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【肥田美佐子のNYリポート】米国で貧困急増―ネットの絆が失業者の支え

【日本版コラム】

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 「ユーザーの皆さん。もう警察に電話したから、安心してください。今ごろ、警官がスコットを助けに向かっているでしょう。God Bless Us All(わたしたち全員に神のご加護がありますように)」

 7月29日、ニューヨーク在住の女性が、ある失業者向けウェブサイトのオンラインフォーラムに、自殺をほのめかした男性ユーザーの安否について知らせた投稿である。ミシガン州在住のスコットさん(45)は、約3年半前、中国やマレーシアへのオフショアアウトソーシングで、家具作りの仕事を失った。自動車業界など、製造業の衰退に揺れる同州の失業率は、8月現在で13.1%だ。全米50州とコロンビア特別自治区(ワシントンDC)のなかで、ネバダ州(14.4%)に次いで高い。

 米政治専門オンラインニュースサイト『ワシントン・インデペンデント』の8月17日付報道によれば、6月、スコットさんは、自宅マンションで配達証明を受け取った。てっきりフォークロージャー(住居差し押さえ)に遭った両親の不動産に関する書類だと思ったというが、封筒に入っていたのは、自宅アパートからの退去を求める妻からの離婚申し立て状だった。翌日、スコットさんは、失業している人たちが情報を交換したり励まし合ったりするための同サイト(登録ユーザー約8900人)に、わらにもすがる思いでアクセスする。そして、7月28日、失業で家を追われた人たちがサバイバル法などを語り合う「ホームレス」のページに、こんなメッセージを載せた。

住みかは確保できたが、今も「死」を考える

 「(失業や離婚だけでなく)家もなくなってしまった。今にも死にたい心境だ。夕べは林の中で夜を明かしたが、寝付けなかった。体も心もボロボロだよ。もうこれ以上耐えられない。ヘルプを得ようと八方手を尽くしたが、米保険社会福祉省も救世軍も役立たずだ。どうしていいか分からない。明日までに僕からの投稿がなかったら、死んだと思ってくれ」

 スコットさんの顔も本名も知らないユーザーたちが、彼を救おうと相次いで返信をした。ある人は、病院や救急施設に駆け込むよう懇願。ある人は、聖書の一節をポスティングし、命を粗末にしないよう説得した。見ず知らずのスコットさんの打ち明け話に涙する人、無事を祈る人、自分の苦労話を語る人、同じミシガン州のユーザーに彼を探すよう呼びかける人もいた。「どうか、わたしたちのアドバイスに耳を傾けてほしい。みんな心配している。このサイトを訪れる(失業中の)人たちは、誰もがあなたと同じ気持ちなんだ」

 ユーザーたちは、ホームレスのスコットさんが図書館のコンピュータを使って投稿していると推測。地元の図書館に片端から電話し、彼を探すよう頼む一方、現地の警察にも応援を求めた。仲間たちの気持ちが通じたのか、翌日、スコットさんは、図書館のコンピュータエリアに座っているところを警官に保護された。見るに見かねたミシガン在住のユーザーが、夫妻で失業中にもかかわらず、同居を申し出てくれた。おかげで、とりあえず住みかは確保できた彼だが、「お金も仕事もなく、精神的に苦しい。今でも死を考える」という。この事件以来、ウェブサイトには、米政府の補助金で運営されている自殺予防ホットラインの電話番号が、ページトップに大書されるようになった。

 スコットさんは、全米で1490万人いる失業者のなかの一人にすぎない。米労働省によれば、8月の失業率は、前月比0.1ポイント増の9.6%と、依然として高止まりが続く。27週間以上仕事を探している長期失業者は、やや下がったとはいえ、今も42%をくだらない。9月20日、米経済の景気動向を判定する民間組織、全米経済研究所(NBER)は、昨年6月に景気後退を脱したと宣言した。だが、第二次大戦後最長かつ最も深刻な不況が始まった2007年12月の翌月から昨年12月までの2年間で、米労働市場は、800万人以上の雇用を失った。09年の雇用者数が前年より5000万人減少する一方、失業者は、08年の900万人から09年には1400万人へと、大幅に増えている。

 筆者の周りでも、広告モデルの崩壊と部数減に苦しむ新聞・雑誌など、苦境のメディア業界から、合併による淘汰が進む製薬業界、ウォール街、IT、小売り、建設まで、この3年余りで、どれだけ多くの友人、知人、クライアント、取材を通して知り合った人などがレイオフされたことか。連絡に会社のメールアドレスを使っていた人が、ある日を境にGメールしか使わなくなる。肩書きが、「スタッフライター」から「フリーランサー」に変わる。同じマンションに住む大手企業の専属弁護士だった米国人男性は、一昨年のクリスマス以来、仕事に出かけている気配がない。以前は早朝になくなっていた宅配の『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、夕方までドアの前に無造作に置かれたままになっている光景も、今では当たり前になった。

貧困化が進むなか、失業保険頼みの人も急増

 長期失業が増えれば増えるほど、貧困も増加する。米国勢調査局が9月16日に発表した年次報告書によれば、昨年の貧困率は、08年の13.2%から大幅に増え、14.3%という15年ぶりの高率を記録したという。連邦政府が定める貧困ライン(額面の年収が独身者なら1万830ドル、4人家族で2万2050ドル)以下の生活を送る人は、約4360万人という過去最高の数字に達した。今や7人に一人の割合だ。

 ワシントンDC本拠のシンクタンク「予算・政策研究所(CBPP)」の17日付リポートによると、昨年、新たに貧困層に加わった人は370万人を突破。失業保険がなければ年収が貧困ラインを下回る人は、330万人もいるという。08年には、その数が90万人だったことを考えると、政府の補助が生命線となっている米国民の急増ぶりが分かる。07年から09年の間に、失業保険のおかげで、かろうじて貧困層に陥らなかった人は、280万人増えた(581%増)が、前回2回の景気後退時には、いずれも100万人以上増える(209%増)ことはなかった。レイオフよりも失業保険を打ち切られたときのほうがショックの度合いが何倍も強い、と言う専門家もいる。

 スコットさんのように、誰かの家に間借りすることで、どうにか貧困をしのいでいる人も急増中だ。国勢調査局の試算では、過去2年間に、実家や友人、知人などの家で共同生活を送る人は、約12%増加した。大学を出ていない若者の失業と貧困も目立つが、雇用主の医療保険負担料が2倍になるといわれる40代以上の失業者も苦戦を強いられている。前出オンラインフォーラムの「レイオフ以来、何社の就職試験を受けたか」というトピックの投稿欄には、21年のキャリアを持つユーザー(内容から男性と推察)の告白が載っている。

 「137社から袖にされた。今のところ、『overqualified(資格過剰)』を理由に送り返されてきた履歴書は98通。13通が『該当者なしにつき採用取りやめ』。8通が『under-qualified(資格不十分)』だ」

 専門家によれば、失われた800万人の雇用が完全回復するには8年以上かかるという。失業率は、来年いっぱい9%前後で推移し、通常の5%台に戻るのは2015年以降になるとみられている。さらなる貧困率の上昇が見込まれるなか、今年7月、主に共和党などの反対を押し切って可決にこぎ着けた失業保険給付延長法案(最長99週間)が、11月に再失効を迎える。同月の中間選挙では共和党が大幅に議席を伸ばすとみられ、延長法案の先行きは不透明だ。

 9月21日、オバマ大統領は、ホワイトハウスの経済チームを率いるサマーズ米国家経済会議委員長が今年末をもって退任する、と発表した。後任は、実務派が選ばれるのではないかという声も聞かれ、景気回復に期待がかかるなか、今日も、1000人を超える失業者が、救いを求めてウェブサイトを訪れる。

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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト 

hida_248.jpg_image_Col3wide Ran Suzuki

東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ト リノ)に参加。労働問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。 2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『AERA』『週刊エコノミスト』、『サンデー毎日』『ニューズウィーク日本版』『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。http://www.misakohida.com

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日本版コラム〔9月22日更新〕