「そうそう、レイのバイク。明日になったわ。案外早かったわね」
「・・・ありがとうございます、赤木博士。」
嬉しそうにするのを見て、(ぱっと見わからないが)付き合いの長いリツコは
「良い顔するようになったわね、ホント」
違いがわかるらしい。
シンジのススメ
第弐拾壱話
あけて翌日。
「いただきまーす」
アスカの初登校となる今日、一同そろっての朝食である。
「純和風で、ってアスカのお願いだから今朝も和食にしたけど。大丈夫?」
リツコは幾分配慮しようとしたが、
「普段食べる食事をお願いします」
とのアスカの強い要望があり、それなら、と外人に避けられる品を用意した。
「納豆に生卵、梅干し、焼き海苔とアジの開き」
いちいちアスカに説明する。
「・・・くちゃい」
納豆は駄目のようだ。
「卵を生で食べるなんて。。。」
生卵も駄目のようです。
「なにこれ、スッパーイ」
梅干しも駄目っぽいですね。
「・・・紙?」
海苔は見た目で嫌な様子です。
「沖縄の食事は全部制覇したけど・・・強敵ね」
いや、敵じゃないし。
結局抵抗なく食べれたのは焼き魚だけ。
なんだかんだ言いつつ最終的には全部食べたのはさすが負けず嫌いなアスカだけのことはある。
「いってきまーす」
ドマーニとGTSが3人を乗せて走り去る。
「さて、私も出勤しましょ」
リツコ、このところ身体の調子がいい。
不規則になっていた生活が、シンジ達が来てからまともになったお陰であろう。
「おお!すげえ!ドマーニじゃん。ををを、おまけにGTSかよ!」
第三新東京市立 第一中学校の通学路。
一部(ごく一部)であるがちょっとした話題になっていた。
「おはよう、トウジ、洞木さん」
「・・・おはよう・・・」
「おう!おはようさん」
「おはよう、二人とも」
2−Aの教室はもうすでに朝の喧騒につつまれている。
「今日、転校生が来るんやてなぁ、えらい別嬪さんらしい言うてケンスケの阿保が騒いどったわ」
もう阿保呼ばわり確定であるようだ。
「相田君ってどこからそういう話調べてくるのかしら」
ハッキングです。未だ懲りてません。
「それなら知ってるよ」
「あら、知り合いなの?」
「・・・ええ」
「仲間、かな。二人とも驚くと思うよ?」
「わしはちょっとやそっとじゃおどろかんでぇ」
「そういわれるとちょっとドキドキしちゃうわね」
「きり〜つ!礼、着席」
学級委員のヒカリの号令で朝のホームルームが始まる。
「今日は皆さんに新しいお友達を紹介します、惣流さん、入ってきなさい」
ガラガラ。
「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」
ピンク色の歓声が轟き、近隣からの苦情がまた増えたのはご愛嬌。
「惣流 アスカ ラングレーです。よろしくお願いします」
ぺこり
「かっ、かわいい・・・」
「・・・きれーねぇ」
「俺は今猛烈に感動している〜!」
などという一般の方々に混じって、
「売れる、売れるぞぉ〜!」
と、のたまっている怪しげなメガネ君がいるのはいつもの事で。
「い、いいんちょ・・・」
「う、うん」
「「あのときの・・・」」
と、顔を見合わせ呆けている二人。
その彼らを見つけにっこり笑って手を振るアスカ。
で、そのしぐさを見て更にヒートアップする男子達。
「くぅううう!せっかくのシャッターチャンスがぁぁぁぁぁ」
第四使徒の一件以来、授業に関係ないものの持込みを特に禁じられた彼が嘆いている。
相変わらず懲りない人は放っておいて。
「ねえねえ、どッから来たの?」
「彼氏はいるの?」
等々、街中で出会っていても絶対!声をかけることさえ躊躇われるほどの相手に、勢いだけで質問攻めである。
「ちょっと!惣流さん困ってるじゃない!いい加減にしなさいよ!」
いつもの調子でヒカリが止めに入るが、
「今日これから暇?僕らが案内してあげようか」
これから授業だろ。お前ら。
一向に聞いてない。
「ごめんなさいね、予定があるの」
一顧だにせず断り、席を立つ。
ヒカリとトウジの座る席に近づき、
「また会ったわね。こないだはあんがとね」
「お、おう」
「ど、どういたしまして」
「さ、此処で会ったが百年目ってやつよ。約束果たしてもらうわよ」
使い方間違ってるぞ。
「や、約束てなんや」
「や、くそく・・・?」
んっふっふっふとアスカの含み笑いが響く。
あ・・・と、ヒカリが思い出したように
「お、友達に、って」
「そう、それよ!」
「ええ!そういうことなら喜んで!」
「おう!それやったら何の問題もアラへン。まあよろしゅうに」
展開についていけず見てるだけだった級友たちが。
「って、てめえ!トウジ!抜け駆けしやがって!」
「すごーい!ヒカリったらどこで知り合ってたのよ!」
どちらにせよ喧しいのに変わりなかった。
「なぁセンセぇ、惣流が来るん知っとった言うてたよな?」
体育の時間。着替えを済ませ、運動場である。
「うん。ネルフ関係でね」
校内でケンスケと共に、シンジがエヴァのパイロットであることを知るトウジにはそう伝える。
エヴァのパイロットだ、とまでは言えないが。
「ほー、まさかエヴァのパイロットっちゅーんや無いやろの」
するどい。
「・・・」
「・・・図星か・・?」
「・・・言えない」
「・・・なんも言わんかった、聞かんかった言うことにしとこか」
「そうだね・・・」
「え〜!体育の授業、水泳〜?」
アスカの声が響き渡る。
「聞いて無いわよ。ま、普通の体操服も持ってきて無いから見学のつもりだったんだけど、水泳なら話は別よ!」
「あ、アスカ。あたしの予備でよければ・・・」
用意の良いことで。
「忘れる娘って結構いるのよ。あたしも一回忘れたことあるし。だから一着置いてるの」
左様ですか。
「むー、胸キツイ」
ううう、と言うヒカリの悲哀の涙を流す声が聞こえる。
「あたしだって、あたしだって、クラスの中じゃ割りとある方なのにィ。反則よぉ〜」
とまあ冗談交じりではあるが。
「あ〜あ男子は陸上、女子は水泳かぁ。いいよなぁ」
級友のボヤキが聞こえる。
嬉しそうにプールのほうばかり見ているが。
身体を動かすことならどんな状況でも一流アスリートの域であるシンジであるが。
女性の柔肌は苦手らしい。
つい目が行ってしまっては、顔を赤くしてそっぽを向く。
「を?センセェは綾波か?それとも惣流かぁ?」
他人の事に関しては鋭いトウジである。
「え、あ、うん」
と言って黙り込むシンジ。
「・・・好きとかってよくわからないよ・・・」
「ほぉか。まぁどっちもセンセェのこと嫌ろてへんやろし」
ゆっくり考えぇや、先は長いんやから。と、にやにや笑う。
「そう言うトウジは洞木さんが好きなんだろ?」
ビクッとしてゆっくり振り向くトウジ。
「な、なんでわかるねん。やのぉて、ち、ちゃう。ワシはいちおう硬派やからな、女は作らん!・・・はずや」
おたがい顔を見合わせ、吹き出す。
「ま、お互い頑張ろうや。センセェも今すぐ決めなならん事もあらへんし、わしかてソヤ」
「そうだね、ゆっくりでも良いよね」
と、悠長なことを言っている。
「シンジってばこっちをちらちら見てるけど、誰見てんのかしら」
「・・・碇君がなに?」
二人並ぶと他の娘たちが近づくのを嫌がってしまうほどのスタイルであるアスカとレイ。
レイはそのスレンダーな肢体にほど良くついた胸と腰。ウエストなどはさすがのアスカでも敵わない細さである。
アスカは、といえば。日本人には不可能な股下によって得られるその脚線美と等身バランス。そして、胸。
「って言われてもねぇ。ドイツじゃおちびさんって言われてたし」
ドイツの成人女性の平均身長は168cm(1997年調査)成長期も終ろうかと言うのに160cmに届かないアスカにとって、未だコンプレックスであるのだ。
「ま、あと1〜2年が勝負よね」
だそうである。
「シンジがこっち見てるけど、誰を見てるのかな、って思ってたのよ」
と、シンジの居るグラウンドを指差し、レイに告げる。
「・・・碇君、が見てる?」
思わずシンジが居ると言う方角を見つめる。
「・・・み、てる、の?」
頬を紅潮させ、ふらつきだすレイ。
「ちょ、ちょっとレイ!どうしたのよ!」
肩を抱えて声をかけるアスカに、
「アスカ?綾波さんがどうかしたの?」
騒がしいのを注意しに来たヒカリが何事かと近づく。
「なんか、レイがおかしいのよ!どっか休めるところ無い?」
やけに焦るアスカ。
見るからに、華奢で色白で、しかも振らつかれた日にはぶっ倒れるんじゃないかと心配するのも判らなくも無い。
「あ、じゃあそのまま保健室へ行きましょう」
先生に言っといてくれる?と、そばに居た他の生徒に伝言を頼む。
「綾波さん大丈夫?」
保健室に、水着のまま寝かされているレイに声をかけるヒカリ。
「・・・ええ。もう、平気」
「炎天下だったから日射病かしら?取り合えずこの時間は休んでおいたほうが良いわ」
「ま〜ったくぅ。あのくらいの暑さでぇ。貧弱ねぇ」
「じゃ、アスカ。あたし綾波さんの着替え取ってくるわ。ちょっとのあいだ任せるわね?」
「ええ、まかせて」
「・・・アスカ・・・」
「ん?なに?レイ」
ベッドに横になって額に濡れタオルをのせてもらっているレイ。
「碇君のこと・・・」
「し、シンジがどうしたの?」
「碇君のことを考えると・・・心臓が苦しいの・・・」
あ、とアスカがふらつきの原因に思い当たる。
「この間の退院時の健康診断ではなんの異常も無かったのに・・・私、心臓になにか欠陥が・・・あるのかしら・・・」
「・・・レイ・・・」
この娘、なんにも知らないの・・・?
「シンジに見られてる、って考えただけで、恥ずかしかったのね。
それで頭に血が上って、ふらついちゃったのよ」
「はず、かしい?」
「そ、人に見られるのがね」
「・・・恥ずかしい・・・って?」
「あーーーもうっ!ホントに何にも知らないのね」
こんなんじゃ調子狂っちゃうじゃないのよ。
「いいわ、帰ってからみっちりレクチャーしてあげるから!今日のところは、そうね」
と少し考えて。
「あんたはシンジが好きってことよ!」
・・・さ、これで自覚したでしょ。
「好きって何?」
・・・(汗)
「好きッてぇのは、え〜と、日本語でなんて言うんだっけ。
えーと、その人の事を考えるだけで胸が苦しくなったり、心臓の鼓動が激しくなったり、傍にいると暖かい気持ちになったり、ずっと一緒に居たいって思ったりする気持ちの事よ!」
はあはあ、と荒く息をつきながら一気にまくし立てた。
「・・・そう。なら、私は碇君が好き・・・」
「はぁ〜、もうしょうがない娘ねぇ」
「・・・アスカも好き」
「へ?」
「赤木博士も、洞木さんも好き・・・」
「あ、あのねぇ」
「一番好き、なのは。・・・碇君」
と言いながら、頬どころか顔面全体を紅潮させる。
「そ。そう言うのが、恋って言うのよ?」
「・・・恋?」
「ええ、恋。その人と共に生きていきたい、って思う気持ち」
「・・・碇君と・・・ずっと一緒・・・」
「ま、まだ先の話でしょうけどねぇ」
「・・・アスカも私と同じなのね?」
「っ!な、なにがよ!」
「碇君が・・・好き、では無いの?」
「はんっ!このあたしがシンジを好きですって?そんな訳ない、じゃない・・・」
だんだん尻すぼみに声のトーンが下がる。
「・・・嘘ね」
・・・
「なんでよ・・・」
「・・・アスカ?」
「ついさっき恋だの好きだのを知ったあんたに何でいまさら言われなきゃいけないのよ!」
「・・・人の嘘はわかるもの・・・。碇君だけ、私に嘘を言わないのは」
肩を振るわせながら、その言葉を聞くアスカ。
「・・・ずっと一緒に居たいと思う気持ち、と、さっきアスカが教えてくれたこと。
アスカがそう思ってないのなら、こんなに伝わるはずが無いもの・・・」
すっ、とアスカの手にレイの手の平が重なる。
「う、うう、うっうっう」
ぽろ、ぽろぽろ、と。
「なんでよ、なんでアタシの気持ちがわかるなんて言うのよ!」
「・・・同じだから・・・」
ぽた、ぽたぽた、と。
「う、うっ、うっうううう」
「アスカと私とは、きっと同じだと思うから・・・」
ぽたぽた、と。アスカの手に重ねられたレイの手に。
アスカの涙が。
熱い、思いのこもった。
涙が。
零れ落ちていった。
第弐拾壱話 了