2010年9月21日更新
楠橋城 西側 ※クリックでパノラマ写真
楠橋城 北西 北の丸?(左)と本丸(右) ※クリックで大判写真
大手門 二匹の竜が戸の両側に巻きつき睨み合う 柱には三つ目の鬼の面 ※クリックで大判写真
楠橋城 城の東側は空き地が広がる
楠橋城 北の丸? 自動車はここから入り、橋を渡って本丸へ
楠橋城 北側 端正な表情で、もっとも城らしく見える 大棟の両端に孔雀、間の三匹は、大蛇?
楠橋城 南側 金箔で縁取りした入母屋破風の押し出しが強烈
楠橋城 東側 墓場と城
付近に鎮守も 撮影適地がなく、裏側から 撮影(全13枚)=2010年9月
楠橋城は、楠橋の古い集落に立地する天守閣風建築物。城主の名を取って「松尾城」、以前の大字名を取って「香月城」とも言う。威風堂々とした姿が山陽新幹線の車窓から見えるらしく、関心を抱く方が少なくない。史実にない城が実在するのだから、よもやま話には事欠かない。
楠橋は市街地に呑み込まれておらず、塊村の形態を色濃く残す。遠賀川の氾濫を恐れて高い石垣の上に住宅が築かれ、楠橋城とその周囲の集落はさながら要塞都市のようだ。松尾氏が築いたのは楠橋城だけではなく、神仏混交の鎮守などもそうだろう。よそ者にはめずらしいものがいくつかあり、おとぎの国のように楽しい場所だ。
都市計画上は行儀のよい建物ではないが、この楠橋城、百年残せれば文化財だろう。建物は鉄筋コンクリート造のデコ城のようにも見えるし、大規模な木造建築のようにも見えなくはない。天守閣の形式は層塔型なのだろうが、上層階が小さくなっておらず、1階から3階までほぼ同じ幅の寸胴だから床面積が相当ありそうだ。
外観ではなんといっても破風が素晴らしい。南北の金箔で縁取りした入母屋破風と、その下の軒唐破風の組み合わせが男気だ。特に南側はその巨大さと相まって一度目にすると忘れられない。大棟には孔雀と大蛇がいる。軒下の斗栱はわざとらしいが、装飾としては見栄えがよい。東西1階の出格子窓も城らしさを演出する。
しかしわたしはこの豪壮な城よりも、本丸の大手門に見惚れた。白い楼門。しかも、平入妻出の動線だ。これでは不審者が塀をひょいと乗り越えそうだが、それは脇において、芸が細かくて痺れる。戸の両側の柱に巻きつき睨み合う竜と、厄除けの三つ目の鬼の面が印象的だ。こんな凄みのある門はかつて見たことがない。
天守閣風建築物は現在も全国各地に築かれている。しかし、その大部分は歴史的建造物の安っぽい模倣か、男のロマンを言い訳にしたハリボテであり、とても見られた代物ではない。この建物は大枚を投じて築いた現代版の城であり、その外観は復古趣味ではなく、現代感覚に溢れている。
2010年9月20日作成
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Kusunokibasi Castle