「センセェ、助けたるンやったら最初っから助けたりィや」
「僕の意思じゃない」
気を失ったままの少女をヒカリに預け、ヘルメットを取る
「「壱」の意思だよ」
そう、涼やかに告げるのだった。
シンジのススメ
第拾四話
「Mir geht's schlecht ...」(気持ち悪い・・・)
「を、気ぃ付きよったみたいやで?」
「いまの何語かしら」
「・・・ドイツ語。」
「喧嘩しとる時は日本語で捲くし立てとったから、日本語もぺらぺらのはずや」
「頭を打ったようだから、急に動かないで。わかる?」
眉間にシワを寄せながら、それでも気丈に、
「Ja, ich verstehe …ええ、わかります」
周囲を警戒しつつ、返事をする。
「ああ、さっきの奴らやったら、もう心配要らん」
「ええ、碇君、あ、こっちの彼が追い払ってくれたの」
「・・・大丈夫・・・?」
「Vielen dank.…どうもありがとう。ここは?」
「ここは病院。ただの脳震盪らしいから、しばらく休めば問題無いそうだ」
シンジが知りたいだろう事柄を告げる。
「そう・・・」
ふぅ、と、気を緩めたのか表情を緩め、
「あ、改めて、ありがとう。助けてくれて。あのままだったらきっと、・・・」
嫌な考えになったのか言葉を詰まらせる。
「気にすんなや、あの位の奴やったら束で来てもセンセぇは負けへんしな」
「鈴原が威張ることじゃないでしょ!」
ま、そうやがな、あっはっは。
「じゃ、僕らはこれで。旅行の途中かな?気を付けて。えーっと、Gute Reise (よい旅を)」
病院を出て、夕焼けのなか、5人は別れる。
「Danke schön (ありがとう)・・・ドイツ語わかるんですね?」
夕日のせいか、やけに顔が赤く見えるのは気のせいか。
「Nichts zu danken. (いえ、礼には及びません)うん、挨拶程度だけどね。」
お互いに微笑を交わし、別れを告げる。
「また会う機会があれば、お友達になりましょうね?」
ヒカリが右手を差し出しながら、
「ええ、ぜひ」
と握手する。
「さ、綾波さんも」
「ええ・・・Auf Wiedersehen.Viel Glück (さようなら。幸運を)」
「Danke gleichfalls (ありがとう、あなたもね)」
反対方向に歩き出す。
ふと振り向き、
「Tschüs. (じゃあねぇ)」
と叫び駆け出し去っていく。
「台風みたいなやッちゃなぁ。まあ、もう顔合わせることもあらへんやろけどなぁ」
「そうね、でも良いコトしちゃったわね」
「せやな」
「・・・」
「どしたの?綾波」
ふるふる、と首を振り、
「なんでもないの・・・」
と話を切る。
「さ、遊ぶのは残念だけどまた今度。遅くなっちゃうね、帰ろうか」
「そうね」
「せやな」
こくこく
「じゃ、トウジ。洞木さんを送るのは任せたよ」
「おう、任せぃ。きっちり家まで送り届けたるわ」
「・・・お願いね、鈴原君。じゃ、さよなら、二人とも」
「さよなら、碇君、綾波さん」
「ほなな!」
「また明日」
「名前聞くの忘れてたね」
「ええ。でも・・・」
言葉をにごすレイに訝しげに
「どうしたの?」
「ええ、なんだか・・・」
「なに?」
「不思議な偶然だった気がするの・・・」
?
よくわからない、といった感じのシンジに微笑を向け、
「・・・おそくなるわ。帰りましょう」
ん、そうだね。と家路を急いだ。
技術部 部長執務室
あいも変わらず暇を潰しにやってきている戦術作戦課長が吠える。
「セカンドチルドレンをロストした、ですってぇ〜〜〜」
「ええ、今日のお昼に。彼女の意思で振り切った様よ?」
「な〜にやってんのよ、保安部の連中は!警備課だけじゃなく警護課も遊んでんの?」
またとっちめにいってやろうかしら、などと息巻いているのを宥める。
「マークしてある組織の工作員に動いた形跡は無いそうよ」
でもミサト?
「あなたのほうに、一番に連絡、行ってるはずよ?」
ゑ?
旧かな使いで固まるミサト。
・・・
・・・・・・
「ああ!・・・あれその連絡だったのね・・・てっきり決裁の書類だとおもって未処理の山の上に・・・」
あなたも人のこととやかく言ってられないわね、大丈夫?
「後釜狙ってるの、大勢いるわよ。気を抜かないことね」
「・・・仕事してきます・・・」
とぼとぼ、と言う字が背中に張りついてるかのような雰囲気を醸し出しながら退出していく。
「さ、こっちももうひと頑張りね。早く仕上げてあの子達の負担、少しでも減らさなくちゃ」
今日は二人とも本部に泊まり込みの様である。
さて、と
「今日は簡単に卵料理を作るね」
いい、見ててね?
溶いた卵を片手に熱したフライパンにバターを落とす。
バターが溶けきる前に卵を入れ、手早くかき混ぜる。
「ある程度固まったら、フライパンの向こう側に寄せるんだ」
箸で器用にまとめる。
「で、左手の手首のあたりを右手でトーントーンってね」
そう言いながらフライパンをゆする、する、する、と卵が包まっていく。
「はい、出来あがり。プレーンオムレツだよ」
基本だからね、と
「中に入れる具はなんでも良いんだけど、まずはプレーンから。食べてみて」
抵抗無くすっとスプーンがささる。
中は固まりきっていない。でも流れ出すほど生でもない。
口に運ぶ。
とろり
歯ごたえ、と言うか歯ざわりがとても滑らか。
「泡だて器で、泡立て無いようにかき混ぜてね、何度も漉すんだ」
こくん
おいしい。
とても美味しい。
「碇君・・・」
「なに?」
「私も・・・」
・・・
「私が作ったのを食べてもらいたい・・・」
にっこり笑ってシンジ。
じゃあ、練習だね。食べ終わったら始めようか。
自分の分を手早く作り、隣に座りながらそう言う。
「美味しく食べてもらいたいって思う気持ちが一番上達する力になるんだよ」
こっそり練習してリツコさんを驚かそうか
そういたずらっ子の様に微笑むシンジに、嬉しそうに、本当に嬉しそうに。
「頑張ってみる・・・」
気持ちが伝わる笑顔であった。
総司令執務室
やけに広いこの部屋に佇む、この部屋の住人と言っても過言ではないかもしれない人物。
碇ゲンドウ。
彼は迷っていた。
ここまで一心不乱に、それこそ人としての最低限の事柄ですら捨て去って邁進して来た。
目的のために。
その目的が、突然叶うと言うのだ。
しかし・・・
いざその時が近づいた今、自分は。
今の自分は、彼女に会って何がしたいのだろう。
始めは狂おしいほどに欲した。
何度も可能性を信じてサルベージを繰り返し、繰り返し。
心をすり減らし。
面影を残す息子でさえも
傍にいることに
疲れを
痛みを感じるようになってしまった。
「ユイ・・・」
今ではその言葉を発してもかつての様に心を掻き毟るような思いは起きない。
何故だろう。
ふっと
金色の
寂しげな
それでいて凛とした・・・
思いを打ち明けられたときは、正直戸惑いを隠せなかった。
彼女の母、ナオコとは浅からぬ繋がりが有ったから。
ユイの為とはいえ、ナオコとの関係は苦痛であった。
ナオコが不慮の事故で亡くなって間も無く、その娘からの思いを打ち明けられ、母娘共々利用するつもりで抱いた。
ユイとは違う。
ただ、身体を重ねているだけだ。そう思い、日々を過ごした。
自分から言葉を発した事は無い。
だが、何故か緩やかな。
穏やかな時間が流れるようになっていった。
ユイのことを思い出すことが
思っている時間が
なんと減っていたことか。
ユイ・・・
彼女が戻る前に・・・
私は・・・
そう思案にふける・・・
不精ヒゲの男が一足早く届けにきた、ジュラルミンケースを前にして・・・・
「あーあ、結局骨折り損のくたびれ儲け、って奴か」
帰りの飛行機の中、一人ごちる。
ま、収穫、と言えない事はないかしら。
多分私と同い年くらいの女の子二人。一人はいかにもって感じの日本人。もう一人はアルビノ、だっけか。色素の作れない体の子。・・・なんか聞いたこと有るような・・・。
ま、思い出せないんだからたいしたことじゃないのよ。
んで、やけに聞き取りにくい日本語を話す男の子と、やけに・・・凛々しいってのかな?
なんだか不思議な男の子。
あの黒い鉄の人、なんだよね?
助けてもらっちゃった・・・。
んふふふふ。
くふふふふふ。
危ういところを助けられるお姫様と騎士様って感じィ?
ああ〜女の夢よねぇ。
ちゃんと本部に任官して正式配備の段取りが済んだら・・・
中学生よね?調べればすぐわかるわよね。
加持さんに手伝ってもらう事一件追加っと。
うふふ。
第拾四話 了