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[21331] 犬派の人の猫との接し方
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/09/23 01:12
 子供の居た家庭は冷え切っていた。
 それだけならば、不幸の謳い文句としては陳腐に過ぎる。
 普通の物語と趣きを異なっていたところは、両親の愛情が子供には注がれていた事だ。
 父親と母親の間に会話がなかろうと、二親は必ず子供に話しかけた。その手で抱き、温もりを伝えた。慈しみの眼でもって成長を見守った。
 幼稚園の運動会。母親がお弁当を持って応援にやってきた。父親は反対側からハンディカムを手に、我が子の活躍を録画するに勤しんだ。
 話しかけてくるのは、何時も片親ずつだった。
 生まれて何度目かの誕生日。午前中に父親に手を引かれ、遊園地に連れて行ってもらった。しかし午後には母親と手を繋ぎ、動物園へと移動していた。
 家族三人で行動したことは、一度も無かった。
 両親が一緒に映り、仲良くしている姿を、子供の目は捉えたことがない。
 だから子供は、両親を“そういうもの”だと無意識に刷り込んだ。
 子供が小学校に上がるとき、両親は離婚する。
 理由はやはり、子供だった。この家庭は、情操教育に悪いと。二人を繋ぎとめていたのが子供なら、切り離したのも子供だった。
 子供は、離婚という言葉の意味を知らなかった。しかし、両親が離れて暮らすことだけは理解する。
 何の感慨も抱かなかった。抱けなかった。
 元々子供の中に、“父親と母親”はない。
 あったのは“父親か母親か”。
 両親は互いを無視し、自分と子供しか家に居ないように振舞っていた。子供にとっては、どちらかと二人で居る事のほうが正常なのだ。
 子供は母親に引き取られた。
 そして一年ほどの月日の後に、母親は再婚した。
 不思議だった。
 目の前で繰り広げられているのは、子供の知っている父親と母親の像とは、かけ離れた光景。
 だから子供は訊ねた。新しい父親と母親に、何故そんなに笑い合っているのかと。
 二人は揃って答える。
 家族だから、と。
 子供は猶も疑問を呈した。前の父親は、違うのかと。
 母親も更に答える。
 他人だった、と。
 子供は言葉の意味を吟味する。しかし、深く考える事はしない――できない。まだ小学校に上がったばかりの年齢だ。そこまで言葉の裏を読み取る事が出来るはずも無い。
 だから、出した解は極めて単純だった。
 家族は仲良く出来る。
 他人は仲良く出来ない。
 たった、それだけ。
 子供の幼い心は柔軟だった。柔軟なだけに始末が悪かった。
 これまで短い也に歩んだ人生から学び取った経験が示す、細かな矛盾や些細な疑問も納得のいくように結びつけ、飲み干し、人との関係を“そういうもの”と意識下に条件付けた。



 犬派の人の猫との生活


 ――非常に曖昧な夢を見た。
 曖昧すぎて、起きたら雲散霧消してしまっている。
 なんだか生涯における指針を掴み取ったような気もする。が、気のせいだろう。自分はそこまで達観できてはいない。
 流はそこまで分析をして、足元にもぞふわとした物体が触れている事に気がついた。
 むず、と掴んでみると、柔らかく心地良い毛並みの感触。

「ニィ?」

 四本足の一本だけを掴まれている三毛猫が、眼をシパシパさせて鳴く。

「……ミィ。また潜り込んだのか」

 声に苦いものが混じるのは仕方がないと思う。腹の上に乗られるよりは寝苦しくないが、もう既に夏。毛皮がくっついていれば、暑い事に変わりは無い。
 自室と廊下を隔てるドアを見ると、ほんの少しだけ隙間が空いていた。相変わらず忍び込むのが上手い猫である。
 布団から起き上がり、軽く肩を鳴らすついでに欠伸を一回。すると丁度ミィも、くぁ~っ!! と身体を伸ばしていたところだった。
 まずは洗顔と一階に移動すると、ミィがナァナァと鳴きながらついてくる。餌をねだっているのか、甘えたいのか。
 ……両方だろうな。
 流は思う。せめて夜鳴きは減らしてくれないだろうか、と。外に音が漏れるような泣き声の大きさではないが、同じ家の人間が起きるには十分すぎる。
 流石に台所に入れるわけにはいかず、その前でシャットダウン。ガラス張りの扉をカリカリと引っかいていたミィだが、少しすると二階へと昇っていく音が聞こえた。
 更にフライパンに投下した卵の黄身が固まる位の時間が経過し、今度は階段を降る足音が響く。

「……おはよ、兄」
「おはよう。瑞、ここでミィ離すなよ」
「んー」

 こしこしと目を擦り、妹の瑞が起きてきた。両の腕でミィを抱きかかえている。

「ミィ目覚まし、相変わらず強烈そうだな」
「これ、商品にならないかな。猫目覚まし」
「もう猫の鳴き声がアラーム音の目覚ましくらいあるだろ」
「猫の何かを訴えるような鳴き声と、扉を引っかく音がセットになってればいいと思うの。きっと誰でも飛び起きるよね?」

 ……それで起きるのは、かなりの猫好きだけじゃないのか。
 思いは胸に留め、曖昧に頷いておく。少なくとも瑞は確実に起きるだろう。そんな相手に正論を言っても効果は無い。
 流は少し首を伸ばし、後ろを見た。現れたのは妹の瑞だけで、弟の姿が見えなかったからだ。

「陸は?」
「先に顔洗ってる」
「なんで女の子のお前が先じゃないんだよ……」
「寝起きにミィがいたからもふもふしてたら、先に使われちゃった」
「ああ、そう」

 諦めと呆れを織り交ぜた笑顔でもって、流は瑞の言を受け入れた。
 陸と入れ違いに、瑞が洗面所で一応の身支度を整え終わった頃、朝食の準備が完了する。
 機嫌を損ねた理由は、流の膝の上に座っているミィだ。五月雨家の居間には、ちゃぶ台が設置されている。故に皆座布団に座り食事を取るのだが、

「なんでミィは何時も兄の膝の上に座るのかな? わたしはいつでも受け入れカモンなのに」

 昨日の夕飯のおかずの残りを摘みながら、瑞が不満げに言う。
 流も、齧るトーストの欠片がミィに落ちないよう気をつけ、返す。

「単に広くて座り心地いいからじゃないのか?」
「わたしのふとももの方がぷにぷにだもん! 絶対気持ちいいって!」
「瑞、それ女の子が大声で主張していいの?」
「ミィがわたしのところに来てくれるなら、このくらい別に問題なし」

 だが悲しい事に、猫に人の言葉はわからない。ミィは瑞の言葉なんて聞くこともなく、流の膝の上で身体を丸め、軽く寝入っている。

「だったらもうミィを抱いて寝ろ。今日だって目が覚めたらミィが俺の寝床に侵入しててなぁ」
「……なにそれ自慢? 自分はミィに懐かれてますよーって自慢ですか!? けっ!!」

 やさぐれる瑞。この妹はミィのことになると、人格が変わりすぎる。
 テレビでは、今日も一日暑くなると放送している。流は二重にげんなりとし、

「別に事実を言ってるだけだ。ただ不思議なのは、扉閉めたと思ってたんだけど、開いてたんだよ」
「ミィが開けたのよ、きっと」
「猫だぞ? 障子とか襖ならともかく、どうやってノブを回すんだよ」
「ミィは賢いもん。それくらいできるよ?」

 この飼い主馬鹿は、どうすれば現実を見るだろうか。
 真剣に悩む流の横。ずずっと茶を啜っていた陸が、

「それ僕」

 さらりと暴露する。涼しい顔を変えない辺り、いい性格をしている。

「四時くらいにミィがナァナァ鳴いてたから、兄さんの部屋のドア開けておいたよ」
「おいこら、なんで自分のところに連れて行かない」
「だって暑いじゃない」
「陸の馬鹿! なんでわたしの部屋にミィを招かないのよー!!」
「女の子の部屋の扉、勝手に開けていいわけがないでしょ……」

 疲れたように、陸が呟いた。
 この家では、各人の部屋に鍵はつけられていない。
 ちゃんと部屋に入る際にはノックをするし、マナーを日頃から気をつけるというのが一点。更に最も大きく占めている理由として、
 他の人が覗ける状況なんだから、無様を晒したくなければ部屋の整理整頓くらいきちっとしやがれ。
 という意味が込められている。
 この教育はきちりと成果を発揮し、三人とも部屋は綺麗なものだ。

「兄と陸に見られて困るようなもの、隠してるし」
「寝顔は? 見られてもいいの?」
「何を今更。朝誰に起こしてもらってると思ってるのよ」

 威張るなよ。
 流と陸は、心が合わさったことを、目を合わせて確認。ついで、何時もの事だからなぁ、と苦笑い。
 ご馳走様と手を合わせ、食べ終わった流が、強引に話を纏めた。

「というわけで、今日からミィは瑞の部屋で寝る事になりました。決定」
「え、兄いいの? わーい!!」
「嫌がらなければ、という前提は守れよ」
「……むぅ」
「陸? どうした」
「いや、夜の間ずっとミィをとられるかと思うと、それはそれで癪な気が」
「……もう好きにしろ、お前ら」

 流が問題を投げ出した頃、渦中にいるはずの猫はといえば。
 我関せぬ。
 ミィは偶に耳をピクピクとさせ、流の膝の上で寝ているだけだった。



 今は全国的に夏期休暇である。
 雲ひとつない炎天の空の下。駅までの道を、流は一人歩く。
 家に居ても暇なので、夕飯の買い物がてら、隣町で遊ぼうと思ったのだ。
 が。
 瑞はミィにかまけ、陸は暑くて出歩きたくないと断られた。誘った友達は一人として課題が終わっておらず、つかまらなかった。
 熱せられたアスファルトが、陽炎を昇らせる坂道を昇っていく。
 ……夏休みも残り三日だというのに、薄情な怠け者たちめ。
 ちっ、と舌打ちし、

「あ、すみません」

 課題を見せてくれ、と言われても無視してやろうと心に決めた。
 ……まぁ、本屋で新刊でも見繕うか。

「えっと、すみません!! ちょっと待ってください!!」

 予定の変更をしたところで、む、と流は眉の形を変えた。先程よりも声が近づいてきている。
 もしや自分に声をかけてきているのか、と思い振り返ると、見知らぬ小柄な少年が小走りに駆け寄ってきた。流が足を止めたのを見、ああ、よかったと顔を綻ばせている。

「すみません、ちょっとお尋ねしたい事があるんですけど」
「ああ、はい。なんでしょうか?」

 流は柔らかく返事をした。
 こういうとき、威圧的に出てしまうと、相手が萎縮してよけいに時間がかかってしまうものだ。手間を掛けずに済ませるには、友好的にでるのが一番だと流は思っている。
 いざこざを起こすのは面倒だ。こういう他人とは暇つぶしがてら、適当に話を合わせて切り上げればいい。
 ……訪問販売とかじゃ、なさそうだしな。
 もしもそうなら、にこやかに爽やかに『間に合ってます』を連打するつもりだった。
 しかし道の真ん中で声をかけてきたこと、困った声の口調などから、道を訊きたいのではないかと予想していた。

「実は、ちょっと駅までの道を教えてもらいたくて」

 恥ずかしいのか、頬を掻き、眼を上に泳がせながら少年が言う。思い浮かべて比べてみると、瑞よりも小柄かもしれない。

「ああ、かまいませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 感激する少年を、行く所でしたから、と先導を開始する。
 道すがら少年は、感謝の言葉からどうして迷ったのかの事情までを勝手に話す。
 流は適当に頷きながら、街路樹が作る影の多い道を選び、歩いていった。



 最寄の駅は、寂れているほどではないにしろ、発展しているとは言い難い。
 コンビニが三軒にスーパーが二軒。あとはペットショップやら喫茶店がぽつぽつと連ねるだけだ。

「本当に助かりました、すみません」
「いえ、ついででしたから」

 中央の改札で頭を下げる少年に、手をひらひらと振る。
 既に流の心は少年から離れ、本屋に向かっていた。
 それじゃあこれで、と声をかけ、流が少年と別れようとした時、

「煉」

 少年の背後から、少女らしき声音が聞こえた。短く、苛立たし気に呼ぶ声。
 反応し振り返った少年――煉は、暢気に返事をする。

「あ、姉さん。やっほー」
「やっほー、じゃない! どこまで行っていたのよ!」

 びっと指を突きつけ、少女が煉に詰め寄った。姉弟らしいだけあって、この子も小柄だ。瑞といい勝負だろう。

「ええっと……ちょっと散歩でそこいらに?」
「散歩なら帰れる距離にしておきなさい!」

 どうやら姉のようだが、流に姉弟のいざこざを最後まで見る義理はない。
 素早く離れようとしたのだが、その動きを見て、少女が流に視線を向ける。

「で、あんたは?」
「迷子を届けただけだ」
「ふぅん……それはどうも」

 胡乱気に身、面倒そうに言う少女。
 ……礼儀知らずだな。
 指摘はしない。どうせ偶然会っただけの他人。揉めるほうが面倒と考えた。
 流は相手にしないで、今度こそその場から離れる。

「あの、ありがとうございました!」
「一応感謝してあげるわ!」

 流は背後に向け、一回だけ手を振った。



 流は一月以上ぶりに制服に袖を通す。昨日クリーニングから受け取った制服は、ぱりっとしていて着心地がいい。
 下駄箱の上に寝そべり、小窓から外を覗いてたミィを軽く撫でる。
 がらりと玄関を開け、

「鍵とミィの餌、任せたからな」
「はーい!」

 今日も陸に起こされた瑞が、元気に返事をする。
 結局、瑞はミィと共に寝ていない。理由は、

「ミィの寝息、臭い」

 ……そりゃ肉食だし、口臭は凄いだろうな。
 兄弟は、揃って同じ見解を出した。



 見慣れた駅までの道を歩き、人が人を押しつぶそうとする電車に揺られて三駅分。そこから更に十分ほど木々の生い茂る山道を歩くと、流の通う学校が見えてくる。
 校門から左にある、木造の旧校舎は一年用。流たち二年は、五年ほど前に造られた新校舎を使っていた。
 ホールになっている中央は、吹き抜け仕様だ。横につけられている階段を昇り、流はクラスにたどり着く。
 一学期の頃から座っている席に鞄を置き、友人に近づいた。

「おはよう、一斗、柳井」
「流か、おはよう」

 目つきが鋭く、真面目そうな印象を受ける男子――樫樹一斗は、その印象そのままの声で挨拶を返し、

「久しぶり、五月雨。結構会わなかった気がする。最後に一斗の家で会ったの、盆くらいだったよね?」

 ポニーテールの女の子――柳井莉理は、その活発そうな顔に似合う笑顔を浮かべて話しかけてくる。

「ああ、そういえばそうか」
「なんで一斗の家に来なかったの?」
「溜まっていた本とか読んでたから。というか、何故俺が一斗の家に行かなかったことを知っているんだ?」
「家に居ても暇だったし、夏休み殆ど一斗の家に居たからだけど」
「……殆ど?」

 うん、それが? と莉理は、心底不思議そうに首を傾げた。

「一斗」
「なんだ?」
「それでいいのか?」
「いいんじゃないか? こいつがしたいなら」
「そうか」

 本人たちがいいと言っているのなら、納得するしかない。
 一瞬爛れた関係なんて言葉も思い浮かんだが、納得するしかないのである。所詮恋愛なんて当人同士の問題だ。流はとやかく言うほど野暮ではない。
 そのまま近況報告に移行する。
 時計を見れば、HRの時間まで十分程度。会っていない間にあれをしたこれをした、時間を潰す話題には事欠かない。
 近くの湖で行われた花火について莉理が目を輝かせて語ろうとしたあたりで、チャイムが鳴り響き担任が入ってきた。
 クラスメイトが流も含め、蜘蛛の子を散らすように席に戻っていく。一斗と莉理は前後の席なので、莉理が前を向くだけだ。

「皆席についたな? 出席取るぞ、居ないのは――」

 担任が開いている席の名前を呼び、事情を知っている者が居ないか聞いていく。開いている席が二つしかなかったこともあって、担任が出席簿を閉じるのは早かった。
 全校集会が明日になったこと等の連絡事項を伝え、以上と締めくくる。
 HRが終わる――

「あー、あと一つ」

 ――かと思いきや、担任はまだ言葉を続けていた。

「今学期から通う事になった、転校生が来ている」

 聞いてた? いや、知らない。ざわりと、教室内そこかしこで密談が行われる。
 担任は苦笑し、あまり騒ぐなよと注意をしてから廊下への扉を開く。
 入ってきたのは、流が見覚えのある少女だった。
 ……煉って子の、姉だったかな。
 いまだざわめく周囲を尻目に、流はぼんやりとチョークの動きを追う。
 カッ!

「笹鳴音祢子君だ」
「笹鳴音祢子です。宜しくお願いします」

 音祢子は深く頭を下げ、編入の挨拶をする。
 ついで頭を上げて――そこで流と音祢子は眼が合った。

「あぁ……?」
「ん、どうかしたか?」

 流からしてみれば、特に興味がなかったので、眼を逸らしただけだ。音祢子はそれを無視されたように感じたらしく、眉根の角度を変えた。

「……いえ、少し知っている顔を見た気がしたので」
「ほぉ。知り合いか、誰だ?」

 すっ、と音祢子が指さした先は、当然の如く流だった。
 クラスの視線を一身に集める中、流はきっぱりと断言する。

「そうなのか? 五月雨」
「俺は笹鳴音祢子なんて名前、今知りましたが」
「ふむ、知り合いなら学校の案内を頼もうかと思ってたんだが……いや別に知り合いでなくともいいか。五月雨、頼まれてくれるか?」
「先生、笹鳴さんは女性です。ここは同性の方が適任だと思います」
「む……それもそうだな。じゃあ委員長、任せてもいいか?」
「あ、はい!」

 急に指名されたクラス委員長が、こくこくと頷く。
 ……面倒は避けられたようだ。
 流は安堵から、ふぅ、と小さく息を吐く。その様子を見た音祢子の眼が、更に吊り上った。

「この後すぐ席替えするから、笹鳴はここに座っていてくれ」
「わかりました」
「笹鳴の自己紹介は……休憩多めに取るから、お前ら勝手に聞け。そっちの方が親交深めやすいだろ」

 音祢子が教台の横にある椅子に座ったところで、HRが終わる。
 一旦休憩。
 言い残し、担任が教室から出て行った。
 途端、

「ねぇねぇ五月雨、転校生と知り合いなの?」

 興味で瞳を輝かせた莉理が詰め寄ってくる。
 やはりこうなったかと、流が面倒くさそうに答える。

「聞いてなかったのか? 名前を今知ったばかりだと言っただろう」
「ああそっか」

 あっさりと納得する。流は、嘘は言っていない。
 しかし一緒についてきていた一斗は、さらりとその隠し事を見破った。

「名前を聞いていなかっただけで、知り合っていないわけでないんだろう?」
「あー、なるほど」
「……まぁ、三日前に顔を見たことがあったかもしれないな」
「ようするに?」
「ニ、三言言葉を交わした程度の他人だ」
「それにしては、転校生の態度が妙だった気もするが」
「俺が知ったことか。お蔭で面倒な用事押し付けられそうになったし、いい迷惑だ」
「擦り付けたくせによく言う」
「でも笹鳴さんって、可愛いよね」

 言われ、流たちが音祢子の方を見ると、早速委員長が話しかけていた。周りのクラスメイトがつくる垣根から、軽く音祢子の観察を開始する。
 セミロングの髪。中学生の妹と変わらないほど小柄な体躯。整った目鼻の顔立ち。柔らかそうな頬に、大きめ癖に少し吊りめな目元。
 ……なるほど、確かに一般的な可愛い部類に入るかも知れない。
 流が頷こうとしたところ、いきなり隣の一斗の身体がぶれた。

「……いきなり何をする」
「今一斗、ちょっといやらしい眼つきになった」
「勝手な判断で抱きつくな。暑い」

 引き離そうとする一斗と、抵抗する莉理。
 何時ものようにじゃれているだけだろうと、流は気にしない事にした。ついでに音祢子が眼で何かを訴えているような気がしたが、気にしない事にした。
 十五分の後、HRが再開する。今日は集会が無くなった代わりに、一限をHRに当てるらしい。
 頭髪、制服の着こなしが乱れていないか、担任がチェックしていく。そう厳しいものではない。金髪などのあからさまなアウト以外は流してしまう程度のものだ。
 それが終われば席替えである。委員長が籤を作り、前から順に引いていく。後は黒板に割り振られている数字に対応した席に移動するだけだ。
 流は十四番の籤を引いた。窓際で真ん中の席である。
 全員が引いたので、一斉に席に移動する。

「よろしく、一斗」
「ああ」

 流を中心に、後ろは莉理、隣は一斗。ついでに前に委員長が座っていた。
 と、つんつんと背中をつつかれる。

「ねぇねぇ五月雨、席変わらない? 私、一斗の隣がいい」
「お前は……あー、まぁ……」

 恋人だし、変わってやるのも吝かではない。流は肯定の意を伝えようと首を捻り――そこで気がついた。
 斜め後ろの人物が、おっかない目つきで睨んでくる、笹鳴音祢子であることに。

「……駄目だろ。籤で決まったんだし」
「いいじゃん、けち」
「これだけ近いんだからいいだろう?」
「寧ろこれだけ近いから一つずれているのが我慢できなかったり?」
「莉理、我慢しろ」
「……むぁい」

 鶴の一声。ちょっと膨れたまま莉理が頷いた。
 一段落したところで、流は体勢を元に戻す。音祢子と眼が合った気がしたが、気のせいだろう。

「ちょっとあんた」
「……」
「おいこら、聞こえてないの?」
「莉理、呼ばれてるぞ」
「いや、どう考えても私じゃないから」
「一斗、呼ばれてるぞ」
「俺でもないと思うが」
「委員長、呼ばれ――」
「五月雨とか呼ばれていたあんたよ、あんた」

 名前で呼ばれては誤魔化しようがない。仕方なく、流は応じる。

「なにか?」
「あんた、煉を駅まで案内した奴よね?」
「それが?」
「やっぱりあたしのこと知ってたんじゃない! さっきなんで無視したのよ!」
「……無視?」

 とんと心当たりがない。
 流は首を傾げたが、それが気に障ったらしい。音祢子が表情を険しくした。

「最初に紹介された時と休憩中。こっちの視線に気がついたくせに、無視したじゃない!!」
「顔を見たことがある程度の仲に、何をしてほしいってんだ。頼るなら世話役の委員長を頼れよ」
「……っ! ああそう! 煉に道を教えてくれた親切な奴と思ってたけど、そうでもなかったみたいね!」

 ふん、と鼻を鳴らし、音祢子は会話を打ち切った。
 ……勝手に期待されて失望されても困る。
 そんな態度を取られた流は、気分を害するでもなく、ただ気性が激しい子だな、と呆気に取られるしかない。

「大変そうだな」
「ん? ああ、かもな」

 一斗の声は、どことなく同情を含んでいた。
 確かに関わり合いになったら大変だろう。
 ……まぁ、近づかなければいいか。
 流は、音祢子と距離を取る事を心に決めていた。




作者「なんか気の向くまま小説書き始めてみた。ラノベの新人賞にでもだしてみっかなー」
友人N「この程度で応募とか正気かよw なにそれうけるw ――馬鹿じゃないの?」
作者「ですよねー」
友人N「まぁ、書いちゃったもんはしょうがないし、どっか投稿すれば?」
作者「どっか投稿が簡単な場所ある?」
友人N「理想郷とか」



[21331] 二話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/08/23 15:45
 玄関の小窓から、ニィナァと鳴き声がする。

「出迎えご苦労」

 ミィの耳の裏をそっと撫でると、帰宅したという実感がわいた。
 靴を脱いで居間に入る。既に帰っていた弟たちが、台所から顔を覗かせた。

「おかえり、兄さん」
「丁度いいタイミング。お昼できるけど、食べる?」
「ああ、食べるよ」
「はーい。あ、ミィどこ居る?」
「玄関で寝そべってる」

 聞くやいなや、あとよろしくー、と瑞が横をすり抜けていく。
「瑞! ミィ触ったらちゃんと手を洗いなよ!?」

 返事はない。

「まったくもう!」
「まぁ、瑞だってそれくらいわかってるだろう」
「……だといいけど。兄さん、素麺の投入よろしく」
「手を洗ってくるから少し待ってくれ」

 洗面所に向かう途中、瑞がミィにパンチを喰らっていた。

「やんもうミィはパンチするのもかいらしー! でもどうせなら肉球でぷにっと押して欲しいなぁ」

 全力で視界から消し去った。



「そういえば、僕の所に転校生が来たよ」
「ほぉ、奇遇だな。こっちもだ」
「案外兄弟だったりしてね」
「煉って名前なら、姉弟かもな」

 ずるずると素麺を啜っていた音が一つ止まる。
 驚いたのか、陸が目を丸くしていた。
 流は構わず、一把分くらいを一気に掴みあげた。瑞もちゅるちゅると素麺を食べ続ける。

「……兄弟、かも」
「苗字は?」
「笹鳴」
「決まりだな」

 満足するだけ素麺を平らげた流は、ご馳走様と手を合わせ、食器を片す。

「兄ー。足りないー」

 瑞が皿を箸で指し示す。中身が空になっていた。
 ……加減なく食べ過ぎたか。
 皿に盛られた半分は食べていたと思う。流石にこれは自分が茹でるべきだろう。
 流は瑞に箸の正しい使い方を拳骨で指導してから、追加分を茹でるべく鍋を火にかけた。



 学校が始まって既に一週間が経つ。
 席替えの時以来、流は音祢子と会話をしていない。するのは朝の挨拶程度。なるべく交流しないように心がけ行動している。
 ……だというのに、斜め後ろから視線を感じることがあるのはどういうことだろう?
 もしかしたら、まだ怒りが尾を引いているのかもしれない。
 だが、それもそう長くないだろうと流は考えた。
 転校から日が経ち、音祢子はそれなりにクラスに溶け込めている。
 人間、興味対象が増えれば、一つの関心事に割く割合は減る。
 それに感情は時間と共に風化するものだ。このまま関係を持たなければ、怒りも萎んで、自分に眼を向けることもなくなるだろう。

「やっぱりさ、猫って可愛いよね?」

 ちゃらり。
 携帯のストラップのダレ(ている)ネコを掲げながら、莉理が二人に問いかける。

「俺は犬の方が好きだけど、一斗は?」
「俺は猫の方が好きだが……流は猫飼っているだろう?」
「確かに飼ってるけど、猫飼ってるやつが全員猫派だと思うなよ?」

 流は腕を組み、心外だという風に鼻を鳴らす。

「ふぅん。五月雨って犬派なんだ」
「ああ、犬の方が懐いてくれてかわいいじゃないか。こう、ぐりぐりって撫で回したくなる」

 猫を抱きかかえるのもいいが、やはり大型犬に抱きついた時のもふもふ感には敵わないと思う。
 大体猫は気侭にすぎる。流的には、名前を呼んだら全力で自分のところに駆け寄って、ぶんぶん尻尾を回すくらい忠誠が厚いのが好きだ。
 それは同感、と目を細め頷いていた莉理だが、ふと首を傾げる。

「そういえばなんで猫って、猫なんて名称なんだろうね?」
「諸説あるぞ。猫はよく寝ることから、最初は寝子って文字だった説。似虎がなまって猫になった説。あとは……鼠を好むからネコっていうのもあったかな」

 へぇー、と莉理が感嘆の声を上げた。一斗も声こそ上げていないが、似たような表情を浮かべている。

「結局のところ解明はされてないらしい。不明なままだそうだ」
「じゃあ犬は?」
「知るか」
「……おいこら、犬派じゃないの?」
「犬派だよ。単に猫を飼ってるからそういう知識が入ってくるだけだ」

 知識に派閥は関係ないという流の主張は、残念ながら受け入れられる事はなかった。
 一週間後。
 流の予想したとおり、斜め後ろからきつい視線を感じることはなくなった。



 猫は気紛れにして傍若無人。基本的に自分中心に世界が回っているような振る舞いをするものだ。
 瑞に言わせればそれこそが猫の魅力だというのだが、流はこの気紛れ感が好きになれなかった。
 今だってそうだ。自分が寂しいからと理由だけで、身体を擦り付け、こちらに向けてナァナァと鳴き声を発している。
 無視して部屋に戻ろうとすると、ミィが先回りをした。流の部屋の前に陣取り、ゴロンと仰向けに寝転がる。
 ジィ。
 一人と一匹が、見詰め合う。
 ……かまえと申すか。
 どうせなら瑞にねだればいいものを、と頭を掻く。
 抱き上げて移動させてしまってもいいのだが、今の流は風呂上りだ。毛だらけになるのは避けたい。
 仕方なくしゃがみこみ、耳の裏や喉を撫で回す。ミィが気持ちよさそうに目を細め、ゴロロと喉を鳴らした。
 五分ほどして。満足したのか、ミィは起き上がると流に目もくれず階段を下りていく。
 ……だから猫は苦手なんだ。
 さっさと去ってしまうミィの後姿を見送り、流は就寝した。



 ミィがこの家の住人になってから早半年。流たちの朝は、確実に早くなっていた。
 早くなっているといっても三十分ほど早くなっただけだし、寝坊するより健康的とも言える。
 特に早起きになった流はといえば、最近は弁当作りに精をだしていたりする。

「兄さんもまめだよね」
「起きるのが早くなってから、時間があまり気味なんだよ。朝飯を作る片手間に丁度いいんだ」

 弁当箱に詰められなかった分をちゃぶ台に並べていると、ミィに餌をあげ終えた瑞が顔を出す。

「あ、きんぴら。今日は和食?」
「いや、ジャガイモが余っていたから使っただけだ」
「朝食を作る片手間に弁当ってよりも、弁当を作る片手間に朝食を作ってるよね兄さん」
「食えれば一緒だろ」
「……いや、いいけどさ」

 瑞と陸は給食なので、弁当が必要なのは流だけである。一人分の弁当を作るよりも、三人分の朝食を作るつもりで作ったほうが楽なのだ。
 白米と味噌汁を盛り付け、三人揃っていただきますと唱和する。

「でも、朝食と弁当のおかず一緒で飽きない?」
「朝は夕飯の残りもあるからな。特に問題ない」
「でもさ兄、結局お弁当自分の作ったものばっかりじゃない。なんならわたしが作ろうか? 妹の手作りなんて周りから羨ましがられるよ?」

 ぽりこりと沢庵を齧りながら瑞が提案する。
 が、届かない。

「陸、作ってみるか?」
「朝から面倒だからいやだ」
「まぁ、お前は弁当要らないしな」
「給食って楽だよね。メニュー選べないけど」
「……ちょっと。なんで無視するの」
「だって……」
「……なぁ?」

 顔を見合わせ、困ったように眉根を寄せる兄弟。
 瑞の目尻が吊りあがるのを他所に、胡散臭そうに兄弟が言う。

「どうせなんかお願いでもあるんだろ?」
「それに元より早起きが無理だろうし」
「……もうちょっと妹に夢もとうよぅ。わたしだって純粋に兄の手伝いしたい時くらい、あるんよ?」
「なら期待されるように普段から振舞えよ。お前に幻想を抱く余地がどこにあるというか」

 はぅ! と胸を押さえる瑞の姿を見、深く深く息を吐く陸だった。



 がやがやと騒がしい昼休み。教室に居る人数は、並べられた席の半分程度。ここに居ないクラスメイトたちは、今頃食堂や購買に群がっている事だろう。
 流は鞄から弁当箱を取り出し、しみじみと思う。
 ……あの熾烈な戦いを回避できるなら、朝の時間を削ってでも弁当を持ってくる価値はあるよな、と。

「お、今日も弁当? 五月雨って最近、ずっと弁当だよね」
「お前だって弁当だろうが。一斗に作ってもらってるくせに」
「作ってもらってばかりじゃないって。変わりばんこで作ってるの」
「……そうだったのか?」

 流は心底驚いたというように目を丸くする。
 その反応に、むっ、と莉理が頬を膨らませた。

「なにそのリアクション。そんなに意外?」
「いや、何時もの寄りかかり具合から考えて……な」
「違う」

 きっぱりと否定し、莉理は胸を張って宣言した。

「寄りかかってるんじゃなくて、寄り添ってるのよ」
「……ああ、そう」

 単なるのろけだった。
 と、じゃんけんで負けて自販機に飲み物を買いに行っていた一斗が戻ってくる。

「悪い、少し遅くなった」
「……ああ、それはいいんだが」

 一斗の後ろには、困ったように笑う委員長とそっぽを向いている音祢子がいた。

「なんで委員長とネコが一緒にいるの?」

 少し目が据わっている莉理が、詰問口調で訊ねる。
 ……ネコ?
 多分音祢子のことなのだろうが、何時の間にそんな渾名をつけるほど仲良くなったのかと流は内心、首を傾げた。
 莉理が不機嫌な事に気付いているにも関わらず、動じることなく、一斗が答えた。

「購買の前で手間取っていた」
「……で?」
「混雑していたから代わりに俺が突撃したんだが、パンが二つしか買えなくてな」

 一斗が手に持った袋から取り出されたのは、小ぶりなコッペパンにジャムを挟んだものだ。値札のところに赤ペンで『苺』と『ピーナッツ』と書かれている。

「……だから?」
「弁当を分けてあげる事にした。いいか?」
「ん、わかった。いいよ」

 重い気配を消し、莉理はあっさりと頷いた。
 莉理のあまりに見事な態度の切り替えに戸惑いながら、音祢子が口を開く。

「……あの、いいの?」
「んぅ? うん、別に。なんで?」
「ええっと、その、機嫌が悪そうだったし……」
「そりゃ好きな人が他の可愛い女の子と一緒にいたら嫉妬位するでしょ? でも一斗が一緒にいた理由で嘘言ってないみたいだし、一斗がしたいっていうなら別にかまわないかな」
「……お前、どうやったらこんな惚れ込ませられるんだ?」
「前に言ったとおりだ」

 懐かれたからそのまま世話してたら、恋人になっていた。
 以前に付き合った経緯を聞いたときに教えられたのが、これである。はぐらかされたか、と流は思ったが、一斗は全く表情を変えていなかった。本気で言っているんだろうなと、流は確信している。
 一斗が取り出した弁当は、かなりの大きさだ。がっしりとした体格は伊達ではなく、一斗は常人より多く食べる。

「多少物足りないだろうが、三人でおかずを分ければなんとかなるだろう」
「……俺もなのか?」
「いやなの?」
「そうじゃないが……」
「あの、無理なら別にいいですよ?」
「そうよ、別にあんたはいいわ。元々、悪いなと思っていたし」

 申し訳ないと表情で表している委員長はともかく。ふん、と鼻を鳴らす音祢子は、口で言うほど殊勝な態度を取っているようには見えない。
 流は首を振り、そうじゃないと繰り返した。
 二段になっている弁当の蓋を開け、

「見てみろ」
「……ご飯が欲しくなるおかずね」

 上の段に敷き詰められていたのは、きんぴらと漬物、玉葱の梅肉あえに鶏肉の照り焼きと、ご飯のお供にぴったりのものばかりだった。

「パンと一緒にこれはどうかと思ってな」
「パン半分貰ってご飯わければ?」
「それでもいいが……そういえば、箸はどうするんだ?」
「ああ、貰ってきている」

 一斗がパンを入れてある袋から割り箸を取り出した。食堂から持ってきたのだろう。
 流たちは自分たちの机をくっつけ、昼飯の場を作った。
 流は弁当の蓋に白米を三分の一ほど移し、音祢子の前に置く。

「ほら」
「あたしじゃなくて、委員長にあげたら?」
「もう柳井たちが渡してる」

 ツン、と澄ましている音祢子に短く言い、食べ始める。
 音祢子は少し口を尖らせたが、パンを半分に千切り、ん、と手渡した。

「五月雨君のお弁当ってなんていうか……渋いですよね」
「委員長、こういうときに気を使っちゃ駄目。しっかりと事実を伝えなきゃ、爺臭いって」
「いいだろ別に。人の好みに口を出すんじゃない」

 流が眉を顰めた。

「でもこれ、美味しいわ」
「……どうも」

 驚きつつ礼を言うが、音祢子はむぐむぐと口を動かすのみ。
 ……まぁ、口にあったならなによりか。
 ちょっとだけ頬を緩め、

「ところで、凄く素朴な疑問なんだが」

 いいか? と流は一斗たちの顔を見渡した。

「ん? なに?」
「お前ら、何時の間に仲良くなったんだ?」
「何時の間にっていうほどでもないだろう」
「転校から大分日が経ってるし、席近いじゃない。話したりして親睦を深めてはいたけど?」
「こんな昼飯のやりとりをするくらいに?」
「なってたらしいよ? まぁ、友情度なんて目に見えないしねぇ。こういうイベントで確認するのも悪くないと思わない?」

 別にかまわないと思うが、そういうことなら何故親しくない自分が巻き込まれているのか。流の中に、一層強く疑問が沸き起こる。

「俺、居ない方がいいか?」
「ふぇ? なんでよ?」

 場違いな気がするのだ。
 流は、委員長とも音祢子とも親しくない。正直、こんな予想外な事態にでもならないかぎり、一緒に食事をすることなどなかっただろう。

「あたしたちと食べるのがいやなら、はっきり言えば?」
「だからそうじゃないって言ってるだろ? 分からない奴だなぁ」

 嫌なわけではない。それは即答できる。

「そうとしか取れないようなこと言うからじゃない!」
「それは……そうか。ごめん」
「う……べ、別に気にしてないけど……」
「いいじゃない。誰も五月雨を迷惑がってなんかないんだし」
「……まぁ、そうか?」
「そうそう」

 流は釈然としない顔をしつつも、自分でもよくわからない気持ちを抑え、弁当の続きを食べ――

 ……おかずが激減している!!

「おい、なんでおかずがこんな減ってるんだ?」
「美味しいものって、早い者勝ちよね?」

 ふい。
 目をそらして音祢子が言う。多少の罪悪感はあるらしい。

「これは、俺の弁当なわけだが」
「だってそのきんぴら、ご飯によくあうよ?」
「梅干は日本人の心だ」
「こりこりの漬物っていいですよね~」
「お前ら爺臭いとかいってたくせに大反響だなおい!!」
「なによ男の癖に細かいわね。ちゃんと一口ずつ残ってるじゃない」
「ほんとに一口分しか残ってないからだよ! 誰だ沢庵齧ってそのまま戻した奴! 食べかけはちゃんと食べきれ!!」
「あーい」
「……莉理、あとで食事のマナーについてきっちり教えてやろう。ああ、勿論正座だからな」
「え、や、一斗そんな御無体な! く、謀ったな、五月雨!!」
「……自業自得じゃないかしら」
「あ、あはははは……」

 一瞬流を支配した居心地の悪さは、昼の賑やかさに紛れ消えていた。



 くぅすぅくぅすぅと、座布団の上で四肢を投げ出してミィが眠っている。
 流と少し離れ、瑞はほぼ真上から寝顔を覗いていた。

「寝る子は育つというが……こいつも大分大きくなったよな」
「来たときはこーんなちっちゃかったのにね」

 成猫となった今では、体重五キロも目前だ。
 と、ミィが寝返りをうつついでに、眩しいのか五月蝿いのか、顔を手で覆い隠した。

「や、やぁん、かいらしー!! 今の見た!? ねぇ今の見たぁ!?」
「見たが、そんな悶えるほどのもんでもないだろ……」

 確かに可愛いとは思った。手元に携帯があってカメラを作動させていたら、即座に画像に収めるくらいには愛らしい仕草だったと思う。
 しかし、頬を染めてくねくねと身を捻らすほどではない。断じて。

「お前のミィ好きはよく知ってるが、奇行はほどほどにな」
「あああなんで私動画取ってないんだろ! 一生の不覚だわ……!」

 聞けよと瑞の頭を小突く。なによぅと文句を垂れる姿に、流は溜息を吐くしかない。

「そういや陸は? まだ帰ってないのか?」
「遊び行った。あのね、転校してきた子と仲良くなったんだって」

 視線をミィから離さずに瑞が言う。ほぉ……と、流が片眉をあげた。
 流の記憶が確かなら、それは煉という音祢子の弟だ。そのうち家に遊びに来るかもしれない。そうしたら、陸の兄として歓迎してやろうと流は思った。

「ねぇ、転校生ってそっちにも来たんでしょ? 確か、お姉さんが」
「ああ、すっかりクラスに馴染んでいるな」
「仲良くなった?」
「別に?」

 弟同士は仲良くなっていても、兄と姉には関係がない。流と音祢子は、用事がなければ話しかけたりしない、単なるクラスメイトのままである。
 この間の弁当のような出来事は、仲を深めるきっかけにはなるだろう。しかし、きっかけがあっても後が続かなければ意味がない。
 ……向こうもあんまり仲良くする気がないみたいだしな。
 どうも音祢子は流と話すと、突っぱねる態度を取る事が多い。
 触らぬ神に祟りなし。
 流は無意味に機嫌を損ねる事もあるまいと、音祢子とは一層距離をとる決意を固めていた。

「なーんだ。そうなら面白かったのに」
「なにを期待してるんだ?」
「女の子はかいらしーものとロマンちっくな出来事に弱いの。覚えておいたら?」

 流は話半分で、はいはいとおざなりに手を振る。
 なによぅ! と膨れた瑞の横で、ミィがくぁ~! とあくびをしていた。



 背もたれに頭を預け見上げた空は、雲で覆い隠されていた。既に秋とはいえ、残暑が厳しい日々の中有難い事だと思う。
 お弁当を分けて食べた一件以来、昼時になると、莉理が音祢子たちを誘うようになっていた。当然一斗も同席し、流も一斗に引き摺られ参加していた。
 そんな最近では珍しく、流は中庭の生垣の横に備え付けられたベンチで食事を取っている。
 今日は一斗も莉理も食堂に行っている。故に流は一人だ。音祢子や委員長とは、共通の友人抜きで食事を一緒にとるほど親しくなっていない。
 久しぶりに静寂としたなかで食べる昼食は、じっくりと味を確かめるには丁度よかった。
 自分で作った料理の味を自分で品評していると、

「すみません、ここ座ってもいいですか?」

 目を動かし、視線だけ向ける。
 声の主は、下級生の色のリボンをつけた女の子だった。
 どうぞ、と手で示す。失礼して、と流の横に女の子が座った。
 ……ベンチは他にあるのに?
 疑問に思うが、別にここは自分専用のベンチではない。まぁそういう気分だったんだろうと勝手に推測した。
 しかし、流の推測は外れる。
 足元から聞こえてきた、ナァーオという鳴き声によって。

「猫?」
「あれ? 知ってて座ったんじゃないんですか?」
「…………ああ、聞いたことはあったな」

 猫のよってくるベンチ、というものの噂を聞いたことがあった。学園生によって餌付けされた野良猫が、餌を求めてよってくるのだ。

「トラー、ほら、これあげるね」

 女の子が、猫用のおやつジャーキーを取り出していた。
 ……なるほど、常連だったわけだ。
 流も白米を少しだけ分けてあげた。他のおかずは猫の身体に悪すぎる。
 野良の癖にでっぷりと太っている虎猫。餌を貰って満足したのか、木の陰にいくと丸くなった。
 流がなんとはなしにその光景を眺めていると、女の子がほわりとした笑顔を浮かべて話しかけてくる。

「猫って丸まって寝るじゃないですか。あれがいいですよねぇ、とっても愛らしくて」
「猫の寝る姿は愛らしいばかりじゃないぞ。こんなだらしない寝相だってある」

 ほら、と携帯を操作し、ミィが腹を出して寝ている姿を見せる。
 流は笑いでもおこれば、と思っていたが、

「うわぁ、かわいらしい!」

 女の子はいたく感激し、興奮した。勢いそのままに、ずず、と流へ身を寄せ、

「この子、先輩が飼ってるんですか?」
「あ、ああ」
「いいなぁ……」

 女子が上目遣いで、なにかをねだるように流を見る。
 どうしたらいいのかと困惑していると、

「画像」
「え?」
「他の画像、見せてください」

 そのくらいなら。流は携帯を操作してミィフォルダを開く。
 次々に映し出されるミィの姿に、わいきゃい騒ぐ女の子。自然、寄り添うくらい距離が近くなる。
 ……人好きする顔立ちだな。
 ちらちらと、反応を確かめるついでに観察する。
 身長は平均くらいだろうか? 小顔丸顔に、印象に残るくりくりとよく動く茶色の瞳。
 十ほどどんな場面の画像なのか説明し終わったところで、二人揃って顔を上げた。予鈴が鳴ったのだ。

「あぅ……昼休み、終わっちゃいましたねぇ」

 まだ全部見てないのにー。がくりと肩を落とした女の子は、次の瞬間に笑顔を浮かべていた。

「私、一年三組の戌井柴乃と言います。貴方は?」
「え、あ……二年の五月雨流だ」
「流先輩ですかー。また猫の写真、見せてくださいね」

 ではまたー、と柴乃が手を振り去っていく。後ろで括っているボリュームのある長い髪が、ふわりふわりと左右に揺れている。一連の淀みない動作に、流は半ば圧倒されて手を振り返すことしかできなかった。
 ……そういえば、笹鳴に自己紹介してないよな。
 流は唐突に、そんなことを思い出した。
 別にかまわないよなと頭を振る。普段の態度からして、自分を嫌っているのであろう。そんな相手とお近付きになろうと思うほど、流は酔狂ではなかった。




友人N「しっかし、お前の話って盛り上がりねぇなぁ」
作者「そんなミィを擬人化しろだなんて……それなんてギャルゲ?」
友人N「言ってないし」
作者「ほのぼの日常系の方が好きなんだよ。ファンタジーは他の人に任せた」
友人N「いや、それでもなんか盛り上がり要素いれようぜ? ヒロインこのままじゃフェードアウトしちゃうよ?」
作者「そんな瑞と近親相姦しろだなんて……それなんてエロゲ?」
友人N「言ってないし」



[21331] 三話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:23
 九月の二十三日といえば、全国的に秋分の日である。。
 いつのことだったか、瑞が秋分の日を指して、秋の始まりと称したことがある。秋の始まりは立秋だと教えたら、そんな日は知らないと言い張られた。
 流れがあきれ顔で瑞を見ていると、背後から陸が怖い笑顔で瑞を拘束。部屋に連れ去っていった。
 ……好奇心に負けてのぞき見しなくてよかった。
 エアコンの効いた部屋で、目を閉じてしみじみと思い返す。あの時の憔悴とした瑞の顔は忘れられない。
 過去は過去として。
 今の流れが何をしているかといえば、読書に耽っていたところだ。窓から覗く太陽の陽射しに負けたわけでなく、単に秋らしいことをしてみたくなったのだ。
 ベッドに横になりながら、ゆるやかに文章をなぞっていく。
 一章、二章と読み進め、三章の半ばまでページを開いていたとき、

「……ん?」

 電子音が流の耳に届いた。気だるい午後を壊したのは、玄関から聞こえたチャイムの音。
 流はベッドから身を起こそうとし、やめた。陸の来客に対応する声が聞こえてきたからだ。

「いらっしゃい、煉」
「陸君、こんにちは」
「今日は――」
「うん、で――」

 断片的にしか聞こえてこないが、聞き覚えのある名前を拾う。
 ……笹鳴の弟か。
 華奢な身体の少年だったはず。ついでに姉と比べて礼儀正しい印象が強かった。
 トントントンと、階段を昇る足音が響く。そのまま流の部屋から少し離れたところで足音が止まり、扉の開く音が聞こえた。陸の部屋に入ったのだろう。
 どれ、と流は今度こそベッドから離れた。寝ていたために乱れた後頭部の髪を直しつつ部屋から出ると、丁度出てきた陸と鉢合わせる。

「陸」
「なに? 兄さん」
「友達が来たんだろ? 飲み物とかは俺が持っていくから、お前も部屋で待ってろ」
「いいの?」

 かまわないと手を振り、一階へと降りていく。
 相変わらず昼間は眠りこけているミィを確認し、ガラス製の涼しげなコップに麦茶を注ぐ。適当なら茶請けを見繕い、お盆に載せて運ぶ。
 陸の部屋の前に立ち、扉をノック。すると中から開けられるより早く、横から伸びた手がノブを回した。
 流は速攻で横にいた人物――瑞へと拳骨を落とした。

「な、なにするんよ!?」
「どっから現れた。勝手に人の部屋を開けるんじゃない」
「なによぅ。手が塞がってるみたいだから、代わりにあけてあげたんじゃない」
「ノックしてる時点で開けるくらい出来るだろ。ノックしてる意味を考えろ!」
「はいそこまで」

 ボルテージのあがった二人の間に、陸が割って入る。唇を尖らせたままの瑞をよそに、差し水によって頭が冷えた流は、お盆を陸に手渡した。
 ありがとうと受け取った陸は部屋の中へと戻っていく。
 と、振り返り、陸はふと思い出したように付け加えた。

「――兄妹漫才は家族以外の前でやらないでね? 恥ずかしいから」

 その零下の視線と極寒の声音に、

「「すみませんでした」」

 兄妹は揃って平伏する。
 すごすごと去る流の背中に、声がかけられた。

「あ、あの、えっと、お兄さん?」
「ん?」
「ああ、やっぱりあの時の」

 どうやら煉は、流の顔を覚えていたらしい。
 事情を呑み込めない陸と瑞を置いてけぼりにし、煉は言葉を続けた。

「あの時は大変お世話になりました」
「いや、そう頭を下げられるほどのことじゃないんだが……」

 深々と頭を下げる煉に、流は少し迷惑そうに言った。
 礼儀正しいのは結構なことだが、礼儀正しすぎる気がするのだ。きっと音祢子を反面教師にしたのだろうが……。

「わかった。礼はちゃんと受け取ったから、これで終わりにしよう」
「はい、わかりました。お兄さん」

 煉は音祢子に似た顔立ちだ。そんな煉が屈託なく笑えば、かわいらしいという他ない笑顔になる。
 これで事態が片付いたと頷く流の横、瑞が不穏な独り言を呟いた。

「兄が年下の男の子に手を出してる……」
「よし瑞こっちこい。ほら、ここにいて陸たちの邪魔しちゃいけないだろう?」
「え、や、ちょっと! 襟をもって引き摺らないでよぅ!!」

 バタン。
 閉められた扉越しに、ドタゴトバカガスと騒音が響く。

「仲いいね、陸君の家族」
「ははは……はぁ。うん、まあね」

 兄妹漫才の第二幕は、五月蝿さに耐えかねて起きたミィの目にしか映らない。



 翌日の朝、HRが始まる前の出来事だ。
 席に着いた流の前に、小柄な影が立ち塞がった。

「五月雨、ちょっといいかしら?」
「……なんだ?」

 転校初日に話しかけられて以降、流は音祢子から話しかけるのは初めてだった。
 思わず警戒していると、

「煉が昨日お邪魔したらしいけど、本当?」
「ああ……」

 そのことかと思う。

「本当だ。俺の弟と同じクラスらしくて、遊びに来ていたぞ」

 音祢子はふぅんと頷き、口元に手を当て、考え込むような恰好をした。

「それだけか?」
「え、ええ。そうよ」

 話は終わりとばかりに、音祢子が背を向けた。
 しかし、立ち去る様子はない。
 まだなにかあるのかと流がいぶかしんでいると、音祢子が顔だけを振り向かせ、

「その、弟がその。せ……世話に、なったわ」
「……いきなりなんだ? というか、なんでそんな顔真っ赤にしてるんだよ」
「う、うるさい! あの時の礼も含めて一緒に言ってるのよ! 感謝の言葉くらい素直に受け取れ!」

 照れられる意味も怒られる意味もさっぱりとわからないまま、流は勢いに押され頷く。音祢子は、んっ、と口の中で音を発すると、立ち去ってしまう。
 ……なんなんだ? 本当に。
 頭の中が混乱し呆けていると、背中をちょいちょいと突付かれた。
 視線を動かすと、にやけ面の莉理がいた。

「五月雨、なに? なにがあったの?」
「俺が知りたいくらいだ」
「ふーん? まぁ、悪い事ではないみたいね」

 莉理が教室の入り口に眼を向けるが、お目当ての姿は消えていた。

「頭冷やしに行っちゃったか。いやぁ、ネコったら耳まで真っ赤にしちゃってて、かわいらしいことないったら」
「……目敏いな、お前」
「だって後ろの席だもの。そりゃよーく見えましたよ?」
「なんでお礼を言うだけであんなに顔を真っ赤にしてたのか、俺にはさっぱりわからないがな」
「単に照れてただけじゃない。そんな溜息混じりに言わなくても。可愛かったでしょ?」
「関係あるか。人にお礼を言う事がそんなに恥ずかしい事か?」
「女の子には色々事情ってもんがあるのよ」
「そうかい」

 流は頬杖をつき、窓の外を眺めた。
 女心と秋の空は変わりやすいという。今回の音祢子の行動は、その一環だろうか?
 ただでさえ理解できないものがころころ変わられては、もう対処のしようがないよなと、流は風に運ばれる雲を見ながら思う。
 莉理は肩を竦め、

「……駄目だこりゃ」

 戻ってきた途端、つぎいってみよーと莉理に話しかけられ、困惑する音祢子だった。



 朝から珍事があったが、それはそれ。
 流は言わずもがな。音祢子も特に変わった様子はなく、その後は何時もどおりの学校生活に戻った。
 そんな昼休み。流はまたも一人で昼飯を食べていた。
 別に朝のことで音祢子を意識してしまったから、なんて理由ではない。流は既に気に留めていなかった。
 一斗と莉理は週に一回はお互いに弁当を作らず、食堂に行く。それが今日だっただけだ。
 ついて行ってもよかったのだが、なんとなく外で食べたい気分になる。
 座っているのは前も座った中庭のベンチだ。この場所は木漏れ日がいい塩梅で注いでくれて、気持ちがいい。
 秋刀魚の甘露煮と共々、白米を多めにかきこみ、

「あー!」

 大声があげられた。
 流は驚き、んぐっ! と白米をよく噛まずに飲み込んでしまう。固まりが喉に詰まりそうになり、慌ててお茶で流し込む。

「やっと来ましたねー、流先輩」

 驚かせた声の主は、しかし気にした様子もない。はしゃいだ様子で近寄ってくる。
 ――はぁっ! 流が息を吐き、声の主へと向き直る。
 視界に映ったのは、何時かもここで見た、下級生の姿。

「君は確か……ええと……」
「柴乃です。戌井柴乃。人の名前くらい覚えておいてください」

 頬を膨らませて抗議する柴乃。

「はい……ごめんなさい」
「それで、先輩? もう一つのことまで忘れていませんよね?」
「もう一つのこと?」

 言われ流は記憶を漁るが、さっぱりと思い当たらない。一分ほど頑張ってみた後、降参と両手を上げる。
 ぷくっと、柴乃の膨れ度合いが強まった。

「猫」
「猫? ここにくる?」
「トラのことじゃなくて、先輩の飼ってる猫の画像! もっと見せてくれるって約束したじゃないですか」

 む、と呻く。
 流に約束をした記憶はないが、柴乃の名前を忘れてしまっていた手前、強く出にくい。
 ……まぁ、断ることもないか。別に見られて困るものでもないし。
 携帯を操作し、ミィフォルダを開く。

「やっぱり三毛猫ってかわいい~!」

 今の画像は、ミィが椅子の背で爪研ぎをしているところを上から激写したものだ。
 なんだなんだ? とミィがレンズに集中していたため、非常にいいアングルで取れた一品である。

「やんちゃ盛りで手もかかるがな」

 家猫だからなのか、そう暴れたりしないのは助かるが。洗濯物を散らかすのは勘弁して欲しいと思う。

「いいなぁ、私も猫飼いたいなー……」
「飼えないのか?」
「飼えないから言ってるんです!」

 理不尽なキレかたを披露する柴乃。それもそうかと納得する流へと唇を尖らせ、

「犬を飼ってるから、猫までは飼えないって言われてるんですよ。あーあ、両方飼ったっていいと思うんだけどなー」
「ならいいじゃないか。こっちからすれば犬を飼ってるほうが羨ましいぞ」
「え? 猫飼ってるのに犬の方が好きなんですか?」

 柴乃は驚きから目を丸くする。
 友人たちと同じ反応をするなと思いつつ、流は言い返す。

「そっちだって犬飼ってるのに猫派じゃないか」
「猫派違います。犬も猫も好きなだけです」

 胸を張る柴乃。流はどう答えるべきかわからず、ああそう、と曖昧に頷いておいた。

「なんで先輩って犬のほうが好きなんですか? 猫を飼ってるんなら、愛着わいてうちの子が一番! ってなると思うんですけど」
「そりゃまぁそうだが……」

 心底不思議そうに首を傾げる柴乃。
 流は柴乃の言い分を肯定しつつ、困ったように続けた。

「猫って気分屋だろ」
「それが猫の魅力ですよねー」

 微笑む柴乃に溜息を返し、

「どうもさ、そのせいで愛情が一方通行になってる気がするんだ。それがなんか……な」

 ナァナァナァナァ。ミィの鳴き声が脳裏に蘇る。
 自分が寂しい時は構え構えとよってくるくせに、こっちが呼んでもテシテシと尻尾を振るだけで来てくれない。
 犬だったら尻尾を振って近寄ってくるのになと思うことも、少なくなかった。

「うーん、それは仕方ないんじゃないかなーと。猫は犬と比べて、愛情表現が激しくないですから」

 困ったように、しかし真剣に眉根を寄せて考える柴乃に苦笑し、流はそうだなと頷いた。
 その後も猫の習性などですっかり話し込み、お弁当の存在を忘れていた流。食事の途中だった事を思い出したのは、予鈴の音が響いたときだった。

「しまった……。弁当半分しか食べてないぞ」
「あ、ごめんなさい。私、食事の邪魔をしちゃって……」
「いや、気にしないでいい。五時限目のあとに食べればいいさ」

 笑いかけると、柴乃もほんわりとした笑みで返してくる。
 さて離れようと流が立ち上がる。柴乃はポケットから干しカマを取り出し、ベンチの前に一掴み置いた。

「トラ、トラー? おやつここに置いてくから、あとで食べるんだよー?」

 ……本当に猫が好きなんだな。
 呼びかける柴乃の姿を見て、流はなんとなく感心してしまう。

「それじゃ先輩、また今度」
「え、あ、ああ。機会があれば」

 つられて適当に返した流の言葉だったが、聞いた柴乃は嬉しそうに笑った。




作者「感想が三つもきた」
友人N「出だし好調じゃね?」
作者「正直びっくらこいた。その日は祈りをささげて寝たよ」
友人N「奇跡だからな」
作者「ああ、奇跡だな」
友人N「またもらえると思うか?」
作者「どうだろう? 欲しいとは思うけど」
友人N「結構ほのぼの好きな人っているんかな。こういうオリジナルってバトルやら非日常系やらが多い印象だけど」
作者「端休めの一品としてでも読んでもらえれば満足だから無問題」
友人N「しかしお前の作品、登場人物の名前変だよな」
作者「そうか?」
友人N「読み方候補複数あったりするし」
作者「あー、そうな」
友人N「今までの登場人物、お前の名付けた通りに全部読めてる人、いるんだろうか? 一斗と柴乃、絶対『かずと』と『しばの』って読まれてるぜ?」
作者「大丈夫! 『いちと』と『さいの』くらい読めるって!」
友人N「読めねぇよ」



[21331] 四話
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/08/26 18:55
 夏休みが明け、ニ学期の始まる九月の頃。
 残暑と休みボケで気だるくのんびりした空気が学園を包んでいたのだが、月日が十月に突入すると、そんな雰囲気も払拭されつつあった。
 何故かというと、芸術・文化の秋だからだ。
 カツカツ。
 流たちのクラス、二年四組にチョークが黒板にぶつかる音が響く。

「はーい、これの他に意見はありませんか?」

委員長がチョークで差し示した黒板には、
『喫茶店』
『屋台』
『なにか出し物』
 と白線で書かれている。差し迫った文化祭の出し物を決めている最中なのだ。

「じゃあ決を取りますね」

 なんとも大雑把にしか意見をとっていないが、まずは大筋を決めるのが先なのだろう。
 委員長が右から順に読み上げ、手を上げた人数を書き込んでいく。
 放課後だというのに全員集まった一クラス四十人弱、全員が手を上げたのを確認すると、チョークを持ち替えた。
 シャッ、と赤のチョークで丸を描かれた、その出し物は――

「屋台が一番人数多かったですね。これでいいですか?」

 返ってくるのは肯定ばかりで、否定的な声は上がらない。

「では次に――」

 焼ソバか焼き鳥なのかの抗争に始まり、買出し担当、当日のシフト、料理の練習はするか否か。
 その後も文化祭に向けての話し合いは、順調に進められていった。



 窓際から覗く夕日が、まばらになった二年四組生共々、教室を赤く染め上げる。
 赤く染め上げられた一員である流は、憂いのある表情を隠すようにして机へと突っ伏していた。
 その周囲に莉理、一斗、音祢子が集まっている。あの礼を述べた一件以来、雑談に音祢子が加わるのは珍しい事ではなくなっていた。

「結局お好み焼きに決まったわね」
「まぁ作るの自体は簡単だし、具を変えれば種類も作れるからな」
「意外と美味しく作るのは大変だけどね」

 うむ、と一斗は頷き、

「調理担当は料理練習するらしいから、俺は口出ししないで任せる事にした」
「……俺、何故料理班の責任者にされているんだろうか」
「普段から料理を作ってるからだろう。弁当を作ってきている事だって、皆知っているじゃないか」
「あれは必要に迫られてなんだがなぁ……いや、嫌いじゃないけど」
「あんた、なにぶぅたれてるのよ。いいじゃない料理得意なんだから」
「そうそう。せっかく私が推薦してあげたっていうのにねぇ?」

 ニンマリと笑った莉理が、項垂れた流に言葉を被せてくる。

「……そうか、貴様の仕業か」

 目の前の憎たらしい顔を掌で拘束。徐々に徐々に力を込め、ギシミシと万力のように締め上げる。
 ぎぶっ、ぎぶー! と莉理が腕を叩いてくるが流の知ったことではない。更に一段階締め付けを強くしようとし、

「あああああ!」

 委員長が、突如大きな声を張り上げた。
 残っていたクラスメイトの注目を集めるのも好都合とばかり。焦ったように辺りを見回し、

「あ、あの! ごめんなさい、文化祭の実行委員のこと忘れてました! やってくれる人いませんか!?」

 二度、三度。委員長の首が教室を周回する。
 待てど誰も名乗り出ない。状況を動かすため、仕方なく一斗が訊ねた。

「委員長、明日じゃ駄目なのか? ここにはいない奴の方が多いが」
「それがその、明日抽選会とか色々あるんです……早めに決めちゃわないと」

 心底すまなそうに縮こまる委員長。そうか、と一斗が渋い顔をする。
 他のクラスメイトも困ったような、迷惑そうな表情でざわめいた。

「五月雨、やってあげたら?」
「そういう柳井、お前でもいいんじゃないか?」
「あっはははー。――私を責任ある立場にしちゃっていいの?」
「ごめん、俺が間違っていた」

 流は即座に非を認めた。想像するのも恐ろしかったからだ。調子に乗った莉理が参ったかと胸を張り、一斗に小突かれていた。

「……なんとなく、あんたがすぐ謝った理由がわかるわ」

 ぽつりと音祢子が漏らす。
 理解が早くて助かるが、きっと実際の半分くらいしか被害を想像できていないんだろうなぁ、と流は予測した。

「皆さん駄目ですか……困ったなぁ、どうしよう……」

 肩を落とし、途方にくれた委員長へ音祢子が近寄った。そのまま肩を叩き、

「なら、あたしがやるわ」
「い、いいんですか?」
「委員長には転校してきてから色々お世話になってるし、これくらいいいわ」
「ネコちゃん……」

 ありがとう! と感謝する委員長に微笑みかける音祢子。
 ……麗しい友情だな。
 邪魔者は退散するかと、流は速やかに密やかに去ろうとした。しかし、鞄を持ち上げたところで動きを止められてしまう。

「……流、いいのか?」
「なにがだ?」
「彼女にやらせてしまって、だ。うちの学校の実行委員、仕事がきついのはよく知っているだろう?」
「ああ。去年、身に染み込ませたからな」

 流は去年実行委員の役職についていた。だから、よく理解している。
 文化祭の開催が十一月の終わりなのに対し、実行委員が決まるのが遅すぎるのだ。なので仕事が凝縮されてしまい、連日忙しいのが通例だった。
 お蔭で文化祭が終わって数日は、燃え尽きたようにぐったりと脱力した記憶を残している。
 だが、それとこれとはなんの関係もない。

「本人がやるって言ってるんだ。別に問題ないと思うけどな」
「……それはそうなんだが、知らないからっていう部分もあるんじゃないか?」
「そんなもん免罪符になるか。安請負するほうが悪い」
「まぁまぁ。そう言わないでちょっとくらい手助けしてあげたら?」

 おせっかいに巻き込もうとする友人へ向け、溜息と共に若干の苛立ちを吐き出し、

「……向こうが頼ってきたらな」

 ぶっらきぼうに応じた。

「で、あと一人実行委員が必要なんですけど……」

 流は耳を塞ぎ、教室から全力で撤退した。
 下駄箱から駅までを駆け抜け、発車直前の電車に乗り込む。
 直ぐにガクン、と走り出した衝撃を全身で受け、閉まった扉にもたれかかる。高速で流れる風景を眺めながら、呼吸を整えた。
 地元の駅につく頃には、すっかり呼吸は落ち着いていた。
 駅の改札を出、階段を下りると、直ぐに隣接したスーパーが目に入った。
 そういえば冷蔵庫の中身がなかったなと思い出す。足を向けようとし、

「おーい、兄―!」

 ロータリーと道路を挟んだ向かい側。瑞がぶんぶん手を振り立っていた。信号が青に変わるなり、駆け寄ってくる。

「瑞、今帰りか?」
「うん。演劇部の練習が長引いたの」
「陸は買い物するとか言ってた?」
「ううん。わたしするって言ったんだけど、この通り遅くなっちゃった」

 目的は一緒なので、連れ立ってスーパーに入った。
 入り口でチラシを確認。特売を把握する。

「安いのは茄子とトマトか」
「他は……さつまいも?」
「どうせなら茸類投売りすればいいのに」
「茸の餡かけ好きー。あれいろんなものにあうよね」

 色とりどりの野菜に目移りしながら、ポップなどを確認し、突発の安売りを兄妹で探す。

「兄、ごぼう安い」
「れんこんも安いな」

 野菜から加工品まで、食べたくてかつ安いものを選別する。

「きんぴらにするか」
「……またきんぴら?」
「好きなんだからいいだろ。他のがいいならお前が作れよ」
「筑前煮でいいなら。里芋、冷凍してあったよね?」

 相談して献立を決めつつ、魚介類は通り過ぎる。

「秋刀魚安いけど?」
「飽きた。今日は肉」

 でかでかと張り紙で宣伝されている、鶏胸肉百グラム三十八円。二枚入りバックを二つ籠に入れる。ついでに割り引かれていた豚バラ切り落としも手に取った。

「お菓子はファミリーパックの一つだからな」
「そ、それくらい、わかってるんよ?」
「こっちを見て言ってみろ」

 両手にお菓子を持った状態で言われても説得力はない。流はほら、と瑞の背中を押し、お菓子を元の棚に戻させる。
 結局瑞が選んだのは、チョコのアソートパックだった。
 買い漏れがないかをざっと確かめ、レジに並んだ。
 会計を終え、レシートを見る。

「どんな感じ?」
「大分節約できてる。今月は小遣い大目にできるかもな」
「やた!」

 五月雨家のお小遣い制度は、かなり特殊だ。
 エンゲル係数を抑える=小遣いアップ。端的に説明するとこうなる。
 月の食費として三万円を流たちに預ける。流たちはその食費をどう使ってもかまわない。
 ただし、お小遣いもその三万円から捻出しろというのだ。
 三万円と食費の差額を三人で話し合い、分けるのである。毎日店屋物を食べようものなら、あっという間に小遣い分がなくなる。
 共働きで留守にしがちな両親が立てた策の一つだ。情操教育の一環ついでに、料理の勉強やらも叩き込もうというもので、見事に機能していた。
 報告として、レシートとエクセルで作った家計簿を提出するよう定められている。
 問題がなければそのままだが……もしも改ざんしようものなら、その月のお小遣いは没収である。

「一千円と二千円札からあ・い・し・て・る~♪ ごーせんえん過ぎた頃からもっとすきーにぃなぁーるぅ~」

 テンポのおかしい替え歌を歌いながら、瑞が跳ねるような足取りで帰路を歩く。
 買い物のときに偶に口ずさむ、瑞命名『守銭奴の歌』だ。流的には何故小銭を飛ばすのかと突っ込みたい。
 外はもう街灯の明かりが目立つほどの暗さだ。
 流は買い物袋の分、少し歩きを速め、瑞に並んで帰っていった。
 ほどなくして家に着く。玄関の小窓には、ミィはいなかった。

「あれ、ミィちゃんいない……」
「そんな絶望したような声を出すな。あそこにいないだけだろ」
「だって何時もはあそこでわたし迎えてくれるんだもん! それがないなんて悲しいじゃない!!」
「お前、もう戻れない域に到達してるよな」

 大方、居間の座布団で寝ているんだろう。
 ミィの居場所を予想しつつ、流が玄関を開ける。ミャアと声が聞こえた。
 下を見ると、ちょこんと座ったミィが流たちを見上げていた。

「ただいまミィちゃん! ああもう出迎えてくれるなんて、なんていい子なの!?」

 感激した瑞が、ミィを抱きかかえる。ミィは全く抵抗せず腕に収まった。

「瑞、兄さん、お帰り」
「ただいま」

 返し、流は陸に買い物袋を渡した。

「あ、陸もただいまー」
「はいはい」

 瑞の有様に、陸は苦笑する。
 居間で時計を見ると、既に七時近くの時間だ。これからご飯を作って……食べるのは、八時近くになるだろう。

「米とぎはしてあるから」
「ああ、ありがとう。おかずを作るから、テレビでも見て待っててくれ。ほら瑞、筑前煮作るんだろ? ミィと遊んでいると、俺がきんぴらにしちまうぞ」
「んー……」
「悩むな」

 ミィと戯れるか己の好物を取るかで葛藤する瑞の襟を掴み、引き摺っていく。
 ぐぇと声を上げながら、それでもミィを放さない瑞。
 ……大物だなぁ。
 前足の毛繕いを始めたミィを眺め、陸は目を細める。何時までも放さない瑞が拳骨を喰らってしまう前に、ミィを動かそうとする。

「あ、ミィちゃん!」

 ミィ用の餌などが保管されているボックスを開けた途端、ミィが瑞の腕から抜け出し、陸の足元に擦り寄っていく。

「うう、ミィのいやしんぼー!」
「ミィもご飯の時間だからね」

 頼んだ、と流は短く言う。手を洗うと、夕飯の支度を開始した。



 ご飯を食べ終えた瑞が、ぐでーっと床に転がる。

「つーかーれーたー」
「へばるなら自分の部屋でへばれ」

 食器を流しに運び終え、洗い物を陸に任せた流が見咎めた。
 瑞はうつ伏せの状態から、目だけを動かし、

「だって、演劇部の練習って結構大変なんよ? 今日は滑舌練習大目だったけど」
「早口言葉とかか?」
「うん」
「青巻紙赤巻紙黄巻紙?」

 ううん、と首が振られ、

「自称弱小マイケルジャクソン逆走で爆走」
「は?」
「他にえっと……こほん。シャア少佐機銃掃射はするな、ここはグラナダなのだぞ。とか」
「……誰がその早口言葉決めるんだ?」
「部長」

 まだ見ぬ演劇部の部長が、流の中でアニメオタクとして認定された。
 遠い目をする瑞の様子から、これ以上触れないほうがいいと判断。話題を変える。

「まぁなんだ、大変なのはわかったから、スカートで寝そべるのはやめろ」
「いいじゃない別に。ねぇミィ?」

 瑞が座布団で丸くなっているミィにふるが、てしてしと尻尾を振るだけで、目を開けることもしない。
 流は肩を竦め、

「答えるのも面倒だとさ」

 軽く涙目になりながらミィに這い寄っていく瑞を諭すのを放棄し、流は部屋に戻る。ポケットから携帯を取り出し、
 ……電池切れ?
 充電器に通し、電源を入れる。起動時に圏外になっていたアンテナが立つと同時、メールが二通届いた。
 誰からだと内容を見てみると、片方は莉理と一斗から二回ずつの着信通知のメールだった。
 どうせ文化祭の実行委員のことだろうと思いつつ、十字ボタンの左を押し、もう一通のメールを開く。
 ――見なきゃよかった。
 目を通した瞬間、流はベッドに倒れこみ、天にすかすようにして携帯の画面を睨みつける。
 アドレスは知らない英字の羅列。
 タイトルは、笹鳴音祢子。
 そして本文は、

『文化祭の実行委員、手伝って』

 たったそれだけだった。



友人N「そういやお前の好きな作家さんって誰?」
作者「川上稔さん」
友人N「あ、そっか。都市シリーズから全部集めてたっけか」
作者「一応通販物も持ってるくらいには好きだな。SFに東京、会えば編するやつらまでなら。それ以降は知らない」
友人N「ラノベ以外だと?」
作者「高野和明さん」
友人N「漫画は?」
作者「みなぎ得一さんと犬マユゲ」
友人N「……犬マユ? え、なにそれ?」
作者「作者の人生の楽しみ方がフリーダム過ぎるゲーム漫画、かなぁ?」




[21331] 五話
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:24
 翌日、普段より一本早い電車で登校した流は、普段以上に爽やかに挨拶をしてくる莉理と一斗をガチリと拘束。音祢子が来る前に、一斗と莉理に尋問を開始した。
 タンタンと、苛立たしげに指で机を叩く流。対照的に、莉理と一斗は落ち着き払っている。

「さて、どういうことか説明してもらおうか?」

 涼しい顔で莉理が答えた。

「説明も何も、多分メールの通りだと思うけど」

 流が眉間の皴を右手の指でほぐす。言葉を細かく切り、詰問を続けた。

「笹鳴が、なんで俺のアドレスを知っていて、何故俺に協力を要請しているのか、だ。さぁ答えろ!!」

 声を張り上げるが、二人に堪えた様子は見られない。

「五月雨のアドレス知らないみたいだったから、教えただけよ。交換してなかったんだ?」
「必要なかったからな」

 酷! と聞こえた気がしたが、無視をする。単に笹鳴とメールをする必然性がなかっただけで、別に他意はない。

「じゃあ、なんで笹鳴が俺に手伝ってくれなんて言ってくるんだ?」
「えー、そんなのわたしたちしらないよー」
「ああ、まったくだな。おれたちはなにもしていないというのに」

 清清しいまでの、白々しい棒読み。視線まで明後日の方向に向けている。
 誤魔化す気は全くないようだ。

「どうせお前らが入れ知恵したんだろうが……!」

 拳を握るが、直ぐに開く。へへー、と笑う莉理を見ていると、流は一人だけ憤っているのが、馬鹿らしくなってきたのだ。
 虚脱感に襲われ、背もたれに寄りかかる流。
 そもそも、と莉理が不思議そうに言う。

「頼られたら手助けするって言ったの、五月雨じゃない」
「ああそうだよ。笹鳴だったら、性格的に絶対俺に頼ってこないだろうからそう言ったんだ」
「……黒いね、あんた」

 喧しいと返す気力もなく、顔を窓の外へ向ける。
 雲ひとつない、憎らしいまでの快晴だった。
 まさかここまで無気力に陥ると思っていなかったのか、一斗が戸惑いそのままに訊ねた。

「そんなに笹鳴の手伝いをするのは嫌なのか?」
「いや、それは別に」

 む? と表情を形作る莉理と一斗。

「ん? じゃあなにそんな渋ってたの?」
「……実行委員自体だよ」

 遠くを見たままの流に、莉理たちはそれ以上声をかけることができなかった。
 ……ちょっと、不憫かな?
 飲み物でも差し入れしてやるとしよう。
 目配せで会話した莉理たちが教室から出ようとすると、音祢子が登校してきた。
 莉理たちとはにこやかに朝の挨拶をする音祢子だが、流を視界に納めると、途端険が走った。
 席に鞄を置くと、その足で流の前に仁王立つ。

「ちょっと五月雨! メールを送ったんだからちゃんと返信しなさいよ!」
「……ごめん。悪かったな」
「え、あ、や……別に、今度から気をつけてくれれば……」
「ああ、気をつけるよ」

 ははっ、と流は力なく笑う。
 なにがどうなっているのか。困惑した音祢子は、助けを求めるように莉理たちを見るが、既に教室から姿を消している。

「ええと……ほら、元気出しなさいよ! こっちまで調子狂うじゃない!」
「ああ、ごめんなぁ。でも、俺は大丈夫。大丈夫さ……」
「どうして目がそんなに虚ろなの!?」

 音祢子は担任が来るまで、訳も分からずに流を励ます羽目になった。



「はぁ? じゃあなに、朝のあの状態は、実行委員をやるのが嫌だからなってたっての?」

 昼休みにようやく復調した流から、ようやく事情を聞きだした音祢子。

「ばっかじゃないの」

 悪態を吐くが、莉理はニシシと笑って、

「授業中も上の空だったから、ネコってばずっと心配してたもんね?」
「あぅ……!」
「まさかそんな理由だなんてねぇ? 心配して損した?」
「べ、別に心配なんてしてないわよ! いっつも飄々としてるくせに、今日は妙に辛気臭い面をしてたから、ち、ち、ちょっと気になっただけだもん!」

 流はその言葉を、額面どおりに受け取る。頬に紅が差していたり、声がどもっていたりしたが、そんなものは何の用も足さない。

「悪かったな、辛気臭い面で」

 流は満面の笑顔を浮かべ、

「でだ。俺はずっと疑問に思ってるんだが、そんな笹鳴が何故俺に手伝ってなんて言ってきたんだ?」
「そんなってどんなよ?」
「素直になれないあたし可愛いでしょ? って感じでうざったい笹鳴さん」
「く、こ、この……!」

 からかいに乗ってしまった音祢子は、ぶるぶると身体を振動させる。溜めた怒りを声量に変え、

「ぶっこす!!! いますぐぶっこしてその口を喋れなくしてやるから!!!」
「冗談だ。落ち着け」
「目が全く笑ってなかったわよ!!」

 ふーっ! と髪の毛を逆立たせ、今にも飛び掛ってこようとしている音祢子。流は皮肉るように肩を竦めた。

「そういうお前だから、俺に頼ってきたのが信じられないんだよ。……こいつらになにを言われた?」
「別に? この莉理たちは実行委員が大変だっていう事と、五月雨が言えば手伝ってくれるっていうことを教えてくれただけよ」
「で?」

 音祢子は、とても明るく言い切った。

「あんたなら気兼ねなく仕事にまきこめるなって」
「…………素敵な回答をありがとうよ」

 そいつは予想外だったと脱力する流の横。

「遠慮のいらない関係かー。進展してますな?」

 茶々を入れる莉理を、瞬間立ち直った流が音祢子と息の合った挟撃で処理。
 流は沈んだ莉理を見下ろす。ふっ、と何かが吹っ切れたように笑い、

「まぁ、仕事は大変だが、頑張っていこう」
「ええ、これからよろしくね」

 悶絶して床に倒れた莉理の上で、握手をする。二人の間に、奇妙な連帯感が生まれていた。

「せ、青春か……!」

 最後の力で突っ込みをいれる莉理の声は、誰にも届かない。
 結局昼ごはんを食べきれたのは、我関せずと弁当を平らげていた一斗だけだった。



 放課後、数々の生徒が思い思いに廊下を歩く中、流と音祢子は二階にある視聴覚室へと向かっていた。
 正式に実行委員になることを委員長に伝えたら、四時から集まりがあるという。文化祭の実行委員として会議に向かう途中なのだ。

「仕事、何個かにわかれてるのね」
「ああ、多分今日の話し合いでグループ分けをすると思う」

 タンタンタンと階段を下り、二階についたら左へと廊下を進んでいく。
 流は音祢子に、仕事を簡略に説明していた。

「なんでこんな短い期間で準備するのかしら?」
「伝統なんじゃないか?」

 去年の実行委員長の疲れた笑いを見る限り、毎年の事なのだと思う。

「だからってつめすぎでしょ」
「所属するグループごとに仕事量がばらつきあるがな」
「なら、少ない箇所に当たるといいわね」

 流は、あ、と思い出したように手を打ち、

「ついでに言えば十月の終わり辺りに中間があって、十二月の始めに期末考査があるぞ。実行委員会の活動と勉強が見事に重なるな」
「……考えたくもないわ」

 頭を抑える音祢子へ、流は自業自得とばかりに冷たい視線を送った。

「ただでさえテスト不安なのに……」
「頭悪いのか?」
「転校してきたから勉強の範囲が違うって言いたいのよ!!」
「わかってる。ノートくらいなら貸してやるから、頑張れよ」
「あ、うー……わ、わかってるわよ」

 照れたように顔を背ける音祢子。
 ……ま、礼を言われるのは期待していなかったがな。
 流は嘆息し、足を止める。
 連れ止まった音祢子が部屋の名札を見上げ、

「視聴覚室。ここ?」
「ここだ」

 ガラリと扉を開け、潜る。中には既に、殆どの実行委員が集まっていた。
 その後数人が姿を現した後、生徒会所属の実行委員長がスクリーンの前に立ち、会議の開始を宣言した。時計は四時を示している。
 簡単な挨拶を済ませたら、早速本題に入った。
 グループはクラスごとに振り分けられる。
 企画。
 材料管理。
 情報宣伝。
 装飾。
 その中で流たちは、最も肉体労働を強いられる材料管理に所属する事になった。

「よりにもよって材料管理かよ……」

 材料管理パートの責任者になった三年生が、自己紹介をしている。

「なに? 大変なの?」
「やってりゃわかるさ。すぐにな」

 小声で会話するうち、流れたちの番になった。両方ともそつなくすませる。
 十余人が自己紹介を終えると、パート長が材料管理としてなにをするかを話し始めた。経験者らしく、仕事の説明に淀みが無い。
 次の集合日を決め、その日は解散となった。



 それから二日が過ぎる。その間に、流と音祢子は材料管理としての仕事を一度体験していた。
 倉庫にある在庫のチェックだけだったが、品数が多く、重い物も多かった。
 埃とカビ臭さの充満する中で苦闘すること二時間。チェックを終えた帰り際に音祢子が、

「明日筋肉痛になりそう……」

 涙目で漏らしていたのが印象的だった。
 そういうわけで、本来なら疲れから眠るくらいにだらけてしまいそうな数学の時間なのだが、始業のベルが鳴っても教師は現れなかった。
 突発的に自習になっていたからだ。あまりに突発過ぎたらしく、プリントの一枚も用意されていない。生徒にはそれまでの復習をしておくように、と通達が来ていた。

「ちきちきー、コンビニで店員をしているときにイラッとくるお客さんランキング第一位~」
「……なんだそれ?」

 流はノートと教科書を開き、真面目に勉学に勤しもうとした矢先、

「言った通り。いや、店員してるとさぁ、やっぱ人間的マナーとか守れてない人が来るわけよ。それを主観と独断でランキングしました。異論は受け付けません」

 暇に飽かした莉理に、変な遊びに巻き込まれてしまう。自習時間だと注意しても、言って聞くような相手でもない。
 先に現実を受け入れたらしい音祢子と共に、諦めの境地で参加する。
 はいじゃあトップバッター! と任命された音祢子が慌てている。

「へ!? え、えっと……立ち読みするお客さん?」
「はいランク外―。立ち読みしてるお客さんなんてコンビニ店員気にしてません。あんなもん石ころよ石ころ」
「……お客様って、神様じゃないの?」
「銭落とさない人は客じゃない。というわけで次!」

 ビッ! と指差された先は流。

「トイレだけを借りるお客さんとかか?」
「はいランク外―。トイレしてるお客さんなんてコンビニ店員気にしません。あんなもん雑草よ雑草」
「……お前な、客は大切にしろよ」
「なに? 自分が注目を集めるような人間だとでも思ってるの? 自信過剰め、世間にとってあんたはどうでもいい雑多なうちの一人にすぎないのよ」
「ごめんなさい調子のってました!」

 いわれなく罵られる。止めとばかりの蔑むような視線に、意味もなく謝ってしまう。
 莉理は鼻を鳴らし、真打登場! と一斗に振る。

「電話をしながら会計をすませる客」
「おー! さすが一斗、よくわかってるね」
「この間愚痴っておいてよく言う」
「覚えてたんだ?」

 デキレースかよ。
 心が一致したが、突っ込みはしない。

「合いの手を適当に入れてたら、長々と一時間も話し続けたのはどこの誰だ?」
「これはラブだね。つまり愛。いやんそんな愛してるだなんて大胆な。もっと言って」

 非難の視線をものともせず、莉理がべたーっと一斗に張り付く。一斗も口では文句を言いながら、引き剥がすような真似はしなかった。
 一部始終を眺めた音祢子が、もどかしいような恥ずかしいような、なんともいえない表情で漏らす。

「……莉理たちって、よく教室でこんなことできるわね」
「気にしてないからだろ」
「そりゃ気にする神経があったら、あんなことできないでしょ?」
「違う。全員だ」

 言われ、音祢子がクラスを見渡す。

「――ん?」

 クラスメイトが誰もこちらを注視していない事に気がついた。
 皆思い思いに自習の時間を過ごしている。

「ちょっとくらいやっかみの視線とか向けないのね、このクラスの人」
「無駄だってことを悟っているからな」
「……なにやったの? あのバカップル」
「聞きたいなら教えてもいいが?」
「いい。やめておくわ」

 頭痛を我慢するような音祢子を、懸命な判断だと褒め称える。
 和やかに過ぎていく、何時も通りの二年四組の光景だった。





友人N「チラ裏卒業マーダー?」
作者「現実見よーね?」
友人N「ですよねー」
作者「一応卒業する基準は考えているんだが」
友人N「ほぉ? 聞かせてもらおうか」
作者「感想が百以上きて観覧数が十万超えたら。これなら一人前と言っていいのではないだろうか?」
友人N「現実見ろよ」
作者「ですよねー」



[21331] 六話
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:24
 ジジジと電子音をかき鳴らす目覚ましを、バジッと叩く。時刻を確認し、なんとか何時もどおりの時間に起きられたようでほっと胸を上下させた。
 流がぐぐっと背を伸ばすと、ゴキっと骨の鳴る音が響く。二週間近く実行委員として酷使された身体は、ミィの声だけでは起きられなくなってきていた。
 窓からは陽射しが差し込んでこない。分厚い雲が空を覆っていた。雨雲にしては黒くないなと感想を抱く。
 一旦洗面所に行き顔を洗い、着替えようと部屋に戻ったところ、ミィが部屋の中で待っていた。扉を半開きにしまっていたらしい。
 ……そういえば、猫が顔を洗うと雨だったか。
 少しの間観察するが、顔を洗う様子はない。折りたたみ傘はもって行かない事にする。
 流はかまえないんだと、頭ごなしにミィへ伝えた。
 単に疲れていたからではない。
 前に箪笥の中に潜り込んでいたことを思い出す。毛がついて後始末が大変だった。
 ゴロンと転がり、招き猫のように足を曲げるミィを、外で待っていなさいと、抱き上げて部屋の外につれていく。
 扉を閉めようとしたとき、するりとミィが部屋に滑り込んだ。

「……」

 再び抱き上げ、外で待っているように言いつける。
 扉を閉めようとしたとき、するりとミィが部屋に滑り込んだ。

「……」

 ミャオッ! と鳴くミィを捕獲。部屋の外に放り投げる。
 扉を閉めようとしたとき、するりとミィが部屋に滑り込んだ。

「……」

 ヒクリと、意識していないのに頬が引き攣った。
 足元でジッとこちらを見上げるミィを、どうしてくれようかと睨みつける。
 もう一度捕まえようと屈んだ時だ。
 流の鼻に、パンチが炸裂した。
 ググッ。ミィが後ろ足に力をため、解き放つ。飛び上がり、流の顔面に向け、前足でパンチを繰り出してきたのだ。
 ……上等だ。
 その気ならこっちも相応に構ってやろう。疲れを忘れ、決心を固めたところだったのだが。
 気が済んだのか、ミィはさっさと部屋から出て行ってしまう。
 やり場のない気持ちを抱えたまま、流は着替えを再開する事になった。



 何時ものように、一斗たちと席を共にし、弁当を平らげるはずだった昼休み。
 空は相変わらずの曇天だったが、雨が降る気配は無い。ミィ予報は当たったようだ。

「そういえばさ、このメンバーで料理できないのってネコだけだよね?」
「なんで決め付けるのよ」
「え、できるの?」
「なんでできないと思うのよ!」

 性格? と莉理が小首を傾げる。流と、一斗までもがうんうんと頷いた。
 すっかり音祢子が加わるのも自然になっていた。委員長はもう馴染めていて大丈夫と判断したのか、他の友人たちと食べている。

「あたしだってカレーくらい作れるわよ!」

 拗ねつつ宣言する音祢子へ、一同揃って微妙な表情を送った。

「カレー、ねぇ?」
「な、なによ……できないよりはマシでしょ!?」
「それはそうだな」

 怯みつつ言い返す音祢子。
 カレーができるということは、包丁は使えるということだ。確かにできないよりはましだろう。

「他に何が作れるんだ?」
「シチュー」
「……他には?」
「…………に、肉じゃが?」

 音祢子は額に、大きな汗を掻いていた。

「味付けはめんつゆかな?」
「すき焼きのたれかも知れんぞ?」

 失礼な会話を耳に入れた音祢子が、顔色を変えていく。
 爆発しそうだった火山を鎮火したのは、一人の後輩だった。

「すみません、このクラスに流先輩っていますか?」

 途端、クラスメイトの視線が二分された。
 流と、入り口に立つ下級生――柴乃へと。

「知り合い?」
「……ちょっとしたな」

 怪訝そうな音祢子に、短く答える。
 名前を知っている程度の間柄だ。友人にも満たない関係だろう。

「あ、流先輩。発見しましたよー」

 ととと。
 後期の視線をものともせず、流を見つけた柴乃が駆け寄ってくる。括られた髪の毛が、まるで尻尾のように揺れていた。

「よくクラスがわかったな。教えていなかったと思うが」
「はい、だから片っ端から絨毯爆撃しちゃいました」

 意外と行動力がある後輩だった。

「で? なにか用なのか?」

 既にあからさまな注目はされていないが、クラスメイトが聞き耳を立てているだろうとは予測していた。

「お昼一緒にしたいなって思って。最近全くベンチに来てくれないんですもの。こっちから押しかけちゃいました」

 ヒキリ。
 流と柴乃以外の時間が凍りついた。
 柴乃は気にも留めず、近くの椅子を引き摺って流の横に座る。小さな包みを開いて、弁当を食べだした。
 九月の残暑厳しい頃ならばともかく。花や木が多い中庭は、この時期になると人気が高まって人で溢れる。ベンチの数にも限りがあるため、最近は遠ざかっていた。

「……え? そういう関係?」

 説明しようとした矢先、再起動を果たした莉理が口を挟んでくる。

「違う」
「ミィちゃんの画像みたいのに、全然会えないんですもの」
「猫で後輩を釣ったの?」
「黙れ柳井」

 こういうときに乗ってくるのは、必ず莉理だ。一斗は飯時に度を越えて騒ぐのをよしとしないし、音祢子は……よくわからない。
 視線を向けると反らされた。黙々と食べているから、きっと興味がないのだろう。

「戌井、メールアドレス教えてくれれば、画像送ってやるぞ」

 こうして騒ぎになるよりずっとマシだ。
 さり気なく粉かけた。とか寝言を言った友人は撃沈させておく。

「別にかまいませんよ? ちゃんと構って大事にしてくれるなら」

 ほんわりとした笑顔を多少意地悪に変え、柴乃が言う。
 慕われて嫌な気はしないが、困惑の方が勝っている。
 二回会っただけの相手だ。どうしてもこうも懐いてくるというのか。
 結論。

「からかって楽しいか?」
「そこそこには。始めて会ったときもそうでしたけど、先輩はちゃんと相手してくれますし」
「知らない人に漣立てる必要はないだろう? 悪いが、適当に相手しただけだ」
「今の社会、邪険にしたり、無視する人のほうが多いですよ? 話をあわせてくれた先輩は、分類では優しい人に入るのでないかと」

 優しい人とか……!! と噴出した失礼な友人を轟沈させておく。面と向かい、優しい人などと言われたことが無かったのもあって、少し力が入ってしまった。
 その光景を傍観していた音祢子が、冷めた言葉を発する。

「こいつは優しいのかどうなのかわかんない奴なのよ」
「複雑な人間なんだよ。簡単にわかると思うな」
「……別に知りたいとも思わないわよ」

 つんと澄ました横顔が、少し赤くなっていた。
 ……自分で言い出したく癖に。
 思うが、藪をつつく必要はないだろう。

「あ、申し遅れました。私、戌井柴乃って言います。よろしくお願いしますね、先輩方」
「よろしくしてやってもよくってよ」

 無礼な事を言った恋人を、一斗が教育している。

「皆さん、仲がいいですねー」
「……大物?」
「彼女はあったときからこんな感じだぞ」

 ひそひそ音祢子と会話する。
 一連の行動を見て全く動じない柴乃は、随分と神経が太いようだった。
 と、柴乃がご馳走様でしたと手を合わせた。
 流はご飯を食べ終わったのを、きりがいいとばかりに、

「戌井、教室に戻るのは、中庭からより時間がかかるだろう。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」

 柴乃は時計を見、そうですねと素直に頷いた。
 まだミィの画像を見せていなかったため、渋るかと思ったのだが、拍子抜けだった。

「じゃあ流先輩、また今度」

 手を振りつつ、柴乃が教室から出ていく。
 手を振り替えしていた莉理は、柴乃の姿が見えなくなったのを境に、流へとからかいの光の宿った瞳を向ける。

「懐かれてるね?」
「かも知れないな」
「……げっちゅ?」
「何をだ」

 いやー、と莉理が顔を顰める。

「正直このまま付き合ってあげてれば、そのままずるずるいっちゃう気がするのよね」
「お前らと一緒にするなって」

 苦笑する。
 無邪気に慕われると、その手の好意があるのか、疑う事もできない。
 あったとしたら、頬を染めるなり、どこかに意識した痕跡があるはずだ。ないからこそああも純粋に懐いてくるのだ。

「経験者だから語るのよ」

 真面目な顔で言われた。
 ……そういえば。
 流は、いつか言われた一斗の言葉を思い出す。
 しかし、だからどうした。それはあくまで莉理と一斗の間でそうであっただけで、流と柴乃に当てはまるとは思えない。
 人間には相性がある。
 物事にも相性はある。
 二つが一致しない限り、同じ結果にはならないだろう。
 説得力の天秤を無いに傾ける。自分の言が聞き入れられていないことを、態度で察した莉理が不機嫌になっていくが、機嫌をなおすのは一斗に任せる事にした。
 予鈴が鳴る。流が外を見ると、旧校舎に丁度柴乃が入っていくところだった。



 水音に混じり、カチャカチャと食器が擦れる音が響く。
 夕飯後、陸が洗った食器を、流が拭いて食器棚に片す作業の最中。

「兄さん、煉のお姉さんとよく一緒に居るんだって?」

 思いがけない不意打ちに、目を見開いた。

「それ、誰から……」

 ……いや、聞くまでもないか。
 意外だった。
 煉が陸に語ったとして。では煉は誰から聞いたのだ?
 考えるまでも無い。音祢子に決まっている。
 まさか家族に自分のことを話しているとは。どんなことを話題にしているのか、想像に難しくない。

「笹鳴の奴、一体どんな悪評を吹き込んでるんだか……」
「あはは。気にしなくていいんじゃないかな。兄さんが思ってるようなことにはなってないから」

 願いたいところだが、往々にして現実は非常である。

「で、兄さんに下心はあるの?」
「ない。単に実行委員として一緒に行動してるだけだ」

 だろうねと肩を竦める陸。流石弟な理解の早さだった。
 こういう時、逆に瑞だと簡単に納得してくれなくて困る。

「ロマンスと聞いて」
「マロンスならあるぞ」
「わーい!」

 どこからともなく現れた妹をあしらう。ちょろいものだ。

「で、どんな話?」

 誤魔化されていなかったようだ。
 陸がくすりと笑ったので、睨みつけておいた。

「煉の姉が俺を嫌ってるって話しさ」
「嫌ってるのは兄のほうじゃなくて?」
「――いいや?」

 驚いた。さっぱりと考えていない方向からぶつけられた。
 何故そう思うのかと訊ねると、さっきの聞いてた感想と答えられた。

「だって、何話してるかわからないのにそう曲解するって、そういうことじゃないの?」
「そうなのか?」
「そう思う」
「そうか」

 仮に、柴乃が家族へと自分の話をしたとして。
 音祢子のようには考えないだろう。猫好きの柴乃のことだ。ミィの話しばかりしている場面が予測できる。
 要は最も残っている言動が直結してるってことだ。普段からの音祢子の言動を思い返しても、友好的な発言は少ない。
 流は出した結論に納得し、

「やっぱり俺が嫌いなんじゃなくて、向こうが嫌いなんだと思うが。まぁ、多少悪態を吐かれてる程度だろうけど」
「わたしはそのお姉さんにあったことないし、これ以上はなんとも言えないけど。兄は嫌いじゃないの?」
「嫌いじゃないよ。好きでもないけど」

 つまりは普通。
 かれこれ一月以上の付き合いだが、基本的な性格を把握したのみで、それ以上は踏み込んでいない。踏み込むつもりも無い。

「ふぅん。ほんとに?」

 瞳の置くまで覗き込むように。瑞が、爪先立ちで顔を近づけてくる。
 動じずに見つめ返す。傍から見たらキスをするようにも見えたかもしれない。
 陸が洗い物を終え、キュッと蛇口を閉めるまで、その体勢は続いた。





友人N「こういうのって、キャラに作者の好みでるよな」
作者「そうだなぁ。色々正確変えてみようとしても、どうしてもな。未熟です。基本主人公はひどい奴でいくつもりだけど」
友人N「好きな主人公とかヒロイン混ざっちゃったりな」
作者「ぶれないのって難しい。好きな主人公ねぇ……。田村福太郎と雨宮夕日、あと川村ヒデオ?」
友人N「……わからん。ヒロインは?」
作者「あんまり考えてないな。強いて言うなら……ルースさんとか守時さんとか」
友人N「本気で誰だよ」
作者「カブトムシに負けた人と、意外にバランスがいい人」



[21331] 七話
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:25
 木陰から覗く空は、見事なまでに秋晴れであった。夏に比べて、高く高く見える。
 秋といえば何か。
 読書の秋? 少し前にした。
 文化の秋? 実行委員として準備をしている真っ只中である。最も、今日は材料管理の仕事はないのだが。
 あと残る秋といえば、食欲の秋。
 ……なのだが、その食欲を満たすためにしなければならないことがあった。

「落ち葉の秋ってどうなんだろうなぁ……」
「ぼやいていても、終わりませんよ?」

 ざっざっと竹箒が地面を擦る音が辺りから聞こえてくる。
 流と柴乃を含めた五人が、中庭を竹箒で掃いて回っていた。
 掃いた先から葉っぱが落ちる。
 流は元凶を睨む付け、

「ああもう、ほんとに樹が多いったらありゃしない」
「だからこそ憩いの場所になっているんですけどねー」

 確かに視界に映る紅葉は見事なものだ。色鮮やかな葉が、目を楽しませてくれる。
 しかし、それも楽しむ余裕があればこそ。
 掃除に精を出す身としては、今この一時でいいから落葉を止めて欲しいと願う。

「でも、これくらいないと焼き芋ができませんよ」
「そりゃそうだがな……」

 流と柴乃が、中庭の落ち葉掃きを了承した理由でもある。
 前日に風が少し強かったこともあって、中庭が落ち葉で占領されてしまった。流石に見かねた教師が、中庭を利用していた生徒に掃除を頼んだのだ。
 ――報酬として、焼き芋を提示して。
 なんでも実家から貰ったサツマイモが大量に余っているらしい。職員室におすそ分けとして持ってきていたらしいのだが、それでも賄えなかったようだ。
 毎度のように莉理と一斗が食堂に行ったので、流はこの間のように柴乃が押しかけてこないよう、中庭を覗きに来たのだが……気がつけば柴乃と二人、二つ返事をしていた。
 テストが近いので勉強でもしようかと思っていた流だが、焼き芋の魅力には抗えなかったのだ。

「全く。運がいいのか悪いのかわからないな」
「いいんだと思いますよ? だってこんな落ち葉での焼き芋なんて、今じゃ滅多にできないですし」

 話しながらも箒を動かす手は止めず、落ち葉を一箇所に集めていく。せめてもの救いは、風が吹いていなかった事だった。

「そっちは終わったー?」
「はーい、これで終わりですー」

 反対側を掃いていた三年生に、柴乃が声を返す。
 柴乃から視線で合図がきたので、ザザッ! と強めに足元の集まりを纏めて終わりにする。
 掃いたばかりだというのに、もう地面に落ち葉がぽつぽつあったりしたが、これ以上はきりが無い。頼んだ教師もある程度でいいと言っていたので、ここらが潮時だろう。
 山になった落ち葉をちり取りで崩し、一輪車に乗せていく。
 焼却炉の近く、土の地面のあるところに運び、少しだけ掘った穴の中へと落とす。
 反対側の分もどさりと乗せると、頂点が膝の下くらいの高さになった。
 教師から責任者を任じられた三年生が、責務の完了を伝えにいく。
 戻ってきたのは、両手でダンボールを抱えた教師と一緒に。

「ようし、じゃあやるか。誰かバケツに水汲んできてくれ」

 はい、と柴乃が駆け出す。うずうずした身体を押さえきれないようだった。

「先生、アルミホイルは?」
「ちゃんと家庭科室からパクってきた」

 許可は取りましょうね? という全員からの視線をものともせず。

「新聞紙も?」
「勿論だとも」

 馬がでかでかと一面を飾っている新聞だった。一同揃って仕事してるのかよと不安になる。
 なんだかんで、この教師が一番のっている。発案者なだけはあるテンションの上がりようだった。
 全員でサツマイモを濡らした競馬新聞とアルミホイルで包んでいく。どれもずっしりとした大きさで美味しそうだった。
 十個ほど包んだあたりで、落ち葉の山の好きな場所にサツマイモを突っ込む。
 ライターで残った新聞に火をつけ、山の中腹に点火。
 最近雨が無かっただけに、乾いていた葉っぱが勢いよく燃えていく。
 本来焼き芋は灰になった落ち葉の中にサツマイモを投入し、余熱で作るものなのだが……誰も指摘しないし、流的には美味しく作れるならどっちでもいい。
 偶に下校途中の生徒がこちらを気にしていたが、近寄っては来なかった。仮に来たとしても、誰も焼き芋を渡すつもりは無い。
 働かざるもの食うべからず。労働の対価なのである。食いたきゃ自分で落ち葉を集めるべし、と意思の統一がなされていた。
 そのまま、芋に火が通るまで待機。他愛も無い話をしていると、柴乃がミィの画像を見たがったので、新しく撮ったものから順にスライドさせていく。

「この子、君の飼い猫? 可愛いね」

 と、乱入者が現れる。落ち葉掃きの監督を任じられていた三年生だ。

「そうでしょ!? ミィちゃんって言うんです」

 我が事のように、得意げに柴乃が言う。

「メス?」
「三毛ですから。千分の九百九十九の確率で雌になりますよ」

 気がつくと、何故かその場の全員が、流の携帯を覗き込んでいた。

「縞三毛だね。うん、模様いいなぁ」
「……詳しいですね?」

 一般的に三毛猫は三毛猫であって、縞三毛なんて言い方はしない。現に、わからずに首を捻っている者が何人かいた。

「実は私も猫を飼っていてね。ほら、この子だよ」

 先輩がすっと取り出した携帯の待ちうけが、既に猫である。柴乃がいの一番に飛びついた。

「真っ白できれい~! この子、猫種はなんですか?」
「ターキッシュバン……っぽい雑種だよ。名前はロネって言うんだ」
「ロネちゃん……いえ、君ですか?」
「ああ、雄なんだが、やんちゃでね。腕にじゃれついて甘噛みするくらいならいいんだが……携帯の充電器のコードとかを齧ってしまってね。手を焼いているよ」

 口でこそ困っているようだが、やれやれと肩を竦める仕草に嫌はない。心の内ではそれすらも可愛くて仕方ないのだろう。

「うちのミィはそういうことはないですが、夜中に寝床に入り込んできてしまって。毛だらけにされてしまうんですよね」
「甘えん坊なんだね。うちのロネはすれ違うとき、必ず身体をこすり付けてくるくらいだよ」
「そんなこっちだって。膝の上に乗ってきたりしますけど、全部あいつの都合ですし」
「へぇ、いや、可愛いものだね。ミィちゃんは」
「いや、先輩の家のロネこそ」
「ふふふふふ」
「ははははは」

 お互いにお互いの猫を褒めているようで、その実自分の家の猫を褒めさせている。
 一歩、二歩。
 異様な重圧に押され、周囲が二人から距離を取った。

「あ、あはは。流先輩たち、飼い主馬鹿モードに入っちゃったかなー?」
「な、なんだ、それは?」
「飼い主には、譲れない戦いがそこにあるんですよ」

 冷や汗を掻いて訊ねる教師に、柴乃がしたり顔で語る。
 あたかも自分がそこで戦った事があるかのように。

「で、どうすればいいんだ?」
「放っておいて構わないと思いますよ? きっと和解して手を取り合うでしょうから」

 柴乃の予言は、焼き芋ができる直前。流と三年生がアドレス交換をするという形で実現する。
 落ち葉から火が消え、二十分ほど。試しに取った焼き芋を割ってみると、十分に火が通っている事が確認できた。

「うわぁ、美味しそう!」

 柴乃が二つに割ったサツマイモから、湯気と共に芳しい香りが漂ってきた。

「はい、流先輩」
「ありがとう」

 半分になったサツマイモを受け取る。切断面から除く実がほこほことやわらかそう。日に照らされ、黄金色に輝いて見える。
 と、口をつける直前、灰へと変じた落ち葉の山が目に入る。
 全員の思考が焼き芋>掃除の比重だったとしても、名目はあくまで景観を損ねるほどに積もった落ち葉の掃除である。

「……今更だけど、これ灰を片付けなきゃならなくなるだけじゃないか?」
「灰は埋めちゃえばいいから、楽なんじゃないですか?」
「そういうものか?」
「さぁー?」

 ほふほふと幸せそうに焼き芋を食べる柴乃が、気の無い返事をしてくる。
 小動物のようにかじかじとちょっとずつ食べていく柴乃の姿を見ていると、細かい事を考えるのが馬鹿らしくなってきた。
 ……言いだしっぺの教師は気にしていないようだし、気を揉む必要も無いな。
 流も面倒な事は気にせず、焼き芋の味に舌鼓をうつ事にした。
 十個の焼き芋は、綺麗に全てなくなった。



 柴乃が、ほやーっとした笑顔で話すところによると、どうやら住んでいる場所が近いらしい。
 自然、帰り道も一緒になる。今は最寄り駅も通過して、駅から流の家までの中間点といったところだ。
 坂を下りながら、そういえば煉に話しかけられたのもこの辺りだったかと思い出していると、

「あ、先輩、今度お家にお邪魔してもいいですか?」

 鼓膜が震えてから一拍遅れて、理解が追いついた。

「……は?」
「駄目ですか?」

 上目遣いで可愛らしく訊いてくるが、流は誤魔化されない。

「駄目も何も……何言ってるんだ?」
「なんですか? その残念な人を見るような目」
「残念な人を見てるからな」
「むぅ、なんでですか。ミィちゃんをこの目で見たいなぁってお願いしてるだけなのにー」
「見たい……ってなぁ」

 困り、天を仰ぐ。暗い空に、月が優しく輝いている。

「まぁ、今日はこんな時間だし、承諾はできないな」
「だから、今度です。残念だけど……非常に残念ですけどー……」

 もしも柴乃が猫を飼ったら、瑞に並ぶ猫狂いになる予感がする。
 なんていったって、親しくない男の家に来る理由が猫だ。それはもう猫かわいがりをすることだろう。

「正直、気乗りはしない」
「なんでですか?」
「ミィは人見知りをするし」
「するし?」
「……弟はともかく、妹はからかうだろうからなぁ」

 人の話に耳を貸さないことに定評のある瑞だ。ここぞとばかり、容赦はしないだろう。鬼の首を取ったかのような苛烈さに違いない。
 ――実力行使にでればいいだけの話だが。

「せ、先輩? なんだかとっても怖い笑いを浮かべてませんか?」
「戌井には関係ないから安心しろ」

 こほんと咳払いし、閑話休題。
 なにより、

「俺と君はなんだ?」
「先輩と後輩ですかねー?」
「そう。先輩と後輩だ。しかも部活での繋がりも何も無い、単なる先輩と後輩。友達ですらない、顔見知り程度に等しい先輩と後輩だ」
「え、友達じゃなかったんですか!?」

 心の底から驚かれた。
 柴乃の驚きように驚いていると、責め寄られた。流は襟首を掴まれ、上下だけでなく左右にまで揺すられる。

「ひどいですよー! 私ずっと友達だと思ってたのにー!」
「ず、ずっとって……何時からだよ!」
「始めてベンチで会ってからです!!」

 ……それは、早いな……。
 柴乃にとって、話した相手は皆友達なのではないだろうか。
 少し強引に束縛から抜け出す。けほっと一回咳をして喉の調子を整えた。

「じゃあ友達になりましょう、先輩! それなら行ってもいいですよね?」
「宣言してなるようなものでもないだろう、友達」
「じゃあもうなってたっていいじゃないですか。ほら、友達友達」

 ほんわりとした穏やかな笑顔の癖に、押しだけが異様に強い。暖簾に腕押しとばかりに流の言葉を受け流す。
 面倒になった流は、ああわかったわかったと、友達でいることは認めた。しかし、憮然とした顔は崩さない。

「なら、いいですよね?」
「あー、一考の余地がない事もないな。そのうち来てもいいと許可を出すか否かの討論の結果を伝えるかもしれない」
「絶対ですよ? 約束は守らないといけないんですから」

 ほんの少し、柴乃の笑顔の質が変わった。
 普段から浮かべている、のほほんとした笑みではない。
 どこか妖艶さすら感じさせる、悪戯気な微笑。

「全く、戌井は人を困らせるのが得意だな」

 目が奪われかけたのを誤魔化すように、流は前髪をかきあげた。

「先輩の困ってる顔、可愛いと思います」

 無邪気に言われ、流石に返す言葉が無くなる。
 流のだんまりは、柴乃との分かれ道になるまで続いた。





作者「そろそろ転に差し掛かる予定なのに、話が全く進まない」
友人N「別にいいんじゃない? もうちょい展開練れば?」
作者「今原稿用紙で60近いからなぁ。物語、一旦は募集条件内で終わらせる心算だし」
友人N「条件内って?」
作者「80から投稿可だし、そろそろ動かさないとねぇ」



[21331] 八話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/07 02:56
 十月も終わりに近づき、テストまで一週間を切ったとある昼休み。
 流と音祢子は、珍しく二人でお昼を食べていた。
 周りには、誰もいない。正真正銘の二人きりだった。

「こんなことまで材料管理の仕事なのね」
「材料管理、だからな」
「ベニヤ板なんて自分たちで用意しなさいっての」
「予算に限りがあるから、少しでも抑えたいんだろう」

 大量発注すると値引きがされるのは世の常である。
 流たちは、視聴覚室でベニヤ板の発注の受付をしていたのだ。

「ちょっとくらいは勉強しようかなって思ってたのに……」
「別にここでだってできるだろう?」

 呆れて告げる。
 単語帳を見る等、手段はある。そもそも、発注に来る人は一日に多くて五人程度。机の上にノートを広げていても、なんら問題は無かった。

「……ノート」
「は?」
「あんたから借りたノート! 教室においてきちゃったの!」
「なら取ってくればいいじゃないか」

 再度、呆れ声で告げる。
 その間流は独りになるが、不備がないかを確認して判を押し、控えを返すだけの単純な作業。なんら問題は無かった。
 なによりも。
 ……ここで騒がれているより、ずっとマシだ。
 流の心境を知らない音祢子は、瞼をぱちくりと動かし、驚いた。

「い、いいの?」
「いいさそのくらい。ほら、早く行って戻ってこい」
「う、うん。急いでくるわ」

 ゆっくりでも構わない。そう口を開きかけ、勉強する時間がなくなっては本末転倒かと思いなおす。
 その間に、音祢子は後姿も見えなくなっていた。開け放たれた扉から、パタパタという駆け出した音だけが聞こえてくる。
 流は小声で、廊下は走るなとだけ言っておいた。
 視聴覚室は、二階の外れにある。用事がなければ、授業以外で近づく生徒など皆無と言っていい。
 故に、足音が響く。それはもう響き渡る。
 それが流の耳に飛び込んできたのは、流が昼飯を再開し、梅オカカでご飯をかっ込もうとしていた時だ。
 バダダダダダ!!
 荒々しい疾走音が近づいてきて、
 キュイッ!!
 ゴムが摩擦した音が、扉付近で鳴った。

「ぜぇ……ま、たせ……たわ、ね……!」
「どんだけ全力疾走してきてるんだお前は!!」

 思わず突っ込んだ。
 肩で荒く呼吸をしている音祢子は、壁に手をついて身体を支えている状態だった。どう見ても体力を使い果たしている。

「べ、別に全力疾走、なんて……はぁ。してないわ」

 会話の途中に深呼吸をしながらでは説得力がない。
 本当かよ、と流が疑いの眼差しを向けていると、

「本当よ。精々注意してきた教師を後ろに置き去りにする程度だわ」

 さらりと、乱れた髪を梳いて音祢子が言った。
 もしや突っ込み待ちなのかと勘ぐるが、そういう様子はない。天然なら相手をしても無駄かと、追求を打ち切った。

「まぁとりあえず……座れば?」
「言われなくても座るわよ」

 ふわりと、嗅いだことの無い香りが鼻をくすぐった。隣に腰を下ろした音祢子は、ほんのりと汗を掻いている。流はさりげなく椅子をずらした。

「何してるの」
「据わりが悪くてな」

 ふぅんと眉を顰めたが、音祢子はそれ以上踏み込んでこない。
 代わりに、

「せっかくあんたがいて暇なんだし、勉強教えて欲しいんだけど」

 と切り出した。

「……は?」

 うめきともつかない声が出た。
 冗談ではない。何のためにノートを貸したと思っているのだ。
 面倒な事はごめんなので、他の人に押し付ける事にした。

「俺よりも成績いい奴はいるぞ。一斗とか委員長とか」
「あれ? 莉理は?」
「中の中だな」
「こう言うのはなんだけど……意外ね」

 もっと下かと思ったのかと訊くと、こくりと頷く。
 正直なのはいいことだと、種明かしをした。

「一斗が付きっ切りで勉強を教え込むんだよ」
「へぇ……愛ね」

 心なし目が輝いている音祢子。意外な一面を見た流は、無言を返す。

「って、それが本当なら尚更樫樹は頼れないじゃない! あんた、あたしにあの二人の邪魔しろって言うの?」
「できるものならしてみろよ」

 うっ、と呻くと、音祢子は顔を窓に向けた。瞳だけを流に向け、

「大体、このノートの持ち主はあんたなんだから。教えてもらうのもあんたからが自然だと思うんだけど?」

 素直に言い切る音祢子に、裏は見えない。
 一理あると感じた流は、頭の後ろで腕を組んだ。

「で、何を教えて欲しいんだ?」
「えっと、まず世界史かしら?」
「ノートの内容暗記しろ。プリントも貸してやる」
「次に古文と漢文……」
「現代語訳とか内容頭に叩き込めよ。こんなの人に聞くことじゃない」
「数Ⅱは!?」
「赤点取らなきゃいいんだよそんなの。問題集何度もやって、公式覚えて凌げばいい」

 全て切って捨てる。
 流の戸惑いない、いっそ見事な返答を聞いた音祢子は、ひくひくと頬を動かし、

「あ、あんた……まともに教える気、ないわね?」
「ははは、何を今更」
「そこは嘘でもそんなことはないって否定するところでしょうが!!」
「そんなことはない」

 あーもー!! と音祢子が髪を掻き毟る。

「わかったわよ! 自力でどうにかすればいいんでしょ!?」

 無表情にサムズアップをすると、ぺしんと叩き落とされた。

「ノート丁寧に取ってるし、もっと真面目なやつかと思ったのに……」

 愚痴愚痴と文句を言っているが、流の知った事ではない。
 勝手に期待して自滅しただけだろう。何故こっちが失望されなくてはならないのか。

「不真面目だから真面目にノートとってるんだ。要点纏めておけば、勉強する時間減らせるだろうが」
「……もうほんと、あんたなんなの?」

 音祢子は、理解できないと頭を抱える。とことん失礼な奴だった。

「わけわかんないっていうならお互い様だ」
「はぁ? あたしとあんたを一緒にしないでくれる?」

 今度は眉間に皺を寄せる。
 見ていて飽きないな、と思う。
 流が見る殆どが怒と哀だったが、それでもこれだけコロコロと表情が変わるのだ。感情豊かと言っていいだろう。
 思えば、転校初日からそうだった。

「転校してきたと思ったらいきなり怒り出して。一体なんなのかと思ったぞ」
「そ――れは……そのぉ……」

 しおらしくなったのも一瞬。音祢子は直ぐに強気な態度を取り戻す。

「そんなこともあったかしらね。忘れなさい」
「忘れたくても、今みたいに理不尽に怒鳴られる事が多いからな。連想させられてしまうんだよ」
「別に。現実はこんなものかと思っただけよ」
「……んん?」

 流の顔色をどう受け取ったのか。音祢子は、自嘲するように口を動かす。

「漫画とかでよくあるでしょ」

 物語の冒頭。少年と少女が出会う事から話が始まる。

「使い古された展開よね。転校前に知り合った男の子と、同じクラスになるとかさ」

 即ち、王道。

「だから、その、ほんのちょっと、これっぽっちくらいは何かが起きそうかなって、期待を持っちゃったっていうか……」
「――ッ」

 流の身体が小刻みに震える。
 どうしたのかと音祢子が手を伸ばし、身体に触れた途端。

「あっあははははは!! は、はは!! あはははっあは、あはははは!!!」

 決壊した。流は盛大に笑い声をぶちかます。
 最初は唖然としていた音祢子だったが、次第にその顔色が朱に染まっていく。
 その様子をまずいと思った流は、手で制し、しかしつぼに入ったのか笑いは止まらず。

「いやご、ごめん。妹が言ったとおりだったなぁと思ったら、と、止まらなく……!」

 妹の言った事とはなんだと、射殺すような目で問いかけられた。

「女の子はロマンチックな出来事に弱いんだとさ。ふくく……!」
「あ、あたしだってそりゃ、少しくらい夢見るわよええい笑うなこの馬鹿!!」

 ごめんと再度謝り、天井を仰ぐ。
 校舎に刻まれた染みを数えながらすぅはぁと息を吸い、笑いという発作を収めた。

「あー、一月分は笑った気がする」
「笑われたほうはたまったもんじゃないわ」
「だからごめんって謝ったじゃないか」

 いけしゃあしゃあと言ってのける流。音祢子は、これみよがしに舌打ちをした。
 しかし気にせず、流は話を続ける。

「それにしてもお前、そんな気配微塵も見せなかったよな」
「しょっぱなからあんな対応されればそんな気もなくなるわよ!!」
「ああ、それもそうだな」

 ようするに、対応は正しかったのだ。確信を込めて流は頷く。

「よかったな。色眼鏡なしで学校生活に溶け込めて」
「ありがとう。あんたがどんなやつかもよーっくわかったしね!」

 言い捨て、音祢子がノートを開く。話は終わりとばかりに、書かれている内容に集中し始めた。

「で?」
「……」
「なんでそんな話を俺にしたんだ?」

 チ、チ、チ。
 時計の秒針が一回転するほどの間を空けて、音祢子が渋々口を開いた。

「あんたには、なんだかんだでずっとお世話になり続けてるもの。話してもいいかなって、気が迷ったのよ」
「で、結果が大笑いと」
「とてつもなく後悔してるわよ。話すんじゃ無かったって」

 苦虫をすり潰しているかのような顔と声音だった。

「そう言っておいて、もう実力行使にはでないんだな」
「あそこまで笑われるといっそ清清しいわ。怒る気力も萎えてきちゃう」
「断っておくが、別に笹鳴が予想以上に乙女だったから笑ったわけじゃないからな。言っただろ? 妹の言葉を思い出したからだって」

 乙女いうな! と音祢子が手を振り回す。火がついたのではないかと思うほどに顔が真っ赤だ。

「まぁそう恥ずかしがるなよ。誰にだってそういう趣味はある」
「ううううるさい! もうそこにさわるなぁ!!」

 音祢子の動きが、一層激しくなる。
 しかし流は顔色を変えず、話を続けていく。

「大体、それはお前だって悪いんだぞ」
「あ、あたしが悪いってどういうこと?」

 ピッ。
 流は人差し指を立て、音祢子の眼前に突きつける。
 人差し指を曲げ、

「初対面の時、俺にどんな態度取ったか覚えてるか?」
「う」

 言葉に詰まったようだ。

「し、仕方ないじゃない……煉は天然で危機意識薄いし、舐められないように最初は強気にいかないといけないって、本にも書いてあったもの……」

 なにやら口の中だけで弁解をしているようだが、流には届かない。

「礼儀知らずにこっちだけ礼を持って接しろというのも酷な話だろ」
「わかったわよ! どうせあたしが全部悪いって言いたいんでしょ!?」
「いや? まぁ今思い返すと、大人げないなぁと思わなくも無いから、二割くらいは俺のせいにしてもいいぞ」

 う、上から目線―!? と衝撃を受けているが、疑問が解消されて晴れ晴れとした流は、気分の良さも相まって気づかない。

「なるほどな、つっけんどんだったのは一応理由があったわけだ」
「……どういう意味よ」
「誰彼構わず噛み付くような性格じゃあなかったんだな」
「どういう意味よ!!」

 ふーっ!! と犬歯を剥き出しにし、身を乗り出してくる音祢子。
 どういう意味も何も、今の姿を見たら一つしかないだろう。

「はは、ごめん。からかうと楽しくてな」
「どこの誰が礼儀知らずなんて口にしたの!?」
「今まで訳もなく冷たい対応された礼だ。もうお前がしない限りはやり返さないさ」

 覚えておけと言い放ち、席を立つ。
 ここに至るまでの遣り取りで、机が随分とずれてしまった。流は机を元に位置に戻していく。

「……なんか納得がいかないわ。割に合ってない気がするのよね」
「そうは言ってもなぁ。どうしろというんだ?」
「なんか足りない分のお詫びを頂戴って言ったら?」
「ああ、なら勉強、ちゃんと見てやろう」
「まともに教えてくれるの?」

 音祢子がジト目を送ってくるので、純真な笑顔を返す。
 ……軽く引かれたのは、とても遺憾だった。
 その後、予鈴と共に撤収する。

「誰もこなかったけど、こんなものなのかしら?」
「あれだけ騒げば、誰だって入るのに躊躇するだろ」
「……」

 このことがパート長の耳に入り、罰としてもう一度受付をやらされたのは言うまでも無い。




作者「あー、全然文章練れねぇ……」
友人N「弱気?」
作者「いやね、こう長いの書いてると、語彙力がないなぁと実感するわけですよ」
友人N「そんなあなたにお勧め」
作者「……実用語小字典?」
友人N「これで語彙力アップ間違いなし!! 今ならことわざ小事典もついて驚きのお値段七百円!!」
作者「買った!!」
友人N「買うなよ」



[21331] 九話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:25
 音祢子と共に実行委員の仕事をこなし、合間に開いた時間でテストの勉強に精を出す。
 連日そんな日を過ごしていたら、あっという間にテスト期間までが過ぎ去った。
 そうして今、最後のテストの解答用紙を返却。
 厄介事から解放された喜びを一杯篭めた声が、そこかしこから上げられていた。

「んー! 終わったー!!」

 そのうちの一人。莉理が、ぐぐっ! と伸びをした。
 釣られて流も背筋を伸ばす。コリと共に、それまで溜まったストレスも抜けていくかのように軽やかな気分になった。

「お疲れ様。あんたはどうだった?」
「俺か? 悪くなかったぞ」
「ふぅん。……それ、あたしに気を使ってるから、とかじゃないわよね?」

 いや、と首を振り否定した。
 音祢子は勉強を教えてもらっていた立場から、流が自分の勉強を疎かにしてしまったのではないかと思ったようだが、決してそんなことは無かった。
 教えるという行為は、自分が理解していなければできない。
 誰かに教えていると、自身の曖昧に済ませていた部分が浮き彫りになる。かえって理解が深まり、勉強が進んだほどだ。
 そもそも、気を使う理由がなかった。できなくても隠すような事ではない。

「そういうお前は? せっかく勉強見たのに赤点とられたんじゃ、教え甲斐がないぞ」
「赤点は確実に無いわ。多分莉理になら勝てるんじゃないかしら?」
「あっはっは。ネコは目標が小さいねぇ。私に勝っても自慢になんかならないんだからね!!」

 堂々と言う事か。
 白けた視線に晒された莉理は、いまだに高笑いをしている。と、後ろから莉理の首が、がしりと捕まえられた。
 一斗の教育的指導である。
 苦しそうに、でも間違いなく嬉しそうに顔をにやけさせる莉理。傍から見たら、かなり不気味だ。
 仲睦まじい二人のスキンシップを眺めていた流だったが、ああそうだと思い出す。

「なぁ一斗、柳井。文化祭のイベントに出てみないか?」

 イベント? と首を傾げられた。

「ああ。なんだっけか……正式名称は忘れたが、恋人コンテストみたいなものをやるらしい。それで参加者を募ってるんだ」
「なにそれ、のろけ自慢大会?」
「そう取れなくもないな」

 一体誰が得をするのか、さっぱりと不明である。
 恋人たち同士が和気藹々と、ならまだわからなくもないが……。
 独り身の怨嗟や嫉妬、やっかみが入り乱れた会場は混沌とした事になるだろう。
 ……そもそも、人が集まらない気がする。人の不幸が蜜の味なら、人の幸福は一体どれだけ苦い事だろう。

「あたしは出てもいいけど……いい?」

 莉理が一斗の様子を窺った。
 一斗は何時もと変わらぬ、静かな表情で、別に構わないと言い切った。

「……意外ね」
「一斗か?」

 音祢子が頷いた。
 ……確かに。
 普段の物静かというか、寡黙な態度からは想像し難いかもしれない。
 だが、

「あいつはああ見えてノリがいいぞ」

 なんといっても莉理に付き合えるくらいなのだから。
 今まで莉理を知る者で、この回答で納得しなかった者はいない。
 ひそやかに話し合いをする莉理と一斗だったが、これだけ近ければ単語の一つや二つ、拾う事はできる。

「……恋人コンテストって、うちあわせするものなのかしら?」
「何をやらかすつもりだろうな、あいつら」

 期待とも呆れともつかない感情が混じる。それは音祢子も同じようで、揃って半眼を向ける。

「流石にあれを超えるとも思えないが……」

 前科がある分、それを超えてしまうのではないかという不安も無視できない。もしもそうなった場合、直視できない自信が流にはあった。

「なに難しい顔してるのよ」
「いやぁ、ちょっとしたことを思い出したんだ」

 音祢子が興味をもったようだ。ちょっとしたこと? と聞き返してくる。

「……聞きたいか?」

 流の予想外に暗い声に、音祢子が躊躇する。

「え、いえ別にそこまでじゃないから」
「そうか聞きたいか仕方ないなぁ笹鳴は全く。口にするのも苦しいが、知りたいというのなら教えるしかないじゃないか」

 おしつけがましくー!? と驚愕している音祢子へ、流は悲劇を語り始める。

「――と、いうことがあったんだ」

 話を全て聞いた音祢子は、どこか遠くを見るような表情だった。きっと自分も同じ顔をしているのだろうと流は思う。

「……これ以上って、どんななのよ」
「どんなのと言われても……」
「抱き合うとかキスとか? でもそのインパクトに比べたら、普通の恋人、じゃ……ない?」

 急速に音祢子の語尾が萎んでいった。
 いや公衆の面前でそういうのはどうのと顔を赤くしている。自分で自分の発言に照れてしまったらしい。

「そ、そういうの、競うコンテストなんでしょう?」

 どうなのだろう。流は詳細を聞かされているわけではない。
 だがしかし、

「柳井だからなぁ……」
「……その一言が問答無用の説得力を持っているのよね」

 何をしでかすか予想がつかない。流たちの思考外のことを、ひょいとやってのけそうな怖さがあった。

「結婚式くらいならやっちゃいそうよね」
「……恐ろしいことを言うな。柳井が本気にしたらどうする」
「あー……で、でもまさか……ねぇ?」

 愛想笑いを浮かべながら、音祢子が振り返る。
 とても目を輝かせた莉理が、そこにいた

「それだ!!」
「やめてお願いだから!!」

 やる気の莉理に、なんとか制止しようとする音祢子。

「お祭りは弾けたもん勝ち! 踊る阿呆に見る阿呆、私は折角だから、踊る阿呆を選ぶぜー!」
「限度があるでしょーが!!」

 やるやらないやらせろやるなと、教室を舞台に追いかけっこを始めてしまう。
 テスト明けで元気が有り余っているのだろう。流と一斗はその様子を生暖かく見守ることにした。

「そもそも一斗が十八じゃないから、結婚できないだろうに」
「ああ、惜しかったな」
「……惜しい?」

 不穏な単語が聞こえた。幻聴だと思い込むことにする。
 いやしかしまさか…………十八だったら、決行するつもりだったとでも言うのだろうか。
 学生結婚という言葉はあるが、それは大学で行われる……はずだ。高校で、というのはちょっと聞いたことが無い。
 ふむ、と考え込む一斗の姿に、流の内で嫌な予感ばかりが膨れ上がる。
 あえて口を挟まず、これで話を打ち切ろうとした流の努力をあざ笑うかのように。
 一斗がぽつりと呟いた。

「……来年という手があるな。流石に式は非常識すぎるから、籍だけ入れるというならありかもしれん……」

 どんな手段を使ってでも、来年は全力で中止させる。
 そう固く決意した流だった。



 テストが終わったのだから、食事も少しは開放的にするべきだ。
 主張する莉理に反対意見もあがらなく、一行は食堂ではなく駅前の少しこじゃれた喫茶店にやってきていた。
 喫茶店、弥生。
 レンガ風の落ち着いた内装は、どことなく欧風の雰囲気を醸し出している。
 流たちは月に一度二度入店するかどうか。だが、カウンター席も含めて、半分以上埋まっていない時を見たことが無い。
 多くの学校が最寄りとして使う駅の付近に構えるだけあって、学生向けのランチタイムメニューは、五百円でお釣りが来るほどリーズナブルである。それでいて味も満足するしかない出来栄え。唯一の欠点は、男子学生には量が少し物足りないことだろう。
 運良く開いていた四人掛けのテーブルに座る。一斗が壁と一体となった奥の座椅子に座ると、当然といったように莉理が隣に座る。
 四人揃って、水とお手拭を持ってきたウェイトレスに日替わりランチと細切りポテトを注文。音祢子は初めてなので、周りに合わせた結果だった。

「それにしてもさあ、五月雨とネコって仲良くなったよね」

 もきゅもきゅと、先にきた細切りポテトを食べながら莉理が言う。
 直後、口に物を入れて喋るなと一斗に注意されていた。

「そうか?」

 一目瞭然、と莉理が断言する。隣で一斗も静かに頷いていた。
 つっかえていた物が外れたというか、淀んでいた物が流れたというか。
 先日の一件以来、お互い――特に音祢子から、突っぱねた感や遠慮といったものが消えてきているのは確かだ。

「……無意味に突っかかるのも、どうかと思っただけよ」
「そう至った経緯が気になるなぁ?」

 莉理が唇を、にんまりと三日月の形にする。心境変化の理由は? と暗に問うているのだ。
 一斗が肘で小突き窘める。あまり他人の事情を探るなといいたいのだろう。
 しかしその心配は杞憂だった。
 そもそも、莉理が望む結果は得られない。

「こいつの性格を把握したからよ。莉理が期待してるような恋愛感情とかはきれいさっぱり絶対に持って有り得ないから安心しなさい」

 淡々と答える音祢子。莉理は、あー、と感嘆とも呆れともつかない声を上げ、納得してしまう。

「天邪鬼だからねぇ、五月雨って」

 箸の先を流に向ける。
 直後、一斗から箸の先端を人に向けるなと指導されていた。

「ほんとよね」

 こいつは全く、と女性陣から目で責められた。
 謂れの無い誹謗中傷を受け、流も黙っていられない。ちなみに一斗は同情に満ちた視線を送ってくれるだけだった。同情するなら擁護をくれ。

「俺は相手の出方によって態度を変えているだけだ。俺が天邪鬼だと思うなら、そう思った本人が天邪鬼なんだよ」
「馬鹿といったほうが馬鹿の理論?」

 莉理の言葉に、その通りと頷く。
 音祢子は何か言いたげに口を開き……きゅっと結んだ。今までの接し方を思い出し、反論するにできない。
 それでも何か反撃するための材料を探そうとし――見つける。

「五月雨は莉理にだって天邪鬼だって思われてるじゃない。ほんとに人によって変えてるの?」

 疑わしい、とばかりに鼻で笑った。
 さぁどうでるのかと音祢子が待ち構えていると、

「いや私が天邪鬼って言ったの、私たちとネコへの接し方比べてだから」

 伏兵が思わぬところから現れた。
 色々な意味で素直に行動する莉理である。突っ込みは多々入れているが、流の対応も素直に返されている。

「うな……!?」
「ちなみにネコに関しては、私も素直じゃないと思ってる」
「じゃあ俺があの態度とってたのは納得するのか?」
「納得はしないけど、莉理のほうが天邪鬼なのは同意」
「う、ううう~!! うらぎりものーーー!!!」

 真っ赤になって叫ぶ音祢子の悲鳴は、店の外にまで響き、通行人が何事かと足を止めるほどだった。
 料理を持ってきた店員に注意された一斗が、代表として平謝りするのだった。



 帰り道は、ちょっとした反省会になった。
 というのも、あの後、怒った音祢子はランチを即行すると、店を出て帰ってしまった。
 食事の代金は仕方がないので流が代わりに払っておいた。後日きっちりと取り立てるつもりである。

「ちょーっとからかいすぎたかなぁ?」
「かもな」

 あっという間に駅の改札が見えてくる。定期を使い中へ入り、ホームで電車が来るのを待った。
 流は、莉理一斗組みと電車の上下が違う。
 莉理と一斗が下りで、流が上りだった。

「彼女は忍耐力……いや、沸点が低いようだ。これからは控えたらどうだ?」
「でも反応楽しいんだよねぇ」

 したり顔で莉理が言う。
 流と一斗は沈黙を守る。ここで頷くとややこしいことになりそうだった。
 男性陣の反応に、莉理が口を尖らせる。

「なによ五月雨。あんたこっち側でしょ」
「勝手に決めるな。俺は向こうがちょっかい出さない限りやり返さないって約束してるんだ」

 まぁ、出されたら全力で弄くり返すつもりではある。忠告をしているのに、尚もしてくるのだから、当然の報いだろう。
 くく、と笑いが漏れた。

「……五月雨が邪悪な笑いしてる」
「放っておけ。あれも一種の親愛表現なんだろう」
「それなら仕方ないか」

 なんとも酷い誤解のされ方だ。
 すぐさま否定する。

「何が親愛表現だ。単なる悪巧みだよ」
「……自分で言うか?」
「誤解されているよりはマシだ」
「まぁ五月雨はともかく。ネコがあそこまで感情を爆発させるの、五月雨に関係する事が大半じゃない。なんかありそうだけどなぁ」

 含む目を向けられた。
 アナウンスが、上り電車がまもなく到着することを告げる。

「知ったこっちゃないな」
「……うわぁ、一刀両断」

 視線から非難されているのがありありとわかったので、弁護しておく。

「想いは言葉にしないと伝わない。凄く有名な言葉だな?」
「だから伝わらないとでも言いたいの?」
「いいや? 笹鳴は言ってたじゃないか。恋愛感情なんかないって。ちゃんと伝わってるよ」

 だから、莉理が勘ぐるようなことは有り得ない。
 人の想いを憶測で語るのは、無茶なことだ。それも高々二ヶ月程度の付き合い。語ったところで、信憑性は限りなく低い。
 莉理が困ったのか呆れたのか、はたまた怒ったのか悲しいのか。全く読めない表情をした。

「へそ曲がり、だねぇ」
「誰がだ?」
「強いて言うなら……どっちもかな」

 処置なしとばかりに、莉理が両手を空へと挙げる。正しくお手上げの恰好だった。
 構うことなく、流は到着した電車に乗る。
 扉が閉まり発車するまで、流は一度も振り返らなかった。
 特に何も考えず、ただ風景を流れるままに観賞する。
 秋の景色を堪能しつつ、目的駅まで十分ほどの時間を潰した。
 アナウンスと衝撃が、到着を知らせた。昼間だけあって、電車を利用する人数も普段とは雲泥である。人ごみに押し出されることなく、流は電車を降りる。
 階段を上り改札を出、

「お帰り」

 かけられた声に横を向く。先に帰ったはずの音祢子が、壁に寄りかかっていた。
 待っていたのか? 何故? と流の胸中に疑問が渦巻く。
 答えを出せるはずの音祢子は、つかつかと無言で近寄ってくると、

「んっ」

 握った手を差し出してくる。
 なんだと思いつつ掌を出す。パッと開いた握りこぶしからお金が落ちてきた。

「昼食の代金。あんたが変わりに払ってくれたんでしょ?」
「頭が冷えたか?」
「……うるさい」

 声に勢いがなかった。自分に非があることがわかっているからだろう。

「莉理の奴、今度会ったら酷いんだから」
「ほどほどにな」

 謎が晴れた流は、短く返した。
 きっと莉理か一斗がメールで教えたのだろう。
 ならば、これで用事は終わり。あとは家に帰るだけだ。流と音祢子は降り口が違うため、ここで別れる。
 じゃあこれで、と流が手を振ろうとした時。

「その、ありがとう」
「……へ?」

 目を合わせず、赤い顔で音祢子が会話を続けてきた。
 予想しなかった言葉に、間の抜けた声が出てしまった。

「な、なによ。なんでそんなに意外そうなのよ!」
「いやその……」

 普通に礼を言われたから面を喰らった。
 ……などと正直に言ったら、どのような罵声を貰う事か。
 あげかけた手を持て余し、つい視線をそこに向けてしまう。

「あ、あんたが礼をもって接すればどうのっていうから、ちゃんとお礼しただけじゃない!」

 少し涙目になって音祢子が叫ぶ。
 それを言われると弱い。
 お金を払わずいなくなったのは音祢子が悪いが、今回の対応は流の落ち度である。

「……そうだな。ごめん」

 憤慨する音祢子に、謝罪する。

「どういたしまして。気にするな」
 流は軽く笑って言ってのける。
 音祢子もつられ、赤い顔のまま笑った。







作者「この話は書き直したから疲れた」
友人N「書き直しってなんでよ?」
作者「莉理を暴走させすぎた」
友人N「チラ裏は流れるの早いから、こまめに更新しろよ」
作者「うぃー。遅筆には辛いぜ」



[21331] 十話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/12 17:04
 中間テストを過ぎれば、校内は文化祭一色に染まる。
 文化祭実行委員会でも、屋台をするクラスに貸し出すテントのチェックや暗幕の割り当てなどが、急ピッチで進められていた。
 当然流と音祢子は実行委員会の方に付きっ切りで、クラスの出し物の準備に顔を出せていない。

「そういえばあんた、料理の責任者じゃなかったの?」
「こんな状況だからな。藤沢さんに後を任せたよ」

 快く引き受けてくれた、女子のまとめ役に感謝の念を送る。
 ……引き受け際に、こんなことも言われたが。

『きれいなテントと人の集まる設置位置を確保しておいてね?』

 冗談めいた口調だったので、本気ではないと思うが……仕事に私情を挟むのは無理なので、くじ引きで頑張るしかない。頑張れ委員長と肩を叩くと、わけが分からずにビックリしていた。
 流は当日に焼き手として参加するつもりだが、実行委員として詰めていなければならない時間も多い。遊べる時間は少なそうだった。

「そういえば、瑞ちゃんとか来るの?」
「来ると思うぞ」

 お祭り騒ぎの好きな性質だ。流は日程を教えていないが、勝手に調べて把握していても不思議じゃない。

「瑞ちゃんって、妹さん?」

 問いかけというより、確認といった感で音祢子が訊いてくる。
 弟の煉経由で聞いたことがあるのだろう。

「そうだよ。陸のことは知ってるな? その双子の妹だ」
「どんな子なの?」

 これの妹みたいなものだ、と莉理を指さす。

「魂姉妹だからねー」

 あっけらかんと莉理が言う。
 ノリや性格が似ているせいか、シンパシーを覚えるらしい。

「た、大変ね……」

 引き攣りながら笑う音祢子。流は溜息で答えた。
 実際、二人が揃ったときの行動力は恐ろしい。手綱を握り続ける苦労は、味わったものにしかわからないだろう。
 当日は仕事を理由にして、陸に押し付けよう。流は邪な考えを心に誓った。
 と、入り口の辺りから、失礼しますとの挨拶が聞こえる。
 ついで、

「こんにちはー、流先輩」
「戌井か」

 掛け声だけで判断し、振り返る前に特定する。
 物怖じせずに上級生のクラスに入ってくる知り合いは、柴乃しかいない。

「ほんと久しぶりですねー」
「テストやらで忙しかったからな」

 どうだった? と成果を拝聴する。赤点は回避しました! と自信満々な柴乃だった。
 触れると面倒そうなので、スルーする。

「で、今日はなんのようだ?」
「なんのようだ? じゃないですよー」

 訊ねると、柴乃がむっと頬を膨らませた。

「ミィちゃん見せてくれるのって、何時なんですか?」

 本人的には怒っているようだが、全く迫力がない。
 流は、柴乃が身を乗り出した分だけ椅子を引いた。窓の縁に首を預け、

「ああ、忘れてた。ごめん」

 首を上に動かしすぎて、金属部分に当たってしまった。若干修正し、秋晴れの空を仰ぎ見る。所々に点在する雲が、空の高さを強調しているようだった。

「それにメールもくれないし……」
「返信はしてるじゃないか」

 顔を正面に戻す。
 これは別に柴乃だから、というわけではない。
 流は雑談のためのメール、というものをしない。されれば付き合うが、その程度である。
 メールだと次の会話までに時間が掛かる為、どうせなら電話をするほうがいいと考えるタイプなのだ。
 まぁいいですけどー、と全然いいと思ってない声音と表情の柴乃が話を区切る。

「結局、お家に招待してくれるのって何時なんですか?」
「何時かだな」
「五日ですか?」
「ああ、九月の五日だ」
「……殆ど一年先じゃないですかー!」

 イントネーションとニュアンスでボケる二人を、外野に回された三人が噂している。

「なんか、勝手に中が進展してるね。ねぇネコ?」
「なんであたしにふるのよ。全然好きにしたらいいと思うわよ?」
「否定語の使い方がなっていないな」

 五月蝿い! と珍しく一斗が叩かれる。
 余計な事を言ってるなーと、莉理が目を細めて眺めていた。一斗は偶に、心の機微に疎くなる。

「あのですね? できれば今週中にお邪魔したいなー、と思いまして」
「今週中?」

 思わず聞き返した。随分と急な話だ。
 眉の角度を変えた流を見、柴乃が説明を始める。

「私のクラス、喫茶店やるんです」

 それも単なる喫茶店ではなく、アニマル喫茶店だという。
 と言っても、コスプレをするわけではない。動物の写真を壁一面に張り、その愛らしさを堪能してもらう、といった趣向なのだそうだ。
 クラスメイトだけで写真を募ってもいいのだが、それでは被写体の数が限定されてしまう。ネットから集めるのはNG。なるべく身近な存在から集めようという意見らしい。
 なので、ペットを飼っている知り合いがいたら頼み込め。
 これがクラス全体に伝達された指令であった。

「だから、流先輩のミィちゃんの写真が欲しいんです」
「そうは言われてもな……」
「あ、私の飼っているへいくろーの写真も展示されます。見に来てくださいね?」

 流先輩、犬派でしたよね? とほやっとした笑顔で迫られた。
 流は一度首を立てに振り、次いで横に振る。

「喫茶店を見に行くのはいいさ。だが、ミィは俺の猫じゃなく、五月雨家の猫だ。妹たちにも聞いてみないとなんとも言えないな」
「じゃあ、許可が出たらということで」
「難しいぞ? ミィは人見知りするから、家に来ても撮影できないかもしれない」
「本気で嫌がってたら諦めます。ですから、どうか」

 拝まれ、ついつい善処する、と請け負ってしまった。
 お願いします! と元気よく頷いた柴乃はしかし、難しい顔でなにやら考えて込む。

「どうしたんだ?」
「いえ、私の我が侭ばっかり聞いてもらうのも悪いなぁ、と思いまして」

 強引に押し通しておいて何を今更な。
 と思うが、口には出さない。無駄に機嫌を損ねる必要はないだろう。

「……あ、そうだ!」

 ぱん、と手を打ち。

「流先輩、へいくろー撫でにきませんか? 家近いんですし、一緒に散歩へ行ってみましょう?」

 かわいいんですよー? と頬がにやけている柴乃。

「ほら、ほら、この子なんです」

 眼前に押し付けられた携帯には、小麦の穂を思わせるような、長い黄金色の毛を持つ犬が写っていた。
 行儀よく座り、円らな瞳が中心から少し上に動いていた。撮影者を見つめているのだろう。

「これ、ゴールデンレトリバーか?」
「そうですよ。大きくってふわふわでもう!」

 大人しくって人懐っこくて賢くて、と柴乃が興奮した様子で褒め散らかす。
 と、

「ちょっと見せてもらうわね?」

 返事をする間もなく、横から伸びた小さい手が、柴乃から携帯を奪い取る。
 流が視線で先をなぞっていくと、音祢子へとたどり着いた。

「どれどれ? わ、ほんとかわいい」

 音祢子の頭の上に顎を乗せ、莉理が携帯の画面を覗き込む。
 重い! と当然な抗議を音祢子がした。しかし失礼なと判断した莉理は膝の力を抜き、わざと体重を掛けていく。
 音祢子の身体が沈む。
 沈む。
 沈み……頭頂部と顎に間が開いた瞬間、急上昇した。
 うごっ! と年頃の女子らしからぬ声を上げ、莉理が仰け反る。予想外に痛かったのか、仕掛けた側の音祢子も涙目で頭を抑えていた。
 嘆息しながら、一斗が莉理の顎を摩る。途端、幸せそうに目を瞑る莉理。
 音祢子はその様子を恨めしそうに睨むだけだった。

「撫でるか?」
「……………………いい」

 参加せずにいた流が冗談で聞いたら、まるで葛藤したような間と共に、小さな声で呟かれた。
 そうか、と返すと、ん、と喉を鳴らしたような声が返ってくる。
 流と音祢子はそのまま、なんだか妙な空気のままで固まってしまった。
 その横で、

「冬とかにわしゃわしゃすると、あったかくて気持ちいいんですよねー」

 目の前の惨劇を気にも留めず、柴乃は愛犬の自慢を続けていた。



 家に帰り夕飯時。
 茸の炊き込みご飯を掻き込む。いい塩梅の醤油加減で実に美味い。そろそろ瑞に料理の腕を抜かれそうだな、と感想を抱いた。
 ごくんと飲み込み、昼間の話を切り出した。

「というわけで、ミィの写真を撮りたいんだと」

 どう思う? と聞いてみたところ。

「兄さんがミィを出しに後輩を家に誘ったの?」
「兄がミィちゃんを餌に後輩を手に掛けようとしてるんね?」

 との回答が得られた。
 流石は双子、ということころか。着眼点のズレまでもが一緒だった。
 流の瞳が剣呑な光を帯びていくのを察知。瑞と陸が揃って咳払いをし、冗談はともかくと誤魔化した。

「僕は構わないかな」
「わたしも写真撮るっていうのはかまわないんよ?」

 ただ、

「ミィちゃん人見知りだし、大丈夫かな? とは思うけど」

 背中に寄りかかるようにして寝ているミィの頭を撫で、瑞が複雑そうに付け加えた。
 ……やっぱりそれが問題か。
 改めて指摘された事実に、流の眉が顰められた。
 知らない人が来た場合、ミィは確実に物陰に隠れて出てこなくなる。何度も遊びに来ている莉理や一斗でさえ、触れようとすると未だに逃げてしまうのだ。
 定期健診のときなどは有難いのだが。正に借りてきた猫のように大人しいので、手間がかからないからだ。

「こっちで撮ったデータを渡してあげるのは?」

 芥子蓮根を齧り、陸が提案した。

「ミィを直接見ることも目的の一つだから、それで引いてはくれなかった」
「じゃあもう来てもらうしかないじゃない? 試すしかないんだから」

 ずずっと里芋の味噌汁を吸い、瑞が言う。
 丁度ミィが、くぁ~! と欠伸をする。当事者の暢気な姿に、気を揉むのが馬鹿らしくなってきた。

「じゃあ今度の日曜にでも招くから。自分の部屋は一応掃除しておけよ?」

 早めに知りたいと言っていたから、夕飯が終わったら柴乃にメールを送る事にする。
 頷いた妹弟に満足して話を締めくくろうとし――流は、つい疑問が口についた。

「しかし瑞」
「ん? なに?」
「てっきりいやだとか駄々を捏ねるかと思ったが、結構乗り気だったな」
「だってミィちゃんの可愛さはここに留めておくのはもったいないもの。もっと世間に知らしめるべきだと思うんよ?」

 真顔で言い切られた。
 なんのことはない。飼い主馬鹿が自慢したかっただけのようだった。



 食事の後片付けを済ませると、まだ八時を過ぎたところだった。
 普段より大分早かったが、流は疲れていたので風呂に入ってしまう事にした。
 部屋に戻ると、少し空気が淀んでいた気がしたので、窓を開けた。
 ベッドに身を投げ出す。横になったまま、話し合った結果を簡潔に纏め、柴乃へとメールを送信した。
 秋の夜は、虫が賑やかに音を奏でるものだ。
 人によっては鬱陶しいと思うコーラスだが、流は綺麗な音色だと思う感性を持っていた。
 なんとはなしに耳を傾けていると、ほどなくして着信音が音色に混じる。
 開くと、柴乃から喜色一色な内容のメールが送られてきていた。読んでいくうちに苦笑してしまう。
 メールは、柴乃の待ち遠しい気持ちがそのまま表されたかのような文字で彩られていた。
 と、操作もしていないのに画面が切り替わる。
 『受信中』と中央に表示されてから三秒足らずでまた切り替わる。届いた新着メールのタイトルは、莉理&一斗。
 なんでも昼間の話を聞いて遊びに来たくなったらしい。柴乃の来る日について行ってもか、という事だった。
 流は『了解』とだけ打って送る。
 不随意に身体が震えた。窓から吹き込んだ夜の風は、まるで一歩先に冬の到来を告げているかのように冷たい。
 換気は十分だろうと、窓を閉めた。
 ベッドに戻るなり、流は目を瞑る。
 ボリュームの落とされた天然のオーケストラが、子守唄のような心地よさで眠りへと誘っていった。




作者「やっと転に入ってきました」
友人N「ほんとやっとだな」
作者「まぁこの後も特に事件などに巻き込まれることなく、日常過ごすわけですが」
友人N「が?」
作者「今八十枚なんだけど、目標の百二十枚までに終わるかなという問題が」
友人N「だからプロットしっかりしろと……川上さん尊敬してるんだろ?」
作者「A4で七百八十枚の文字びっちり設定資料作るとか、あの人頭逝かれてると思うの(褒め言葉)」



[21331] 十一話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/17 01:24
 弟が生まれた。
 妹もできた。
 家族が増える喜ばしい出来事と共に、少年は成長していく。
 小学校に上がり、少年が生活するうえで関わる人は、確実に増えていった。
 周りを見れば同い年の子供たちが談笑し、外を駆け回り、楽しそうに過ごしている。
 その輪に、少年が加わる事はなかった。
 周りは、他人ばかりだったから。
 少年の中で人間とは、家族か、他人しか存在しない。
 家族は仲良くできる。
 他人は仲良くできない。
 無意識のうちに、それが根幹に深く刻まれていた。
 周囲に馴染めない――浮いている生徒として、少年は過ごしていく。
 自分とは異なる、異質なものを受け入れるには、小学生は幼すぎる。
 いじめ。
 無視。
 様々な経験を経て、少年は孤立を深めていった。



 そんな日々の中。転機が訪れたのは、弟と妹の世話をしていたときだ。
 共に遊ぶ者がいなかったことから、少年は学校が終わると直ぐに帰宅。忙しい両親に代わり、弟と妹の世話をしていた。
 外で遊ぶと駄々を捏ねる双子の手を引き、少年は近くの公園へと歩いていく。
 一目散に砂場へと駆け出していく妹。こちらを見上げている弟に、ほらと合図し、後を追わせた。
 少年は近くのベンチに座り、砂で城やトンネルを作る双子を見守る。
 時折流れる雲へと視線を動かしながら、双子が飽きるのを待った。
 と、視界の端に公園に入ってくる人影が映った。
 いや、人影だけではない。
 もう一つ。
 四足で歩く、小麦のような毛並みの動物が一緒だった。
 ゆったりとした足取りで、少女と一匹がベンチへと近づいてくる。
 少年は気にせず、双子へと意識を戻した。
 こんにちは。
 少女はふわふわとした、真っ白い綿のように柔らかな笑顔を浮かべて話しかけてくる。大きく頭を下げたので、肩の辺りで結ばれた長い髪が、尻尾のように揺れた。
 愛想がないながらも、少年は会釈を返す。両親の教育の賜物だった。
 少年の視線は、双子に固定されている。気にした様子もなく、隣に腰掛け少女は話続けた。
 この近くに住んでいる事。
 ここは散歩コースなこと。
 少女と同じくらい大きな犬は、だいくろーという名前らしい。
 砂遊びに集中していた妹が、顔を上げる。だいくろーに気がついたらしい。弟の手を引き、駆け寄ってくる。
 双子は好奇心に彩られた瞳でだいくろーを見つめ、身体をうずうずとさせていた。
 少年は制止しようとしたが、少女が先んじ、双子を遊ぼうと誘った。
 だいくろーは大人しく、賢いようだった。
 お手と手を差し出せば前足を載せ、取って来いとボールを投げればちゃんと持ってくる。
 少年はこれなら問題ないだろうと、ベンチに座ったままだった。
 しかし不意に、つんのめるようにして腰を浮かせる事になる。
 少女が少年の手を引き、ベンチから引っ張りあげたのだ。
 少年がなんなのかと目を瞬かせていると、

『遊ぼう』

 少女が更に引っ張る腕に力を込める。
 少年は何故? と訊ねる。
 予想外の問いかけに、今度は少女が目を瞬かせる番だった。
 しかし、直ぐに答えを返す。

『友達になったから』

 少女がほんわりとした、春の陽だまりのように暖かい笑顔を投げかける。
 少年は少女に引っ張られるまま、双子と犬の戯れに混じる。時を忘れ、心の底から遊びに興じていた。
 その日、少年のカテゴリーに友達が追加された。



 とても久しぶりに夢を見た気がした。
 寝起き特有の重い頭を起こし、内容を思い出そうとする。
 ……駄目だった。
 断片的にしか思い浮かばない情景は、なんだかむず痒いさを引き起こす。無理に記憶を蘇らせなくてもいいような気がしたので、頭から夢という単語を押し出した。
 ぼんやりとした頭を起こすため、洗面所で二度三度と顔を洗う。
 夏には涼しかった水が今は冷たく、意識を引き締めてくれた。
 身支度を整えると、薄手のカーディガンを羽織って外に出掛ける。
 カレンダーの曜日は、日曜日を示していた。



 待ち合わせに定めた公園は、流と柴乃の家からほぼ中間に位置する。
 日曜日だというのに、昼過ぎの公園には、人っ子一人居ない。遊具が寂しそうにたたずんでいるだけだ。
 柴乃はまだ着いていないようだった。
 流は塗装の剥げたベンチに座り、公園全体を見回す。公園をぐるりと囲む生垣は、早々に葉が落ち始めており、寒々とした景観を醸し出している。
 ……まだ十月の半ばだというのに。なんだか寂寥感が生まれてくるようだった。
 流の視線の終着点は、目の前の砂場だった。
 ……朝に見た夢の場所は、ここだったような気がする。
 気にしないように、気にかけないようにしていたのに、一度意識してしまうと止まらない。
 既視感が記憶を呼び起こし、連鎖して掘り起こされていく。
 幼かった双子の面倒を見ていたこと。
 ベンチにかけて、疲れるのを待っていたこと。
 そして、誰かと一緒に遊んだこと。
 そう、丁度あんなふうに、入り口から大きな犬を連れた女の子が――

「……だいくろー?」

 脳内にフラッシュバックした光景と共に、呟きが漏れた。
 ともすれば大気に紛れるかと思えた小さな呟きはしかし、柴乃の耳に届く。

「流先輩、なんでだいくろーの名前を知っているんですか?」

 挨拶もなしに、柴乃が詰め寄ってくる。

「なんでといわれても……確か昔に遊んだ事があったから、だと思う」

 首を捻って、あやふや答えを返す。

「そっちこそ、だいくろーって知ってるのか?」

 当然と、柴乃が頷く。

「この子の親ですから」

 手綱を握られた犬が、柴乃の横で行儀よく座っていた。
 見覚えがある。先日の画像の主、へいくろーだろう。

「だいくろーはへいくろーの父親なんです」

 柴乃が小学校の頃に死んでしまったらしい。
 懐かしむ目をし、柴乃がだいくろーの思い出を語る。
 その一つに、引っかかりを覚える出来事があった。

「そういえば、近所の公園で双子を連れた男の子と、遊んだ事があったような?」

 あれ流先輩だったんですねー、なんて暢気に驚いている。
 同時、流も驚いていた。
 ベンチに会ったときから友達だと思っていた。
 柴乃は何時かに、そう言っていた。
 ……奇しくも、その通りだったわけだ。
 流が偶然の一致に、奇縁をしみじみと感じていると、

「あれ……? ということは……」

 柴乃が、初めて見るほど深刻な顔をする。
 どうした? と問うまでもなく。
 柴乃が、面を上げた。

「大変です、流先輩!」

 なにが? と問う猶予もなく。

「私たち、幼馴染だったみたいです!」
「……はぁ?」

 なんで? と問う余裕もなかった。
 言葉を脳内で反芻する。
 幼馴染。
 言い換えれば竹馬の友。
 一般的には幼少の頃から共に育った、親しい間柄をさす。
 言葉の意味を知識から引っ張り出し、確かめ……一つ頷く。

「幼馴染とは違うな」
「えぇーーー?」

 かなり長く、不満の声が上がった。

「小さい頃の友達なんだから、幼馴染でもいいと思います」
「それは幼友達」

 語句は正しく使え、と注意する。柴乃が一層頬を膨らませた。

「いいじゃないですか。なりましょうよ幼馴染ー」
「言ってなるようなもんじゃないだろう、幼馴染」
「じゃあもう幼馴染ってことで。ほら、幼馴染幼馴染」

 まるでいつかの焼きまわしだ。
 何をそんなにこだわっているのかわからないが、このままでは強引に押し切られるかもしれない。
 ……まぁ、別に幼馴染になったところで、何が変わるわけでもないか。
 容認するのも時間の問題かなぁとおくびにも出さずに考えていると、まとわりつく柴乃がアピールを続けてくる。

「幼馴染になったら毎日起こしに行っちゃいますよー? 寝起きのちょっとどきどきなイベントとかもあったり?」
「俺は朝弁当を作るくらいに早起きなわけだが、起こせるのか?」
「毎朝へいくろーの散歩に行ってますから。平気ですよー」

 ね、へいくろー? と柴乃が呼びかけると、ウォンと鳴き声をあげた。

「そのまま朝食を一緒に食べて学校に行って、お昼になったらやっぱり一緒にご飯食べて。放課後は待ち合わせして一緒に帰るんですよー」

 楽しいと思いませんか? とは笑顔を湛えた柴乃の意見。
 流は、特には、と返す。そんなに長く特定の誰かといると、気疲れしそうだ。
 煮え切らない流の態度に、柴乃が不満を爆発させる。

「もう! 意固地なんだから!」
「そっちこそなんだそのイメージは。全国の幼馴染はそんなことしないと思うぞ?」

 ふぅむと柴乃が考え込む。小首をかしげ、

「…………お約束?」
「散々溜めてそれか」

 結局、さっきの妄想を実行しない事を条件に、幼馴染であると認めた。
 公園を出、住宅街を連れ立って歩く。

「で、なんでへいくろーを連れてきたんだ?」
「こっちだけミィちゃん見せてもらうのも悪いから、連れて行ってお披露目しようかと思って」

 持って見ます? とリードを掲げられた。

「いいのか? なら少しだけ」
「じゃあ、私の手に流先輩の手を重ねてください」
「なんでだ?」
「渡すとは、いってませんよね?」

 丁重にお断りをした。
 柴乃は笑い、言葉の上でだけ残念がってみせる。

「それで、どこに行ってるんですか?」

 家とは反対の方向ですよね? と確認がくる。
 今は駅に続く坂を昇っている最中。流と柴乃の家との分岐店を過ぎても尚北上中であるから、当然の疑問だった。

「お菓子やらが切れててな。ついでに買っていこうと思って」

 好きに選んでいいぞ、とお客をたてる発言をしてみる。

「あ、じゃあファミーユマートの新作デザートが食べたいですー」

 本当に遠慮なくリクエストが来た。
 流は笑顔で却下する。

「コンビニとかブルジョワの買い物する場所だぞ」

 ペットボトル飲料が百五十円近いとか、なんの冗談かと疑う。スーパーやディスカウントストアで買わないならば、我慢する方がましだ。
 流が理念を語って聞かせたところ。

「……けち?」
「けち違う。節約上手」

 リピートオーケイ? と節約上手を繰り返す。柴乃が素直に続いた。

「節約上手」
「そう、節約上手」
「という名の守銭奴?」

 金銭感覚の無い後輩には、一度徹底的に教育を施さなければならないようだった。



作者「次の更新で板を移動しようと思う」
友人N「ふーん、はやくね?」
作者「やっぱそうかなぁ……」
友人N「まぁ板移動しても頑張れ」
作者「頑張る。明日更新できるかなぁ」



[21331] 十二話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/17 01:23
 教育心に目覚めた流は、柴乃を引っ張ってスーパーへと突撃した。
 なるべく徳用品を狙って籠に積む。その際確りと合計金額の計算をし、千円以内に収めた。
 柴乃から呆れとも感心ともつかない眼差しを感じたが、感心だと思い込んでおく。
 買い物を終え、自動扉から出る。スーパー入り口の前にある柵へと繋いでおいたへいくろーが、尻尾を振ってこちらを見ていた。

「ちゃんと大人しく待っていられたね。偉いよ、へいくろー」

 わしゃわしゃとへいくろーを撫で回す柴乃を横目に、流が袋を広げ覗き込んだ。

「しかし見事にチョコ菓子ばっかりだな……」

 片手に持った袋の中身は、チョコレート系のお菓子の包装が四つ入っている。どれも食べ切りサイズではなく、ファミリーパックのものだ。
 独り言のつもりだったのだが、柴乃が聞きとがめ、唇を尖らせた。

「好きなんですもん。好きなもの選んでいいって言ったのは流先輩ですよ?」

 柴乃の希望を、値段と相談して反映させたのがこのラインナップだ。

「別に文句は言ってないさ。妹が喜びそうだって思っただけだ」

 瑞もチョコレート菓子が好きなのだ。陸は煎餅やかりんとうが好みなのだが。流も陸と同じ味覚をしている。
 これが男と女の違いなのかと、流はそんな感慨を抱く。

「でも、結構買いましたね。妹さんたちって家にいます? 四人で食べきれるかなー?」
「いるけど……」

 何故今日食べきるつもりでいるのか。
 鼻血が出るぞと脅すと、目元が笑っていない笑顔を向けられた。
 ……どうやら失言だったらしい。
 それにしても、人数を勘違いしている気がしてならない。

「今日は莉理たちも来るからこの量なんだ。わかってるか?」
「え、柳井先輩とかも来るんですか?」

 おや? と黙考する。

「……言ってなかったか?」
「伝えられてなかったと思いますよー?」

 目元の笑っていない笑顔を続行された。流は、背中に冷や汗が浮かんだ気がした。
 非が誰にあるのかは、明らかである。
 流が謝罪をすると、柴乃もすぐに許してくれる。怒った演技をして、からかっただけのようだった。
 そうして和やかに五月雨家へと向かう途中。

「さみだれー! 柴乃ちゃーん!」
「ん?」

 どこからか聞こえてきた声の主を探すため、視線を動かす。流が見つける前に、流先輩あそこ、と袖を引っ張って柴乃が教えてくれた。
 はたしてその人物は、歩道橋の上にいた。
 おーい! と手すりに手をかけ、大きく手を振っている莉理。危ないからと、一斗が莉理の襟首を掴んでいる。
 そして、静かにこちらを見下ろす音祢子がいた。
 ……笹鳴?
 流が何故居るのかと困惑していると、カンカンカンと甲高い音を響かせて、階段から三人が降りてくる。

「こんにちは」
「あ、ああ、こんにちは」

 反射で挨拶を返した。
 事情が掴めないながらも、なんとか情報を得ようと莉理に説明を要求する。

「ネコも猫派だから誘ったの」
「ネコ派って関係あるのか?」
「だってミィちゃんを見に行くんだもの。あるに決まってるでしょ」

 問題ないよね、と疑問符をつけることない断定口調。
 実際特に問題ないので、流は音祢子に歓迎の言葉を送る。

「来るならどうぞ。おもてなしはするぞ」
「ええ、おじゃまするわ」

 音祢子が微笑を返してきた。なんだか機嫌が良い様子だ。
 ……そんなに猫が好きなのか。
 意外な一面を見た気がする。

「服、随分とラフなんだな」

 さも今気が付いたというように、普段なら言わない話題を振る。自然と頬が緩んだのと同じく、口も緩んだようだった。
 音祢子はYシャツにジーンズという、飾り気の少ない衣装。

「別にいいでしょ。あんたならおしゃれするような必要ないし、動きやすいのよ」

 ミィちゃんとも遊びやすいし、との言葉を拾う。
 今日は休日。当然といえば当然だが、音祢子だけでなく、全員私服だ。
 莉理と一斗は共にジーンズとパーカー。同じ柄の。

「……ペアルックか」
「やっぱりそう思うわよね」

 普段が普段だけに先入観が入った。

「いや、今日は単に被っただけだ」
「打ち合わせなんてしなくても、心が繋がってるってこと」

 一斗が冷静に否定する一方で、莉理が嬉しそうに一斗の腕へしがみ付く。
 ……何故同じデザインのパーカーを持っているのかは訊かない。多分無駄だろうから。
 と、ちょいちょいと袖が引っ張られる。
 なにかと顔を向けると、

「流先輩もカーディガン着てますよね」

 おそろいですねーと、柴乃からほんわりとした笑顔を向けられた。
 確かに今日の柴乃は、淡い藍色のワンピースに、クリーム色のカーディガンを合わせていたが……。

「カーディガンを着ているだけでお揃いとは言わないだろ」

 色も違えばデザインも違う。これをお揃いと捉える神経を流はしていない。
 柴乃もわかっていたのか、落胆した様子もなく、ですよねーと流す。
 このまま歩道橋の前でたむろしているのも、時間がもったいない。主にへいくろーのことで盛り上がりながら、一行は五月雨家への道程を行く。
 歩き疲れる、と思うほどの距離もなく、五月雨家が見えてきた。

「和風建築なのね」
「しかも二階建てですか」
「別に珍しくないだろ」

 流が先頭に立ち、玄関を開ける。

「ただいま」
「おかえりなさーい」

 と、瑞が階段の前に座ってミィを抱きかかえ、待ち構えていた。
 みゃ―と鳴き真似をし、ミィの前足をふりふりと動かしている。

「相変わらずだねー、瑞ちゃん」
「あ、莉理さんに一斗さん。お久しぶりー」
「陸ちゃんは?」
「部屋に居ますよ」

 ちょっくら挨拶してくるかー、と一斗を連れて階段を上がっていく莉理。すっかり勝手知ったるなんとやらだ。
 とりあえず、動きが止まっている音祢子と柴乃を招き入れる。
 音祢子がお邪魔しますと恐る恐る。柴乃がおじゃましますー、と普段と変わらない調子で入ってきた。
 と、瑞が近づき、

「あなたが音祢子さんですよね? 瑞ですよろしくー」
「え? ええ、そうだけど。よ、よろしく?」

 音祢子が、慌て驚きながら肯定した。
 やっぱりー、とうんうん頷く瑞が、今度は柴乃へと向き直る。

「こんにちは。兄の妹で瑞です。兄が何時もお世話になっております」
「これはご丁寧にどうも。流先輩の後輩で戌井柴乃と申します」

 深々と頭を下げ合う瑞と柴乃。

「……なんか、遣り取りおかしくない?」
「突っ込んだら負けだぞ」
「何に負けるのよ」
「ボケ」

 天然同士の会話は気にしてはいけない。突っ込んだところで、当人が気付いていない限り、突っ込みは流されるばかりだ。
 釈然としないながら、流の言を聞き入れたらしい。音祢子が二人を無視し、靴を揃えて家へとあがる。
 居間へと案内して、座布団を勧めた。音祢子が正座をし、一息ついた。

「あたし自己紹介する前から知られてたけど、あんたが話したの?」

 手を振り否定する。
 多少話題に上ることはあったが、特徴までは話していない。初顔合わせで特定するのは無理だろう。
 ――流からの話だけでは、だ。

「煉からよく聞いているみたいだからな」

 色々と、それはもう色々と聞いているらしいと伝えた。だから音祢子へはあんなに軽い挨拶だったのだろうか。
 隣からは地獄の淵から響くような呼び声がするが、姉弟の事情には口を挟まない事にした。けれど骨くらいは拾ってあげようと思う。
 お茶を淹れるという名目で場から離れる。人数的に一度では全員分淹れられない。まずは自分と音祢子、柴乃に瑞の分でいいだろう。
 ガンガンに沸かしたお湯を使い、紅茶を淹れた。茶請けがチョコ菓子なのであわせたのだ。五月雨家に常備されている茶葉は、瑞が好きだという理由でダージリンである。
 盆に載せて持っていくと、居間に居たのは相変わらず音祢子一人。

「あいつらなにやってるんだろうな」
「あたしに訊かないでよ。あ、紅茶ありがと」
「ん」

 暫くして、興奮した瑞が居間へとやってきた。

「柴乃さんの飼い犬のへいくろーってかわいいね!」

 褒められて嬉しいのか、柴乃の笑みが二割り増しになっていた。
 そのへいくろーはと言えば、玄関の前で待ってもらっているらしい。

「でもわたしにはミィちゃんが一番だからね!!」

 すりすりと頬を擦り付ける瑞。
 ミィはなすがままにされていたが、流視点では迷惑そうに見える。その辺にしておけと、ミィを奪い取った。

「兄こらなにするんよ!」
「暴走しそうだからここまで」

 歯噛みしているが、返しはしない。そもそも今日の目的はミィの撮影だ。瑞が独占していていいはずがない。
 流がミィを抱いて元の位置に戻ると、居たのは目の色を変えた音祢子と柴乃。
 羨ましそうに流の腕の中を見ている両者だが、近いからという理由で先に音祢子へと訊いて見る。

「抱いてみるか?」
「あ、あたしは別に……そんな」

 凝視していた事に気が付いたのか。
 頬を赤くして視線を逸らすが、チラチラとミィを気にしているのがわかる。
 が、いいというならいいのだろう。

「なら戌井、抱いてみるか?」
「抱きます抱きます!」

 言葉を待っていたかのように手を伸ばしてくる柴乃。
 あ……、と悲哀の篭った声が聞こえたが、流は取り合わない。
 意地を張ったほうが悪いのだ。抱っこがしたいのなら、そう言えばいい。

「かわいいし毛並みいいし、それに全然あばれませんね? 人見知りってほんとですか?」
「ほんとだよ。知らない人間だから下手に動かないだけだ」
「あら……それじゃこの状態もストレス溜まっちゃってるかも」
「それは大丈夫だと思う。本当にいやならとっとと暴れて逃げ出すから」

 戌井の腕の中は居心地がいいのかもな、とおちゃらけて言ってみる。柴乃もそれは嬉しいですねー、と二人で笑いあった。
 一方。
 蚊帳の外におかれている音祢子はといえば。

「あう……」

 何度か会話に入ろうとしたものの、間が悪いのか加われていなかった。
 流石に実際には指を咥えていないが、するかもしれないと思わせる雰囲気を醸し出していた。
 やがて音祢子は俯き、葛藤するように視線を彷徨わせる。
 そしてついに、目を瞑り意を決して話しかける。

「ね、ねぇ」
「ん?」
「はい?」
「わ、わたしにも……その」

 もごもごと口の中で言葉を転がしていたが、

「……だ、だっこ、させて」

 顔を真っ赤に染めて、音祢子が望みを口にした。
 流が苦笑し、戌井、と呼びかける。
 はいどうぞー、と柴乃が気前よくミィを手渡した。

「わぁ……!」

 待ちわびた瞬間に、音祢子が愛らしい笑顔を浮かべる。
 ……心から嬉しそうにして、まぁ。
 非常に微笑ましい光景だった。

「ほんとかわいいわ、この子」
「まぁな。ブラッシングとか暇があればしてるし」
「流先輩もですか? 私もへいくろーの毛づくろいよくやってあげるんですよー」

 ……ふぅん。なんか相性よさそう。
 傍から一部始終を見ていた瑞は興味が湧き、

「ねぇねぇ柴乃さん」

 一石を投じてみることにした。

「兄とお付き合いをする予定はあったりしますか?」
「なっ!?」

 絶句の声は、隣の音祢子から漏れた。
 それはそうだろう。初対面でそんなことを言うような輩は、常識を疑われて然るべきだ。

「そうですねー……」

 唇に指を当て、上目で考え込み。

「流先輩が大事にしてくれるっていうなら、構わないですよ?」

 にこやかに言い切った。
 その仕草と口調に、瑞が恐れおののくように後ずさる。

「男心をくすぐる魔性の女……! 妹は兄が手玉に取られないか心配だよぅ」
「なに心配しとるんだお前は」

 ありえないことで心配をする妹に、鉄拳を下す。悶絶する様を冷ややかに見、注意した。

「失礼な事を唐突に言い出すんじゃない馬鹿」
「だってお似合いに見えたんだもん」

 不服なのがありありとわかる。反省はしていない様子だ。
 さてこれはもう一発か、と拳に息を吹きかける。しかしその拳が振り上げられる前に、まぁまぁと柴乃が取り成した。
 仕方なく収めると、柴乃の影で瑞がべぇと舌を出す。
 ピキリと、流は自分の中の何かに、皹が入ったのがわかった。
 ……後で泣かす。
 流が怒りを溜めていると、横で音祢子が呟いた。

「うろたえちゃってばっかみたい」
「うろたえてなんかいないだろ」

 流の主張は受け入れられず。
 どうだか、と吐き捨てる音祢子は、どこかいじけているように映った。

「……なに、この雰囲気」

 やっと降りてきた莉理たちが、足を踏み入れるのを躊躇している。
 流はなんでもないと空気を払拭し、莉理たちの分の紅茶を淹れにいく。
 柴乃はお手伝いしますと付いていき、音祢子は腕の中のミィを見つめるだけだった。




作者「移転しました。話数整理はとりあえずこのままで」
友人N「お疲れー」
作者「そして、重大発表」
友人N「なんかあったか?」
作者「実はこの友人N……作者のエア友達だったのです!」
友人N「……なにそれ?」
作者「エア友達。エアギターなどと一緒で、友達がそこに居るものとして振舞う行為。故にこの後書きは全て作者の脳内妄想ということになる。ざ・ひとりしばい」
友人N「で、何読んだんだ?」
作者「僕は友達が少ない」
友人N「後で貸して。ネタわからないと反応しようがない」
作者「うぃ」



[21331] 十三話
Name: チョビ◆324c5c3d ID:0fff85c3
Date: 2010/09/18 20:27
 流が居なくなった事で場全体の息苦しさは減ったが、特定の個人が発する重圧はなくなっていない。
 なにがあったのかさっぱりの莉理が、とりあえず音祢子に近づき話しかける。

「ええっと、ネコ?」
「……なに?」

 普段の三割り増しで低く昏い声。目からもハイライトが消えていた。

「いえなんでもないです」
「そう。あたし、ミィちゃん愛でるので忙しいから」

 そりゃまた失礼しましたー、とそそくさ撤収。一斗の元に戻ると、こわかったよー! と泣きついた。
 その光景に、音祢子がチッ、と舌打ちをした。音が聞こえてしまった莉理の身体が、びくりと震える。
 一斗が抱きしめて落ち着かせていると、陸は瑞が部屋から出て行こうとしているのを発見した。挙動不審な態度から、原因の一端を担っていると知る。
 陸はそっと莉理たちに耳打ちし、瑞の存在を教える。
 向こうも気がついたようで、一対の視線と三対の視線が交差した。
 何かを誤魔化すように、ぎこちない笑いを浮かべる。
 それを見て、莉理が直感で理解する。
 ……なるほど。あんな恐怖を味あわされた理由は、瑞ちゃんなんだ?
 おかしくておかしくて。くすくすと、莉理の口から痙攣するように笑いが漏れる。不気味な反応に、瑞の動きが止まった。

「……なにやってるんだ? お前ら」
「あ、兄さん」
「五月雨、丁度良かった」

 ちょっと借りるねー、と莉理が瑞の右腕を捕獲。一斗も左腕を確保し、ずるずると、反対向きのまま引き摺り居間から離脱。
 板張りでギシギシとなる廊下を早足に歩き、か、かかとがー!? という声に耳を閉ざし、階段を上がっていく。
 陸が自分の部屋の扉を開けると、ひょいと瑞を放り出した。

「さーて瑞ちゃん?」
「はい!!」

 声に含まれるのものを感じ取り、逆らってはいけないと本能が告げる。
 即座呼ばれた瑞は、ピン! と背筋を伸ばし、カーペットの上に正座をする。

「なにやったのか、きりきり吐きなさい?」

 瑞は感じた。
 菩薩の笑みの裏に透けて見える、地獄の業火の熱さを。

「――以上です、はい……」

 一連の出来事を聴取し終えた莉理は、一言を溜息と共に吐き出した。

「もうちょい空気読みなさいね?」

 性格が似ていると自負する自分でさえ、そこまでストレートに訊ねはしない。するにしても、あからさまに冗談だとわかる物言いをする。
 瑞のなにが悪かったのかといえば、音祢子を完膚なきまでに無視したことの一点だろう。

「うぅ~……だって、気になったんだもん……」

 涙目涙声。瑞のそっぽを向く仕草に、莉理は機嫌がこじれた事を悟った。
 どうしたものかと頭を掻く。一斗に助けを求めるが、どうしようもないと肩を竦められた。
 五月雨家の兄弟仲がいいのは知っていた。兄と仲のいい女性がいれば、気になる気持ちもわかる。
 だからと言って、どれほどの直球ど真ん中を投げ込むのか。もう少し変化球を覚えないと、会話のキャッチボールのバリエーションは拡がらない。

「莉理さん、あんまり叱らないでやってください」

 陸……! と瑞が感「だって瑞ですから。仕方ないんです」
 陸―!? と瑞が絶望の声をあげた。
 容赦のない所業に、莉理の額からつぅ、と汗が滴り落ちる。
 やれやれと、立っているのが億劫になった。莉理が陸に断り、ベッドに腰掛ける。
 これ以上はここで話し合っても仕方がない。かといって、現在の居間に降りるのも気乗りしない。
 流が音祢子の機嫌を直してくれればいいが……高望みに過ぎる。まだ柴乃の方が可能性が高く思えた。
 せめてもの時間つぶしだ。どうせならここにいる全員の意見を聞いてみようと、莉理が水を向けた。

「このままいくとさ、流ってどっちに転ぶだろうね?」
「そりゃ柴乃さんでしょ」
「うん。話聞いた限り、柴乃さんって人だろうね」
「あー、やっぱりかぁ」
「まぁ、そうだろうな」

 双子が一瞬も悩まずに結論を下し、莉理たちが追随した。正に満場一致である。

「参考までに訊くが」

 その根拠は? わかっていながら、一斗が先を促す。

「兄ってさ、やられたらやり返すタイプでしょ?」
「良くも悪くも……ね」

 陸が苦笑する。それまで見てきた行いを思い返したのだろう。
 つまり。

「敵意には敵意を。好意には好意を返しますから、兄さんは」

 無論返し方に限度はある。しかし、好意的な相手には対応が柔らかくなり、接する機会が増えるのも確かだ。

「まぁ普通の人間よね。誰だって自分を嫌っている人と仲良くなんてなろうと思わないもの」

 思うのは変人の類だ、と瑞は断言。
 そう考えると、音祢子が今程に仲良くなったのは珍しいことなのだろう。
 流自身が、始めは近寄らない、とまで考えていた相手なのに……だ。
 実行委員を手助けしたらどうか等。莉理たちの横やりがあったとはいえ、音祢子の態度が軟化したのが一番の要員なのは間違いない。
 ……そして肝心なのが、現時点で音祢子と柴乃がどれだけ流に気持ちを向けているか、だ。
 音祢子は感情の伝え方が拙い――いや、幼いと言ったほうがいいことがある。故に、流にしかとらない天邪鬼な行動は、子供のように気を惹きたいからではないかと思える。
 そして、幼いからこそ、自分の気持ちに気がつかない。先ほどの険悪な態度も、半分は何故怒っているのかわからない苛立ちから来ていたのではないかと邪推できた。
 柴乃も柴乃で、好意があるのは間違いないが……愛情というよりは友愛に近く映る。正直、判断に迷うのだ。
 あっさりと付き合ってもいいと言うこともそう。これが冗談めかして本心を伝えているというのなら、否定されれば少なからず悲哀、悲観が混じるもの。だが、その様子は認められない。
 ただ、懐き具合は凄まじいものがある。このまま一斗と居る自分のように、一緒にいるのが自然な関係を築く可能性も高い。
 莉理は己の出した見解に、おかしなところはないなと分析。無論色眼鏡がかかっているのはわかっているが、自分的にしっくりくるのだから仕方ない。

「このままいけば、ネコが自覚する前に勝負がつくかもねぇ」
「それならそれで問題はないだろう」
「まぁね」
「え、ないの?」

 びっくりした瑞が問う。

「むしろなんであるの?」

 莉理が、心底不思議そうに問い返す。

「なんでって言っても……音祢子さん、いいの?」
「恋愛は当人同士の問題でしょ? あんまり他人が口挟むと、馬が地獄に蹴り落とすって」

 ひらひらと、手首だけを左右に振った。
 恋愛関係でからかったことはある。多少近づきになる手助けもした。けれど、気持ちを固めさせるような事を言った覚えはない。
 そもそも、もう自分でどうにかできるくらいに仲は深まったのだ。これ以上口を出すのは野暮に尽きる。

「相談してきたら?」
「そりゃ乗るよ友達だもの。デートにいい場所ない? とかならいくらでも教えてあげる。けど告白するかどうかとかは突っぱねてやる」

 外野に言われる程度で変わるような気持ちなら、捨ててしまえというのが莉理の持論だ。
 我が事ながら、冷めているのか情熱的なのか。区別が難しいなぁと思う。

「はぁー……」

 珍しく脳をフル回転させたからか、頭が重い。
 今にも重力に負けそうな頭をどうするべきか。
 ……あ、名案。

「一斗ー」
「人の部屋でラブシーンとか、勘弁してくださいね?」

 陸が先手を打って釘を刺す。
 ひざまくらー、と続けようとした莉理が、けちと文句をたれた。



 二階に四人が消えてから、十分以上経っただろうか。
 その間、ミィは音祢子が占領している。触れるなとばかりに、重苦しい空気を発したままで。
 どうも機嫌を損ねたようだが、当たられている側は迷惑もいいところだ。
 いつもゆるゆるとしている柴乃の笑顔も、どこか硬い。どうすればいいのかと、助けを乞うように何度も流に視線を送ってきていた。
 流は仕方なく何度か話しかけたが、単語しか返ってこない。今は会話をする気も失せ、黙って茶を啜っていた。
 そうなると柴乃も、二人を窺いながらお菓子を齧るしか、することがなくなってしまう。
 コチ、コチ、コチ。
 誰も声を発しないまま、時間だけが過ぎていく。

「あ……」

 沈黙を破ったのは、音祢子の呟きだった。
 撫でている音祢子の手が気持ちいいのか、ミィがごろごろと喉を鳴らす。もっと撫でろとばかりに手に頭を押し付けた。
 そのまま音祢子とミィは見詰め合う。音祢子がミィに吸い込まれるように顔を近づけていくと、ミィも体勢を変えて身体を伸ばし……ついに鼻の頭同士が接触した。
 思わず両者、ぱちくりと瞼を動かした。

「あ、ちょっと」

 音祢子の手から動いたミィが、ぐぐーっと前足を、次いで後ろ足を伸ばして背筋をほぐす。
 そのまま振り返ることなく、居間から出て行ってしまった。

「いっちゃった……」

 音祢子は手を伸ばす事もなく、呆っとミィを見送った。
 その瞳に哀愁が漂っているように見え、思わず柴乃が話しかけた。

「猫は気紛れですからー。嫌われてはないですよ」
「…………そっか」

 口の先だけで笑い、ありがと、と音祢子が頷く。
 柴乃がほっと胸を上下させた。少しとはいえ、ちゃんと反応を返してもらえたからだ。
 ミィとの触れ合いで、少しは落ち着いたのかと、流が会話を再開する。

「そういえば、ミィの写真を撮りに来たんだろう?」
「あ、はい。そうですけど」
「出て行ってしまったが……捕まえるか?」

 どうするのかと、流が柴乃に意見を求める。
 柴乃は眉を寄せ、少し悩んだ後、

「捕まえなくていいですよ。ミィちゃんが普段どんなところがお気に入りなのか知りたいですしー」

 暗に、自分で捜しにいくと言っている。
 客人一人で家の中を出歩かせるわけにはいかない。当然流も付き合うことになる。
 となれば、

「笹鳴はどうするんだ?」

 視線が残る一人に向けられた。
 音祢子はふいと顔を背け、

「……ここで待ってるわ。二人で行ってきたら?」
「え、いいじゃないですか。行きましょうよー」
「あいつはお気に入りの場所だと、よく腹をだして寝ているぞ」

 音祢子の身体が傾いた。心が揺れたらしい。
 しかし、

「い、いいからほっといてよ!」

 誘惑を断ち切り、半ば叫ぶように拒絶した。

「……そうか。わかった」

 流が、柴乃に行こうと促した。

「いいんですかねー……」
「あいつがほっとけといったからほっとく。何の問題があるんだ?」
「それは、そうですけど」
「口にしないと気持ちってのは伝わらないんだ。つまり、今のあいつの気持ちは独りになりたいってことだろ」

 流の言葉に、音祢子の顔が歪む。
 柴乃の視線が、迷うように流と音祢子の間を往復した。しかし、動かすのは難しいと判断。心配そうな顔のまま、はいと頷いた。

「あ、あたしだって……」

 震える声が、居間に響いた。

「あたしだって見たいわよ。ミィちゃんかわいいし、ふかふかだし、おなか特に毛深いし。でも……見たいけど、動けないの」
「……動けないって」
「具合でも悪いんですか?」
「ち、違うけど……大丈夫、いいからほっといて!!」

 居心地悪そうに、上体だけを揺らす。
 ……なんなのか要領を得ない。
 改めて正音祢子を見やる。何かを我慢しているようにも見える表情を浮かべ、正座をし――正座?

「あー、正座か」
「え? ……あ、正座ですか」

 得心がいったと、流と柴乃が同じ表情をした。
 一方、音祢子が状況を悟られたことを知り、肌の温度が上昇を始める。
 十分以上、猫を乗せて正座していたのだ。慣れていない人間なら、痺れて当然。

「なんでそんなことで意地張ってるんだか……馬鹿じゃないのか?」
「だ、だって、情けないし、みっともないし……」

 あー、はいはいと、腰を下ろす。

「痺れぬけるまで待ってるから。ほら、足伸ばせ」

 上目遣いでこちらを窺い、

「……うん」

 恥ずかしそうに音祢子が頷いた。



友人N「あれ、修羅場は?」
作者「流からの好感度が足りない」
友人N「そっち?!」



[21331] 十四話
Name: チョビ◆176d9afe ID:0fff85c3
Date: 2010/09/23 01:13
 いよいよ明日が、文化祭当日となる。
 柴乃がミィの写真を撮りに。
 音祢子たちが遊びに。
 五月雨家が賑わったのが、昨日のように思い出せる。
 ――あの後。
 機嫌と痺れのなおった音祢子も一緒に、縁側に備え付けられているミィ用の毛布を見に行った。
 そこに居たのは、でろんと四肢を投げ出した、だらしない姿で日向ぼっこをするミィ。
 柴乃は即座に感激。次いで興奮し、持参したデジカメで撮影を開始した。
 流と音祢子も協力し、箱入りミィに袋入りミィ。果てにはミィ鍋までも画像に収めていった。
 無論、全てミィが起きてから、自主的に入り込んだのを撮ったのである。運んだのを撮るなど邪道だというのが、三人で共有する意見だった。
 下での動きを察知したのか、二階へとあがった連中も降りてきた。
 仲良くミィの写真を撮る柴乃と音祢子を見、莉理と瑞が、もやっというか不完全燃焼というか……なんだか釈然としない顔をしていたのはなんだったのだろうか。
 帰り際、ミィが懐いたのか、音祢子へとよくよく身体を擦り付けていた。
 音祢子のほうはこそばゆそうにはにかんでいたが、瑞がやきもちを焼いたのか、

「この泥棒ネコ!!」

 と失礼極まる発言をしたので、兄弟で協力し沈めておいた。
 莉理と一斗は見慣れているので平然としていたが、音祢子と柴乃は呆気に取られていた。
 何時もの事だと言ったらぎこちないながらも笑顔を返したので、納得してくれたのだろう。
 と、

「なにぼうっとしてるのよ」
「時の流れは早いなと思ってたところだ」
「……なにそれ? そんなことより、仕事終わったの」
「終わったよ。ゴミ袋を広げてくれ」

 流の言うとおり、脇に置いておいたゴミ袋の入り口を、音祢子が一杯に広げた。流は排水溝から集めた落ち葉などのゴミを捨てていく。

「これで終わり?」
「これはな」

 ゴム手袋を外し、音祢子からゴミ袋を受け取った。焼却炉に持っていけば、この仕事は終了となる。
 その歩み途中。盗み見るまでもなく、他の生徒たちの作業も目に飛び込んできた。
 どこもかしこも突貫作業といった様相を示しているが、伝統というものなのだから諦めるしかない。これも貴重な思い出の一つになることだろう。
 ついさっきまでの作業は、排水溝にゴミ詰り対策のネットを被せるために綺麗にしていた所だ。
 次はゴミ箱の配置を確認。経験者だからという事で、その後はクラスの屋台用テントの組み立て指示も頼まれてしまった。
 文化祭が終われば即座に期末テストなのだが、誰一人としてそのことには触れようとしない。
 ……現実逃避か文化祭に集中しているのか。
 判断が難しいなと流は思いながら、可燃物のコンテナにゴミを放り込んだ。

「さて、あとはゴミ箱の位置を確認かぁ」
「あんた、もうクラスのほうに行きなさいよ」
「……いいのか?」
「それくらいさせてよ。なんだかんだで実行委員の仕事、頼りっぱなしにしちゃってるもの」

 申し訳なさと口惜しさが同居した表情を、音祢子が浮かべた。

「あんたを巻き込んだのはあたしだもの。……なのに、あたしはあんたに世話になりっぱなしだし……」
「なに当たり前のことを気にしてるんだ。俺のほうが一年長くやってるんだぞ?」

 おまけに音祢子は転校生ときていた。これで対等の働きしかできないほうが問題だと思う。

「まぁ、殊勝な心がけだとは思うけどな」
「褒めてるの?」
「皮肉を言ってるつもりはないが?」
「……最近わかってきたんだけど、あんたって上から目線で語ること多いわよね?」

 覗く犬歯が光った気がした。本当に噛み付いてきそうで、少し怖い。
 きっと本質的に負けず嫌いなのだろう。そして、自分の力不足を悔いる事ができるなら十分だ。そういう人間は失敗を悪として、同じ過ちをしないように努力をする。
 実際、音祢子は教えれば覚えるに努めてくれていた。
 そういう在り方を、流は好ましく思う。

「応援してるんだよ。頑張ってくれってさ」

 自分の負担が減るからだ。
 下心を感じさせないよう爽やかな笑顔と共に、エールを送る。

「う、うん……わかった」

 目を大きくして頷いた音祢子が、はっとしたように顔を逸らす。

「ら、来年はあんたの手助けなんていらないくらい、完璧に仕事して見せるわよ!」

 最後に胸を張ると同時、挑むような強気の笑顔を流へと向ける。
 ……来年もやるのか。
 よくこんな苦しい仕事を受験の年にやろうと思えるものだ。まぁ、してくれるというのだから、止める理由もない。
 もう一度頑張れと言い残し、流はその場を後にした。



 クラスの屋台位置に流が着いたとき、既に日が暮れようとしていた。
 沈む夕日が雲まで赤く染め、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。更に奥は、既に闇色で染めあがっていた。ここも暗くなるまで、もう三十分もないだろう。
 下校時間は都合してくれているとはいえ、ライトなんて気が利いたものはない。
 急いで骨組みを終え、屋根にシートを被せようとしている最中。そんなとりとめのないことを考えていると、後ろから声をかけられる。

「あ、五月雨君」
「うん? 誰?」

 呼びかけに応じると、そこにいたのは藤沢だった。
 料理班のリーダーを任せた藤沢は、流のシフトを教えてくる。実行委員の仕事と被らないように考慮してくれたらしい。

「まず一日目の仕込みでキャベツを刻んでもらうでしょ?」
「うん」
「次に二日目の朝にキャベツを刻んでもらって」
「了解」
「最後に二日目の一時からキャベツを刻んでもらうわ」
「刻んで教える必要がどこにある」
「……刻み仕事なだけに?」

 無言でテントに不備がないかの確認に回る。ボケ殺し!? なんて声はシャットアウトした。



 文化祭本番。仕込みがあるが、今日は弁当を作る必要がない。普段と同じ時刻に目覚ましをセットしていたのだが、その必要はなかった。
 ミィが駆けずり回ってくれたからである。
 階段を上り下り。床を疾走する音が安眠を妨害し、流は目を覚ました。
 寝ぼけ眼で時計盤を確認完了。
 現在時刻、五時三十九分。
 ……予定よりも三十分以上早い。
 涼しくなった頃からミィの活動は活発になったが、朝からこれほど騒がしかったことは稀だ。
 なにがあったのかと考えながら、部屋の扉を開ける。
 瞬間、鼻腔を異臭が満たした。
 ……これは。
 ピンときた流は、ミィのケージ内を覗く。拵えている砂トイレに、茶色い物体が鎮座している。
 ……一瞬でも、文化祭の浮かれ気分が伝達したのかも、なんて考えたのが恥ずかしい。
 流の朝一の仕事は、顔を洗うことからミィの後処理へと変更された。



 まるで文化祭を祝福するかのような快晴。確か今日の降水確率は十%と天気予報で言ったのを思い出しながら、流は気持ちいい陽光を一身に浴びて立つ。
 実行委員の仕事というのは裏方だ。それは当日になっても変わらない。
 キャベツ一玉を刻み終えた流は、音祢子と共にゴミ箱の前に立って案内係。分別を徹底しろというのが、学園側からの厳命だった。

「改めてみると、ここって学生多いわよね」
「そりゃ二千人超えてるからな」

 一学年八百人からなるマンモス校。だからこそ、学食や購買が戦場となるのだ。
 そうなれば当然、クラス数も部活数も多くなる。二千人を受け入れるに相応しい敷地を持つこの学校の、そこかしこに出し物があるのだ。それはゴミも増えるに決まっている。
 こまめこまめにシフトが決められているので、ゴミ箱の前に突っ立っている時間は、そう長くない。

「そろそろ交代の時間だな」
「あたしはクラスの屋台で、売り子だわ」
「頑張れ」
「あんたも頑張んなさいよ」
「俺は朝に頑張ったよ」

 キャベツを刻む真似をする。何故か音祢子がぐぬぬと唸り、悔しそうな表情を浮かべた。意味がわからない。
 自由時間ができたものの、特に回ろうと目をつけていたところはない。
 どうやって時間を潰したものかと、文化祭のチラシを睨む。
 と、一年三組の出展名に目が止まった。

『アニマル喫茶』

 柴乃曰く、色々な動物の写真が壁一面に張られている出し物。
 犬に猫に犬に犬に猫に犬といった、動物たち特に犬。
 ……提供したミィの写真がどんな風に使われているのか、飼い主として確かめねばなるまい。
 流は進路を固定。目標の教室へと歩き出した。

「いらっしゃいませー。あ、流先輩! 来てくれたんですねー」
 
 笑顔で出迎えてくれた柴乃の恰好は、よく漫画であるようなメイド服や奇を衒った服装ではなかった。
 見慣れた学校指定の女子制服の上から、エプロンをかける。
 ただ、それだけの恰好。
 ……だというのに、妙に新鮮に感じるのはなぜだろう。こうも目に眩しく映るのはどういうことなのか。
 ぶっちゃければ、似合っているから、という結論にしか辿り着かない。
 動きを止めてしまった流の顔を、柴乃が不思議そうに覗き込んでくる。
 その動作で我に返った流は、落ち着き払ったように見せるため、視線をゆっくりと教室全体へ移していく。
 辺り一面所狭しと犬猫ハムスターインコにウサギ。中にはカブトムシや熱帯魚たちまでいる。
 そして、ほぼ全ての席が埋まっていた。

「よくもまぁ、ここまで集めたもんだな」
「お褒めに預かり光栄ですー」

 芝居がかった口調と仕草で、柴乃が頭を下げた。誤魔化せたようだ。流は内心でほっと胸をなでおろす。
 その間も柴乃は、ミィちゃんはあそこ、へいくろーはここと、訊いてもいないのに場所を教えてくれている。
 動物たちの中で目に付くのは、やはり犬と猫だ。

「辻堂先輩からも貰ったんですよー」

 誰だと脳内検索をかけ、焼き芋のときの三年生だったと思い当たる。指差された方向には、確かにいつか見た白猫の姿が写っていた。
 とりあえず席に案内してもらう。
 柴乃のクラスメイトが近づいてきたのは、適当にお茶でも頼もうとか、流がメニューに目を通したときである。

「あ、柴乃」
「ちとせちゃん、なに?」
「もう休憩に入っていいわよ。待たせるのなんだし……あんた、司会もやるからそう時間ないでしょ?」

 ちらりと流に視線を送り、ごゆっくりーと含み笑いでその場から去っていった。

「誤解されたか?」
「されましたねー」

 柴乃はほんやりとした笑顔で、だからなにか?

「折角ですから、ご一緒しませんか?」

 首をかしげ、微笑のまま提案してくる
 流に断る理由はない。至極自然に受け入れた。
 どの子が可愛い、このポーズはどんなときにとったのか、などこの喫茶店特有の話題で盛り上がる。驚くべきは、柴乃が殆ど全ての動物の名前を覚えていたことだ。

「折角皆さんから頂いた写真なんですし、皆かわいい子なんだから、覚えないと損じゃないですか」

 とは本人の談。どこまで動物が好きなのか謎である。
 ……そうだ、謎といえば。

「そういえば、司会とか言っていたけど、なんの司会だ?」

 思いつく事といえば、この画像の説明係とかなのだが……司会という言い方をするのかという疑問が残る。

「あ、はい。恋人コンテストっていうのがあるんですけど、それの司会進行役になっちゃいました」

 ぶっ!!  

「わひゃ!」

 頓狂な悲鳴と共に、柴乃が椅子から飛びずさった。

「グ、ゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか?」

 が、直ぐに咳き込む流に近寄り、背を摩る。

「す、すまん」

 落ち着きを取り戻し、噴出してしまったお茶をポケットティッシュで拭き取りながら、流が訊ねる。

「恋人コンテストの司会だって?」
「はい。なんか私にぴったりだって頼まれちゃいました」

 えへへと照れたように笑っているが、どういう評価の末ぴったりということになったのだろうか……。
 観察してみるが、柴乃の笑顔からはどうとも読み取れない。

「そうか。ところで、大き目の画像の物もあるみたいだな」
「あ、あれはクラスの皆で、特にかわいいねって決まったものなんですよー。あの時撮ったミィちゃんの腹だし寝相は、特に大きくしちゃいました」

 自慢気に胸を張り、柴乃が乗ってきた。
 わからないことは気にしないほうがいい。
 流はコンテストの話題は遠ざける事にして、お茶の時間を再開させた。



 結局休憩時間は、全て柴乃と話しているうちに終わってしまった。
 今は本部に戻り、屋台から戻ってきた音祢子と合流。二人で留守番をしているところだった。
 実行委員の本部に詰めるといっても、そう仕事があるわけじゃない。迷子の受付に学園の案内。その程度だ。

「おつかれさまー。交代するよ」
「あ、はい、お願いします」

 音祢子と雑談しながら、ただただ座っているうちに、交代の時間がやってくる。
 これで初日に残っている流たちの仕事は、閉幕後のゴミの後処理だけだ。
 予想以上に余った時間を、どうやって過ごそうかと悩んでいると、音祢子が腕を引っ張ってきた。

「なんだよ?」

 あの、その、と口の中でもごもごと言葉を転がしていたが、声として発せられない。
 もう一度、なんだと促す。音祢子は頬を椛色に変化させ、視線を合わせないまま、

「あたし、この学校の文化祭って勝手わからないし……。こ、これから一緒に……回らない?」
「勝手っても、文化祭なんてどこも変わらないだろ」
「……いやなら、ちゃんと断りなさいよ」
「断る理由もないだろ。別にいいぞ」

 早とちりして勝手に拗ねる音祢子を、面倒くさい奴だと思いながら了承する。
 途端。曇った顔が晴れたので、現金な奴だという事も追加しておいた。
 校舎の外にずらりと並ぶ、屋台の群れ。
 フライドポテト。
 フランクフルト。
 杏飴。
 とりあえず腹ごしらえということで、出店の食べ物へ手当たり次第に突撃。

「特に美味しくないわね」
「けど、不味くもないだろ?」

 音祢子が肩を竦めた。同意なのだろう。
 祭りの食事というのは得てしてそういうものだ。お祭り気分を味わうのが醍醐味なのだから、それでいい。
 次いで、たこ焼きドッグ。
 定番から外れた創作料理だったが……。

「意外と食べれるわね」
「ああ、意外だな……」

 ソースの味が濃いから、パンと食べても確りと味がある。上にふりかけられた鰹節も、味のアクセントに一役買っていた。
 意外だ、本当に意外だと話していたら、店員に聞かれて激怒された。ちゃんと試食を重ね、食べられるものを商品にした、とのこと。
 どうも積み重ねた努力を否定された気になってしまったようだ。流が謝りつつ、どんな没メニューがあったのが訊いてみた。

「合わせちゃいけないものがあることくらい、わかるだろ!!」

 その一言が感想の集約である。
 そろそろお腹は一杯。どこか腰を降ろせる場所を探そうかという話になったとき、音祢子が思い出したように名前を口に出した。

「そろそろ、莉理たちがコンテストに出る時間ね」
「コン? ……ああ、あの恋人コンテストとかいうやつな」

 推選しておいて忘れていた。……いや、柴乃のこともあって忘れたかったのかもしれない。
 流達が会場である吹き抜けのホールに入ると、丁度始まるところだった。横の階段にまでずらりと人が並び、相当の人数が集まっている。
 時間は丁度開始時間。

「レディースアーンドジェーントルメーン!! 」

 タキシードを着た柴乃が壇上に上がり、口上を述べる。
 すると途端、わぁぁぁぁ!!! と歓声があがった。

「御集まりの皆様こんにちは。本日司会を務めさせていただきます、戌井柴乃と申します」
「戌井さん? って、うっるさ……」

 テンションあがっているなぁと、流は音祢子と共に耳を抑える。

「独り身を嘲るような、神経を逆なでしてくれるこのイベント。企画パートの人が立案者らしいですよー? なに考えてんでしょうねー。独り身の妬み僻みをナメちゃーいけねーぜー?」

 どっと観客が沸く。反応に満足した柴乃は、すかさず懐から折りたたまれたメモ用紙を取り出した。

「えー、こちらのメモは、企画を立てた人から預かったものです」

 読みますねーとメモ帳を広げ、

「文化祭で熱々の恋人同士を見てもらい、恋の素晴らしさを知ってもらいたいんだ……とのこと。あなたは小さな親切余計なお世話って言葉を知ってください」

 冷淡に言い切った。

「なんで戌井さんが司会なんか?」
「どんなツテでかは知らないが、頼まれたそうだ」

 物怖じしない性格を見込まれたらしい。

「頼まれたって……」
「台本貰ってて、演技するだけ、とか言ってたな」

 柴乃がぐっしゃりと紙を握りつぶし、ばらばらに引き裂いて紙吹雪。
 つまりは、無表情にやり遂げた今の動作も、演技だということだろう。正に真に迫る勢いである。

「なんともリア充な考え有難う御座います」

 手を上げて。

「はーい皆さんご一緒にー。リア充爆発しろー!!」
「「「リア充爆発しろー!!!!!!!」」」

 本当に爆発したような轟音が、ホールを満たした。反響で、ホールを構成する鉄骨がびりびりと揺れている。
 先導しておいて、柴乃がどーどーどー、と観客を治める。すぽっと耳栓を外し、またもや紙を取り出した。

「ではルール説明に移りたいと思います。えー、各組持ち時間は五分。この五分をどう使うかは自由です」

 このルール決まったの今日の朝ですけどねー。と涼やかに付け足す。
 つまり、参加する恋人たちは、何も聞かされずに本番に挑むという事。

「今日の朝決めたこのルール、大抵の人はなんにも準備していないと思うので、観客の質問に答えてもらおうと独断と偏見で決めました」

 異論? なんですかそれ? と柴乃がおどける。流と音祢子は、会場のボルテージが一段買いあがるのを肌で感じ取れた。

「……なんなの。この魔窟」

 音祢子の呟きが、最早公害の域に達している歓声に紛れて消えず、流の耳まで届く。
 どうしたらいいのかわからないと、顔で表現。
 音祢子がちらりと流を見、そうよねと嘆息した。

「わかりましたか皆さん。ええそうです、限度を超えない範囲で弄り倒せって意味ですよ?」

 セクハラ系は禁止ですからねー? くくくと黒い笑みを撒き散らし、

「早速嫉妬を一身に浴びる生贄たちに登場してもらいましょう。はいでは登録番号一番のカップルカモーン!」

 びくびくおどおど。
 袖に当たる部分から、男女にペアが現れた。
 ギロリと、観客中から鋭い視線を浴びた彼女の方が、ひぃ!? と怯えて彼氏にしがみ付く。
 彼氏の方が大丈夫だからと彼女を宥めているが、それが更なる顰蹙をかっている事にまでは気がつかない。

「あれ? 緊張しているんですか? 大丈夫大丈夫。誰もあなたたちを取って食ったりはしませんから」

 さぁどうぞ、と柴乃がステージ中央に誘導する。
 にこやかに話しかけ、

「ちょっとストレス発散に弄らせてもらうだけです。恨むんならこんなイベントに出る事になった間抜けな自分を恨んでくださいねー? あーっはっはー!!」

 にこやかに言い切る。

「……ほんとに演技?」

 流は何も答えない。

「ではまずは、名前を窺ってみましょうか」

 柴乃が、どうぞとマイクを近づける。

「さ、相模です」
「お、おお、大野って、いいます……」
「相模大野さんですねー。どこの駅の名前ですかあなたたち」

 一年生同士だった。
 勢いに飲まれてしまった彼女は終始怯えていたが、彼氏が男を見せて矢面に立ち、制限時間の五分を乗り切る。

「はい有難う御座いましたー。御二方の仲が深まったようで何よりですねー」

 彼氏が彼女を支えながら、壇上から去っていく。
 入れ替わりにステージに昇った柴乃が、おざなりに言った。

「きっと来年以降も熱々な姿を見せてくれることでしょう。末永くお幸せになってくれるといいですねー」

 全く言動と一致しない、苦りきった顔。

「はいではとっとと次に行きましょう。……って、あら。次の人たち私の知り合いですねー。どんな阿鼻叫喚を引き起こしてくれるか、とっても楽しみです」

 ではいきましょう。

「エントリーナンバー2! 何故か一組だけコンビ名で応募してきた、かしきりーさんです。どうぞー!!」

 ばっ! と腕を大きく振るい、観客の意識を登場口に集中させる。
 舞台袖から、莉理は厳かに姿を現した。ステージの真ん中に立ち、備え付けられたマイクを手に取って名乗りを上げる。

「我輩は莉理である。名前はまだ柳井」

 誰でも知っている、有名な小説の文句。
 しかし、自己紹介でするに相応しい名乗りとも思えない。観覧者一同、揃って疑問を抱いた。

『まだ、とはなんだ。まだとは』

 自分に向けられた懐疑の視線を察したらしい。
 莉理が幸せそのものといった笑顔で、

「二年以内には変わってると思うから、とりあえず皆は莉理って名前だけ覚えておいてね?」

 ぱちりとウインク。
 その後、あっ、と気がつき付け足した。

「もしくはもう樫樹莉理って覚えてくれといても可。やんもう奥さんだなんて気が早いんだからぁ」
「「いや呼んでない」」

 会場内で、幾人かの声がハモった。
 しかし、くねる莉理には通じない。
 赤に染まった頬に手を当てたまま、独りで話を進めて、独りで盛り上がっている。

「落ち着け」

 スパンと、とてもとても乾いた音がした。
 何時の間にか背後に現れた一斗が、右手に持ったハリセンを振るって突っ込んだのだ。
 思わず脳みそ詰まっているのかと心配になるほどいい音を響かせた頭を、莉理が抑えながら蹲る。

「なにすんのよ一斗!」
「周りを引かせてどうする」
「こんなのちょっとしたアピールじゃない」

 ちょっと!?
 誰もが莉理の感性を疑った瞬間だった。
 しかし、更に驚くべき発言が繰り出される。

「普通に恋人と名乗ればいいだろう。お前の名前が変わるのは確定だが、今は柳井なのだから。まだ普通に名乗っておけ」

 この時点で、この場の全ての者は薄々感じ取っていた。
 ――この二人は、手に負えない存在なのだと。
 序章は幕を開けた。
 残り、四分。
 正しく独壇場が繰り広げられていく。



 ぺこりと莉理たちが頭を下げる。ぱちぱちぱちと、そこかしこかから拍手が巻き起こった。

「はい素晴らしい夫婦漫才でしたね。もう二度と私らの前に現れてくれるなこの幸福の絶頂ども」

 柴乃はポケットから取り出した袋から、白い粉――塩を取り出した。

「かえれこのばかっぷるー」

 でていけー、と莉理と一斗に撒き、壇上から追い出す。
 あははーと楽しそうに笑いながら、莉理たちが退場した。

「いやー、予定が狂ってしまいましたね皆さん」

 弄るはずの観客側が、大なり小なりぐったりとしていた。莉理たちの夫婦漫才は、精神的なダメージを引き起こしたらしい。

「大丈夫ですか? 正気ですか? ラブいオーラに当てられて隣の人に求婚したりしてませんよね? 私はちょっとそれもいいかなー? とか思っちゃいましたよー」

 瞬間、流は柴乃と目があった――気がした。
 すぐに逸らされたため、思い違いだったのかと疑っていると、

「うぁ……」

 詰まったように高い声を出し、音祢子が背を向ける。

「笹鳴?」
「ちょ、ちょっと黙ってて! 考え事してるんだから!!」

 なんでそんな明確にステージにあいつとあがってるイメージができちゃうのよーー!? とか聞こえたが、言われた通りに黙っておく。
 一分ほどし、髪をかきあげながら音祢子が顔を見せる。

「ふぅ……もうなんでもないわ」

 耳が赤いのは、突っ込まない方がいいのだろう。
 今更取り繕われてもなー、と流は目を細めるが、なんでもないと言う音祢子の主張を尊重した。
 その後も、カップルたちの悲劇は続く。
 どの恋人たちも、なんともまぁ仲睦まじく弄られていた。それだけが唯一の救いだろうか?

「今更だけど、なんであたしたちまだここにいるのかしら?」
「戌井に呑まれたのかもな」

 ここまできたら、優勝がどのカップルか気になる、というのもあった。
 会場は大盛り上がりを見せている。柴乃を司会者に抜擢したのは、先見があった、といえるだろう。

「はい、今ので今大会に参加していただいた恋人方が出尽くしました!」

 だがそれも、終わりの時間が近づいてくる。

「ではとっとと一位を決めちゃいましょう!」

 投票は数えるのに時間が掛かる。かといって、審査員なんて者はいやしない。
 では、どうするのか。

「皆さんの声援で一位が決まります。もうこいつらにゃーやっかみの声をあげるのも勘弁だぜー、という具合に参らせられたカップルさんの番号を、皆さんで叫んでくださいねー?」

 複数聞こえた場合は柴乃が二つに絞って決選投票をするらしい。
 ――その心配は、杞憂だったのだが。
 はいせーのーと柴乃が合図を振る。
 直後に満場一致で、

「「「「二!!!!」」」

 異口同音が、会場を満たしていた。




作者「もう残り頁ないし、次かその次で終わりかなー」
友人N「え、終わるの?」
作者「だって120頁までもう10頁程度だし」
友人N「あんまりページに拘らない方がいいんじゃないか?」
作者「それでも、応募の練習のつもりで書き始めた奴だから。一端の区切りで、一部完! みたいな。その後続けても全く問題ないんだけど」
友人N「別の話を書きたいと?」
作者「別にそうでもない。書くなら軽度のヤンデレとかやってみたいけど。あと、りりなのととらハ3のクロス二次がチラ裏で止まってるのし……こっちはどうしようかなぁ」
友人N「別スレでやるのか?」
作者「このスレ利用でなんか問題あるの?」


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