「アスカと私とは、きっと同じだと思うから・・・」

 

ぽたぽた、と。アスカの手に重ねられたレイの手に。

 

アスカの涙が。

 

 

熱い、思いのこもった。

 

 

涙が。

 

 

零れ落ちていった。

 

 

 


 

シンジのススメ

第弐拾弐話

 


 

 

 

静寂の中、すすり泣きが響く。

重ねた手の平の、暖かさが心地良い。

「・・・なぜ、泣いてるの?」

答えは無い。

ただ嗚咽が帰るだけ。

 

ベッドに顔を押し付け、泣き顔を隠すようにして。

でも手は離さずに。

 

 

 

弱い心を守ってきた、堅牢な堤防が。

レイの、本心の、素の心の一言が。

小さな、本当に小さな穴を穿った。

 

 

「・・・かないって」

アスカの、呟く声に。

「どうしたの?」

レイが答える。

「もう泣かないって、小さい頃に、決めたのに・・・。あんたのせいで、泣いちゃったじゃない」

ベッドから、それでもまだ顔を上げずに。

「泣かないで!一生懸命やってきたのに!なんであんたなんかに泣かされるのよ!」

すっ、と。

何の違和感も無く、レイのもう一方の手が、アスカの頭をなでる。

「う・・・」

涙が込み上げる。

心に歯止めが効かない。

「・・・あなたも辛かったのね」

そう言うレイに。

「あ、アタシの辛さなんてあんたに、わかる訳、無い、じゃない」

しゃくりあげながら言い募る。

「・・・わからないわ。・・・でも」

・・・

「・・・わかりたいの。気持ちを、知りたいの」

あなたの気持ちも、私自身の気持ちもわからないから。

この気持ちが何なのか。

「アスカ・・・」

同じだと。

そう思うのだと。

「レイ、あんた・・・」

ようやく顔を上げ、レイを見る。

 

泣いていた。

声を上げずに。

ただ涙を流す。

「私は、泣くこともできなかった。泣き方を知らなかったから・・・」

でも碇君が。

碇君が笑ってくれて。

碇君が、居てくれるようになって。

「初めて泣けたの・・・」

 

 

 

 

 

「アタシがね、泣かなくなったのは、ずぅっと昔。

小さい頃にママが死んじゃって。

ママのために泣いてくれる人がね、一人も居なかったの。

一人もよ?

哀れんで泣いてくれた人は居たけど、ママが居なくなったのを悲しんでくれた人は一人も居なかった。

パパでさえ。

そんな人たちが嫌いだった。大嫌いだった。

そんな人たちの施しを受けて生きていくのがいやだった。

だから、早く大人になって、誰にも馬鹿にされないように、自分一人で生きていくんだって。

そう決めたの」

 

アスカちゃん、泣いてもいいのよ?

 

「アタシは泣かなかった。ママが死んで、パパに捨てられて。

訓練でケガしても、学校で生意気だっていじめられても。

絶対泣いてなんかやるもんかって。

そう思って生きてきたのに・・・」

なんであんたなんかに泣かされちゃうのよ。

「・・・そう」

握った手は、未だそのまま。

アスカの独白を、レイは。

「・・・アスカ・・・」

・・・名を呼ばれるのが心地良い。

恥ずかしい泣き顔を見られた後だから、逃げ出したい気持ちも無いではないのだが。

でも、レイの静かな口調は。

心に優しい。

「・・・もう、いいの?」

ふぅ、っと息を吐き出し

「ええ、泣けるだけ泣いたし。もう、ね」

アタシの気持ちもばれちゃったしね、と。

「・・・私は碇君が好き。アスカも碇君が好き・・・」

・・・じっとアスカを見る。

「なによ」

「・・・碇君は、誰を好き、なの?」

うっ、と息を詰まらせるアスカ。

「・・・わかんないわよ。あいつが誰を好きかなんて!あんたかもしれないし、アタシかもしれない。もしかしたらどこか他の誰かかもしれない!そうよ、他の、誰か・・・」

ぽろ、と。

「れ、レイ。またなに泣いてんのよ、ああもう」

「・・・碇君が、い、かりくんが他の人を、す、きなんだ、って想ったら、と、まら無いの・・・」

「・・・馬鹿ね。ただのたとえ話じゃない。たとえ他の人を好きだったって、もっと好きにさせちゃえばいいんだから。ああ、もう!泣くんじゃないわよ」

あたしが泣けないじゃない!

 

 

 

 

部屋の外、

着替えを持って戻ってきたヒカリが、入るに入られず、仕方なく立ち聞きしてしまい、

ボロボロ貰い泣きしているのを発見するのは授業終了の鐘が鳴るまでかかるのであった。

 

 

 


 

 

 

ネルフ本部 武道場

 

なんだか綾波とアスカがやけに仲がいい。

今までが悪かった訳じゃないけれど、なんだか違う。

気を使わなくなったと言うか、なんだかとても自然だ。

 

「シンジ!なにやってんのよ、組み手するわよ!」

「あ、僕、第弐武道場で用があるから」

「?何言ってんのよ。第弐って一般職員用じゃない。あんた何しにいくのよ」

「教えに」

「何を?」

「武術を」

はあ?

「なんであんたが教える訳?他に幾らでもいるでしょ、軍から引きぬいた人材も多いんだから!」

「・・・その人たちに教えるんだよ」

・・・

「あんた、そんなに強い訳?」

たしかにあんたに助けてもらったけどさ。

「はいはいはい!喧嘩しないの!」

監督に来ていたミサトが間に入る。

「百聞は一見にしかず、百見は一経験にしかずってね。ちょいと手合わせしなさいな」

 

 

 

「ぃ〜やっ!」

軽い掛け声と共に繰り出したアタシの一撃は、狙い違わずシンジの胸元に吸い込まれたはずなんだけど。

こてん。

「あれ?」

なんでいつの間に?

武道場の畳の上に転がってるの?

 

「お見事♪さっすがシンちゃんねぇ。お姉さん惚れちゃいそうよY

何がなんだかわからないまま引っくり返されて、呆然と転がったままのアスカを

「大丈夫?」

と抱き起こす。

「・・・やるじゃない」

「うん、小さい頃からやってたからね。それなりに自信はあるんだ」

「さあさ、シンちゃんの実力もわかったでしょ?あっちで首を長くして待ってる連中が怒鳴り込んでくる前に行った行った」

 

シンジを追い出すようにして第弐に向かわせた後。

「ねぇミサト?アイツってさ、」

「ん〜?シンちゃんがどったの?」

「・・・やっぱりいい」

 

 

考えて見ればミサトに聞いたらネタにされて面白がられるだけだわ。

あとで赤木博士に相談して見よう。

シンジって誰か好きな人いるんだろうか、と。

レイと一緒に。

 

 


 

 

「これはまたなんとも・・・」

加持が呆れ顔で、

「りっちゃんも良くこんなの引っ張って来れたなぁ?」

レイのバイクである。

「そこはそれ。蛇の道はヘビってね、色々とコネも使ったし」

たいした事じゃないわ、と。

「ねぇ、リツコォ。これそんなに凄いの?確かにすっごい造りなのは見てわかるんだけど」

んふ、と。

解説者の顔になる。

「現在のモトGP、その頃はWGPね。今でこそ日本メーカーが席巻しているけれど、ホンダが優勝するまでは4st4気筒でそれこそ常勝のメーカーがあったの。

日本の2st勢に押されてGPから撤退、その後は公道車のみの生産、それもレースに出られないような、ね。

オーナーのアグスタ伯爵が亡くなられると、その生産車両すら日本車に押されて消えていったの。

でもその名を惜しんだbimotaの創設者の一人、タンブリーニとCAGIVAの総帥カステリョーニによって、世紀末に復活したの。

エンジンの設計はフェラーリやアルファロメオでレースエンジニアとしての経歴を持ち、CAGIVAのGPレーサーを勝てるマシンに仕上げたリカルド・ローザ。

フレームはタンブリーニお得意のトラスト形状、エンジンをストレスメンバーに組み込む設計の緻密さは類を見ないわ。

スペックこそ750cc、125ps/12,500rpmとそう大した物ではないのだけど、特筆すべきはハンドリングね。

低速域から全域に至るそのハンドリングはまさに至高。

300台限定生産で、そのうち日本に入って来たのは僅か25台。

それがこの MV AGUSTA F4 Serie ORO よ」

 

はぁ〜、とリツコの説明を聞きつつ、品定めをしていたミサト。

「これ、ホイール、マグネシウム?」

「ええ、さすがにオリジナルは劣化しちゃっててボロボロだったわ」

今ついているのは暫定的な品だ、と。

 

「すごいんだね」

わかっているのかいないのか、そうレイに言うシンジ。

「・・・とても綺麗で、一目で気に入ったの」

まるで宝石みたいに思えたの、と。

「あ〜まったくぅ、価値ってもんが良くわかってない人に乗せるのは勿体無いわねぇ」

貰っちゃおっかな、・・・駄目、あげない、と冗談を交わす。

お互いに、笑みを浮かべながら。

 

 

「ねぇリツコォ。なんだかあの二人、やけに仲良くなってない?」

「そう?前から仲は良かったと思うけど」

加持が目を細めながら

「いやぁ、あんな風に気軽な冗談を言い合えるようになってるとはな。正直驚くよ」

一緒に暮らすの、良い方向に向かってるのかな。

「りっちゃんのおかげだな、ありがとう」

「・・・馬鹿ね」

照れ隠しが下手なのは昔からねぇ、とミサトにおちょくられながらもやはり。

三人とも嬉しいのだ。

彼らの、幸せそうな顔を見るのが。

 

 

 

「ね、今度の日曜、なんにも予定無いでしょ?ツーリング行きましょうよ!」

「え、良いけど。ネルフのほうは大丈夫なのかな」

「平気よ。どうせ日帰りなんだからいざとなればヘリ回してもらえばさ」

「・・・再起動実験にも支障は無いわ」

「じゃ、けってーい!」

「・・・リツコさんに許可貰ってくるね」

もう、生真面目なんだから!と言いつつ怒った表情ではない。

競走ね!などとレイと話しているのを聞きつつ。

「リツコさん、今度の日曜なんですけど」

「ええ、聞こえてたわ。別にかまわないわよ?」

「いいんですか?てっきり一人は待機とかになると思ってたんですが・・・」

「どうにでもなるわ、バイクの移動距離からの帰還なんて。

アスカが言ったようにヘリでも飛ばしてバイクごと回収してしまえば良いことだし」

「・・・じゃ、行って良いんですか?」

「条件が1つあるわ」

「・・・なんですか?」

訝しげに聞く。

「私も同行します」

 

第弐拾弐話  了

 

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