょう!?家にはすぐに人質になれてしまいそうな、父と母が!!」

 ミッド郊外の一軒屋で、つましく二人で暮らしてる父母。
 大体一日中家に居ることもあって、どう考えても人質予備軍である。

「つか、相手は今いくつなんですか!?少女って言うぐらいだから……」
「うむ。喜べ、■■。相手はピッチピッチの一年生だ」
「高等部のですか?」
「ノン」
「まさか中等部……」
「ノンノン」
「……………………まさかまさかの、初等部なんてことは……」
「オメデトウ。君は今日から立派なロリコンだ。局のデータベースにも登録しておくから、喜んで受けたまえ♪」
「誰が、喜ぶかぁぁぁぁ!!」

 パネェ。
 ベルカ始まったな。
 まさか少女というより、幼女といった年齢に近い存在との婚姻とか。マジありえん。

「しかしこの決定には、当然反対のものも居るからねぇ……十分気を付けたまえ」
「むしろ反対者が常識人な気がしますが」
「その通り。だから君は、彼らからするとロリコン犯罪者だ」
「何でよ!?おかしいから!?向こうで勝手に決めといて、勝手に犯罪者扱い!?」

 司法が消えた。
 警察と裁判所がグルとか、マジありえん。

「大丈夫だよ。それは管理局も一緒だから」
「……そう言えば、確かにそうですね」

 そもそも管理局自体だって、似たような組織だ。
 ただ別組織だってことだけ。

「あ、そうそう。もう来てるから、早退は希望通り受理しておくからね?」
「ありがとうございます……って、今余計な言葉が付いてませんでした?」
「余計じゃないよ?ホラ、あそこに……もうお迎えが来てるから」

 局長が指した先には、管理局内部だというのに教会のシスターが居た。しかも二人も。
 一人は金髪ロングの大人しそうなお姉さん。
 そしてもう一人は、小豆色の髪の短髪お姉さん。

「綺麗な人たちですねぇ……。でも何か」

 短髪お姉さんからは隠しようのない殺気が。
 そして短髪ほどではないにしろ、金髪お姉さんの笑顔からは瘴気が見えそうだった。

「何か……恐ろしいオーラを撒き散らしながら、ガン付けられてるんですけど!?」
「あぁ、彼女たちは良識派でね?つまり君を恨む人たち」
「おかしいでしょう!良識派を名乗るなら、自分が被害者だということすら、簡単に予測出来るでしょうに!?」
「うん。事実さっきまではそんな感じだったよ?」
「……聞きたくないんですが、一応聞きましょう。局長、アンタ彼女らに何を言ったんですか……?」

 聞きたくない。
 しかし聞かなければ、誤解を解くことすら出来ない。
 だから聞いておく。聞かなければならない。

「そんなに怖い顔をしなさんな。ただ事実を話しただけだから」
「……だから何と?」
「勤続五年の間に、女性局員との恋愛は皆無。局員以外の女性ともそんな関係はないから……多分【ロ】の付く人なんじゃないかと」
「ちっげぇぇぇぇ!!前半は事実だからしかたないけど、後半は限りなく捏造だぁぁぁぁ!!」

 酷い。
 こんな酷い捏造は、広報課の仕事だろう。

「ほぅら。美しいお姉さんたちが、手招きしてるぞぉ?」
「綺麗な薔薇には棘がある。綺麗過ぎる薔薇には、猛毒すら積まれている。これがこの事務局に来てからの教訓です」
「ほぉ、実に真理だ。誰なんだい?君にそれを教えてくれたヒトは……?」
「アンタだ、アンタ!!」

 今まで紹介する場面がなかったが、ウチの局長は女性だ。
 【アルファー・D・トヨタ】。
 蒼いウェーブがかったロングヘアーに、銀色の瞳を填め込んだ【女神】と称される人物である。

「おぉ!ということは、君は私を美し過ぎると思っていたのか!!……明日から気をつけないと」
「その心配は皆無です。普段の態度が、その美点をマイナスまでに落ち込ませていますから」
「言ってくれるねぇ?じゃあ美し過ぎるお姉さんの下で学んだ対応を活かして……いってらっしゃい♪」

 ドン、と背中を押される。
 もう行くしか道は残されていなかった。
 この先にはどんな道があるのだろうか?

 そもそも道はあるのだろうか?
 ……とまぁそんな感じで、自分は美しき羅刹二体の下へ歩いていくのだった。






 時空管理局事務局局員【エル・G・ランド】の手記より。






[13116] 【新型】リリカル 本文弐号
Name: satuki◆f87da826 ID:125afb30
Date: 2009/11/04 00:58
 新暦△年○月×日。
 雲一つない快晴の下、ミッドに有り得ざる建物の一室で、これまた普通なら有り得ざる光景があった。
 畳み敷きの部屋。縁側は標準装備で、庭には鹿威し。

「……御趣味は?」

 そんなどう考えても地球式な【お見合い】の中で、自分こと【エル・G・ランド】は、向かい合っている幼――少女に話を差し向ける。

《ヴィヴィオさん。相手に嫌われることを言えば良いんですよ?》

 騎士カリムのアドバイスが、念話を通して少女に送られる。
 事前の打ち合わせで、とにかく相手に嫌われれば御破算になるので、そういう方向で行くことになったのだ。

「えっと、えっと(きらわれること、きらわれること……)…………スターライトブレイカーを少々?」

 金髪の少女は、躊躇いがちにそう言った。
 そして彼女以外の面々の胸中が一致する。

『(スターライトブレイカー!?少々!?)』

 【少々】、がくっ付いたスターライトブレイカーとは何物か。
 威力が少々なのか。
 少々の力でもスターライトブレイカーが出来るぐらい、自分は凄いと言っているのか。

「そ、それは……(普通なら何だそりゃ!って言うトコだけど、この場合は……逆の方が嫌われそうだな)す、素晴らしい御趣味をお持ちで……」
『(素晴らしいの!?)』

 とにかく嫌われることを念頭に置いた回答。
 この時は知らなかったのだが、実は向こうさんとコチラの作戦は同じだったのだ。
 嫌われる=本音の逆を言う、というトコロまで一緒だったので……まぁ、こうなるよね?

「(どうしよ、どうしよ!?もっとすごいことを言えば、きらわれるよね!?)えっと……とくにバインドで動けなくしてからの全力全開は、とっても気持ちいいです!」
『(どこの【女王様】ですかぁぁぁぁ!?)』

 ハードルが高すぎる。
 会話のレベルが、交渉人を連れて来ても歯が立たないレベルだ。
 だがコチラには、ネゴシエーターを越える【軍師】が居る。

《エル!怯むな、前に進むんだ!!》
《局長!?》

 普段はオチャラケだが、人を不快にさせることに掛けては天下一品の猛者。
 このお見合いを破談にさせる為には、この最終兵器(リーサルウェポン)の力は、役に立つだろう。

《とにかく嫌われるよう、全力で普通の逆をやるんだ!!》
《……わかりました》

 念話を打ち切る。
 そして少女を真正面から見据える。

「バインドからの全力全開ですか……」
「う、うん……」

 若干怯えながらも、少女は自分から視線を外さない。

「良いですね。実は自分は、やられるのが大好きな変態なんですよ!」
『(変なカミングアウト、来たぁぁぁぁ!?)』
「ふぇ!?そ、そうなんですかぁ……?(な、何でぇぇ!?)」

 良し、掴みは上々だ。
 本人にも期待通りの反応が見られた。
 ……ちなみに自分の横に入る蒼髪の上司は、器用にも念話の中で盛大に笑っている。

「えっと!……お兄さんのごしゅみは!?」

 一応【お見合い】というのが、どういうモノかは学んできたらしい。
 少女の拙いながらも進行させようという気概が、皆に伝わった。

「(嫌われること、嫌われること、普通の格好良いオトコならしないこと……)ウ、ウサギのヌイグルミと楽しくお話しすることです!」
『(何だそりゃぁぁぁぁ!?)』
《素晴らしいチョイスだ。ナイスセンスだぞ、エル》

 別にウソは言っていない。
 ただし、遡ること十四年くらい前の趣味だが。

「えー!?本当!?ヴィヴィオもそうなんだよぉ!!(あ、ふつう答えちゃった!?)」
「(しまった!?裏の裏か!!)」

 何というトラップ。
 少女の瞳は、同士を見つけたとばかりに喜色に染まっていく。
 対照的に教会騎士軍団は、自分を見る目がドンドン険しくなっていく。

《何やってるんですか!?嫌われるはずが、気に入られてるじゃないですか!?)》

 金髪騎士から、怒りを孕んだ念話が飛んでくる。
 どうやらお怒りのご様子。
 しかし、どうせよと言うんだ。

 そもそも何で、こんな面倒な事態になったのか。
 ことの起こりは数日前――つまり二人の教会騎士が、事務局を訪れた日に遡るのだった。













「御見合い、ですか?」

 管理局の事務局。
 本来そんな場所を訪れることない、教会騎士の方々。
 しかし今、そんな彼女らはココに居る。

「……えぇ、その通りです」

 金髪の騎士、【カリム・グラシア】女史は頷く。
 美人っていうのは、居るだけで空気が変わる。
 良い方向にも。そして……悪い方向にも。

「本来両者の――個人の意思を無視した婚姻というのは、あってはならないモノです」
「えぇ、全くです」
「……しかしそれでは、ベルカの首脳陣を説得出来ませんでした」
「それは――――やっぱり聖王という存在の復活を、皆が心待ちにしてるからですか?」
「……えぇ」

 美し過ぎる訪問客は、どう見ても招かざるお客様です。
 素晴らしい笑顔から滲み出る瘴気が、それを証明しているのだ。
 騎士カリムの傍らに居る短髪さんからは、それを補強する証拠として限りない殺気が溢れ出ている。

「あの……一応言っておきますが、自分は【ロ】の付く人でもなければ、少女と本気で結婚したがる危険人物ではありませんよ?」
「……では管理局のデータベースに載っている情報は、誤りだと言うのですか……?」

 怖ぇぇ。
 美人は怒ると尚更際立つと言うが、そのお手本が今目の前にあった。

「ハイ。自分にそんな趣味はありません」
「…………信じたいのは山々なのですが、管理局のデータベースを管理しているのは貴方たちです。それを……」

 そのデータベースを編纂する人物に問題が有るんです。
 つか、もうデータベースに登録したのか。
 仕事がはやすぎる。その技術と行動力を、もっと別のことに役立てろ。

「とにかく、本来は貴方のような人物を聖王陛下と引き合わせるのは、出来れば避けたいのですが……」

 これって名誉毀損では?
 それを仕掛けた件の人物は、自分の横で座ったまま何も言わない。
 しかし不敵に微笑んでいる。なんだろうね?異常なまでに嫌な予感がするんだけど。

「相変わらず御嬢騎士は、頭が固いねぇ……?」
「……どういうことです?」
「ココんとこ、良ぅく見てみなって」

 上司が騎士に見せたのは、端末から呼び出した【とある人物】のデータベース。

「何々……【カリム・グラシア】って、私の情報じゃないですか!?」
「あぁ。ちゃんと下までスクロールして御覧って」
「……身長○○○センチ。体重××キロ。上から△△・■■・××。初恋は初等部でのクラスメイト。告白するも、『ゴメン。ボク【ドM】だから、シスターシャッハがタイプなんだ……』とフラれる――――って、何ですか!?コレはぁぁ!!」

 全部音読してからツッコミを入れるあたり、難儀な性格の持ち主のようだ。

「事実だろう?」
「た、確かに事実ですが……何でこんな事まで!?」

 シスターシャッハは、どう反応したら良いか分からないようだ。
 カリムの初恋の相手を、実は自分が奪っていたとか。
 その彼の趣味は危険な香りだったとか。彼女が反応に困るのも頷ける。

「決まってるだろう?私が面白いからだ♪」

 結論:やっぱりウチの上司は最低だ。

「な、な、そんなことの為にワザワザ!?」
「素晴らしい程の愛だろう?君の為に、さっき突貫で拵えたんだから」
「そんな愛は要りません!!…………ハァ。全く貴女ときたら、どうしていつもそうなんですか……?」

 何かこの二人、どうやら知り合いだったらしい。
 
「決まっている。君やエルは、私の大事な【オモチャ】だ。故にからかって楽しむのは当然!!」

 胸を張って応える上司。
 あまりの事態に言葉もない、自分と騎士二人組。
 ようやく理解した。騎士カリムは、自分と【同属】だ。

「……エル・G・ランドさん」
「なんでしょう?」
「誤解してしまい、申し訳ありませんでした!!貴方も本当は、【アレ】の被害者だったのですね!!」

 両手を握られ、涙を流しながら謝ってくる騎士カリム。
 そこにはやっと同類を見つけたと言わんばかりの、安堵感と開放感。

「……ようやく理解して頂けましたか。あの上司ときたら、いつもあんな感じで……!!」
「分かります、分かってしまいます!!サンクトヒルデ初等部での、暗黒の数年間が!あの時の経験が、貴方の苦悩を理解出来てしまいます!!」

 衝撃の事実。
 ウチの局長は、ベルカ領の初等部に通っていたのか。
 それも騎士カリムのクラスメイトという、グレードの高い所に。

「さて、各々境遇は理解したね?ならさっさと、案件を片付けてしまおう。エルにやらせる仕事が、山ほど存在するしねぇ?」
「……諸悪の根源が何を言いやがりますか。しかもさり気に自分の仕事を増やしたでしょう!半分以上は、局長の分ですからね!?」
「久しぶりに会った旧友に、世間の厳しさを教えてあげただけさ。どうも教会の連中は、この娘には甘くてね?あと局長は偉いんだ。キリキリ働けよ、下僕クン♪」

 権力っていうのは、どうして渡ってはいけない人物程、手に入れてしまうものなのだろうか?

「ともかく。教会側を納得させる材料があれば、【聖王の器】との婚約は消えると」
「……そうです」

 真面目になった上司は、手の付けられない程の天才だ。
 それを知っているからこそ、騎士カリムは頷くことしか出来ないのだろう。

「そんで、まず【御見合い】というカタチを実践し、そこで御破談に持っていければ―― 一応のカタチは付く」
「……その通りです」

 悔しいが当たり。
 それが金髪の騎士の表情から読み取れる。

「良ぉし!ならパッパと終わらせてしまおう。要は傍から見て、嫌い合っているように見えれば良いんだろう?エルのサポートには私が付くから、カリムたちは聖王の器の方を頼む♪」
「え?あ、ハイ……」
「さぁ、忙しくなるぞぉ♪」

 妙にやる気を出した【天災】に、自分たちはただ呆気に取られることしか出来なかった。












 そして数日後、つまり今日である。
 机を挟んで教会組と管理局組に分かれ、まさに【御見合い】の席。
 そこに登場した少女は、まだ本当に小さく幼い少女だった。

 オレンジがかった金髪は、両こめかみの上辺りでツインテールにしばっており、左右で瞳の色が違うという【オッドアイ】。
 それだけでも既に、幼いながらも【何か】普通の少女と違ったものを感じさせた。

「高町ヴィヴィオ、七さいです!」

 高町?はて……何処かで聞いたことがあるような?

《エル。このお嬢ちゃんの義母は、【あの】高町なのはだぞ?》
《なんですと!?良く【あの】エース・オブ・エースが、こんな見合いを許したもんですね!?》

 エース・オブ・エース――【高町なのは】。
 元々は管理外世界の住人だったが、偶然事件に遭遇し、そして魔法の才能を開花させた【鬼才】。
 初等部の年齢時には既にAAAクラスで、現在はSを超過。ここまで来ると、天才ではなく【鬼才】という他ないだろう。

《うむ。まぁ本音を言えば嫌だっただろう。しかし後々遺恨を残さない為にも、泣く泣く許したと。多分そんな感じだろう》

 義理とは言え、自分の娘がこんなふざけた事態に巻き込まれれば、誰だって嫌だろう。
 しかし今回を凌げば希望が出るのならと。
 そこには親の葛藤が伺い知れる。

《ま。今はそんなことを気にしても、しょうがない。向こうさんには、既にカリムがアドバイス済みみたいだし……精々嫌われてこい♪》

 言う方は気楽である。
 しかし進まないことにはどうしようもないので、とりあえずコチラも自己紹介をせねば。

「エル・G・ランド、十七歳です」

 そんで話は冒頭に戻るのであった。








「(くっ!?まさか裏の裏で当たってしまうとは!!ど、どうすれば……!)」
《待て。落ち着くんだ、エル!ココはさっきの嘘を逆利用するんだ!》
《逆利用、ですか?》

 うろたえる部下に一喝。
 流石は事務局の長。瞬時に状況を理解し、そして打開策を提示してくる。
 その才能を恒常的に活かしてくれれば、我々も苦労しないで済むのに。

《そうだ。普通見合いの席で嘘を付いたとなると、どう転んでも良い印象は受けない》
《そりゃあ、そうでしょうけど……》

 当たり前すぎる。
 仮に相手に気に入られるよう嘘を付いたとしても、それは最後まで突き通す嘘だ。
 まぁ、通せるかどうかは別問題だが。

《ならその嘘を自ら暴露してしまうことによって、相手の心象は最悪。いかに初等部の少女とはいえ、嘘吐きが悪いこと位は理解出来るだろう》
《な、なるほど……》

 確かに嘘吐きほど分かりやすい【悪】はない。
 これなら少女にも嫌われることが出来るだろう。

「(なら……良し!)すみません!実はウソを吐きました!!自分は本当は、攻撃するのが大好きなんです!」
『(まさかの【S】宣言!?)』

 先程の発言を嘘だと暴露するよりも、後半の発言の方がインパクトが強すぎたらしい。
 騎士二人組は、目を見開いて驚きを露わにしている。

「(あわわわ!!どうしよう!?ヴィヴィオもウソついてたって、言うべきだよねぇ!?)」

 確かに嘘はいけないことだ。
 しかしもしも自らも嘘を付いていたら?
 そして相手が先に嘘を告白してしまったら、一体どういう風に感じる?

「えっと、ごめんなさい!ヴィヴィオも本当は、バインドされた上で、スターライトブレイカーされる方が好きなんです!!」
『(なんですとぉぉぉぉ!?)』

 衝撃過ぎる告白。
 まさか【聖王の器】のクローン元も、実は【M】だったとか言わないよな!?
 だとすると、その一族の末裔らしい自分も……考えるな!考えちゃダメだ!!

「(何故だ!?どうしてこうも、裏目に出る!?)」

 嫌がらせや人に嫌われることが得意な、局長というブレインを拝借しても逆の結果が出てしまう。
 これは運命なのか?
 自分は、【ロ】の路を歩まなければならない宿命なのか!?

《ヴィヴィオさん!相手に嫌われないと、この御見合いを破談に出来ないんですよ!?》
《で、でもぉ……このお兄さん、たぶんいい人だよぉ?》

 嘘を告白する=良い人ではないのだが、少女にはそう映ったのだろう。

《そうは言いますが、このままでは……》

 埒が明かないと感じたのは、どうやらコチラだけではない様子。
 ……こうなったら仕方がない。
 局長や騎士軍団扮する、【不良の兄ちゃんたちに絡まれ、ボコボコにされる計画】を発動せねば。

「う~む。それでは会話も弾んできたところで、あとは若い者に任せるとしますか♪」
『(弾んでたの!?)』

 こういう時、ウチの上司は重宝する。
 何と言っても、超ゴーイングマイウェイだから。
 呆気に取られる騎士軍団を尻目に、自分と少女は蒼髪の生物【らしきもの】に強引に退出させられた。













「よぉよぉ、そこの兄ちゃんよぉ!」
「マブいロリっ子とデートかぁ!?イイ御趣味だねぇ?」

 現在ミッド中央公園で自分と少女は、時代遅れとも言うべき【過去の遺物】と遭遇していた。
 裾の長い詰襟の制服に、リーゼントやオールバックという組み合わせ。
 どう見ても普通の学生には見えないヤロウ二人組は、これ以上分かりやすいものがないって位に、絡んできていた。

「(コレって、本当に局長たちの変身魔法なのか……?本職真っ青じゃないか?)い、いやぁ……そんなことないですよぉ?」

 【不良の兄ちゃんたちに絡まれ、ボコボコにされる計画】。
 それは読んで字の如く、不良に扮した局長たちによって自分がボコられる作戦だ。
 不良たちに絡まれて、手も出せずにボコボコ=格好悪い&弱い=聖王の器を任せるには値しない。

 という、非常に分かりやすく&少女にも理解出来る安心設計。
 昨今【一級フラグ建築士】なる人物が横行する世の中で、まさかの【一級フラグクラッシャー】ぶり。
 総合プロデュース【アルファー・D・トヨタ】という、人の皮を被った悪魔産の優れものである。

「お、お兄さん……この人たち、怖いよぉ……」

 そう言って、自分の服の裾を掴んでくる少女。
 確かにこれは怖い。
 むしろ怖くないヤツはいないだろう。……色んな意味で。

「ウホ!良い幼女!!アニキィ、とうとう見つけやしたぜ!!」
「あぁ……。この娘こそ、我ら【全次元美幼女・美少女を奉る会】の現神様に相応しい御方だぁぁ!!」

 何だその如何わしい組織は。
 とても不良さんの入るような組織には聞こえない。
 つか何なんだ。その微妙に作り込まれた設定は?

「ふぇ?ふぇぇぇぇ!?」
「おい、小僧!そちらにおわす、素晴らしい御方をコチラに渡せ!!」

 もう滅茶苦茶だ。
 でも、ようやく本題に入ったとも言える。

「お断りします。今日は非番ですけど、一応管理局員でしてね?目の前で未成年略取されると、非常に困るんですよ」

 主に給料的に。
 そして懲戒免職は困るんで。

「んだとぉぉ!?アニキィ、やっちまいましょうぜ!!」
「オウ。このふざけた野郎はフクロにしちまわないと、気が済まん!!」
「いや、そう言われても――――ブフォォ!?」

 吹っ飛んだ。
 下から突き上げられたアッパーは、自分をお空に舞い上がらせる。
 何でだよ!?普通不良の攻撃って言ったら、ストレートだろ!?

「お、流石はアニキの幻想砕きのアッパー。不良っていうフィルターを利用した、エグイ一撃だぜ!!」

 何か解説が始まった。
 って言うか、容赦が無さすぎる。
 これって、本当に局長たちなんだよなぁ!?

《局長!局長!!》
《……ん?どうした、エル?こっちはもうすぐ公園に着くから、ちゃぁんと場ぁ繋いどけよ?》

 ……今、何と申した?
 局長たちは、未だ公園にすら居ないですと!?
 じゃ、じゃあ……目の前の不良さんたちは……。

「本物ぉぉぉぉ!?」
「何つべこべ言ってんだよぉぉ!!オラァァ!!」

 痛い。これマジモンだわ。
 どうする?どうするべきだ?

《局長!緊急事態です!!》
《どうした?実は既にホンマモンの不良さんに、絡まれてるとかか?》
《……局長。実は見えてるとか、ないですよねぇ?》

 だとしたら、悪趣味この上ない。

《その反応から察するに、どうやらビンゴらしいな。いやぁ、臨場感を演出する為に【最近不良が頻出する場所】を選んだんだが……マイッタね、こりゃあ♪》
《ちょっと待てぇぇぇぇ!?》

 悪趣味を越える存在。
 それが局長のデフォルトだったらしい。
 まさに人のカタチをした【悪意】だ。

「オラオラ!反撃してこいよぉぉ!!これじゃぁ、ただの弱いものイジメじゃないか!!」

 実際その通りだろ。
 エル・G・ランドという人間は、一応魔法は使えるもののランクはD。
 局長のようなリアル無双をやれる訳でもなければ、攻撃魔法を使える訳でもない。

 使えるのは精々、念話やサポート魔法。
 さらに言えば腕力に優れる訳でもないし、何かしらの武術をやっている訳でもない。
 事務員オブ事務員。それが自分の隠し切れない本性なのだ。

「んなこと、言われたって!?」

 両腕をクロスして、相手の攻撃に備えるのが手一杯。
 リアル事務員を舐めるな!

「お、お兄さん……」

 傍らの少女が泣きそうになってる。
 ヤバイ。
 本来泣かれたりするのは願ったり叶ったりだったのだが、今はそんな事態ではない。

 どうにかしてこの少女だけでも逃がさないと、教会が黙っていないだろう。
 管理局員が聖王(の器)を逃がすという図式は、下手をすると管理局VS聖王教会の全面戦争に移行しかねない。
 それだけは避けないとマズイ。でないと自分は……明日からは多分【プータローさん】だ!!

《良いかい、お嬢ちゃん?今から自分があの不良さんたちを引き付けるから、その間に逃げるんだ》
《え?えぇぇぇぇ!?》
《さっきまで居たお屋敷は分かるね?あそこまで行けば、さっきのお姉さんたちがいるから。そこまで逃げるんだ!》

 実際はそこまで戻らなくても、多分公園の入り口あたりで会えるだろう。
 だが最悪を想定して言っておかないと、何があるか分からない。

《でも!お兄さんはどうするの!?》
《……お嬢ちゃんがあのお姉さんたちを連れてきてくれれば、お兄さんは助かるんだ。だから……急いで逃げてくれ》
《そ、そんなぁぁ!?》

 これは事実だ。自分に戦闘能力はない。
 だから局長か、シスター騎士の介入が必要なのだ。
 男としては情けない限りだが、事実は事実として認めなければならない。

《急いでくれ!!お兄さんは、そんなには保たないから!!》
《で、でもぉぉ!》
《……大丈夫。男っていうのは、女の子を護る為に生まれてくるんだ。だからキミは、お兄さんを男にさせてくれ!!》
《…………ウン、わかった!!》

 説得完了。
 多少カッコ付けな上に、少女に理解出来るかは不安だったが……何とかなって良かった。
 あとはタイミングだけだ。

「(良し、ならばコチラから仕掛ける!)あ!あんな所にUFOが!!」
「……嘘こけ。今時そんな嘘、幼女ですら見破れぜ!!」

 第一段階失敗。
 しかしまだだ!
 まだ次の手がある!!

「あ、違った!?幼女が水浴びしてるところだった!!」
《お、お兄さ~ん!?》

 あまりにワザとらしい嘘に、少女からも突っ込みが入る。
 でも大丈夫!

「何処だ、何処だ!?オイ、貴様!本当に見間違いじゃあ、無いんだろうなぁ!!」
「何だよ、見えないのか?ホラ、アソコだって!」

 敵さんの視線は、既に少女を捉えてはいない。
 まさに計算通り。

《ホレ、見たことか。今の内に行くんだ、お嬢ちゃん!》
《ハ、ハイ!!》

 呆気にとられる少女に活を入れ、自分は死地に足を踏み入れる。

「オイ、本当に居るのか!?…………って、しまったぁぁ!?現神様に逃げられるぅぅ!!」
「くっそぉぉ!!味な真似、しやがってぇぇ!!」

 むしろ、こんな簡単な手に引っ掛かった方が驚きだ。
 味な真似、以前の問題だと思うが。

「こんにゃろぉぉぉぉ!!」
「ゲフ……!?」

 不良(子分)の攻撃。
 エルに四十のダメージ。
 エルは動けない。

「ソイツはお前に任せた!オレはあの現神様を追いかける!!」
「分かりやしたぜ、アニキィィ!!」

 不味い!
 いくら先行した分があるとは言え、少女の走る速度と青年男子の走る速度は違いすぎる。
 このまま放置すれば、折角逃がした少女はすぐに捕まってしまうだろう。

「そうは、問屋が下ろし金……ってねぇぇ!!」

 後ろからタックル。
 ラグビーのようなソレは、既に駆け出そうとしていた不良(親分)をつんのめらせるのに十分だった。

「……ってぇぇじゃないないか!このクソヤロウがぁぁ!!」
「行かせるワケには、いかないんだよぉぉ!!」

 不良に腕力で勝てる訳が無い。
 だから必死こいてしがみ付いているのみ。

「なんだぁぁ!?まさか、本当にあの現神さまが大事なのかぁぁ?」
「あぁ、大事さ!!(管理局的にも教会的にも)あの子ほど大事な娘は、いるもんかぁぁぁぁ!!」

 思わず大音量で叫んでしまった。
 まぁそれだけ大事な御方なので、問題ないと言えばそうだけど。

「へっ!なら、その大事な娘が連れてかれるのを、指をくわえながら――――って、なんじゃありゃぁぁ!?」
『……?』

 不良(子分)の台詞が、中途半端なところで区切れ、そして驚きのモノへと変化する。
 子分の視線の先――少女が逃げた方を、親分と自分が振り返る。



 ――カツ、カツ、カツ、カツ!



 突如出現した、虹色のオーロラのような光の壁。
 それだけでも驚きなのに、そこから人が出てきた。
 年の頃なら十代後半くらい。

 長い金髪を上の方で一本に縛り、その髪が片目にかかってしまっているが、見えた方の瞳の色は紅だった。
 白いオーバージャケットを纏い、インナーは黒系のピッチリとしたデザイン。
 身体のラインがハッキリ出る服なのに、それがどうしたと言わんばかりの自己主張度。
 


 ――カツ、カツ、カツ、カツ!



 そんな超絶美人さんが、コチラにむかって悠然と歩いてくる。
 なんだろう?
 実は【正義の味方さん】だったりするのかな?

「……良かった、無事で……」
「…………ハイ?」

 ハイティーン美少女の口から、何故か安堵の声が漏れた。
 心底安心したような様子は、この娘さんが優しい【正義の味方さん】だからと思えば、まぁ納得できなくもない。
 しかしほんの少し頬が赤いのは、一体どうしたことだろうか?

「オウ、オウ!嬢ちゃん……このヤロウの連れか!?悪いことは言わねぇ、今すぐ消えな!!」

 若干調子を乱された様子の不良(親分)。
 それは美少女の出現に驚いたせいか。それとも別の何かを感じ取ったのか。
 答えはすぐに理解出来た。

「……ゴメン、なさい……!」
「な、何言って、ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 不良(親分)の身体が、突如宙を舞う。
 くの字に折れ曲がりながら空を飛んでいく姿は、さながらブーメランのようだった。

「ア、アニキィィ!!テメェェ、良くもアニキを!!」

 美しき正義の味方(?)に挑んでいく、不良(子分)。
 しかし本能では悟っていたのだろう。
 今自らが立ち向かっていく相手は、雲上の存在なのだと。

「パァァンチ!!……と見せかけての、キィィィィック!!」

 だから策を労した。
 そこは褒めるべきだろう。
 だが問題は……相手がその程度のことなら、考えるまでもなく避けられることだった。

「ハァァァァ!!」
「ッ、ボァァァァ!?」

 吹っ飛んでいく、時代錯誤二号機。
 一号機共々お空を翔けるその姿は、【不良彗星】と呼んでも差し支えない。
 良くは見えなかったが、恐らく【正義味方さん】が何かしたんだろう。

「…………大丈夫、ですか?」
「あ、ハイ……」

 地面に座り込んでいる自分に差し出されたのは、助けてくれた女性の右手。
 ほとんど無意識でその手を取ると、立ち上がらせられる。

「あ、あの……ありがとうございました!」
「……うぅん。こちらこそ、ありがとうございました」

 良く分からんが、この女性も助かったと言っているのは――自分があの不良たちを、引き付けておいたからか?
 ……分からん。謎だ。
 そして分からないのなら、聞いて見るしかない。

「あの、それってどういう「おーい、エル!!何処に居るんだ~!?」……って、ようやく局長のお出ましか」

 まるで状況が終了するのを見てたかのようなご登場。
 ……いや。あの人の場合、ワリと洒落にならないから性質が悪い。

「あ、いけない!!お兄さん、私のこと……他の人に言っちゃ、ダメだからね?」
「ハ?エ?ちょ、ちょっとぉぉ!?」

 走り去る金髪少女。
 正義の味方は、公僕に捕まってはいけない運命にでもあるのだろうか?
 アチラの事情は分からないが、助けてもらったんだ。感謝しこそすれど、文句をいう筋合いはない。

「フゥ。エル……どうやら無事みたいだな?」
「……ボコボコにやられた所を除外すれば、ですけどね?」

 痛烈な皮肉をかまし、現れた上司様。
 皮肉には皮肉しかない。

「少しワイルドさが増したんじゃないか?格好良いぞ、エル♪」
「……そう来たか」

 しかしそんなモノ、百戦錬磨の局長に通じるハズがなかった。

「ところで、さっきのお嬢ちゃんは?一体何者なんだい?」
「さぁ?正義の味方、じゃないですかね?」
「……プッ!!それは良い、実に良い回答だねぇ♪」

 ま。我々は事務局員だし、今日は非番だ。
 ならワザワザ、事件にすることもないだろう。
 
「ランドさーん!御無事でしたかぁぁ!?」
「お兄さ~ん!!」

 お。騎士軍団とお姫様もご到着だ。
 すげー疲れた御見合いパニックだったけど、最後に良いことが有ったし……まぁ、良しとするか。
 ……あれ?そう言えば結局御見合いは――――御破算にすることが出来たのだろうか?





















「クックック……計画通りぃぃ♪」

 蒼髪の生物の呟きは、誰にも聞かれることなく、周囲に霧散していった。








[13116] 【新型】リリカル 本文参号
Name: satuki◆f87da826 ID:d0f10444
Date: 2009/11/04 01:02


「えっと……エスティアの胃薬代?あぁ、コレはハラオウン艦長の分だな?全く、あの人も苦労人だよなぁ?」

 こちら時空管理局事務局。
 外ではドンパチや捕り物帖があろうが、ココはいつもと変わらぬ光景。
 まぁ言いようによっては、常に戦場だとも言えるが。

「良し。コレは決済可能、っと。そんで次は……?」

 事務部門のするべきことは多岐に渡る。
 その中でも一番重要なのは、書類仕事。
 しかし今行っているのは、本来なら経理専門の部がやるべきことだ。

「なんだこりゃ!?統括部門からの砂糖とミルクの請求額が、ドえらいことに!?」

 だが先日。教導で来ていた【ある人物】が、訓練中に砲撃魔法を放った為に――経理部門を含むいくつかのセクションが【吹っ飛んだ】。
 幸い、昼休みに入っていたので人的被害はなかったが……。
 つまり今ココは、経理がプラスされた事務局なのだ。

「……そうか。これはハラオウン統括官の分だな?」

 さて話を現在に戻そう。
 そんな経理部体験中には、様々な【オモシロ請求書】に遭遇することがある。
 今対応中なのは、その一部ということだ。

「いやバツでしょ!?コレは経費で落ちる額を【十倍】も超えてるから!?」

 どうして同じ【ハラオウン】というファミリーネームを冠していながら、こうまでも違うんだろうね?
 いや、寧ろ反面教師かな?
 自由奔放気味の母親に、堅物の息子。

「そう言えば管理局には、もう一人【ハラオウン】の姓を持つ人間がいたハズだけど……」

 確か今は執務官だったかな?
 リンディ・ハラオウン統括官の義娘――つまりクロノ・ハラオウン提督の義妹。

「えっと。ハラオウン、ハラオウン……っと」

 うろ覚えだった知識を補強する為に、もう一度情報に目を通しておく。
 一見無駄な作業だが、意外な場面で役に立つこともある。
 だから仕事をしつつも、平行してやる。こういう時、マルチタスクは非常に役に立つ。

「あった、あった。【フェイト・T・ハラオウン】執務官、か」

 登録データを引き出す。
 性別:女性。
 身長・体重・スリーサイズ・出身地は飛ばして、容姿を見てみる。

「ん?紅い瞳に、長い金髪って……?」

 引っ掛かる。
 だから更に詳細を追っていく。

「バリアジャケットのオーバージャケットの色は白。インナーは黒系を使用……かぁ」

 似ている。
 先日出会った、【正義の味方】さんに似ている。
 流石にプライバシー保護の為にジャケット着用の映像データはなかったが、これは凄い偶然だ。

「(偶然、なのか……?)」

 思い出すのは、先日の彼女。
 別に一目惚れとかベタなことは言わないが、それでも正式にお礼くらいはしたかった。
 何処の誰かなんぞ知らない。だからこの偶然が、何か必然めいたモノに感じた。

「って、そう簡単に【運命】は転がってないよなぁ~?」
「何が運命だって?」
「局長!?黙って背後に立たないで下さいよ!?」

 流石は人間辞めてる局長。
 人の背後に立つなど、朝飯前のようだ。

「失礼な奴だな?こんなにも美しいオンナをつかまえて、人外生物だと?」
「いやいや。心の中を読める時点で、十分人間辞めてますから」
「……言うようになったな?」
「局長のおかげですよ?」

 この生物の部下は、心臓に気が生えてないとやってられない。
 仮にそうでなかったとしても、事務局で半年も生き残れば、いつの間にか【進化】している。
 それがココ(事務局)の常識だ。

「では、そのお礼をして貰おうか?」
「……今度は何をやらせる気ですか?」

 どうせ元から、何かやらせる気だったくせに。
 狸か狐か。はたまた妖怪か。
 この局長に勝てる奴など、この世に存在するのだろうか?

「何、非常に簡単なことだ。その【ハラオウン執務官】に、会ってきて欲しいんだよ♪」
「はぁぁ!?」

 こうして、今回の物語の幕が上がったのであった。












 ――キンコーン!

 ハラオウン執務官のオフィス前。
 そこでブザーを鳴らし、返答を待つ。
 これが現在のエル・G・ランドの姿である。

《お待たせしました~!事務局の方ですよね!?今開けま~す!!》
「あ、ハイ!!」

 インターフォンから声が届き、そしてドアのロックが外される。
 結構フランクな感じだったな。
 ハラオウンって言っても、義母よりの性格なのかね?

「失礼します!事務局より参りました、【エル・G・ランド】一等陸尉であります!」
「いやぁ、わざわざスミマセンね~!執務官は今席を外してますが、すぐに戻られますのでお掛けになってお待ち下さい~」
「ハッ!失礼致します!!」

 出迎えてくれたのは、執務官本人ではなかった。
 若干ウェーブのかかったこげ茶色の長髪の、恐らく執務官補。
 大き目の眼鏡が特徴的な人だった。

「あれ……?一等、【陸尉】ぃぃぃぃ!?」

 自分が掛けるように言われたソファーに腰掛けると、何か時間差でツッコミが来た。
 もしかして彼女には、一等【陸士】とでも聞こえたのだろうか?
 良く間違えられるのだが、それは自分の発音が悪いのか。それとも童顔だと言うのか。真実は本人以外にしか分からない。

「し、失礼しました!!自分は【シャリオ・フィニーノ】一等陸士であります!!」
「あぁ良いですよ。何か慣れてますから」
「誠に申し訳ありませんでした!!」

 しかしこの女性の見る目は正しい。
 さっきの話し方は、大体同程度の階級の――それも歳が近い、初対面の人用の話し方だ。
 事実自分は、気分的には【陸曹長】のつもりのままである。

 余計に付いてる分の階級は、任務で局長に付いていった先で【MIA(作戦行動中行方不明)】認定を受けたからだ。
 それも二回も。
 何故ただの事務員が、【MIA】認定を受けるほどの任務に赴いたか。

 答えは到って単純。
 局 長 が 絡 ん で い た か ら。
 この一言で説明できるあたり、ウチの局長の非常識さが窺い知れる。

 ちなみに当時の局長のコメントを抜粋すると、

「いやぁ、死んだと思ったんだけどねぇ♪流石は私の部下、そんなに柔ではなかったようだな?嬉しい限りだよぉ♪」

 とのこと。
 局長の悪名を知っている上層部は、このコメントに篭められた意味を【正確に】把握し、そして二階級特進としたのだ。
 流石は局長。悪い意味での評判が高すぎる。

 上層部が常識を破って、自分に【二階級特進×2】なんてアホなことをしたのは、多分苦労代と早めの香典代のつもりだろう。
 その真意が、分かりすぎてイヤになる。

 ちなみに局長自身も、その時【MIA】判定を受けている。
 ただし彼女は、一回目だけしか特進を認められなかった。
 それはそうだろう。だって彼女は、既に【中将】なのだから。これ以上の特進は、余程戦果を上げでもしない限り、不可能である。

「だから良いですって。さっきの姿が【素】なんでしょう?だったら、アレでお願いします」

 話を戻そう。結局一等陸士のフィニーノさんは、まだ【超お堅いモード】のままだ。
 確かに常識ではそれは正解なのだが、なまじ彼女の【素】を見た後だ。
 その変化振りは……正直気味が悪い(失礼だが)。

「し、しかし……」
「じゃ、言い方を変えます。さっきのに戻せ、命令だ」
「ハ、ハィィィィ!?」
「良し、返事したね?じゃあ、そういうコトで」

 恐らくあの【ハイ】は返事のそれではなく、驚愕のモノ。
 しかし言質は取った、というコトに出来る。
 ……こういうコトだけは、ウチの局長に似て来るんだよなぁ。参った、参った。

「別に敬語を使うな、って言ってるんじゃないですよ?ただ、あんまりガチガチなのは勘弁、ってことですから」
「……まぁ、そちらが良いというのなら、コチラは構いませんが……」

 対応が素早くて助かる。

「本日の目的は、新たに登用された執務官補に関する資料で一部不鮮明な点が有りましたので、その箇所の修正願いです」

 でもコッチは敬語を使う。
 これが事務局デフォだから!!
 やっぱ事務員と言えば、対外的には敬語でしょう?

「あ、そのことなら――「ただ今、シャーリー。今戻ったよ!」……丁度フェイト執務官が帰って来たみたいですね?」
「なら、執務官に聞くとします、か……?」
「アレ?お客さん、来てるの……?」

 そこには揺れる金髪があった。
 燃えるような紅い瞳。
 執務官制服が黒地であることもあって、一瞬呆けてしまった。

「フェイトさん。コチラは事務局からいらっしゃった、ランド一等陸尉です」
「済みません、お待たせしてしまって……」
「……あ、いえ!大丈夫で、ってぇぇぇぇ!?」

 直ぐに再起動したが……立ち上がり時に、目の前にあったガラスの机に脚をぶつけて転倒。
 カッコ悪!
 というか、ハズすぎる!?



「…………大丈夫、ですか?」



 床に尻餅ついた自分に、執務官から手が差し伸べられる。
 似て、る……と思った。ていうか重なった。
 あの時は顔面が怪我で腫れ上がってたから、良く見えなかったけど……確かに共通点が多すぎる。

 あの時感じた神々しさ――というか一種の雰囲気も、彼女には存在した。
 先日の光景が蘇る。
 彼女……なのか?いや、でも……。

「あ、ありがとうございます。とんだところをお見せしました……」
「いえ。お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です!」

 マズイ。
 多分今の自分は、赤面してるだろう。
 思春期の子どもでもないのに、何で舞い上がってるかな、自分は!?

「おんやぁ?何か甘酸っぱい空気が~♪」
「!?」

 何故かニンマリと、胡散臭い笑顔を貼り付けた女性が一人。
 そのノーズテイスターの名前は【シャリオ・フィニーノ】。
 ついさっき知り合ったばかりの、執務官補だった。

「え?そんな匂い……するかな?」

 一方ハラオウン執務官は、対照的な態度だった。
 つまりそういうコトには【鈍い】人なのだろう。
 ……助かった。もしも当人にすら【ヤな】態度を取られたら、洒落にならないからなぁ?

「フィニーノさ「失礼するよ?ウチの部下が来てるよねぇ?」……来たか。諸悪の根源が……」

 厄介な生物が現れた。
 極自然に、【窓】という【否】出入り口から。
 しかもこんな、超面倒くさい場面でのご登場である。

「素晴らしい思春期臭!!そしてそれを感じ取れる、素晴らしき同志の気配!」
「……あの、貴女は……?」

 窓から現れたストレンジャー。
 つーか局員の制服を着てても、奇行故にそうは見えない。
 局員に扮した犯罪者と言った方が、まだ説得力がある。

「これは失礼した。私の名前は【アルファー・D・トヨタ】。事務局の局長にして、中将というオトメだ」
「ハ、ハァ?………………【中将】!?」

 たっぷり間を空けての、現状認識。
 先程の反応から察するに、もしかしてこの執務官殿は【天然ちゃん】なのか?
 しかし局長。相手が階級下なのを良いことに、自分を【オトメ】とか言うなよ!ツッコメないだろうに!?

「あー普通にして、普通にして。今の私は、ただのラヴ臭テイスターだから♪」

 【ただの】、から先がおかしい。
 そんな職業や資格は、存在するハズがない。

「そこの眼鏡のお嬢さん」
「わ、私ですか!?」
「そう。君からは【同類】のニオイがする。実際さっきの匂いを、鋭敏に嗅ぎ分けていた訳だしねぇ?」
「きょ、恐縮です!!」

 オイそこの。
 変な同盟、組むんじゃありません。

「時に執務官のお嬢さんや、先週の日曜日のことなんだけど……」
「先週の日曜日、ですか……?」

 脈絡のないことでも平気でする。それが局長という生物だ。
 ……って、待て待て待て!!
 一体、何を聞くつもりなんだ!?

「そ。もしかして――――ミッドチルダ中央公園に居なかったかい?」
「!?」

 まさか局長、コレを聞く為に来たのか!?
 ……てーことは自分の思考、まるごと局長に誘導されてた!?

「な、何でそれを!?(極秘捜査だったのに、どうして動向が知られてるの!?)」
「!!」



 ――ドックン!



 聞こえた。確かに心臓の跳ね上がる音が聞こえた。
 ハラオウン執務官の言葉を聞いた途端、己の心臓は間違いなく大きく跳ねた。
 オイオイオイ、どうしちゃったんだよ!?自分……どうなっちゃってるんだよ!?

「フッフッフ……!これでも私は、事務を司る者だよ?経理に来てる領収書などを見れば、一発だよ♪」

 だったらココに来る必要、ないだろうが。
 多分自分に聞かせる為に、わざとココを情報開示の場所にしたのだろう。
 エグイ。ソレ以上に陰湿すぎる。

「さ~て、私の用は済んだのでお暇させてもらうよ?それとエル。ランスター執務官補は今日お休みみたいだから、明日にでも出直したまえ♪」
「ハァァァッ!?…………局長、最初から【知って】ましたね……?」
「私は何でも知っている♪」

 ムカつく。
 心底この【クソ上司】がムカつく!!
 
「さぁさぁ、はやく出た、出た♪」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!?」

 ココまで情報を引き出しておいて、メッチャ中途半端なところでお預けとか。
 流石は性格の悪さに定評のある局長、いやらしすぎる!!

「ハラオウン執務官!先週の日曜、中央公園で――」
「え?」

 全てが局長の掌の上でも、助けてもらった人にはお礼がしたい。
 例えその後、散々からかわれても。
 礼には礼を尽くすのが、当たり前だから!



 ――プシュゥゥゥゥ!



「フェイトママぁ!なのはママが、いっしょにお昼ごはんしようって!!」

 少女が出現した。
 先日【御見合い】をした、【高町ヴィヴィオ】という少女が。
 結局結論を先延ばしにした婚約の相手が、何故かココに現れた。

「ヴィヴィオ!?」
「君は、この間の……!?」

 思わぬ来訪者。
 それは自分だけでなく、部屋の主にとってもそうだったらしい。

「お兄さん!?なんで、ココにいるの!?」
「いや、それはコッチのセリフ「フェイトちゃ~ん!ヴィヴィオと一緒に、お昼でもどうかなぁ?…………って、アレ?」……」

 魔王も出現した。
 いや【聖王の器】が【ママと一緒に】と言っている時点で、予想は出来たはずだが。

「あ、ゴメン!もしかして、まだ仕事中だったの?」
「え?うん……確かに仕事中だけど……」

 チラッと自分と局長を見る、ハラオウン執務官。
 ……しょうがない。
 向こうの都合もあるし、今日は帰るとしよう。

「あ、自分たちにお構いなく!また明日にでも出直しますから!」
「そ、そうですか?それなら……」

 執務官に質問したいことはあるが、ここは危険地帯【と化してしまった】。
 君子危うきに近寄らず。
 これで良い。これで良いんだ……。

「じゃあじゃあ!お兄さんもいっしょに、ヴィヴィオたちとお昼ごはん食べよう♪」

 古代の軍師の先生方。
 危うき【が】近付いてきた場合、一体どう対処すれば良いんでしょうか?

「へぇ……?この子が、ヴィヴィオの言ってた【お兄さん】……?」

 高町一等空尉の発する声が。
 彼女の発する声が、段々とトーンダウンしてきてるんですけど!?

「……丁度良かった。ちょっと【お話】したいなぁって、思ってたところなんだよぉ……?」

 怖ぇぇぇぇ!?
 このプレッシャー!
 これがエース・オブ・エースの力の片鱗なのか!?

「(来るのか!?少々【以上の】、スターライトブレイカーが!?)」

 ちなみに経理部門が把握している、NO.1金額を誇る出費項目は【慰謝料&治療費】だ。
 その凡そ何割を担っているのだろうか?
 ……高町なのはの、【お話】による砲撃被害は。

「(ダメだ、避ける方法はない!……なら!!)」

 逡巡。
 退路はない。
 ならばこの死地を潜り抜けるには、この手しかない!!【攻撃】に転じるという、この手しか!!

「…………それは奇遇ですね?実は自分も、高町一等空尉と【お話】したいことがありまして……」
「へぇ……?何かなぁ、私と【お話】したいなんて……」

 凄まじい重圧。
 しかし負ける要素はない!
 上司の方を見る。すると局長は、親指を立ててGOサインを出していた。

「先日高町一等空尉が破壊した経理部などのことで、【お聞きしたいこと】と【請求書】がありまして……」
「フェイトちゃん、ゴメン!急用を思い出したから、ヴィヴィオをお願い!!」

 魔王は逃げ出した。

「いやぁ、待ちたまえ♪中将さまの前から逃げるなんて、随分失礼な一尉も居たもんだねぇ?」
「!!?」

 しかし回り込まれてしまった。
 その顔が、恐怖に染まっていく。
 
「さぁて、楽しい楽しいお食事の、始まりだぁ……♪」

 首根っこを掴まれ、借りてきた猫のように大人しくなる高町一尉。
 魔王は強い。
 だが世の中には、魔王を越える存在も居るのだ。

 【王】を越える【神】。つまり――――【魔神】と呼ばれる存在。
 そして……

「ホラ、エル!はやく食堂に行って、人数分の席を確保してくるんだ!!」

 魔神という【最上位機種】には、誰も逆らえないのであった。













 あとがき

 >誤字訂正


 【スケさん】さん。ご指摘頂き、ありがとうございました!


 




[13116] 【新型】リリカル 本文肆号
Name: satuki◆f87da826 ID:28cf51f3
Date: 2009/11/08 15:58



「さて……食事も終えたことだし、そろそろ本題に移らせて貰おうか?」

 前回の引きどおり、今回の舞台は食堂から始まった。
 長机を挟んで高町親子・ハラオウン執務官と、反対側には自分と局長。
 まるで先日の【御見合い】の焼き直しのようだ。

 この【もの凄い面子】を恐れ多いと思ったのか。
 それとも、近付けば被害が己に降り掛かると悟ったからか。
 自分たちの周囲には、昼飯時だと言うのに人の姿はなかった。

 さすがは管理局のエースが集う場所。
 その危険回避能力が素晴らしすぎる。
 出来ることなら、自分も逃げたいぐらいだからね?

「つまり今回の婚約騒動は、教会内での無視出来ない事態から発生したものであり、また当人に掛かっている【ロ】が付く人疑惑も、全くのデタラメである――」

 どうしたって言うんだ、今の局長は?変なモノでも食べたのか?
 いつもなら騒ぎを大きくすること【のみ】に心血注いでいるというのに、現在の彼女は事情説明なんかをしてくれている。
 マズイ。こんな局長なら、部下として尊敬できそうだ。

「――と、本人は言い訳している」
「マテェェェェ!?言い訳違う!真実、トゥルーだから!?」

 訂正。
 やっぱりいつもの局長だ。
 上げてから落とすあたり、その性質の悪さが際立っている。

「……まぁ、人の数だけ真実はあると言うし、額面どおりに受け取ってはイケナイよね?」
「アンタって人は、どうあっても自分を【ロ】の人に仕立て上げたいのか!!」
「いや、だってさ~?元々は聖王教会がやり出したことだからねぇ?教会と友好的な関係を保ち続けるには、向こうさんの意見も尊重しないと♪」

 いつもながら。
 そしていつも【以上に】弁が立つ局長。
 この人と闘う時は、まず口を塞がないといけないのだろう。これは確定事項だ。

「えっと……つまり」
「ランド一尉は……」
『冤罪……?』

 良かった!
 流石は現役のエースたち!!
 ちゃんと状況把握を出来る、素晴らしい方々だ!!

「そうです、そうなんですよ!いやぁ~、お二人がちゃんと理解して下さって、助かりましたぁ……」

 うんうん。
 やっぱり世の中捨てたモンじゃないね?
 キチンと分かる人には分かる。それが本来の姿な訳だしねぇ?

「おっと、手が滑った♪」

 ――ピッ!。

 何か変な音が聞こえた。
 声の主である、局長の方を見る。
 すると奴さんは、何故か端末で記録映像を再生していた。



「……大丈夫。男っていうのは、女の子を護る為に生まれてくるんだ。だからキミは、お兄さんを【男にさせてくれ!!】」



『!?』
「あー!これって、この前のお兄さんだ!」

 エースたちと自分は驚き、局長が愉快そうに笑う。
 少女の補足説明が痛い。
 そして何故か【強調】された部分が、真実を歪ませていく。



「あぁ、大事さ!!(管理局的にも教会的にも)あの子ほど大事な娘は、いるもんかぁぁぁぁ!!《いるもんかぁぁぁぁ!いるもんかぁぁぁぁ!!》」



 今度の細工は、エコーが効いていた。
 この二箇所だけを切り出して聞くと、確かに真性の【ロ】の人だ。
 むしろ、ソレを【誇っている】ようにすら聞こえる。

「あのね?ヴィヴィオ、こんなに【じょうねつ的な】コクハクは、はじめてだったの……///」

 やはりそう聞こえるのか。
 となれば、その母親たちにもそう聞こえたのだろうな……?
 ……見たくない。しかし二人の顔を見なければ、先には進めない!

「……フェイトちゃん」
「何かな、なのは……?」
「私、ちょっと疲れてるのかもしれない……」
「奇遇だね?私もそうなんだ……」

 力のない笑みが!?
 エースと言われているお二人さんから、精気が失われている!?

「これこれ。現実逃避するのは、おやめなさい♪」
『やっぱり、現実なんだぁぁぁぁ!?』

 心底嬉しそうに言う局長。
 まさに悪魔の所業だ。
 かつて悪魔と呼ばれた少女は、今は魔神の生贄になっている。

「違いますから!?これは局長の捏造ですからね!?」

 ここまで来ると、【神の手】レベルの捏造だ。
 正しくは【(魔)神の手】なのだけどね?

「いやいや。これは嘘偽りなく、エル【本人】の声だよ?声紋鑑定をしても良い!間違いなくコレは【エル・ロ・ランド】一尉の声だぁぁ!!」
「話自体が偽りだらけだろうに!?それに何だよ!!勝手に自分の名前、改名しないで下さいよ!?」

 嘘は吐いてない。
 しかし内容はキチンと歪める。
 それが局長の、素晴らし過ぎる手腕。これは管理局員のすることじゃない。犯罪者のすることだ。

「なのはママ、フェイトママ。おちついて……?」
『ヴィ、ヴィヴィオ……』

 お、予想外の援護が入った。
 流石は聖王(の器)。
 その状況判断と現状打開への姿勢に、王としての資質を感じる。

「ヴィヴィオを今まで育ててくれて、本当にありがとうございました!」
『嫁入り前の娘!?』

 あれー?
 まだ婚約するかどうかも決めてないのに、もう結婚ですか?
 最近の子は進んでるんだなー。

「ヴィヴィオもママたちみたいに、シアワセなカテイをきずきます!!」
『私たち、結婚してたの!?』

 衝撃の事実!
 高町一尉とハラオウン執務官は、結婚していたのか!!
 なら何で、今まで話題にならなかったんだ!?

 二人が有名なエースだから報道規制?
 それともつい最近のことだから?
 いやマテ。それよりも――――

「(ミッドって確か、【同性婚】を認めてなかったような気が……。わざわざ認めてる世界に、戸籍を移したのかなぁ……?)」

 今度はコッチが現実逃避する番だ。
 そっかー、だから二人には浮いた噂がなかったのかー。
 ……止めよう。自分をも騙せない嘘は、却って空しいだけだ。

「えっと、話を戻しますね?局長は【御覧の通り】の方なので、話半分……いや【話一厘】くらいで聞き流しておいて下さい」

 このままでは埒が明かない。
 そう思ったので、一時進行役を乗っ取らせてもらう。

「私の話には、一厘の真実しか含まれていないとは……。仕方ない、せめて話四分くらいまでは回復させよう」
「それでも五十パーセントを下回るあたり、流石は局長と言うべきか……」

 この世の中には、【特化型】とカテゴライズされる魔導師が存在する。
 例を挙げれば、目の前に居る高町一尉がそうだ。
 【砲撃特化型】魔導師。それはこれまでのカテゴリー分けには、なかったモノである。

 そしてその特異な類型に該当する魔導師は、実はこの場にもう一人居るのだ。
 カテゴリ名称:【悪ふざけ特化型】魔導師。
 こんなアホみたいなカテゴリーの魔導師は、ウチの局長くらいしかいないだろう。……っていうか、居てたまるか!!

「そんなに褒めるなよ?照れるじゃないか♪」
「……もう突っ込みませんよ?」
「チッ!詰まらん。実に詰まらん!」

 別に局長を楽しませてやる道理など、コチラには存在しない。
 それこそ髪の毛一本程もだ。

「えっと、お嬢ちゃん……」
「ヴィヴィオ!高町ヴィヴィオです!」
「じゃあ、ヴィヴィオちゃん」

 自分はヴィヴィオに向かい合う。
 正直辛い。好意を寄せてくれる。それも子どもながらの【純粋】な想いを、自分は踏みにじろうとしている。
 気が重い。でも言わないといけない。

「申し訳ないんだけど、この前の【アレ】は――――告白じゃないんだよ……?」
「…………え?」

 笑みが消えた。
 予想通り。
 だけど先を言い進める。

「紛らわしい言い方だったから勘違いされちゃったけど――――違うんだ」
「ウソ……」

 不味い。
 泣かれそうだ!?
 そうだ!せめて教訓的なことを言って、良い雰囲気に持っていこう!!

「それにね?君はこれから、色んな人と出会って様々な経験をするんだ。そしてその中で、【本当に好きな人】ができるんだ……」

 子どもはいずれ大人になる。その成長過程で、本当に様々な経験を積んでいく。
 良いことも、悪いことも。そう割り切れないことも。
 ……うん。この線なら、多分大丈夫だ。

「だから……「今の君は美味しくなさそうだから、大きくなってから頂きます――と。中々考えたね?コレなら、【ロ】から外れることも可能だしねぇ?」……って、勝手に人の話し中に割り込むな!!」

 折角ヒトが真面目にやっているのに、どうしてこの生物はそれをブレイクしちゃうのかね?
 一級フラグクラッシャーじゃなくて、【特級エアクラッシャー】だったんじゃないのか?この人外生物は!?

「……お兄さん」
「……なんだい?」

 少女――ヴィヴィオからの言葉。
 まだ内容は分からないが、どんなことを言われても受け止めるべきだ。
 それが大人の義務。例え嫌われても、子どもの為になることをするんだ。

「ヴィヴィオが大きくなったら――大人になったら、ケッコンしてくれるの?」
「……」

 言葉に詰まる。
 ちょっと予想外だった。
 てっきり、マイナス的なことを言われるとばかり思っていたのに。

 でもどうしよう?
 つい先日の御見合いなら、嘘を付いてでも嫌われようとした。
 それはヴィヴィオも同様であり、何もコチラだけではなかった。

 しかし今は――今のヴィヴィオは、真剣に聞いてきている。
 ここではぐらかすのは、良い方法とは言えないだろう。
 真剣には真剣を。それが誠意ある対応だと言えよう。

「そうだねぇ……。ヴィヴィオちゃんが大きくなった時に、まだ自分を好きでいてくれるなら。その時には――――また一緒に考えようか?」
「大きくなったら……?それって、どのくらい大きくなったら?」

 む、難しい注文だ。
 やっぱり一人前の大人というなら、先日のハラオウン執務官(だと思われる人)くらいか?
 強く、凛々しく、そして美しい。……うん、ならこの線で説得してみよう。

「う~ん……ハラオウン執務官くらい【オトナ】の女性になったら、かな……?」
「わ、私ですか!?」

 いきなり例に挙げられた執務官は、大人の魅力を忘れて慌てている。
 これはこれで可愛いのだが、今の例には則さなくなっているな。
 これでは説得力に欠けるではないか。

「そうです。日曜日は助けて頂き、本当にありがとうございました。あの時の執務官は、凄く格好良かったですよ?」
「え!?(日曜日?公園での出来事って言うと……アレかな?道に迷った人に、道案内した時のことだっけかな……?)い、いえ!当然のことをしたまでで……」
「当然のことを当然に出来る人は、今の世の中ではすごく少ないんですよ?それも含めて、【オトナ】だって言ってるんですよ」
「……ありがとうございます。そう言って貰えて、すごく嬉しいです……」

 ヤバイ。
 これはギャップ的な意味も含めて、可愛すぎる。
 流石は管理局内【恋人にしたい女性局員ベスト10】の、常連さんなだけはある。

「フェイトママみたいに……フェイトママみたいに……」

 可愛いモード入った執務官を余所に、ヴィヴィオは何か演算作業を始めたらしい。
 彼女なりに、ハラオウン執務官の【オトナ】らしさを追求中なのかな?

「……お兄さん」
「ん?何だい……?」

 演算途中なのか、それとも終了したのか。
 多分ヴィヴィオが出した答えと、自分の持っている答え合わせをしたいのだろう。
 良いねぇ。こういう【ひたむきさ】って、何時の間にか失われているからなぁ。

「やっぱり……オッパイが大きくないとダメなの……?」
「ブフォォォォ!?」

 少女の中では、大きく=身体全体の話ではなく、【胸部限定】になるのか!?
 いや、確かにハラオウン執務官はスタイル良いけど……例として挙げる相手を間違えたか?

「その通り!エルは私の胸にも反応しない位だからねぇ?つまり最低でも私を越えないとダメなのさ♪」

 違う。
 局長に反応しないのは、アンタが身体的魅力を帳消しにする程の【ロクデナシ】だからだ。
 でなければ、巨乳上司は眼福の存在足りえただろう。

 ……しかし、この生物の胸とかを目で追ってしまう自分かぁ…………考えただけに寒気がする!?

「そ、そんなぁ……!?」
「頑張りたまえ、幼女よ。君は将来有望そうだから、あと十年も経てば大丈夫だろう」

 その【十年】という具体的な数字は、一体何処から算出されたのか。
 局長の根拠のない勘って、本当に良く当たるから洒落にならん。

「十年もまてないよ!」
「良ぉし、ならばこうしよう!十年間は【婚約者】として仮押さえしておいて、十年後に結論を出すというコトで♪」
「ちょっとぉぉ!?なんでアンタが、勝手に決めてるんですかぁぁ!?」

 良いこと言った!と悦に浸る上司。
 しかしその内容は、人身売買一歩手前だった。

「……うん!ヴィヴィオ、お兄さんのコンヤクシャになりたい!!」

 スルーですか。
 無視なんですね?
 
「よぉし、メデタイめでたい!それでは高町一尉。二人の婚約を了承したまえ!!」
「え!?で、でもぉ…………やっぱりそんなの、認める訳にはいきません!!」

 テンパッていても、流石は母親。
 簡単にそんなことを了承する訳にはいかない。
 昨今母親が子どもを虐待する事件が相次ぐ中で、彼女のような存在は貴重となりつつある。

 高町一尉。貴女が最後の砦なので、どうかこの【無法者】をやっつけて下さい!

「ふーむ。なら仕方ない。今の話は横に置いておいて、先に……先日の件の【お話】をしようか?」
「…………ハイ」

 高町一尉の攻撃。
 しかし相手からのカウンターアタック。
 高町なのは、動けない。

 完全に動きを封じ込まれた。
 こんな厄介な闘いは、如何にエース・オブ・エースと言えど、経験したことがないだろう。
 何せ相手は魔神なのだ。犯罪者以上に厄介な存在なのだから。

「これが建物の請求書。そんでこれは建物の破壊に伴う、減収分の損害賠償。そんでコレが……」
「こんなに!?こんなにあるんですかぁ……!?」

 まるで魔法のポケットのように、局長の制服から出るわ出るわの紙の束。
 一体、どこにこんだけの格納スペースがあるのだろうか?
 人間を辞めている、局長だからこそ可能な芸当なのだろうが。

「何の、こんなのはまだ序の口!さぁ、ちゃっちゃっと逝くよぉ♪」
「いやぁぁぁぁ!?」

 エースのうろたえた様子なんぞ、戦場でもお目に掛かれないだろう。
 そう考えると今の光景は、非常にレアな一幕ということになる。

「コレが瓦礫の撤去にかかる費用で……」
「ヒィィィ!!」

 クレーンやトラック代。
 建物は建てるよりも、壊す方が面倒くさいのだ。
 主に後処理とかが。

「次は再建費で……」
「ハァァァ……」

 壊したら直すのが、一般常識。
 モノが大きくなっても、それは変わることない事実。

「そんでコレが婚約を認める証紙で……」
「ウッ、ウッ、ウッ……」

 とうとう泣き出した。
 勿論【嘘泣き】などでない、純度百パーセントのマジ泣きだ。

「最後に始末書と……」
「ハァァ、ようやく終わりかー」

 殆どはサインをするだけだったが、それだけでも結構な労働である。

「お疲れ様。まぁ殆どは保険で処理出来るだろうから、安心して良いよ?」
「あ、ありがとうございました!」

 高町一尉の、やり遂げた顔。
 その表情は、本当に綺麗だった。

「……アレ?何か途中に、変な書類が混じってなかった!?」
「フッフッフ……!気が付いた時には、既に遅い!!婚約を認める証紙は、確かに頂いた!!」

 鬼だ。
 弱っている人間に付け込むなんて、血の通った人間のすることではない。
 詐欺犯ですら、ここまで悪辣ではないだろう。
 
 これが局員というのは、嘘としか思えない。
 詐欺犯の方が逃げ出しそうな、局長の手腕。
 本当に特化する方向性が間違っている。

「……高町一尉が、負けた……」

 それ即ち、反対陣営の駆逐完了を意味する。
 ……終わった。
 自分の人生は、ここに終了したのだ。

「待って下さい!!こんな手段で手に入れた証拠は、証拠足りえません!!」

 金髪の女神が降臨した。
 ハラオウン執務官の【異議あり!】発言。
 流石は執務官殿!法的な会話なら、彼女にお任せだ!!

「ところでハラオウン執務官。機動六課時代に、君と高町一尉が同室・同ベッドで生活していたことについてだが……」
「…………ゴメンね、ヴィヴィオ。フェイトママが間違っていたよ?貴女の好きなようにしなさい……?」
「ありがとう!フェイトママぁ!!」

 弱っ!?執務官の攻撃は、ワンターンで終了してしまった。
 局長はやっぱり局長だった。
 高純度の悪意。その存在の前には、若きエースたちも呆気なく粉砕され――そして全ての外堀が陥落した。

「さて。話が纏まったところで、今日はお開きにしようか?エル、君は執務官にお礼がしたかったんだろう?ならそれも兼ねて、食事にでも行って来い♪」
「いや、食事って……。さっき食べたばっかりじゃ……って、もう十七時!?」

 局長ゾーン発動。
 この空間の前には、時間も場所も吹っ飛んでしまう。
 もはや、人外生物どころの話では無くなってきたよね?

「ザッツ、ライト。もうレストランの予約はしておいたから、あとは行くだけだぞぉ?」
《……この【超高級レストラン】の予約って何ですか!?今が給料日前だってこと、忘れてないですよね!?》
《ハラオウン家は結構なお金持ちな上に、彼女自身も高給取りだ。だから舌が肥えてる……理解したかな?》

 退路なし。
 部下への嫌がらせも兼ねたお世話は、まるで理詰めのパズルのようだった。
 つまり何処にもケチが付けられないのである

「(……もうあとは、執務官本人が断ってくれることを祈るしか……)……御配慮、痛み入ります」
「どういたしまして♪……という訳で執務官や?部下の顔を立てると思って、協力してくれないかね?」

 有無を言わせない、局長スマイル。
 スマイル0円のお店のそれと比べても遜色ない、素晴らしい【作り笑顔】だった。
 勿論、目は笑っていない。

「そ、そんな……」

 それでも抵抗する執務官。
 ガンバレ!貴女の抵抗に、全てが掛かっているんだから!!

「む~!フェイトママばっかりズルい!ヴィヴィオも行く!!」
「ヴィ、ヴィヴィオ!?」

 まさかまさかの、身内からの予想外の攻撃。
 コレには流石のハラオウン執務官も、どう対処したら良いか分からない模様。

「あぁそれは良い。ならお嬢ちゃん、二人を連れて行ってくれるかな?」
「ウン!」

 希望陥落。短い夢でした。
 
「ちょっと、ヴィヴィオ!?」
「おーっと。高町一尉は、まだ仕事が残ってるからね?」
「エ!?さっきので終わりって……!!」

 高町一尉の、最後の力を振り絞った攻撃。
 だが魔神には、ダメージがなかった。

「あぁ、さっき出した分はね?でも今は……コレ御覧の通り♪」

 出たよ!?
 局長の服から現れる、新たな書類の数々。
 奇術師の方が天職では?そう問いたくなる光景だった。

「いやぁぁぁぁ!?」

 エース・オブ・エースが、事務員を前にガタガタと震えている。
 これで事務局に対して、トラウマ作んなきゃ良いんだけど。
 
「お嬢ちゃん、ママを借りるね~?その間君は、お兄さんたちと食事してくれば良いからー」
「はーい!ありがとう、優しいお姉さーん!!」

 満面の笑みのヴィヴィオ。
 そしてその内を表面に出すように、局長に感謝の言葉を言う。

《……エル。今後は少し、ほんの少しだけ……悪ふざけは控えることにするよ……》
《流石の局長も、純度百パーセントの善意からの感謝には弱かったんですね……?》

 聖王(の器)は、小さいながらも人を動かす天才らしい。
 【あの】局長すらも、動かしてしまうのだ。
 今後の成長が、実に楽しみである。

《うん。具体的には一日くらい》
《短っ!?ていうか、今日はもう殆ど終わりモードだし!?》

 ……訂正。
 やはり局長に勝てる人間は居なかった。
 だから自分たちは、大人しく超高級レストランに足を向けるのだった。







[13116] 【新型】リリカル 本文伍号
Name: satuki◆f87da826 ID:b54a7370
Date: 2009/11/12 18:15



「はぁ?ヴィヴィオが弁当を忘れた?」
「ウン。昨日、高町一尉とはメル友になってねぇ?それで今日はこんなことがあったと報告……じゃなかった。教えてくれたんだ」
「今“報告”って言った!?それメル友違う!逆らえない上下関係だから!!」

 確かに上官と言うのは逆らえない代物だが、それ以上の何かを感じる。
 自身のデスクに両脚をのせて、イスをリクライニングにして寛ぎモードの局長。
 人差し指で携帯端末をクルクルと、とても楽しそうに回すその上機嫌さが――逆に不安を煽る。

 ……高町一尉、無事だと良いけど。

「(まぁ、ともかく)つまり……聖王教会に、それを届けに行けと?」
「イエス、その通りだよ」
「しかし自分は……今日は外回りの予定はありませんよ?」

 事務方の仕事は、単に一日中デスクに噛り付いている訳ではない。
 書類の不備があれば問い合わせ。重要なことなら直接出向き、情報をネット経由させたりはしない。
 これは情報化社会として進んでいる、ミッドチルダと言えど例外ではないのだ。

「心配無用。用事がないのなら、作れば良いのだ!」
「何その『食べ物ないなら、お菓子を食べれば良いのよ!!』的なノリは!?」

 これでは昔々に存在した、稀代の暴走后と殆ど変わらん。
 局長の理不尽度が上がった。
 もう一局員のレベルを超過している。

「じゃあ、昨日のハラオウン執務官の件は?今日なら問題の執務官補も居ると思うんですけど……」
「ソッチは私が行っておこう」

 昨日あんなことがあったせいで、未だに片付いていない書類。
 だから今日こそは!と思っていたんだが……。

「……局長自ら、ですか……?」

 不安だ。
 不安の予感ではなく、明確に未来予報が出来る。
 本日のハラオウン執務官のデスクの天気は、晴れのち“手に負えない変態”時々“中将”でしょう。……てな感じで。

「不服かね?」
「不服って言うか……限りなく“不安”です」
「良し!そこまで期待されると、頑張りたくなるよね?」

 頑張るなよ!
 局長が張り切ると、余計に被害が大きくなるんだから。
 しかしそこを突っ込めば、更に頑張ってしまうのは目に見えている。

「(無視、無視……)それじゃ、局長。あとはお願いしますね?」
「お願いされちゃったからには、このアルファー・D・トヨタ!全力で引っ掻き回し――ゲフン!ゲフン!任務を全うしよう!!」

 もう突っ込まんぞ?
 突っ込んでたまるか!

「(……しかし今日の局長は、やけにリアクションがわざとらしいような気が……。ちょっと試すか?)」

 局長の執務室を出る際に、紙を扉に挟み込む。
 向こう側からは見えない。
 廊下側である、コチラからのみ見える感じで。

「あ、もしもし?うんうん!君のお陰でエルを教会に行かせられたよ♪本当にアリガトね~!」

 漏れてきた会話は、殆ど予想通りのもの。
 どうせ局長のことだ。
 コチラが聞いているのも分かっているだろう。

 その上でこうしているんだから、良い度胸してると思うよ?
 とりあえず一言。

「高町一尉……ご愁傷様です」

 これくらいしか、自分には出来ないのだし。













 聖王教会。
 それはミッドチルダにある自治領に拠点を置く、古代ベルカ時代の王“聖王”を主神とする宗教だ。
 そしてご立派なことに、その自治領内には大きな教会やそれに隣接する学校まである。

 聖王の器である高町ヴィヴィオが通っているのは、このベルカ自治領にある名門“St.ヒルデ魔法学院”の初等部。
 初等部と言うからには、勿論中等部とかも存在する訳で……ようは金持ち学校なのだ。

「……にしても、デカイよなぁ」

 まるで城ではないかと疑いたくなる造り。
 教会とくっ付いていることを含めても、これは凄い。
 自分の通っていた学校と比べるのもおこがましい程の、素晴らしい格差社会。

「余計なことは考えないようにしよう。さっさと用事を済まさないと、仕事が貯まる一方だしな」

 これがゆとり教育という奴か?
 だとしたらこんなゆとり、社会に出た時に格差を感じるだけだと思うけどね?

「(学校の方には入れなさそうだから、教会の方に行ってみるか……)」

 一応管理局の制服を着ているとは言え、最近はそういう犯罪者も増えている。
 局員を騙って学校に潜入する。
 自分とは違う“真性の【ロ】”のやる事は、年々巧妙になって来ているのだから。

「(教会に行けば騎士カリムも居るだろうし、シスターシャッハも居る。二人に取り次いで貰えば……)」

 流石に上位騎士や有名修道騎士ならば、学校の方にも顔が利くだろう。
 ……てなことを考えながら、歩いていたのが悪かったのだろう。
 廊下の角を曲がろうとした時に、反対側から来る人影に気が付かなかったのだから。

「――ッ!?」
「キャッ!?」

 ゴッチーン!
 そんな古典的な擬音が聞こえた。
 胸の辺りが痛い。どうやら……見知らぬ少女と接触事故を起こしてしまったらしい。

 向こうさんは身長的に額がぶつかったらしく、その場に蹲って額を押さえている。

「君……大丈夫かい?」
「……ハイ。何とか……」

 長い銀髪。
 それを上の方で二つに結った少女。
 ご丁寧にも三つ編み?をした上でツインテールにしている時点で、この少女がお洒落さんだということは理解出来た。

「アレ、君――」

 左右で瞳の色が少し違う。
 確か“虹彩異色”って、言ったっけ?
 右目が紺、左目が蒼。ヴィヴィオとは違ったパターンだが、非常に綺麗な瞳だった。

「……何か?」
「あ、ゴメン!その、知り合いにも虹彩異色の娘がいてね?その娘を思い出しちゃっただけだから……」
「虹彩異色、ですか……?失礼ですが、その方の瞳はどんな色で……?」

 あれ?何か食いついてきたぞ?
 ぶつかったことは、もう良いのかな。
 それとも自分と同じような存在は、やはり珍しいのか?だから聞きたいとかかね?

「えっと、その娘は右目が翠、左目が紅で――」
「…………その人は、何処に居るんで「あっ、ランド一尉!探しましたよ、こんな所に居たんですね!?」……失礼します」
「えっ!?ちょっとぉ!?」

 シスターシャッハが現れた。
 少女は逃げ出した。
 ……もしかしてこの少女、教会からもマークされてる不良ちゃん、とかじゃないよな?

「シスターシャッハ、今の娘をご存知ですか?」
「え?今の銀髪の娘ですか?――――存じませんね。サンクトヒルデの生徒であることはであることは分かりますが……」」

 少し考えた後で、シスターはそう言った。
 なんだ、不良ちゃんじゃなかったのか。

「あ、それより自分を探していたというのは……」
「そうです!そうでした!!騎士カリムがお待ちですので、すぐにいらして下さい」
「すぐに、ですか?弱ったなぁ……コレをどうにかしないといけないんですけど……」

 この手に持ちたるは、ウサちゃん模様の弁当袋。
 ちなみに持ってくる道中、奇異の目で見られたことは両手で数え切れない。

「あぁ、高町一尉のお弁当ですね?伺っています。コチラでヴィヴィオに渡すよう手配するので、貴方はカリムの所へ」
「助かります。実はどう渡そうか、考え中だったので」

 飛んで火にいる夏の虫。
 いや。この場合は鴨が葱をしょって来た――かな?
 どちらにせよ、このシスターシャッハのお出ましは、正直助かった。

「(とりあえず、ミッションコンプリート。あとは騎士カリムの用事とやらを、さっさと終わらせれば……終わらせれば…………終わらせられたら、良いなぁ……?)」

 たぶんすぐには終わらん。
 局長という“厄介物”のおかげで鍛えられた、頼りになる直感が言っている。
 ここからが厄介ごとだと。しかし一局員としては、教会の上位騎士(管理局でも少将)の命令には逆らえないのだった。

 権力って、厄介だよね?












 ――コンコン!

「どうぞ」
「……失礼します」

 数分後、騎士カリム's ルームに自分は居た。
 はじめて来た場所だけど、流石は上位騎士さまのお部屋。
 インテリアも凝っていて、そして広い(ココ重要)。広さだけなら、局長の執務室よりも広いだろう。

「エル・G・ランド一等陸尉、出頭致しました!」
「フフ……ここは管理局ではないので、敬礼は不要ですよ?どうぞ、楽にして下さい」
「失礼しました!」
「もう……楽にしてと言ったじゃないですか?」

 ……良い。
 騎士カリム、凄く良い!!
 日頃あんな理不尽上司に付きあわされている分、彼女が女神みたいに見える。

「……どうかなさいましたか?」
「い、いえ!ただ、その…………騎士カリムが上司だったら、さぞ気持ち良く仕事が出来たのではないかと……」
「あら、嬉しいことを。お世辞でも嬉しいわ♪」

 ウチの上司の笑顔とは違う、本当に癒される笑顔。
 邪気が無い笑顔がこんなにも綺麗だったなんて、すっかり忘れそうだったよ。

「いえ!決してお世辞などではありません!比べるのもおこがましいですが…………ウチの上司と来たら」
「…………ねぇランドさん、私の下で働きませんか?あんな“魔神”の下で働くなんて、貴方の将来の為にもなりませんし……」

 ヤバイ。
 騎士カリム、女神を通り越した!
 これ以上は何て呼べば良いんだろう?素晴らしすぎて、彼女を褒め称える言葉が存在しない!

「これこれ、君たち。そういうのは、本人の居ない所でやりたまえ?局長様がみてる……かもしれないだろ?」
『で、出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 何か居た!
 つい先程まで自分と騎士カリムしか居なかった空間に、強烈な異物が混入されてる!!

「酷いなぁ。こんな美しい存在を前に、まるで幽霊を見たかのような反応を……」
『まだ幽霊の方がマシですよ!!』

 局長爆現。
 いつの間にやら応接用のソファーで優雅にティータイムしている姿は、幽霊よりも性質が悪い。
 ここまで来ると怪奇現象の一種だと言われた方が、納得出来る。

「そもそも局長、アンタ仕事はどうしたんですか!?」
「今は、はやめの昼食タイムだ。丁度良いから、カリムにでもたかろうかと思ってね?」
「……最低だ。どうしてウチの上司は、こうまでも最低なんだろうか?」

 本当に騎士カリムの下で働きたい。
 でもダメだろうな?
 今の事務局は、局長が人事に介入しまくって創った“彼女の城”だし。

「それでカリム?今日はどんな用なんだい?」
「……どうして貴女が応対するんですか?」
「決まってる……何かオモシロそうな匂いが――――」

 耳を押さえる騎士さま。
 それは自分も同様だ。

「そんなことをしたって、事実は覆らない。ならさっさと用件を済ました方が、効率的というモノだろうに?」

 正論だ。
 しかしふざけた存在に言われる正論ほど、腹が立つものはないだろう。
 普段ふざけている奴が、「みんな、真面目にやろうぜ!!」とか言い出すくらいに不愉快だ。

「……ではお伺いします。昨日、高町ヴィヴィオさんと正式に婚約したというのは「本当だよ?」……だから貴女は黙っていて下さい!」

 騎士カリムが怒っている。
 普段温厚な人ほど、怒ると怖いと言うが……。
 それでも暴走魔神は止められない。

「ホレ、ココに誓紙もあるぞ?何が不服なんだ?」
「…………ウソ」

 出た。昨日高町一尉に(無理やり書かせた)、婚約同意の誓書。
 その最終行に書かれている一尉の署名を見ると、昨日の悲しい事件を思い出して、涙が出てくる。

「いや、本当なんだって♪」
「そんな…………」

 泣き崩れる騎士カリム。
 うんうん。やっぱり怒った美人より、泣き顔の美人の方が良いねぇ?

「何か問題でもあったかい?」
「大有りです!年端も行かない少女と、十も歳が離れた男性を婚約させるなんて……貴女は本気ですか!?」
「本気だ。大いに本気だ!」

 胸を張って言う局長。
 巨が付く胸なので、まるで別の生物のように動く。
 でも何も感じない。だって……局長だしねぇ?

「どんな意図があると言うのですか!?」
「決まってる……その方が面白「何ですって……?」……楽しそうだからだ!!」

 変わってない!?言い直しても、中身は同じだから!!
 少しぐらい取り繕えば良いのに。と思っても、本心丸出しな局長は、常に裸単騎だ。
 むしろヌーディストビーチぐらいのオープン度かもしれないが。

「あの騎士カリム、その件について少しお話があるのですが……」
「え?話、ですか?別に構いませんが……」

 オープンスケベな局長は無視しよう。
 それはカリム女史も自分も、普通に理解出来ているはずだから。
 それよりもこの場は、先日から思っている疑問を尋ねるのに相応しい場面だと思った。

「自分は本当に、“聖王の末裔”――なんですかね?」
「……え?」

 見開かれる騎士カリムの瞳。
 そこからは、意味不明というメッセージが読み取れた。

「いや、今まで為し崩れ的に来てしまいましたけど、一度もそこを確認してないじゃないですか?」

 疑問について検討しようと思ったのは、さっきの虹彩異色少女に出会ったから。
 さっきの少女は違うだろうが、虹彩異色という要素は聖王家の“血”を思い起こさせる一つの鍵。
 そしてそれは、自分にはないモノでもある。

「でも……貴方の血筋は、確かに……」

 確かに調べただろう。
 しかしそれをやったのは、自分を神輿にしようとしていた奴らだ。
 何処まで信頼して良いのやら?

「少しだけ調べました。聖王の血族には、虹彩異色の他に”聖王の鎧”と呼ばれるオートガードや、“カイゼルファルベ”と呼ばれる独特の魔力光が発現するんですよね?」
「え、えぇ……」

 髪はこげ茶色、瞳の色は紺。
 おまけに魔力光は黒です。
 普通なら夜間での灯りにも使える魔力光が、自分の場合は全く使えない。

「だけどそれらは、自分にはないモノです」
「し、しかし!」
「勿論、一般人との交配が進んで血が薄れているのはあります。ですが一つも要素を持ち合わせていないというのは……逆におかしいのでは?」
「…………そう、かもしれませんね」

 聖王に限らず、“王”という存在は通常とは異なった存在だ。
 その血液には濃い遺伝子情報が組み込まれ、幾世代を経ても発現する力と特性。さらには容姿。
 勿論隔世遺伝や劣性という要素もあるので一概には言えないが……

「父方にも母方にも、ヴィヴィオのような容姿の人間は居ませんでした。勿論特性に関してもそうです」

 そもそも皆、魔導師ですらなかった。
 だから自分が生まれた時は、一族皆で大宴会だったらしい。

「これまでの根底が崩れてしまうことは百も承知です。ですが……このまま進んでしまえば、ヴィヴィオの為にも良くありません」

 昨日の今日で申し訳ないが、今ならまだ間に合う。
 それに今がダメでも、今後断る“口実”には成り得る。
 だからこの検証は、絶対に必要なことなのだ。

「今ならまだ収拾が付きます。ですが遅くなれば、その分だけ混乱が大きくなるんです!」

 自分やヴィヴィオのことを置いておいても、教会内部のことはそうもいかない。
 これは個人の領域を超えた問題なのだ。
 ……いや。ある意味、超個人的なことでもあるよ?“ロ”になりたくないとか、そう判定されたくないとかもね?

「何か、確実に聖王の末裔だという証拠を。それを判定出来る方法は――無いんですか!?」

 瞑目する騎士カリム。
 その胸中は窺い知れない。
 しかし有ることは間違いない。だからこそ、彼女は戸惑っているのだろう。

「……方法は、あります」

 やはりあったのか。

「ですがその方法は、管理局及び聖王教会では……未だ解明出来ていない技術なのです」
「解明出来ていない?なら、どうしてそれが可能だと……?」
「カンタンなことだ。管理局でも教会でも出来ないなら、あとはそれぞれの世界の現地人か――――犯罪者ってことになるだろ?」
『!!』

 驚愕するのは騎士と自分。
 つまりそれは正解を意味した。
 本当に切れ者“すぎる”局長だこと。その能力を普段から発揮(以下略)。

「……“スカリエッティ”かい?」
「…………その通りです」

 何か今、多分重要単語が出た。
 しかし一尉の自分が覚えていないということは、左官か将官クラスの機密情報なのだろう。
 ……このまま聞いてても良いのか?

「ってことは、確か“レリック”だったっけ?アレを使うのかな?」
「……ふぅ。本当に貴女って人は、どうしてそんなに鋭いのかしら?」
「何、単に天然ボケの同級生が危なっかしかったから、それを護る為に自己進化だよ?」

 スゲェ。
 騎士カリムを護ろうとしたら、あんな風になっちまうのか!?
 ……アレ?なら昔から護衛役だったシスターシャッハはどうなるん?進化の最終形態に到達してるの?

「あの……自分はここに居ても良いのでしょうか?」
「ん?あぁ、心配ない。ちょっとSランクの機密情報だけど、問題ないよ?」

 大有りだ。
 やっぱりはやめに退室しておけば良かった。

「エル、午後の仕事は全部キャンセルだ」
「……ハァ!?」

 マテマテ。
 今こうしている間にも仕事は貯まるというのに、この上さらに貯めこませるつもりか!?

「これから私たちは、軌道拘置所に行くんだ♪」

 軌道拘置所って言うと、頭に“超”が付くほどの犯罪者が収容されている場所だったハズ。
 正式名称は、第九無人世界“グリューエン”軌道拘置所――だったと思う。
 ……いかん。これは危険どころか、最悪死亡する可能性が……!!

「待って!危険すぎるわ!?」
「だったら、最初から言うなや。君だってこの方法が一番確率が高いと思ったから――だから言ったんだろう?」
「で、でも……!」

 当人そっちのけで議論しないで下さい。
 全く話題に付いていけないから、そろそろ帰りたくなってきた。
 ……帰っちゃダメ?

「あぁエル。そろそろ構って欲しいんだろ?大丈夫、お姉さんは何でも分かってるから♪」
「……じゃあ教えて下さい」

 両手を広げて『私の胸に飛び込んでらっしゃい!』と、抱擁準備万端な局長。
 普通の男ならそれで引っ掛かるだろう。
 だが生憎事務局の連中は知っている。あの綺麗に見える花が、実はラフレシアだということを。

 さらに言えば、あの胸部には胸ではく“無念!”が待っているということを。

「(ちっ!流石に引っ掛からんか……)……簡単に言うと、スーパー天才犯罪者が“レリック”というエネルギー体と聖王の融合技術を復活させたんだ。コレをすると、聖王の資質を持つ者は目覚める」
「……前回の被験者はヴィヴィオさんでした。彼女はそこで、聖王の資質に目覚めさせられたんです……」

 なるほどね。
 あんな年齢の少女に聖王として価値が証明されているのは、そういう訳だったのか。

「そんでその犯罪者――ジェイル・スカリエッティは、クーデターを起こそうとして失敗。現在は軌道拘置所に収容されてる、という訳だ」

 ……毒を喰らわば皿まで、か。
 もうここまで来たら、身を投じるしかないようだ。
 既に局長という毒を喰らっている分、これ以上の毒は流石にないと思うが。

 いや。この場合は、大犯罪者という猛毒を制する為に、局長という狂毒を用いるということか?
 上手く使えば勝利出来るだろうが……。
 失敗すれば濃塩酸と濃硝酸を混ぜ合わせたような、王水に匹敵する最狂のコンビの出来上がりだ。考えただけで寒気が!?

「……分かりました、行きましょう」
「ランド一尉!?」

 でも現実からは逃げられないよね?
 ラフレシア様が見てる。
 それも超楽しそうな笑顔で。この時点で未来は決定しているのだ。

「そもそも局長が行くと決めた時点で、我々にはどうしようもありませんよ?」
「それは……確かにそうですが」

 局長のことで理解し合っている者同士の会話。
 そこには真実しか存在しない。

「凄い信頼度だな、私!?喜びで巨大化してしまいそうだよ♪」

 するなよ!
 出来ないだろ、と突っ込めない自分が恨めしい。
 普通に出来そうな局長が、そこに居るから。

「ま、とにかく会って来ます。協力してくれなければ、この話はそれまでですし……」
「そう、ですよね……?」

 この時自分は見逃さなかった。
 局長の瞳が怪しく光ったことを。
 そしてその口元が、もの凄く釣り上がっている瞬間を。
 
「(……今回もお疲れ、自分……)」

 この物語は、エル・G・ランドという齢十七にして既に悟りの境地に達した、ただの事務員の物語――のハズである。













 あとがき

 イキさんから御指摘があったので、【】を殆ど“”に置き換えて、さらに量もなるべく減らしてみました。
  





[13116] 【新型】リリカル 本文陸号
Name: satuki◆f87da826 ID:71059655
Date: 2009/11/20 02:04



 既にミッドチルダ標準時では、教会での出来事より一日が経過している。
 つまり一日が過ぎ、それでも就業中な自分。
 ……サービス残業って、辛いよね?

 事情が事情だけに、こんなこと(局長の我が侭)の為に残業申請する訳にもいかず。
 さらに言うのなら、既に月間の残業として記録出来る時間を超過している為、未だ月の三分の一を経過してない時点でのサービス残業に突入。
 以降は毎日サービス残業だよ、チクショウ。世の中が自分に優しくなって欲しいと思う、今日のこの頃だった。

「さてと……この扉をくぐれば、その向こうには世紀の大犯罪者だ♪」
「……テンション高いですねぇ。自分はこんなにも緊張しているって言うのに……」

 私は最初から最終形態だ!
 とか声高らかに叫ぶ局長。
 だが彼女の部下は知っている。そんなものは絶対にウソだと。

 もしも彼女はRPGでラスボスをやったのなら、そう言いつつもまだ強化変身を残しているだろう。
 勇者側がボスを倒して盛り上がる中で、その笑顔を凍り付かせる。
 そして本人は笑顔で、凍り付いた勇者陣の笑みをオカズに盛り上がる。

 それが局長。
 アルファー・D・トヨタという、人類に属しながらも人類に喧嘩を売っている存在である。

「大丈夫、大丈夫♪コレを乗り越えれば、そこから先は普段の生活が天国に見えるようになるから♪」
「……局長、そろそろ転科届けを受理して欲しいのですが」
「ノン、断じてノン!!君は私のオモチャとして最高の素材だ!その突っ込み体質も事務処理能力も、そして……最終的には権力に逆らえない気弱さも!!」
「褒めてない!?それって全然、褒めてないから!?」

 オージンジ、オージンジ。
 待遇改善を要求します。
 それが出来ないとは分かっていても、だけどね?

「ま、これで緊張も解れただろう?あぁ!私って、何て部下思いの上司なんだ!!」
「…………さ。馬鹿なことやってないで、行きますよー」
「スルー!?クックック……腕を上げたな、エルぅぅぅぅ!!」

 疲れた。
 局長の相手は、少女(ヴィヴィオ)のお守りより手間が掛かるってどうよ?
 頼むからこの扉の先の人物は、どうかマトモでありますように。

「(……って、世紀の犯罪者に何を求めているんだ、自分は……)」

 その思考は、本当に疲れていた証拠だったのかもしれない。
 そんな自分への突っ込みは、軌道拘置所の長い廊下に霧散していった。












「やぁやぁ、スカリエッティ。私は時空管理局で中将なんてやってる、ただの事務局長だよ?」
「……」

 扉を開けると雪国……なんてことはなく、特別に誂えられたスーパー独房だった。
 そしてその独房には今、何か雷鳴のようなモノが響いている。
 人と人との間に雷が見えるなんて、それは漫画の出来事。そう考えていた自分の概念が、音を立てて崩れていく。

「……と、言う訳なんだ。だから……協力して貰うよ?」

 協力要請ではなく、強制である時点で既に局長らしい。
 しかし相手は稀代の犯罪者で、最高の頭脳を持つ男だ。
 果たしていつもの調子で行けるのか?

 この独房の主“ジェイル・スカリエッティ”は、気だるそうな表情でこちらを見ている。
 紫色のやや長めな髪に、データにあった“戦闘機人”と同じ金色の瞳。
 顔の造りは整っており、そのまま映画俳優としても通じそうである。

「……時空管理局というのは、随分と傲慢な人間を飼うのが好きらしいね?昔から、全く進歩がないようだ」
「お褒めに預かり、光栄だねぇ?」
「……」

 空気がピリピリする!
 何か、同属嫌悪的な感じが漂ってるぞ!?
 こいつは雷どころじゃない。地震や火事も同時に起きてるぞ!?

「君は恐らく“娘たち”が殺されようが、自身が拷問されようが、決して協力してくれないだろう?」

 彼の“娘”というのは、恐らく同時期に投獄された“ナンバーズ”と呼ばれる娘たちのことだろう。
 彼の計画に加担・実行したことで、彼と同じく軌道拘置所に居る娘たち。
 資料には人工的に造られた命だと書かれていたが……やはり愛情はないのだろうか?

「……そうだね」

 返事をするのも億劫そうに。
 それはコチラ(主に局長)の態度も関係してはいるだろうが、それだけでないことは明らかだった。
 まるで揺るがぬ胆力。いや、もしかしたらそれ以前の問題かもしれない。

 普通犯罪者というのは、多かれ少なかれ独房を訪れた局員(特に上級職)を前にすれば、何らかのアクションがある。
 騒ぐ。無駄なのに殴ってこようとする。黙る。寝たふりをする。
 そのいずれにしても、“逃げ”から来る行動だ。

 今の“現実”という姿から目を逸らそうとするが故の、逃避行動。
 こんな自分を見られたくない。こんな現実は嘘だ。きっと悪い夢なんだ――と。

 しかしスカリエッティという男は、全く逃げなかった。
 極々自然にコチラに対応している。
 勿論これが演技である可能性もあるが、もしそうなら俳優で喰っていけるだろう。

「だよねぇ?だったら……違った方向からアプローチしよう!今日から君の囚人服を“猫耳メイド服”に変更する!!」
「――――何?」

 一切の音が消えた。
 そして空気が凍り付いた。
 さっきまでとは違った意味での、空気の凍結である。

「聞こえなかったのか?ならもう一度言おう!今日から君は“猫耳メイド”だ!!」

 耳掃除をしよう。
 帰ったら思う存分、耳掃除をするんだ。
 こんな戯言が現実だなんて、認めれないだろうに!?

「…………フン!それ位で、私をどうにか出来ると?」

 一瞬呆けるが、直ぐに元に戻るスカリエッティ。
 その状況判断と現状復帰能力は優秀だ。
 自分の代わりに、是非とも局長の部下になって欲しい程である。

「勿論思わない。しかしその様子を二十四時間記録し続け、世間に流し続けたら?」
「……!」
「いやぁ~、さぞかし良い犯罪抑止になるだろうねぇ?捕まるとメイドにされる→なら最初から犯罪なんて止めよう……てね?あぁ、ついでに君の本名を“ジェイル・スカリエッティ・ハーマイオニー”に変更するのも良いかもしれないねぇ?」

 局長ゾーン発動。
 相変わらず発想が、常軌を逸している。
 もしも自分がそんな処置をされたら、多分海に身投げするだろう。

 相変わらず、嫌がらせに長けた存在だ。

「もしくは君と娘たちをチョットだけデフォルメして、美少女ゲームに出すというのはどうだろう?題して【ドータープリンセス】!主人公の名前は【ジェイル・スカリエッティ】で固定。攻略対象は彼が生み出した、彼の趣味丸出しの十二人の娘たち!!」
「それって、かなり問題人物だよね!?」

 別の意味での犯罪者だ。
 しかし局長は、彼のツッコミを無視して尚も先に進む。

「名前がお気に召さない?なら【ドクタープリンセス】でも良いけど?」
「そういう問題じゃない!!」

 そこ違う。
 スカリエッティが問題にしたい論点は、そこじゃないから。

「あと最近流行りの方法を採って、十八歳以上は追加ルート有りのディスクを購入可能!!自分の娘たちといたしてしまうという、背徳的な話題作!!」
「それは話題作じゃなくて、問題作だぁ!!」

 楽しそうな局長。
 ……訂正。“愉しそうな”局長。
 その愉悦に浸った顔は、どう贔屓目に見ても犯罪者である。

「なら君だけを攻略キャラにして、ガールズゲームに仕立て上げるという方法も……」
「!!?」

 腐っ腐っ腐……!お嬢様たちが喜びそうな展開、キター!?
 女性陣が主役のゲーム“リリカルなのはSts Girls Side”ですね?わかります。
 ……てか、本当に容赦の無い局長の“口”撃。今日のは一段と切れ味が良いな?

「な、何て卑劣な……!」

 大犯罪者に卑劣って言われる局長って、どんだけー。

「じゃあ君がプレイヤーの意思に逆らって暴走し続け、そして色んな女の子に手を出して……最後は刺されちゃったりする“Doctor Days”は?」
「ミッドチルダが“色んな意味で”震撼するから!?」

 多分アニメ化の際には、最終回が地上波では公開出来ないんですね?
 そして代わりに流されるのはナイスなボートの物語。
 ……ヤバイ。ミッドが色んな意味で始まってしまう!!

「君はいつかは脱獄するつもりなんだろうけど、その時に記録映像が残っていたら?誰も君も怖がらない。むしろ顔や名前を見た途端、『プッ!』って噴出すだろう!!」
「ひ、卑怯な……」

 犯罪者相手に、『脱獄するつもりなんだろう?』はダメでしょうに?
 例えそう思っていても、言ってはいけない言葉がある。
 それが局員というもの。しかしフリーダム局員の局長には、どうやら適応されないらしい。

「君のオモシロスピンオフたちは、不特定多数の……それも様々な次元世界に残る!これでは裏社会からも抹殺されたも同じ!!」
「…………そんなモノ、影武者を立てるなり整形するなりすれば……」

 搾り出すように。
 本当に搾り出すように出た、スカリエッティの反論。
 しかしその自信の無さを表すように、彼の声は酷く小さかった。

「おんやぁ?それって“逃げ”じゃないかなぁ~?」
「……!」
「誇り高い“ジェイル・スカリエッティ”ともあろう人が、自身の保身の為に矜持を曲げる。それって……事実上の敗北宣言じゃないかぁ♪」
「…………ック!!」

 もの凄く悔しそう。というよりも、全てのマイナス感情を集めたような表情をするスカリエッティ。
 もしも怨念だけで人を殺せるのなら、多分局長は今死んだ。
 しかし死んでも即座に復活しそうなあたり、局長は災厄レベルの厄介さだが。

「さぁ、これで君に退路は無くなった。心置きなく私たちに協力するが良い……♪」

 超マイナス表情のスカリエッティとは対照的に、局長はもの凄く嬉しそうだ。
 まるで、Mな人をいたぶるSの人のように。
 ……いや。“まるで”なんて例えの話ではなく、現実にそうであるのだがね?

「クッ!なんて卑劣で卑怯で傲慢で、高飛車で不遜で人の言うことをまるで聞かないで……」

 本当に犯罪者よりも性質が悪かった局長。
 多分近い将来、“局長”という単語はミッドチルダから消滅するだろう。
 こんなのと同じ肩書きなんて、世間一般の同じ肩書きを持つ管理職に対して失礼だ。

「……美人で巨乳で頭の回転が良くて、いたぶられるのが快感に思えるなんて……!!」

 何か様子がおかしい。
 恨み節を展開していたハズのスカリエッティが、何時の間にか局長賛美に変わっている!
 しかも最後の奴。それは局長賛美じゃなくて、自分の性癖の暴露だろ!?

「……この胸の高鳴りは一体……!?まさか……これが“恋”!?」

 いいえ。
 それは“変”です。
 さすが稀代の天才。

 良く天才とバカは紙一重と言うが、両方を備えた人物も居るらしい。
 人の嗜好はそれぞれだが、あんなゲテモノを好きになるとは……。
 良いぞ、スカリエッティさん!!アンタなら出来る!!だから局長を……貰ってやって下さい!!それがミッドの平和を守ることに繋がるから!!

「好きです!私と付き合って下さい!!」
「ストレートォォォォ!?」

 即断即決すぎる。
 流石は開発コードが“無限の欲望”なだけはある。
 己の欲望にはトコトン忠実であった。

 瞳がハートになる人間って、現実に居るんだなぁ。
 そんな感想を抱きながら、自分は非現実的空間で呆然とするしかなかった。

「……悪いけど却下だ」
「どうして!?」

 先程までの不敵な笑みが見る影も無い。
 そこにはお預けを食らったような、絶望に塗れた一人の男しかいなかった。

「私の趣味は、良い歳しているのに提灯ブルマーみたいなズボンを履いて、さらに頭に王冠を着けたような王族が好みなんだ!」

 まるで絵に描いたような王族だ。
 今時そんな王族は、多分どこの世界に行ってもお目に掛かれないだろう。
 
「良く言うじゃないか……“愛で金は換えない”って」

 それを言うのなら、金で愛は買えない――だ。

「金で愛は買えないが、金があることで愛が膨らむことはある。故に――――私は金持ちが好きだぁぁ!!」

 素晴らしい正論を吐いた後で、その正論とは真っ向から逆のことを高らかに叫ぶ局長。
 自分に正直と言えば格好は付くが、その実ただの守銭奴。
 明らかに最低な部類にカテゴライズされる人種だ。

「!!そのセリフ……どうして、どうして今まで気が付かなかったんだ……!」
「……?」

 クワッ!と顔芸で、“驚き”と“喜び”を混ぜたような表情をするスカリエッティ。
 ともかく“驚愕”したことだけは伝わってくる。

「その行動理念、口調、頭の回転……まさか、まさか貴女は……!?」

 昔を懐かしむような口調。そして心からの喜び。
 そんな彼の様子を、自分は見ていることしか出来なかった――――隣の局長は別だったようだが。

「ママぁぁぁぁ!!」
「……………………“ママ”!?」

 MAMA。それはマザーのことだったハズだ。
 局長がスカリエッティのマザー、母、お母様。
 ……うん。凄く良く似た親子だね?

「(って、んな訳ないだろうが!!)」

 非常に説得力のある光景に一瞬納得し掛けたが、天性の突っ込み体質が現実を逃避を認めてくれなかった。
 ……聞き間違いだ。もしくは言い間違いに決まっている。
 きっとMAMAではなく、UMA(未確認生物)の間違いだろう。そうだ、そうに違いない!

「何だ、今頃思い出したのかい?全く……ヤレヤレだね?」
「何ですとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 認めちゃったよ!?
 局長、事実だって認めちゃったよ!?

「ママ!ママぁ!!」
「全くこの子は……昔と全然変わってないんだから♪」

 待って、待って!?
 何ほのぼの空間形成しているの!?
 おかしいから!色んな意味でおかしいから!!

「局長!その、今言ったことは……!」
「うん、全て事実だよ?驚いただろう?」
「驚きすぎで、心臓がビックバン寸前ですよ!?」
「あぁ。それは素人さんが良く間違うミスだが、爆発を伴う消滅は“スーパーノヴァ”の方だよ?」

 スカリエッティの訂正が、一番まともに聞こえる。
 大犯罪者が一番まともな場面って、一体どんな空間だよ!?
 おかしすぎるだろうに!?

「え?え!?ちょっと待って!状況を整理しよう、そうすれば現状を打開出来るハズだ!」

 スカリエッティって、見た目三十台くらいだよな?
 若めに見ても二十代後半。

「(……となると、局長の年齢って……)」

 …………何というアンチエイジング。
 高ランク魔導師は老けにくいという説があるが、まさかその体現者がこんなにも身近にいたとは。
 ちなみのその説の発祥は、リンディ・ハラオウン統括官とかである。……恐ろしい現実って、どこの世界にもあるよね?

「ストップ!何を考えたかは予想が付くけど、違うからね?リッティ――つまり“今の”スカリエッティが誕生したのは、約二十年前。当時天才学生として名を馳せていた私は、彼の教育係をしていたのさ」
「……なんですと?」

 今聞き捨てなら無いキーワードが、いくつか自分の耳に入ってきた。
 まるでジェイル・スカリエッティが、これまで何人も居たかのような口振り。
 そして学生時代の局長は、彼の教育係としていたという事実。

「そんな……まさかスカリエッティは、一人じゃないんですか!?」
「その通り。しかし今は一人だよ?クローニングによる強制延命。それが彼に与えられた地獄だったんだ」

 多分『誰に与えられたんですか?』と聞いても、答えは返ってこないか、非常にヤバイ答えが返ってくるのだろう。
 だったらそこは、全力で無視だ。
 これが局長との関わり方。事務局の代表的常識の一つである。

「……じゃあ、なんで彼の肉体年齢は……」

 どう見ても二十歳ぐらいには見えない。
 局長の下で苦労に塗れた生活を送っていたので、ストレスで老けたのか?
 ……もの凄い説得力を秘めているだけに、否定できない自分がいる。

「あぁ、それは自分の身体で成長促進の実験をしたからだよ?娘たちは全員、成長促進を施しているからねぇ?やはり危険な実験は、自分が被験者にならないと……」

 ……あれぇ?おかしいな、もの凄くハートフルな犯罪者さんが居るよ?
 この人が世紀の大犯罪者なんて、嘘だよねぇ?
 局長の方が大犯罪者に見えるって、実際どうなのよ?

「あとは……一日もはやくママに相応しい男になりたくって、成長促進をしてしまったというのも……」

 訂正。
 この人もやっぱりマトモじゃない。
 流石は局長に育てられた人間。その感染度が半端ではなかった。

 もしかしてこの人が犯罪者になってしまったのって、局長の教育のせいじゃないよな?
 ……あり得ある。あまりに現実染みていて、その可能性を否定できない!?

「さてと……納得出来たところで本題だ」

 してない。
 納得なんてしてない。
 しかし説得なんて出来ないんだ。なら先に進んで貰うしかない。

「リッティ、君のレリックウェポン作成の技術が必要なんだ。協力、してくれるよね?」
「……喜んで。私の技術が何処まで使えるかは分からないが、貴女に使われることは無常の喜び」

 ……格好良い。
 まるで一枚の絵画のようだった。
 片手を胸に当てて瞑目するスカリエッティと、それを胸を張って受け入れる局長。

 二人ともなまじ美形なだけに、絵になりすぎていた。
 ……中身は置いておいて。

「では実行は半年後。それまでに必要な機材を揃えるから、必要なモノをリストアップしといてくれ」
「分かったよ。退屈な独房暮らしと思っていたのですが、中々どうして……。やはり私は、研究の中でこそ生きてるらしいねぇ?」

 クックック……。
 フッフッフ……。
 そんな声を聞きながら、自分は既に帰り支度中である。

 昔の偉い人は、『一人一人では小さな“火”でも、二人合わされば“炎”となる!』と言ったらしい。
 なるほど。それは素晴らしく的確な表現だ。
 しかし自分は、その偉人に新たな言葉を贈ろう。

 天才と天才を合わせると“天災”になる。
 これは今後のミッドチルダでの新たな公式になるだろう。
 そう確信しながら、帰ったら貯まっている仕事をどう攻略したものかと考える、悲しい社会人の姿がここに在った。






 エル・G・ランド改造完了まで、あと半年――――








[13116] 【新型】リリカル 本文漆号
Name: satuki◆f87da826 ID:70704bce
Date: 2009/11/23 00:55


 前略お袋様。
 貴女の息子(の生まれたままの身体)は、本日この世を去ります。
 先立つ不幸をお許し下さい。

 自分が死んだ後も、どうかお身体に気を付けて。
 そして親父様と、いつまでも仲良く暮らしていって下さい。

 草々。












 社会人にとっての半年は短い。
 それこそ、息を吐いている間に過ぎ去るように感じる。
 子どもの頃は一日が長く感じられ、はやく明日になることを願っていた。しかし今はその逆である。

 もしも時間を戻せるのなら、子どもの頃に戻りたい。
 そう考えるのは、恐らく自分だけではないハズだ。
 だが今この瞬間では、自分ほど切にそれを願う者も居ないだろう。

「やめろ局長ぉぉ!!ぶっ飛ばすぞぉぉぉぉ!!」
「やれるものならお好きにどうぞ♪」

 手術台よりも凶悪な、まるで磔用の十字架のような固定台。
 その上で自分――エル・G・ランドは、己が人生を振り返りながら上司に恨み言を叫んでいた。

「まぁ、結局逃げられないだろうねぇ?何と言っても君は、最終的には権力に勝てないボウヤだし♪」

 鬼に金棒、気違いに刃物。そして局長に権力。
 どれも危険な組み合わせだが、やはり最後の奴は群を抜いて危険だ。

「……言い返せない自分が、こんなにも恨めしいとは……」

 軌道拘置所に行った日から、今日で丁度半年。
 毎日迫り来る書類と格闘していたせいか、過ぎ去るのはアッと言う間だった。
 その間に少女(ヴィヴィオ)が飽きてくれたり、新たにご執心の相手が出来ないかなと祈り続けた日々。

 だがそんな些細な願いは叶えられることはなく、着々と迫り来るカウントダウン。
 上司の命令に逆らえるハズもなく。
 かと言って、自ら危険に立ち向かう程の勇気もなく。

 気が付いたら実行二日前から、当ての無い旅に出ている始末。
 勿論有給を使いました。
 ……局長をスルーして。係の娘に同情されつつも、理解して頂いて。

「……ふぅ。気が付けばココは、自分の家の近くか……」

 人の魂は、必ず最後には生まれた場所に帰ってくると言うが……これではまるで……。

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」

 懐かしさ漂う実家。
 その玄関扉を開けると、そこには…………何故かメイドが居た。
 しかも酷く見慣れた人物の扮する、冥土からの使者という意味のメイドが。

「……リテイク」

 バタン!
 扉を勢い良く閉める。
 そして自分の人生に、やり直しを要求した。

「お帰りなさいませ、ご主人様♪お風呂にします?ご飯にします?それとも……ワ・タ・シ?」
「……チェンジで」

 状況はやり直しても変わらなかった。
 いや、それよりも酷いことになっていた。

「チェンジ?チェンジとな?なら仕方が無い。あーあー!ウン、こんな感じかな?」

 発声練習?をする冥土さん。
 その声質は、段々と甲高いものへと変化していく。

「お帰りなさ~い!ご主人ちゃん♪」

 きめぇ。
 とても成人女性の出す声でもない上に、その内容が容姿と合わなすぎる!

「あれ、お気に召さない?なら仕方が無い…………べ、べつにアンタを待ってたワケじゃ、ないんだからね!?」

 本当に風呂敷がでかい。
 もしくは引き出しが多いと言うべきか。
 その無駄に演技が上手い冥土さんは、明らかに見知った存在だった。

「……局長。アンタ他人の家で一体、何をしてやがりますかね?」
「フッフッフ……流石は私の部下。この見事な変装を、一発で見破るとは……!」
「いや見事も何も……ただメイド服を着ただけじゃないですか」

 ミニスカートタイプのメイド服。
 頭にはフリルの付いたカチューシャを装着し、手首にはカフスが存在する。
 しかしそのメイドの顔には、酷く見慣れた局長のフェイスが貼り付いていた。

「!!そうか……やはり最近流行のミニスカメイドでは、ダメだったというのか!クラシックな方だったらあるいは……!!」
「そもそも局長、アンタ学生の頃にスカリエッティの教育係だったんだろ!?……ってことは、最低十八歳プラス二十歳という計算に……」

 たった一つの事実も残らん。
 見た目は御嬢、中身はオバハン。
 その名は――――迷中将アルファー!

「…………それでメイド服とか着られてもねぇ……?」

 ようは、若作りのオバさんがメイド服を着てるということになる。
 流石にそれはドン引きだ。
 例え外見が若かろうとも。いや外見がそうであるからこそ、尚イヤ過ぎる。

「違う、違う、違うぅぅ!!断じて違う~!!」
「……ギャップ萌えでも狙ってるんですか?でもなぁ……中身四十近くのオバハンだし……」
「だからソコが違うんだって!?」

 珍しくうろたえてるな、今の局長は?
 やはり女性は年齢には敏感らしい。
 それが局長のような、人外生物であってもだ。

「リッティを教育してた頃は、まだ十代にすらなってなかったんだって!!」
「ハァ!?だって局長、アンタ“学生の頃”って言ってたじゃないか!?」
「学生だよ?“小”学生、だけどね?」
「ウォォォォイ!!」
「ほら、近頃は何かと煩いだろう?だから逃げを打てるように、“学生”とだけ言ったんだ。そうすれば“この物語に登場する人物は、全て十八歳以上です”とか言い張れるだろう?」
「いつからアンタの人生は、エッチぃゲームになったんだよ!?」

 誰が攻略するんだよ!?
 つーかリアルとゲームを混同しすぎだぁぁ!

「……証拠」
「……え?」
「そんなに言うのなら、確たる証拠を見せて下さいよ」
「いや、この若々しい身体が十分な証拠になると思うのだが……」

 そんなもの、法廷での証拠能力には為り得ない。
 第一、リンディ・ハラオウンという存在がいるのだ。
 肉体が若く見えることを証拠として取り上げていたら、キリが無いだろうに。

「お前の歳(つみ)を数えろ……」

 年齢詐称は犯罪です。
 最近は年齢だけでなく、身分や相手への気持ちを偽って金を騙し取る詐欺師が頻発しているのだ。
 そもそも十にも満たない年齢で、それも管理局内部に居なかった局長(当時サンクトヒルデの初等部)を管理局最高機密の一つに接触させる。

 おかしいだろう。
 寧ろ、おかしくないと感じる方がおかしい。

「仮に局長の話が事実だとしても……局長、昔の貴女は何をやってたんですか?」

 当時の資料をさらっても、局長が何らかの面で報道された記録は無い。
 と言うコトは、開発研究や頭脳面での功績を認められていた、という線はない。
 しかし最高評議会は彼女を選んだ。

 自らの重要案件(スカリエッティ)の育成を、彼女に任せたのだ。
 これは一体……?

「大したことはしていない。当時――インターネットをやらせて貰い始めた頃の話だ。私は興味本位で、十八禁のサイトを探していたのだが……」

 マテ。
 最初からきな臭いぞ。
 一桁の年齢の少女が、十八禁サイト探しとは……発育過剰にも程がある。

「しかし、中々そういったサイトは見つからなくてねぇ?そこで発想を転換したんだ!」
「……どのように?」
「自分で探せないのなら、探せる能力を持った機械にやらせれば良いのだと!!そして当時の最高級コンピュータは……時空管理局のホストコンピュータだったのだぁぁ!!」
「……終わった」

 時空管理局にとっての悲劇が、まさかそんな“しょうもない理由”から来るモノだったとは。

「ホストコンピュータを意のままに動かすには、仕方のないことだが乗っ取るしかなかった。だから深奥部まで潜り込んでいったら……見つけてしまったのだよ!」
「……何を」
「時空管理局を裏から牛耳っている、三つの脳みその存在を!」

 あぁ。それが昨今話題になっている“最高評議会の三人”だったのか。
 脳みそだけになっても生き続け、そしてスカリエッティを使っていた三人。
 去年のスカリエッティのクーデターの際に流された噂は、ただの撒き餌だと思っていた。

 そんな荒唐無稽な噂を流せば、メディアからの目を誤魔化せるし、人々の記憶を何時の間にか摩り替えることが出来る。
 だから当時この噂を聞いた人間たちは、そんなものを頭から信じなかった。
 当然だ。こんな話、信じられるハズが無いのだから。

「……目の前にうそ臭い事実があると、人はそれを本当だとは信じない。そういうことだったんですね?」
「いや?私はこの事実を積極的に世間に流したのだが……世間が信じてくれなかったのだよ!!」

 ……納得。
 話題の提供者にも問題があったのだ。
 つまり狼少年状態だったのである。

「話を戻そう。実質上のトップを見つけた私は、その三人に交渉したんだ……管理局(のホストコンピュータ)を使いたい!!――とね?」

 言葉が足りなすぎる!!
 それでは管理局を寄越せと言っているのと、変わらないじゃないか!?

「そうしたらその日から場所を問わず、様々な刺客に狙われるようになってしまってねぇ?ソイツらを撃退している内に、何時の間にかSSランクまで上り詰めてしまったのだよ♪」
「何てコトしてくれたんだ!?最高評議会は!?」

 時空管理局にとっての最悪の敵を、自らの手で生み出してしまった。
 これほどの恐怖体験はないだろう。

「いやぁ、懐かしい思い出だなぁ……」
「何でこんな危険な存在に、スカリエッティを預けたんだ、最高評議会の面々は……?」

 謎すぎる。
 どう考えたって管理局滅亡フラグなのに。
 バカなの?最高評議会って、バカだったの?

「あー、それは私が頼んだんだよ?ホストにアクセスした話はしたよね?その時に管理局に自由を奪われている、可哀想な少年の情報を掴んでね?」
「……それがスカリエッティだったと?」
「イエス。だから私は頼んだんだよ、その少年を私に預けて欲しいと。そうすれば今後は、コンピュータを使わせて欲しいなんて言わないからと」
「……局長」
「ん?良いお話だっただろう?幼い少年の為に、自分の手に入れた力を封印する私!これだけで一本、話が作れると思うんだが……」

 まぁ、その主人公が局長じゃなければ。
 そして手段が管理局へのハックでなければ、美談だったかもしれない。
 しかしこれは局長の物語なのだ。どうせオチは見えている。

「マテやコラ。どうせ局長のことだ、アンタ“自身”は手を出さないが、“アンタの技術を受け継いだスカリエッティ”が手を出すようになったんだろう!?」
「…………マーベラス」

 瞑目し、プルプルと身体を震わせる局長。

「……ハイ?」
「良くぞそこまで、私のことを理解出来るようになったな、エルよぉぉぉぉ!!」
「ギャァァァァ!!くっ付くな、抱きつくな、頬擦りするなぁぁ!?」

 一瞬にして距離を詰め、そして自分をホールドする局長。
 バインドで動けないようにすることも忘れない、それが局長クォリティ!

「これは愛だな!愛なんだな!?」
「違うわ!」
「良し、結婚しよう!すぐしよう!!パッとしよう!!」
「やっかましい!いくら婚期逃した美人でも、四十前はお断りだぁぁぁぁ!!」

 自分が十七歳。
 だとすると四十前は、下手すると母親と同じレベルだ。

「おぉっと、ようやく話がそこに戻ってきたね?大丈夫、安心したまえ!私の年齢はピッチピッチの十七歳!つまりエルと同い年だよぉ♪」
「サバを読むな!年齢詐称が酷すぎて、サバどころか“マグロ”レベルだろうに!?」
「いや、嘘は付いてないよ?ほら、コレが私の登録データだし~」
「……どれどれ?」

 局長から渡されたデータを、手持ちの携帯端末で読み込む。
 すると中から出てきたデータには……



 【アルファー・D・トヨタ】

  出身:ミッドチルダ北部・ベルカ領
  性別:女性
  身長:
  体重:
  スリーサイズ:
  年齢:十七歳………………………………と百二十ヶ月



「ね?十七歳だったでしょう?」
「……まさか騎士カリムのデータも、こんな感じで書いてあるんですか……?」
「いんや?奴さんのデータは、“三十歳まであと三十ヵ月”って書いておいたけど?」
「ヒデェ!?」

 嘘は吐いてないが、表記に悪意を感じる!?
 女性の心理的なダメージを考慮に入れた、悪辣すぎる嫌がらせだ!?

「まぁ、私は永遠の十七歳だしねぇ?」
「だからと言って、結婚はゴメンですよ?」
「……イケズ」
「拗ねてもダメです。あと良い加減、本題に戻って下さいよ?アンタ、人様の家で何をしてるんですか?あとウチの両親は?」

 いくらウチの両親がホケホケっとした性格だとは言え、玄関でこんなバカ騒ぎをすれば気付くだろう。

「エルの両親は、抽選で温泉旅行が当たった――ということにして、現在旅行に行って貰った」
「へぇ……?悪戯の為とは言え、人様の両親に旅行をプレゼントするなんて……局長、良いところ有るんですね?」
「ハッハッハ!そうだろ、そうだろ?勿論代金はエルの給料から差っ引いているが……」
「……前言撤回。局長、アンタはやっぱり最低だ」

 もうゴールしても良いよね?
 局長の相方は疲れすぎるよ。
 だからゴールしても……良いよね?

「……そろそろ良いですか?」
「名残惜しいが仕方が無い。エル自身が先を促しているのだ。涙を飲んで要求にお答えしよう♪」
「はっ?……って、ちょっとぉ!?」

 まるで一人胴上げのように高々と、そして軽々と上に放り上げられる自分。
 一応成人男性の標準体重を維持している身としては、局長の握力や筋力が気になるところだ。

「おぉ持ち帰りぃぃぃぃ♪」
「いやぁぁ!?誰か助けてぇぇ!!ここに人攫いが居ますよぉぉぉぉ!?」
「心配な~い!本当に人攫いをするんだったら、こんな目立つやり方はしないから~!」
「そういう問題じゃ、なぁぁぁぁい!!」

 こうして自分の短い逃避行は、アッサリと終わりを告げた。























「“エル・G・ランド一尉”――五年前に時空管理局第四陸士訓練校を卒業。事務局員養成コースを出る……が」

 はい。現在軌道拘置所内に用意された、特別研究室で御座い。
 ささやかな逃避行も呆気なく終わりを告げ、今は磔の刑であります。
 執刀医は狂気の天才科学者、“ジェイル・スカリエッティ”先生。そんな彼は、カルテを片手にそれを読み上げ中。

「入学時には武装局員を希望しており、実力に見合わぬ大技の練習ばかりに時間を割き、空気が読めなかった為に周囲からは壁を作られる」
「やめてぇぇぇぇ!?葬った過去を掘り起こさないでぇぇ!!」
「一期下の候補生との練習の際に、現在の“スバル・ナカジマ一士”などにボコボコにされ、それが原因で魔導戦闘にトラウマを作る」
「いやぁぁぁぁ!!」
「その後、怪我が癒えてからは事務職コースに転向。なおトラウマを作る前の魔法には、“エターナルフォースブリザード”などが有り――――確かこういうのって、“中二病”って言うんだっけ?」
「ノォォォォ!もう、中二病は卒業したから!?あとKYは、自分以上のKYに会ったことで、反面教師的に克服したから!?」

 抉り出される、封印された歴史。
 まだ自分の可能性を信じていたあの頃。
 今の自分から見れば、殴りたくなるようなKYで中ニ病だったあの頃。

 ……若かったなぁ、と現実逃避してみる。

「喜べ少年、君の願いはようやく叶う」
「やめてぇぇぇぇ!!これ以上、黒歴史を掘り起こさないでぇぇぇぇ!!」

 これはイジメだ。
 言葉の暴力という名の立派なイジメ。
 もしくは殺傷兵器だろう。

「大丈夫。レリックウェポンになれれば、その黒歴史は現実のモノになるから」

 患者を落ち着かせるように、不安すぎる手術後の予想を話すスカリエッティ。
 その気遣いが、却って嫌だった。

「今更現実にしてどうするの!?それより、どうしてこんなコトになってるんだよ!?」
「こんなコト、とは?」
「レリックっていうのを使って、聖王の血筋か検査するんじゃなかったのかよ!?」
「その通りだよ?何か変かい?」

 不思議そうにする執刀医。
 そこには心底“何で?”という感情が込められている。

「変すぎるわ!検査のはずが、何処をどうしたら人間兵器作成になるんだよ!?」
「あれ?私もママも、検査だけとは……一言も言ってないけどねぇ?」

 ニヤリ。
 口元が歪んだ。
 そして角と翼、あと尻尾が出現する。もちろん悪魔の方だ。

「ちょっとぉぉ!?局長二号が居るぅぅぅぅ!!」
「お褒めに預かり、光栄だねぇ?」
「褒めてない!これっぽっちも褒めてないから!?」

 流石は局長に育てられた存在。
 子は親の背中を見て育つというが、これは影響を受けすぎだろうに。

「さて、時間もあまりないことだし……そろそろ行うとしようか?」
「……もう好きにして下さい」

 諦めの境地に達した。
 もしやコレが、明鏡止水という状態なのか?
 だとしたら今の自分は、心が非常に穏やかなはずである。

「では、そのようにしよう。あとコレが本日の手術マニュアルだ。一応目を通していてくれると助かるねぇ?」



 レリックウェポンの作り方。


 【材料】

 レリック:一個。
 塩:少々。
 砂糖:一匙。

 胡椒:一つまみ。
 気合:百メートルダッシュを百回くらいする位。
 根性:体重に対して百二十%。


 【調理方法】

 気合と根性以外の全ての材料を一緒に煮込み、あとは気合と根性で押し込む。以上!!



「何このレシピは!?自分、手術じゃなくて料理されちゃうの!?」
「あぁ、心配は要らないよ?もし失敗しても、廊下で待機しているママが、きちんと平らげてくれると言っていたから?」
「先生ぇぇ!!お願いです!お願いですから、手術を成功させて下さいぃぃぃぃ!!」

 局長に喰われるなんて、冗談でも嫌すぎる!

「任せたまえ。私はプロだよ?成功確率は……神のみぞ知ると言った感じかな?」
「それダメぇぇ!!確率にならないくらい低いってことでしょうに!?」

 まさに神頼み。
 医療が進んだ現代なのに、そんな手術はおかしいでしょうに!?

「さて……時間短縮の為に、既に煮込んだレリックを用意しておいたよ?これなら安心だろう?」
「既に下処理を済ませた材料で御座います、みたいなテンションで言われても……」

 ますます料理染みていく。
 今のは料理番組のそれだ。

「聖王の器は少女だったから魔法的に融合したが……君は大人だからその必要はないよね?」
「何その『大人だからシロップじゃなくても良いよね?』みたいなニュアンスは!?風邪薬とは違うんだよね!?」

 そんな区別はノーサンキューだ!
 謂れの無い差別も嫌だが、こんな痛そうな区別も要らないですよぉ!?

「ハーイ。それでは口から行ってみようか?」

 口をバールみたいなモノで抉じ開けられ、そこから熱くて固い大きい塊が入ってくる!?

「んぎゃぁぁぁぁぁ!あががががががっがが!?(らめぇぇぇぇ!そんなに大きいの、入らないぃぃぃぃ!?)」
「エル君の、ちょっと良いとこ、見てみたい♪それ、一気!一気!一気!一気!!」
「ごぁぁぁ!?んががっががぁ!?(アルハラ!?それともパワハラなの!?)」

 涙がボロボロ。
 食道よりもぶっとい塊が、食道ブレイカーとして攻め入ってくる。
 こんな食道拡張手術は嫌すぎる!

「ほら、もう少しだよ?頑張っていこう♪」
「んがぁぁぁぁぁ!!」

 ゴックン!
 ……飲めた。
 飲み込めた!

「やった!やり遂げたんだ、自分!!オメデトウ自分!!偉いぞ自分!!」

 号泣する自分。
 生きてるって素晴らしい!
 こんなにもそれを感じた時って、これまでの人生であっただろうか?

「……フーム。君は紅いレリックが適合しないみたいだね?」
「…………なんですと」

 まるで冷水をぶっかけられたかのように。
 歓喜の涙を流していた自分にかけられる、容赦のない一言。

「いや、成功すれば直ぐにでも変化が出るんだ。今回はそういう方法を採った。しかし君には変化が無い。と言うコトは……」

 ポンッ!
 何か腹から出た。
 小さな白煙と間抜けな音と共に出現したのは、今死闘を繰り広げたばかりの相手。

 紅いレリックと呼ばれる物体が、“ハズレ♪”の垂れ幕を引っさげて再登場したのである。
 ……何だろうね?古代ベルカの人たちって、暇人が多かったのかな?

「ホラ、失敗だろう?」
「……と言うことは、自分は聖王の血筋ではなかったと……?」

 悲しいけど、それも一つの結果だ。
 ヴィヴィオの顔が一瞬チラついたが、コレばかりはどうしようもないことだ。

「いや、一概にそうとも言い切れないんだ。一般人でもレリックとは、相性が良ければ融合出来てね?ならば逆もまた然り、ということになるんだよ」
「では、自分にも相性が良いレリックが有ると?」
「あぁ。だが考え得るパターンは、既にシミュレート済みでね?あとは……確か用途不明の“蒼いレリック”があったハズだ。アレなら適合するかもしれないねぇ?」
「……何ですか、それ?」

 新しい単語が登場した。
 てっきりレリックは紅いモノだとばかり思っていたので、新たな存在には驚きを隠せない。

「いや、紅いレリックに比べれば数が少ないし……実は良く分かっていないんだよ」
「…………危険は?」
「勿論あるよ?でも私の勘が言っているんだ、キミにはコレが合うんだ!!――てね?」

 胡散臭い。
 でも退路は無い。
 そしてこれまでの経験が『迷っても結論は変わらん!!』と、為になるアドバイスを教えてくれる。

「……それでお願いします」
「分かった。なら早速行おうか?」

 一分後。
 部屋中に響き渡った声は、

「何じゃこりゃぁぁぁぁ!?」

 だった。






[13116] 【新型】リリカル 本文捌号
Name: satuki◆e7bce84a ID:9daa0335
Date: 2010/09/23 12:56



「何じゃこりゃぁぁぁぁ!?」

 “松田○作さま”バリの絶叫。
 その悲鳴を発したのは、間違いなくこの身体。
 つまり自分が叫んだのである。

「……スバラシイ。まさかここまでお約束通りだとはね……ある意味感心してしまうよ!」

 紫髪の変態ドクター。
 もとい、此度の手術の執刀医は、感激の悲鳴を挙げた。
 この正負の方向は真逆のベクトルに向かった、両者の悲鳴の答えは――エル・G・ランドの変態。

「変態って言っても、純粋な意味での変態だよ?間違っても変な人間って意味じゃ、ないからね?」
「そこ!念を押すフリをして、悪意を植え付けるんじゃない!!」

 変態に変態って言われると、何故かダメージが大きいよね?
 それも変態の最高峰の一角に位置する、キングオブHENTAIの彼(もちろんクイーンは例の奴だ)。
 嫌な気分もMAXである。

「……にしたって、なぁ?」

 己の変貌した姿を見る。
 先程までより小さく――退化した手。
 同じく縮んだ足。

「確か聖王化って、大人になるんじゃなかったっけ?」

 そう。
 姿見を見るまでもなく、この身は退化していた。
 若返ったと言い換えても、良いかもしれない。

「ん?確かに聖王の器――失礼。現“高町ヴィヴィオ”はそうだったけどね?それが全てだと思わない方が良いと思うよ」
「どういうことだ?」
「彼女の場合、単に魔力が一番活性化する年齢の肉体に変化しただけかもしれないだろう?なら君の今の姿は――」
「一番魔力が活性化してるかって?……あ。本当だ」

 この位の身体の大きさの頃は、まだ魔法を学ぶ前だったはず。
 つまり、一番良い時期を通り過ぎてからの魔法入門。
 ……どおりで、一期下のルーキーコンビに負けたはずだよ。

「かたや成長途中で、もう一方は既に下り坂。総合魔力量を考慮しても、君の負けは揺るがなかったねぇ?」
「心を読むな!それに対して突っ込みを入れるな!!」

 全く。
 局長の分身体を相手にしている気分だよ。
 厭らしいったら、ありゃしない。

「それに聖王ではないとは言え、レリックウェポンで実験をしてたからねぇ?ゼスト・グランガイツも一番魔力量が多い年頃の肉体に若返って……あ」
「どうした?変なところで区切って?」
「いや、騎士ゼストはね?死にかけてたところをレリックウェポンにしたんだが……」

 どうにも歯切れが悪い。
 さっきまで饒舌に喋ってただけに、不気味さは倍増だ。

「普通だったら、その時点で肉体は完全修復されるんだ。適合するレリックならね?だが彼の肉体は、再び死に向かって行った。つまり……」

 今更、適合してないレリックだったと気付いたとかか?
 だとしてもそれは遅い。
 彼は既に亡くなっているのだから。

「彼は――“ゼス子・グランガイツ”になってしまっていたのか……!?」
「……オイ」

 何だよ、その“ゼス子”って?
 どうして予想の斜め上の言葉出てくるんだよ?

「彼に使ったのは、紅いレリック。しかし君に試して分かったように、本来紅いのは女性用のようだ。ならばそこから弾き出される結論は……」

 騎士ゼスト。
 生前は首都防衛隊の、Sランク魔導師として立派に戦った人物が……死後はオカマで親友を止めに来たと。

「アレ、おかしいなぁ……?涙で滲んで、何も見えないよ……?」
「騎士ゼスト――惜しい人を亡くしたものだ」

 その“惜しい”を“可笑しい”に摩り替えた人間は、臆面も無くそう言った。























「まぁ、それは置いておくとしても……ふむ。容姿は問題ないようだね?」

 ドクターによる、話題の転換。
 話を逸らそうとしている訳ではないだろう。
 凄まじい程にマイペースなだけだ。

「どっちの意味でだ?鏡でも見せてもらえると、嬉しいんだけどね」
「おっと。それは気が利かなくて申し訳なかった……これでどうだい?」
「どれどれ……?」

 髪の色は金色に。
 両の瞳を彩るカラーは、緑と紅。
 そして身長は、初等部の低学年程度。

 ……間違いない。どう見ても原形を留めていない程の酷さだ。

「はかせー」
「その呼び方だと、私はスランプだらけになってしまいそうなのだが」

 その理屈だと、自分は首が取れても大丈夫なロボットだね。
 “ドクタースランプ・エルちゃん”。
 いかん。語呂が悪すぎる。

「はかせ~」
「……もう良いよ。それで?何が言いたいんだい?」

 ドクターは諦めた。
 流石は個性派揃いのナンバーズの父親だけある。
 早々に諦めるという選択肢が出てくるのは、その証拠だろう。

「これで自分は、聖王の末裔の認定を受ける……ということで良いんですかね?」

 この容姿。
 もっと言うのなら、この形質発現は明らかに聖王の血統。
 あとはその“力”が認められれば、この身は聖王となる。

「あぁ。このあとに“カイゼル・ファルベ”と“聖王の鎧”のチェックをするがね?そこで問題が無ければ、君は認定を受けるだろう」
「……」

 前者は虹色の、聖王家独特の魔力光。
 そして後者はオートガードの別名だ。
 そんなトンでも兵器な自分は――ある種の病気の持ち主だ。

「中二かぁ……。どうして欲しかった時には手に入らなくて、大人になってから実現しちゃうんだろうか……?」

 目尻を伝う、一滴の水滴。
 それは人が涙と称するもの。
 悲しみを表す時に使われる、心の水分である。

「そうか、そんなに嬉しかったんだね?いやぁ、そこまで喜ばれると、私も頑張った甲斐があったというものだ♪」
「そんなワケあるかい!?どこをどうしたら、そう理解出来るんだよ!?」

 訂正。
 涙は嬉しい時にも出るのです。
 しかし今は、その時じゃねーのです。

「もう良いや。それじゃ、さっさと済ませるとしますか?」

 こんな面倒な事態は、さっさと済ませるに限る。
 だから、はやくやってくれや。

「成程。気合は十分、ということだね?」

 違います。
 そう言えたら、どれだけ楽なことやら。
 いや。そもそもここでそう言えるような人間なら、自分は最初からここには居ないだろうな。それだけは断言出来る。

「それでは御登場願おうか。この度、エル君のアグレッサー(仮想敵)に選ばれたのは――」

 オートガードを試すには、どうしても自分に対する攻撃が。
 もっと言うのなら、それを為してくれる“相手”が必要である。
 だからアグレッサーは必須、なのだが。

「(さぁ、誰が出てくるんだ?聖王ヴィヴィオと戦ったっていう、高町一尉か?それとも、ドクターをホームランしたって言う、ハラオウン執務官か?)」

 今までの経験から、出てきそうな人物をピックアップしていく。
 どちらが出てきても、恐らく新たなトラウマが刻まれるだろう。
 だから二人以外でお願いします。切実にお願いします。

「SSランク保持の人間兵器、その名は――“名中将アルファー”!!」
「いやぁ~、どうもどうも♪」

 突如床に穴が空き、そこから現れるリフト。
 その中には、どう見ても廊下で待ってるはずの上司の姿が。
 それも今まで見たことがなかった、バリアジャケットまでご丁寧に着込んでいる始末だ。

「……」

 失念していた。
 普段は魔導戦闘なんて嫌がっているので、スッカリ頭から抜けていた事実。
 その事実を前に、自分はこう言うしかなかった。

「……局長無双、ハジマルヨ?」

 その瞬間。
 世界は白い光に包まれた。









「……生きてるって、スバラシイ」

 手術室が光に包まれた時、結果として聖王の鎧は発動した。
 そう。確かに発動はしたんだよ。
 だが今ある現実として、自分はHP50%未満と言った状態だ。この差異は一体何処から来るのだろうか?

「う~ん。如何に聖王の鎧と言えども、完璧な防御なんてない、ってことだね?」

 局長からまともな意見が出た。
 明日は世界滅亡の日かもしれない。

「その通り。もしも聖王の鎧が無敵の防御を誇るのなら、高町なのはの攻撃が通ったことに説明が付かないからね?」

 ドクターによる補足が入る。
 一を聞いて十を知る。
 頭の良い人通しの会話は楽だ。……周囲は付いていけないけどね?

「魔力光も虹色で問題無し。だったら……」

 真面目モードの局長は、大変仕事が出来るオトナの女性。
 高町一尉と似たようなセーラーカラーの付いた、不思議なバリアジャケットだが、それが彼女の美しさを引き立てる。
 何故だろう?見ているだけで動悸が治まらない。

「(これは恋?……なぁんて勘違い、出来たら楽なのになぁ。ハァ……)」
「ここからは、私のターンだ!!いや、むしろずっと私のターン!!」
「ポチっとな」

 母(義理)が高らかに宣言し、息子(義理)がその舞台を整える為に、仕込んであった仕掛けを解く。
 何とも(無駄に)息の合ったコンビだ。

「エル、これを見るんだ!」
「え~、何々?“アルファー・D・トヨタのバリアジャケット改正案”?」

 やはり動悸云々は、嫌な予感の前触れだったらしい。
 ここまで期待を裏切らないのは、却って清々しいと言うべきなのだろうか?
 “恋”ではなく、“変”という言葉似合う女性。それが局長様なのだから。

「あの、局長?一応聞いておきますが、これはどういったことで?」
「何、簡単なことだ。私のバリアジャケットは、元々第97管理外世界の“セーラー服”というのをモデルにしててな?」

 先生。雲行きが、既に怪しくなってきたのですが。

「高町一尉の服を見て分かった。最近の制服というのは、随分進歩したのだと。だから私は考えた。そろそろ、バリアジャケットのデザインを一新するべきだと!!」
「……制服を参考にするのを止める、っていう発想は?」
「あるワケがない!!」

 力強く断言する、セーラー服モドキの局長。
 若作りで済ませて良いレベルではない。

「とは言え、私も流石にこの年齢だ。学校の制服は無理があるだろう」

 一応、自重という回路が存在したようだ。
 しかしその理屈で言ったら、同じように高町一尉にも同様のことが言えるような……。



 ――ゾクッ!!



「(何だ、今の悪寒は!?どうして自分の脳裏に、“少々”以上のスターライトブレイカーが!?)」

 本家本元。
 元祖砲撃魔導師。
 その大砲が、迫ってくるヴィジョン。

「(……この考えは危険だ。高町一尉は制服が似合う。可愛いぞ。まるで高等部の学生のようだ!超プリティ!!)」

 自分に暗示を掛け、更には迫りくる悪寒を弾き返す。
 念仏のように繰り返すことによって、やがて悪寒は止んでくれた。
 ビバ、自己暗示!!

「――というワケで、私はアダルトな制服を――職業人の制服を採用しようと思う!」

 自分が精神に防御壁を張っている間にも、話は進んでいたらしい。
 まぁ、内容は聞いてても聞いてなくても問題ないような、どうせロクでもない話だろうが。

「そしてその中から選んだのは――コレだぁぁぁぁ!!」

 一瞬局長が発光し、光が収まった先に居たのは……何故かメイド。

「アンタ、その格好気に入ってたのかよ!?しかも、それのどこがバリアジャケットだよ!?」
「一見ただのメイドさんに見えるが、このロングスカートの中には、無数のデバイス。そして、これまたただのモップに見えるが、その中には仕込み剣型デバイスが!!」
「マテぇぇ!!何処の戦場に行くつもりですかい!?」

 大小合わせて、二十は軽くあるデバイスたち。
 明らかに過剰戦力だ。
 こんな危険なメイド、戦場じゃなくても脅威過ぎる。

「さらに!ハラオウン執務官に対抗して、コチラにも高速戦闘用のジャケットを用意した!!」

 嫌な予感が止まりません。
 もうとっくにK点を超えて、別の山に行ってるレベルですだ。

「見よ!この私の勇士を!!」

 再度発光。
 もう驚かんぞ。
 何が来ても、驚いてなんかやらんからな?

「極限まで簡素化した衣服。更に敵の位置を知り、そこへ高速で詰める為の高性能集音機!」

 それはある意味水着のようだった。
 黒いワンピースタイプの水着に、網の目場のストッキング。
 集音機と呼ばれた白く細長い“それ”は、第二の耳としてカチューシャと一体化して額に付いている。

「そんな実質を優先させたデザインの中で、せめてと盛り込んだラブリーなシッポ♪」

 ふわふわな白く短い、丸状のシッポが、ワンピース背中の足の付け根辺りに配置されている。

「……完璧だ。私は自分の発想が恐ろしい……!!」
「奇遇ですね。自分も局長の発想を恐ろしく感じているところですよ?」

 驚きはなかった。
 それは自分でも意外だった。
 しかしその理由はすぐに分かった。

「局長」
「?何だい、エル?」
「アンタ、捕まりますよ?」
「何故だ!?こんなにも完璧なジャケットなのに、どうしてそういう発想が出てくる!?」
「当たり前だ!!取り締まる側のアンタが、どうしてそんな“バニーガール”の服を着ることになるんだよ!?」

 白く長い耳。
 黒いワンピース型の、水着っぽい服。
 網タイツに、黒いハイヒール。

 ……どう見てもバニーガールです。

「つーか、ハラオウン執務官のを参考にすんなよ!?あの人、他は問題無いのに、そこだけ苦情が来てるの知ってるでしょう!?」

 そう。品行方正。文武両道。
 様々な美句で彩られる彼女だが、一つだけ欠点があった。
 それは――高速戦闘時のジャケットのデザイン。

 曰く、



「犯罪者たちのネットワークでは、『ハラオウン執務官に高速戦闘を挑めば、眼福。のちに至福』というのが常識と化している」
「あの衣装のせいで、再犯者が後を絶たない」
「同僚の(男性)局員たちが、一点に血が集まり過ぎて、行動不能になってしまう。つまりは“異性クラッシャー”」
「同僚の(女性)局員たちが、頭が真っ白になって戦闘不能になってしまう。つまり“同性ブレイカー”」



 などなど。
 故に彼女のせいでの労災というのも、実は存在しているのだ。
 それも両の手で足りない程に。

「いや、だからハラオウン執務官が高速戦闘に突入したら、それを抑えに行く必要が……」
「するな!被害者を増やしてどうするんですか!?」

 そうなったら、多分血の雨が降る。
 男性陣は鼻から垂らし、女性陣は握りしめられた拳から。
 何、その地獄絵図。

「まぁ、どの道私は事務局の局長様だ。戦場に出ることなんて、ないさね?」
「だったら、何でジャケットの改正なんて考えたんだよ!?」
「決まっている!」

 正対していたのに、何故か背中をこちらに向ける局長。
 顔だけこちらに向け、腕は腰に当てている。

「エルを困らせる為だ!!」
「……」



 HP 1/500



「おぉエルよ、死んでしまうとは情けない♪」
「……生きてます。生きてますから」

 最後の力を振り絞り、何とか返事をする自分。
 多分もうすぐ終わる。
 そうすれば、帰って風呂に入ってリフレッシュし、良い夢を見るんだ!!

「(夢の中なら、流石に局長にはどうしようもないしね?)」

 己の心を支える最後の希望は、それだけだった。
 しかしこの場合、“それだけ”が重要なのである。
 人は、些細なことでも希望に出来る。その希望があれば、暗い一本道でも歩くことが出来る。

 だから……

「言い忘れていたが、エル君。聖王モードになれるのは、君がピンチの時だけだ」
「……ハイ?ドクター、何を言ってるの?」
「つまりだね?さっきは無理やりレリックを飲まされたりしてたから、命が危なかったよね?」
「……まさか、まさかの……」
「あぁ。つまり、普段から君の意思で聖王になれる……なんてことはないのだよ!」

 ドクターからの死刑宣告。
 繰り返し言おう。
 人は些細な希望でも生きていける。

 しかしその希望すら摘み取られてしまったら?
 答えは簡単だ。

『おぉエルよ、死んでしまうとは情けない♪』

 となるのである。





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