「あの子達の才能、あの子達の未来。使徒と戦うだけに消費させるなんて、悲しすぎるわ」

 

だからね、と。

 

他のことからは精一杯守ってあげましょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

シンジのススメ

第拾九話

 


 

 

 

 

 

「・・・あれ?」

エヴァの中にいたんじゃなかったっけ。

暗い。

・・・病院・・・かな・・・

使徒にやられちゃったのかぁ。

しょうがないわ、済んじゃったことは。

んっと、手、動く。足もOK。

よっ、と。

腹筋で起き上がってみる。

うんうん、日ごろの訓練の賜物ね。痛いところは無いわ。

・・・頭痛以外は。

 

あ、レイじゃない。

居眠りこいちゃって。

ずっと付き添ってくれてたのね。

あんがと。

 

カラカラ・・・。

「あれ、目が覚めたんだ。大丈夫?」

扉を開けてシンジが入ってきた。

どこかに毛布を借りに行っていたのね。

レイに毛布をかけてあげると、こっちに向き直ってじっとアタシを見つめる。

「うん、もう大丈夫みたいだね。一応先生を呼んでくるよ」

そう言って部屋を出ようとするシンジを

「まって・・・」

自分でもわかんないけど思わず呼び止めてしまった。

 

なに言おう。なんて言おう。

「あの、し、使徒はどうなったの?」

ま、まあ無難なトコよね。

「大丈夫、無事殲滅できたよ」

よかった、足手まといには成らずにすんだみたい。

・・・いざ話そうとすると出てこないもんね。

沈黙が続いちゃうじゃない。

んー

「あ、の、ずっと付き添っててくれ、たの?」

「うん。綾波がね、付き添いしたいって言い出してね」

レイが・・・

嬉しいな。

義務で無しに心配してくれる人がいるって、いいな。

「ありがと、レイ。シンジもね」

ちょっと黙り込んで。

 

「気にしないで」

 

と言い残してシンジは先生を呼びに行った。

「・・・レイ、ホントにありがとね。目が覚めて誰かいるって、久しぶりだったから、嬉しかったわ。

ホントよ?たとえ居眠りしちゃっててもね」

クスクス

ホッとしちゃって、先生が来る前にまた寝入っちゃったのはしょうが無いわよね。

空母からこっち気ぃ張ったままだったんだから。

 

 

 


 

 

 

ふわり、と何かが私の体を覆う。

なに・・・・?

ぼんやりとしたまま、ここがアスカの病室だったのを思い出す。

・・・居眠り。

アスカの目が覚めるのを待ちたいと言い出したのは私。

眠っていては駄目。

でも、碇君が掛けてくれた毛布の温もりから抜け出せない。

二人の話し声が聞こえる。

 

 

「・・・・・っと付き添っててくれ、たの?」

 

アスカ、目が覚めてしまったのね。

 

「うん。綾波がね、付き添いしたいって言い出してね」

 

駄目、起きていられなかったもの。

 

「ありがと、レイ。シンジもね」

 

・・・ありがとう、感謝の言葉。

 

「気にしないで。じゃ、先生呼んでくるから」

 

また静かになった病室。

アスカがベッドの上で身じろぎしている衣擦れの音だけが聞こえる。

 

「・・・レイ、ホントにありがとね。目が覚めて誰かいるって、久しぶりだったから、嬉しかったわ。

ホントよ?たとえ居眠りしちゃっててもね」

クスクス

 

アスカ・・・

ありがとう。

 

 

 

 


 

 

 

「ひっろーい!」

赤木邸

退院したアスカを早速引き取ったリツコであった。

 

「庭でハイキング出来そうじゃない、いいわねぇ」

元ゴルフ場だもの、広いだけだけどね、と答え、

「アスカ、あなたの部屋のカードキー渡しておくわ」

じゃ、食事の用意するから引越し荷物、片付けておいてね?

「はーい」

 

 

 

 

リビングを抜けて、右に折れて手前から三つ目、と。

「あそこね」

と、

がちゃ。いちばん手前の部屋の扉が開く。

「・・・レイ?」

「・・・お帰りなさい」

レイが赤木博士と同居してるなんて聞いてなかったわ。

チルドレンなんだから常に監視下においてるってことかしら。

でも監視するなら赤木博士の自宅じゃなくってもいいだろう。

むしろ本部に詰めさせたほうがいい。

するとまた、

がちゃ。と、隣の部屋の扉が開く。

「・・・シンジ?」

「あ、アスカ。お帰りなさい」

シ、シンジまでいるじゃないのよ。

普通年頃の娘とヒトツ屋根の下住まわせる?

で、でも赤木博士だって居るんだしレイもシンジもそんな雰囲気ないし。

どどどど、どうなってるってーの?

・・・まあいいわ、別に何か不都合が起きるってワケじゃないし

むしろ好都合って感じ?

うふふ

 

 

 


 

 

固まってしまったアスカを

「どうしちゃったんだろう」

「・・・わからないわ」

という会話をしながら復活を待つ。

 

そこに、

「あれ、レイちゃん、シンジちゃん、どうしたんだね?」

背は低いが恰幅のよい女性が顔を見せた。

赤木邸のヘルパー、笠間シノブ(58歳)である。

「・・・アスカが」

と言いかけて

「まあまあ、可愛いお嬢さんだこと。レイちゃんもうかうかしてたらシンジちゃん取られちゃうわね」

「・・・え?」

「・・・シノブおばさん・・・」

アスカ再起動。

「って、あんたら付き合ってんの?」

「・・・付き合うって何?」

 

 

「やあねぇアスカちゃん、おばさんの冗談真に受けてくれちゃって」

と、あははと笑う。

「あ、あははは」

「シノブさんは、この先の芦ノ湖高原別荘地にお住まいなの」

お皿をテーブルに並べながら、リツコが言う。

「優々自適の別荘地で老後ってやつさ。

りっちゃんとはね、ちょうどこの家の前の道でね」

捨てられてた子猫を、私が家に連れ帰るところで知り合った、と。

 

またしても猫繋がり。さすがリツコである。

 

でね、と

「年金だけで別荘地で老後ってことを話したらね、『うちの猫の面倒、見てもらえませんか?』ってね」

猫の面倒見るくらいであんなにお金頂いちゃあね、と結局家のことを色々するようになったらしい。

「りっちゃんは優しいからねぇ。怖そうに見えるから損してるけど」

「・・・そう。赤木博士は優しい・・・」

「・・・へぇー」

やだわ、シノブさんたら、と照れているリツコ。

風聞では伝わらない赤木リツコ博士の素顔を知って、アスカも少し嬉しくなった。

 

「さあさ、りっちゃんのご飯の支度そろそろ終わるわよ。一緒にお食べなさい、私はこれで帰るから。家族仲良くね」

と言うと、のしのしと体を揺らして帰っていった。

 

 


 

 

 

病室で眠るアスカの目覚めを待つ間に綾波が寝てしまった。

エアコンの設定温度が肌寒い。

「風邪引いちゃうな・・・」

起こすのも忍びない。今日1日ばたばたして疲れも溜まってるんだろうし。

隣の空きベッドに運んだら・・・目、覚めちゃうだろうな・・・

毛布借りにいこう。

ナースステーションで貸してくれるかな?

 

「すいませーん」

あれ、誰もいないのかな?

「あ、はいはいはい!」

あ、いたいた。

「すみません。毛布を一枚お借りしたいのですが」

「はいはい、ちょっと待ってね」

また奥に戻って、すぐ戻ってくる。

「はいお待たせ、350円ね」

あ、お金取るんだ。まぁクリーニング代も只じゃないだろうしね。

「あ、じゃあこれで」

支払いを済まし、病室に戻るとアスカが目を覚ましていた。

 

「あれ、目が覚めたんだ。大丈夫?」

 

レイに毛布をかけながら声をかける。

どっちの人格かな・・・

思わずじっと見てしまう。

変な“気配”はしない。

最初に会った、再び出会った、あのアスカだ。

「うん、もう大丈夫みたいだね。一応先生を呼んでくるよ」

そう言って部屋を出ようとしたら、

 

「まって・・・」

 

呼び止められてしまった。

 

沈黙

 

「あの、し、使徒はどうなったの?」

「大丈夫、無事殲滅できたよ」

 

・・・前後の記憶が無いのかな?

あからさまにホッとしてるし。

 

沈黙

 

「あ、の、ずっと付き添っててくれ、たの?」

「うん。綾波がね、付き添いしたいって言い出してね」

 

その綾波は疲れが出ちゃったのか居眠り中だけどね。

あ、微笑ってる。

うん、取り合えず落ちついたみたいだね。

 

「ありがと、レイ。シンジもね」

まだ眠ってる・・・よね?レイに声をかけ、僕にも、と。

 

「気にしないで」

 

そう言って部屋を出る。

「当直の先生で良いのかな?・・・リツコさんに連絡した方が良いよね」

 

病院内だから携帯は切ってるし。

エレベーターホールに公衆電話あったっけ。

 受話器に手を伸ばしかけたちょうどそのとき

「あら、シンジ君」

エレベーターからリツコが降りてきた。

 

 

「今ちょうど連絡しようと思ってたんですよ」

「だと思ったわ。アスカの状態は私のところでもモニターしていたから」

「・・・アスカ、普通でした」

「そ、やはり平常時には出てこないのね」

予想はしてたわ

「りょうちゃん、あ、加持君がね?」

使徒の話になると目つきが変わるのだと。

使徒殲滅に、あるいはそれよりも。パイロットとしての自分にこだわって、すがって、

「それを周りが煽って、縛り付けちゃったのね。・・・あの子のね、古い記録を拾い出して見たの。明らかにそれとわかる精神操作の記録は無かったわ。足跡を残すほど馬鹿じゃなかったらしいわね」

 

二重、もしくは多重人格、正式には解離性同一性障害と言う。

苦痛から逃れるために、感情や意識といった自我が分離した事で自身の制御が出来なくなる。

人間は、慢性的に心的外傷にさらされたりすると、

「これは私じゃない」

「だから痛くない」

「なにも起こっていないんだ」

と否定して、痛みから逃げようとする。

自己暗示、自己催眠。

これは、子供のほうがはるかに起こりやすい。

 

「子供の頃からエヴァのパイロットとしての訓練を積んできた彼女にとって、苦痛は日常茶飯事だったでしょうね。身体も、心も」

シンジは真剣な面持ちで聞いている。

理解の良い生徒は教え甲斐有るわ。

 

こう言う説もある。

精神は幾つもの感情の集合体で、幼年期は感情のそれぞれが意識状態を持っていて、その時々に応じてそれぞれが顔を出す、と言うもの。

子供が突飛な行動を取ったり、喜怒哀楽が激しいのはそのためだ、と。

大人になるにつれてそれらは統合されていくものなのだが、繰り返し、慢性的に強度のストレス、心的外傷を受けつづけた子供は、意識の分離を行ってしまう。

許容できない痛みや感情を。

 

「それをなんのケアもせず、むしろ進行させる風に持って行ってしまえば」

「解離性障害、ですか」

「そう。そう言うことになるわね」

アスカの場合、戦闘に、そう、使徒に対する憎悪の念を主に植え付けてしまっているようね。

今、自分が辛いのは使徒のせいだ、と言う風に。

 

「人格の統合って言うのは治療方法の1つではあるのだけど・・・」

「なにか問題が?」

「治療によって、まったく違う性格になる場合もあるのよ」

「・・・難しいところですね」

「このままバランスを取って暮らせれば良いけど、今のままじゃまず無理ね」

使徒が来るあいだは特に。

「人の心は難しいわね。ロジックじゃ無いんだもの」

話しこんじゃったわね、アスカ達が待ちぼうけちゃうわ。

行きましょうか。

 

・・・遅かったみたいね。

 

可愛い寝顔が見れたんだからまあ、いいわ。

 

 


 

 

「シンジ君、学校なんだけど」

食事中、リツコが話かけてくる。

「あ、はい。なんでしょう」

「通学方法なんだけど、毎日私が送っていくわけも行かないし」

残業のある日のほうが多いし、帰って来れない日も続くだろう。使徒戦が激しくなれば。

「でね?特別許可を申請したから」

「なんのです?」

「バイクの免許証」

・・・

「僕まだ14歳ですよ」

バイクは16歳からだ。

「だから特別許可よ。使徒戦その他において緊急の呼び出しに対処できるように。拒否は出来ません」

通学に使う車両は用意した、と。

「学校の裏手にシャッター付きのガレージを確保したから」

そこで降りて普通に登校してる風を装えと。

「・・・了解です」

じゃ、これ。と鍵を手渡す。

「僕の分だけですか?」

そうよ、と。

「こう言ってはなんですけど。登校はともかく、下校がばらばらになる可能性高いですよ?綾波にだって友達出来たんですから」

放課後、遊びにも行くだろう。

「その時はそのときよ。帰りは迎えに行ってあげるなりしてあげなさい。男性の努めよ」

そうそう、と。

「アスカも学校、行くことになったから」

「え〜〜〜?アタシ大学出てるんですよ?いまさら・・・って・・・命令・・・?」

「命令、よ。行ってもらいます。これはパイロットの心の安定を図るため、同年代との接触が効果的だと言う認識に基づいています」

ちら、とシンジに目配せし。

「三人で登校。仲良くね?」

 

 

「バイクって二人乗りですよね・・・?」

食後、シンジら三人を伴ってガレージへ。

「そうね、でも安心して。技量に関わらず、こけることは無いから」

「・・・サイドカー、ですか?」

「正解。気に入ると嬉しいんだけど」

「博士!アタシの分も免許、申請してください!」

やっぱりね、と言いつつガレージの片隅に置いてある車両のカバーをめくる。

「わかってるわ。あなたが大人しく人の運転するものに乗るとは思っていないわよ」

と苦笑交じりに言う。

「見たことないです、ね」

「そうでしょうね、日本じゃ滅多に走ってないでしょうし」

「・・・二人乗り・・・」

「わお、ドマーニじゃない」

良いわねぇ、これ結構高いのよ。と

 

クラウザー ドマーニ

BMW K1100RSのDOHC4バルブ水冷直列4気筒エンジンを搭載。

サイドカーレースで使用されているようなフロントのステアリング構造を持ち、サイドカーながら、側車と一体形成されたカウリングによりスタイリングにおいても類を見ない。

ちなみにドイツ仕様のリトラクタブルライトである。乗車定員は2名。

 

「これは昔私が使ってたおフルだけど、整備はきちんとしてあるわ。ナンバーもネルフの公用車扱いだから、警官にとめられることもないし」

そう、大使館ナンバーの車両と同じ扱いなのだ。

「いいなードマーニ。アタシもバイクになるのよね?」

「ええそうね、なにかリクエストあるかしら?」

大概のものなら用意出来るわ、と

「あ、じゃあ」

リツコの耳元にこそこそと呟く。

「・・・あなた。よくそんなの知ってるわね」

「まあ、趣味の少ない生き方だったもので」

出来ることと言えば本を読んだりするくらい。

自然、目に付くものには手を延ばすことになる。

「ネルフドイツの食堂にはそう行った系統の雑誌が多かったんですよ」

と。

そういえばドマーニの事を知ってるなんてなかなか通よね、と思いなおし、

「ニ日で用意してあげるわ。明後日から学校、お願いね」

「はーい」

 

 

んっふっふ

楽しみィ

アタシも写真しか見たこと無いのよねぇ。

明後日かぁ。待ち遠しいわ。

 

 

第拾九話  了

 

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