「条件が1つあるわ」

「・・・なんですか?」

訝しげに聞く。

「私も同行します」

 

 

 

 


 

シンジのススメ

第弐拾参話

 


 

 

 

 訓練終了後、スーパーで三人揃ってお買い物。

 

 

リツコは

「週明けの再起動実験の用意、まだかかるから」

と、今日は遅くなるそうだ。

日曜のツーリングの為に仕事を急ピッチで仕上げているようである。

 

 

「昨日言ってたラーメンの材料も買って帰ろうね」

こうなるとドマーニのパッセンジャーシートが空いたのは都合が良い。

結構な量になるのが予想されるからだ。

「今日は仕込みだけになっちゃうから・・・」

何にしようか、と二人に聞く。

「・・・なんでもかまわないわ」

「シンジは何が作れるの?わかんないんだから注文のしようがないわ」

たしかに。

「じゃあさ、あんた達はラーメンの材料買ってきなさいよ。アタシが今晩の食事作ってみるから」

 

 

 


 

 

赤木邸

「・・・これなに?」

「・・・Gulasch・・・」

え?と聞きなおす。

「あ〜、ドイツの家庭料理よ。ハンガリー風シチューとも言うけど」

「・・・グーラッシュ、ねぇ」

水分が飛び去ってもうかなりになるのだろう。

それは黒い塊となって煙を上げていた。

「・・・もうこのお鍋駄目だね・・・」

「・・・ごめん、シンジ」

 

 要するに。

作り方は知っているが実際作った事は無いのだ。

朝から晩まで訓練と勉強。

食事は決まった時間に計算された物。

自分で何か作って、といったことは出来なかったのだろう。

 

「綾波も今練習してるんだ。アスカもこれから始めれば良いよ」

と言いつつ、冷蔵庫の中身を確認し、取り合えずの夕飯を考える。

 

「と言っても何にも無いんだよねぇ・・・」

失敗が早い段階でわかっていればラーメンスープ用の材料をまわせたのだが。

卵に鮭の切り身に冷凍のミックスベジタブル、後は出汁用の乾物にラーメンのトッピング用にと買ったねぎともやし程度。

連日帰宅しないことが多かったリツコの習慣で、買い置きはしていないのである。

「厚焼き卵と焼き鮭、じゃなんだか・・・。焼き飯でいいか」

どちらにせよ芸が無いが、時間も無いのでしょうがない。

 

「お待たせ」

「待ってましたぁ!」

鮭入り焼き飯を山盛りのせた大皿をテーブルに置き、各自取り分けるようにした。

「あと、ラーメン用のだけどスープも作ってみたから」

 

先日のニンニクの残りをスライスし、軽く炒めて鶏がらスープ(ラーメン用)を入れ、在庫してあった乾燥わかめをいれ、塩コショウで味付けし、風味付けに胡麻油を一滴落とす。ラーメン用に買っていたねぎと、炒りごまを振って出来あがり。

 

「・・・いただきます」

「はい、召し上がれ」

「なにそれ。食事前の挨拶?」

「そうだよ。キリスト教圏じゃ、神様にお祈りするでしょ。

日本じゃ材料と、それを採った人や作ってくれた人に感謝して、いただきますって言うんだ」

「へー、居るかいないかワカンナイ神様に祈りを捧げるよりは理解出来る習慣ね」

「アスカはキリスト教じゃないの?」

「一応洗礼は受けたンだけどね。ネルフ入りしてからこっち、礼拝も何も行って無いもの。敬虔とは言えないわね」

じゃあ、と。

「いっただっきまーす」

 

 


 

 

 同時刻 ネルフ本部 技術部部長執務室

「ねえリツコォ。あたしもツーリングついてっていい?」

相変わらず入り浸っているミサトである。

「あなたバイク持って無いじゃない」

「だからさぁ、 「お断り!」 ・・・いいじゃない貸してくれたって

「あなたに貸して、まともに帰って来たためし、無いじゃない」

ミサトにまったく視線を向けず、キーボードを叩きつづけるリツコ。

「ケチ」

「・・・あなたね・・・」

タイプを一段落させて向き直り

わ、た、し、のお気に入りのNR750を黒焦げにして返してくれたのは誰だったかしら?」

「うっ!」

「1135Rも!トルネードも!全部ミサトが引っ繰り返って潰してくれたんじゃなかったかしら?」

総額一千万を軽く越える。

「ううっ!」

「それで私があなたに弁償しろと言った事あったかしら?」

「・・・ありましぇん・・・」

「じゃ、お留守番よろしくね」

と言いつつ、またキーボードに向かう。

日曜のスケジュールを空けるにはまだしばらくかかるのであった。

 

 


 

 

赤木邸

食後、皆が落ち着いたのを見計らって洗い物をし、ラーメンスープの寸胴の様子を見る。

「うん、いい感じ」

「・・・いつ?」

「ん?ああ、明日のお昼には美味しく食べられると思うよ」

そんなシンジを見つつ、

「はぁ、あんたマメねぇ。いい主夫になるわ♪」

ちぇ、なんだよそれ。と言いつつ悪い気はしない。

さて、麺をつくろっと、とテーブルに打ち粉をする。

食事前に練って寝かせておいたモノを麺棒で薄く伸ばし、また打ち粉をする。

一ミリくらいの薄さまで延ばしたら、更に打ち粉をして折りたたみ、包丁を取り出す。

すたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたん!

「す・・・ごいじゃない」

「碇君・・・包丁上手・・・」

見事に切りそろえられた麺に更に打ち粉をして一玉ごとに揉んでちじれを出す。

「刃物の扱いも修行したんだ」

刀を包丁に持ち替えても問題ないくらい熟達していると。

「これで一晩寝かせれば明日のお昼には美味しいラーメンが食べられるよ」

タレの仕込みも済んでいるようである。

「この毛布で包んでいるのがタレ?」

「そう、ホントは二〜三日カメに入れて寝かしておきたいんだけどね」

一晩だけでも十分美味しいしね、と。

カメの中には殻を剥いたゆで卵と焼き豚も入っていて、具にするための漬け込みも兼ねている。

「綾波用に味玉子作ってるからね、期待してて」

ぽっ、と頬を染めはにかみながら俯き、

「ありがとう・・・」

と呟くレイ。

そんなやり取りを見ながら、

(やばいわね、シンジったら天然のタラシだわ。本人に自覚が無い分他の女が迫ってきたときのことを考えると早めに手ぇ打っとく必要があるわね)

などと思いをめぐらすアスカであった。

 

 

 


 

 

 

赤木邸 浴室。

かぽーん

大きな湯船に並んで肩まで浸かり、表情を緩めている二人。

「ねぇレイ」

「・・・なに?」

「クェ?」

「あんたには聞いて無いわよ!」

 

体力が回復し、新たに赤木邸の住人となったペンペンも一緒に入浴中である。

 

「シンジのことなんだけど、さ」

「・・・碇君がどうかしたの?」

と、一転して表情が厳しくなる。

「あんた、シンジのこと好きだって言ってたわよね」

「ええ、私は碇君が好き」

断言

レイのような真っ白な心の持ち主とは、遠まわしな話がしにくいだろう。

しかし

「でね、アタシもシンジが、ほら、なんていうの?同僚で、クラスメートで、えっとそのねぇ」

「・・・ええ、知ってるわ」

 

もう以心伝心ですか。

「・・・同じだモノ」

そうですか。

 

「で、さ。相談なんだけど」

「なに・・・・?」

「クェ?」

 

少女達の陰謀は湯煙の中で・・・密かに進む。

 

 


 

 

ちゅるっ

・・・・

ずるるるるる

。。。。

ずずずずず

こと。

「「ごちそうさまでした」」

「はい、お粗末さまでした」

 

 レイはチャーシュー抜きで、代わりに味玉子をトッピングして、にんにくをたっぷり。

わざわざにんにく絞り器まで買ってきていた。

アスカはスタンダードにチャーシューとねぎ、茹でもやしにメンマ(市販品)である。

 

「はぁ〜、けっこーいけるじゃない。癖になりそうね♪」

「・・・美味しい。いつものラーメン屋さんも美味しいけど、碇君のラーメンも美味しい」

「じゃあさ、レイ。ひまがあったらラーメン屋さんめぐり、しましょうよ」

「ええ、問題ないわ」

「ふっふーん、きっちり調べ上げて全店制覇よぉ〜」

 

余談であるが、第三新東京市周辺のラーメン店に、白銀と紅のラーメン評論コンビが出没するようになったとか。

 

「ねぇ、今日はネルフに行く用事無いんだけどさ、リツコさんたちにこれ、持って行ってあげようかと思うんだけど」

「え〜、明日も食べればいいじゃない」

こくこく

「明日だと味が変わっちゃうんだ。今日中に食べちゃわないとね」

なら沢山作らなければ良いのに、というアスカに

「これくらい作らないとこの味は出ないんだよ」

と冷静に返す。

「ま、そういうことならしょうがないわね。さすがにそう何杯も食べれないし」

二人とも三杯食ったのだが。

 

「じゃ、行って来るね」

「あん、もう。待ちなさいよ、あたしたちも行くってば」

こくこく

「そう?じゃあ一緒に行こうか」

 

 


 

 

ネルフ本部 食堂

持ち込んだ食材を発令所の面々に振舞う。

「うめー」

「久し振りの本格ラーメンだよ。いけるなぁ」

国連直営の食堂にはろくな麺類が無いらしい。

「美味しいです、あ、先輩、チャーシュー残すんでしたら下さい」

「駄目よ、最後にとってあるんだから」

「シンちゃんお替りぃ〜」

好評のようである。

 

ずるずる

「美味いな、碇」

ずずずず

「ああ、問題ない」

こちらも好評のようで。

 

 

 

第弐拾参話    了

 

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