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【肥田美佐子のNYリポート】米国を襲う国際競争力低下という経済危機の「後遺症」

【日本版コラム】

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 景気後退入り翌月の2008年1月、ニューヨーク発のルポを書くべく米エコノミストなどを取材したときのことだ。当時は、「1世紀に一度の信用収縮の津波」(グリーンスパン米連邦準備理事会前議長)という言葉さえ生まれておらず、危機の大きさを過小評価している専門家が多かった。そのなかでたった一人、60代の米労組系ベテランエコノミストが、こう「不吉な予言」をした。

 「住宅バブルの崩壊という資産デフレによる不況は、通貨政策だけでは解決できないため、厄介だ。時代も国も違うから一概には言えないが、米国も『失われた10年』に陥る可能性がある」

 彼には先見の明があったかもしれない。本紙9月14日付「世界経済の3つのシナリオ」でも指摘されているように、米国主導による景気回復への期待は、個人消費低迷とともに急速にしぼみはじめている。多くのエコノミストが、二番底の可能性は20%強としながらも、住宅価格のいっそうの下落を予測。デフレ懸念も増している。10日には、ついにオバマ大統領も、「景気回復の進展は、苦痛なほど遅い」と認めるにいたった。ウォール街も、雇用回復とはほど遠い。米金融界にさらなるレイオフのあらしが吹き荒れると、本紙ブログ(10日付)も警鐘を鳴らしている。

 経済危機は、米国の国際競争力低下という爪あとも残した。主に欧米の企業トップや政治家、学者などが加盟する「世界経済フォーラム」(WEF)が9月9日に発表した「国際競争力リポート2010-2011年版」によると、米国は、昨年の2位から4位に転落したという。同リポートは、世界139カ国の競争力について、インフラやマクロ経済、労働市場効率、金融市場の成熟度、技術発展、イノベーション(技術革新)度といった12のポイントから分析している。日本は、イノベーション力など、製造業大国としての面目躍如で、8位から6位へと躍進した。

 米国が、昨年、スイスにトップの座を譲り渡し、今年もスイスやスウェーデン、シンガポールに先を越されたのは、なぜか。国民や企業の政府不信、巨額の財政赤字、公的機関や企業の弱体化、金融市場への懸念が増していること、長年にわたるマクロ経済の不均衡のせいだという。政府への信頼感についていえば、反オバマ政権の急先鋒である保守系草の根運動「ティー・パーティー(茶会党)」の台頭ぶりには脅威を感じるほどだ。11月の中間選挙を前に、9月14日、東部7州と首都ワシントンで予備選が行われたが、デラウェア州でもニューヨーク州でも、ティー・パーティーが支援するコメンテーターや富豪デベロッパーが、上院選や知事選の共和党候補として予想外の勝利を手にした。

 ウォール街や企業経営者からは、反オバマ改革コールも聞こえてくる。リベラル派は、雇用回復が進まないのは内需不振が原因だと反論するが、保守派は、医療保険制度改革や金融改革のコスト、税制などをめぐる先行き不透明感が、企業の雇用創出意欲に待ったをかけていると主張する。

 財政赤字については、今さら言うまでもない。8月の財政収支は905億ドル強と、約1036億ドルの赤字を計上した7月よりも減ったとはいえ、1年11カ月連続の赤字を記録した。州政府の財政赤字も深刻だ。ワシントンDC本拠のシンクタンク「予算・政策研究所(CBPP)」によれば、2011-2012会計年度には、州財政赤字が全体で2600億ドル以上に達するという。

イノベーション力強化が21世紀を乗り切るカギ

 一方、米国の強みと評価されているのが、企業のイノベーション力や大学教育の充実度、労働市場の柔軟性だ。経済協力開発機構(OECD)によれば、日本や米国のようなポスト工業経済国が、中国や韓国などと競い合い、21世紀をサバイバルするためのカギは「イノベーション」にあるという。米アップルが、iPhone(アイフォーン)やiPad(アイパッド)で世界を席けんしているのを見れば、うなずける。

 独創的なデザイン思考の大切さを説いた、ダニエル・ピンク氏の『ハイ・コンセプト』(05年)がベストセラーになって以来、米国では、経営に「右脳型思考」を取り入れる戦略が、一段と評価されるようになった。デザイン思考教育の先駆とされるスタンフォード大学Dスクールはもとより、ハーバード大学やジョージタウン大学(ワシントンDC)などのビジネススクールでも、「イノベーション」をキーワードとするコースが人気を集めている。ナイキや世界最大の複合企業、ゼネラル・エレクトリック(GE)、半導体最大手インテルといった先進的企業は、従来の「左脳型」MBAタイプにとどまらない、斬新な発想のリーダーを求め、こうしたコースに注目しているという。イノベーションが持続的な経済成長を生み出す要であることを認識してのことだろう。

 9月16日、オバマ大統領は、米国の国際競争力低下に危機感を感じたのか、早速、「イノベーション教育」の推進を発表した。科学(science)、テクノロジー(technology)、工学(engineering)、数学(math)の「STEM教育」に力を入れ、21世紀の経済をけん引できるような学生を育てるためだという。

 翻って日本。若い世代の学力や士気の低下が盛んに指摘されているが、持ち前のイノベーション力に磨きをかければ、来年は米国との攻守逆転も夢ではない、かもしれない。

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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト 

肥田美佐子氏 Ran Suzuki

東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などに エディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。労働問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。 2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『AERA』『週刊エコノミスト』、『サンデー毎日』『ニューズウィーク日本版』『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。http://www.misakohida.com

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日本版コラム〔9月22日更新〕