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[21322] 【チラ裏から】とある転生者の麻帆良訪問(ネギま!×とある魔術の禁書目録 オリ主憑依)
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/29 20:05
はじめまして、カラーゼというSS投稿が初めての素人です。
これは『とある魔術の禁書目録』に登場する一方通行にオリ主が憑依し、わけもわからず『ネギま!』の世界へブッ飛ぶという初っ端から非常にややこしい作品となっています。
種類としては最強系になります。
舞台が『ネギま!』となるため一方通行に関しては『とある魔術の禁書目録』を知らないとわからないかもしれません。

ちなみに一方通行ですが、一般人が憑依しているため異様に丸いです。
こんなの一方通行じゃねえ!?と思うかもしれませんが、そこらへんは憑依してる一般人のせいということで。

また、憑依してる一般人は原作知識持ちで、原作はそれほど崩壊しない予定です。
少なくとも大筋は変わらないはずです。

カップリングは原作キャラと一人か二人くらいを予定しています。
一方通行は打ち止め以外受け付けませんってミサカはミサカは(ryの方はご注意を。

なお、フラグは立てますがハーレムにはなりません。

この作品のアクセラレータについて説明を。
アクセラレータは説教をします。
アクセラレータの感情が高ぶったり、何か決定的に『一方通行』がキレる原因になることが起こった場合、普段は表に出ている『一般人』の精神を『一方通行』が乗っ取ります。
アクセラレータが説教するのはあくまでその『一方通行』が説教しているのであり、闇?なにそれとばかりに平凡な生活を送ってきた『一般人』が言っている事ではありません。
一般人が何知ったかしてんだよ、テメェの記憶じゃねえだろうが、と思われることもあるでしょうが、説教する理由としてはそういうことです。
また、アクセラレータの精神は混在している、とあるように、一般人や一方通行は互いに影響されあっています。
一般人が一方通行寄りの思考になりますが、それは精神が混在している影響です。
精神は肉体に引っ張られるという解釈が近いです。

これらのことを理解した上で読んでいただけると作者は助かります。

感想、よろしくお願いします。

8/23
赤松板へ移動しました。
これからもよろしくお願いします。

8/29
第8話にある注意書きを前書きにはりつけ、全体的に修正いたしました。



[21322] 第1話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:26
トラックに轢かれたら転生した。
二次小説の世界にだけある者だと思っていたら本当にあるんだな。
……いや、何故こんなにも冷静なんだ俺。
流れ的に言ったら普通取り乱す所だろう。
……とりあえず、現状を確認しておこう。
周りを見まわす。

木と、木と、木と、木。

森である。
林なのかもしれないが、些細な違いだ。
上空を除き、前後左右が森だった。
遠くに文明の明かりが見えるのでどうやら遠い山の中とかではないようだが、それにしても転生して山の中とは、俺は捨て子なのか?

ばぶー。

……いかん、俺の脳はかなり限界を向かえているらしい。
どうやら自分でも気付かない内にパニックに陥っていたようだ。
つまり、最高にハイって奴だ。
脳内でボケると痛烈な寒さを感じるので一旦何も考えずに呆然と寝転んだまま空を見上げる事にする。

空は綺麗だ。

雲一つないが、文明の明かりに邪魔されて星が全く見えない。
十八年間都会の中で生きてきて見なれた夜空だ。
むしろ、こちらの方が綺麗に見える。
山に囲まれたおかげでマイナスイオンでも発生しているのだろうか。
思考が全く関係ない方向に傾き、最終的に『昨日、隣の佐々木さん家ってカレーだったんだよな』という思考に辿り着き、ようやく冷静になったと判断した。

何で判断できたのかは秘密だ。

さて、転生したばっかりなので動かせるはずもない体を動かしてみよう。
なんとかして這ってでも文明の明かりに辿りつかなければ。
そう思い、俺はずるずると赤ん坊なりに這おうとするが、ここでとんでもない事に気付く。
自分の身体は幼児ではなくフツーに高校生か中学生くらいの体つきだったのだ。
気付くの遅くね?と思うかもしれないが、これは実際に転生した奴にしかわからない感覚だろう。
だいたい一瞬前までトラックと全面衝突してたんだぞ。
それから一気にこの場面になったんだから、混乱していても仕方ないのだ。
そう納得しなければ虚しくなる。
それはともかく、俺は自分の身体を動かして見る事にした。

体つきはかなり細い。

そっとズボンの中に手を突っ込んで確認してみると男だったので安心する。
TSは見てて滑稽かもしれないが、実際になったほうからすればかなり切実な問題だからだ。

……前より小さいか。

あまり自己主張をしない息子を放っておいて、次は自分の手を見て驚いた。
白い。
驚くほど白い。
どこぞのコマーシャルの美肌宣伝に出れるほどだ。
ボー○ドとか。
……アレは漂白剤だったか。
ダメだ、非現実的な美肌を自分が持っていることにまた脳が混乱しているらしい。
着ている服は、まあ普通の長袖長ズボン。
ちょっとイカした模様が入っているのが特徴だ。
長ズボンは真っ黒であるが。
俺はあまり着飾る性格ではないので、そこらへんは楽に許容する事ができた。
なんだかこの服をどこかで見たような気がするが、どこだったか。
ぼんやりと思い浮かぶんだが、どうにも先から出てこない。
どこぞの10万3000冊とは違うのだ。
あそこまで俺の脳は良くできていない。
まぁ、思い出せないものは仕方がない。
別に、服ごときどうでもいい。
とりあえずどうしたもんだか。
都市に下りて警察の助けを請うのが一番だろうが、転生した上に更に他の人物に憑依している場合、十中八九厄介事のど真ん中に出現するのがセオリーだ。

正直に言うと、戦いは御免だ。

どこぞのヒーローっぽく恋人やら親やら友達を護るのならともかく、厄介事に首を突っ込むつもりはさらさらない。
だからそういう現場に遭遇したら逃げる。
まず心の鉄則その一だ。
逃げれなかったらおそらくオーバーキルであります軍曹殿。
いきなり転生して殺されるのは勘弁だ。
俺の身体が何やら超能力や宇宙の不思議パワーが目覚めているとしても、その自覚もないままに操れるものとは到底思えない。
ウルトラ○ンも変身しなければただの人であるからして。
ま、近くで爆音でも響かない限り大丈夫だろう。


ドォオオン!!


……着ました。
いや違う、来ました。
そちらの方に目をやってみると、木々が舞っていた。
いや、ホントね、空気読みなさいよね。
慌ててそこから飛び退くと、一瞬前まで寝転んでいた所に木が激突した。
墓標のように突き立つその木を見て、俺は違和感を感じた。
突き刺さっている個所が、まるで鋭利な刃物に切り裂かれたような滑らかな切り口をしているのである。
何かに切り飛ばされた感じ。
で、俺が後ろを振り向くと何かいる、と。


「おお、なんやまた人間がおったで」


ビンゴーッ!?
俺の後ろには身長2メートルを超える筋骨隆々な方々がいた。
ていうか、関西弁!?
その筋骨隆々な方々は見るからに人間ではない顔つきをしている。
額に角があり、あるいは一つ目の者もいる。

化物。

鬼だ。
俺がその怪物の群れに呆然としていると、彼等はどこか見た目に反してフレンドリーな仕草で会話を始めた。
「えらい派手な見た目しとる坊主やな」
「魔力も気も感じられへんな……ただの雑魚か、つまらんなぁ」
「ま、ワシらを見たからには生かしておけんのや。悪いが兄ちゃん、死んでもらうで」
死亡フラグを通り越してまんま死亡直結フラグキターーーーッ!?
目の前で一つ目の鬼が巨大な棍棒を振り上げる。
ここに来て何故か震えない立派な足を総動員してそこから退避しようと走り出す。
だが、鬼の身体能力は凄まじい。
俺より更に速い速度で一瞬にして間を詰めると、既に振り上げていた棍棒を振り下ろした。
俺はそれをどこか冷めた感じで、『二度目の人生って短かったなあ……』と感慨にふけながら見るのであった。






私、桜咲刹那は師匠である葛葉刀子さんと共に陰陽術師が召喚した鬼達と戦っていた。

「斬岩剣!!」

いつ見ても我が師匠、刀子さんの剣は強力の一言に尽きる。
このごろの悩みは出張が多いせいで恋人ができないということらしいが、彼女は同性の私から見ても美しいと思える外見をしている。
私の美的感覚が一般人と違うのなら刀子さんはモテないのだろうが、一応彼女の評判は良い。
影ながらファンクラブまで設立されているとの話だ。
……今ここで話す事ではないだろうが。

「百烈桜華斬!!」

私も負けじと奥義を使い、鬼達を吹き飛ばす。
この鬼達、情報で聞いていたよりも数が非常に少ない。
刀子さんが出てくるまでもなく、私だけでやれる仕事だった。
最後の一体を片付けると、辺りを警戒しつつ、私と刀子さんは言葉を交わした。
「終わったようですね」
「はい。残党は……どうやらいないようですね」
辺りに荒ぶる鬼の気配はなかった。
私はそれに安堵しながら夕凪を鞘に収めようとすると―――突如背後に殺気が膨れ上がる。
「ッ!?」
ゴッ!!と迫って来る棍棒を、瞬時に刹那の横に出現した刀子の刀が横に弾き飛ばす。
出現したのは鬼。
その後ろから、ぞろぞろと他の鬼達がやって来る。
「新手か……!?」
「いえ、違います」
私の疑問を刀子さんは短く否定した。
「そこのねーちゃんは察しが良いみたいやな」
現れた鬼はそれぞれ身体に張りつけていた札を剥がした。
すると、それまで遮断されていた鬼の気配が溢れ出す。
「ワシらの主がくれたもんでな。気配を遮断しちまう優れもんや」
「奇襲は失敗してもうたが、ただじゃやられへんで」
同時に襲いかかって来る鬼ども。
私達はそれを真正面から迎え撃つ。
神鳴流はいわゆる剛の構えだ。
相手が化物で在る事を前提とした一撃必殺の剣こそが神鳴流の境地。
真正面で衝突し、力ずくでねじ伏せる。
それの原初こそが、この剣。

「「斬岩剣!!」」

化物相手に一歩も引かぬ、化物を超えるために手にした超人の奥義。
それこそが斬岩剣だ。
私の斬岩剣では鬼を一体しか断ち切ることができないが、刀子さんは一撃で二体もの鬼を軽々と葬る威力を出す。
いつか私も刀子さんのような強い剣士になりたいと思う。
今の彼女は剣よりも色気らしいが。
それにしても、今回の鬼は少々手ごわい。
鬼以外にも烏族がいる事が大きいだろう。
鬼と同等の腕力を持ちながら、彼等を上回る瞬発力を持つ烏族。
彼等は独自の高度な剣術を持っており、熟練の烏族は刀子さんクラスの実力を誇る。

烏族が三体に鬼が十二体。

なかなかに厳しい布陣だ。
早速刀子さんがかかってきた二人の烏族の内一人を切り伏せた。
私はもう一人の烏族を相手にしている。
「そらそら、どうした神鳴流のお嬢ちゃん!!」
そしてこの私が相手にしている烏族、なかなかの実力者だ。
叩きつけられる剣の重みは凄まじく、更に速い。
神鳴流は奥義を出す隙が大きいことにあり、はずれた時のリスクも非常に大きいのが弱点である。
烏族のような動きの速いうえに人外の腕力を持つ彼等は神鳴流とは相性が悪い相手だ。

だが、それがどうした。

相性が悪かろうが、たたっ切るのが神鳴流剣士だ。
刹那は気で強化した足を使い、剣を振り下ろした烏族の横に回ると、驚愕(しているのかどうかは顔ではわからない)の表情をした烏族を、
「百烈桜華斬!!」
背後にいた鬼もろとも切り刻む。
ボッ!!という風切り音と共にカマイタチが発生し、まさしく百回切りつけられたかのように細切れにされた烏族と鬼が消え去っていく。
「ぐわあああああ!?」
その頃には刀子さんは既にもう一人の烏族を倒し、鬼の殲滅にかかっていた。
流石だ。
私も慌ててそれに加わった。
しばらくすると、烏族を先に倒した事もあり、簡単に殲滅作戦は終了した。
一息つく私達だったが、他にどんな奇襲が待っているかわかったものではない。
今度は気を抜かずに刀子さんに話しかける。
「まだいると思いますか?」
刀子さんも警戒を怠らずに辺りを見まわした。
「おそらくいるでしょう……高度な気配の隠蔽の札をあれほど作る術者です。あの程度の烏族たちが親玉とは思えません」
あの程度、と軽く言う刀子さんだが、アレは結構強かったと思う。
アレで親玉ではないというのだから、親玉は私が相手できるものではないだろう。
「増援を頼みますか?」
「高畑先生が近くにいるはずですから、一応連絡しておきましょう。もしかしたら取りこぼした鬼たちがいるかもしれませんからね」
あえて戦力増加ではなく、取りこぼした鬼達の撃破に向かわせる、か。
そういう組織的対応術は私も学んだ方が良いのかもしれない。
私は高畑先生に連絡した後、油断せず前を睨みつけて歩く刀子さんの後ろを歩きながらそう思っていると……私の人外としての鋭敏な感覚が鬼気を捉えた。
「刀子さん!向こうに鬼がいます!」
私が飛び出すと、刀子さんも私の跡を追って来る。
私の人外に対する察知能力は自慢じゃないが刀子さん以上。
察知するだけなら高畑先生や学園長以外の魔法使いに負ける気はしないほど自信がある。
それがわかっているから刀子さんも私の後ろについてきてくれるのだ。
私達が全速力で鬼達のほうに向かうと、驚いた事にその近くに人間の気配が感じられた。
微弱だ。
鬼を前にしているというのに、魔力も気も感じられない。
一般人!?
「何故、こんな所に……!?」
「刹那、私は先にいきますよ!!」
私なんかよりも遥かに速い速度を出す事ができる刀子さんが先導して先に進む。
刀子さんも人間の気配を捕らえたらしい。
しかも、酷く無防備な。
私の目に見えてきた光景は、巨大な鬼が棍棒を振りかぶり、逃げようとしている青年を今まさにその棍棒で押し潰す所だった。
「やめ―――!!」

ゴゴン!!という轟音が聞こえた。

私はその光景に絶句した。
私は今まで人が死んだ光景と言う物を目にしたことがなかった。
しかし、今、目の前で鬼が棍棒で一般人を押し潰した。
絶対に死んでいる。
言うまでもなく、即死だ。
「あ、……」
私の口から何故かそんな情けない声が漏れた。
目の前で一般人が鬼に殺された。
それが、何故かひどく私の心を揺るがせたのだ。
昔、お嬢様を助けられなかった私の姿と、今の私の姿が被る。
やはり、私は人を守る事ができないのか?
危機が迫っていた一般人を助ける事もできない私が、どうしてお嬢様を護れるんだ?
刀子さんは既にギリリと音がなるほど歯を食いしばり、鬼達へ殺気を向けている。
人の死と向き合うのが一度や二度じゃないからだろう。
私も刀子さんのその覇気を見て、気合を入れなおした。
弔い合戦だ。
私が夕凪に気を込め、一般人を殺した鬼に向けて斬岩剣を放とうとしたその時。

グシャア、という硬い物を握りつぶすような音が聞こえた。

「なっ……!?」
私と刀子さん、おそらくその場にいた鬼までもが驚愕する。
その音は、振り下ろされた棍棒から響いていた。
鬼が慌てて身を引くと、その手には根元から折れている棍棒があった。
おそらく今の音は遅まきながら叩きつけられた衝撃に負けて棍棒が折れた音なのだろう。
私はそう思ったが、どうやら違ったらしい。

「そうか……そうだよなァ」

どこかダルげなくぐもった口調が聞こえた。
「どっかで見た服装だと思ってたンだ。まさかチート設定満載の身体とはよォ」
ドガン!!と陥没していた地面にめり込んでいた超重量の棍棒が吹き飛んだ。
人間には到底弾き飛ばせないそれが、まるで木の棒のようにくるくると回転して飛んでいく。
陥没した地面から起きあがったのは、白。
真っ白な、銀髪というよりは色素が抜け落ちた無気味な白色の髪。
美白というよりは病的なまでの白さを持つ肌。
そして、ギョロリと鬼達を睨みつける赤い瞳。
ひょろっとしたその身体のどこから棍棒を跳ね飛ばすほどの力が出るのか……いや、そもそもどうして今の攻撃をまともにくらって無傷でいられるのか。
だいたい、彼は見た事もない人間だ。
これほど印象的な容姿で鬼の一撃を真っ向から受けとめられる人物を、私が知らないはずがないのだが……魔法生徒なのだろうか。
白い彼は、私達の驚愕も露知らずに立ち上がった。
挑戦的に鬼達を睨みつけながら、その口元に鬼達に勝るとも劣らない邪悪な笑みを浮かべる。

「来いよ、三下」

その兆発に上等だとばかりに吼えた鬼達は、それぞれの得物を振りかぶって青年に殺到した。






攻撃が直撃した俺は、俺自身に何の衝撃も痛みもない事に気付いた。
ダイビングするように伏せて、それでも食らった、という事実はわかっている。
なのに、全くダメージがない。
目を恐々と開けてみると、そこにはヒビが入ってボロボロな鬼の棍棒が見えた。
俺はハッとして自分の髪を抜いた。
そこには色素が抜け落ちたかのような不健康そうな白い髪があった。
これを見て、確信する。
「そうか……そうだよなァ」
そのまま俺は自覚する事によって得た能力を発動し、俺の上に乗っかっていた鉄の固まりを吹き飛ばす。
夜空の上でヒュンヒュン回っている棍棒の残骸が見えた。
そこまで吹き飛ぶもんなんだな、と思いつつ、俺はむっくりと起きあがった。
前方には己の得物を砕かれたからか呆然とする鬼と、そのほかにもまともにあの一撃を食らって生きているとは思っていなかった鬼達が呆けた顔をしていた。
くっく、と俺は笑う。
「どっかで見た服装だと思ってたンだ。まさかチート設定満載の身体とはよォ」
俺はそのまま、パンッ、という軽い音と共に、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
どうにも奇妙な感じだが、これであの能力が使えることは証明された。
こいつ等程度なら楽勝で倒す事ができる。
俺の顔には知らず知らずの内に笑みが浮かんでいた。
「来いよ、三下」
前方の鬼達が咆哮する。
この程度の小坊主に、と怒り狂っているのだろう。
怒りに吼える鬼たちが怖くないといえば嘘になる。

だが、足は震えなかった。

どうせ一度死んだ身だ。
もう一つの生がすぐに終わっても未練は無い。
ドコォン!!と俺の背後にさっきの棍棒の残骸が突き刺さるのを合図とするように、鬼達は我先にと俺に殺到してきた。
俺は圧倒的な鬼気を巻き散らす鬼達に向かってノーアクションで立ち尽くす。
ビビったわけではない。
まさか、チビって動けないわけでもない。
俺の能力を信頼しての賭けだ。
鬼達は何のアクションも起こしてこない俺に疑問を持ったようだが、怒り狂った彼等の何人かはそのまま俺に得物を振り下ろしてきた。
斬撃。打撃。衝撃。
俺に大剣や棍棒などが叩きつけられた。
だが、俺は生きている。
それどころか、鬼達の腕や得物から粉砕音が聞こえた。
痛みと意味不明な反撃による混乱からか、鬼達は悲鳴のような咆哮をあげる。
眼前で無防備に腕を抑える鬼達は俺にとって格好の獲物である訳で。
そのまま俺は、無造作に右腕を振りぬいた。






私と刀子さんはありえない光景を眺めていた。
それは一方的な虐殺だった。
最初に白髪の青年に武器を叩きつけた鬼達が、逆に自分を傷つけ、更に獲物が粉砕した後に青年の反撃が始まった。
どうして自分を傷つけたのか、獲物を粉砕したのかはわけがわからなかったが、青年は更に素人のような構えで拳を振りぬいた。


ドゴンッ!!


全く威力が乗っていないはずの喧嘩拳が、ミサイルの如き威力を発揮する。
霞んで見えなかった青年の拳は鬼に直撃し、思いっきり肋骨を圧砕した。
殴られて吹き飛ばされた鬼は後ろにいる鬼も巻きこんで倒れ、空気に解けるようにして消えていく。
青年は追撃を行った。
隙だらけとしか思えない跳躍を行うと、消え行く鬼ごとその下敷きにされている鬼達を拳でぶち抜いた。


ゴゴンッ!!


なんの気も魔力も込められていないその一撃で、地面が割れた。
鬼の上に着地した青年を狙って鬼が四方から武器を振り下ろすが、それは青年に当たると砕け散り、鬼達は自身の手首を圧し折って苦痛にうめく。
「おォおおおおおおッ!!」
青年が吼える。
両手を上に掲げると、いきなりそこに風の渦が生まれた。
西洋魔法……ではない、かと言って陰陽術でもない!
だいたい魔力も気も使われていない。
無防備になった彼に向けて鬼達が拳を放つ。
もしかしたら武器に対してだけ絶対の防御力を持つと考えたのだろうが、青年は全ての物理攻撃を無効化するどころか、鬼達の拳そのものを粉砕した。
蹲る鬼達に、青年は容赦しない。
青年が両手を掲げた上空には、何か鉄の溶接作業を思い浮かべるような眩い白光が生まれる。
最初は一メートルほどだったそれは、ギュゴッ!!と空気が渦巻いたと思うと一気に直径十メートルに膨れ上がる。
それは上空に存在しているはずなのに、こちらにもビリビリと肌を焦がすような痛みを植え付けて来る。

あれは、なんだ?

「刹那!!」
呆けている私を叱責し、その手を掴んでこの場を離れようとする刀子さん。
あれがなんなのか、わかったのだろうか。
十メートルのそれは更に二十メートルの巨大な火球と化した。
青年が何事か叫んだ気がした。
それと共に、その火球が地面に急降下した。


ズッ ゴォオオオオオオオオオンッ!!


獣の咆哮のような生々しい轟音が聞こえた。
私は思わず後ろを振りかえると、そこはまさしく炎の渦だった。
巨大火球が落下したそこは、獄炎地獄と化していた。
為す術もなく範囲内にいた鬼はすべて焼け死に―――いや、焼ける以前に吹き飛び、跡形も残さずに消滅した。
木々はバラバラに吹き飛び、散弾のようになって破片が飛んで来るが、私がそれを迎撃した。
もはや巨大な爆弾としか思えないその威力。
詠唱などを必要としない上にたった五秒程度立ち止まるだけで爆弾が作られる。
しかも、それを自分に向けて直撃させるなんて正気の沙汰ではない。
その爆弾の衝撃波が収まると、私達は青年の存在を確かめに向かった。
気配を殺しながらそっと彼を覗いてみると、

何故か『ぜーはー』と苦しそうに息をする彼がいた。

「…………」
「…………」
明らかに青いあの顔はどう考えても酸素不足。
酸欠である。
あの火球をモロに食らって火傷一つ……というか塵一つついていないその体にはもはや何も言えない。
爆撃された地に花瓶が無傷で残っているような、そんな違和感を感じさせる。
何せ、焼け焦げた大地に真っ白な青年がいるのである。
これで違和感を感じなかったらどんな感性なのか疑う所であった。
「(……刀子さん、どうしましょうか……)」
「(鬼の一撃をまともに受けても平然としている人です、我々では太刀打ちできません。おそらく特殊な障壁なのでしょうが……鬼の得物を粉砕するなど奇妙な点が多過ぎます)」
「(放っておくのですか!?)」
「(そうは言っていないでしょう?……あなたはここにいなさい。私が彼の前に出ます。もうすぐ高畑先生も来るでしょうから、その時に指示を仰ぎなさい)」
そう言い残し、刀子さんは気配を現して立ちあがり、茂みから青年の前に進み出ていった。






ミスったーーーッ!!
いやぁ、ここまで見てくれた君ならわかるだろうが、俺の能力はぶっちゃけ一方通行(アクセラレータ)だ。
知らない人はググれ。
知らないだろうから、お母さんには聞いちゃダメだ。
まあ、つまりその能力―――自分の肌に触れたベクトルを全て操作するという能力を使い、早速件の不幸少年とビリビリ少女を死の縁に追いやった技を再現してみたのであるが、まさか酸素が全て持っていかれて窒息寸前になるとは。
そういえば粉塵爆発のど真ん中にいた一方通行さんは死ぬかと思ったと言ってたし、咄嗟に口閉じてなかったら危なかったかもしれない。
調子に乗った罰だという事か。
焼け焦げた大地の上で酸素を求めて息をしていた俺だったが、その前にとある人が現れた。

美人だ。

流れるような長髪だが、残念ながら黒ではないので大和撫子ではない。
しかしそのキツめの顔やかなり良いと言えるスタイルは問答無用で美人と断言できるそれであり、腰にはそんな凛とした美人に何故かマッチする長大な刀があった。
あるぇー、もしかして聖人さんですか?
天草式の聖人さんですか?

イメチェンしたな。

そう思っていた俺だったが、いくらなんでも例の堕天使エロメイドの聖人さんではないことに気付いた。
七天七刀はもっと長いように見えたからだ。
それに、いつものエロい格好じゃないし。

ぶっちゃけ、全然エロくないし。

論点はそこなのか、という突っ込みは認めない。
なんとか息を整えて立ちあがり、俺はその美人さんを見た。
美人さんは何故かめちゃくちゃ緊張したように顔をこわばらせ、こちらに敵意のようなものをバリバリ向けながらこう尋ねてきた。
「……あなたは何者ですか?」
漠然としすぎてるのだが。
ていうかどうしよう。
転生者と言っても信じてくれるかくれないかではまちがいなくNOだ。
言ったが最後、間違いなく頭の病院に連行されるからだ。
ならばどうするか。
敵対したくないのだが、そのためには何と言えば一番良いのか……。
俺はじっと悩んだ。
悩んで悩んで……名案を思いついた。
「何者かって、俺が聞きてェくらいだ。俺ァ誰なんだ?」
記憶喪失を装う、だった。
「は?」
案の定、向こうは呆然としている。
俺はいかにも周りの状況がわかんねえですよー、とばかりに頭を掻いて辺りを見まわす。
「つーか、さっきのデケェ化物はなんだったんだ?思わず迎撃しちまったが、倒して良かったのか?」
これは本音だ。
もしも今倒した鬼達がこの世界に置いての天然記念物とかだったらヤバいからだ。
まあ、ここは転生体である一方通行が存在するとある魔術の禁書目録の世界に間違いない。
いくらなんでも、こんなファンタジックな存在がいるわけないだろう。
よってこれは何らかの実験と見た。
一方通行に最新の生体兵器を向かわせ、迎撃させたという所だろう。
そして目の前の美女はおそらく連絡員だ。
学園都市にいるはずなのになんででっけー刀を持ってるのかはわからんが。
「は……はい、あれは倒して良い物でした。それにしても……あなたは自分が誰なのか、全くわからないのですか?」
そう疑問に思うのも当然だ。

何しろ俺は一方通行。

いきなり記憶喪失になっちまった、なんておフザけとして見られる可能性があるからな。
「あァ、ちっとは思い出せるけどな、あンまり詳しい事ァわかんねェわ。とりあえず責任者のトコに連れてけ。いるだろ、ここにも責任者みてェな奴が」
「…………」
美女がどうにも困った表情をしていた。
ありゃ、流石にアレイスターはないと思っていたが、まさか責任者がアレイスターってことはないよな?
やだよあんな逆さ人間とあうのは。
そう思っていると、草むらから更に二人、誰かがやってきた。
「あ、高畑先生……」
安堵したように、その美女はその名前を呟いた。
ナニ?
タカハタ?
まさか、高畑・T・タカミチ?
いやいやいやいや、まさかそんな。
だって俺ってば一方通行だぜ?
まさかオリキャラ来訪ではなく別世界からの来訪モノだと……!?
しかも、とある魔術の禁書目録からネギまに!?
そんな御都合展開が、あるわけ―――。

「彼がこれをやってのけたのか?」

渋いオッサンキターーーーーーッ!?
メガネをかけてポケットに手を突っ込んでるところが更にダンディさを増してるぜ、タカミチ!
ポケットに手を突っ込んでいる事から彼は臨戦体制と思っていていいだろう。
ということは、こいつは本物のタカミチだと!?
しかもその横には何やら百合疑惑がある翼がある神鳴流剣士が!?
ってことは、この野太刀……目の前の女は葛葉刀子か!?
うはぁ、いきなり原作キャラに出会っちゃったよ。

……まぁ、いいですけどね、原作。

どうせ、数ある二次小説と同じ展開になるんだろうから。
「ええ、そうです。それで……どうやら彼は記憶を失っているようなんです。本人が言っているだけですからまだ確証はありませんが」
「記憶を?それなのに、こんな破壊を生み出したのか?」
「私も信じられないのですが、実際にこの目で見てしまっては信じるしかないのです」
まあ、信じろというのが大体怪し過ぎる。
記憶もなしに森の一角を吹き飛ばす大破壊をやってのけたというのだから、怪しいにも程がある。
だが、この世界での知識がない、と言う意味ならそれは真実なのだ。
「頭ン中で今の状況を整理したから、言っていいか?」
「……どうぞ」
俺は自分の頭を人差し指でトントン叩く。
それだけで向こうは身体を強張らせるのだから、困ったものだ。
「俺にスッポリ抜け落ちてンのは思い出だけだ。金の使い方とか、日本語はどうだとか、能力の使い方ってのは覚えてンだよ。もし仲間だったら悪ィが、テメェ達は俺の仲間だったのか?」
そう聞かれると、やはりタカミチも混乱したようだった。
難しい顔をしていたが、やがてタカミチは携帯電話を取り出して応対し、しばらくしてこちらに顔を向けた。
かけたのは、おそらく学園長の携帯だろう。
「僕達も君の事は全く知らないんだ。悪いけど、君の事を調べさせてもらうよ。名前は?」
「あァー、ナマエ。名前ねェ……よく思い出せねェが、一方通行って呼ばれてた気がする」
「……アクセラレータ?偽名なのか?」
「さァな。どこぞの研究所の番号名じゃねェのか?」
つまらなそうに言った俺の言葉に、研究所?と小さく呟いてから、タカミチは電話の相手に何事か言い、ポケットに携帯をしまった。
「ついてきてくれないか?ここの事を話そうと思う」
「あァ、願ってもねェことだ。よろしく頼むぜ」
タカミチを先導、後ろに俺、その後ろに刀子、刹那と続く。
何やら刀子はともかく刹那の殺気がバンバン背中に直撃しているのだが……その辺りは気にしない方向でスルーすれば良いのだろうか。
刀子も気付いているだろうに、何気に悪い奴だな。
一応反射は展開させておく事にして、俺はタカミチの後についていくことにした。






~あとがき~

とまあ、こんな調子で進めていきます。
1話ごとの長さはこれくらいがちょうどいいんですかね?
個人的にはこれの半分くらいでもいいんじゃないかと考えてるんですが。
誤字、脱字などがあれば遠慮なく報告してください。



[21322] 第2話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:28
SIDE 一方通行

そこからタカミチに先導されて、俺は暗い街中を通り、漫画などで見覚えがある中学校へ向かう階段を上っていた。
後ろからの視線と殺気が痛い。
ポケットの中を探り、何故か入っていたガムを取り出す時は非常に緊迫した空気になったことを覚えている。
いくらなんでも警戒し過ぎだと思うのだが。
特に、今にも夕凪を抜こうとしているそこのサイドテール。
いくらこのちゃんが大好きだからといって何もかも排除するのはやめなさい。

ていうか、今気付いたんだが、俺がこうやって思っていることと俺の肉体の喋り方が全く違う事に疑問を持った。

勝手に脳内変換されているのだろうか。
これはこれで便利だが、一方通行って敬語とか使うのか?
初対面の相手にいきなりタメ口はまずかった。
おそらくあそこでオドオドして見せればこんな対応は取られなかったんだろうが―――いや、鬼を吹き飛ばした段階で既に言い訳は不可能か。
実際に、この三人もそれを警戒しているんだろうし。
タカミチも笑顔を見せてはいるが、その両手は油断なくポケットに突っ込まれているのがその証拠だろう。

……なんだかなぁ。

そんでもって、知らず知らずの内にこの状況に笑みを浮かべている自分がいる。
どうやら、まだ色濃く以前の一方通行の表情や感情などが残っているようだ。
だから鬼を殺すのも躊躇しなかったのだろう。
殺すという行動自体は俺はした事がなかったが、一方通行は腐るほどある。
人とは違う異形であるが、その異形を躊躇なく葬り去った自分の容赦のなさに、少しだけ恐怖した。
もしかしたら今考えているこの考えも、一方通行と交じり合っているのかもしれない。

今の自分が自分ではない気がした。

だが、その考えは学園長室の前に来ると心の中にしまった。
今考えるべきはあの学園長対策だ。
あのぬらりひょんは言葉巧みにこちらを向こうの都合の良いような思惑に乗せようとしてくる。
断るべきことはしっかり断らなければならない。
もちろん、一方通行がこちらに戸籍なんてないのだから、その辺は学園長に頼らなければならない。
警備員になるくらいなら良いだろう。
住居はできるだけ森の近くが良い。
のんびりできるからだ。
そんな事を思っていると、タカミチがドアをノックして扉を開いた。
「失礼します、学園長。先ほど連絡した彼をお連れしました」
その中に入ると……いるわいるわ、見覚えのある魔法先生や魔法生徒がずらり。

まず正面に座るのは言わずと知れたぬらりひょん、近衛近右衛門。

麻帆良最強の魔法使いらしい。
魔法を使ったところは一回も見た事がないが。

その右手にいるあの黒人タラコ唇はガンドルフィーニだろう。

その隣にいるのは高音・D・グッドマンと佐倉愛衣。

他にも原作では見た事がない人達もいた。
皆、俺を警戒した目で見ている。
特にガンドルフィーニや高音の視線は刹那に匹敵する鋭さを持っていた。
タカミチと刀子が学園長の左手につき、後ろでは刹那が扉を閉めた。
四方を囲まれる形になる。
このまま脱出するには学園長、ガンドルフィーニ、タカミチという三大防壁がある目の前の窓からは無理だし、後ろから行くとしても何か行動を起こしたらタカミチの居合拳が飛んで来る。
怯んだ瞬間を刹那やガンドルフィーニが見逃すはずがない。
まあ、もちろん正面突破は可能だし、その気になればさっきのプラズマをここに召喚して阿鼻叫喚の地獄絵図を再現してやってもいいが。
……待て、今の思考はかなり一方通行よりだったぞ。
やっぱり混ざってんのかなあ……。
そんな事を思っていると、学園長がバル○ン笑いをして話しかけてきた。
「早速じゃが、ワシはこの麻帆良の学園長を務めておる近衛近右衛門じゃ。気軽に学園長と呼んでくれい」
それに俺は辺りを見回しながら、
「……気軽に発言できる状況じゃねェな。いくらなンでも雁首揃えすぎてンじゃねェのか?」
実際、タカミチやガンドルフィーニはともかく刀子や刹那、高音までいるのは異常としかいいようがない。
タカミチ、ガンドルフィーニの二人がかりならば俺のようにひょろっとした青年などイチコロだろうに。
それほど俺の実力を買っているという事か。
俺の発言に学園長はフォフォと苦笑する。
「それもそうじゃな。じゃが、怪しむ理由くらいはわかっておるんじゃろう?」
「まァ、化物を倒しておいて記憶喪失だなんて都合が良いにもほどがあるからな。……で、本当にここはどこなんだ?麻帆良ってのは地名か?」
というわけで、俺は学園長からこの世界の常識などを教えられた。
まず、ここは麻帆良という学園都市だという事。
日本でも最大規模の学園都市で、その裏は関東魔法協会と呼ばれる魔法組織の総本山でもある。
ここにいる人物は全て魔法関係者であるが、魔法は秘匿される情報なので我々が魔法使いである事は極秘である事。
あの化物については、関東魔法協会と昔から仲が悪い関西呪術協会から送られてくる刺客で、この麻帆良のどこからでも見える世界樹と呼ばれる大きな木の情報を知るため、あるいは関東魔法協会の戦力を削ぐために鬼や悪魔を使役して襲撃をしてくるらしい。
今回はそれの迎撃をしていたのだが、そこに突然俺が現れたという事。
そして、一般人にはとてもではないが倒せない鬼を無傷で倒すなど常識では考えられないので俺をここに呼んだ、とのことだ。
「で、ワシにも聞きたい事があるんじゃが、いいかの?」
「あァ」
「君は鬼の一撃を食らっても平然としていた……それに、呪文詠唱を行なわずにアレほどの破壊を巻き起こしてのけた。一体どうやったのじゃ?」
それについては、俺は白を通すことにしていた。
「さァ?」
その瞬間、俺の横から怒声が響いた。

「ッ、私達をおちょくってるんですか、あなた!?」

噛みついたのは高音だった。
まあ、そろそろ誰かが噛みついて来る頃だと思ってたがな。
俺はそっちにジロリと目を向けた。
「俺は学園長と話してンだ。口出すンじゃねェよ」
「ぐっ、だからって―――」
「よすんだ、高音君。彼の言っている事は正しい」
横にいるガンドルフィーニの言葉によって、高音はこちらを睨みつけながらも引き下がったようだ。
そう、それが賢明って奴さ。
俺は視線を学園長に戻す。
「アンタ達魔法使いってのは、魔法を使うときにムニャムニャ呪文を唱えなきゃならねェのか?」
「その通りじゃ。佐倉君、少し見せてやりなさい」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
いきなりのご指名に佐倉はびっくりしたようだった。
その狙いも何もない純真ないじめられっこ体質の佐倉を見て、思わず俺は笑ってしまった。
それに釣られてか、タカミチからも苦笑が漏れる。
もちろん、ガンドルフィーニや高音は良い顔をしなかったが。
「ぷ、プラクテ・ビギ・ナル。火よ灯れ」
佐倉が掲げた小さな杖から、ポッ、と小さな火が出た。
それを見て俺はふーんと呟いた。

「百円ライターの方が速ェんじゃねェの?」

「身も蓋もないのう、お主……」
この『プラクテ・ピギ・ナル。火よ灯れ』は初心者が魔法を使うために行うものであり、これを行うにもそれなりの練習がいる。
それを百円ライターで済むんじゃね?といわれれば、学園長としても頬を引きつらせる事しかできなかった。
まあ、一般人の感覚なんてこんなもんだ、と思って欲しい。
「他にもいろいろと呪文のバリエーションはあるんじゃ。使う者によっては山も軽々と吹き飛ばす呪文を唱えられる者もおる」
「山を?すっげェな」
実際、漫画ではナギの雷の暴風が山を吹き飛ばしていた。
千の雷辺りを使えばものすごい事になっていただろう。
俺が正直に感心したので、ライター発言に不機嫌な顔をしていた高音の顔が少し緩んだ。
緩んだとは言ってもまだ厳しい表情をしていたが。
「……話を戻すけどよ、呪文詠唱がどうのこうのなンざ、俺ァ知らねェ。アレは風を操っただけだ」
「風を?どうやったんじゃ?」
「なんつーんだ、あァー……こう、ぐるっ、て感じ?そんな感じでやったらできたンだよ」 
呪文を必要とせず、ただイメージするだけで風を操れる、と学園長達は思っただろう。
本来は頭で膨大な演算をしているのだが、別にそこは明かすべき事柄ではない。
「刀子君。彼は魔力や気を使ってなかったと言うが、本当かね?」
「はい。彼は一切魔力や気を使っていませんでした。これは私の考えですが、我々とは違う系統の魔法使いなのかと思われます」
「ふむ、我々も認知できない未知の力による魔法か……」
まあ、そう捉えてもらって構わないだろう。
どうして超能力が発動するのか、明確な原理そのものはとある魔術の禁書目録の作中では明記されなかった事だし。
AIM拡散力場が関係しているのかもしれないが、あれはそもそも能力者が作り出す力場だ。

脳内にある幻想を現実に呼び起こす。

それこそが能力の発動原理だと俺は思っているが、それなら一方通行は常時脳内に自分の周りのベクトルを反射するように意識しているというのだろうか。
しかも、無意識に。
意識しているのに無意識とは、これまた意味不明な事だ。
……まあ、考えても無駄なことだ。
ネギま!でも詠唱して魔力を込めるという行為自体自己暗示のようなものだろうし……とある炎の魔術師、ステイル・マグヌスは詠唱や殺し名を名乗るようにしていた。
あれも自己暗示だとすれば、究極的には能力者と同じような考えにいきつく。
出鱈目だろうが、脳内の妄想を現実に引きずり出す、と言う認識でいいだろう。
こんな自論を今ここで発表する事もないので、俺は黙っておく事にした。
「鬼の攻撃に耐えられたっていうのは、俺もよくわかんねェ。夢中だったし、俺のこの風を操る力が無意識に発動したのかもしれねェ」
「君は記憶がないと言っていたね?どうしてその風を操る力とやらがわかったんだ?」
ガンドルフィーニが話しかけてきた。
あァ、とダルげに答えながら、俺はガンドルフィーニに説明してやる事にした。
「アンタ、脳医学ってのは習ったコトあるか?」
「脳医学?いや、私はあまり詳しくないが・・・」
「人の頭ってのァ便利にできててな。頭が混乱したり、パンクしねェようにいくつか担当する記憶が別れてンだよ。言葉や知識を司る意味記憶。運動の慣れを司る手続記憶。そして思い出を司るエピソード記憶って感じにな。記憶喪失ってのァよく本とかに出てくる話だが、ソイツがいきなり言葉を忘れたり、鉛筆の持ち方がわからなくなったりすることはねェだろ?俺はその内、エピソード記憶を忘れちまったみてェだから、知識として俺の能力の扱い方は覚えてンだよ。経験は全くねェけどな」
その流暢な説明に、その場の全員が驚いたようだった。
「……ンだよ。気味悪ィぞ」
「君、歳はいくつなんだ?そんな知識は普通の学校では習わないはずだが……」
「知るか。記憶喪失だっつってンだろ?」

自分でもびっくりだ。

この身体、流石に学園都市最高の優等生だけあってブレインの方はかなり優秀らしい。
すらすらと言葉が出てきた。
自分で言っててなんだが、自分が気味悪い。
平凡かつ平凡かつ平凡の俺は説明するのに向いていないし、頭もあまり良くはなかった。
やはりここはチート肉体に感謝しなければならないだろう。
「で、結局俺って何者なんだ?」
まずはそこだ。
自分が何者か、それを確立しなければ話にならない。
一応事情を聞くにしても俺が何者なのかはっきりしないと進展も望めないのだ。
「まあ待ちなさい。既に魔法で君の顔写真のようなものを作って調べさせておるよ」
「慣れてンだな?」
「記憶喪失というケースも麻帆良じゃ少なくないからの。対応にも慣れるというもんじゃよ……おっ、噂をすれば」 
ドンピシャ。
プルル、と鳴る受話器を取り、学園長が何事か話し、受話器を置いた。
こんなに近くにいるというのに、俺には全くその内容がわからなかった。
声そのものは聞こえるのだが、内容がわからない。
今思いだそうとしても無理なのだから、いくらなんでもおかしい。
これも魔法と言う奴なのだろうか。
そう思っていると、学園長が済まなさそうに言ってきた。
「……ちょっと困った事になったのじゃが」
「俺の住所がわからねェのか?」
「言いにくいが、その通りじゃ」
学園長が言うには、俺のようなケースの……自分の名前を知らない人間でも個人情報はきちんと存在するので元いた所にちゃんと戻せるようだが、いかんせん俺は異世界人だ。
この世界に戸籍が存在している事がおかしい。
「ってことは、彼は正体不明の人間と言うことになりますね……」
タカミチが言うと、周りの警戒心は一気に高まった。
バラバラにはされないが、このままでは戦闘になりかねない。
そうなれば原作はパーだし、戦闘は極力避けたいし、人殺しなんてしたくない。

プラズマに吹き飛ばされたスプラッタ死体なんざ見たくもない。

「まあ待ちなさい。彼が正体不明の人間であろうとなかろうと、敵でない事は明らかじゃろうて」
「どうしてそう言えるんですか、学園長!?」
ガンドルフィーニが叫ぶが、重みのある声で学園長は言った。
「彼がその気になれば、我々など瞬く間に殺されてしまうからじゃ」
「……誤解を招く言い方はやめて欲しいンだが」
こいつは思考を読めるのか、と冷や汗を流した。
「一応、俺はアンタらと敵対する気はねェ。戸籍もねェ、金もねェじゃ生きていけねェからな」
そう言うと、学園長は悩んだようだった。
どうやら、こちらの意図に気付いたらしい。
戸籍がないんなら、学園長が作れば良い。
金がないんなら、学園長が働き手を見つければ良い。
俺は現在戦力不足であるあの仕事にはうってつけの実力を持っている。
そして、俺に恩を売っておけば後々頼み事も……とか思っているんだろうが、俺はそこまでお人よしじゃない。
好きに動かされると思うなよ。
そう思っていると、学園長は諦めたようなため息をついて呟いた。
「……わかった。君の戸籍を作り、雇い先として君を警備員として雇おう」
「学園長!?」
俺が学園長の言葉にしてやったりとばかりに笑みを浮かべると、ガンドルフィーニが過剰に反応した。
やはり、彼は正体不明な存在、悪と定義される存在に排他的だった。
ガンドルフィーニが納得しきれないと思ったのか、学園長は『ただし』と一つだけ条件を付け加えた。
「君を一ヶ月間、監視させてもらう」
「あァ?」
俺が不満げな声を上げるが、こればかりは譲れないと学園長は強い目でこちらを見やった。
おそらく、それが学園長の最大限の譲歩なのだろう。
それが学園長が俺を信頼してくれた証拠なのかはわからないが、学園長がこちらに敵意を抱いているのではないと言う事が確信できた。
……いや、こちらが見抜けないほどの演技なのかもしれないが。
しかし、ここで断れば麻帆良に俺の居場所はない。
戸籍もない状態で日本で生きて行けるわけがないので、俺はこの提案を了承するしかなかった。
「シャワールームとか覗くんじゃねェぞ?」
それは事実上、了承の言葉だった。
「無論じゃ。ただ、部屋の中は覗かせてもらうぞい?」
「構わねェ。別に、俺は寝てるだけだと思うしよォ」
とりあえず首輪のような物がついたことにホッとしたのか、学園長がこう問い掛けてきた。
「で、君の名前はどうするんじゃ?田中太郎にでもしておくかの?」
「ブッ殺すぞ」
そう言って少し殺気を放ってやる。
すると、魔法先生たちの顔色が変わった。
ガンドルフィーニは即座にナイフを取りだし、刀子は刀を抜き、タカミチは重圧のこもった目でこちらを睨んでいた。
正直に言うとチビりそうに怖い。
俺がもし元の姿なら、この場で土下座して『調子こいてマジすんませんしたーッ!!』と謝っていることだろう。
だが、俺は一方通行。
俺の肉体は恐ろしい事にこれくらいの殺気ではびくともしないようだった。
それどころか、彼等の動きを捉えて感想まで述べる余裕があった。
「反応が遅ェぞ。もォ少し速く行動できねェのか?」
高音や佐倉に至っては俺の殺気に当てられて動けないようだ。

あれほどうるさかった奴が顔を真っ青にして黙ると言うのは思いがけないほど爽快だった。

俺の言葉に周りは更に緊張した空気に陥るが、頃合を見て俺は肩を竦める仕草をした。
「ジョーダンだよ、ジョーダン」
くくっ、と笑いながら告げる。
これで彼等の警戒指数は上がっただろうが、しょうがない。
思わずぶっ殺すと言ったこの身体が悪いのだ。
どうやら、アクセラレータに冗談は通じないらしい。
内心でため息をつきながら、俺は少し虚空を見つめた。

名前のことを考える必要があったからだ。

生前の名前でもいいが、魂だけの存在に名は不用だろう。
ならば、この肉体の主の名前を借りるべきだと思う。
「俺の名前は一方通行だ」
「アクセラレータ?」
「あァ。ポッと頭に思い浮かんで来やがった。もしかしたら、俺はそんな風に呼ばれてたのかもしれねェと思ってな」
「……しかし、戸籍にそんな名前を書くわけにはいかんの」
「なら、漢字で一方通行(ひとかた みちゆき)って書いてくれねェか?日本人っぽい名前にはなるだろ」
これで、俺の名前は一方通行に決まった。
みちゆきでもひとかたでもいいが、できればアクセラレータと呼んで欲しい。
多分、この一方通行の肉体がアクセラレータ以外の呼び名を拒絶するだろうから。






SIDE 近衛近右衛門

いや、あのような目をする若者と言うのは実に久しぶりじゃのう。
そう思いながら、ワシは彼の細い背中を見送っていた。
刀子君、そして付き添いとして刹那君の案内によってとある空き部屋へ案内される事になっておる。
流石に野宿はかわいそうじゃからの。
刀子君、刹那君、そして彼が学園長室から去ると、ガンドルフィーニ君が険しい表情でワシを睨んできた。
「あんな未知数な者を麻帆良の中に招き入れるとは、どういうことですか、学園長」
「どうもこうも、これ以外に方法はなかったじゃろうて」
彼のオーラというべき気配は、裏の匂いしかしなかった。
時折表の気配も混ざるが、おそらくそれは記憶喪失しているからなのだろう。
彼の背後に見える大きな闇。
彼の抱えるそれがどれほど大きいのか、それがわかっているのはおそらくワシとタカミチ君以外におらんじゃろう。
ガンドルフィーニ君もそれをわかっていない大多数のものに入る。
どうも、ガンドルフィーニ君は頭が硬いのじゃよ。
「彼……アクセラレータ君を今外に放ってしまうのはあまりにも危険じゃ。下手をすればあの能力を使われて強盗や殺人まがいの事を起こすかもしれん。魔力や気を察知できん力を使うのじゃから、全世界に飛びまわられたら厄介じゃ。それを防ぐためにも麻帆良に閉じ込め、彼が生きることができる環境を整えてやらなければならないのじゃよ。そうすれば、少なくとも麻帆良を攻撃する事はあるまいて」
「……しかし、彼は危険です」
その深刻そうな表情を見て、ガンドルフィーニ君は彼なりの感覚でアクセラレータ君の闇を捉えたようじゃった。
ただ、どうやらその大きさを掴んでいるようではなさそうじゃな。

彼の闇そのものを捉えられたのなら、手元において監視した方が良いとわかるじゃろうに。

「あれほどの殺気、常人が放てるものとは思えません。おそらく相当数の修羅場を潜って来た者かと思われます。あの見た目では驚きですが……それにしても、中学生や高校生レベルの年齢の者ができる真似ではありません。もしかしたら彼も『闇の福音』のように見た目では判断ができない年齢なのかもしれません。そして人外ならば、魔力でも気でもない力を使う魔法の行使も可能かと思われます」
「それらは全て推測に過ぎんのじゃよ、ガンドルフィーニ君」
そう、全ては推測じゃ。
ガンドルフィーニ君が言っている事は、確かにもっともな事じゃろう。
彼は危険じゃ。
それに間違いはない。
だが、だからと言ってこの麻帆良から追い出すというのは限りない下策だ。
「彼を恐れるのはわかる。彼が何かしでかさんと言う保証もない。じゃが……彼は何か我々にとって重大な事件を起こしたりするとは思えんのじゃよ」
「根拠はあるのですか?」
「カンじゃ」
ワシは取り繕ったりせず、スッパリサッパリそう言った。
そう、彼を疑ったりせん理由は他の何でもない。

カン。

それだけじゃ。
「ワシの長年のカンは彼が危険じゃないと訴えおるんじゃよ。大きな力は確かに正義と悪に二分されやすい。悪の力は確かに我々魔法使いが討滅すべき存在なのかもしれん。じゃが、彼が扱うのは莫大な力その物であって、決して悪ではないと思うのじゃよ。莫大な力はそれだけでは決して危険ではない。彼も口調は悪いようじゃったが、頭の中はどうやら利口な青年のようじゃからな。この一年間で一切問題を起こさなかったら、ワシは彼を危険視する事はやめるつもりじゃ」
「僕も同意見ですね」
今までずっと黙っていたタカミチ君がワシに同意した。
やはり、タカミチ君はわかっとるようじゃな。
「彼の殺気は、僕は意識的ではなく無自覚にやったものだと思うんです。あれがただムカついただけで放たれる殺気なら、明確な殺すという意志で放たれた殺気は凄まじい物になりますが……彼はそういう『裏の力』と言うべき純粋な能力ではない力の制御ができないのではないかと思います。だからさっきはあのような状況になってしまったのだと思います。おそらく、記憶を失う前は裏社会を幼い頃からくぐり抜けてきたのでしょう。それに……彼の目には理性がありました。彼の事を良く知らないのに否定するのはよくないことですしね」
「……なら、この麻帆良に突如として出現した理由はどう説明されるのですか?」
「それは僕にも……」
「ワシにもわからん。転移魔法か何かで麻帆良にやってきたと考えるのが妥当じゃろうが、それが彼の意志なのかどうかは誰にもわからん」
ワシらがイマイチ彼を信用できない理由、それがどうしてあそこに彼がいたのかわからないからじゃ。
ワシの見立てによるとおそらく彼は何らかの事故に巻きこまれ、転移魔法を食らってしまった。
その過程で記憶を消失してしまい、転移魔法で結界を突き破って麻帆良へやってきた。
どうして麻帆良なのか、というのは偶然の一言で片付けられるレベルの事柄である。
まあ、それもこれも彼が記憶を取り戻してからの話になりそうじゃわい。
兎にも角にも、いざとなればワシが全ての責任を負って決着をつける。
彼が良からぬことを企む輩であるのならば、
このかや生徒達を危険な目にあわす悪党なのだとしたら、
迷わず、私の杖で貫いてやる。






SIDE 一方通行

刀子に案内された場所は小さなアパートだった。
事情を聞くと、何やら事情のある子たちや寮の人間になじめない子たちがこういう所に住んでいるらしい。
クラスに一人くらいは不登校の奴がいると思っていたが、この麻帆良でも例外じゃないみたいだな。
その中には、俺のようなわけありの人物もいるらしい。
まあ、別に係わり合いになる訳じゃないからわりとどーでも良い話ではあるが。
「ここがあなたに割り当てられた部屋です」
どこか作業的な声で刀子が言う。
おそらく、殺気を放ったり未知の力を使う俺を恐れているのだろう。
あるいは、敵とみなしているのだろうか。
どちらでも良い。

来る敵は拒まずに叩き潰すまでだ。

そう思っていると、刀子から携帯が投げ渡された。
「この携帯で、明日学園長から呼び出しがかかると思います。十時ごろといっていましたから、それまでに起きていてください」
「わァーったよ。それにしてもホントに用意がいいな」
「これだけ大きい学園都市だと、それだけ問題が起こるんです」
「……それにゃ同意するな」
実際、一方通行のいた学園都市なんてひっくり返せば血と肉の渦のようなもんだったからな。
麻帆良はまだ平和なのか、それとも学園都市が異常なのか。
……またどうでもいい話だ。
「で、俺ァもう寝てもいいのか?」
その言葉に刀子は少し面食らったような顔をした。
「別に何をしようがあなたの勝手ですが……まだ七時ですけど」
「……なンか眠くてたまんねェんだよ。別にいいだろ俺の就寝時間が速くてもよォ」
そう言いつつ、俺はその部屋のドアノブに手をかけた。
そこで、何かを思い出したかのように振り向く。
「あァ、悪ィな、案内させちまって。じゃあな、オヤスミ」
ひらひらと手を振って、俺はドアを閉めた。
ドアの隙間から見えた彼女達の表情は、実に滑稽だった。
刹那もそうだが、刀子のぽかんと呆けた顔というのはレアだ。
やはり、生真面目な人間ほどからかうのは面白いらしい。
あの二人はどうやら俺が礼を言うなんて思わなかったようだ。
俺はそう思ってこみ上げて来る笑いを噛み殺しながら、靴を脱ぎ、真っ直ぐ廊下を歩いてそのままベッドに寝そべる。
しかし、改めてこういう場所に隔離されると、俺がこの世界に一人で取り残されたのだと実感してしまう。
クラスでは友達もおらず、極平凡の成績で標準的な生活を送ることで目立たなかったおかげで話せる相手はほとんどいなかったが、それでも失って初めてわかる我が家の大切さと言う物を実感する事ができた。

今からは一人で生きていかなければならない。

俺の武器は最強のチート肉体と負けず嫌いな根性だけだ。
この武器を持って、これから現実に戦いを挑まなければならなくなる。
俺の頭脳は原作知識を元に凄まじい勢いで大雑把なこれからの計画を立てていく。
たいていの人物像は掴んでいるので、明日は麻帆良を探索するという計画となった。
あのジジイのせいで狂うかもしれないが。
今回わかった事だが、あのジジイは基本的に善人だ。
お気楽でもないが、お人よしだ。
巨大な麻帆良という組織をまとめるのなら、ガンドルフィーニの方が適任だと俺は思う。
だが、ジジイが学園長でやりやすいのは確かだ。
せいぜい足掻かせてもらうよ。
俺はずるずると硬い枕を抱くように移動し、そのまま寝入った。
この世界に出現した最強の超能力者の最初の一日の終わりだった。






SIDE 桜咲刹那

私が同行を申し出たのは、決して刀子さんの腕を侮っているわけではない。
私は私でこの男を見極めたかったのだ。
おそらく、見た目からして年上の、一方通行と名乗るこの男。
こいつがお嬢様を狙う刺客じゃないと言う保証はないからだ。

私もバカじゃない。

……いや、確かに学校の成績はちょっと悪いが、そんな意味ではなく。
直にお嬢様を狙う刺客かと聞けば早いだろうが、もしイエスだったら学園長のやった取引などはパーになる、ということだ。
学園長達は良い顔をしないだろう。
それに、彼の実力は未知数だ。
鬼の腕力を持って振り下ろされる棍棒の一撃は、私でも容易に受け止める事はできない。
それを身じろぎもせずに受けとめ、反撃さえしてのける。
私より細いんじゃないか、と錯覚させるほどひょろっとした細い腕や脚からは想像もできない威力で鬼達を殴り飛ばし、蹴り飛ばす。
おそらく、私だけでは敵わないだろう。
だが、この男が張っているのはおそらく障壁。
私の雷鳴剣と刀子さんの雷鳴剣は地形を変える威力を持つ。
まともに食らえば彼とて無事ではすまないだろう。
……まともに食らえば、と言う話ではあるのだが。
さて、私達は夜の道を歩いているわけだが、この男、緊張感の欠片もなく欠伸などをしている。 
しかも御丁寧に『ふぁーあ、眠いなァ、オイ』というおまけ付きだ。

斬ってやりたかった。

刀子さんや私がどのような気持ちで歩いているのかなんて全く知らないし、わからないのだろう。
彼の言う事を信じるとすれば、彼は記憶喪失。
人の感情を察する『エピソード記憶』が不足しているのなら、空気が読めなくなったと思ってもらっても良いだろう。
それであの殺気を放つのだから、冗談ではない。
裏の者独特の匂いもするし、記憶喪失が演技なのか、それとも本当なのかは曖昧なのだ。
学園長の気持ちがわからなくもないが、それでもこの男を麻帆良にとどめておくのが危険とは思わないのだろうか。
あの学園長の事だから、何か考えがあるのかもしれないが。
そう思っていると、アパートの前についた。
私も何回か訪れた事があるが、相変わらずボロい、古びたアパートだ。
何か幽霊でも出そうな感じだ。
とあるドアを指差した刀子さんは携帯を取り出して彼に渡し、明日に呼び出しがある事を告げた。
彼は用意がいい様子に呆れていたが、私だってそう思う。
いつの間にあの携帯電話を渡したんだろう、学園長は。
無駄なところで強者スキルを発揮したりするから困ったものだ。
そう思っていると、彼はぽつりと言った。
「で、俺ァもう寝てもいいのか?」

はぁ?

何故そんな事を許可する必要があるのだろうか。
私の困惑は刀子さんも同じだったらしく、少々戸惑いながらも答えた。
「別に何をしようがあなたの勝手ですが……まだ七時ですけど」
「……なンか眠くてたまんねェんだよ。別にいいだろ俺の就寝時間が速くてもよォ」
そう言いつつ、彼は再びその部屋のドアノブに手をかけた。
そこで、何かを思い出したかのように振り向く。
「あァ、悪ィな、案内させちまって。じゃあな、オヤスミ」
私達は思わず呆気に取られて彼を見つめてしまった。
失礼かもしれないが、とても彼は礼を言うような人間には見えなかったからだ。
粗暴な言動、不良を思わせる三白眼、身体から滲ませる『近寄るな』と警告するようなオーラ。
経験上、そんな人物はまともな奴ではないので、そんな雰囲気を漂わせている彼が素直に礼を言うなんて思えなかったのだ。
そして最後。
ドアが閉まる直前に見えた、彼の背中。
見た目にも頼りないその背中は震えていた。
笑いか、それとも悲しみか、それは私にはわからない。
だが、その姿はとても哀愁を漂わせていた。
まるで、過去の私のように。






~あとがき~

ようやく書けた……いや、書きすぎか?
ていうか、改めて見直したらぬらりひょんがカッコイイwww
なんで俺こんなにカッコよくしたんだろ?
その場のテンションって、怖いっす。



[21322] 第3話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/21 12:48
SIDE一方通行

覚醒して鏡を見ても、俺は一方通行のままだった。
何故か身体がもっと寝ろ!!今すぐ寝ろ!!さあ寝ろ!!というダルさを脳に向けて発信してくるが、俺はそれを拒絶するために冷水で顔を洗った。

……冷た過ぎるだろ!?

顔を洗ってから数秒硬直し、俺は慌てて顔を拭いた。
心臓に悪いな、こりゃ。
寝覚めが悪い体というのはどうも馴染まない。
一方通行は低血圧なのだろうか。
ちなみに『俺』は毎朝七時に起きる優良な学生だった。
あの時は楽に起きることができたのに、この身体はこう言う時だけは不便だ。
体に纏わりつくダルさを振り払いながら、俺はベッドに腰を下ろし、テレビをつけた。
チャンネルは僅かしか通っていない。
他の番組はくだらなかったので、結局ニュースを見ることになった。
意味もなくそれを流し見ていると、腹が鳴った。

ダルくても腹は減る。

なんとも一人暮らしには不便な身体だろうか。
俺はそう思いながら、冷蔵庫の中を見ると、中は空っぽだった。
せいぜい、ペットボトル1本の水が置かれているくらいだ。

どないせーっちゅうねん。

俺は二リットルペットボトルを片手で持ちながら呆然としていると、傍にある食器棚に目をやった。
その下はタンスになっており、その中もくまなく漁ってみると、カップ麺がいくつかある事が判明した。
賞味期限は切れてないようだ。
何故か新品同然だったヤカンを取りだし、それにペットボトルの中の水をどぼどぼと適当に注ぎながら火をつける。
電気ではなく、ガスだ。
俺の中の一方通行の知識はガス式は今時珍しいと言っているが、今は刹那が麻帆良にいて行動している事からおそらく二〇〇一年から二〇〇三年だと思われるので、珍しいのではなくこちらではこれが当然なのだ。
おそらく、と推測しているのは、今が何年何月の何日なのか、昨日聞くのを忘れたのだ。
学園長達と対面していた時ならともかく、刹那や刀子と一緒にいた時なら間違いなく聞けただろうに。

我ながら間抜けである。

ニュースで確認してみるか、とニュース番組に視線を移してみると、今は二〇〇一年の十一月九日。
肌寒くなる頃だ。
俺は長袖一枚とトランクス、そして長ズボンという十一月前半にしては軽装気味なスタイルだ。
これはまず学園長から金でも借りて服を買い揃えなければならないだろう。
警備員として雇うとか言っていたから、前借りで。
ピョー、という想像していたよりも腑抜けた音でヤカンが沸騰を知らせてきた。
俺はそのヤカンを手に取り、カップ麺に注ぐ。
御丁寧に割り箸や取り皿もあったので、それらで蓋をした。
三分はニュース番組の時計を見て計った。
寒くなりつつあるこの季節で暖かいカップ麺は何故か心に染みた。
単身赴任のサラリーマンってこんな感じなんだろうな、と思う。
まさかこの歳でサラリーマンの気持ちを理解するとは思わなかったので、なかなかに切ない気分になる。
ハァ、とため息を一つ付き、俺はズルズルとカップ麺をすすった。
早くも望郷の念が押し寄せて来るが、数あるネギまSSのようにどーせ帰る事はできないだろう。
しかも帰れたとしてもおそらくそこはとある魔術の禁書目録の世界。
どちらかというとネギまの方がマシだ。
猟犬部隊やら『ヒューズ・カザキリ』やら『ドラゴン』やら……アレイスターの計画には関わりたくないし、この世界で一方通行の反射を無効化できる奴というのはそういないだろうからだ。

神楽坂明日菜の魔法無効化能力は通じるのか、少々試してみたい感じはするが。

どうせ帰れないのならせいぜい楽しもうと思うが、学園長などにあれほど警戒されていては楽しむ事なんざできやしない。
それに、既に監視も動いているようだ。
窓の外……いや、窓の傍から視線を感じる。
スナイパーで俺が知っているのは龍宮真名だが、彼女はこんな面倒くさい長期任務を請け負うとは思えない。
魔法か何かでの長距離監視だろう。
ふと、視線が時計に移る。
現在時刻、午前九時六分。
十二時間以上も寝てたのかよ、と俺の睡眠量に呆れていると、突然電子音が携帯から響いてきた。
なんだなんだと思うと、メールの着信であった。

学園長だ。

内容は、俺のいるアパートからじゃ場所はわからんだろうから地図を送るとのこと。下を見れば確かに簡略的な地図が載っていた。
メールを返すのは面倒なので、俺は学園長室で挨拶する事に決め、後三十分ほどはゆらりと過ごそうと思い、淡々と流れていくニュース番組を眺めていた。






SIDE どこぞの魔法先生

「こちらアルファ。目標、起床しました」
『こちらベータ。了解、引き続き監視せよ―――ってやめねえかこの口調?』
監視魔法によりアクセラレータと名乗る奇妙な男を監視して報告する。
それが私の任務だ。
それ以上でも以下でもない。
ただやることを行うだけだ。
通信相手が何か言っている気がするが、聞こえない。
報告する時にこの口調は普通だろう。

まさかそれ以外になにかあるというのか!?

「……むっ」
心の中で叫びながら監視を続けていると、低血圧なのかフラフラと洗面所へ行き、『のわァ!?冷水じゃねェか畜生ォ!!』という怒声が聞こえてきたのでおそらくお湯ではなく水で顔を洗ってしまったのだろうと思う。
だろう、というのは洗面所辺りまでは私も監視できないからだ。
しかしこの時期に水で顔を洗うとは……ショック死するぞ。
更に監視を続けていたが、やがてアクセラレータはソファーに寝転び、何やらニュースを見始めた。
……こっちは寒い早朝でさっさと起きて監視なんていうクソ暇な任務についたってのに良いゴミブンですね。

グシャア!!と嫉妬と共に眠気覚ましの缶コーヒーを握り潰した。

血のように滴るコーヒーを手を振って飛ばしながら監視を続けていると、向こうはカップラーメンを食べ始めた。
何やら残業で疲れた親父みたいな雰囲気を発しているが、どういうことなのだろう。
……ああ、そういえば怒りに我を忘れていたが学園長に連絡を取らなければならない。
何やら学園長がアクセラレータにメールをするとか。
そういえば私も久しく友人たちにメールを送っていないことに気づく。
高速で携帯をいじりながら、
「こちらアルファ。現在メール送信中です、どうぞ」
『こちらベータ。いい加減そのフレーズが気にいってんのは認めてやるからいちいち報告すんのは―――ブホァ!?テメェなんてもん送りつけてきやがる!?っつか何時撮ったんだコレ!?どうぞ!!』
「こちらアルファ。黙秘権を行使します、どうぞ」
『こちらチャーリー。詳しく事情を聞きたいでゴザル、どうぞ』
「こちらアルファ。具体的には教師のくせに女子生徒と喫茶店でデート中な映像でゴザル、どうぞ」
『ふざけてんじゃねーッ!!ありゃあ向こうから誘われて仕方なくだな―――っつか誰だチャーリーって!?なんで自然と念話に入り込んできてるわけ!?誰だ念話傍受してるクソ野郎は!?』
『こちらチャーリー。むしろ画像をいただきたく候、どうぞ』
「こちらアルファ。だいたいその口調で誰か読めましたがとりあえず送っちゃったりしてみます、どうぞ」
『……こちらチャーリー。あまりのリアルな画像に失神寸前です、どうぞ』
『あァああああああああああああッ!?』
少しからかいすぎたか。
まあいい、別にいつものことだしな。
余計な時間を食ってしまったなあ、とくつくつ笑いながら、私は絶叫するベータの声をBGMに学園長へメールを送った。






SIDE 一方通行

十時ちょっと前。
徒歩で辿りついたのは良いものの、女子中学校に入るのは抵抗がある。
と思っていたのだが、案外すんなりと入れた。
授業中だったことが幸いし、誰もいなかった事が大きいだろう。
それにしても女子中学校校舎に学園長室を作るとか、あのぬらりひょんは何を考えてるんだか。
まあ……大方孫がかわいいとか言っておきながら超や明日菜、エヴァンジェリンの監視をやりやすくするためだろう。
麻帆良祭のあの件は、何やら学園長は訳知り顔だったし……だいたい、学園長の目をかいくぐって超や葉加瀬達が地下の鬼神などに手を出せるとは考えづらい。
おそらく、学園長も心の中では変革を望んでいたのではないだろうか。
本気で変革を望んでいないのなら、交渉事ならば超と比べ物にならないキャリアを持つ学園長だ、容易に超の思惑を無視することはあるまい。
言葉で聞かないのなら大多数による武力で制圧してしまう事だろう。

いくら超の内に存在するスプリングフィールドの魔力が強大だと言っても、一人ではできる事に限りがある。

茶々丸、葉加瀬、龍宮の力を借りても無理だ。
なにせ、こちらには学園長とタカミチがいるのだ。
茶々丸と葉加瀬は問題外。
超はタカミチが潰し、一番厄介な龍宮を学園長などが追いつめるだろう。
麻帆良祭でなければあの『最強の弾丸』も使えないことだし。
現在でも超の計画が進行している以上、学園長が超の計画を知っている事は明らかである。
明日菜に至っては言うまでもなく、彼女は魔法使いの天敵である魔法無効化能力者であり、更には『黄昏の姫巫女』でもある。
彼女を傷つける事はタカミチが絶対に許さないだろう。

ガトウに彼女を任された男として。

もちろん、その感情は決してLOVEではないが。
LOVEなのだったら、どんな光源氏計画だ、それは。
そんなくだらない事を思っていると、学園長室の前についた。
携帯の画面に映っている地図では学園長室を示す場所を『秘密の花園♪』と書かれている。

殺してェ。

思わず一方通行モードで扉をブチ殴って侵入しようかと思ったが、なんとか思いとどまって普通にノックした。
誰だと聞かれるまでもなく許可された。
そういえば、監視がついてるんだったな。
そう思いながらドアを開けると、そこには学園長一人だけがいた。
「よう来てくれたの、アクセラレータ君」
「あァ」
俺はダルげに答えを返しながら、視線だけでぐるりと周りを見まわす。
「昨日のうっとォしィのは来てねェみてェだが、どうかしたのか?」
「……ガンドルフィーニ君は授業、高音君は生徒じゃ。この時間はそれぞれ一般人と変わらない事をやっておる」
鬱陶しいのと言われて誰かわかるか。
流石学園長だ。
別に誉めてないが。
「そォいえばここは学校だったな……で、用件は?」
「うむ。君がこれから働く場所について。それと、面倒じゃから色々と質問も受け付ける。なんなりと聞きなさい」
学園長が話したのは、これからの俺のことだった。
麻帆良は重要な霊的拠点なので妖怪などの魑魅魍魎が発生しやすい。
その上、関西呪術協会の連中も攻め入って来るので非常に麻帆良の防衛範囲が広くなる。
それに何やら魔法使いたちには以前に第二次世界大戦とは異なる大きな戦があったらしく、それにより魔法先生の数は少ないので、魔法生徒まで動員することになっており、今回俺という強力な戦力が手に入ったのは実に助かるとのこと。

基本的に警備員は複数で行動し、主に魔法生徒と魔法先生の混合のグループで行動する。

それは三人であったり、四人であったりするが、優れた実力を持つ魔法生徒ならば魔法生徒だけで迎撃に出たりする事もあるらしい。
ま、NAR○TOで言うスリーマンセルである。
ちなみに、その優れた実力をうんたらというのは刹那と龍宮だ。
俺は魔法先生ではなく歳から魔法生徒に該当するらしいが、それはどーでもいい。
問題は、俺をどこのグループにくみこむか、らしい。
素性が知れない俺は他のグループに組み込まれると言うのを強く反対している一派がいるらしく、単独戦力として運用すれば良いという見方が強いらしい。
だがそれでは俺を野放しにする事になる。
それも危険だ、とのことで俺はガンドルフィーニ、刀子が受け持つグループに編入されることになった。
「おいおい、ガンドルフィーニってあの面倒臭ェ奴だろ?良くアイツ等が俺と同行する気になったな?」
「君を抑えこむにはそれ相応の戦力がいる、とのことでな。タカミチ君、刀子君、ガンドルフィーニ君のグループは我々の中でも最強クラスの戦力じゃ。タカミチ君は単独戦力じゃから二つのグループに編入させるしかなかったんじゃよ」
「俺をここに馴染ませようってェわけか?」
「ま、君もそんなに悪い青年には見えないしの。麻帆良は未知の力を使う者に対して非常に排他的な者が多いから、馴染むのは難しいと思うのじゃが……」
「構わねェよ、しばらくは俺も俺のことで精一杯だろうからな」
今日の朝、望郷の念がまた膨れ上がったのだ。

そんなに簡単に切り捨てられる事ではない。

俺の真剣な雰囲気に気づいたのか、学園長は話を変える事にしたようだ。
「どうじゃ?一晩たって何か思い出した事でもあったかの?」
「さっぱりだ」
おそらく、学園長は嘘発見器のような正直な事しか言えないような魔法も使っているのだろうが、それは別に問題ない。
記憶を失っているというのは嘘だが一晩たって何か思い出すにしても、記憶を失っているわけではないので思い出す事は何もないのだ。
だから嘘ではないのである。
屁理屈だが、通っているようなのでこれでよしとする。
もしかしたら、外部からの魔法を無意識的に反射しているのかもしれないが。
「アンタ達がどう思ってンのか知らねェが、俺ァ多分まともな人間じゃねェ。アンタ達が俺の正体を知るために俺の記憶の復活を願っているのはよくわかってる。だがな、俺は記憶が復活したら何しでかすかわかんねェぜ?アンタ達にとっては俺の正体を知るほうが重要なのかもしれねェが、俺は怖ェんだ。俺じゃねェ俺がこの身体を乗っ取るかもしれねェからな」
あながち、これは嘘ではない。
一方通行の思考がたまに混じる事から、おそらく一方通行の意識とやらは存在していると思う。
一つの身体に意識が二つある場合、普通は殴り合いなどといった喧嘩を起こす。
……と、俺は半端な漫画知識で推測している。
その時に俺の意識が負けてしまうと、俺という存在は消えてしまうのではないか、と言う錯覚が俺を襲うのだ。

転生し、身体がチート肉体で、転生先が漫画の世界。

味方はほとんどおらず、孤独な状態。

更に魂の危機という状況にまで陥ったら流石に俺も不安になると言う物だ。
もしかしたら考え過ぎなのかもしれないが、想定しておく事は悪い事ではない。
いざとなれば異常事態に対して冷静に対処できるからだ。
俺のそんな思惑も知らず、学園長は深刻そうに唸っていた。
「そォ気にすンなよ。いざとなりゃ、アンタが俺を殺せば良い」
「……君はそれでいいのかの?」
「いざとなりゃァ、な。俺は自殺志願者じゃねェ。ま、バカなことしねェように自重はしてやンよ」
それは本音だ。
一方通行の人格が目覚めてしまうと、彼が暴走する危険もある。
一方通行に首輪型のチョーカーがついてない時点で打ち止めと出会う前だということがわかる。

つまり、打ち止めというリミッターがないのだ。

反射の能力を持つ一方通行は、初見の人間に対しては絶大な優位性を持つ。
おそらく、『紅き翼』の連中を相手にしたら何らかの打開策を打ち出される可能性が高いので粉砕されるだろう。
理知的な感性のない……例えばリョウメンスクナとかであれば一方通行は無敵なのだが。
だから、一方通行が暴走すればこの世界で止められる人物はほとんどいないのである。
原作を見るに、彼は他人を傷つけるのが嫌であえて他人を遠ざけている節があったので、よっぽどの事がない限りそれはないだろうが、垣根帝督などの件もある。
あの黒い翼がでないという可能性を否定しきれない以上、一方通行が暴走するのだけは避けなければならない。
どうしても暴走するのなら、反射を解除して自刃でもしてやる。
介錯は刹那にやってもらおう。
そんな事を思い始めると、学園長はため息をついた。
「自分の事はわからんというのに、どうしてそんなことばかりに頭が回るかのう」
「元は優秀な頭脳だったんだろォよ」
こればっかりはそうと言わざるを得ない。
「ンで、今日は誰と行動すりゃいいんだ?っつか、集合時間は?」
「まあまあ、慌てるでない。まだワシの話は続いておるんじゃ」
どうでもいいが髭を撫でるな。

ウゼェ。

内心で思いっきりため息をついたが、それを知らない学園長はまだまだ語る。
「君を広域指導員に任命しようと思っての」
「……何だ?俺に教師になれってか?」
「そうじゃないんじゃ。言うなれば見まわりという生温いのよりもよからぬ輩などを鎮圧する部隊なんじゃよ」
「ハァ?そんなもンは警察にでもまかせりゃいいだろうがよ」
「麻帆良には警察は少ないんじゃ。公安に所属しとる魔法使いは少なくての、隠蔽工作が大変なんじゃ」
ああ、そういうことか。
原作を読んでいて全く警察が出てこず、広域指導員が輩を退治しまくっている理由がやっとわかった。
考えて見れば魔法は秘匿なのだから、公安の末端といえど一般の警察官を麻帆良に招き寄せるのはいささか抵抗があるのだろう。
公安というのは場合によっては学園長も逮捕する事ができるのだから、学園長の権力が絶対である麻帆良ではそれは不都合以外の何者でもない。
だからこそ、この広域指導員という治外法権がまかり通っているのだろう。
……ていうか、まともな警察があればネギが麻帆良に教師としてやって来るのは違法だと通報されてしまう。
麻帆良の結界とやらでゆるく対応される事になっているが、流石に警察官をごまかす事はできないだろう。

ネギは再来年の二月に麻帆良にやって来る。

おそらく、向こうの魔法学校の校長とも連絡を取り合っているのだろう。
あの校長と学園長は気が合いそうに見えるし。
「おそらく君の場合説得は無理そうじゃから、拳で黙らせるといい。それなりに体術も使えるんじゃろ?あと、君の風の力は使ってはいかんぞ。相手は一般人じゃからな」
「あァ、魔法は秘匿だったな。……緊急事態には?」
「構わん。迅速に対応してくれ。後の処理はワシらがやる。……ま、そんな事は滅多にないじゃろうから安心してくれ」
後の処理、というのは記憶の消去だろう。
毎回思うのだが、この麻帆良の魔法に関わる者たちは記憶を消去する事を何とも思っていないのだろうか。

普段正義正義と語っておいて、いざとなれば魔法使いとしての秘匿を優先し、他人の記憶を改ざんする。

これが『仕方がない』とか『決まりだから』とかほざきつつ『立派な魔法使い』を目指している連中が多いのだから、ホントにため息が出る。
ちなみに、こう言う連中は学園都市では真っ先に死んでいくタイプだ。
だがいざそうなってみれば向こうで適応していくのが人間なのだから、不思議な物だ。
「……あのよォ、一つ言っておくが、俺ァ体術なんざできねェぞ?誰だそんなデマ流しやがった奴は」
「ふぉ?刀子君と刹那君じゃが。見た目素人の拳なのに鬼をぶっ飛ばしたらしいの?合気道か何かかと思ったんじゃが」
「まァ、こんな体つきじゃそう思われても仕方ねェよな」
俺の身体は見た目病弱にも貧弱にも見える。
筋肉なんざ必要最低限しかなく、贅肉もほとんどない。
腕はガリガリ。
足もガリガリだった。
まあ、最弱状態のエヴァでも合気道はできたのだから、あまり見た目の腕力とかは関係ない武術らしいが。
「多分だが、そりゃ俺が無意識的に拳に風を纏わせたんじゃねェか?」
「ふむ?それなら刀子君達も感知するはずじゃが……」
「俺の風には魔力とか気ってのがねェんだろ?魔法とかじゃねェんだから感知できなくても仕方ねェことだろ」
「ふぉ?……そういえばそうじゃったの」
今更ながら学園長は気付いたらしかった。
比較的頭は柔らかい(むしろ長い)学園長だが、どっぷりと魔法使いの世界に浸かってしまっているので、魔法や気を使わない超常現象が理解できないのだろう。

真相はベクトルを操作してありったけのベクトルを殴ることに使ったからぶっ飛ばせたわけだが。

地球の自転もベクトル操作で力に変換できるチート能力がある一方通行なら、風のベクトルなどを全て集め、収束することができると考えたのだ。
どうやったのかよく説明できないが、そういうことだ。
わかりやすく言えば元○玉に近い。

みんな、オラにベクトルを分けてくれ!みたいな。

「俺がただ机を叩いた程度じゃせいぜい小さな音を出す事しかできねェよ」
実際に叩いて見ると、ドン、という音がしただけだった。
タカミチなら余裕でぶち抜いてみせるだろう。
「ま、最初は手加減が難しいから、救急車の手配はしとけよ」
「善処はしてみるぞい」
二回目からはそんな事はないだろうが、人を殴る事になれていない俺は確実に最初加減を間違うだろう。
……できるだけ急所は狙わない方向で。






昼間は散歩して麻帆良を回ることにした。
学園都市よりは小さいとはいえ、麻帆良はかなり広い。
とてもではないが一日で回りきれる量ではなかったので、とりあえず家の周辺を探索してみた。

この白い頭は目立つのでパーカーを深めに被って隠しておきながら。

俺は男か女かわからない体形をしているから女子中等部の方に向かっても多少違和感があるくらいで済むだろうが、あっちには刹那がいる。
数あるSSでは『このかお嬢様の敵か?』と尋ねて来るのが定石なので、できる限りそっちには近づかない事にする。
遭遇率が下がるからだ。
他人に嫌われるのが嫌、なんて可愛らしい事は口にしないが、それでも敵対視されるのは良い気分ではない。
それに、背後から感じられる視線が鬱陶しくてしょうがない。
暇な魔法先生の尾行だろう。
お勤めご苦労様。
そんな事を思いながら、俺は麻帆良を練り歩いた。
改めて麻帆良という土地を見ると、実に綺麗な土地だった。
路地裏は流石に汚いが、表通りにガムが吐き捨てられている事はなかったし、ゴミが無造作に散らかっている事もなかった。
おそらく、お節介な誰かがゴミを捨てると注意するからだろう。
バカ正直な正義感を抱く誰かとか。
高音の顔を思い浮かべて肩を竦めながら、俺は小腹が空いたのでチェーン店っぽいところに入って適当にカロリーの高いものを注文した。

……腹が減るんだ、この身体。

そういえば原作では一方通行はステーキを日常的に食ってたりしたな。
それでこの体形だから、たいしたもんだ。
もしかしたら膨大な演算を行うのに過剰なエネルギーを使っているのかもしれない。
俺のその予想が当たっているのなら、反射をあまり使わなくなったのでこの身体も鍛えなおせるかもしれない。
おそらく15,6程度の肉体だ、今から鍛えなおしても間に合うはず。
エヴァンジェリンの別荘が使えれば良いのだが、流石に十五、六歳で修行しまくると外見まですぐに変わって来るのでむやみに使うことはできない。
ネギが来るまで大きな事件もあるまい。
のんびりと鍛えていけばいいさ。
そう思いながら運ばれてきた注文―――ラーメンとチャーハン、餃子と唐揚げを見た。
ぐー、と正直な身体は匂いだけで耐えられないらしかった。
かぶりつかん勢いで料理を捕食する……まさに生還した遭難者のようなその姿にウェイトレスのねーちゃんもドン引きだ。

しかし美味い。

麻帆良祭の時期には是非超包子に行きたいと思う。
超や古菲、茶々丸などといったトンデモ連中がいるが、その時はその時で対処するしかない。
俺程度の人物が超相手に何ができるのか、と言う感じではあるが。
正直『最強の銃弾』でも俺を仕留めることはできないと思うが、それならそれで超は改良を加えるだろう。
銃弾そのものを時限爆弾のように改造し、何百メートル進んだら炸裂する、とか。
龍宮とかなら余裕でやりそうだから困る。
改造する期間は一年半近くもあるのだから、超と葉加瀬であれば十分可能だと俺は考えている。。
物理魔法攻撃に対してほぼ無敵の俺を封じるためならありとあらゆる手を使うはずだろうし。

もっとも、反射の事実を知っているのは俺一人。

ネギが来ていろいろと起こるまで、俺はこの事実を隠しておくつもりだ。
能力が発覚したら『いろいろと実験してたらわかった』とか言い訳しておけば良い。
それで向こうが文句を言って来たら監視でもしてたのかとか言って脅せば良い。
向こうは正義を主張する魔法使いだ、姑息な真似を嫌うだろう。
十分、監視も姑息な真似ではあるのだが。
そう思っていると、突如目の前に誰かが座った。
席はいくらでも相手いるというのに、わざわざ目の前に座るというと、俺に用がある人物としか思えない。
俺はラーメンの汁を飲み干すと、口元を拭ってからソイツを見た。
「そんなに一生懸命な姿を見てたら声をかけられなくてね。勝手に座らせてもらったよ」
「……アンタか、オッサン」
まさしく『オッサン』という概念を捏ねて型にいれて焼いたらこんな感じになるんだろうという人物、タカミチ・T・高畑がそこにいた。
タカミチはいきなりオッサン呼ばわりされた事にちょっと傷ついたのか、がっくりと肩を落とす。

怒らないところが大人だ。

「いきなりオッサンかい?」
「名前も知らねェオッサンはオッサンで十分だ」
ようやく自分が名乗っていない事に気付いたタカミチは一本取られた、とばかりに頭を掻いた。
「そういえば名乗ってなかったね。僕はタカミチ・T・高畑。君と同じで麻帆良の広域指導員をやっている」
「あァ……で、そのタカミチさんが何の用なンだ?」
「これを渡しに来たんだ」
タカミチは懐からカードのようなものを取り出す。
「君の麻帆良での身分証明書みたいなものだよ。ここのマークが広域指導員の証。君が騒ぎを鎮圧した時、被害者達にこれを見せれば安心してくれるよ」
「ま、鷹を追い払った鷲が敵だった、って事実は良くあるモンだからな。このくらいは当然だろォよ」
俺はそう言うと、から揚げを頬張りながらカードをポケットに突っ込む。
いつの間に撮ったのか俺の顔写真まで張ってあった。
後でこの事を詳しく学園長に問い詰めてやる必要がありそうだ。
どーせ、また魔法か何かなんだろうが。
「どうだい、麻帆良は?」

かなり突然だった。

そのせいか、ぴたり、と思わず俺の箸が止まる。
「……悪くねェ所だ。ただ、あんま落ちつかねェ場所だ」
「どうしてかな?かなり住み心地良い場所だけどね?」
「だからこそだ」
俺は淡々とした調子で言う。
「なんとなく、こう言う仲良しこよしみてェな空気は好きじゃねェ。平和が一番ってェのはわかってンだが、なんとなく慣れねェんだよ。俺は記憶がなくなる以前はとんだ廃れた生活を送っていたらしい」
それは俺も、一方通行も同じ気持ちだ。

平和が一番。

もちろん、一方通行もそれがわかっていないはずはない。
だが、どうにも落ちつかないのだ。
監視されているから、と言うのもあるかもしれない。
しかし、おそらくそれとは関係なく俺は麻帆良に漂う空気その物が嫌なのだろう。
生温く、のほほんとしていて、急激な変化が感じられないのだ。
麻帆良には変化を嫌う魔法使いがいるのだからそれも当然なのだろうし、麻帆良大結界が認識を適当にさせる効果を持っているのだから生徒の反応もお気楽で非常に緩い。
十五年も正気でいられるエヴァンジェリンや常識的観点を持つ長谷川千雨がこの空気に耐えて来た事は賞賛に値する。
エヴァンジェリンのような廃れた生活を送っていた者からすれば、この麻帆良は地獄の牢獄でしかないし、千雨のような者からすればクラスから浮くことになる。
漫画の中の出来事だった彼女達の気持ちの一端が、ようやくわかった気がしていた。
「…………」
タカミチはタカミチで何か思い当たる事でもあるのか、どこか厳しい表情をしている。
彼は麻帆良にいる魔法使いとは違い、全世界を飛びまわり、紛争地帯などに行ってNGO活動をしてきた常識人だ。
理想と現実は違うということを理解しているからこそ、俺の言う事が多少はわかるのかもしれない。
「じゃァな」
俺はタカミチにそれだけ言い残すと、代金をレジにおしつけてその場から去っていった。
もうちっと周りを探って見るか、と思いながら。






SIDE タカミチ・T・高畑

僕はコーヒーを注文していたが、ハッと我にかえるとすっかり冷めてしまっていた。
どうやら、考えこんでしまっていたらしい。
彼が別れの言葉を告げた辺りまでは覚えているんだが……集中しだしたら周りが見えなくなる癖は直したほうがいいな。

咸卦法の弊害って奴かな。

それにしても、彼と一緒の椅子に座った直後に頼んでいたから、それほど時間は経っていなかったと思うんだが……冷たい。
僕は冷めてしまった苦いコーヒーをちびちびと啜りながら、ガラス張りの大きな窓の外を見た。
今は一時少し前。
学生達は勉強の最中なので人通りはほとんどない。
がらんとしている商店街はとても寂しく思える。

だが、彼はこれでも麻帆良の穏やかな空気に慣れないという。

彼にしか感じられない麻帆良の空気と言うものがあるのだろうか。
僕も裏では結構長い経験をつんできた方なので、それなりに世界の汚い所も見て来たつもりだ。
学園長には経験では遠く及ばないが、それでも麻帆良で二番目の実力者として、魔法世界で英雄と呼ばれている『紅き翼』の一員として、地球上の大きな闇はあらかた見て来たと、そう思っていた。

だが、それは彼が来た事で夢想だと悟った。

彼の目を見ればわかる。
あれは地獄以上の光景を見て来た目だ。
彼の場合わかりづらいが、アルビノ独特の赤い瞳は非常に綺麗だった。
あの目は人間としては何なのか、確立している目だ。
自己というものが確立しているから他者に惑わされない自分の答えをはじき出す事ができる。
そんな真っ直ぐな目をしていて、纏っている空気は濃密な深淵の闇そのもの。
はっきり言うと、彼は異質そのものだ。
あの歳で地獄という光景を見て来た物はすべからく目は濁っている。

そして、堕ちる。

犯罪者に手を染め、生きる事なら何でもやり、生き残るためなら他者の命を奪う事も躊躇しない。
そんな人間になってしまう。
僕はそんな醜い人間の感情を目の当りにしてきた。
だが、彼は堕ちた人間では決してない。
堕ちて、這いあがってきた人間でもない。

ドン底にまで堕ちた人間なのだという事を悟った。

深くに堕ちた人間と言うのは、ああいう物なのだという事を僕ははじめて知ったんだ。
記憶喪失であのように素直になれるのなら、多分彼は本質は善人なのだろう。
もしも本質が悪人なのだったら、あんな綺麗な目をしていないはずだ。
ガンドルフィーニ先生は警戒しているが、僕達が具体的な敵対行動を起こさない限り、彼は僕達に攻撃してくる事はないと思う。
言い切れないのは、彼の態度や見た目のせいなのだろう。
あれのせいで、彼の内面は非常にわかりづらい。
昨日の彼の殺気には思わず反応してしまったしね。

……それにしても、一方通行、アクセラレータか。

彼の感情は確かに一方通行なのかもしれない。
「難儀なもんだな、彼も……」
この僕でさえ彼と話して見て、ようやく彼への疑心が晴れてきた所だ。
常人なら、彼の表向きの面のみを見て彼という存在を判断してしまうだろう。
僕から見れば、あれはどこか演技しているようにも思えるんだ。
敢えて人に嫌われようとしているような……そんな感じがする。
何が彼をそう言う態度にさせたのか、それは誰も知らない。
彼自身も知らないのだろう。
しかし、それで彼が損をするのは素直に悲しいと思う。
「誰かさんと少しにてるかもな」
素直になれないが故に十三年も現在進行形で罰を与えられている吸血鬼を思い出し、僕は静かに笑った。






~あとがき~

一方通行という規格外が麻帆良の人間に信用されるには一年くらいの時がかかると思ったので、彼がやってきたのはこの時期にしました。
ネギが来るまで一年以上……自分でやっておいて何だが、それまでちゃんと書けるだろうか。
感想も随分頂いたし、頑張らなきゃな、と思います。
次回は多分、話はあんまり進まない予定です。
~そして一年が過ぎた~なんてことはありませんので。



[21322] 第4話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:29
SIDE 一方通行

俺はその後、いろいろと各地を巡ることにした。
超包子の路面電車を見たときは思わず開店時間を覗こうと思ったが、なんと開店期間は麻帆良祭だけだという。

絶望した。

俺の半端な原作知識に絶望した。
絶望して疲れてしまったので、必要最低限の買い物を済ませる。
とりあえず生活必需品を中心に。
今日の夕食がラーメンとか、惨め過ぎる。
俺は真っ先に炊飯器を購入した。
そして替えの服や動きやすい靴などを買い、最後に食料を確保。

これでも俺は自炊派だ!

このかには敵わないがな!

虚しい叫び声を上げつつそれらを購入し、俺はマイホームへと帰還した。
買ってきた物を整理し、それぞれクローゼットにしまったり台所においてきたリ冷蔵庫に入れたりして保存する。
家電製品などは送ってもらう事にした。
主に炊飯器とか。
どうして自炊にこだわるのかというと、この一言に尽きる。

外食は金がかかり過ぎる。

……俺が食い過ぎるだけだが。
俺はその整理を終えると疲れたので、一旦寝ることにした。
ぐっすり。
軽く3時間も眠ってしまった。
昼寝にしては長すぎるだろう。
やはり、俺の身体は無駄にエネルギー消費が激しいのだろうか。
よくわからんが、大きな力にもやはりデメリットは存在するんだと思った。
デメリットだとしたら、凶悪なメリットのわりには地味に困るデメリットだと思った。
それから、俺はまたもや外に繰り出した。
周辺の地理は理解したので今度は世界樹方面の探索に向かうことにした。
もっとも、漫画で世界樹を見たときにやってみたいと思った事をやるためだが。

歩いて十分ほど。

世界樹公園前広場にて、その全景を拝める事ができた。
俺は目の前にあるバカみたいにでかい大木を見上げる。

ト○ロか。

思わずポツリと呟いてしまうほどデカかった。
広場は特筆すべき点は見当たらなかったので、俺はそのまま世界樹の上で一服する事にした。

ベクトル変換。

足先で軽く地面を蹴るだけで、俺は十何メートルもジャンプする。
もはや飛翔と言ったほうが良いかもしれない。
一回の跳躍で世界樹の中間辺りまでやって来ると、手ごろな太い枝に捕まり、その上に着地する。
一つ一つが巨大な丸太のような枝なので、異常なまでの安定感を感じた。
どれだけ揺らしても枝一本折れないような頑強さが感じられる。
流石、麻帆良の地下深くまで根を生やしているだけはある。
そう思いながら俺は上へ上へと登っていった。
どうやら監視を振りきってしまったらしく、視線が感じられない。
俺にとってはどうでもいいが。
登るのは空を飛んだほうが早いのだが、他の一般人に見られるとまずいのでジャンプして枝に飛び移りながら登っていく。
そして、頂上にやってきた。
買った安物の腕時計を見ると、今は五時半頃。
世界樹の頂上から見下ろすと、小さな人の群れがいくつも見える。

ふはははは!人がまるでアリの……いや、やめておこう、そんなキャラじゃないし。

相当な高さだな、と思うことにしつつ、俺は自分の横顔を照らす赤い光に目を向けた。
見事な夕日だった。
それがゆっくりと山の向こうに沈んでいく。
良く晴れた日だったので、真っ赤になった夕日がじりじりと静かに地平線の向こうに消えていく。
一日の昼と夜との一瞬の隙間。
少ししか見れないから綺麗というのは、まさにその通りだと思う。
ホタルと一緒に東京タワーの上というのもいいが、世界樹の上で見る夕日もなかなか良い。
無意識的な反射で紫外線などをすべて跳ね除けつつ、だが日の光によるジリジリとした温度だけは受けつつ、俺は夕日を見てポツリと呟いた。
「……綺麗だ」
俺がロマンチストなのか、一方通行がロマンチストなのか……それはわからない。
おそらく俺だろう。
一方通行はリアリストの気がするから。
だから、そう素直に言えたのかもしれない。
この世界に来て初めて言えた心の底からの本音が誰かに聞かれていると気づいたのは、この三秒後の事だった。






SIDE 桜咲刹那

昨日が濃い一日だったせいか、私はいつもより疲労していた。
アクセラレータという謎のイレギュラーの出現によって、このかお嬢様がさらわれたりしないだろうかと言う気苦労が増えたから、と言うのもあるだろう。
寝るのが遅かったから、と言う単純な理由が一番だろうが。
そんな私は、今日もお嬢様の身辺警護をしている。
もちろん、気づかれないように、だが。
こう言う時は麻帆良大結界は重宝している。
何故かというと、この結界はどんな人でもおおらかにしてしまう効果を持つらしいので、些細な事など気にもとめない状況を作り上げてしまうのだ。
こうやって私がお嬢様を尾行していても、私に怪しいと注意しないのは気配を消しているというだけではないのだ。

決して私の影が薄いからというわけではない。

もう日が沈んできたのでお嬢様が寮に入ると、私は木刀で素振りをするために世界樹の周辺にある公園に向かった。
都会で日が沈む夕暮れの公園というのは女子中学生が向かうところではないが、ここは学生の街。
もちろん大学生や高校生、はたまた中学生でも変な考えを持つ者はいるが、私はこれでも剣道部最強の実力を持つ。
古さんや龍宮ほどの実力者でなければ負ける気はない。
ジャージ姿に着替えて、私は体をほぐすために軽く走りながら公園に向かった。
寮で同室である龍宮には既に周知の事実。
気軽に留守にできる家というのは良い物だ。
そう思っていると、私は公園に辿りつく。
いつも通り夕凪を地面に置き、素振りを始めようとする。
だが、一振りした瞬間、念話が私の頭に飛び込んできた。
『桜咲刹那君かい?』
「は……その声はガンドルフィーニ先生、ですか?」
私は魔法生徒ではあるが、西洋魔法のことには疎い……というか興味がないので、担任である高畑先生以外の魔法先生のことはよく知らない。
だが、この声はガンドルフィーニ先生のものに間違いはなかった。
しかし、どうして特に接点もない私に念話をかけて来るんだろうか。

異常事態か?

『そうだ。実は情けない事に、君のいる周囲でアクセラレータを見失ってしまったんだ』
「!」
私の考えを読んだかのようにガンドルフィーニ先生が言った。
アクセラレータ……例の白髪の青年だ。
『世界樹の方にいたのはわかっているんだが……私の部下が周辺を捜索するから、君は世界樹の上の方を頼みたい。いいかい?』
「はい、わかりました」
夕凪を持ち、全速力で世界樹の方に向かった。
ものの数秒で辿りつくが、辺りの気配を捜索しても確かに見つからない。

ここにはいないのか。

得体の知れない彼の事だから、もしかしたらどこかに隠れて私達を狙い撃つつもりなのだろうか。
彼の使う風の無詠唱魔法のようなものなら捕縛する事も容易だろう。

変な気配があったら夕凪で叩き切ってやる。

私はその決意を固めながら、抜身の夕凪をもち、上に目をやった。
この巨大な世界樹の中を探すのは骨が折れるが……その内見つかるだろう。
ネコとなんとかは高い所が好きというから、とりあえず一番上まで行ってみて、そこから虱潰しに探そう。
カヒュ!と風を切って私はそこから飛びあがる。
気で強化された私の体は古さんのそれを遥かに凌ぐ。
長瀬さんには流石に負けるが。
なにしろ、あれは生粋の忍者だ。
本人は否定しているが、全然忍んでないしモロわかりだ。
……関係ない話になってしまった。

とにかく、今はアクセラレータの捜索だ。

緊張で汗ばむ手をグッと握り締め、辺りを警戒する。
アクセラレータは正体不明の風の魔法を使う。
それも、かなり強力な。
それにまだ鬼の一撃をまともに受けて無事だった原理もよくわかっていないらしい。
彼の記憶がないからのようだが、本当なのだろうか。
かなり胡散臭い。
彼の態度や見た目は言葉使いもそれに拍車をかけている。
鬼と戦ったのは関西呪術協会の敵だと誤認させて、本当は世界樹やこのかお嬢様の情報を探りに来た間諜なのかもしれない。
それがすんなり通るほど麻帆良も甘くはないが。
学園長が許しても、私は許さないからだ。
決意を固めつつ、私は更に先を急いでいると……。

止まった。

気配が感じられたからだ。
世界樹の、頂上。
天辺に一般人ほどの小さな気配が感じられる。
だが、ただの一般人がそこまで登れるはずがない。
魔力も気も一般人並みの者でここまで登れる者。

アクセラレータだ。

一体何をやっているのだろうか。
私は好奇心にかられ、彼の動きを観察する事にした。
もちろん、よからぬことをやっていれば即座に拘束できるように夕凪を握り締めながら。
見てみると、どうやら彼は手ごろな枝の上で幹を背にして空を見上げているようだ。
不可解な行動だが、何をしているのだろうか。
私は更に近づく。
近づく。
近づく。
「……綺麗だ」
は!?
不意打ちだったが故に、私は思わず動揺してしまった。
き、き、綺麗!?
わ、私が!?
いやいやいや、ありえないありえない。
何を自惚れてるんだ、そそそ、そんなわけないだろう。
その動揺が命取りになり、私は木の葉をがさりと鳴らしてしまった。
「誰だ?」
心臓が止まるかと思った。






SIDE 一方通行

心臓が止まったかと思った。
まさか、斜め後ろ十メートルそこそこの位置に刹那がいるとは思わなかった。
いつの間に接近されたのか、全く見当がつかない。
気配とか消されたらここまで近づく事ができるというわけか。

今度、誰かに教えてもらおうかな。

そんな事を思いながら、俺は刹那を一瞥して前を向いた。
「テメェか。何か用か?」
内心のビビりを押し隠しているが、一方通行の体は豪胆だった。
余裕や見栄を張るときの仕草が普通過ぎる。
刹那は俺の余裕の仕草に何か感じたのか、それとも舐められているとでも思ったのか多少硬い声で聞いてきた。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
監視はウザかったが、それにより刹那に迷惑がかかってしまったのは申し訳なかった。
しかしあの程度の速度、タカミチや刹那とか楓とかならすぐに出せると思うのだが……それを追って来れない人間が監視についてどうするんだ。

監視は監視するからこそ監視なのだ。

できないのなら、それはただの役立たずだ。
こうやって生徒にも迷惑かけるんだしな。
俺の事は棚に上げながら、俺はえらそうに心の中でそう思った。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
俺が手招きしても、刹那は最初動く気配を見せなかった。
ま、当然か。
俺は正体不明の魔法使いという位置付けなんだし、警戒されてて当然だ。
少し寂しい気持ちになっていると、刹那がそろそろとこちらに動いて来ていた。
ゆっくり動いて辺りを警戒しながらこちらに向かってきている様子。

別に警戒するならこっちに来なくてもいいんだが。

たっぷり三十秒くらい経ってから、十メートルの距離を刹那はほぼ一メートル前後までに縮めた。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
俺が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが、この光景が誰もが簡単に想像する『夕日』だろう。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。

実に美しい光景だ。

夜桜を一人で眺めながら静かに酒を飲むのが密かな夢である俺にとって、こういう感性は必然らしい。
そういえば最後にこんな高いところで夕日を眺めたのは小学校の時に東京タワーの展望台に上ったとき以来だったか。
学生の街であるから、暗くなりつつある現在の時刻はそれほど街はうるさくない。
無音、とはいえないが、それなりに静かな場所で夕日を眺めるというのは俺の感性に深く響く物だった。
大自然の儚さ、偉大さを象徴している……といったら言い過ぎか。
だが、俺はそう思える。
ロマンチストだろうと何とでも言え。
この光景を美しく思わないのは感性がイカれているとしか思えない。
俺の感性がまともなのかどうかは定かではないのだが。
そんな事を思っているうちに、夕日は沈んでしまった。
目の中に残る夕日の残滓を脳内に焼きつけていると、隣にいる刹那が尋ねてきた。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
俺は軽くため息をつくと、じっと夕日の赤みを眺めた。
刹那に怒られてしまったが、必要経費として諦めよう。
それにしても、どうしてわざわざ刹那なのか。
監視を振り切った事は知っているそうだから……もしかして刹那が監視だったのか?

このかはどうした?

「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
やがて赤みがなくなると、俺はベクトルを操作してはね起きた。
日常的にこれを使うと癖になりそうだ。

楽だし。

刹那は俺を見て目を見開いている。
まあ、足を伸ばして座っていたのにケツが跳ねあがって立ち上がったように見えるからな。
不自然といえば不自然だろう。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
俺はまだ疑っている刹那にため息をつきながら、そこからバッと飛び降りた。
「なっ!?」
刹那が驚いている。
無理も無い。
魔力も気も使えない一般人並みの力しか持たない俺がこんな高さから飛び降りたらどうなるか、わからない彼女ではないからだ。
だが俺はことごとく常識を覆す。

風を操作する。

下から見える太い枝を避けるように、横に風を吹き出してブースト代わりにする。
もちろん肌に当たる葉は全て反射。
太い枝をいくつか避けると、ものの数秒で密林のような空域を抜けた。
そのまま、一秒と経たずに地面に着地する……のではなく、下へ風を爆風のようにして吹き降ろし、俺の体を一瞬浮き上げる。
そして、着地。
そのまま俺が歩き去ろうとすると、遅れて刹那が木から飛び出してきた。
俺の横に着地する。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
彼女達魔法使いや神鳴流剣士などといった存在からすれば、魔力も気も使わないのに魔法のような現象を起こす俺は異常な存在なのだろう。
まあ、超能力者も能力を使いすぎると疲労するから、精神力でも使ってんのかな?
あれ?
そうなると俺も魔力を使ってるんじゃないのか?
精神力は魔力ってネギまでも説明されてなかったっけ?
……まあ、いいや。
別に能力を無限に使えるわけじゃないって覚えておけばそれでいい。
俺には他人とは別の魔力があるっていうことだ。
その方が認識が楽で済む。
俺はギャーギャー喚く刹那の声を反射で遮断し、手をひらひらと振ってその場から立ち去っていった。






SIDE 桜咲刹那

しまった、と思ったが既に遅い。
アクセラレータはこちらに気付いて顔を向けていた。
その赤い目の中には密かな動揺が覗えたが、すぐにそれも覆い隠され、いつも通りどこか尊大な口調で告げる。
「テメェか。何か用か?」
なんだかそれが威圧感を持っている気がして、私はその場から動けなかった。
エヴァンジェリンさんの尊大な口調とは違う……あっちの口調が形式的な物だとしたらこっちは実践的なものだ。

……やはりよく説明しきれない。

こちらの方が重みがある、と言ったほうが良いのだろう。
その重みに負けないように、私は緊張で声を硬くしながら言った。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
拍子抜けした。
前々から思っていたが、アクセラレータという男は非常に思考が本人の纏っている空気とはそぐわない。
こうやって素直に謝ってくるのが良い例だ。
だからこちらはペースが乱される。
まさかそれを狙っていないだろうな、と思うが。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
アクセラレータは手招きをした。
彼は得体のしれない風の魔法を使うので、まさか罠に誘っているのかと勘ぐってしまった。
緊張を最大限にし、暫く様子を覗うが……彼はこれ以上行動する気はないらしい。
ずっとこちらを気配でうかがっていたようだが……やがて彼は別の方向に興味を向けたようだった。
何故か気の幹からはみ出している彼の半身がやけに寂しそうに見えた。
あのドアが閉まる時に一瞬見えた哀愁を漂わせた背中は嘘ではなかったのだ。
しかし、彼ほどの人物がどうして寂しさを覚えるのだろう。
俺に近づくな、みたいな雰囲気を纏っているから話しかけられないのだろうに。
もしかして気付いていないのだろうか。

流石にそれはないと思うが。

私は彼が私に対して興味を失ったと判断し、そろそろと罠を警戒しながら彼に近づいた。
彼とは一メートルほどの距離に来ると、彼に尋ねる。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
彼が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが……何故だろう。
夕暮れの空に浮かぶ夕日よりも、地平線に落ちこんでいる夕日の方が夕日っぽく見える。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。
さきほどの『綺麗だ』という言葉はこれを見ていて言っていたのか。
まったく、私は何を勘違いしていたんだか。
警戒をある程度までといて、私は彼と同じく夕日をじっと見つめる。
暖かい陽射しが私の肌をジリジリと照りつける。
肌寒い季節なので、これくらいが丁度良い。

しかし、見事な夕日だ。

この辺りには同じ高さの建物が多いから、地平線に沈む夕日なんてくっきりと見えることはないだろう。
私も、これほど見事な夕日を見るのは初めてだった。
横目で彼を見た。
彼はじっと、変わらずに夕日を眺めている。
記憶喪失だと言っていたが、夕日に何か感じるものがあるのだろうか。
早く思い出して欲しい、と思う。
そうすれば彼が敵か味方かはっきりするというのに。
そんな事を思っているうちに夕日は沈んでしまった。
私はどこか残念そうにしている彼に尋ねる。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
開き直るな。
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
認めた?
……素直なんだか素直じゃないんだか、はっきりしてくれ。
対応に困る。
ため息をついていると言う事は、悪い事をしたと反省しているのだろうか。

ますますわからない。

混乱していると、彼は思いついたかのように私に聞いてきた。
「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
と言われても、しょうがない。
私のような禁忌の存在は魔法使いや、同じ異端の種族にも忌み嫌われる存在である。
そんな私を一般生徒としてここに置いてくれている学園長には本当に感謝しているし、麻帆良の空気も嫌いではない。
彼等の願いなら、できる限り聞いてあげたいのだ。
そんな事で多大な恩を返せるとは思っていないが……。
こう思うのは私が生真面目なのだからだろうが、生まれつきだ。

しょうがない。

やがて空に赤みがなくなると、彼ははね起きた。
……馬鹿な。
なんだ今のは?
足を伸ばして座っていたのに、下から跳ね上げられるようにして立ちあがったのだ。
物理的に……いや、常識的に考えて不可能だ。
これが彼の能力の一端なのだろうか。
無詠唱だから尚更良くわからない。

……こんな事に魔法を使う自体、おかしいのだが。

そう思っていると、彼は暢気にも間延びした声で言った。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
不機嫌そうに彼はそう呟くと、いきなり枝から飛び降りた。
「なっ!?」
私は驚愕する。
彼には一切魔力も気も纏っていなかった。
重力に逆らわずに猛スピードで落下していく彼を慌てて追いかける。
すると、彼は太い枝にぶつかりそうになると空中で横にすべるようにして回避しているのがわかった。
はっきり言おう。

出鱈目だ。

しょーもないことばっかりに魔法のような能力を使う。
マギステル・マギとやらを目指す魔法使いからすれば考えられないことだ。
私は遅れて世界樹から飛び出すと、彼の隣に着地した。
私は思ったより動揺していたらしい。
思わず彼に詰め寄った。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
本当に理解できない。
前に鬼と戦闘していた時も『ぐるっ』とかいうふざけた表現をしていたが……彼の能力は非常に感覚的なものなのだろうか。
魔法や私達神鳴流剣士も呪文や技名を唱える事で一種の自己暗示をかけ、特定の技を繰り出すことができる。
無詠唱魔法は自己暗示をかけなくてもできる簡単な魔法しかできないらしい。

よく知らないが。

私が一通り不満を吐き出していると、彼はまるで私の言葉が聞こえていないかのように背中を向けると、ひらひらと片手を振って立ち去ろうとした。
「ま、待ちなさい!」
しかし、彼は止まらなかった。
そのまま広場の方に消えていく彼を見送って、私はため息をついた。
「……あんな訳がわからない人なんて、初めてだ」
訳がわからないといえば学園長の頭だが、それよりも遥かにややこしくてわかりづらい人格を持っているようだった。
本音が分かりづらいのか、それとも他人に興味がないのか。

まったく、いろんな意味で厄介な人だ。

私は疲れてため息をつくと、今日の鍛練はサボることにして、念話でガンドルフィーニ先生に報告を行う事にした。






~あとがき~

見づらいかもしれませんが、一つの場面でアクセラレータと刹那の心情をそれぞれ描写してみました。
二つに分ける方が二人の気持ちが良く描写できると考えたからです。
混乱しないように注意してください。



[21322] 第5話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:32
SIDE 高音・D・グッドマン

今現在の時刻は午後十時二十二分。
私とガンドルフィーニ先生、そして愛衣は、いつも通りチームを組んで麻帆良に侵入しようとする悪党を蹴散らすために巡廻を行っていた。

それにしても、肌寒くなると夜回りもキツくなる。

隣の愛衣なんてセーターの上に更にジャンパーを着込んでいる。
更に貼るカイロまで服の中にしこんであったかそうな顔をしていた。
くっ……私も見栄を張らないで貼れば良かった。
ちょっとガンドルフィーニ先生も羨ましそうな顔をしていた。
色々と外国に飛んでいるガンドルフィーニ先生は寒さに強いと思っていたのだが……。
やはり、日本の気候に慣れてしまったのだろうか。
その適応能力は各地を飛び回る魔法使い故だと思うが、適応し過ぎて寒さに弱くなるのはどうかと思う。

まあ、飛びまわっていない私がそんな偉そうなことを言うのもおかしいんですけど。

それはともかく、今日の巡廻は一味違うものになるとの事。
昨日森の中で鬼と交戦している所を見つかった謎の人物、アクセラレータとかいう奴が同行するらしい。

彼は危険過ぎる。

ガンドルフィーニ先生も言っていたが、彼の纏うオーラのような物が尋常ではないらしい。
ある程度の実力者になれば雰囲気とか気配とかで相手の実力をかなり正確に測れるようになるのだが、実戦経験が少ない私や愛衣はそんなことはできない。
せいぜい、強いと弱いと判別できるほど。
しかも、大方見た目に頼って。
この辺りは外に出て実戦経験を積むしかないのですが……そんな私でも、彼の雰囲気や殺気には度肝を抜かれました。
あれが戦場の殺気……本気の殺気と言う奴なのだと、初めて知った。
鬼や悪魔が向けて来るのも確かに殺気。
だがそれは強引に術者に制御されているがゆえに、しょうがなくとか、戦いが楽しいからとかそういう理由で向けてくる事が多かった。

しかし彼の殺気は違う。

あれは『殺す』という一念をそのままぶつけてきていた。
それも、あれは学園長に向けられていたもので、私への殺気はその余波に過ぎない。
それでも、私は思わず影に攻撃命令を出しそうになった。
腕を掴んでプルプル震える愛衣の存在がなければ、私は取り返しのつかない事をしていたかもしれない。
彼女が頭をブンブンと横に振っていたから踏みとどまることができたのだ。

私は良い相棒を持ったと思う。

まだ少し手がかかるが。

それにしても、あの殺気をまともに受けて椅子から動かない学園長の肝の強さにも驚いた。
いつもおどけているから麻帆良最強の魔法使いがどれほどの実力なのか想像もできなかったが、やはり今の私には遠く及ばないような実力者なのだと思う。
素直に、あの時は尊敬したものだ。
それもあの時だけだった。
アクセラレータと今夜一緒に仕事をしろ、と言うのだ。
本当に何を考えているんだか、あの学園長は。
学園長に対しての評価が急降下した瞬間だった。
ガンドルフィーニ先生、私、愛衣は集合場所に十分前には必ず来るようにしている。
自分でも少し早いとは思うが、これは魔法使いとしてうんぬんではなくマナーの問題でもある。
待ち合わせ時間に遅れるなどもっての外だ。

それにしても寒い。

「ねえ、愛衣。ジャンパー貸してくれない?」
「えへへー、嫌です。むふふー」
ぽふぽふとジャンパーの温かそうな胸元を叩いている愛衣が羨ましくて、ちょっと恨んだ。

まあ、叩かれているそこは平原だが。

私達はその場で五分ほど待っていると、ようやく街灯に照らされる暗い夜道を歩いて来る白い影が目に入った。
彼のような粗暴そうな人物がきっちりと時間を守るのは意外だった。
「時間をきっちり守るとは、意外と律儀なんだな、君は」
「うるせェよ、ガンドルフィーニ。……にしても、テメェ等と組むとはな。まァ、あそこにいたからそれなりの実力者とは思ってたンだが」
アクセラレータがこちらを見る。
思わず体が強張るが、こちらを見る目つきには敵意や殺気が全くなかった。
あるのはピリッとしたような緊張感だけ。

あれ、こんな人だったかしら。

案外話し方が粗暴なだけの普通の人のように感じられた。
アクセラレータは私を見た後に愛衣を見ると、鼻を鳴らした。
「ハッ、ンな顔しなくても何もしねェよ」
愛衣を見下ろすと、彼女はまだまだ警戒した……というよりは怯えた目でアクセラレータを見ていた。

無理もない。

度胸はそれなりにあると自負している私が体を強張らせたのだ。
ビビりの愛衣はアクセラレータのような人物とはまったく初対面でもあるし、元々人見知りもするのだから、怯えるのも当然だ。
私が愛衣をかばうように前に出ると、アクセラレータは興味をなくしたように視線を愛衣から逸らし、ガンドルフィーニ先生を見やった。
「俺ァよくわかんねェからテメェ等についていく。先導してくれ」
「ああ、わかった。高音君、佐倉君、行くぞ」
私達が歩き出すと、アクセラレータが後ろからついて来る。
彼に背後を任せるのは非常に落ちつかないのだが、彼の手前、そんな本音が言えるわけもない。
どこか気まずい雰囲気で沈黙したまま歩いていくと、突然アクセラレータが口を開いた。
「オイ、お前。高音とか言ったか」
「……高音・D・グッドマンですわ。なにか?」
いきなりお前とはなんだと思ったが、こちらは自己紹介をしていないのだ。
咎めるのもなんだか違うと思い、ムカッときた感情を心の奥に押し込めて答えた。
アクセラレータは怪訝な表情をして私を見る。
「寒ィのか?やけに震えてンじゃねェか」
そんなに震えていたのだろうか。
愛衣に目線で訪ねてみると、彼女はコクコク頷いていた。
震えていたのかどうかはともかく、寒いのは事実だ。

私は正直に頷いた。

すると、そんな私の頭に何かがバサリとかかった。
思わず手にとって見ると、それはアクセラレータが着ていた黒い大きめのコートだった。
「使え」
後ろを振り向く。
そこには昨日の格好……つまり、白を基調にした薄手の長袖に長ズボンをはいたアクセラレータの姿があった。
真っ白な彼の色のせいかもしれないが、どう見ても寒い格好だ。
私はアクセラレータにコートをつき返した。
「私だけ暖かくなって、あなたが寒くなるのはよくありません。お返しします」
「テメェが震えてるとコッチも寒くなンだよ。さっさと着ろ」
それを拒否し、彼はズボンの中に手を突っ込んだ。

どうあっても受け取らないつもりらしい。

基本白一色の彼の格好は……彼の言葉ではないが、見てるこっちが寒くなる格好だ。
親切心としてなのか自分の寒さを抑えるためなのかはわからないが……こういう申し出の無下に断るのもいけないと思う事にし、私はそれを着ることにした。
さっき断っておいてなんだが、暖かい。

受けとって良かった、と素直に思った。

「ありがとうございます」
「……帰るときには返せよ」
つまりは彼と別れるまでずっと着ていて良いといわれ、私は頷いた。
なんだか、合流してたった一分のやりとりで随分と彼の印象が変わった。

見た目は怖い。

髪を白に染めている生徒もいるにはいるが、目も赤い生粋のアルビノのせいでもあるだろう。
纏っている雰囲気も、三白眼も怖い要素だ。
だが、喋っている口調とは裏腹になんだかとても優しい物を感じることができた。
「……ンだよ」
何時の間にか彼を見ていたらしく、彼は不機嫌そうな声でジロリとこちらを見た。
普通ならビビるその視線も照れ隠しの裏返しかと思えば、あまり怖くなかった。
「いえ、なんでもありません」
第一印象って大事なのね、と思いながら、私はガンドルフィーニ先生の後についていった。






SIDE ガンドルフィーニ

意外だった。
彼に後ろを任せたのは、ここで攻撃して来る事があれば敵として排除するためだったのだが、まさか高音君にコートを着せると言う紳士行為をやってのけるとは。

悪いが、似合わない。

だが、彼の印象を大きく変えることができた。
もちろんまだ警戒は解いていない。
むしろ、あれがカモフラージュではないかという疑惑も沸いてきている。
仲間の信頼を得ている人物が裏切ると、精神的ダメージも与える事ができるからだ。
彼なら平然とやってのけるだろう……と思っていたのだが、どうもさっきの紳士行為が演技なのか心からの親切なのか判断がつかないのだ。
まだ会って一日、実際に彼を視界に収めているのは一時間にも満たないというのに、警戒し過ぎるのは浅はかだったか。
まあ、それでも警戒を怠る事はないが。
私はアクセラレータに向けていた警戒を多少外に向ける。
たいてい結界を破って入って来るのは関西呪術協会の陰陽師が扱う鬼達や、我々麻帆良の魔法使いに良い気持ちを持たない西洋魔術師が召喚した悪魔や邪精霊達だ。
これらはまだ良い。
探知ができるからだ。
だが、極稀に麻帆良の敷地内に妖怪が姿を現す事がある。
一昔前にはぬらりひょんも現れたとか。

学園長と見間違えたのでは―――げふんげふん。

過去最強の敷地内で確認された妖怪は鵺の一種。
複数の生物を融合させた姿を持っている強力な雷獣だ。
この前の世界樹の大発光の時期に現れたらしく、学園長も鎮圧に出たとか。
次が確か、巨大ながしゃどくろだったか。
それは私も参加していたのだが、何よりも戦闘後の隠蔽に苦労した。
何しろ森の木々など優に越す巨躯なのだ、葛葉先生も神鳴流の決戦奥義を使うし、神多羅木先生も雷の暴風を撃つしで大変だったのだ。
その翌日は瀬流彦君をつき合わせて飲んでしまった。
あまり強くないのに。

……愚痴はともかく。

そんな妖怪達を早期発見するのも、我々広域指導員の役割でもあるのだ。
今の所一般人に被害がでたことはないが、食われでもしたら大変なことになるからだ。

と、そんな事を思っていると携帯がなった。

とある古い日本のアニメの音楽を着メロにしている。
妻も私のその趣味はよくわからないと賛成の意を示してくれない。
北斗百○拳はカッコ良いと思うのだが。
娘も幼い頃は喜んでくれたのだが、今ではその趣味については距離を取られているのが実情だ。
明石教授はわかってくれるのだが……非常に寂しい。
電話に出ると、学園長の声がした。
『ガンドルフィーニ君かの?S12地区で陰陽師の襲撃が始まったそうじゃ。数は四十前後。すぐに鎮圧に向かってくれ』
「はい、わかりました」
ちなみに、学園長は宇宙戦艦ヤ○トを始めとしたSFアニメには目がなかったりする。

この数字と英語をあわせた地区指定も完全な趣味らしい。

私達としては昔は西の方とか東の方とかアバウトな指示だったから、案外役にたってはいるのだが。
「どうしたのですか?」
「陰陽師の襲撃だ。すぐに鎮圧に向かおう」
私の言葉に高音君と佐倉君の顔が引き締まった。
だが、どうにも後ろのアクセラレータの顔が締まらない。
というか、いつも通りだ。
緊張感のない……いや、彼の場合はいつも緊張しているのか?

どうにもそんな風には見えないのだが。

兎にも角にも、私達は鎮圧のために森の中へ向かった。
慣れている私達ならともかく、アクセラレータがついて来れるのかと思ったが、それは杞憂に終わった。
涼しい顔で木々を避けて余裕でついて来る彼を見て、運動能力はさほど悪くないのだと思った。
どう見てもまともに筋肉がついているとは思えないのだが。
これも風の力と言う奴なのだろうか。

全く出鱈目だ。

「もうじき目的地に到着する。準備はいいな?」
「「はい」」
「あァ」
真面目な声にダルげな声が混じる。
それに文句を言う前に、目の前に鬼の気配が出現した。

数は六。

私は正面にいる鬼に銃を撃った。
……弾き返したか。
やるな。
私が突っ込むと、後方から高音君の影の使い魔が飛来して来る。
彼女の技は大多数を相手にするとき、とても有効だ。
有効なのだが……。
今回は少し相性が悪かったようだ。
この鬼、質が良い。

「なんやこんなひょろいのは!?まともな奴はおらんのか!?」

そう言いながら棍棒を振りまわし、高音君の影達を紙のようにふっ飛ばしていく鬼達。
最近では影達でも鬼や悪魔達に十分通用していたから、それは彼女にとっての油断となった。
彼女は一旦動揺すると動揺が収まるまで戦闘力がかなり落ちるという欠点があるのだ。
何故かこの欠点は昔から変わらない。
慌てて『黒衣の夜想曲』を展開しようとするが、その前に高音君にクナイが飛来する。

―――避けきれない!?

背中に冷たい物が走った気がして、私は銃を向けて迎撃しようとするが、数は八つ。
多すぎる。
愛衣君が唱えていた魔法の射手を迎撃に出そうとするが、その前にせまっていたクナイを爆風が吹き飛ばした。

「締まらねェ戦いしてンじゃねェよ。出し惜しみってなァ格下相手にやるもンだぜ?」

アクセラレータだった。
私は目の前の鬼の棍棒を避け、頭に銃弾を叩きこんでいると、その横を白い疾風がつき抜けていく。

速い。

空間に溶けるように消えていく鬼の背後で、肉を打つ鈍い音とと鬼のうめき声が同時に聞こえた。
「まとめてぶっ飛ばしてやンよ」
その声に、私は高音君と佐倉君に後退命令を出す。
彼の言葉を証明するように、風が彼の周りに収束を始めたからだ。
普段なら後退命令を渋々ながら聞く二人もアクセラレータがいることで不吉な何かを感じたのか、そのまま後退する。

数秒後、ギュゴッ!!という空気が渦巻く音がして、目の前に巨大な竜巻が出現した。

その回転数は凄まじいものになりつつあるらしく、私達が後退していなければ確実に吸い込まれていた規模の物だ。
退避しきれなかった鬼達……いや、おそらくアクセラレータが全員巻きこむような位置に竜巻を出現させたのだろう、鬼達は全て巻きこまれ、体のあちこちを折れ曲がらせながら上空に吹き飛んだ。
地面に叩きつけられて戦闘不能になった鬼達はそれぞれ消えていく。
竜巻によって木などがへし折れた空間の中央に、アクセラレータは立っていた。
破壊され尽くした自然の闇の中、まるでその空間から拒絶されたかのように不自然な白。
あの竜巻の中央にいたはずなのに、砂一つついていない。
風の使い手だとしても異常過ぎる。
おそらく、神多羅木先生もこんな真似はできないだろう。
そう思っていると、彼は私達に向き直った。
「ボサっとしてンじゃねェ。次が来るぞ」
あんな事をしてのけた後に息一つ乱れず、さっきと同じ調子で彼は告げる。
こんなことも、彼にとっては造作もない事なのか。
私は彼の力に恐怖と共に頼もしさを感じながら、迫って来る数十の鬼の気配に向かって突撃した。






SIDE 佐倉愛衣

す、スゴイです……。
私が見た感じ、アクセラレータさんは全く呪文を詠唱していませんでした。
学園長から聞いたとおり、彼は無詠唱の強力な風の力を使うようです。
お姉様も多少は風の魔法を使うことができますけど、アクセラレータさんの使う風に比べればそよ風みたいなものです。
大きな竜巻を起こしたアクセラレータさんは突っ込んでいったガンドルフィーニ先生を援護するように小さな風の砲弾を撃っているようです。
彼が空気を押し出すように手を振るうと、その先にいる鬼達が怯むからです。
気弾に少し似ていますね。

……うう、魔力でも気でもない能力なんて目じゃ確認できません。

能力で見ればアクセラレータさんは神多羅木先生と同じような感じだと思います。
無詠唱の魔法の実力が段違いですけど。
あ、ちなみに私は後方から魔法の射手で援護しています。
私は肉弾戦なんてできないので、こうやって後方支援するのが一番なのです。
お姉様の最強の操影術、『黒衣の夜想曲』を起動したお姉様はたいてい敵の中に突っ込んで鬼達を吹き飛ばしていくので、これが相性は良い、と思っています。

本音を言うと、今でも怖いんですけど。

ええ、わかってますよ?
魔法世界じゃ本物のドラゴンが出たり、キメラドラゴンに滅ぼされた村なんていくつもあるってお姉様が言ってましたから、外に出る事になったら今とは比べ物にならないほど怖い目にあうことくらいは。
でも、敵の前で怯えてなんかいられません。
私は『黒衣の夜想曲』の鞭で追い込まれた鬼達をまとめて焼き尽くすために詠唱します。
「メイプル・ネイプル・アラモード!ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして再生の徴よ!」
私が使える中ではかなり強い方の魔法。
最強と言っても過言ではありません。 
雷の暴風?燃える天空?
あんなものと一緒にされては困ります!
「我が手に宿りて敵を食らえ!」
それはともかく、いきます!

「紅き焔!!」

ドカン!!と私の魔法が一箇所に集められた鬼達を包みます。
その爆風と爆炎に飲まれ、四体の鬼が消えました。
「いいわよ、愛衣!その調子!」
お姉様からもお褒めの言葉を戴きます。

ちょっと嬉しいです。

ちらっとガンドルフィーニ先生のほうを向いてみると、まあ、なんというか、地味な戦いでした。
派手さを求めるのは戦闘では間違いだと思うのですが……アクセラレータさんが撃ち出した風弾が直撃して怯んだ鬼の首をガンドルフィーニ先生が刎ね飛ばすのを延々と繰り返しています。
ガンドルフィーニ先生は身体能力もハンパないので、たまに瞬動も使います。
もちろん通常移動速度や攻撃速度もかなり速いです。
接近戦において最強はナイフ、というのを理論ではなく実戦でいくタイプの人ですよね。
速度と威力に特化されたナイフの攻撃は鋭く、速く、怯んだ敵の首を切り落とします。
アクセラレータさんの風弾は不可視でなんの反応もないので、向こうも避けられないようです。
風を肌で感じられる人はなんとか避けられるかもしれませんが、そんな超人は葛葉先生くらいで十分です。
そんなことを思っていると、アクセラレータさんが風弾と平行して近づいてきた敵を吹き飛ばしてました。
こう、掌を突き出した状態なのに横の敵を吹き飛ばしてるんです。
もしかして、あれも風弾?
掌を突き出してるのはもしかしてカモフラージュなんでしょうか?
私は魔法の射手で迫り来る鬼達を倒し、その二つの無詠唱魔法を平行して扱うアクセラレータさんの異常性に呆けていると、

「油断は禁物やで、嬢ちゃん」

「ハッ!?」
お姉様の鞭の渦を抜けてきた巨躯の鬼が私に向かって棍棒を振り上げていました。

―――いつもならこんな失敗なんてしないのに!

慌てて待機状態にしてあった魔法の射手を放ちますが、鬼は振り上げていた棍棒を横薙ぎに振り払って魔法の射手を撃ち落します。
振り払う衝撃波が私に襲いかかってきて、私は吹き飛ばされました。
「きゃあ!?」
「愛衣!?」
お姉様の声も、私の耳には入ってきませんでした。
衝撃波で頭を揺らされたようで、立てません。
呪文詠唱をしようにも時間がありません。
視界の端でお姉様が『黒衣の夜想曲』で鬼達の侵攻を食い止めながら、他の影達を出して私を援護しようとしてくれますが、私の前にいるこの鬼はどうやらリーダークラスの実力者のようで、見てもいないのに後ろを棍棒で振り薙いで吹き飛ばします。
「嬢ちゃん、こっちも命令があるんや、悪く思わんといてな」
振り薙いだ勢いを利用して、さっきよりも更に高く棍棒を振りかぶる鬼。
戦う者として、ここは最後まで敵を睨み付けて果てるのが普通なのかもしれませんが……私は目に涙を溜めて怯える事しかできませんでした。
と、銃声が聞こえました。
鬼がしゃがんでガンドルフィーニ先生の弾丸を避けます。
しかし、しゃがむ勢いのまま棍棒は振り下ろされ、私は棍棒に押し潰されて―――。


ゴォン!!


―――え?
「ったく、ガキのお守りは趣味じゃねェっての」
目を硬く閉じていた私の目の前にいたのは白い影。
アクセラレータさんでした。
葛葉先生の報告にあった通り、鬼の一撃を片手で受けとめて平然としています。
それどころか、鉄でできているはずの棍棒が砕け散っていました。
目の前にいる鬼は踏みこむアクセラレータさんが左腕を薙ぐ事で簡単に吹き飛ばされました。
「なんやとぉおおおぉぉぉ!?」
吹き飛ばされてドップラー効果を出しながら木に叩きつけられる鬼。
それを無視し、アクセラレータさんは砕けた棍棒の破片―――とは言っても大きい石くらいはある鉄塊を掴みます。
「どけェ、高音!!」

そのまま、投擲しました。

まるでそれは、砲弾のようでした。
爆発はしないから鉄鋼弾でしょうか。
しかし、ものすごい勢いで着弾したそれはソニックブームで鬼をまとめて三体くらい吹き飛ばしました。
あれは爆発したと思っても不思議ではないでしょう。
お姉様が避けていなければ同じように衝撃波に巻き込まれていましたけど。
そのトンデモない威力と彼の細い体がどうにも一致しなくて、というよりも事態の推移についていけなくて私が呆然としていると、アクセラレータさんに肩の辺りを蹴られました。
「えうっ!?」
結構痛かったです。
アクセラレータさんは私を見下ろしました。
私も思わずアクセラレータさんを見上げます。
思えば、アクセラレータさんをまともに正面から見たのはこれが初めてでした。
月明かりが色素が抜けたかのような不健康な白髪を輝く銀髪のように照らしています。
いつもは怖いその顔も、今ではどこか優しげに見えました。

カッコいい、と思ってしまいました。

ときめく私の心を無視し、アクセラレータさんは言い放ちます。
「手間かけさせんじゃねェよ。立て。腰が抜けて立てねェのか?」
お姉様が取り逃した鬼を爆風で吹き飛ばしながら、アクセラレータさんは挑発するような言い方で言いました。
ムカッと来ました。
私は立ちあがると、箒を構えます。
「それでいィんだよ」
アクセラレータさんはそう言い残すと、砂煙を残して掻き消えました。

―――瞬動術!?

お姉様を先頭にして、アクセラレータさんはお姉様が取り逃した敵を滅茶苦茶な速度で叩き潰しにかかりました。
私は武術をやってないからわかりませんけど、振るわれる拳はなんだか素人くさい感じがします。
でも、まるで隕石にも匹敵するかのような威力を持っています。
地面を踏みしめるたびに砂煙が上がり、次の瞬間には鬼の懐で拳を突き出し、続けてくるりとその場で回転して踵落としを決めます。
肩の辺りに直撃した踵落としは、鬼の足元に放射状のヒビを入れるくらいの威力でした。

さっきの後衛としての仕事ぶりはどこにいったのでしょう?

その身のこなしや速度は神鳴流剣士の葛葉先生と比べても遜色ないものです。
私は目で追うこともできませんでした。
ガンドルフィーニ先生やお姉様は私と同じように驚愕した面持ちでアクセラレータさんを見ていましたが、思い出したかのように鬼達へ攻撃を開始します。
私も負けてはいられません。
前衛の三人を援護するために、私は魔力を漲らせました。
「……メイプル・ネイプル・アラモード!!」






SIDE 一方通行

一言言わせてもらおう。


俺TUEEEEEEE!!


踏みこみんで殴り飛ばして蹴り降ろすだけでここまでの威力が出るのかよ一方通行!?
古菲のトンデモ身体能力と比べても遜色ない。
もちろん、俺は意識的にベクトル操作をやっているわけではない。
演算とかそんなややこしいのは無意識的に俺のスーパーコンピュータ並みの頭脳がやってくれている。
原作じゃ演算式をちゃんと一方通行は認識していたようだが、俺は認識してもそんなんはわからない。
頭の中に数字の羅列がどんどんどんどん流れていくだけだ。
それよりも大切なのはイメージだ。

前に進む。

それをひたすら意識すると、一瞬で7メートルもの距離を詰める事ができた。

投げて、吹き飛ばす。

それをひたすら意識すると、鉄塊は隕石のような威力の砲弾と化した。
体内電流を加速させ、俺の認知速度を上げる。
筋肉に指令を伝達させる速度を向上させるのだ。
後は殴る、蹴る、殴るの繰り返し。
もちろん反射はできるので、攻撃されても全くの無傷。
自分でも思うが、チート過ぎるだろ。
空間を何とかされる魔法(例えば空間断絶魔法とか空間消滅魔法とか万華鏡写○眼とか)を使われると反射は役にたたないが、鬼達相手ではなんともない。

物理系の攻撃には無敵だ。

よくわからんのがタカミチの居合拳とか雷の暴風や闇の吹雪に代表される魔法だが……炎を跳ね返せるんだから大丈夫だよな?
そう思いながら俺は拳を鬼に向けて振り下ろす。
どうやらこれが最後だったらしく、『ぬかったわぁあああ!!』と消えていく鬼に駄目押しの蹴りを加えて閉めとなった。
俺達は辺りを警戒するが、鬼の大部隊はこれ以上こないようで、ホッと一息つけるようだった。
「オイ、これで終わりか?」
「そうみたいだ。……それにしても、君は肉弾戦も強いんだな。葛葉先生や高畑先生と真正面からやりあえるんじゃないか?」
「さァな」
つまらなそうに俺は言う。
どうも、徐々に口調や対応が一方通行に似てきている気がする。
それでいて行動は俺の意志だ。
だからどうにもツンデレっぽい口調が抜けないのだ。
体に思考が釣られているのだろう。
残虐性のない一方通行か……。

……都合良過ぎね?

「あ、あの……」
「あァ?」
そう思っていると、どこかオドオドした様子の口調で話しかけて来る者がいた。
佐倉愛衣である。
「さっきは、その、危ない所を助けていただいてありがとうございました」
そういえばあまりにも見てられなかったから助けたんだったか。
ヤバい、更に思考が一方通行よりになってきている。

言い訳っぽい感じになってるし、これは完全にツンデレの方向だ。

「あァー、別に気にしなくていい。危ねェ目にあってる味方を助けるのは当然だろ?こっちの頭数減らされりゃァ困ンのは俺だしよォ……だからそンなキラキラした目でコッチ見ンじゃねェ!テメェさっきまでの目つきとかはどォしたンだ!?」
「やはり、こう言う場合は謙虚に言うのがヒーローって奴なんですね!あ、でもアクセラレータさんはどっちかって言うとダークヒーローって感じですよね?色は白ですけど」
「人の話無視すンじゃねェ!何でそンなポジティブに考えられンだよ!?っつーか俺の言葉のどこをどう解釈したらヒーローって結末に辿りつくンだかキチンと説明しろ!!」
「こう、危機に陥っている所を颯爽と助けに来るなんてもうホントヒーローじゃないですか!私そんなヒーローに憧れてたんです!ホントにカッコよかったですよ!私も一生に一度くらいあんな登場の仕方をやってみたいです!」
「高音ェえええええええッ!!この暴走してやがるクソガキをどうにかしろ!!手におえねェ!!」
「い、いえ、私もこんな愛衣は初めて見るので……頑張ってください」
「ガンドルフィーニ、テメェ教師だろ!?生徒くらい制御して見せろ!!」
「Good luck!」
「流暢な英語とクソ爽やかな笑顔で親指立てて喋ってンじゃねェええええええええええッ!!」
キラキラした『そんけーします!』みたいな純真な少女の笑顔と生暖かい二つの視線に挟まれて、俺は生きた心地がしなかった。
この無限地獄から開放されたのは、俺の叫び声を聞いたタカミチが様子を見に来る十分後の事だった。
ちなみに俺は知らないが、この騒ぎの件で俺の警戒度がかなり下がったらしい。
……不名誉な事この上ないが。






おまけ
俺は疲れた体を癒すために自室のバスルームに入ってシャワーを浴びようとした。
キュッ、と蛇口を捻ってシャワーを浴びようとした瞬間、反射で全て跳ね返されてちょっと鬱になった。
反射を切り忘れたのである。
ビシャビシャになった壁を雑巾で拭く一方通行。
シュールな光景にも程があった。






~あとがき~

いつも感想をくださる方、本当にありがとうございます。
深夜まで書いてて結局投稿できなかった第5話をお届けします。
一般人憑依一方通行が初めて鬼と遭遇した時以来の戦闘シーンですが、いかがでしたか?
満足してもらえると嬉しいです。
次の更新は早ければ夜、遅ければ明日になりそうです。
明日の朝はちょっと早いので。
次回の予告をしますと、待ちに待ったあの方が出てきます。
あの方をフルボッコしてしまおうか否か……悩みます。



[21322] 第6話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:33
SIDE 一方通行

ありがちな表現だが、俺が麻帆良にやってきて……または一方通行の体に転生して一ヶ月という時が過ぎた。
この一ヶ月はいわゆる調整期間のようなものだ、と俺は思っていた。

実際その通りだった。

学園長は俺を麻帆良に慣れさせ、俺を警戒している教員達に俺という存在がどんなのか見極めさせるのが目的だったらしいが、それは見事に成功した。
まず、最初はギスギスしていた魔法先生からの視線がほとんどなくなった。
俺が初仕事の時などに魔法生徒を助けたのが受けが良かったらしい。
それに、俺と愛衣の騒ぎの噂まで流れているらしく、危険な魔法使いから小生意気なガキというようにランクアップだかランクダウンだかわからん評価の変動が起こっていた。

ちなみに、ガンドルフィーニやタカミチとは仲が良くなっていることも大きい。

この二人はかなりの実力者なのでそれに影響される事も大きいのだ。
ガンドルフィーニは初仕事の一件で俺を信頼してくれるようになったらしい。
なんでも、『一緒に戦った戦友は信頼するものだ』という理論らしいが、本当は北○の拳のネタがわかったからというのが本音のようだ。
タカミチは言うまでもなく、とある友人と俺が非常に似ているから付き合いやすい、とのことだ。
まあ、たいてい想像はつくのだが。
この前ピザマンの人とかシャツがだらしない人とかに会ったが、反応は結構友好的だった。
一部、刀子のような警戒心がある人物の受けは悪いようだが、贅沢は言っていられない。
エヴァのような孤軍にはなりたくないのだ。
そういえば俺はまだ幼女吸血鬼と会ってないな。
いずれ出会うと思っていたが、あんなビッグネームとこれまで出会ってないとは……意図的にエヴァと出会わせることを避けているように思える。
確かに、俺とエヴァが出会えばどうなるか俺にもわかる。

どーせ、喧嘩になるだろう。

客観的に見ても主観的に見てもそれは明らかだ。
茶々丸は止めないだろうし。
んでもって決闘でも挑まれたら目も当てられない。
彼女の魔法では俺を倒す事はできないからだ。
『おわるせかい』などといったリョウメンスクナを一撃で倒すような強力な呪文を使えるのは停電の時のみ。
停電の時にできるかどうかも少し怪しいが。
更に、既に二回目の停電は終わっているため、次は春を待たなければならない。
もしかしたら幻想空間なんて場所で戦うかもしれないが。
ちなみに、『おわるせかい』などの放出系の魔法は俺には効かないし、体術なんて物理法則を無視する俺には通用しない。

俺の反射には限度がない。

例え闇の魔法を使われたとしても負けるとは思わない。
結果としてコテンパンに倒すことになるだろうが……面倒だ。
真祖の吸血鬼としての力を発揮しているのならどれだけフルボッコにしても死なないだろうが、万が一死なれてもらっては困る。
ネギを誰が鍛えるんだ。
ご都合主義的なオリキャラが出てくるんじゃないだろうな。

―――まさかクウネルか?

十分にありえるが、ネギが小型クウネルのようになってもらっては困る。
クウネルのようなタイプは俺が絶対に苦手だろうからだ。
舌戦でネギに負けるなど、想像もしたくない。
まあ、そんなエヴァとの戦いはマイナスしか生まないのであわさずにいるだけなのだろう。
やけに取り繕った笑みを浮かべている魔法先生が強引に俺の歩く道を変更した事も何度かあったし。
後変わった事は、高音や愛衣、そして龍宮とある程度仲良くなった事だ。

女性ばかり?

文句言うな。
俺が会う人間なんて魔法関係者でしかもガンドルフィーニ、刀子の管理下にある生徒なんだぞ?
四人しかいねェじゃねェか。
高音は言うまでもなく初任務の時から仲が良い。
ただ、よく自分の正義の理想を語るのはやめて欲しい。
論破する事もできるが、面倒なのでやらない。
そして愛衣だが、彼女はこう、なんというか、やりづらい。
純真で圧倒的な表向きの世界の住人の思考だからだろうか。
アクセラレータもラストオーダーを心の支えにしてたしな。
あんな純真なタイプに弱いのかもしれない。
次に龍宮。
彼女とは以前、俺と刹那を交えて戦い方の討論をした事がある。
その時に意見が一致したので、それから気があってしまったのだ。
麻帆良四天王の龍宮、刹那と知り合っているので、古菲や長瀬楓も時間の問題だと思ってきている。
さて、それでいてどうして刹那と仲良くなっていないのか。

その理由はズバリお嬢様である。

彼女は何よりもまずこのかを重視する。
どうやら俺を悪人とは思っていないようだが、まだ警戒している。
この辺りは刀子に似ている。
一緒に仕事をするときにギスギスしていては空気が悪いので改善しようと思っているが、何しろ一緒にいるのは刀子、刹那、龍宮と来たもんだ。

どないせーっちゅうねん。

三人とも仕事だから、と割り切るところがある為になんとか助かっているが、それぞれ個人の技量が高すぎる上に団体行動に向かない攻撃力を持っているので愛衣のようなイベントが起こる事もない。

……困ったものだ。

とある彗星の台詞を吐きながら、俺は早朝にランニングをしていた。
そう、俺は体を鍛え始めたのである。
なにしろアクセラレータの体は貧弱にも程がある。
せめて素で殴り合ってカミジョー君に勝てるくらいにはなりたい。
そして気を使えるようになりたい。
何故かって?
おま、素で斬岩剣を使って更にベクトル操作してみ?
斬岩剣が決戦奥義並みの威力になるのだ。
もちろんたった一年で斬岩剣を使えるようになるとは思わないが、ある程度気を使えるようになりたいのだ。
そのためにはどーしても刀子か刹那の協力が要るのだが……。

「無理だな」

ぼそりと断言する。
少なくとも、今の状況では。
というわけで、健全な体作りから始めました。
おそらくこの体は十五歳か十六歳。
この頃の体でひょろくてもまだまだ急激に成長する事もある。
肉体的にみれば数ヶ月で常人の体を作り上げる事も可能だ。
大人とガチで殴り合って勝ちたい。

とりあえずはそれを目標に。

ネットで学んだランニング走法でリズミカルに走っていると、後ろから声がかかった。
「おはよーございます」
俊足で横に並んで新聞を手渡して来る。
オッドアイに鈴の飾りをつけたツインテール。

神楽坂明日菜だ。

何故か俺は彼女とも気が合うらしい。
毎朝早朝ランニングをしていたら、お互いの名前も知らずに愚痴やらなんやらを言い合える仲になってしまった。
ちなみに、俺はフードを被って更にバイザーをつけているので素顔を見られたことはない、はず。
容姿に突っ込まれた事はないから。
俺は手渡された新聞を背中のリュックに放りこむ。
「おゥ。いつもより遅ェんじゃねェのか?」
「実は今日ちょっと寝坊しちゃって。おかげでちょっと息が切れちゃってるのよ」
ちなみに俺がナチュラルにタメ口だからか、こいつは最初は敬語だったが次に会った時はタメ口だった。
この馴れ馴れしさは賞賛に値する。

嫌ではないが。

愚痴をいえると言うのは、存外楽なモンだ。
ちなみにガンドルフィーニの格闘漫画オタクっぷりは既にバラしてある。
あれの論議に長々と付き合わされた翌日だったからな。
思いっきり不満をぶちまけてやった。
すると、数日後に例のパパラッチの耳に入ったらしく、ガンドルフィーニの格闘漫画オタクが麻帆良中に発覚した。
ガンドルフィーニは怒るのかと思えば、それの愛好家達に話しかけられ、現在は非常に充実しているとか。

悔しい。

こないだなんて『なあアクセラレータ君!ペガ○ス流星拳と北斗百○拳のどちらが強いか論議してるんだが、君も加わらんかね!?』とハァハァ言いながら迫ってきた。
問答無用で殴り飛ばしてやった。
ちょっとは気分が晴れた。
アスナは昨日珍しくこのかの新作料理が失敗したらしく、どんな料理だったか、味はこんなんだったと事細かに説明してくれていた。
このかは和風だけではなく中華もやるのだと知った。
「俺ァ和洋中のどれがいいかって言われたら洋だな。ボリュームが欲しい」
「そうなの?……前から思ってたんだけど、走り込んでるのって痩せた体を鍛えたいからなの?」
「そォだよ。太るのは御免だが、痩せたまんまってのもやなんだよな。アバラなんて浮き出てンだぜ?」
「うは。そりゃあまずいわね」
鍛え始めて現在二週間目。
ようやく筋肉がつき始めたと実感できた。
毎日続けたかいがあったと思っている。
ちなみにタカミチに筋トレの仕方を教えてもらっているので体を壊したりはしない……はず。
まあ、一方通行がどれだけ肉体に対して惰眠を貪っていたのかわかる二週間だった。
体内電流を操作できる一方通行はその気になれば色々と成長に関して干渉できるっぽいのだが、なんだか筋肉の寿命とかが縮まる気がしてそれはやめることにした。

無意識的にやっているかもしれないが。

そのせいか、俺の筋肉のつき方は常人に比べて速いらしい。
タカミチの指導が良い、といったら笑って照れていた。
そういえばアスナはタカミチに惚れてたな。
今度ブロマイドでも作って売ってやろうか。
「あ、じゃあ私こっちの道だから。さよならー」
「あァ、じゃあな」
手を振ってアスナと別れる。
それから俺は広場に向かい、いろいろと筋トレを行う。
この体、運動は嫌いではないらしく、一人だけで黙々と鍛えていてもそれなりに楽しかった。
まあ、生前の俺が運動が好きだったのもある。
黙々とトレーニングをしていると、辺りが騒がしくなってきた。
もう登校時間か……知らぬ間に二時間近くやっていたようだ。
俺の体もびっしょりと汗で濡れている。
そろそろ帰るか、と思い、俺は立ちあがろうとすると……。
「…………!」
後ろを振り向き、視線を固定してじっと視線の先を凝視する。

教室の屋上。

一番高い給水器の傍。

そこから誰かが俺のことをじっと見ている。
流石の俺も何キロも離れている建物の上にいる人影が誰か判別する事はできないが・・・その人影が小さい事はわかった。
その建物を見て、俺はポツリと呟く。
「……エヴァンジェリンじゃねェだろォな……」
その建物は良く見たことがある女子中等部の校舎だった。
こんな早くから登校する優等生だったか、彼女は?
他に超人的な目をしているのは茶々丸か龍宮くらいしか知らない。
俺はパーカーを着て素顔を隠しながら、そこからランニングモードになって走り去る。
ちらりと校舎の方を見て、もうそこには人影がいないことに気付いた。
まさか、俺の存在を伝えてないとは言わせねェぞ、学園長。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

暇だった、と言うのもある。
たまたま今日は早く起きれた、と言うのもあった。
理由はただそれだけなのだが、今日は私は早めに登校しようと思った。
家にいてもやることなんてないしな。
登校地獄の呪いのおかげでかれこれ十三年も麻帆良に閉じ込められると、登校するのにも違和感はなくなった。

一つ変わった事といえば、最近私の従者になった絡繰茶々丸の存在だ。

麻帆良工学部が作り上げた機械人形らしい。
科学というのはどうもわからんが、ここまで人間に似ている精巧な人形を作ると言うのは素直に感心した。
今日も茶々丸は私の後ろをついて来る。
なかなか世話を焼いてくれるので私としては楽なことこの上ない。
良い買い物をした物だ。
戦闘についてはそれほど問題ない。
茶々丸の製作者の超鈴音と葉加瀬聡美が共同開発したおかげであらかたの武器の使用方法はインプットされており、超の体術をプログラム化したデータを積んでいる。
茶々丸は機械人形だから機械人形独特の戦い方もできるだろうから、そういう体術は後々教えようと思っている。
最初はロケットアームや目から光線なんていう馬鹿げた装備を見たときは呆れた物だが、あれはあれで便利だしな。
私達が教室につくと、通称本屋と呼ばれている宮崎のどか、理屈っぽい話し方をする綾瀬夕映などといった真面目な面々がそれぞれ談笑していた。

くだらん。

私はいつも通りサボタージュすることにし、鞄を机にかけるとそのまま教室から出ていった。
向かうのはいつも通り屋上。
屋上から外を眺めて見ると、まばらに人が学校に登校して来るのが見えた。
いつもは見れない光景だが、私にとっては興味がない事だ。
太陽とは逆の西の空をぼーっと見やっていると、私の視線に妙な物が映った。

あれは、誰だ?

世界樹の近くにあるここから数キロ離れた開けた広場。
そこでひたすら腹筋をしている者がいる。
学校をサボタージュして体を鍛えている筋肉馬鹿かと思うが、どうやらそうではないらしい。
かなり遠い距離にいるが、その目つきは裏の者特有のギラついている目つきだった。
よくよく観察して見ると、奴は気も魔力も一般人並みで、裏の者とはとても思えない。

体つきも貧弱そのもの。

喧嘩に慣れた男子高校生と戦えば負けてしまうほど貧弱だ。
なのに、何なのか、あの目つきは。
あれは何度も死線をくぐり抜けた目だ。
私にはわかる。
正義正義と温い麻帆良の空気を拒絶されたような存在が、私のほかにもいたとはな。

面白い。

特徴はアルビノだったな。
それに、あんな雰囲気を放つ生徒なぞそういない。
ジジイなら何か知っているだろう。
私はそう思って奴を視線から外そうとすると、強引に戻された。

奴が、こちらを見たのだ。

間違いない。
今もじっとこちらを見ている。
そんな馬鹿な。
ただの人間がこの距離で私を確認できるというのか?
視線を合わせていたのはほんの数秒だった。
奴はパーカーを羽織ると頭を覆い隠し、その場から軽やかなランニングスタイルで走り去って行った。
偶然じゃない。
奴は私の視線を感じて、私を見たのだ。
正直に言うと、そんな事ができる奴はジジイかタカミチ、そして龍宮真名くらいしかいないだろう。
それ相応の実力者と言う事か?
魔力や気を必要以上に抑えているという事か?

……くく、尚更面白い。

学校にも通っていないようだから、呼び出させてやる。
私はもはやいつ浮かべたか忘れた凶悪な笑みを顔に貼りつけながら、ジジイの部屋へと向かった。






SIDE 一方通行

来たというか、やっぱりか。
俺が自宅でシャワーを浴び終わった後、携帯電話を確認してみると学園長とタカミチからの着信記録があった。
いつもの長ズボンをはきながら、俺は首と肩で携帯を挟み、学園長に電話をかけた。
今の時刻は八時三十五分。
タカミチはショートホームの時間か、授業中だろうと思ったのだ。
ワンコールですぐに出た。
「なンだよ、学園長。朝っぱらから鬼でも出たか?」
『アクセラレータ君、魔法使いのルールは教えたと思うんじゃが』
律儀に答えやがる学園長。
こっちは冗談のつもりなのにマジに捉える。
律儀だ。
「冗談に決まってンだろ?で、用件は?」
『うむ。いますぐ学園長室に来て欲しいんじゃ。五分くらいでつくじゃろ?』
ほら、呼び出しだ。
ってか、この距離を五分?
いけないことはないが、能力発動してたら一般人のバレると思うんだが。
大方、エヴァに急かされているのだろう。
待つのは得意な吸血鬼の癖して。
「あァ、ダラダラ行くから二十分くらいはかかると思うしヨロシク」
『ふぉ!?いやいや、それはちょっと困―――』
ブチッ。
切ってやった。
せいぜい困れクソジジイ。
俺の朝の安眠を妨害しやがった罰だ。






SIDE 近衛近右衛門

切りおった。
困るのう、今目の前にはマジでうずうずしている吸血幼女がいるんじゃが……。
「おい、今とても失礼な事を考えなかったか?」
「はて、何のことかのう」
とぼけ、ワシは内心でため息をついた。
どうしようどうしようと迷いに迷ったツケがここで来よったか。
早めにカチ合わせてしまうとガンドルフィーニ君達が文句を言うため、一度彼らが沈静化してからアクセラレータ君を紹介しようと思っていたのじゃが、最悪のタイミングでバレてしまった。
彼も彼で不機嫌なようじゃったし、まさかここで殺しあうことはないじゃろうが……困る。
既にタカミチ君という道連れの用意はできておるから、ちょっとは気が楽なんじゃが……気が重いのう。
「で、奴は五分でくるのか?」
「二十分はかかると言っておった……言っておくが、ワシのせいじゃないからの。ワシはちゃんと五分って言ったんじゃ!」
「……く、くくく……そうか、私を二十分も待たせるのか。これは相応な出迎えの仕方をしてやらねばな」
にやぁ、と不吉な笑みを浮かべるエヴァちん。
ワシ、もー知らねっと。






SIDE 一方通行

結果的には十分くらいで校舎にはついた。
ま、流石に二十分っていうのは寄り道に寄り道を重ねないと時間が稼げないので、眠い俺はさっさと用件を終わらせるためにやって来たというわけだ。

それにしても、エヴァはどうするか。

たいていのSSじゃエヴァは転生者にとって安全圏ということは知っている。
最初に生命の危機にさらされるのもたいていエヴァだが。
麻帆良でも1,2を争う実力者であるエヴァと敵対しても百害あって一利なし。
と俺の明晰な頭脳は判断しているのだが、あのエヴァの性格と俺の性格がマッチするとはとてもではないが思えない。
一方通行と俺の性格がいい具合に混ざっているのだが、そのせいで一方通行と俺の欠点も浮き彫りにしているのだ。

まず、一方通行は学園都市最強というプライドがある。

反射は健在。

故に、彼は例え600年も生きている吸血鬼が相手でも馬鹿にされたら間違いなくキレる。
今のエヴァは一般人並みの力しかない。
アクセラレータがキレれば彼女を一瞬にしてひき肉にする事も可能だ。
なにしろ、エヴァを初めとする魔法使いは俺のような魔力も気も使えない一般人を舐めてかかる節がある。
600年も生きてきた最強の魔法使いを自称するエヴァなら尚更だ。

だから、彼女は油断している。

アクセラレータは容赦なくそこを突くだろう。
俺も自制してはいるのだが、どうしてもキレやすくなっているし、性格がアクセラレータに似てきているのも自覚している。
波乱が起きそうだ。
自分で言うのもなんだが。
汗くさいパーカーは洗濯機にぶちこんできたので、今の俺の服は麻帆良にやってきたナチュラルな一方通行スタイルだ。

モノクロが好きらしい。

女子中学校の中を私服で歩く男子高校生というのは非常にアレだが、場合が場合なので仕方がない。
まぁ、何度か入った事はあるのでもう緊張感の欠片もないが。
俺は校舎の中を歩いて行き、学園長室の手前にやって来る。
なんだか扉が禍禍しい気配を醸し出している。
エヴァがいるのは間違いないだろう。
ハァ、とため息をついてから、俺はドアをノックせずに扉を空けた。
「何の用だ、学園長……あァ?」
早速だ。
早速、俺の体が糸により拘束された。
なるほど、武道会で刹那が受けたのはこれか。
確かにまともな力技では脱出できない、か。
「糸……魔法使いならもうちっとファンタジーな拘束の仕方をしろよ」

「悪いが私は魔法は使えなくてな」

俺が声がした方に視線を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちしている幼女の姿があった。
なんだか間近で見てみるとそれは子供が背伸びしているようにしか見えないので、思わず吹き出してしまった。
「き、貴様、何がおかしい!」
「いィや、なンでもねェよ。オイ学園長、このクソガキは誰だ?なんで中学校に小学生がいンだよ」
ぬがッ……!?と言葉に詰まるエヴァ。
それを見た学園長と傍にいたタカミチは顔を引きつらせた。

まあ、そりゃそうだろう。

エヴァにまともに初対面でこんな事を言えるのは俺かナギ、ラカン、アルビレオ・イマくらいしかいないだろうからな。
しかし俺もスラスラと良くこんな事が言えるな。
良くも悪くも一方通行の身体に馴染んできた、と言うことか。
学園長はため息をつきつつ言った。
「彼女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルというこの学校の一年生じゃよ。中学生じゃ」
「もっと言うと、彼女は600年生きている真祖の吸血鬼だ。……エヴァ、そろそろ彼を開放してやってくれないか?彼、そうとう頭に来てると思うんだが……」
「ふん、私を待たせたんだ。これくらい当然だろうが」
おお、流石タカミチ、察しが良い。
実を言うと、今にもこの糸をブチ切って飛び出しそうだ。
俺なら糸が肌に食い込んで来るベクトルを反射して糸を強引に引き千切る事も可能だからな。
さて、俺は当然の疑問をこいつ等にぶつけることにする。
「吸血鬼ィ?なんで吸血鬼が昼間動いてンだよ?っつか、なんで吸血鬼が中学一年生なンだ?」
「彼女は吸血鬼の真祖……つまり始まりの吸血鬼じゃ。ハイデイライトウォーカーと呼ばれる彼女は昼間、太陽の光を浴びても平気なのじゃよ。まあ、夜に比べれば力は劣るがの。後者については色々と事情があるのじゃ」
「色々ねェ……」
登校地獄の呪い、か。
不便なもんだな。
「で、そのエヴァンゲリン・A・K・マクスウェルが何の用だ?」
「ワザとだな貴様!?」
「ワザとだが、それがどうしたンだ?」
開き直ったかのように俺が言うと、エヴァはますます不機嫌そうな顔で俺を睨みつけてきた。
「貴様、今の状況がわかってないのか?その気になれば貴様の首の一本くらい、すぐに刎ねてやれるのだぞ?」
「やれるもンならやってみやがれ、クソガキ。ま、俺を殺したらテメェの末路がどうなるか、わかんねェ筈ねェだろ?」

「……死にたいらしいな」

エヴァの空気が硬化する。
こんなになめられた事は彼女の過去の中でも全くなかったのだろう。
しかも、俺は魔力も気も使えないただの人間(と、エヴァは思っている)。
本気でキレるとは思っていなかったが、かなり頭にきているようだ。
まあ、それと同じくらい俺も頭にきているわけで。

「クソガキが何言っても戯言にしか聞こえねェよ」

キュッ、と糸が狭まってきた。
流石にそこまでするとは思っていなかったのか、学園長とタカミチが目に見えて焦り始める。
短気な上司を持つと部下は苦労するな。
俺もここまでされて大人しくしているタマではないが。
「がッ!?」

ドン!!とエヴァの背後で爆発が起こった。

それは瞬時に凝縮させた空気を解き放ち、爆風を作り出したのだ。
当然、エヴァはこちらを向いているのでこちらに吹き飛ばされる。
俺は反射を使い、エヴァの糸をブチブチと引き千切るとその首を掴み上げた。
「ぐ、がッ……!?」
エヴァは何か喋ろうとしているらしいが、苦しくて何も言えないようだ。
俺はエヴァを睨みつけながら、ハッ、と鼻を鳴らした。
「真祖の吸血鬼だかなンだか知らねェが、自惚れてんじゃねェぞクソガキ。ほれ、謎の吸血鬼パワーでなンとかしてみろよ。それともやっぱり昼間は人間なのか?人間じゃァ俺にも勝てねェのか?あァ?」
「や、やめるんだ、アクセラレータ!」
流石にタカミチが止めに入り、俺の腕を掴むが……その程度では俺の腕を動かす事はできない。
俺は依然としてエヴァの視線を受けとめながら、告げる。
「虚勢張って何が楽しい?威張って何が嬉しい?他人の上に立って喜んでンのか?それでテメェは自己を形成してンのか?」
「…………!!」
「テメェがここで中学生してるのも何か理由があンだろうが、600年も生きてりゃ少しは聡明にもなってるもンじゃねェのか?こんなことして俺を脅して、力で屈服させて従える。でなけりゃ排除すンだったら、テメェはただワガママなクソガキに過ぎねェよ」
エヴァは糸を使って俺の腕を切断しようとしたようだが、その糸は俺の腕を締めつけようとして千切れる。
「600年も生きてきて得た答えが今のテメェか?クソガキとして生きていくのがテメェの道か?テメェみてェな強者なら、それ相応の王道があンだろォがよ。光なら光。闇なら闇。貫きとおせる道は一つしかねェ。交わる事は決してねェ、ってな」
そう言って、俺は腕を振ってタカミチごとエヴァを投げ飛ばす。
タカミチはエヴァを受けとめ、窓に激突した。
うっすらと激突した場所には魔法陣のような物が浮かんでいた。
学園長室は魔法による防弾処理がしてあるようだった。
エヴァは受けとめてくれたタカミチを押しのけて立ちあがる。
彼女は憤怒と困惑をゴチャゴチャに混ぜた顔をしていた。
「貴様に……貴様に私の何がわかる!?」
「テメェも俺と同類だ。だからわかる。闇に生きて、光に出会い、光を守るために闇の底に堕ち、それでもまだ光を諦めきれねェ。そうだろ吸血鬼」
俺はピクリとも笑わずに言った。

「テメェみてェな闇の象徴が光に憧れたことがないたァ言わせねェぞ」

そう言って、俺はエヴァを睨みつけた。
キレている俺が言うのもなんだが、彼女にはキツい言葉だと思う。
エヴァは600年生きてきているが、基本思考は十歳の女の子なのだ。
それでいて彼女は訳もわからぬうちに追われる身となったのだから、流されるままに生きてきた。
次第に彼女は時代に抗う力を失っていったのだ。

何もかもが嫌になって。

闇の中で沈んでいた彼女は、ある時光を見つけた。
それがサウザンドマスターだった。
だが、光は散々自分を照らした後にどこぞに去り、二度と自分を照らす事はなかった。
約束を破り捨てて。
その時彼女は疑心暗鬼になっただろう。
だが、今は持ち直している。
俺が見たところ、彼女は『闇の福音』としてのプライド、そして強さを心の支えにしている。
それが叩き折られたらどうなるか。
まあ、この程度で潰れる女とは思っていないが。

「つまンねェな」

その一言に、エヴァはびくりと震えた。
俺はエヴァから視線を外し、学園長を見やる。
「……学園長、俺ァ放課後にもう一度ここに来るぜ。今のままじゃ、ここにあるモン全部ブッ壊したくなっちまうからな」
それは嘘ではない。
まったくもってイライラする。
やはり、俺とエヴァは会うべきじゃなかった。
闇に染まった似たもの同士が出会うとこうなるのか。
後学のために覚えておこう。
俺はそう思いながら、騒然とする学園長室を出ていった。






~あとがき~

第6話を投稿しました。
エヴァとの出会いは、まあこんな感じです。
どうしてもアクセラレータとエヴァを争わせたくて、こういう展開になりました。
無理矢理感が溢れてますwww
ちなみにアンチエヴァではないのでご安心ください。


皆さまのコメントを見て考えた結果、ネギま板に移動することを決定いたしました。
次回の第7話を投稿した時にネギま板へ移動させます。
これからも応援、よろしくお願いします。



[21322] 第7話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:35
SIDE 近衛近右衛門

最悪じゃ。
ワシはさきほどの光景を思い出しながら、本気で頭を抱えていた。
冗談やそんな類ではなく、真剣に頭を抱えていた。
隣にはタカミチ君がおる。
エヴァはあの後、どこかに走って出ていってしまった。
エヴァはワシが言った事をあまり本気にしていないと思っていたが、彼の危険性はうまく伝わっていなかったようじゃった。
薄々、本当に薄々じゃが感じてはいた。
彼は実はもう記憶を取り戻しているんじゃないか、というよりも、記憶喪失というのが嘘なのではないだろうか、と。
でなければ、エヴァとの同類発言が噛み合わん。
「……どう思うかね、タカミチ君」
「時期尚早、というよりは相性の問題でしょうね。まさかアクセラレータがあそこまでエヴァを糾弾するとは思いませんでした。たまたま彼の虫の居所が悪いというのも考えられますが、それにしてはあの迫力は異常でした。まるでエヴァの過去を知っているかのようでしたよ」
「うむ。闇と光、か……彼の言わんとしている事はわかるんじゃが、今のエヴァにはキツい言葉じゃのう」
「ええ」
何しろ、光に生きるか闇に生きるか、麻帆良にいてはどちらの道一本にも絞れないのだ。
吸血鬼であることを捨てる事はできない。
かといって、闇に染まる事もできない。

まさにジレンマの地獄。

エヴァがどっちつかずになるのも頷けると言う物じゃ。
「でも、人である以上光か闇の一方に絞るというのは不可能です。陰陽があるからこそ人は人でいられると僕は思っています」
「……アクセラレータ君は自分とエヴァは同類と言っておった。彼もエヴァと同じように迷っているのではないのか?」
「でしょうね。でなければ、彼は彼自身の嫌う偽善者となるわけですから」
ややこしい事になってしまったのう……。
麻帆良での危険人物の二人が情緒不安定になってしまっては先生たちもざわめくじゃろうし。
ガンドルフィーニ君はアクセラレータ君のことがお気に入りのようじゃから心配するじゃろうし。
この場合は無礼な出迎え方をしてアクセラレータ君を煽ったエヴァが謝りに行くのが順当じゃろうが、あのエヴァが謝りに行くかのう?
「まさか殺し合うことはないじゃろうな」

「ありえます」

タカミチ君は即座に断言した。
「どちらもおそらく強烈な闇に揉まれてきた存在です。お互いの主張がこじれ合えば、力でねじ伏せようとする可能性は否めません。それに、エヴァはともかくアクセラレータはまだ力を隠している素振りも見うけられます。もしかしたらこう言う時が来るための予防対策だったのかもしれません」
「対策を取られんための対策、か。頭の回る彼らしい考えじゃの」
もしかして二人が正面激突するのなら、ワシらで周りをフォローするしかないかのう。
できればそんな事にはならんで欲しいのじゃが。
「もしも激突したとして、どちらかがどちらかを殺そうとするのなら、ワシらは全力を持ってそれを阻止せねばならんな」
「はい。もちろんです」
緊急集会を開かねばならんな。
ワシは授業のチャイムが鳴り響くのを待ちながら、麻帆良有力実力者達のピックアップを始めていた。






SIDE ガンドルフィーニ

学園長の真剣な声での呼び出しを食らったときは、何が起こったのだと身構えていたが、私の予想外な事態だったために目を見開いてしまった。

「『闇の福音』とアクセラレータが衝突する可能性がある、ですと!?」

はっきり言って、現在の麻帆良では考えられる最悪の事態だ。
アクセラレータの実力はこの一ヶ月で誰もが知るところとなっている。
見た目にはそぐわないほどの優れた身体能力を持ち、魔力も気も感じない非常に厄介な無詠唱風魔法を使う。
更に、何故か物理攻撃が全く通用しないという鉄壁の防御力を誇っている。
よって、アクセラレータは肉弾戦では最強クラスの実力を持つ。
そして、エヴァンジェリンの実力も、『闇の福音』として恐れられる事からその実力を知らぬ者はいない。
今では弱体化しているが、それでも一対一でなら高畑先生と互角以上に渡り合えるといわれている。
魔法の技術ならば学園長以上といわれている吸血鬼だ。

その二人が真正面から衝突すれば、どうなるか想像がつかない。

そしてこの事態を招いたのが、目の前の学園長だと言うのだ。
ことこういう事に関してはミスを起こさない学園長が、こんな所でしてはならないミスを犯すなど珍しい事だ。
学園長は深々と頭を下げる。
「本当に面目ない。本当ならワシが全て決着をつけるべきなんじゃが……ワシの力だけではあの二人を抑える事はできんのじゃ」
「特に、エヴァは力が戻る満月の時期を狙ってアクセラレータに勝負を挑むでしょう。流石に麻帆良市街では戦闘は行わないでしょうが、あの二人のことです、もしかしたらそれで攻撃を躊躇すると計算に入れて市街地で戦闘を行う可能性もあります」
「賛成です。どちらも効率的でなるべく勝率を高める戦闘をしますから」
私を含め、他の先生たちも刀子先生の言葉に頷く。
エヴァンジェリンの戦いはどうか知らないが、アクセラレータは非常に実戦的な考え方をする。
勝つためならどんな事でもやるというのは、いかにも彼に似合う言葉だ。
「しかし、どうしてそんな事に……?」

エヴァンジェリンとアクセラレータ。

二人はどちらもああ見えてかなり聡明で、初対面でいきなり激突なんて事態は起こり得ないと思うのだ。
すると、学園長は言いにくそうに言う。
「実はどちらも色々と譲らなくてのう……次第に引っ込みがつかんようになったんじゃ」
「どちらが悪いのかというと、どっちも悪いんですが……客観的に見たらエヴァの方が強引でした。あまり言えませんが、僕から言わせれば個人と個人の考え方のぶつかり合いです。こればっかりは本人達で解決するしかありません」
「思想か……厄介だな」
神多羅木先生もぼそりと呟いた。

争いごとにおいて、それぞれの意識の根底にある主軸たる思想の争い事は特に厄介だ。

客観的にどちらが間違っているとは明確に言えないので介入する事もやりづらいのだ。
「君達にはあの二人が戦いあった時、片方を殺そうとしたら止めて欲しいのじゃよ。殺されそうな相手がエヴァであれ、アクセラレータ君であれ」
エヴァンジェリンはあまり救いたくないが……彼女も戦力不足の麻帆良では重要な戦力だ。
失うのは惜しい。
アクセラレータに至っては私の友だ。

見捨てるわけにはいかない。

「もしも二人が戦った場合、被害は全てワシが責任を取る。今回の事の発端は軽率な行動をしたワシに責任があるんじゃ。君達を巻きこむ事になって本当に申し訳ない」
「私は友を守るためにやるだけです」
「流石に私としても喧嘩で街が破壊されるのは勘弁して欲しい所ですね」
「隠蔽工作は明石教授と弐集院に頼むか?」
「あの人達は情報操作がうまいですからね、そうしましょう」
エヴァンジェリンとアクセラレータがぶつかり合うという事は、核弾頭と核弾頭をぶつけるようなものだ。
それが私を含めて全員わかっているのだろう。
誰もが彼等の激突について真剣な顔をしていた。






SIDE 一方通行

俺は世界樹の傍に腰を下ろして寝そべり、目を閉じていた。
放課後になるまでこうしているつもりだ。
流石に少し言い過ぎたかと思うが、エヴァも俺を拘束するのだ。
見ず知らずの人間を拘束して自分には何も危害が来ないと思ってもらっては困る。
ポジティブに、彼女にとっては良い教訓になっただろうと思っておく。

……思っておくだけだ。

それにしても、自分よりも600歳も上の幼女に説教するなんて思ってもみなかった。
だが話してみれば彼女は人間の思考を持つ不老不死の人間としか思えない。

だいたい、人間の定理とはなんだ?

たかが寿命が長寿で魔力が多い人間というのが吸血鬼なら、俺は彼女を人間としか見れない。
一方通行の記憶の中には彼女よりも闇に飲まれている人間が何人もいるから。
「……軽率過ぎたか」
過去の事まで持ち出してしまうとは、俺もよほど頭に血が上ってしまっていたらしい。
これまでに説明してこなかったが、俺の頭の中には一方通行と俺の両方の記憶が存在する。
何の不自由もなく淡々と暮らしてきた俺の記憶。
人間の闇の渦に巻きこまれながら育ってきた一方通行の記憶。
その内、俺の平穏な記憶は薄れつつあり、一方通行の記憶がはっきりしつつある。
やはり平坦な記憶と言う物は忘れやすく、壮絶かつ痛烈な記憶は頭に残りやすいのだろう。
俺は一方通行の記憶を思い起こしながら顔をしかめる。

悲鳴と絶叫。
血肉と臓物。
愉悦と憤怒。
暴走と快楽。
奈落と深淵。

ホント、よく人格を形成して来れたもんだと思う。
俺みたいな弱い普通の人格だったら、とっくに狂っている。
この記憶を覗いても俺が狂わずに平然としていられるのは、俺が一方通行だからなのだろう。
ややこしいが。
「さて……キレちまったのはしょーがねェ。問題はこの後の対応か」

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

十歳の見た目にして600年もの年月を生き、600万ドルの元賞金首にして真祖の吸血鬼。

その力は強大。
名乗るは最強。
頼るのは自分。
そんな生き方をしてきた彼女にとって、自己を形成するというのは大変な事だっただろう。
いっそのこと堕ちてしまったほうが楽だったのかもしれない。
だが彼女は砕けてしまった世界を必死に構築し、己の人格を作り上げた。

『闇の福音』としての自分を。

それは今でも変わらない。
だから、『闇の福音』としての彼女自身を否定される事は死ぬよりも怖い事なのだろう。
俺はその傷を見事に抉った。
それはもう、思いっきり。
まあ、俺が言い過ぎたうんぬんの前にあの幼女は俺を拘束して来やがったからな。
自分を待たせたのがどうのこうのと言っていたが、あのわがままで常人には脱出不可能の糸で拘束するのは本当にどうかと思う。
ネギが来る前はかなりスレていたようだし、馴れ合いも嫌いらしいからああいうのがエヴァにとってのある種の『歓迎』なのかもな。
自分の力を見せ付ける事で優位に立ちたがるのもあると思うし。
っていうか、一旦冷静になるととことん冷静になるんだな、俺って。
「くァ……あー、眠ィ。ちっと昼寝でもすっかァ」
思考をフル稼働させたせいだろうか、俺の体はちょうど火照った感じになっていた。
心地良い暖かさが体を包む。
ひやりと頬を撫でる木枯らしが寒過ぎて、俺は思わず風を反射した。
するとちょうどいい感じに涼しくなる。
体感的に、であるが。
チートボディに久々に感謝しながら、俺はそのまま世界樹の幹に寄りかかって眠りにつくことにした。






SIDE ガンドルフィーニ

私は今、高畑先生と共にアクセラレータを捜索している。
何故こうしてわざわざ歩いて探しているのかと言うと、魔法を飛ばして彼を刺激するのはまずいと考えたからだ。
アクセラレータを探している理由は、彼の今後を聞くためだ。
エヴァンジェリンと戦う気があるのなら私達も相応の準備をしなければならないし、どう足掻いても戦闘はしないというのなら前者ほどの心配をする必要はなくなるからだ。

ちなみにエヴァンジェリンはさっき確認したところ屋上にいるとの事。

登校地獄の呪いがある以上、学校が終わるまでは校舎から離れられないのである。
ただ、纏う雰囲気が壮絶を極める重いものだったので、接触する事は流石の高畑先生もやめたようだった。
ああ言う時は一人にした方が良い、と思う。
さて、アクセラレータが行きそうな所をぐるぐると回っていたのだが、最後に辿りついたのがここだ。

世界樹。

何故か、アクセラレータはこの世界樹の傍で昼寝をしたり夕日を見たりする事が好きらしい。
案外ロマンチストなんだな、と言う彼の人間チックな面も見られた。
流石に今の季節は寒いので一緒することはなかったが。
私と高畑先生は並んで世界樹近辺の広場を捜索していると……いた。
彼を見つけると、私は肩を竦め、高畑先生は苦笑していた。
彼は幹に寄りかかって寝ていたのだ。
おそらく彼の事だからエヴァンジェリンと衝突して色々と考えこんでいる内に眠ってしまったのだろう。

彼らしいと思える。

いつも凶悪そうな彼の顔が、寝ている時だけは普通の好青年に見えて、余計に笑いを誘う。
あれが素顔なら誤解を招く事もないんだろうと思うが……あれで爽やかに笑う顔を見せて欲しいものだ。
と、二人で見ていると、かなり距離は離れているというのに彼は目を覚まし、こちらに目を向けてきた。

いつも通り、驚くべき察知能力だ。

人間は生き残るためにあらゆる能力を身につけると言うが、彼が身につけた能力がこれなのだろう。
おそらく、殺気を放てば何キロ離れていようが彼は感知してしまうだろう。
つまり、そんな生活を送ってきたと言う事だ。
まあ、どんな生活を送ってきていようが彼は高音君とあまり変わらない年齢の青年であり、素直じゃないが内面は人格者でもあるので、私には関係がない事だが。
高畑先生が親しげに手を振ると、向こうはダルげに片手を上げた。
やれやれ、それにしてもどんな視力をしてるんだか。






SIDE タカミチ・T・高畑

僕とガンドルフィーニ先生がアクセラレータの元に辿りつくと、彼は足を組んで寝転んでいた。
何故だろうか、さっきはアルビノという神秘的な外見もあり、元々整った顔つきだから綺麗だという印象があったのだが、いざ起きて見ると路上のゴロツキのような粗雑な仕草でそれをだいなしにしてしまっている。
もったいないと思うが、彼は大衆というのに溶けこまなければならない立場だったんじゃないだろうか。

彼の過去を知らない僕は何もわからないけど。

彼は僕達の気配を察したのか、話しかけてきた。
「何の用だっつってもわかってンだけどな。あのクソガキの事だろ?」
何の反省の色もなく、またもやエヴァをクソガキ呼ばわりした。
流石に『闇の福音』という存在を知りながらもぞんざいに扱えるアクセラレータにガンドルフィーニ先生の顔が引きつっていた。
「まあ、それもあるんだけどね。あれから昼休みになったことだし、落ちついたかと思って様子を見に来たんだよ」
「そいつァどうも。俺は別になんともねェよ……で、なんでガンドルフィーニまでいるンだ?」
「いや、実はね」
僕は学園長の下した決断を話した。
おそらくアクセラレータとエヴァは激突するだろうから、その被害を最小限に抑えるためにガンドルフィーニ先生たちに事情を説明した、と。
それを聞いた彼は納得したように頷いた。
「なるほどな。まァ、正直言うともう一線超えてたらマジでクソガキを殺してたところだからな。学園長の言う事もまんざら間違いじゃねェ」
「ってことは、エヴァンジェリンと戦う気なのか!?」
焦ったようにガンドルフィーニ先生が尋ねた。

彼が焦る理由はわかる。

ガンドルフィーニ先生はエヴァを麻帆良にとっての危険分子とみなしている。
つまり、エヴァは危険とみなすほどの力があると思っているのだ。
実際僕やガンドルフィーニ先生では手も足も出ずにやられてしまうだろう。
あの糸がある上に茶々丸君、満月の時にはチャチャゼロという強力な従者まで存在するし、いかに最弱状態のエヴァであろうとこの麻帆良での戦闘力は最強クラスなのは否めない。
アクセラレータが強いのは知っているが、まともにエヴァとぶつかり合ったら無事ではすまないとガンドルフィーニ先生は予想したのだろう。
彼の心配を余所に、アクセラレータはにやりと笑う。
「向こうが決闘を申し込んで来ンなら、受ける。ンでもって潰す。それだけだ」
「君はエヴァンジェリンの恐ろしさをわかっていない!例え君がいくら強くても、彼女には絡繰茶々丸やチャチャゼロという強力な味方がいる。君は最初彼女を殺しかけた事で舐めているのかもしれないが、戦闘モードのエヴァンジェリンは麻帆良でも随一の戦闘力があるんだぞ!?」

「それがどォしたよ」

ガンドルフィーニ先生の忠告を、アクセラレータは一刀両断した。
「間違ってンなら間違ってると言い聞かせるのが年上の役割だろォがよ。確かに俺も言い過ぎたかも知れねェが、俺は謝らねェぜ。間違ってるのはクソガキの方だからな。クソガキが謝りに来たんなら、間違いを正す必要はねェ。だがクソガキが実力で潰しに来たんなら、俺はそれに応じるまでだ」
「君は―――」
「まあ待ってくださいよ、ガンドルフィーニ先生」
「しかし……相手は真祖の吸血鬼ですよ!?」
その声も制し、タカミチはアクセラレータを見つめる。
「何か、策があるのかい?」
「ねェ」
「それとも、まともに勝負する気がないのか?」
「真正面から勝負しなきゃ間違いを正す事にはなンねェだろ」
「……勝てるかい?」
「楽勝だ。俺を誰だと思ってやがる」
そう言うと、アクセラレータは立ちあがった。
戦闘者としての笑みを浮かべながら、大空を見上げる。
「俺の血が疼きやがる。吸血鬼ってなァ粉々に消滅させねェと死なねェんだろ?思いっきりやれる。そう、この俺が思いっきりやれるンだ」
その横顔に浮かべられた笑みは、僕でもゾッとするほどの何かがあった。
本能に訴えかけるような……殺気ではなく、ただ漠然とした感情の渦。
それが僕が感じた何かなのだろう。
その感情が憎しみなのか喜びなのか僕にはわからないが。
アクセラレータは僕の方を向いた。
「あァ、放課後学園長室に来いよ。話してェ事あるから」
それだけ言い残すと、彼はひらひらと手を振って広場の向こうへと消えていった。
呆けていた僕とガンドルフィーニ先生が追うも、結局放課後までに彼は見つからなかった。






SIDE 近衛近右衛門

ワシが紅茶を飲んでおると、ドアを開けてタカミチ君が入ってきた。
はて、別に呼び出した覚えはないんじゃがのう。
「どうしたんじゃ、タカミチ君」
「いえ……アクセラレータが学園長室に来る、と言っていたので」
「ここに?」
「はい。なんでも、話したい事があると」
話したい事。
わざわざタカミチと二人で話すのではなく、ここを選ぶと言う事はワシにも話すと言う事じゃろう。
そういえば、彼がこの部屋を去る時に放課後になったら学園長室に来ると言っていたの。

すっかり忘れておったわい。

「さて……その問題の彼が来たようじゃぞ」
決して外から覗きこめないようになっている学園長室の窓の向こうで、この後者の前から歩いてきているアクセラレータがこちらを見ているように見えた。
おそらく見えていないんじゃろうが、それにしても三白眼で睨むように見ないでも良いじゃろう。
おおー、怖い怖い、とおどけながら、ワシはタカミチ君に尋ねる事にする。
「で、彼は何を話すと思うかの?」
「さあ……記憶を思い出したんですかね?」
「そうかもしれん」
「彼はホントに読めませんからね……」

まったくじゃ、と思う。

あれほどいろいろとややこしくてわかりづらい人間はエヴァ以来じゃ。
何故か読心系の魔法も通じんし、裏の仕事では未だに傷一つ負ったことはないしの。
その謎が解き明かされるなら良いんじゃが、彼の場合それが冗談で実はしょーもない事を話すなんていう事もありえるからのう……。
そう思いながら待っていても、なかなかアクセラレータ君は来なかった。
五分経ってこりゃおかしいと思い始めた頃、ドアが乱雑に開いた。
アクセラレータ君じゃった。

何故か彼は疲れた顔をしており、見事なまでに不機嫌そのものだった。

ビキビキと青筋が額に走っている彼を見て、慌てたようにタカミチ君が尋ねる。
「い、いったいどうしたんだい、アクセラレータ?」
「……玄関でツインテールの鈴の髪飾りをつけたオッドアイのクソガキにいちゃもんつけられたンだよ。人を不審者扱いしやがって」
あまりにも聞き覚えがある特徴にタカミチ君は『あは、あはは……』とかわいた笑いを漏らしながら口元をひくつかせていた。
「ゴホン。で、一体何を話してくれるのかの?」
アクセラレータ君はそれを聞いてとにかく今さっきのことは忘れることにしたらしく、不機嫌そうな顔から真剣な顔にシフトした。
彼がそんな顔をするのは珍しいので、こちらも真剣な顔に切り替えた。

タカミチ君は若干顔の引きつりが治っておらんかったがの。

アクセラレータ君は周囲を軽く確認してから、ワシに話し出した。
「俺ァ冷静になって思い出して見たら、クソガキを怒鳴りつけた時に余計な事まで言っちまってたよな?過去がどうのとかくだらねェことをな」
「……記憶を思い出したのかの?」
「薄々気付いてンじゃねェのか?麻帆良でもトップ3に入る実力者のテメェ等ならとっくに気づいてだと思ってたンだがな」
にや、と笑みを浮かべるアクセラレータ君。
やはり、これは……。

「記憶うんぬんは嘘だった、と言うことか」

「その通り」
アクセラレータ君は不敵な笑みを顔に張りつけたまま答えた。
タカミチ君がポケットに手を突っ込みつつ尋ねる。
「何か、目的でもあるのか?」
「別に。最初に見知らぬ奴等に会った場合、そして見知らぬ場所に放り出された場合は情報収集するに限る。ンで、俺の現在位置などなどを確認した後、俺を取り巻く環境を調べ上げる。それが、この一ヶ月ちょっとの俺の生活のほとんどだったな。まァ、俺の回りを調べ上げるのが一番苦労したがな」
「……僕や他の魔法先生のことを知りたがったのはそう言う事か?」
「もちろんだ。で、魔法世界のことやサウザンドマスターのことを知って、俺は俺という存在を明かしても良いと考えた。ま、テメェ等やあのクソガキみてェな上層部だけだろうが」
じゃねェと、また面倒な事になるからな、とアクセラレータ君はどこか寂しげに言った。
「で、君という存在は一体何なのかの?」
1番知りたかったこと。

彼が味方か、敵なのか。

彼は暫し沈黙を守った。
その沈黙がタカミチ君の精神を削っていったらしく、彼の頬には一筋脂汗が垂れていた。
たっぷり一分ほどしてから、彼は肩を竦めながら言った。
「安心しろ。ここまで調べ上げて、テメェ等は俺の味方だと判断した。どォも、ジジイは人を利用しているように見えて根っこは善人なんだろ?タカミチに至っては言うまでもない。そういう奴等は裏切らない。だから俺はテメェ等に話せるんだ」
「待ってくれ、ならガンドルフィーニ先生やエヴァはどうなんだ?」
「ガンドルフィーニはダメだ。ありゃァ頭が固すぎる。真実を教えて俺に敵対してこの世から消えるくらいなら、何も知らずに俺の友人を続けた方が良い。少なくとも、今の状況じゃアイツは間違いなく俺の敵に回る。で、クソガキに話しても良いっていう奴だがな、この麻帆良じゃアイツの発言による影響力はまるで皆無だ。この麻帆良で『魔法はある』とトチ狂った主張を掲げるよォにな。俺が敵だと言っても、クソガキより俺のほうが人望がある。何言ってンだとばかりに人の波に飲まれるに違いねェ」
「……なるほど。しかしこの世から消える、か。君が消すのかな?」
「違ェよ。アイツが自滅するだけだ」
やはり、少し寂しそうにアクセラレータ君は言った。

自滅する。

その言葉に何か思い出が在るのだろうか。
「これから俺の言う事は全て真実だ。テメェ等にはすべて包み隠さず教えるが、それを信じるも信じないもテメェ等次第だ。そしてその情報を判断して俺を殺しに来るならそれでもいい。まとめて返り討ちにしてやるからよ」
くく、とアクセラレータ君は笑った。
最初は邪悪に見えたその笑みが、どこか弱々しい物に見えるのは何故だろうか。
その笑みのまま、アクセラレータ君は語り始めた。
「まず、俺はこの世界の人間じゃねェ」
「……どういうことかの?」
「文字通りの意味だ。俺のいた世界は東京らへんだったが、麻帆良なんて言う土地はなかった。この麻帆良よりも巨大な学園都市っつー超巨大都市はあったがな」
それからアクセラレータ君が語り始めた事は、にわかには信じられん話じゃった。
まず、彼が住んでいた場所、いや世界はこの麻帆良とそう変わらない場所にある約180万人もの学生を保有する巨大な学園都市だったという。

名前はそのまま学園都市。

安直なネーミングじゃ、と思う。
学園都市は周囲を高い壁に囲まれており、外部との交流はほとんどないらしい。
そのせいで、学園都市内部の技術は外部のものよりも三十年以上先に行っているものを保持している。
原子力ではなく風力を利用した発電がほとんど、と聞いた時は思わず耳を疑ったもんじゃ。
道には小さなドラム缶のような警備ロボと掃除ロボまでおるという近未来っぷりじゃ。

まあ、麻帆良工学部が似たような物を作れるかもしれんが。

そして表向きは優秀な学生を育成する学園都市でありながら、その裏は薬や暗示による超能力を開発する秘密機関だという。
薬や暗示、というのにタカミチ君は反応した。
ヤバい想像をしたのだろう。
それを感じ取ったアクセラレータ君はこう言った。
「本当にヤバい薬に手を出してンのは少数だ。大部分の奴等はそんな深刻にも思ってないしよ。アレがあそこでの常識だからな」
学園都市での常識。
それは能力の優劣によって学業成績に差がつくと言う物じゃった。

無能力者(レベル0)。

彼等はどうやっても能力が発言しなかったいわゆる『オチコボレ』と呼ばれる連中らしく、イジメなどを受けたりしている迫害対象だと言った。
タカミチ君がそれに憤りを覚えたらしいが、学園都市では無能を無能と言ってなにが悪いという風潮だったらしいから、その意識も仕方ないことだ、と言っておった。
次々と、低能力者(レベル1)、異能力者(レベル2)、強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)とそれぞれ薬や暗示により発現した能力によってランク分けがされておるらしい。
大雑把な成績表のような物じゃろう。
そして彼は、最後の能力ランク、超能力者(レベル5)を語った。
「超能力者ってのは、大能力者とは格が違う。180万人いる学生の中、ただ七人しかいない超能力者。それは異常とも言える能力とか、独特で解析不能な能力とか、基本能力だが異常なまでに攻撃力が高いとか、そんな奴等が集まるランクだ。正直、ソイツら一人だけでこの麻帆良の連中を殺し尽くせるくらいの戦闘力はある。メンタル面でそれができねェ奴等はいるが、ソイツ等は少数派だ」
「僕達でも勝てない、と?」
「テメェ等の扱う……瞬動って奴やら大範囲魔法攻撃とかはマズいかもしれねェが、たいていの魔法使いなら瞬殺できる。いくら刺されても死なねェ奴とかいたしな」
ま、そォいう奴等は稀だがな、とアクセラレータ君は言った。
と、ここでワシはふと疑問が沸いた。
「で、アクセラレータ君のレベルはいくつかの?見ると、レベル4か5くらいはありそうじゃが」
「確かに、あの風の能力は強力ですよね」
うんうんとタカミチ君が頷いておったが、アクセラレータ君は甘いと指を振った。

「俺ァ学園都市の超能力者の第一位。学園都市最強の能力者だ」

思わず驚いてしまうと同時に、どこか納得してしまう自分がおったのも否めない。
なるほど、180万人いる能力者の中で頂点に立てるというのなら、あれだけの気迫や気配も当然と言う事か。
「が、学園都市最強か……確かに貫禄はある」
「好きでなったわけじゃねェんだがな。もちろん、あの風の能力は副次的な物に過ぎねェ。あんなモン、大能力者でも起こせる」
「じゃあ君の能力というのは何なのかね?」
もったいぶらずに、とワシは少々はやる気持ちを抑えぬままに尋ねた。
魔法ではなく、未知の能力の最強と呼ばれる存在がどんな能力なのか、知的好奇心が沸いたのだ。
「俺の能力は『肌に触れたあらゆるものの向きを自在に操る能力』だ。運動量、熱量、電気量も問わねェ。便利だろ?」
あらゆるものの向きを自在に操る?

ベクトル操作、と言う奴かね。

なるほど、最強になれるわけじゃ。
「それでどうして学園都市最強になれるんだい?」
タカミチ君はまだわかっておらんようじゃのう。
仕方ない、ワシが説明してやるとするか。
「タカミチ君、全てのものの向きを操作する。運動量、熱量、電気量も問わないのなら、あらゆる攻撃の向きを自分の外側に操作してしまえば相手の攻撃を全て跳ね返す事も可能なんじゃ。アクセラレータ君は理論上では物理的に攻撃して傷をつけるのは不可能じゃな」
「な……なるほど。たしかにそれなら……というか、無敵じゃないか、そんな能力!?」
「無敵じゃねェ。最強だ」
何故か、そこだけ強くアクセラレータ君は言った。
「俺の能力はまだ無敵に届いちゃいねェ。もうその無敵の実現は無理になっちまったがな。……それに、俺は一回とある無能力者に負けた。無敵ってのァ一度も負けた事がねェくらい強ェ奴の事だ。負けちまった俺は無敵の資格はねェよ」

負けた?

学園都市最強と呼ばれているアクセラレータ君が、負けたと?
是非教えて欲しいもんじゃの。
「負けた相手はどんな相手だったんじゃ?」
「『神様の奇跡だろうがなんだろうが、異能の力なら全て打ち消す右手』を持つ無能力者だった。俺の攻撃を跳ね返す『反射』のフィールドを物理的にブチ破るには俺の能力を無効化するしかねェ。その時俺は調子に乗ってたンでな、肉弾戦に弱かった弱点を突かれて負けちまった」
「肉弾戦に弱い?君は十分強いじゃないか」
「だァら、調子に乗ってたっつっただろ?俺はただ反射してるだけで敵には勝てた。だから、反射する以外の方法で戦ったことなんてなかったンだよ。ベクトルを操作して身体能力を底上げすることなンて最近考えついたことだしよォ」
ま、そのおかげで今なら絶対にあの野郎に勝てるけどな、とアクセラレータ君は言った。

なるほど、魔法無効化能力者の右手版、と言った所か。

どうやら意識した物ではなく常時発動する上に問答無用で打ち消す能力らしいから、使い勝手は悪そうじゃな。
「ま、俺の能力についてはこれくらいでいィか?とりあえず反射とベクトル操作がわかってくれりゃ良かったんだけどな」
「……しかし、その話が本当なら君が記憶喪失と嘘をついたのも納得じゃな。そんな力があると知れればガンドルフィーニ君も黙っておらんかったじゃろうし……このまま秘密にしてくれてても良かったんじゃぞ?」
「ばァか、世話になってンだ、いずれ教えるつもりだったさ」
ふぅ、と疲れたのかアクセラレータ君は一息ついた。
あれだけ話したんじゃ、疲れて当然じゃろう。
「で、次は俺の過去とやらを話してやる。テメェ等も気になるだろうからな」
そして、ワシ等はそれを聞く事になった。
まず話されたのは、それだけ巨大な上に薬や暗示など非合法なことを行う学園都市には公共機関がなく、それの代わりになるものが先生による警備員と呼ばれる武装ボランティア団体や、能力者による警備部隊として風紀委員があるという。

つまり、その二つの上位クラスの人間から情報を操作されても気付けない立場にいるのが学園都市の公安をやっている。

学園都市にはさまざまな非合法的、非人道的な研究所があり、元は先生という立場から警備員はそれを取り締まれず、実際放置状態に成り果てているらしい。
学園都市の闇は存外に広く、全貌を把握してるのは理事長で、その下にいる連中ですら全貌を把握する事はできねェ、とアクセラレータ君は言った。
「俺は小せェ頃からこのベクトル操作能力が発現して、能力を暴走させた時があった。その時に何人も人を殺しちまって、俺は特別な学校という名の非合法研究所へ送られる事になった。代表的なのは特力研だな。人の命ってなァ案外軽いもんだとそこで教わったよ」
そこでは多重能力と呼ばれる二つの能力を同時に扱う実験をしていたところもあったようじゃ。
しかし多重能力は実現不可能であり、『置き去り』と呼ばれる身寄りのない数々の子供たちが脳を精神的に、物理的に破壊されて処分されていった。

「正式名称は特例能力者多重調整技術研究所。俺が九歳まで放りこまれてた学校で、敷地内に死体処分場があるって噂されてた地獄だな」

「し、死体処分場!?学校にそんなモノがあるのか!?」
「あァ、そうさ。つまりはどういう場所かわかるな?死体がよく発生する場所でもあるってことだ」
ハッ、とそこでアクセラレータは鼻を鳴らした。
「実際は噂以上の場所だった。死体処分場なんてモンじゃねェよ。生きた人間を処分するための掃き溜めさ。おっと、それが一つや二つなんて思っちゃいけねェぜ?俺が知ってる代表格では『プロデュース』『暗闇の五月計画』『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。学園都市の内部でも認められてねェ計画の名前だ」

ワシは絶句する。

ワシもこの世界の裏のことは良く知っておるつもりじゃった。
汚い事、目を背けたくなる事はたくさんあることも知っておるし、実際に目の当りにしてきた。
じゃが、彼の言っていることが本当なら、それはどんな地獄なのか。
アクセラレータ君は今度は自重したように笑った。
「わかるか?その地獄の特力研でも、俺の能力は手におえなかった。あの地獄の特力研でも、俺の力は度し難かった。あの悪魔みてェな白衣の連中でさえ、この俺に恐怖した。つまり俺はそォいう種類の怪物なンだよ」
そうじゃ。
学園都市第一位ということは、人の上に立つと言う事は汚い所も目にしなければならないことを意味するのじゃろう。

それこそ、ワシ等の陳腐な想像力では計り知れないほどの地獄を。

しかし彼は、望んでそこに行ったわけじゃないのだろう。
でなければ、こんな自嘲したような顔はすまい。
「その後も同じだよ。くだらねェ。虚数研、叡智研、霧ヶ丘付属……特力研に劣らねェ地獄の施設だった。だが、反応は全部同じだった。同じ場所に二ヶ月持ったことはなかったぜ?その度に俺は自分の怪物性を再認識していったワケだ。連中が悪魔的であれば悪魔的であるほど、ソイツらにすら恐怖される自分は一体何なンだろうってなァ」
まだ、続きがある。
コレ以上、彼には何があるのだろうか。

「ンでもって、俺ァ裏にかかわる最後の計画に手をつけた。それが『絶対能力進化計画』。神の領域の能力と称されるまさしく無敵の力を俺に宿すための計画だ。俺はその計画に関わって……一万人の人間を殺しちまった」

最初はその言葉が理解できなかった。
一人で一万人もの人間を殺すなんて、正常な精神ではいられないはずだ。
なのに、どうしてアクセラレータ君はこうも平然としていられる?
「もう終わった計画だ、詳しく話さなくても良いだろ。で、結果的に俺は例の『神様の奇跡を打ち消す右手』を持つ無能力者に実験を止められたわけだ。だから、『絶対能力進化計画』の理論は結局証明できなかった」
ったく、とアクセラレータ君はぼやいた。

「なんで一万人も殺したのか、意味わかンねェよ」

そこから、アクセラレータ君は押し黙った。
なるほど……ワシ等二人に話すわけじゃ、誰かに聞かれておったりしたら大変じゃしの。
それにしても、このままでは彼は大量殺戮者で終わってしまうが、どうにも彼がそんな殺人狂とは思えん。
その『絶対能力進化』と呼ばれる計画に参加したのも、彼なりの目的や動機があったからなのかもしれない。
「……殺したくて、殺したわけじゃないんだろう?」
「殺したっつー事実は変わりねェ。世界が変わってもそれは同じだ」
タカミチ君の言葉には断固として答える。
その言葉には芯があった。
彼の中には、何か強い芯のような物がある。
だから狂わずにいられるのだろうか。
それとも、最初から彼は壊れてしまっているのだろうか。
どちらにせよ、彼が一万人を殺した大量殺戮者であることには変わりない。
ワシは学園長としての決断を迫られる、と言うことじゃ。
「……ここまで話してくれたんじゃ、君の話を信じないわけにもいかん」
アクセラレータ君は、ゆっくりと顔を上げる。

「話を聞いておいてなんじゃが、ワシは大量殺人者を麻帆良に置いておくつもりはない」

「学園長!?」
タカミチが驚愕した目でワシを見るが、ワシはそれを無視する。
アクセラレータ君は、それでも真っ直ぐな赤い瞳でワシの目を射抜くように見つめてきた。
ワシはその意志に応えるように、アクセラレータ君の赤い瞳を見つめる。
「……じゃが、君ならワシは信じられると思うんじゃ。例え一万人の人間を殺していたとしても、君がまた同じ過ちをするとは思えん」
「いいのかよ?ここを滅ぼすかもしれねェぜ?」
「その時はその時じゃ。実際、ワシじゃ君には勝てんしの。止める事も追い出すこともできん。ならば、君の自由意志に任せるのが賢明というものじゃ」
「お人良しだな……後悔すンじゃねェぞ」
「誤解を招く言い方はやめてくれんかの?」
ふぉふぉ、とワシはいつもの調子で笑うと、アクセラレータ君も目を閉じて、開いたときにはいつもの素行が悪そうな青年の姿に戻っていた。
ワシ等のシフトについていけんのか、タカミチ君は『え?』と呆けた顔をしていた。
その顔がおかしかったのじゃろう、アクセラレータ君はくっくと笑った。
「じゃァな、学園長。案外話が分かるジジイなんだな」
「一言余計じゃ!」
そのワシの怒鳴り声を背にして、彼は学園長質の扉を閉めた。
それからしばらく学園長室には静寂が漂ったが、やがてタカミチ君が口を開く。
「……どうも、僕は一生二人には敵いそうにないですね」
「ふぉふぉ、そうかの?」
努力次第でどうにでもなるもんじゃぞ?
人生というのは何がどうなるかわからんというのに。






~あとがき~

はい、アクセラレータとエヴァが激突するかもしれないという事実に焦りまくる教師陣でした。
また、アクセラレータが異世界人であることを学園長、タカミチに明かしました。
流石にあれだけ暴露した以上、アクセラレータも話さずにはいられないでしょう。
ただ、憑依したという事実を話す事はありませんでしたけど。
ちなみに、アクセラレータが語った事は、『一方通行』の本心です。
一般人が知ったかをして話しているのではありません。

実はもう第8話については書けてます。
というのも、第7話がメモ帳で40キロバイト以上になってしまい、急遽二つに切る事にしました。
次で決着がつきます。
また、意外な人物も登場させます。
投稿の時刻は夜の10時辺りにしようと考えてます。
それまでお待ちください。



[21322] 第8話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:38
SIDE 一方通行

なるべく人の目に付かないようにサッと外に出てサッと女子中学校の領域から離れる事にした。
俺は少しホッとしながら、さっきの事を思い出す。
―――にしても、まさか神楽坂アスナに捕まるとは。
広域警備員の証は見せたものの、まだ胡散臭い顔をしていた。
俺の顔ってどう考えても社会人に見えないしなあ。
広域警備員を装った男子校生徒かもしれないのだ。

今度からスーツでも着て行こうかね。

きっと似合わないと思うが。
そう思いながら俺はボロいアパートにある我が家に帰還する。
なんだかもう自分の家のような慣れ親しんだ感がある。
もうここに永住でもいいかな、という馬鹿げた考えが浮かぶほどだ。
この階は俺以外誰も住んでいないらしいので、平日休日構わずしんみりと静まりかえっている。
今は昼間だというのに、子供の喧騒も聞こえないというのは寂しいものだ。
俺はそう思いながら、今日は疲れたしずっとゴロ寝しようと心に誓っていた、の、だが……。
「……なンでテメェ等がここにいンだよ」
「そ、外で待っていたら寒かったんでな。ちょっと邪魔させてもらってるぞ」
「勝手に上がってしまって申し訳ありません」
俺の部屋にいたのは毛布に包まっている金髪幼女と、勝手に台所でココアを作っている機械人形だった。






知る人が見たら凄まじい構図だといえるだろう。
この狭い部屋にいるのは魔法に関わる者ならまず知っているくらい有名な『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、麻帆良最強の魔法使いである学園長すら勝てないと言わしめたこの俺、アクセラレータが対面に座っているというのだ。
魔法先生たちがこの状況を見ているのだとすれば、既に戦々恐々としていることだろう。
何も関係はないが、丁寧に茶々丸に『絡繰茶々丸と申します』と自己紹介された時は反射的に『アクセラレータだ』と応えてしまったのが実に悔やまれる。
もう少し茶々丸を弄っても良かった。
俺は茶々丸が淹れた暖かいココアを飲んでいる。
流石に美味しいお茶を淹れるお茶汲みロボットをイメージされただけあり、飲食に関してはとんでもない技術を持っているようだ。
一家に一体茶々丸が欲しい。
とまあ、そんな現実逃避的な思考は置き、俺はちゃぶ台を挟んで向こう側にいるエヴァを見た。
ありえないことに、朝はあんな生意気な口を利いたクソガキであるエヴァが、なんとも大人しくなってしまっている。

変な薬でも飲んでしまったのか?

何やら漫画やSSでの妙な尊大っぷりが一切感じられない。
なんだこの消沈した空気は?
というより、こっち見んな。
チラチラと何を物欲しげに見てんだ?
ハッ、まさか。

「柿ピーならやンねェぞ」

「誰がそんなモンもらいたいと言った!?」
俺がテーブルの上にある柿ピーの所有権を主張するが、エヴァはどうやら柿ピーが欲しいわけではないらしい。
まあ、食べ物が欲しいんだったらもっとギラギラした目つきで見てくるよな。
「じゃァなンで俺ン家に来てンだよ?」
「そ、それは、その……」
何故そこで言い澱む。
視線を逸らしてもじもじしている様は『萌え!』と叫びそうなほどかわいらしいのだろうが、何故か何も感じない上にムカツクのは何故だろうか。
アクセラレータよ、君はラストオーダーにロックオンしたのではなかったのか。
クソ生意気なクソガキが好きなんじゃなかったのか?
俺はもじもじしているエヴァから視線を外し、茶々丸の方に向く。
「それに、鍵は閉めておいたはずなンだが」
「ピッキングで開けました。電子ロックもされていないので開けるのは簡単でした」

言っとくけど犯罪だからねそれ。

いくらなんでも犯罪と犯罪じゃない手法の区別くらいつけて欲しい。
全く悪びれてないこの二人は俺の想像以上に図太いようだ。
イラつく上にため息が出る。
まだキレて叩き出してない自分を大いに賞賛したい気分だ。
とは言ってもこのまま茶を啜る音と柿ピーを噛み砕く音しかしないのではあまりにも気まずいので、不本意であるが話を切り出すことにした。
「何が目的なンだ?それ話して俺が温厚な内にサッサと帰れ」
それに何かを不満げに言おうとしたエヴァだったが、口を開こうとしてすぐに閉じた。
一体何をそんなに躊躇しているのか。
さっぱりわからない。

だからこそムカつく。

「何をイジイジしてやがる。また潰されてェのか」
脅しをこめて俺はエヴァを睨みつけた。
茶々丸がその言葉に対して身構えているようだが、今の装備で格闘しか能がない茶々丸がこの状況でできる事はエヴァの盾になるくらいしかない。
問題外だ。
殴りかかってきても、茶々丸の腕が潰れるだけだし。
茶々丸の視線を無視しながら、俺はずっとエヴァを睨んでいると、彼女はいきなり、

“頭を下げた”。

「……悪かった」
その事実を、最初俺は許容できなかった。
「………………はァ?」
「だから、悪かったと言っているだろうが!!」
なんだか恥ずかしげに顔を真っ赤にしながら叫んでいるが、俺からすれば意味不明な音波に過ぎない。
あの『闇の福音』のエヴァンジェリンが謝った。
おそらく、午前中のあの対面の時の態度に関して。
ありえるのか、こんな事が?
俺のフリーズしている思考をよそに、エヴァはべらべらと喋り始める。
「あの時の態度は初対面の者にするべき態度ではなかった。貴様の行動には確かに腹立つ所もあったが、だからと言ってああいう行動に移すべきではなかった。だから謝った。何か問題でもあるのか?」
「……っつか、問題うんぬんよりもテメェが素直に謝った事が信じられねェんだが」
礼を言うのですら言い澱むくらい素直じゃないエヴァがこんなに素直になるなんて、一体何があったのだろうか。

……まさかとは思うが。

俺が一つの結論に達したとき、頭が冷えたためか外からの視線に気がついた。
窓越しでしかも建物の影からこちらを覗っているため、全く気付かなかった。
魔法でもなかったしな。
俺は舌打ちすると、窓越しにそいつに向けて腕を振るった。
ゴンッ!という鈍器を頭に打ち付けたような音があいつの頭の中に響いて吹き飛んだはずだ。
それにしても、俺も空気の操作には慣れちまったもんだな。
俺の行動が意味不明だったためか身体を強張らせていたエヴァだったが、その行動が何に結びついたのか気づいたようだ。
「監視か?」
「プライバシーの侵害って奴だ」
つまりその通りだと肯定しておいて、俺はさっき思いついた一つの結論の真偽をエヴァに尋ねる事にした。

「それよりもテメェ、学園長室での話を聞いていやがったな?」

その言葉に、エヴァは何の悪びれもしてない態度で……いや、元の態度に戻って逆に問い返して来た。
「どうしてそう思う?」
「テメェの態度の変化が早すぎる。それに、ここの連中は揃って頭が硬ェ。テメェも例外じゃねェ。なのにいきなり自分の意見を取って返して俺の家まで押しかけて謝りに来るってのァどォ考えてもおかしい。……部屋ン中でテメェが妙な態度だったってのも理由の一つだがな」
そう、明らかにエヴァの態度は変だった。
それが謝るための心の準備の時間とは……素直じゃない吸血鬼も大変だ、と思う。

同情はしないが。

「……まあ、大方その通りだ」
隠すつもりもなかったのだろうが、エヴァはその説明を聞いて納得したように肯定した。
俺はエヴァの前で問い掛けてやった。
「俺に同情でもしたのか?」
「しなかったと言えば嘘になる。だが、同情したから謝りに来たわけではない」
「ハッ、ガキにツンデられても嬉しくねェよ」
モノホンのツンデレでも嬉しくはないが。
「タカミチや学園長は俺達が殺りあうのを心配してたみてェだが、テメェはどうする?別に俺はいいぜ?吸血鬼ならどれだけグチャグチャにしても再生するだろうしな」
「その気はないな。全ての物理攻撃を反射する貴様とまともに戦っても私が負けるだけだし、貴様をどうにかするにはその反射とやらを断ち切るような空間魔法でしか対処できん。それは面倒だし、貴様もそういう魔法に対しての対策は考えているんだろう?」
「よくわかってンじゃねェか」
俺がクックッと笑うと、エヴァは立ち上がった。
これ以上話す事はない、と言うことだろう。
賛成だ、俺も眠くなってきた所だしな。
「行くぞ、茶々丸。もうここに用はない」
なんだかカッコつけて立ち去ろうとするエヴァを見てムカついた俺はからかってやることにした。
「さっきまでもじもじしてた奴たァ思えねェ発言だな」
「う、うるさい!貴様、そんな物言いしかできんのか!?」
「あァ?じゃァどンな物言いをすりゃいいンだ?俺が丁寧に敬語でも使えば良いのか?」
「……う、想像して鳥肌が」
「そこまで俺の敬語はキメェのか!?」
「貴様が言い出した事だろうが!!」
ギリギリと睨み合った後、俺はニヤリと笑った。
「表にでろ。グチャグチャにしてやンよ」
「ほほう上等だ。空間を凍りつかせる魔法なら貴様を閉じ込めるのも可能なはずだな?」
不敵な笑みを浮かべつつゴリゴリと睨み合う俺達を見て、茶々丸がぽつり。
「……お二人とも、楽しそうですね」
「「どこがだ!!」」
俺とエヴァはこれ以上ないと言うくらいピッタリと同じ発音をしてしまった。
これ、漫画とかにしかないもんだと思ってたよ。
激しく鬱な午後が過ぎ去っていった。






それから一ヶ月後。
何故かエヴァに夕食に誘われるとこれが癖になった。

仕方ないだろ、茶々丸の料理が美味いんだから。

三日に一回はエヴァの家に夕食をたかりに行く。
おかげで、何故か俺とエヴァの間には妙な親近感のような物が生まれていた。
なにしろ俺とエヴァを比較すると性格が良く似ているのだ。
意地を張るところもそうだし、素直にならないところもそうだし。
何よりも、最強の力を持った故に孤独になった境遇も同じだ。
エヴァが孤島の城に引きこもったのに対し、俺は引きこもる事ができずにいろいろとやってしまったのが違うところだが。
そのせいか、最初は殺し合いになりかけた仲だというのに今ではすっかり改善されてタカミチと並ぶほど話せる相手となっていた。
タカミチと違ってエヴァはからかいがいがあるからストレス解消にもなるしな。
それと、言い合いになるたびにオロオロとする茶々丸に不覚にも萌えてしまった。
いつかエヴァのように無造作にネジを巻いてみたいものだ。
さて、今日も俺は寒い中、黒いコートを羽織りながら街中を歩いていると、いきなり声をかけられた。

「お兄さん、ちょっといいカ?」

来たか。
いつか来ると思っていたが、ようやくとは。
振り向いて見ると、そこには肉まんを片手にニコニコとしている超鈴音の姿があった。
「んだよ。ナンパならお断りだ」
だが、超はニコニコしたまま言った。
「最近話題のアクセラレータさんとお見受けしたネ。ちょっとお話したいことがあるヨ」
やはり、俺の情報は調査済みか。
だが、流石に俺の過去の事は知られてないだろう。
学園長やタカミチ、エヴァもそうそう人に広めたりしないだろうしな。
俺は超の言葉ににやりと笑うと、超の方に向き直った。
「関係者か?」
「正確には違うケド、まあそんな所ネ」
実に曖昧な答え方をする超。
なるほど、彼女の状況としては実に適切な応え方だ。
「あァ、いいぜ。テメェの話とやらに付き合ってやンよ。それとその饅頭寄越せ。見てたら腹減った」
「噂通り強引な人ネ」
そう言いながらも、超は肉まんとそれが後2つ入っている袋も渡してくれた。

『超包子』と袋にはプリントされている。

交渉と同時に宣伝までするか、ちゃっかりした奴だ。
道中冗談じゃねェほど美味かった肉まんを俺にしては珍しく正直に誉めたり、それに対して超が年齢相応に照れるのを少し驚いた気持ちで見ていたりしたが、それは余談となる。
超の案内についていくと、とある喫茶店にやってきた。
やけにカップルが目立つおしゃれな喫茶店である。
これなら俺と超が一緒にいても不自然ではない。

事情を知っている奴等が見たら余りにも不自然だろうが。

結構混んでいたが座れる席はあったようで、俺と超は対面になるようにして座った。
女性客を刺激しないためかこの手の喫茶店にしては地味な制服のウェイトレスが水とおしぼりを置いていくと、俺は話を切り出した。
「ンで、何の話だ?」
すると、超は鞄の中から拳大くらいの機械を取り出すと、それのスイッチを入れた。
途端に回りの音が遮断され、騒がしいはずの喫茶店が急に静かになる。

……一定範囲の音波遮断装置か。

俺はどこかのんびりした思考の中で、ふとそう思った。
「流石に肝の座り方が違うネ。普通これを起動したら驚くものなのだが」
「ハッ、そこらの小物と一緒にすンじゃねェよ」
実際、俺からすれば驚くほどの物でもない、と言うのが本音だ。
こんな事に驚いていたら第三位の超電磁砲を見たら度肝を抜かす事だろう。

コインを音速の三倍で撃ち出すと言う事実に平然としていられるのに、なんで今更音が消えたくらいで驚かなければならないのか、と言うものだ。

超は俺の様子を興味深そうに見た後に、水を一口飲んでから話し始めた。
「私の名前は超鈴音。話とは、ぶっちゃけるとアナタに頼みがある」
「内容を聞いてから考えてやンよ」
俺は即座に答えた。

この超鈴音は麻帆良随一の最強頭脳。

言霊を取られるとどんな条件をつけられるかわかったものではない。
俺は真剣になると相手を威圧してしまうようなので、少し砕けた感じで言ってやったのだが、どうやら真剣に取られてないと思ったらしく、超は少し声を硬くした。
「頼み事はただ一つ。私の計画の邪魔をしないで欲しい。それだけヨ」
「計画、たァ良い響きじゃねェな?何やらかすンだ?」
「それを詳細に説明するにはアナタが頼みごとを了承する必要がある。でなければ、高畑先生たちに潰されてしまうからネ」
そのタカミチと仲が良い俺にこの話をもちかけてきたと言う事は、彼女の中で俺は相当危険視されているのだろう。
実際、超の言葉には氷の鋭さはなくても氷の温度がある。
何を言われても激昂して計画を崩さないように、敢えて無感情になっているのだろう。
この歳でそこまでできる人物はそういない。
学園都市の中でもだ。
まだ若いせいか危うい所があるが、彼女はローラ・スチュアートやアレイスター・クロウリーのような陰謀家の性質がある。
まあ、この俺に交渉事をしかけて来る時点でその二人には劣るが。

だがそれが面白い。

俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「わァーった。その邪魔ってはタカミチやガンドルフィーニに話さないことも含めてだな?」
「その通りネ」
そう言うと超は計画の内容を話そうと口を開くが、俺はそれを遮った。
「いいのかよ、そんな簡単に信用して?裏切るかもしれねェぜ?」
「その時はその時ヨ。どの道、アナタがこの計画について無視を決め込まなければこの計画は成功しない。アナタとの交渉材料を握ろうにもアナタの情報は全くなかった。だから私としても分の悪い賭けにでなければならなかったネ」
つまりは、彼女にとってこれは大きなギャンブル。
彼女の声が硬いのはそれによる緊張もあるだろう。
「面白ェ。分の悪い賭けに出る奴は馬鹿だが嫌いじゃねェ。話せ」

「……私の計画は全世界に魔法使いの存在を公表する事ダ」

俺は敢えて意外そうな顔をしてやった。
流石にここで驚かなければ不自然である。
「なンでそんな事をすンだよ?魔法使いってのは秘匿事項じゃなかったのか?」
「そうだが、キチンと理由はある」
おそらく、『おまたせしました』と言ってウェイトレスが置いたホットコーヒーを手に取り、俺は超の続きを聞いた。
「アナタは、このまま魔法が永遠と秘匿されることが有り得ると思うカ?」
「可能性としては限りなく低いがあるな。何事にも可能性はある」
「限りなく低い可能性は不可能というヨ。つまり、いつまでも魔法が秘匿されるわけではない。いつかその存在が世界にバレるネ。その時、世界はどうなる?」
俺は肩を竦めつつ応えた。
「ま、混乱するな」
「その通り。アナタは知らないかもしれないが、世界に散らばる魔法使いの人数は東京圏の人口の約二倍。全世界の華僑の人口よりも多い。しかも彼等は我々の世界とは僅かに位相を異にする異界と呼ばれる場所に幾つかの国まで持っている」
魔法世界の事だ。
「それだけの人数がいることが、そして魔法の有用性、攻撃性の高さが全世界にバレたら、まずこの世界の国々が競って魔法世界と交流を持とうとするだろう」
「当然だな。得体の知れねェもんを軍事利用されて国の軍備を強化されたら相手国にしてみりゃたまったもんじゃねェ」
「そう。そして魔法使いはおそらく彼等に魔法の情報をリークするだろう。魔法世界の上層部が止めても、最下層の人間達を全て見張る事はできないネ。金、名声、女……人間の欲望を少し突つけば簡単に魔法使用方法はバレるヨ」
そこで女が出て来る所を見ると、彼女も世界が腐った所をいくつも見て来たのだろう。

俺もそう言うのには虫唾が走る。

「……その結末は読めた。在り来たりな話、この世界と魔法世界の戦争だろ?人間ってのは平和に暮らせる生物じゃねェ。互いの技術を奪い合う戦争に発展するのは間違いねェな」
原作じゃあ超が来たのは魔法世界が滅亡するとかどうとかいう理由だったらしいが、それ以前に戦争が起こったと言う事だろうか。
超は俺の思考をよそに、ニヤリと笑う。
「アナタは頭が良いと情報にはあったが、その通りみたいネ。僅かな情報だけでそこまで判断できるのは賞賛に値するヨ」
「世辞はムカつくだけだ」
そこで一旦言葉を切り、俺は少し呆れたように話した。
「ンで?この世界と魔法世界がドロドロの戦争状態に突入して世界は終わると、そう言う事を言うためだけに俺を呼んだのか?」
「違う。その荒んだ未来を回避する。それが私の使命ダ」
使命か。
そういうマジメな所はネギ譲りだな、超鈴音。
「なンだ?テメェの言い分からするとその未来を実際に体験して来たように感じるンだが……」
俺が探るように聞いた所、超は少し驚いた顔をした後に不敵な笑みを浮かべ、あっさりとばらした。
「その通りヨ。私は未来人。今言った荒んだ過去を経験してきた者ヨ」
「どこぞの耳がねェ青色のネコ型ロボットが未来を変えに来たってトコか?御苦労さんなこった」
「これは世界規模の話ネ。どこぞの一家の運命とは違うヨ」
馬鹿にされたと思ったのか、超の口調に多少怒りが混じる。

この程度で怒りを混ぜるというのは、交渉人としては半人前だな。

「……それにしても、随分と飲みこみが良い。未来人なんて信じないと思っていたのだが」
「俺と常識人の感性と比較してもらっちゃ困る。俺にはテメェが未来人だろうが過去人だろうが変わらねェ。テメェは超鈴音という個。ただちょっとだけ物知りなだけの存在だろ?」
「未来人をただ物知りなだけの存在と言い切るとは……ふふ、アナタに興味が沸いてきたヨ」
「ハッ、笑えねェ冗談だな」
俺はちびちびと飲んでいたコーヒーを飲み干すと、少々乱雑に机の上に置いた。
さて、俺はどうするか。
このまま超を邪魔せずともネギが止めてくれるし……だいたい俺には超の計画を邪魔する理由がない。
超の危惧する未来の悲劇は少なくとも俺が生きている時代じゃないと思うし、俺には関係ない話だ。
超のやり方も考えも間違っていると思うが、止めてくれる人間が未来にいる以上、俺が止めるわけにはいかない。

だが、少し文句を言っておこうと思う。

漫画では断固たる頑固者だった彼女がこれでどう揺らぐか、想像しただけでも面白い。
だんだんと原作知識を利用して苛めるのが趣味になってきている気がしないでもないが、それは気にしない方向で。
「結局、テメェは未来人で悲惨な未来を変えるためにここに来た。漫画的で世にも珍しい有り得ねェ設定だが、そこは許容してやる。だがな、テメェの行動自体は許容する事ができねェ」
それを聞いた超の顔が忌々しげに歪んだ。
「……私の計画を聞いた上で裏切るつもりカ」
「タカミチ達には黙ってやる。ただ、俺はそれに協力もできねェし付き合う気もねェ。これはテメェに対しての俺の愚痴だ」
とりあえず自分の計画に支障はない事がわかったのか、超の怒気が多少収まる。
完全に収まらないのは、自分の行動が許容できないと言った事だろう。
「まず、テメェが回避しようとしているのはこの世界にもありふれた悲劇に過ぎねェ。確かにその規模はとてつもないものになる。過去、人類がなしてきたあらゆる悲劇に勝る悲劇になるのは間違いねェ。だがな、そんな悲劇なら以前にも起こったじゃねェか。例えば、前世紀」
「……第二次世界大戦カ」
「そ。今の所二十世紀は人類史上人がもっとも大量に死んだ悲劇の世紀。だが、それ以前にも悲劇はあった。十字軍やら異民族による現住民族の殺戮、差別。で、テメェは悲劇を救いに過去に来たんなら、まずはその過去を防げば良いじゃねェか。その過去をなかったことにする。それが正しいと言えるのか、超鈴音?」
「…………」
「嬉しい事、悲しい事、受け入れ難い現実があろうがな、起こってしまった事は起こってしまった事だ。過去は全て受け入れざるを得ない現実だ。現実を否定して生きていく事はできねェ。だからこそ、人はその上に立って真っ直ぐ地面を踏んで歩いていくしかねェんだよ」
超の瞳に宿る怒気が増す。
それを知りつつも、俺は淡々と語った。
「テメェにはどんな悲劇があったのか、俺は知らねェ。だが、それがテメェの悲劇である以上、世界を変える理由にはならねェ。戦争ってのは得する人間がいるからやるンだよ。損するのにわざわざ戦争なんざ起こすはずねェだろうが。テメェのいた世界の戦争だって得する人間がいたから起こった。それをテメェが未来を変える事で邪魔するのなら、それはテメェのエゴ。テメェの理想を主軸とする主観的なワガママに過ぎねェ」

「だからと言って、アナタは見過ごす事ができるのカ!?」

ゴンッ!!と超は机を叩いた。
幸いにも音は遮断してあるので、超の行動は誰にも気付かれていないようだ。
超は憤怒に顔を歪め、俺に向かって言葉を吐き出していく。
「知らぬ所で何千何万の人が死んでいく……そんな未来を回避するためなら、私が悪役になっても構わない!私はこの目で見て来た!いくつもの凄惨な戦場を……アナタはタイムマシンがあり、身近にそんな存在がいたとしても過去を変えようとは思わないのカ!?」

「自惚れるんじゃねェ、三下が」

俺は超を睨み付ける事で威圧した。
学園長やタカミチすらみじろぎさせたその気迫を受け、二の句が告げなくなった超に対し、俺は続ける。
「それでも俺ァ過去を変えようとは思わねェよ。くだらねェ」
「なっ……!?」
「テメェ、本気で世界を救えるとでも思ってンのか?この世界に魔法をばらして、ンでそこからの対応を変えることで未来とは違う結末を作ろうと思ってンだろうが……片腹痛ェぞ。まさかそこで『私はうまくやる』とか言わねェだろうな?そこでうまくやれなかった場合、テメェは間違いなく自分の犯した罪に潰れる。責任をどう取るって話だ。そうだよなァ、目の前の現実が認められずに過去にやってきた臆病モンが」
超は瞳を怒りで燃え上がらせながらも、反論する事ができない。
したら認める事になるからだ。

己が臆病者であり、だからこそ現実を受け止められないから現実を変えるために過去にやってきたと。

「過去は過去だ。それが自分に起きた悲劇でない以上、俺は変える気は起こらねェ。人間一人じゃ全てを救えねェからだ」
「だとしても、一握りの人達を救おうとは思わないのカ?」
「思わねェよ。だからテメェは三下なンだ。例え一握りの人間を救っても、二握りのほかの人間を救えなければそれまでじゃねェか。それとも何だ?自分に関係ねェ人間は救わなくても良いってか?」
「ッ……!?」
「そこで良いと答えない時点でテメェは俺とは違う」
俺は歯を食いしばって何も言えない超を鼻で笑った。
「テメェは俺ほどの地獄を見て来てねェ、ただの小悪党だ。悪役?ふざけンな。役者不足なンだよ。悪党には悪党なりのルールがある。テメェは悪役と言っておきながら偽善を働く。なら自分が悪になる覚悟くらい持つべきだぜ?」
「……アナタは記憶を失っているんじゃなかったのカ?」
「俺が黙ってる代わりにテメェも黙ってろ。これで商談成立だ」

これで良い。

俺は傍観者で、超の邪魔をしない。
超は実行者で、俺を妨害しない。
互いに不可侵の関係を築く事で、この交渉、俺としては最高の出来だ。
慣れ合いは俺のガラじゃねェ。
「なァ、超鈴音。テメェがどんな地獄を見て来たのか俺は知らねェ。だが、テメェがその程度の覚悟なら、俺の闇を見た瞬間テメェは壊れるぜ?」
俺は更に強めに超を威圧した。
いや、これは軽い殺気と言っても良い。
その俺の殺気に、超は顔を青ざめて身体を強張らせた。

なんだ、やっぱりこの程度か。

「世の中にはテメェが見た悲劇よりも遥かに勝る悲劇がいくらでもある。世界を救うとされる行動の中でその悲劇を起こす可能性を内包している以上、テメェ程度の悪役じゃたかが知れてる。俺は何もしねェけどな、断言してやる。その計画は必ず失敗する」
「わ、たしが……失敗するというのカ!?」
ほう、反撃したか。
見所はあるが、ダメだな。
「あァ、そうだ。まァ、テメェ程度の器が何しようが知れた事。それ以上もがけばテメェが壊れるだけだ。俺としちゃァどっちだろうと構わねェが、病院に運ばれてタカミチに心配されたりすンなよ?」
俺はもう話は終わったとばかりに立ちあがる。
俺の威圧から解放された超は何か文句を言おうとしたのか『待て!』と叫ぶが、
「ッ!?」
パンッ!と超の顎が軽い打撃音と共に上に跳ねあがった。
風を上に突き上げてやったのだ。
口を抑える超を見て、俺は狂気に歪んだ笑いを見せてやった。

「なァ、肝臓と腸を一緒に握りつぶす時の感触って、知ってっか?」

それが日常的に言えることこそが、俺と超の闇の違い。
超は所詮被害妄想に浸っている井の中の蛙に過ぎない。
彼女はそれを本能的に理解したのかわからないが、俺の顔を見て顔を真っ青にした後に、椅子にへたり込んだ。
彼女もそれなりの狂気と闇を見て来たのだろうが、学園都市の闇じゃ生きていけないな。

正義感が強すぎる。

俺は見えてもいないだろう超に軽く手を振ると、帰り際に出入口近くにある一つのテーブルの前で立ち止まった。
そこには顔を真っ青にしてガタガタ震える一人の少女の姿があった。
「ハッ、そんなに怖がらなくても何もしねェよ。テメェを怖がらせるつもりはなかったし、今の話は記憶から消せ。まァ、世の中が綺麗な事だけじゃねェってことくらいは覚えとけよ」
そう言って、俺はメガネの少女……葉加瀬聡美の目の前に小さな盗聴機を置いて、俺はその喫茶店から出ていった。
……ったく。
エヴァと言い超と言い、この世界には現実を知らない奴等が多すぎる。






SIDE 超鈴音

アクセラレータが店の外に去ってからきっかり一分間、私は身動き一つ出来なかった。
ようやく身動きができると、私は大きく息をついた。
私は世界と言うものをそれなりに知っていると思っていたが、甘かったネ。

なんなんだ、アレは?

おそらく彼が意識的に向けられる殺気や威圧の中でも最小限のものでさえ、私は足が竦んで動けなくなる。
その狂気に当てられて思考すら停止する。
私はやはりその程度の小物なのカ。
「いや……アクセラレータが凄すぎるだけ、カ」
あの狂気は誰にも真似できるようなものではないネ。
おそらく、私とは別次元の壮絶な地獄を見て来たのだろう。
だというのに、彼は平然と日常生活に溶け込んでいる。

狂う事もなく、ただ平然と。

それがどれだけ難しい事か、私にはわからないヨ。
だから私は三下なのかもしれないネ。
「……それにしても、嫌な予言を聞いたネ」

私の計画は失敗する。

彼の言う事が本当になる確率は高いのかもしれないヨ。
失敗に終わらせる気はないが、やはり私のご先祖様が止めに来るのだろうカ。
もっと計画を練る必要があるネ。
「ハカセ、帰るヨ」
盗聴を頼んでいた友に携帯を模した無線で呼びかけるが、応答は無い。
「……ハカセ?」
疑問に思ったが……そこで私は気付いた。
闇の一端を垣間見ている私ならともかく、精神的に間違いなく一般人のハカセがあの会話を聞いていたとしたら……!
私はそれに気付いた瞬間、ハカセのいるテーブルに向かった。
回りがどう見ようが、気にしない。
そのテーブルに向かうと、ハカセは俯きながら震えていた。
過呼吸のような息を繰り返している。

ショック症状だ。

あの人は盗聴機越しの人間でさえ恐怖に陥れるほどの気迫を放てるのか。
……やはり私は三下ネ。
「ハカセ、大丈夫ヨ。もう帰るネ。こんな事につき合わせてしまってすまない」
まだ震えているハカセを立ちあがらせ、私はレジで心配そうな顔をしているお人よしの店員に軽く手を振ってから外に出た。
もちろん、金は払ったヨ?
って、結局私は彼に奢らされた形になるネ。
まあ、ホットコーヒーの一つくらい、別にいいケド。
それよりも、アクセラレータか。
「え、えっとー……超さん?なんか顔赤くないですかー?」
横にいるハカセのそんな声にも気づかず、私は彼の言葉を思い出していた。

『三下』、カ。

むふふ、この天才の私を三下と呼ぶ人間がいたなんて驚きヨ。
本当の意味で彼に興味が沸いてきたかもしれないネ。
「ちゃ、超さん!?なんかまだ顔赤いんですけど!?っていうかこんな街中でトリップしないでくださいーっ!?」
「むふふ……三下カ……」
「むふふじゃなくてーっ!?」
ハカセが半泣きになっても、私はニヤけ顔が止まらなかった。






~あとがき~

立った、フラグが立った!
……すみません、なんでもないです。


お待たせしました、第8話をお届けします。
再びアクセラレータさんのSEKKYOUタイム。
このごろ説教ばっかりですねwww
というわけで、エヴァとはそれなりに親密になりました。
ガチンコの戦闘ではなく(それではアクセラレータさんが勝ってしまうので)、穏便な和解という形をとりました。
お互いぶつかってもデメリットしかないということに気づいてOHANASIで解決したオトナな二人です。
コメントで散々戦闘についての考察をいただきましたが、こうさせていただきました。
意外でしたか?
楽しんでいただければ嬉しいです。
ちなみに、アクセラレータは餌付けされましたwww
エヴァよりも茶々丸を守ります。
超についてですが、ちょっと凄惨になるように過去を改変させました。
魔法世界が崩壊するという危機の前に世界大戦が起きた、という設定です。
筆を進めてたらいつの間にか世界大戦が起こっていた……。
コーフンして設定とはいえ世界大戦起こすなんて、俺の脳内どうなってんだろ。
後、今回は殺伐としていたので、次はのほほんといきたいと思います。

アクセラレータがのほほん―――違和感しかねえwww


追伸
感想の方でご意見をいただきまして、ちょっと追加事項を。
この作品の憑依アクセラレータは『一般人』と『一方通行』の精神が混在している状態です。
エヴァや超に限った事ではありませんが、アクセラレータの感情が高ぶったり、何か決定的に『一方通行』がキレる原因になることが起こった場合、普段は表に出ている『一般人』の精神を『一方通行』が乗っ取ります。
アクセラレータが説教するのはあくまでその『一方通行』が説教しているのであり、闇?なにそれとばかりに平凡な生活を送ってきた『一般人』が言っている事ではありません。
一般人が何知ったかしてんだよ、テメェの記憶じゃねえだろうが、と思われることもあるでしょうが、説教する理由としてはそういうことです。
わかりづらいようでしたら、今度から『一般人』と『一方通行』が切り替わる描写を追加しようと考えています。
不快に思われた方が多いようで、お詫びいたします。



[21322] 第9話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/24 20:46
SIDE 一方通行

寒い。
このクソ寒い一月二月三月をどうにかできないのか。
我が反射を使っても外気を反射できるだけで気温はどうにもならないのだ。
つまり、冷たい木枯らしは反射できるが気温はそのままということだ。
だから朝のジョギングと昼間の筋トレをそれぞれ終わらせたらこうやって湯たんぽを腹の上に乗せて寝転がっているというわけだ。
何故湯たんぽだって?

湯たんぽ舐めんな。

湯たんぽはこの寒さを打ち消してくれる凄まじいシロモノ……兵器と言っても良い。
一人だけ温まるのならば湯たんぽで十分だ。
そう、一月の頃は思っていたのだが……二月になってもっと寒くなって来ると足の先が凍傷になるかと思うくらい寒くなってきた。
しょうがないから湯たんぽを二つ買ったが、なんか足先に湯たんぽを置いておくのは落ちつかない。
この寒い時期を電気代も安く暖房機を使わずに乗り越えるにはどうすれば良いのか。

俺は600年の知恵袋を頼ることにした。

携帯で尋ねられたエヴァは何故か嬉しそうに、
「そうか、私を頼るとはな!!ふはははははは、お前でも頼ると言う事があるのだな!?」
「うるせェ、耳元で高笑いすンじゃねェ。とにかくさみーんだよ。……テメェは快適そうだな?」
やけに上機嫌でテンションが高いエヴァ。
詰まる所、彼女の部屋は快適その物と言う事だ。
くっ、こちとら俺の膨大な食費に削られて結構貧乏暮らししてるというのに……夜の襲撃も減ってきてるから特別ボーナスもないし。
だというのに、エヴァのあの待遇はなんなんだ!?
一軒家の上に地下室まであり、更には茶々丸もいるから掃除洗濯炊事の必要もない。

ホントに一家に一体茶々丸がほしい……ッ!!

俺が切ない気持ちでそう思っていると、エヴァがふぅむと悩みながら言ってきた。
「そうだな……私の家は一年中快適な空間だからそんな事は考えた事もなかったぞ」
「潰されてェのかテメェ」
「事実だ。暖房はダメだったんだな?ホットカーペットとかどうだ?」
「ありゃ毛布も買わねェと意味ねェ」
「贅沢な奴だな……」
悪いか。
こっちはそっちみたいなセレブじゃないんだよ。
選べるんならなるべく選ぶさ。
「……やっぱ炬燵買うしかねェか」
「コタツ?なんだ、コタツとは?」
「はァ?日本に十四年も暮らしてきて炬燵知らねェのか?」
驚きである。
確かに彼女の家はログ風だから似合わないかもしれないが、それにしても炬燵を知らんとは。
どんなセレブ生活送ってきたらこうなるんだ。
「しょォがねェ。実物見たほうが速ェだろ。テメェ、俺の炬燵買うのに付き合え。今からスーパー行くぞ」
それを聞いたエヴァは何故かちょっとだけ潜めた声で言った。
「……二人で、か?」
「ん?あァ、茶々丸が行きてェってンなら三人で行くが」
「あ……ああ、茶々丸が行きたいと言うのならな!!そ、そうだな、茶々丸にも話しておこう!!」
「……いきなりテンション上がるのが気になるンだが……」
「気にするな。とにかく気にするな」
何故向こうがそんな事を言うのか果てしなく意味不明だ。
まあ、それはとにかく気にするなと言うのだから気にしないでおこう。
深く突っ込んで墓穴掘ったらまずい。
「じゃ、今からそっちに行くからな。―――四十秒で支度しろ」
「はァあああああ!?無茶な―――」

ブチッ。

たまには困れ、エヴァよ。
俺は着替えてコートを羽織ると、風が寒い冬の麻帆良に足を踏み出した。
それにしても寒い。
いや、夜の寒さはもっと尋常じゃないのだが。
このごろ侵入者も激減しているのはきっと皆寒いからだろう。
氷河期が来たら平和になるんじゃないかと思う。

人類は衰退するかもしれないが。

そんな馬鹿な事を思いながらたっぷり二十分ほどかけエヴァの家に向かった。
俺はドアの前にある呼び鈴を鳴らした。
ちりん、と綺麗な音がなる。
しばらくして出てきたのは茶々丸だった。
「アクセラレータさん、いらっしゃいませ」
「おォ。エヴァは?」
「四十秒で来なかったので拗ねておられます」
「誰が拗ねとるかーっ!!」
向こうからクッション的なものが飛んできたが、俺はそれを反射で跳ね返す。
むぶふ!?というくぐもった声が向こうから聞こえるが、俺は無視した。
「もしかしてアレがネタだってことを知らねェのか?」
「どうやらそのようで……マスターは学園長の影響を受けて古いSFモノしか嗜んでおられないのです」
「古いのにも良作はあるンだがな……スパロボとか見ねェってのが悔やまれる。茶々丸にロケットパンチを搭載した超とハカセには拍手を贈るが」
「ああ、そうですか。二人も喜びます」
「貴様等……とことん私を舐めくさっとるな」
物理攻撃で反撃できないのが悔しいのだろう、ぐぐぐ、と言いながらこっちをにらみつけてくるが、俺はスルー。
「じゃ、行くぞ。茶々丸は来るのか?」
「はい。コタツは私のデータにはありますが、実際どんな物か触れてみるのには興味があります」
「こらーっ!私を無視するんじゃない!!」
こういう感じで俺達の買い物はスタートした。
あまりにもナチュラルな感じでエヴァを無視したためエヴァはむくれていたが、それも俺と話している内に機嫌が直ってきたようだ。

流石金髪幼女、機嫌が悪くなるのも速いが直るのも速い。

十分ほど歩くと、俺達は商店街にやってきた。
ここは狭いように見えてかなり生活用具が充実しており、生活必需品は完全に揃っている。
少し前に家電製品についてお世話になった電気屋を尋ねた。
電子レンジがイッちまった時があったんだが、その時修理してもらったのだ。

タダで。

何と言っても無料と言う事が大きい。
それ以来、ここは贔屓にさせてもらっている。
ヴーン、という学園都市に比べればうるさいと思えるくらい古臭い自動ドアが開くと、中からは暖かい風が舞い込んで来る。
店と言うのは客を引き込むために気温を適温にしてくれているから良い。
少し暑い気もするが、エヴァはこれで丁度いいみたいな顔をしているし、茶々丸に至っては寒いと言う感覚もない。
感覚に関しては個人の自由だろう。
俺はこんなに寒いのに坊主で頭に捻り鉢巻きをしている爽やかなオヤジに尋ねた。
「オヤジ、炬燵ってここにあるか?」

「お、アクセラレータさんか。もちろん、電気を使う製品でウチに置いてないもんはないぜ!」

キラン☆と歯をきらめかせて親指を突き出すオヤジ。
ちなみに、俺はこういう馬鹿は嫌いじゃない。
エヴァは疲れそうだが。
さて、そのオヤジが案内してくれた場所に炬燵はあった。
その炬燵の造形を見たエヴァが眉間に皺を寄せながらそれを見つめる。
「これが、コタツか……見た目はかなり変だが」
「上にミカンが乗ってるのは仕様ですか?」
「よくわかってんじゃねえかお嬢ちゃん」
このごろ茶々丸がちょっと変わって来たように思えるが、俺は別に悪くない。

良い方向だ。

俺は自分で見まわさずにオヤジに尋ねる。
「できるだけデカくて燃費が良い奴。値段は問わねェ」
「じゃあ、コイツだな。最近麻帆良工学部の連中が遊び半分に作った調低燃費炬燵。値段は張るが性能は確かだ」
「……工学部のお遊びってのが気に食わねェな」
「そう言うな。外の企業さんが必死こいて作り上げたのよりも工学部の学生が作り上げた小遣い稼ぎの方がはるかに性能がいいんだからよ」
オヤジの顔は哀愁に塗れていた。
どうやら、過去に麻帆良工学部に敗れ去った企業の一員らしい。
「で、どうする?買うかい?」
「あァ。じゃァコイツで。テイクアウトするから組み立てる前の奴を出せ」
「へいへい」
愛想の良いオヤジによって運ばれてきた巨大な箱を持った俺は、そのままその店を出た。

俺の担いでいる箱は大通りではかなり目立つ。

だが元々目立つ一団なので特に気にしてはいない。
エヴァ危険派と呼ばれる派閥に属しているガンドルフィーニは俺がエヴァと良い感じに付き合っているのには良い顔をしなかったが、今では慣れたもんである。
最初の頃、麻帆良の最大の危険分子である俺と真祖の吸血鬼が仲良さげに喋っているという光景は彼等の度肝を抜かれたらしい。
大通りではギョッとする連中が毎日十人はいたものだ。

ガンドルフィーニも、もちろんタカミチもだ。

たまに、ホントにたまにだが、俺とタカミチ、そしてエヴァで食事をする時だってある。
話題は主に1-Aや学園長と忙しい仕事への不満、そして酒に酔ったエヴァのナギに対しての愚痴である。
え?俺は主に聞き手だって?
しょうがないだろ、この二人に通じそうな話題なんてないんだから。
雪がパラパラと降りそうな空の下、しばらく歩いていると、エヴァが尋ねて来た。
「……やけに汗臭いオヤジだったな」
「俺は嫌いじゃねェが」
「いや、だからと言って冬であんな豪快さはないだろう。見てるこっちが暑くなって来る」
「冬だからいいのではないのですか?」
「そう言う意味ではなくてだな、こう、暑苦しいのだ。ああいうのは」
そういうもんかね。
ま、よく娘は親父を嫌うというし、エヴァにとっちゃ正常な反応なのかもしれないな。
俺はどうでもいいんだが。






さて、ようやく我が家についた。
筋トレと思い筋力強化を使わなかったツケが一気にきた。
ここに来た当初よりも筋肉がついてきたと思っていたが、それは一般人の範疇でしかなかった。
流石にこのクソ重い炬燵を十分間楽勝で運べると言うわけではなかったらしい。
非常に疲れた。

自業自得とも言う。

エヴァは疲れたという俺をいやに物珍しそうな顔で見て来た。
「貴様が疲れると言う事もあるんだな。私は貴様の体力は無尽蔵だと思っていたぞ」
「……反射ってのァいろいろと便利なンだよ」
例えば、俺が地面を蹴る時の反動すら俺は反射できる。
その時の負担は僅かな物だが、長時間の戦闘において僅かな負担の軽減は非常に大きなものとなる。
地面が固ければ硬いほど歩き疲れるのは地面が固くて作用反作用の効果が柔らかい地面より大きいからだ。
それを無効化できるのだから、俺の負担は相当軽くなる。
普段ジョギングをしている俺にとって、この反射による負担の軽減を行えばかなりの距離を汗一つかかずに歩くことができる。
戦闘でも滅多にスタミナ切れを起こすことがないので、エヴァにそう思われていても仕方がないのかもしれない。
「っ、せ。あァ、疲れた」
家の前で鍵を開けるために両手に持っていた荷物を降ろすと、俺は一息ついた。
汗は余りかいていないが、身体はかなり温まっている。
炬燵いらないんじゃね?と思うほどだ。
だが寒い道をただ歩いて来ただけのエヴァはそうはいかずに。

「寒い。早く開けろ」

というもんだから、俺はさっさと開けることにした。
まあ、中と外の違いと言っても風があるかどうかくらいしかないんだがな。
実際、中に入ったエヴァの驚きは凄まじく、『なんでこんな冷蔵庫みたいな所に住めるんだ!?』と俺を驚愕の視線で見つめて来ていた。
よっぽど快適な生活になれていたのだろう。

こいつ、もう麻帆良を離れちゃ生きていけないんじゃないか?

俺はそう思いながら炬燵を組み立て始める。
組み立ててみると、案外デカい。
一辺が俺とエヴァと茶々丸が入れそうなくらいデカい。
こりゃちゃぶ台を片付けなければならないな。
茶々丸にちゃぶ台を畳んで押入れに片付けてくれるように頼み、俺は炬燵の組み立てを続行した。
とは言っても、もう布団を取り付けるだけであるが。
ばさりと布団をかけて、俺はお待ちかねとばかりにコンセントを刺しこむ。
炬燵は起動して数分間までの間は何故か外にいるより寒い感じがするので決して入らない。
エヴァがそれを知らずに入って寒いと言っていた。

いいから我慢しろ。

「おい、これは本当に暖かくなるんだろうな?」
「暖房機と同じだ。ちょっと待てば暖かくなるンだよ」
なにやら半信半疑そうなエヴァだったが、どうやら次第に暖かくなってきたらしく、『おお!』と驚きの声をあげる。
ようやく温まって来たようだ。
毛布に包まっていた俺も炬燵に入る。
茶々丸は必要ないだろうが、東洋の神秘に触れるために入ってきた。

しばらくしてエヴァがタレてきた。

具体的に言うと、顔を緩ませてぐてーっと机の上に伸びている。
もっとすると溶けるんじゃないかと思っていたが、残念ながら溶けなかった。
つまらねー。
茶々丸はというと、炬燵の感想そっちのけでエヴァの顔をガン見で録画していた。
真正面にいるのに気付かないエヴァも凄い。
完全にぽかぽかと温まって来ると、エヴァがポツリと呟いた。
「これは暖かいな……ウチも買うか」
「賛成です、マスター」
「あの夏みてェに暖かい家に必要なのかは疑問だがな」
ちなみに、この後炬燵の外が寒いとなかなかエヴァが外に出なかったのは余談となる。






翌日、というか翌朝。
しかも早朝。
寒いにもほどがあるというほど寒い外では、俺とガンドルフィーニチームの朝の見まわりが行われていた。
必要ないと思うんだが、こんなクソ寒くてもマッパで走るオヤジがいるんだから困る。
死にたいのか、と慌てて止めたが『我が生涯に一片の悔いなし』的な顔をして爽やかに笑っていたので殴り殺しかけた。
その時は高音に止められた。
何故かガンドルフィーニは止めなかった。

男にしかわからないムカつきらしい。

さて、今日の朝も見るからに重装備のガンドルフィーニチームとそれより少し薄着の俺という四人で見まわっていた。
何故薄着なのかというと、この後ジョギングに移行するからだ。
アスナの新聞配達より早く起きて見回りとか、どんだけー。
「そう不満そうな顔をするなアクセラレータ。私も同じ気分だ」
「できれば高音と愛衣の二人にやってほしいンだが」
俺がちらりと二人を見ると、二人はブンブンとものすごい勢いで手を振った。

「確かにマギステル・マギを目指すためにはこういう慈善事業もしなければならないというのはわかりますけど、真っ裸の変質者を担いで帰ると言うのはやはり少し抵抗感が……」

「お姉様……それ自分で言ってて悲しくならないんですか?」
「それは言わない約束よ愛衣ッ!!」
脱げ女こと高音に真っ裸の変質者を悪く言う資格はない。
下に何か着ろといつも言っているのだが、反省しないのか結局下には何も着てこない。
多分これで負けられないと自分を追い詰めているのかもしれないが、負けた場合のことを考えとけよ。
そんな事を思っていると、目の前に自動販売機が見えてきた。
キュピーンッ!!と俺の目が輝く。

「オゴれ」

「嫌です」

「なんでテメェが速攻で反応すンだよ」
「もう六回目じゃないですか!?」
そう、いつも同じルートを見まわっているために、俺は毎回高音に自動販売機でコーヒーを奢らせていた。
「ケチな奴だな。毎回貼るカイロ貼ってきてるとは思えねェなァ」
「そ、それとこれとは話が違います!」
「じゃ、じゃあ私が―――」
「騙されちゃだめよ愛衣!アクセラレータは言葉巧みに私達の財布から小銭を抜き取っていくのよ!」
「どンな認識されてンだ俺は」
「日頃の行いが悪いせいだと思うが」
ガンドルフィーニが呆れたように呟いた。
「じゃあ交換条件だ」
ほほうなんですかと高音が食いついて来る。
俺が交換条件を言うのは珍しいからだろう。
「今日の帰りは俺ン家で炬燵に入っても良し」
「なっ……コタツ!?日本の暖房器具のコタツですか!?」
何故か高音が飛び抜けるように反応した。
エヴァとはまた違う反応だなと思っていると、ガンドルフィーニが少し驚いた表情のまま話しかけて来る。
「今じゃ学生寮は狭いから誰もコタツなんて買わないからな……そういえば君の家はスペースが余ってたな」
「何もねェからな。で、どうする?コーヒー一つで炬燵に入れるんだぜ?もちろんタダじゃ絶対に入らせねェけどな」
まさに悪魔の契約とばかりに顔を歪ませる高音。
愛衣も期待している顔をしていた。
「炬燵なんて久しぶりです!私おばあちゃん家に里帰りした時しか入った事ないんですよ!あれあったかいですよね!」
「あァその通りだ愛衣。……フッ」
俺はそこで高音を見ながらにやりと笑みを浮かべた。
何やら嫌な予感がした高音はグッと身構えるが、別に高音に直接何かするわけではなかった。
「よォし愛衣、そんなテメェはタダで招待してやンよ。ガンドルフィーニもどォだ?仕事まで一時間くらいあるだろ?」
「ええ!?ホントですか!?」
愛衣は素直にはしゃぐ。

いやぁ、なんつーかこういう素直なのは良いね。

茶々丸とは違う意味で癒される。
アクセラレータの周りにはいなかったタイプだ。
ガンドルフィーニは苦笑しながら手を振った。
「それは今度の休日に行かせてもらおう。ちょっと今月は忙しくてね」
「公務員も楽じゃねェな」
肩を竦めていると、横から高音の高い声が轟いた。
「ちょ……ちょっと待ってください!なんで愛衣はタダなんですか!?」
「この間カイロ分けてくれたし、今もコーヒー奢ってくれようとしたしな。これくらいは当然だろ?」
「私は五回もコーヒーを奢って差し上げたじゃないですか!」
「テメェは親切を金で買えると思ってンのか?とンだマギステル・マギだな」
「ぐぁ……う、うう、いいですどうせ私は脱げ女です……」
いじけ始めた高音。
愛衣はそれを見てあわあわしているが、俺は高笑いである。
いやいや、人をいじるというのは本当に面白い。
いじられると頭に来るが。
俺は高音がいじけるさまをみてひとしきり楽しむと、強引に肩を組んだ。
「ひゃっ!?」
驚いたのか『びくぅ!!』と肩を竦ませる高音。
「間に受けンじゃねェよ、愛衣とセットのテメェを招待しねェわけにはいかねェからな。炬燵に蜜柑くらいは楽しませてやンよ」
「じょ、冗談でしたか……それよりもセクハラですよ」
確かにいきなり異性と肩を組むのはセクハラである。

「関係ねェよ。俺は女だぜ?」

その言葉に0度に近い温度が絶対零度となった。
マイナス273度である。
何故か愛衣だけではなくガンドルフィーニまで凍りついている。
俺以外の三人は俺を見て、驚愕に塗れた声で叫んだ。
「「「…………嘘ォ!?」」」

「嘘だ」

即答してやった。
原作でも言われていたとおり、外部刺激が少ないおかげでホルモンバランスが崩れ、男か女かわかんねェ中性的な体つきと顔つきをしていた俺の身体だが、いかに筋肉がついてきたとはいえ中性的な顔が男らしくなるわけではない。
女だといえば女に見えなくもないのだ。
信じるのも無理はない、といった所だろう。
もちろん高音はサルのように叫んだ。
「むっきぃいいいいい!!」
「ああ!?お姉様帰ってきてくださ―――ってこんなところで『黒衣の夜想曲』!?ま、まさか暴走ですか!?ガンドルフィーニ先生、助けてくださいーッ!!」
「アクセラレータ……心臓に悪い冗談はやめてくれ」
「無理」
こういう感じで俺の寒い朝の見まわりは過ぎ去っていく。
からかうってのがこんなに楽しいというのを覚えたのはこの見回りからだった。
その後、俺は自腹でコーヒーを買ったが高音に蜜柑を食わせて『あ、それ一個百円な』と言った時の高音の表情といったらなかった。

ちなみに愛衣はタレ愛衣と化していた。

エヴァよりも溶けそうになっていたのは秘密だ。






そして、俺は早朝の走り込みに出る。
朝は冷えるが、もう慣れた。
朝の見回りのおかげで目も覚めるし、無茶苦茶眠いことを除けばそれほどの苦行ではない。
ちょいと高音と愛衣を炬燵にブチこんでいたおかげで時間を食ってしまったのである。
別に時間がないわけではないが、ペースを崩したくなかったのは確かだ。

俺は若干いつもより早いペースで走っていく。

見るからに筋肉がついている―――というわけではないが、運動を行うための最低限の筋肉はついてきているはずだ。
将来的に『気』を使おうと考えている俺にとって、まず基礎的な体力はつけなければならない問題であった。
だって、自力で瞬動ができるアクセラレータとか最強じゃね?
そこに更にベクトル操作を加えたら瞬動が縮地になりかねない。
いやむしろ無限瞬動とか可能になるかも知れない。
その場合は反射神経も強化しなきゃな……。
虚空瞬動やらネギまにはトンデモ技術ばかりなので、是非習得してベクトル操作で改造してみたい。
目標はその改造だが、さて、どれくらい先になるやら……。
道のりは長そうだが、地味にやっておくことは無駄じゃないだろう。
基礎ってのは何事も大事だからな。
そう思って走っていると、目の前に見覚えがあるツインテールが見えた。

その場で足踏みしているのは神楽坂アスナだった。

何してやがる、と思うが、何やら俺の方を見て軽く手を振っているので、そちらに近づく。
「おはようございまーす!」
「……あァ」
何でコイツ朝からこんなテンション高いんだと高血圧を羨ましく思いながら、俺はため息交じりに応じた。
冬になったってのにこの元気の良さはあり得ないだろう。
着こんでいる俺が馬鹿みたいに思える。
寒ィンだよ畜生。
「今日は遅いわね。昨日遅くにでも寝たの?」
「用事があってな。シャカイジンってのは大変なモンなンだよ」
「こんな朝から?」
「ダチが部屋ン中でハシャいでたンだよ。外が寒ィから出たくねェって言いだして大変だったンだぜ?」
それはしょうがない、とばかりに神楽坂は苦笑しながら肩をすくめる。
「この時期の朝は冷えるからしょうがないわよ。あたしだって部屋でぬくぬくしたいわ」

ジョギングしている俺の横で、神速とも言える速度で郵便受けに新聞紙をブチ込んでいく神楽坂。

脚の速さと言い、その速度と言い、裏を知ってる連中なら何か疑問に思われて当然な能力のような気がするが……王家の血ってのは凄いんだな、としか言いようがない。
くそう、その身体能力が欲しい。
「あ、それよりちょっと聞いてよ。ここ最近誰かにつけられてる気がするのよ」
「冬にストーカーは普通出ねェンだがな」
裸で道路を突っ走る狂ったオッサンならいたが。
「……心配なら、警察にでも行って相談すりゃいいンじゃねェの?」
「違うの違うの、このかっていう私の友達なんだけど、あの子と一緒にいるといつも絶対誰かにつけられてる気がするの。この頃特に」
……オイ、刹那。

神楽坂にバレるとかテメェ末期だぞ。

内心で焦りながら、俺は顔と声は普段通りにして応じる。
「テメェのその瞬速の脚で逃げきれねェのか?」
「このか背負って走るわけにはいかないでしょうに……でもねー、なんていうか気持ち悪くないのよね。ただ気になるだけで」
……王家ってのはカンというモンに特化してんのか?
「気持ち悪くねェストーカーなンざいンのかよ」
「いるんじゃない?世の中って広いし」
そこでいると考えるテメェが凄いよ。
呆れつつ、そういうお人よしな所が神楽坂アスナたりえる柱なのかもしれないと思う。
なにせ、エヴァは悪くないと断言した奴だからな。
信用しすぎもどうかと思うが、こういうのは人間の美徳だと思う。

俺からすれば眩しすぎるが。

「インチキな宗教勧誘には気をつけろよ。テメェみてェなのが一番騙されやすい」
「なぁに?そういうのに引っ掛かった事あんの?」
「俺はそう言う連中を見てきたんだ。ったく、無駄な散財にしかなンねェよ」
これは一方通行ではなく『俺』の経験になるが。
そういうのにのめり込んでいき、明らかにインチキなモンでも購入している奴がいた。
まあ、ソイツはソイツの金だから自由に使えば良いんだが、まったく散財としか思えなかった。
なまじ純粋な奴ほどそういうのにはのめり込みやすい。
神楽坂には近衛このかがいるから大丈夫だとは思うが。
「ふーん、そうなんだ……まあ、私はともかくウチにはこのかがいるから大丈夫よ」

それには全く同感だな。

近衛このかはあのままいけば本当に良い奥さんになりそうだ。
黒化さえしなければ。
是非良い旦那さんを持ってほしい。
俺は横を走っている神楽坂をチラリと見やる。
「まぁコイツに関してはなァ……時が解決してくれるかどうか」
「ん?何か言った?」
「別にィ」
こういう何げない感じで、俺たちの会話は終わる。
炬燵騒ぎがなければ、これが俺のいつもの朝だ。
……予想以上に食費がかかるのは運動してるのもあるが、もしかしてこうして会話してカロリー消費してるのもあるのだろうか。
これは今日も茶々丸に御馳走になるしかないか。
エヴァ?あんな幼女は知らん。
パーカーにより熱気がこもる中、いつもは感謝するはずの朝日がかなり鬱陶しくなる。
その朝日を見て、俺はいつもこう思うのだ。
―――あー、腹減った。






~あとがき~

アクセラレータの日常編、朝をお送りしました。
この後、アクセラレータは飯食って寝て飯食って麻帆良をブラついてエヴァん家にたかりに行ってコンビニでコーヒー買って寝ます。
こういうぬるいのがアクセラレータの日常ですwww
今まで殺伐としていた状況ばかりだったので、こういうのは書いてて和みました。
いいですねぇ、日常って。
とか言いつつも、次回はおそらく戦闘モノになります。
舞台は四月になりますが、あのイベントが起こるので。
何度も書いてるように、アクセラレータTUEEEE!!だけを展開するつもりはありません。
でも、TUEEEE!!はしますwww


感想で熱や冷気などのベクトルは操作できるという感想をいただきました。
作者がアホでした、すみません……。
次回からは気をつけます。
そういえばアクセラレータが寒がったりする描写ってないですよね。
ベクトルって、難しいですね。



[21322] 第10話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:41
SIDE 一方通行

更に数ヶ月の時が過ぎた。
あまりにも平坦な数ヶ月だったので特筆すべき事はない。
暖かくなってきたから不審者や襲撃犯が出没しやすくなった、と言った所か。
やっぱ寒いのは嫌だ。

暑いのも嫌だが。

自分でワガママだなと思いながら、俺は麻帆良の商店街を歩いていく。
そんな俺の姿は、客観的に引き締まった体つきになって来ていた。
流石に女装していたら間違われるかもしれないが、普段の状態で女だと思われることはまずなくなった。
最初の頃は初対面の人間に男か女かわからないと言われた事があったが、もうそんなことはない。

見よこの腕の筋肉を。

運動部を一年やった人くらいのささやかな筋肉だが。
だが、それでもやってきた当初と比べれば見違えるほどの体格にはなった。
運動を続け、食生活もそれなりに整えた結果、俺の身長は結構伸びた。
どうやらアクセラレータの成長期だったらしい。
168cmという身長は既に170に達し、まだ伸び続けているようだった。
180くらいまで伸びればいいな、と楽に考えている。

習得しようと思っていた気だが、これはタカミチに基礎理論や知識を頂戴する事で僅かながら掴めるようになって来ていた。
漠然とした力みたいなモンだ。
刹那の斬岩剣とかとんでもない。
あんなもん自然と出力できる連中の技量が信じられん。
実は最初はエヴァに教わろうかと思ったのだが、どうせ、

『そうか、私の知識が必要なのだな!?はははははははは!!アクセラレータもようやく私のありがたさがわかってきたようだな!!ならば対価として―――』

とか言い出しかねない。
普段夕飯たかってるし、対価なしはあり得ないだろう。
それに、癪だし。
タカミチから色々と教えてもらったおかげで知識の方は既に万全だ。
後は経験だけなのだが、この気を掴むと言う事がどうにもうまくできない。
タカミチも相当な苦労をして咸卦法ができるようになったんだと痛感する。
じゃあ神楽坂はどうなんだと言いたくなるが、あれはネギの最強のパートナーになる予定のバケモノだ、どうにもならん。

ちなみに、まだ神楽坂との交流は続いている。

顔は見せていないのであの時突っかかった白髪の男だということはバレていない。
ただ、名前は一方とだけ明かした。
ミチユキと呼ばれるのはなんというか、寒気がする。
下の名前教えてくれと言われたが、俺は頑なとして教えなかった。
ぶーぶーという顔をしていたが、別にいいだろう、何やら不快なのだから。
「じゃあ一方さんって呼ぶわ。なんかさん付けはしなきゃなんない気がするし」
じゃあ敬語使えよと思った。
お互いに自己紹介したので、俺は神楽坂の事は名字で呼ぶことにしていた。
なんというか、下の名前で呼ぶのは気が引ける。
そう言うのは俺のガラじゃないと思うのだ。
向こうは不満そうだが、知ったことか。
なんか、コイツはアスナと呼ぶよりも神楽坂と読んだ方がしっくりくる。
俺の主観的な考えではあるが。
……ちなみに、この関係がいつまで続くかエヴァと超が賭けていた。
その超はというと、あの時あれだけ脅してやったというのに俺を一切怖がらずに何故か友好的に接してくるようになった。

肉まんの美味さは尋常じゃないので俺も良しとしているが、なんだか奇妙だ。

ハカセも超の影響か多少ビクビクしながらも接してくれるようにはなったし。
超の考えている事はわかっているつもりだったが、こういう方面になるとホントにわからなくなって来る。
ささやかな友情をつくって泣き落としみたいな手に乗り出すつもりなら三下以下だが、どうもそんなつもりでもないらしい。
超の目にはどういう計略ぶった色はなく、ホントに純粋に好意的になってくれているように思える。

正直に言って、気味が悪い。

俺の実力不足かもしれないが、それほど超の感情偽装がうまいとは思わないので、おそらく彼女に計略的な思いはないのだろう。
だとすると最終局面で俺に邪魔されないように恩を売る、と言う所だろうか。
実際何度も肉まんを奢らせてるしな。
さて、そんな事を考えているうちに俺は目的地へと到着した。
というのも森の中であるが。

本日はかの有名な停電の日。

つまりは、襲撃者や麻帆良内部での妖怪が出現しやすくなる日でもある。
俺はとにかく手加減とかするのはスッキリしなくて嫌なので、都市を破壊されては困るからと森のほうの警備に回された。
高音、愛衣は都市部。
刹那、龍宮は森。
ガンドルフィーニ、タカミチは遊撃隊員。
俺はタカミチ達と同じく遊撃隊員となる。
ちなみにエヴァ、茶々丸は俺がいるからおそらく出番はないと家でゲームをしている。

仕事しろ。

この時、彼女は自分の魔力を抑えこんでいるのが結界ではなく呪だと信じているので、俺は余計な事を言わずにいることにした。
藪をつついてキングコブラが出たら怖いしな。
学園長は総指揮を執っているため、例年どおり出張る気はないようだ。
ただ、今年度の襲撃は誰かさんの噂のおかげで多くなりそうだ、と言う事は言ってきた。
誰かさんって誰かって?

もちろん俺の事だ。

俺も家にいてはただヒマなだけなのでトレーニングをしたり、それがかったるい時は広域指導員の仕事をやっている。
タカミチは広域指導員でも最強と言われ、麻帆良の生徒たちの間では『デスメガネ』の異名を持っている。 
最初はタカミチも嫌がっていたものの、今ではすっかり定着してしまっていてもう苦笑するしかないとのこと。
まあ、その『デスメガネ』の名が広まったおかげでタカミチが商店街などを歩いている時は抑制力となり、滅多にタカミチの前では問題は起こらなかった。
だとしても治安は多少良くなった程度でしかなくて。
タカミチは海外での仕事が忙しくしょっちゅう出張にでかけることは麻帆良では有名な話だ。
実際は『悠久の風』の仕事だが、それに属しているというのはあまり広まっていないらしい。

タカミチが自慢したがらないのが一番の理由だろう。

彼が忙しいので、実際に麻帆良を見まわるのは一週間の内でも一度や二度、それも短時間の間なので、その間だけ身を潜めれば良いというのが麻帆良でも少数派の、いわゆる古典的な『不良』の考えだった。
実際にはタカミチ以外にもガンドルフィーニや刀子、ヒゲグラなどといったトンデモ身体能力をもった連中もいるのだが、タカミチに比べれば霞むのも仕方がないだろう。
それに、その方々と言えどもやはり仕事が忙しいので見まわるのは短時間だ。
だから不良達はつけあがり、商店街で誰かが絡まれると言う事件は毎日起こり、商店街の人間にとっては珍しい事ではなかった。

だが、そこに俺が現れた。

知っての通り、俺はブチのめして良いと許可された人間に対してはあまり容赦をしない性格だ。
骨を折ったりしたことも一度や二度ではない。
更に、俺の見回る時間は非常に不規則だ。
長時間商店街に居座った日もあれば、サボった日だってある。
予測がつかないのだ。
いつ俺が来るのかわからないうえに見つかればフルボッコにされるという恐怖が不良達に押し寄せ、フルボッコされる覚悟のないチャラい連中は大方姿を消した。
恐怖政治と言うなかれ、これこそが一番効果的な不良対策である。
まあ、それでも根性のある奴等は俺がいようがタカミチがいようが構わず問題を起こすんだがな。
んでもって、そんなことをしてるもんだから俺にも『デスメガネ』と同じく二つ名がついた。

『ホワイトデビル』

……連邦の白い奴か?
多少ネタに走っているソイツをとっちめたくなったが、残念ながら噂の発信源は全くわからなかった。
2-Aが発信源じゃねェだろうなと疑いつつ。
まあ、そんなあだ名がつく上に襲撃者達に対しても俺の知名度は上がっていった。
曰く、『無詠唱でバカでかい竜巻を起こす』
曰く、『素人の殴り方で鬼をまとめて吹き飛ばす』
曰く、『どんな物理攻撃だろうと跳ね返す強固な障壁を備えている』
曰く、『それら全ての現象を気も魔力も使わずに起こす』
という滅茶苦茶な存在が『ホワイトデビル』だという。

大方間違ってないけどな。

それなりに有名になっちまった俺のおかげで、この停電に対して送り込まれて来る戦力が増強してしまったらしい。
だから働けコノヤロウということで俺はお助けキャラではなく最初から出陣しているわけだ。
かったりィからさっさと終わらせて大河ドラマ見てェ、と思っていた。
森に黙って立つ事一分後、少し遠くに鬼の気配を感じた。
数は五十くらいか。

「さァーて、お片付けの時間だ。三分以内に終わらせてやンよ」

向こうは運が良ければ俺を倒せるくらいにしか思っていないに違いない。
となれば、最速で終わらせるのが一番。
俺を引きつけるということは、他で大規模な進軍が起こるという事。
その辺りはタカミチと学園長に任せるか。
走る俺の前には鬼の姿。
既に見慣れた巨体に向けて、俺は認識不能の速度で拳を繰り出した。






SIDE 桜咲刹那

私は東の方へ向かっていた。
というのも、停電になると陰陽師達関西呪術協会の連中の大規模な襲撃が始まるので、それの侵攻を食い止めるために出撃したのだ。
この規模で攻めてくる事は滅多にないので、本来今日警備の予定ではない私達もいかなければならなくなった。

私の横にいるのは龍宮真名。

どうやら世界中を回った事があり、裏では相当な実力者として名を知られているらしい。
実際、神鳴流の鍛練を受けている私の移動速度について来れるのだからかなりの腕と言う事がわかる。
彼女は金があれば依頼を請け負うとのことで、学園長から一度の出撃につき給料をがっぽりとせしめているらしい。
がっぽり、とは言っても学園長の懐はかなり大きそうなので、痛くも痒くもないのだろうが。
ちなみに私は長からお嬢様の護衛として少しばかり給料をもらっている。
本来なら断る所だが、金がなくては何もできない。

長には頭があがる事はないな。

それはともかく、私は召喚された鬼達へ突撃するために夕凪を握る。
前回は深入りし過ぎて龍宮に助けられてしまったが、今回はそんな失態を犯すことはできない。
ここを突破されたら、お嬢様が……。
私の夕凪を握る力が自然と強くなる。
私が戦意を高めていると、龍宮のトランシーバーから報告が入った。
『こちら第一陣!悪い、突破された!』
「問題ない。撃ちこぼしは私達に任せてくれ」
『すまない!』
その声は私にも届いた。
私達の前に到着していた魔法生徒たちが突破されたようだ。
私は横の繋がりは持っていないので彼等がどの程度の実力なのかは知らないが、それでも第一陣を任されるのだからそれなりの実力だったのだろう。
それを鬼達は乗り越えた。
これは、心してかからなければならない。
「私が突っ込む。龍宮は後方援護を頼む」
「前みたいにでしゃばるなよ、刹那」
鬼気を感じる。

近い。

私は龍宮の軽口に答えず、夕凪をよりいっそう強く握り締め、刀身に気を漲らせる。
身体にも気を纏わせて身体能力を上げ、ちらりと見えた赤鬼に向けて突撃した。
向こうも先に魔法生徒と戦ってきたせいか、闘気が身体中を纏い、異形の迫力を私に叩き付けてくる。
私を見つけたらしい。
ギロリとその恐ろしい目で睨まれるが、これで物怖じしていては神鳴流の恥さらしだ。
睨み返し、真っ向から突っ込んでいく。
既に龍宮は私の隣にいない。
彼女は敵に見つからずにスナイパーとして援護してくれる。
彼女曰く『私に苦手な距離はないが、遠距離から一方的に攻撃するのは楽だ』とのこと。
拘りがあったんじゃなかったんだ、と心の中で呟いたものだ。

そんな事を思っているヒマもなく、私は鬼と激突した。

大剣と夕凪が激突する甲高い音が響く。
このまま弾き飛ばして―――そう思ったが、弾き飛ばされたのは私のほうだった。
「くっ……ッ!!」
やはり、鬼にまともに立ち向かう物ではない。
よく刀子さんが言っていた。
神鳴流は剛の剣だが、鬼相手に剛が通じるのはよっぽどの実力差がなければ無理。
だから、かかるときは柔でかかりなさい、と。
久しぶりだから忘れていた。
「西洋魔術師やのうて今度は神鳴流かいな!?」
「麻帆良って所はなんでもおるんやのう」
やけに緊張感が削がれる関西弁、あるいは京都弁の鬼達に向けて、私は再び突撃する。
戦闘にいた鬼は私の一撃を受けとめるための構えを見せた。
その左右には得物を構えた鬼の姿。

―――挟み撃ちにするつもりか?

「残念だが、そんな浅知恵は通用せんぞ」
ゴギュギュギュ!!と地面に足を強引に押し付けて減速する。
その地面に押し付けた足に気を込め、それよりも更に腕と夕凪に気を込めて、私は夕凪を振りまわした。

「百烈桜華斬ッ!!」

ドッ!!と切り刻まれながら吹き飛ぶ鬼。
刀子さんに比べればまだまだ未熟だが、それでも鬼三体を吹き飛ばすくらいの力はある。
空間に溶けて消えていく鬼達の上から、百烈桜華斬の衝撃を切り裂いて一体の鬼が落下してきた。
その手には巨大な棍棒。
私を押し潰すつもりらしいが、甘いな。
鬼達の敵は私一人ではない。
「ごっ!?」
落ちてくる鬼の頭を銃弾が貫く。

龍宮だ。

「狙撃か!?」
「ぐおーっ!?ぬかったわァあああああああッ!!」
龍宮の狙撃により消滅していく鬼達。
私も負けていられない。
気を集中させるのは刃のみ。
夕凪を大上段に振り上げ、私は狙撃を警戒してこちらを警戒するのを怠った鬼に向けて夕凪を振り下ろした。
「斬岩剣!!」

ゾンッ!!と大気が切れる。

悲鳴をあげる事もなく、また一体鬼が還っていった。
神鳴流の剣は技の前後に隙が大きいのが特徴だが、その隙を狙って攻撃してくる鬼達の攻撃から身を守る鍛練も積んでいる。 
振り下ろしてきた棍棒を受け流し、私はその鬼に向けて突撃し、腕を切り払い、呆けた鬼の首を切り飛ばす。
そのまま重心を保ちながら回転、そのまま相手の横薙ぎの一撃をしゃがんで避け、相手の両足を切り飛ばして転倒させる。
転んだ鬼の頭を切り飛ばし、私を追って振り回して来る槍を避けて一旦距離を取った。

夕凪に気を漲らせる。

ミシリ、と私の足元が歪んだ。

「な、なんやこの嬢ちゃん!?」
「ちょ、最近の子供ってマジパネェっす」
弱音をほざく鬼。
それにしても、いつから鬼はこんなフレンドリーな感じになったのだろうか。
そう思いながら、私は居合の形になった夕凪を抜刀するようにして前方に振るう。
「斬空閃!!」
倒れた鬼共々弱音を吐いた鬼を吹き飛ばし、瞬動で近づくと倒れた鬼達を横薙ぎに切り払って瞬時に二体を消滅させる。
今さっき狙撃された敵を含め、数は後四体。
よし、いける!

そう思った矢先、私は何かが飛来して来るのを感じ、思わず顔を逸らした。

しかし、避けきれなかったのか私の額に一筋の紅い筋が出現する。
後ろを確認すると、そこには五十cmもの長さがある巨大なクナイがあった。
いや、既にそれはクナイではなく柄がない両刃の剣のようだった。
それにしても、私が反応しても避けきれない攻撃とは……何者だ!?
私の疑問に答えるように、木陰からのっそりとそれは姿を現した。
「おお、親分!」
「すまねえ親分、もう半分以上還されちまいやした!」
鬼達に親分と呼ばれたそれは、異様な形相をしていた。
まず、鬼と言う事には間違いない。
額には三本の角。
下あごから突き出した巨大な二本の牙。
それだけなら普通の鬼といえるだろうが、この鬼の大きさが異常だ。
鬼は普通、2,3メートルの体格をしている。
一昔長とサウザンドマスターが封じこめた大鬼は見上げて首が疲れるほどの大きさだったらしいが、そんな鬼は極稀にしかいない。
なのに、この鬼は一回りも二回りも大きく、5メートル……いや、6,7メートルくらいあるかもしれない。
その圧迫感は目にしたものにしかわからないだろう。
回りの鬼とは桁が違う、と言うことがわかった。

「おぉ、さっきの西洋魔術師が手ごわくてな。大出力魔法にゃもう慣れちまったわい」

低い声で笑う鬼の身体には重厚な武者鎧がある。
生半可な攻撃では傷一つつかないような、強固なものだ。
斬岩剣で斬れるか……!?
分が悪い賭けだと思っていると、龍宮から通信が入った。
『刹那、聞こえるか?』
「ああ……なんだ?」
『その鬼は規格外だ、増援に任せよう』
「高畑先生は?」
『北の方から攻め寄せた馬鹿みたいな数の鬼を退治してる。まだ時間がかかるらしい』
「わかった。増援が来るまで時間を稼ぐ」
『私も援護してみる。だが期待はするなよ』
龍宮が連絡を取るといったら、先生たちだろう。
刀子さんや神多羅木先生が来たら、もう大丈夫だ。
あの二人は麻帆良でも指折りの実力者だから、この鬼に対しても負けたりはしないだろう。

問題は、それまでの時間をどう稼ぐか、だ。

闇雲に攻めても返り討ちにあうだけだ。
だが、攻めなければ時間稼ぎにもならない。
弱点といえば唯一防具に覆われていない顔くらいだが、あんなところまでジャンプしたら蝿を叩き落すように迎撃されてしまうだろう。
どうするか……。
私が悩んでいると、突然目の前の巨大な鬼が動いた。
と言っても頭を傾がせただけだ。
私がそれに疑問を覚えた瞬間、カン、という乾いた音。
どうやら兜で龍宮の銃弾を弾き返したらしい。
……龍宮が期待するなといった理由がわかるな。

「小賢しいわ」

ズドン!!と大地が爆発する。
地面が鳴動する。
巨大な鬼が走って進んでくるというのは凄まじい迫力だったが、私はそれに立ち向かった。
奴が止まらなければ、このまま麻帆良に一直線だ。
なんとしても、止めなければならない。
「斬岩剣ッ!!」
身体強化の気も使い、片足に向けて全力の斬岩剣を放つ。
だが、巨大な鬼はその図体にしてはなんとも身軽に私の決死の一撃をひらりと避けて見せた。
敏捷なその動きに驚きを隠せないでいると、巨大な鬼は地面を削り、木を叩き折りながら方向転換し、私に向けて突っ込んできた。

まずい。

フルパワーの斬岩剣を放ってしまった今、気を練り上げるのにはまだ時間がかかる。
龍宮も狙撃しているようだが、巨大な鬼は篭手で銃弾を弾いてしまう。
ズン、と鬼は私の眼前に足を踏み降ろし、地面を粉砕して私を吹き飛ばした。
腹に大きな石の塊が激突する。
かは、と息が詰まる。
無様に私は地面を転がり、木に激突してやっと止まった。
まるでダンプに激突されたかのような激痛と衝撃に思わずうめくと、遥か頭上から低い声が降ってきた。
「嬢ちゃん、抵抗せえへんならワシかて命は奪わん。しかしなあ、抵抗すんならワシにも考えがあるで」

迫り来る、鬼気。

ハッとして私が回避に移るが、遅い。
目の前に迫るのは5メートルもの鬼の巨体。
あんなものをまともに食らえば私の貧弱な身体など押し潰されてしまう。
咄嗟に私は足に気を集中させ、全力で横に飛び退いた。
私の進行線上にあった木を夕凪で切り裂き、私は地面の上になんとか着地した。
ハッとして目の前を見ると、木を吹き飛ばしてバランスを崩し、倒れている鬼の姿があった。

チャンスだが、私の役目は時間稼ぎ。

ここで功を焦って斬岩剣でも繰り出して外してみろ、反撃を食らって潰されるのがオチだ。
油断なく大鬼を見ていると、案外すんなりと大鬼は立ちあがった。
やはり、あれは演技だったらしい。
「神鳴流言うんは猪武者と聞いとったんやけどな。案外冷静やな。その歳でたいしたもんや」
そりゃ、こんなデカい鬼相手では慎重にもなるというものだ。
幸いにも、奴は私を狙っているようだ。
このまま一気に市街地まで驀進されては私には止める術がない。
これは好都合だ、私はもっと逃げ回る事に徹しよう。
追撃して来る鬼の一撃を避け、時に放って来る巨大クナイを避け、たまに反撃して鬼の注意を引く。
その間に、私はいくつもの生傷を負う羽目になった。
主に避けきれなかったクナイの傷だが、幸いにも致命傷となる一撃はもらっていない。
とは言っても、この鬼相手に一瞬でも油断したら致命傷になることはわかっている。
この鬼と相対してそろそろ二分。
私の集中力も切れてくる頃だ。

増援はまだなのか?

焦っている私の心を読んだのか、大鬼がその口元を歪ませた。
「なんや、気にかかることでもあるんか?」
その優位に立っている者独特の愉悦の笑みに、私は嫌な予感を覚えた。
私は無言を貫きとおしていると、大鬼はその笑みを浮かべたまま続ける。
「お嬢ちゃんの考えは既にわかっとる。ここに来る増援を待っとるんやろ?やけどそれは諦めた方が良いで」
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味や。さっきから、どうしてお嬢ちゃんの味方の狙撃手が撃ってこんと思っとるんや?ワシに牽制すること自体が有効ってことくらいわかっとるやろうに」
そういえば、こうやって喋っている間にも龍宮の銃弾は大鬼を襲わない。
こんな隙を見逃す奴じゃないはずなのに。

「ワシに与えられた任務は全力を出しても潰せないが負けもしない相手を引きつける事。さっきの西洋魔術師は潰せたが、お嬢ちゃんはちと守りが硬い。さて、お嬢ちゃんの防衛範囲からここまでどれほど離れとるんやろうなァ?」

……まさか。
龍宮は一人で鬼の軍勢を抑えている、と言うことか!?
「おお、見えるで。お嬢ちゃんの抜けた穴からぞろぞろと鬼が入り込んでいく光景が。狙撃手も頑張っとるみたいやけど、善戦とは言い難いようやな。そうそう、今戻っても無駄や。もう第二防衛ラインは突破させてもろたで」
ゴッ!!と言葉が終わるまでもなく大鬼の得物の巨大な棍棒が私に迫ってきた。
私は舌打ちしながらその一撃を避けるが、大地を割った棍棒の一撃はいくつもの散弾のような石塊を作りだし、私に向けて殺到して来る。
「ぐうっ!?」

その内の一発が私の膝に当たった。

着地のバランスが崩れて、そのまま無様に転がった。
木にぶつかってようやく止まった私の目の前に、棍棒が突き立てられる。
「そろそろ追いかけっこも終わりにしよか。なあに、足の一本折るだけや、命まで奪う気はないで」
確かに、これだけ現場と離れてしまえば足を一本折るだけで私の戦闘参加は不可能になってしまう。
「……鬼を召喚する大規模術式が北に現れたのは囮か?東が本命だったのか?」
「ああ、その通りや。本当なら北から攻める予定やったんやけど、向こうには滅法強い神鳴流剣士がおってな。急遽北に変更したんや」
おそらく、その神鳴流剣士は刀子さんのことだろう。
北の方が防備が薄いと即座に主力を投入してくるのは凄いな。
まあ、これだけの数を召喚し、更にはこんな大鬼を召喚して来るのだから並大抵の術者ではないと思っていたが……どうやらキレ者でもあるらしい。
「それが大当たりしたということか……」
「最近は『ほわいとでびる』っつーバケモノが出没しとるらしいけど、それらしい奴は西におるっちゅう情報や。転移魔法でも使わん限り到着するまで時間がかかる。それまでに目的は果たさせてもらうで」
「目的は……このかお嬢様か」
「その通りや」
もう冥土の土産はない、とばかりに大鬼は私の足を折るために手を振りかざした。
私はもう諦めて目を瞑る―――と見せかけて、

振り下ろして来る拳に対して渾身の力を込めて最大の気を纏った夕凪を振るう。

「ぬおぅ!?」
大鬼は私がそんな力を隠していた事に驚いたようだが、振り下ろされた拳は止まらない。
「斬岩剣ッ!!」
そこに、私の夕凪が激突した。
岩を斬る斬撃は大鬼の右腕を容易く切り裂き、その余波によりさらに深く切り裂かれる。
二枚におろされたように大鬼の右腕は縦に真っ二つになった。
大鬼が睨みつけてきたので、私は不敵な笑みで応じる。
「窮鼠猫を噛むという言葉を知っているか?」
「油断大敵という奴やな……ハッ、ワシもまだまだ甘いみたいやな」
私が夕凪を構えて立ちあがるが、実の所今ので打ち止めだ。

カクカクと膝が震える。

あの力を解放すればまだやれるが、誰かが見ているかもしれないのにあれを出すわけには……だが、すぐにでもコイツを倒して鬼の軍団を倒さなければお嬢様が危ない。
お嬢様を取るか、正体がバレる可能性を取るか。
問うまでもない。

私はお嬢様のもとを去ることになろうとも、お嬢様を守るために全力を尽くす!!

私は烏族との混血で白色の翼を持つ禁忌の存在。
だから普段は隠しているが、普段から抑えつけられている烏族の力を解放すれば、その力は並みの烏族の力を軽く上回る。
ブワッ、と私の背中から現れる白い翼。
それを見た大鬼は驚いたように言った。
「禁忌の白い翼……お嬢ちゃん、烏族との混血か?」
答える必要はない。
私は烏族の力を解放したことで飛躍的に上がった身体能力と抑えつけられていた気を爆発させ、最大の一撃を放つために夕凪に気を乗せる。

熱い。

私の操れる気の量を遥かに超えた一撃を繰り出すためには身体に負担がかかるのはわかっていたが、キツい。
だが、これを制御しなければ目の前の敵には勝てない。
振り下ろしてきた棍棒の一撃を空を飛ぶ事で避ける。
「やるやないか、混血のお嬢ちゃん!!」
しかし、大鬼は咆哮すると無理矢理力ずくで棍棒の起動を捻じ曲げ、私を叩き落そうとさっきとはまったく違う速度で振り回してくる。
やはり本気ではなかったのだ。

だが、大鬼の本気の一撃すら今の私では遅い。

私は棍棒から逃げ回りながら気を練り上げていく。
膨大な気を、刃に乗せる。
「―――神鳴流、奥義」
心臓の鼓動が聞こえる。
気の脈動が重なる。
長が過去に放ったものを見よう見真似で会得した我流の神鳴流奥義。
現段階での私の最高の一撃を見よ。


「―――極大雷鳴剣ッ!!」


ゴドォン!!という雷が落ちたような音が聞こえた。
更には地面には圧倒的な地震のような衝撃がはしる。
砂煙と土くれが巻きあがり、いくつも木が吹き飛んだ。
私は荒い息をつきながら羽ばたき、砂煙が舞っている地面に着地する。
辺りは夜闇の上に砂煙のせいでほとんど視界が利かないが、私のあの一撃を食らった大鬼が生きている事はないだろう。
私は限界以上の気を使ったため身体の節々が痛むがその痛みを抑え、龍宮の元へ向かうことにした。

「待てや」

ゾッとするような低い声。
それが先ほどの大鬼のものだと判断する前に、私は横殴りの衝撃に襲われて吹き飛ばされた。
木に叩きつけられ、息が詰まる。
なんとか頭を打つ事は避けられたので意識を保つ事ができた。
ふらふらする思考の中、私はようやく大鬼に吹き飛ばされたのだと実感した。
「なかなか強い一撃やったな。ワシの両腕を吹き飛ばすか」
砂煙が晴れると、そこに立っていたのは両腕をなくした大鬼の姿だった。
胴体の武者鎧も半壊していたが、肉体に斬激が届くまで至っていない。
顔面は両腕を犠牲にする事で防いだらしく、傷一つなかった。
私は驚愕した。
いくらなんでも、分厚い鎧を着こんでいたとしても私の極大雷鳴剣をあれだけの被害で収めるなんて不可能だ。
そこで、私は一つの仮説に思い至った。

「……防御符か!!」

「そうや。実はワシ、以前神鳴流剣士に退治されたことがあったんやけどな。人間のくせに馬鹿げた攻撃力を持っとるさかい、どないしたらええんやと無い頭捻って考えたんやけど、やっぱし防御力を高める以外に手はない思うたんや。ま、今回はそれで正解やったみたいやけどな。召喚主には感謝せなあかんわ」
両腕の無い大鬼が迫って来る。
今の私は気を限界まで使っているため動けない。
翼を使うなんてもっての外。
翼も肉体と同じで動かそうとすると激痛が走るからだ。
その状態でまともに大鬼の頭突きでもくらったら、私の体は潰される。

文字通りだ。

「足だけにしといたる!感謝せえや!!」
グアッ、と振り上げられる巨大な足。
終わりか。
やけにすんなりとその言葉は私の胸の中を通り過ぎていった。
そしてその大鎚のような足が私に振り下ろされようとしたその時、大鬼がいきなりあらぬ方向を向き、足を止めた。
「……なんや、滅茶苦茶速いで?人間かアイツ」
そのまま私から足を離し、その方向に向き直る。
どうやら、大鬼は私よりも脅威になる何かを感じたようだ。
刀子さんか?高畑先生か?
やがて私にも気配が感じられるようになるが……速い。
大鬼が言うように滅茶苦茶速い。
私が速いと認識した時、既にそれはこちらに向かって突っ込んできたのだから。
「おごぉおおおおおおおおおッ!?」

横っ腹にそれが突っ込んだ。

それに身体をくの字にして吹き飛ばされる大鬼。
大鬼が回避行動を取らなかったのは、残り一キロ辺りの時点でいきなりそれが加速したからだろう。
明らかに音速を超える速度。
大気摩擦で燃えてもおかしくない速度。
だというのに、私の目の前にいる人は傷一つ無い。
さっきまで私の前にいた大鬼は遥か向こうに横たわり、今目の前にいるのはこの麻帆良の魔法関係者では知らぬ者はいない存在。
月光を受けて輝くのは銀髪ではなく色素が抜け落ちたかのような白。
同じく病的なまでの白さを持つアルビノの肌。
その口元には獰猛な笑みが浮かび、紅い目はがっちりと大鬼を捕らえていた。

「死ね、デカブツが」

たった一言。
彼がそう言い残して地面を爆砕するようにして蹴り、掻き消えた後、彼は大鬼の剥き出しになった腹を殴りつけた。
それだけで鬼は全身から血を迸らせ、この世界での最期を迎えて消え去った。
何故拳を打ちこむだけで全身から血が噴出したのか意味不明だったが、彼に常識を問うのは無意味だと知っている。
きっと、どんな常識だろうと『知るか』の一言で押し通すだろうから。
眼前で思いっきり血飛沫を浴びているのに、何故かそれさえも拒絶したかのように真っ白の彼は、私を見てにやりと笑った。
「お勤め御苦労サマ。後は俺がやっとくから、テメェは寝てろ」
その不敵な笑みに、私は口を開くこともできずに。
ただ安心したように笑って、意識を闇の中に沈めた。






SIDE 一方通行

危なかった。
まさかあんなバカでかい鬼が刹那とタイマンで勝負してたとは。
龍宮の連絡がなかったら絶対に遅れてたな。
目の前で気絶して白い翼を消した刹那を見ながら、俺は内心ではなく思いっきりホッとため息をついた。
東は俺とタカミチ、ガンドルフィーニで鎮圧し終わり、既に西の殲滅は終わりつつあり、主力は北に集中しつつある。
次第に第三防衛ラインが自動結成され、鬼どもは消滅するだろう。
龍宮の安否が気になるが、鬼に囲まれた程度で死ぬ奴じゃないことは知っている。
タカミチ達が救出するだろう。
……それにしても、と俺は鬼を絶命させた右手を見やる。

『血液逆流』

滅茶苦茶凶悪な上に超強い。
体表面の毛細血管から静脈の血の流れまで全て操れるとか、改めて俺の身体のチート具合を確信した。
遠距離からの攻撃も反射により不可能。
接近したら即死。
……チートだ。
とにかく、俺は一番近くにいる魔法生徒に声をかけることにした。
「……オイ、高音」
『なんですか!?ちょっと私忙しいんですけど!』
「そこから離脱してN31の2ポイント辺りに来い。魔法生徒が気絶してて動けそうにねェ。テメェが回収しろ」
『はあ!?ちょ、横暴ですよ!くっ、私はまだ戦えます!』
「テメェの所にはタカミチが向かってる。後は俺とタカミチ、ガンドルフィーニに任せて引け」
『ですが!』
「テメェらに無理はさせられねェ。さっさと引け!」
俺は強い口調で言った。
広範囲の攻撃を得意とし、物理攻撃もほとんど無効化する高音の操影術であるが、流石に数の暴力には逆らえない。
高音はともかく愛衣が心配である。
アイツは弱いからな。
高音はため息をついた後、
『……わかりましたわ。愛衣も離脱させますが、よろしいですね?』
「あァ、任せとけ」
携帯の通話を切り、俺は肩をぐるぐる回した。
タカミチとガンドルフィーニ、刀子にヒゲグラがいるとはいえ、鬼はまだまだいる。
取りこぼしがねェようにぶっ潰しておかねェとな。






~あとがき~

第10話をお届けしました。
今回はアクセラレータの報告、そして刹那の巨鬼との戦闘でした。
アクセラレータが有名になればなるほど、関西呪術協会にも情報が伝わり、その戦力を強化してくるだろうと考え、こういう展開になりました。
この後鬼たちはかわいそうなくらいにフルボッコされます。
アクセラレータ、タカミチといれば当然ですね。
この10話、またまたメモ帳で40キロバイトくらいになってしまい、急遽二つに切ったモノです。
第11話は今日中に投稿できるか不明ですが、もう仕上げの段階に入っていると報告しておきます。
次回、後日談です。



[21322] 第11話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/25 23:45
SIDE 桜咲刹那

ここは……病室?
私が目を覚ましたそこは、見慣れた病室だった。
見慣れた、というのは私が何度も無茶をしてここまで運びこまれたからだ。
今回も無茶をしたのか……と私は寝起きのぼんやりとした頭で思った。
確かこんな状況に言うべき名言があったはずだが……ぼんやりとしているせいで思い出せない。
そのまま体感的に十分ほどぼーっと虚空を見つめていた私だったが、何があったのか思い出してガバッと起き上がる―――。
「ぐっ……!?」
その時、激しい痛みが体を襲い、私は思わず体を強張らせてベッドに倒れた。

気を消費した反動が来ているのだ。

普段人間としての気を使っている私が、いきなり烏族の力を使うには少々無茶だったようだ。
あの時はやったこともない全力の極大雷鳴剣も放ってしまったし。
私の身体の内部はボロボロになっていることだろう。
それよりも、私は体の痛みより気にかかることがあった。

あの時大鬼を吹き飛ばして私を助けに来てくれた、アクセラレータのことだ。

私が翼をしまった記憶はない。
もしかしたら彼に翼を見られていたら、まずいことになる。
私が混血だと知っているのは関西呪術協会の連中、そして一部の上層部の人間だけだ。
混血とは忌み嫌われる存在。
彼が私の翼のことを誰かに尋ねているのなら、私が隠してきた翼が明るみに出る事になる。
覚悟はしていた。
だが、いざとなると不安になる。
今まで良くしてくれていた先生方に拒絶されるのが怖いのだ。
やはり、私は麻帆良を去らなければならないのだろうか。
重い気分になっていると、シャッ、と私の前にあるカーテンが開かれた。

「ああ、気がついたのね。具合はどう?」

その人は私がここに運ばれた時に応対してくれる看護師の女性だった。
名前も知らないが、魔法関係の人だ。
いつもながら私の外傷は見当たらないので、彼女が治してくれたんだろうと思う。
「身体のあちこちが痛いです。おそらく気を使いすぎたからだと思います」
「ええ、空っぽだったものねえ……限界以上の気を使ったでしょ?若い子にはよくあることなのよ」
そう、麻帆良に来る前は私もよくやった。
斬岩剣の練習をしているとき、気を大量に込めすぎて暴発してしまった時がある。
その後は一週間近く動けなくなり、師範には酷く叱られたものだ。
それの特大版、という所だろう。
「高畑先生たちも心配してたわよ?」
「……あの、アクセラレータさんは……?」
女性は首を傾げた。
「ここにあなたを運びこんできたのは高音さんだったし、それから来た人達の中にアクセラレータさんはいなかったわね。白い髪の人でしょ?」
女性の問いに頷きながら、その高音さんという人には改めて礼を言っておこうと思った。
「今の時刻はいつでしょうか?」
「ええと……朝の九時よ。学校はお休みになってるから、今日一日はきっちりと休みなさい。明日になったら身体の痛みもほとんど引いてると思うから」

本当にそうなら、この人はかなり医療術の使い手ということになる。

気を使いすぎた激痛を癒すにはそれ相応の知識と技術がいるからだ。
「……ありがとうございます」
「いいのよ、戦うのがあなたたちの仕事なら、私は治すのが仕事だから」
それもそうだと思い、私は少し硬い枕に頭を沈めた。
私の身体はよほど睡眠を欲していたのだろう、カーテンが閉まる音を聞いた直後に意識が落ちた。






次に目覚めた時、私はいきなり度肝を抜かれる事になった。

「おォ、起きたかよ」

「ッ!?」
びくぅ!!とその声に驚いてしまい、激痛に苛まれてしまう体にうめく。
私が痛みを堪えながら声がした方を向くと、そこにはパイプ椅子に腰掛けてにやにやと笑っている白い男。
アクセラレータがいた。
「なっ、な、なんでここに……!?」
「どォでもいいだろ、ンな事。あァ、そう身構えンな。テメェにちょっと聞きてェ事があるだけだ」
寝起きで混乱する頭の中で、何故か最後の言葉だけはするりと頭の中に通った。

聞きたいこと。

おそらく、あの事に違いない。
私が喋る前に、アクセラレータは掌の上にある拳大の機械を見せてきた。
「こいつはとある発明家が発明した音波遮断装置でな。ある一定範囲の音を外に漏らさない機械だ。俺とテメェの話は一切外には漏れねェから気にすンな」
まるで、私が話す事がわかっているような口ぶりだ。
もしかしたらもう学園長に聞いてしまったのだろうか。
私は気持ちを落ちつけるために一度深呼吸をして、アクセラレータを見つめた。
私が落ちついたのがわかったのだろう、彼もいつもより幾分か真剣な声で尋ねてきた。

「あの白い翼はなンだ?」

やはり、見られていたか。
当たり前か。
最後の会話を思い出して見ると、あの時アクセラレータはばっちりこちらを見ていた。
その時はまだ翼をしまっていなかったのだから、当然だ。
「……あなたは人以外の種族を知らないかもしれませんが……私は烏族と呼ばれる人外と人間との混血です」
それ自体には全く驚きを示さなかったアクセラレータは、疑問そうに眉を寄せた。
「ウゾク……烏?カラスか?カラスだったらなンで翼が白いんだよ?普通カラスは黒いモンだろ?」
その質問は正直答えるのが躊躇われる。
だが、答えなければこの人は絶対に納得しないだろう。
私は彼の視線に観念する事にした。
私の顔は自然に俯く。
「突然変異なんです。もしかしたら混血だからかもしれませんが……百年に一度くらい、白い翼の烏族が生まれるそうです」
「ほォ……なるほど。アルビノと同じってことか」
「はい」
で?と彼は膝に頬杖をついて追求して来る。
「そのアルビノの烏族と人間の混血が、どォしてこんな所にいンだよ?俺だったらそんな貴重な存在をわざわざ人里に手放そうとは思わねェけどな」
やはりそこに踏み込んで来るか。
彼はやはり頭の回転が速い。

隠し通す事はできなさそうだ。

「……白い翼は、烏族にとっては禁忌なんです。それに、私は人間との混血だったから……里を追い出されて路頭に迷っている所を拾われて、今はここにいます」
かなり端折ったが、私の生涯を短く言えばこんなものだろう。
迫害されて里を追い出され、拾われたのが長だった。
流石に、このかお嬢様のことまでは言う気にはなれないが。
私が俯いた顔を上げると、そこにはまさしく『ふーん』という言葉が似合いそうな表情をしているアクセラレータの姿があった。
あまりにも無関心そうなその顔を見て、逆に私が戸惑ってしまった。
「あ、あの、なんとも思わないんですか?私はあなた達のような人間とは違うバケモノなんですよ?怖いとか思ったりしないんですか?」
「……はァ?」
アクセラレータは心底理解できないみたいな声を上げると、

いきなり立ち上がって私の両頬を掴んでむにむにと引っ張り始めた。

いきなりの意味不明な行動に目を見開いていた私だったが、やがて襲ってきた痛みに悲鳴を上げる。
地味に痛いのだ。
というより、身体が、身体がァッ!?
「ひ、ひひゃいへふ!ひゃ、ひゃめふぇー!」
振り払おうとしても激痛が走るのでペシペシとアクセラレータの身体を叩く事しかできない。
しばらくむにむにとした後に、彼は私の額をチョップで叩いた。
「はうっ!?」
何故彼のしょーもない攻撃はこんなに痛いんだろう。
とにかく抗議の篭った瞳で私はアクセラレータを睨むが、そこにいたアクセラレータは呆れたような顔をして私を見下ろしていた。
「あのな、バケモノは『ひひゃいへふー』とか、『はうっ』とか言わねェンだよ。バケモノってのは際限なく破壊を生み出す存在やらいくら殺しても死なねェとかそういう奴等を指すンだよ。たかが翼が生えたくらいで何バケモノ気取ってやがる。空を飛ぶ事くらい魔法使いにだってできるだろうが」
「た、たかが翼って……」

愕然とした。

今まで私の翼の存在を認めてくれたのは長や一部の人のみ。
それ以外の人や烏族は私の翼を禁忌として、汚れた者として侮蔑の視線を送って来ていた。
翼の事を言われたのも少なくない。
だというのに、この人は翼が生えたくらいなんだ、と言っている。
翼が生えるのと空を飛ぶ魔法使いを同列に見ている。
記憶喪失をしているからこその価値観かもしれないが……私はそんな横暴な考えに触れた事がなかった。
私がいまだ呆然としていると、彼は私の頬を両手でバチン!と挟んだ。
「ふぁうっ!?」
「それになァ、バケモンはテメェの目の前にいるだろうが。どんな物理攻撃も効かない、無詠唱でとんでもねェ魔法を使う、気も魔法も使わずにその現象を起こす、7メートル近くある大鬼を一撃で殺す俺のどこが普通の人間だ?」

……確かに。

なんだかよくわからないから放置していたが、確かに彼の力のほうがよっぽどバケモノに近いかもしれない。
「……そこで納得するってのァテメェが図太いって証拠だな」
そう言って彼は私の頬から両手を離した。
何時の間にか表情に出ていたらしい。
慌てて謝るが、彼は気にするなと手を振った。
「言い出したのは俺だからな。とっくに自分がバケモノだってくらい自覚してるンだよ。お前がそう思ってたようにな」
彼はにやっと笑みを浮かべた。
それは私が気絶する直前に見たあの悪魔的な笑みではなく、どこか人を安心させるような笑みだった。
はたから見ればとても区別はつかないが、なんとなく私にはわかった。
「テメェのバケモノの定義がどんなモンか知らねェが、テメェの台詞は本物のバケモノを知らない奴の台詞だ。本物のバケモノはただ翼が生えてるどころじゃねェ。見た瞬間に恐怖するモンをバケモノってンだよ。人間でもバケモノみてェに強ェ奴はいるし、バケモノみてェな姿に変えられちまう奴だっている。テメェは恵まれてンだぜ?」
そこで何故か、彼は寂しげな表情を浮かべた。
いつか見た、世界樹の上でのあの表情だ。
「断言してやる。ただ翼が白いとか混血とかだけでバケモノになるんじゃねェ。翼が白くなくて純血だとしても百人千人殺してる奴の方がよっぽどバケモノだ。そこまでテメェは堕ちちゃいねェだろ?」
そう言うと、彼は立ちあがった。
若干その顔が赤いのを見ると、照れているのだろうか?

「テメェの翼をバケモノ呼ばわりする奴がいたら俺の前に連れて来い。そこで本物のバケモノって奴をみせてやるからよ」

彼は私が何も言えないまま、機械のスイッチを切るとカーテンを開けて外に出ていった。
「あら、もういいの?まだ彼女起きてなかったと思うけど?」
「いいンだよ、言いてェことは今度言うさ」
どうやら本当に会話は聞こえていなかったらしい。
女性にそう言い残し、アクセラレータは病室から出ていった。
今思うと、ここは病室ではなく保健室なのかもしれない。
カーテンの向こう側にあの女性もいるし。
ようやく思考が始まってくるのを感じると、私は彼の言葉を思い出す。

本物のバケモノ、か。

あなたはどれだけの人を殺して来たんですか、アクセラレータさん。






SIDE 一方通行

少し迷ったが、俺は刹那の所に行くことにした。
なんと言っても翼を見てしまったし、動くのもキツいそうだから俺のところに来させるのもなんだかアレだし。
だから俺は高音に聞いて刹那の病室にやってきたのだが、コイツ寝てやがる。
疲労してるから当然と女性の治療術師が言っていたが、せっかく尋ねてきてやったのにこれはないだろうと俺の自己中心的理論が爆発した。
寝ている間に落書きでもしてやろうと思ってマジックを取り出したのだが、その直前に瞼がピクリと動いた。

チッ。

俺は舌打ちすると、目を薄く開いた彼女に問い掛けた。
「おォ、起きたかよ」
「ッ!?」
何故か刹那はそれに過剰に反応し、びくぅ!!と竦み上がった。
何がそんなにビビったのかね。
しかも痛むのかうぐぐと唸りながら震えている。
痛みを抑えながら、とでも言うのだろうか。
そーっと、という言葉がピッタリな動きで刹那はこちらの方を向いた。
彼女の顔は動揺の一色で染まっていた。
「なっ、な、なんでここに……!?」
「どォでもいいだろ、ンな事。あァ、そう身構えンな。テメェにちょっと聞きてェ事があるだけだ」
そう言って、俺は掌の上にある拳大の機械を見せた。
「こいつはとある発明家が発明した音波遮断装置でな。ある一定範囲の音を外に漏らさない機械だ。俺とテメェの話は一切外には漏れねェから気にすンな」
実を言うと、今日の朝にハカセから借りてきたのだ。
ふふ、持つべきものは友だ。

ちなみに彼女が尊敬する人はアキハ○ラアトムと早乙○博士らしい。

一番にアキハ○ラの名前が出て来る所は流石と言わざるを得ない。
この名前を知らない人はググってみよう。
お母さんに聞いても知らないだろうから聞いたらだめだぞ。

……それはともかく。

俺はようやく俺がいるという状況を受け入れたのか落ちついてきた刹那の様子を見てから、シリアスな顔で尋ねた。
「あの白い翼はなンだ?」
すると、刹那は納得したような表情をした。
やっぱり、という感じだ。
少し悩むような葛藤を見せたが、この俺相手に隠し事は不可能だと考えたらしい、ぽつぽつと話し始めた。
「……あなたは人以外の種族を知らないかもしれませんが……私は烏族と呼ばれる人外と人間との混血です」
「ウゾク……烏?カラスか?カラスだったらなンで翼が白いんだよ?普通カラスは黒いモンだろ?」
それは彼女の内に踏み込む言葉である。
それを知っていて、俺はそう言った。
卑怯かもしれない。
だが、彼女が彼女自身を認めてくれる人間がいる事くらい知って欲しい。

アクセラレータのぶっきらぼうな言葉でも。

俺が真剣な目で彼女を見つめていると、刹那は観念したように俯いて、ぼそぼそと話し始めた。
「突然変異なんです。もしかしたら混血だからかもしれませんが……百年に一度くらい、白い翼の烏族が生まれるそうです」
「ほォ……なるほど。アルビノと同じってことか」
「はい」
そこは新事実だ。
混血だから生まれるかもしれない突然変異か。

純血の烏族とは違う人間の血が混ざるから変異が起こりやすいのかね。

……解析はともかく。
で?と俺は膝に頬杖をついて追求した。
「そのアルビノの烏族と人間の混血が、どォしてこんな所にいンだよ?俺だったらそんな貴重な存在をわざわざ人里に手放そうとは思わねェけどな」
すると、刹那はつらそうな顔をした。
これは彼女の過去をえぐる言葉だ。
知っていて言うんだから、俺もあくどいよな。
「……白い翼は、烏族にとっては禁忌なんです。それに、私は人間との混血だったから……里を追い出されて路頭に迷っている所を拾われて、今はここにいます」
傍から見れば非常に涙ぐましいエピソードであるが、俺にとっては涙を流すどころか『ふーん』と無関心に流すくらいの出来事でしかない。

なにせ、そんな子供の末路にしては今の刹那の待遇は奇跡のように良いものだから。

そんな事を思っていると、刹那は戸惑ったように俺に聞いてきた。
「あ、あの、なんとも思わないんですか?私はあなた達のような人間とは違うバケモノなんですよ?怖いとか思ったりしないんですか?」
「……はァ?」
やっぱそう思ってんのかコイツは。
しょーがない。
俺は立ちあがると、いきなり刹那のほっぺたを摘んでむにむにしてやった。
「ひ、ひひゃいへふ!ひゃ、ひゃめふぇー!」
振り払おうとしても激痛が走るのでペシペシと俺の身体を叩く事しかできない。
お、なんか楽しい。
ていうか涙目の刹那ってなんかこう、クルものがあるな。

やべえ、もっといじめたくなってくる。

俺もアクセラレータもSのせいか非常にこういうイジメはハマる。
エヴァや高音をいじってる時なんて至福の一時だ。
まあ、こういうのもやりすぎては嫌われるため、俺は仕上げとばかりにチョップをかましてやった。
「はうっ!?」
刹那は頭を抑えた後、抗議の篭った瞳で俺を睨んでくる。
予想通り、と俺は刹那を見下ろしてから、言ってやった。
「あのな、バケモノは『ひひゃいへふー』とか、『はうっ』とか言わねェンだよ。バケモノってのは際限なく破壊を生み出す存在やらいくら殺しても死なねェとかそういう奴等を指すンだよ。たかが翼が生えたくらいで何バケモノ気取ってやがる。空を飛ぶ事くらい魔法使いにだってできるだろうが」
「た、たかが翼って……」
刹那は驚いているようだが、一般人……いや、元一般人の俺からして見れば翼くらいなんだと言いたい。
垣根帝督に比べれば刹那の方が何倍も良い人だ。
それに、翼を展開して身体能力が上がる程度ならかわいいものだ。
あっちは『未元物質』なんて意味不能力を使ってくるからな……あっちの翼の殺傷能力に比べれば刹那の翼はまさしく天使そのものだろう。
俺の言う事が信じられないのか刹那はまだ呆然としていたので、俺は喝をいれるためにその両頬をバシンと挟んだ。
お、いい音。
「ふぁうっ!?」
「それになァ、バケモンはテメェの目の前にいるだろうが。どんな物理攻撃も効かない、無詠唱でとんでもねェ魔法を使う、気も魔法も使わずにその現象を起こす、7メートル近くある大鬼を一撃で殺す俺のどこが常識人だ?」
俺が言った後、何故か刹那はうんうんと頷こうとした。
「……そこで納得するってのァテメェが図太いって証拠だな」
そう言って俺が手を離すと、刹那がペコペコと謝ってきた。
俺は気にするなと手を振った。
「言い出したのは俺だからな。とっくに自分がバケモノだってくらい自覚してるンだよ。お前がそう思ってたようにな」
俺はにやっと笑みを浮かべた。
そう、俺の方こそバケモノだ。
最早鬼を叩き潰すことに罪悪感や嫌悪感すらわかない。
生死についての感覚が曖昧になってきているのがわかる。
アクセラレータが内包する闇ってもんは、どうやら一般人を侵食してきてしまうものらしい。
日々、それに恐怖を覚える。
力を得るためにはリスクが必要だとわかってはいたが、いつ『自分』というものが消えてしまうか、恐ろしい。
ガチン、と何やら“聞こえない音”がする。
この自分が自分でなくなるような感覚。

来たか、『一方通行』。

何か言いたい事があるみたいだ、と思い、俺はその虚脱感に身を委ねた。
俺の口が勝手に滑り出す。
「テメェのバケモノの定義がどんなモンか知らねェが、テメェの台詞は本物のバケモノを知らない奴の台詞だ。本物のバケモノはただ翼が生えてるどころじゃねェ。見た瞬間に恐怖するモンをバケモノってンだよ。人間でもバケモノみてェに強ェ奴はいるし、バケモノみてェな姿に変えられちまう奴だっている。テメェは恵まれてンだぜ?」
俺の記憶……正確には一方通行の記憶だが、その中には人体実験ってのは腐るほどあった。
それこそファンタジーに出てくる典型的な『人外』に改造された人間だっていた。
泣き叫びながら死んでいく奴だっていた。
生きている。
何の不自由もなく生きている。

“それだけの事実がどれだけ得難い幸福か、コイツは知らない”。

「断言してやる。ただ翼が白いとか混血とかだけでバケモノになるんじゃねェ。翼が白くなくて純血だとしても百人千人殺してる奴の方がよっぽどバケモノだ。そこまでテメェは堕ちちゃいねェだろ?」
その通りだ。
刹那は人を切ったことがないはず。

ならば、一万人以上殺してきている一方通行の方がバケモノなのには違いない。

一息ついた後、俺は自分の体を確かめるように拳を握った。
彼も刹那に何かを感じたのだろうか。
俺がここにやってきたのはそれが理由なのか?
一方通行が何か言いたくなったからなのだろうか?
自分の行動が時折わからなくなる。
これが憑依の弊害って奴なのか?
そんな事を思っていると、今言った台詞が無性に恥ずかしくなり、俺は踵を返す。

だが、とりあえず最後にこれだけは言わせてくれ。

「テメェの翼をバケモノ呼ばわりする奴がいたら俺の前に連れて来い。そこで本物のバケモノって奴を見せてやるからよ」
そんな差別をする奴は俺は許しておけない。
一般人のケツの青い正義感だということはわかっている。
だが、どうも一方通行も俺と同じようなそれを持っているようだ。
ならば、彼と共に怒るべきだろう。
そう俺は自己中心的思考に貶められながら、機械のスイッチを切ってカーテンの外に出る。
そこには女性の医療術師がいた。
「あら、もういいの?まだ彼女起きてなかったと思うけど?」
「いいンだよ、言いてェことは今度言うさ」
適当な事を言って、俺は保健室の外に出る。
保健室のドアを閉めて歩き出そうとすると、そこにはエヴァが立っていた。
まだ授業サボタージュしやがったな。
彼女は仁王立ちになりながら、何故か不満そうに俺に尋ねて来る。
「……何をしていた?」
「こンな所に来るンだ、昨日の事も考えれば目的は一つしかねェだろ?」
「わからんから聞いている。……貴様、桜咲刹那に助言していたな?」
何故エヴァにそれを問われなければならないんだ?
俺はエヴァの不可解な行動に内心で首を捻りながら、正直に答える。
「まァ、助言だな。それとテメェは知ってるだろうアレうんぬんの話だ」
「アレか。それにしても、貴様が助言するなんて珍しいじゃないか。惚れたのか?」
「くだらねェ」
惚れた?
だから助言する?
くっだらねェ。
惚れたんならもっと具体的に助言するし、もう少しマシな応対の仕方をする。
それに、相手が弱っている所につけこむみたいで、俺は嫌だ。

もっとピュアな恋愛が良い。

……アクセラレータには無理な話かも知れないが。
俺が照れ隠しではなく本気で不機嫌になったのを察したのか、エヴァはそれ以上問い詰めずに踵を返して階段を上がっていった。
本当になにがしたかったんだろうな、エヴァは。
胸クソ悪ィ。
俺はそう呟くと、手身近にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

私は屋上から奴が校舎の中に入って来るのが見えた。
こんな昼間から……ジジイにでも呼び出されたのか?
私のその内心の考えは覆され、奴は保健室に向かった。

保健室?

風邪でもひいたんなら病院に行けば良いのに。
そう単純に思った私だったが、保健室に入っている奴に覚えがあった。
昨日の停電騒ぎだ。
過去最高とも言える戦力で攻めこんできた関西呪術協会の過激派は、後一歩の所でアクセラレータを始めとする最強クラスの面々にボコボコにされて帰っていった。
まあ、アクセラレータとタカミチが同時にいる時に攻めこんではダメだな。
せめてタカミチがいない時に攻めれば良いのに。
アクセラレータはここに住みついて離れないしな。
まあ、停電というのは確かに学園結界がなくなって良いが、あれは妖怪の出現を抑えるのが主な機能で、他には探知系の術式くらいしか込められていない。

よって、召喚される鬼の数や力などには全く影響しないのだ。

探知されにくいという利点もアクセラレータの尋常ならざる探知能力でバレるのは必死。
面白そうだからジジイの所で戦闘を見物させてもらったが、奴の戦闘は出鱈目が実体化して歩いているようなものだった。
ベクトルの向きを操作すると言う能力がここまで強いとは。
どんなベクトルを操作しているのか知らないが、奴は近接戦闘中は凄まじい速度で動く。
連続瞬動ならず無限瞬動だ。
あれが奴の通常移動速度なのだから笑えない。
そしてこのごろ筋力が上がり、タカミチに体術を習うようになってきたせいかパンチの威力がかなり上がってきている。
普通に殴っても鬼の上半身を丸ごと吹き飛ばすような威力だったしな。
それに、奴の表情を見るとあの掃討戦も近接戦闘の実験みたいな感覚だったように思えた。
そして龍宮真名からの情報を受け取った後。

アレは凄かった。

タダでさえ速い速度がもはやズームアウトしなければ視認もできないくらいに速くなった。
お遊びはここまでだ、とばかりに速度を増したアクセラレータは誰にも止められるようなものではなかった。
あらかた駆逐すると後はタカミチに任せ、奴は一気にその場を離脱する。
その速度も音速を遥かに超えた動きを見せていた。
一瞬だけだが、桜咲刹那を追い詰めていたあの大鬼に到達する1キロ手前から音速の三倍以上の速度が出ていたとジジイが言っていた。
どんなベクトルをどう使ったらそんな動きができるのか、今度じっくり確認する必要がありそうだな。
そして、最後に今度は殴りつけるだけで大鬼の身体を不自然に爆砕させた。
と言っても肉体が内部から膨れ上がった感じだったので、炎属性による爆発ではなさそうだ。
あれもベクトルを操作したのだろうか。

まったく、なんでああいうことばかり応用を思いつくのだろうな、奴の脳は。

ま、そんな所を見ていたおかげで、私はこの中等部の保健室に桜咲刹那が運び込まれた事を知っている。
そこに奴が向かったのだから、刹那の翼の話に違いない。
ジジイは既に詠春の奴から話を聞いているようだった。
でなければ判断にも困る場合があるだろうからな。
私は刹那とアクセラレータが話をしている光景を見て、どうにも面白くない感覚を抱いた。

あの桜咲刹那には未だに近衛このかに隠し事をしている負い目と自分の生まれによる差別から自分に自信が持てないでいる。

それから来る研ぎ澄まされた刀のような気配に、私は共感を覚えていた。
それが、奴によって崩されるのではないのか。
奴によって、何か特別な価値観がもたらされるのではないか。
奴には全ての常識や感性が通用しない。

それ以上に、無意識だ。

奴は自分の言葉が他人に与える影響を全く考慮していない。
だから、結果的に私は奴が桜咲刹那を救ってしまうのではないか、と思っていた。
それは面白くない。
なんだか、非常に面白くない。
そんな事を思っていると、私は何時の間にか保健室の前に立っていた。
そして、アクセラレータが眼前にいた。
考え事が自然と行動に移っていたか……私らしくないな。
私は内心のイライラを隠そうともせずに、アクセラレータに尋ねた。
「……何をしていた?」
すると、コイツはとぼけたように答えた。
「こンな所に来るンだ、昨日の事も考えれば目的は一つしかねェだろ?」
「わからんから聞いている。……貴様、桜咲刹那に助言していたな?」
それしかない。
私は確信していた。
奴は図星なんだろうが、それ以上に私がそんな事を聞いて来るのが疑問だったのだろう、少し眉根を寄せていたが、正直に答えたようだった。
「まァ、助言だな。それとテメェは知ってるだろうアレうんぬんの話だ」

アレ。

つまりは、桜咲刹那の翼の事だろう。
「アレか。それにしても、貴様が助言するなんて珍しいじゃないか」
ここで、私は私自身も思わぬ事を口にする。
「惚れたのか?」
「くだらねェ」
即答だった。
というか、今私はなんでこんな事を聞いた?
目の前のアクセラレータから闇のオーラのようなものが徐々に漏れ始めているのがわかる。

このままいるとまずい。

私でも、コイツの陰湿な闇には敵わないのは百も承知だ。
600年生きてきたが、コイツの種類の闇は初めて見る。
底が見えず、どこまでも深淵。
それが恐ろしくなって、私の体は少し強張った。
私はそのままその場の雰囲気に耐え切れず、逃げるようにその場を去った。
私は混乱していた。
どうして、私はあんな事を聞いたのか。

何故だろう。

わけがわからなかった。
私は腹いせに、屋上の扉を思いっきり蹴り飛ばした。
跳ね返って来たので、今度は回し蹴りで蹴り飛ばしてやった。






~あとがき~

できる限り更新します、作者です。
自分でも思いますが、今日の執筆速度は異常ですねwww
やはり刹那が私のキーポイントですね。
明日更新できないかもしれませんので、これで勘弁してください。

えー、あれだけ説教自重とかぬかしておきながらまた説教っぽいことになってしまいました、すみません。
刹那って頑固ですからあれくらい言わないとダメかと思いまして。
なんとか『一般人』と『一方通行』の区別をしたうえで、人格を乗っ取られる『一般人』の心境を書いたつもりです。
実は彼も内心でオドオドしてたりします。
エヴァはアクセラレータと自分が似ている事を肯定しているため、そんな存在が人を救うということができるという事実を否定し、それをしようとしているアクセラレータに嫉妬してます。
同族であるが故に気になりますが、同時に少し違うので嫌悪する……そんな複雑な関係です。

次回から麻帆良祭編です。
プロットがもの凄い事に……一応、これまで出てきたすべてのキャラを出すつもりになっています。
応援、よろしくお願いします。



[21322] 第12話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:42
SIDE 一方通行

さて、停電騒ぎからしばらくが経過したある日。
それはなんと麻帆良祭の前日であった。
あれから数ヶ月。

またもや俺は進化していた。

俺の身長は更に伸び、現在174cm。
体格もそれなりに男らしいものになってきており、半年前の枯れ枝のような俺とは思えない身体だ。
いやぁ、地道な努力って大事だな。
俺は今日の朝も地道にジョギングしアスナと雑談と交わし(驚くべき事にまだ俺が白髪の男だという事がばれていない。もはやここまで来れば奇跡)、筋トレをしてタカミチ直伝の気の操作方法を行った結果、気についてはなんとなく掴めてきていた。

ただ、とんでもないなんとなくである。

難しい文庫をちらっと読んでその人物の人格を把握しろ、というくらいなんとなくである。
実際、ほとんど掴めていない。
まだそれで身体能力を強化するとかはできないが、もともと反射があるのでそれは心配していない。
無論、気でできることはベクトル操作でもできるし、そう焦る事はないと考えている。
瞬動はベクトル操作による突撃で何とかなる。
虚空瞬動も、やはり風をベクトル操作し、竜巻を翼のように出力して空中を自由に移動できるようにすることで解消した。
重力を軽減するのも考えたのだが、こっちの方が使い勝手が良いためだ。

ベクトル操作、マジパネェ。

ただ、そのために演算範囲を削られてしまうため、空中移動中は攻撃し辛いというのが現状だ。
できる限り俺は地上にいるのが一番良いらしい。
更に、タカミチからちょっと武術などを齧り、体術についての訓練も行うことで奇妙な動きをする中国拳法に対抗する術としている。

まだ素人であるが。

ついでにベクトル操作で体内電気を操作し、反射神経も人間の限界、神速のインパルスを完全に超える事が可能になった。
現状、タカミチの居合拳も避けられるようになっている。
見えない拳なら拳圧が来る前の風圧を反射した時点でその位置を特定し、避けるという超絶な絶対回避方法を学んだのだ。
もっとも、反射があるためあまり必要な技能ではないが。
その反射神経向上のおかげで俺の格闘能力は更に上昇し、タカミチ以上のガチンコパワーファイターとして認識されるようになった。
見違えるよ、とタカミチやガンドルフィーニにも言われた。

自分でも見違えるんだから、間違いない。

つーか、アクセラレータって中性的だから黙ってればイケメンなんだよな。
そう、黙ってればの話だ。
試しに鏡の前で笑ってみたが、どう足掻いても悪魔の笑みにしか見えなかった。
くそう、黙っていてもダメじゃねえか。
別にナンパをするわけでもないのに、俺はそんな事で落ちこんだりもしていた。
さて、麻帆良祭の時期になるとお祭り騒ぎになるため馬鹿げたことをしでかす奴らも多くなる。
ここぞとばかりに悪質なナンパをする連中もいるので、広域指導員の出番でもある。
このところ俺のおかげで治安が良くなったとタカミチや新田が言っていた。

鬼の新田、存外話せるいい先生だった。

やはり厳しくするのは生徒のためなんだな、と少し感動していたりもした。
甘酒を飲まされそうになったのは良い思い出である。
飲んだが。
麻帆良祭では前夜祭ですらハイテンションでお祭り騒ぎなので我々指導員も大変なのだ。
準備期間ですら補導される連中が後を立たないというのに、祭りが始まったらどうなる事か。
これからの忙しさにナーバスになりながらも、俺は街を当ても無くスタスタと歩いていた。

大覇星祭と比べるのは間違っていると思うが、それに比べれば小規模だ。

だが、工学部とかが惜しげも無くトンデモ技術を披露するので派手さではこちらの方が上かもしれない。
……いや、規模が違うから向こうが上か。
軍事演習とかもやってるっぽいしな。
さて、原作では告白がどうのという奴があったが、あれは22年に一度の現象であり、今回は見回りをする事くらいしか仕事が無いため、タカミチや高音達も結構のんびりと麻帆良祭を楽しめるとのこと。
俺的にはさっさとアトラクション制覇して世界樹の上でまったりと昼寝なんかしたいんだが。
こういう祭りは大勢で騒ぐからこそ楽しいのであり、あまり大勢友達がいないし騒ぐ性格でもない俺としてはあろうがなかろうがどちらでもよろしい企画なのだ。

暗くなりつつある夜空を照らすのは学生達が灯す光。

高音、愛衣、刹那、龍宮などもそれぞれ準備に忙しいらしい。
これから徹夜する所も少なくない、とのことだ。
ちなみにエヴァはサボっている。
彼女の事だ、どうでもいいと思っているのだろう。
代わりに茶々丸が2-Aに付き合っているらしいが。
前夜祭とか言ってられない忙しさらしいので、学生達の間で過労死が……起きた事はない。
麻帆良と言う所は不思議だ。
夜空に花を咲かせるのは打ち上げ花火。
それより夕日の方が綺麗だな、と思いつつ、俺は自分のルートの見まわりを続けるのだった。






前夜祭が終わった。
バカ騒ぎして裸になった野郎どもを数人鎮圧した。
羽目を外し過ぎないように厳重注意するだけにしておいたのには感謝されるべきだと思う。
俺が介入する事で空気がぶち壊しになるし、彼等のとっての不幸中の幸いといった奴だろう。

ま、恨まれるんなら叩き潰すまでだが。

爆音が聞こえたので見上げると、麻帆良航空部のレトロな感じの飛行機が青い雲一つない空を煙で彩っていくのが見えた。
『只今より第77回麻帆良祭を開催します!!』
「ハイハイ、ご苦労サマ」
なんとなく答えたい気分だった。
目の前を見ると、仮装パレードが行われているのが見えた。
巨大な実物大ティラノサウルスが歩いているのを見ると、流石に顔が引きつってしまう。
しかも原作じゃあんなもんが暴走するんだから何が起こるかわからない。
普通死者がでてもおかしくないんだが、ご都合主義こそがこの麻帆良の代名詞。
死者どころか怪我人もでない。

いろんな意味で卑怯である。

さて、そんな俺はとある場所に向かっていた。
世界樹前広場である。
何故にそこに向かう必要があったのか、それは目の前にいる二人のせいだった。
「あーっ、アクセラレータさん、こっちですよ!」
「……約束は破らないっていうのは本当でしたね」

そう、愛衣と高音である。

ぶっちゃけ二人と一緒に学祭を回らないかと誘われたのだ。
俺としては広域指導員の仕事なんざ暇つぶしに過ぎないので、本当はこの時間は見まわる時間なのだが俺はサボることにして彼女らと回ることにしたのだ。
愛衣は無邪気で元気な彼女らしい活発な格好だ。
赤色系統の服を好むらしく、ピンクのロゴ入りのシャツに赤を基調としたミニスカートをはいていた。
……しかしスカートが短過ぎるだろ。
対して高音は黒色が好みのようで、落ちついた感じの大人っぽいロングスカートをはいていた。
普段の制服と余り変わらない気がするが、突っ込まない方向で。
俺は普段通り、モノクロを基調としたシステマチックな服装だ。
白い頭にはやっぱりモノクロが合う。
俺は軽く手を振りながら、二人に合流した。
「どォも。しっかし麻帆良祭ってなァ派手だな?人が多くて目が回っちまう」
「この程度で目が回ってたら最終日には気絶してしまいますよ?最終日にはこの世界樹が光り輝いてそれはもう最高の盛りあがりをみせるのですから」
高音が目の前にある世界樹を指差した。

確かに、光り輝く世界樹ってのは見てみたいな。

「俺は初めてだから、案内頼むぜ」
「はーい!お姉様、予定だとあそこでしたよね?」
「ばっ、愛衣!予定を組んでるなんてバレたら誤解されるでしょ!?」
しっかり聞こえてるんだが。
ま、生真面目な高音のことだ、親切心が沸いて俺に麻帆良の全部のアトラクションを紹介する気なのだろう。
途中で抜けるわけにはいかんので、ちょっと覚悟を決めなければならないようだ。
俺はまず見えてきたアトラクション、『ギャラクシーウォー』を見て、ちょっと湧き立つ心を抑えながらため息をつくのだった。






SIDE 佐倉愛衣

ほ、本当にアクセラレータさんが来ちゃいました。
ガンドルフィーニ先生から『彼は約束はキチンと守るから』と言われたので昨日の内に今日の十時から麻帆良祭を一緒に回りませんかと彼に訪ねたところ、二つ返事でOKでした。
普段戦闘でお世話になってる……というのもなんだかおかしいかもしれませんが、とにかくお世話になっているアクセラレータさんにはこう言う形でお詫びをしなければならないのです。

他意などないのです。……です。

お姉様はしきりにそう言いながらやけに楽しそうにナツメグちゃんから麻帆良祭にある主なアトラクションのデータをもらいながら予定を組んでいたのをよく覚えています。
実際、私もいつもアクセラレータさんの足手まといばかりなので、何かお返しができればなあと思っています。
それが、いつもつまらなそうにしているアクセラレータさんを楽しませると言う事でした。
お姉様が予定を組んで場所に案内し、私が場所について紹介する。
二人で一つの恩返しです。

他意はないのです。

そう思ってると、アクセラレータさんが軽く手を振って挨拶してきました。
「あーっ、アクセラレータさん、こっちですよ!」
「……約束は破らないっていうのは本当でしたね」
呟かないでくださいお姉様!

私だって本当はそう思ってますけど口に出さないんですから!

アクセラレータさんはその台詞には気にした様子がなく、それよりも周りの人の多さの方が気になるようでした。
「どォも。しっかし麻帆良祭ってなァ派手だな?人が多くて目が回っちまう」
確かに、アクセラレータさんは余り人気のない昼間とか、夜間とかを警備したりしてましたから人の多い麻帆良というのはあまり馴染みがないのかも知れませんね。
「この程度で目が回ってたら最終日には気絶してしまいますよ?最終日にはこの世界樹が光り輝いてそれはもう最高の盛りあがりをみせるのですから」
それはそうです!
ホントに世界樹が光り輝く景色は幻想的の一言に尽きます!
それにあの達成感と開放感といったらもう、病みつきになっちゃいそうなんです!
逝ってる?

それを言ったらお終いですよ!

お祭りの雰囲気に当てられたのか私の気分が高潮していくのを感じていると、辺りを見回していたアクセラレータさんがこっちを向きました。
「俺は初めてだから、案内頼むぜ」
お安い御用です。
「はーい!お姉様、予定だとあそこでしたよね?」
「ばっ、愛衣!予定を組んでるなんてバレたら誤解されるでしょ!?」
誤解?
どんな誤解なんでしょう?
それになんだかアクセラレータさんが苦笑いしてますけど、なんなんでしょう?
と、とにかく案内です、案内。
私は一番近くにあるアトラクション、『ギャラクシーウォー』を指差して、そっちに進もうとしますが……。
「ちょーっと待ちなさい!」
お姉様に襟元を掴まれて引き戻されてしまいました。

なんですか、お姉様!

「この麻帆良祭での特徴はとんでもない技術のアトラクションだけにあらず、ですよ。辺りの人達を見てください」
「あァ?」
アクセラレータさんが辺りを見まわしてみると、なんだか嫌そうな顔をしてお姉様に尋ねました。

「……コスプレ、か?」

「その通りです!コスプレなくして麻帆良祭を回る事などできません!さあ行きましょうアクセラレータさん!」
お姉様はアクセラレータさんの手を強引に握って引きずっていきます。
それに大人しく引きずられながら、アクセラレータさんはポツリと呟きました。
「なンなンだコイツのハイテンションぶりはよ」
「昨日からアクセラレータさんのコスプレが楽しみだったんですよ?どんなコスプレをするのか楽しみだって」
「……ウゼェ」
ぼそりと呟きながらも、抵抗しないのはやっぱり本当は嫌がってないんですよね?
このごろわかるようになってきたアクセラレータさんの内心にウフフと笑いながら、私達は貸衣装屋に向かうことにしました。
そういえばお姉様、私達はどんな仮装をするんですか?






SIDE 一方通行

そういえばネギや刹那も一年後にやるんだよな、コレ。
俺はそう思いながら、どのコスプレをしようか選ぶことにする。
ネタかどうか知らないが『着たら三倍速くなるブースター内臓!!』と工学部の実験品が並んでいた。

それらすべてが赤かったのは、まあどうでもいいことだろう。

俺はもちろんそんな工学部のヤバいシロモノに手を出すつもりはない。
無難にウサギで行こうかと思ったが、なんとなく笑われるのは目に見えている。
ていうかウサギ、タヌキ、キツネと来て次が亀○流の道着っていうのが気に食わん。
どんなセンスをしてるんだ。
……俺にセンスがどうのこうのと言われるのもかわいそうだな。
いや、むしろ良いのか?
そう思いながら、俺はとある一着の服を手にとった。
結構身体にフィットするタイプの黒いライダースーツだ。
その傍にはおあつらえとばかりにアレがある。
色も黒で俺好みだし、この組み合わせは良いかもしれない。
ま、俺らしいといえばらしいがな。

笑われるよりも引かれる方がマシだ。

俺は怪しい笑いをしながらそれを被った。






SIDE 高音・D・グッドマン

私達が着替えたのはウサギさんスーツでした。
私はきぐるみタイプです。
愛衣には敢えて露出度が高いのを着せて見ましたが、素材が良いと服装が映えます。
同性の私ですら思わず抱きしめてしまいそうなこのかわいさはなんでしょうか。

アクセラレータが愛衣を見た時の反応が見物です!!

「お、お姉様の目が燃えてる……というか、この服で行かなきゃダメなんですか?」
「ダメですッ!!」
「はひっ!?」
待っていなさいアクセラレータ。
この露出度高めウサギさんスーツ愛衣を見た顔を写真に収め、これまでからかわれた鬱憤を晴らして差し上げますッ!!
「お、お姉様、声が漏れてます。それに鬱憤を晴らすためだけに私を使うのはやめてくれませんか?」
「これは姉弟子としての命令ですッ!!」
「は、はひっ!!」
こうやってビクビクしながらも自分の服装に照れる愛衣のなんとかわいらしいことでしょう。
コレになびかぬ男はおらぬはずです!

さあ欲情しなさいアクセラレータッ!!

そのいやらしい顔を私のシャッターテクで捕らえて見せますッ!!
鞄の中に手を刺しこみながら私が今か今かとアクセラレータを待っていると、突然肩に手を置かれました。
「来ました、ねっ!?」
後ろにいたのは頭を全部覆うタイプの猫耳バイクヘルメットを被ったライダースーツの方でした。
え、こんな怪しげな方に知り合いはいないのですけど。

私が硬直したその瞬間、ぱしゃりとフラッシュが瞬いた。

「きゃっ!?」
そのバイクヘルメットの方の手には、カメラがありました。
何をするんですかと怒鳴ろうとした時、その方はヘルメットをとりました。

「考えてる事は同じとは嬉しいなァ高音・D・グッドマンさんよォ。だが俺のやらしい顔はそうやすやすと撮らせたりしねェぜ」

そこにあったのは不敵な顔をしているアクセラレータの顔でした。
「な、なァあああああああッ!?まさかヘルメットで偽装して近づいて来るとは……くっ、私の完敗です……ッ」
「ハッ、俺に絡め技で挑んでくるなンて十年早いンだよ。あァ、テメェのアホ面は後でバラ巻いてやる。覚悟しろよ」
やはり、俄仕込みでは読まれてしまうと言う事ですか……やはり私ではあなたのような人には敵わないようですね。
私が悟りの境地を開こうとしていると、愛衣が私の裾を引っ張ってきました。
「どうしたの、愛衣?」
そっちを向くと、愛衣が私にゴニョゴニョと恥ずかしそうに呟いた。
「……やっぱり、胸がないからアクセラレータさんはやらしい目で私を見ないんですか?」
「いきなりなんて発言を!?」
「で、でもでも、こんな服を着たんならちょっとはそんな目で見てもらわないと私の女性としての威厳というものが―――」

女性としてというより、愛衣には威厳なんてアビリティが存在したかしら。

私達の会話そっちのけでアクセラレータは『ギャラクシーウォー』を指差しました。
「コスプレしたんならさっさと行こうぜ。列が少なくなって来やがった」
「あ、ちょっと待ってくださいアクセラレータさん!!」
「ああもう、結局私達の思い通りにはいかない方なのですね!!」
ダッシュするアクセラレータを追いかけて、私と愛衣は予定通りにはならないものだと痛感しながら走っていった。






SIDE 一方通行

思った通り俺は射撃系のゲームはかなりうまいらしい。
原作でのネギの点数はどうだったか忘れたが、俺の『ギャラクシーウォー』での点数は508.32点だった。
他二人は300点台だったため俺の敵では無い。
「な、なんでそんな点数が取れるんですかー!?」
「テメェ等凡人と天才の違いって奴だ」
「くっ……いくら遠距離攻撃魔法が私の得意分野ではないとしてもここまでボロ負けすると自信が……」
更に、ジョーズやらジェットコースターやら垂直落下するコースターやら観覧車やら……それから俺達は休憩を挟みながらもかなりの数のアトラクションを回った。
それにしてもこの遊園地もどき、いちいち建設してるとしたら凄まじい手間だな。
もしかしたら年中ここで遊園地をやってるのかもしれない.
実際面白いから売上は相当なものだろう。

別に来たくはないが。

アトラクションをあらかた回り終えると、次に手をつけるのはもちろん学校の出し物である。
とてもではないが今日中に回りきれる量ではないので、事前に高音達がピックアップしておいたクラスに行く事にする。

―――だが、敢えてそれを断る。

俺が聖ウルスラ女子高校の方に行こうとすると高音が慌てて止めてきた。
「ちょ、どこに行こうとしてるんですか?」
「何って、テメェの母校を覗こうと思ってな」
「え」
高音は頬を引きつらせると何故か作り笑いを浮かべた.
「いえいえ、私のクラスの出し物なんてそれほど凄いものではありませんし、覗いたって別に―――」
「愛衣も見るよなァ?」
俺がにやにやと笑いながら愛衣を見ると、彼女は迷うように俺と高音を見比べていた。

……俺と高音で比べるとは良い度胸だ。

「見るよな?」
今度は少し強めに言ってみた。
実際、俺が高音のクラスの出し物を見るのにはなんら問題は無い。
むしろクラスとしては儲かるので勧められるべきだ。
愛衣が反対する理由はない。
「あー……は、はい」
その愛衣の台詞に『裏切者ッ!!』とばかりに高音が振り向くがもう遅い。
民主主義(笑)に乗っ取った多数決によりウルスラ行きが決定。
何度か校舎の前を通った事はあるが、ウルスラに入るのは初めてだ。
俺はどこか恨めしそうに見てくる高音の視線をクククと笑い飛ばしながら中に入る。
すると、やはり聖ウルスラというだけあり内部には大聖堂もあり、装飾品も豪華そうなものが並んでいた。
「へェ……ミッション系の高校でも本格的じゃねェか、こりゃ?」
「まあ、そうですね。麻帆良でも一二を争う大聖堂ですもの」
俺は生前もアクセラレータの時もこんな大聖堂を見た事がなかったので、キョロキョロとまるで子供のように見まわしてしまった。
その様子が意外だったのか、高音が吹き出す。
「そんなに珍しいものですか?」
「まァな。俺みてェな奴がこンなところに入れるのは今日みてェな祭りだけだしよ」

こういう大聖堂で思い出すのはシスター・シャークティだ。

彼女にはまだ会っていないが、俺みたいな奴は彼女のような聖職者と相容れることはないだろう。
ああいう面倒なのは嫌いだ。
大聖堂を見た後に廊下を通ると、やけに人が集まっている場所があった。
「あァ?なんかやけに好評な所があるじゃねェか」
「あーっ!そこはダメです!ほかの所へ行きましょう!ねっ、ねっ!」
と言われたら行きたくなるのが人間でありまして。
俺はニヤァと悪魔的な笑みを浮かべると引きとめる高音をズルズルと引きずりながらそこにやってきた。
そこは……ぶっちゃけカフェだった。

始めに『シスターさん』とつくが。

「……オイオイ、神への冒涜じゃねェのか?」
女性客よりも圧倒的に男性客が多いし、スカートの丈がかなり短い。
明らかに狙っているとしか思えない。
よく許可が出たな。
「お、お姉様、もしかしなくてもここが……」
「ええそうですわよこれが私のクラスの出し物ですよ!ああッ、なんで私が風邪を引いたときにこれが決定されてしまったんでしょう!?今でも本気で後悔しますッ!!」
わっ!!と泣き崩れる高音の声を聞いたのか、少し能天気な感じの声がかかってきた。

「ありゃ、高音ちゃんじゃん」

それはミニスカシスターの一人……つまりは、高音のクラスメイトだった。
決して美少女ではないが、そばかすがどこか健康的な少女である。
彼女はひょいっと扉の奥から顔を出していた。
「この企画に一番反対してたくせにぃ。でもウルスラで一番繁盛してるよん」
「繁盛とかそういう問題ではありませんっ!なんでそんなにスカート丈が短いんですか!?」
「だってこの方が客寄せになるし?」
「なるし?じゃありませぇええええんっ!!」
あっはっはー、と高音の知り合いらしきそばかす少女はお気楽に笑っていた。
ていうか高音はいつもこんな感じなのかよ、とため息をついていると、高音が叫び疲れてため息をついた隙を狙ってそばかす少女が愛衣のほうを向いた。
「あ、愛衣ちゃん。ちわーっ。いつも高音ちゃんがお世話になってます」
「なんで私が世話になってることになってるんですか!?普通逆でしょう!?愛衣はまだ中一ですよ中一!」
今わかった。

このそばかす少女、2-A気味の少女だ。

周りの迷惑を考えずにハッチャけるタイプだ。
コイツがいたから高音はここに来たがらなかったのかもしれない。
なにせ、高音をいじる最良の材料がここにいるのだから。
案の定、そばかす少女は俺をロックオンすると目を見開いて、俺と高音を見比べた。
展開が読めたので、愛衣の耳を塞ぐと俺は音を反射した。

「あーーーーっ!!高音ちゃんが彼氏連れてきてるゥ!!」

どこぞの戦艦の艦長バリの超音波が俺を襲った。
間近にいる高音はたまった物ではない。
俺は反射していたから良いものの、耳を塞いでいたはずの愛衣もくらっときているようだ。
俺は彼女の大声が収まったと判断すると反射を解除する。
すると、何やら震動音が聞こえて来た。
「え、なになに!?」
「高音ちゃんが彼氏!?」
「永遠の一人身グッドマンさんの噂の彼氏を!?」
ゾゾゾゾゾ、と出てくるミニスカシスターの群れ。
あのな、高音が彼氏連れて来るのがそんなにショッキングなのか?

ていうか永遠の一人身って。

あ、そこのスカートの中盗撮してる奴、後でブタバコ行きな。
ミニスカシスターの群れは俺を見ると、何故か黄色い声を上げた。
「うわ、結構美形じゃん!」
「高音ちゃんはウチじゃ一番の美少女だからお似合いかも……」
「っていうか出会いのきっかけはなんだったんですか!?」
「私にも出会いがほしいーっ!!」
……さっきの言葉を訂正する。

麻帆良ってのは、どいつもこいつも同じ思考を持つ能天気な奴等が多いらしい。






「ひ、酷い目にあいました……」
「パワフルなシスターだったな」
俺は手に四つのデジカメを持ちながらそう言った。
俺が見る限り盗撮犯が四人もいたのである。
広域指導員の俺がそう言うのを見逃すわけがなく、そいつらはお縄となった。

しかしこいつ等かなり手馴れてやがる、とデジカメの画像を覗きながら思う。

アングルといい距離といい、絶妙に顔がわからない位置で盗撮するのはかなり難しい手法だと思うのだが。
俺がパンチラ画像を見てるのがバレたのか、愛衣が頬を膨らませてそれを取り上げた。
「アクセラレータさん、フケツです!」
「あァそォだよ男ってのァ半分フケツなホンノーでできてンのさ」
「ひ、開き直らないでください!」
愛衣が画像を消去していくのを惜しい気持ちで見ながら、俺はげんなりとしている高音に目をやった。
「最後にゃ冗談っつってやったじゃねェか。何が不満だ?」
「あそこでノリであなたが私の彼氏だとか言うから事態がややこしくなったんでしょうが!!」
そう、俺はあの場のノリで高音の彼氏だーっ!!と嘘暴露してしまい、タダで紅茶をせしめた挙句、『あ、さっきの冗談だから』と言い残してダッシュで逃げて来た。

やったことは学祭のノリにつけこんだただの食い逃げである。

高音に怒られて料金は高音に支払う羽目になったが。
ていうか高音の彼氏ならタダとか、どんなだよ。
「じゃ、次は愛衣のクラスに突貫するか」
「へうっ!?」
愛衣は首がゴキリと言いそうなほどの急速度でこちらに振り向いた。
さっきの高音の悲劇を思い出したのだろう。
「あ、ああああのあの、お姉様みたいなことにならないようにお願いしますね?」
そのお姉様は俺の背後で暗くなってブツブツ呟いている。

『いや別に嫌だとかそういうことじゃないんですよただ場合と状況とかそういうのを考えてだいたいなんであんな冗談めかしてあんなことが言えるんですかアクセラレータの性格がどれだけ捻じ曲がってるか良くわかりますねはい』

やりすぎたか。
まあ、これから一週間くらいクラスメイトに俺とのことでからかわれるだろう。
愛衣もそれが心配なのだろう。
俺はフッと笑って愛衣の頭を安心させるように撫でた。
愛衣はホッとしたような笑みを浮かべて―――。

「反省はしてねェ。もっとやるぜ」

「ふぇえええ!?だだだダメですってばぁ!!」
安心からドン底に突き落とされてテンパった。
袖を握ってブンブン振って来る愛衣。
涙目で慌てる彼女を口笛を吹いて無視しながら、俺は何度か入った事があり、何故か神楽坂との因縁がある麻帆良学園本校女子中等学校へ向かおうとした。
向かおうとして、何故か前方に地球外生命体を確認した。
「テメェ、なんでこんな所にいやがる」

「ふぉふぉ、ワシがどこにいようが関係ないじゃろ?」

バル○ン星人だった。
まさに俺を待っていたかのように女子中等部の校舎に立ち塞がるようにして立っているんだから、俺が不審に思うのも仕方がないといえよう。
学園長はフォフォと笑いながらヒゲを撫でた。
「実は頼みがあっての。学園最終日の麻帆良際全体競技の『鬼ごっこ』に参加して欲しいんじゃが」
「……あのな、俺がそんな面倒くせェことやると思ってンのか?俺ァ発光してる世界樹の上に登って是非寝たいんだが」
本当にそう思う。
アクセラレータが丸くなって来たとでも思ってんのか?
確かに当初よりは丸くなってきたが、まだかなり尖ってるぞ。
しかしジジイは『そんな枯れた意見をするもんじゃないぞい』と言ってたこ焼きを差出してきた。
せっかくなのでもらうことにする。
「お、うめェな」
「水泳部の毎年恒例のたこ焼きじゃ。何やら十年受け継がれる伝統の味らしいぞい」

「……たこ焼き部にすりゃいいンじゃねェか?」

あまり腹は減っていないので四つ食ったら残り半分を後ろに放り投げた。
それを『うひゃあああ!?』と言いながら危なげなくキャッチする愛衣。
流石に戦闘魔法オールAの実力者だけある。
反射神経は良いようだ。
「なっ、お、落としたらどうするんですかーっ!!」
「スーパーマジックとかMP消費で復活とかできねェのか?」
「できませーん!!」
ま、もしも落としそうになった風を起こすつもりだったがな。
俺は頭の中の演算式を霧散させると、学園長の方に意識を向けた。
「で、その鬼ごっこってのは?」
「ほ?やる気になったのかの?」
「拒否権がねェンならやる気もクソもねェよ」
学園長が俺に持ちかけて来る時点で既にそれは決定事項だ。
拒否ることもできるが、昼寝をして過ごすよりはヒマが潰せそうだ。
「なるほど、伊達に半年麻帆良にいるわけじゃないの。よくわかっとるじゃないか」
「ぬかせクソジジイ」
本人はどうせ全く気にしてないんだろう。
フォフォと笑いながら、鬼ごっこについて説明を始める。
「例年通り大会の主催は雪広コンツェルンという財閥なんじゃがの。そこの総裁が派手好きでの。最終日には毎年この麻帆良で派手な企画を持ちこんで来るんじゃ」
「……ンで鬼ごっこか?ネタ切れじゃねェのか?」
「去年はかくれんぼだったんじゃ。それよりマシじゃろう」
なんだか学園長にしては珍しく投げやりな口調だ。
主催者に逆らうわけには行かないんだろう。
「来年は生徒にどんな事をするか応募して見るつもりじゃ。来年は今年よりしょぼくはならんじゃろう」
それを実現するのも面白いかもな。
「で、その鬼ごっこの内容はどうなンだ?」
「最終日の前日……つまり明日じゃな。明日にチラシと同時に雪広製の特殊センサーつきゼッケンを配るのじゃ。参加者にはそのゼッケンをつけてもらい、鬼がそのゼッケンにタッチすると色が代わり、青から赤になる。そうなればその物は失格となる。復活アリじゃったらいつまで経っても終わらんからの」
「それを学祭参加人数でやるってか。なるほど、たかが鬼ごっこってわけじゃねェンだな。で、わざわざ俺にそれを伝えるってのはどういうワケだ?」
「実はの。鬼を何十人も増やしてしまってはだまし討ちも容易になってしまって非常につまんないんじゃよ。そういう不満をなくすために、ひっじょーに腕の立つ魔法先生や魔法生徒二名に鬼をやってもらうことにしたのじゃよ」
「……オイ」
読めた。
読めちまった。
つまり、このジジイは……。

「ぶっちゃけ、タカミチ君とアクセラレータ君に鬼をやってもらおう!ということになったのじゃ」

「ふざけンなコラ。断る。やめる。世界樹の上で寝る」
「ほほう、これが見えぬというか!」
バッ!!と学園長が取り出したのは、ぴらりとした一枚の紙。
小切手だ。
いち、じゅう、ひゃく、せん…………


―――200万円!?


「ばっ、なンでそンな金もってンだよ!?」
「君とタカミチ君が鬼をやり、もしも参加者全てを鬼にすることができたのなら賞金としてこれをやろう。雪広コンツェルンも君の噂は知っているらしくての。金でないと動かないと言ったらひらりとこれを手渡してきてくれたわい。それに、地獄の冬場の節約生活から抜けてきたとはいえ、これからもまた厳しくなってくるぞい?」
フォフォフォ、と言いながら小切手を懐にしまうバルタン星人。
「ひ、人の足元見やがってクソジジイ……ッ!!」
「フォフォ、さあどうするんじゃ?また寒い思いをするか?それともちょっとは懐が温かい生活を送るのか?負けても君が損するのは君の体力のみ。これほど破格の条件はないと思うがの」
愛衣が『そんなに厳しいんなら頼ってくれても……』と呟いているが、アクセラレータの余計なプライドがそれを許さないのだ。
親切心はあり難いが、少女に物乞いするアクセラレータなんて俺自身が耐えられそうにない。
例え愛衣が善意のみでやってくれているとしてもだ。

もっともエヴァの家で夕食を食べる事で結構助かってはいるんだがな。

受けなくてもやっていけるが、まあ、勝負しておいて損はないだろう。
「……わぁーったよ。やってやンよ。やりゃァいいんだろ?」
「フォフォ、そう来なくてはの」
ま、やるからには徹底的にだ。
ジジイ。
能力を使うなとは一言も聞いてねェからな。






~あとがき~

部活でテンション上がった後歯医者でドン底まで落とされ、気分転換に書いてたらなんか物凄い分量になってしましました、作者です。
今、物凄く達成感を感じています。
これだから毎日投稿はやめられませんwww

今回から麻帆良祭が始まります。
5,6話と少し長くなることが予想されます。
何しろ全キャラ出すので。
この一年間でだいぶ高音と愛衣とは親しくなっている、ということをこの回では書きたかったです。
そして高音は決してアクセラレータには勝てません(あらゆる意味で)。
これは覆す事ができない世界の理ですwww
ちなみに、アクセラレータはそこそこの給料をもらっていますが、ほとんど全て食費に消えており、財産に余裕がない状態です。
200万でも飛び付きます。
冬の場合、熱操作で暖まるにしても腹が減るので結局金はかかり、更に厳しくなります。
ホント、学園都市じゃあ裕福だったのにねえ、アクセラレータ。


追伸
高音のお嬢様口調を修正しました……なんで私こんな口調にしたんでしょう、今でもわかりません……。



[21322] 第13話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/28 20:02
SIDE 一方通行

学園長との予想外の遭遇があったが、俺と高音、愛衣はおなじみ麻帆良中等部にやってきていた。
ちなみに学園長との会話の時に全く話さなかった高音であるが、ようやく立ち直ってきたのか『しょーがないですね』とばかりに復活していた。
まだこの頃は脱げ女として有名になっていないので復活は遅いようだ。

さて、まずは愛衣のクラスである1-Dへ向かう。

1-Dはハチャメチャかつ滅茶苦茶なメンバーである2-Aに対して非常に平凡なクラスであった。
なんというか、愛衣の容姿が目立つくらい地味なクラスだった。
しかも出し物は無難にお好み焼き屋という始末。
いや悪くないチョイスだし美味いが、もうちょっと捻って欲しかった。
俺がその旨を愛衣に伝えると、
「いえ、わかってるんですけどね。この中等部に2-Aの存在がある限り私達の所に収入は入ってこないんです。勝負は私達が3年になった時です!!」
「なンで確信できるンだ?」
だって!と愛衣はずいっと俺に迫ってきた。
軽く涙目である。
「あのクラスどういうわけか一年の時から売上率だけは異常なまでに高いんです!それも麻帆良ジャンボ宝くじでも必ず上位にクラスメイトが食い込んでますし!ずらーっと並んでるあの列って2-Aの出し物に並んでる人達ですよ!?あの人達皆かわいいし内容も全然悪くないし明るいから絶対人気出るんです!」
「あー……」
麻帆良学園本校女子中等学校2-A。
このクラスは麻帆良でもかなり有名度が高いクラスだ。
というのも、特徴が多過ぎるのだ。
まず、椎名桜子。
おそらくこの麻帆良一と称されるほどの強運の持ち主。
彼女がいる限り宝くじの一等賞は2-Aに取られる。
更に、麻帆良四天王。
龍宮真名を筆頭とし、長瀬楓、古菲、桜咲刹那の運動能力においては麻帆良最強クラスの四人衆である。
この四人が全て2-Aに集約している。
そして、麻帆良最強頭脳。
表も裏もそれなりに名前が知られている超鈴音の存在だ。
更には絡繰茶々丸というオーバーテクノロジーにも程があるガイノイドを生み出した葉加瀬聡美も有名な存在である。
超包子としては四葉五月。
さっちゃんという相性が有名な超包子の主力シェフである。
彼女の背後にユーカリを食べるコアラを幻視した時、争いが全て丸く収まると言う都市伝説も持つ。
最後に、何と言っても『闇の福音』と『デスメガネ』の存在だ。
魔法に通じる者でエヴァを知らぬ者はまずいないし(会っているかどうかは別として)、タカミチは表裏ともに超有名人でもある。

おまけとして、クラスの全員が美少女でもある。

これだけ注目すべき生徒たちや先生が揃っているのなら、まず2-Aに行って見ようと思う生徒たちがいるに違いない。
そしてこれだけ目立つクラスがあるのなら、いくら良い企画でも彼女達の影に霞んでしまうのは否めないだろう。
脇役の悲しい運命である。
「さて……そろそろ時間だな。おゥ、お好み焼きはなかなか良かったぜ」
俺は1-Dの店員役の生徒にそう告げ、高音と愛衣を引きつれて歩き出した。
愛衣は彼氏騒ぎが起こらなかったおかげでホッとしており、高音は少しストレスがたまっているようだ。

発散するためには……愛衣でもイジらせるしかないだろう。

愛衣は胸を撫で下ろしていたが、俺の台詞に疑問を覚えたのだろう、尋ねて来る。
「時間って、何のことですか?」
「俺独自の2-Aへのパイプがあンだよ。その情報を使って、この時間にここでとある人物と待ち合わせて2-Aに行けば面白いことになりそうだったンでなァ」
眼を鋭くし、高音が睨んでくる。
「まーた変な事企んでるんですか?セクハラは許しませんよ?」
「あのクラスにセクハラできる勇気のある奴がいたら賞賛してやる」
やろうと思えばできるが、その場合は反射を展開してガチ戦闘になりかけない。
2-Aとは、そんなクラスなのである。

「やあ、アクセラレータ。君が僕をお茶に誘うなんて珍しいな」

その声にぎょっとして高音と愛衣が振り向くと、そこにはタカミチが立っていた。
そう、とある人物とはタカミチだったのである。
「テメェがいねェと2-Aに入れなさそうだったからな。担任ってなァ優遇されるモンだからよォ」
「君もセコいね……どうせ、2-Aの出し物も知ってて僕の名前を使って席を取ってるんだろ?」
「正解。俺の性格わかってきたじゃねェか」
「ふふふ、半年も付き合えば君の行動予測もできるというもんだよ」
ククク、ふふふ、と怪しげに笑う二人の空気に高音と愛衣は押され気味である。
学園長、エヴァを除けば麻帆良最強クラスの戦闘力を持つ二人がここにいるのだ、裏を知る人物としてはどう反応して良いのかわからないのだ。
「おら行くぞ、高音、愛衣。2-Aをからかいに行くぞ」
「かっ、からかいに行くんですかぁ!?」
「アクセラレータさん、冷やかしはいけませんよ!」
「あはは……その注意が続くのは高音君くらいだろうな」

ちなみにガンドルフィーニはもう諦めていたりする。

タカミチもその一人なので、余り深く考えない事が一番だということを知ったのだった。





SIDE 桜咲刹那

私は今、2-Aの出し物『ドキッ☆女だらけのメイド喫茶IN麻帆良』というのに出ている。
余計な文字ばかりついているが、つまりはただのメイド喫茶だ。
男だらけのメイド喫茶なんてないから(いや、あったか?)、女だらけとつけなくても良いのでは?と思うのは私だけじゃないだろう。
あまりこういうのは知らないが、私達生徒がメイドの格好をして接待をするだけと言うものらしい。
私のような柔軟な対応ができない者は調理の方に回された。

たまにはいかがわしい目的でよって来るバカな男連中もいるので、私はその用心棒的な役割もになっている。

と言っても、このクラスは異常なまでに戦闘能力が高い人間が結構いるから問題ないとは思うのだが。
本当はこんな仕事やりたくないのだが、お嬢様が神楽坂さんと一緒に参加してしまったため、私もこの時間この仕事をして警護をすることにしたのである。
さっきナンパされても落ちついて『ややわあ』と言いながらやんわりと断る手腕は流石近衛家の人間といえよう。
さて、いくら調理担当と言ってもやはり私達の出し物は大盛況、と言うことで人手が足りなくなる事もある。
その時は私も接待しなければならないわけだが……。
今日ばかりは私の運のなさを呪った。
私が注文を取るためにその机に出向くと、有り得ない人物がいたからだ。

「おォ、刹那。来てやったぜ」

白い悪魔がそこにいた。
な、なんで彼がこんな所に……!?
そのテーブルには彼の対面に高畑先生、彼の両隣には先日のお礼を言いに行った高音さんと、そのパートナーである佐倉さんがいる。
「たっ、高畑先生ッ!?」
向こうで神楽坂さんがすっ転んでいる。
高畑先生がいるのに気付かなかったのだろう。
私も驚きだ。
この四人、いつの間にここに来たのだろうか……。
まさか、問題でも起こったのだろうか。
「……何か重要な案件でも?」
「ばァか、ただの冷やかしだ」
ガクッ、と私の肩の力が抜けた。
そーだ、こういう人だったな。
つまりは私のこんな姿を見て笑いに来たと、そういうワケですね。
私が深いため息をついていると、高畑先生が苦笑していた。
「すまないね、桜咲君。待つのは嫌だからと彼が僕を誘って担任権限で席を陣取っただけなんだ。問題が起こったわけじゃないから、いつも通りに対応してくれ」
「はい……アクセラレータさんはいつもこうなんですか?」
「まあ、学園長のきまぐれの次に困るな」
それは困る。

非常に困る。

まあ、それでもアクセラレータさんと高畑先生は仲良さそうにしてるから、高畑先生も迷惑だと思っていても嫌ではないのだろう。
両隣の二人もそうみたい―――じゃなかった。
何故か私に同情の視線を向けられている。
言葉にすると『御愁傷様』だ。
あまり詳しくは話さなかったが、この二人はアクセラレータさんにからかわれているストレス解消人形的な存在らしい。
そういえば、朝早く起きたらどこからともなく女子生徒の怒鳴り声が聞こえてきたりしてたが、もしかしたらこの二人のどちらかかもしれない。
「……御注文はどうなされますか、ご主人様」
とりあえず、私は台本通りに注文を取ることにした。
アクセラレータさんにやるのはものすごく恥ずかしいが、なんとかそれを押しこめて尋ねる。
笑うかと思ったが、どうやらアクセラレータさんはこういう場合に笑わないというマナーを律儀に守るらしく、真顔で注文するべき品を読み上げていった。
チョコレートパフェ二つにコーヒー一つ、ミルクティー一つ。
「以上でよろしいでしょうか?」
「あァ。……クック」
答えてから、アクセラレータさんは私を見て少し笑った。
今まで笑いを抑えていたのだろうか。
少し胸がムカつきを覚えるが、その次の瞬間アクセラレータさんは言った。

「滅茶苦茶似合ってンじゃねェか。神鳴流やめてメイドになっちまえよ」

―――ばぶふ!?
私は盛大に吹き出して足を滑らせてすっ転んだ。
なっ、なんでいきなりそんな……!?
「に、似合ってません!だいたい私にこんなヒラヒラな服は」
「あァん?それで似合ってねェっつったら麻帆良の半分の生徒がキレるぞ。いやいや着物以上に似合うとか、こりゃ剣じゃなく銃の道を進んだ方が良いんじゃねェか?」
「そっ、そんなことできるわけがないでしょう!」
「坊やだからか?」
「私は女ですッ!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐここになんだなんだと注目が集まる。
連れのお二人は諦めの表情をして首を振ってるし、高畑先生は静観の構えだ。
援軍は期待できない。
ああ、連れの二人の同情の眼差しはこれを予想していたのか。
お嬢様、すみません……私はこれまでのようです。
そう思っていると、思わぬところから援軍がやってきた。

バキン!!とアクセラレータさんの頭に何かが当たって砕けた。

黒くて細長い……私は見ただけではわからなかったが、どうやらそれは警棒のようだった。
こんな者を日常的に持っている人物はここにはいないはずだが?
そう思ってそっちに目を向けると、アクセラレータの背後には超さんが立っていた。
古さんも同じようなのを着ていたが、チャイナ服とメイド服を混合させたような服を着ている。
自作なのだとか。
流石麻帆良最強頭脳だ……。
いや、それは置いといて何故か笑顔だ、ちょっと怖い。
「アクセラレータ、からかい過ぎはよくないネ。営業妨害ヨ」
アクセラレータさんは特殊警棒を叩きつけられたにも構わず何事もなかったかのように振り向き、面白そうに笑った。
「おォ、すまねェ。それよりもテメェも似合ってるな。チャイナ服とメイド服のコラボとはどんな奴がそれ作ったンだ?」
「……き、企業秘密ヨ。それよりも刹那サン、早くこの白い悪魔の魔の手から逃れるヨロシ。この人の戯言に付き合ってたら日が暮れてしまうネ」
「あァ、嫌われちまった。お兄さんショックだぜェ?」
「棒読みで言われてもちっともそうとは思えないヨ」
早く、とばかりに目線で急かして来るので、私はその場から離れた。
気のせいだろうか。
似合ってる、と言われた時の超さんの顔、少し嬉しそうだった気が……まあ、誰でも誉められれば嬉しいか。
調理場に戻ると災難だったねと大河内さんが肩を叩いてくれた。
いいんです、慣れてませんけどいつものことなので、と言っておき、私はふとアクセラレータさんの方を見た。
既に超さんは離れており、今は連れの二人と高畑先生を交えて談笑しているようだ。
にやにやとした笑みを貼りつけながら、それでも嬉しそうにしている彼を見て、あそこが記憶をなくしていても作れる居場所なんだな、と思う。
居場所を作れると言うのは良いな。

私も……。

ふとそう思ったとき、私は甘い思考を切り捨てるために頭をブンブン振った。
私はお嬢様の護衛で、剣だ。
そう、そのはずだ。
しかし、冷たくしていくその思考の中で、ポッと暖かく灯るものがあった。
そういえば、初めてじゃないだろうか。

誰かに服装を誉められた事なんて。







SIDE 一方通行

まさか超が殴りつけてきたのが最新式の痴漢撃退用特殊警棒だったとは思わなかった。
電流が流れてバチッとするあれだ。
しかも高音が言うにはちゃんと電気が流れていたという。

俺は電気も無意識的に反射していたらしい。

ていうか、物理攻撃が効かないと知っている超にしてもやりすぎじゃないか?
俺がそう言い返した所『普通に殴ると手首の骨が折れると聞いたネ』とどこから仕入れたのかそんな情報を言ってのけた。
回りから見れば言い訳と聞こえそうだが、超にしては迂闊な台詞にタカミチが一瞬鋭い目をしたのを俺は見逃さなかった。
俺に物理攻撃が効かない上に自動反撃する反射を常時展開していることを知っているのは学園長、タカミチ、エヴァのみ。
どうしてそれを一般人である超が知っているのか、という疑問だった。
超も失言に気付いたらしく、タカミチに愛想笑いして早々にその場から退散していこうとした。
超にしては珍しい失敗だった。
顔も赤いみたいだったが……俺に罵られてMにでも目覚めたのか?
超を見送っていると、俺は刹那はともかくどうして超と親しげなのか延々と問い詰められる羽目になった。

何故か愛衣に。

その後、仕事だと言ったタカミチと別れ、俺達は暗くなってきたので夕食を食べるためにとあるレストランにやって来ていた。
服は既に元に戻っている。
このレストランに来る直前に貸衣装屋に戻って着替えたのだ。
そのレストランはよく外が見え、まだ光らない世界樹もよく見る事ができるなかなかの良レストランだった。
料理の味も悪くない。
俺の機嫌が良いのを感じているのか、高音と愛衣もいつもよりリラックスした柔らかい表情をしていた。
二人でくすくす笑っているのは歳相応の少女に見えて、なんとも微笑ましい光景だった。

二人とも十分な美少女だから尚更絵になる。

ドン、と打ち上がる花火に横顔が照らされて、薄く化粧をしている高音の肌とその必要がないすっぴんの愛衣の肌がキラリと光ったように見えた。
二人をチラリと見た後に、俺が目の前のピザに手を出そうとすると、メールの着信音が鳴った。
「あれ、アクセラレータさんですか?」
「仕事かしら?」
「知るか」
俺が携帯を取り出して見ると、仕事ではなかった。
どこで俺のメルアドを知ったのだろうか、超からのメールであった。
おそらくエヴァ繋がりだろう。
エヴァはほとんど携帯を使えないので茶々丸を使ったのだと思う。
超からのメールを要約すると、

『最終日の午後七時からデートしないカ?』

とのことだった。
超とデートなんて怪しすぎるが、女性からのデートの誘いを断るのも気まずい。
何よりあの肉まんが食べれなくなったら困るので、俺は『OK』とだけ打ちこんで返した。
携帯を折りたたむと、何故か神妙にこちらを見てくる高音と愛衣の姿が目に入った。
「ンだよ?」
「仕事か何かですか?」
「違ェよ、ダチから最終日に学祭回ろうって言われただけだ」
すると、なーんだ、と二人は安心していた。
それよりも、と高音がこちらを向いてきた。
「あの超さんと言い、あなたにも普通の友達がいるのですね?てっきり毎日高畑先生やガンドルフィーニ先生と飲みにいっているのかと」
「俺をなンだと思ってやがる。一応戸籍上は未成年だぞ」
「前まではそう見えましたけど……ねえ、お姉様?」
「ええ、今では絶対に未成年には思えません」
確かに背も伸びたし、顔も男っぽくなってきたが……そんなに老けて見えるかね。
まだ15か16そこらだと思うのだが。
「俺ァそンなに老けて見えるってか?」
思った事をそのまま尋ねると、二人は顔を見合わせて難しそうに唸った。
なんでそこで唸る?
「老けて、というよりは大人っぽいと言ったほうがいいかもしれませんけど……アクセラレータさんの場合、外見より雰囲気が強烈ですから」
「そうです。あなたはアルビノですから外見は目立ちますけど、それ以上にあなたの雰囲気があなたを年齢以上に見せてるんです」
「そンなモンか?」
頷く二人を見て、まあそういうことにしておくことにした。
大人っぽい雰囲気と言うと、やはり落ちついていると言う事だろうか。
俺の場合落ち着くと言うよりはやさぐれているほうが正しいと思うのだが。
「まあ、アクセラレータさんみたいな人はそういないと思いますけどね」
「そォだな。世界に俺そっくりの奴が百人いたら世界は破滅するのは確実だしよ」
「十人でも破滅する気がするんですけど」
だが正直核爆弾すら無効化する俺みたいな存在は一人いれば十分だ。

『紅き翼』?

確かにあんな奴等は核爆弾食らっても死にそうにないが、全く無傷というのはおそらく俺だけだろうと思う。
放射能すら反射するしな。
ま、俺だって好きで殺してる殺人狂じゃないし、できるだけ堕落して過ごしたいから百人いても戦わない限りそんなに世界は変わらないと思うがな。
俺は最後のピザを頬張ると、連続して花火が打ちあがる空を見上げた。
ふと騒がしいと思って下を見ると、パレードが近くを通っていた。
こんな夜までパレードとは、御苦労な事だ。
このパレードとやらは二日目が最高潮に達するらしく、どうやら麻帆良各所で別々にやっているパレードが二日目の夜に合流し、一斉に大通りを行進するらしい。
三日目の全体行事と同じく麻帆良祭の目玉でもあるので、是非見ておいた方が良いとの話だった。
「そういえば、全体行事で高畑先生とアクセラレータさんが鬼をやるんですよね?」
「あァ。そういや参加人数はどれくらいになるンだ?」
「私達もそこまでは……まあ、1000人はくだらないんじゃないでしょうか?」
「1000人?……そンなにいンのかよ。面倒くせェ」
まあ、それくらいだとは思っていたが……いざやるとなるとげんなりする。
200万円がかかっているとしても、消費される労力もハンパないものになりそうだ。
「でもこれって魔法生徒の参加禁止なんですよね、お姉様?」
「そういえば前に収集されましたね。一週間くらい前だったと思いますけど……その時にあらかた全体行事については説明されたはずですが?」
まさかあなた、とジト目で俺を見て来た。
俺はいっそ清清しいくらいに肩を竦め、爽やかな笑顔で言ってやった。

「サボったが何か?」

「何かじゃないです!あなたは実力が優秀なのは認めますけどやはりその不真面目でいーかげんな所は認められません!今日はお祭りですから大目に見ますけど、いつもこんな調子じゃダメですからねッ!!」
「あーあー、何も聞こえねェ」
「棒読みで惚けないでくださいッ!!」
「お、お姉様、人の目もありますから―――ってアクセラレータさん!?それ私のクリームソーダですよ!?返してください!」
「いーじゃねェかケチケチすンな。クリームソーダの一つも笑顔で奢れねェ小せェ器だとマギステル・マギにゃなれねェぞ」
「あなたにマギステル・マギがどうのと言われたくありませんッ!!」
「ていうか私のクリームソーダーっ!!ああっ、残しておいたアイスクリームまで!?ひどいですーっ!?」
れろんとアイスクリームを頬張り、綺麗に氷まで噛み砕いて飲み干してから俺は愛衣にコップを返した。
あうううう~、と空になったコップを見ていた愛衣だったが、やがて『くわっ!!』と目を見開くと俺のドリンクに目をつけた。
俺がそれに気付いて阻止しようとするが、愛衣はそれをするりと抜けてコップを奪い取った。

「うふふふ、甘いですよアクセラレータさん!もう半年も付き合ってきたら私だって容赦がなくなったりするんですよ!!このジュースは私のものですッ!!」

「あ、待って愛衣、それは……!!」
にやりと彼女にしては珍しく悪魔的な笑顔を浮かべた愛衣は俺のコップに注がれていたジュースをゴクゴクと勢い良く一気飲みしようと呷るが、一口思いっきり含んだ所でその動作がピタリと止まった。
止めようとした高音が『あちゃー』という顔をし、俺は愛衣の数段上の凶悪な笑みを浮かべた。
ギギギ、と愛衣が俺のほうを向く。

俺の右手には俺が注文したコーラがある。

ならば、愛衣が持っているのは?
「む、むぐーっ!?」
それはもう、なんというか形容しがたい色をしているどろどろの液体だった。

この手のマニアには有名な『ガラナ青汁』である。

最近発売された『いちごおでん』と並び、二大地獄と称される絶妙の不味さで知られている。
聞き覚えがあるので俺も挑戦してみたが、結局三口までしか飲めずに途中で路地に捨てた。
「ここのコップは取り放題だったンでなァ。ちょいと仕組ませてもらったぜ」
俺は空になった『ガラナ青汁』の缶を振りながら不敵にそう言った。
そのカラクリ(とも言えないが)はこうだ。
あらかじめ飲み物を二つ注文しておき、一つをさっさと飲み干す。
この場合、あまり味が残らないさっぱりしたものがオススメだ。
そしてそこに隠し持っていた『ガラナ青汁』を入れ、そそくさともう一方は椅子の下に隠してしまう。
後は愛衣か高音のコップを奪って飲み干せば良いだけ。
二人ともしかえしに関してはガキだから同じ手で仕返しして来ると踏んだのだ。

そしたら案の定、コレである。

青い顔をして『むむむーっ!?』と口の中の液体が飲み干せずに喘ぐ愛衣。
あれはあまりにも不味くて飲み干せない上にその苦味が口の中に長時間充満するとなかなか後味が取れないんだよな。
何を考えて作ったのか、未だに不明だ。
「俺に復讐しようなンざ100年早ェよ」
「んぐっ、ふ、ふえぇぇぇ……」
「も、もうやめて!愛衣のHPは0よ!」
ネタに走る珍しい高音を眺めてから、俺は席から立った。
「じゃ、俺は夜の見まわりをやンなきゃなンねェ。そろそろ行くぜ」
「う、ううう……私、下剋上なんてできないダメ魔法使いですぅ」
「いいのよ愛衣、魔法使いは下剋上なんてしませんから」
こっち完全無視かよ。
確かに『ガラナ青汁』はやり過ぎだったかもしれないが、俺的に『きなこ練乳』よりはマシだと思うんだ。
あれはむせるからな。

某ロボットアニメの主題歌以上に。

俺は愛衣の落ちこみっぷりにクククと笑いながらそちらに近づくと、慰めている高音と愛衣の肩を掴んで引き寄せた。
三人の顔が内緒話でもするかのように急接近する。
「はうぅ!?ななな、なんですかぁ!?」

「―――今日は楽しめたぜ。じゃァな」

俺は最後に笑ったのか、それはちょっと覚えていない。
俺は彼女達が何か言う前に、その場から疑似的な虚空瞬動を使って離れた。
直線距離で500メートルほど離れて着地すると……。
「んだとコラパンチとキックじゃ物理的に考えてキックが強えに決まってんだろうが!!」
「ざけんなパンチ舐めんじゃねえ!!ボクシングでも柔道でもキックは使えねえじゃねえか!!」
「そりゃキックが強すぎるからだ。キックがありゃすぐに試合が終わっちまうからな!!」
「逆にキックが弱いから誰も出さなくなって禁止にしたんじゃねえのか?」
「ああ!?」
「やるか、おォ!?」
そこはちょうどどこぞのグループとグループのぶつかり合っている場所だった。
広域指導員として、ここを放っておくわけにはいかない。

「今日の俺は気分がいい。半殺しですませてやるか」

俺は今にも殴り合いになりそうな二つのグループに、手をバキボキと鳴らして近づいていった。
彼等の末路は、言うまでもない。






おまけ
「……見ました?」
「見ましたよお姉様」
「……アクセラレータさんって笑うと案外カッコ良いですのね」
「あー、それ、スゴク良くわかります―――でもアクセラレータさんを旦那さんにしたときは奥さんがものすごく苦労しそうです……」
「ええ、そうですね」
「「メンタル的な意味で」」
平坦に呟いた二人はそれぞれ軽くため息をつく。
なんというか、物凄く普通な二人だった。






~あとがき~

第13話をお届けしました、作者です。
ええ、デートした程度でベタベタになったりしませんよ?
むしろ彼女等は達観します。
なかなか進まない恋愛模様、それがアクセラレータクォリティwww

『とある原作』でも登場しましたガラナ青汁、いちごおでん、きなこ練乳が登場です。
ちなみに作者、いちごおでんは試したことがあります。
ガラナは買う気が起きませんでした。
罰ゲームとかではなく、自主的な好奇心で試しました。馬鹿ですwww
結果ですか?
思い出したくないです。
あれはヤバいです、体力が速攻でスぺランカーになります。
何でやろうと思ったのか思い出せない……『そうだ!いちごおでんを作ろう!』とか思った所は覚えてるんですけど……。


次回ですが、皆さま大好き、『奴』が来ます。
相変わらずになる予定ですwww
あと、エヴァと茶々丸、チャチャゼロも出ます。
皆さまのご期待にガクブルしながら執筆します……良いのができるかわかりませんが。


メロンソーダをクリームソーダに修正しました。



[21322] 第14話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/28 18:04
SIDE 一方通行

「貴様ー!なんで昼はどこにもいなかったんだ!?茶々丸に電話させてもさっぱり出んし!!」
「昨日は一時に寝たから四時くらいに起きねェと身体が動かねェンだよ」
「ケケケ、十五時間睡眠トカ、子供カ?」
麻帆良祭二日目。
現在時刻午後五時二十二分。
俺の隣にはぎゃーすかと不機嫌な幼女吸血鬼、そしてテクテク歩きまわる自立人形がいた。

幼女は言うまでもなくエヴァ、自立人形はチャチャゼロだ。

世界樹の魔力でチャチャゼロもテクテク歩けるくらいには魔力が満ちているらしく、その影響なのか幾分かエヴァの歩調が軽い気がした。
午前中何度も何度もエヴァの携帯から着信(十件近く。暇人である)が入って来ていたので四時に起きた後電話して五時半頃にエヴァの家の前で待ち合わせする事になったのだ。
無論、午後である。
「いいじゃねェか、五時半に来るっつったら来ただろ。それで満足しろ」
「満足できるかーッ!!なんだその傲慢さは!!まったく欠片たりとも貴様が悪くないと思ってる風だな貴様!?」
「ゴ主人……気ヅイテンジャネェカ」
ぎゃーぎゃーうるせえエヴァに対して『あァーあァー聞こえねェ』と片耳に指を突っ込んでからかっていると、そういえば、と辺りを見回す。
「ロボはどォした?愛想尽かして出てったか?」
「んなわけないだろ!茶々丸は茶道部で野点をしているんだ」
野点?
ああ、抹茶とか飲むあれですか。
結構なお手前でとかいうあれか。

抹茶、ねぇ。

カフェイン中毒の俺でも飲めるもんなのかね。
「じゃァそこ行くか」
「……えらく決断が速いな」
「即断即決が俺のポリシーだ。ウジウジ悩んでても始まらねェだろ。どォせテメェもプラン立ててねェンだろ?」
「ぐっ」
言葉に詰まるエヴァと共に歩きながら、麻帆良の大通りを歩いて行く。
しかし、いつも広いと思っている麻帆良が狭く感じるな。
あまりに人が多いせいで圧迫感があるからだろう。
個人的にあまりこういう人が多い所は好きじゃないので、少し早足になる。
「なんだ貴様?早足じゃないか。何か急く理由でもあるのか?」
「ゴチャゴチャしてる空気が嫌いなだけだ」
「ゴチャゴチャ、か。確かにそうだが、慣れれば別に気にならんもんだと思うが」
「その慣れるってのが問題なンだよ」
今にも舌打ちをしそうな表情のまま言う。
人ごみっていうのはいつまで経ってもなれない。
あの潰されるような圧迫感が嫌いだ。
……実際、潰れるわけもないのだが、これは気持ちの問題である。
いかにアクセラレータの反射があろうとも、やはりこれだけは慣れなかった。
高音や愛衣と一緒に歩いていた時はこんな感覚はなかったんだが、寝起きだからだろうか。
そんな事を思いながら歩いていると、

「うおぉおおおおおおおおお!?」

何やら悲鳴らしき叫び声が聞こえてきた。
なんだなんだと横を見やると、ティラノサウルスらしき二本脚の実物大恐竜が障害物を蹴散らしながら大通りを爆走している光景が見えた。
妙にその走り方がリアルである。
……麻帆良工学部ってのは技術力が高いんだか低いんだか、どっちなんだ?
「行くのか?」
「っつってもよ、こっちに向かってきてンだから行くもクソもねェだろ」
そう、ティラノサウルスはこっちに向かって走ってきている。
エヴァは肩をすくめていて避ける気はないようだし、これは俺が受け止めるしかなさそうだ。
フー、とため息をついた後、うんざりしながら前に出る。
休日だって思っていたのに、どうしてこんな面倒事に巻き込まれるかね。
「しょォがねェな」
バキボキと右手を鳴らしながら、俺は向かってくるティラノサウルスを見やる。
人と恐竜と言う種族の差を究極までリアルに伝えてくるそのロボットは、まさに本物さながらの迫力を持っていた。
魔法世界にいる竜種などはこの程度ではないだろうが、一般人にとっては震えて脅威を過ぎ去るのを待つしかない存在であるのは確かだ。
それらを守るために力を行使する。

……いや、違う。

俺は俺のわがままで力を使うだけだ、決して他人のために使うわけじゃない。
これもストレス解消だ、思いっきりぶっ飛ばせてもらうぜ。
突っ込んでくるティラノサウルスに向け、一歩を踏み出す。
「おい、そこの人、危ないぞ!!」
どこぞの親切な人が警告してくれるが、俺はそれを手で制する。
踵で地面を軽く叩く。
それだけで俺は数メートル跳躍した。
吼えるティラノサウルスの顔に向けて、鞭のように蹴りを繰り出す。
それだけでその頭が木端微塵になった。
無論、それだけでは止まらないのでベクトル変換。
前に進むベクトルを上方へ。

途端、ティラノサウルスが物理的にあり得ない動きで直角に上昇した。

慣性という力を無視して直角に舞い上がったティラノサウルスは、ガシャガシャと頭がなくなった姿で機械的に動いている。
舞い散るネジや鉄骨を見て、こいつは生物じゃねェンだな、ということをようやく実感できた。
そのリアルさは称賛に値するが、ただ称賛するだけだ。
更に落ちてきたティラノサウルスの下に入り込み、落ちてきた巨体を片手で受け止めベクトル変換。
落下するエネルギーをそのままティラノサウルスの脚の関節部へ。
バキャア!!と脚が砕け散り、尻尾がバタバタする間抜けな姿になったティラノサウルス(元)を背に、俺はエヴァの所に戻ってくる。
「待たせたな」
「ふん、さっさと粉砕すれば良いモノを。……まあ、貴様の能力が相変わらず意味不明だということがわかっただけ良しとするか」
別に良い事でも何でもない。
それでもなんだか上機嫌そうなエヴァは前よりも更に足取り軽く歩いて行く。
なんなんだ、と思いつつそれについて行くと、チャチャゼロがぼそり。
「ソレ無シデ戦エヨ」
「俺のアイデンティティだ」






日本庭園のような場所にやってきた。
いや、『のような』は適切ではなく、本格的なそれであった。
麻帆良祭のためか草木は綺麗に切りそろえられており、理路整然とそれらが並んでいた。
砂利については何人も通ったため乱れているが、気にならない。
スリッパやサンダルでもないから小石が入ったりもしないしな。
ううむ、しかし風流である。
将来なこんなのほほんとした雰囲気の場所に隠居したい。
平和って一番だよな。
異様なまでに和みモードに入っていると、前方に茶々丸がいることにようやく気づいた。

「アクセラレータさん、マスター、姉さんも、ようこそいらっしゃいました」

ぺこりと頭を下げるその姿はロボットのそれであり、やはり機械的なぎこちなさを感じさせる。
原作の一年以上前の茶々丸だ、ネギと出会って以降の茶々丸とは反応が違うか。
俺がそんな事を思っていると、エヴァがぶすっとした様子で茶々丸に話しかけた。
「茶々丸、私より先にアクセラレータの事を呼ぶな」
「しかし、アクセラレータさんはお客様です。お客様の方を先にお呼びするのはいけませんか?」
「私がお客様じゃないと言うのか!?」
「はい。マスターも野点に参加する義務がありますので」
「ぐっ……そ、そういえばそうだったな」
ホントに大丈夫か、この吸血鬼。
流石に600年も生きてきたらボケてきたのか?
そんな俺の視線に気づいたのか、エヴァがギロリと睨みあげてくる。
「なんだ、何か言いたげだな、アクセラレータ」
「クソガキの嫉妬はウザいだけだと言いたかったんだが」
「―――ほほう、誰がクソガキで嫉妬していると?」
「あァ?なンだ、やンのか?」
「オオ、イイジャネエカ。モットヤレ」
俺とエヴァがにらみ合い、チャチャゼロが煽ってくる。
ジャキッ!!とエヴァのゴスロリ衣装のどこからか魔法薬を取り出し、俺は一歩、二歩とステップを踏む。
そうやって臨戦態勢をとっていたが、やがて双方共に武器を下げる。

これはいつもの事だ。

むしろ打ち合いにならないだけマシである。
流石にこの場で魔法の射手を撃ったらヤバいことくらいこのクソガキでもわかったみたいだしな。
「ふん……この決着はいずれつけてやる」
「華々しく俺の勝ちを飾ってやる。ありがたく思えよ」
「言ってろ」
「面白クネーナ。外デモ血ヲ見セロ、血ヲ」
無茶いうな殺戮人形。
流石の麻帆良祭でも血が出たら誤魔化しきれねえだろうが。
俺たちは拳を下ろすと、オロオロと俺とエヴァを見比べていた茶々丸に視線を戻す。
ようやく事態が収拾したのがわかったのか、茶々丸はどこかホッとした様子で俺たちに話しかけてくる。
「お二人とも、野点に参加するのですか?」
「私は当然として、コイツもな」
エヴァがそう言って後ろにいる俺を親指で指さす。
俺は大人げなく、それに反抗するように鼻を鳴らした。
「オレガイルノモ忘レンナヨ」
「お前は茶なんて飲めないだろうが。ったく……茶々丸、任せたぞ」
エヴァがそう言ってチャチャゼロを茶々丸に預け、そのまま立ち去って行った。
あいつ、何しに行ったんだ?

……本音を言うと、俺は野点の作法とやらは全然知らない。

チート知識の宝庫であるアクセラレータの頭脳ですら野点の情報は皆無であった。
まあ、学園都市で野点の知識が必要になるとは思えないしなあ。
まったく動こうとしない俺を疑問に思ったのか、茶々丸が首をかしげて尋ねてきた。
「あの、アクセラレータさんは着替えに行かれないのですか?」
「着替え?」
まさか俺もジャパニーズキモノを着なきゃなんないのか?
いや、俺の場合ハカマを履いたあれか?
やべぇ、そこからわからねェのかよ、俺。
俺が柄にもなくそこから動けなくなっていると、茶々丸は更に10度ほど首を傾け、
「アクセラレータさんは野点の事を知らないのですか?」
「…………」
「ケケ、図星ダゼ、コイツ」
何か言い訳しようと考えていたらチャチャゼロに先制された。
コイツ……覚えてろよ。
そしてその事実を知った茶々丸は。
「そうですか、それなら早く言ってくれれば良かったのですが」
「……着替えは向こうの更衣室に置いてあンのか?」
「はい、そうです」
何やら恥ずかしいやら何やらで、俺の脳は少しヒートアップしていたらしい。
ぐるんと踵を返すと、茶々丸の助言を得ずに着替えをすることにした。
―――正直、ここ最近ではこれ以上ないほどに不安だった。






「バカ者ォ!!それは死装束だ!!」
袴をうまく履けたのでようやく行ってみると、何やら襟の位置が逆らしい。
『しにしょうぞく』とか、知らねえっての。
ブツクサ言いながらも再度更衣室に向かい、最後に屈辱ながらエヴァに多少襟を整えてもらってなんとか了承を得た。
「ふん……まあ、これで恰好だけは人前に出てもおかしくなくなったな―――って何を見ている茶々丸!?また録画を使っているのか!?」
「画像を保存。電子メールを作成し、データを添付―――」
「超に送るつもりか!?させん、させんぞォおおおおおおおおおおおッ!!」
派手な着物を着て、金髪を簪でまとめているエヴァの姿はまあなんともそっち方向の性癖の人間にとってはたまらないだろうという感じだ。
一般的に見て、エヴァを綺麗だと言い張る人間がほとんどだと断言しても良い。

ただ、美女でも美少女でもなく美幼女かもしれないが。

エヴァはガクガクと茶々丸の頭を揺さぶった後、ネジをブッ刺して無理矢理茶々丸のメール送信を妨害することに成功した。
しかし、お転婆な妹が姉にじゃれてるとしか思えない光景だな、これは。
「ああああそんなに巻かれては」
「……相変わらずボキャブラリーはそれしかねェのか」
まあ、そんなこともあったが野点は開始されることになる。
とは言っても俺たちだけだが。
チャチャゼロはうまい具合に椅子の上に座り『退屈ダー、何カ殺サセロヨゴ主人』とかほざいているが、無視だ、そんなもん。
エヴァも完全に無視である。
さて、そんなチャチャゼロは放置の方向で、俺は正座して座る。
男子は確か脚の間を開けて座るんだったな?

……マジで見よう見まね且つ適当だが、これでいいのか?

エヴァや茶々丸が文句を言わないからこれでいいのか?
ええい指摘する所があったら指摘しろ!!
結局何やらそういう落ち着きがないというか、そわそわしたおかげで楽しめたと言うにはほど遠く、またアクセラレータの性格上こういうのはすぐキレてやめてしまいかねないので俺は精神的にかなり苦心した。
抹茶が美味かったのは認めてやるが。
そこだけが救いだ。
「素人としても酷いが、まあこんなもんだろう。来年も来るか?いや来い」
「絶対ェ来ねェ」
普段着に着換えた俺はぐったりしながらそう言った。
そんな様子を見てエヴァは何やらニヤニヤ顔で上機嫌である。
おそらく俺の参っている姿を見て楽しんでいるのだろう、このクソガキめ。
俺がそんな様子だからか、茶々丸はオロオロした様子で俺に話しかけてくる。
「あの、何かいけない所があったでしょうか?」
「いけない所はねェ。それがいけねェンだよ」
素人の目から見たらあまりに完璧すぎて、エヴァと茶々丸に完全に置いて行かれた感がある。

久しぶりに屈辱だった。

クソッ、愛衣でも探していじくり回すか?
俺の言っている意味がわからないのか、茶々丸は首をかしげていた。
ニヤニヤと笑っているエヴァが俺の肩を叩く。
「まぁ、誰にだって苦手分野があるということだ。そうだろう、アクセラレータ?」
「…………否定はしねェ。っつかそれ以上嬉しそうに話すンじゃねェ!地球1回転分のエネルギーぶつけンぞコラァ!!」
―――結局、俺たちはモメて解散するのが運命らしい。
その後、俺とエヴァたちは自然解散となった。
まぁ、いつものことである。






「ぐぇ……」
ドサリ、と何やら重い者が倒れる音。
ため息が一つと、拳を鳴らす音が二つ。
俺はその後、結局広域指導員の仕事をしていた。
目の前に倒れているのは三人のナンパ集ども。
強引に裏路地へ、という輩は本当にいるもんで、既にこういう輩の対処は慣れたものだ。

愛衣ではなくこいつらでストレス解消できたのが唯一の救いだろう。

こんなゴミ溜めどもにも使い道があったとはな。
野点でのイライラがまだまだ残っているためか、少々思考が暴力的である。
そのせいかこいつ等に対しての加減が曖昧で、ちょっと骨とかイッちまったかもしれないが、死人に口なし、犯罪者に口答えする権利なしである。
「っつゥかメンドクセェ……もう4件目だと。どうなってやがる」
どうして一方通行の周りにはこれほどまでトラブルが起こるのだろうか。
まさか『カミジョー属性』を持っているのか!?と心配になる。
トラブルメーカーというのはネギじゃなかったのだろうか。
麻帆良にいないから今は俺がトラブルメーカーということか?
神様とはなんとも面倒な役割を与えてくれるものである。
ありがとうございますと頭を下げている女性陣にヒラヒラと手を振りながら、ジジイに連絡を取る。
『ちょっとばかり多すぎじゃないかの?』
速攻でジジイがそう言った。
この場合の“多すぎ”とは検挙される人数ではなく、俺の検挙する回数の多さである。
「うるせェ。自分でもそう思ってンだよ。どォにかなンねェのかこの浮かれたクソ共は」
チャラい恰好をした『ちょい悪』な男たちを見下ろしながら、俺はため息をついた。
『麻帆良祭は見ての通り大規模でのぉ。浅はかな輩が裏で動くにはちょうど良いと言ったところじゃろうて』
「あーッ、面倒くせェ。裏路地全部引っかき回してやろうか」
『それはちょっと勘弁じゃのう』
結局麻帆良からすれば言う事聞かなかったらブチのめして豚箱にブチ込むわけだが……まぁ、ガンドルフィーニや高音の『お優しい』対応だと舞い戻る危険性があるが、ここまでフルボッコにしてやれば二度と麻帆良に近寄ろうとは思わないだろう。

俺の恐怖政治の経験サマサマである。

やってきた先生方にフルボッコされた奴らを引き渡し、俺は再び人ごみの中を歩く。
既に夕焼けで、空は赤い。
本当に晴れの多い地域だ。
だからこそここにいる連中は暢気なのかもしれないが。
また世界樹の上で寝るか?
いや、注目してる連中も多い中、それはまずいか。
自重するというのもいちいち対外的な都合を考えなければならないから面倒だ。
もうこうなれば家で寝るしか、と考えていたのだが、ここで携帯が鳴る。
着メロ?

語れ!涙!だが何か?

あのマンガ、この世界にあってしかも映画化までしてるから驚いた。
……いや、そんな事を言っている場合じゃない。
見ると、ガンドルフィーニからの電話だった。
通話ボタンを押す。
「ンだよ。俺は忙しいンですが?」
『それにしては周りが静かじゃないね。裏路地にいるわけじゃないだろう?』
チッ、と舌打ちする。
どうせガンドルフィーニからの電話なんて厄介事しかないのだ。
「あァそォだよ現在超絶に暇だっつゥの。で、何だ?」
『話が速くて助かる』
ふむ?と俺は頭の中のギアをシリアスなそれに切り替える。
この時期の麻帆良祭で起こった問題など、原作知識にはない。
となると、何か小競り合いみたいな事件が起こったのだろうか。
頭の中でそれらの状況について頭の中で考慮していると、


『是非、漫画研究会の公演に来てくれッ!!』


「…………」
流石の俺も絶句。
いや、何て答えれば良いんだ?
『前も言っただろう、私は漫画研究会の顧問もやっていると。今から30分後に私と他の生徒たちによる『北斗百○拳とペガ○ス流星拳のどちらが強いか』という研究内容の発表を行うんだ。いや、自分でもなかなか詳しく調べたと自己満足しているわけだが、この喜びを君にも知ってもらいたくてね。高畑先生や高音君も誘ってみたのだが、彼らはそれぞれ都合があるらしくてな……だが君なら暇だろう!?どうだ、公演会に―――』
無論、切った。
その後、電源も切った。
しばらく無言で歩き続け、俺はふと呟く。
「……昨日、もうちっとあいつ等に優しくすればよかったか」
ガンドルフィーニに火をつけた原因は俺だ。
迷惑かけた責任は取らねェとな……。
俺はドッと疲れた気分になりながら、結局家路についたのであった。
後日、この漫画研究会の発表が麻帆良新聞に大々的に取り上げられているのを見て吹くことになるのだが……その事を今の俺は知らない。







その翌日、麻帆良祭三日目。
一応、10時に起きた。
俺にしてはハンパないほど早い時間帯であるが、それも仕方がない。

本日、例の『鬼ごっこ』があるからだ。

大通りなどを通ってみると、雪広コンツェルン主催を異常に強調したバルーンにより通知が行われていたり、それにより飛行機による飛行が禁止されていることなどが報告されていた。
それを読みあげると、こうだ。

『雪広コンツェルン主催!今年は麻帆良全体での鬼ごっこ!ゼッケンは先着3000名様まで受け付けます!受け付けはお早めに!』
『時間帯は午後3時から午後5時!暗くなるまでが鬼ごっこです!』
『鬼:タカミチ・T・高畑 一方通行』
『実況席には近衛近衛門学園長先生をお呼びします!』

などというフザけた文字が躍っている。
っつかクソジジイ、自分は高みの見物かよ。
良い御身分で。
ちなみに、俺は深くフードをかぶり、バイザーをつけて変装している。
騒がれたりしたら面倒くせェからな……原作のネギみたいな事態は御免だ。
街中を見てみると、あちこちに『鬼ごっこ』の受付があり、ずらりと列がついている。
受付にはゼッケンがあり、その説明を盗み聞きすると鬼が手につけているセンサーにゼッケンが触れるとアウトになり、ゼッケンに備え付けられているブザーが鳴るそうだ。
その時にゼッケンが青色から赤色に変わるらしい。

無駄にハイテク使ってやがるな、雪広コンツェルン。

更にゼッケンのみを隠すなどという行為を防ぐため、まるで手錠みたいに鍵をかけてゼッケンをつけていた。
というのも電子ロックであり、鬼ごっこが終了するか午後5時になるかで外れるようだ。
……どんだけ金かけてんだよ。
それらの受付に近寄って見ると、どこぞの若者二人の話し声が聞こえてくる。
「なあ、一方通行って何だ?何かの標識か?」
「バカ!んな事も知らねえのかよ……まぁお前は知らんだろうが一方通行ってのはあの『ホワイトデビル』の本名だ」
「げぇ!?あんな都市伝説みてえな奴が出てくんのか!?俺やめよっかなぁ……」
「それこそバカだろ。『ホワイトデビル』みたいな有名人と会えるんだったら是非出るべきだろ!お前みたいな平凡かつ平凡かつ平凡な生活にちょっとでもアグレッシブな刺激を入れるチャンスだぜ!」
……なんだか俺の名前が芸能人っぽく伝わっているみたいだな。
まあ、『学園都市』でも第一位として有名ではあったから、ちょっとした意外があるだけで意識が高揚したりはしなかった。
慣れてるのかね。
「こういう地雷臭漂うB級ゲームにはきっと超面白いオチが超待ってるはずなんですッ!!」
「何故そこで断言!?っつか待て待て割り込みすんじゃねえ!?すみませんコイツ祭りの気分でハイになっちゃってて!!」
「電波が東西南北から来てる……」
「全方位から受信してんじゃねえ!?ただでさえフラフラと危なっかしいんだからこのジャージ娘は!!」

……なんだか聞いた気がする口調だが、気のせいだろう……。

そそくさとその場から離れることにして、俺は再び大通りを歩いた。
午後3時から『鬼ごっこ』が始まるようだから、パレードは午前中で既に片付けに入っている。
あちこちに何やら暴走した名残やへこんだ地面などがあるが、とりあえず無視。
麻帆良大結界って、すげえよな。
というか、これで新聞沙汰にならない方がおかしいだろ。
長谷川千雨も苦労してるんだな、と改めて思う。
ストレス解消に二次元に走るのもしょうがないだろうな。
なんというか、非常に脱力した気分で歩いていると、既に昼頃になったようだ、大通りにいる人がそれぞれ喫茶店などに入っていく。
俺もステーキ食おうと思いつつ、肉が食える飲食店を探していると、

「おーい、アクセラレータ!」

聞き覚えのある声が右から。
思わずそちらに向くと、そこには明石、ピザマン、ガンドルフィーニというモブな魔法先生が勢ぞろっていた。
やれやれと思いながら、そちらに向かう。
「おォ、奢ってくれるらしいな」
「既に決定事項かい?」
「肉まん寄越せ。肉食いてェンだ」
苦笑しながら、ピザマン―――弐集院が肉まんを差し出してきたのでそれにかぶりつく。
……超包子か、相変わらず良い味出しやがる。
食べ物を食わせれば大人しくなる俺の習性を知っている面々は俺の調子に苦笑しながら、とりあえずガンドルフィーニが俺に詰め寄ってくる。
「アクセラレータ、昨日はどうしたんだ?急に電話を切ったりして」
「『ボランティア』だ。昨日だけで5件くらいあったぞ。麻帆良の空気にチョーシぶっこく連中が多くなってるみてェだ」
咄嗟に事実っぽい嘘をつく。
誰がそんな発表会行くか、面倒くせェ。
俺の台詞に明石がため息をつく。
「また荒事か……麻帆良祭の時はいつも以上に多いんだな」
「いつものことではあるが、このドサクサに紛れる人間は本当に多いんだよ」
武闘派ではない明石と弐集院は残念そうに言った。
こいつ等は前線に立たず、後方から情報の制御をやっている連中だ。
表舞台に立つ前線を支える役割としては申し分なく、欠かせない存在だとは思っている。
だが、魔法使いと言えばタカミチ、ガンドルフィーニ、神多羅木などといった連中の印象が強い俺にとって、こいつ等は芯が小さいと思える。

甘っちょろい、と言えば良いのか。

タカミチなどといった武闘派の連中はそれぞれ心に一本ズドンと芯があるようなもんだが、情報統合班などといった後方援護の連中は総じて甘い。
正義病の連中はこういう所に多くいたりもする。
だが、そういう情報関連の部隊の方が戦いの裏などといったことを見つけやすいと思うが……その戦いの意味を考えずにいる連中が正義病にかかるわけだな。
ガンドルフィーニも緩和されたとはいえ、まだその病気にかかってるっぽいし。
エヴァを危険視するのは変わりないみたいだしな。
何故それでいて俺にかかわろうとするのかは分からないが。
「ンで、何でテメェ等は集まってンだよ。合コンでもやンのか?」
「……一応私たちは子持ちなんだが、アクセラレータ」
ガンドルフィーニは呆れたように眉間を抑えた。
イイ歳こいた男がぞろぞろ集まってやることと言えばそれくらいしかねェという俺の常識がおかしいのか?
俺の軽口に苦笑しながら、明石が答える。

「『鬼ごっこ』について話していたんだ。僕たちは参加できないからね、どんなふうに盛り上がるのか予想していたんだ」

げぇ。
よりによって一番考えたくない事が話題かよ。
俺は肉まんを齧ることでストレスを解消しながら、苦い顔をする。
その顔を見た弐集院が笑った。
「確かにアクセラレータにとってはダルい仕事かもしれないけど、どうせ学園長に言われたんだろう?もう諦めなよ」
「君がこういうゲームに出るなんてそれしか考えられないからね」
あっはっはっはっは、とお気楽に笑ってくれるクソ野郎が二人。
ブッ殺してやろうか。
「そんな顔をするな、アクセラレータ。あの力を使わない範囲でなら好き勝手やっても構わないんだろう?実はそっちにも少し期待しているんだ」
弐集院、お前はそんなキャラだったか?
ちょっとニヤリとした弐集院だったが、明石にため息をつかれる。
苦笑の表情である。
「片付けをするのは雪広コンツェルンの皆さまと僕たちなんですよ、弐集院先生。あんまり好き勝手やってもらうと後片付けが大変ですよ」
「まあ、いいじゃないですか。若い内は好き勝手やるものですよ」
弐集院……過去に何があったんだ。
記録が残っていたら是非見せてもらいたいと思いながら、俺は頷く。
「あァ。文字通り好き勝手させてもらうぜ。やるからには絶対勝ってやる。それに、サッサと終わらせてサッサと寝てェしよ」
「君らしいよ」
再び弐集院と明石が爆笑。
ガンドルフィーニもニヤニヤと笑っている。
少し面白くない気分になりながら肉まんを齧っていると、おお、とわざとらしくガンドルフィーニが言う。
「そういえば、君に聞きたい事があるんだった」
何だ?
ガンドルフィーニに何か言われるとしたら、昨日のエヴァとの野点か?
この際だから言うが、俺はテメェ等に自由を拘束される言われはねェぞ。
「なンだ?サッサと言え」
「うむ、ならば言うが―――」
ここで言葉を遮り、弐集院が身を乗り出しながら言った。


「真ゲッ○ーとマジ○カイザー、どっちが強いと思うッ!?」


「…………」
ガンドルフィーニの方を見るとコクリと頷き、明石の方を向くと、こちらも真剣な表情で頷いた。
まあ、なんだ。
……馬鹿が増えやがった。





おまけ
その後―――
「やはり真ゲッ○ーは真ドラ○ンと組み合わせると最強クラスの―――」
「待ってください。真ドラ○ンは除外でしょう」
「ふっ……合体するのは反則ですかな、明石先生?」
「―――まさか真ドラ○ンにパイ○ダーオンとかいう戯言は吐きませんよね弐集院先生ッ!?いかに真ゲッ○ーがシャイン○パークの動力源になったとはいえそれは認められませんよッ!!」
「ですが、もしもそうなると大きさと出力でマジ○カイザーは蒸発しますね……なにせ衛星をぶった斬りますし」
「そうッ、ゲッ○ー線の力は無限大だァああああああッ!!」
「何を言う!?光○力こそが世界一ィィィィィィィィッ!!」
―――などとフザけたテンションでハシャぎ始めたので、俺は他人のフリをしてそそくさと離脱した。
むしろそういう『どっちが強いか』という問答自体無意味だということに気づかないのだろうか。
彼らの娘が早めに到着する事を祈ろう。
若干ガンドルフィーニが一歩引いた視線で見ていたが……お前も同類だからな。






~あとがき~

第14話をお届けしました、作者です。
馬鹿が増えましたwww
ガンドルも変になっちゃったのでいっそのことこいつ等も、と思いまして崩壊させましたwww
明石教授とピザマンさんはロボット中心、ガンドルは一応そっち方向の知識もありますけど漫画研究会の連中から聞いただけでほとんど知ったかという状態です。
『おまけ』でテンション低いのがガンドルです。
超が出てくると思った方、多いようですが……彼女はまだです。
オオトリを飾ってもらいます。

え?はまづらがいた?滝壺?絹旗?まさか、いるわけないでしょうwww


次回は『鬼ごっこ』が開幕します。
おそらくそれだけの描写で終わる予定です。
登場キャラはタカミチ、学園長です。
新登場キャラが出ますが(無論原作キャラです)、ここでは明かさない方向で。
あと、できれば先生方を少しだけ。


追伸
弐集院先生の発言を一部修正しました。



[21322] 第15話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/29 12:30
SIDE 一方通行

俺はそのままブラブラと時間を潰していたのだが(あの異常な光景を忘れるために)、やがてタカミチからメールが届いた。
なンだなンだと開くと、

『高畑です 世界樹前広場に集合です』

というメールが送られてきた。
魔法関係の話かどうかは分からないが、俺に送られてきたとなると行かないわけにはいかない。
やれやれと思いながら世界樹広場の前に向かうと、

「おお、来よったか。来んかと思ったぞい」

ジジイがいた。
いつもの気楽な姿ではなくスーツでキメている。
妖怪のくせに妙に似合っていたりする。
「なンでテメェがいンだよ、ジジイ」
「フォフォ、そりゃあ実況席がここに設置されるからの。お主を呼んだのは他でもなく、この『鬼ごっこ』についてのルールを伝えるためじゃ」
ルール?
ンなモン、追いかけてゼッケンにタッチすればいい話じゃねェのか?
俺はそう思ったのだが、ジジイが言いたい事はそう言う事じゃないらしい。
「この『鬼ごっこ』は年齢無制限じゃが、そのせいで小さいお子様も参加しておる。アンケートを取った所最年少は7歳だそうじゃ」
「……だから何なンだよ」
「できればそういうお子様には是非『オトナ』な対応を取ってくれると助かるというわけじゃ。少なくとも風で吹き飛ばすのはアウトじゃぞ。お子様に限らず参加者に怪我をさせるのもアウトじゃ」
「チッ」
「何その舌打ち!?もしかしてやる気満々じゃった!?」
舌打ちはしたが、そんなことは百も承知。

これはあくまで行事である。

つまり、危害を与えたりするのは禁止。
怪我などする行事など即中止、処分が当然である。
怪我でもさせて批判が来れば雪広コンツェルンにもそれが行くしな。
そうなれば俺もジジイも立場がヤバくなる、か。
……めんどくせェが、これが社会と中間管理職の悲しき運命、とやらですかね。
「自重すりゃァいいのか?」
「というわけでもなくての。ある程度自重しつつ好き勝手やってほしいのじゃよ」
はァ?と俺は眉根を寄せる。
またなんでそんなややこしい事を?
好き勝手やればいいんなら自重する必要もねえと思うのは俺だけか?
「いやね、とある先生がこれを利用して君の脅威を見せつけることで事件の検挙数を減らす、ということを伝えてきたんじゃよ」
……つまり、何か?
俺にせいぜい派手に暴れまわってもらい、それを馬鹿でかいモニターにでも映して実況することで麻帆良でチャラい事を起こしたらどうなるかを宣伝するわけか?
なんともまあ、複雑な要求を叩きつけてくる。
「無論テレビ放送はせんぞい?流石に君やタカミチ君の身体能力を公にしたらまずいからのう」

それは当然だろう。

何となく納得してしまう麻帆良大結界がなければ長谷川千雨みたいな奴に気づかれかねない。
一応、世界で一番早く走れる人間はオリンピック短距離第一位の人間なんだろうし、それ以上の速度を出してしまうのはどうなんだよってことだ。
俺がため息をついていると、ジジイが俺の肩に手を置いて、
「なあに、報酬は上乗せさせてもらうぞい」
「……チクショウ」
背に腹は代えられない。
やるしかないだろう。
要するに、カメラにはバレない程度に『異常』を発生させても良いということだ。
流石に瞬動なしで3000人を追いつめるのは無茶ってもんだろうし。

ん?待てよ。

「なァ、ジジイ。俺たちにはゼッケンがいる位置を掴む探知機みてェなモンはねェのか?」
「んむ?もちろんあるが、それが何じゃ?」
「……テメェ、聞いてねェぞ。地道に3000人探し出さなきゃならねェと思ったじゃねェか!!」
「ふおっ!?い、言ってなかったかのう?」
「言ってねェよ!!」
このクソジジイが……マジでこのアトラクション潰してやろうか。
よりによって大事なことをすっぽかしやがって。
殴りかかろうかどうか思案していると、俺の肩にポンと手を置かれた。
そっちを見上げると、そこにはタカミチが立っていた。
「まあまあ、アクセラレータ。学園長にはよくある事じゃないか。そこは僕たちで対応していくしかないよ」
「タカミチ君……そこはかとなく酷くないかの?」
「事実です」
とりあえずその事実はタカミチにも伝えられていなかったらしく、タカミチもちょっとはご立腹らしい。
いつもは学園長の援護をするが、それも一瞬だった。
タカミチに見捨てられたら終わりだな、とか思いつつ、俺はとりあえずタカミチが持ってきたコーヒーを受け取った。
「おォ、サンキュ。……で、俺たちァ3000人の参加者をタッチアウトすりゃいいンだな?途中見つけた『アクシデント』はどうすンだ?」
「カメラを切り替えさせるわい。全力で対処せい。そのために二人なんじゃからな」
このために魔法先生や広域指導員を総動員しとるんじゃからな、とジジイは言った。
「迷子も怖いですが、そちらの方は?」
「そちらは魔法生徒や実行委員に任せようかと考えておる。なにせこの麻帆良の広さじゃ、初めてここに来るお客様が無事にここに戻ってこれるかもわからんわい。既に地区ごとにわけて散開中じゃ」
「抜け目ねェな」
「トラブルが起きたらちとまずいからの、そりゃあ真剣じゃ」
その割には来年は抜け目ありすぎたわけだが……やれやれ、いつもその調子であれば良いものを。
俺がため息をついた時だった。

「おぉーっとぉ、そこにいるのは我らが高畑先生じゃないですか!?」

そんな興奮した声が聞こえた。
その声に振り替えると、俺は速攻で視線をそらした。
朝倉和美。
ガンドルフィーニを増長させた情報源である。
自力で魔法に辿りつく危険性のある生徒としてブラックリストに載っている生徒の一人だ。
俺はジジイに視線を向ける。
ひそひそと、小声でジジイは言った。
「(認識阻害はしておる。向こうにはタダの世間話に聞こえとったはずじゃ)」
流石にそれはしてある、か。

コイツに魔法を知られたら記憶を消すか、そのまま『消す』か。

ま、過激な手段なンざ取りたくねェわな。
俺が言うのもなんだが。
マイク片手に迫っていく朝倉のポケットの中には、おそらくテープレコーダー。
マイクは無線式のようだが、ポケットのふくらみですぐにわかった。
マイクについては持っているもの以外にアクセサリーのようにつけているものが二つ。
ちっ、麻帆良新聞に載せようって腹か。
ジジイ以上に面倒くせェな……。
「(オイ、音声テープに撮ってやがるぞ。機械にも認識阻害の効果あンのか?)」
「(…………)」
「(そこで冷や汗流すンじゃねェ!肝心な所で頼りにならねェなテメェは!!)」
ジジイの浅知恵に呆れながら、俺は朝倉を見る。
今は何やらタカミチに矢継ぎ早に質問をふっかけていた。
「今日の学園全体鬼ごっこですが、勝算は?」
「あー、まあ3000人だし、半分くらい捕まえられたらいいなという所だよ」
「一方さんとは麻帆良祭で一緒にいたそうですが、関係は?」
「彼は友人だよ」
「一部ではコアな意見も上がっていますが、そういう関係については!?」
「……誤解を招く質問はやめてくれないかな……」
あはは、と苦笑しながらタカミチは質問に答えていた。
オイオイ、俺とタカミチの関係はそんな腐った連中が喜ぶモンじゃねェぞ。

……っつか、あれが次俺に来るのか……やべェ、ブッ殺しそうだ。

「アクセラレータ、抑えるんじゃ」
「抑えられる気がしねェ」
しばらく後、ようやくタカミチが開放されたようだ。
タカミチも担任になった当初は苦労したんだろう、ちょっと老練した顔になっている。
そして朝倉の目が俺を捕える。
俺にガンつけるたァいい度胸だなオイとにらみ返してやったが、それでも構わずに突き進んできた。
……怖いモンってのを知らないのか、コイツ。
「あなたが高畑先生と一緒に学園全体鬼ごっこの鬼になる一方さんですね?」
「……あァ」
「質問、よろしいですか?」
「全部ノーコメントで良いなら」
「では質問させてもらいます!」
人の話を聞いちゃいねえ。
「まず、一方さんは『ホワイトデビル』と呼ばれているアクセラレータご本人で良いですね?」
「…………」
「次に、そんな一方さんがこの鬼ごっこに参加することになった理由は?」
「…………」
「えーと、高畑先生は半分くらいと言っていましたが、一方さんはどれくらい参加者を捕まえると考えていますか?」
「…………」
「時速60キロで走るとかいう噂ですが、本当ですか?」
「…………」
「不審者を検挙した数はもう100人以上という話を聞きましたが、本当ですか?」
「…………」
「これは私のクラスメイトからの質問ですが、何か武術を習得されているのですか?流派まで詳しく」
「…………」
しつけェ。
イライラが止まらない……『一方通行』がイラついてるのか?
いや、これだけしつこければ誰でもイラつくだろうが……。
ていうか最後のは褐色の方のチャイナ娘だろ。
余計な質問しやがって。
ジジイがアイコンタクトで『抑えるんじゃ、抑えるんじゃアクセラレータッ!!』と絶叫しているのがわかるが、マジでいつキレるかわからんぞ、これは。
ぶるぶると俺の腕が震えているのに気づいてこれはヤバいと思ったのか、間にタカミチが割り込んでくる。
「ほら、朝倉君、彼はノーコメントということで」
「それじゃあ記事にならないんですよー」
朝倉がゴネると、タカミチは厳しい口調で。
「いいから。僕たちも忙しいんだ」
「ぶーぶー」
ブツクサ言いながら朝倉は漸く離れていった。
俺がキレる前に離れていってくれて、何よりである。
しかしイライラは収まらない。

……高音はいねェのか。

「ほらほら、アクセラレータ。落ちついてくれ。その形相で追いかけられたら一般人の人はトラウマになるから」
何とか俺をなだめようとするタカミチを見て、俺はひとつため息をつくと、踵を返す。
「アクセラレータ君?どこに行くんじゃ?」
「コーヒー買いに」
それにほっとしたようにため息をつく二人を背に、俺は自販機に向けて歩いて行った。
現在時刻、午後二時三十四分。
『鬼ごっこ』は、近い。






『さあ、麻帆良学園全体行事、鬼ごっこの開始が近付いております!現在、そのスタート位置である世界樹前広場に人が続々と集まっています!改めてみるとすごい人数ですね、学園長先生』
『学校丸ごと一個あたりの生徒人数よりも多いからのう。こりゃ壮観じゃ』
『確かにそうですね。大人も子供も一つの目的のためにこれだけの人数が集まるのは麻帆良祭でもこの全体行事だけです!』
世界樹前広場ってそんなにスペースがあっただろうか。
そう疑問に思えるほどそこには人が集まっていた。
これはアナウンサーの言う通り、集まってきている連中の幅は広い。
ぎゃあぎゃあ騒ぐクソガキどもから、何故か筋骨隆々なジジイまでたくさんである。
物陰からチラチラと窺っていると、何やらとんでもねー連中がいるのに気づいた。
いや、テメェら参加しちゃいけねえだろ!?という類の連中だ。

2-Aの麻帆良四天王どもである。

「(なンでゴザル口調の似非忍者と格闘馬鹿がいるンだ!?)」
くそう、様子を窺って見ても『アイヤー、アクセラレータや高畑先生と戦えるのはワクワクするアル!』『拙者もでござるよ。お二人の実力はいかほどのものか、確かめるには良い機会でござるからな』とか言ってるに違いない。
俺はギロリとタカミチを睨みつける。
携帯を取り出すとタカミチに電話をかけた。
「おい、あそこに麻帆良四天王の内の二人がいるンだが」
するとタカミチは慌てたように首を振る。
『そんなこと僕に言われても……魔法生徒と魔法先生は参加禁止というのは聞いたけど、彼女たちは一般人に分類されるということは間違いない。参加できないという理由にはならないんだよ』
「クソッ、あいつ等捕まえるのは骨が折れそうだ……」
『どうしてだい?君なら簡単に捕まえられると思うけど』
「だから困るンだよ」
俺はため息をついた。
「そうなったらあの野菜星人の末裔ども、俺に戦え戦えとか言ってくるに違いねェ」
『……でも、それなら君に弟子入りをせがんてきた人たちと同じように―――あ、そうか、カメラがあるか……』
「だろ?正直あんな面倒くせェ奴らは一度も相手したくねェンだ」
あんな奴らに追い回される悪夢なんて御免である。
だが、あそこにいる以上は参加しているのだろう。
現実から目をそらすな、アクセラレータ!

いざとなればタカミチに全部押し付ければ良いんだから!!

「っつーわけでタカミチ頼んだ」
『いやちょっと待ってくれよ。僕に振るのかい?ここはお互い公平にであった時に対応すると言う事で―――』
「俺は嫌だ」
『そんなワガママ言うなよ』
構わず俺は電話を切った。
向こう側にいるタカミチが渋い顔をしているが、そこは腕を組んで無視をすることにする。
それからしばらくして、カウントダウンが始まる。

『鬼ごっこ開始5分前!と、ここで御集りになった皆さんに発表です!皆さんが集まっているこの世界樹前広場ですが、ここに鬼に来てもらうことになりました!逃げる方も鬼の顔を知らないと逃げられませんから、当然ですね!』

……オイ、ちょっと待て。
タカミチと俺の待機位置がなんかおかしな位置と思ったら、こういう事か?
俺とタカミチは世界樹前広場にある階段を挟んだ両脇にいる。
俺たちの横には即席で作られた壁があり、俺たちを作為的に隠すものである事がわかる。
クソジジイめ……俺たちを見世物に―――いや、そういう企画だったな、これは。
観念するしかない、か。
俺ががっくりと肩を落とす先で、タカミチも疲れたように煙草を吹かせていた。
タカミチはどうやらこうなることが予想できていたようで、少しは落ち着いているようだった。
煙草をくわえている口はこう動いていた。

『あきらめろ』

……ここまできたらそうしかないよな、タカミチ。
後で超包子で飲もう。
ちょうど超との用事もあるしな。
俺が頷くと、白々しいアナウンスが流れてくる。
『では、鬼のお二人に登場してもらいます!まずは高畑・T・タカミチ先生に出てきてもらいましょう!』
「「「「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」
外野もノリノリだな、オイ。
タカミチは携帯灰皿に煙草を押し込み、一つだけため息をついて前に出た。
流石に何年もここにいた経験はあるらしく、その動きは堂々としていた。
諦めればスッパリしたもんだな、タカミチ。
その辺りは尊敬するよ。
『今出てこられたのは高畑・T・タカミチ先生です!元は『悠久の風』と呼ばれるボランティア団体に所属しており、外国にもその名を轟かせている有名人です!麻帆良に赴任されてから広域指導員という学園の治安を守るボランティアをされておりまして、街の治安を脅かす不良どもからは『デスメガネ』と呼ばれている実力派の指導員です!それでいて性格は温厚で教え方も上手く、生徒たちからも非常に人気が高い先生でもあります!』

は、恥ずかしいッ!!

何だ、プロフィールまで発表されんのか!?
なんという晒しモノ、これじゃ完全に珍獣の紹介ショーじゃねーか!!
俺とタカミチは珍獣じゃねーぞ!!
『次の鬼は一方通行さんです、どうぞー!』
チクショウ、ベクトル操作で全部ブチ壊してやりてェ……ッ!!
法外な追加報酬を吹っ掛ける事を決定しながら、俺はポケットに手を突っ込みながらズカズカと前に出た。
タカミチの隣に並んで、観客の方に向く。
『一方通行さんは自分でも名乗っておられますが、アクセラレータという愛称で呼ばれています!その由来は不明ですが、そう呼ばないと返事しないそうです!また、高畑先生と同じく広域指導員をやっておりまして、彼も若年ながら学園の治安を守る仕事をしています!高畑先生に比べて『時速60キロ以上で走る』『後ろに目がついている』『鋼のように硬い肉体。いやむしろダイヤか何か』という都市伝説を持っています!それは本当なんでしょうか!?それらとんでもない都市伝説から不良たちに恐れられ、『ホワイトデビル』という二つ名がついています!見た目は怖いですが、心は優しい商店街のヒーローです!』
オヤジ、勘弁してくれ。
俺の脳裏に浮かぶのは炊飯器などの電化製品を揃えた電気屋のオヤジだった。
今時いないような性格をしたオヤジだったのでよく覚えているが、こんなキャッチフレーズを書くのはあのオヤジしかいねえ。
それとも商店街のオバサマ方がやったのか!?
誰だこんな紹介文を書いたのは……。
内心で激怒しながら、しかし叫び出さないオトナな俺は感情を露出する事がないようになるべく無表情で観客を見下ろした。
ガキどもはビビったようだが、大人は『こんな若い人が学園の平和を守ってるのかー』というような温い感じだ。
麻帆良大結界で反応が鈍くなってるみたいだな……。
『この麻帆良祭最大企画、鬼ごっこで鬼になってもらうお二人です!拍手をお願いします!』
わああああああああああーっ、と拍手が起こるが、嬉しくもなんともない。
出来る限りこの晒しが早く終わってくれと願うだけだ。
『では、協議内容を説明します!』
ここで機械的なモーター音がして巨大モニターが下がってくる。
俺たちの前方斜め上の辺りで止まった。
『参加者の皆さまには青色のゼッケンが渡され、鍵で固定されていると思います。しかしご安心ください!鬼がそのゼッケンにタッチすることで鍵が外れるようになっています!また、制限時間である午後五時になると自動的に外れるようになっております!それまで鬼に捕まらないように逃げ回ってください!ただ、移動手段は徒歩に限り、麻帆良学園内の屋外のみとします!流石の超人達も麻帆良の外までは探しにいけません!』
そこで軽い笑いが起こる。
ええいさっさと終われ。
『ゼッケンにタッチされると色が赤に変わります。その時点で参加者は鬼にタッチされたとみなされ、その方はゲーム終了となりますのでご注意ください!また、もしもタッチされることなく試合終了となった方には自在に色が変わるゼッケンをプレゼント致します!参加できなかった皆さまにも抽選でチャンスがありますので、この競技の後に行われる『麻帆良学園超巨大ビンゴ!限定品をゲットだぜ!!』に是非参加してください!また、この競技は雪広コンツェルンの全面協力によって行われます!』
黙れ雪広コンツェルン。
どこまで宣伝するつもりだ。
『おっと、開始時間が残り30秒となって参りました!カウントダウン終了後、参加者の皆さんは鬼に捕まらないように逃げてください!また、鬼は最初の1分間は動きません!その間にどれだけ逃げられるかが鍵になりそうです!』
はあ!?
更に俺たちに一分間晒しモノになれと!?

―――クソジジイ、後でその頭を真っ平らに矯正してやる。

そのテレパシーが伝わったのか、『ふおっ!?』『うわっ、なんですか学園長先生!?』『い、いや、今壮絶な悪寒が……気のせいかの?』という会話が聞こえてきた。
カンは良いみたいだな……。
やがてアナウンサーのカウントダウンが始まり、それが進んでいく。
ここにいる全員が『10!9!』と数えているのだから、そのテンションの高さがわかるだろう。
そして―――。
『1!0!麻帆良全体行事、鬼ごっこ、開始ーッ!!』
盛大な電子音の笛の音が鳴り響き、一般人はそれぞれ四方八方に散って逃げていく。
まったく、骨が折れそうだ―――と考えていた俺は、目の前にある光景を見てげんなりした。
「さあ、一分間なんて待たずに私と勝負するアル!」
「生憎『おほほ、拙者を捕まえてごらんなさーい』という展開をするつもりはないでござる。一番に戦ってもらうでござるよ」
目の前には、青色のゼッケンをつけた二人の馬鹿が体術の構えを取りながら立っていた。
……最初からタカミチに任せる案はパァ、か。

―――その時、俺の中の何かがキレた。

最早限界だったのだろう。
俺の口が無意識的に横に裂けていく。
それが壮絶な笑みに変わったことに気づいたタカミチは、青くなって俺に言った。
「アクセラレータ、あまり暴れては―――」
「タカミチ、あの二人は俺が潰す。テメェはこのフザけた行事をサッサと終わらせるために一般人を掃討しろ」
「いや、あー……僕の教え子だから、手加減してくれよ?」
「せいぜいつけて掠り傷だ」
「……ありがとう」
最早タカミチは諦めたようだった。
ちなみに俺たちの近くにマイクはないため、この声が観客に聞こえる事はない。
右手の指をゴキゴキ鳴らしながら、俺は一分間が経過するのを待つ。
待つ。
待つ。
『……一分間経過!鬼、出撃ーッ!!』
景気良い出発の合図をアリガトウよ女子アナ。
この時だけ感謝してやる。
俺は一段一段階段を降りながら、広場となっている所で待つ二人に近づく。
同じく、タカミチも俺と一緒に降りていく。
それに圧迫感を感じているのか、古菲がジリ、と後ろに下がった。
長瀬も同じく、猫目を更に細めて身体を固くしていた。
そんな状況が手に取るようにわかる俺は、この顔のまま言った。

「さァ、やろォか、クソガキども」

ドンッ!!と俺が数メートルある距離を踏み込んだ。
狙いは古菲。
忍術を使う長瀬は後回しにし、単純にちょっとした気を使えるだけの拳法少女をまずブッ潰すことにしたのだ。
しかし、古菲の認知能力を甘く見ていた。
この瞬動とも言える速度に対応して見せたのだ。
俺が突き出した拳はするりと古菲の横を突き抜ける。
その拳を見て、古菲は眉根を寄せたのがわかった。
すぐにわかるのだろう、素人の拳なんか。

俺だって素人の拳だってわかってるよ、クソッたれ。

「ふッ」
俺の腕を取る。
そして懐に踏み込む。
この流れはどこかで―――ああ、ネギが茶々丸にしようとした技か。
それを理解した俺はベクトル演算。
「攉打頂肘―――ッ、なにっ!?」
バンッ、という音と共に、俺は垂直に跳ね上がっていた。
その時に古菲の腕を掴んでいたのでそのまま原作の茶々丸のように弧を描くようにして回る。
そのまま蹴っても良いのだが、何分人の目がある中で女の子を蹴るのはまずい。
いくら人外みたいな強さを持っていても、対外的には『女の子』なのだから。

必要以上の悪意を買う必要はないだろう。

そのまま後ろに着地してベクトル操作、一気に古菲の腕を捻り上げようとして、横から来た長瀬の一撃を受け止めるハメになった。
「むっ、これは……!?」
一発殴って俺の異常な『硬さ』を感じたのか、長瀬が一歩下がろうとして―――拳が掴まれたままであることに気づく。
ここで長瀬の拳が壊れていない理由を説明すると、まず長瀬がジャブ程度の威力で様子見の攻撃をしてきたから、というのが理由になるだろう。
気で強化もされてるしな。
……というより気で強化されていない人間に対して容赦ないな、長瀬。
「くっ、な、なんという握力アル……ッ!?」
二人とも俺に掴まれたまま抜け出せないようだ。
ま、それもそうだ。
二人が引っ張る力はベクトル操作で掌の方に向けられ、俺の方へ引き込まれる力となっている。
結果、張り付いたように動けなくなる、と言うわけだ。
「まァ、おイタをしたお嬢ちゃんには現実を知ってもらおうか。こんな大衆の面前で吐くンじゃねェぞ」
「え、吐くアルカ?どういうことアル?」
それに応じることなく、俺はつま先で地面を軽く叩く。
反射ではなく、ベクトル変換。
直下になるベクトルを横に変換し、自分を回転させる。
俺に腕と拳を握られている二人も自然とそれだけ回転することになる。
タン、タン、タン、タン、とリズミカルに地面を叩き、だんだんと俺は加速していく。
「も、もしかしてこれは『めりーごうらんど』という奴でござるか?」
「その“20倍”は速いがな。まあ、簡易的ではあるが遊園地を楽しんで来い。クソガキらしくな」

ドウッ!!と俺は急激に加速した。

古菲と長瀬の悲鳴は巻き起こる爆風に巻き込まれて消え、そのまま残像がつくような速度で回転させる。
それがきっかり10秒間。
やがてゆったりと回転は戻り、二人を開放する。
最早目が回ったとかそういう状況ではない古菲と長瀬ががっくりと崩れ落ちる。
古菲は目が回って気絶し、長瀬はまだ意識を持っているようだが吐きそうだ。
かく言う俺は―――。

「……おえっ」

「お主も吐きそうなんでござるか!?」
古菲達ほどではないが、酔っていた。
流石に自分を回転させるのはヤバかったか。
今度は傷つけない上で拘束する方法ってのを考えなきゃならないな。
俺は長瀬に近づくと、立ちあがろうとして倒れた長瀬のゼッケンにタッチする。
すると、ゼッケンは一瞬で赤色に変化した。
どんなトンデモ技術使ってんだか。
気絶した古菲もアウトにし、俺はフラフラと歩いて行く。
―――とりあえず便所はどこだ。





おまけ
「……むっ」
「どうしましたか、神多羅木先生?」
「いや……さっき通った路地から早朝の駅前によくある臭いがしてな」
「……真昼間から誰が飲んでるんでしょうか……せめてトイレで吐いてほしいものです」
それが誰のものであるか、顔を青くして走り回っているアクセラレータを見れば一目瞭然であるが、神多羅木と刀子は知らなかった。






~あとがき~

第15話をお届けしました、作者です。
皆さまのご指摘や感想にへし折られそうになりながらも、精進していこうと思う毎日です。
筆の進みが遅い……前の週ならもう二連続投稿してもおかしくないのに。

カッコよくフルボッコしたのに、結局最後は決まらないアクセラレータ。
回転させたのに腕ちぎれないのはどうしてか、という質問については気でなんとかした、と思ってください。
アクセラレータが酔った件についてですが、おそらくベクトル操作で酔うことを避ける事はできたと思いますが、敢えて酔わせました。
ちなみにアクセラレータは我慢できずにブチまけました。
カメラは映してません。
空気読んでタカミチを映してましたwww

朝倉登場です。
朝倉ファンの方すみません、ただウザいキャラとしか表現できませんでした……。
彼女は近いうちにもう一回登場するかも……損な役回りで、ですがwww
アクセラレータが絡むとどうしてもあんな表現になってしまうんですよね……彼が学園長のボケにイライラが絶好調であったのも原因ですけど。


次回、登場するのは超、ハカセ、アスナです。
新登場キャラは例によって明かせません。
それと、次回で麻帆良祭は終了します。
次回はシリアス予定かな?超いるし。



[21322] 第16話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:43
SIDE 一方通行

それから開始された鬼ごっこ。
まあ、一般人を捕まえる事は俺にとって容易いことである。
表だって瞬動は使わないが、それでも常識外の速度で移動しながら次々とタッチアウトしていく。
だが、なんというか、そういう一般人の中でも俺には扱いにくい人種がいる。
子供である。
俺が一番困ったのは、勝手にこけて勝手に泣いている子供をタッチアウトにすべきか悩んだことだった。
結局、俺ができた事はと言うと、

「…………飴、欲しいか?」

仏頂面で飴を差し出すことくらいしかできなかった。
だがどうやらその子供は飴が好きだったらしく、一応泣きやんではくれた。
捕まったためタッチアウトになったものの、飴がもらえてご満悦らしい。
やってきた魔法生徒らしき実行委員にその子供を預け、俺は再び出撃する。
そして、またもや見つけたくない集団を発見する。
「アクセラレータさァん!!今日こそ俺たちを弟子にしてくださいッ!!」
「いー加減鬱陶しいンだよドM共ッ!!」
10数人で構成されている男の群れだった。
何が悲しくてこういう叩き潰されたい連中が集まるのか俺にはわからない。
嫌だと言ってるんだから、さっさと諦めてほしい。
一応カメラがあるので自重しつつ、俺はその男たちに瞬動で踏み込んだ。
古菲ほどの連中ではないらしく、俺の速度に反応することができずあっという間にそのゼッケンは赤色に変わった。
「アウトになっても構わねえ!俺たちを弟子にしてくれるんなら!!」
「誰がそんな事言ったァ!?クソッ、やっぱブチのめさねェと止まらねェンだなコイツらは!!」
とは言われてもブチのめすのはご法度なので、俺は高速でその場を離脱する。
無論追いかけてこられるような速度ではないので、そいつらを撒くことに成功する。
レーダーを見て確認し、再び獲物に向けて突貫する―――と、他とは違う動きをする一団があった。
なんというか、待ちかまえている?
不自然に思ったその集団に近づいてみると、
「きっ、来たよゆーな!」

「大丈夫!このゆーな様に任せなさい!」

……いや、まあコイツ等がこういう行事大好きなのは原作で知っていたが。
そこにいたのは2-A運動部の面々だった。
鳴滝双子の姿もある。
明石の娘が異様に自信満々な笑みを浮かべているが、何か秘策でもあるのだろうか。
そう思いつつ接近すると―――


「今だ!必殺ッ、ビー玉地獄ッ!!」


「―――ッ!?」
流石にそれは予想外……というか誰も予想できねえっての!?
街中でいきなりとんでもない量のビー玉をブチまけられ、加速して突っ込んできた俺は思いっきり足を取られ―――ベクトル操作で持ちこたえた。
ベクトル操作サマサマだ……なかったらおもいっきり後頭部をぶつけていたかもしれない。
まさかこんな行事でこんな姑息な小学生ネタをブチまけてくるとは……いや、鳴滝双子が主犯ならありえるか。
「ぎゃーっ!?結局ダメじゃんゆーな!!何が今世紀最強の思い付きだよ!?」
「ううっ、いきなりビー玉の奇襲というのは絶対誰でも転ぶと思ったのにーッ!!BB弾にしとけば良かったか!?」
「そう言う問題じゃないでしょー!?」
「っていうか怖ッ!!アクセラレータさん怒っちゃったみたいだよ!?どーすんのゆーな!!」
「いやゆーなのせいというよりもあの人の動きが変じゃ?」
一部俺の不自然な動きに気づいた奴がいるが、トンデモ武術によるバランス神経の良さ、ということで納得してもらおう。
俺は思い切り足を踏み込み、ベクトル操作でビー玉を跳ねあげる。
転がったビー玉の逆襲に、運動部の面々が腕で顔を覆って被弾に備えた。
そんな事をしても痛いもんは痛いのであり、ビシビシとビー玉が直撃しては痛い痛いと叫んでいた。
まあ……しょーもない秘策の結果、と言ったところだろう。
俺は瞬時にその連中の背後に回り込み、タッチアウトにしていった。
流石2-A、一筋縄ではいかないか……。
俺は一般人よりもブッ飛んだ生徒たちの方を警戒しながら、更なる得物を求めて突き進んでいった。






結局、俺は気分が悪いまま無事3000人を捕まえるに至った。
……気持ち悪い。
いや、ネタではなくリアルに。
やはり回転して気絶させるのは穏便な方法ではあるが、こっちにもありえねーくらいの被害が出るな……。
今度からはもうちょっと考えて気絶させることにしよう……。
さて、古菲と長瀬であるが、復活したら
「今度はもっとちゃんと試合を申し込むアル!」
「拙者はもう戦いたくないでござるな……どーせアレでござろう?」
何故かチャイナはピンピンしてやがった。
根本的な肉体的耐久力が違うってわけか。
長瀬の方は懲りてるっぽい。
どうやら酔ったのがそれほどつらかったらしい。
今でもちょっと青い顔をしている。
俺としては長瀬のように俺に挑むのを嫌がらせる意味で回転させたのだが……このバカイエローは長瀬以上に脳筋らしい。
その耐久力が羨ましい。

俺にくれ。

そんな戯言を呟きながら、俺はフードをかぶってバイザーをつけ、素顔をさらさないようにしながら夕焼けの大通りを歩いて行く。
あちこちから聞こえてくる雑音の中には俺やタカミチの事もあるし、更には正体を明かせば取材陣が殺到してくるのである。
しかし、なかなか効果は高い。
こっちを見て『あれ、あの人アクセラレータじゃね?』と指さす人がいないのだ。

ブラブラと大通りを徘徊していると、世界樹がぼうっと光るのが見えた。

漫画では二日目から大規模に光っていたが、やはり基本的には最終日にしか光らないと言うのは本当のようだ。
おおおおおおおおおおーッ!!と盛り上がる群衆の中、俺は路地裏へと入り、その壁を蹴って屋根の上に上がった。
とんでもない身体能力を持つ者の特権である。
今の時刻は午後六時四八分。

世界樹の方を見てみると、俺のいる方角からだと夕日と重なり、緑色の光は赤い夕陽の光を受けて、若干黄色に見えなくもなかった。

青々とした緑色の葉をつけている世界樹が、まるで黄葉したかのように見えるのだ。
無論、それはただの目の錯覚であり、現実的に考えて世界樹が黄葉するなんてありえない。
そのせいか、その光景を幻想的だととらえる事はできても、美しいと表現する事はできなかった。
何故だろうか、そう思うのは世界樹の光が強すぎるからなのか。
世界樹の光は美しいと言うよりも幻想的だと表現することが正しいと思う。
巨大な樹が緑色に発光する非現実的光景。
何度見ても、それは幻想的だった。
非現実的光景そのものが幻想的と表現できるわけではないが、俺はそう思う。
だが、夕日というものは美しい。
それら二つが重なり合う光景というのは、俺としてはほんの少し違和感があった。
それが何故なのか、俺にはわからない。
ただ、そのちょっとした違和感がその光景を良いモノとして捕える事ができず、俺は黄葉した世界樹を憮然と見上げていた。

やがて、夕日が沈む。

赤が弱くなったせいか、緑が強くなってきた。
夜闇に投影される緑の幻想的風景を心の中に描きながら、俺は大通りを進む。
その中にある何の変哲もない喫茶店に入った。
いらっしゃいませ、と素人感満載のバイト少女が言ってくる。
それを無視しながら、俺はとある席を見つけた。

「ふむ。一応時間前には来たネ。約束はきちんと守るという噂はホントだったカ」

超であった。
彼女は入ってきた俺を見つけるとドリンクを一気飲みし、ぷはっ!!となんともオヤジ臭い仕草で息を吐く。
注文したのはそのドリンクだけだったのだろう、ちゃらりと小銭を払ってから、超は俺の前にやってきた。
着ている服装は漫画の時とそう変わらないようだが、ところどころ違うようである。
胸にデカデカと『超包子』と書かれている悪趣味な服だ。
「どンだけ宣伝してンだ人の店の中でよォ。許可取ったのか?」
「別にこれくらいじゃ宣伝とは言われないヨ。よくあるじゃないカ、別に野球ファンでもないのに球団のユニフォームを着ている人とカ。それと同じ感覚ネ」
「……テメェのそれは有名選手がユニフォーム来て敵軍のベンチに居座ってンのと変わらねェよ」
そんな軽口を叩きながら、俺と超はその喫茶店を出た。
すたすたと、別に無言のまま歩いて行く。
「で、俺はなンで呼ばれたンだ?」
「世界樹の魔力溜まりの位置を再確認しに行くネ。それに付き合ってほしいだけヨ」
「はァ?なンでンなことしなきゃなンねェンだ?」
「私とアクセラレータの仲じゃないカ。ちょっとばかり付き合うネ」
それから立ち寄る広場の数々は―――とは言っても六つしかなかったが、なんというか、非常に居づらかった。
世界樹の発光という幻想的な風景、つまりはロマンチックなシチュエーションで告白するなんてことが流行ってるらしい。
あちこちで手やら腕やらを組んでいるバカップルどもがイチャイチャしていた。
それを見てイラつくのはしょうがないだろう。
こっちは今日散々な目にあってンだぞ。
なのにドイツもコイツも幸せそうな顔しやがって。
という自分本位なイライラがほとんどである。

腹いせに、今にも告白しそうなカップルを三組特定し、告白する直前に暴風を吹かせてスカートを舞い上げてやった。

「きゃああああああ!?」
「ぐっふぉあ!?ちょ、今のは風のせい―――!?」
思わずその太ももやらチラリと見える絶対領域やらを凝視してしまい、平手打ちを食らう男たち。
ニヤニヤとそれらの悲鳴と怒声を聞いて笑っていると、横から呆れたような声が聞こえてきた。
「趣味が悪いヨ、アクセラレータ」
「俺の周りでイチャつこうってのが間違いなンだよ。仮にも広域指導員だからな」
「……ふぅん」
超はチラリとその光景を見て、

「なら、私がアナタにイチャつけばアナタは満足するのカナ?」

「……はァ?」
なんかさっきも言った事がある気がする。
いやそれよりも、コイツは今何て言った?
「テメェ、フザけるのも大概にしろ」
「別にふざけてなんてないヨ。乙女の可愛らしい自己主張をないがしろにする気カ?」
「テメェみてェな事言うのは乙女じゃねェ。ただのクソガキだ」
「まーまー照れなくても良いヨ!ああっ、アクセラレータは初心なのカ!なんか異様に照れ隠しがかわいく見えるネ!これが前世紀の文化、ツンデレという奴なのカ!?」
「おいクソガキ、ちょっと面貸せ。本日大公開のリアルミキサーにかけてやる」
「ムフフ、ミキサーにかけられるのは嫌だから逃げるネ」

そう言った瞬間、超は俺の目の前から消え去った。

文字通り、跡形もなく。
一瞬唖然とした瞬間、俺の背に何かが乗っかってきた。
反射のせいで重さは感じないが、これらの現象から何が起こったのか俺は素早く察知した。
「驚いたカ?驚いたカ?実はこれが一番の目的だったりするネ」

―――タイムマシンだ。

じゃらりと言う音がして俺の目の前に差し出されたのは、漫画で見た事がある懐中時計。
カシオペアだ。
外装は粗雑な作りであるが、まぎれもなくそれはカシオペアであった。
「お?あまりの驚きに言葉も出ないカ?」
「……ンなワケねェだろ。テメェが未来人なら想像がつく事だ。今のは頭の中を整理してただけだっつゥの」
人目は大丈夫なのかと思ったが、いつの間にか広場ではなく人気のない路地に来ていたので、目撃者はいないようだった。
そこまで計算して仕掛けてきたか、コイツもやるな。
俺の言葉に、超が驚いたように目を丸くする。
「ホントにわかったのカ?別にテレポート装置じゃないヨ」
「時間跳躍だ。あるいは時間を止めたンだろ。テメェのそれが未来から来たタイムマシンなら、の話だがな」

これはモロ原作知識による知ったかである。

無論、その事を知らない超は感心するわけで。
「おお、流石アクセラレータ、私を三下呼ばわりするワケネ!今度どっちが天才か勝負するヨ!」
「遠慮しとくぜ。俺は料理もできねェし茶々丸を作ることもできねェからな」
ある一点、計算分野でなら負ける気はしないが、流石に完璧超人と自分で言うだけあり、異常なまでの才能を持っている。
特に俺の言った二つの点では絶対に負ける。
杖を改造することと茶々丸を作ることじゃあえらい違いだからな。
というか、コイツいい加減下りてくれないかね。
さっきからずっと背中にまとわりついて離れないのだが。
「おい、サッサと離れろ」
「そこで重いと言わないくらいには乙女心はわかってるみたいネ」
「重い。クソ重い。潰れるからさっさと降りろ」
「……コナキジジイになってやるヨ」
「何?フリじゃねェってのか?」
スタスタと歩く俺の背中にがっしりしがみついているコナキジジイ。
俺と超の歳の差を考えるとやはり妹が兄気にジャレてんじゃねえか、くらいにしか周りには取られないわけで。
人気のある所に来るとクスクスクスクスと一般人どもが俺を見て笑いやがる。
「これ以上恥さらすつもりか麻帆良最強頭脳」
「注目されてることは慣れてるヨ麻帆良最凶」
クソッ、コイツ楽しんでやがる。
なんなんだその上機嫌そうな顔は。
何故か周りにピースをして更に笑いを誘う始末。
このクソガキが、振り落としてやろうか。
重みを反射しているからまったく重くないが、羞恥感がハンパじゃない。
「しかしこの乗り心地は中々良いネ。妙に安定感があるヨ」
「あァそォかい。いい加減にしねェと頭をコンクリートに突き刺すぞ」
「ワォ。ただの人間をどうやってコンクリートに突き刺すか興味があるネ!普通ならトマトみたいにプチュッてなるはずだガ?」
「テメェのその科学者魂はどォにかなンねェのか!?あと人の頭が潰れるときはそンな小せェ音じゃねェっての!!」
ベクトル変換して超を頭からコンクリートに叩きつけようか思案し始めた時、前方から声が。

「あれ、一方さんじゃない」

あァ!?という声を内心で絶叫しつつそっちを向くと、そこには神楽坂がいた。
暢気にもソフトクリームを食っていて、それがやけにムカつく。
またクソ面倒くせェ奴につかまった、と思いつつ、そちらに向き直る。
そういえば今の俺はヒトカタミチユキスタイルだったか。
神楽坂は俺の背中に居座っている奴を見て、驚いて叫んだ。
「超じゃん!?なんで一方さんと一緒にいるの!?ていうかいやに親しそうだけど……」
俺と超が一緒にいるのがそれほど信じられないらしく、手元のアイスクリームを落としそうになるほど動揺している。
やがて、神楽坂は深呼吸した後、神妙な顔でひそひそと、

「もしかして付き合ってるとか?」

「キャッ☆」
「月が落ちてくるって言うくらいそれはねェ!!っていうかコナキジジイ何両手を頬にあてて変な声出してやがる!?」
「チャ、超が彼氏を!?科学に魂を売ったマッドサイエンティストが彼氏を!?」
「アスナさんそんな褒めないでヨ。照れるネ」
「いや今のは褒め言葉なのか?っつか勘違いしたまま走り出そうとするンじゃねェ!?チクショウさっさと叩き落としときゃァ良かった!!」
アスナの襟を引っ掴んで爆走を止めながら、俺は盛大にため息をつく。
超の奴が『ハハハ、冗談ヨ。チャイニーズジョークネ!』とか抜かしてた。
流石に我慢の限界が訪れる。
俺は背中に手を回し、超の背中を軽くタンっ、と叩く。
ベクトル変換。

グルン!と超がその叩いた所を軸として回転した。

「お?―――ごブッ!?」
呆気にとられた超は、そのまま思いっきり地面に叩きつけられた。
武術をやってる完璧超人だからか、頭と顔だけは打たなかったようだ。
チッ。
「なにそれ?新しい曲芸?」
「ンなわけねェだろ。スーパー武術だ」
ベクトル変換による回転は流石に不自然であったが、アスナはそれで納得したようである。
なまじ古菲などといったトンデモ少女が傍にいるせいか、なにやら『それっぽい体術』ということで納得したらしい。
バカなりに『合気道とかそういうのかな?』とか予想しているが、ただの超能力である。
……どっちも一般人からすればトンデモねェがな。

「アスナアスナー、お待たせ―――あれ、超りんに……そこの人は?」

と、向こうからトコトコ走ってくる影があった。
妙におっとりとしたその口調。
なんとなく自分の想像通りの人物だと思いながら、俺は歩いてきた影―――近衛このかを見やる。
バイザー越しの俺の視線が怖かったのか、少し引き気味だ。
ちなみに超であるが、意外とモロに打ったらしく『おぅふ……』と悶えていた。
「あ、このか。この人が一方さんよ。新聞配達の時に会って話をするって言う」
「あー!ホンマにフードでバイザーなんやなぁ」
納得したように両手を打った近衛このかは、俺に向き直って頭を下げる。
「どうも、近衛このか言います。アスナがいつもお世話になってます」
「私の親!?」
「一方だ。コイツの世話は大変だろ?同情するぜ」
「ってなんでそこまで言われなきゃなんないのよ!?」
「家事も料理もしねェ同居人ってのは大変そォだからな」
「ぐっ……」
実際家事については近衛このかに任せっきりだろうしな。
近衛このかもクスクス笑っている。
「ええんです。ウチが好きでやっとることですから」
「そっちが納得してるなら俺は何も言わねェよ。良かったな神楽坂、もうコイツを嫁にしてしまえ」
「私は女よ!っていうか、このかがいなかったらいなかったでちゃんと私だって家事とかするわよ!」
「え?そうなん、アスナ?ならウチ、今から一週間ハルナの部屋に泊まってもええん?」
「そっ、それは……あーーっ、なんなのよこのダブルコンボはーッ!?」
頭をグシャグシャグシャーッ!!と掻き毟る神楽坂。
それを見てクスクスと笑う近衛このか。
……どうやら近衛このかと俺は波長が合うようだ。
うむ、少しはイライラが晴れる。
やはりイライラを晴らすには人をいじるに限るようだ。
イライラと言えば、超はまだ蹲ってんのか?
傍らを見下ろすと、
「…………」

何やら乙女フィルターがついたキラキラ目で俺を上目使いに見上げてきていた。

傍らに花とか咲き誇ってるが、超お得意のトンデモ技術による立体映像だろうか。
しかし何だこれは?
ツッコミ待ちか?
俺が不可解な超の行動に思考を停止させていると、超はフッと笑いながら身体をはたいて立ち上がる。

「私の魅力に呆然カ。上目使いというのは前時代でも通じるものダナ」

「本気でそう思ってンならテメェの頭は沸いてるっつゥ烙印を直接脳味噌に押してやる」

カチッ、と腰にあるスイッチを押して立体映像を切りながら、超はカラカラと笑う。
ていうか、本気で立体映像だったのかよ。
謎の技術だな……学園都市もそうだが。
「ていうか、超りんはどうして一方さんと一緒におるん?もしかしてデートなん?」
「デートネ」
「何当然な顔してやがる。ていうか腕組むのはやめろ気味悪ィ―――ああ、本気にすンじゃねェぞ」
ええっ!?という顔をしたので釘を刺しておく。
超の様子を見て『そうなんかー』というどっちつかずの返事をする近衛このか。
……わかりづらい返答を。
「……で、結局のところホントはどういう理由なの?一方さんと超に接点があったことに驚きなんだけど」
神楽坂が首をかしげて聞いてくる。
超はウム、と頷いて、
「実はこの一方サン、こう見えて物凄い頭脳を持ってるネ。工学部とすれば是非欲しい逸材だったりするヨ」
「えー?一方さんが頭良いなんて思えないんだけど」
超がアクセラレータではなく一方という名前を使った事に密かに驚きながら、俺は神楽坂に言う。
まあ、超らしいでっち上げた理由ではあるので、俺もそれに乗ることにする。
「ナメンじゃねェぞ。計算分野なら超にも負ける気がしねェくらいには頭が良いンだ」
ほほう?という顔をした神楽坂は、お決まりの小学生のようなセリフを吐く。
「じゃあ、1148×357は?」

「409836だ」

「「…………え?」」
唖然とする神楽坂と近衛このか。
まあ、俺……一方通行の頭脳にとって、これくらいの事は雑作もないことだ。
「えええっ!?ちょ、ちょっと電卓電卓!」
「アスナ、今何て言うたん?」
「え、えっと……適当言ったから覚えてない……」
「式は1148×357だ。答えは409836」
なんというか、俺にとっては当たり前すぎて自慢する気にもならなくなる。
頭の中ではこれよりも複雑な数式が躍っているわけで。
こういう現実をみると、一方通行の演算能力ってすげえなあ、と思う。
やがて携帯の電卓機能で計算が終わり、それがあっているということがわかって二人は感心した目で俺を見やる。
「すごっ!?ホントにぴったり合ってる!?」
「はぁ~、一方さんって頭ええんやな……」
「まァ、これくらいはな」
「見てくれは全然頭良さそうに見えないけど」
「一言多いンだよテメェは」
二人に詰め寄ると、『ひゃあああ』と言いながらフザけて逃げ出す二人。
そのまま別れるつもりらしく、二人とも手を振って別れを告げてきた。
最後に笑っていたのが気に食わず、舌打ちしながら手を上げた。

そして俺の視界の端に、チラリと黒いサイドテールが見えた。

忠実に護衛やってるようで、何よりだ。
やがて二人が雑踏の中に見えなくなると、超がズイッと詰め寄ってきた。
「さて、アスナサンとはどういう関係カナ?」
「ジョギング仲間に過ぎねェよ」
「ふーん、ジョギング仲間カ……ふーん」
「……なンだよ」
「別に。何でもないヨ」
そのまま歩きだす超。
しかし、がくんっ、とつんのめる。
俺の腕を組んで引きずろうとしていたらしいが、悪いがそんなことはできないんでな。
「ぬぐっ!?アクセラレータ、アナタの体重は何キロなんダ!?」
「テメェ+20キロくらいだろォよ」
ぐいぐい引っ張ったくらいで動くと思ってもらっちゃ困るな。
反射ナメンな。
しばらくぐいぐい引っ張ろうとする超をからかった後、歩き出す。
もう五つ回ったから、次が最後のポイントになる。

世界樹前広場。

最早ムカつきしか覚えてねェそこに、俺たちは向かっている。
もう既に明かりは街灯とイルミネーションくらいになっており、俺たちの顔を虹色に照らす。
空は暗く、西の赤みはもう消えた。
ぼうっと光る世界樹は、俺の思った通り幻想的な雰囲気を醸し出している。
そろそろ腹が減ったな、と情緒の欠片もないことを考えていると、ふと超が何もしゃべらなくなったことに気づく。
見下ろしてみると、世界樹の方を見て表情を硬くしている。

―――ああ、計画の事か。

俺たちはそのまま世界樹前に広場にやってくると、立ち止まった。
そこでもう一度世界樹を見て、超は俺を見てくる。
今までにない、真剣な表情で。
「アナタは、私の計画は失敗すると言ったナ」
「あァ、そォだ。テメェの計画は失敗する。予言は変わらねェぜ?」
「フ……だからこそアクセラレータ。意見を覆さないのはアナタらしいヨ。今ではそれが少々憎々しいガ」
「そォかい。好きなだけ憎ンでろ。それで何が変わるワケでもねェしな」
今からの徹夜に向けてテンションが上がっている世界樹広場の中、俺たちだけが隔離されている空間にいるような錯覚を感じる。
周りの雑音が聞こえなくなり、俺と、超と、世界樹しかないように感じる。
超は暫し間を置いた後、呟くように言った。
「アナタはズルいヨ。そうやっていつも凪のように受け流す。明確な主張を持っているように見えて、どうでも良い事は本当にどうでも良いと思っている。おそらく、アナタの脳内は私が把握しきれない世界が広がっているのだろう」
「俺の現実は俺だけのモンだ。個人それぞれが個として確立するためにはそれが必然だろォがよ。テメェ如きにわかってたまるか」
「“如き”と来たカ。“三下”と言い、私を真っ向から下だと告げるのはアナタくらいヨ」
「年下でもあるな」
「それは意味が違うヨ。混ぜっ返すな」
そこから訪れる沈黙。
俺はしばらく経ってから、超に尋ねた。

「で、結局六つの魔力溜まりを回らせて、俺をここに来させた理由はなンだ?」

「…………」
超は沈黙を守った。
コイツが俺の事をわからないと言うように、俺もコイツの事はさっぱりわからない。
今何を考えているのか、その思考が読み取れない。
それは当然だ。
相手の考えている事が逐次わかれば、それは個として存在している意味がない。
思考を共有していると言う事は、一つの個なのだ。
だが、どうにも超は相手のことがわからないのは不満だという。
俺の事はさっぱり分からない、と。
無論、超は卓越した頭脳を持ち、ある程度の『裏』を見てきたので相手の性格をある程度把握する、ということはやったこともあるのだろう。
超が俺に接しているのは、わからない俺の事が気になるのかもしれない。
ただの興味として。
その思考が、嫌になる。
チッ、と俺は舌打ちした。
「帰る」
踵を返し、家の方向に向かう。
これからただでさえやかましいドンチャン騒ぎが起こるのだ、音を反射して寝るに限る。

「アクセラレータ」

そこに超の声がかかった。
振り向かず、そのまま立ち止まる。
超は一泊の間をおいて、静かに言った。


「私と一緒に、来ないカ?」


その短い文にどれだけの意味が込められているか、俺は知らない。
知りたくもない。
首だけで後ろを振り向くと、超は硬くなった表情で手を差し出してきていた。
その手はほんの少しだけ震えている。
俺を前にした恐怖を思い出したのか、それとも何かが怖いのか。
その内心はわからない。
俺は超の目を見た。
いつもは強い意志で支えられているはずのその目は、いつの間にか弱弱しいそれに変わっていた。
フザけていない、真剣な意思が伝わってくる。
心臓が変に重い。
それにムカムカした気持ちを覚えながら、俺は断言した。
「悪いが、断る。……ま、そのタイムマシンとやらで、今の俺の心境を変えることができるかもしれねェぜ?」
腰にぶら下がっているカシオペアを見ながら、俺は言った。

やはり、超と一緒に行く事はできない。

未来を変える?
凄惨な光景を見たくないから?
それは逃げだ、と『俺』は考える。
俺は逃げたくない。
自分がアクセラレータだという現実からもそうだし、そのせいで一方通行に進むことしかできない人間だということからも。
曲がる事は絶対にしない。
曲げる事なんざしたくない。
俺は、『一方通行』だ。
「……そう、カ。アナタらしい答えダ。不可能だと知っているくせに。イジワルな人ダ」
「今さら気づいたのか。存外、俺の事がわかってねェンだな」
「他人の事はわからないと言ったのはアナタじゃないカ」
「ハッ、そォだったな」
俺のポケットから手は出る事はなく、ただ俺は夜空を見上げた。
麻帆良祭の莫大な光が夜空を浅いものに見せている。
星が一つもなく、のっぺりとしたプラネタリウムのようなそれを見て、俺はため息をついた。

「腹が減ったな」

それを聞いた超は呆気にとられた後、くすくすと笑う。
「この状況でその台詞。やっぱりアナタはズバ抜けているヨ」
「人とは違う精神なモンでな。ネジの五つくらい外れてるのは自覚してるつもりだ」
超は俺の後ろからやってきて、勝手に俺にのしかかる。
「じゃ、タクシーになってもらおうカナ」
「高ェぞ」
「超包子の肉まんと餃子なら奢るヨ」
「足りねェな。炒飯もつけろ」
そんな戯言を吐きながら、俺はポケットに手を突っ込みつつ歩き出す。
しがみ付いてくる超にイラつきながらも、振り払う気は起きなかった。






おまけ
「いやぁ奇遇だなアクセラレータさん!さあ飲め飲め!これはおじさんの奢りだ!!」
「悪ィな。―――っつか何で商店街の打ち上げにテメェがいるンだ、瀬流彦?」
「アクセラレータ……もうこの際君で良い聞いてくれ。僕はもうガンドルフィーニ先生の濃さに耐えられないんだ……ようやくペガ○ス流星拳と北斗百○拳についての考察が終わったと思ったら、今度はガオガ○ガーとグレ○ラガンのどっちが熱いかって話になってね。もう最早これは漫画研究会のそれじゃない上に明石教授と弐集院先生もノリノリで……もう飲まなきゃやってられないんだよッ!!」
「(……俺のせいじゃねェ、よな?)」
そう思いながら、ドガァン!!と後方援護の魔法先生とは考えられない腕力で机に拳を叩きつける瀬流彦の愚痴には付き合う俺だった。
泣く瀬流彦を嘲るように、世界樹からは生徒がハッチャける声と、それを鎮圧するタカミチの『豪殺・居合拳』が炸裂する音が響いていた―――。






おまけ2
超包子の屋台の調理場にて―――。
「超さん、どうでしたか?」
「魔力溜まりについては問題ないヨ、ハカセ。現在の術式でも十分に対応可能ネ」
「違いますよ、アクセラレータさんの方です」
「ああ、彼カ。取りこむのには失敗したネ。本当に惜しいガ……しょうがないヨ」
「でも、アクセラレータさんは中立の立場を取るって言ってましたよね?これ以上強引にするとかえって逆効果なんじゃないですか?」
「その危険というリスクを負っても、彼を仲間にすれば世界に対して十分に通用する戦力になるヨ。学園長が慎重になっていることからそれは明らかネ」
「その力ですけど……そんなに凄まじいものなんですか?流石のアクセラレータさんも世界を相手にするのは難しいと思いますけど……あ、そういえばその常時展開の正体不明障壁はどうだったんですか?」
「今回アクセラレータに触ってみたけど、やっぱり不自然だったネ。触れているようで触れていない感覚、それに引っ張っても全く動かないし、それに対してアクセラレータが何か力んでいる様子もない。しかも昨日の特殊警棒も効かなかった。純粋物理攻撃は無効化するらしいとは聞いていたが、まさか電気も通さないとは思わなかったヨ。その結果、あれは明らかに物理法則を無視していることがわかったネ。『鬼ごっこ』でも握力だけでクーと長瀬サンを逃がさないようにするとかやっていたしネ。気も魔力もなく、あの二人を押さえ込むなんて不可能ヨ。おそらく、あの意味不明障壁やそれが作り出す理解不能力場とかが関係してるのだろう」
「気や魔力でもない反物理法則現象……あの人の脳波とか測定したいですねー」
「そうしたいのは山々だガ、彼自身こちらを警戒しているからネ。それについては諦めるしかないヨ」
超は野菜の下ごしらえをしながら、ふと窓の外の世界樹を見やる。
少し、忌々しげにその口元を歪める。
「……アクセラレータ、か。本当に、何もかもわからない男ネ」






~あとがき~

第16話をお届けしました、作者です。
超です。ほとんど超です。
そして学園祭なのにシリアスになっていまいました、すみません。
アスナとかこのかとか出てきましたけど、この回はあくまで超が主役です。
アクセラレータはツンデレです。これはこの世界の真理ですwww
『おまけ2』でありますが、彼女はアクセラレータを仲間にできないと見るとその正体不明な障壁の研究を始めました。
彼女は完璧超人ですから、色々と気づき始めてるかもしれません。
腹黒いですね、超らしいです。
ただ、ああやってじゃれついていたのが純粋な好意なのかどうかは不明としておきます。
あれはアクセラレータに対しての好意であり、情報収集はおまけか、それとも逆か、それは読者様の解釈にお任せします。

『おまけ』ですが、一番に出ているのは電気屋のおっちゃんですwww
裏設定として、彼は以前まで外の企業のサラリーマンで、麻帆良での技術格差に唖然とし、その技術に惚れて麻帆良で電気屋を始めました。
その時に苦労してるので、人情に厚いです。
瀬流彦の愚痴もちゃんと聞いてあげてました。
独特で豪快なおっちゃんなので、商店街でも人気が高かったりします。
でも独身です、ここ重要。
瀬流彦さん?彼はガンドルが変わった犠牲です。
いつの時代も苦労するのは下の者なのですよ。
彼は犠牲になったのだ……。

次回ですが、予告通り主人公の独白……みたいなものになる予定です。
おそらくかなり短くなるかと……いつもの文量はまずないと思います。
ただ更新はします。明日に。



[21322] 第17話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/30 18:21
SIDE 一方通行

麻帆良祭が終わった。
それからの数日間は晴れていた。
あの騒がしい麻帆良祭が起こっていた場所とは思えないくらい、麻帆良は静かである。
世界樹の上から麻帆良を眺めていて、そう思う。
現在は昼。
夕暮れ時以外にこんなところに登るというのは俺としては珍しいが、ちょっと考える事があったのだ。
世界樹の枝はそこらへんのベンチに寝転ぶくらいに安定感があるのでそこに寝そべり、さわさわと揺れる葉を見上げながら考える。
こうして一人になると良く思う事なのだ。

どうして、俺はアクセラレータになっているのかと。

そんなもん知るか、の一言で終わってしまいかねないが、俺は突如としてその思考に陥ることが多い。
どうも俺が気になっていることらしいが、それすらも良く分からない。
麻帆良祭を様々な人々と過ごし、経験し、接してきてわかってきたのだが、俺はどうも思考が一方通行寄りになることが多いらしい。
俺が何やら『一方通行』になってアイツが説教する、というのは数えるほどしかないが、俺は何度か一方通行に身体を乗っ取られている。
いや、むしろ俺が乗っ取っているから俺が害虫なわけで、一方通行が現れるのはむしろ当然と言うわけだ。
それが、俺は心苦しい。
もしも乗っ取られているのが俺なら、と仮定すると、俺は心中穏やかじゃないだろうからだ。
俺の中にいる一方通行はどうやら表に出たがっていると言うわけでもなく、ああいう時にしか出てこないと言う事は少なくとも現状に納得している、と言う事だろうか。
他人の考えている事はわからない。
だが、だからこそ俺は怖くなる。
皮肉な事に、一方通行の頭脳を持っているから、一方通行の考える憎悪などといった思考がすぐに想像がついてしまうのだ。
無論予想にすぎないが、だから俺の予想は無限に広がるし、いくらでも想定できる。
もしかしたら一方通行は俺に対して好意的で、だからこそ身体を預けてくれている、とも取れれば、一方通行は俺なんぞに身体を乗っ取られて怒り心頭であるが、身体を乗っ取られている以上どうにもならないため我慢している、とも取れる。
いるにはいるが、その気持ちを察することができない存在に対して気持ちを考慮するのは難しい。
難しいどころか、不可能だ。
俺はそう思う。

時折、自分が自分じゃないように感じる時がある。

勝手に口が滑っていたり、俺が俺であった時よりも思考がいやに暴力的であることがわかる。
客観的にそれがわかることが、俺には異常に思えるのだ。
自分の気持ちは自分が一番わかるという言葉をよく聞くが、俺はそれをもっともだと思うと同時、今の状況に当てはめればそれは違うと思ってしまう。
同時に二つの思考が『俺』の中に存在していることに気づいたのは、麻帆良祭最終日の超との会話だ。
あの時、俺は不自然だった。
まだ俺もその正体についてはわからないが……『俺』としての思考の中に、『俺』という別の思考があるのだ。
わかりづらい。
例えれば、取捨選択だ。
俺が欲しいと思うそれを手に入れたいと思う俺がいて、同時に俺は欲しくないと思ってもいる。
それを選択するわけでもなく、相反する意識が取捨されるわけではなく同時に存在するなんておかしい。
このごろの俺の思考もそうだ。
前の俺であった頃よりも確実に暴力的な思考にすり替わっていっていたのは、はたして俺の意思なのか?
そもそも憑依した時点で俺が前の俺であるかどうかなんて不明なのだが……。
確かに今の俺はアクセラレータであるが、同時に俺でもある。
なのに何故俺は一方通行であろうとしたのか……俺の意思じゃない俺の意思がそこにある。

それは非常に怖い。

時折こうして自己の意思を確認しないと自分が自分ではなくなっていく気がする。
人と話し、関わり、交わりを持つことで俺はいつの間にか一方通行と混同してしまっていたのではないだろうか。
麻帆良祭では、特にそれが出ていた気がする。
俺は一方通行の口調であり、外見である。
年月が過ぎる内に、俺はいつの間にか一方通行になりかけていたのではないだろうか。
俺の中にある二つの思考の一つは、もしかしたら一方通行の思考が俺の中に割り込んできたのではないだろうか。

俺はアクセラレータだと、一方通行なのだと、そう自覚させることで。

俺は昨日そう思い、タカミチと会話をしてみた。
無論、他愛のない世間話である。
その時、俺は俺であることを強く思った。
それでいて、会話する時も言葉選びをして、俺の回答をした。
すると、タカミチは『今日は機嫌が良いみたいだね』とか言ってきた。
あの時の気分は決して良いものではない。
むしろ、会話自体が俺にとって作業的なものであり、悪かった。
だが、それをタカミチは機嫌が良い、と言う。
今まで全く検証してこなかったが、俺はやはり一方通行の思考に寄ってきた思考で相手と会話を行っていた、ということになる。
そしてそれが俺の思考であるからこそ、俺は不自然を覚えない。
徐々に、俺は一方通行になっていくわけだ。

それを自覚した瞬間、俺はとてつもない恐怖に襲われた。

俺が俺でなくなる。
しかも、俺の知らない内にすり替わるように。
その恐怖の凄まじさと言ったら、ない。
俺は拳を握りしめ、耐える。
自分が自分でなくなることがこれほど怖いものとは思わなかった。
なんとなくであるが、自分の本能が告げている。

危険だ、と。

何に対する危険なのかがわからない以上余計にその不安を煽ってくる。
俺の精神がその不安によって摩耗することも計算ずくなのだろうか、一方通行は。
だとすると到底自分が敵うような存在ではない。
いや元々そうであるが、尚更とんでもない存在だ。
一方通行の事を自分とは違う存在であることを強く意識し、俺はその不安を振り払う。
更に思考から消そうと努力するのではなく、無気力に何も考えずにボーっと世界樹の葉を見上げる。
何も考えなければ先の事なんて考えなくて良い。
自分の思考が乗っ取られるなんて心配しなくても良い。
現実逃避的な考えにとらわれている事を自覚しながら、だが俺はひたすらに何も考えずに葉を見上げる。
そして、いつの間にか眠りに落ちていた。






ハッと気づくと、太陽はさっきよりも少し傾き、葉の影が違う風に見えていた。
頭をかきながら身体を起こし、目をこすりながら幹に身体を寄りかからせる。
さっきは軽いパニックに陥っていたのだ、と思う。
思う事にして、ならばどう対策を取るか、という前向きな思考に移る。
いや、対策を取ることは不可能だろう。
即座に俺の思考はそれを断定した。
そういう精神系統のことなんて俺にはさっぱりだし、実際一方通行の精神が侵食してきているのか、それとも肉体に精神が引っ張られているのかどうかもわからない。
あまりにも不確定要素が多い中、対策なんて取るのは不可能だ。
ならばどうする、という話になる。
俺は俺でなくなるのが怖い。
怖いが、かと言って一方通行を支配したいわけではない。
できるだけなら、俺と言う存在と一方通行という存在がうまく共存していきたいと考えている。
今現在、この身体を乗っ取っている俺からすればなんとも都合の良い話だ。

一方通行からすれば反吐が出る話だろう。

彼からすればそのまま乗っ取れば良い話なのだから。
ならどうするか。
俺の思考はだんだんと無限ループに落ち込んでいく。
どうするか、という疑問を立ち上げ、それは不可能だと断定する。
そんな無意味かつ無価値な思考を繰り返していく内に、俺は疲れてしまった。
ふぅ、と一つためいきをつく。
無性にコーヒーが飲みたくなり―――またその思考が一方通行寄りだと思い、俺は頭を殴りつける。
ガンッ、という音だけが響く。
反射で殴った痛みも殴られた痛みも感じなかった。

現実からの逃げ、ということはわかっている。

だが、逃げずにはいられないのだ。
立ち向かうと言う選択肢があれば、俺もそちらを取りたい。
その結果俺が一方通行になってしまうのであれば、それでも良い。
悔いはない。
だが、立ち向かう事もさせてくれず、ただじわじわと敗北を待つばかりというのは、果てしない恐怖を感じる。
四面楚歌になった状況にいる人たちはこういう気分なのだろうか、と思う。
何も考えない状況にして一度自分を落ち着かせ、俺は再度思考を行う。

『俺』と言う存在は果たしてどうなっているのか。

現在、俺の―――いや、一方通行の体には俺と一方通行の二つの意思があるはずだ。
それは俺も確認しているし、でなければ説明がつかない。
そうして、その中に俺とは違う俺の思考もある。
まったくもってややこしい。
そしてその違う俺の思考は、どうやら俺を一方通行に染め上げたいらしい。
そんな気がする。
俺はもともと二重人格ではなかったが、一方通行に憑依して三重人格になった、と言う事だろうか。
……ええい、ややこしいにもほどがある。
思わず思考を放棄してしまいそうになるが、踏みとどまる。
俺にかかわる事だから。
さて、これまでの俺の行動を検証してみることにする。
この際だから、全部。
俺はこの世界に来た時、色濃く『俺』を残していた。
タカミチや刀子、刹那を見てハシャいでいたりしたことからそれは明らかだ。
慣れ、というのもあるが、例えば俺が今からタイムスリップして『紅き翼』とご対面しても、俺はハシャいだりしないだろう。
エヴァと超の説教の後辺りからだ、俺が俺じゃなくなってきたのは。
唯一俺が俺らしく真剣に話せたところは……刹那の翼の所だけだろうか。
いや、あの時も『一方通行』が出てきていたか。
ありがちな話だが、もしかしたら一方通行を表に出すごとに、俺は一方通行に近づいて行くのかもしれない。
それとも、一方通行が外に出やすくなってきているのだろうか。
何度も開けていると瓶の蓋が緩みやすくなるように。
だとすると、これから一方通行の出現は抑えなければならない。
俺の消滅がかかっているから。
共存できるのならそれが一番だが、共存できる話し合いの場がないのなら、もう俺が取る行動は勝つことしかなくなる。
好きで消滅なんてしたくない。
それともこの均衡状態を永遠に保つか―――まあ、それは無理だろうがな。
おそらく、というか確実だろうが、俺は負けるはずだ。
この身体の持ち主が一方通行なのだ、ただ憑依している邪魔者が削除されて当然だろう。
それまでこの身体で好きなだけ勝手するか、とは言わない。
俺は俺らしく生きてみたい。
結局、俺の結論はそこに行きつくのだ。
一回死んで、憑依して、んでもって消滅するんなら、俺は俺としてこの世界で死にたい、と思う。
かと言って、この身体に抗うのはつらい。
タカミチと自己を強くもって話すと軽く書いたが、あれは相当に精神力を使う。
いつもあんなことをしていたら、いずれ俺はノイローゼになってしまうだろう。
……それじゃあ本末転倒だ。

だから、俺はこの身体に流されてみようか、と思う。

それじゃあ乗っ取られるだろう、と思うのだが、その時はその時だ、と思う自分がいる。
俺の前世のように、死はいつ訪れるかわからない。
今この瞬間世界樹の魔力が暴走してここら一帯が後からもなく吹き飛ぶとか、月が落ちてくるとか、どこぞから撃たれた核が降ってくるとか。
馬鹿げた妄想だとは思うが、あらゆる可能性は0じゃない。
数式でもなければ。
無論、ただ流されるわけではなく、俺は一方通行ではなく『アクセラレータ』になってやろうと思う。
この身体に抗うだけでは、いずれ俺が消滅して終わりだ。

だから、共存を図る。

それこそ無理矢理、だ。

話し合いの場なんて設けられるはずがないから、敵対するのではなく無理矢理に共存に持ち込む。
それが俺としての最善だ、と思うのだ。
だから、俺は『アクセラレータ』を演じる。
共存するには、こういった俺と一方通行の均衡状態が一番だ、と思うのだ。
完全な『一方通行』にならないために。
だが……いずれ話せる機会があったら一方通行と話してみたい。
何も取り繕わず、素直な彼の話を聞いてみたい、と思う。
何のことない、ただの馬鹿な妄想かもしれない。
だが、俺の中に一方通行がいるのは事実だ。
彼の考えを聞いてみたい。
俺を排除するのか、俺と共存するのか、引きさがるのか。
三つ目はないと考えて、まず俺は不利になるだろうな、と暢気に思う。
何度も言うが、この身体の持ち主は一方通行。
俺が俺である存在を主張するには変わりないが、第一の権利は彼にあるのだ。
怖いが、しょうがない。
空を仰いでいると、いつの間にか空が赤くなり始めていた。
夕焼けの始まりである。
赤く染まり始めた空を美しいと思いながら、そう言えばこの思考は俺なのか一方通行なのか検証していなかった事を思い出す。
憑依する前にこれほど見事な夕焼けを見た事はなかったから、俺がロマンチストなのか、一方通行がロマンチストなのかわからない。
まあ、一方通行はリアリストだ、という印象に変わりはない。
だが、この夕焼けを見ている時は非常に落ち着いた気分になるのだ。
どうしてだろう?
その思考に辿りついた後、俺にひらめくものがあった。

どっちもロマンチストだったら、違和感はないはずだ、と。

俺と一方通行の共通点……探してもそうそうないだろう。
だが、こういう共通点を持っているのなら、なんとなく共存もできるのかな、と甘い考えを持ってしまう。
実際、彼には共存する義理などないと言うのに。
じりじりと沈みゆく夕日を眺めていると、俺を呼ぶ声が下から聞こえた。
視線だけ下に向けると、愛衣が両手を振って俺の名前を呼んでいた。
その隣には腕を組んでいる高音も見える。
俺は俺の名前を反芻する。

そう、俺は『アクセラレータ』だ。

恐怖をねじ伏せ、俺は心の中で呟く。
ガチン、と何かスイッチが切り替わる感覚。
この時、俺はなんとなくであるが、現在の状況を把握する。
この一方通行の体には、憑依者である『俺』、そして身体の持ち主である『一方通行』、そして俺が一方通行に憑依することでできてしまった中途半端な人格『アクセラレータ』があるのではないか、と。
アクセラレータという奴の人格が俺と似通っているせいで、俺は混同していたのだろうか。
そのアクセラレータが俺なのか、それとも俺がアクセラレータと勘違いしているのか、そもそもアクセラレータなんておらずに、ただの俺の勘違いなのか。
認識の違いで身体を乗っ取られるとは、なんともわからんね。
夕日が照らす中、堂々と浮いて降りたら流石にまずいため、俺は木の幹を蹴って着地した。

『アクセラレータ』の思考のまま。

「おォ。何か用か?」
「用がないと話しかけちゃいけないんですか?」
不思議そうに愛衣が首をかしげる。
「商店街に行こうとしてここを通りかかったら、偶然あなたを見つけたんです。愛衣がどうしてもと言うから―――」
「ええっ!?ちょ、私そんなどうしてもとか言ってません!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見ながら、俺は思う。
コイツ等には心配をかけちゃいけない、と。
気を使われるのも勘弁だ。
俺とコイツ等はただただ友人である間柄がちょうど良い。
ある程度の距離を取り、そこそこな関係でいる方が良い。
それが、最善だ。
その内心を隠し、俺は肩を竦めながら、踵を返して商店街方向へ歩きだす。
「わかったわかった、さっさと行こォぜ。俺も腹減った」
「って誰も一緒に行くなんて一言も―――なんで愛衣は自然に後ろについて行ってるの!?」
「ふぇ?ダメですか?」
「ダメじゃないけど……ああもう、仕方ないですね……」
俺の後ろに愛衣、高音と並び、そのまま俺たちは商店街に向かう。
俺は『アクセラレータ』だ。

完全な『俺』ではなく、また完全な『一方通行』でもない。

やはり、中途半端な思考の俺にはそういう中途半端な存在の響きが心地よい。
夕焼けに照らされ、世界樹の幹に俺たちの影が映される。
その幹に映った影が、俺には一瞬だけ五つに見えた。






~あとがき~

今回はとてつもなく短いですね。
主人公の独白……というよりも、精神状況の説明だけだったのでそうなるのも無理ないかもしれませんが……。

結論として、『俺』は『一方通行』に意識を乗っ取られないように『アクセラレータ』になることを決意しました。
思考は一般人、そして姿は一方通行。
どちらに偏ることも現状ではありえない、ということですね。
だから現状を維持することにして、一方通行と対話する時を待つ。
対話できるかどうかも不明ですので、主人公の無駄な努力かもしれません。
序盤で主人公がそこらへんにいる青年っぽい感じの考えが目立っていたのに対し、麻帆良祭編での主人公の思考が暴力的で一方通行寄りだったのはこういうわけです。
何やら言い訳っぽくなってしまいました……すみません。

これからも主人公は精神の侵食に悩まされることになります。
愛衣や高音を前にした時のように、絶対に彼女ら友人にはバラすことはないように隠しながら。
心配かけたくない、という彼のつまらない意地だったりします。
でも、そういうつまらない意地を張ったりするのが男なんじゃないかなあ、と私は思います。



[21322] 第18話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/31 22:41
SIDE 一方通行

麻帆良祭も無事終了し、夏休みに入った。
と言ってもコレと言ってやることはなく、俺は普通の夏休みライフを満喫していた―――というわけではない。
エヴァの別荘からいろいろと本を取り出し、魔法についての勉強を始めたのである。
どうせヒマだし、詰めこんでおいて損はあるまい。
プラクテなんたらも試したのであるが、ベクトル操作という超能力を持つ俺と魔法は相性が最悪らしく、タカミチと同じで呪文詠唱ができないという欠陥があった。
魔術と魔法は違うらしく、身体がブッ壊れるようなことはなかった。
危ないとは思ったが、血流操作もできるので死にはしないだろうと思ってためしたのだが、何の影響もなくて良かった。
しかし、流石にこのチートボディでもできないことはあったようだった。
まあ、俺の場合このベクトル操作だけで反則的に強いのだが。
この事実を知られたとき、タカミチがやけに嬉しそうに『いやぁ、そうか、あっはっは!君にもそういう欠点があったのか!!』と自爆的なことを言っていた。

チッ、どうせ気とか咸卦法なんてさっぱりできねェよ。

気の操作の修行はやっているが、まだ気の運用は可能になっていない。
気というものを戦闘に応用するには基礎が大切らしく、その基礎の途中である。
硬気功とか覚えて反射を破られた時の保険にしたいんだが、その道はまだ険しく、遠い。
武術についてであるが、これもまだ基本。
達人から見ればもう殴り放題らしいが、俺の能力は反射。
文字通りカウンターを決める事ができる。
隙だらけのように見えて攻めれば鬼門。

反則である。

俺は反射があればたいていの敵は勝てるし無限縮地もあれば時空断烈剣的な空間その物をどうにかする必殺技を食らう事はほとんどないだろう。
しかし、プラクテなんたらができなかったときはショックだったな。
初めてエヴァにバカにされて言い返せなかった。
ま、その詠唱魔法とかがなくても俺にはベクトル操作で大気を操る力があるからあまり問題ないわけだが。
その気になれば数百メートルクラスのプラズマを作り上げることだって可能だし、詠唱時間を考えれば千の雷に匹敵する力を持つのは間違いない。
数キロ単位になるともはや戦略核クラスの規模になるので一分間くらい息を止めなければならなくなる。
そのおかげで鍛えた肺活量には自信がある。
所詮、一般人に毛が生えた程度でしかないのは確かだが。
さて、この夏休みで変わったことと言えば、ズバリ俺の知名度である。

『デスメガネ』タカミチ・T・高畑と匹敵するくらいに『ホワイトデビル』一方通行の名前は有名になったのだ。

そのおかげで古菲のように喧嘩を売られるわ売られるわ。
叩き潰される事が目的なマゾ野郎に興味はないため、再び向かって来る事がないように念入りにボコっておいた。
おかげで『デスメガネ』よりも容赦がない広域指導員として君臨する事になった。
その結果、麻帆良の治安は更に良くなり、商店街の皆様は喜んでいらっしゃられる。
恐怖政治のようなそのやり方が気に食わないものの、実際に成果は出ているので高音は文句を言えないようだった。

そう、そういえばその高音だ。

ガンドルフィーニ、高音、愛衣のチームに俺は編入されていたわけだが、この度刀子がヒゲグラと組んで出張が多くなってしまったため、俺は戦力の均等化のため刹那・龍宮チームに急遽編入される事になった。
裏事情として刀子が出会いを探しにいくため、という噂があるが、定かではない。
ちなみにこれ、龍宮は普段金で雇われる傭兵ゴルゴなので、三回に二回ほどは俺と刹那での出撃となる。
龍宮が出張らない時はとある事情によって最近見回りに出ることができなかった魔法先生が龍宮分の働きをするらしい。
とは言っても別のグループでの話だし、俺自身バランスブレイカーだから龍宮は別の班に所属しても良いんだけどな。
刹那と二人きりと言う機会を経て急接近……的な展開はなく、刹那はひたすら真面目に学園長から任された任務や仕事を行っていたため、俺はその真面目っぷりに呆れる事もしばしばあり、空気が悪くなった事も多々あった。
まだこのかと和解せずに尖っている頃の刹那なのであまり深くからかってはすぐにキレてしまうのだ。

とある幼女くらい沸点が低いのである。

……それはさておき。
俺がこれまで恐れていたのはそろそろ俺以外の転生キャラが原作キャラにちょっかいをかけてこないかということだったが、今の所そういうキャラはいない、はず。
だって全員を把握しているワケじゃないし、少なくとも俺の周りにいる原作キャラに対しての動きはない。
なんというか、俺の世界の人とか超来てほしくない。
筆頭は垣根提督やアレイスター。
神の右席の連中も勘弁。
前者はまず縮地でフルボッコできるしAIM拡散力場もないからアレイスターもとある計画を実行できないので俺と戦う意味もないからまだいい。
神の右席とかでフィアンマやテッラが来たらヤバい。
まだ話せそうなウィリアム・オルウェルやヴェントならまだ許せるが。
サーシャも嫌だな。
なんか天使の力を宿してるっぽいから暴発する危険性もある。
なんとか許容できるのが上条陣営の面々。
10万3000冊を始め超電磁砲や欠陥電気、ルーン使いやねーちんもまだいい。
青髪ピアスも土御門元春も……いい、のか?

モブキャラとかだったらもっと良い。

頭に花を乗せてる奴とか、記憶消されてる錬金術師とか。
その中で一番嫌なのはなんと言っても幻想殺しである。
あいつ、裏の事情とか知らずにフラグ乱立しまくる体質だし。
なんの自覚もなしに麻帆良大結界を破壊したりエヴァの呪いを破壊したりリョウメンスクナノカミを一撃で無に還すとかトンデモ行為を平然とやってのける腕を持つ、俺とは一味違ったチート存在だからな。
しかもタチの悪いことに恋愛フラグだけでなく死亡フラグまで乱立するもんだから手におえない。
復活フラグもあるから問題は無いんだが。
そんな奴だからこっちの事情を敢えて知らせておかないと場を滅茶苦茶に掻き回す可能性もある。

ま、聖人設定でもなきゃまず俺は負けたりしないけどな。

俺の無限縮地についてこれる奴はウィリアムとねーちんとミーシャ=クロイツェフくらいだし。
余計な事をしてくれなければそれで良い。
さて、そんな事を思っている俺は現在エヴァの別荘の書庫をあさっているわけだが、ここに打撃用の気の運用法などが書かれた書物が出てきた。
エヴァはどうやらある時期戦える力は全部つけると詰めこんだ時期があったようだ。
それを証拠に、咸卦法について書かれていたページは古ぼけていたり破けかけたりしていた。
挑戦して無理だったのかもしれない。
まあ、エヴァほどの実力者なら咸卦法もいらないのかもしれないが。
俺にとっては咸卦法はそれほど必要というものではない。
俺が今欲しているのは純粋な威力でも、移動力でも、防御力でもない。

速度だ。

ベクトル操作をすれば無限縮地も可能なのであるが、あくまで無限縮地は移動動作に過ぎない。
俺の攻撃速度は通常と同じかそれより速いくらいでしかないので、例え無限縮地で誤魔化しても気配で察知される可能性がある。
そんなことないだろって?
『紅き翼』とかいうバケモノ連中がいる以上、強くなるということはデメリットは全くない上にメリットはある。
それに、何と言ってもヒマだしな。
で、だ。

どうやったら攻撃の速度を加速させられるか。

原作のネギは闇の魔法で自身を雷化させて意識と身体能力も加速させた『雷速瞬動』を行っていたが、あれも瞬動や縮地の延長でしかない。
どう足掻いても移動術は実戦において攻撃術とはなりえないのだ。
その気になれば身体ごと地面に落下して隕石が直撃したような衝撃を与える事もできるが、隙が多過ぎる上に動きが直線的になるのでまず当たらないだろう。
ネギも雷化して同じような事やってたけどな。
だからと言って、俺の身体能力を底上げするにしても常人の身体では限度がある。
サウザンドマスターやラカンもあれは膨大な魔力や気で身体能力を異常なまでに上げているのだ。
もともとの身体能力が屑の肉体にそれを求めるな、と言う所だ。
そして、自慢にもならないが俺は体術ができない。
よって、上条戦のように体術(とはいえない稚拙なもの)でも防がれると歯が立たない場合がある。
だから、相手の認識速度を超える超速度での一撃必殺、あるいは短期決戦こそが俺の理想とする攻撃の型だ。
すぐ攻撃して俺がどんな攻撃も通用しないチート存在と思わせている内に倒す。
いやらしいが効果的だ。
最近では『ホワイトデビル』の特殊障壁は障壁じゃないのではという理論も出始めているらしいし、いつまでも反射に頼りきって生きていくわけにもいかないし。
ま、そうそう俺の明確な『天敵』が現れることはないだろうが。
だが現れないとも限らないので、こうやって地道に俺の戦闘手段を手に入れることにしているのだ。

ちなみに、今見ているのはこれ。

体から放出する気弾……原作でもやっていた『烈空掌』『漢魂』などといった基本的な気の運用方法の修行である。
それを見ていると、ふと思いついた。
茶々丸のように、身体の各所からブースターのようにジェットを噴出すことで体を強引に加速させれば、超速度を得ることができないだろうか。
普通なら脱臼したり加速に耐えきれずに骨が折れたりするだろうが、俺はその辺りの運動エネルギーの向きを自在に扱える能力者だ。
その心配はない。
俺に必要なのは速度のみ。
となると、これは案外必須ではないだろうか。
ならばと俺は席を立った。
思い立ったが吉日である。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

アクセラレータが別荘の存在を知り、私の書庫を勝手にあさり始めた。
まあ、別に不快ではない。
どーーーしても私の溢れる知識が必要だとぬかすのだから、ちょっとは見せても良いかと思ったのだ。

対価?

最初は血を要求していたのだが、奴の血が異常なまでに不味くてな……。
学園都市とやらは確か薬やら暗示やらで能力を覚醒させる機関だったらしいから、その薬が血液に溶け込んでいるのだろうか。
とにかく不味かった。
不味いもんを好んで飲むほど私はモノ好きではないため、どうせならと奴の研究成果を引き換えにして別荘の使用許可を出した。
アイツの頭脳は折り紙つき、どうせなら成果を期待するべきだろう。
もう一つ、あまりに夕食をたかりに来るため夕食代を置いて行け、という条件をつけたが。
ジジイからの……正確には雪広コンツェルンの報酬でちょっとは懐が暖かくなったようだが、ケチな事に変わりはなく、かなり渋々と了承していた。
奴も魔法に対して興味がある、と思っていたのだが、それ以上に奴はこの世界に適応する戦闘方法の研究に入っていた。
これ以上強くなってどうすると一度問いかけた事があるが、
「上には上がいるって言うだろ?いざその上が来た時、勝てなきゃ終わっちまうだろ」
魔法がたいてい物理的攻撃である以上、奴の反射が破られることはまずないと思うのだが……。
そういえば、以前レベル0に負けたとか言っていたな。
それで過敏になっているのだろうか?
……まあ、奴の強さに対する探究心はどうでもいいか。
人間が強さを求めるのに理由なんぞ必要ないだろうし。

今、奴が現在求めているのは戦闘においての速度。

あらゆる反応速度を上回る速度での一撃必殺が理想らしい。
もちろん速度だけでは勝てんと言ったのだが、だから今は加速して攻撃できる手を考えていると言って書庫に入り浸っている。
正直に言うと奴を素直にここに入れているのは、奴の実験が楽しみだからでもある。
主に茶々丸やチャチャゼロを使って体術の訓練をしたり、その際に書庫でひらめいた新技を使ったりして私達を驚かせてくれる。
異世界の人間だからか、私達魔法使いの常識をとことん覆す発想をするのだ。
例えば、無詠唱の竜巻きが五つも六つも背中に取りついて巨大な竜巻きとなり、それをブースター代わりにしたことがある。
無謀だがそんなことをするやつがいないわけでもないのでOKとしよう。
ナギの奴なら雷の暴風を推進力にすることなんてやってのけそうだからな。
太陽光の向きを変え、それを収束させることで灼熱のレーザーとか撃ったこともある。
……まあ、それもいい。
しかし、更に体内に流れている脳が筋肉に命令を伝達する体内電気の速度までを加速させて自分の身体の動きに脳がついていけるようにしているのは驚いた。
それは魔法ではなく生物分野の話だからだ。
よりコンパクトに。
より無駄がなく。
より効率的に。
奴の数学的考えは非常に理解しづらい所もあるが、その独自理論によって実際に『えんざんはんい』とやらの無駄をなくしているようだ。
つまり、奴の戦い方は『極限の無難』なのだ。
堅実に戦い方を研究し、長所を伸ばすよりも短所を消す事を重視して行う。
発展を行わず、ひたすら基礎を見つめ直して新たな発見をしていく奴の姿は、本当に興味深い物がある。
既に最強と言われる力を持つ連中にやる事は、もう短所を埋めることくらいしか残っていないのかもしれないが。
まあ、それに興味があるのは私の隣にいるコイツも同じらしい。

「いやー、前時代の神秘の実験を実際にこの目で見れると言うのはマッドサイエンティストとして見逃せないものネ。アクセラレータはまだカ?」

超鈴音である。
時間跳躍をしてきてとある理想を驀進中のコイツにとって、別荘に入って歳を取るというのはあまり興味をひかない話題らしい。
たまにアクセラレータにくっついてやってきては勝手に飲み食いして軽く談議して去っていく。
密かに書庫に潜りこんでいるらしいが、私には興味がない事だ。
「知らんのか?奴はたまに一日中書庫にいたりもするんだぞ?」
「研究熱心な奴ネ」
「お前に言われたくないと思うんだが」

実際、『気が散る』と追い出されながらもきっちりと私の書庫の魔道書を持ってきている超鈴音が言える台詞ではない。

ここでアイスサワーを飲みながらたまに『ぷはぁー、極楽ネ。ずっとここにいたいヨ』というニート宣言をほざくだけだから、まだかわいい方だが。
茶々丸には久々に模擬戦を行わせている。
この別荘にいる茶々丸の姉にあたる人形たちの戦闘力もチャチャゼロには及ばないがかなりのものなので、そいつ等を適当に選んで茶々丸の戦闘訓練を積ませている。
ロボも修行をすると学習するらしく、ハカセによるとだんだんと反応速度などが全体的に向上してきているらしい。
たまにこうして戦わせないと腕が落ちる、というのもデータで取得済みだ。
まあ、このごろは姉たちとの戦いよりも、

「茶々丸!手ェ貸せ!」

アクセラレータの体術の実験台になることが多いのだが。
茶々丸もいつも快くそれを了承している。
姉たちとの肉弾戦闘訓練をやめて即座にアクセラレータの言う事に従っていた。
茶々丸はとてもではないがアクセラレータと渡り合える性能ではないが、アクセラレータの技を食らって速度に慣れる事ができる。
とてつもない速度に慣れると言う事は、他の速度が遅く感じると言う事。
これはつまり、他の戦闘にも非常に有効な修行方法だといえる。
アクセラレータもちゃんと茶々丸を傷つけないように配慮しているしな。
壊したりなんかしたら絶対に許さないが。
「おっ、始まるネ。今日はどんな実験カナ?」
「……実験と聞くと異様にキラキラするその目は矯正したほうが良いと思うぞ」
分析分析と早速メモ帳を取り出す超鈴音にため息をつきながら、私はアクセラレータと茶々丸の方に向いた。
すると、何故かアクセラレータがこちらに向かって言った。
「エヴァも来てくれねェか?手伝って欲しいことがあンだよ」
何十メートルも離れているはずなのにすぐ傍にいるように聞こえるのは、奴が拡散する音のベクトルを一直線に束ねているかららしい。
まったく、出鱈目にも程があるぞ、あの能力。
「また障壁か?このごろ障壁の技能ばかり使う羽目になってるんだが」
「そう言うな。威力を試してェンだよ」
威力を試すにしても俺の攻撃力じゃ茶々丸をブッ壊しちまうからな、とアクセラレータは言った。
確かにそうなのだ。
予備動作無しでいきなり最高速度に達することができるアクセラレータは理論上拳と身体の間に1ミリでも隙間があればとてつもない速度での一撃を叩き込む事が可能なのである。
そんな奴は、トーン、と十メートルほどバックステップして距離を取っている。
おそらく、何かとんでもないことをやるつもりだ。
私は念入りに呪文詠唱し、三重の防御術式を茶々丸の前に展開する。
まあ、千の雷ならともかく雷の暴風程度なら防ぐことができる程度の防御術式だ。
まだ展開する事はできるが、そこまで出す必要はないと思った。

だって疲れるし。

アクセラレータは確かめるように腕を握ったり開いたりし、拳を何度か突き出すと構えた。
「行くぜ。チャチな障壁を展開してンじゃねェぞ」
「たわけ。真祖の障壁をナメるな。全力でぶつかって来い」
「私も危なくなったら避けますので、ご安心を」
茶々丸は受けとめるためではなく、いつでも避けられるように身構えた。
その様子にアクセラレータはにやりと笑うと、合図も無しにいきなり加速した。

数ヶ月前の奴と比べると月とスッポンだ。

ベクトル操作による身体能力強化、更には進むベクトル操作の効率化により瞬動の速度が向上している。
この地味な精度の調整がアクセラレータを強化している一因と言えるだろう。
そして奴は大きく一歩踏み出し、ゴンッ!!とその足を地面にめり込ませて陥没させる。
その足から生まれるパワーが拳に注がれ―――そこで私は驚愕した。
いきなり奴の肘の辺りに風が集中し、瞬時にして爆発したようにして後方に霧散したのだ。
それはまるで茶々丸の肘の関節部からのブースト加速によってパンチの速度と威力を上げる動作のようだった。

ゴギュ!!と加速する奴の拳。

もはや目で見ることは不可能な強力な一撃。
その拳が障壁に激突すると、易々と一枚目が撃破された。
背中にも先ほどと同じように風が収束して後方へ風を噴出させ、拳を放った状態のまま衰えない威力で前方に突き進む。
二枚目も撃破され、最後の障壁も撃破されかけて、障壁にヒビを入れて止まった。
茶々丸は破られると思ったのか、既に横に飛び退いていた。
「……思いつきにしちゃなかなか良い手みてェだな」
茶々丸の前で拳を握ったり開いたりしている奴に、今のはどうやったと詰め寄ろうとする前に、何故か私より先に超鈴音が奴に詰め寄っていた。
「今のはどうやったカ!?理論武装してかかってくるヨロシ!!」
「ぶわァ!?テメェ唾飛ばすんじゃねェ汚ェだろうが!!」
だがきっちり反射しているのでかかったりしていない。

ちゃっかりした奴だ。

超鈴音が鼻息を荒くしながら奴にぐぐいっと顔を近づけると、奴は嫌そうにその顔をぐいぐい押しのけながら説明を始めた。
「単純に言えば茶々丸のパンチの機構を再現しただけだ。肘の後ろからブースターを使ってパンチを加速させてるだろ?あれの真似をして、風邪を肘の後ろに収束、そして一方に開放して推進力にしたンだ」
「待て。そんなことをしたら肩が外れるんじゃないのか?」
「反動を打ち消すことなんざ俺には造作もねェことだぜ?」
そうだった。
肩が外れるのは無理な力がかかるからだ。
その無理な力の向きを調整してしまえば、脱臼はしないと言う事か。
トコトン理系だな、こいつの頭は。
……ん?ちょっと待て。
「おい、それだけなら茶々丸はいらなかったんじゃないのか?」
「……目標がないとやる気が起こらねェンだよ。威力調査もしたかったしな」
でかい氷の塊なら用意してやったというのに。
さっきの威力ならそんなもの軽々と粉砕できるだろうがな。
そう思っていると、超鈴音が残念そうに肩を落としているのが見えた。
「じゃあその技はアクセラレータ専用ということカ?あーあ、軍用強化服に少し強引な改造を加えようと思ったけど、残念ネ」
「あァそォかい。っつか俺の動きは物理法則ほとんど無視すっから参考にゃならねェと何度も言ってるつもりなんだが?」
「いいじゃないカ。新たなインスピレーションが沸いて来るヨ。働け私のイマジネーション!!」
「テンション上がるのは結構だが上がりすぎて脳内で血管が破裂しねェよォにな」
ちなみに、まだ超鈴音にはアクセラレータがベクトル操作能力者だということは知られていない。
麻帆良最強頭脳と呼ばれているだけあり何か妙な力が働いていると考えているようだが、まさかあらゆる運動量のベクトルを操作しているなどとは思いつかないだろう。

とりあえず物理法則は無視する、とだけ覚えているらしい。

無視するだけではあの威力は説明不能のはずだが……だからこそ超鈴音はアクセラレータに興味を抱いたのかもしれない。
このごろは興味以上のものを感じるがな。
「何か言ったカ?」
「何も」
ふん、カンは鋭いようだな。
ま、超鈴音ごときがアクセラレータに興味を抱こうとも跳ね返されるのがオチだが。 

私にはわかる。

超鈴音は裏の人物で、それなりに世界の裏を見て来た経験者でもあるが……アクセラレータはそれは比べ物にならない地獄を見て来たと言う。
ただ、出会った当初はそう思っていたのだが、どうにもこのごろは不自然なことがある。
色濃い闇を体現する存在だったはずのアクセラレータであるが、この頃そういう闇が現れていないのだ。
というのも、コイツが麻帆良に慣れてしまって丸くなったのか、それとも何らかの心境の変化があったのか……少なくとも、私に説教垂れたあの時と今のコイツは別物かと思えるほど雰囲気が違う事がこの頃わかってきた。
あれはコイツがキレたのだというくらいわかるが、それにしてはこの頃のコイツの雰囲気は違うと思う。
私の考えすぎかもしれないが、そのせいで少々張り合いがなくなったのは確かだ。
ただ単に丸くなってしまったのならつまらんが。
そのアクセラレータであるが、コイツ自身が本気で惚れたりしなければ、コイツの隣にい続ける事は不可能だろう、と私は考えている。
何故かアクセラレータは他人と一定距離を置くようにしているのがわかる。
ある程度親しくなれば、決してその先の線に踏み込めないように、奴独特の強引な話術で誤魔化している。

これまでアクセラレータを観察してきてようやくその事に気付いた。

奴に意図的なものを感じなかったから気づくのに時間がかかったのだが、ということは無意識的に距離を置こうとしているのが感じられる。
まだ奴には語っていない過去があるのだろうか。
夢見の魔法を使おうにも、奴は寝ているときは全てを反射してしまい、魔法も受けつけない。
それにしては夢見の魔法が私にはかからないのだが、もしかして歪曲してどこかにすっ飛んでいるのだろうか?
どちらにしろ効かないことには変わりない。
更にどうやら音まで反射しているらしく、いくら怒鳴ろうとも起きないのだ。
殴るのは言うまでもなく。
もっとも、殺気などを向ければ不機嫌な目と共に目覚めることがわかったので最近はこれで起こしている。

苦労が減って良かったと言うモノだ。

それにしても、私の障壁を二枚も砕いたあの一撃……間違いなく本気ではなかった。
もしかしたら軽く無造作に突き出した一撃だったのかもしれない。
思いきり体重を乗せた風にも見えなかったし、震脚の踏み込みも甘かった。
肘に風を集中させていたから気が散ったのかもしれないが。
しかし……なるほど、本気ならば戦闘中の私を瞬殺することも可能になったということだ。
通常攻撃をあの攻撃にすれば、私の障壁も砕く一撃を容易に放つ事ができる。

もっとも吸血鬼状態だったら死なないから千日手になるな。

流石の私も全身をグチャグチャにされてミキサーにでもかけられた挙句燃やされたら復活するのに何日もかかる。

その時に液体窒素の中に冷凍保存されて南極や北極の氷の中に埋められたら復活はできなくなるかもしれない。
やられたこともないし、やりたくもないがな。
まあ、私をそこまで追い詰める事ができるだけでもたいしたものだ。
死んでしまったサウザンドマスターやラカンもこいつには勝てるかどうか……バグキャラVSバグキャラというのは見てみたい気はする。
私もそう言う系統の存在であることは否定しないが。
「研究ってのは面白ェ。特に自分の能力に関してはな」
命名『ジェット・パンチ』を何発も繰り出して大気を震わせているアクセラレータをふと見やる。
サウザンドマスターやラカンが直接的な実力による恐ろしさを見せ付けて来るのに対して、アクセラレータはこれだけの強さを求めながらもまだ進歩する底知れない恐ろしさを見せ付けて来る。
コイツはどこまでいくのか。
限界はあるのか。
そもそも、限界という概念が存在するのか。
アクセラレータとは、なんとも的を得ている異名だと思う。
コイツはどこまでも加速していくだろう。
誰かが物理的に止めない限り。
そして、いつか私の手の届かない所に行ってしまうのかと思うと、
少しだけ、寂しかった。






~あとがき~

エヴァ回……なのでしょうか?
超回とも取れます。
今回、新たな必殺技が出ました。
その名も『ジェット・パンチ』。
え?某うっかりの人?それは言わない約束じゃないか。
超はこうしてアクセラレータの能力のデータを密かに取っています。
アクセラレータの実験もそれはそれは彼女の好奇心を満たすものですが、やはり彼自身が超にとっての興味そのものです。
また、エヴァはその超の思惑に全く気付いていなかったりします。
己の知識の欲を満たすためというのはあっていますが、アクセラレータの研究という点ではちょっと勘違いをしています。
そういう勘違いするエヴァってのも良いですよね。
彼女の『寂しい』発言についてですが、原作でラカンが逝った時にも何の感慨も得ていないような感じでしたが、個人的にはその死を惜しんでいるように見えました。
いかに年を重ねようとも、見知った者が逝くことは悲しいものです。
アクセラレータは彼女が見つけた圧倒的な闇でした。
サウザンドマスターの対極という感じですね。
そんな彼が自分の見ている前でガツガツ進化していくのを見ると、自分の時が止まっている事を自覚します。
また自分が置いて行かれるのかと思うと―――というわけです。
エヴァは素直じゃないからそこまで思考しませんけどね。


夏休み編は短いですがこれにて終了、次回は秋です。



[21322] 第19話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 00:24
SIDE 一方通行

秋になった。
体育祭?
ウルティマホラ?

既に過ぎてしまったモノを言ってもしょうがないだろう。

古菲が優勝して終わりだよ。
例の『漢魂』の奴もいたが、所詮脇役は脇役。
『漢魂』を使う前に瞬殺されていた。
なにやら古菲が龍宮と話していた所が見えたのでそちらをみていると、何故かこちらに視線をロックオンして来たため、少し面倒な事になりそうになったので逃げる事にした。
後ろから『なんで逃げるアルかーっ!?』という声が聞こえてきたような気がしないでもない。
俺の興味は格闘オタク少女でもなく少女版ゴルゴでもなければ、古菲と共に『ほほう、やはりなかなかの逃げ足の速さでござるな』と呟いていた似非忍者にもないのだ。
もちろん逃げきってやった。
どうやって逃げきったのかというと、言うまでもないが能力を使ったのだ。
超能力は魔力も気も使わないため、俺自身が気配を潜めてしまうと魔法や自身の超感覚に頼る連中は俺を見逃してしまう確率が高くなる。
この時は光を屈折させ、周りの景色に同化して古菲をやり過ごした。
いや、全身ミラーな何かになるのはわかっているが、一応林の中に隠れたのでそこそこカモフラージュにはなったと思う。
いざとなれば超速度の瞬動で振り切ってやるが、一般人もいる中で古菲が捕えられないような瞬動をやるのは気が引けた。
それから数日、俺は現在、アスナとこのかを尾行している刹那を尾行している。
俺はアスナやこのかを確認できない。
それほどの距離から刹那は二人を尾行しているのだ。
ストーカーの才能ってあるよな、と思ってしまう。

あっても何も嬉しくないが。

それにしても、あれじゃ完璧な変態だな、と刹那を見ながら思う。
周りから目立たないように背中に呪符を貼りつけているようだが、カンの良い奴辺りは気付いているようだ。
俺は気づかれるような間抜けではないが。
そう思いながら、周りから変人と思われている刹那を見やる。
俺は『読心能力者』ではないので相手の心を読む事はできないが、それでも多少はわかる。

あれは羨望の眼差しだ。

その先には、おそらく仲良くしているアスナとこのかが一緒にいるのだろう。
アスナに自身を投影しているのかもしれない。
その眼差しを見たら、やはり護衛というよりストーカーだと思う。
護衛というのはやはりSPのような黒服でサングラスをかけた屈強な連中の事だと思うのだ。
淡々と仕事をこなす彼等に対し、刹那はキラキラとした目でこのかを見るもんだから、とてもではないが護衛に見えないのである。
しかしまあ、よくもあんな顔をして傍から見守り続けられるもんだ。
ま、原作のアクセラレータの生き方もラストオーダーを影から守ろうとしていたから、同じようなものか。
だからだろうか、俺の心の中にはやけに刹那に共感を覚える部分がある。
傍にいて守る必要はない。
自分は汚れている。
だから太陽のような存在であるあいつを汚すわけにはいかない。
あいつを守るために俺は戦う。
何を失おうとも、それだけは果たす。
打ち止めと出会ってから他者の温もりを覚えた一方通行はそれを心の軸にして突っ走った。
結果がどうなったのか、その辺りは俺は知らない。
このアクセラレータの記憶にもない。
当たり前だ、このアクセラレータは演算能力を失っていないのだ。
だから結果的にアクセラレータがラストオーダーを守りきったのか、それは知らない。
あの二人が幸せになれるように願おう。
さて、話は脱線したが、この状況をどうするか、だ。

介入しても良い。

今の状況は学園長にとってもあまり良い物とは思っていないようだし、何より娘に魔法をバラすなという近衛詠春の考え方が甘過ぎるからだ。
『紅き翼』も相当に世界の裏を見て来たはずだが……年老いてボケたのか、このかの魔力のデカさを知ってるくせに魔法を教えるなというのは核弾頭のスイッチをどっかそこらへんに放置してその周りを新米のSPに固めさせるのと同じだ。
俺は娘をもったことがないから娘のかわいさというものはわからんが、この対策がただ娘に清純で綺麗にいて欲しいという親の願望ならば、俺はそれが本当に子供のためになるのかと尋ねてみたくなる。
伝説の英雄のパーティ『紅き翼』の近衛詠春の娘とくれば、旧世界、魔法世界ともに非常に価値がある存在だ。
更にサウザンドマスターを上回るほどの膨大な魔力を秘めていると来れば、それを利用しようと思う馬鹿がどれだけいることか。
それでいて彼女に自分を守る術すら教えずに放置しているのだから、それは親としての怠慢としか言えないと思うのだ。
本当に彼女を大切に思っているのなら、無理矢理にでも自分を守る術を教えなければならなかったのだ。
覚える術が回復系を中心にしていたとしても、強力な魔法障壁は張れるだろうし、魔法の射手も1000本とか物量に任せて攻撃すれば一般的な魔法使いにとってとんでもない脅威となるはずだ。
それで刺客を片付けられるとは思えないが、そういう手段を持っておくことは大切だと思う。
しかし、
「……介入するにしてもどうすりゃいいンだ」

問題はそこである。

修学旅行のような事件が起きない限り、刹那はこのかに自分の正体を明かそうとはしないだろう。
この二人を親密にするためには、お互いに自身の立場を認識し、かつお互いの秘密を共有する必要がある。
……現段階じゃどうにもできないな。
やはり、修学旅行を待つしかないか。
彼女達の行き違い、そして歪な関係は外部から強引に力を加えては壊れてしまう危険性がある。
壊れてしまえば修復は不可能。
二人は癒せぬ傷を負って一生を過ごしていかなければならなくなる。
これからの展開も考えるとそれは決してやってはいけないこと。
ネギパーティにはアスナとこのか、そしてのどかは絶対必須。
彼女達のアーティファクトはかなり強力だからだ。
だから彼女達の天秤を揺らすのは危険なのだが……気になる。

気になる。

俺は為す術がない現状にやれやれと首を振ると、その場から去った。
何やら、無性にフテ寝をしたくなった。






その数日後。
俺は刹那と共に悪魔を駆逐していた。
本日は陰陽師ではなく西洋魔術師がお出ましのようだ。
この麻帆良の体制や学園長が嫌いな西洋魔術師の連中が陰陽師に混ざって攻めてくる事もあるのだ。
自分たちは正義の味方を気取っているくせに、それが自分主観の話になると自分に都合の良い正義に理論武装して襲いかかって来る。

こういう連中は嫌いな人種であるが、一方的な嫌悪の対象というのは間違っていると思う。

俺は目の前の悪魔が放った魔力の衝撃波をシカトして反射し、悪魔にそのまま衝撃波を直撃させる。 
それも気にせずに、俺は目の前の悪魔を例の『ジェット・パンチ』で粉々に吹き飛ばした。
自分の信じることを信念とし、突き進むのは悪いことではない。
無論、それは極端に狭い主観的な考えであり、客観的に見れば短絡的な考えであることは明らかだ。
彼らの悪いところは、その極端な主観にあるのであり、それに従って行動しているのは行動力がある証だろう。
認めるのはそこくらいであり、まあ馬鹿な事やってるなという思いはあるのだが。

さて、話は変わるがこの『ジェット・パンチ』。

最近、これを放つとネギを狙ってやってきたヘルマン伯爵の『悪魔パンチ』のような衝撃波を撃つ事が可能になった。
俺も慣れてきたことがあり、突き出した拳を繰り出し、更に自分を軸として拳を振りまわし、その勢いを利用して回転蹴り、その衝撃波で周りをぶっ飛ばすなどといった派生技を編み出すことに成功していた。
目が回る、というのに対しては教訓が生きていて、二度とないように念入りにベクトル操作をしている。
あんなことは二度と御免だ。
ベクトル操作で突き出した拳で飛ぶ衝撃波は豪殺居合拳に少し似ている。
ただ気などを放出しているわけではなく純粋な衝撃破のためか、その射程距離はタカミチのそれよりも短い。
その代わり、連射力は明らかにこちらが上であり、近距離で撃ち出せるという利点もある。
拳だけではなくおそらく頭突きでも体当たりでも繰り出せるし、豪殺居合拳よりも汎用性は高い、と思っている。

そして、俺としてはこの実戦はエヴァの別荘で試した研究成果の試し切りであったりする。

全力を出すと『ザ・ワー○ド』と化す俺の意識加速はネギの雷天大壮2には及ばないものの、通常の人間には知覚できない速度の事柄も認識する事が可能になっている。
身体が遅く感じるが、まあ慣れてしまえばどうということはない。
それに、ラカンがやった雷天大壮の弱点である先行放電などでのネギの出現地点の捕捉も行えるだろう。
流石に雷天大壮2を超えるのは無理だが。
人間の知覚の限界をはるかに超えている。
実際、あのラカンですらあの速度には手出しできなかったわけだし。
だが、俺にはラカンの鋼の肉体よりも悪質な反射がある。
ネギが雷天大荘2状態で木原神拳でもやってくるのだったら話は別だが、あれは異常に難しく、そう簡単に再現できるようなものではない。
この世界の人間が木原神拳をやれるかどうか実験するにしても、それは俺の弱点の確立になってしまう。
エヴァに俺の弱点を知られるとおもしろくないし、超が敵に回る可能性がある以上、弱点を知られるのは下策である。
知られても叩き潰せる自信はあるが、万が一の可能性も潰しておきたい。
こんな悪魔どものノロい速度では当然俺の実験相手にもなりはしないし。
俺が反射なんていう能力を持っている、と気づく奴はいるだろうが、それを逆転させて攻撃する、という方法を実行できる実力を持つ連中が世の中にどれほどいるか……。
「(ま、普通なら誰もンな事思いつく奴はいねェだろうな)」
この世界では魔法や特殊能力の出鱈目度がかなり高い。
いや、禁書目録の世界もかなり出鱈目ではあるのだが、とりあえずそれは置いといて。
魔法や物理攻撃を反射する程度の魔法はある、と考えている。
『加速』やら一言の魔法もある事だし。
誰も使っていないのは、反射できる攻撃そのものに制限があるか、あるいは詠唱がクソ長いのに効果は一瞬とか、技術的に不可能とか、もしかしたら相手の攻撃を利用するなんて正々堂々じゃないなどという理由で実用化されていない、などだろう。
そしてそういう知識があるだろう熟練の魔法使い達は俺を反射する障壁を張っているからだ、と思うだろう。
だが、その前に魔法使い達は俺が魔力を使っていない事に気がつくはずだ。

魔法使いは古い歴史もあって常識的観念にとらわれやすいと言う弱点がある。

気を使って魔法や物理攻撃を反射する特殊能力なんてないのだ。
精霊の力もない以上、俺の反射能力は魔力によって行われている物だと魔法使いは認識するしかないのだ。
その混乱した隙をついて、たいていの敵は倒せるだろう。
常識的観念にとらわれている以上、俺を倒す事はできないだろうし。
あるがままを受け入れる柔軟な思考が必要なのだ。
そういうことを考えている内に、最後の一体をブッ潰してしまう。
いつも通り、手応えのない相手だった。
刹那に『ちょっと待ってろ』といい残し、俺は超高速で術者の居場所へ向かう。
陰陽術やら西洋式の気配遮断術式もあるのだろうが、だからと言って実体が消えるわけではない。
「(座標確認。疑似『風花旋風・風障壁』)」
轟!!と俺の前方で竜巻が渦巻く。
これは漫画でネギが修学旅行の時にやっていた竜巻障壁の『檻』である。
特定した座標を中心として半径を三メートルとし、直径六メートルの円形の空間を持つ巨大な竜巻を発生させる。
更に風を逃がさずに回転させるため、傍目から見れば球状の竜巻にしか見えない。
穴をあけても風ですぐに塞がり、触ろうとしても押し戻される。
雷の暴風とかなら吹き飛ばされるだろうが、そんなもん唱えている内に俺が到着してしまう。
要するに時間稼ぎであるが、これがなかなかに便利なのだ。
ブッ殺さずに捕える、という手加減はこの身体ではなかなか難しく、生け捕りなんて不可能じゃね?とか考えていた所にこれだ。
ちょっと俺の発想力が役に立ったか、と思う瞬間だった。
敵の術者の特定はどうしているのかというと、麻帆良全体の風を掌握している俺ならば、この辺りで気配がない不自然な風の動きをしている座標を特定する事など造作もない事だ。
前のアクセラレータはそんなことはできなかっただろうが、学園都市は人も多いし住宅街もたくさんあった。
それに、特定の個人を特定するのに向いていないこの能力は、アクセラレータにとって元々不要だったのだろう。
俺は風の檻で捕らえていた術者を見つけた。
というより、球状の竜巻であるが。
俺はその竜巻の勢いを反射で無効化して中に入り、驚愕しているソイツの頭を掴んで生体電流を操作、気絶させる。

こう言う奴には問答無用が一番だ。

俺は気絶した術者の腕を縛り、刹那の所まで戻った。
刹那はどこか呆れたような表情で俺の背に担がれている術者を見やる。
「毎度毎度の事ですが、あなたのその探索能力は常識を超越してますね」
「あァ?今更何言ってやがる」
本当に今更だ。
俺が非常識なのは今に始まったことじゃない。
「(私にもそういう力があれば、お嬢様を―――)」
「おい、なんつった?」
「いえ……なんでもありません。さあ行きま―――ふふぇ!?」
俺は刹那の頬をむにーっと引っ張った。
おお、伸びる伸びる。

柔らけェ~。

「ふぁ、ふぁにふんふぇふはーっ!?」
おそらく、『な、何すんですかーっ!?』とでも言っているのだろう。
刹那は気で強化した腕で俺の手を振り払おうとするが、そんなもんで反射が揺らぐと思ってもらっては困る。
もちろん、ビクともしない。
あー、やっぱり刹那を苛めるのはクセになるな。
散々に弄繰り回してから頬を開放してやる。
刹那は赤くなった頬をさすりながら、こっちを抗議がこもった目つきで睨んで来る。
「い、いきなり何ですか!?」
「なんでもなくねェだろうが。俺はそォやってはぐらかされたりすンのが嫌いなンだよ」

実際、今の呟きは聞こえなかったが、気になる。

刹那が何を思っているのか……しかも俺を前にして言いかけた事なら、刹那が俺をどう思っているのかとかがわかる。
好意とか、そういうのを期待しているわけではなく純粋に刹那の気持ちを知りたいのだ。
このかとの悩みかもしれないし、最近の自分が嫌になってきたとか言う思春期の悩みかもしれない。
ンなこたァカウンセリングにでも相談しろと言いたい所だが、彼女はあまり見知らぬ人に悩みを話せるほど他人を信頼する事はできない。
だから面識のある人に相談するしかなかったのだが、彼女の面識のある人といえば、この麻帆良では学園長に刀子にタカミチに3-Aくらいしかいないんじゃないだろうか。

相談できる人物とすれば、かなり限定されて来る。

学園長はどうにも信用ならず、刀子はこのごろ忙しい上に今更関西のゴタゴタに巻きこむわけにもいかないという刹那の気持ちもあるだろうし、タカミチは面識があって担任だとしても相談できるほどに親密と言うワケでもない。
3-Aで彼女が話せる相手といえば長瀬楓、龍宮真名辺りだろうが、龍宮はカウンセリングに向いてそうな人物じゃないし、長瀬に相談しても根本的な解決にはならないだろう。
不満などを吐きだす、ということはそれだけで楽になる、というのは俺の体験談だ。
流石にこれだけ付き合っているんだ、そういう悩みを解決してやりたいと言う思いはある。
そういう気持ちになっても吐き気がしないのは、俺の気持ちが強いからだろうか?
それとも一方通行が認めているから?
よくわからんが、押し通せるならこのまま押し通すことにする。
刹那は多少考えて、ため息をついた後に俺を見た。
「どうせ、言わないといったら力ずくでも言わせようとするんでしょう?」
「よくわかってンじゃねェか」
まあ、力ずくと言ってもまた頬を引っ張りまわすだけだが。
流石に殴り飛ばすのは罪悪感があるしな。
「あまり聞かれたくない上に長くなる話か?」
「長くなるかどうかはわかりませんが……聞かれたくはありません」
「そォか。なら俺の家に来い」
「…………」
俺がそういうと、刹那はなんだか嫌そうな顔で俺を見た。
「ンだよ?別に襲う気はねェぞ。襲うンなら悪魔殲滅し終わった後にヤッた方が後で色々とやりやすい」
「真顔でそんなこと言わないでくださいッ!!」
刹那は真っ赤になった顔で怒鳴ったが、俺はどこ吹く風。
やっぱり生真面目だからこういう話には弱いんだな。
結局、襲わないと確約したため彼女は俺の家に来ることになった。
やれやれ、そんなに俺はケダモノに見えるかね。
俺達は森を出ると、待機していた魔法先生にこの術者の身柄を預けた。
彼は無傷で気絶している術者を見て少し驚きながら、いつものように感心したように言った。
「早いなあ。流石アクセラレータ、いつも仕事が迅速で助かるよ」
「さっさと仕事を終わらせたいだけだ。連ドラの予約忘れちまったンでな」
俺の軽口に魔法先生は笑うと、次にやってきた一団に顔を向けた。

そこにいたのはガンドルフィーニの班の面々だった。

「テメェ等も終わったか」
「ああ。術者は逃がしてしまったけどね」
アクセラレータがいたら絶対に逃がしはしなかったんだろうけど、とガンドルフィーニは言った。
ま、この三人はあまり能力的に追跡には向いてないしな。
ガンドルフィーニはスタンダードな力を持つ戦闘者。
高音は影を放つことによって捜索はできるが、影自体がそれほど強くないために単体では返り討ちになってしまう。
愛衣は言うまでもない。
全体的な戦闘能力は高いのだが、こと逃げる相手を追跡となるとのがしやすい傾向にあった。
少し疲れたように高音がため息をつく。
「このごろあなたのおかげで逃走手段を高度化する連中が多くなってきたんです。私達も二手に分かれますか?」
「戦力を分断するのは上策じゃないが……この際仕方ないだろうな」
ガンドルフィーニは渋々と言ったように頷いた。
「麻帆良大結界で術者の場所くらいは把握できねェのか?」
「そこまで便利にはできてないよ」
「監視衛星ぐらい飛ばしてねェのか麻帆良は?」
「そんなことしたら他の国に叩かれます。気象衛星ならともかく軍事衛星はちょっと」
やはり、学園都市のようにはいかないらしい。

流石に権力の強さが違うか。

「とにかく、俺は終わったし帰らせてもらうぜ。刹那、行くぞ」
「あれ?桜咲さんとアクセラレータさん、一緒にどこか行くんですか?」
ピクリ、と愛衣の不用意な一言に反応したのは高音とガンドルフィーニである。
「まさか、アクセラレータさん、あなた……桜咲さんをお持ち帰りして食べてしまおうなんて思っていないでしょうね!?」
「君は煩悩なんてないと思っていたんだが、やはり男だったんだな……だが教師として不純異性交遊は止めさせてもらうぞ」
「ふざけンなクソども。何でそうテメェ等はそういう思考に直結すンだ?特に高音の食いつきがハンパねェンだが?」
「なっ、私はいつもそんな思考をしている訳じゃ―――」
俺は高音の言葉を無視して愛衣と肩を組むと、その耳元に口を寄せて高音を指差しながらボソボソと囁く。
「なあ愛衣、見ろ、あれがお前の尊敬するお姉様の真の姿だ。実はお前に隠れてこっそりと自分の欲望を満たしているに違いねェ」
「ええっ!?」
「具体的に言うとゴニョゴニョ」
「ええええっ!?」
「更にゴニョ。ゴニョニョ」
「ふぇえええええっ!?」
「何を言ってるんですか何をーッ!?」
高音が影を使い魔を身体に纏って俺を攻撃するが、純粋な物理攻撃なんぞ俺には効かん。
それを見てはっとした高音は慌てて愛衣を俺から引き離した。
既に愛衣の顔は真っ赤で『うふふ、お姉様はあんな、あんなことを……うふふふ』と昇天寸前の顔でヤバげな言葉を呟いている。
やりすぎたか?
だが反省はしてない。しない。するものか断じて!
「愛衣ッ、しっかりするのよ!傷はまだ浅いわ!!」
「つーわけでガンドルフィーニ。後始末頼むわ」
「場を掻き乱すだけ掻き乱してそれか。流石にもう慣れたけどね」
肩を竦めながらガンドルフィーニはそう言った。
ガンドルフィーニは高音にあわせていただけらしく、本気で俺が刹那を襲うとは思っていなかったらしい。
高音は本気で刹那を心配していたようだが……揃いも揃って俺をなんだと思ってやがるんだ。
そう思いながら、俺は刹那と共にその場を後にした。
「……あの人達はいつもああなんですか?」
「そォだ。あンだけからかってもまともに反応してくる奴ァ珍しい。からかいがいがあるって奴だ」
俺の答えに刹那は顔を引きつらせていた。
刹那は内心で『麻帆良祭での予感は嘘ではなかったか……』と呟いていた。
俺が知るわけもなかったが。






SIDE 桜咲刹那

一度だけ来たことがある、アクセラレータさんのアパートにやってきた。
部屋に入った事はないが。
彼の部屋に入った時、予想外に生活感漂う普通の空間だったので驚いた。
だらしのない生活を送っているのかと思えば、きちんと整理整頓されている本棚や洗い物がたまっていない綺麗な流しが見られる。
おそらくここを出る前に読んでいただろう週刊誌とコーヒー缶以外は片付いているのだった。
個人的に、若い男性の部屋というのはもっとごちゃごちゃとしていて、その、不謹慎な本も置いてあるものだと思っていた。
私の価値観が古いのか、それとも知識が偏っているのだろうか?
とにかく、そういう生真面目そうな部屋に驚いてしまい、意外だ、と呟いてしまったらしい。
意外ってなんだコラと言われて頬をつねられてしまった。

ほ、本当に痛い。

抗議してアクセラレータさんの手を解こうと全力を尽くすが、やっぱりピクリとも動かない。
筋肉の硬直がほとんどないところを見ても力を込めているように見えないから、彼の何らかの能力が働いているのだろう。
いつもより多少以上長く頬を引っ張られ、私は赤くなってしまった頬を抑えながら涙目でため息をついた。
なんでこんなしょーもないことばかり彼は能力を活用するんだろうか。

才能の無駄使いとはこの事か。

そんな事を思っていると、アクセラレータさんが丁寧にも私の前に茶を置いて、どっかりと目の前のソファーに座った。
「ここには盗聴機も何もねェし、誰かに見られることもねェ。さっさと全部暴露しちまえよ」
やはり、逃げ場はないか。 
というか、私にしてはあの場でのはぐらかす発言は迂闊だったな。
アクセラレータさんに悟られては隠し事などできないだろう。
彼のカンは凄まじく冴え渡る物だと知っているから。
こうやって呼ばれるのも面倒くさい、この際だから私の事を全部話す事にしよう。
私は隠すのが苦手だ。
隠れるのは得意なのだが、どうにも私は刀子さん曰く精神の修行が足りないらしい。
想定外の事態になるとすぐに動揺したり、慌てたりする癖があるようだ。
自分でもわかっているのだが、治らないと言うのは困ったものだ
私は茶を一口含んでから、話し始める事にした。
「私が烏族と人間のハーフで、どこかに拾われて事情があってこの麻帆良に来た、と言うのはお話したと思います」
「あァ。保健室で聞いたな」
保健室、と言われてあの時を思い出す。

『バケモノ』の話。

色々なバケモノがいて、私の翼が生えているという事実だけでは到底バケモノには及ばない、という話。
アクセラレータさんというバケモノがいる以上、私もそれを納得せざるを得ないのだが……私はよほど頑固らしい、どうも納得できなかった。
私はその微妙な気持ちのまま、続ける。
「どこかに拾われた、というのは……前々から鬼を召喚して麻帆良に攻めてくる陰陽師の本拠地である関西呪術協会に拾われたんです。関西呪術協会については御存知ですか?」
「関東魔法協会と仲が悪い事くらいしか知らねェな」
「それだけ知っていれば十分です。……彼等が麻帆良に攻めこんで来る理由は知っていますか?」
「世界樹の情報を探りに来るのが目的だろ?後は学園長をどうこうしようとする馬鹿な輩の話くらいだ」 
「はい。表向きはそうなんですが……裏は違います」
今さらだが、この事を言っていいのだろうか、とふと思う。
この事を知っているのは学園長に高畑先生、刀子さんくらいしか知らない。
もちろん他にもいると思うが、決して大人数ではないだろう。
なのに、私の勝手でこの人に話してよいのだろうか。
信用できるか否かと問われれば、この人は信用できる人だと断定できる。
それに、こう見えてこの人は秘密や約束などをきっちりと守る人だと言う事も知っている。
しょうがないか、と諦める事にして、私は全てを話すことにした。
その赤い瞳を見て、告げる。

「本当は、関西呪術協会の長、近衛詠春の娘である近衛木乃香お嬢様の誘拐にあります」

アクセラレータさんはそれを聞いて、納得した表情をした。
「どォしてその近衛詠春とかいう関西の長が自分の娘を麻帆良に預けるのかわかンねェンだが……人質交換か何かか?」
「違います。このかお嬢様が関西におられては非常に危険だと長が判断なされたから、この麻帆良に避難させる形で預けられたのです」
「……内部抗争か?」
「その通りです」
やはり、アクセラレータさんはこういう話題では非常に頭の回転が早い。
理解度の高さや解析力などは私には遥かに及ばないだろう。
そう感心しながら、私は続けた。
「このかお嬢様は正当なる関西の長の娘です。やんごとなき血脈を受け継ぐお嬢様には、計り知れないほどの魔力が存在しているのです。それこそ、伝説のサウザンドマスターを凌ぐほどに」
サウザンドマスターと聞いて、アクセラレータさんの顔つきが変わった。
普段その魔力を開放していないから私でもよく知らないのだが、お嬢様の身体にはその膨大な魔力が存在している事に違いはないらしい。
長や学園長がサウザンドマスター以上と言っていたからので彼にとってわかりやすいと思ったのだが、どうやらその通りのようで、何よりだ。
少し満足。
「関西ではそのお嬢様の魔力や、お嬢様の発言力などを手にするために近づく輩が絶えませんでした。ちょうどそのころ関西ではとある大戦により重要スポットにいた人物が多く戦死していたため、下を纏める力がなかったのです。そのせいで、大戦による被害が少なかった関東魔法協会を逆恨みする連中を抑える事ができませんでした」
「なるほどな。そのお嬢様を手に入れてしまえば強大な魔力タンクが手に入る。そう言う奴等の魔力タンクの使い道は召喚か、大規模な遠距離攻撃術式しかねェ。関東魔法協会を攻撃しようとするためにお嬢様を利用しようとするやつらから守るためにこの麻帆良にお嬢様を移したってワケか」
「はい。関東魔法協会の最高権力者は学園長……近衛近右衛門殿です。麻帆良はお嬢様を守るには絶好の場所なのです」
魔力についてはこの人は専門外のはずだが……もしかして勉強したんだろうか?
勉強、という二文字は苦手なのでさっさと頭の外に追い出すことにする。
彼はうんうんと頷いてから、ふと思いついたように私に尋ねた。

「その近衛このかっていうお嬢様はどォして今も守られてンだ?そンだけデケェ魔力タンクなら物凄い術を使えていてもおかしくねェと思うが」

うっ。
なんだか、この話題についてはこの人は納得しない気がする。
言いにくいのだが、やはり彼の手前で言わないわけにもいかなかった。
「お嬢様は……その、長の方針でまだ魔法を知らないのです」
「はァ?」
やはり、アクセラレータさんは理解できないような顔をした。
それだけの魔力を持ちながら、力を持たない理由がわからないのかもしれない。

もしくは、どうしてただ守られる存在になっているのか。

どちらにしても、大きな力を持っているのならそれをフル活用してでも自分の身を守るために利用するのがアクセラレータさんの考えだと思うので、長の方針は理解できない物なのだろう。
彼は頭を捻りながら、なんとかこんなものだろうというような疑問を出して来る。
「……権力闘争に巻きこむのが嫌だったからか?」
「おそらくそうだと思います。お嬢様は非常に大切に育てられましたから。あなたや私とは反対に、荒事にはまったく不向きな性格ですし……権力うんぬんのことは後々話せばよい事だと考えておられるのだと思います」
するとアクセラレータさんは眉根を寄せて、
「まァ、考えてみりゃ初等部に入る前のガキに権力がどうのってのァ酷な話だな」
「そして、私はそのお嬢様をお守りするための護衛として麻帆良にやってきました」
「話の流れからしてそうだろォとは思ってたが……いいのか?関西からすりゃテメェは裏切りモンだぜ?」
「構いません」
私は強い目でアクセラレータを見ながら、きっぱりといった。
「お嬢様を守れるのなら、裏切者と罵られようと関係ありません」
それは私の意志の柱だ。
何があろうと決して折れる事のない柱。
お嬢様を守るためならば命すら惜しくない私にとって、こんな事を断言するのはなんでもないことだ。
なのに、アクセラレータは目を見開くと、さっきよりも少し柔らかい表情になって拍手を贈ってくれた。
「え?」
どうして彼が拍手してくれるのかわからず、私は無防備に彼を見つめてしまった。
彼は拍手を止めると、尋ねてきた。
「よく言った。迷いなく断言できるということはテメェの意志が強靭という証だ。そういう所はすげェと思うぜ」
唖然とした後、アクセラレータさんが私を褒めてくれた、という事実が異常なまでに恥ずかしくなった。
いつも悪態をついているアクセラレータさんが素直に褒めてくれるなんて、考えられなかったからだ。
慌ててそんなことないと否定しようとして、即座にアクセラレータさんの言葉が割り込んでくる。

「だからこそ聞くが、テメェはどうしてその子の傍で守ってやらねェンだ?」

それに、私は調子に乗った感情をすぐに冷めさせることになった。
それについては、思考する時間が欲しい。
私はどうしてお嬢様のそばで私が守っていないという事を知っているのか、それに疑問を抱かないままに、淡々と語った。
「……私がお嬢様の傍にいると、魔法についてバレる危険性があります。長の命令がある以上、私が馴れ馴れしくお嬢様に近づくわけには参りません」
「だからと言って、テメェの傍から見守る護衛方法じゃ後手に回る可能性が高い。先手を打つ事はまず不可能だ。護衛ってのは対象者がウザがるくらいにくっついていた方が効果的だろ?長だろうとテメェだろうと、そこらへんがわからねェとは思えねェけどな」
探るような彼の目線から、私は目を逸らした。
やましいことなど何もないはずなのに、やけに気まずい。
暫く無言の空間が形成されていたが、やがて彼がぽつりと私に尋ねた。


「怖ェのか?」


びくっ、と無意識的に私の肩が震えた。
「怖ェのか」
さっきと違うイントネーションの発言。
疑問から確信へ。
もう隠す事も無意味だと悟った私は……いや、そのことを意識する事を避けていたということを悟った私は、ただ怖いからと言ってそれについて考える事を拒絶していた自分に驚き、彼の言葉には弱々しく頷く事しかできなかった。
「自分が翼を持つバケモノだと知られて拒絶される事が怖ェンだな?」
そうだ。

私は、『バケモノ』だ。

アクセラレータさんは違う。
彼は私を蔑んだりしなかった。
彼もある種のバケモノだから、私に共感してくれる所があったのだと思う。

だが、お嬢様は違う。

その身体に宿すのはサウザンドマスターを超越する凄まじい魔力だとしても、外見的に、そして種族的に人間である以上、お嬢様は決してバケモノとは呼ばれない。
お嬢様は人間だ。
私はバケモノだ。
私が心の奥底でそう考えていたから、人間とバケモノは決して相容れない物だと思っていたから、お嬢様に拒絶されるのが何よりも怖かったから、私はそれを考えずにいたのだ。

怖い。

私はお嬢様に拒絶される光景を思い浮かべて、思わず気絶しそうな眩暈に襲われた。
それは、とても怖い。
私にとって、死ぬよりも怖い事だ。
私は初めてアクセラレータさんの言葉によって、それを思い知らされた。
しばらく、時が流れる。
針は十二時を刺そうとしていた。
夜中の静寂が、場の雰囲気をどんどん重くしていく。
そんな中で、アクセラレータさんは静かな声で私に言った。
「このかお嬢様って奴がどんな人物なのかは、俺はよく知らねェ。だから拒絶されたりしねェなんて無責任な断定はしねェつもりだ」
ふぅ、と彼は一息ついた。

「だがな」

その否定の声に、私は顔を上げた。
目の前の彼は、どこかいつもよりも穏やかな顔をしているように見えた。
テーブルの上に頬杖をついて、俯きがちの私を見上げるようにこちらを窺ってくる。
「俺みてェな最強クラスのバケモノでも笑って受け入れてくれるような奴等が、麻帆良には溢れてる。タカミチやガンドルフィーニ……高音や愛衣だってそうだ。だから自分を蔑むのはもうやめろ」
じっと、アクセラレータさんの色素の薄い、しかし意志の強い赤い瞳が私の目を見つめる。
その目は突き刺すように強いものだった。
私はその赤い瞳から目が離せなくなった。

俺の目を見ろ、と彼の瞳がぶっきらぼうに語っている気がして。

「背中に翼が生える?混血?ハーフ?バケモノ?それがどうした。そりゃァ『桜咲刹那』の付加要素に過ぎねェ。テメェをバケモノだとか呼んでた奴等は、付加要素を見ているだけに過ぎねェ。テメェがどうしてそこまでして近衛このかを守ろうとしているのか知らねェが、自分が守ろうとしている奴が、守ろうと心に誓った奴が、『桜咲刹那』の本質を見てねェってのか?上辺だけ見て、人を判断するような奴に見えンのか?」
俺はそんな奴を命かけて守ろうとは思えねェ、と彼は言った。
「お前が仕える主を間違えるとは思えねェ。だからきっとソイツは俺とは比べ物になンねェほど『桜咲刹那』を知ってンだろうさ。そんな奴が、どうしてテメェを拒絶する?本質を見てる奴は付加要素なんざ気にしねェもンだぜ?」
ガン、と頭を殴られたような衝撃が私を襲った。


『本質』

『付加要素』


なるほど……そんな考えもあるのか。
私という『桜咲刹那』という個が本質であり、バケモノや女であることは二の次。
お嬢様は、私の知っているお嬢様は、とても優しいお方だった。
小さな時に遊んだ頃も、私は何度もお嬢様に近づくのは止めろと周りの人間に言われた。
お嬢様もそうだったのかもしれない。

だが、お嬢様は私と遊んでくれた。

手鞠で、おはじきで、百人一首で。
お嬢様はバケモノと呼ばれて蔑まれ、差別されてきた私を唯一『桜咲刹那』として見てくれた人だった。
そんなお方が、今更私をバケモノと呼んで蔑むのだろうか。
いや、それは希望的観測に過ぎない。
だが、しかし……。
私の心の中にどうしようもない葛藤が生み出されると、何故か目頭が熱くなった。
あっ、と声を出したときにはもう遅い。
私は急いで下を向いて、アクセラレータさんに顔を合わせないようにした。
泣き顔を見られるのは恥ずかしいからだ。
どうして泣いてるんだろう?


私は、どうして泣いているんだろう?


彼の言葉に感動した?
違う。
彼の考え方に衝撃を受けたのは確かだが、感動するほどではない。
なら、どうして?
心の奥底ではお嬢様にバケモノとして見られる可能性を排除して、安心したからだろうか。
それも違う。
私の心はそんな弱くもないし、他人の言葉で揺らぐほど軟弱ではない。
そうかもしれない、という希望的観測で心から安心できるほど、私の心は能天気にできていない。
考えれば考えるほど、私は思考のループに陥っていく。
だんだんと何を考えているのかわからなくなってくると、私は無意識的に何か暖かいものを掴み取っていた。
抱きこむように、それを引き寄せる。
それはとてもではないが男性とは思えない真っ白な肌をしたアクセラレータさんの手だった。
私とは違ってタコも傷も全くない綺麗な手だった。
間近で見ると、青い血管が透けて見えるのがわかる。
それでいて、男特有の逞しさとゴツっとした硬い感触が、私の手から伝わって来る。
そして、何よりも私よりその手は大きかった。
大きいという事実は、どうしてこれほどまでに暖かいのか。
私の小さな手が彼の手を握ると、彼はささやかな力で握り返して来た。
何故か、それがどうしようもなく嬉しくて、私の涙は止まらなかった。

嬉しい?

そうだ、私は嬉しいんだ。
思えば、私は麻帆良に来てからずっと緊張していた気がする。
刀子さんからも『もっと肩の力を抜きなさい』と人の事は言えないようなことを言われていたが、その通りだった。
だけど、今、この瞬間だけは、私の緊張がほぐれたのだ。
それがアクセラレータの言葉によるものだということは明白だろう。
まさかそれだけでこんなに涙を流すとは思えなかった。

いや、それだけではない。

それはリラックスしただけであり、緊張の糸が切れて涙を流す理由になっても、嬉しい理由にはならない。
どうして嬉しいのだろう。
考えるまでもなく、私の中で答えが閃いた。
ああ、そうなんだ、と。
こういう安心できる空間が、自分の居場所ってものなんだ。

ずっと憧れていた、『居場所』。

その居場所がアクセラレータさんの家というのは、半年前の私だったらまず信じられないだろうが。
でも、とても心地よいものだ。
心がポッと温かくなって、私の心を静めてくれる。
暫くすると落ちついて、私の涙は止まった。
目元に残る涙をぬぐって目を開けると、

私はずっと彼の手を握っていた事にようやく気付いた。

「は、はわっ、あわ、す、すみませんっ!」
「……今更かよ」
本当に今更だ。
目の前で泣いてしまった羞恥心もまとめて襲いかかってきて、私の顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まった。
急激に頭に血が上って、何も考えられなくなる。
「別に、泣くってのァ恥ずべきことじゃねェぜ?泣かねェ人間なんていねェんだしよ」
不器用な彼のフォローが心に染み渡る。
何故か、彼の言葉の一つ一つがとても心地良い。

どうして?

心の中に沸き起こる疑問をとりあえず無視し、私はアクセラレータに向かって頷いた。
彼は落ちついた様子で、時計を指差した。
時刻はもうすぐ一時になろうとしている。
流石に、もう帰らねばまずいだろう。
明日の朝の鍛練はキツくなるな。
「じゃァな。夜道でブッ倒れないように気ィつけろよ」
気遣いの一言で、私の頬は熱くなる。
まだ私の情緒は不安定なようだ。
どうしても、あの温もりを思い出してしまう。
私は立ちあがると、アクセラレータの方に向き直った。
「あの……今日はその、御迷惑をおかけしてしまって……」
「構わねェよ」
どうでもいい、というような口調でそう言った。
本当に、今日の事は彼にとって日常のワンシーンに過ぎないのかもしれない。
だが、私にとって何か大切な事を教えてくれた時間だった。
私は最大の感謝の意をこめて、頭を下げた。

「ありがとうございました」

返事がない。
それでもいい。
言いたかっただけだ。
私は踵を返して彼の家を出ていこうとするが、ドアに手をかけた私の背中から彼の声がした。
「からかわれてェンなら、いつでも来い。茶ァくらいは出してやンよ」
何故か、その声に私の胸は高鳴った。
振り向いても彼は見えない。
それでも。
はい、と答えた私の声は、
私自身、聞いた事がないくらいに弾んでいた。





SIDE 一方通行

刹那が帰って、俺は握られていた手をほんの少し開いた。
止めていた反射を再起動する。
パシャ、と手の甲に残っていた涙が弾かれた。
俺はガシガシと頭を掻いた後、一つため息をつく。
どうしてついたのかわからなかったが、悪いものではなかったようで、不快感はなかった。
いつもコーヒーを飲まないと落ち着かないが、今日は別に飲む気は起きなかった。
席を立つと、ソファーを叩く。
ぐるん!と180度回転し、俺は窓の方に向いた。
カーテンを開いて、まったく見えない星を見上げる。
なんだか、今日はほんの少しだけ暖かかった気がした。






SIDE 高音・D・グッドマン

ゆゆしき事態です。
とにかく、ゆゆしき事態です。
私は心の中でそのフレーズのみを連呼しながら、教室で思い悩んでいた。
なにがゆゆしき事態なのかというと、あのアクセラレータについてのことである。

いや、アクセラレータの事についてはほとんどが問題的な事態だったのだが、今回は少し違う事態なのだ。

とある夜の日、愛衣の通う中等部の二年A組に属する桜咲刹那さんという方とアクセラレータが一緒に帰ったその日から、なにやら桜咲さんに彼氏がいるとの噂が流れ始めたのだ。 
どうしてウルスラにいる私がそんな噂を聞くかって?
桜咲さんのクラスに新聞部のエースのような方がいるみたいで、彼女がしつこく桜咲さんをつけまわして、その会話で得た情報から出した結論を新聞で発表したのを私が見たのだ。
どうせしょーもないガセ情報だろ、と流すのが普通なのだが、その新聞を桜咲さんが見たようで。
その場を目撃した愛衣は、『顔を真っ赤にして慌ててましたね。あれは完全にホの字じゃないですか?』と彼女らしくない何やらムフフな表情でそう言っていた。

ホの字。

どうしてそんな言いまわしをするのか不明だが、とにかくそれは限りなく真実に近いらしい。
ここまで詳細な情報を得られたのは2-Aが騒ぎまくったおかげで1-Dまで情報が流れてきたからだ、と愛衣は言っていた。
何でも大声で、
『桜咲さんに彼氏ができたってーッ!?』
『で、どこまでいったの!?』
『まさか最後まで!?ウヒョーッ!?』
『わ、私に彼氏なんていません!!朝倉さんのデマですデマ!!』
『顔を真っ赤にする辺りがアヤシイ~』
『桜咲さんって受けと攻め、どっちなのかな?』
『ああ見えて実は受けなんじゃない?ほら、恋人の前では実はデレデレとかいう感じなんじゃ?』
『なんというツンデレッ!!』
『これが萌えカ!?それがツンデレなのカーッ!?』
『せ、せっちゃーんっ!?』
『本人の前でなんて話をしてるんですかーッ!?』
という馬鹿騒ぎを起こして隣のクラスでホームルームをしていた新田先生とホームルームが終わって帰ろうとした高畑先生が戻って鎮圧なされたとか。
その大声はしっかり1-Dまで聞こえていたらしく、またか、という感じで聞き流していたらしいが、人物が人物だし愛衣もちょっとクラスの新聞部の人に尋ねて見たらしい。

もともと桜咲さんや龍宮さん、長瀬さん、古菲さんの麻帆良四天王と呼ばれる武術集団はその強さや人柄や人物関係についても謎が多く、明るい感じの古菲さん以外は身持ちが固くてとてもではないが情報収集できる相手ではなかったのだとか。

ならばどうして彼氏がいるなんていう情報に行きついたのかというと、いつしか彼女がらしくない行動を取り始めたからだ、と言う。
真面目に授業に取り組むタイプの人だったのに、授業中に窓の外を見てため息をつくとか。
何かを思い出すように虚空を見つめて、フッと頬を赤らめながら笑顔を浮かべたりとか。

間違いなくそれは恋煩いである、と新聞部の子の先輩の朝倉さんという人が確信し、スクープだと追い求めたらしい。

その朝倉さん、麻帆良パパラッチと言われるほどのしつこい取材で有名で、彼女に調べられた人物は個人情報もろもろまでバラされるという手腕を持つらしい。
ガンドルフィーニ先生も彼女の事は知っているらしく、魔法の存在に自力で辿りつく生徒ではないか、とかなり危険視している生徒でもある。
その朝倉さんに調べ上げられた桜咲さんは、どうやらプライベートで男性と接触している様が目撃されたらしい。
その証拠写真がこれです、とどこから手に入れたのか愛衣に突き付けられた写真を見ると、そこはどこかの喫茶店の一場面の写真だった。

ウーロン茶片手に嬉しそうな笑顔の桜咲さんと、もう一人、問題の人物が映っている。

おおよそ男性とは思えない白い手。
頭は映っていないが左半身が映っている。
他は壁に隠れてしまっていて見えない。
しかし、その見覚えのある白い手を見て、私は確信してしまった。

彼はアクセラレータだと。

朝倉さんは表向きにはもっとよい写真を取れたんだけどバレたら困るし、と言っていたらしいが、本当はあの写真は取らされた一枚だという。
路地でカメラを構える朝倉さんに向けて、その人物は視線を向けてニヤリと笑ったそうだ。
その本人の顔を取ろうとすると、親指を下に向けられたらしい。
本人の顔が映らない絶妙の位置で、ようやくOKがもらえたという。
そのカンの良さ、その余裕。
間違いないと更に確信するのだった。
しかし、これが本当だとしたら何がきっかけでこうなったのか気になるのが普通の女子高校生の思考というものだ。

アクセラレータと桜咲さんが仲良くなるきっかけと言うのは、おそらく一週間くらい前に桜咲さんがアクセラレータの家に呼ばれたときだ。

あの時に何かされたか、何か言ったに違いない。
私が思うに、桜咲さんはうまく乗せられてるか、勘違いしているのではないかと思う。
アクセラレータは基本的な学力だけは底知れないほど高いせいか、口はかなり回るほうだ。
桜咲さんにうまく好意を持たせるように彼が仕組んだのかもしれない。
アクセラレータの場合、それがないと言いきれない所が怖い。
もしくは彼の言葉で彼女が惚れさせられてしまったか。
アクセラレータに自覚はなくて、無自覚的に放った言葉が彼女を落としてしまったという可能性もある。
今までの彼の行動を思うと、これもそうでないと言いきれない。

ぶっちゃけ、わからないのだ。

これはもう本人に聞いてみるしかないのだが、男女関係に私がどうこう口出しするのもなんだか気が引ける。
もしも相思相愛ならば、私は単なる邪魔者に過ぎない。
まあ、あのアクセラレータに彼女など、考えられないのだが。
というわけでアクセラレータの家にいこうとするのだが、学園祭以来私はこのクラスの新聞部にマークされている。
アクセラレータの家を尋ねようものなら、即座に新聞ネタになることだろう。

あの事は今でもからかわれているというのに。

このごろは夜にもはち合わないし、困った物だ。
電話やメールは真偽が確かめられないから意味が無いし。
もしもこれで桜咲さんが騙されていたというのなら、ゆゆしき事態なのである。
同じ魔法生徒として彼の危険性を気付かせれやらなければならない。
あなたが思うほど彼は安全じゃないのよ、と。
悩んでいても始まらない。
とにかく、私は彼女に事情を聞く事にしたのだった。
「うおっ、グッドマンさんがなんか決意を固めた目をしてる」
「ついに噂の彼氏とヤッちゃうのかなぁ」
「賭ける?」
「人の貞操を賭け事にするもんじゃありませんッ!!」
私は相変わらずのクラスメートの反応に怒鳴った。
どうやら、まだ彼女達は誤解を忘れてくれないらしい。
夏休みも終わって秋だというのに。
私の真っ赤になった顔は、もみじとよく似ていた、と友達にからかわれた。
詩的な言い方に感心すると同時、そろそろマジでキレていいですか?と言いながら影を展開しそうになったのは、余談となる。






~あとがき~

かつてないほど長文になりました。長すぎてすみません。
長すぎる文を読んでくださった方、本当にありがとうございます。
個人的にどうしても切れない展開だったので、このまま投稿させてもらいました。
次からはまたいつもの分量に戻る予定なので……。

話は変わって個人的な意見なんですけど、刹那は非常に打たれ弱いと思います。
幼少時にはいじめられ、剣とお嬢様が全てだった彼女には、その二つが精神の柱となりました。
それら以外の事には非常に耐性が強いのですが、逆に言えばその二つの事になると急に弱体化します。
泣きたいことだってあるはずです。
つらい事を吐きだしたりしたくなる時もあるはずです。
それが許されない環境と言うのが麻帆良です。
頼るものは自分の剣のみであり、自分は人間じゃないというコンプレックスを強く持っているために社交もできず。
それでは杓子定規で単純なお嬢様一筋の性格になるのもしょうがないです。
だからこそ、裏側は恐ろしいまでに一途で純粋だと考えています。
なにせ、彼女から剣を取ればただの世間知らずな女の子ですからね。

高音は何やら勘違いをしている模様。
高音と愛衣の出番をご期待ください。


次回はほのぼのします。
原作までもう少し……その前にイベントをいくつも挟もうとは思ってますけど。



[21322] 第20話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/03 22:22
SIDE 桜咲刹那

なんでバレたのか。
いやそもそもなんでこんなことになっているのか。
私とアクセラレータさんの対話から一週間くらいが経った。
この一週間で……確かにアクセラレータさんとお茶をした。
まあ……その、相談があって、私が誘ったのだ。
一回だけ、だが。

ただ、どうしてそれが朝倉さんに感づかれる!?

しかも見事なまでに新聞に写真が載っている。
その時は思わずなりふり構わずに朝倉さんを問い詰めたものだ。
それがいけなかった。
私のその仕草によって私に彼氏がいるという疑惑が限りなく真実に近い物であると思わせてしまったのだ。
このごろ迂闊な事が多い。
もうちょっと考えて行動したほうが良いかもしれない。
というか、あのアクセラレータさんが朝倉さんの気配を察知していないなんておかしい。
自分に向けられた意識はどんな遠くからでも察知できるのに。
おそらく、あの人は知ってて見逃した可能性が高い。

こうなることを見越して。

それほどまでに私が困る姿を見たいのかあの人は!!
次に会ったときにはこの事をキチンと問い詰めなければ……。
「刹那、眉間に皺が寄っているぞ」
「うるさい。今は考えさせてくれ」
おお怖い、と龍宮も肩を竦める始末。
その仕草もいちいちムカつく。
元凶は朝倉さんだと気づいているので、授業中、休み時間問わずに殺気を向けて地味に消耗させてやっている。

私に手を出したことを後悔するといい。

胃薬を飲んでいるのを見た時には思わず小さくガッツポーズを取ってしまったほどだ。
おそらくその時に浮かべた笑みはアクセラレータさんのそれとよく似ていたことだろう。
私がその事についてからかわれたのも初日だけ。
このクラスは話題が盛りあがるのも早いが、冷めるのも早い。
龍宮は私の発するオーラが怖いからだと言っていたが、彼女のからかいに付き合うつもりはない。
何故か剣道部でどんよりとした雰囲気を漂わせている者が何名かいたが、あれはなんだったのだろう?
とにかく、今日はアクセラレータさんとの見まわりの日だ。
きっちりと問い詰めて、場合によってはただじゃ済まさない所存だ。
朝倉さんと一緒に私を罠に落としたのなら彼との縁を切ってやるというくらい本気で考えていた。

学園長の命令?

それがどうした。
私はお嬢様の護衛が本職。
夜の仕事はついでに過ぎない。
これを機会に断らせてもらおう。
それにしても色々と規格外なアクセラレータさんを懲らしめるにはどうすればいいか……。
「な、なんか今日の桜咲さんって一段と怖くない?」
「やっぱからかい過ぎたのかな?」
「だから麻帆良四天王はやめとけって言ったのに……あ、和美また胃薬飲んでる」
「毎時間飲んでない?」
「ていうかその隣で平然としていられる龍宮さんスゴくね?」
「それよりも席が隣で精神状態が普通な私を誉めて」
などという戯言が私の耳に入って来るが、知った事じゃない。
今の状況を作り出した張本人、アクセラレータさんを何とかして懲らしめる方法を思いつくまで、私は朝倉さんの背中を睨み続けることにしたのだった。
そして私は授業が終わると教室を出て、誰にも気付かれぬようにとりあえずお嬢様を尾行……ではなく、護衛をしようと思ったのだが、その前に私に声をかけて来る人がいた。

「あのぅ、桜咲刹那さんですよね?」

気配遮断の術式を使う前だとしても、気配を消している私に気付くとは……何者だ?
私が声がした方向を向くと、そこには見覚えのある気弱そうな少女がいた。
確か、名前は……。
「……佐倉愛衣さん、でしたか?」
「はい。覚えていてくれたんですね。私、クラスメートとかアクセラレータさんに『キャラがカブってるし影薄い』って言われてて名前を覚えられてもらってる人が少ないんです」
ちょっと共感できるかもしれない。
さて、魔法生徒である彼女なら、私の気配に気付けるのも道理だ。
それにしても一体、何の用だろう。
どこか自分の台詞に落ちこんでいる彼女をささやかにフォローしてから、私は尋ねた。
「何の用ですか?私にも仕事があるのですが」
「その、夕方五時にここに書いてある喫茶店に来て欲しいんです」
佐倉さんから渡された紙切れに書いてあったのは、私も知っているわりとメジャーな喫茶店の名前だった。
「ここでは話せない事なのですか?」
できればそんな時間はあまり取りたくないのだが。
そう思っていると、彼女はプルプルと頭を振った。
「ち、違います。私じゃなくてお姉様が呼んでるんです。なんでもお話したい事があるとかで」
「……高音さんが?」
魔法生徒としては優れた影系統の魔法を扱うらしい高音さん。
現在高校一年生で、2-Aと仲が悪いウルスラの生徒らしい。
非常に正義感が強い人で、アクセラレータさんの行動や言動にはほとほと悩まされていると疲れた表情で言っていた。
彼女みたいな生真面目な人間はアクセラレータさんがからかう格好の的なのだろうな。
その真面目な高音さんが、いったい私に何の用なのだろうか。
「内容は知らないんですけど、重大な事件が起こったわけじゃないはずです。あ、私のメルアド渡しておくので、何か予定が入ったら連絡をください」
あまり目立たないが、佐倉さんは中学一年生なのにえらくしっかりしている。
内気だからあまり大胆に出れないのだが、いざ知り合いになると彼女の内面が非常にしっかりしているのが良くわかる。

アクセラレータさんに高音さんと一緒になってからかわれている所を見ると、彼女も生真面目に変わりはないのだろうが。

私は佐倉さんとメルアドを交換すると、佐倉さんに別れを告げてお嬢様を追った。
言っておくが、私は機械はあまりくわしくないが、携帯のメルアドの交換くらいはできる。
ちょっと佐倉さんに手伝ってもらったが……ちょっとだけ。






そして私は今、とある喫茶店に向かっていた。
十月の末にもなると、半袖の人もまばらに見えていた大通りでも半袖の人はいなくなった。

合服の季節である。

服を着込むと言う事はお洒落の幅が広がると言う事なのでそれぞれ着飾ったりする人達が多い中、私は制服だった。
やはり、私服を着てきたほうが良かったか?
でもお洒落なんて私は良くわからないし、変に思われるよりはこっちの方が良いだろう。
制服で変といわれることはないだろうから。
私が喫茶店にやって来ると、既に高音さんは待っていた。
その隣には何故かわくわくした感じの表情をした佐倉さんもいる。
何故そんな表情をしているのかわからないが……私と何の話をするつもりなのだろうか。
私は二人の前に行くと、一礼した。
「こんにちは」
すると、二人も礼をして迎えてくれた。
「私がどうして呼んだのか気になっているようですけど、とりあえず中に入って話しましょう。外が冷える頃ですし」
という高音さんの勧めにより、私は二人と共に喫茶店に入る事になった。
朝倉さんという前例もあるので、広範囲に且つ最大限に警戒範囲を広げておく。
怪しげな行動をした人は睨みつけるだけだ。
その顔を覚えて、後で検索すれば良い。
そう思っていると、ウェイトレスさんの案内で席についたようだ。

集中し過ぎたか……。

私は二人の対面に座ると、とりあえずウーロン茶を頼んだ。
高音さんはオレンジジュース、佐倉さんはクリームソーダだった。
その注文の品が来る前に、私達は他愛もない事を話した。
と言っても、私達の共通の話題なんて一つしかない。

アクセラレータさんだ。

お嬢様の護衛をしている時も考えてみたのだが、今回の話は重要な件でないのならアクセラレータさんがらみの可能性が高い。
あの人は何もしなくても厄介事をもたらしてくれる稀有な存在だ。
一度本気で殴りたくなって来る。
そんなことをしたら鬼達と同じく私の手首が折れるだろうが。
いざこの二人とアクセラレータさんのことについて話した事がなかったので、お互いのアクセラレータさんに対しての認識が良くわかった。
と言っても、臆測の域を抜けないが。

高音さんはアクセラレータさんを生意気で手におえない弟の様に思っているようだ。

高音さんは年齢以上に大人びている(老けている、と言う意味ではない)所があるし、最初にアクセラレータさんと行動を共にした班の班員だから、世話を焼いた彼を年下に見るのはしょうがない事なのだろう。
それでいて高音さんはアクセラレータさんにさんざん振りまわされており、学祭でもその醜態をさらしてクラスメートにからかわれているとか。
しかし、それでもアクセラレータさんを嫌う事がないのは、きっと私と同じでそれが彼のコミュニケーションの在り方だと気づいているからだろう。
リードしようとするのが空回りするのはアクセラレータさんがそうするように調子を狂わせているのだろう。
おそらく、アクセラレータさんが最も信頼している人だ。

佐倉さんは頼りになるお兄さん的な存在として認識しているらしい。

初任務の時にアクセラレータさんに危ない所を救ってもらって以来、高音さん以上に彼と仲が良い……というよりは弄られ存在となっているようだ。
最初の頃はされるがままだったらしいが、最近はやり返したりもするようになったらしい。
元々のトロさから失敗に終わったり自滅する事が多いらしいが、彼女は秀才らしく、失敗から徐々に成功率を高めていく作戦を組みあげていくのが得意らしい。
とりあえず高校卒業までにアクセラレータさんに一杯食わせてやるのが目標のようだ。
日常生活で悩みがあったらまずお姉様である高音さんではなくアクセラレータさんに相談する事もあるくらいアクセラレータさんを頼りにしていることがわかる。
心の中に土足でズカズカ入り込んできて無理矢理に不安を取り除いて行くような彼の言動に救われている者の一人のようだ。
おそらく、アクセラレータさんを最も信頼している人だ。
私は……だいたい佐倉さんと意見は変わりません。
違うことが在るとすれば、彼は私達とは全く違う価値観をもち、バケモノである自分を受け入れてくれた希少な人という認識だろうか。
後、ちょっと優しい所もある。

ちょっと、だけど。

そんな風に私達が会話していると、私達が注文していた品が運ばれてきた。
話したことで乾いた喉を潤しながら、いよいよ私達は本題に入る事になった。
「今までの話は楽しかったのですが、ここからが本題です。もちろんただだべりに来たわけじゃありません。私にとって、明確とした目的があるのです」
いきなりシリアスな顔つきになった高音さんにあわせ、私もキリッと顔を引き締める。
その緊張感が感じられたのか、佐倉さんも背筋を伸ばした。
高音さんが一拍置いてから、言った。

「―――あなたは、アクセラレータのことをどう思っていますか?」

その言葉がいくつもの意味に捕えられて、私は眉を寄せる。
「……どう、とは?」
「ぶっちゃけた話、彼に好意を抱いているかどうか、それを知りたいのです」
高音さんはおちゃらけた様子は一切なく、真剣な顔で聞いて来る。
私もその顔に応じて、真剣に答えた。
「好きか嫌いかと問われれば、私は間違いなく彼を好きと答えます。ただ、それが恋愛感情なのかどうかと問われれば……少し答えに窮します」
「じゃあ、好きなんですか!?」
「身を乗り出さないでください佐倉さん顔が近いです。……私もよくわからないんです。おそらくそのことは新聞沙汰になってるから知ったんでしょうが、明確な恋愛感情がない以上ここは否と答えておいた方が良いでしょう。お互いに迷惑だと思いますから」

これは本音だ。

私としても、いまいち恋愛と言う物はわからない。
彼といると心が温かくなる。
彼と一緒にいると楽になる。
それは間違いないのだが、それが恋愛感情に直結するとはどうも思えないのだ。
どちらかというとそれは『安らぎ』であり、胸がドキドキするような『熱』ではないのだ。
恋、ではない。
私が冷静だからこそ、これは真実といえるだろう。
「ふーん……恋愛感情じゃない、ですか。はっきり否定するんですね」
「これはちょっと恋とは違う気がするだけです。もしかしたらそうかもしれませんけど」
あそこは居場所だ。

麻帆良で初めてできた、私の居場所。

居場所にいる人が必ず恋人とは限らない。
だから、私は否定する。
言い訳かもしれないけれど。
そう思っていると、高音さんが冷静な顔で……いや、口元に僅かに笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「じゃあ、あの夜に何があったんですか?」
あの夜……ああ、アクセラレータさんの家に行った時か。
何があったって、それは―――。

思い出すのは、彼の握った手の大きさと、その温もり。

ぶっきらぼうだが、僅かな暖かさが篭る不器用な言葉。

それらを思い出した瞬間、私の顔は一気に赤くなってきた。
ボッ、という擬音が一番似合うだろう。
しまった、と思って慌てるが、もう遅い。
高音さんはコホンと席払いしてるし、佐倉さんは目をキラキラさせてこっちを見て来ている。
「……誤魔化すの、下手ですよ」
「恋ですね、LOVEなんですね!?ああもう何が恋愛感情がうんぬんですか!?完全にそれは恋ですよ、恋!」
「あ、ああああの、これは、その、違います!違うんです!!」
「何が違うのか懇切丁寧に説明してくれますか?」
「いえ、あう、あ、アクセラレータさんはその、好きとかそう言うのじゃなくて頼りになってスゴい人だというしか……」
「それが好きだって言う事じゃないんですか~?」
「誘導尋問です佐倉さんッ!!それよりも、お二人はどうなんですか!?」
私が苦し紛れに返した言葉が、いきなり空気を変えた。
高音さんが突然そっぽを向いて赤い顔でブツブツ言い出す。
「いえその別にいいんですよ?いいんですけど彼の場合その、向こうから言ってくれないとその、一生私をイジメ倒しそうな気がしてその、というより彼は記憶がないんですし彼にも恋人がいたのかもしれませんしその、横からパッと掠め取る泥棒猫みたいな真似はちょっとその」
「お姉様戻ってきてくださいッ!!それじゃあバレバレも良いところですよ!?」
「え?何、愛衣?私何か言ってた?」
「自覚症状なしッ!?」
この人、人の事言えない。
この分だと、おそらく高音さんも私と同じか、それ以上の気持ちのはず。
佐倉さんもちょっと怪しい。
高音さんがラリったから良かったようなものだと思う。
多分、高音さんがああいう状態じゃなかったら佐倉さんがああいう状態になってたんじゃないだろうか。
周りが混乱していたら自分が冷静になると言うし。
私の呆れた視線に気付いたのか、二人はハッと正気に戻った。
どこか気まずい沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、意外にも佐倉さんだった。
「好きって言うより、家族という方が近いかもしれません。あの人って遠慮がありませんから、建前とか全然いらないんですよ」
「あー……そう、かもしれません。親しみやすい……というわけじゃありませんけど、一度打ち解けてしまうとかなり親密になりやすい人かもしれません」
「わかります。それ、すごくわかります」
うんうん、と三人で頷いてから、私達はドッと笑った。
なんだ、私達みんなアクセラレータさんが好きなんじゃないか。

恋人としてではなく、それを通り越して家族の段階で。

居場所というのも家族に置きかえると納得できる。
普段は問題児っぽく粗雑に振舞っているが、いざとなると誰よりも頼れて、誰よりも仲間を大切にする事をここにいる三人は知っているのだ。
彼の持つ凄まじい力をもって。
「結論はこれで良くないですか、お姉様?」
「まあ、こういうことにしておきましょう。本当はあなたがアクセラレータの口車に乗せられていないか調べるためだったんですが、愚問だったようですね」
「あの人は本当に人が嫌がることはしないと思います。それに、あの人が私を欲しがるならもっとストレートに来ますよ」
「あー、あの人って単純な所もありますからね」
また三人で笑いあった。
この二人とは今日だけでとても親密になれた気がする。
同じ、アクセラレータさんと触れ合って苦労を体験している者だからこそわかる共有感だろうか。

なんだか、気持ち良い。

今日はアクセラレータさんにこの事を話そうか。
うん。
そうだ。
そうしよう。
あの人がどんな顔をするか、楽しみだ。
喜んでくれるだろうか。
それとも、照れるのだろうか。
未知数な彼の百面相を思い浮かべて、私は更に笑った。






SIDE 一方通行

今の時刻は夜八時だ。
麻帆良ではもうそろそろおねんねする時間であり、この時間帯では寮の門限に追われる生徒や既に諦めて開き直って歩いたりしている生徒もいる。
俺は寮なんて関係ないので門限なんぞ関係なく夜に出歩いたりしている。
別に用もなくブラブラするわけじゃない。
普段、夜はさっさと寝てしまうのだが、今日はコーヒーがなくなっていたことを思い出して動き出したと言うわけだ。

一方通行に侵食されていることを実感するのが、俺の好みの変更である。

服はどちらかというと俺は暖色を好むタイプだったのだが、今ではモノクロが好きになっているし、コーヒーなんて言うまでもない。
アニメなどについてはロボットものが好きということに変更はなく、この世界に存在するアニメを見たりして楽しんでいる。
一方通行と好みが一致すると違和感なく好みを楽しめるため、好みが一致することもあるんだなと思いつつDVDを借りたりしている。
もしかしたら一方通行がおとなしくしているのは今の現状で満足してしまっているからなのだろうか。
そんな殊勝な人間だとは思えないのだが……意外と、目標がなかったら人間は廃れていくもんだしな。
一方通行もダルく感じているのかもしれない。
そんな事を思いながら、俺は夜道を歩いていく。
十月末にもなると、夜に現れる不良の数はあっという間に姿を消していく。
暴走族も然り。
というわけで、案外冬の麻帆良は安全だったりする。
まあ、俺のおかげで生徒による喧嘩騒ぎや乱闘の数は減ったらしいが、それでもなくなったわけじゃないからな。
俺に見つかるかどうか賭けをしている場所もあるらしい。
見つけ次第片っ端からブッ壊してやるが。

そんな事を思いながらコンビニに行く。

ここのコンビニは何故か刀子みたいな感じの美人が店員をやっているので人気なのだが、夜は刀子目的の学生がこないためか、それとも彼女の事情のためか普通のおばさんが店員をやっている。
とりあえず店内に入り、俺はコーヒーを物色した。
このごろはあったか~いが出てくれて助かる。
自販機はまだつめたいまんまなんだよな。
売る気あんのかあの自販機。
そう思いながら俺は十本のコーヒー缶をレジに置いた。
おばさんに引かれながらもコーヒーを手にした俺はコンビニの『ピンポーン』という音と共に外に出る。
外に出て……俺にしては珍しく『うっ』と声に詰まった。
ネギまをご覧の方はよくわかると思うが、俺的には相坂さよフラグだと思うのだ。
狙ったわけじゃないが、夜のコンビニに漂っているというのは原作で知っていたし、本当に見えないのか一度確かめてみたかったと言うのもある。
しかし。
しかしだ。

流石にザジ・レイニーデイはないだろう?

確かにコンビニで相坂と一緒にいたことはあるが……。
……マテ。
ってことはここが例のコンビニ?
目線だけで辺りをキョロキョロと見まわすが、目立たない幽霊はいなかった。
そんな挙動不審な俺をちらりと見ることもせずに、ザジはスタスタとコンビニに入って行った。
何やらその後ろに『タベテモイイ?』『ナメルノハ?』としきりにザジに聞いている変な黒いバケモノどもがいるがそれを完全スルーし、俺はコンビニから離れた。
あんなややこしい奴に関わりたくない。
ただでさえ面倒そうな奴なのに。
そう思いながら家路につき、いつものアパートの扉を開いた。
「……あァ?」

靴を脱ごうと足元を見ると、そこには三足の靴があった。

足の大きさもまちまちでローファである以上俺のものではない……というより、俺は一足しか靴を持っていないのだ。
頬を引きつらせながら向こうを見ると、俺の鋭敏な聴覚が聞こえなくても良い事を聞かせてくれる。
「あ、こんばんは、アクセラレータさん」
「お邪魔してます」
「お、お帰りなさい」
聞こえてきたのは高音、愛衣、刹那の声だった。
まあ、俺の部屋に無断で入る奴らといったらこいつ等かエヴァくらいしかいないのであるが。
俺は盛大にため息をつきながら、買い溜めしてきたコーヒー缶を冷蔵庫にブチ込む。
その間にも何故か妙に親しげな三人が話しこんでいる。
しかも本人を前にして俺の愚痴らしい。
俺は冷蔵庫にコーヒー缶をブチ込みながら尋ねる。
「……で?何テメェ等は人ン家で堂々とくつろいでやがンだ?」
「え?だってこの間はいつでも邪魔して良いって言ってたじゃないですか」
「常識的に考えて家主がいねェのによく言うなオイ。っつか鍵はどォした?」
「かかってませんでしたよ?不用心ですね」
「だからって勝手に入るンじゃねェ!!」
コイツ等も随分図々しくなったもんだ。
この場合二人がいてテンションが高くなったから、と言うのもあるかも知れないが。
我が物顔の三人にため息をつくと、突如として愛衣が俺を指差してきた。
「それよりも聞きましたよアクセラレータさん!桜咲さんの恋人疑惑の写真、あなたがワザと撮らせたっていう話じゃないですか!」
「は?なンだそりゃ?」
俺は惚けたが、今度は高音がグイイッと俺に向けて新聞をつきつけてきた。
「これです、これ!」
俺は新聞を受け取ると、その一面を読み進めて行く。
しばらく読むと、俺は吹き出した。
この新聞、巧妙に事実と想像を入り交えて嘘である事実を公表している。
当事者である俺が読んでいても本当かと思うくらいに巧妙なのだ、一般人が信じるのが普通だろう。
「何がおかしいんですか?」
「いやァ、この記事だけ読んでたらこの文章が事実に思えてきて仕方ねェンだよ。その無駄な文章力の高さに笑わせてもらったぜ。オイ、この写真を撮ったのは誰だ?俺も気配は感じていたンだが、名前までは知らねェからな」
「やっぱり撮らせてたんですかーっ!!私そのせいで散々な目にあったんですからねーッ!!」
うーっ!と涙目で詰め寄って来る刹那を『あァあァわかったよ悪かったな』となだめ、俺は写真を撮った生徒の名前を聞き出す。
朝倉和美。
やはり、彼女だった。
原作キャラの朝倉の情報収集能力などが尋常ではないことはよく知っていたが、それにしてもここまでとは。
超が仲間として引き入れたがっていたことはある。

ま、それはさておき。

俺は缶の蓋を開け、そのままガスコンロの火をつける。
俺的にはまだぬるいあたたか~いのコーヒーを、そのままかざした。
ベクトル操作。
熱の向きをまんべんなく缶の全体にいきわたるように操作する。
イメージとしてはガスコンロの『熱』が缶を包んで温めている感じだ。
それを数秒行った後、開けた所から湯気が出てきたのでガスコンロを止め、ベクトル操作を停止する。
反射のおかげで缶を持っていても熱さを感じないとは、まったくもって便利なモンだ。
ちなみに、三人が座っているテーブルにはいくつか均等な円形の跡があるが、それはこの缶が異常なまでに高熱だったと言うのにテーブルに置いて放置してしまったせいで焦げ目がついたのだ。
油断をしているとヤバいことになると実感した瞬間であった。
沸騰したコーヒーを再びベクトル操作で程良い温度までに冷ましながら、俺はテーブルの所に行く。
よっぽど俺がワザとあの写真を撮らせた事に怒っているのか、まだ刹那はギロギロと俺のことを睨んでいる。
高音と愛衣に視線を向けても、二人とも視線を逸らしていた。
完全に刹那の味方らしい。

やれやれ、今日は刹那の機嫌取りをしなければならないらしい。

俺はこんな状況でも眠くなって来る図太い精神に感謝しながら、どうやってこの状況を引っ掻き回してやるかを悩んでいた。






~あとがき~

皆のアイドル、ザジ・レイニーデイの登場です。
今はちょこっとしか出てきませんけど、彼女はそこそこ出てくる予定です。
すみません、好きなんです、ザジ。

高音、愛衣、刹那は同盟を組みました。
一人で敵わないなら三人で群れてやろうと言う人間の考えだったりします。
ま、ここら辺は女の子ですねー。
ですが怒られてもやっぱりアクセラレータは変わらないっていうwww
この程度で折れてはアクセラレータじゃないですもんね。


次回、超、エヴァ回です。
彼女らが出てくる割にはほのぼのとした展開になる予定です。
この頃戦闘がないなあ……出てきても鬼くらいですしねえ。
やっぱり修学旅行編に行かなきゃ過激な戦いは描写できませんね。
そちらの方を期待している方はそちらにご期待ください。



[21322] 第21話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/04 17:48
SIDE 絡繰茶々丸

このごろ、マスターの御機嫌がよろしくありません。
ブツブツと『出番がないではないか……』『というより奴め、このごろ夕食を食べに来ないのはどう言う事だ……』『いや、その場合は私よりも茶々丸の出番が……』と呟いている事が多いのです。
すみません、マスター、今は私の出番です。

そういえば、私もここ二週間ほどアクセラレータさんの姿を見ていません。

夏休みは毎日のように来られたというのに。
彼も忙しいのでしょうか。
普段の彼を見ていればとてもではありませんがそうとは思えないのですが。
私はそう思いながら一階で掃除をしていると、呼び鈴が鳴りました。
お客様を出迎えるのは私の仕事なので、扉の前に向かいます。
それにしても、遅い時間ですね。
私の体内時計は七時四分を示しています。
そろそろ夕飯の時間です。

アクセラレータさんでしょうか?

でしたら、マスターの機嫌がすぐに直るのでとても良いのですが。
一縷の望みを持って扉を開けると、そこにいたのは超とハカセでした。
二人とも、何故か徹夜で宿題をやり遂げたかのような達成感のある疲れた笑みを浮かべています。
大方予想はできますが、何があったんでしょうか。
「やっほー、茶々丸。遊びに来たよー」
「お邪魔するヨ、エヴァンジェリン」
二人を見たマスターは落胆したような表情を浮かべました。
いつもの通り腕を組んだ姿勢のままソファーに座り、二人を不機嫌そうに睨みます。
「貴様等か……茶々丸の調整か?」
そんな不機嫌そうなマスターを見て、超は何故かにんまりとした笑みを浮かべました。
むふふ、という声が聞こえてきそうです。
個人的な意見を言わせてもらいますと、とてもムカつく顔で。
「愛しのアクセラレータさんじゃなくて悪かったネ。学校でもイライラしているようだったケド、彼が原因かナ?」
「ふん、そんなわけないだろう。あれはタカミチの奴がな―――」
「―――と言い訳をしつつも赤面しているマスター乙です」
「ちゃ、茶々丸ぅーッ!?おいハカセ、すぐにこいつをバラせ!ていうかこのごろ最近おかしな言動ばかり言うんだが、どうにかならんのか!?」
む、おかしなとは納得できませんよマスター。
こういう言葉のほとんどはアクセラレータさんから学習したものです。

ちなみに今の台詞は『とりあえずエヴァが赤面したら言っとく台詞』の頂点に来る言葉です。

他にも色々とバリエーションがあります。
アクセラレータさんが言うには、それぞれの台詞でマスターの赤面の仕方が違う、とのことです。
そのデータを集めるために、今回も盗撮をします。
ハカセがアクセラレータさんの台詞を真似しているだけと説明すると、マスターは憎憎しげにうなりました。
「ぐっ、奴がいなくても私は奴に振りまわされるというわけか……」
そんなマスターを見た超は何を今更とばかりに肩を竦めます。
「彼に目をつけられた以上、その辺りは諦めるしかないネ」
実際、超も何度か週1で開く超包子に突撃してきたアクセラレータさんにからかわれているようで、学校に行くと妙に疲れている顔が見受けられるようになりました。
年齢制限なんて記憶喪失には関係ないとばかりに酒も飲みまくるため、よく高畑先生やガンドルフィーニ先生が犠牲になっているとか。

最近ではガンドルフィーニ先生が同じ魔法先生の瀬流彦先生を連れてきてスケープゴートにするのだとかいう話を聞きました。

絡む相手がいるとしても超には絡むらしく、それだけは勘弁して欲しいネ、と言っていました。
しかし、四葉さんには一回も絡んだ事がないとも言っていました。
その時の超の表情は今のマスターにとても似ていると思います。
超とハカセはリビングの方に行くとテーブルにつきました。
どうやら、今日はここで夕食を食べていくようです。
マスターもそれがわかったらしく、意外そうに呟きました。
「それにしても、貴様等がここに来て飯を食っていくのは珍しいな。どうしたんだ?」
「いやー、それがようやく鬼神兵の方の調整が終わりましてねー。いつもの寮というのも味気ないので、エヴァンジェリンさんの家でパーっとやろうかと思いまして」
「勝手に人の家を宴会場にするな!ったく……」
「御主人、実ハ照レテンダゼ?」
「この従者どもは私をからかうことしかせんのか!?スクラップにしてやるぞチャチャゼロ!?」
「ああ、マスターがあんなに楽しそうに……」
「貴様のその台詞は聞き飽きたわーッ!!」

だって、本当に楽しそうですから。

マスターではありませんが、私も二人のこのごろの行動は少し意外に思っています。
超とハカセは社交的ではありますが、マスターと積極的にかかわりを持とうとは思わない人でした。
超は自分の計画のために邁進する性格ですし、ハカセも人との関係よりも実験や研究を優先するタイプですので。
しかし、このごろ……麻帆良祭を過ぎてからでしょうか、二人がごく稀にこの家で食事を取るようになったのです。
マスターも文句は言うのですが断ったことは一度もありませんし、やはり楽しそうです。
姉さんは……マスターをからかって喜ぶタイプの人ですので、マスターの口数が多くなる来客の時は必ず何か一言を言って場を混乱させます。
それが姉さんなりの素直じゃない会話であることを知っている私は、その後にいつも楽しそうなマスターを見てぽつりと楽しそうだとつぶやいてしまうのです。

私、マスター、姉さんの三人だとあまり会話も弾みませんし、私が言うのもなんですがしーんとしています。

そしてそれは、私がこの家に来て、アクセラレータさんが麻帆良にやってくるまでは毎日の事でした。
それに比べれば、この家がどれほど賑やかになったのかわかるというものです。
私はマスターの怒鳴り声を背にさっさとキッチンに向かい、夕食の準備を始めようとしましたが、ニンジンを切り始めた時にポツリとマスターがとあることを言ったのに反応してしまいました。
「……そろそろ奴がやってきて一年になるな」
それを聞いて、私も気付きました。

アクセラレータさんがやってきたのは十一月八日と記憶しています。

現在は十一月一日なので、ちょうど一週間後です。
しかしマスター、よくその事を覚えていましたね。
「そういえばそうネ。すっかり忘れていたヨ」
「……あまり出会いは思い出したくないがな」
羞恥からか、すこしマスターは顔を赤らめました。
顔だけは悔しそうに歪んでいましたが。

マスターの出会い……それはアクセラレータさんへの謝罪の事でしょう。

マスターがどこかどんよりとした表情で帰ってきて、終始落ち着きがなくそわそわして、終いには『茶々丸、ついて来い!』と私に怒鳴りつけて外に出ていかれてしまったあの日の事を、私は忘れる事ができないでしょう。
魔法界でも『不死の魔法使い』『人形使い』『闇の福音』と呼ばれ恐れられ、人一倍プライドの高いマスターが頭を下げるということは、私でも信じられませんでした。
盗聴行為を行っていたマスターが事情を話してくれないので、その事情は良く知りません。
しかし……マスターがあそこまで言って頭を下げると言う事はよほどのことをやったのでしょう。
ただ、マスターが頭を下げるほどのことをやってしまったと言うのにあっさりとそれを許したアクセラレータさんは、本当は懐が広い人なのではと思います。

マスターが紅茶のコップを持ってその中身を見つめている前で、超は静かにその口に挑戦的な笑みを浮かべていました。

超とアクセラレータさんの出会いは、とにかく強烈なものだった、とハカセが言っていました。
ハカセはアクセラレータさんの殺気に当てられて震えているだけだった、と言います。
それでもアクセラレータさんは全く本気ではなかったとも言っていました。
それも仕方がありません。
ハカセは戦闘になど出た事はありませんし、武器は開発しますが鬼や悪魔と戦ったりはしません。
本当の戦場というものをくぐり抜けてきたというアクセラレータさんの殺気をまともに受けてしまっては、意識を保っているだけで精一杯なのでしょう。
アクセラレータさんが本気で不機嫌になった時は、ガイノイドである私ですらまわりの空気が重くなったように錯覚するほどなのですから。

それを畏怖する事はありません。

確かに怖いかもしれませんが、彼が私達に害を与える存在でない以上、恐れる事はないのですから。
しばらく妙な沈黙が続いた後に、ハカセが口を開きました。
「……それじゃあ、アクセラレータさん麻帆良にやってきて一周年おめでとうパーティでもやりませんか?」
「はあ?」
真っ先に難色を示したのはやはりマスターでした。
マスターはやめておけとばかりに手を振ります。
「いくら奴が騒ぐのが好きだと言ってもそういうのは好かんだろう。奴が帰ってしまったら我々が馬鹿みたいではないか。貴様ならともかく私や超では何があるのかと勘ぐられる可能性だってあるぞ?」
「学園祭や満月の時ならともかく、この時期に何か起こそうなんて誰も思いませんよー。それに、これは前々から超さんが言ってた事でもあるんですよねー」
「は、ハカセ!余計な事は言わなくてもいいヨ!」
珍しく焦って小声で言う超を見てそれは事実だと思ったらしく、マスターはにやりと悪い笑みを浮かべました。
「……まあ、そう言う事情なら私も止めはせん。恥をかくのは貴様らだけだからな。で、肝心の奴を誘う人物は誰にするんだ?言っておくが私は絶対にやらんからな」
「期待してないヨ。それに、この中でこの家の外で動き回れて唯一アクセラレータに変に思われない人物がいるネ」
マスターの視線が超、ハカセから私に移りました。
そこで納得の表情を浮かべるマスター。

……あの、もしかして。

「私、ですか?」
「そう!本当なら私でもいいんですけど、私だと超さんの差金みたいに思われるかもしれないので茶々丸に行ってもらうことにしましたー!」
その強引な決定に驚きました。
もちろん不服と言うわけではありません。
ただ、研究以外の事で強引な決定をするハカセというのは初めて見たものですから。
マスターは『ふむ』と腕を組みながら呟きます。
「確かに、茶々丸なら違和感はない。私や貴様らが言うよりも絶対に奴は茶々丸の言う事を信用するだろうからな。いいな、茶々丸?」
「はい、わかりました。日時はどういたしましょうか?」
「アクセラレータの日常には予定がこれでもかというほど入ってないネ。いつもヒマを持て余してると思うヨ」
確かにその通りです。
普段から広域指導員として活動していると思われるアクセラレータさんですが、その見まわる時間は非常に不定期だと聞いています。

つまり、きっちりと予定を組むほど予定がないと言う事です。

ヒマはほとんどがゴロ寝してるかトレーニングしてるか本屋で立ち読みするかの三択しかないと言われた時には驚いた物です。
私はこれまでのデータからアクセラレータさんが最も暇な時間を特定すると、八日当日にパーティを行う事を伝える事にしました。
そういうのは直前に言って驚かせるに限るネ、とは超の談です。






それから一週間が過ぎました。
時が経つというのは非常に早いものですね。
この一週間、やけに超の機嫌が良かったりマスターがたまににやけていたりしていました。

何かヤバげなものでも食べたのでしょうか?

食卓に毒物を混入したりはしないので、おそらく可能性があるとしたら拾い食いですが、この麻帆良で拾い食いするほど落ちぶれていない二人ならそんなことはないでしょう。
その事を尋ねると、ハカセは何やら『ムフフ』と面白そうに笑うだけで何も明確に答えてくれませんでした。
やはり、よくわかりません。
機嫌が悪い、調子が良くないという害ある症状ではないので放置しておくことにしました。
さて、私は毎日の義務のようになった猫への餌をやっています。
マスターの家の掃除が終わろうが終わるまいが何よりも猫が大切ですから、たとえ掃除が途中でも道具はほったらかしたままです。
片付け?

猫が待っているというのに一分一秒も遅れてはいけません。

片付けをしている間に猫が飢え死にでもしてしまった場合は後悔の念のあまり暴走してしまうかもしれません。
ガイノイドの私に念があるのかは不明ですが、その場合はご都合主義がうまく働くのでしょう。
私の知った事ではありません。
目の前に『こらうまい!こらうまい!』とばかりに猫たちは野生の本能丸出しで猫缶に食らいついています。
生存本能というのは野生に必須なのですね。
私は生物の宿命や心理などを考えながら空になってしまった猫缶をビニール袋に片付けます。
猫は『くれー、もっとくれー』とばかりにニャーニャー鳴いていますが、本日はこれでサービスは締めきりです。
食べてしまった物はしょうがないので、他で補充してください。
え?かわいがってるわりには冷たいですって?

人間社会には予算というものがあるのです。

いま現在の私の予算ではこれだけの量の猫缶が限界なのです。
それを悟った私は猫達には野生で逞しく生きて欲しいと思うようになりました。
お腹一杯になるためには猫缶だけではなく川で岩魚を取って食べなければならないと。
しかし、思っただけで結局猫缶はあげています。
まあ、つまりアレです。

厳しい現実社会の壁という奴です。

アクセラレータさんに出会ってからというもの、社会とは厳しいというのを学びました。
それは野生の社会であっても変わりはないという事も知ったのです。
厳しい社会を生き抜いてこそ本当の野良猫なのです。
哲学的に語ってはみても、結局は私の予算不足なのですが。
私はニャーニャーと鳴く猫達に別れを告げ、ゴミをきちんと分別して捨てた後、道に在るゴミを拾い、小学生達に挨拶し、道に迷ったおじいさんを駅まで案内していると、何時の間にかかなり時間が経ってしまいました。
現在時刻、五時二十二分。
パーティ開始時刻が六時とのことでしたので、そろそろアクセラレータさんの家に行かなければ遅れてしまう事になります。
超やマスターに折檻されるのは嫌なので、私は大人しく彼の家へ向かうことにしました。
アクセラレータさんの家はお世辞にも綺麗なアパートとは言い難く、どちらかというと綺麗でない……ぶっちゃけていえばボロい風体のアパートです。
しかし、その外見とは裏腹に内部は非常に広くて充実しており、見てくれを重視しない人達にとっては十分過ぎる住まいなのだとか。

ログ調を好みとするマスターには到底耐えられないと思いますが。

短い階段をコツコツ上がり、二階にやってきました。
この階の住居者はアクセラレータさん以外いないようで、一階に比べてガランとした風景が続きます。
その中で唯一申し訳程度にビニール傘が刺してある傘立てがある家こそアクセラレータさんの自宅なのです。
私はその扉の前にやって来ると、インターホンを押します。
五秒ほどの間があってから、扉がガチャリと開きました。

「……おォ、珍しい客じゃねェか」

アクセラレータさんです。
彼の顔を見る限り、どうやら今日は機嫌が良さそうです。
何か、良い事でもあったのでしょうか?
その事については後で尋ねる事として、私は頭を下げて挨拶します。
「こんにちは、アクセラレータさん。今日はご招待に上がりました」
私の言葉を聞いて、アクセラレータさんは眉をひそめました。
「ご招待ィ?怪しげなニオイがするンだが」
「そうでしょうか?一応、整備や洗濯は欠かしていないのですが」
「テメェのニオイじゃねェよ」
はあ。
では何のニオイなんでしょうか?
私がそう尋ねる前に、その台詞をさえぎるようにしてアクセラレータさんが言いました。
どこか疲れた様子で。
「で、ご招待ってのは何の用なンだ?」
「それは教えられません」
「ハァ?」
アクセラレータさんは素っ頓狂な声をあげましたが、一瞬だけ真剣な顔をするとすぐ元のやる気なさげな顔に戻り、しょーがないといったように頷きました。

これぞ超直伝のスーパーテクです。

アクセラレータさんは世界の裏にずっと浸かっていた、少し前のマスターのような方でした。
そんな方だから、思わせぶりな口調で強引に『とにかく来い』と言うと、アクセラレータさんは深読みして『これは何かある』と勘違いする確率が非常に高いそうです。
案の定、アクセラレータさんは引っかかってしまったようで。
「面倒くせェ事ならやンねェぞ」
「面倒くさくはないと思います」

多分。

私がそう思っていると、後ろからひょこっと誰かが廊下の隅から顔を覗かせました。
アクセラレータさんと私の背はほぼ同じなので、肩から少しその方の顔が見えてしまいました。
特徴的なサイドテールから、同じクラスの桜咲刹那さんということが判明しました。
私と目があった瞬間から明らかに動揺しており、心拍数が何故か急上昇しています。
慌てているようにも見えます。
私の視線で気付いたのか、アクセラレータさんが後ろを振り向きました。
「刹那、悪ィが今日のだべりは終わりだ。用事が入っちまった」
「お仕事ですか?」
アクセラレータさんの視線を受けて強引に冷静になったつもりの桜咲さん。

私のカメラアイで見ても顔が赤いのは丸わかりですよ。

それに気付いているのかいないのか、アクセラレータさんは肩を竦めました。
「さァな。あのガキはここで告げることもできねェような用件っつってるが、どォせロクでもねェことだろ。なァ、茶々丸」
「二度目ですが、お話する事はできません」
「っつーわけで、出かけることになったってわけだ」
桜咲さんはそれを聞くと、手馴れた様子で部屋の電気を消してこちらにやってきました。
まるで何度もやったことがあるような仕草です。
桜咲さんが部屋を出て、アクセラレータさんが部屋の鍵を閉めると、彼はすたすたと先に行ってしまいました。
先導するのは私の役目なのですが、彼はそうさせてくれないようです。
彼の後ろにつく事になるのですが、そうすると必然的に桜咲さんが隣に来ることになります。
視界の隅に入ったのですが、その時桜咲さんの顔が少し残念そうに見えました。
こう言う時、私のような者を『お邪魔虫』というのでしょう。

以前ハカセに習いました。

アクセラレータさんが二言三言からかい気味に桜咲さんに別れを告げると、私も一礼して桜咲さんと別れました。
それから歩いて二十分ほどでしょうか。
実際もっとかもしれませんが、とにかくマスターの家に到着しました。
時刻は五時五十八分。
少し早いですが、ほぼぴったりですね。
アクセラレータさんは扉を開けるのが面倒なのか、ポケットに手を突っ込んだまま私に顎をしゃくって開けろと意志表示しました。
それは非常にまずい事態です。
どうしてかというと、普通、こういうのはアクセラレータさんから入るものであり、私が先に入ってしまうのはどうも……。
ここで断っては非常に怪しまれるため、気が進まないながらも私はドアを開けることにしました。

そして中に入ると、そこには扉の両側に待機している超とハカセがいました。

どうやら危うくクラッカーの紐を引っ張る所のようでした。
マスターも私の姿を見て『なんだ、茶々丸か』と呟いていました。
小さな声でしたがその程度の音声なら拾えるのですよ、マスター。
そう思っていると、私の後ろからアクセラレータさんが入ってきました。

途端に響く軽い炸裂音。

パァン、という音と共に飛び出したビニールが驚いた表情のアクセラレータさんの頭にかかり、不自然なほどなめらかにそこから落ちました。
すると、扉の両側から超とハカセが言いました。
「フフ、驚いたカ?驚いたネ?」
「アクセラレータさん一周年記念おめでとうございまーす!」
今のアクセラレータさんの姿は今までみた事がないくらいに間抜けな姿でした。
ぽかーん、という感じでしょう。
今の私でも、動揺しているアクセラレータさんの視線は容易に読む事ができます。
まず声を発した超、ハカセ。
次に私を見て、マスター、そして机の上に並べられた料理を見やり、最後にデカデカと『アクセラレータさんの麻帆良来訪一周年記念パーティ!!』と描かれている垂れ幕を見ました。
もう一度その順で皆の顔を見回した後、アクセラレータさんは口の端をひきつかせながら呟きました。

「……オイ、どこのドッキリだ?」

「ドッキリじゃないヨ、大真面目ネ」
超がそう言うとアクセラレータさんの背中に回り、ぐいぐい押します。
相変わらずアクセラレータさんはビクともしませんが、一つため息をついてソファーに座りました。
彼はまだドッキリじゃないのかと辺りを探ってカメラがないか探しているようですが、この家にその類の記録機械はありません。
強いて言えば、私のカメラアイくらいでしょうか。
その私のカメラアイを彼は睨んできました。
「茶々丸……テメェ俺をハメやがったな」
「私はご招待と言っただけですが」
アクセラレータさんの記憶でも現状況に対して私が間違った事を言っていなかったことを確認したようです。
やはり顔が引きつっていました。


「ブッ、ふははははっ!!くっ、くく……ぶふ、ははははははははははははっ!!」


そんな彼の様子を見てたまらなくなったのか、ついにマスターが大爆笑を始めました。
カッ、と顔を真っ赤にしてアクセラレータさんが叫びます。
「何笑ってやがるクソガキ!?」
「いやいや、貴様の呆然とした表情なんて初めて見たのでな……こういうのは決まると存外楽しいものだな!!見ててスカッとする。あー、貴様と私が出会って今が一番爽快な気分だよ、アクセラレータ」
「どンな鬼畜野郎だテメェは!?……ってテメェ等も笑うんじゃねェ!!フザけてンのか!?」
「あはははは、アクセラレータさんもこういう想定外な事態には弱いみたいネ?今度はこの路線から攻めてみようカ?」
「そうですねー。それにしてもアクセラレータさんも動揺したり照れたりするんですねー。今までそんな顔なんて見た事ないからわかりませんでしたよー」
「間抜けた声でヌカしてンじゃねェクソガキ共!!そこの金髪も呼吸困難に陥るほど笑ってンじゃねェ!!」
「ああ、アクセラレータさんがあんなに楽しそうに……」
「そりゃ目の前のクソガキに対してだけの台詞だろうがァあああああああああああああッ!!」
ハカセの言う通り、こんなに動揺したアクセラレータさんは初めて見ます。
案外この照れ隠しはマスターと共通する部分があるようですね。

だから、でしょうか。

今の私の台詞にほとんど違和感を感じなかったのは。






SIDE 一方通行

酷い目にあった。
アクセラレータに転生して初めてだ、あんな醜態をさらしたのは。
俺はエヴァの家から帰る途中、夜道を歩きながら深いため息をついて頭を抱えていた。
茶々丸が呼びに来るから時期的に例の『桜通りの吸血鬼事件』に対しての事かと思ったら、まさか俺を歓迎するパーティだとは。
今でも信じられない。

こんな俺を歓迎してくれる連中がいるなんて思わなかったから。

そこまで人間不審になっているのは『一方通行』の影響だろう。
超や茶々丸が作ってくれた料理を口にして、不意に馬鹿正直に『美味い』と言ってしまったのが今でも悔やまれる。
何で俺があんな正直なことを言わなければならんのだ。
そこらへんはアクセラレータの影響を受けずに本心で言ったもんだから、辺りを非常に変な空気にさせてしまった。
超は誉められた事が気恥ずかしいのかやけに大声を張り上げていたし、茶々丸は俺と超を見比べてオロオロしていた。
相変わらずエヴァは笑いをこらえているようだったし、ハカセはハカセで『ムフフ』と変な含み笑いをしていた。
居心地が悪い、と言えば嘘になるが、良いとも言い難い空間だった。
まあ、それでも二時間以上入り浸っていたのだから、居心地が悪いわけでは決してなかったのだろう。
実際、俺も疲労感を感じながら妙にむず痒い感情が溢れて来るのがわかる。

俺は……アクセラレータは、嬉しいのだろう。

自分の気持ちに『だろう』なんてつけるのはおかしいかもしれないが、一方通行は自分に対してもかなりひねくれているらしく、自分の気持ちさえも掴ませてくれない。
今、ふと思う。

『俺』ではなく、『一方通行』がこの世界に降臨していたら、今ごろ麻帆良はどうなっていたんだろう、と。

俺が思うに、そう今と変わらない状況が作られていたのではないかと思う。
対人関係うんぬんは少し違ってきたかもしれないが。
一方通行がこうやって歓迎パーティをされていたかもしれない。
そう思うと、やはり笑いがこみ上げて来る。
客観的に見て、原作と同じ性格のアクセラレータが歓迎パーティをされて呆然としている所は爆笑モノ以外の何者でもないからだ。
アクセラレータから見ればまったく面白くないだろうが、もっと素直になればまた別の結果が生み出されていたかもしれない。
俺が一方通行に引きずられずにもっと素直で一般人的な行動をしていたら、おそらく超もエヴァも見向きもしなかっただろう。
俺は単なる異邦人としてどこぞの男子寮にでも住まわせられる事になったに違い無い。
もしかしたら俺が女で、2-Aに編入されている、と言う可能性もある。

未来というのはただ一点が変わるだけで無限の可能性がある。

未来を選択し、他の未来を切り捨て、無限から一つの可能性を手に取るのが現在進行というものだ。
もっと素直になっていれば、また彼女達とも別の関係を築けたかもしれない。
更に親密な、パーティを開いてくれていても俺が驚かないくらいに。

もちろんそれは願望に過ぎない。

そして今こうやって願望として考えている以上、俺の中にも彼女達と仲良くしたいと言う意志が芽生え始めているのだろう。
一方通行の理念に反することだ。
彼が誰よりも最強の力を求めたのは自分の中途半端な力によって誰も傷つけたくなかったからだ。
無敵になって孤高になれば、誰も傷つかなくて良い。
誰かが傷つく事は止められないが、少なくとも俺の犠牲になる奴等はいなくなる。
偽善、自己満足といえばそれまでだが、一方通行にとってそれが最善だった。
俺が今でも力を求め続けているのはそういった一方通行の考えが俺に影響を及ぼしているからかもしれない。
俺と一方通行の意識は中途半端に融合してしまっており、自分の意思かどうかわからない時がある。
少なくとも俺がこの身体に憑依している時とその前の人格は別物だ。
だから、そう思うのもアクセラレータ個人の意志ではないのかもしれない。

今現在、俺が求めている力……絶対の力を手に入れることができたら、俺の性格はどう変わってしまうのだろうか。

俺自身、変わってしまったら変わったその時に考える、と気楽に考えているからその辺りはあまり考えなくて良いのかもしれない。
何せ、漫画の世界に来て小説のチートキャラに憑依しても平然といられた俺の現地即時対応精神ならば、その場その場で生き方を変えていく事もできるはずだから。
俺の性格が難点だが、こんな世界だ、裏の仕事なんて掃いて捨てるほどあるだろう。
もうそろそろフェイトもこっちで動き出すことだろうしな。
そんな事を言えば、これから動乱の時期が始まる。


ネギ・スプリングフィールドの麻帆良教師就任。
バカレンジャー+αお勉強会IN図書館島地下。
『桜通りの吸血鬼事件』。
京都修学旅行。
麻帆良祭。
魔法世界での動乱。


来年の夏休みを含めてのビッグイベントといえばこれくらいのもんだろう。
俺、エヴァ、超、刹那。
おそらくこの四人は関わらないわけには行かないだろう。
登校地獄が解除されるアテがないため、エヴァは修学旅行には行けない……のだが、どうにも腑に落ちないことがある。

エヴァはこの世界では最強クラスの魔法使いのはずだ。

修学旅行も学業として行くことができるくらいのことはやってのけるような気がしてならない。
もしかしたら足掻いて試して失敗してもう疲れたのかもしれないが、色々と予感がするので可能性が無いと断言できない。
大きく変わる点としてはそれくらいだろう。
流石にエヴァが魔法世界にいくわけにもいかないしな。

二ヶ月後、冬休みが終われば原作が始まる。

その原作で俺が何をしたいのかというと、ズバリ魔法無効化能力者の攻撃が俺に効くのかどうか、だ。
それが効く効かないで俺の対応が違ってくる。
効くのなら俺の能力は魔法などを無効化する攻撃に対しては無力と言う事だ。
原作でもあった『斬魔剣・弐の太刀』などといった障壁貫通の斬激を反射できるかどうか、俺にはわからん。
だが、俺のチート能力がそれすらも反射すると言うのなら、もうこの世界で俺を倒せる奴はほとんど存在しない。
生物である以上一撃で殺せる技を持ち、遠距離攻撃ならば強力であれば強力な分相手の脅威になる能力を持つ。

ま、ゲーデルみたいな奴を一泡吹かすのも面白いかもしれないな。

もちろん、それだと俺が魔法世界へいくのが前提となるわけだが……まあ、なるようになるよな。
そう思いながらとあるコンビニの横を通ると、またザジ・レイニーデイと出会った。
何やらこっちをじーっと見てくるが、無視無視。
ザジ・レイニーデイなんて正体不明な奴と馴れ合いたく無い。
いつもなら『何メンチ切ってンだコラァ』とか言うのだが、この場合は無視するに限る。
ザジの視線を避けながら、俺は自宅に戻った。
肌寒い自室の温度を感じて、そろそろコタツの時期だな、と呟いた。






~あとがき~

超包子ですけど、週1で開かせることにしました。
不定期ですが。

さて、アクセラレータなりに今後の自分の身の振り方やその後の展開を考えています。
ですが、少し投げやりな所もあり、中途半端です。
それはアクセラレータがなんとかなるだろうと思っているからですが、このままダラダラしてくと到底私のシナリオ通りに進んでくれそうにないので、イベントを起こします。


次回は大晦日です。
いつものメンバーがやってきてほのぼのします。
……もうマンネリですよね……あんまり語る事がないです。



[21322] 第22話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/05 23:22
SIDE 一方通行

ゴドンッ!!と地面に穴が穿たれる。
機械で穿つようなそれではなく、なにか重いものが高高度から落下し、その重量で押し潰したかのような痕跡が地面に残る。
衝撃波だ。
魔力も気も纏っていないただ単なる衝撃波。
それを放つ事ができる人間と言うのは、この世界でも俺しかいないだろう。
その一撃で俺は敵を牽制する。
目の前の地面が炸裂したことにより動きを止めた敵は、爆撃されたようなその痕跡を見て標的は上だと判断したのだろう、皆、一斉に上を見上げる。
しかし、その視線の先に既に影はなく。
俺は既に敵の背後に移動していた。
そのわずかな空気の移動で察したのか、敵はこちらに向かって棍棒を振りかぶってくるが、俺はその時間を与えない。
踏み込む。
そのまま体重をすべて乗せるようにして、右拳を思いっきり突き出す。
ベクトル操作。

ゴギュ!!と加速した拳が敵の胸を吹き飛ばした。

首、両腕、下半身だけとなったそれは空気に解けるようにして消えていく。
仲間をやられた事を悟った敵は吠えながら棍棒を振りかぶってくるか、あるいはクナイを投擲してくる。
それら全てのベクトルを把握しながら、俺は一歩だけ軽く後ろに飛んだ。
ある一点だけ狙われるそこで、ここが安全地帯だと言う事がわかる。
ドゴガキキキ!!と前方で棍棒とクナイがぶつかり合い、それぞれ無効化される。
敵の視線が俺に集中した所で、俺は疑似瞬動で掻き消える。
前方へ砂を巻き上げ、視界を遮ると言うおまけつきで。
加速した俺はそのままベクトル操作を行い、直角に曲がる。
腕を前でクロスさせ、『ジェット・パンチ』のような加速を身体全体で行い、突進する。
バォ!!と何かを突っ切る感触と共に、一体の鬼が空気に解けて消える。
前方にいる敵を把握し、こちらの速度を認識できていないのか唖然としているその様子を確認し、敵の背後に回る。
腕を地面にぶち込む。
そのままぐるんと身体を回転させ、『ジェット・パンチ』を応用して加速し、遠心力のついた蹴りを放つ。
それは衝撃波となり、前方の敵を丸ごと吹き飛ばした。
カンの良い奴は避けたようだが、それ以外の連中は上半身と下半身がお別れをしたり、ありえないほどくの字に曲がっておシャカとなった。
文句を言わせる前に疑似瞬動で接近、空中に飛んで避けているそいつに向けて『ジェット・パンチ』を繰り出す。
ボッ!!とその頭を吹き飛ばし、疑似虚空瞬動を行って目の前の消えゆく身体を吹き飛ばしながら夜空に舞いあがる。
「クソッ、ポンポンとお手玉しとるとちゃうねんぞォ!!」
「速すぎる……なんちゅう軽業師や」
そのまま、俺は身体ごと疑似虚空瞬動し、地面に激突した。
地面が鳴動し、地面がめくれ上がって土塊が敵に殺到する。
迫りくるそれは敵にとってたやすく迎撃できるそれであったが、俺の目的はそんなチャチなもんじゃない。
それで注意を引くことが目的だ。
ベクトル操作で高速移動し、再び敵の側面に出現する。
高速演算。
複雑な演算式を瞬時にして組み上げ、俺は一直線上に結ばれている残存兵力を見やる。
右腕を振りかぶる。
それをラリアットのようにして構えながら、俺は走り出した。

音速の3倍で。

ガォンッ!!と音の壁を瞬時に破壊し、突き抜ける音。
その音に置き去りにするように、敵は何もできないまま身体の一部を消失させていた。
更に、俺の通った後を突き抜けるかのように衝撃波が追従する。

ドォンッ!!

それに巻き込まれ、ダメ押しのように敵は吹き飛ばされた。
しかしそれでも死なないような連中がいるから困る。
消えることもできずにうめく連中をよそに、俺は再び高速演算を行い、その場から退避しつつ竜巻を作り出す。
真空が作り出す刃に身体を切り刻まれながら、敵は宙を舞った。
残骸が空気に溶けて消えるのを確認し、俺は竜巻を解除した。
圧倒的な破壊をもたらした地面を眺め、少しやりすぎたかと頭を掻いた。
それら一連の行動が行われているのは深夜のとある森の中……。

いわずもがな、陰陽術師の襲撃である。

年末だからと言って油断してたら突然のジジイの非常召集。
ウザい事この上ないが、出撃する事になった。
どうやら敵は年末だからと言って俺のように油断している隙を狙ってきたようだった。
この間の停電には及ばないが、かなりの量の鬼の軍勢を配備してきているのがわかる。
そしてそれをバッタバッタとなぎ倒す俺達。
いや、少しは考えろと言いたい。

年末。

つまりは、私的な用事が無ければたいていの教師は麻帆良近辺、あるいは麻帆良の住宅にいるわけで。
その中には魔法先生もいるし、年末に里帰りしている魔法生徒はほとんどいない。
というわけで、現在の麻帆良の防衛力は前にも増して強力になっているのだ。
少なくとも俺、タカミチ、刀子に神多羅木、ガンドルフィーニと、麻帆良の戦力のほとんどが残っていることを考えると、いつも以上の戦力を保持していることくらいわかると思うのだが。
無論、そういう情報を察知できなかった、と言うのならそれまでだろうが。
刀子はどうやら飲んでいるようだったので(何やら泣き酒だったらしい。ジジイも流石に呼び出せなかった様子)神多羅木がその分穴を埋めようとド派手に魔法を炸裂させているのが見える。
見た目通り、なかなか神多羅木はデキる男だ。
後方支援だけかと思えば遅延魔法の連発で接近戦もやってのける万能ファイターだったりする。
ネギと被って見えるのは俺だけじゃないだろう。
……流石に千の雷は撃てないようだったが。
ドウッ!!と夜空を突き抜ける雷の暴風を見て、何かアイツも溜まってるんだろうか、と思う。
今度タカミチと一緒にダンディな話をさせてみよう。
バーにでも行くか。
そんな事を思いながら、俺は更に向かって来る鬼を叩き潰す。

現在、俺は反射を使わずに戦闘を行っている。

自分の味方が近くにいる状態でやってみたかったのだ。
反射と言う絶対防御が破られた場合、俺は反射を使わずにどれほどの戦闘が行えるのか。
で、やってみたら俺TUEEEE!!
反射使わなくてもここまでやれたのか、と実感してしまう。

反射の分の演算範囲を使い、更に攻撃特化になったのである。

反射神経を極限まで強化し、ベクトル操作による『無限瞬動』、更には無限瞬動による認識不能速度からの『ジェット・パンチ』。
反射という絶対防御を捨てた結果、異常なまでに攻撃に対して特化したのである。
仮にプラズマの演算式を組んでみたが、その速度も前よりずっと速い。
音速で動くのもベクトル操作で空気抵抗をなくしてしまえば問題ないし、反射よりは範囲を食わないのだ。
常時発動の反射って、結構演算範囲を食ってたんだな、と思う。
反射神経を強化する『意識加速』のせいで鬼の動きが非常にのろく感じる。
なまじ大きな身体に無駄筋肉をつけたせいだろう、鬼は力は強いが非常に動作が遅いのだ。
瞬動できるほどの身体能力強化、それに伴う動きに意識を追いつかせるための『意識加速』のおかげで完全にありえない超速度での戦闘が可能になっているのだ。
正直、『無限瞬動』から突撃すれば『ジェット・パンチ』いらずなのであるが。
ラカンやエヴァのようなバケモノどもにはそれも必要なのだろうが、鬼程度の耐久力ならそれだけで充分に破壊できる。
そして、最後の一体を叩き潰す。
「年末に仕事なンざ面倒くせェにも程があったが、新しい収穫があったから良しとするか」

それは自分は反射を使わなくても楽々と魔法使いに勝てる、ということだった。

実際に食らったことがないからわからないが、おそらくナギなどといった無詠唱で魔法を唱えられ、瞬動を使える高速戦闘を得意とする魔法使いでないと俺と同じ土俵に立つことすらできないだろう。
バグキャラによるよくわかんねーチート攻撃などといった反則がない限り、俺は負けたりはしないだろう。
それは以前と変わらない認識ではあるが。
それでも、反射に頼らない実力の向上は非常に喜ばしい物である。
感慨深げに俺が拳を握ったり開いたりしていると、一緒に殲滅活動を行っていた刹那が駆け寄ってきた。
彼女は『お疲れ様です』と頭を下げてから、質問してきた。
「今日は凄まじいですね……鬼気迫るようでしたよ。というか、ほとんど私の出番がなかったのですが……」
俺はその質問に苦笑しながら答えた。
「俺は能力を使うと身体能力が上がるンだが、それを最大限用いたらどうなるか実験したくてな。あの無敵障壁を消してみたンだよ」
「ああ……あの物理攻撃を無効化したりするアレですか?」
それに俺は頷いた。
刹那は俺の能力に身体能力向上効果があるのは忘れていたようだった。
でなけりゃ気も魔力も使わずに瞬動なんてできねえよ。
彼女は俺の返答を聞いてから疑問に思う事があったのか、更に尋ねて来る。
「でも、あの能力は物理的攻撃全般に対して無敵だと思います。何故そこまで強さを探求する必要があるのですか?」
「いつも俺はそれを頼ってきたんだが、頼りっぱなしも嫌だし、俺もわからん弱点を突かれたりしたら対応しなきゃなンねェからな。手札が多い事に越した事はねェ」
木原神拳をラカンが使ってこないと断言しきれないからな。
原作でも無茶苦茶ぶり(エターナルネギフィーバー、斬魔剣・弐の太刀・今日はお嬢様と初チュー記念日スペシャル)を発揮していたので、もしも戦うとなると反射の原理を解明されてその技を使ってくる可能性もある。
なにせ、ネギの『雷天大壮』の弱点を即座に見抜く眼力があるのだ、油断はできない。
もしかして俺の想像をはるかに超えて『なんちゃって神拳』で叩き潰されかねない、という予想もできる。
……もちろん、『血液逆流』で死なないかもしれないという懸念も在るのだが。
魔法の事を知ると、嫌でも奴等の無茶苦茶ぶりが明らかになってくるのでホントに困る。
俺が内心でそんな事を思っていることも知らずに、刹那は俺の向上心に感心しているようだった。
「なるほど……そのあくなき探求心こそがアクセラレータさんの強さに結びついているというわけですね?私も見習わなければ……」
あくなきというか、危機感だけどな。

さて、刹那であるが、彼女はよく俺の家に来て世間話や愚痴をしていくようになった。

週に三度は仕事以外で俺のところに顔を出すし、クラスの中では寡黙な印象だろう彼女がペラペラと俺の前で話す光景を見たら2-Aの連中は騒ぎ立てるに違いないので、とあるパパラッチには前もって警告しておいた。
どんな文面を送ったか、それは詮索しないでもらおう。
パパラッチが行動不能になったため、新聞部の連中も刹那に手出しできないようになっている。
流石に以前のアレは少しからかい過ぎたと反省しているのだ。
少しは自重しよう、と考える心が出てきたのだ。

―――アレのおかげで面倒になるのがごめんというのが本音ではあるが。

俺は意識的に反射を復活させると、警戒を解いてポケットに手を突っ込んだ。
なんというか、いつもは無意識的に展開させている反射であるが、なければないで心もとないと言うのが今回の戦闘でわかった。
これからは何か問題が起こらない限り反射を切ろうとは思わないだろう。
小心者だな、と内心で自虐的に呟いて見る。
そんな小心者だからこそ、俺は限りなく強さを求めるのかもしれない。
死ぬのが怖いから、我武者羅に力を求めているだけなのかもしれない。
ラカンや造物主のようなバケモノに勝てるのか。
少なくとも、この世界での『最強』になりたい……俺はそう思う。
ポケットに手を突っ込んで夜空を見上げている俺を見て心配に思ったのか、刹那が話しかけてきた。
「どうしたのですか?」
「何でもねェよ」
おそらく、その時の俺の顔は少し違うものだったのだろう。
何も言わないがどこか心配そうな顔で見上げて来る刹那を見ると、俺はその頬をつまんで引っ張った。
「ほふぇ!?」
「あのなァ、心配なら懐に踏み込んで聞くくれェの事したらどォなンだ!?ンな顔されちゃ調子狂うンだよ!!俺は女子中学生に心配されるほどおちこぼれちゃいねェ!!」
「ふぁ、ふぁっふぇぇ……」
「『だって』じゃねェ!!口答えしやがる生意気な口はこれか!?」
「ひはいへふぅ!?」
刹那の柔らかい頬を思う存分引っ張りながら、俺は内心でため息をつく。

前々から思っていたが、刹那には積極性が足りない。

『お嬢様』が関われば打って変わったように積極的になるが、その他の事柄に関しては基本的に傍観の構えをすることが多いのだ。
それは遠距離から近衛このかを守ってきた弊害のような物かもしれない。
おかげで気になっていることが言えずにストレスが溜まるという悪循環を繰り返す事も多々あるのだ。
せっかく俺という愚痴の吐き出し場所ができたのだ、俺にはそういうことに遠慮がなくなって来るようになれば良いと思う。
そうすれば少しは近衛このかとの関係も改善されると思うのだが、いかんせん刹那の性格が思った以上にクソ真面目で更正に悩んでいる。
近衛詠春に似たんだろうなあ……と思う。
さて、ぐにぐにと弄繰り回してから開放してやると、刹那はいつもと違う、がっくりとした反応を見せた。
珍しい事だ。
いつもなら『なにすんですかむぎゅ!?』と第二ラウンドに移行する所なのに。
刹那はブツブツと、
「こ、この光景をお嬢様に見られたら……というか通行人に見られたら表通りを歩けなくなってしまう……な、何故かあのなんでもないはずの攻撃を避けれない自分が情けない……」
殺気がないからじゃないか?
内心で適当に返すと、俺はとりあえず刹那の頭を叩いた。
スパーン、といい音がした。
「はうう!?」
もはやイジめられキャラと化している刹那は抗議の視線で見上げて来る。
そんな顔をするな。

もっといじめたくなって来る。

もう一度頭をブッ叩きたくなる衝動を手をポケットを突き破りそうになるほどの勢いで突っ込んで必死こいて抑えながら、俺は告げた。
「テメェは生真面目すぎンだよ。いつも言ってるが、もうちょい気楽に行けよ。……しゃァねェのかもしんねェけどな」
「しょうがないなんて……随分と妥協するようになったんですね」
「それを自覚してやがるくせに変わらねェのか?」
「変われないんですよ」
諦めるなンざどういう了見だ、と俺が刹那を見ると、刹那は強い目で俺を見つめていた。
「言い訳かもしれませんけど、私は多分、お嬢様に正体を打ち明けるまで変われない気がするんです。この関係を続けている以上、やっぱり変わることはできません。変わってしまったら、耐えられる事ができなくなってしまいそうだから」
「……へェ。言うようになったじゃねェか」
「ここまで言わないと、また頬をつねられそうですから」
ポケットに突っ込まれている手を警戒している刹那を見て、俺は苦笑した。
まあ、これも良い方向に変わった、と思って良いのか?
それがここ数ヶ月間の彼女への助言の成果だと思うと、ちょっと機嫌が良くなった。
俺は笑みを浮かべると、刹那の肩を強引に組んだ。
「ひゃわ!?」
「おォ刹那。言うようになった褒美だ、今日は一緒に飲もうぜ」
「は、はあ!?私は未成年です!」
「ンなこた関係ねェ!俺の酒が飲めねェってのか!?」
「ぼ、暴力反た―――ふぁっ!?」
「そう照れるなよ。いやァ、刹那も成長したモンだと思って奢ってやンだぜ?年上からの御好意はもらっとくモンだと思うンだが?」
「ふぇ、ふぇれふぇらいふぇふーっ!!」
「おお、そうか行くか!実は今日はタカミチもガンドルフィーニも新田も誘ってないからヒマだと思ってたンだよな!ちぃとだけ付き合ってもらうぜ」
やっぱり刹那は弄るに限る。
俺は彼女を脇に抱えて拉致りながら、夜空に向けて盛大に笑った。






十二月三十一日。
昨日が三十日だったので、今日は大晦日となる。
結局あの後は刹那に逃げられてつまらなかったし、からかう対象を探しに今日は街に出ていったものの、流石に大晦日と言うことはあり、全員家に亀になってしまっているようだ。
まあ、寒いしな。
クリスマスには普段の何倍もの数の人間が辺りを闊歩していたものだが、今は普段よりも遥かに人の数が少ない。
昼間っからこうでは弄り甲斐がある奴らが出てくることはないだろうと思い、俺は軽く走って健康的な汗を流しながら家へと戻った。

すると、我が物顔をして蜜柑を頬張る高音、愛衣がいた。

「……何してンだテメェ等」
「お邪魔してます」
「理由はヒマだからの一言に尽きます」
そう言って年末スペシャルが連続するバラエティ番組を見ながらコタツで次の蜜柑を手にしている。
俺の事なんて全く気にしてないようだ。
こいつ等もふてぶてしくなりやがったなあ。
すっかり俺に順応した性格になってしまっている。
流石にからかいすぎたか。
俺はふかぶかとため息をつきながら、二人が足を突っ込んでいたコタツにお邪魔する。
もっとも、俺の家のコタツなのだが。
しばらく沈黙していると、バラエティ番組を見ていた高音がちらりとこちらを見て来た。
「……ここにどうしているのか聞かないのですね」
「聞いてどうすンだ?どォせロクでもねェ理由なんだろ?」
まだまだ冷たい足先にイラつきながら言うと、
「まあまあ、蜜柑でもお一つ」
「俺ン家の蜜柑じゃねェのかよ」
と言いつつ、俺は愛衣から差出された蜜柑を受け取った。
喉が乾いていた所だし、柑橘系の果物は嫌いじゃないからだ。
俺達は黙々と蜜柑を消費しながら、ただ時間を浪費していた。
騒がしい一日もいいが、たまにはこんな一日があっても良いと思う。
必死に笑いを取ろうとして肝心なところでスベる一発型の若手芸人の姿を見ながら、俺は比較的穏やかな気分でそう思っていた。
思えば、もうこの世界に来て一周年が過ぎている俺だが、いろいろと原作キャラの意外な一面性を見てこれたと思う。
まず、高音。
原作では非常に生真面目で融通の利かない性格の少女だと思っていたが、それはネギ視点だったからで、実際に接してみるとちょっと生真面目な生徒会長風の女子高生としか思えない。

それも、ドジ属性が入った。

何でもかんでも自分でやろうとして、結果抱えきれずに自滅するタイプだ。
そんなケは原作でもあったのだが、それをうまく愛衣がフォローしている。
愛衣は親切心からなんでもかんでもやろうとする高音に弱めながらも警告風の提案をし、『これはやらなくてもいいんじゃないですか?』くらいの事は言っている。
愛衣はああ見えてきっちりとしているので、高音よりもスケジュール管理が得意そうだ。
正義感、親切心によって行動する高音の良い感じのストッパーになってくれている。
原作での麻帆良祭ではどうやら高音の雰囲気に流されてしまったらしいが。
高音の強気で前向きな所と、愛衣の弱気で無難な所が交じり合い、良きパートナーとなりつつある。
近頃では愛衣が炎系統の魔法の実力を上げてきているらしく、ガンドルフィーニが喜ばしいことだと言っていた。
近接攻撃では地味だが結構強力な『黒衣の夜想曲』という近接系影装魔法を使う高音と、彼女が突っ込んでいった後のフォローとしてちくちくと遠距離攻撃をしている愛衣は、なかなか相性が良いと思うし。
そうそう、ガンドルフィーニといえば正義病だが、彼は彼なりに考えたらしく、俺を見て自分の考えを多少改めたらしい。
SSでは正義に非常に拘るガンドルフィーニをよく見るが、正義に囚われて盲目になる……というほど正義信者ではないようだ。
以前はエヴァの存在に対して否定的であったが、現在は中立の立場を取っている。

良い機会だ、ここでざっと麻帆良の勢力状況を説明してしまおう。

麻帆良にはいくつか勢力がある。
細かい勢力を挙げればキリがないが、とりあえず代表的なものを紹介する。
まずは最大の勢力、学園長率いる穏健派。
学園長、タカミチが属し、発言力は右に出るものがいない勢力だ。
関西呪術協会と親密になりたいと思う者達で構成され、俺に言わせれば現実のドロドロとした汚らわしい空気に耐えることができない温室育ちのボンボンどもの集まりだ。
無論学園長やタカミチはそうではないが、そういう実力派の人間たちは極少数である。
刀子や神多羅木のようなピリッとした空気を持てない連中が温室育ちの連中にあたる。
争いは避けて、平和にやろうというのがこいつ等の考えだ。
中には最大権力者である学園長についていれば良い、という保守的な考えの奴らもいるが。
その次に巨大な勢力というと、過激派だ。
以前はガンドルフィーニや高音と愛衣も属していた勢力で、その思想は酷い物になると関西呪術協会を潰し、そこに麻帆良の支部を作ると言い出す奴もいるらしい。
主に『闇の福音』、エヴァを快く思っていない奴らや突然の来訪者でありあらゆる物理攻撃がきかないチート存在であるこの俺、アクセラレータに対して不審な考えを持っている奴らがこれに属することになる。
他にも武力による制圧以外をつまらんプライドなどで考えることを放棄している危険な連中もいる。
それが本国……魔法世界からの監視官だったりするらしいから困ったものだ。
こいつ等は基本的に現実を見ていないので、自分の実力を過信している場合が多い。
よって、身の程を知らないと言うことだ。
俺にちょっかいをかけてくるのだったら気持ち良く粉砕してやるのだが、学園長が『エヴァとアクセラレータに対しては絶対不可侵』とそいつ等に言いつけてある為、ちょっかいをかけてくることもない。
少々視線がウザいだけだ。
次に中立派。
主な実力者で言うと刀子や神多羅木、龍宮辺りがそれに属することになる。
純粋に金で動いたり、権力などに興味がない連中が集まる所だ。
真面目な人物が多く、やるべきことはきっちりとする職人タイプの人間が多く集まっている。
そのため、中立派は上司である学園長の命令をよく聞くため、過激派とは疎遠な関係である。
冷静で良く周りを見ているため、麻帆良の優秀な人物はここに集約していると言っても良い。
いざとなれば自分達だけでも行動を起こせる連中が多いからだ。
そう言う奴らは強いと思う。
最後に異端派。
ここには俺やエヴァ、超や刹那など、身元が怪しい人物や異常な能力や力を持っている連中がいる。
過激派の中にいる奴らのほとんどは異端派を排除しようと考えている。
とは言っても、そんな事は学園長がさせないし、例え実行したとしたら俺とエヴァが容赦なくそいつらを刈り取るつもりだ。
自衛行動くらい認めさせているんだ、殺されそうになるんだったら相手も殺して良いと学園長に太鼓判を押されてもいる。
非常に少数派の勢力だが、異常なまでに戦闘に特化している連中が多いので穏健派や過激派ともタメをはれる力を持っている。
なんでも、聞く所によると麻帆良には獣人や魔法世界からの流れ者も隠れているらしい。

アスナや刹那に至っては言うまでもない。

俺も知らない異端派を一度集めてみると、面白いことになるかもしれないな。
他にも小さな勢力はあるのだが、細かく分類してるとキリがないので説明はしない。
高音と愛衣はガンドルフィーニの考えに従い、悪といわれるもの全てが悪ではなく悪といわれるものの中にも悪じゃない連中はいる、という程度の認識で収まっているらしい。
俺から言わせれば悪だの正義だのという言葉で杓子定規に人間を判断するなと言いたくなるが、これでも彼女達が頭を捻って出した結論だ、俺がどうこう言う必要はない。
まあ、自分の中の信念を信じて行動するのが悪いってワケじゃないけどな。
要は、正義と言う言葉で自分が行ったこと全てを正当化することがいけないのであって、自分が行ったことに責任を持つのなら『俺は正義のヒーローだ!』と言って敵を蹴散らしていっても俺はなんの問題もないと思っている。

実際、ちょっと惹かれるところがないわけでもない。

それはともかく。
俺はぐてーっと机の上に頬をだらしなく押しつけながら、高音のほうを見やった。
「にしてもテメェらは変わったな。最初の頃はウンザリするほど俺に注意ばっかしてた女が、今じゃ一緒のコタツで蜜柑食ってンだからな」
「私だって信じられませんよ。一年前の私なら絶対に今の自分を信じないでしょうね。あなたと仲良くしているなんて考えられませんから」
「お姉様、私達ってやっぱり変わったんでしょうか?自分じゃちょっと判断しづらいです」
首を捻る愛衣に向けて、高音は苦笑して答えてやる。
「愛衣は変わったわ。特にズケズケしてる所が変わったかしら」
「ず、ズケズケ?」
「おォ、そォだな。ミョーにでしゃばってくンのはこのごろになってからだな」
「あ、アクセラレータさんまでーっ!!」
涙目になる愛衣をからかいながら、俺は欠伸をした。
こののんびり気分も後何ヶ月くらいだろうな、と思いながら、俺は近づいて来る原作開始に向けて自分なりの身の振り方を考えていた。






夜の十一時五十三分。
一年の終わりまでもう少し。
ようやく一年が終わる、と俺はコーヒーを飲みながらコタツに入ってぬくぬくしている―――というわけではなく。
「何故貴様の家には紅茶がないんだ?というか冷蔵庫の中身はフツーの食材とコーヒーしかないとはどういうことだ?」
「マスター、フツーの食材があった時点でアクセラレータさんの普段の異常さを見るとマシかと思われます」
「フツーの食材があるから五人で鍋を囲めるんだ、別にいいじゃないか」
「……なんで龍宮まで……というかどうしてエヴァンジェリンさんや茶々丸さんまでここにいるんだ……」
「それを言うとテメェもだがな」
今ここには六人の存在がいた。
あえて存在というのは生物じゃねえ奴もいるからだ。
俺、エヴァ、茶々丸、龍宮、刹那の五人。
密かに茶々丸の頭の上にはチャチャゼロが乗っている。
たまに『ケケケ』と笑っているが、龍宮は既に気付いていて完全スルーだし、刹那は何やらぶつぶつと言って暗い表情になっているので気づいていないようだ。
俺はもう諦めの表情で、いきなり『鍋だ!』といって突撃してきたエヴァと茶々丸、そして他二名と一緒に鍋を囲んでいるわけだ。
何故鍋なのかといいたくなる。

普通ソバじゃないのか。

そのことをエヴァに聞くと、どうやらソバを食べるよりも鍋の方が好きから、という何とも自己中な意見のようだった。
エヴァが正直に答えてくれなかったから茶々丸経由で聞いたんだがな。
まあエヴァの突然の突撃にはよく遭うので驚かなかったが、一番驚いたのは龍宮と刹那がやってきたことだ。
夜の十時にもなってやってくる女子中学生がいるとは思わなかったが……こいつ等ならなんとなく納得だった。
刹那は何やら終始不機嫌そうな表情で龍宮を睨んでいたし、何故か龍宮はにやにやとした表情で刹那を見ていた。
その表情は俺とよく似ている、と思う。
刹那をからかっていたのだろうか。
彼女の性格を考えるとそれもアリかなと思う。
そんなことを思って鍋には死ぬほどあわないコーヒーを飲んでいると、エヴァがバシバシと机を叩いた。
「ええい、無視するな!私の質問に答えんか!」
「あァ?俺がフツーの生活してちゃ悪ィのか?」
「へ、返答になってるようで返答になってないぞ……」
「少なくとも水やお茶ではなく水分補給源がコーヒーしかないというのはフツーではないと判断します」
「別にいいじゃねェか、コーヒーが気にいってンだよ」
「気に入るからといってそればっかりというのは流石に飽きるんじゃないか?」
「そォか?だいたいこんな生活だが、飽きたってことァ一度もねェぞ」
俺の発言にエヴァは信じられんと首を振る。

最早コーヒー依存症と化している俺にそれは誉め言葉に値する。 

俺がコーヒーを飲み終えて、カンッ、と机の上に置いた時、時計が零時零分を指した。
年明けである。
まさかこのメンバーで年越しをするとは夢にも思わなかったが。
「明けましておめでとうございます」
「あァ、今年もよろしく」
「……なんというか、この白々しい感じは日本独特の空気だな」
エヴァが苦笑気味に言った。
その途端、俺の携帯が音を鳴らした。
『男なら―――』
俺は折畳式の携帯を開くと、更にまた着信。
どうやらあけおメールのようだ。
こんなマメなことしてくる連中はだいたい想像がつく。

メールを開いてみると、高音と愛衣だった。

二人に対して『ハイハイあけおめあけおめ』と適当に打って返信していると、今度はタカミチやガンドルフィーニからも来た。
それにも同じように返答していると、更に超、ハカセからも。
『年賀状送ったけどデジタルな年賀状も悪くないと思わないか?』という文面と共に、超とハカセで取った写真にマジックで書いたのかいろいろと文字が書かれているという味なあけおめメールだった。
俺は『悪くねえ』と返答した。
更に着信。
俺ってこんな交流関係広かったか?と思ってため息をつく。
それを見た刹那が意外そうに俺にいった。
「アクセラレータさんって顔が広いんですね」
「……まァ、一時期話題になったからな」

この麻帆良ではアクセラレータの名前は『デスメガネ』と同等なほど知名度が高い。

話題になったので、そういえばと思うと結構な関係を構築していると思う。
高音と愛衣は来るだろうなと思っていたが、まさか教師連中と超達からも来るとは予想外だったし。
俺は新たな着信からそのメールを開いて見ると、それは学園長からのメールだった。
読んでみると、

『ちと厄介事が起きたから来てくれんかの?PS、あけおめ』

と書かれていた。
普通あけおめが本文で、前半部分がPSじゃないのか。
いい度胸だ、と俺は立ち上がった。
「ジジイの所に行って来る。どうも俺は正月にもこき使われる立場らしい」
「そういえば、今日は刀子さんと神多羅木先生が見まわっていると聞きましたね……刀子さんが泣いてましたよ」
「彼氏もいねェしな」
「それは禁句です!?」
刹那の悲鳴を無視しながら、俺は再びため息をつく。
「にしても……正月早々妖怪でも出たか?まさか襲撃じゃねェだろうな」
「あけおめ襲撃という奴か?」
「ンな過激な新年の挨拶なンざあンのかよ?」
「……それよりも、それだったら私達の所にもメールが来るはずだ。アクセラレータが呼び出されるほどの戦力なら私達も絶対に呼び出されるはずだからな」
俺の言葉を否定する龍宮の言葉に、刹那もうんうんと頷いた。
時間差で二人の所にも届くんじゃないかと思うが……その辺りは気にしないことにする。
エヴァと茶々丸が『帰るぞ』とばかりに立ちあがると、龍宮と刹那も立ちあがった。
「じゃ、私達もこれで帰る事にするよ。初詣は私のところの神社に来るといい」
「行くかどうかわからねェけどな。厄介事の後始末ってのは異常に時間がかかるってのが当たり前だしよ」
「そうですか……」
そこで、何故か刹那が残念そうにした。
「……龍宮ならともかくなンでテメェが残念そうにすンだよ」
「はっ、あ、いえいえなんでもありません!さっさと帰るぞ龍宮!!」
「はいはい……」
ズカズカと出ていく刹那の後ろを、龍宮は肩をすくめてついていった。
その状況をどこか面白くなさそうに見るエヴァ、そして何故かオロオロする茶々丸を見て、この場は微妙な空気になった。
チャチャゼロは『案外罪作リナ男ジャネーカ、アクセラレータ』と言っていた。
フザケンなと茶々丸の頭から風で撃ち落してやった。






~あとがき~

順調にフラグが構成されつつある刹那をいじり、ほのぼのしただけです、はい。
完全にマンネリですね……前半にちょこっと戦闘シーンを加えただけで。
そろそろ殺伐とした時間が欲しい頃です。
というわけで、次回は久しぶりにシリアス一本槍で進めます。
ほのぼのは長く続いた分、ここで一旦区切りですかね。


今日は絶対にもう一話あげます。
もうだいたい頭の中に書きたいのは出来上がってるので、かなり早く仕上がると思います。



[21322] 第23話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/05 20:24
SIDE 一方通行

何が悲しくて正月早々学園長のオモロ顔を見にいかなくてはならないのだろうか。
しかも俺を呼び出すなんざよほどのことだと思う。
面倒事は御免だってのに……。
原作には載っていないことだから対処もしにくいし、まったく困ったもんだ。
ため息をつきつつ表を歩くこと十五分、ようやく学園長の部屋にやってきた。
「しっつれェしまァす」
そう言いつつ、俺はドアを蹴り開けた。
ミシッ!!と扉に足跡がついたかもしれないが気にしない。
俺は部屋の中を見ると、驚いた。

そこにはタカミチが険しい顔で佇んでいたからだ。

別に俺に怒気や殺気が向けられているわけじゃないから俺がなにかしたわけじゃなさそうだが……いったいなんだ?
俺がピリピリとした不穏な空気に眉を顰めていると、いきなり不機嫌そうな俺に頬を引きつらせた学園長が話しはじめた。
「正月早々呼んでしまってすまんの、アクセラレータ君」
「早々過ぎるっての。言っとくが、俺の睡眠時間を削っただけには相応の厄介事なんだろォな?」
「いや、まあ……確かに相応の厄介事なんじゃよ」
何故か言葉を濁す学園長に俺は不可解な表情を浮かべる。
「物理的な厄介事じゃねェってことか?」
「それもあるんじゃ。単純に言えば正体不明の人物が麻帆良近郊に突如として出現した、ということなんじゃが……」
それを聞いて、俺の頬が引きつった。
正体不明の人物が突如出現。

俺も経験した二次小説お決まりのパターンだ。

もしかしたらトンデモ能力を持った転生者かもしれないし、とある世界からやってきた能力者かもしれない。
俺は学園長をさっさと促すことにした。
「数は?特徴は?能力は?」
「一度に言われても答えられんぞい……報告によると、数は一人。特徴はおそらく年若い女性でどこかの制服を来ていたということ。能力ははっきりとせんが魔法でもなく気でもない能力を使っておったらしい」
更に俺の顔が引きつる。

魔法でもなく気でもない能力……『とある』世界の人間か。

俺がその結論に辿りついたのを悟ったのか、学園長が頷いた。
「君の想像通り、おそらく君のいた世界の人間じゃろう。じゃから呼び出したのじゃよ。同じ境遇じゃから君の方が理解がありそうじゃしの」
「……能力ってのをもう少し詳しく教えてくれねェか?それでだいたい人物像が絞り込めるかもしれねェ」
すると、学園長は即座に答えた。
「さっきも言ったようにはっきりとせんのじゃ。見まわっている所をいきなり出現した彼女に近づこうとした魔法先生が返り討ちにあったことだけじゃ。外的負傷から雷系統の技ということだけはわかっておるんじゃが……」
「『発電能力者』か。……はぁ、面倒なことになりそうだ」
「知ってるのかい?」
タカミチが訊いてくる。

『発電能力者』はエレクトロマスターと呼ぶ。

二つ名がついていることから、アクセラレータと呼ばれる俺と同列の存在だと思ったのだろう。
悪いが、『一方通行』と比べてもらっては困るのだ。
「『発電能力者』は一般的な能力者だ。他にも『発火能力者』とか『風力能力者』とかがいる。それぞれ何千人もいる誰でも知ってるような能力者だ」
「ふむ……ということは特定が難しいということかね?」
「そうでもねェ」
俺は不敵な笑顔と共に告げる。
「いくら能力者と言っても、見知らぬ人間にいきなり攻撃する奴なンざ限られて来る。俺みてェな異常者は例外。一般人ならまずここがどこかソイツに聞くはずだからな」
「……そういえば君のいた所は表向きは普通の都市だったんだな。君みたいな存在がいるとどうも想像しにくいんだが」
「だろォな。ンで、魔法先生の体に流れた電量ってのはわかるか?何億ボルト単位なら大能力者だ、一気に誰か特定できるンだが」
それを聞いて、学園長は首を振った。
「流石にそこまではわからんて。まあ、人にそんな電気を打ちこんだら普通なら死んどるから加減をしている可能性も否めんぞ」
「……しゃァねェ。会って確かめるか」
『発電能力者』で人をちょうど気絶させるくらいに加減ができて、更にやってきた魔法先生に容赦なく攻撃できる人物。

あの『超電磁砲』の御坂美琴ではないと思う。

彼女なら普通の反応をするはずだから。
だが普通ではないとすると『欠陥電気』や他の犯罪組織のメンバーである可能性が高い。
まさかとは思うが、『打ち止め』の可能性もある。
どれにしろ、さっさと保護してしまえばどうにでもなると思った俺は、とりあえずその電気使いの少女を見かけた場所まで案内しろとタカミチに言った。
彼が案内人なのだろう、承知して首を縦に振った。
そして俺達は夜中の麻帆良へと繰り出した。
瞬動を使って、最速でその場所へ急行する。
すると、その場所には刀子と神多羅木、そして他の魔法先生がいた。
流石に生徒を動員することはしないようだった。
「聞いたぜ。俺とよく似た攻撃方法の馬鹿が出やがったって話じゃねェか」
刀子が頷く。
「ええ。魔力も気も使わずに強力な電撃を扱ったそうです。ここにもそれらしき痕跡はありませんし……」
「その上逃走の痕跡も見当たらない。一般人ではないはずだ」
タバコを吹かしながら神多羅木が言った。

彼等ほどの実力者から痕跡を残さずに逃げる。

気の使い手である神鳴流の刀子、そして風使いである神多羅木の追跡能力を知っているから、俺は内心でかなり驚いていた。
「(絶対に裏の連中だな……『欠陥電気』も軍事経験を積んでるはずだからある程度の誤魔化しはきくはずだが……まさか『猟犬部隊』みてェなクソどもじゃねェだろうな)」
殺すことを屁とも思わないあの連中なら神多羅木も簡単に蒔いてみせるだろうが、殺さずに電撃で気絶させたというのがその可能性を限りなく低くさせる。
原作キャラが来るとしたら、やはり……。
俺がその思考に陥っていると、刀子がどこか不思議そうに訊いてくる。
「心当たりがあるのですか?あなたは記憶喪失と聞いていましたが」
「最近ほんの少し思い出してきたンだよ」
適当な言い訳をしてから、俺はこの場にいる連中に言う。
「……っつーワケで、今回の件は俺とタカミチに任せてもらうぜ。魔力と気の探知能力に優れてるテメェらだと不意打ち食らって死にかねねェからな。報告だけはジジイがするはずだからさっさと帰れ」
「一応学園長の意向でもあるんでね。またアクセラレータみたいな存在が出てきた場合は刺激しないほうが良い、という考えなんだよ。アクセラレータの能力の非常識さを考えると街を停電させる事だって可能かもしれないから、暴れてもらうと困るんだ」
俺の言葉はともかく、学園長の意向、という言葉が大きかったらしい。
刀子や神多羅木をはじめとした魔法先生たちは『お願いします』と言いながらそれぞれ去っていく。
彼等が全員去っていくのを見た後に、タカミチはポツリと聞いた。
「……その『発電能力者』っていうのは、どれくらい強いと思う?」
「俺の知ってる最強の『発電能力者』は、生身で雷の暴風の数倍の威力の攻撃を無詠唱で即座にブチ込むことができるくらいの実力は持ってる。だが身体能力はほぼ常人だから瞬動を使える俺達にとってはただの雑魚だ」
雷の暴風を無詠唱で即座にブチ込める。
その異常性に、タカミチは最早苦笑するしかなかった。

さて、俺は調査のために早速麻帆良の風を掌握した。

これだけ森があるんだ、人気のない街中よりも、俺なら森の中で隠れることを奨励する。
ならばと森の中を片っ端から漁ることにする。
しばらくして、俺はここから半径五キロの範囲の森の中にいる上で動いている人のような塊を発見した。
即座にその場の風を操り、捕縛結界を作り上げる。
昔のアクセラレータには不可能な芸当だろうが、魔法のノウハウさえあればそれほど難しいことではない。
その塊はいきなり出現した風の結界に攻撃をしかけているようだが、そんな衝撃では風の結界を破ることはできない。
おそらく俺の頬には笑みが浮かんでいたんだろう、タカミチが俺に尋ねて来る。
「捕らえたのかい?」
「あァ。西北西におよそ2.6キロ。森の中を移動してるにしてはなかなか速ェ足だ」
そう告げると、俺はそばにある森の中に飛び込んだ。
その後ろをタカミチがついて来る。
既に森の中を移動するのは慣れている。
トップスピードを維持し、ぐんぐんと対象との距離を縮めていくが……突然、風の結界が破られた。
それに驚愕すると同時、夜空に一条の光が一瞬だけ通り過ぎた。
ドゴォォ!!という遠雷のような轟音が耳に届く。
俺は移動しながら呆然と呟いた。


「……『超電磁砲』だと。第三位が来たってのか」


俺の風の結界をつき抜ける電撃を出力することはまず無理。
ならばと実体を持つ超電磁砲を放ってくるのは普通だ。
この場合、その超電磁砲を放ってくるのが不味いのだ。

学園都市第三位、『発電能力者』の超能力者、『超電磁砲』御坂美琴。

彼女がやって来るのなら、それなりの対応を考えなければならない。
こことあの世界の時間軸が同じとは限らないが、俺が上条当麻に止められている時点で俺の悪名は聞いてるはずだ、間違っても戦闘にはならないようにしなければならないのだ。
自滅されては後味が悪い。
俺が表情を固くしたのがわかったのだろう、タカミチも真剣な顔でこちらを見てくる。
「そのレールガンっていうのはなんだ?二つ名なのか?」
「俺の言った最強の『発電能力者』の二つ名だ。俺の敵じゃねェが……俺のいた世界じゃ俺は最強最悪の能力者だったからな。最悪、敵対される可能性もある」
そうなったら面倒だ、と俺が言うと、タカミチも戦闘になる可能性が高いとわかったのか、顔を引き締める。
「なら、君は姿を見せずに僕が交渉した方が良いかもね」
「あァ、頼む」
御坂美琴と思われるそいつは移動を始めたが、所詮常人の足、瞬動を使える俺達の速度とは兔と亀ほどの差がある。
残り百メートルほどまで追い詰めると、向こうはこちらの気配がわかったのか電撃の槍が木の間を縫って飛んできた。
「しゃらくせェ」
俺は別の方向へ雷撃の槍を跳ね飛ばし、タカミチは辛くもそれを避けた。
人間の反射神経の限界を超えている俺ならともかく、タカミチは本物の雷の速度で襲いかかる電撃の槍を目で確認できるほど超人ではない。
どうやら雷撃の槍というのはタカミチにとってかなり厄介な代物のようだった。
ラカン辺りだったら先行放電がどうのと言って余裕で避けそうだが。
再び飛んで来る雷撃の槍を弾き飛ばしながら、俺達は更に進んだ。
タカミチは先行放電なんて感じられないので回避はかなり難航したが、途中で御坂美琴らしき対象を風の結界で閉じ込め、超電磁砲で脱出している隙に間を詰めると言う方法を取っていたので途中からはそれほど苦戦しなかった。
しかしその攻防も十秒ほどにしか満たないものだった。
俺が加速してソイツに見えないように追い抜き、10メートルほど先でそいつの退路を塞ぐ。
もちろん、ソイツから俺は見えないように。
動きが止まったソイツの後ろから、タカミチが出現した。
いやに静かな森の中で、ソイツの荒くなった息遣いだけが響く。
タカミチとソイツはしばし対峙していたようだが、タカミチがようやく口を開いた。
「いきなり攻撃とは、穏やかじゃないね」
「…………」
ソイツはだんまりで、口を開こうとしない。
「ここは日本の麻帆良。僕の名前は高畑・T・タカミチという。君は?」
そして、『ソイツ』は口を開いた。


「マホラというのは地名でしょうが、私の脳内情報には存在しません、とミサカはいきなり馴れ馴れしい相手を警戒しながら返答してやります」


俺はその口調で愕然とする。
この独特というか真顔で言われたら思わず引いてしまうこの口調。
「(ミサカシリーズ……『妹達』か)」
それにしては先ほど超電磁砲を撃っていたが……あれはなんなんだ?
まさかと思うがご都合理論で異世界に来たら超能力者に目覚めたとかいうトンデモ展開じゃないだろうな。
……間違いない。
俺は断言してしまった。
でなければ、『欠陥電気』である彼女達の名が不適切なことになってしまうからだ。
せいぜいレベル2か3辺りだったはずの彼女達がレベル4クラスの風の結界を超電磁砲でブチ破るのは理論上不可能だし。
俺はこの世界のご都合展開に深いため息をついていると、タカミチはミサカの独特な口調に少し戸惑ったらしく、咳払いをした。
「これは職務質問というやつだ。君と出会った男性を電撃で攻撃したそうじゃないか。この麻帆良では―――」
「もォいい。テメェが説得しても時間がかかるだけだ、タカミチ」
俺がミサカの背後から出現すると、ミサカははっとこちらに振り向いた。
俺の声に聞き覚えある……というか、どのミサカだろうがミサカネットワークがある以上俺の存在を知らないことはありえないだろう。
ミサカの無表情の中で、僅かに目が見開かれるのを、俺は見た。
その感情は恐怖よりも驚き。
瞳の中に感情を感じられると言うことは、コイツは俺と上条当麻が戦った後のミサカとなる。
服は……おそらく夏服。
見ているだけで寒くなる服装だ。
草の根分けて進んできたせいか、その剥き出しの足は枝や草で切った小さな切り傷がいくつもついている。
ミサカは少々震えた声で呟いた。
「……アク、セラレータ」
「よォ。まさかこんな場所で再会するとは思ってなかったぜ」
二人の口調から、タカミチは俺達の交流関係を予想する。
「知り合いかい?」
「そンな甘っちょろいモンじゃねェよ。……訳ありだ」
「そうかい―――っ!」
バッ!とタカミチは一旦ミサカから距離を取り、ポケットに手を突っ込んだ。 
それは、ミサカの周りが帯電していたからだった。

空気が焼ける匂いが漂って来る。

バチバチ、と前髪から火花を散らせる彼女を落ち着かせるために、俺は両手をあげた。
「いきなり殺そうなンざ思っちゃいねェよ。それよりも落ちつけ。こっちには危害を加えるつもりはねェ」
「……わかりました、とミサカは素直に従います」
ミサカはタカミチよりも俺をよっぽど脅威として認識しているらしく、俺をその感情のなさそうな目でじろりと睨みつけながら電撃を収めていく。
警戒されてるんだな、と改めて一方通行の罪の重さを認識しつつ、俺は彼女が落ちつくのを待ってから話しかけることにした。
「まず言うが、ここは学園都市じゃねェ。テメェの言うように、脳内情報に麻帆良という地名がねェってのも頷ける。もともと学園都市のある世界にゃそんな地名は存在しねェからな」
「……世界、ですか?」
首を傾げるミサカに、俺は頷く。
「そォだ。一応言っとくが、ここは学園都市のある地球じゃねェ。平行世界って場所らしい。平行世界の意味はわかるな?」
「電波を受信しているのですか、とミサカは言外に頭の病院に行けと忠告してみます」
「悪ィがこのままじゃテメェが頭の病院に直行だ」
どこか棘のあるミサカの言葉にこめかみをひくつかせるが、それになんとか耐える。
ああ、『現実的に電波受信してンのはテメェだろ』と言い返したい。
だがキレてはならん、キレては。
「とりあえず来い。麻帆良の代表者にテメェのことを紹介する必要がある。例えテメェがここが異世界じゃねェと言った所で、あっちの世界にもこっちの世界にもテメェには戸籍がねェからな。のたれ死ぬのがいいなら構わねェが」
それを聞いて、ミサカは現実的に頭を回転させ始めたらしい。
俺をじっと見つめながら、まるで彫像のようにピクリとも動かなくなった。
俺は手が疲れてきたのでゆっくりとポケットの中に手を突っ込む。
その動作にも何ら警戒をみせることなく、彼女はずっと俺の目を見ていた。

それはおそらくポーズに過ぎない。

彼女の頭は、彼女が内包する情報を使って今生き残る手段を模索している最中なのだろう。
しばらくじっとお互いを見ていた俺達だったが、やがてミサカが体の力を抜くのがわかった。
「ここで抵抗してもあなた達には敵わないと判断しました、とミサカは現実的な判断を下します。確かにこのままでは私はのたれ死にますので、できれば死なないように配慮してくれれば助かります、とミサカは付け加えて保護を求めてみます」
「それくらいならあのジジイは余裕だろ」
おそらく俺と同じような対応になるだろうが……コイツは一般常識が欠如している。
しばらくは高音や愛衣に預けて面倒を見てもらうのが良さそうだ。
俺は男だし、あんなことをしてしまった。

とてもではないが、俺はミサカとは仲良く話をして良い男ではない。

あまり会う機会もないかもな、と心の中で呟きつつ、俺は自分のジャンパーを脱いだ。
そしてそれをミサカの頭から被せてやる。
ジャンパーのせいで顔が半分隠れたまま、驚きの表情で俺を見上げて来るミサカを見て、俺はため息をつきながら軽く手を振った。
「着ろ。寒ィだろ」
「……感謝します、とミサカはお礼の言葉を述べます」
俺はその言葉には答えず、タカミチに言う。
「背負ってやれ。コイツじゃ俺達の足についてこれねェ」
「彼女に合わせる、という選択肢はないのかい?」
「学園長室まで何キロあると思ってやがる。俺ァさっさと帰って寝てェんだ。一分一秒たりとも無駄にできねェ」
はいはい、とタカミチは言うと、ミサカを背負い、その場を離脱した。
その間、ミサカはタカミチにポツリと質問していた。
「彼はいつもこうなのですか、とミサカは彼には聞こえないように尋ねてみます」
「ま、こんな感じだと思うよ。君の世界では違ったのかい?」
「まるで『別人』です、とミサカは断言します」
その言葉は通り過ぎる木の間に阻まれ、学園長に電話をかける俺には聞こえなかった。






学園長室には学園長しかいなかった。
俺のときにはずらりと雁首をそろえていたが……これは俺という前例がいたからか?
それとも、俺とタカミチがいればよしと考えているのだろうか。

まあ、この方が都合が良い。

俺の世界のことを遠慮なく暴露できるからな。
俺、タカミチ、ミサカが学園長室に入ると、バル○ン笑いをしている学園長が言った。
「ワシは近衛近右衛門という。この学園都市の麻帆良の学園長をしておる。気軽に学園長と呼んでくれい」
なんだかその台詞、俺がここに来た時にも言っていたような……もしかしてこれがお決まりのパターンなのだろうか。
ミサカは学園長の発言に表情を変えることなく、じっと学園長のとある部分を見た後に呟く。

「……『獣人制作委員会』の実験体でしょうか、とミサカはボソッと呟きます」

「あのジジイは人間だ、認めろ」

「やっぱりこうなるのかのう……流石に初対面の人間に言われるのは傷つくんじゃが」
「だったら整形手術でも受けろ」
がっくりと項垂れる学園長。
っつかそれほど気にしてるのなら幻術でもなんでもかければ良いと思うのだが。
魔法で整形手術ができないというわけでもないだろうに。
タカミチが後ろで笑いをこらえているのがわかる。

俺も笑いそうだ。

それを堪えながら、俺は学園長が麻帆良とこの世界の話をして行くのをただ流して聞いていた。
一度聞いた話をまた聞くのも面倒だからだ。
俺は一度聞いてだいたい覚えたが、俺のスペシャルかつ原作知識な頭脳とミサカの頭脳は違うのでそうすんなりと覚えられるはずがない……と思うだろうが、ミサカはこう見えて結構素直だ。
オリジナルである御坂美琴は一応学力レベルもかなりのもの(考えてみれば学園都市第三位の頭脳を持つ)なので、聞いて覚えるのは得意じゃないかと思うのだ。
実際俺も聞いていると、ミサカは逆に質問を返したりして理解度を深めている。
学園長もその理解度の高さに驚いているようだった。
まあ、『洗脳装置』で頭に知識詰め込んだ赤子みたいなもんだからな。
聞いたことをすぐ理解して自分の知識にしてしまうことくらい、彼女達にとっては容易いことなのだろう。
「―――要するに、この麻帆良は私達の世界とは違う規模の学園都市で、この世界に存在する魔法という独自技術を使って作り上げた都市、と取っても良いのですね?とミサカは最終確認をします。付け加えて私達の超能力は魔法とは完全に違う技術であり、あなた方にとっては全く未知なるものだと捕捉確認をします」
「なあアクセラレータ君。君の世界の学生は皆こうも素直で物覚えが良いのかね?」
「コイツの頭脳は学園都市第三位、俺ほどじゃねェが天才だ。あンま常識にあてはめンじゃねェよ」
「第三位?そういえばさっきも同じようなことを言っていたが……それはどういう意味なんだ?」
「学園都市の成績分けだ。っつかもォいいだろ?帰るぞ」
流石にそろそろ眠気が限界だ。
あのまったりソファーに座って寝たい。
だがそれではどんな悪戯をされるかわかったもんじゃないので、俺はとりあえず自分の部屋に行くまでは眠らないことを決意する。
しかし決意がすぐに折れそうだ。

……眠い。

「まあ待ってくれ。確かに正月とは言えもう遅いし、彼女はアクセラレータ君の隣の部屋で泊まってもらうのが良いじゃろう」
「……おいクソジジイ、殺すぞ」
「何故じゃな?その方が次にきてもらう時に便利なんじゃが」
確かにそうだ。
効率を考えるとそうなのであるが……こいつの場合オモシロ半分でやってる可能性もあるので癪に障る。
だが、眠気がヤバいので適当に頷くことにした。
「ッあー、わかったわかった。だから今日はもォいいだろ?」
「というわけじゃ。君の部屋はアクセラレータ君の隣じゃから、彼に案内してもらいなさい」
ミサカは少し俺のほうを見てから、学園長に向かって頷いた。
「わかりました、とミサカは頷きます」
俺はミサカを振り向かずに部屋を出ていくと、後ろでミサカが一礼して出てくるのがわかった。
それにしても……『欠陥電気』の超能力者か。
俺はふとあることを思い出すと、ミサカに尋ねた。
「で、テメェの検体番号は?」
まさか一〇〇三二号とか言わねェよな、とか思いつつ、できれば違う番号であってくれよと願う。
自分が敵対した相手が隣なんざ、真っ平御免だ。
ミサカは即座に答えた。
「ミサカの検体番号は―――」
そこで、ミサカは何故か一拍置いた。
もったいぶるように置くその間が意味不明で、俺は眉を顰める。
「どォした?まさかテメェ忘れたとかいわねェよな?」
コイツも記憶喪失なのかと疑っていたが、どうやら違うらしい。
彼女は感情のあった瞳を完全な無にした後に、告げた。



「―――ミサカの検体番号は『二〇一一二号』。『第二次量産能力者計画』(ニューシングル)の本格起動のために生み出された完全軍用ミサカです」



「…………はァ?」
どうやらこのミサカは原作で登場したミサカではないらしい。
まさか、アクセラレータがいなくなったことで向こうの世界に何かが起きている、ということか?
そして原作とはかけ離れた展開でストーリーが進んでいる。
上条当麻との出会いは?
闇と御坂美琴との解決は?
アレイスターの計画は?
振り向いてミサカを真剣な表情で見据えながら、俺は告げた。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
久しぶりに俺の本来の口調に戻った気がした。
……しかし。
「ただ、明日からな」

眠気には勝てない。

ハンパにしかシリアスになれない俺だった。






SIDE ミサカ『二〇一一二号』

ミサカはアクセラレータに促されて自分にあてがわれた部屋に入りました。
彼がいなくなると、異様なほどの現実感がミサカに襲いかかってきました。

この世界とあの世界。

『魔法』など客観的に見ても荒唐無稽な話だと思えますが、あのアクセラレータが肯定している上に、ミサカネットワークがまったく繋がりません。
ネットワークの存在を感じられないと言う感覚は初めてだったので、おそらく本当に違う世界なのではないか、と思います。
麻帆良という名の学園都市。
あの人外に見える老人が最高責任者だというのだから、本当に学園都市とは違うのだと思わされます。
ミサカはあまりサイズが合わない大きめのパジャマを着た後、すぐに布団に潜りこみました。
とにかく、これは現実なのだから現実を見なければなりません。
ミサカにとって現実はあまり蓄積されていない情報なのでどの道変わらないのかもしれませんが。
ミサカはここに来る前にいた『実験場』を思い出します。
体術を鍛える身体的訓練とミサカの武器である雷撃の命中精度、威力向上のための実験場です。
ですが……アクセラレータの言うことが確かなら、その『実験場』は存在しません。 
それを聞いて、ホッと安心してしまう自分がいます。
ミサカがいなくなればまたミサカと同じ存在が生み出されるだけ。
ミサカだけ実験から逃れるのはずるいかもしれませんと思います。
ミサカは生まれてきたことを後悔した事はありませんが、それでも新しく生まれてきたものが苦しみを味わうのは嫌なのです。
この嫌と言う感情は『あの人』から教わった大切な感情というもの。
ミサカネットワークに強制接続して知ったものでした。
最強最悪のアクセラレータを殴り飛ばし、戦闘不能に追いやった存在。

『幻想殺し』上条当麻。

しかし、彼の行ったことは決してプラスに働くことはありませんでした。
ささやかなプラスは膨大なマイナスに対しては意味をなさないのです。
そして、プラスは引けばマイナスになってしまう。
彼の行った結果、そしてアクセラレータの消失。
それらが合わさって、ミサカ達が生まれたのです。






~あとがき~

ついに出してしまいました、『とある原作』からの来訪者です。
ようやっと登場させることができました……実は作者が挑戦したかったことの一つでもあります。
おそらく賛否両論が発生すると思いますが、作者はどうしてもこの展開にしたいと思っていました。
自分、新鮮味のある展開とかが結構好きなので……突拍子もないと思われるかもしれません。
それとも作者が見ていないだけで既出かもしれませんが。
これからもこの作品を見ていただければありがたいです。

オリ設定のちょっとした説明をここで。
『第二次量産能力者計画』(ニューシングル)とは原作20巻にて判明した『第三次製造計画』(サードシーズン)とは別物です。
どうやら『第三次製造計画』は一方通行を精神的にぶっ壊すだけではなく、使い物にならなくなってきている『妹達』を消去し、新品に取り換えるためにミサカシリーズを再生産したものっぽいですね。
それではなく『第二次量産能力者計画』は物理的な力を持つための計画です。
詳しい説明は次回に行います。
次回をご期待ください。

次回はそのための説明会です。



[21322] 第24話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/06 20:43
SIDE 一方通行

あまり良い眠りではなかった。
ミサカのことが気になって眠れなかったというのもあるし、『軍用ミサカ』というのは俺にとってかなりショックなことだった。
『一方通行』もショックを受けているだろう。
この胸の奥にあるイライラはおそらくそういうことだろうから。
詳しいことはミサカに聞かなければわからないが、ため息がつきたくなることばかりだ。
俺は音の反射を解除して起きあがり、時計を見ると朝の九時だった。
昨日就寝したのがおそらく二時ごろなので七時間しか寝てないことになる。
七時間も!?と思うかもしれないが、カロリー消費がかなり多い俺の体は最低でも十時間寝ないと体力が万全まで回復しないのだ。

何度も不便だと思うが、アクセラレータの欠点はそこかもしれないな。

俺が着替えて寝室から出ると、リビングには何時の間にか入りこんだミサカがいた。
もう何時の間にか誰かが部屋にいるという状況には慣れていたのでまったく驚かずに、俺は今日のニュース番組を眺めているミサカの前を歩いて通り過ぎる。
スルーと言う奴だ。
ミサカは俺の歩いている様を眺めながら、ポツリ。
「放置プレイなのですか、とミサカはおはようも言わないのかと注意します」
「家主の承認も無しに勝手に入って来るのはどォなンだ?」
「学園長という方に許可は取ったので問題ないかと、とミサカは胸を張ります」
「そう言いながら身じろぎひとつもしねェでチャンネル変えてンじゃねェ。全ッ然気にしてねェじゃねェか」
ふてぶてしい奴だな、と心の中で呟いてから、俺は顔を洗いに行く。
適当に洗って戻ってくると、ピョー、という慣れ親しんだヤカンの蒸気音が聞こえてくる。
それを聞いて火を止め、カップラーメンに湯を注ぐ所を見た俺はため息をついた。
「……ふてぶてしいどころじゃねェな。ドコでその順応能力身につけやがった」
「私を二〇〇〇一号以前のミサカシリーズと思ってもらっては困ります、とミサカは前にも増して胸を張ります。私たち『新妹達』からは最新の『洗脳装置』とミサカネットワークから情報を統合し、前にも増して一般常識や知識などが詰めこまれているのです、とミサカはわかりやすく説明します」
どこがだ。

一般人には理解できない単語が過半を占めてんじゃねえか。

「言っとくがわかりやすい説明ってのは万人に理解されるモンじゃねェとダメだからな―――俺の分はねェのか?」
「ありません、とミサカは三分を計りつつ冷淡に告げます」
しょうがない。
もともと朝食は起きてから作るものだ。
俺は立ちあがると台所に向かい、調理器具を取り出すと朝食を作り始める。
ミサカは俺の手際に驚嘆したらしい。
まじまじと次々に料理ができていく様を眺めながら、
「ますますあなたがアクセラレータであることが信じられません、とミサカは調理方法を記憶しながら問い掛けます」
「インスタントじゃ物足りねェからな。自分で作った料理が一番満足すンだよ」
それに、一時期は体を鍛えるためにカロリーバランスも考えていたからな。
味はともかく、そうやって栄養を補給するのは自分で作るのが手っ取り早く、わかりやすかったし。
一方通行の頭脳なら料理本を買ってきてその通りに食事を作ることなんて簡単な事だった。
味の方もそこそこ改善できたので、人前に出しても文句は言われないはずだ。
よくある壊滅的な腕ではなかったのでホッとする。
ここは漫画の世界、何が起ころうとおかしくはない。
ミサカがズルズルとカップ麺をすすっている横で、俺は朝の定番シャケ定食を食べる。
それをちょっと羨ましそうにミサカが見てくるので、
「……太るぞ」
太るの一言でピタリと動きが硬直したことから、それなりに女の子としての自覚もあるようだ。
その感情の発露の様子からすると、時期的には衣替えの直前……と言った所か。
いや、それもアテにはできない。
俺がいない時点で向こうの世界の未来がかなり変わってきてるんだ、もしかしたら大覇星祭の前からきたのかもしれない。

まあ、それも朝食が終わってから聞くだけだ。

一方通行とミサカには御存知の通り、殺し殺されていた異常な関係が構築されている。
殺される予定だった二万人の『妹達』とは『番外』の検体だとしても、ミサカネットワークを繋いでいる以上は俺のやったことは認知しているだろうし、憎まれても嫌われても仕方がないと思っている。 
それにしてはミサカの対応が普通に見えるのは何故だろうか。
……いや、それよりもそういう異常な関係を学園長達に暴露するのは嫌だ。
誰にだって話したくないことはあるものだ。
だから、それを隠すために口裏を合わせなければならないと思っている。
ミサカの方はよくわからないが、あの過去を知られて良い物とは思わないだろう。
俺は食器を片付けた後、やはりニュース番組を見ていたミサカとは違う辺のコタツに入った。
コタツは上から見たら長方形なので、俺のほうが狭いというのが納得いかないが。

最初に口を開いたのは、意外にもミサカだった。

「まずはそちらの事情を話して下さい、とミサカは事情聴取を開始します」
「事情ってのは、俺のこれまでの経緯でいいのか?」
「はい、とミサカは肯定します」
「じゃァ説明すンぞ。二度は言いたくねェから一度で覚えとけ」
俺はこの一年と少しの期間にあったことを淡々と話した。
改めて色々な事があったものだと思う。
まずこの世界にやってきて、いきなり鬼をぶっ殺したこと。
それから学園長達に会い、その戦闘力を警戒されて一ヶ月の監視が義務付けられた。
その過程でタカミチ・T・高畑、ガンドルフィーニ、桜咲刹那、高音・D・グッドマン、佐倉愛衣と知り合いになる。
順調に見えた学園生活だったがその後一悶着あり、その際に揉めたのが真祖の吸血鬼と呼ばれるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだということ。
「この世界にはそういう類の魔物も実在するのですか?とミサカはまだ見ぬリアルなファンタジーを予想します」
「ケンタウロスやらサイクロプスみてェなレアものは存在しねェみたいだが、悪魔やドラゴンとかは普通にいるって話だ」
そのエヴァが謝ったことで一応和解し、それからも良好な関係を続けている。
次にであったのは超とハカセであるが、彼女達のことは名前以外伏せておいた。
彼女達のことを詳しく話すには計画の事を話す必要がある。
それの許可を得るまで、彼女達のことはあまり話さない事にした。

ミサカを信用していないわけじゃないが、彼女達には他言しないと約束してしまった。

向こうはこちらを信用してくれているようなので、その信頼を裏切る真似はできる限りしたくないのである。
更に麻帆良祭、夏休み、ウルティマホラなどの経緯を話し、ここに至るという事だ。
それを聞いたミサカは非常に不思議そうな表情で俺の事を見やる。
「……聞けば聞くほど不可解です、とミサカは首を傾げます。あなたほどの人物がそう簡単に友人関係を構築できるとは思えません、とミサカは判断します」
「向こうよりもこの世界のほうが遥かに温かい。それだけだ」
事実、ここは甘ったるいが……嫌いじゃない。
近頃、そう思う事ができるようになってきた。
精神も安定してきたし、良い具合に『俺』と『一方通行』が混じり合ってきたのだろうか……まあ、その考察は今ここですべきことではない。
最初は生ぬるい地獄だ、というエヴァの一言に同意していたものの、やはりここの暖かさは捨てがたい。

向こうに戻るか、この世界にとどまるかと言う選択を迫られた時はとりあえず間違いなくこの世界に留まる事を選択できるくらいには。

「ところで、あなたは私の視覚情報よりも非常に体格がよくなっているようですが、それは単なる成長だけではないと思います、とミサカは予想します」
「トレーニングしたンだよ。どォも、この世界じゃ俺達の常識なンざ通用しねェ連中がわんさかいるようでな。呪文一発で山を吹き飛ばしちまう連中もいるらしい」
実際、ラカンやサウザンドマスターに敵うのは聖人か学園都市の超能力者、あるいは異常な能力を備えた『神の右席』や『原石』達だろう。
「俺ァ『反射』を破られたらほぼ無力だ。それに備えるために力をつけた。向こうに戻りゃァ以前ブッ飛ばされたクソ野郎に肉弾戦で勝てる自信もあるぜ」
上条当麻は所詮、路上の喧嘩で負ける相手には基本的に勝てない。
『幻想殺し』と呼ばれる能力も、ただの喧嘩に勝つには役にたたない能力なのだ。
「努力をしたのですか?とミサカは意外そうに尋ねます」
「ッたり前だ。この世界じゃ俺は学園都市最強ってことは誰も知らねェ。俺の反射は力を見せつけることには不便だから、最も単純な身体能力で力を見せる必要があったンだよ」
実際ベクトル操作を使うので体格はあまり関係ないのだが……男として少し見栄を張りたいのは事実だ。
これでも長瀬楓や龍宮には身長で負けてるからな……。
少し悔しい。

改善しようとしても無理だが。

「……俺の事は以上だ。また聞きたいことがありゃァ順次聞け。答えられる事なら答えてやンよ」
「ということは答えられない事があるのですね、とミサカは痛い所をつきました」
「別に痛くねェが……誰だってそォだろォがよ」
俺もこれからミサカのいう事はあまり鵜呑みにするつもりはない。
次にこんな連中が出てきた時のために参考にさせてもらう程度だ。
俺はコタツの中で足を組み直すと、俺のとっての本題に入ることにする。
「テメェの世界で起こった事を話せ」
説明を求めると、ミサカはすらすらと答えた。
俺が消失したのは八月二十七日。
俺が上条当麻に負けたのが二十一日だから、約一週間後って所か。
上条当麻が介入しなくても、俺がいなくなれば実験は中止していたため実験の進行自体はあまり影響しないようだ。
問題はその後だ。
アレイスターの計画に俺という存在はそれほど重要視されていなかったらしく、計画には『第二候補』として垣根提督を使う腹らしい。
重要なのは量産すべきミサカシリーズと『打ち止め』。

そして『ヒューズ・カザキリ』だ。

しかし、俺という存在の消失はアレイスターの計画に大打撃を与えたのは間違いないことであり、外部勢力との戦力差を埋める為に本格的に量産型能力者の計画を立ち上げた、というのが彼女達が生まれた経緯らしい。


それが『第二次量産能力者計画』(ニューシングル)。


確かに、第三位ほどの戦闘力がある能力者を量産できるのなら、これほど心強い存在もいない。
強力な磁力はフルメタルジャケットの銃弾を跳ね返し、それ以前に銃器やレーダー類を使用不能にする。
雷撃の槍は文字通り雷の速度、聖人など驚異的な身体能力の保持者ではない限り防ぐ事はできない。
代名詞である『超電磁砲』は戦車砲どころではない威力を発揮する。
兵器を量産するのとは訳が違う単価で生産できる彼女達は、従来の兵器よりもよほど優れた兵器だと思う。
少なくとも、原作の『六枚羽』に数億かかっていることを考えると、彼女たちの方がよっぽど安価だろう。
彼女の話によると『妹達』よりもかなり金もかかっていて使い捨てでは色々と困るため寿命についても調整である程度改善されているらしい。

だからと言って運用するのは虫唾が走るが。

このミサカ達の前の二〇〇〇一号以下のミサカシリーズは兵器として新たに生み出されたミサカ達の存在を知っているが、軍事的かつ組織的な問題であるので上条当麻に助けを求められずにいる。
流石に上条当麻だけで学園都市の闇に立ち向かえるわけがない。
返り討ちにされて終わるのが自然だ。
一方通行のような物理的攻撃力がほとんど一般人と変わらない上条当麻では銃を持つ一般人ですら脅威になる。
そんな人間に助けを求めたとしてもどうにもならないだろう。
更に、このミサカ達『軍用ミサカ』が生まれたのは上条当麻のせいでもあるらしく、それで負担をかけたくないとのこと。

一方通行が上条当麻に敗れた事は『実験』が中止になったことから明らかである、ということは上層部も知っているはずだ。

つまり、レベル0がレベル5の最強に勝てる、と言う事を意味している。
どれだけ脆弱な雑魚であろうとも最強に牙をむく、という事実を学園都市上層部に示してしまった。
それだけならまだ良かった。
アレイスターという絶対の存在がいたからだ。
しかし、突如として一方通行が消失するという緊急事態が発生した。
すぐさまアレイスターが対応するかと思ったが、彼が対応を起こしたのはその一日後。

『第二次量産型能力者計画』の立ち上げだった。

アレイスターが怖いと言うよりは自分たちに不幸が降りかかる方が怖い上層部は、アレイスターの指示が遅れた事が彼の『想定外』であることを意味していることに気づくだろう。
新たな戦力を保持して安心するために、『軍用ミサカ』製造を始めた、というわけらしい。
既に『新妹達』と呼べる彼女らは『二〇一三三号』まで製造が完了しており、例え本家本元の『超電磁砲』が来ようとも相手にはならないほどの戦力差らしい。
ただ、『超電磁砲』を生産するためには並々ならぬ犠牲と金を必要としたらしく、薬や寿命延長などといった処置を全て受け、尚且つレベル5として成功した個体は『二〇一〇九号』が最初らしい。
俺の目の前にいるミサカはかなり初期の段階に生産され、最古参とも言える存在のようだった。
脳内や経験としてブチ込まれた戦いにおいての経験は他の『新妹達』に比べても多くあり、その分強い。
だが、投薬されている量にも微量の違いがあり、それぞれのミサカには能力の出力の違いがあると言う。
レベル5として完成するためには相当量の薬をドバドバ投薬される必要があったようで、成功したとしてもオリジナルほどの出力を出せるほど完全なるコピーとして生産するのは難しいらしい。
出力として見れば最新型の『二〇一三三号』が優れているらしいが、体術という一点においてならば最古参に位置する『二〇一一二号』はミサカシリーズでも最強クラスだが、能力を使えば平均程度であると言っていた。
能力の出力は最大出力6億ボルト。
オリジナルの約半分であるが、最新型は8億までこぎつけているらしい。
どうも薬の分量や新しい薬を試した結果そうなっているようだが……日に日に学園都市が進化している証だろう。
「っつゥか、テメェらはどう頑張ってもレベル2か3程度の電撃が限度だったンじゃねェのかよ?どォやってレベル5にまでなりやがったンだ?」
「それについてはミサカ達は情報を与えられていません、とミサカは説明します」
機密事項、か。
しかし、『樹形図の設計者』による計算が全てだった科学者がいきなり態度を翻してその計算を上回る結果を出してるのかが気になるな……。
すらっと頭を回転させてみると、俺はふと簡単な事を思いついた。


もしも、『樹形図の設計者』のプログラムを、あるいはその演算結果をアレイスターが操作できるとしたら?


『超電磁砲』を百人ほどではおそらく世界中にミサカネットワークの構築はできないだろう。
ネットワークの構築には数が必要だろうから。
となると、必然的にその数を増やすことになる。
敢えて能力を劣化させることで2万という人数を生産し、その半分くらいを生き残らせることにより1万人のミサカを世界中にバラ撒くという計画だったのではないだろうか。
本来ならその路線で突っ走る予定だったのだろうが、そこで一方通行が消失。
一方通行と言う莫大な戦力が消失したことで、何かそれに匹敵するような戦力が必要になった。
学園都市の技術レベルでレベル5を量産できるのかはわからないが、試してみる価値くらいはあると思ったのではないだろうか。
それがレベル5の量産計画。
アレイスターも安易な手を伸ばしたと思うが、それが現実的にかなりの戦力になることから、間違ってはいないのだろう。
実際、成功しているわけだし。
しかし、それにより犠牲になったミサカの数は計り知れないものだろう、と俺は思う。
流石に俺が殺した数を上回る犠牲は出ていないだろうが、新薬の開発には実験台がつきものである。
少なくとも百人、千人単位で試作体のミサカは闇に葬られてきたことだろう。
俺は小さく、ミサカに気づかれないようにため息をついた。
俺がいれば何とかなったかもしれないが、いないものを言ってもしょうがない。
……ふと見てみると、彼女達はどこか自立しているように見えなくもない。

上条当麻には頼れない。

だから自分達で解決するしかないと思い始めている、と俺は考えた。
もしかしたら最終局面でアレイスターに反旗を翻すための鍵になるかと思うと少しは気が晴れた。
「……『実験』のことについてはどうする?」
俺の本当の本題はこれだ。


『絶対能力進化計画』


一万人以上を殺戮した現実だ。
コレの事を考えると、俺の心臓の下辺りがグンと重くなる。
舌打ちしたい気持ちを抑えながら、俺は目の前を見た。
案の定、ミサカは無表情を多少冷たくしながら答えた。
「これに関しては今更という感が否めません、とミサカは告げます。あなたが話すというのなら話しますし、話したくないと言うのなら話しません、とミサカはあなたの意見を尊重します」
過去は過去か。

俺はテメェらみたいに割りきれねえよ。

「……話すな」
「わかりました、とミサカは返答します」
やはり、こればかりは許容ならない。
彼女にとっては受け入れて先に進むべき問題なのだろうが、俺は彼女ほど強くない。
殺してきた存在が目の前にいて、その存在を前にしてそのことを話すというのはあまりにも『俺』の心が耐えきれそうになかった。
罪悪感と罪の意識に押し潰されそうで。
おそらくそれを感じるのは俺が『アクセラレータ』だからだろう。
こんなにもアクセラレータの罪は重いのか、と再認識する。
彼女が来たという以上、その罪は一生俺に付きまとう事になる。
二度目の人生はとんでもない籤を引いてしまったらしい。
俺は自分の落ちこんだ雰囲気を悟られたくないので、話題を変える事にした。
「何月何日に来たンだ?」
「それは良く覚えていないのです。ただ、大覇星祭は過ぎていたと思いますが……とミサカは言葉を濁します」
「まァ、俺もその辺りは不鮮明だったンだ、気持ちはわかる」
そう、実は俺もいつこっちに来たのか、その辺りは良くわかっていなかった。
それは世界の移動による副作用なのかはよくわからないが……まあ、これで俺が打ち止めに出会っていないことがわかったし、とりあえずよしとする。
彼女を寂しがらせていると不味いからだ。

……いや、ちょっと待て。

「オイ、『打ち止め』はどうしてる?」
「何故あなたがその存在を知るのかはわかりませんが……二〇〇〇一号はとある警備員の家にお邪魔しながら、時折上条当麻の家にお邪魔しているようです、とミサカはアクセラレータから圧迫感を感じながらボソボソと述べます」
あのフラグ野郎、小萌先生だけならず事実上最年少にまで手を出しやがったか。
インデックスと同居してるからロリだと思ったが、まだ一歳にも満たない奴に手を出すペド野郎とは思ってなかったぜ。
え?俺が言うな?いいじゃないか別に。
『0831事件』で打ち止めの身柄がどうなったのか気になったのだが……どうも件のフラグメイカーが解決したようだった。
どうやったのかは知らないが。
というか、知りたくない。
「……その件については聞くな。まァ、大方予想通りだから」
「よく一〇〇三二号は『カミジョー属性』について苦々しく話していました、とミサカは本人がいないことをいいことに不満を暴露します」
「(『御坂妹』か。更に御坂本人までいるンだから……双子の上に妹までお買い上げってか。わ、笑えねェ)」
本気でいつか後ろから刺されるんじゃないか、と俺は遠き世界の熱血主人公をまともに心配してみた。

心配なんざ柄じゃねェのですぐにやめたが。

その後、ミサカはミサカネットワークのせいで言えなかった愚痴がたくさんあったためか、ブツブツと呟いていたので俺はそれに相槌を打っていた。
会話で判明したが、どうやら彼女にとって『二〇〇〇一号』までのミサカシリーズと『新妹達』とはどこか違うという解釈をしているようだ。
我々は選ばれた―――みたいな宗教的考えに陥っていないからよしとするが、やはり軍用である以上、差別化は必要らしかった。
また、そのせいか俺の事をさほど嫌悪しているわけでもなさそうだ。
軍用のせいかちょっとは裏の事情がわかるようだし、俺が『妹達』を殺してきたのは事実だが、あくまでそれは起こってしまった事実だ。
しょうがない、という一言で許されるものではないが、彼女等はどうやら割り切っている様子。

素直に、それがありがたかった。

ホッとすると、俺は学園長がミサカをどういう扱いにするか頭を働かせていた。
おそらく……いや、十中八九あの2-Aへ編入する事になるだろう。
あの学園長のことだ、絶対そうするに違いない。
となると、まずカンの良いエヴァ、刹那、超辺りには説明する必要がありそうだった。
龍宮は興味なさそうだし、説明はいらないだろう。
その説明の時間が取られると思うと、ホントに深いため息が出る。
まさか、原作発動前にこんな事態になるとは思っていなかった。
「そこで二〇一一九号がミサカネットワークから拾い上げた最新の痩身テクを披露していて―――もしもし、私の話を聞いていますか、とミサカは帯電しながら愚痴を聞けと酒飲みのように言います」
「あァあァ、聞いてるぜ。二〇一一九号がなンだって?」
まあ、とりあえず俺はミサカの愚痴につきあわされることになりそうだ。
そういや、初詣に呼ばれてたかもな。
俺は現実逃避気味にそんな事を思い出しながら、正月の午前中は過ぎ去っていく。
こんな午前中も悪くねェな、とほんの少しだけ思った。






SIDE 近衛近右衛門

まさか正月早々こんなトラブルが起こるとは思わんかった。
除夜の鐘が鳴り響くとほぼ同時に出現した、強力な電気を司る『超能力者』であるミサカという少女の事じゃ。
彼女の言い分やアクセラレータ君の対応から考えると、彼女は彼と同じ世界……麻帆良とは違う巨大な学園都市に住まう存在だと言うことがわかった。
アクセラレータ君が帰りたがったのでそれくらいしかわかっていないが、それも今からわかることじゃ。
わしは待ち合わせの時間から五分ほど経った後にやってきたアクセラレータ君とミサカ君に向けてため息をついた。
「老人を待たせるというのはいただけんのう、アクセラレータ君」
「テメェは老人の枠に入らねェよ。労わる必要なンざねェ」
ふむ?
少々アクセラレータ君のノリが悪いようじゃな。
昨日よく眠れなかったのかの?
それとも、この場にミサカ君がいるからか……彼女とも知りあいだったようだし、その辺りの関係も話してくれればいいんじゃが。
わしはどこかピリピリとした気配を放つアクセラレータからミサカ君に視線を移す。
「では、昨日説明できなかった私の事情というものを説明します、とミサカは宣言します」

それにしてもこのヘンテコ口調はどうにもならんのかの?

わかりやすいといえばわかりやすいのじゃが、慣れんと対応するのがちょっと難儀じゃ。
わしはそう思いながら彼女の話を聞いていると、やはりアクセラレータ君と同じくどうしてここに来たのかはさっぱりわからないようじゃった。
それからわしは彼女の過去を聞く事になったのじゃが、流石のわしもシリアスにならざるをえん状況になった。
アクセラレータ君からそれとなく学園都市の闇について知っておるつもりじゃったが、まさか学生のDNAを使ってクローンを作り、兵器として作り上げるとは。
わしは一人の教育者として、またこの麻帆良という学園都市の最高指導者として怒りが湧き上がるのを抑えきれんかった。
アクセラレータ君はわしの様子を見て肩を竦める。
「この程度で怒るンだったら見通しが甘ェぞ。学園都市じゃァいつも人が死ンでるようなモンだからな」
「表はともかく、学園都市の裏は世界の半分程度を掌握している勢力の本山ですので内包する闇の濃度は常人では知れば廃人になる可能性もあります、とミサカは捕捉説明します」
「言っただろ?もともと俺達超能力者はマトモじゃねェンだよ。俺も脳を開発されたし、薬だってガバガバ投与された。脳だけ残って人間やめてる奴なんていたしなァ」
まるで世間話でもするように軽い感じでとんでもないことを暴露する二人。
わしにはとても信じられんが、これが彼等にとっての日常なのだろう。

殺し、殺されるのが当たり前。

人間を人間として見ない連中が死ぬほど集まっているのじゃろう。
その怒りをなんとか抑えて話を聞くと、ミサカ君はそのクローンの中でもより戦闘に特化された存在らしいのじゃ。
昨日もタカミチ君が尋ねていた『第三位』というのは、学園都市に七人しかいないとされる超能力者の三位にいる存在らしい。
強力な『発電能力者』で、良く知られている能力の中では最強クラスの力を持つ天才のようじゃ。
その力を量産しようとして生み出されたのが目の前にいるミサカ君というのじゃ。
ううむ、見た目には中学生にしか見えんのに、この子は生まれて何カ月も経っていないという。
体にかなりの無茶をせんとそこまで成長できんというのはなんとなくわかったのでそれを訪ねてみると、色々と調整する事で寿命などは改善する事ができるらしい。
科学もある種の魔法と超君が言っておったが、まさにそれじゃな。
話がそれたが、もともとクローンというのはやはり劣化版しか作り上げられんかったようで、超能力者に対して強能力者程度の力しか保有しておらんかったようじゃ。
それを改善して、『軍用ミサカ』と呼ばれる彼女達が誕生した。
より戦闘に適したアドバンテージを得るために、オリジナルである学生よりも身体能力を上げた体、そして戦術論を記憶させる事により効率的に敵を攻撃する術に長けているという。

ふざけるな、と思う。

よりによって子供を兵器に作り上げる奴らなど、わしはとてもではないが許してはおけん。
紛争では子供兵士など珍しくもないらしいが、これはそれ以上に質が悪い。
ただ戦いをするために生まれて来るなど、哀しすぎるじゃろうに。
もしも向こうの世界に行けるのであれば、その責任者をわしの手で叩き潰してやりたい気分じゃ。
わしが怒りに拳を震わせていると、その考えを読んだのか、アクセラレータが言った。
「悪いがアレイスターはテメェが力ずくでどうこうできる相手じゃねェ。実際に見たことがねェが、サウザンドマスターレベルでも無理だ」
「どうしてそんなことが言いきれるんじゃね?」
アレイスターというのは学園都市の最高責任者の名前じゃろう。
わしは怒りを隠し切れずに、イラだった調子でアクセラレータに尋ねた。
アクセラレータは淡々と答える。
「アレイスターの支配に抗おうと考えた連中がいなかったとでも思うのか?アレイスターはそれら全てを叩き潰してきた。その気になれば、奴らは『ヒューズ・カザキリ』も召喚できる。いくらテメェやサウザンドマスターでもあれはまずい」
「『ヒューズ・カザキリ』?」
「天使のなりそこないだ。俺達の世界にとって天使は世界を簡単に滅ぼす事ができる力を内包している。『天使の力』と言ったか。『神の力』ってホンモノの天使は一度世界を滅ぼそうとして世界に火の雨が降り注ぐ術式を世界中に展開した事があるからな」
「……そんな事件があったのですか、とミサカは驚愕します」
「テメェが生まれる前の話だ、無理もねェ」
信じられん話じゃが……『ガブリエル』といえばキリスト教やユダヤ教、イスラム教では四大天使の中に入る大天使。
天使が召喚されたという例は聞かないが……そうなると、異界の魔王に匹敵する魔力量を保有している事は間違いない。
そう判断すると世界を滅ぼす事もできるのも納得がいく。
「その『ヒューズ・カザキリ』というのはその力を扱うのかね?」
「どォいう原理で動いてンのか知らねェが、多分な。んでもって、それの首輪をアレイスターが握ってる。俺も敵うかどうかわからねェ」
物理攻撃を相手にそのまま跳ね返す彼でもかなうかどうかわからない、か。

相当な相手なのじゃろうな。

怒りの沸点は通り越してしまったらしく、わしの頭は逆に冷えてきた。
落ち着きを取り戻すために一呼吸をいてから、普段のおちゃらけた雰囲気に戻る。
やれやれ、年寄りには堪えるわい。
「話がそれてしまったの。で、ミサカ君はこれからどうしたいのかの?」
それを聞いて、ミサカ君はピタリと動きを止めた後、顎に手をやる考える人のような仕草をした。
考えてなかったのかの?
それに対し、アクセラレータ君がフォローを入れる。
「ミサカには一般常識が欠如してンだよ。軍事訓練ばっかだったコイツがまともな常識を持ってると思うのか?」
「む、ミサカはミサカネットワークにより一般常識についてはそれなりに学習したつもりです、とミサカは抗議します」
「それなりじゃ困るンだよ。それに、テメェはネットワークからも切り離された完全に孤立無援の状態だってことを忘れたのか?上に頼るにしてもずっとそういうわけにはいかねェだろうが」
アクセラレータ君にしてはもっともな意見じゃな。

ま、彼の言いたいこともわかる。

もともとそのつもりでここに呼んだのじゃしな。
「と、いうわけでミサカ君には学校に通って欲しいのじゃが」
「学校、ですか?とミサカは困惑します」
「一応ここは麻帆良という学園都市じゃ。肉体年齢が中学生の君は日本の法律上学校に通わなければならん。どうじゃ、これを機会に同年代の他の女の子達と触れ合って見るのはどうかね?アクセラレータ君もいつまで君の助言をするのかわからんことじゃしの」
のう?とアクセラレータ君を見ると、舌打ちして殺気を飛ばしてきた。

図星じゃな。

彼は自分が思っているほど冷徹ではない。
途中でミサカ君を見捨てる事など絶対にしないじゃろう。
わしが見たところ、ミサカ君とアクセラレータ君は何らかの因縁のようなものがあると覗えるし、だからこそ彼も気にかけるのじゃろうが。
ミサカ君はハッとしたようにアクセラレータ君を見た後、わしの方に向き直った。
「……正直に言いますと、心の準備の時間が欲しいのですが、とミサカは自分の心中を吐露します」
「今は正月、元旦じゃ。これから三学期が始まるまで一週間もある、それまでにゆっくり考えてくれい」
彼女が動揺する理由は簡単に思いつく。

彼女はクローン人間。

彼女が表に出ると困る人間はたくさんいるのじゃろう。
だから、決して学校に通う事はできないのだと思っていたに違いない。
学校に通うと言うことは大切な時間を共に過ごす友人を作ることができる。
彼女の社交性のなさを改善できるかもしれない。
アクセラレータ君もそれを考えていたのじゃろう、腕を組んで不機嫌そうにしながらも、どこか満足そうに見える。
なんだかんだ言って面倒見が良い所は間違いないようじゃの。
ミサカ君は丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます、とミサカは感謝の言葉を述べます」
「いいんじゃよ。わしみたいな者にできることといえばこれくらいじゃしの」
わしがいつもの笑い方で笑うと、ミサカ君の無表情が少しだけ柔和になった気がした。
美人になりそうじゃのう。
暢気に思っていたわしはうっかり忘れそうになっていた事を思い出し、慌ててミサカ君に尋ねる。
「おお、そうそう。ミサカ君の戸籍を作ろうと思っておったんじゃが、流石にミサカだけではまずかろう。名前を決めてくれんか?」
すると、ミサカ君は迷わずアクセラレータ君に振り向いた。
「あなたはどう名乗っているのですか、とミサカは訊きます」
「あァ?なんでだよ?」
「あなたはどう名乗っているのですか、とミサカは再度訊きます」
ミサカ君、なんか恐いんじゃが……。
アクセラレータ君も無言の圧力を感じたのか、ぼそりと『一方通行(ヒトカタミチヨシ)だ』と言った。
するとミサカ君はこちらに向き直り、告げる。


「では、私は一方ミサカにします、とミサカは爆弾発言を投下します」


自覚してるんじゃな。
実際、アクセラレータ君はこれ以上ないほど驚いておるし。
目を見開いたまま固まっておる。
ふぉふぉ、彼のこんな顔は滅多に見られん、実に面白い。
「……ちょ、待てェ!?なンでテメェ俺の名前を勝手にパクってやがるンだ!?」
「いけませんか、とミサカは逆ギレ気味に言い返します」
「いけねェも何もそれじゃ後々面倒なンだよ!兄だとか妹だとか勘違いされると困るだろォが!!」
「ミサカ一〇〇三二号は通称『御坂妹』なので妹である立場に不満はありません、とミサカは断固として自分の意志を主張します」
「こんな所に普段薄い自分の意志を主張すンじゃねェ!!ヒトカタミサカなんざ絶対ェ偽名だと思われンだろうが!!」
「一方という名字は珍しいですがアリだと思います、とミサカは折れる事なき鋼の意思で主張します」
「なンでそこまで意固地になってんだ!?別にいィだろ他の名前で!例えば近衛とか!!―――いや、それはナシだな」
「何気に酷くないかお主?」
わしの方を向いて一気にクールダウンするアクセラレータ君にため息をつく。
全国の近衛が名字の人に謝れ。
わしの言葉なんぞ気にした風もなく、アクセラレータ君は抵抗を続けていたが、結局ミサカ君の主張に折れたようじゃった。
どこか上機嫌そうに見えるミサカ君の隣で、アクセラレータ君はげんなりとしている。

いい気味じゃ、と大人げない事を思った。

「では、一方ミサカで登録しておくぞい。ちなみにミサカ君、今日は元旦じゃから色々と店もお休みの所があるかもしれんが、アクセラレータ君にいろいろと尋ねてみるといいじゃろう。これから住む場所になるんじゃからな」
「わかりました、とミサカは礼をします。いつまでそうしてるんですか、とミサカはアクセラレータを叱咤するという快挙を成し遂げました」
「……もォ何も言わねェ」
脱力したように学園長室を出ていくアクセラレータ君と一礼して出ていくミサカ君を見て、アクセラレータ君は意外と尻にしかれるタイプかもしれん、と一人で呟いて笑った。






~あとがき~

説明会、そして後始末でした。
『二〇一一二号』改め『一方ミサカ』の設定、そして『とある世界』の状況、一方通行の情報と、色んな事を明かしました。
ちょっと補足を。長くなりますのでご注意ください。

『樹形図の設計者』についてですが、私は『量産型能力者計画』は『樹形図の設計者』により『超電磁砲』をそっくりそのままクローンして量産することは不可能だと出ていましたが、それはもしかしてアレイスターが改竄したのでは?とか思ってます。
彼女ら『欠陥電気』はアレイスターの計画では『絶対能力進化計画』へ移行させなければならないでしょうし、あの時期の研究者にとって『樹形図の設計者』の言葉は絶対です。
本気になれば学園都市のトンデモ科学力で『超電磁砲』を製造できると私は考えました。
『樹形図の設計者』の改竄はちょちょっと細工すれば遠距離から操作もできるんじゃないかなー、とアホみたいな思考による幻想です。

また、このミサカですが彼女はそれほど一方通行に嫌悪感を持っていません。
軍事的な知識や学園都市についての知識、そしてミサカネットワークによる雑学も少しは学習している彼女たちにとって、一方通行は悪意を持って彼女らを殺していたというわけではないことに最初から気づいているからです。
それに、上条当麻に負けた結果彼女らが生まれたのですから……その辺りは原作でも言ってましたね。
『打ち止め』などといった彼女らからも考えてこの考えに至るのは御坂美琴のDNAによる力かもしれませんが、そういうことです。
かと言ってその罪を許すと言えばそうではなく、『妹達』を1万人以上殺した一方通行に恨みを持っているのは確かです。
しかしそれが『ミサカワースト』のように必要以上に顕著なものではない以上『一方通行にぞんざいに振る舞う、あるいは彼の言う事をシカトする』という異色のミサカが出来上がってしまいました。
……原作でも腹黒っぽい描写がありますから、いいですよね?
しかし、この世界で彼女が頼れるのはアクセラレータのみです。
学園長のことは善人だと判断しましたが、いざとなればアクセラレータの罪悪感に訴えかけるのが最善だ、と腹黒くミサカは考えています。
とはいえ、完全に腹黒キャラじゃないです。
ミサカは純粋で染まりやすいです、これ重要。
時期としては衣替え直前のミサカとなります。

このミサカを登場させた理由ですが、これもきちんとあります。
制作当初からアクセラレータを苦悩させるためにミサカ登場は決定してました。
『一般人』と『一方通行』の違いを表現するには精神的に揺さぶるのが一番ですからね。
以前に感想で言ったかもしれませんが、これがアクセラレータの強固なる『目的』の確立です。
ぶらぶらと生きてきたアクセラレータですが、これから良く考えて生きなければなりません。
これから彼は罪悪感とミサカを守らなければならないと言う使命感を背負って頑張っていきます。
―――かと言ってミサカがメインヒロインだと確定したわけではありませんので。



え?どうして『打ち止め』じゃないか、って?
だって……そうなったら2-Aの行事に介入できなくなるじゃないかっ!!
流石にエヴァならともかくあの無邪気系幼女を2-Aに編入させる事は…………あれ、なんか2-Aに小学生が―――。
という冗談は置いといて、登場させても能力を失う前の一方通行と特に接点がない上に、彼女だと私生活に介入しすぎてヒロインが決定されてしまうと思うんです……彼女ほど無邪気なのはネギまでもあまりいないので。



[21322] 第25話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/09/08 00:52
SIDE 桜咲刹那

今日も私はお嬢様の護衛を行っている。
アクセラレータさんに色々と言われたが、やはり護衛の仕方は一年生の頃から変わらない。
彼はお嬢様は私の忌むべき白い翼を拒絶しないと言っていたが、自信はない。
私のような頑固者は自分から本気で変えようと思わない限り変わらないようだ。
愚かだと思うが、私は私から歩み寄る機会を私自身の手で全て潰している事から、この関係は永遠に続くんじゃないかと言う錯覚まで抱かせる。
今まではそれが一番いいと思っていた私も、アクセラレータさんの言葉で揺らいできている。
彼の言葉は今でも一字一句間違うことなく思い出される。

不思議だ。

彼の言葉は私がお嬢様について悩む時、ふっと繰り返されて消えていく。
それが私に力を与えてくれていることなど、あの人は考えもしないだろう。
そう思うと、ふっとおかしくなってくる。
さて、そんな私が今いるのは龍宮神社の前だ。
初詣で賑わっているその中に、お嬢様と神楽坂さんの姿がある。
どうやら図書館探検部の面々も一緒のようだ。
それぞれ私服、ということは初詣が終わった後にどこかに遊びに行く算段なのだろう。
麻帆良市外ならば少々護衛はやりづらくなるが、仕方ない。

一番護衛しづらいのが実はカラオケボックスだったりする。

デパートならばまだ良いのだが、カラオケボックスだった場合何時間も個室の中に入り浸るので外から監視するのは骨が折れるのだ。
場所や時間が変な具合に重なれば下心丸出しの男が声をかけて来ることもあるし、厄介この上ないのだ。
私がこれからのことを考えて多少げんなりとしていると、ちらっ、と視界の端に不健康そうな白い髪が過ぎった気がした。
いやいや、まさか彼が初詣なんかに来るはずがない。
だいたいイメージが沸かない。
そう思いながら振り向くと、そこにはモノクロのマフラーと黒いジャンパーを羽織ったアクセラレータさんが人の波に流されるようにして歩いていた。

アクセラレータさんが初詣……に、似合わない。

私が頬を引きつらせていると、アクセラレータさんが隣の人に面倒そうに声をかけているのが見えた。
誰だろう?
そう思った私が歩幅をずらして隣の人物を見えるように距離を調整した。
人ごみの間から見ると、どうやら隣にいるのは私と同年代の女の子のようだった。

ムカッ、と私の胸が疼く。

その原因は不明だが、とにかくその女の子についての情報を分析することにした。
髪はどこでも見たことがあるような茶髪。
それを肩口で切り揃え、前髪は右に撫でるような感じに整えてある。
顔は整っている方だろう。
問題はその表情だが……2-Aのザジさんと共通するような無表情だ。
アクセラレータさんの横であんな顔で応対できる人がいたなんて、と私は変な意味で絶句した。
まず思ったことは、見かけない顔だ、という事だろう。
これでもアクセラレータさんの家にお邪魔した回数はそれなりのものだと自負しているが、あんな女の子はみたことがない。
昨日の夜学園長から呼び出されていたが、もしかしてあの女の子のことだろうか。
あの女の子に何かあるのだろうか。
思わず興味本位からふらりとそちらに行きそうになり、私は本来の目的を思い出してハッとお嬢様を探した。
見つけることができたのでホッと一息。
しかし、アクセラレータさん達に視線を戻すと、二人ともどこか人ごみに紛れて消えてしまったようだった。
アクセラレータさんのことだ、私の視線に気付いて姿を消したのかもしれない。
この事については後日うかがう事にして、私はお嬢様の護衛に集中し―――。

「よォ刹那、何してンだ?」

「わぁあああああああああ!?」
いきなり背後から声をかけられてびっくりしてしまった。
慌てて後ろを振り向くと、そこにはニヤニヤした様子のアクセラレータさんと、きょとんとした感じで彼を見ている先ほどの女の子がいた。
何故きょとんとしているのだろうか……それはともかく!
「後ろから突然声をかけないでください!!」
「しょォがねェだろ。この人ごみだ、前から声をかけるなンて余裕があると思えンのかよ」
絶対嘘だ。
この人は私がびっくりする様を見て楽しんでいるはずだ。
でなければどうしてニヤニヤしているのか説明がつかないからだ。

新年早々、やっぱり私はアクセラレータさんにからかわれる運命にあるのか……。

そう思ってげんなりとするが、気を取り直して私は傍らにいる女の子を見やった。
その視線に気付いた女の子は、まるで茶々丸さんをイメージさせるような仕草でペコリと一礼した。
「はじめまして、一方ミサカと申します、とミサカは基本的な自己紹介をしました」
「は、はあ……」
なんだかとても変わった口調を持っているようだ。
少し返答がやりにくい。
そう思いながら、私は返答する事にした。
「私は桜咲刹那です。……それより一方ミサカとは?アクセラレータさんの名前が一方だったと思うのですが」
眉を顰めながらアクセラレータさんの方に向くと、彼はひらひらと手を振った。
「いろいろと事情があってな。ソイツは俺の親戚の従兄弟の姉の娘の息子の嫁の兄の妹ってことになってる」
「その無駄に長い関係は最早他人で良いのではありませんか?」
「そこは詮索すンな。ワケありだ」
「ということは関係者なのですか?」
「まァ、俺ほどじゃねェが、特殊な能力者だ」
特殊?
そう思って今名乗った一方さん……ややこしいのでミサカさんはその特殊な能力の説明を始めた。
「私は彼と同じく、魔力や気というものに頼らずに電撃を起こすことができるのです、とミサカは説明します。いわゆるエレクトロマスターです、とミサカは更に付け加えます」
「つまり、超能力って奴だ。遠距離からならテメェだってしとめられるほどの実力を持つンだぜ、こいつは。なにせタカミチを苦戦させたンだからな」
「た、高畑先生を!?」
それは……すごい。
高畑先生は麻帆良でも最強クラスの魔法先生だと聞いている。
それを苦戦させるとは……やはり、アクセラレータさんと同じく規格外の存在なんだな、と思う。
私が驚愕の表情でミサカさんを見ていると、彼女は不服そうにアクセラレータを睨む。
「私の許可もなくそこまで情報を与えるのはどうかと思います、とミサカは迂闊なアクセラレータを咎めます」
「どォせ知られるコトになるンなら最初からバラしといた方が面倒がねェだろォが」
「あなたにとってはそうでしょうが私にとっては自分の能力を分析されるのは愉快な事ではありません、とミサカは自分の能力をバラされたくないのかと警告します」

え?

「アクセラレータさんの能力をミサカさんは御存知なのですか?」
それを聞いたアクセラレータさんは明らかに『やべェ』と頬を引きつらせた。
どうやら私の今の疑問は真実だったらしい。
アクセラレータさんは恨むぞとばかりにミサカさんを睨むが、ミサカさんはつーんと顔を逸らした。
アクセラレータさんが押されている所なんて珍しい。
私は更に浮かんだ疑問を投げかける。
「そういえばアクセラレータさんは記憶喪失のようでしたが、ミサカさんはアクセラレータさんの事について何か知っているんですか?少し興味があるので教えて欲しいのですが」
それを聞いたアクセラレータさんはますます頬を引きつらせた。
何やら私には隠し事はうんぬんと偉そうなことを言っていたわりに、自分には隠し事があるようだ。
実際それで救われてはいるのだが、心の中にズケズケと入ってこられた恥ずかしい感覚は忘れていない。

軽い復讐のつもりの問いだった。

「はい、知っています、とミサカは桜咲さんの疑問に答えようと口を開きま―――むぐ」
「そこまでだ」
途中でミサカさんの後ろに回ったアクセラレータさんが手を口で抑えた。
そのまま馴れ馴れしく肩に腕を回す。
「おいミサカ、商店街の知り合いにヒヨコのマスコットがある駄菓子屋があるンだが、そこ行かねェか?」
「食べ物で釣るのですか、とミサカは短絡的な思考に落胆します」
「どっちかっつーとヒヨコのデザインの方なンだが」
すると、今までずっと不機嫌そうだったミサカさんの表情が柔らかくなったように感じられた。

そんなにヒヨコのデザインが好きなのだろうか……。

「……しょうがないですね、今回はそれで手を打ちます、とミサカはため息をつきました」
「テメェ毎回俺にたかるつもりか?」
「そのつもりですが何か?とミサカは悪びれもせずに答えます」
「ヒヨコが欲しくねェのか?」
「バラされたいのですか、とミサカは脅し返します」
ぐぎぎぎ、と睨み合う二人。
正直に言うと、こんなアクセラレータさんは初めて見たので困惑している。
私のアクセラレータさんのイメージは、強くて粗暴だがどこか何かを諦めたようなダルげで落ちついた雰囲気を纏っているものだった。
しかし今のアクセラレータさんはまるで子供のようにミサカさんと張り合っている。

驚くべきは張り合えるミサカさんかもしれないが。

アクセラレータさんとこんな張り合い方は高音さんも私も、もちろんエヴァンジェリンさんでもできないだろう。
やはり、ミサカさんはアクセラレータさんを良く知る人物だと捉える必要がありそうだ。
しばらく睨み合っていた二人はお互いにため息をつくと、それぞれ顔を逸らした。
アクセラレータさんもミサカさんの肩から手を離す。
「張り合っててもしょーがねェ。時間の無駄だ」
「そうですね、とミサカは少し疲れた気分で言います」
まあ、それはそうでしょうね。
私がそう思って二人を見ていると、その視線に気付いたアクセラレータさんが軽く手を振った。
「テメェはお嬢様の護衛だろ?こンな所でボヤッとしてていいのかよ?」
「ハッ!そ、そうでした!すみません、私はここで失礼します!」
私は慌てて辺りを見回し、早乙女さんの特徴的なアンテナみたいな髪を発見し、それを追跡するために歩き出した。
二人に向けて一礼するのも忘れない。
そして歩き出す私の後ろから、こんな言葉が聞こえてきた。
「一応ヒヨコの店には案内してやンよ、元々商店街は案内コースだからな」
「……期待していいのでしょうか、と私はアクセラレータのセンスを疑ってかかります」
「期待してろ馬鹿」
ああ見えて仲の良さそうな二人の会話を聞いていたら、何故か嫌な気持ちになる。

何故だろう?

「(……今はそれよりもお嬢様だ)」
私はその気持ちを忘れる事にして、さっさと気持ちを切り替え、お嬢様の護衛に専念する事にする。
だが、嫌味のように言いながらも嬉しそうだったミサカさんの顔を思い出すと、集中できなくなった。
この気持ちはなんなんだろう……。
結局、私は集中できないまま、雑踏に紛れて彼等の前から姿を消した。






SIDE 一方通行

刹那と別れた後、俺は神楽坂アスナと遭遇することなく初詣を終えた。
ガランガランという大きな音と共に願ったのは、とにかく今年は面倒な事が極力起きませんように、という非常に無難な願いだった。
既に面倒事が起きているから手遅れかもしれないが。

更に、俺達は色々と麻帆良を回った。

回るたびにその平和な様子にミサカは驚き、呆れていた。
俺としても麻帆良の能天気ぶりには呆れる事ばかりなので、それは仕方のない事だと思う。
それと共に少し嬉しそうな顔もしていた。
自分たちのいた所がどれだけ殺伐としていた場所だったか、それがわかり、そこから抜け出せた事を喜んでいるのだろう。
だが、それは卑怯だと思っているのかもしれない。
時折彼女の無表情は鉄のように硬直する。
おそらく、自分だけがこんな平和な場所にいることに抵抗があるのだ。
俺達の世界では、まだ『妹達』が生み出され、戦場へ駆り出されているかもしれないというのに。
この世界に来た事を後悔した事はないが、それでも向こうの世界で起こったイレギュラーを正してやりたいくらいの事は思う。
ただ、そんなことをすれば『猟犬部隊』の木原とかがやってくるだろうが……もし気が使えなくてもベクトル操作による身体能力向上がある限り俺の敵ではない。

アレイスター辺りは微妙だ。

学園都市にはまだまだ俺の知らない……アクセラレータの知らない闇がある。
そしてアレイスターしか知らない事も多い。
逆に言えば、アレイスターも知らないことがあるのだ。
アレイスターの未知に俺は勝つ事はできないだろう。
例え能力が完璧だとしてもだ。
「……ままならねェな」

世の中ってのは。

俺がここで平穏を過ごしている間にも、ミサカ達には彼女達にとっての日常という名の軍事訓練が行われている。
それはとても腹が立つ。
超能力者という力を持つ彼女達が反抗しないのもそうだが、おそらくその現状で納得しているだろう彼女達に対して。
だが、それは俺の予想でしかない。
もしかしたら百体ほどになった後に蜂起するのかもしれない。
そうなればそうなったで面白いことになるだろうな。
何せ『超電磁砲』百人の反乱だ、どれだけの被害が起こるか、アレイスターの計画にどれだけヒビが入るか想像するだけで楽しそうだ。
そんな想像をしていると、俺の言葉を聞き取ったのだろう、ミサカが首を傾げた。
「何がですか、とミサカは首を傾げます」
「この世だ」
「……意味が不明なのですが、とミサカは訝しげな視線を向けます」
「わかンねェならそれでいい」

帰り道。

既に人通りがほとんどなくなった夜道を歩きながら、ミサカはどこか不満そうにしながらも口を噤む。
彼女が何を考えているのかわからんが、どうやら今の俺に話しかけても無意味くらいのことは考えたようだ。
その手の中にあるカエルのマスコットをじっと眺めているからそんな事を考えているのかどうかも不明だがな。
ちなみに、彼女はヒヨコよりもカエルを選択した。
この辺りはオリジナルの性質なのだろうか。
確か原作ではヒヨコだったはずなのだが……まあ、個体で差が出るのかもな、と考えておく事にする。
それを発端として俺が今日を振り返っていると、あることを思い出した。
「あァ……しまった」
「どうしたのですか、とミサカは尋ねます」
「いや、テメェを紹介しなけりゃなんねェクソガキがいるンだが、それを忘れてた。明日でもいいか?」
「やることは特にないので構いませんが、そういう不手際はないようにしてください、とミサカは注意します」
それに答えることはなく、俺は帰り道を歩く。
しょうがないだろ、俺のうっかりは生前からだ。
ただ認めるのも癪だったのだ。
我ながら子供っぽいなと思う。
そのまま暫く歩くと、自宅であるアパートについた。
ボロな階段を上ると、俺の家の部屋の明かりがついているように見えた。

いや、ついている。

間違いない。
「正月早々暇なンだな、ガキども」
「…………」
俺がそう言うと、何故かミサカが俺を見上げてきていた。
ただじっと見られるというのも気恥ずかしいので、俺は彼女を見下ろす。
「ンだよ」
「嬉しそうですね、とミサカはアクセラレータの心情を分析します」
嬉しそう?
……そうか。

これがウレシイって奴か。

しかし、それを生まれて一年も経たない奴に指摘されるとはな。
それもそれで一興か。
「そうかもしれねェな」
俺がそう答えると、ミサカは訝しげに半眼になった。
「やけに素直ですね、とミサカはじろりとアクセラレータを見上げます」
「うるせェな。俺が素直じゃ悪ィのか」
「悪くはありませんが無気味です、とミサカは断言します」
やっぱ俺の印象はそうなんだな。
俺が部屋の前につくと、ミサカは当然のように俺の後ろで扉を開けるのを待っている。
「……オイ、家に帰らねェのか?」
「帰ったとしても備蓄がありませんので、とミサカはゴチになりますと暗に告げます」
「ハァ……しょォがねェな」
ミサカに飢えられると寝覚めが悪い。
俺は何やら騒がしい俺の家の扉をガチャリと開けた。
鍵がかかってなかった……というよりいつも通りこじ開けられていた。
下にある靴の数を見て、こりゃ意外と大所帯だな、とため息をつく。
実際、こんな声が聞こえて来る。

「茶々丸、そこの小娘からさっさと肉を奪え!」
「了解しまし―――むっ、速い!」
「甘ァああああああいッ!!茶々丸さんの行動にタイムラグがあるのは既に承知してますっ!!『ゴールデンフィンガー』の異名を持つ鍋将軍の私がいる限り好きにはさせませんよーッ!!」
「か、覚醒!?佐倉さんが覚醒してるーッ!?ま、魔力だけで凄まじいオーラが!?」
「というか愛衣、あなたそんなキャラでしたか!?アクセラレータさんに関わる内にどんどんキャラが変化していってませんかーッ!?」

パワフルどころかとんでもねえ鍋をつつきあっている馬鹿どもの声を聞きながら頬を引きつらせていると、後ろにいるミサカがポツリと言った。
「……類は友を呼ぶと言います、とミサカは告げます」
「じゃあテメェもそォじゃねェか」
自爆気味なミサカの言葉にため息をつきながら、俺はこの馬鹿騒ぎを鎮圧するためにベクトル操作で暴風を巻き起こす準備をはじめた。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

私とした事が……迂闊だった。
まさか佐倉愛衣との肉の取り合いに夢中になりすぎて部屋に入ってきたアクセラレータに気付かなかったとは……。
その上不意をつかれて奴の風で外に吹き飛ばされる始末。
満月ではないのでただの人間である私は茶々丸に抱えられてなんとか着地した。
佐倉愛衣、高音・D・グッドマン、桜咲刹那も無事着地したようだ。
奴の部屋は三階だから、私達裏の者にとってはなんでもない高さだからな。

むしろ着地に失敗して足をじ~んとさせている佐倉愛衣が問題だ。

タカミチから訊く限りではどこぞの魔法学校で評価がオールAだった秀才と聞いたが、こういう突然な事態には弱いようだな。
私達が宙に浮かんで、あるいは跳躍して奴の部屋に戻ると、『寒い』と言って軽く手を振り、窓を閉めた。
その時佐倉愛衣が締め出されたのは狙ってやったに違いないと思う。
結局奴は迂回して玄関から戻ってきた。
いつもならアクセラレータはそこまでしないから、少しは腹が立ったという事か。

流石に私としてもあの騒ぎは少々やり過ぎだったが。

何故鍋が無事なのか、そして平然とアクセラレータの隣に座って茶を飲んでいるガキは誰なんだということはとりあえず無視する事にして、まず真っ先に頭を下げたのは桜咲刹那だった。
「す、すみませんでした、アクセラレータさん。熱くなると歯止めが利かなくなってしまいまして……」
「いえ、私が『ゴールデンフィンガー』とか言って燃えてしまったからです。桜咲さんは何も悪くないです!」
やはりゴールデンフィンガーは嘘だったか。
それにしては箸捌きが尋常ではなかったような……私であれば余裕だが桜咲刹那が目で追えなくなるくらいの速度だったぞ。

ある意味、こいつも逸材だな。

私がそう思っていると、デコピンくらいの威力で私の額に衝撃が来た。
び、微妙に痛いぞ。
「反省してるこの二人はまだイイが、反省の欠片もねェ幼女はどうなンだか」
「申し訳ありません、アクセラレータさん。マスターはこの通り素直ではないので……」
「それより、とりあえずこの状況を全部説明しろ。状況を把握してェンだ」
「わかりました」
異常なまでにスムーズに話が進む。
なんだかこのごろの茶々丸は非常にアクセラレータに毒されてきていると思う。
対応が誰に対してもたいてい同じだからなのかもしれないが。
「私達はそれぞれアクセラレータさんの家にやってきたのですが、その辺りの経緯は省かせてもらいます。なんとなく、程度なので。それでアクセラレータさんの帰りが遅いのでとりあえず鍋、と」
「なンでそこで鍋が出てくンだよ」
「大勢で食べる事ができて楽な調理というと鍋くらいしかありませんので。それで色々と話があり、何時の間にか鍋主体の鍋将軍合戦となってしまったわけです」
「……端折ってンな。つまりアレか、テンション上がり過ぎて引き下がれねェ所まで騒いじまったってコトか」
「そういう認識で間違いはないかと思われます。あ、ちなみに鍋を提案したのはマスターです」
そういう事実を暴露するんじゃない茶々丸!!
という私の心の声は虚しく、アクセラレータは私に向かって顔を向けた。
はァァァァァ、と大きくムカつくため息をついた。

「……やっぱテメェも2-Aってことか」

「どう言う意味だそれは!?」
「そのまンまの意味だが?」
わ、悪びれもせずにこいつは……!!
私をあの能天気なクラスの連中と一緒にするとは!!
殴りたくても殴ったらこちらが痛いのでプルプルと震えていると、今までずっと喋らなかった女がアクセラレータに言った。

「それよりも今優先すべきは鍋の再開ではないのですか、とミサカは空腹なので催促します」

……なんだこいつの口調は。
いや、わかりやすいといえばわかりやすいのだが……独特だな。
私だけではなく、高音・D・グッドマンや佐倉愛衣も微妙な表情をしている。
しかしアクセラレータは慣れているのか何も戸惑うことなく『それもそォだな』と呟き、自分の皿を取りに台所に向かった。
やけに素直に従ったな……奴も腹が減っているのだろうか。
そう思っていると、桜咲刹那が驚いた様子で女に言った。
「ミサカさん……でしたよね?どうしてここに来たんですか?」
む、桜咲刹那はこいつと知り合いなのか。
ただ、口調からするとどうやら最近……いや、初対面に近い会話だという事がわかる。
ミサカというらしい女は桜咲刹那に顔を向けた。
「アクセラレータの部屋は私の部屋の隣ですし、今日は麻帆良に来たばかりで食料調達もままならない状況でした、とミサカは―――」
と、そこで『ええええええ!?』と佐倉愛衣が絶叫した。
なんだ、うるさいな。
「こ、この部屋の隣に住んでるんですか!?でも、一昨日ここに来た時は誰もいなかったはずですよ?」
「……人の台詞を遮るのは無礼です、とミサカは『黄金の手』に注意を促します」
「お、『黄金の手』?そ、それは私の本名じゃないですってば!」

ブフッ!?

私はミサカの発言に思わず吹いてしまった。
高音・D・グッドマンも吹き出している。
ミサカというらしい女は『冗談です、とミサカは笑いをこらえながらナイスなリアクションに乾杯をします』と無表情でコップを掲げた。
面白いのか面白くないのかよくわからん奴だ。
「ミサカの名前は一方ミサカと申します、とミサカは唐突に自己紹介を始めます。そしてアクセラレータとは遠すぎて他人と断言できるほどの親戚にあたります、と追加説明をします」

ほう、ヒトカタミサカ、か。

奇妙といえば奇妙な名前に首を傾げている者達がいるが、名前自体はどうでもいいことだ。
それよりも、アクセラレータと親戚という事実だ。
アクセラレータは確か、異世界からやってきた者だ。
その親戚というのだから、こいつも、なのか?
雰囲気が独特過ぎて麻帆良の能天気さとうまくマッチしているので肯定しきれんのが問題だが。
やがてアクセラレータが戻って来ると、桜咲刹那と一方ミサカの間に腰を降ろした。
佐倉愛衣とは対面になる。
座った直後、アクセラレータは煮え過ぎた肉をポン酢につけて食べた。
食べながら言う。
「ミサカは昨日、俺と同じく原因不明の転移で麻帆良にやってきた。人とは違う生き方をしてきたからちィと常識知らずだが、そこらへんを考慮して接してくれると助かる。魔法の事は知ってるから隠さなくてもいい」
「昨日のジジイの呼び出しの元凶はそれか?」
「そォだ」
アクセラレータは私に対してだけやけに含みがあるような視線を向けてきた。
どうやら私が思っているように一方ミサカは奴の世界の住人らしい。
ということは、だ。
「じゃあ、こいつも貴様と同じく魔力も気も使わない異常現象が起こせるのか?私としてはそっちの方に興味がある」
「その前に、テメェらはミサカに自己紹介しろ。まだミサカはテメェらの名前もしらねェンだ」
それに反応したのはやはり元来生真面目な高音・D・グッドマンだった。
こいつも以前までは正義正義とうるさかったが、ここ一年で考えが変わったらしい。
まあ、『闇の福音』である私に敵意を向けてこない所を見ると、相当変わったんだと思う。
それぞれ自己紹介をしていき、最後に私が自己紹介をする。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

「……真祖の吸血鬼の方ですか、とミサカは驚きます」

ほう、私のことを知っているのか?
そう思った私が不敵に笑っていると、アクセラレータが野菜を頬張りながら手を振った。
「俺が教えたンだよ」
……そうか、と私は落胆した。
なんだ、久しぶりにいじめてやろうと思ったのに。
まあ、アクセラレータと同じくこいつも一癖も二癖もありそうだから、からかうのも容易じゃないと思うが。
私がつまらなそうに鼻を鳴らすと一方ミサカが不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。
「私のイメージとしては、真祖の吸血鬼とはもっと年上の方かと思っていたのですが、とミサカはミニマムサイズの身長を観察します」
「……言っておくが、私は貴様なんぞよりもよほど年上だからな」
「それは女性として自慢するべき事ではないと思います、とミサカは冷静に指摘します」
「なっ、なにぃ!?」
ひ、密かに気にしていることを言葉尻を捕らえてくるとは!
やっぱりアクセラレータの親近者はマトモじゃないのだな!
私が額に青筋を浮かばせていると、一方ミサカは私の威圧などものともせずに、何事もなかったかのようにアクセラレータと共に鍋をつついている。
この図太さ、本当にアクセラレータと似た所があるな……。
そう思った私はこれ以上何かを言っても無駄だと判断し、深呼吸して落ち着く事にした。
「話は終わったな?」
ああ終わったよ!と怒鳴りたい気持ちを抑える。
クッ、なんだかストレスが溜まるばかりじゃないか!!
「じゃ、ミサカの能力を説明するが……いいか、ミサカ?」
「私が説明します、とミサカは自己主張します」
その言葉通りに、一方ミサカは説明を始めた。

「私の能力は発電能力、電気を起こすことができる超能力者です、とミサカは簡潔に説明します」

それを証明するかのように、一方ミサカがかざした手と手の間でバチバチと電流が流れ、火花が散る。
確かに魔力も気も感じられないな。
改めて見ると信じられん現象だ。
アクセラレータのそれはなんというか無茶苦茶だったので現実感がなかったが、雷の精霊などを呼び出して攻撃する魔法があるので一方ミサカの能力のほうが現実感があったのだ。
一方ミサカは手の間にある電気を消すと、鍋に野菜を入れた。
「電撃の最大出力は約6億ボルトと推定されています、とミサカは言います」
「ろ、6億ボルトですかぁ!?」
「とてつもないですね……それを魔力を使わずに出してのける、というわけですか……」
佐倉愛衣と高音・D・グッドマンがそれぞれ驚きに唸った。
6億ボルトといわれても私としてはピンと来ないが、自然界における電撃の最大出力が十億ボルトじゃなかったか?
それを詠唱もなしにぶっ放す事ができる『歩く雷』……『歩く非常識』のアクセラレータがいなければ確実に危険視されている存在だな。

そして、その気になれば今この場でここにいる全員を感電死させる事も可能だと言うことだ。

流石の私も全開状態ならばともかく、この状態で雷の速度に反応しろと言うのは無茶だ。
障壁で防ぐことはできるだろうが、その威力次第では破られてしまうだろうし。
更に無詠唱で雷を操れると言うことは、ほぼ確実に先制攻撃を撃てるという事を意味する。
撃ち出すタイミングがわからないので雷撃を避けるのは非常に困難だ。
それを避けるためには避雷針を作るしかないだろうが、そんなものがこのあたりにそうそうあるわけないしな。
初対面の敵にはかなりつらい相手だろう。
私が一方ミサカの電撃使いの特性を分析していると、いきなり桜咲刹那が真剣な表情で一方ミサカに尋ねた。
「それで、ミサカさん。昼間の事なのですが……」

昼間?

そういえば、こいつは前に会ったみたいなことをほのめかしていたな。
一方ミサカは昼間の件とやらを思い出したらしく、意見を求めるようにアクセラレータを見やった。
アクセラレータは面倒そうに舌打ちする。
「……俺の能力と記憶のことだろ?」
なるほど、アクセラレータが嫌がるわけだ。
いまだに私とジジイ、そしてタカミチ以外にこいつが記憶喪失を偽っている事、そしてこいつの能力がベクトル操作能力ということを知っている奴はいない。
アクセラレータ自身も結構な話術を誇るが、こいつ等の前だとボロがでそうで嫌なのだろう、実際そんな顔をしていた。
能力と記憶、ということについては佐倉愛衣や高音・D・グッドマンも知りたかった事らしい。
身を乗り出して一方ミサカに詰め寄る。
「アクセラレータさんの記憶と能力について知ってるんですか!?」
「知っていますが、全てではありません、とミサカは期待するなと告げます」
「コラ、説明すンのァ俺だ。自分の事くらい自分で説明する」

一方ミサカから視線が外れ、アクセラレータの方に視線が集まった。

アクセラレータはポン酢につけた肉を頬張ってから話し始めた。
「俺はどォも東京の一角に住ンでたらしい。詳しい場所はミサカでもわかンねェってよ。ンで、俺の年齢は現在十七歳。両親は蒸発して俺一人で生活してたらしい」
両親が蒸発、という言葉に私と一方ミサカ以外の者が沈黙した。
軽軽しく言うが、ここ日本の現代社会において、両親がいなくて生きていくのはかなり大変なことであるからだ。
「俺の一族には……ミサカもそうだが魔法使いの血が通っているらしくてな。俺の能力もそれで発現したモンらしい」
「で、その能力とは?」
桜咲刹那が興味津々とばかりに身を乗り出した。
アクセラレータは気が乗らないとばかりにため息をつきながら答える。

「俺の能力は『ベクトル操作能力』。あらゆる運動量、熱量、電気量の力の向きを操作する事ができる超能力者だ。テメェら魔法使いとは根本的に違う『天然』の魔法使いの一人だ。ジジイに訊いたら滅多にいねェらしいけどな」

「ちょ、超能力、ですか?スプーンを曲げたりするあの?」
「有名なのはそォだな。ありゃァおそらく『念動能力者』。実在するンだから困ったモンだ」
皆、なかなかに驚愕しているが、一般人から見れば超能力者も魔法使いも同じようなものだと思うのだが。
私は一般人ではないが、それくらいの視野の広さくらいは持っている。
しかし、天然の魔法使い、と解釈したか。
納得できそうで納得できん説明だな。
実際、こいつ等もうんうん唸っているし。
「超能力者なんて聞いた事ありません。魔法使いならまだしも、魔力も気も使わずに超常現象を起こせる存在ならもう少し有名になっても良いと思うのですが……」
「そういう連中は差別を受ける。魔法社会でも現実社会でもだ。異端は排除される運命にあるからな。だから俺達超能力者は基本的に身を隠している。バラエティにたまに出てくンのは『こんなのはインチキだ』ということを頭に刷り込ませるためにやってるンだとよ。御苦労なこった」
そうまとめるか……なかなか、本物っぽい話になってきたじゃないか。

凄過ぎる力はかえって反発を招く。

こいつ等もそれを知っているからアクセラレータの言葉が真実なのだと『勘違い』するだろう。
「だから、このことはなるべく内緒にしてくれ。俺が超能力者として有名になりゃァ、他の超能力者が叩かれる可能性もあるからな。……まァ、有名なので言やァ魔法無効化能力者か。あれも一種の天然の超能力者だ」
激レアとされる能力者のことか。
ここで具体例を出されれば信用せざるをえんと言うことだな。
なかなか、こいつも狡猾じゃないか。
実際、魔法無効化能力者が超能力者ということはわからんくせに。
「もっとも、超能力ってのは自覚して発動するモンだ。世の中には自分の超能力を知らずに内包してる連中だって多く存在する。強すぎる能力者の一族なんて戒厳令がしかれてたりするほどだからな」
これで、止めだろう。
ここまで具体的に説明されれば、流石のこいつ等もアクセラレータの言葉を信用するしかなくなる。

実際納得するようにうんうんと頷いている真実を知らない馬鹿どもを見ていると笑いたくなって来る。

佐倉愛衣はガッツポーズでも取るようにして気合を入れながら言う。
「わかりました。そういう理由なら、私はアクセラレータさんの能力を無闇に広めたりしません!約束します!」
高音・D・グッドマンもゴホンと咳払いしながらそれに頷いた。
「私もです。あなたが危機に陥る事はそうそうないでしょうが、私達の短絡的な行動であなたが不幸になるのは私の本位じゃありませんし」
桜咲刹那は力強く頷いた。
「私もお二人と同じ意見です。絶対に喋りません」
三人の言葉を聞いた一方ミサカは驚いたようにアクセラレータを見やる。
「昼間も思いましたが信用されているのですね、とミサカは驚きをあらわにします」
「ウゼェだけだ」
そう言ってアクセラレータはコーヒー缶を掴んでその中にある液体を喉に流しこんだ。
「照れ隠しのつもりか?バレてるぞ」
「…………」

私が告げても表情変えずにだんまりか、面白くないやつめ。

もちろん私がいうまでもなく三人は気づいてたらしい、それぞれくすりと笑うと席を立った。
「それじゃ、私達はこれでおいとましますね。お姉様、行きましょう」
「ええ。レアな光景も見れたり、今日は満足です」
そう言って佐倉愛衣と高音・D・グッドマンが部屋から出ていくと、最後に桜咲刹那が一礼して去っていった。
最後になんだかアクセラレータに笑みを向けていたのが気になるが……クッ、おもしろくない。
三つの気配がこのアパートから遠ざかっていくのを確認した後に、私は首を小さく振ってアクセラレータに反射を解除するよう指示し、念話でアクセラレータに尋ねた。
念話も反射ではじいてしまうコイツと念話で話すには合図をしなければならないのである。
面倒だが、しょうがない。
『いいのか、本当の事を言わずにいて』
すると、反射を切ったアクセラレータは即座に答えた。
『知らずにいて良いことは腐るほどある。奴らはどォせ後3,4年もすりゃァ麻帆良から出ていく連中だ。奴らが俺のことをどう思ってるのかくらいは把握してるつもりだ。そのイメージを崩したくねェ』
『ふん……嫌われるのが恐いのか?貴様らしくないな』
『俺が嫌われるのは別にいい。そうなった場合、ミサカの立場がなくなっちまう』

一方ミサカだと?

なんでこの女をそんなに気にする?
まさか親類と言うだけでそこまでする男でもないだろうに。
『このミサカという女も貴様の親戚ではないのだろう?貴様と同じ世界の出身だから、かなりヤバいことに関わっていたんじゃないのか?』
アクセラレータはそれを聞いて、しばらく黙った。
だが、言ってくれた。
『こいつは学園都市の最暗部に位置する存在だ。ヤバいどころか、こいつの存在の理由を知れば殺されるくらいの立場にいたンだよ』
『……そんなトップシークレットなのか?』
『間違いねェ』
おそらく、これがアクセラレータにとっての最大限の譲歩なのだろう。
それ以上は言う必要もないし、言いたくもないに違いない。

私にも、言いたくない過去は存在するからな。

「茶々丸、行くぞ」
「はい、マスター。それではアクセラレータさん、ミサカさんも、失礼いたします」
「おやすみなさい、とミサカは手を振って見送ります」
しかし、と私は思う。
この一方ミサカという女の口調は慣れることはないな。
それはカンでもない、ただの確信だった。






SIDE 一方通行

「どうして私たちの世界の事を話さなかったのですか、とミサカは疑問に思います」
連中が帰った後、ミサカは真っ先にそう聞いてきた。
超能力がこの世界に存在するなんて、そんな事は知らない。
魔法無効化能力者が超能力者なんてことも知らない。
俺はミサカの質問に対して、こう答えた。
「俺たちの情報が漏れるのはまずい。例えあいつらでも話したらまずいことになることだってある」
「しかし、あの人たちはあなたの事を信用しているようでした、とミサカは抗議します」
「…………」
そんなことはわかっている。
俺だってそうなんだ、それくらいはわかってる。
だが、俺は危険性を考えたのだ。
あいつ等が俺たちの事を話すと言う危険じゃない。

いずれ俺たちの能力がバレた時、俺たちに対して興味を示してくる連中の対策だ。

俺たち超能力者に興味を持ってくる連中がいないとも限らない。
その場合、あいつ等が標的になるのは避けなければならない。
「俺たちの情報はヤバすぎる。それはテメェにだってわかってンだろ。深入りさせる前に、ある程度の理由で納得させた方が向こうのためだ」
「それは、そうですが……」
ミサカも言葉を濁す。
もしもこの場にいるのが上条当麻と御坂美琴であればこんな事はしなくても良かっただろう。
連中が持ってるのは一般的な情報のみだからだ。
だが、俺たちが持っているのは学園都市の闇の記憶。
そして、俺たちがこうして付き合っているのがおかしいと思える俺たちの関係。
このままズルズルと全てを話していったら、それらすべてを話してしまいそうになる気がする。
全部話しそうになって怖い。


『俺』のことまで話しそうになって、怖い。


俺は舌打ちをした後、ソファーの上に寝っ転がった。
「俺ァもう寝る。お前も帰れ」
「……わかりました、とミサカは答えます」
そうしてミサカが帰った後、俺はコーヒー缶に残っていたコーヒーをすべて飲み干し、中途半端に温いそれにイラついて缶を握り潰す。
缶の中に僅かに残っていたコーヒーが、血のようにポタポタとテーブルの上に落ちた。
叫びたくなる衝動を抑えつけ、歯ぎしり。
なんとなくだが、『一方通行』の気持ちがわかった気がする。
彼が人を遠ざけた気持ちというものが。

楽なのだ。

自分だけを守れば良いから。
反射を使って守っていれば、自分が傷つくこともないから。
だが、俺は関係を持ってしまった。
親しいと断言しても過言ではないくらいの。
それはとても捨てがたい、暖かいものだ。
それを守らなければならないために、俺は嘘をつく。
つきたくない相手に。
そして一応、これはミサカを守るための処置でもある。
ミサカが2-Aに行くとして、その前に下手な情報でも出回ったらミサカの今後の関係に関わるだろう。
ミサカは『超能力を扱える女の子』という情報だけ与えておけば良い。
クローンというだけで憐みの視線を向けられると言うのは、多分つらいだろうと思うから。
それが偽善だとわかっているから、俺の心は軋む。
不愉快で、イラつく。
「……クソッ」
俺は更に、缶を縦に握り潰し、掌の中に握りこんで圧縮した。
それをコーヒー缶が溢れているゴミ箱の中に叩きつけ、俺は寝室に向かう。
さっさと眠れるとは、とても思えなかった。






~あとがき~

ミサカ初顔合わせの巻でした。
さて、ほのぼのとしていたアクセラレータファミリーの中にミサカと言う火種が投下されました。
彼女らからすれば意味不明かつ正体不明な彼女の事を気にする事でしょう。
精神が揺れます……すみません、こういう状況が好きなんです。



[21322] 第26話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/11 21:59
SIDE 一方ミサカ

お正月も終わり、その余韻でアクセラレータが惰眠を貪っている光景を見せつけられた、というのがここ一週間のミサカの認識でした。
……嘘です。
ちゃんとアクセラレータは見回りとかに行っていましたし、正月で浮かれる人間を鎮圧してきたようでした。

勝手気ままなニートではなかったことがわかって少し見直しました。

ミサカの近況報告をすると、一応、高音さん、愛衣さん、刹那さんなどといったアクセラレータに親しい人たちにはあいさつ回りをして親しくなりましたし、昨日は実力テストに励む高音さん達がアクセラレータの家に来ていました。
テスト、というと私には銃の扱いなどといった戦闘訓練しか思い浮かびませんが、彼女らの言うテストと言うのはペーパーテストのようです。
配られた用紙に書いてある問題に回答するだけ。
実戦訓練に比べてなんと簡単な―――と思っていましたが、なかなかこれが難しいのです。
ミサカは小学校高学年程度の学力なら普通にあるのですが、中学生レベルになるとキツいものがあります。
施設で『洗脳装置』による学習が行われたはずですが、一般常識的な学力以外は入力されなかったようなのです。
確かにミサカは完全軍用ミサカではありますが……ミサカが言うのもなんですが流石に小学校レベルの学力はどうかと思います。
アクセラレータもそれはヤバいとのことで、とりあえず勉強を始めることにしました。
その結果。
進めていくうちに理解すればそこそこできるのですが、理解できないところが多すぎます。

国語なんてさっぱりです。

国語が苦手なのは漢字ではなく……むしろ漢字は暗記さえすれば良いので簡単なのですが、心情を描写せよという問題がわかりません。
非常に困ります。
これは各々個人の思考によって答えが変わってくるのではないでしょうか?
感受性は人それぞれですし、この問題を出す意図がわかりません。
アクセラレータは『ペーパーテストは求められた答えを答えられるかどうかってのも採点基準に入ってると思うぜ』とか言ってましたが、生まれて一年も経ってないミサカにそれを要求するのは非常に酷です。
今は中学二年の冬なのに、中学一年から勉強し直しという事態になってしまいました。
毎日ワークをして見直しをして納得をして、という繰り返しをすることで身につくと言っていましたので、とりあえずはその通りにしています。
一応覚えてはいますが、ほぼ暗記です。
応用性のある問題を出されると厳しいかもしれません。
その分、社会と理科は得意ですね。
暗記が多いですし。
そして、一週間でできる程度に学力を詰め込んでいると、私が中学校に行く前日に、高畑さんがアクセラレータの部屋にやってきました。
「おォ、タカミチか。こんな時期に何の用だ?」
「ミサカ君のことだよ。家にいないからこっちかと思ってね」
「……編入の話か?」
「そういうことだ。ミサカ君はいるかい?」
いるから上がれ、ということで高畑さんがアクセラレータの部屋の中に入ってきました。
煙草を吸っている人特有のにおいが、僅かにミサカの鼻を刺激しました。
「編入、ということは書類の確認などは終わったのですか、とミサカは確認を取ります」
「ああ。まあ、だいたいは学園長がやってくれたし、君がやることといえば名前を書くくらいのことだったからね。直接学園長に渡してきたし、もう手続きは完了だ」
「ジジイは手続きが終わってなくても……っつか、マトモな手続きがなくても編入させそうな気もするがな」
「……それについては否定しないよ」
ハハハ、と乾いた笑顔で高畑さんは言いました。
ということは、あの学園長の権力はかなりのもの、と捉えて良いのでしょうか。
こちら風に言えば上層部のようなものだと考えればそれも納得できました。
複数ではなく一人なのですから、ほぼ独断が可能と言う事です。
それについては現代社会ではなく魔法社会の序列が影響しているのかもしれません。
アクセラレータから聞く所によると、魔法はかなり実力主義の社会らしく、学園長はこの麻帆良で最強の実力を持つ上に、裏ではそこそこやり手のようなのでここの学園長になったらしいです。
最強、であるのはあくまで魔法使いという意味で、ということらしいですが。

意地を張るのは彼らしいと思います。

さて、学園長のことよりもミサカには疑問があります。
「所で、ミサカの編入するクラスはどこなのですか?とミサカは当然の疑問を問いかけます」
「僕の担当しているクラス……2-Aだよ」
ふむ、とミサカは思考します。
アクセラレータの言う通りになりました。
高畑さんの担当している2-Aというのはこの麻帆良でも有名なクラスらしいです。
何がすごいのかというと、個性が、だそうです。
色々とカオスらしいので、不安を感じながらもどんなクラスなのか少しドキドキしています。
僅かな緊張を悟られたのか、高畑さんは軽く笑いました。
「緊張しなくても大丈夫だよ。あのクラスは」
「どうしてでしょうか、とミサカは尋ねます」
「……緊張してても多分無意味になるだろうからね」
口元をひきつらせて言っている高畑さんはどこか疲れて見えました。
個性がすごい、ということはおそらくそのクラスは濃すぎるのだと判断しました。

つまり、問題児が多いのだと。

だから高畑さんもこのように疲れた表情を見せているのでしょう。
濃いクラスにはそれに対抗しうるような濃いキャラでなければいけません。
じゃないとミサカと言う個が群衆に呑まれて消えてしまう―――大げさですね。
ミサカはくるりと後ろに振り向きます。
そこではアクセラレータがふんぞり返って蜜柑を食べていました。
相変わらず目の前にはコーヒー……恐ろしく合わないと思いますが、それでも食べているのでおいしいのでしょう。
もうツッコミ飽きたので、そのことにはスルーしながらミサカは尋ねました。
「アクセラレータ、ミサカのキャラは濃いですか?とミサカはアクセラレータにガンたれます」
「お前でキャラ立ってねェなンて言う奴はそうそういねェだろォよ。っつかいい度胸だ。テメェ蜜柑の占有権が誰にあるかわかってねェみてェだな」
「なら炬燵の占有権はミサカにあります、とミサカはモゾモゾ炬燵に潜り込みながら絶対防衛線を主張しま―――あっ、何を炬燵を持ち上げているのですかとミサカは実力行使に断固抗議します!!」
「炬燵は皆で入るために四辺存在してンだよ!!テメェ一人だけで残り三辺を死守する事は物理的に考えて不可能だろうが!!」
「くっ、蜜柑が、炬燵が遠のいていく……とミサカは絶望に打ちひしがれます」
「……どこから突っ込めばいいんだ?」
ふと見ると、高畑さんは苦笑いをしていました。
ミサカが炬燵を取られているというのに、冷たい人です―――という冗談はさておき。
「所で高畑さん、そのクラスはキャラが濃くないと飲みこまれるような濃いクラスなのですか、とミサカは質問します」
「きゃ、キャラ?まあ……僕は人それぞれだと思うけどね。ミサカさんが無理に合わせる必要はないと思うよ」
「つまりミサカはミサカらしく誇らしくいけばいいというわけですね、とミサカは納得します」
「……今のはネタなのかい?」
「さあどうでしょう、とミサカはクスクス笑います」
「…………」
高畑さんは疲れたように肩を落としました。
アクセラレータはそれを見てニヤニヤしながら蜜柑を頬張っています。
どうでもいいですが、今何個目ですか、アクセラレータ。
ミサカがその質問をしようとした時、高畑さんはため息交じりに立ちあがりました。
「そのキャラなら十分に2-Aでもやっていけると思うよ。これは担任の僕が保証する」
「だろォな」
くつくつとアクセラレータは笑いました。
なんでわかるのかと聞きそうになりましたが、アクセラレータは広域指導員だったことを思い出します。
いつも麻帆良を歩いていれば面識も広くなる、ということですか。
それに、確か刹那さんが2-Aだったと思います。
愛衣さんも中学校にいた気がします。
だからアクセラレータもあの中学校について詳しいのだ、と思います。
「中学校の位置はわかるかい?何度も行った事があるだろうけど」
「一応はわかりますが、教室の位置はわかりません、とミサカは答えます」
「それなら一度教室に来てくれ。僕が送っていくから」
「……変な事はしないでくださいね、とミサカは距離を取ります」
「アクセラレータ!僕はもう限界だ!この空気に耐えられないッ!!」
「いやあれはミサカの冗談だから……ミサカもいィ加減にしろ。それ系の冗談はコイツのダンディ心を予想外の角度から抉るンだ」
アクセラレータから高畑さんに対しての弄りがご法度になったところで、ミサカは高畑さんと一緒にかなり高そうな車で移動を始めました。
ミサカは詳しくないので車種はわかりませんが、普通のサラリーマンが乗る車より高そうな事は容易に想像させます。
高畑さんはすっかりミサカに苦手意識を持ってしまったようで、あまり会話が進む事はありませんでした。
ミサカもちょっと学校に行けることで舞い上がってしまっていたようです。
ちょっと反省する事にして、これ以降は少し自重しようと思いました。


「さて、と。ここがまあ、君の通う中学校……正式な名前は麻帆良学園本校女子中等学校という学校だ」


改めて校舎を見上げてみると、やはり学園都市にある学校とは大きく違うと思います。
一部凝っている学校はこれと同じような外観の校舎はありますが、基本的に学園都市は機能重視なのでシンプルな耐震構造に優れている建物が多いのです。
「この校舎の耐震構造はどうなっているのですか、とミサカは尋ねます」
「昔はなかったみたいだけど、今は鉄筋で補強されてるみたいだよ。結構前に大改修があって、その時に補強したみたいでね」
具体的な震度について言わないということは高畑さんもあまり知らないのでしょう、とミサカは予想します。
まあ、学園長などがいる魔法使いの学校ですから、魔法などで耐震を行っていても何ら不思議ではないのですが。
高畑さんについていき、玄関から入室します。
最初は学校に入ることがミサカにとって革命的事項だったのでワクワクしていましたが、今ではもう慣れたものです。
下駄箱の上に靴を置いて、スリッパをはいて廊下を歩きます。
階段をいくつか上ると、職員室を紹介され、その後階段を上がって教室に行きます。
多分、あの職員室には高畑さんのような魔法先生がいるのでしょう。
魔法使いと戦闘をしたことがないので彼らのことはまったく不明です。
一人だけ倒した事がありますがあれも不意打ちでしたし、もしもこうなるのなら一般的な魔法使いの実力を把握するべきでした、と思います。
そしてその教室に辿りつきました。
扉の上にかかっている札にはクラス名が書かれています。
中に入ると、そこはミサカが思っている教室とはちょっと違う風体の教室でした。
ミサカの知識には一人には一つずつ机が与えられ、机を離して授業を受けるとあります。
なのに目の前の机は二人で一つの長机になっています。
それが三つ……つまり六列ということになります。
ミサカが教室を観察していると、高畑さんがとある席を指さしました。
「あそこが君の席だ。エヴァは知ってるかい?彼女の隣だよ」
エヴァンジェリンさんのことですね。
あの鍋騒動以来あった事はありませんけど、面識のある人が隣と言う事は安心感があります。

でも、どうせなら刹那さんの方が親しいのでそっちの方が良かったと思いました。

まあ、贅沢を言っても始まりません。
ミサカは一番後ろの、窓際から数えて五列目の席に座ります。
どうも椅子が馴染みませんが、これから嫌でも馴染んでいくのだろうと思いました。
「視力は大丈夫かい?」
「問題ありません、とミサカは答えます」
オリジナルもコンタクトなどはしていないようですし、それほど目を酷使していないミサカの視力が悪くなる事はありえません。
これから目が悪くなるとメガネをかける可能性も出てきますけど、その時はその時に担任に相談することにします。
席から立ち上がろうとすると、着メロが鳴りました。
携帯を取り出すと、どうやらアクセラレータからのようでした。

『ついでだからそのまま買い物して帰って来い』

とだけメールにありました。
確かに効率的ではあるのでそれには同意し、帰りは商店街に寄って帰ることにしました。
「これで案内は終わりだけど、何か質問はあるかい?」
質問、ですか。
そういえば、とミサカは思い浮かんだことをそのまま言います。
「どうして学園長室が女子中学校の中にあるんですか、とミサカは当然の疑問を問いかけます」
「……うーん、それについてはちょっとわからないな……学園長の考えてることは僕にもわからないし」

特に理由もないみたいですね。

ミサカにとっては都合が良いので、それでいいですけど。
帰ってからアクセラレータに聞こうと思いながら、ミサカは高畑さんに頭を下げて、そのまま商店街に足を向けました。
ミサカはオリジナルのおかげかもの覚えが良いので、料理についてはすぐ覚えられました。
これはオリジナルも多分そこそこ料理はできると考えて良いでしょう……まあ練習をすれば、ですが。
アクセラレータに料理を習うなんて一生ないと思っていただけに、料理を教えてくれと頼むのは勇気が要る行動でしたが。
その時にアクセラレータが見せた表情は、なんというか微妙でした。
料理を作る時の説明は流暢で分かりやすかったのですが、どこかぶっきらぼうなもの言いになっていたのは何故でしょうか?


若干顔も赤くなっていた気がしますが。


ミサカには良く分かりません。
商店街に到着すると、周りにはにぎやかな喧騒が飛び交っていました。
部活帰りに制服で訪れる人もいれば、私服で訪れている人もいます。
大半が学生、という状況は学園都市とあまり変わらないので見慣れたものでした。
「おお、ミサカちゃんじゃないか。今日も買い物かい?」
「はい、とミサカは答えます」
何やらミサカは二日ほどで名前を覚えられてしまいました。
どうもアクセラレータと一緒にいた事が関係しているようです。
アクセラレータはここに来て一年間程度麻帆良にいて、その時から商店街に沸くマナーがなっていない人たちを駆除していたようです。
今でもいないというわけではないらしいですが、アクセラレータが来てから商店街の治安が良くなったのは確かなようです。
そのため、商店街の人たちからはアクセラレータはどこかヒーロー的な存在らしいです。
そのアクセラレータと一緒に歩いていた所が目撃されたようで、ミサカは商店街の人たちに興味を持たれてしまったらしく、名前を明かすことになりました。
それからアクセラレータと親戚というだけで結構サービスをしてくれるようになりました。
人情が厚い人たちが多くてミサカは最初は困惑しましたが、やはり慣れてしまえばそういうものはそういうものと認識できるようになりました。
やはり学園都市とは違うのだ、というのがその空気から察することができます。
ミサカを陥れようなんて考えの人はおらず、純粋に感謝の気持ちが伝わってきます。
それは正直に嬉しいものでした。
それぞれの店を訪れて夕飯の献立を決定し、そのまま家に帰ります。
鍵がかかっていなかったので、そのまま開けました。
「おォ、買ってきたか。レシートはあるか?」
「ふふ、ミサカは二度同じ失敗はしないのです、と誇らしげに胸を張ります」
「最初その紙きれが渡される意味がわからなかった奴とは思えねェな。おかげで計算が狂っちまったってのに」

家計簿、というのをアクセラレータはつけているようです。

今まで購入したものをデータ化し、一か月でどれだけお金を使ったのかを一目でわかるようにするものだそうです。
言われてみればそれがわからないとどれだけお金を使ったのかが具体的な数値で示せないということに気づきました。
今はちゃんとミサカもそれがわかりますので、そういう失敗はしません。
人とは学習する生き物なのです。
そう思いながら、ミサカは夕飯を作り始めます。
最初はアクセラレータも監督していたのですが、もう不要です。
まるでダメ亭主みたいにバラエティ番組をソファーの上で見ているアクセラレータを無視し、それぞれの食材を並べてどう効率的に作るか順序を決定し、作り始めます。
こうやって料理を作るのは、いつのまにか一日交替になってしまっていたことを思い出します。
アクセラレータはミサカだけに作らせているのは何か嫌なようで、いつもミサカが作ると言っているのに割り込んできています。
ミサカはただ料理をしてみたいだけなのに。
一応成果は出ているのですし、アクセラレータもただ黙ってテレビを見ていれば料理が出てくるのですからそれでいいじゃないかと思うのですが。
内心でアクセラレータへの不満を暴露していると、鰤の照り焼きがいつの間にか終わってました。
慣れれば自然とできるものですね。
ご飯が炊けたころには盛り付けも終わりましたので、そのままお盆に載せてテーブルに運びます。
できたことがわかっていたのか、アクセラレータはもうテーブルについていました。
「……段々と手際よくなってきてねェか?」
「一週間もしていれば慣れます、とミサカは手際よくお皿を並べます」
頬杖をついているアクセラレータの前に鰤の照り焼きを置き、ミサカも座ります。
そして『いただきます』と手を合わせた後、鰤の照り焼きを食べます。

うん、おいしいです。

チラリとアクセラレータを窺うと、アクセラレータは何も言わずに食事を進めていっています。
何も言わないと言う事は文句がないと言う事でしょう。
ですが、何か一言欲しいものです。
そのままじーーーーーっとアクセラレータを見ていると、ようやく気づいたようでした。
「……なンだよ」
「普通、こう言う時に一言あるものではないのですか、とミサカは当然の反応を求めます」
そう言うと、アクセラレータは一度鼻を鳴らしてから、


「まあ、美味ェな」


そう言われて、ミサカはちょっと嬉しくなりました。
自分の作った料理を褒められるのは、予想外なほど嬉しいものです。
学園都市にいたころでは想像もできないほどの環境に、ミサカはほんの少しだけ感謝しました。






SIDE 一方通行

ミサカが帰った後、俺はソファーから腰を上げた。
見回りの時間……よりは少し早い。
それもそうだ、少し早くに出る用事があるのだから。
俺は首を鳴らすと、夜の麻帆良を歩きはじめる。

どこにいても見える巨大な世界樹を眺めて、そういえばミサカが来てから世界樹に行っていないことに気づく。

今度行ってみようか、と思った。
……しかし、美味かったな、鰤の照り焼き。
いつの間にあんな腕を上げやがったんだ、アイツ。
どうもアイツなりに俺の感想を聞いて味に調整を加えているらしく、今日の料理は俺の舌にドンピシャだった。
料理をしている時の顔が無表情ながら若干楽しげなのは、おそらく料理自体が楽しいのだろうと思う。
勉強も嫌がっているようには見えなかったし、おそらくミサカにとっては何もかもが新鮮で、楽しいのだ。
そのミサカが2-Aに編入することで苦労するかどうかはミサカの性格にかかっているわけだが……まあ、その辺りは人生経験と言う奴だ。
ミサカもうまく乗り越えていくことだろう。

さて、俺がやってきたのはいつもの女子中学校。

無論、目的は学園長室である。
進み慣れた廊下を進み、学園長室の前に来るとノックして開ける。
「おお、アクセラレータ君。よく来たの」
「テメェが呼んだンじゃねェか」
そう言いながらも、この呼び出しには納得である。
というのも、呼び出される理由に心当たりがある。
「さて、と。単刀直入に言うが、ミサカ君の事じゃ」
そうだろうな、というよりも当然だ。
むしろ不確定要素であるミサカを一週間も放置してきたことが問題だ。
あっちも忙しかったのかもしれないが……もしかして放置していたのは監視のためでもあったのだろうか。
ならミサカが気づくはずだが……いや、魔法の監視では察知することもしづらいか。
それとも俺と組んで不穏な事をしないかどうかの様子見か……まあ、上げていけばキリがない。
とりあえずジジイの話を聞こう。
「とりあえずは2-Aに編入と言う形にしたが、それには異論はなさそうじゃったの?」
「まあ、アイツに経験を積ませるのもそうだし、このまま麻帆良に缶詰ってのも将来を潰すのと同じ意味だからな」
「じゃな。奨学金も出すし、自分の小遣いにするんじゃないぞい」
「するか。そんな寄生するようなセコい真似なンざしねェよ」
ジジイは頷くと、その目を鋭く変化させた。

権力者特有の威圧というものが押し寄せてくる。

おそらく無意識だろうが、それほど真剣な話と言うわけだ。
「タカミチ君にも言われたが、やはりミサカ君は悪い子じゃなさそうじゃの」
「監視してたのか?」
「流石に本人の許可もなくせんよ。君の関係者にそんな勝手な事をすれば、君がどう出るかわからんからの」
「魔法先生の方は?」
「沈静化はしたがのう……君の時のように監視命令を出さんかったから緊張気味じゃ。おそらく、君の時のようにはいかんじゃろう」
ジジイが監視命令を出さなかったのは……おそらく、ミサカの事を気遣って、だろう。
クローン人間であることを知っているのはジジイだけ。
ロクな人生じゃなかったことはわかっているはずだ。
今まで管理された人生であり、それから抜け出して現在は自由になったと言うのに、そこに監視を加えてまた管理するのはジジイでも気が引けたのだろう。
その心遣いを内心で嬉しく思いながら、俺はため息をついた。
「わかってはいたが、面倒くせェモンだな」
「学園のために貢献すれば、君のようになじめるのも早いんじゃが……そうするわけにもいかんしのう」
集団の中になじむのは、やはりその集団にどれだけ貢献するかにかかっていると俺は思うのだ。
それも具体的な形で。
実際、刀子や刹那は関西呪術協会出身であるが、彼女らはしっかり働いているため批判の声は少ない。
関西呪術協会との友好を反対している者の中にも、彼女らの功績を認めている者は多いのだ。
具体的な実績というものがそのまま信用につながるわけではないが、その実績を参考にする人間は多いと言う事だ。
この麻帆良で具体的な実績を残すためには、それこそ手っ取り早いのは関西呪術協会の陰陽師の迎撃だろう。
しかし、これをジジイは良しとしていない。
ここもクローン人間であることを知ったことが大きいだろう。
それに、俺の時とは違ってミサカは中学生として登録されている。
今までの積み上げが全くない状態での学問というのは相当に負担をかけることになるはずだ。
いつか迎撃を行うとしても、今すぐに駆り出されるのはあまりにも無茶というものだろう。
「今はその『貢献』とやらは無理だ。今でも勉強やら学校への不安やら世の中の一般常識やら学園都市との違いやらで困惑してるってのに、更に負担をかけたらここにきて早々忙殺されかねねェよ」
「かと言って、そのままそれを説明すればその出身を聞かれるしのう……一応、適当に答えておいたが、裏を取られればバレるのは必至じゃ。手回しはしておるが、深入りして調べる連中がおるから時間の問題、と言う所じゃのう」
「まさか異世界から来たなんつゥ与太話を聞くとも思えねェ。まさか弾かれることはねェと思うが、風当たりが強いのは覚悟しとかねェとな。それに、今思えば高音の所にやらせなくて正解だったな」
「ウルスラにも魔法生徒はおるからのう……向こうにちょっかいを出される可能性は高い。それを考えると、魔法先生も容易に手出しできん君の所に置いておくのは正解かもしれんの」
今の俺は実績も積んでいるし、タカミチでも敵わない実力を示しているため、ちょっかいをかけてくる人間はそういない。
エヴァが舐められているのは信組の吸血鬼である実力を発揮できていないため、人間状態になっている所を襲撃すれば仕留められると連中が考えているからだ。
魔法社会という実力社会では実力を示すことが重要だと言う事が良く分かる。

連中への牽制のためにミサカの力を見せつける必要があるのかもしれないが、今はその時ではない。

それがわかったのだろう、ジジイも頷く。
「初出撃はいつにするかの?」
「麻帆良に慣れて、危険性がないと主張してもおかしくない時期……まあ、2,3カ月後が妥当だろォな」
「停電か」
「魔法先生が総出撃する大イベントだ、出さねェワケにもいかねェよ」
ふむ、とジジイも頷いたので、ミサカを出撃させる時期は決まった。
それまでにミサカに何らかの危険が及ぶかもしれないが……。
「反撃に関してはどォなンだ?」
「こちらから手出しをしない自衛行動ならば許可する。君と同じじゃよ」
「証明できるモンがねェンだが」
「そういう連中は魔法を隠蔽するという決まりを破る以上、絶対に誰かに相談するわい。それに、だいたい正直じゃからカマをかければすぐにボロが出るもんじゃよ」
そういうもんなのかね。
その辺りの交渉は俺にはわからないので、ジジイに任せる。
「じゃ、それは伝えとく。時期も決定ってことでいいな?」
「うむ……それと、ミサカ君は君の周りではどうかね?」
「問題を起こさないかどうか、って奴か?それなら心配ねェよ。能力の暴発の危険性もなさそうだし、アイツ自身進んで問題を起こそうとするような性格じゃなさそうだしな」
いきなり破壊衝動に目覚めたりなんてカオス展開にはならないだろうが、とりあえず今は大丈夫だ。
それに、いざとなれば……まあ、その事は今考えないでおこう。


「なら、もし問題を起こした場合は?」


「…………」
先送りにしようとした思考が読まれたか。
問題を起こした、という程度がどれくらいかによるが、ジジイは恐らく能力による事件の事を言っているだろう。
一方ミサカは最初期に生産された『二〇一一二号』だ。
研究者もレベル5の暴走に巻き込まれてはただじゃすまないし、能力制御に関しては叩き込まれているはずだが……。
しかし、やはり万が一というのを考えるのが誰しもが考えることだろう。
俺がいつもやっていることだ。
俺は小さくため息をついて、ジジイを見た。

「……具体的な処罰は受けさせるつもりだ。それをどう受け取るかはアイツ次第だろ」

俺からはこう答えるしかないだろう。
つまり、手出しはしない、と。
おそらく、ジジイは俺が力で事件そのものを潰すと言う可能性も考えているはずだ。
可能性は可能性でしかないが、そういう可能性を予想できる人間は優れていると思う。
「それなら安心じゃ」
あまり長くは言わず、短く確認を取る。
その一言がとても重い意味を持っている気がして、俺はもう少し悩めば良かったか、と後悔して、直後にそれを否定する。
そういう事件で俺がミサカを庇うということは、おそらくミサカの成長にはならない、と思うのだ。
それが策略とかそういうのではなく、明らかにミサカに非がある場合、その罰は受けさせなければならないと思うのだ。
それも一つの経験として。
「……アクセラレータ君、急に老けたように見えるが?」
「その目は正常だな。10年ほど老けた気がする」
実際、俺もこの頃なんだかそんな気がしてきた。
ずっと思考に余裕がない状態で、いつも何か考えている気がする。
子供を持った親ってこういう気持ちなのか、と暢気に思う。
父親にしては随分と歳の近い娘を持ったもんだ。
俺がため息をつくと、ジジイはふぉふぉと笑う。
「随分と深いため息をつくようになったんじゃの?親の証じゃて」
「親になンてなりたくねェよ」
「雛鳥は最初に見た者を親と思うらしいぞい」
「最初に見たのはタカミチだっつゥの……」
再びふぉふぉと笑うジジイに再びため息をつき、俺は背を向ける。
なんだか、非常に腰を叩きたい気分になった。






~あとがき~

まずは謝罪を。更新が遅れてしまって申し訳ありません。
ミサカ編が一番書きたかった所なので少々燃え尽きてしまいました。
更新停止したわけじゃないです。これからも続けていきます。

今回は前回から一週間後、ミサカとアクセラレータの生活模様です。
書いている内に完全にアクセラレータが保護者になってしまいました。
色々と常識のようなものをさりげなく教えている内にこんな立ち位置に……当然と言えば当然ですが。
そしてミサカは中学校に通うことになりましたが、その裏では学園長とアクセラレータの密談があります。
お金の問題などは少し前に解決しており、その確認ですが、問題はミサカが問題を起こした時の対応です。
学園長はアクセラレータが何らかのアクションを起こすのではないかと警戒しています。
だから釘を刺しました。
そういうピリッとした緊張はあった方が良いと思うんですよね。



[21322] 第27話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/13 12:53
SIDE 一方通行

二月、上旬。
とうとうこの時が来たか。
俺は早朝の走りこみが終わり、白い息を吐きながら筋トレをしつつ、そう考える。


二月上旬と言えば、つまり原作の開始時期である。


まだ子供先生の噂がミサカから流れてきてないので、おそらくネギはまだ来ていないのだろう。
さて、そのミサカであるが、彼女は2-Aに転入し、既に一ヶ月が経過していた。
ミサカが言うには教室に入って行った時、刹那とエヴァがやけに驚いていたとか。
その後、歓迎会が行われて嬉しかったとか。
案外普通の感想が得られて良かった、と柄にもなく素直に思ってしまった。
やはり、俺はミサカシリーズの前では調子を狂わされる運命にあるらしい。
その後のミサカの学園生活は概ね順調で、問題事と言えば2-Aから偏った一般常識をことごとく吸収してきやがることだ。
この前は『駅前で立っていると変なオッサンがお札片手に寄って来ると言うのは本当ですか、とミサカは真顔で尋ねます』とか言われた。
間違いじゃないんだが、なんでそうも突出した方向の知識なんだ、と思う。
おそらくお調子者の2-Aがなんでもかんでも情報を素直に吸収してしまうミサカを面白がって色々と変なことを教えているのだろう。
それはそれでミサカの冗談に対しての耐性がつくので良いかもしれないが、と前向きに思うことにする。

気になる中間テストなどといった成績はかなり良好。

超、ハカセでトップ2を飾り、なおかつ4位はいいんちょである雪広あやか、そして7位がミサカらしいので驚きだ。
しかし、それでも2-Aは学年最下位だったらしい。
どんだけ点数低いんだ、バカレンジャーは。
ちなみにそれはともかくタカミチは2-Aにしては珍しいミサカの勉強の熱心さに感心していた。
俺の世界からやってきたクローン人間ということはジジイから聞かされていたらしく、勉強できることが楽しいんじゃないのかな、と言っていた。
実際数学や物理学系統の計算だと俺は無敵なので、それらについての問題の質問もされたしな。
ミサカに問題の質問をされるなんて思わなかったので困惑してしまった。
まあ元々学園都市第三位の才能を持つミサカならそれくらいは取ってもらわなければ困るのだが。

友達については、それほど深いものを形成しきれてないようだ。

ただ、気軽に話せる相手と言うのは茶々丸らしい。
雰囲気も似てるし。
ミサカは来る者は拒まない精神なので仲良くするつもりが相手にあればたいていの人物とは仲良くできるだろうと思っている。
2-Aには腐った野郎もいないだろうし、騙されたりなんていうことはないだろう。
朝倉あたりは少し怪しいが。
ちなみに、ミサカは魔法を使えないことが判明した。
どうも俺達超能力者は魔法が使えない運命にあるらしい。
しかし俺と同じく気は使えるようなので俺のように早朝トレーニングを毎朝欠かさずに行っている。
元々もの覚えも良いし、訓練を受けているため俺なんかよりも圧倒的に身体能力が高い。
薬で強化されているのか、元々の御坂美琴の運動神経が凄まじいのか、俺のトレーニングメニューは楽々とこなしてしまっていた。
むしろ拍子抜けしたようで、
「アクセラレータのトレーニングとはこの程度ですか、とミサカは軟弱な体を鼻で笑います」
「軍事訓練受けてる連中と一緒にすンじゃねェよ……」
そしてミサカに無理についていったら汗だくになる有様である。
何なんだコイツの体は。
男として悔しいものを感じてしまう。
もちろんベクトル操作を使えば楽々と人間の限界を超えることはできるが、それはフェアじゃない。
むしろ姑息な手段をとったとして俺のくだらない男としてのプライドが粉砕されることだろう。
一応コイツは戦闘用に作られた存在なんだということを実感した。
おそらく、そういう存在だからこそ戦闘に関することもスポンジが水を吸収するようにすんなりと覚えてしまうだろう。
一か月が経った今、ミサカの能力をエヴァに見せるために(という名目で)別荘に入り、気の運用についての指南を始めていた。
というのも、俺も一年経過した今、本当に僅かな量を感じられる程度なのだから相当時間はかかると思うが……コイツの場合、すぐに気を操ってしまいそうで困る。
だが、気をすぐ操ってもらった方が俺としても安心なのだが。

この世界のミサカの戦闘能力は一般的な魔法使いと比べて非常に特化している部分がある。

それは火力と速射性。
数秒あれば超電磁砲を放ち、コンマ何秒かの間があれば雷を射出する。
殺られる前に殺れ、というのを体現したかのような戦闘力を誇るのだ。
だが、その分防御力や機動力が一般人並みに低い。
防御力は魔法詠唱ができないので障壁も張れず、下手をすれば魔法の射手で気絶する可能性だってある。
機動力は魔力や気による身体能力強化がないために走ることくらいしかできない。
よって、肉弾戦は極力避けるべきだと言う事がわかる。
この世界の魔法使いや気の使い手などはたいてい一般人から比べればトンデモない身体能力を持っている。
麻帆良四天王なんぞその極みだ。
彼女らと肉弾戦を繰り広げる事は、ミサカにとっては負けに等しい。
だからミサカに気を覚えさえ始めたのだが、どう考えても原作には間に合わないだろう。
ということは、新たな格闘術を研究する必要がある、と言う事だ。
遠距離からの人間砲台になれば良いと思ったが、いざ接近されると困るし、いきなり暗殺者のように気配を断って襲いかかられたらやられてしまう。
こういう身体能力については頭を捻る必要がありそうだ。
ミサカのことはとりあえず現状を見てからどうにかするということで、俺は原作についての思考に没頭することにする。
実を言うと、ところどころが曖昧になりつつあるんだよな、原作知識。
大筋は忘れていないんだがな……細かいところがちょっとな。
流石に一年以上も漫画見てないと忘れてしまうのだ。
アクセラレータの頭脳があるのに、と思うのだが、やはりこれは浸食の影響だろうか?
まあ、俺の力があればたいていのことは解決できるので、大筋さえ覚えておけば良いか、と考えている。
あまり細かい所もフォローしているとネギが成長しない可能性もあるからな。
魔法世界編で嫌でも力をつけなければならなくなるだろうが。
とりあえず、最初に起こるのが図書館島遭難事件ということは覚えている。
これにミサカや俺が介入することはないと思うので、放置することにしている。
俺が介入しなけりゃならん理由なんてないしな。
ミサカはバカレンジャーじゃないし。
そう思いながら、俺は黙々とトレーニングを続ける。
せめて体術でミサカには負けないようにしなければ、と思いながら。






思ったことはすぐにやって来ると言うのだろうか。
その日、夕方にミサカがやってきて『十歳の先生とはこの世界の法律はどうなっているんですか、とミサカは質問します』と言われた。
あー間違いない、ネギだ。
なんというか、法律がどうのこうのというのはこの能天気な麻帆良では『ま、いっか☆』みたいな感じで済まされてしまうらしいので、本来それを注意すべき教師連中が学園長に何も言わないのである。
教師達が何も言わないと言うことで生徒も問題ないのだろうと思ってしまうのだ。
よってネギが馴染んでしまうわけだ。
あの暢気なクラスだからこそ問題が起こらない、ともとれるが。
それから奇怪なことばかり(神楽坂が脱げる)起こる、とミサカが言うので、とりあえずジジイに事情を聞く事にした。
結果、ビンゴ。

やってきたのはネギ・スプリングフィールド。

性別は男で年齢は数えで十。
ミサカも少しだけ知っていた『サウザンドマスター』ナギ・スプリングフィールドの息子である。
魔法学校を卒業後、修行として先生を命じられ、この麻帆良学園にやってきたと言うことだ。
何故に修行に先生?とミサカは至極まっとうなことを聞いたのだが、向こうが決めたことじゃからしょうがない、と中間管理職のむなしさをわかってくれとばかりにジジイがバルタン笑いをしていた。
その後ミサカが『きな臭いと思います、とミサカは呟きます』と言っていたが、まったくその通りだ。
おそらく2-Aに潜在的にとんでもねー連中が収束しているのはジジイの仕業であり、『立派な魔法使い』になるための仮契約相手候補をたんまりと集めるためだ。
魔法学校の校長もジジイと同じ人種のようだし、前々から計画していたに違いない。
そういうのは気にいらない。
ネギの魔法バレに対しての責任感が甘いのも、クラスメイトを巻き込み、なし崩し的に魔法の世界へ引きずり込もうとしているのだろう。
将来的にネギが『立派な魔法使い』になることは確実だ。
確かに優れたパートナーが必要である事は頷ける。
だが、だからと言って一般人を巻きこんでまで優れた仮契約相手を探すことはない。
2-Aは基本的に善人だらけであり、その異常性は際立っている。
例え一般人とは思えない連中が満載でも、利用して良い理由にはならない。
改めて思うが、魔法使いと一般人は住み分けしているように思えるが、こうみると魔法使いが一方的に一般人を搾取しようとしているみたいで、気に食わない。

わかっていたことではあるが、そう思うとやり切れないものがある。

さて、ネギ襲来から五日ほどが経過した。
俺はトレーニングを終え、ジャージの上にジャンパーを羽織り、更に目深にフードを被ったという怪しげな男の姿で麻帆良を徘徊していた。
だってしょうがないだろ、俺の姿は有名なんだ、ちょっとは隠さないとありえないほど目立つし、不良連中が逃げて確保数が減るんだ。
ただでさえ不良数が少ないと言うのに(良いこと)。
どこぞの情報網で『ホワイトデビルは不審な男に変装している』という情報が広まっているらしいので無意味かもしれないが。
あの容姿が遥かに有名なので隠すことに意味がなくなることはないだろう。
俺が麻帆良女子中等部近郊を出歩いていると、タカミチが通りかかった。
「よォ、タカミチ」
タカミチは振り向いて、一瞬驚いた顔をした後、ため息をついて片手を振った。
「アクセラレータか。驚いた、不審者かと思って思わず身構えたよ」
「さみィンだよ。どォにかなンねェのかこの寒さ」
いつも通りタカミチは軽口を叩きながら、俺の隣に並んで進む。
普通にオフなので、話すのは自然と世間話になってくる。
「ガンドルフィーニの奴はどォした?このごろ見ねェが、出張か?」
「中東の方にちょっとね。もしかしたら僕も行かなきゃならなくなるかもしれない。少し厄介な事件が発生してね」
「ほォ。だから高音が頭下げて俺に頼んで来るわけだ。ガンドルフィーニがいなけりゃ索敵もままならねェからな、あいつ等」
「人手不足だからねえ。その辺りは毎度のことだけど勘弁してくれよ」
「早朝のあたたか~いコーヒーで手を打った。ちょっとだけ予算が浮いたし、なンか漫画でも買おうかと思ってる。オススメでもあるか?」
「君が好きなのはアレだろ、シリアス続きの全滅系だろ?エヴァンゲ○オンとイ○オンじゃまだ足りないか?」
「ありゃァ傑作だがもう飽きた。Zガ○ダムにも手ェ出してみるか。まァ、もっと過激なモンがあれば頼むぜ」
「教師として言わせてもらうけどその歳でその趣味はどうかと思うよ」
「あァ?学校が終わった後に家ン中で朝まで延々とモンハンやってる真祖の吸血鬼はどォなンだよ?」
「……それに対してのツッコミはなしの方向でお願いできるかな」
どうやら真祖の吸血鬼は特別らしい。
そんなくだらない日常会話を続けていると、女子校特有のモメ事が起きた時のギャーギャー声が聞こえてきた。
ったく、そういうトラブルは2-Aだけにしてくれないもんかね。
タカミチが目で『行くよ』と言って来るので、俺は渋々とつき合うことにした。
まあ、タカミチがいなければ俺はそこに向かったわけだが。
俺とタカミチがそっちに行くと……二人揃ってため息をついた。
「テメェンとこの生徒じゃねェか。毎度毎度面倒な事件ばかり起こしやがって」
「すまないね」

そこにいたのは原作キャラの集団と高音のせいで良く見るウルスラの女子高生集団だった。

佐々木まき絵、明石裕奈、大河内アキラ、和泉亜子の四人グループ。
こいつ等は自分の容姿のトンデモさを理解してない無自覚系らしく、商店街に遊びに行ってはナンパされているというモテぶりを発揮している。
しかも佐々木と明石が調子に乗るタイプなので、結果的に大河内が三人を庇うパターンになることが多いらしい。
まあ、そんな所に俺は何度か遭遇したわけだ。
広域指導員である以上、そう言う展開も多々あるというわけだ。
今回は学校の休み時間だからそんな事はないと思っていたら、これか。
しかもトラブルメーカーである神楽坂アスナ、雪広あやかまでいる。
聞こえるのは口汚い罵声だ。
「―――このババアッ!!」
「今時先輩風吹かせて物事通そうなんて頭悪いでしょあんた達ッ!!」
「なによやる気このガキーッ!!」
女子のいがみ合いがこの程度だったらどれほど良いか、と俺は思う。
本気の女子のいがみ合いというのは、なんというか、もっとこう粘着質で陰湿なのだ。
机の中にカミソリが入れてあったりとか、花瓶が置かれるとか。
絶対に自分じゃないと言い張れるような、犯人が非常に特定し辛い事態を引き起こすのだ。
ほんの些細なそれは心に確実に傷をつける。
繊細な人間はそれで不登校にもなるのだから、現実とは非情である。
それに比べればこうやってぶつかり合う女子のなんと健康的なことであろうか。
漫画でしか見れないと思っていたが……いや、これは漫画の世界か、こういうこともあるな。

しかし、なんとなく見たことがある光景だな。

原作でこんな展開があったかな……。
そんなことを思っていると、俺の視界にやけにちっこいスーツ姿の赤髪のガキが見えた。
デカい杖を持っていることから間違いなく、
「(あれがネギか。となると、やっぱり原作って可能性が高いな)」
しかもそれを争っているのはウルスラ最大級の問題派閥、ドッジ部の面々だ。
時代遅れの高慢な仕草で校風を乱しているらしく、高音も品位を落とされて困っているようだった。
俺も一度風で吹き飛ばしてこいつ等の争いを鎮圧したこともある。
俺がまた風で吹き飛ばしてやろうと腕を振ろうとすると、タカミチにそれを制された。
「ンだよ?」
「彼女達の始末は僕がつける。元教え子だし、君にやらせるとちょっと手荒になりそうだしね」
それにため息をつくと、俺は手をポケットに突っこんだ。
「2-Aの収拾は任せる。俺はウルスラを追い払う」
「それでいこう。追い払うよりも説得して欲しいんだけどね」
「ああいう奴らは説得しても無意味なンだよ。ペナルティってのはそのためにあるンだからな」
俺はゴキリと首を鳴らすと、タカミチと共に気配を消し、その争いの中に踏みこんでいった。






SIDE ネギ・スプリングフィールド

大変です!
何が誰を何と言おうと大変です!
この麻帆良学園はのんびりとしていてとてもいいところだと思っていたのに……まさか校内で暴行事件が起こるなんて!
魔法学校でも起こってたけど、麻帆良でもなんて……。
佐々木さんと和泉さんが怪我してたみたいだし、これは大変なことです!
先生として暴行事件を止めにいかなきゃ……。
佐々木さんと和泉さんの案内でその場所にやって来ると、そこでは高等部の生徒達が僕の生徒をずりずりと引きずっている所が見えた。
ほ、本当に暴行事件です!
僕は慌てて叫んだ。
「僕のクラスの生徒を苛めるのは誰ですか!?い、いじめはよくないことですよ!?僕、担任だし怒りますよ!?」
「!」
それに反応して高等部の生徒たちが反応してぐるりと一斉にこちらに向いた。
えうっ!?
こ、こんなにいっぱいいたんですか!?
流石にこれだけいるとちょっと恐い……。
僕はとっさに父さんの杖を握りしめる。
大人数に囲まれると言うのは怖いですけど、僕は先生だから頑張らないと。
そう思った瞬間、
「キャーッ!かわいいー!」
「十歳の先生だって~!」
「この子が噂の子供先生か~!」
いきなり揉みくちゃにされた。
な、なんでこうなるんですか!?
2-Aでもそうでしたけどなんで!?
いきなりの事態に混乱して僕は泣きそうになったが、その時僕達に向けてバレーボールが飛んできた。
それは高等部の生徒の一人に命中する。
「ぶっ!?」
結構な威力だったみたいだった。
揉みくちゃが停止したので僕が腕の隙間からボールが投げられた方向を見ると、

「いい加減におよしなさい、おばサマ方!!」

そこにはアスナさんと委員長さんがいた。
う、うわぁ、カッコいい~。
そう思って見とれていると、委員長さんは口元に手を添えて言った。
「ここはいつも私達2-Aの乙女が使っている場所です。高等部の『年増』の方々はお引取り願えます?あまり運動するとおばサマ方の体にも毒でしょう?」
「な、なんですって!?」
僕から手を離して一斉にアスナさんと委員長さんに向かっていく高等部の生徒たち。
数では圧倒的に劣っているはずなのに、委員長さんはまったく余裕の態度を崩したりしなかった。
「だいたい私のネギ先生にですねえ―――うぶっ!?」
「あんたはちょっと黙ってて」
いきなり喧嘩腰の委員長さんを押しのけて、アスナさんが言う。
「とにかく帰ってください。センパイだからって力で追い出すなんてちょっと酷いじゃないですか!?」
「ふふ、言うじゃないミルクくさい子供のくせに。知ってるわよ、神楽坂アスナと雪広あやかね。中等部のくせに色々でしゃばって有名らしいけど、センパイの言うことには大人しく従うことね。子供は子供らしく隅で遊んでなさい、神楽坂アスナ」
それを聞いたアスナさんが表情を固くした。
あわわ、あれ、怒ってます。怒ってますよ~。
「それにあんたたち、こんなかわいい子をクラスで一人占めなんてずるいわよね。私達に譲らない?」
その瞬間、何故か委員長さんから『ブチッ』という音が聞こえた気がした。
途端、委員長さんがその生徒に飛びかかる。
「誰が譲りますかこのババアッ!!」
それに続いてアスナさんも掴みかかった。
「今時先輩風吹かせて物事通そうなんて頭悪いでしょあんた達ッ!!」
「なによやる気このガキーッ!!」
あ、あわわ、どうしよう……高等部の人達と大変な事に……。
ここは先生である僕が止めないと!
「あ、あの……や、やめっ―――」
その時、僕の横を何かが通り過ぎた気がした。


「―――相変わらず元気だな、二人とも」


そう言ってアスナさんと委員長さんの襟首を掴んだのはタカミチだった。
二人が後ろを向いて誰かに気付いて、驚く。
「たっ、高畑先生!?」
引き戻された二人と女子高生たちの間に入るのは黒いジャンパーとフードを被った見るからに怪しげな人だった。
その人はポケットに突っ込んでいた手を抜くと、フードに手をかけて脱ぐ。
現れたのはくせっけがある真っ白な髪だった。


「先生にチクられて落第したいのか、ガキ共」


「げぇっ、アクセラレータ!?」
あく、せられーた?
加速?
愛称かな?
本名じゃないっぽいけど。
アクセラレータと呼ばれた男の人はもう一度手をポケットに突っ込みなおして、その口に不敵な笑みを浮かべた。
「これで注意回数二かァ~い。後一回でレッドカードだな、ドッジ部」
「ぐっ……」
「中学生相手に高校生が情けねェぞ?センパイなら後輩に譲ってやるくらいの度量を見せてもいいンじゃねェか?」
少し言い方は乱暴かもしれないけど、言ってることは間違いじゃないし、なんか言い知れない説得力があるなぁ。
僕もこうやって言えたらなあ……。
高等部の人達がぞろぞろと向こうの方にいくと、アクセラレータさん(多分)がタカミチの方に振り向いた。
「おいタカミチ、そっちの神楽坂アスナも二回目だ。厳しく言っとけ」
「ちょっと大目に見てくれないかな?どうも悪いのは向こうみたいだし」
タカミチが言うと、アクセラレータさんは舌打ちする。
僕はこそこそとアスナさんに聞いた。
「あの、あの人って誰なんですか?」
「あの白い髪の人?アクセラレータよ。高畑先生と同じで指導員をしてて、こういう争い事があったら止めるっていう仕事をしてるらしいのよ。詳しくは知らないけどね」
へえー……つまり、悪い人を捕まえる警察官みたいな感じかな。
そう思っている僕を、初めてアクセラレータさんが見下ろした。

「で、このガキは誰だ?タカミチの隠し子か?」

かくッ……!?
それを聞いてタカミチが口元を引きつらせ、アスナさんが顔を凍りつけせた。
「かっ、隠し子とかそういうのじゃありません!」
「じゃあ初等部のガキか?なんでこんな所でウロウロしてやがる?おねーさんに構いたがってもらうエロガキか?たまにいるンだよなァそういうマセたガキが。おら、戻るぞ」
「っていきなり連行しようとしないでください!?タカミチもアスナさんもいいんちょさんも黙ってないでなんとかしてくださいーッ!!」
結局僕が開放されたのは僕がネギ・スプリングフィールドだと言ってからでした。
やっぱり十歳じゃ先生だと思われないよなあ……はあ。
僕は少し憂鬱な気分で昼休みを過ごしていった。






SIDE OUT

その騒動の後、昼休みが終わる直前にて。
舞台は女子中等学校、2-Aの教室になる。
騒動の時にいたまき絵、亜子、アキラ、裕奈は、次の授業が体育なのでそれぞれ教室で着替えながら、先ほどの騒動のことを話していた。
「ねえねえ、やっぱ高畑先生ってすごくない?」
「……うん」
「確かに頼りにはなるかにゃー」
もちろん、会話は騒動の内容ではなく騒動を止めたタカミチ、そしてアクセラレータのことになる。
やけにタカミチの名前ばかり聞こえるので気になったのか、このかがアスナに尋ねる。
「何かあったん?」
「高等部と場所の取り合い」
不機嫌そうに明日菜が答えると、その隣にいた鳴滝姉妹が困ったように言った。
「えー、またですかー?」
「みんなやられてるよ」
姉妹の言うように、このごろ高等部の三年生が卒業の準備で忙しいせいか、高等部二年生が縄張りを主張するように幅を利かせるようになったのである。
そして同級生に対しても結構高慢な感じで喋るドッジ部の面々と色々と性格に難がある(独特とも言う)2-Aでは馬が合わないのは当然だった。
これは女子校だけではなく男子校でもある風潮なので、今の時期は学生の問題が起こりやすい時期であった。
「でも、アクセラレータさんもカッコよかったよね?」
「結構怖いけどね……同年代なのになんであんな堂々とできるのか、って所はすごいかな」
ピクリ、とアクセラレータの単語に反応した人物が複数。
言うまでもなく刹那、超、そしてミサカである。

その様子に自慢の『ラブ臭』を感知したのか、ビビビ!!と早乙女ハルナの二本アンテナが反応する。

「ぬおおっ、ラブ臭が!?」
「いーかげん自重した方が良いですよ、ハルナ」
釘を刺す綾瀬夕映だが、それに構わずフラフラとハルナはミサカの元に辿りつく。
着替え終わったミサカはいきなり肩を掴まれても驚きもせずに平然とハルナの方に向き直った。
予想していたのかもしれない。
「どうしたのですか、早乙女さん、とミサカは首を傾げます」
「いやね、私自慢のアンテナが反応したのよ。あなた、あの『ホワイトデビル』のアクセラレータさんと知り合いなの?」
にやにやと尋ねるハルナの狙いがイマイチわからないのか、ミサカは首を傾げたまま忠実に答えた。
「はい、彼は私の部屋の隣に住んでいます、とミサカは答えました」
「なっ!?」
ビクゥ!とそれに過剰に反応する女子生徒たち。
彼女達はなんだかんだ言いながらいろいろと気になるお年頃。
そういう話題はばっちこいなのだ。
そして刹那と超はちゃっかり聞き耳を立てていたリする。
「えーっ!?そうなの!?」
「初耳ッ!!この私とした事が!?」
「そういえばミサカさんの家って寮の外にあったんだ……知らなかったなー」
「というかお隣さんとはタダならぬ関係の予感が!?」
「ねえねえ、アクセラレータさんとはどういう関係なの!?まさか恋人!?あんまり想像できないけど!!」
鼻息荒く迫って来るクラスメイト達に流石のミサカも引きながら、なんとか回答を導き出して返答しようとする。

一ヶ月経ってもクラスメイトのこう言う所は苦手なミサカだった。

「アクセラレータとは遠い親戚の関係に当たります、とミサカは答えます。夕食を食べ合う仲、と言った所でしょうか、とミサカは控えめに言いました」
「つまり『おかずが余ったからどうぞ』的な関係ということね!?」
「それじゃあ恋人じゃなくておばさんの近所付き合いだよねー」
「なーんだ」
色恋沙汰ではないと判明したせいか、急速に熱が冷めていくクラスメイト達。
ミサカはとりあえず台風一過で安心のため息をついた。
アクセラレータの話題がなくなると、タカミチはもう騒いだので必然的にネギの話になる。
「でも、ネギ君はちょっと情けなかったかなー」
「でも十歳なんだからしょーがないじゃん」
案外もっともなことを言うまき絵だが、ネギは十歳でも先生だ。
先生として選ばれているのならば先生としての義務を果たさなければならないと言うのが生徒としての考えである。
生徒からして見れば、頼りない先生というのは人気が出ないのだ。
生徒のため、と思って厳しくすれば新田のようになるのだが……彼は悪戯好きな2-Aには『げぇっ、新田!?』と叫ばれるほど恐怖の対象となっているが、別段間違った事をしているわけではなく、その他のクラスでは評価を高くする生徒たちが多い。
人気としては圧倒的にネギが上だろうが、『先生』と見て考えると、やはりネギは完成度が低く、とても頼れるような存在には思えなかった。
そんな『ネギ君幻滅』空気を感じていたのか、いいんちょが不満げな声を上げた。
「何ですの!皆さんあんなにネギ先生のことをかわいがってたくせに!」
「えー、でもやっぱさー」
「十歳やしねー」
もともと一つの話題に留まりきれない年代である。
ショタコンやネギに気のある少女達以外の反応は淡白なものであった。
「もーすぐ期末だし色々と相談できる先生のほうが……ねえ?」
「うーん、かわいさを取るか頼りがいを取るか……それとも敢えてアクセラレータと言う鬼門を取るか」
鬼門を取ったらそれなりにスリルを味わうだろうが、学生としてはタカミチを選ぶべきだろう。
それに気付いているからネギに対してはこれほど淡白な扱いなのである。
いくら天才少年先生と言われていても所詮十歳だということに気付いたのだ。

さて、この後例のウルスラのドッジ部と試合に持ちこんだ2-A。

序盤では色々とやられていたものの、ネギの励ましによりやる気を取り戻す。
アキラの意外なバカ力、亜子の『弾丸ボレー』、裕奈の『ダンクシュート』、まき絵の反則気味のリボンによる連続アウト、古菲と超の『チャイナダブルアタック』などといった攻撃の上に、太陽を背にした投げ方を行うミサカの『イナズマショット』が炸裂し、ウルスラのドッジ部を全滅させる働きをした。
その後ネギによりドッジ部の一部の面々が脱げたため、それを見たミサカは首をかしげてエヴァに尋ねた。
「アレは秘匿するようなものじゃないのですか、とミサカは疑問に思います」
「制御がしっかりされてない証だ。サウザンドマスターの息子といえども所詮十歳ではあの程度、ということだ」
「……普通の子供じゃないですか、とミサカは落胆します」
「ああ言う風に『向こう』が育てたんだろう。つまらん連中だ」
エヴァは欠伸をしながら本気でつまらなそうにそう答えた。
ミサカはその強調した部分の事が気になったが、詳しくは後で聞こうと思った。
試合の様子を眺めていた龍宮は、傍らで座り込んでいる刹那に言う。
「一方ミサカ……なかなか運動神経も良いみたいだな」
「ああ。神楽坂さんくらいのレベルだろう」
応じて頷く刹那は、言われてミサカの方を見る。
エヴァからちょっと離れて茶々丸と話している光景を見て、そっと目をそらす。
「やはり気になるか、刹那」
「まあな。彼女が戦力になるかどうか、刀子さんも疑問に思っているようだし……アクセラレータさんがいなければどうなっていたか―――」
「いや、それじゃない」
龍宮はにやにやとした笑みを浮かべた。
その意図が不明ではあるが、何やらその表情に不穏な物を感じた刹那は疑問符を浮かべながら眉をひそめて―――。

「一方ミサカがいつもアクセラレータと一緒にいることが気になるかと聞いているんだよ」

「……え?」
その発言に、思いっきり唖然としてしまった。
言葉の意味をしばらく理解できなかったが、数秒後に理解して急速に頭に血が上っていくのがわかる。
だが限りない理性が大声を出す事は封じたのか、小声で叫ぶ。
「そ、そんなわけないだろう!どうして私がアクセラレータさんとミサカさんの事を気にしなければならないんだ!」
「いや、間違っていたのならいいんだ。すまない。だが、着替えの時に妙に聞き耳を立てていたからもしかしたらと思ってな」
「そっ、それは、その……ただ、気になって」
「うん?今言ったことと矛盾してないか?アクセラレータと一方ミサカの事は気にしてないんじゃなかったのか?」
「…………~~~~ッ!!」
「ああ、ああ、悪かった。そう怒るな。クック」
「今!今笑ったな!?全然悪びれてないじゃないか!!」
龍宮にからかわれて真っ赤になる刹那。
声は聞こえていないが、そのやりとりはきちんと他の面々に見られている。
クラスでは龍宮にからかわれる刹那というのはもう茶々丸とミサカの中が良いというくらい知られてるのでもう騒ぐことはないが、その二人の光景を寂しそうにチラリと見る人影がいた事を、刹那は知らなかった。






~あとがき~

ネギ、襲来。
色々と漫画から台詞を取ってきてますけど、漫画の台詞をそのまま映すと非常に淡白な内容になってしまいますね……私の力不足です。
やっぱり台詞が固定されているからでしょうか……。

ネギ君ですが、彼の一人称は恐ろしく難しいですね。
何度も書き直してしまいました。
下手に冷静にさせるとネギ君じゃなくなって魔法世界編のイケメンネギ君になってしまいます。
それでアンチじゃないのにアンチっぽい書き方に……子供っぽく書くのって難しい。
子供の時の思考ってこういう単純なものだったと私は思うんですけど……。
ネギ君の心情ですけど、彼は『先生』にこだわっていることを強調したかったんです。
責任が降りかかっていてまだテンパってる状態です。

今回、『SIDE OUT』として三人称の挑戦をしました。
本来ならミサカ視点だったのですが、急遽変更して挑戦することにしました。
ここを直した方が良いんじゃないか、というアドバイスを頂けると助かります。
……三人称って心情を書くことがやりにくくてもどかしいですけど、文章を書くのは楽ですね。
度々使おうと思ってます。



[21322] 第28話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/15 14:10
SIDE 一方通行

ネギがやってきてから一ヶ月ほどが経った……のだろうか。
正直よく覚えてない。
一週間だったか、二週間だったか……まあ、どっちでも良い。

とにかく、時は過ぎた。

もうそろそろ期末テストということでミサカはかなり張りきっていたが、ということは例の図書館の事件が起きるわけである。
それはノータッチにしようかと思ったのだが、ノータッチではいられなくなった。
俺も広域指導員なのでそりゃあ夜に調子こいてる連中がいないか見回るわけだが、その時に見つけてしまったのだ。

俺の目の前では途方に暮れた様子の刹那がいる。

その瞳から読み取れる意識によると、普段回らない頭を必死に回転させているのがわかる。
もちろんこの図書館での企みもこれから先の未来を知る俺にとってこのかには何もないと言うことは確信できているのだが、刹那に何の根拠もなく大丈夫とは言えない。
余計な干渉をすればジジイに何か文句を言われるに違いない。
どうしたもんかね、と俺も途方に暮れていた。
しかし、話しかけないわけにもいかない。
もうどっぷりと真夜中であるのに女子中学生がうろつくのは指導員として咎める事なので、俺はこそこそとしている刹那に声をかけた。
「なにしてンだ、刹那」
「あ、アクセラレータさん。いつのまにそこに……」
刹那は驚きながら慌てて振りかえってきた。
気配を消していたわけではないのだが。
それほど目の前に集中していた、と言うことか。
どれどれと俺が刹那の頭越しにその視線の先を見ると、

そこには図書館探検部+バカレンジャー&ネギがいた。

それで俺は厄介な時に遭遇してしまったもんだと嘆いていた。
なにしろ図書館遭難事件で刹那がどういう行動を取ったのか、俺は知らない。
図書館深部に潜ってまでお嬢サマを護衛したのか、それとも図書館島を警戒するだけにしたのかはわからない。
それとも事前にジジイから全部話されていたのかもしれないが、この様子を見るとそうではないようだ。
元々ジジイがそういう事を話す人間ではないことは承知しているがな。
俺と刹那がその面々を監視していると、早乙女ハルナと宮崎のどか以外の面々が図書館島に入っていくのが見えた。
まあ予想はできたことだ。
飛び出そうとする刹那を俺は抑える。
「落ちつけ、刹那」
「しかし、アクセラレータさん! お嬢様があの中に……!」
離してくださいと暴れるが、そんなもんで俺の反射はビクともしない。
俺は抑える手を一旦離すと、その手で頬をつねり上げた。
「ふふぇ!?」
ぐにににに、と柔らかい頬をつねり上げる。
バシバシと相変わらず無駄な抵抗を続けているが、そんな攻撃では俺の嗜虐心を満たす事しかできない。
なんだかもっとやっていたい気がしたが、もうこうなったら、と夕凪に手をかけたので俺も手を離した。
そこまでマジになってもらっては困る。
刹那は俺のほうを睨みながら突き放すように言った。

「これは私の仕事です。いくらアクセラレータさんでも介入は認められませんよ」

やはり、仕事モードの刹那は弄りがいがないな。
その冷静な言葉に鼻を鳴らした俺はポケットから携帯を取り出す。
「テメェはもう少し人を頼るという事を覚えた方が良いぜ。こォいう場合は麻帆良の最高責任者に聞いてみンのが早ェンだよ。『聞いてろ』」
聞いてろ、というのは聴覚を強化して携帯の音声を盗み聞きしろ、ということだ。
その意味を承諾したのか、不満げにしながらも従う刹那。
3コールくらいでジジイが出た。
「俺だ」
『アクセラレータ君か、珍しいのう。何か問題でも起こったかの?』
いけしゃあしゃあとぬかしやがって。
その言葉をぐっと押しこめて、俺は極めて事務的に尋ねる。
「今現在図書館島にテメェも良く知る図書館探検部の孫娘と約一名、それと2-Aバカレンジャーとネギが侵入した。刹那が図書館内部での孫娘の護衛を主張してるが、どうする?」
驚いたのか、しばらく間があってからジジイが笑った。
『ふぉふぉ、ということは桜咲君も聞いとるということかの?』
「失礼ながら、聞かせてもらっております」
その声が届いたのか、再びジジイはふぉふぉ、と笑った。
『今回の件はネギ君に対しての試練のようなものじゃ。このかを巻き込んだのは予定内の話じゃ。護衛である君に話を通してなかったのは悪かったの』
「いえ……それよりも護衛の件は?」
『それはしなくてもよろしい。図書館内部ならば目を光らせておる知人がおるでの。奴は不真面目じゃが、命の危険となれば現れるように言いつけてある。パーティ全体の護衛として、の。このかも図書館島の危険さは身を持って知っておるじゃろうし、あれで危機管理能力も高い。心配はいらんよ』
「はあ……しかし、帰り道はどうされるので?」
『あ、その心配は尚更いらん。少なくとも日曜の夜まで図書館から出すつもりはないからの』
「は、はあ!?」
流石にその発言には驚いたらしい。
刹那にしては珍しく素っ頓狂な声を上げる。
「り、理由をお聞かせ願えますか!?」
『さっきも言ったように、今回、ネギ君にはとある試練を与えておる。先生として正式採用されるかの試練じゃ。パーティは一度図書館最深部まで落ちてもらい、そこでネギ君がパニックに陥らずに先生として恥ずかしくない行動を取れば、わしはネギ君を正式採用するつもりじゃ。もっとも、校長として図書館内部での勉強合宿も兼ねておるつもりなのじゃがの』
「結局は採用するくせにまどろっこしいことなんてしてンじゃねェよ」

つまり、これは親睦会のようなものだ、と俺は思う。

ネギの性格上、図書館最深部という逃げ場のない状況に追いこまれてパニックを起こす可能性もあるが、生真面目なネギのことだ、心理学でも計算して高い確率でその場で勉強をはじめる事は予想済みなのだろう。
例えパニックを起こしたとしても、ネギは『サウザンドマスター』の息子であり『マギステル・マギ』の候補者である。
先生としての落ち度くらいでやめさせられるとは到底思えない。
これを機に親睦を深め、ネギとの仮契約相手をピックアップするつもりなのだろう。

裏もなく、素直なバカレンジャー達を標的として。

狸はバルタン星人の真似をするだけで何も語らなかった。
『とにかく、この事については不干渉にして欲しいのじゃ。誓って言うが、このかに怪我などさせんよ。もちろん、クラスメイトの皆もの』
「当然だな」
教師であるジジイが生徒を精神的に危険にさらすのも問題だと言うのに、怪我をさせて返すというのは論外だ。
『桜咲君は土日はこのかの護衛をやらんでもよろしい。月曜からは再開してもらうがのう』
「りょ、了解しました」
『ではの、アクセラレータ君、桜咲君』
そう言ってジジイは電話を切った。
俺は携帯を折りたたんでポケットにしまう。
意気込んでいたのに肩すかしを食らった事になる刹那はぽかーんとしていたが、やがてハッとなってアクセラレータに頭を下げる。
「す、すみませんでした、アクセラレータさん。お手数をかけて……」
「それは構わねェよ……それより、テメェはもう少しその硬い頭を柔軟にする必要があるンじゃねェか?」
俺が見ると、刹那は真剣な顔で反省したように頷いた。
「はい。お嬢様を守るには力だけでは足りないという事ですね。やはり、私にもアクセラレータさんのような広い洞察眼が必要―――」
「いや、違ェよ。そっちは別にいい。それは経験だから、じきについてくるモンだしな」
「は、はあ」
全然見当違いのことを言う刹那は困惑した要に首を傾げた。
俺が何を言いたいのかわからないのだろう。
俺はにやりと笑うと、ポーチからとある紙きれを取り出した。
それを刹那に見せる。
なんだなんだと覗き込んだ刹那は顔を真っ赤にしてその紙きれを奪い去った。
「な、な、なんであなたがこんなものを!? これって私の成績表じゃないですかーッ!?」

そう、俺が出したのは桜咲刹那の三学期中間テストの成績だ。

ぷぷーっと俺はわざとらしく笑ってみせる。
「文武両道って言葉が日本にはあるよなァ? お前は武はそりゃあもう十分すぎるほど成果を出してるが、文の方はからっきしみたいだな」
「う……お嬢様の護衛と夜の警備で忙しくて……」
「言い訳は聞かねェ。これからの土日のスケジュールは生徒じゃねェ魔法先生とかが主に警備で働く事になる。そのために魔法先生は一週間以上前にテストを作り終えてンだから、ご苦労様なこった。一週間前から死ぬ気で勉強すりゃァ高校受験や大学受験じゃなけりゃいつもよりも点数は取れるモンなンだよ。流石に今の成績じゃあちっと不味いンじゃねェのか、刹那?」
「う、うぐ……」
痛い点をつかれ、刹那は詰まる。
更に、と俺はにやけながらたたみ掛けるように刹那に顔を近づける。
「クラス順位が下から9位だからと言って安心してもらっちゃ困るぜ? その内エヴァと茶々丸は勉強すりゃトップクラスの成績は取れる。ザジ・レイニーデイと同じくバカレンジャー候補ということを忘れねェようにな」
「ど、どうしてアクセラレータさんはそんなに2-A事情に詳しいのですか?私が下から9位だとかバカレンジャー候補だとか……」
「ミサカだ」
俺は断定する。
「アイツが学年7位をとってから、気になって調べてみたンだよ。そうしたらものすげェな2-Aは。トップクラスが四人もいるくせに学年最下位ってクラスはそんなにねェと思うが」
「ぐあ……」
次から次へとグサグサ突き刺さる事を言いまくる俺。
刹那は『個人情報の管理はどうなってるんだ!?』と心の中で絶叫しているんだろうが、なにせ最高責任者がバルタン星人である。
電子機器には少々疎い所があるようで(電子精霊などはほぼ明石教授任せなのも確認済み)、そっち方面から調べると簡単だった。
そこそこのハッキングの技術もあるアクセラレータにとって、電子精霊に守られてもいない生徒の個人情報を暴くなどカンタンな事だった。
何故か超とハカセのは閲覧できなくなっていたが……彼女らがプロテクトでもかけたのだろうか。
このハッキングが犯罪だというのなら、ピッチングで鍵をこじ開けて入ってくる吸血鬼はどうなんだという話になる。
アイツ、いまだに時たま部屋に居座っていたりするからな……。
それに今回のこれは個人的なもんだ、広めるわけじゃないから別にいいだろ。
さて、何も言い返せなくなった刹那だが、ハッと思いつくことがあって即座に言い返すことにした。
「あ、アクセラレータさんはどうなんですか? 結構頭が良いとは聞きましたが、流石にミサカさんには敵わないでしょう!」
「……一応、大学の問題だろォが数学理科系統の問題ならオール100を取ることくらいはできる。計算分野なら俺は超鈴音以上の天才だからな」
麻帆良最強頭脳以上ーッ!?と刹那は驚愕したようだった。

まあ、俺も物理攻撃がほとんど聞かないベクトル操作能力者であり戦闘力は凄まじい上にそこまでの頭脳も持っているという、まさに『文武両道』を行くいろんな意味でのチート存在だからな。

借り物であるから自慢する気にはなれない。
しかし、アクセラレータすげぇ、と思った瞬間でもあった。
まあ、元の『俺』も赤点を取ることはなかったし、単位を落としたこともなかった。
だからこれくらいの言い分は許してほしいと思う。
俺はぽかーんとする刹那を眺めて満足した後、くるりと背を向けて手を振った。
「じゃァな、テメェはさっさと帰って龍宮にわからねェ所を教えてもらうンだな」
「あ……はい、わかりました」
まだ俺が超と同レベルの頭脳の持ち主と言う事実にぽかーんとしていた刹那が面白かったが、素直に笑う事はできなかった。






その翌日、俺は部屋で頬杖をつきながら目の前の光景を眺めていた。
「で、なンでテメェ等はこンな所にいンだよ?」
俺の言葉に反応したのは俺の目の前にいる刹那、ミサカ、ザジだった。
まあ、刹那とミサカは何となく納得できるからまだ良い。

だが、ザジ?

何故にザジ?
4時頃に蜜柑食ってたらいきなりミサカがやってきたのは前回テストについて質問に来た事もあり予想範囲内だったし、刹那も昨日言ったからもしかしたら来るかなとか思っていたが、ザジって。
ていうか頭にカラスっぽいのがとまってるんだが。

ザジもカラスもめっちゃ俺見てるし。

それをスルーするこいつらも2-Aの空気に慣れすぎだと思う。
俺の質問に対して答えたのは刹那だった。
「それは昨日アクセラレータさんが言ったように多少は勉強ができなければならないと思いまして……龍宮の成績も中の中くらいですし、やはり勉強ができる人と一緒に勉強するのが一番かと」
「ならタカミチのとこに行きゃあいいじゃねェか」
普通に考えてここは担任の先生、あるいは教科の先生に尋ねるのが筋であり、いくら知り合いだと言っても俺のところに聞きにくるのは間違いじゃないかと思うのだ。
実際授業の進行度なんて知らないしな。
俺の言葉に対して異論を言ったのはミサカだった。
「高畑先生は急な出張でおられません、とミサカは緊急情報を伝えます。更にネギ先生もバカレンジャーの方と共に行方不明らしいので、生徒同士で勉強会を行うのが一番という雪広さんの意見により、ミサカはここが最適だと思いました、とミサカは非常に長文でかつ詳しく説明します」
「長ったらしい説明ありがとよ。で、ミサカはここが最適だと思ってやってくるのはまだいいンだが……こいつは誰だ? まだ俺に何の説明もされてねェンだが」
めっちゃ見てくるザジとカラスを交互に見て俺は言った。
今更それに気付いたのか刹那は苦笑いしながら答える。
「ザジ・レイニーデイさんです。昨日言ってたじゃないですか」
「……成績と顔写真が同封されてるとでも思うのか? 名前は知ってても顔は知らねェよ」
実は知っていたりするが、初対面なのでそのフリをする。
それに……こいつが俺をめっちゃ見てくるのはおそらくコンビニで何度か遭遇したからだろう。
サーカス部の連中の帰りは遅いということは聞いている。
暗くなってからコーヒーを買いに行く俺とザジは何故か良く鉢合わせしてしまうのだった。
まあ、冬の内は部活の終わる時間が早いために鉢合わせする事もなかった。

実際、会うのはゆうに二ヶ月ぶりとなる。

覚えているのかわからんが、とりあえず挨拶しておく事にした。
「……久しぶりだな」
すると、ザジは頷いた。
やはり覚えていたようである。
カラスが頷いたように見えたのは気のせいだと思いたい。
俺とザジのやり取りを見て刹那とミサカは驚き―――特に刹那の驚きようは半端ではなく、俺に詰め寄ってきた。
「またなんですかアクセラレータさん! あなたこのごろ私のクラスの人間とどれだけ遭遇すれば気がすむんですか!? この前は明石さんや和泉さん達を助けたとかいう話も聞きましたよ!?」
「いや、別に怒られる事じゃねェだろ。こいつに久しぶりって言う理由は単にこいつの部活の帰りに寄るコンビニでよく鉢合わせしてただけだ。一言も喋った事もねェよ」
「これが噂に聞く『カミジョー属性』ですか、とミサカは納得します。ただただ出歩いているだけで異性とのフラグが立ちまくるというのはこの状況のことを言うのですね、とミサカはアクセラレータの逃げ道を塞ぎます」
「ハァ!? 俺をあンな野郎と一緒にすンじゃねェ!! ジャンプ系熱血主人公と俺が同じなンざありえねェだろうが!!」
「怒鳴る所がまた図星だと思われますよ、とミサカは苦笑しながら注意を促しました」
「無表情で苦笑とか言ってンじゃねェええええええええええッ!!」
あーだこーだ言いながらも、結局この勉強会は続行となった。

ミサカが主に文系中心、俺が理系中心に教えてやる事にしている。

ミサカは普段から説明口調なので教えるのがなかなか上手く、刹那はそれなりに理解して解いているようだった。
国後の解釈なんざ人それぞれだと思うがな。
さて、俺のほうはザジであるが、ザジは頭が悪いと言うワケではない。
こいつはミサカとよく似ていて、真面目にやろうと頭を働かせるとすいすいと知識を吸い込んでいくタイプだ。
真面目にやることを今までしなかったのだろう。
数学の第一問目の基礎的なところを解説してやったら、それを応用してすらすらと解いていくのだ。
理解度が高く、頭が悪いとは思えない。
「ザジ。テメェ、頭悪くねェのになンで点数は低いンだ?」
すると、ザジは目線を上に……カラスの方に向けた。
「……トモダチ」
ぽつり、とそれだけ。
何のことだと思っていたが、暫く考えるとこいつが何を言いたいのかわかってきた。
つまり、
「トモダチと遊んでて勉強はしねェ、と」
その通りとばかりに頷くので、俺はため息をついた。
原作で見た悪魔っぽいあいつ等がうじゃうじゃいるんだろうなあ、と思う。
魔境みたいで行ってみたい気はするが、なんとなく帰って来れないような予感がする。
まぁ、真面目にやれば点数は取れる、というだけザジはマシだ。

問題は刹那である。

こいつ、根っからの文系らしい。
俺と逆で理系教科は全くダメだ。
国語はまあそれなりに取れ、社会が一番点数が高い。
最低辺にいる連中にしては珍しく、社会は七十点近くを取っている。
つまり、英、数、理が異常なほどダメだということだ。
二十点台や十点台があるのである。
流石に0はないようだが。
二日でできることなどたかが知れているので、テスト範囲の単語練習と本文音読をさせた。
数学と理科についてはひたすら教科書やワークをやるしかない。
彼女も危機感は持っていたのか、範囲内のワークを終わらせていたのでわからないところだけを教え、他をひたすらにやらせた。
数学ができる人は国語ができる人の気持ちがわからない、とか良く聞くが、逆も然りなので俺はイラついたりせず根気良く教えた。
「う~……あ、アクセラレータさん、ここは……?」
「①式と②式に代入しろ。その方が楽だ。……二次方程式をさっさと解けねェとヤバいぞ」
「数学なんて足し算と引き算と掛け算と割り算ができればそれでいいのに……」
「意味ねェと思う事を根気良くやるってのが勉強だ」
実際数学なんて買い物や家計簿をつける時くらいしか使わない。

だが、勉強とはもともとやりたくない事を根気良くやらせるためにやることだ。

社会に出ればやりたくないことなんて山ほどあるからな。
ま、刹那の将来はこのかの護衛で決まりなんだろうが。
「…………」
「あ? どォした?」
横のザジが裾を引っ張ってきた。
なんだなんだと視線を向けると、ザジの視線がじっとミカンに向いている。
やはり気のせいじゃなかったのか、カラスもじっとミカンを見ている。
腹が減ったのだろうか。
「食いたいなら食え。遠慮すンな」
ザジが頷くとミカンを取り、剥いて半分にするともう半分をカラスにやった。
カラスは足で潰さないように抑えながら一粒ずつ取って口の中にいれている。
き、器用な……やっぱ普通のカラスじゃねえな。
そう思っていると、ザジがぽつり。
「……美味しい」
「そりゃァそォだ。コタツに美味くねェミカンなンざありゃしねェよ」
ザジは味がわかるヤツのようだ。
俺はクックッとザジの様子に笑いながら、そ~っと手を伸ばそうとした刹那の手を叩き落とし、その頬をつねる。
「ふぁっ!?」
「テメェはそのページが終わってからだ。まったく進ンでねェじゃねェか」
「ふぁ、ふぁっふぇ……」
「『だって』じゃねェ! 食いてェンならさっさと終わらせろバカ剣士!」
そう言って思いっきり引っ張ってから離してやる。
バチンッ!というゴムが戻るような音がした。
「いふぁっ!? ば、バカ剣士はないでしょう!?」
「二次方程式も満足に解けねェ剣士はバカ剣士で十分だ」
「アクセラレータさん、ザジさんにばっかり優しくないですか!?」
「ザジは76ページまで解いてる。テメェは72ページだろうが。ちゃーんとできてる奴にはそれ相応の評価をしてやるモンだろ?」
「う、うぅうううう~~~っ!!」
「刹那さん、後三問ですから頑張りましょう、とミサカはミカンを頬張りつつ励まします」
「いやそれ逆効果だろ」
もはや涙目の刹那。
ミサカがさりげなく止めを刺した瞬間、インターホンが鳴る。
立ちあがろうとしたミサカを制して、俺が出る。
ガチャリと受話器を取る。
すると、即座に声が聞こえた。
『アクセラレータさん、こんにち―――』

ガチャンッ!!

俺は思いっきり受話器を叩きつけ、『みぎゃあああ!? なんかすっごい音が!?』という戯言を消去し、早足に玄関に向かって歩き出した。
そのままの勢いで扉を開ける。
「新聞ならいらねェぞとっとと帰れ」
「いきなり新聞の勧誘扱いですか!? このごろ私の扱い酷くありません!?」
「『ガラナ青汁』の一件よりマシだと思うわよ、愛衣」
「うぐぁあああお姉様思い出させないでくださいあの味を思い出します!!」
「ドロっとしてて独特の腐ったような苦味が後を引くンだよなァ」
「わざわざ詳しく言わないでください!!」
言うまでもなくそこにいたのは高音と愛衣であった。
こいつ等はミサカがこの世界にやってくる以前から俺の部屋で勉強会を行っていた。
そのおかげか、数学理科の点数は結構高いらしい。
この二人は文系なのでちょうどバランスがとれているとか。
一学期の期末テストからここにやってくるようになり、今では常連である。
こんな扱いにもなろうというものだ。
「今ミサカのクラスメイトが勉強会してンだが、それでもいいか?」
「ということは2-Aですか。なんとなく申し訳ないですね……」
高音ががっくりとため息をついた。

例のドッジ部のことを言っているのである。

高音はまったく関与していないのだが、2-Aの連中が『ウルスラの生徒なんて嫌い!』的な雰囲気になっていると流石の高音でもズカズカとその前に出ていったりしない。
誰でもそうかもしれないが。
高音は猪突猛進タイプであるが、案外謙虚だったりもする。
だからこの場合は帰ってしまう可能性が高い。
それはそれで気まずいので、俺は二人の肩を掴むと部屋に引きずりこんだ。
何度も言うが、気まずいのだ。
「ちょ、アクセラレータさん!?」
「せ、セクハラです!」
「今更何言ってやがる! 『ガラナ青汁』飲まされてェのか!?」
ポカポカ叩いて来る愛衣を脇に抱え、俺は引き気味の高音にぼそりと呟く。
「テメェが気にすることはねェ。2-Aはテメェが思ってるほどバカな連中じゃねェよ」
「……わかってます」
わかってないから言ってんだ。
いつもながら強情な奴だ。
ちょっと顔を赤くして視線を逸らすのは図星の証拠である。
「照れンなよ」
「てっ、照れてません!」
「ハイハイ、照れてる人間は皆そォ言うンだよ」
強情な高音の肩を二回叩き、ギャーギャー喚く愛衣を狭い廊下にゴリゴリぶつけながらリビングに向かった。
ミサカとザジは驚いているのか動きが止まっているが、刹那からすれば『あー、またですか』と言った感じで笑ったように口元を引きつらせながら愛衣を見ていた。
「こんにちは、佐倉さん。……災難ですね」
「いつものことです……」
壁に擦りつけられた額を『はうぅぅ』と抑えながら、愛衣は悟ったように言っていた。






それから数時間経った。
いつも通りと言うか、当然のように高音と愛衣は俺の家の鍋を食らって帰っていった。
そろそろ金を蒔き上げようかと思っている頃である。
高音と愛衣に続き、刹那、ザジ、ミサカも退室した。
残されるのは俺一人。
騒がしいのがいなくなって清々する、なんて意地を張ったことは言わない。

実際、アイツ等がいないと寂しい。

そう思うのは危険だ、と俺の思考が告げてくる。
仲間を作ると言うことは弱みを作る。
仲間を人質に取られた時、一瞬でも思考が停止してしまうからだ。
まさかこんな麻帆良で、と誰もが言うだろう。
だが、俺の体は常にそう考えさせられる場所での生活を強いられてきた。
今思えば、アレイスターは計画発動においての重要スポットである『欠陥電気』と『打ち止め』を製造するために俺を利用したのではないのだろうか。
つまり、幼少時からマインドコントロールをかけたのではないか、と思うのだ。
幼い頃からの仲間意識に飢えていた俺は、だからこそ仲間を失う事を何よりも恐れた。

一人になれば良い。

一人になれば誰も俺に構わないがゆえに、失う事がないので傷つくことがない。
原作では明記されなかったが、一方通行の過去にはそういうものもあるのだ。
ただ、一方通行の凶悪性を誰もが知っているから、誰もが彼を避けた。
それで傷つく事を避けるために、他人から遠ざかる。
そこに、打ち止めを接触させる。
人と人との温もりに飢えていた一方通行は、なんだかんだ言いつつも打ち止めを受け入れるだろう。
そして、何がなんでも打ち止めを守ろうとするだろう。


アレイスターのシナリオ通りに。


「……もしそうだとしたら、皮肉なモンだな」
アレイスターの枷から逃げ出そうとしていたのに、それでもアレイスターの手のひらの上で踊っていたと言うことだ。
俺は真っ先にアレイスターの計画を潰せる手段を持ちながらも、その手段を選ぶ事ができない立場になってしまったのだから。
しかし、ここは『とある魔術の禁書目録』の原作ではない。

『ネギま』だ。

その上、俺は転生者でもある。
だから一方通行の他者への温もりという欲求を抑える枷が緩んだ。
俺は一年以上と言う年月をかけ、前世を含めて人生初とも言える良好な友人関係を構築しつつある。
俺自身、不器用かと思える表現の仕方だが。
そして俺は、また俺自身に枷をつけようとしている。
麻帆良に縛られつつある。
世界の裏がほとんどない、ほがらかな空気に溢れた学園都市、麻帆良。


こんな居心地が良い場所を、誰が離れたがるものか。


「たるンでる。昔の俺なら一蹴したはずだ」
そう、俺はたるんでいる。
反射の能力も明かさず、ベクトル操作能力すら明かさず、ただ最強の存在として君臨する。
更に友人と言う恩恵も預かり、生きるためには何一つ不自由ない生活を送れている。
それこそ、ほのぼのと。

それが不安で不安で仕方がない。

というのも、ここまでが順調すぎると言うのが問題なのではないか、と俺は思うのだ。
『ネギま』という原作を施行する際に俺という存在はまったく邪魔でしかないはず。
エヴァ以上の実力を持つ原理不明のチート存在。
更に原作知識を持ち、あらゆるイレギュラーに対してもアクセラレータの頭脳で対応可能。
どんな障害があろうとも力ずくで叩き潰す。
主人公や悪役以外に、こんな存在がいて良いのだろうか。
おそらくではあるが、俺を転生させた存在みたいなものがネギまで何かやらかしてほしいとでもたくらんでいるのだろうか?
それとも、この世界に襲いかかる何らかのイレギュラーに対抗して欲しいのか。

更に考えられる可能性としては、演出。

このネギまの世界で、ネギ・スプリングフィールドを主役としないもう一つの物語。
不幸と幸福が混ざり合う俺の物語を演出し、ネギまの登場人物達に対しての何らかの経験にさせようとしているのだろうかと思うのだ。
実際、俺と接して変わった人は多い。
高音や愛衣、刹那はその筆頭だろうし、その経験によって彼女らが成長しているとすれば、それの思う通りになるはずだ。


……と、俺は少し前までそう思っていた。


というのも、このごろは違う考えをするようになったのだ。
この世界にとって、俺が来るのは必要事項だったのでは?という考えだ。
原作キャラの経験がどうのとか、そんなのは関係なく『俺』という存在が必要なのではないかと思うのだ。
つまりそれは、ネギサイドに原作以上の敵が降りかかる事を意味している。
でなければ、ネギサイドに十二分に関わっているという状況が自然にできあがるはずがない。
俺は俺の考えにしたがっていたはずだが、何時の間にかネギサイドに対して有効関係を築き過ぎてしまったのだ。
これでは原作にどう足掻いても関わってしまうに違いない。

そしてそれでもいいかと思っている自分がいる。

おそらく、俺はネギがかかわる全てのイベントに立ち会うことになるだろう、と思う。
そう思うようになったきっかけは、ミサカだ。
もしも原作キャラに影響や経験を与えなければならないのなら俺だけで十分過ぎてツリが来るくらいだ。
なのに、どうしてミサカがこの世界に召喚されたのか。
答えは簡単、単にネギサイドの戦力強化に過ぎない。
つまり、俺がいてもなお相手のサイドとの戦力差が埋まらないということだ。
しかも、御丁寧に『一方通行がいなくなった世界』という平行世界を出現させ、レベル5の軍用ミサカという凄まじい戦闘力を持つ存在まで作り上げて。
あからさま過ぎる、と思う。
そして、ここまでして戦力を整える必要があるという事は、そこまでの強敵の出現に繋がる。
つまりは。
俺の頬に三日月型の笑みが広がった。
しかしそれは不敵なそれではなく、緊張でひきつった笑みであった。
カラン、と空のコーヒー缶を振り、その中に入っているプルタブが音を鳴らす。


『原作』の知識を持っていても対応しきれない力を持つ『とある魔術の禁書目録』のキャラの襲来。


十分にありえる事態だ。
むしろ、なかったらどこかゾッとする。
それ以上の敵が待ちうけているのかと。
ならば尚更力をつけなければならない、と俺は何らかの義務感に突き動かされるように、その衝動に心が動く。
俺の体術を無視した超速度攻撃。
ネギまでは十二分に通用するそれも、禁書目録のチートキャラはそれを何事もなく叩き潰す性能を持っている。
ならば更に加速、という手段は使えない。
それでは何も変わらない。
そして、彼女達を守れない。
俺の仲間を、守れない。
何時の間にか、俺はコーヒー缶を握り砕いていた。
血が滴るように、コーヒーの残りがテーブルにポタポタと落ちる。

「やってやろォじゃねェか」

強くなれば良い。
俺は現在、『ジェット・パンチ』の仕組みを応用した、一直線ではない多角的な攻撃を行うための体術を研究中である。
もちろん実際にやってみたりしているが。
今からじゃ遅いかもしれない。
だが、やらないで後悔する方が何倍も嫌だ。
俺の頭に浮かぶのは、俺に笑みを向けてくれた人達。
こんな荒んだ俺に優しくしてくれた人達。
そして、俺を頼ってくれた人達。
全員まとめて面倒みてやる。
俺を転生させた存在のことは妄想かもしれない。
アクセラレータと言う力を手にした一般人の妄言かもしれない。
でも。
俺の仲間を守ろうと言う決意だけは本物だ。
そして、現実でもある。
俺は握りつぶしたコーヒー缶を更に縦から握りつぶして小さくすると、適当にゴミ箱に放り投げた。
カコン、という小さな音と共に綺麗にコーヒー缶がゴミ箱に入る。
それと同時に、俺は呟いた。
「流石に、このまま楽に原作が通り過ぎるのを待つわけにはいかない、か」
少々、考えて干渉をする必要がある。
ただチートでフルボッコにするだけでは原作の行方の予想がつかない。
こちらの干渉は最小限にして、予測のできる展開にする必要がある。
……あの人たちを守るために。






SIDE ???

よォやく意思を固めやがったか。
遅すぎンだよ。
俺の偽物の癖してウジウジウジウジ悩むンじゃねェ。
俺を名乗るンだったら、その悩みごと突き破るくらいの『意思』を見せろ。
今の意思でもそれは足りねェ。
俺を内包して精神が不安定になってきてンのはテメェだってわかってるはずだ。

半端モンになればそれはバッドエンドだ。

もともと一つの体に二つの意思があンのが信じられねェが、それこそ無理をしている証だってことくらいにいい加減気づけ。
『アクセラレータ』もその歪みの一つだろォが。
……まァ、現段階じゃァそれほど深刻でもねェし、決意しただけでも大目に見てやるか。
だが、ダラダラと時間を浪費して、それで解決なンて思わねェ事だ。
テメェの思っている以上に、テメェの精神ってのは異常になってンだからよ。
別にテメェを心配しているわけじゃねェが、これは俺の存在維持のためでもある。
テメェが壊れれば、俺が現出するわけじゃねェ。
勘違いをしたまま納得すンじゃねェぞ。
もしもテメェが消えることがあれば、俺が均衡をブチ壊してでもその身体を乗っ取ってやる。
でなきゃァ、『居場所』が壊れちまうからな。
それをブッ壊しちまう程度なら、俺が壊れた方が良い。
一応感謝してンだぜ?
俺じゃこうはいかなかっただろうからな。


だが、覚えとけ。


俺は俺のために存在する。
お前のためじゃねェ。
だからテメェが本気で対話をしなけりゃならねェ状態に陥った時、それに応じてやる。
それまで精々強靭な意志を保ってやがれ、クソッたれが。






~あとがき~

あからさまな伏線です。
というか最後の???にする意味がないですねwww

図書館島編は華麗にスルーしました。
ミサカは巻き込めないです。学園長もその辺りは心得てます。
原作で、良く見ればネギ先生が行方不明になったとハルナとのどかが駆け込んできた所に刹那っているんですよね。
多分学園長から言われていたからだと思いますが、今回はこう言う展開にしました。
図書館島に行かない代わりに勉強会を開きました。
あやかや超たちだけでは全員に教えることができないでしょうから、多分分担したと思うんですよね。
で、ミサカの分担は彼女達だったと。
一応2-Aでも五本の指に入る頭の良さですからね。

今回でアクセラレータの指針がほぼ確定しました。
彼は自分が予想できる展開を現実にするために、極力干渉をせずにいるつもりです。
つまりは傍観ですね。
先の展開を予想できる方が味方を守りやすくなりますから。
無論、そういう先入観を持つことも危険ではありますが、彼にとってはそれが最善かと思います。



[21322] 第29話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/16 03:25
SIDE 一方ミサカ

時間が過ぎるものは早いものだ、とは良く言うものです。
三学期期末試験から一週間。
もう残っている行事は三年生の卒業式くらいというこの頃は、期末試験から開放された開放感でダラけ気味です。
それはもちろん普段から暢気な2-Aも例外ではありませんでした。
初春とは言えない肌寒さの中、ミサカは騒がしい商店街の道を歩いていました。

夕飯の買出しです。

ミサカと同じ目的の生徒も大勢おり、中には同じクラスのこのかさんなどの姿が見えます。
示し合わせたわけではありませんが、このかさんは自炊派なので良く会うのです。
「おー、ミサカ。奇遇やな」
「奇遇と言っても何度目でしょうね、とミサカは苦笑しながら手を振り返します」
「あはは、苦笑なんてしてへんやん」
クスクス笑っているこのかさんとパチンと手を合わせます。
いつのまにか、こんな仕草が当然になっていました。
どうも2-Aの中での共通儀式のようなものらしく、すれ違いざまにこうしてやるのが通例らしいです。
ただ、何と言いますか。
これはなんだか楽しいです。
このかさんと談笑して別れ、ミサカは再び商店街を歩きます。
ミサカの頭の中は既に夕飯モードであり、何を食べようか迷っている状態でした。
「(今日は焼き魚にしましょうか……しかしアクセラレータは骨を取るのを面倒くさがるからどうしましょうか、とミサカはブツブツ考え事にふけります)」
そしてミサカは、既にアクセラレータと別々に食事する事は頭にありませんでした。
ミサカの部屋は起きて寝るだけの部屋になりつつあり、部屋はがらんとしています。
でも、この間アクセラレータが見ていたアニメにいたアルビノ少女より遥かにマシな生活空間です。
ミサカの部屋は流石にあそこまで殺風景じゃありません。

何の関係も脈絡もありませんけど、ミサカはデュラ○ラとか見ます。

リアルタイムで見ているので次回予告はどうだったかを思い出しながら、ミサカは買い物を続けます。
しばらくすると、ミサカの前にカツッとローファが地面を踏む音が聞こえました。
前を向くと、そこには超さんが立っていました。
右手には『超包子』とプリントされたレジ袋。
その中に入っているのは、多分いつもの肉まんでしょう。
「やあ、ミサカさん。それとも一方さんと呼んだ方が良いのカナ?」
「こんにちは、超さん、とミサカは挨拶をします。呼び方はミサカで構いません、とミサカは呼ばれなれた名前を支持します」
「じゃあミサカさんと呼ばせてもらうネ。早速だがちょっと聞きたいことがあるヨ。ついて来てくれないカ?」
つまり、ここじゃ聞けないこと、ということですね。
……この流れからすると、超さんも魔法関係者なのでしょうか?
ミサカは自己完結することにして、超さんについていくことにしました。

超さんと私はあまり接点がありません。

こうやって話しかけられるのも、たぶん二回目か三回目くらいです。
以前のは挨拶だったと思いますし。
だから、超さんが何を尋ねようとしているのか、ミサカにはわかりませんでした。
こうなるとミサカの経験不足が浮き彫りになります。
こう言う時、アクセラレータがいたら楽なのに、と思います。
さて、やってきたのはどこにでもあるような喫茶店でした。
何やら男性と女性の組み合わせが多いようですが、それは何らかの意図してのものでしょうか。
女性同士のミサカたちはちょっと浮いている気がします。
やがて案内のお姉さんが案内してくれた席に到着しました。
お互い対面になるように座ると、超さんは何やら拳大の機械を取り出した。
何なのか、それと聞こうとした時、



――――――――――――。



音が消えました。
いえ、ミサカの呼吸音は聞こえていますから音が聞こえなくなったわけじゃありません。
だとすれば、これは一体……?
前を見ると、その反応に満足したように超さんはくすくすと笑っていました。
「驚いたカ? アクセラレータはまったく動じなかったヨ」
その意見に、ミサカはムッと眉をよせます。
「アクセラレータと違いミサカには経験が不足しています、とミサカは普通は驚くものだと常識を語ります」
「まあそうだが、どうもアナタはアクセラレータと同じ匂いがする。だから同じ反応をするかと思ったヨ」

「……匂いフェチなのですか、とミサカは鳥肌を立てて後退します」

「ちょっ!? 何でいきなりそっち方向に話がズレるカ!? 今のは印象という意味ネッ!!」
慌てて弁解する超さんを見て、からかいがいのある人ですね、とちょっとだけ思いました。
今くらいの表現を理解できないミサカではありません。
「(流石、アクセラレータと一番近しいものだけのことはある、ミサカさんも相当な変わり種ネ。これは常識で計っていたら痛い目をみるかもしれないヨ)」
深呼吸をする超さんを見て、ミサカも椅子に座りなおします。
仕切り直し。
超さんは自分の口の前で手を組み、肘をテーブルにつきながらミサカを覗き込むように見てきました。
「アクセラレータから聞いていると思うが、私はとある計画を遂行している。あなたとはアクセラレータと同じく不可侵協定を結ぼうと思ってるネ」
計画?
……ミサカは聞いていませんが。
騙そうとしているにしてはあまりにも仕草が自然なので、おそらくアクセラレータと超さんが何らかの不可侵協定を結んでいる事は間違いないと思います。
まあ、わからないのなら聞けば良いだけのことですね。
「私はアクセラレータからそんなことは聞いていません、とミサカは断言します。とある計画と不可侵協定についての内容を聞きたいと思います、とミサカは尋ねました」
「アクセラレータから聞いていない? 説明しなかった、ということカ」
超さんはそう呟くと、眉根を寄せてからため息をつきました。
力のなくなったそのため息から察するに、おそらく疲れているのでしょう。
まあ、アクセラレータを普通の感性で理解することは不可能です。
超さんもそのことがわかっている人の一人なのでしょう。
超さんはそのまま計画の事について説明を始めました。

まずは自分の計画を邪魔して欲しくないということ。

これは素直に了承しました。
アクセラレータが許容しているのなら少なくとも人類を滅ぼすような計画ではないようですし、ノーと答えれば後々面倒な事になりそうだったので、一応イエスと答えておいたのです。
そして語られたのは超さんの計画、要約すれば全世界に魔法をバラすというものでした。
このまま放っておいたら世界は現実世界と魔法世界との戦争になる。
それを回避するために、今の内に安全策をうつ、ということらしいです。
どうしてそんな未来を知っているのかと思えば、超さんは火星から来た未来人だから、との事です。
頭の病院を勧めたい気分ですが、ミサカも異世界人なので人の事は言えません。
それに、目を見ているとその目がとても真剣な事が良く分かります。
まっすぐな目。
それはミサカをまっすぐに見つめてくる上条当麻に似ていました。
決意がこもった瞳。
睨みつけるわけでもなく、ただ強い瞳。
それを見ても、今言ったそれが本当なのかどうか……ミサカには判断しきれませんでした。
「ミサカは陰謀などはあまり得意ではありません、とミサカは暴露します。その魔法使いの存在を暴露すると言う計画については超さんの言う通り干渉はしないことにします、とミサカは言います」
ミサカは軍事用に開発されたミサカです。
ミサカは単純な戦力として開発されたそれであり、交渉事などの技術や知識は対人関係についての対処の仕方などは実験体であった〇〇〇〇一号から最新型までほとんど変わりません。
まだ魔法などについての情報、そして一般的倫理観が乏しいミサカにとって、超さんの計画が正しいモノであるかどうかはわかりませんでした。
判断できないのなら信頼している人物に追従すれば良い。
というか、今頼れる人物はミサカとしてはアクセラレータくらいしかいないのですけど。
超さんとして見れば今の結果は順調なのでしょう、少し満足げな雰囲気が感じられます。
「ありがとう。助かるヨ」
と言われましても、ミサカ一人くらいではそれほど超さんの敵の戦力にはならないと思いますが。
素早く頭を回転させて、ミサカは気づきます。
……ミサカを敵とするとアクセラレータも敵に回る可能性がある、ということですか。
アクセラレータと不可侵を結んでいるとしても、やはりアクセラレータが裏切る可能性は摘み取っておくと言う事ですね。
今ミサカに接触してくると言う事は、アクセラレータとミサカがどんな関係か調べるため、と取っておいても良いと思います。
ということは調べ終わった後と考えて良いと思いますが……どうやって調べたんでしょう。
ミサカは部活もしてませんし、超さんがアクセラレータの部屋に来たことも、ミサカの部屋に来たこともないはずです。
そうやって思考に陥ろうとしていましたが、そこを超さんの言葉で現実に引き戻されます。
「もう一つ質問があるのだが、いいカ?」
見ると、超さんの顔はさっきの緊張で強張った顔から、ほんの少しだけ柔らかい表情に見えました。
少しホッとさせるような顔です。
ミサカも警戒しつつ、ほんの少しだけ緊張を緩めて超さんに頷きました。
「ミサカさんとアクセラレータの関係を教えて欲しいネ。できればアクセラレータの過去も知りた―――」


「できません、とミサカは即答します」


ほぼ反射的にそう答えていました。
ミサカは咄嗟にそう答えた自分に内心驚愕していましたが、それよりも超さんも驚いたようでした。
眼を一瞬見開いた後、さっきの交渉の時の表情に戻ります。
「『知らない』ではなく『できない』と来たカ。アクセラレータに口止めをされているのカ?」
「それもありますが、個人的に話したくないことでもあります、とミサカは言います」
「それでもお願いしたい。私はアクセラレータのことを知りたい。彼は絶対に口を割らないネ。だから、あなたに聞くしかないんダ」
超さんは頭を下げました。
ミサカはその頭頂部をじっと見つめます。
アクセラレータの事を知りたい。
ならアクセラレータに聞け、というのはもうわかりきっている事ですが、彼の事です、絶対に口を割らないでしょう。
この超さんの言い分からすると、おそらくアクセラレータにはもう聞いている、と見て良いですね。
どうしようもなかったからミサカを頼った、と。
頼られるのはなんだかむず痒くて嬉しい気持ちになりますが、これは別です。
嬉しいと言うより、何かささくれ立つようなイライラしかありませんでした。
その気持ちに不快感を感じながら、ミサカはため息をつきました。
「頭を上げてください、とミサカは促します」
それを聞いて、超さんは頭を上げます。
その顔はさっきと同じもの……強い表情。
上条当麻もそうですが、どうしてこんな表情ができるのかミサカには理解不能です。
しかし、その強い意志を伝えられてもあの事を話すことは気が引けました。
というか、話せません。
だからミサカは、超さんがミサカに頭を下げてまでどうしてアクセラレータの事を知りたいのか疑問に思いました。
「どうしてそう思うのですか、とミサカは尋ねます」
「どうして、とは?」
「超さんとアクセラレータは親しい仲でしょう、とミサカは超さんの口調から予想します。だからこそ、アクセラレータを知りたいという欲求はおかしいと思います、とミサカは首を捻りました」
そう、おかしいのです。
アクセラレータは確かにそうベラベラと自分の事を語りませんが、どうにもならない所に来れば話す事もあります。
それに、超さんが親しい仲だとすればアクセラレータの事はそこそこわかると思うのですが……。
それに、友達、というのはミサカもよくわかりませんが、そう深く知るようなものではないと思います。
深く知れば、それは親友と呼べる存在だと思うのです。
お節介な人であればよく厄介事に首を突っ込みますが、アクセラレータの事を知りたい、というのとは目的がズレてると思いますし。
相手にもほじくり返されたくない過去もありますし、それを知っているであろう他人に聞くのは間違っている、とミサカは思います。
何故そこまでしてアクセラレータの事を知りたいのか……ミサカにはどうもわかりません。
だから、ミサカはこう結論付けました。
「私が思うに、超さんの質問は知的好奇心から来るものではないでしょうか、とミサカは予測します。だからこそ教える事はできません、とミサカは断固拒否します」
超さんは僅かに表情を動かしましたが、すぐにそれまでの表情に戻りました。
「……理由を教えてくれるカ?」
「好奇心程度の覚悟でアクセラレータに踏みこもうとするのは気に入りません、とミサカは告げます。知的探求心は結構ですが、それによりアクセラレータが傷つくのは看過できません、とミサカは断言します」
ミサカの台詞を聞いて、超さんは一瞬呆けた後に眉をひそめました。
それは難解な問題を突きつけられた時の表情に似ています。
「アクセラレータが傷つく、カ」
そう呟いて、一度だけ首を捻りました。
「私にはどうも想像がつかないヨ。彼はあの不条理で何もかもを突破していけそうな気がするネ。悩むことなんてないんじゃないのカ?」
ささくれ立ったイライラが、張り裂けそうなイライラを発散しました。
感情の高ぶりによって、まだ制御しきれない超能力が漏れ、静電気のようにパチパチと前髪が帯電します。


ふざけるな。


アクセラレータは人間です。
それ以上でも、以下でもない。
ただ、少し不器用で素直じゃないだけで。
そして特異な能力を持っているだけで。
それだけで『傷つかない人だ』と断言するというのは、あまりにも短絡的過ぎるでしょう。
確かに、ミサカはアクセラレータを恐れました。
何の攻撃も通じない、人の死を何とも思わないバケモノだと、そういう印象を持っていました。
いかにミサカネットワークからの意思を感じていたからと言っても、そういう本能的な恐怖からは逃れられなかったのです。
でも、アクセラレータは人間でした。
ミサカが定義づけている、『人間』でした。
人との交わりを喜び、晩飯を食べて美味いと言い、別れ際に『寒くならねェよォにしろよ。夜は冷えるからな』と気遣ってくれたり、仲間と呼べるような存在と馬鹿をやり―――そんな存在をバケモノと呼ぶ事は、ミサカにはできませんでした、


……でも。


超さんの言う事は、そういうアクセラレータの人間性を真っ向から否定するそれでした。
アクセラレータでも、傷ついたりはします。
アクセラレータはミサカに視線を合わせる事は滅多にありません。
目を合わせると、すぐに目をそらします。
目線に慣れていない、と言う事はありません。
刹那さんたちには目を向けているし、ミサカだけが例外なのです。
それはどうしてでしょうか、とミサカは思いました。


そして、ふと忘れていたことに気づきます。

アクセラレータは自分に罪悪感を持っていたのではないか、ということに。


自分に対して気をつかうのも『妹達』を殺した罪悪感からだろう、とミサカは分析していました。
でなければ自分にこれだけ良くしてくれる理由がわからないのだ。
何の問題もなく、こうして中学生をやっていられるのはアクセラレータのおかげだということもなんとなくわかっています。
だから、でしょうか。
ミサカはアクセラレータの事を、ほんの少し許していました。
最初はその罪悪感を逆手にとって色々としようと思っていましたが……いつの間にかその気も失せていることに気づきました。
もう、アクセラレータはミサカにとって頼りにしている人です。
その人間性を、彼も人間であると言う事を、超さんは否定しました。
そう自覚するとともに、ミサカの手は拳を握りすぎて痛みを発していました。
でも、今はその痛みすらどうでもよく感じます。
そして、そのどうでもいい思考で確信します。
目の前にいる人物は、アクセラレータという男の中身、その一割すら知らないのでしょう。
だというのにアクセラレータと自分の過去をただの好奇心で知ろうとするなど片腹痛い。
そんな浅い心構えで、そんな事を言われたら……。
「……だから教えられないのです」
ミサカは生まれて初めての憤怒に戸惑いながら、絞り出すように言いました。
バヂッ、と前髪から火花が散る。
ミサカの中に残っていた理性が、このままでは怒りのままに電撃を叩きつけてしまいそうになることに気づき、立ち上がりました。
このままではこの感情をそのままぶつけてしまいかねません。
不必要なほど湧き上がってくる怒りを更に倍増させるように、超さんは『待ってくれ』と同じく立ち上がりました。
ビキリ、と本気でミサカの額に青筋が走ります。
それを自覚しないまま、ミサカは超さんを睨みつけて吐き捨てました。

「ただの好奇心でアクセラレータとミサカの間に踏み込まないでください。不愉快です」

ミサカはそのまま驚きの顔で硬直する超さんを残し、喫茶店から出ました。
溢れる莫大な感情が胸の中で渦巻いて、爆発しそうでした。
その矛先がどこにもなくて、そのエネルギーを処理することができなくて、
ミサカはただ、走り出すことしかできませんでした。






我武者羅に、どこをどう走ったかも覚えていないまま……何時の間にかミサカは世界樹前広場へやってきていました。
肌寒い季節なのであまり人気がない広場を眺めた後、朝のトレーニングの時に走っている道のりをなんとなく歩くことにしました。
歩きながら、ふと、ミサカのさっきまでの目的がなんだったかを思い出します。
「(そうでした……買い物を)」
でも、今はそんな気分じゃありません。
とてもじゃありませんが、鼻歌混じりに夕食の献立を考える気分などではありません。
胸になにかもやもやとした不愉快なものが詰まっていて、所構わず電撃をぶっ放したい気分です。
詰まる所、イライラしているのです、とミサカは冷静に自分の中の感情を分析します。
しかし同時に、何故か悲しくもありました。
その理由はミサカにはわかりません。


理解が、できません。


それが更にミサカの胸のもやもやを増大させます。
悪循環のできあがりです。
それを自覚していながらも止められないミサカは、それから世界樹前広場の周りをぐるぐると回っていました。
帰りたくなかった。
今、アクセラレータと顔を合わせたくありませんでした。
でも、アクセラレータに自分が夕食の材料を買ってくると約束していたことを再び思い出します。
約束を破る事は心苦しいです。
ここをさ迷うか、それとも商店街に行くか、またはこのまま帰るか。
ミサカの頭の中は超と同じようにぐるぐると回転していて、まったく答えが出ませんでした。

もう、この広場を十回以上は回ったと思います。

無意味な時間稼ぎは瞬く間に過ぎていき、まばらに見えていた生徒の数も激減し、ついにはとっぷりと日が暮れてしまいました。
頼りない街灯に照らされて夜道を歩く。
ミサカの頭の中は答えの出ない問いが連続していて、その意識がしっかりしているのかすら判別できませんでした。
のっぺりとした人形のような無表情のまま、ミサカは歩きつづけます。
ミサカの目に、その終着点は見えません。






SIDE 一方通行

遅い。
遅すぎる。
時計の針は七時を通り越し、ついには長い針が下を刺し始めていた。
俺は荒々しく三本目のコーヒー缶を机に叩きつける。
机の上にはミサカがそのまま置いていったノートと教科書、筆箱があった。
彼女が夕飯の材料を買いに行くと言い出して商店街へ向かってから、既に二時間という時間が経過していた。
ここから商店街までどう遅くても十分ほどしかかからない。
食べ物を選ぶ時間を考えると、いくら遅い帰りになっても一時間程度のはずだ。
だというのに、どうしてここまで遅いのか。
材料を選ぶにしても凝り過ぎている。
調理時間がなくなるだろうが。
さっき携帯を鳴らしてみたが、ミサカは電源を切っているようだった。
ヘンな所でクソマジメな所が裏目に出たか。
腕を組んでミサカの帰りを腹を鳴らしながら待っていると、ようやく帰って来たようだ。
インターホンが鳴る。
どこかホッとしている自分に驚きながら、俺は受話器に出た。


『こんばんはー、アクセラレータさん、いますかー?』


「あァ?」
この独特の間延びした声はハカセのものだった。
眉を顰めながら扉を開くと、そこにはいつになく真剣な表情のハカセと、珍しくその後ろに超がいた。
何故か超の方はいつもの陽気さやふてぶてしさは感じられず、なにやらしょぼんとしている様子が見うけられる。
一目でそれを見抜いた俺は、ハカセに尋ねた。
「何があった?」
真剣な口調になってしまったのは致し方ないだろう。

超もハカセも、今では俺の友達だ。

元気のない超なんざ気持ち悪いことこの上ないのでさっさと元に戻って欲しい。
だからその原因を聞こうと思ったのだ。
彼女が落ちこむ理由なんてそうそうないと思うので、つい真剣になってしまった。
しかし、それに問いで返したのはハカセではなく超だった。
「ミサカさんはいるカ?」
「ミサカ……いや、いねェ」
俺がそう言うと、超は見るからにがっくりと肩を落とした。
その様子がまた不可解に思い、尋ねる。
「どォしたンだ?ミサカと何かあったのか?」
「ちょっと軽率な事を聞いてモメてしまってネ。謝ればすむ問題ではないが……頭を下げようと思って来たネ」
超とミサカがモメた?
想像がつかないな。
超の様子をみると落ち込んでいるようだから……ミサカが何かを言ったと言う事はないと思う。
俺が短く現状を分析している中、ハカセが言った。
「お隣の部屋の電気もついていませんでしたしー、アクセラレータさんの家以外にミサカさんが寄る場所は考えにくいんですがー……」
「……超が何か言ったンだな? じゃなきゃテメェがこんなツラしてるわけねェモンな」
「う……返す言葉もないヨ」
がっくりと項垂れる辺り、かなり反省はしているようだ。
何を言ったのか少し気になるところだが、これは本人達の問題だ。
ミサカにも対人関係のトラブルを解決させる良い機会になるかもしれない。
俺はそう思うとため息をついた。
それから申し訳なさそうにしている二人を見やる。
「テメェらは寮に帰れ。もうそろそろ門限だ、帰らねェンなら気絶させて運び出すからな」
「でも……私は」
「明日にしろ。ミサカはああ見えて繊細だ、話した内容は知らねェが、今日中にはテメェに会う気は起きねェだろうさ」
モメた人間とすぐ会って、すぐ謝って、それで和解なんてありえない。
大方の事なら流してしまうミサカとモメたんだ、そう簡単な問題でもあるまい。
両者とも心の整理の時間が必要だろう。
せめて、一日くらいは。
俺がそう言うと流石の超も引き下がり、重いため息をつきながら肩を落とした。

「……悪かったと伝えておいてくれるカ?」

「ミサカがどう思うのかは知らねェぞ」
「ここで言いたかっただけネ。きちんと本人の前で謝罪はする」
「なら良い。ほれ、さっさと帰れ」
超は一礼すると、ハカセと一緒に階段を降りて帰っていった。
それから俺は扉を閉めると、ベランダから夜空へ飛び出した。
頭の中でミサカが行きそうな所を予想するが……ダメだ、アイツが行きそうな所なんて想像がつかん。
電波受信してどこにでも言ってしまいそうな感じがする。

とりあえず、俺はミサカが俺と一緒に歩いた場所を中心的に探すことにした。

こりゃあ、骨が折れそうだ。
ミサカネットワークに接続できるんなら容易いんだが、この世界にミサカが一人しかいないのでそんなこともできない。
ん?
ミサカネットワーク?
ミサカの出す微弱な電場を感じ取れば―――いや、無理か。
今まで意識してミサカの電場を感じたことはないし、電波を乱すほど強力な物でもないだろうし。
確かに意識してみるとそれらしきものを認識することはできるが、誰のものかなんてわかるはずがない。
それに、そもそも俺の肌に触れていないとベクトルの乱れとかも感知できないしな。
クソッ、地道に探すしかないってことかよ。

俺はまず、商店街でミサカがよく行く八百屋などの店の主人たちの下へ聞きこみに向かった。

すると、ミサカを見たという人はいたようだが、どこに向かっているのかはまったくわからなかった。
どうも商店街には来たようだが……。
あちこちに聞き込みし、やがて俺は例の電気屋にやってきた。
古臭い自動ドアをくぐる。
「おお、アクセラレータさんじゃねえか。電子レンジの調子でも悪くなったか?」
あのオヤジだった。
捻りハチマキをしていて、相変わらず冬なのに真っ黒な小麦色の肌をしている。
去年より少し白髪が増えていた。
「いや、今日はそれじゃなくてな……ミサカを知らねェか? まだどっか行ってるらしくてな」
「ミサカちゃんか? あぁー……そういや夕方辺りにものすげえ勢いで走っていくのを見たな」
「どこに向かってた?」
俺の剣幕にちょっと真剣な顔になりながら、オヤジは外に出て、世界樹の方を指さす。
「こっちに向かってまっすぐ突っ走っていったのを見た。チャリより早いんじゃねえかと思ったが……お前さん、何かしたんじゃねえだろうな?」
急に低い声になるオヤジに対して、俺は極めて事務的に答える。
「クラスの連中とモメたンだと。ソイツが俺のトコに来てそのことを知ったンだ。……なンだよその目は」
いつの間にか、その目はいつものような豪快なものに戻っていた。
俺が眉根を寄せると、オヤジは笑った。
「いや、普通の理由で安心したんだよ。病院で劇的なことが発覚したんじゃねえかと心配しちまったんだ」
「テメェ……」
「悪かった、冗談だ」
オヤジはそう言って、世界樹方面を指さした。

「ほれ、さっさと行ってやれ。泣いてる女の子は慰めるのが男の務めだぜ」

「……サンキュー」
いきなりとんでもねーことを言い出すが……やっぱりこのオヤジは一味違う。
俺は後日何か礼の品を持っていくことにして(どうせ受け取らないんだろうなあ、と思いながら)走り出す。

俺はオヤジの言葉を信じて世界樹方面に向かう。

その途中、ジジイに捜索を頼もうかと思ったが、やめた。
ジジイの魔法ならすぐに探し当てることができるだろうが、借りを作るのは嫌だからだ。
あのジジイ、借りを盾にしてどんなこと迫ってくるかわかんねえからな。
麻帆良祭の時も金を餌にしてあんなことさせやがったし……いや、思い出すな、気持ち悪くなる。
……それに、ネギも来た事だし、迂闊な事をしたら色々とまずい。
もちろんミサカに危機が迫っているのなら一も二もなくジジイの手を借りるが、ミサカの事だから変質者に襲われて監禁されているということはないだろう。
他に思いつくのは過激派の行動。
俺の保護下にミサカがいることで、ミサカを不穏分子としての見方を強めている連中がいると言う事はわかっている。
連中の仕業かもしれないが……ミサカがわき目も振らず突っ走る意味がわからない。
まさかミサカが逃げ出すようなシロモノでも使ったのだろうか。
ミサカが脅威に思って逃げ出す存在なんてそれほどないだろうし……ああもう、わけがわからんぞ。
そして思考を停止させると、腹がぐるぐると鳴った。

時計を見ると、もう八時を回っていた。

「チッ」
腹が減る事による苛立ちを押し潰しながら、俺は走り続けた。
大きな橋があるところから広場を見回したが、誰もいない。
芝生が広がる広場にはささやかな風しか通らず、人影はまったく見えなかった。
俺が探っても気配はまったくない。
こりゃハズレか?と思っていると、俺の操作していた風が人の気配を捉えた。
近くないが、遠いというワケでもない微妙な距離。
俺がそちらの方向を向くと、そっちの方向には麻帆良祭で高音や愛衣と待ち合わせた世界樹前広場の大きな階段があった。
そこで座っているようだ。
歩き疲れたのか、それとも途方に暮れたのか。
ため息をつきながら、俺は一気に階段の方に飛んだ。
風を切る音を聞きながら見下ろすと、いた。


この時間に茶髪の女子中等部の制服。

間違いない、ミサカだ。


俺は逆制動をかけると、ほぼ無音で着地する。
だが僅かな物音で気付いたのか、こちらに振りかえった。
何か一つ文句をいってやろうと口を開いたが、その顔を見て、そんな事もいえなくなってしまった。
俺の見て来たミサカはどこかすました雰囲気がある少女だった。
それはいつだろうと変わりなく、無表情でつらつらと事実を長ったらしく表現する独特の雰囲気もあった。
だから、俺は心のどこかで安心していたのかもしれない。
ミサカは感情に疎い。
だからこそ鈍い。
涙を流した事もなく、そのような感情を持つ事は当面ないだろうと考えていたのだ。
だが、振り向いたミサカの顔が、そんなことはないということを物語っていた。

その顔には『悲しみ』という感情が刻み込まれていたからだ。

間違いなくその顔は無表情だが、今にも泣きそうな雰囲気を伝えて来る表情だ。
その悲しみが何から来るのか、超からどういう言葉をかけられたからか、俺は知らない。
だからどういう言葉をかけてやればいいのかわからずに、俺はこう言った。
「―――何やってンだよ、オマエ」






SIDE 一方ミサカ

何をやっているのでしょう、と自問自答しながら歩くこと暫く。
気付くとミサカは世界樹前広場の階段に座っていて、呆然と夜空を見上げていました。
これが黄昏ている、と言う状況なのだと思います。
完全に自失していたようなのでミサカの身体の状態を確認すると、足の疲労と妙な体のだるさ以外は異常ないようです。
木にぶつかったわけではないので安心しました。
特に外傷もない事に気付いた後、ミサカは時計を見ます。

午後八時四分。

最早言い訳のしようもない時間帯です。
真っ暗で人通りもないはずです。
ミサカの頭にふっと思い浮かんだのはアクセラレータでした。
彼は笑えないバラエティ番組を見て顔をしかめているのでしょうか。
それともミサカのことなど気にせずに寝てしまっているでしょうか。
どちらにしても、既に外食で食事を済ませていると判断します。
ミサカを待つ理由なんてないのですから。
不機嫌そうにため息をつく彼の顔を思い浮かべると、途端にミサカには帰らなければならないと言う衝動が襲いかかってきました。
アクセラレータに夕飯の買出しを進み出たのはミサカです。
迷惑をかけたことを謝らなければなりません。
しかし、動きたくないくらいのだるさがあるのも事実です。
それに、アクセラレータにも会いたくありません。
何故なんでしょうか……。
私の頭の中はまたぐるぐると回り始めます。
いけないと思っていても気になってしまい、延々と頭の中を回りつづける無間地獄。
いつもならわからないものはわからないと切り捨てるミサカでも、これは切り捨ててはならないと思ってしまっているのです。
そんなにこのもやもやは大切なのでしょうか。

何故、ミサカは―――。

ぐるん、とまたミサカの頭が無間地獄に囚われそうになったとき、上段に誰かが降り立ったような音が聞こえてきました。
タッ、という軽い音です。
普段なら気付きもしない小さな音ですが、今は静寂に包まれる広場です。
その音は何故か小気味良いくらいミサカの耳に吸い込まれていきました。
誰か来たのだろうか、と振り向きます。
顔を確認する前に、声が。


「何やってンだよ、オマエ」


不整脈。
驚くほど大きく、ミサカの心臓が音を立てました。
すぐに誰かわかりました。
アクセラレータです。
その姿を見た瞬間、ミサカの頭はパンク寸前になりました。
何を言えば良いのか、その選択肢が多過ぎたのです。
ごめんなさいと謝るか、その前の説明をすべきか、この行動の意味を言うべきか、そもそも何もかもを放り出したいくらいにわからないというべきか。
詰まる所、頭が真っ白になっていたのです。
不意に、アクセラレータが来た事に泣きそうになっている自分がいることに気付きました。
何故、泣きそうになるのですか。

何故?

またもや頭が真っ白になって呆然とするミサカを見て、アクセラレータは深いため息をついて頭をバリバリと掻きました。
今にもその口から『面倒くせェ』という言葉が聞こえてきそうでした。
コツ、とアクセラレータが一歩踏み出します。
誰もいない、二人きりで、アクセラレータがこちらに向かって歩いて来ます。

まるで『実験』のように。

現実逃避をしているミサカをよそに、アクセラレータはどんどん歩みを進めてきます。
何もする事ができず、身じろぎすらする事もできず、ミサカは硬直することしかできませんでした。
硬直している間に、アクセラレータはもう隣にやってきていました。
私は彼の顔を見上げたまま座っていました。
今からどんな叱責を受けるのか、という恐怖で怯えていたからです。
どんな怒声を浴びせられるのか。
まさか殴られるのだろうか。
恐い想像ばかりが膨れ上がっていき、沈黙に耐えきれなくなってその想像が破裂しそうになったその時、彼はミサカに聞こえるようにはっきりと言いました。


「帰るぞ」


たった一言。
ミサカが遅くなった理由を尋ねもせず、夕飯はどうしたとかいう事も尋ねず、ただ『帰る』と。
迎えに来てくれた?
まさか。
アクセラレータがミサカのために迎えに来てくれるなんて……いくら彼の様子が学園都市と違うとは言ってもそんな事―――。
そこまで思考が働いた後、アクセラレータはミサカを置き去りにして歩き始めました。
ミサカは慌てて立って、しびれそうになる足を堪えて後を追います。
アクセラレータの歩みは比較的ゆっくりだったので、すぐに追いつけました。
恐る恐る、その横顔を見上げます。
少し眠そうでだるそうなその顔からは、怒りなどといった感情が見うけられません。

どうして?

ミサカの過失で迷惑をかけたのに……どうして怒ってないのですか?
「ど、うして……」
掠れた声しか出ませんでした。
アクセラレータは歩みを止めません。
聞こえていないはずがありません。
無視をしているのでしょう。
「どうして、理由を……聞かないのですか、とミサカは呆然と尋ねます」
さまざまな感情が入り混じったミサカからは、そんな変な尋ね方しかできませんでした。
聞きたいことがあるはずなのに、ミサカがここにいる理由すら聞かないアクセラレータ。

不思議にもほどがあります。

ミサカのその言葉を聞いて、アクセラレータは歩みを止めました。
その後ろにいるミサカも止めます。
アクセラレータは、ミサカも見たことがないような……そう、困ったような、困惑しているような仕草で頭を掻くと、ボソボソと呟きました。
「ンなツラしてる奴に理由なンざ聞けるかよ。帰って飯食って、それからだ」

飯?

「そ……その、夕飯は……?」
「食ってねェよ。誰かさんがほっつき歩いてたせいでな」
「……え」
食べて、ない?
「待ってくれていたのですか、とミサカは尋ねます」
アクセラレータは答えずに、歩みを再開しました。
呆然と見るその背中から、小さく鼻を鳴らしたのが聞こえます。
つまり、待っていた。
こんな夜遅くまでミサカが夕飯の買い出しに行ってから、ずっと。
「あ……く、うぁ……」
そう悟った瞬間、ミサカの中から熱い何かが溢れてきました。
それを止めることができず、その熱いものは私の目から流れていきます。
外気にさらされ、それはすぐに冷たくなりますが、ミサカの体温は更に急上昇します。
しゃっくりのような音がミサカの喉から聞こえると同時に、体が震えます。
今までこんな事は一度もありませんでした。

どういうことでしょうか?

あまりにもアクセラレータの行動が衝撃的過ぎてミサカの情緒がおかしくなってしまったのでしょうか。
何かを言葉にしようとするのですが、うまくいきません。
アクセラレータはミサカの異常に気付いたのでしょう、驚いたように振り向いて、こちらに近寄ってきます。
「……ッ、あーッ、これだからガキのお守りってのは面倒くせェ」
ガリガリと頭を掻きながら、アクセラレータは私の前に立って途方に暮れていました。
ミサカは眼前にいるアクセラレータを見上げました。
ミサカの顔を見てアクセラレータは呆れたようにため息をつくと、軽くつま先で跳躍します。
置いていくのかと思いましたが、そうではなく、アクセラレータは近くにある自販機に一瞬にして移動していました。
さっさと出てこない自販機にイライラしているのか、ボタンを何度も連打しています。
いきなりのアクセラレータの不可解な行動に呆けていると、また一瞬にしてアクセラレータが目前に戻ってきました。
その高速移動に驚いて、ミサカは一歩後ろに下がります。
すると、眼前にペットボトルが差し出されました。
とある有名な紅茶です。

午後に飲むらしいです。

そのラベルが貼られたペットボトルをどうして欲しいのかわからずに、ただそれを眺めていると、アクセラレータは、
「飲め」
いきなり命令でした。
それを受け取り、紅茶を飲みます。
アクセラレータはちゃっかりとコーヒーを買ってるようでした。
喉から伝わる暖かい紅茶が胃に流れ落ちると、まるで染み渡るように暖かさが身体全体に伝わっていきます。
それで、私の体はかなり冷えていたと言う事を実感しました。
ずっと動いてませんでしたから、当然です。
ほぅ、とついた一息が白い息となって空中に吐きだされます。
それがちょっと面白くて、一度、二度と繰り返しやっていると、アクセラレータが突然聞いてきました。
「落ち着いたか?」
暖かいコーヒーを飲んで、若干満たされた表情をしているアクセラレータは、どこか暖かい視線でミサカを見ていました。
いつもなら気持ち悪いとか言ったでしょう。
でも、今はどうしてもそうとは思えませんでした。
泣きだした理由はさっぱりわかりませんが、落ちついたのは確かです。
「はい、とミサカは短く答えます」
それを聞いたアクセラレータは、ふらりと踵を返して歩き出しました。
ミサカはボトルのキャップを閉めながら、慌ててそれを追いかけます。
そして―――いつの間にか、アクセラレータのジャンパーの袖を掴んでいました。
鬱陶しそうに、肩越しでアクセラレータは振り向きます。
紅い目が、至近距離でミサカに向きました。
「ンだよ」
「このままでいいですか、とミサカは質問します」
今は、少しでもアクセラレータに触れていたい。
なんだか、そんな気がするのです。
アクセラレータは私を見た後、何事もなかったかのように前を向いて、ポツリ。


「好きにしろ」


事実上の許可を戴きました。
アクセラレータの少し後ろを歩きます。
ミサカの手はアクセラレータのジャンパーの裾をぎゅっと握っています。
がっくりと肩を落とすアクセラレータに首を傾げました。
アクセラレータの足はコンビニに向いています。
弁当を買って帰ろうとでも思っているのでしょう。
今日は味気ない夕食になりそうです。

でも、明日は昨日以上に豪華な夕飯にしたい。

ミサカはそれを見るアクセラレータの表情を想像して、ほんの少しだけ笑いました。






~あとがき~

苦労した……それだけです。

アクセラレータは年下を慰めるとか、そういうのは物凄く不器用です。
物を買って慰めるくらいしか思いつきません。

次回、超、ミサカ、刹那が出てくる予定です。
このごろすっかりアクセラレータの影が薄くなって……どうしよう。一応主人公なのに。



[21322] 第30話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/19 00:34
SIDE 一方通行

その翌日。
やっかましい目覚まし時計を叩いて停止させたら、威力が強すぎてブッ壊してしまった。
音反射で寝るのは気分が良いのだが、流石にミサカが飯を作ってくれるようになってからはそれをしたことはない。
自分が言うのもなんだが、失礼だろう。
目覚まし時計はこれが最初ではないので応急処置で何度も修理していたのだが、流石に3日連続でブッ壊れるのはそろそろ寿命かね。
だましだまし使っているつもりだったのだが……今日の内に買いに行くか。
目覚ましなしだと夕方まで寝てる時あるからな、俺。
低血圧な頭を無理矢理に覚醒させながら、俺は布団からのそのそと出る。
床に置いてあるティッシュ箱を蹴り飛ばし、寝室の襖を開けてリビングに出ると、


いつも通り我が物顔したミサカがキッチンで朝食を作っていた。


「良いお目覚めで、とミサカはニヤリと笑ってみます」
「……それが『おはよう』って意味だってことがわかるのは俺くれェだろォな」
1ミリとも笑っていない相変わらずのミサカを見ていると、昨日のことがなかったように思えてくるから不思議だ。
俺は半分寝た頭で顔を洗って、冷たい水で更なる意識の覚醒を試みる。
そして一旦天井を見て、大きくため息をついた。
下を向いてもう一度ため息をつく。
なんというか、昨日はミサカに甘すぎたかと思うのだ。
泣かれたらもう混乱してしまうと言うか、結局はミサカの機嫌を損なわせずにいさせることしかできなかった。
それは正しいと言っている俺もいて、甘すぎると言っている俺もいる。
いつの間に俺はミサカの保護者に―――今更か。
開き直るか、敢えて突き放すか、それも悩む所。

……なんで10代なのに同じ年代の少女の教育に悩まなきゃならんのだ。

むしろそれは教育者に任せて―――ダメだ、ネギを参考にしてもらっちゃ困る。
タカミチならまだ安心だが今はネギだ、とてもじゃないが任せられない。
流石にミサカもそれはわかるだろうが、万が一という事もある。
そうやって段々と保護者の思考に陥っていくのだが、俺はその時気づいていなかった。
そこで3分くらい不毛な思考のループに陥った後、もう一度だけ顔を洗ってさっぱりする。
今日も一日無駄なエネルギーを浪費してくるか、と振り向くと、

そこにはミサカが立っていた。

「…………そこで何突っ立ってンだよ」
正直かなり驚いたが……良く見ると右手にクソ熱そうなオタマを持っている。
それを振り上げていたことから何をしようとしていたのかは想像がつくが。
ミサカは無表情のままオタマを下ろし、こちらをじっと睨みあげてくる。
「なンだよ」
「……朝食ができました、とミサカは何度も呼んだのに返事をしないアクセラレータにむくれてみます」
「あァ、そォか。悪かったな」
正直まったく聞こえなかった。
考え事にふけりすぎるのも考えものだな。
眠くて投げやりな返答になってしまったが……それが真面目に謝っていない風にとらえられてしまったらしく、テーブルに座っても不機嫌そのものである。
だが、不機嫌そうにしている辺り一応前日のショックは失せているようだ。
帰ってきたときも様子がおかしかったからな……いつも通りの様子に戻ってくれて一安心だ。
いつも通り会話もなく朝食を食べていると、ふと昨日の事を思い出す。
「そういやァ、昨日、超がここに来たンだが」
俺が言うと、ミサカはじろりと俺を見た。
「超さんが何か、とミサカは尋ねます」
「すまなかった、だとよ。後で謝罪はするらしい」
「…………」
俺の言葉には何も答えず、ミサカはそのまま白米をかきこんだ。
超の事を出すと空気が変わる辺り、一日で割り切れるようなもんではないらしい。
このタイミングで言うのは間違いだったかとも思うが、昨日はすぐにミサカは帰ってしまったのだ、言うタイミングを逃してしまっていたのだ。
「……いってきます、とミサカは出発します」
「あァ、行って来い」
それから一言もしゃべることなく、ミサカはカバンを持って出ていった。
助けになりたいと思わない、というのは嘘だが、ここは口出ししなくて正解だった、と思う。
人は悩まなければ成長しない。
悩まないと惰性で生きてきた人間は、外見は成長しても内面は成長していないと思うのだ。
経験する事は成長に繋がるからな。
ちょっと心苦しいが、帰ってきたときのミサカの様子が良いことを期待するとしよう。
俺は珍しく飲み忘れていた朝のコーヒーを飲むために、冷蔵庫に向かった。






SIDE 超鈴音

気になって眠れなかったと言うつもりはない。
だが、精神的に少し気が重くなっているのは確かなようだ。
ハカセには少し気を遣わせてしまった。
すまなく思う。
隣のハカセはまだ気を遣っているのか、私にあまり話しかけてはくれない。
それに感謝しながら、私は存分に思考することにする。

昨日も振り返ってみたのだが、やはり私の意見は浅はかだったとしか言いようがなかった。

アクセラレータの様子を観察すればするほど彼が人間離れしていることがわかって、いつしか彼は人間じゃないことを普通だと思っていたのだ。
どんな物理攻撃だって効かない。
乱暴な言葉遣いで全部をうやむやにしてしまう妙な話術。
いつも上から目線なのに、何故かそれがしっくりと来てしまう感覚。
それらすべてが今まで出会ってきた人間と違っていて……人間じゃない、というよりは何らかの観察対象として見ていたのかもしれない。

彼の行動全てが新鮮だった。

だから私の研究者としての何かを刺激されたのかもしれない。
それをミサカさんに指摘されることでようやく自覚するなんて……思いこみが激しいのも考えものだ。
たまには他人の意見を取り入れることも考えなければならない。
それを痛感させられる瞬間だった。
中学校の校舎の中に入り、上履きに履きかえる。
チラリとミサカさんの上履きを確認し、まだ来ていないことにホッとする。
そんな小心者の自分に気づいてため息をつきながら、私は教室に向かった。

階段がいつになく重く感じる。

自分が悪いと認識してしまうと途端に足が重くなるのはなぜだろう。
今までこんな事はなかったのに。
最後の一段を登りきると、何やら言い知れぬ達成感があった。
それから教室に向かう。
ドアを開けて、チラリと全部を見回してから自分の席に座る。
その私の様子が変わっていることに気づいたのか、サツキが近付いてきた。
「いつもよりも元気がないようですけど……何かあったんですか?」


大ありだ。


即座にそう言いたい所ではあったが、ここでは人目が多すぎる。
私は頷いておきながら、とりあえずここでは話せない事を目線で伝えた。
一瞬私の目が朝倉さんや早乙女さん辺りにいったことに気づいたのだろう、サツキは笑って自分の席に戻っていった。
しばらくすると、予鈴が鳴った。
登校五分前の合図だ。
まあ、普通の生徒ならひとつ前の電車に乗ってくるだろうが、この2-Aは私を含めてそこそこ異常だ。
現に今でも半分近くの生徒が来ていない。
かくいう私もその一人ではあるが、慣れてしまえばそんなものだ。
それを証明するようにゾロゾロといつもの感じで部屋に入ってくるクラスメイト達。
その中にはミサカさんの姿もあった。
茶々丸、エヴァンジェリンと話をしているらしく、あのアクセラレータ譲りの毒舌にまたエヴァンジェリンはからかわれているらしい。
エヴァンジェリンは机にカバンを叩きつけて鼻息荒く退室していき、何故かそれを見て茶々丸とミサカさんが今さっきの軽口についての論争を繰り広げている。
会話を聞くと、
「ですからエヴァンジェリンさんのあの赤面パターンは絶対にBパターンなのです、とミサカは絶対的確信の下に主張します」
「私は僅かに違和感を感じましたが……むしろあれはC-3パターンなのではないでしょうか? 過去のデータに照合してもBとは符号しません」
「むう……茶々丸さんのデータがあるのならばそちらの方が確実ではありますが……後でパソコン室に行きましょう、とミサカは検証するための場を勝手に借りようと試みます」
「ネギ先生に頼めばだいたい許可されるでしょう。許可が降りなければ私の培ったピッキング技術を駆使するまでです」


……何をやっているんだか茶々丸は。


アクセラレータに影響され始めてから異様にミサカさんと同調しているのは知っていたが、私の知らぬ間に変な方向に成長しているようだ。
これはこれで面白いとハカセが絶叫していたが、私は不安なそれを隠しきれない。
茶々丸が毒されすぎてミサカさん化してしまえば……うーむ、何やら十分あり得そうな事態だから笑えない。
一人で頬をひきつらせていると、
「お、朝からどーしたアルか、超? 変な顔アルヨ?」
古がやってきた。
相変わらず悩みもなさそうな顔だが、なんとなくその顔を見ていると楽になってくる。
色々考える私とは真逆の存在だからだろうか。
「昨日見ていた笑えないバラエティ番組を思い出してしまってネ。いやいや、あれは笑えなかったヨ」
古と軽く挨拶した後、前方、教卓前では鳴滝双子が騒ぎまくっているのが見える。
ホント、そんな元気が私にも欲しいヨ。
妙に老けた思考でそんなことを考えていると、チャイムが鳴る。
待ちうけていたかのように、突然ガララと引き戸が開いた。

「皆さん、おはようございまーす!」

ネギ坊主だ。
古や鳴滝双子と同じく、見ていて悪い気にはならないのはおそらく彼の持つカリスマという奴なのだろう。
その純粋な内面や標準を容易く超えている容姿も関係していると思うが。
先生とは到底思えない坊主ではあるが、やっぱりその性格や容姿は和む要素ではある。
この辺りは計画と割り切っている感が否めない。
やはり私の敵になりうる存在だとしても、その時はその時、今は今、と割り切るのが私らしい。
……しかし、とHRを始めるネギ坊主を見ていて思う。
私もこういう風に育てばネギ坊主のような性格になっていたのだろうか。
ある程度まで暗い所を知ってしまった私は、もうネギ坊主のような場所には戻れないことを自覚している。

ちょっと、眩しい。

そんな風に感じてしまった。
おそらく、ナーバスになっていることが原因だろうが。
私は誰にも気づかれないように小さくため息をついた後、さっさとHRを終わらせたネギ坊主の授業を受けるのだった。






昼休み。
後ろにミサカさんがいることがこれほどの重圧になるとは思わなかった。
さっさと謝ってしまいたかったが、色々と辺りに知られてもらっても困るので、どう切り出そうか迷っていた。
それに、ちょくちょく視線を感じることからミサカさんも私の事を気にしているのがわかる。

それが怒りの視線に感じるのは、おそらく私の被害妄想だろう。

1時限、2時限と経過していくごとに衰弱した表情になる私を見てもう我慢できなくなったのだろう、サツキが強引に私の腕を掴んで教室から連れ出していった。
それを見たハカセ、そして茶々丸もついてくる。
「サツキさん、ハカセ、どうしたのですか?」
「超さんがミサカさんに何かを聞こうとして失敗したらしいの。それでこんな感じに」
そう言って私の頬を引っ張るハカセ。
何の抵抗もなく伸びる頬を見て、茶々丸は首をかしげていた。
こんな感じ、と言われても具体的に言われないと茶々丸はわからないのだろう。
やがてサツキが引っ張ってきたのは屋上だった。
ちょっと前に壊れたのか、壁に比べてやけに新しいドアとちょうつがいを見て、ふとそう思う。
眩しい太陽の光の先には、先客がいた。


「……ん? なんだ、お前たちか」


エヴァンジェリンだった。
彼女は手すりに両手を預けながら、ダルそうにプリンを食べている。
いかにも『あーーー』という言葉が似合う感じのダラけっぷりだ。
真祖としてどうの、というのはおそらく封印されて15年も経っているからそこらへんの思考はマヒしていると思うので、指摘しないでおく。
しても無意味だし。
彼女はちらりと私たちを見回してから、その口元に僅かな笑みを浮かべる。
「超包子のメンバーがほぼ揃っているじゃないか。何か悪だくみでもするのか?」
「今日は真剣なお話なんです」
「……なんだ、つまらん」
サツキが答えるともう興味をなくしたようで、プリンを食べていただろうプラスチックのスプーンを口で揺らしていた。
その光景をガン見で録画している茶々丸を見て、そういえばいつも録画してるけどそのメモリーは一体どこに保存しているんだろう、と開発者の私もちょっと不思議に思った。
プラグの外部との互換性はあったはずだが……まあ、深く考えてはいけない所だと言うのはわかった。
これも変な方向に特化してしまった茶々丸の個性と言うものなのだろう。
「それはそうと、超さん。いい加減話してもらいますよ。あの時は結構参ってるようでしたからあまり尋ねませんでしたけど……ミサカさんと何があったんですか?」
ハカセが詰め寄ってきたので……まあ、そう言われずとも話すつもりだったが。

私はまず、単独でミサカさんに『交渉』に向かった。

前のようにアクセラレータさんの気迫にやられたハカセを見たくなかったからだ。
そのため、ほぼ独自でミサカさんの事も調べ上げたことも話した。
「ミサカさんについてのこと、そういえば超に聞かれた事がありました」
茶々丸も覚えていたようだ。
そこでミサカさんについて調べては見たのだが、これがまた私並みかそれ以上に怪しい人物だと言う事がわかった。
いや、まあ、アクセラレータも相当怪しいのだが、彼の場合この一年間でかなり麻帆良に貢献し、学園長からも信用がおかれているから怪しい人物とはもう思えないでいた。
ミサカさんについてわかっていることは、まず素性が不透明すぎることだ。
完全に学園長が何らかの処置を取ったと言う事が明らかだった。
それはアクセラレータを調べた時と状況が一緒だったので、おそらくアクセラレータと同じ、何らかの事故か何かで麻帆良にやってきたことがわかる。
「ミサカさんが事故で麻帆良に……アクセラレータさんの来訪についても唐突でしたし、何か裏があるんでしょうか?」
「その辺りはわからないネ。あの学園長が約束を破るとは思えないし……アクセラレータとミサカさんが私たちの障害になるかどうかは疑問だが」
彼らの性格的に考えて、素直に学園長に味方するとはとても思えない。
それに二人とは既に条約を結んでいる。
これを破ってくるのであれば、自分は汚いと宣言しているようなものだ。
意地と意地のぶつかり合いに姑息な手段はただ汚いだけ。
あの二人がその程度であるとはとても思えないが、一つの可能性としてそう考える。

さて、話を戻そう。

更に調べていくと、どうもミサカさんはアクセラレータと同じ、正体不明の能力を扱うとかいう情報に行きついた。
とはいっても魔法先生の間の噂話のようなものであり、信憑性は薄い。
「それについてですが、超―――」
「茶々丸、それ以上言うな」
何かを話そうとした茶々丸を、その背後から口止めするエヴァンジェリン。
茶々丸は口を閉じて私とエヴァンジェリンの方を交互に見てオロオロし始めた。
私はエヴァンジェリンの方を見る。
「……何か知っているのカ、エヴァンジェリン」
「というより、一方ミサカの能力については把握している。茶々丸も、それに桜咲刹那もな」
「なっ……刹那さんも? となると、高音さんと佐倉さんも……」
「ああ、無論知っている」
それに、私は何故か拳を握りしめたくなった。
悔しいのだろうか、私は。
今挙がった名前はアクセラレータの家に通う人々。
魔法関係者ばかりだから私は近づきづらかったが、それが裏目に出たか……。
私は頭を振る。
「どうやら、後れを取ったようダナ」
「かなり差をつけられているぞ? あの場にいなかったことはお前にとってかなり不幸だったな」
「……『魔法を自力で知るかもしれない』のブラックリストに載っている私が高音さん達に接触するのは非常に難しいことダ。匙加減を間違えれば色々と台無しになるヨ」
「それくらいのリスクがなければ知識を掴めんだろう? 貴様みたいな立場の者はな」
「まったくヨ」
当然、エヴァンジェリンはミサカさんの能力について教えてくれないだろう。
その方がこちらにとって有難い。
下手にエヴァンジェリンの助けを借りてしまっては、絶対中立が崩れてしまうからだ。
「ミサカさんのことを調べて、そしてどうしたんですか?」
「ああ、そうだったネ」
サツキに問われ、私は説明を続ける。
ミサカさんの能力については私は保留とし、むしろ私はミサカさんの実力よりもバックにアクセラレータがいる、ということを最重視した。

アクセラレータの実力は底が知れない。

高畑先生はまだいい、対処法が思いつくからだ。
まだ既存のそれだ。
だが、アクセラレータは思いつかない。
過去のデータを解析しても、既存の魔法学などとは全く違うデタラメな力に、私は不覚にも見惚れてしまったくらいだ。
そのデタラメな力を振りかざし、真正面から私に向き合って押し潰せる、と私は確信していた。
だからこそ、アクセラレータを絶対に敵に回してはならない。
そしてこれはわかっていることだが、アクセラレータはあれで親しくなった人間には甘いところを見せる。
そしてそういう類の人間は総じて親しい者に手を出されると過剰に反応して相手をブッ潰そうと考える。
私だってハカセやサツキがやられれば復讐を考える。

それと同じだ。

だから、私はアクセラレータを敵に回さないためにミサカさんを味方に取り込もうとしたのだ。
「そして、失敗した」
「それがわかんないんですよねー。私たちに黙ってミサカさんに交渉しにいったのは目を瞑ることにしても、超さんがそういう交渉に失敗するとは思えません。アクセラレータさんですら最後にはちゃんと中立の立場に立たせることができたのに」
「いや、そう言う意味では成功したネ。ミサカさんはアクセラレータと同じく中立の立場になってもらうことにしたヨ」
「え? じゃあなんで失敗なんですか?」
不思議そうに聞き返してくるハカセに、私はつらつらと語り始めた。


自分は、安易だったと。


私はアクセラレータについての情報を、ミサカさんに求めてしまったのだ。
アクセラレータという存在を観察対象として見るがあまり、いつの間にか人間という個人として見ていなかったこと。
彼は、私にとって理想の『強者』だった。
彼はそれこそ完璧超人であり、圧倒的な強者としていつまでも上に君臨できる、そんな『強者』だと思っていた。
他人を救って、その過程で強くなる勇者じゃない。
限りなく自己を見据え、鍛錬し、いつまでも最強を目指すその志。
そして自分の理論に反するものはあくまでも叩き潰して全面否定する。
邪魔する者はすべてなぎ倒して突き進む。
エヴァンジェリンの別荘で加速的に強くなっていく彼を見ていると、私はそんな彼に弱みなんてないんじゃないかと思った。

いや、思いこんでいた。

実際にミサカさんは、真正面からそれを否定してきた。
言葉にはしなかったが、その発露する感情や表情から、その否定は存分に伝わってきていた。
「ミサカさんは……アクセラレータの人間性を主張していた気がするネ。私がアクセラレータが傷つくことは考えられないなんて言ったことでアクセラレータには人間性がないと言われたと思ったのだろう。実際、その通りヨ」
小さく、ため息をつく。
「そしてミサカさんは私にこう言った。『ただの好奇心でアクセラレータとミサカの間に踏み込まないでください。不愉快です』と。私は甘かった、としか言いようがない。ただでさえ、人の過去は誰にでも知られたくないようなものだと言うのに、私はいつのまにかそれを失念していた」
だから、私はミサカさんに謝らなければならない。
それに、迷惑をかけたアクセラレータにも。

そういうと、一泊の沈黙が訪れた。

シン、と静まりかえった屋上に、運動場からドッジボールでもやっているのか、生徒の喚き声が聞こえてくる。
それが非常に不愉快で、私は拳を握りしめた。
「……だったら、あんまり考えずに素直に謝っちゃえばいいんじゃないんですか?」
いきなり、ハカセがそう言った。
「結局、論点はアクセラレータさんの人間性についてなんですよね? そこについてモメているんだったら、超さんが自分の過ちを認めた時点で終わりだと思うんですけど……あとはすっぱり謝るだけなんじゃないんですか?」
そのあまりにもストレートな意見に唖然とし、待て待てと私はハカセの両肩を掴む。
「ちょっと心の整理の時間をくれないカ? 流石に昨日あんなに偉そうに語った手前、ちょっと言い出すのが恥ずかしいヨ……」
「ぬわぁに言ってるんですか! 言いだすのが恥ずかしいとかあなたらしくないですよ超さん!!」
「それだと私が恥じらいのない乙女だと言われてるみたいで嫌ネッ!!」
「ええいワガママを言わないでください! ああもうどうしてこんな簡単なことをさっさと実行しちゃわないんですか超さんらしくない!! 茶々丸、ほら、担いで!!」
「は? あー……超、失礼します」
「だーっ!? 茶々丸ゥーッ!? 裏切ったカ、生みの親を裏切るのカーッ!? ……いや冗談じゃなくマジで考える時間が欲しいのだが!? 流石にこのまま直行では私の繊細な心が持たないヨ!!」
「図太い心を持っていなきゃあんな計画を考えられるわけがないでしょうが!!」
茶々丸に担ぎあげられ、無駄な抵抗をしながらも教室へ連行されていく私。
ああっ、こんなことになるならもう少し茶々丸の出力を弱くしておくか制御装置を搭載すべきだった……それはそれでエヴァンジェリンにいちゃもんをつけられる気はするが……。
私は階段を下りる所まで運ばれ、扉の向こうでクスクス笑っているサツキとつまらなそうな顔をしているエヴァンジェリンの姿を最後に抵抗をやめ、大きくため息をついて項垂れた。
どうも、覚悟を決めなければならないらしい。
謝るって、異常に勇気がいることなんだ、と改めて思った。






そして、いつの間にか私はミサカさんの目の前にいる。
本当にもう少しだけでいいから心の準備と舞台を考えてはくれなかったものだろうか。
ハカセにそう言っても『今の超さんはグチグチ考えるだけだから絶対に今日謝るのは無理です!!』と豪語するので、もうしょうがない、と諦めるしかないのだろう。
ミサカさんは文庫本を読んでいたようだが、それはブックカバーで隠されて題名を見ることはできない。
パタン、とそれを閉じて、私を見上げてくる。
少々、細い目で。


「……何か用でしょうか、とミサカは尋ねます」


ちょっと、圧力がかかった。
その突き放すような言い方に心がズキリと痛む。
それに耐えて足を一歩踏み出しながら、私は宣言するように言った。


「昨日のは私が悪かった! すまない!!」


自分の中では後数通り謝り方を考えていたのだが、テンパった頭はこの回答しか導き出してくれなかった。
よりによって私らしくない、どストレートなものを。
その謝罪に驚いたのか、ミサカさんは目をパチパチさせた。
「……まあ、そう真正面から謝られたらミサカも許すしかないのですが、とミサカは頬を掻きます」
ミサカさんはその言葉通り、どこか恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
「というか、昨日のはミサカもちょっと言い過ぎました、とミサカは少し反省します」
トントン、とミサカさんは指先で文庫本を叩きながら、ほんの少し視線をそらした。

……なんだ、ミサカさんも恥ずかしかったのか。

1時限からの目線の意味を理解した私は、なんとなく嬉しくなって、ミサカさんの手を握る。
「今日はお詫びに家で御馳走するヨ! 超包子出張ネ!」
それに応じて、ミサカさんの表情もちょっと柔らかくなる。
「アクセラレータの家になりますけどよろしいでしょうか、とミサカは確認を取ります」
「むしろドンと来て欲しいヨ。今回の件はアクセラレータにも迷惑をかけたから……これくらいのことはしたいネ」
「そういうことならこちらとしても歓迎します……ちょっと技術を盗みたいのですが、とミサカはボソボソ独り言を呟きます」
話してみれば、何のことない普通の女の子。
アクセラレータと同じような謎に包まれていただけに警戒していたが、別に内容自体は普通だったことに驚く自分がいて、それを叱咤する。
次からはそう言う偏見を持たずに話しかけられる努力をしよう。

仲良くなるのは良いことだ。

そう思いながら、私はチャイムが鳴るまでミサカさんと料理についてのことで話を弾ませていた。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

「……ワザと、ですね?」
騒がしい連中が消えたと思ったら、今度は四葉五月が私に話しかけてきた。
昼間は眠いから無視しようと思ったが、コイツが話しかけてくるのは珍しいので答えてやった。
「何がだ?」
すると、四葉五月はくすりと笑う。

「超さんに、桜咲さんがミサカさんの秘密を知っているとバラしたことです」

その言葉を聞いて、やはりコイツはぬるま湯の2-Aにしては認めるところがある、と思う。
つまり、大人なのだ。
私は四葉五月の言葉に口の端を上げた。
「お前には隠せんな。ま、その辺りはワザとだ」
「どうして、ですか?」
「簡単なことだ」
もたれかかっていた手すりから離れながら、私は四葉五月の背中を叩いた。


「―――その方が『色々』と面白いだろう?」


超鈴音のあの時の感情は嫉妬。
まぎれもない嫉妬だ。
となると、信じられない事ではあるが超鈴音も桜咲刹那と同じくアクセラレータに惹かれているということがわかる。
今回はそれがわかっただけでも十分に収穫だった。
なかなかどうして、こうも面白くなるものか。
この事実をアクセラレータが知ればどういう反応をするのか、想像するだけで面白い。
私の顔を見て、四葉五月は頬を膨らませた。
「面白がっちゃダメです。応援してあげないとダメですよ」

応援、ね。

私としては全然構わない―――むしろそっちの方が面白いのではないだろうか?
「……しかし、何だな」
「何がですか?」
「いや……私もこういうことを面白がると言う事は、やはりまだまだ若いと言う事だろうかと思ってな」
「十分若いと思いますよ? かわいいですし」
「かっ、かわいい言うな! あーっ、頭を撫でようとするんじゃないッ!!」
私は思いのほか強い四葉五月の腕力に逆らえず、バタバタ暴れながら頭を撫でられることしかできなかった。
くそう、真祖の力を取り戻した暁には……ッ!!
別にそれで四葉五月に何かをするわけでもないと言うのに、私は苦し紛れに心の中でそう叫んだ。


―――停電まで、残り一カ月。








~あとがき~

ミサカと超、仲直りの回。
いくら完璧超人でも欠点っていうのはあるだろうと思うと、苦手なのは人間関係かな、と思った結果こういう表現になりました。
ハカセとサツキの区別がつけづらいです……。



[21322] 第31話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:da7c297e
Date: 2010/09/22 17:08
SIDE 桜咲刹那

今日も天気の良い夕暮れ。
不思議な事に、麻帆良で雨が降ることは滅多にない。
というのも言いすぎかもしれないが、私の記憶によると梅雨でも晴れていたことが多かったように思える。
世界樹に被って見える夕日がきらきらと光って綺麗に見えて、アクセラレータさんの言う事ももっともだ、と思う。

今、私は久しぶりに部活に行ってきた帰りだ。

普段はお嬢様の護衛で部活にはいけないのだが、たまには部活に行け、との学園長の『お願い』だ。
私としても剣道は好きなので、久しぶりにする剣道は楽しかった。
シャワーをしてさっぱりしたので、とりあえず帰路についている。
その時に世界樹の近くを敢えて遠回りでも通るようになったのはいつからだろうか。
あんまり意識した事はなかったんだが。

世界中の周りを歩いていると、時折散歩部の面々を見かける。

それぞれ笑って楽しんでいる所を見ると、ちょっと羨ましく思ってしまう。
私はそんな光景に羨望を抱いている事を自覚して、笑う。
お嬢様を守ると決意したあの日から、ああいうこととは無縁の生活を送ってきたからこそ私がある。
ああ言う風になっていたら、私は私じゃない。
きっとこの強さも手に入れられるはずがなかったのだ。


ガチャ、と竹刀と夕凪を担ぎなおす。


夕日に照らされながら歩いていると、世界樹広場にやってきた。
三月の中盤と言ってもまだまだ寒いので、あまりここに来たがるもの好きはいない。
……いや、まあ、いるにはいるが。
それを証明するように、目の前では意外な攻防戦が繰り広げられていた。


「ふふふ、ミサカさんはまだまだ甘いヨ! 防御はともかく攻撃はなってないネ!」
「茶々丸さんや古さんに続いて麻帆良は化物揃いですか、とミサカはこの世界の不条理さに突っ込みますッ!!」


超さんとミサカさんだった。
その傍には古さんもいる。
白いつけ髭……なんだか仙人みたいな変装をしている。
ふぉふぉ、と学園長みたいな感じで笑ったりしているが、あれはなんなのだろうか。

ツッコミ待ちなのだろうか?

「こんにちは」
そっちに近寄ると、三人が気づいてそれぞれこちらに振り向いた。
それぞれもこっちに挨拶を返してくるのを少しだけ嬉しく思いながら、私はミサカさんに聞いた。
「どうしたんですか、こんなところで武術の練習なんて」
「いやー、ミサカさんもそこそこの使い手だと聞いてネ。古が手合わせしたいと聞かなくなって……」
そのついでに超さんも腕が疼いたらしい。
怪我をさせては困るので本気の手合わせではないらしく、軽いさし合いみたいなものだ、と言っていた。
「古さんはいつも戦ってますね……で、ミサカさんの実力はどうだったんですか?」
「うむ。雑魚ではないけど、強者というほどでもなかったアル」
「……もうちょっとオブラートに包んでくれませんか、とミサカは要求します」
「むむ? おぶらーと?」
首をかしげる古さんを見て、ミサカさんは困ったように超さんを見ました。

どうも見る限りではミサカさんは古さんの事が苦手の様子。

もともとミサカさんは説明口調で話すから、難しい言葉が通じない人はコミュニケーションを取るのが難しいのかもしれない。
悪気がないことが分かっているから、尚更対応しにくいのかもしれない。
「古にはもうちょっと直接的に話すといいヨ。回りくどい説明は通じないネ」
「自然に話せないというのは疲れます、とミサカはがっくり項垂れました」
「日本語、勉強中アルから」
たははーと笑う古さんだが、なんとなくそういう問題じゃないんだろうと思う。
確かにミサカさんは説明口調だが、そうそう難しい事は口にしてないと思うんだが。
私は密かにそう思いながら、古さんの隣に立つ。
「じゃあ、私も見物させてもらいます」
「おろ? 刹那にしては珍しいアル。前にこう言うのを見るのは無駄だとかなんとか言ってなかったアルカ?」
「今回はただ見たいだけです。ミサカさんの強さがどれくらいのものなのか、ちょっと興味がありますし」

私の本音はそれだ。

実際、私はミサカさんが戦っている所を見た事がない。
アクセラレータさんからも実力は高畑先生をてこずらせるくらいのことを言っていた気がするし、体術についてはどの程度か見極めておくのも悪くないと思ったのだ。
もちろんミサカさんが敵対する事はないと思っているし、これは味方の戦力把握のようなものだ。
一般人であるが、拳法の達人である超さん相手にどこまでやれるか……見物だ。
「そんな見物できるようなものではないと思いますが、とミサカは呟きます」
「まあまあ、いいじゃないカ。私もまだまだ戦い足りないと思っていた所ネ」
そう言って、両者とも構えを取る。
どちらも流派が違うのか、まったく違う構えだ。
というのも、私は古さんのように武術には詳しくないのでそれくらいしかわからない。
若干、超さんの方が重心を後ろに置いている、というのがわかるくらいだった。
そのまま両者とも静止する。

ピリッ、とした緊張感が辺りに漂った。

その空気が私の肌を撫で、目つきを自然と鋭くさせる。
二人ともお遊びではなく、かなり本気のようだった。
「「……ッ」」
短く、両者が息を吸い込む。
最初に踏み出したのはミサカさんだった。
やはり身体能力はかなり高いのだろう、気などを使っていないとは思えない速度の踏み込みだ。
それに対し、受けに回るつもりなのか超さんは動かない。
ただ、ミサカさんの目をじっと見つめるのみ。
ミサカさんが踏み込んで拳を繰り出し―――それを超さんは手で払いのけた。
というよりは絡みつくような動きで軌道をそらした、というべきだろうか。
そして流れるような動きでミサカさんの顎に右拳を突き出して、それを咄嗟に左腕でミサカさんは防御する。
バシッ、と音が鳴り、その攻撃は防がれたと思ったが、


「甘いヨ」


良く見れば超さんが有利なのは変わりない。
ミサカさんが盾にした腕を体重をかけるようにして超さんの腕が無理矢理に下げさせる。
抵抗しようとしたミサカさんだが、何故か異様なほど簡単にその腕は下げられてしまった。
がら空きになる顎。
素早く超さんはミサカさんの腕を身体ごと押すようにして押して封じ込め、残る右拳を振りかぶる。
しかし、ミサカさんは驚異的なバネで後方に跳躍した。
押される力も利用してか、一気に後方に離脱する。
ボッ!!と超さんの拳が空間を突き抜けた。
軽やかな動きで跳躍から着地したミサカさんは、再び突撃を敢行する。
「それは効かないヨ―――なんて、ミサカさんがそんな単純な攻撃をするとは思わないネ」
先ほどとは比べ物にならない速度で踏み込んだミサカさんは、腹と顎、両方に向けて拳を突き出した。
自らの突進力も利用して、かなりの威力になるはず。
それを、超さんは受け流す。
それぞれの腕の間に手を滑りこませ、円の動きで滑らかに受け流す。
同時に踏み込み、ぴたりとミサカさんの顔面に肘を突きつけた。
数瞬沈黙し、ミサカさんと超さんはお互いに軽く笑った(ミサカさんはそんなような雰囲気を出しているだけだが)。
「―――とまあ、こんな感じです、とミサカは手をブラブラと振ります」
「ミサカさんは身体能力は高いんだけど、技が足りないヨ。だから茶々丸にもあしらわれるネ」
「確かに速いけど、速いだけだったらいくらでもやり過ごしようはある、ということアル」

やはり、武術の使い手は凄まじい。

ああいう円の動きで剣の腹を叩かれたら剣だって弾かれるだろう。
そうやって踏み込まれれば向こうの独壇場。
超接近戦においては剣よりも拳が有利か。
手数の多さを考えると、それも仕方がないか、と思うのだが。
「そういえば刹那さんはいつも剣術ばかりですが、武術はしないのですか、とミサカは素朴な疑問を口にします」
「一応、私の流派は無手での戦闘も視野にいれてはいますが、基本は剣ですね。やっぱり慣れたものの方が落ちつきます」
誰しも慣れない得物で戦うほどやりにくいことはない。
私も、やはり基本的には夕凪が一番戦いやすい武器であるに違いないのだ。
私の視線につられてか、それぞれ三人が私の夕凪を注視した。
そして誰かがそれについて口を開こうとした時、


ぐぅ~~~~


「アイヤー、おなか減ったアル」
なんというか、色々と台無しにされた気分だった。
超さんとミサカさんもそれぞれ肩をすくめあっている。
「それじゃあ、とりあえず汗を流して……いやむしろガッツリお風呂に入るべきカ。古には悪いけどまだ準備が整っていないんダ」
腕時計を確認しながら言う超さん。
「準備とはなんですか?」
「夕食会ヨ。アクセラレータの家でパーっとハシャいで賑やかにするネ」
「え? アクセラレータさんの?」

超さんとアクセラレータさん。

何やら二人ともニヤリと笑って悪だくみをしていそうな光景が目に浮かんだ。
……被害妄想かもしれないが、そういう想像しか浮かばないのだ。
いや、それよりもどうしてこの二人に接点があったのか、だ。
私はアクセラレータさんの家には通っていたが、それにしても超さんがいきなりアクセラレータさんの家でパーティを開くなんていうことは、少なくともこれまでではありえなかった。
そういえば、かなり前にお嬢様を護衛している時にアクセラレータさんと超さんが一緒にいた所を目撃した覚えがある。
いつだったか……去年の麻帆良祭か?
そうだ、確かアクセラレータさんの背中に超さんが纏わりついていて、なんか物凄く親しげだったのを覚えている。
なんかちょっと、それが羨ましく思っている自分がいて、慌ててその妄想を振り払った。
いきなり頭を振った私をおかしいと思ったのだろう、ミサカさんは首を捻った。
「どうしたのですか、とミサカは刹那さんの不可解な行動に首をかしげます」
「いえ、なんでもありません……アクセラレータさんのことをちょっと思い出しただけですから」
間違いではないが、おそらくミサカさんは私に対しての被害の事を思ったのだろう、あんまり深入りせず、
「ちょっとは自重するように頼んでみましょうか、とミサカは呟きます」
「ミサカさんなら可能性はありますけど……彼の場合、もう十分に自重してる感はありますからね」
実際、あんな力を持ちながら、それを犯罪などに好き勝手にしない時点ですでに自重している気がする。

確かベクトル操作能力だったか。

自分は学がないのでよくわからないが、頭の良い高音さんも驚いていたんだ、それはすごい能力なのだろう。
なんだかよくわからないけど凄い力、という風に考えていても間違いじゃないだろうし。
「それじゃあ、この際だから刹那さんも一緒にどうカ? 部活帰りだからシャワーも浴びていないんじゃないカ?」
「いえ、シャワーは浴びましたが……」
と、ここで超さんにジロリと睨まれる。
それは敵意あるものではなく、なんだか白けたそれだ。
空気が突然変わった気がしてミサカさんの方を向くと、何故かミサカさんも白けた顔。
まさかと思い古さんの方を見ても、やっぱり白けた顔。
だが若干にやけていることからただ真似をしているだけのようだった。
「ノリ悪いネ、刹那さん」
「ここは嘘でも入りたいというべきですよ、とミサカは超さんと共にため息を吐きだします」
なんでだろうか、別に私が入らなければならない理由は『この場に一緒にいた』くらいしかないのに、なんでこうも妙にムカつく仕草をされなければならないのだろうか。
だんだんとムカついてきたが、それで怒ってもこの二人の事だ、アクセラレータさんのように受け流すに違いない。
ならば、
「それなら、私もご一緒します。……確かに、シャワーでは物足りないとは思っていたところでしたし」

言い訳っぽくなってしまったが、本心ではある。

私は例え部活でシャワーを浴びても大浴場に行って疲れを癒すタイプの人間だ。
大きな風呂とは、なかなか落ちつけるものだからである。
ただ、今が入る時間ではないというだけだ。
私がそう言うと、ミサカさんはひそひそと何事か超さんに話しかけた。
「今のはツンデレでしょうか、とミサカはライトノベル的な知識から刹那さんの属性を予想します」
「いやいや、あれはまだ弱いヨ。確かにそう取れるかもしれないが、意味も違うネ」
「ツンデレって何アルカ? 強いアルカ?」
「(ううっ、ダメだ、この面子は私一人ではさばききれない……ッ!!)」
完全に浮いている……というかこの三人に対して私は明らかに空気が違う。
アクセラレータさんならうまく落とし所をつけてくれるんだが、この二人は永遠にやるタイプだ。
やってる本人たちは楽しいから良いだろうが、付き合うこっちは疲れてしまう。
古さんは……まあ、本人が苦労していないのなら良いだろう。
深く考えていてはこっちが疲れてしまうから。
私は今度はツンデレ談議を始めたミサカさん達を見た後、いつの間にか夕日は半分以上沈んでいっていることに気づいた。
初春の風は、今日も寒い。






私たちが住んでいる寮には、巨大な大浴場がある。
旅館、というのは大げさかもしれないが、銭湯よりも遥かに大きく、金をかけているのがわかる。
初めて見たら、まるで温水プールみたいという印象を抱くかもしれない。
人によっては走り回ったり飛びまわったりと自由自在ができる場所である。
もっとも、そんな危険な事をやるのは2-Aの面々くらいだが。
本当はミサカさんはこの寮の住人じゃないので入ってはいけないのだが、2-Aではあるのだし、入る権利はあるだろうと超さんは言っていた。
実際、アクセラレータさんの隣に住んでいなければここに住んでいたのだろうし。

私たちはそれぞれ身体を洗ってから風呂に入ることにする。

これはこういう大浴場に入るルールみたいなものだが、ミサカさんは割と世間知らずなのか、そういうことを知らなかった。
浴槽に近づいたミサカさんを慌てて引き戻す羽目になったのだ。
なんだか目がキラキラしてて様子がおかしいと思ったら、どうやらこういう風呂の存在自体を初めて知ったようだった。
「……ミサカは大変感動しています、とミサカはあるのなら教えろよアクセラレータと愚痴を呟きながらガッツポーズをとります」
何故か怒りの矛先はアクセラレータさんの方に向かっているようだったが。

左から古さん、超さん、ミサカさん、私の順に並んで身体を洗う。

私はシャワーではなく桶を使う人間なので、桶にお湯を汲んで頭からザバーっと被って泡を流していると、横から肩を叩かれた。
顔を手で拭いてそちらを向くと、ミサカさんが目の前にある押しボタンを指さしていた。
「これを押せば下からお湯が出てくるんですよね、とミサカは確認を取ります」
「ええ、そうですけど……まさかそれも知らなかったんですか?」
「はい、来た事がなかったので―――おおっ、とミサカは溢れてくるお湯に戦々恐々とします」
そっちはシャワー派なのか、シャワーを身体にかけながら超さんが笑った。
「あははは、ミサカさんは面白い人ネ。小学校の時に合宿とか行かなかったのカ?」

「―――いえ、その時は捻るタイプのものでした、とミサカは答えます」

一瞬の間をおいて、ミサカさんはそう言った。
私の勘違いかもしれないが、その一瞬、少しだけミサカさんの表情が硬くなったような……小学校のころに何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
すぐ後、いつものミサカさんの表情に戻ったので、私はそれを気のせいにすることにした。
あまり詮索するのもよくないことだからだ。
ミサカさんは私の真似をすることにしたのか、桶にお湯を汲んで身体にかけていく。
一足早く身体を洗い終わったのか、古さんがミサカさんの後ろに立った。
ふむふむ、と顎に手を当てながら―――正直言うとあんまり似合っていないが―――ミサカさんの首から肩、背中と流し見ていった。
「ふぅむ、しかしミサカの体はなかなか引き締まってるアルなぁ。見ただけでわかるアル」
「そうでしょうか、とミサカはボタンを押してざばーっとお湯を出します」
「そうアルヨ。今日手合わせをしてみたが、ウチの部活の連中よりもよっぽど強かったアル。また戦いたいアル」
「そうですね、とミサカは生返事を返しながらボタンを連打します」
ミサカさんはよっぽどその押しボタンの感触が気に行ったのか、バシバシと連打している。
しかし、シャワーの時もボタンのはずだったが……確かに下のボタンの方が大きいが。
ていうか聞き流している事を伝えてしまって古さんが機嫌を悪くしたらどうするのだ、と思っていたが、どうやら古さんはそんなことで機嫌を損ねる小さな人間ではないらしい。
むしろまた戦えるということに喜んでいるらしく、風呂場なのに飛び跳ねていた。
この滑る風呂場で飛び跳ねても転ばないボディーバランスには驚嘆させられる。

「……あ、とミサカは素朴な疑問を思いつきます」

ボタンの連打をやめて、ミサカさんは超さんに振り向きました。
「ミサカの家のユニットバスは捻ることでお湯や水を出すのですが、どうしてここは押しボタンなのでしょうか、とミサカは超さんに質問します」
そのミサカさんの疑問に、超さんはちょっと悩みながら答えた。
「私はよく知らないが、出しっぱなし防止のためじゃないだろうカ? 押しボタンなら出しすぎる事はあっても出しっぱなしにすることはないだろう」

言われればそうだ。

悪戯で蛇口を全部全開にして放り出す人だっているかもしれないしな。
……そういうしょーもないことを2-Aはやりそうで怖い。
私も普段は使っていない頭をちょっとだけ回転させてその議論に加わる。
「それに、もしユニットバスが押しボタン式になったらとすれば、出しっぱなしにしないと湯船にお湯がたまらないからじゃないでしょうか? いちいちボタンを押して溜めていくのはかなりの労力になると思います」
「おお、そういえばそうネ。よく考えればそんな面倒な事やってられないヨ」
あっはっは、と笑いながら、超さんはせかす古さんと共にプールのような浴槽へ向かって行く。
ミサカさんの方を見ると、ダバダバと溢れているお湯を気にせずにもうひと被りし、立ち上がった。
その時に視線がボタンに向いていることから、やっぱりその押し心地はなんだか気に行ったようだった。

そして、私とミサカさんも浴槽の方に向かう。

運動部の人たちは先にシャワールームで汗を流し、そして夕飯を食べてからここに来ることが多いので、今の時間帯はさほど混んではいない。
というより、ほぼ貸し切りだ。
たまにこういう時間帯を狙って貸し切り状態を狙う人もいる。
それに、シャワー室に行くのが面倒だから、と直接こっちに来る人もいるのだ。


「―――きゃああああああっ!?」

「おおおおおおおっ!?」


どぱーんッ!!という水が飛び散る轟音。
声を聞くに、おそらく古さんともう一人、誰か。
少なくとも超さんじゃない。
聞いたことがあるが、誰だっただろう。
「……覗きでしょうか、とミサカは予想します」
「ここを覗けるくらい根性がある人は高等部の方に行くと思いますけど」
案外温い雰囲気を受ける麻帆良だが、一応そういう盗撮などに関してのセキュリティは万全だ。
特に私がいる中等部の堅牢な警備は凄まじく、容易く怪しい人間を中に入れたりはしない。

それはお嬢様がいるからだ。

魔法の結界もあるらしく、もしもここを物理的に破壊しようとしたのならそれを展開し、一瞬にしてこの寮は魔法要塞と化すらしい。
中等部の校舎に次いで防御機能が高い、と聞いた。
生半可な人間ではここに侵入することも難しいだろう。
それらの指示は学園長からだろうが……そこまで万全にしてもらっているからこそ私も寮の中ではちょっとは気を抜いていられる。
それに、個人的に覗きがないのは安心できるものだしな。
さて、私とミサカさんが声のした方にいくと、やはり覗きのようなものではなかった。
「いったた……何してんのよくーふぇ!? いきなり特攻なんて何考えてんのよ!!」
「アイヤー、一人水上ジェットスキーを楽しんでみたかったのだが、ちょっと滑りすぎてしまったアルヨ。ごめんアル」
頭を抑えて不満をぶちまける神楽坂さんと、愛想笑いをしながらぺこぺこ頭を下げる古さん。
苦笑いしている超さんを見ると、その視線の意味を察して説明してくれた。
「古が調子に乗ってネ。たまにやるのだが、ダッシュしたまま水の上に飛び乗って水上スキーの真似ごとをしたヨ。いつもなら止まれるのだが、今日はバランスを崩してちょうど進路上にいたアスナさんに当たってしまったわけダ」
「つまり、テンション上がってバカしたら神楽坂さんがとばっちりをくらった、ということですね、とミサカは確認します」
「ま、そういうことネ」
ぎゃーぎゃー騒いでいるのをまるで他人事のように言いながら、二人は浴槽に浸かった。
かく言う私も関わるつもりはない。
自業自得だからだ。

そして浴槽に入り、一気に肩までつかる。

そこで、ふぅ、と息が漏れてしまうのは仕方がないだろう。
この液体に包まれてふわふわしている感覚は、どうしようもなく癒される。
この一瞬だけ、何もかもを忘れられる気がするのだ。
現実逃避かもしれないが、一日で一回くらいこういう瞬間があっても良い、と私は思う。
ミサカさんと超さんも私と同意見なのか、それぞれ息を漏らしていた。
「ふー……何故こうしていると癒されるのか、私はこのリラックス効果を解析してみるのも良いと考えているヨ」
「解析してどうするのですか、とミサカは首をかしげます」
「甘いヨミサカさん。解析して何をどうするかは問題じゃない。まず解析してみようと思う事に意味があるのだヨ」
「科学者としては経過も大事ですが、まず第一に結果では、とミサカは更に首をかしげます」
「解析した結果としては……まあ、癒される『音』の開発だろうカ。廃れた現代社会でこれはウケるネ!」
「なんだかそれは既出な気がします、とミサカは暗に更に新しいものを出しなさいと要求します」
それにしてもいつの間にこんなに仲良くなったのだろうか、この二人。
そういえば今日は教室に帰ってきたら超さんとミサカさんがやけに注目されていたが、何かあったのだろうか。
その事を聞くのも野暮かと思い、その疑問は取っ払うことにして前を向くと、古さんと神楽坂さんがやってきた。
「チャオ、アスナも誘っていいアルカ?」
「ん?」
超さんが古さんの方を見ると、古さんは愛想笑いして頼み込んできていた。
どうも、迷惑をかけた代わりに神楽坂さんを夕食に誘おうとしているらしい。
超さんは顎に手を置いて、一瞬考える。
「んー、古が異常に食べると思ったから量的に問題はないはずだが、アスナさんの方は良いのか?」
「行く行く! 超が作るってことは超包子の料理が出てくるってことでしょ? 食べられるんなら食べたいし!」

超包子。

四葉さんと超さんが料理人をしている料理店のことだ。
味は恐ろしいほどに美味しく、そこらのファーストフード店とは比較することもできないくらいだ。
私も初めて食べた時はそう思ったものだ。
最初は噂ほど凄まじいとは思っていなかったが。
「ふむ。ならば良いが……場所はアクセラレータの家ヨ? 本当にいいのカ?」
「え!?」
と、そこで神楽坂さんは固まった。
ずらっ、と彼女は私を含めて全員を見渡す。
「こ、ここにいる全員でアクセラレータの家に押し掛けるわけ!? っていうか男の人の家に上がりこむなんて……」
「アクセラレータはセクハラなんてしないヨ。仮にも広域指導員、そんなことをしたらクビになってしまうネ」

……まあ、彼はそういうセクハラはしないと思う。

ていうか、神楽坂さんに言われて、いつのまにかアクセラレータさんの家に通う事が日課になっていた私が異様に恥ずかしくなってきた。
そういえば、男の人の家に通っているんだ、ということを自覚して、思わず顔が赤くなる。
常識的に考えて、二、三歳違いの異性の家に二人きりになるなんて―――意識したらもう止まらない。
思わず頭を抱えてしまった。
「どうしたんですか、とミサカは刹那さんの髪を引っ張ります」
「ちょっと一人にしてください……」
私からにじみ出るドロドロとした雰囲気を察したのか、ミサカさんはそれ以上聞かなかった。
こう言う所を察するのはうまいなあ、と思う。
「うー……アクセラレータかぁ。あの人苦手なんだけど……」
「ほほう、どうしてカナ?」
「広域指導員だし、ほら、結構怖いって噂じゃない。それに、昔にちょっとつっかかっちゃったことがあるのよ。もう一年くらい前になるかな……校舎に入ってきたときに変質者扱いしちゃって」
「「「ぶふっ!?」」」

それに同時に吹いたのは、私と超さんと、そしてミサカさんだった。

「ぷっ、あははははははっ!! なるほど、変質者カ!! そりゃああんな目つきの悪い容姿の人間が校舎に入ろうとしてれば怪しがるのも無理はないネ!! アクセラレータにそんな過去があったとは……これは使えるッ!!」
「確かにアクセラレータの容姿は怪しいで―――ぶふっ!とミサカは笑いをこらえる限界を超えます」
「へ、変質者……ぷっ、くくく……」
不覚にも笑いをこらえられなかった。
なんというか、とてもわかりやすい構図だ。
一年くらい前、というのなら、おそらくアクセラレータさんがやって来て間もないころの話だろう。
アルビノという目立つ容姿と目つきの悪さからしても、アクセラレータさんをまともな人間と第一印象で決めつけてしまう人間も多いはず。

実際、『ホワイトデビル』と言われて恐れられているわけだし。

あの頃は有名じゃなかったから、怪しんでしまうのもしょうがないだろうな。
し、しかし変質者と勘違いするとは……ダメだ、笑いが抑えきれない。
「ちょ、ちょっと、そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「ああ、悪かったネ。いやあ、あまりにも情景が思い浮かびすぎるからつい笑ってしまったヨ」
ここで超さんはバチャバチャと顔を洗って、一息ついてから話を変える。
「そういえば来るのはアスナさんだけカ? それ以上となるとちとつらいガ」
「あ、それは大丈夫。このかは図書館探検部でミーティングがあるから遅くなるって言ってたし、ネギは高畑先生に誘われてるんだってさっきメールで届いたの。ちょうど夕飯作るの面倒だと思ってた所なのよ」
そこでボソッと『……羨ましいけど』と呟いたのを、私の鋭敏な聴覚は見逃さなかった。
神楽坂さんは一息、ため息をつくと、『ま、いいか』と小さく言った。
「変質者の事は今日謝ればいいし、それで許してくれる……かな?」
「アクセラレータはちゃんと相手に反省している意思があればきちんと許してくれますよ、とミサカは言います」
よっぽどじゃない限り怒りませんし、とミサカさんはつけ足した。
私も一年間アクセラレータさんに付き合っていたが、何故かミサカさんは更にアクセラレータさんを知っているような気がしてならない。
なんだか夕飯も一緒に食べているようだし、もしかしたら一緒に、ね、寝たこともあるのかもしれない。
変な意味じゃなくて、純粋に。
なんだかこの人だとありそうで困る。
だが、私にそう言う事を聞ける勇気があるのなら、もうお嬢様と親しくなっていることだろう。
結局、何も聞けずに私は湯船からあがった。






道中、神楽坂さんは私たちからアクセラレータさんのことについてよく質問してきていた。
どうやら彼女の思っていたアクセラレータ像と私たちの言っている事がかなり違っているため、かなり戸惑っていたようだった。
神楽坂さんのアクセラレータ像は、ほぼ一般人のそれだろう。
噂を聞きかじっただけで本人と会っていない一般人のアクセラレータ像の見本のような意見だった。
アクセラレータは不良を見つければ暴力を以て鎮圧を行う。
その鋭い目つきは鷹すら殺す。
その威圧感だけで人を気絶させられる。
ポケットに手を突っこんだままパンチをする。
壁を走る。
アスファルトを素手で殴って、陥没させる。
などといった、もう普通の人が聞いたら笑い飛ばせるような話ばかりだった。
そして私は思う。

もうちょっと自重してくれ、と。

アクセラレータさんが凄まじく強いのも無茶苦茶なのも知っているが、そういうことが噂になる前にちょっと自重して欲しい。
高畑先生辺りは噂も広がらなくてうまいものだと思う。
実際、どんな攻撃をしているのか知らないし。
高畑先生の場合、ただ普通に殴ったり蹴ったりするだけで鎮圧はできるんだろう。
アクセラレータさんもそうすれば良いのに。
「なんでああも派手にやるんでしょうか、アクセラレータさんは」
「ああすれば多少は抑制になるとか言ってました、とミサカは報告します」
ということは、噂を広めたのもわざとだろうか。
確かにそうした上で鎮圧していけば効果はあると思うが……まあ、好奇心旺盛な古さん辺りを呼び込む羽目になるかもしれないのだが。
古さんは私のその予想通り、やはりアクセラレータと再び戦いたいとか言っている。
「あー、見た見た! あの鬼ごっこの最初よね?」
「あの時見事に振りまわされたわけだが、あの握力は凄まじかった。腕力も相当なものと見たアル」
実際は反射やベクトル操作能力の恩恵らしいのだが、ここには一般人ばかりなので発言を控えることにする。
実際、武術じゃなくて超能力だと知ったら古さんはどんな顔をするだろうか。
落胆する様は思い浮かばないが、やはり理不尽だとは思うだろう。

しょうがない、あれはそう言う類の能力なのだから。

さて、雑談をしているとアクセラレータさんの住んでいるアパートにやってきた。
何やらここにアクセラレータさんが住んでいる事がそこそこ有名になってきたせいか、そういうのを嫌がる人たちが引っ越していき、このアパートには現在、アクセラレータさんとミサカさんしか住んでいないらしい。
アクセラレータさんが言うには最初から変わり者の集まりだったらしく、そういう環境の変化に耐えられないんだと言っていた。
本当かどうかは定かではない。
まあ、このアパートは見た目はボロだが中身はそこそこ整っているので、そう悪い所ではない。
悪いとすれば駅が遠い事と学校からも遠いところだろうか。
アクセラレータさんの場合はそれでも良いだろうが、ミサカさんは苦労している事だろう。
そう思ってそれを尋ねたのだが、
「むしろ近いと早く起きすぎてしまって暇な時間が多くて困ります、とミサカは返答します」
いや、遅くに起きれば良い話なのだが……どうもミサカさんは早くに起きるタイプらしい。
更に話を聞くと、ミサカさんは寝起きが非常に悪く、早めに起きておかないと何もできなくなるらしい。
「というのもミサカには自覚がないのですが、アクセラレータが壊れたノートパソコンを見せてきてから認識を変える必要にかられました、とミサカは若干しょんぼりします」
それでなんとなく予想がついたが……まさか寝ぼけて放電でもしたのだろうか。
元々が六億ボルトもの電気を操る人だ、パソコンくらいなら一気に壊れるだろう。

基本、電化製品に対しては天敵な人だ。

その問題はこれからもずっとついて回るんだと思うと、便利な半面不便でもあると思う。
古臭く、安っぽい階段を上がり、通路の一番奥にある部屋にやってくる。
代表してミサカさんがインターホンを押した。
どこの家も同じなんだなあ、と実感させる音が鳴り、やがてそのドアを開けて出てきたのはアクセラレータさんだった。
一瞬私たちを見回して、げんなりとした表情になる。
「……予定よりも多くねェか? ハカセから聞いてた人数と違うンだが」
「まぁまぁ、細かい事は気にしないネ!」
「ここは俺ン家だ」
「おじゃまします、とミサカはアクセラレータの横をすり抜けます」
「相変わらずテメェのスルー能力は涙が出そうなほど素晴らしィな」
言っておきながら自分は奥に引っ込む辺り、拒絶はしていないのだろう。
私も一言断って中に入ると、相変わらず清掃されている部屋が見える。
それと同時に包丁で何かを切るような音が聞こえてきた。

「あ、こんにちはー」

台所で包丁を使っていたのはハカセさんだった。
その慣れた様子にちょっと意外に思った。
彼女は機械をいじっているしかないくらいの印象だったが、超包子の一員なのだ、包丁くらい使えて当然だろう。
いや、むしろ私よりも料理の腕は上かもしれない。
ミサカさんと言い、超さんと言い、なんでこうも料理が上手な人たちが多いんだろう。
私もできるにはできるが、ミサカさん達ほどじゃない。

そう思うと、何故かちょっと悔しかった。

リビングの方に向かうと、新しく買ったらしい一人掛けのソファーに座っているアクセラレータさんが見えた。
いつもはテレビでバラエティを流しているのだが、今日はニュースを見ていたらしい。
アクセラレータさんはすぐにリモコンを操作して明るい感じのバラエティに変える辺り、細かい気遣いが見て取れる。
それは私たちを歓迎してくれているように見えて、私はほんの少しだけ笑った。
アクセラレータさんはどこぞの悪の組織の長みたいな感じで頬杖をつき、長いソファーに座る私たちを眺めた。
「超、刹那、ミサカ、古菲まではわかるが、なンで神楽坂がいるンだ? ついにネギを育児放棄したか?」
「わっ、私はネギの親じゃないわよ! ―――っていうか、なんでネギと一緒に住んでるってこと知ってんの?」
思わず神楽坂さんが突っ込む。
「そりゃあテメェ、早朝に言ってたじゃねェかよ。ネギ・スプリングフィールドとかいうガキと一緒に住むことになってダルいとかなんとか」
「早朝?」
それに反応したのは私だけではない。
台所に向かおうとした超さん、そしてミサカさんもぴくりとアクセラレータさんの方に顔を向ける。
「……まさか気づいてねェなンてこたァ言わねェよな。もう何か月も一緒に走ってンだぞ。声の感じだって覚えてンだろうが」
「いやっ、え、ええっ!? 一方さんとアクセラレータって、同じ人だったの!?」
「あのなァ、俺の本名は一方通行ってンだぞ? 頭捻ればわかりそうなもンだろォがよ」
「そんなことわかんないわよー!!」
混乱しまくっている神楽坂さんだが、今はそれよりも気になることがある。
というより、もうお決まりの一言。


またか、この人。


「もう驚かないつもりでしたけどね。流石にもうないと思ってましたけどね? でもやっぱりあなたは2-Aの人間に対して異常なほど縁があるみたいですね!? 狙ってやってると思われてもしょうがないですよ!?」
「うるせェな。俺の人間関係が2-A寄りになってても別にいいだろ。偶然そうなっちまってンだからしょうがねェだろォが」
「刹那さん、その偶然が必然になるのが『カミジョー属性』です、とミサカは説明します。つまりはもうどう足掻いてもそういうのを止めるのは不可能です、とミサカは既に諦めの境地に達していることを表明します」
「……フフフ。やはりアクセラレータさんは私の予想の上を行く。最早策略としか思えないネ」
「ちゃっ、チャオが笑ってるアル!? なんかすごい黒いものが見えるんだが気のせいアルカ!?」
「い、一気にカオスな感じに……」
結局、その後はアクセラレータさんが早朝に走っている時に偶然神楽坂さんの新聞配達の時間帯とかみ合うらしい、という説明を聞かされて、この場は多少沈静化することになった。
もう少しマシな嘘を、と思ったが、本当に偶然らしく、しかも会ってしばらくはお互いに正体を明かしていなかったらしい。
その時のアクセラレータさんの姿はフードにバイザーと、明らかに不審人物だったらしいのだが……何故神楽坂さんは声をかけたのか、非常に気になる。
「どうして神楽坂さんはアクセラレータさんに声をかけたんですか?」
「うーん……なんとなく、かなぁ。結構前の事だからあんまり覚えてないんだけど」
首を捻りながらそう応じる神楽坂さん。
ため息をついて、アクセラレータさんが助け船を出す。
「テメェが『おはようございまーす』とか声をかけてきたから、俺も挨拶し返しただけだ。次の日からなんか慣れ慣れしく話しかけてくるようになってきたンだよ」
物凄いわかりやすい説明だが、なら神楽坂さんはどうして声をかけたのか、という当初の疑問に戻ってしまう。
それを神楽坂さんが覚えていないんだから、結局はわからない、と言う事になる。
それに、この人の事だ、下心あって近づいたわけじゃないだろうしな。
でなければ、こんなにたくさんの人が慕っているわけがないだろうに。
そう思いながら、私は安心したような、呆れたような溜息をついた。






その後、超さんはハカセさんと一緒に料理を作るために、そしてミサカさんはその技術を学ぶ(と言っては言いすぎかもしれないが、本人が言っていたので)ためにそれに同行した。
私と古さん、神楽坂さん、アクセラレータさんがこの場にいるわけだが、なんとも微妙なメンツだ、というのが私の感想だ。
古さんは神楽坂さんと親しいが、私とは少し話したくらいで、アクセラレータさんとは鬼ごっこの時に戦っただけ。
神楽坂さんはアクセラレータさんと面識があり、古さんとも親しいが私と話した事はない。
アクセラレータさんは私と神楽坂さんとは話した事があるが、古さんと話した事はほとんどない。

ややこしい。

だが、その辺りをあまり気にしない性格の古さんやアクセラレータさんがそこそこ話を盛り上げてくれたので、それぞれ黙るようなことはなかった。
黙ってしまったらなんとなく気まずいし。
こういうのが広まりすぎた交友関係の弊害と言ったものだろう。
そういう辺り、誰とでも仲良くなれそうな古さんや誰にでも同じように話しかけられるアクセラレータさんはあまり苦じゃないのだろうが。
神楽坂さんは私と同じ気持らしい、なんだかそわそわしている。
「…………あ、あのー」
「あン?」
古さんと話していた……というよりは一方的に話しかけられていたアクセラレータさんが、神楽坂さんに敏感に反応してそっちを向く。
ずっと武術系の話だったから、流石にうんざりしたのだろうか。
神楽坂さんは悩むように一度天井を仰いでから、アクセラレータさんの方を見た。


「……あの時は不審者扱いして、すみませんでした」


そう言って、頭を下げた。
そこでようやく私は思い出せた。
神楽坂さんがアクセラレータさんと面識があると言う衝撃ですっかり忘れていたが、そういえばそんなことを言っていた事を思い出す。
今さっきそわそわしていたのもそのせいだろう。
学校で見ている限り、そういうのはズバッと謝りそうな感じの人だっただけに、少し意外ではあった。
対してアクセラレータさんは、言われて一瞬眉をひそめたが、思いだしたかのように一つ頷いた。
「一年以上前の話じゃねェか。よく覚えてたな」
「わ、私だって忘れちゃいけないことと忘れていいことの区別はつくわよ」
「ほほう? 学校の勉強は忘れていいことの範疇なンだな?」
「ぐあ……な、なんでその事を!?」
「2-Aのことについてはミサカから聞いてるぜ。バカレッドさんよ」
「う、ううう……」
バカレンジャーになったらああやってからかわれるんだろうなあ……と思うと、私は意地でも勉強する気になってしまう。
今でも十分からかわれていると言うのに、更にからかわれる要素が増えたら非常に困る。
いつも抓られている頬をさすりながら、一つため息をついた。

やがて、ハカセさんが台所から料理を持ってくる。

待ってましたーとばかりに拍手する面々。
アクセラレータさんも小さく拍手していた辺り、やはり超さんの料理は彼にとっても御馳走のようだった。
台所から、自前のエプロンを外しながら超さんが歩いてくる。
「家庭の台所だからちょっと時間がかかったケド、皆が満足できるような出来にはなったはずネ」
その後ろではミサカさんが妙に燃えていた。
……超さんの料理を見て何かが刺激されたのだろうか。
料理に対しての情熱は私にはわからないので、スルーしておく。
やがて皆で並べられた料理を食べ始めたのだが、やはり美味しい。
神楽坂さんのように美味しいを体で表現する人もいれば、古さんのように食べる勢いで表現する人もいる。
私も含め、皆さんから称賛を浴びて超さんとハカセさんは照れ臭そうだったが、アクセラレータさんだけ黙々と咀嚼していて何も言わない。
食べていることから美味しくないわけじゃないのだろうが、何も言わないというのはどうなのだろうか。
ちょっと心配そうに超さんはアクセラレータさんの方を見る。
好みに合わなかったのかと不安なのが、その目から伝わってきた。
私だけではなくミサカさんも気づいたらしい。
「アクセラレータ、とミサカは呼びかけます」
なンだ、とでも答えようとしたのだろうか、アクセラレータさんが口を開きかけたままミサカさんの方に振り向くが、ミサカさんが超さんの方を指さしているのを見て超さんの様子に気づく。

「美味ェよ。今度、また食わしてくれ。材料費は払う」

短く区切って言うのは、多分照れ臭いからなんだろうな、と思う。
超さんとアクセラレータさんの仲がどういうものなのか、私はよく知らない。
あの麻帆良祭のときの光景を見る限りでは超さんが一方的にじゃれているように見えたが、アクセラレータさんのことだ、おそらく軽口を言いあうような仲なのだろうと思う。
なんとなく、超さんがからかわれている光景は想像しづらいから。
そんな仲だから、改めて褒めるというのは照れ臭いのだと思う。
アクセラレータさんの性格からすると、きっとそうだ。
彼の言葉に安心したのか、超さんも照れ臭そうに笑った。
「材料費は良いヨ。ただ、今までツケていたお金を払ってくれればそれで良いネ」
「……そんなことをしていたのですか、とミサカは軽蔑の眼差しを送ります」
「あの時は金がなかったンだよ。……っつかいくらだ? 俺もよく覚えてねェンだよな」
「約11万円ネ。サッサと払ってくれればありがたいのだが」
「ブッ!? じゅ、11万!? アクセラレータさん、あなたどれだけ超さんに迷惑かけてるんですか!?」
すると、流石にその額は予想外だったのかアクセラレータさんが珍しく狼狽する。
「あ、いや、俺も流石にそこまでいってるとは……タカミチと飲みに行った時にもツケてたからか? ガンドルフィーニと飲みに行った時も凄まじかったからな……」


理由が完全にダメ亭主のそれである。


ていうか、どれだけ飲みにいってるんだ、この人。
「言っておきますが、ミサカは貸したりしませんよ、とミサカは絶対防衛線を張ります」
「テメェの奨学金からもらおうなンざ思ってねェよ。……しかしそろそろヤバいな。ジジイからもらった金もそうそう長続きしねェか」
後半の独り言はばっちり聞こえていた。
彼の場合、何故かものすごく食費がかかるとのことで、部屋がさっぱりしていても家計が厳しいのはそのためらしい。
……いや、もしかしてこの部屋だけさっぱりしていて、趣味に物凄くお金をかけているとか……。
そう思うと、私の視線は自然と襖の方に向かう。


私も見たことがない、アクセラレータさんの自室。


この部屋からさっぱり片付いた淡白な部屋、という印象だったのだが……もしかしてそれとは違う光景があるのか、と考えてしまう。
すると思い浮かぶのが、ぐちゃっと雑誌などに塗れている部屋。
や、やっぱりアクセラレータさんも男だから、ああいう系統の雑誌も持っているのだろうか。
そういう妄想が膨らんでしまい、私は気づかぬうちに顔が赤くなっていたらしい、ミサカさんが不思議そうに話しかけてくる。
「刹那さん、顔が赤いですがどうしたのですか、とミサカは首をかしげます」
その問いかけた不意打ちだったため、私はびくりと肩をすくませてしまう。
それが益々怪しいと思ったのか、ミサカさんは目を細めた。
「あ、いえ、特に気にする事ではないと思うんですけど……アクセラレータさんの部屋って、どんな感じなんだろうなと思いまして」

「ほほう?」

それにギラリと目を輝かせたのは超さんだった。
「なるほど、それはとても興味深いネ。ミサカさんは見たことはあるカ?」
「そういえばありません、とミサカは意外に思います」
おそらく毎日ミサカさんはアクセラレータさんの家に出入りしているのだろうが、それでも中に入った事はない、と。
なんだろう、抑えてきた好奇心が湧き上がってくるのを感じる。

ぶっちゃけると、見たい。

ものすごく見たい。
それは超さんも同じ意見らしく、私以上にそわそわしている。
アクセラレータさんはそれに……まあ、かなりあからさまだったし気づいたのだろう、盛大なため息をつく。
「男の部屋なンざつまンねェモンばっかだぞ?」
「価値観は人それぞれヨ。アクセラレータさんがつまらないものと言っても、私にとっては宝の山かもしれないネ」
アクセラレータさんが渋っていると言う事は、やっぱり見られたくないものがあるんだろうか。
それ以上を踏み込むことは失礼に当たるが、とっても見たい。
更に渋るかと思ったアクセラレータさんだが、


「そんなに見てェンならさっさと見てこい。そわそわされるとこっちも落ちつかねェ」


案外あっさりと許可を出した。
ならばと超さんが立ちあがってアクセラレータさんの自室に向かう。
それに続いて私、ミサカさん、そして何故か古さんや神楽坂さん、ハカセさんもついてきた。
「ぜ、全員ですか?」
何故かこくりと頷く面々。
純粋な興味らしく、なんだか古さん辺りは目をキラキラさせている。
小さく、『ここにアクセラレータの強さの秘密が……』とか言っているが、そんなものはないだろう。
超さんはまるでどこぞの探検隊の隊長にでもなったかのようなシリアスな様子でこちらに振り向く。
「……いいカ?」
全員がそれにつられて緊張した面持ちで頷く。
後ろでガツガツと超さんの料理を食べているアクセラレータさんの咀嚼音をBGMに、その襖がスッと開かれる。
その時、私たちが見たものは……。
あまり狭くはなさそう……おそらく六畳くらいの空間。
全部の服や下着などが入っているだろう、大きなタンスが隅に置かれている。
漫画やゲーム、ビデオにDVDなどが整理されて置かれている本棚。
入りきらないのか、その下に『新世紀エ○ァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』『ぼくらの』『勇者王ガオ○イガー』『ペル○ナ ~トリニティ・ソウル~』『鋼殻のレギオス』などといったDVDやビデオが積まれている。
私でも知っているようなメジャーなジャンプ作品もあったし、どうもアクセラレータはそれほどジャンルにはこだわらないらしい。
部屋の隅にはテレビがあり、その下にはPS2とゲームキューブ、そして64。
コントローラーはゲームキューブにのみ繋がっており、『スーパーマ○オサンシャイン』と書かれているパッケージが転がっている。
部屋の3分の1ほどを占領しているのはシングルのベッド。
安いと断言できないし、かと言って高いとも断言できないシンプルなベッドだった。
それ以外は特にない……というか、何もない。
雑誌が散らばっているとか男性向けのそれがあるわけでもなく、非常にきっちりとした真面目な空間だった。
がっくり、と超さんが膝を突く。

「……私の部屋よりも綺麗だ……」

それはへこむ、とミサカさんは超さんの肩を叩いていた。
いや私が散らかしてるんですすみません、とハカセさんが謝っていたが、こちらの方が綺麗な事に違いはないのだろう。
そして、ミサカさんはズカズカと部屋の中に入り、いきなりベッドの下に手を入れた。
私たちがそれを見守っていると、ミサカさんはピクリと反応して何かを取ったようだった。
静かに、かつ凶悪な表情でニヤリと笑ったミサカさんはそれを抜き取る。
まさかそういう類の本か、と思ってドキドキしながら駆け寄ったが、ミサカさんは肩を下ろし、それを私に見せてくる。

『グラッ○ラー刃牙』と書かれた、一昔前を感じさせる漫画だった。

ちょっと期待していただけに、それは明らかに『寝る前に読んでそこらへんに放り出してたらベッドの下に落ちていた』という展開を予想させるもので、がっくりと項垂れるミサカさんの期待外れな気持ちがちょっとだけわかった気がした。
探る所なんてそんなものだし、一同は静かにその襖を閉じる。
後ろで黙々と食べていたアクセラレータさんが戻ってくる私たちを見て、静かに言った。
「別に、何もなかっただろ?」
それに私たちは頷くしかなかった。
なんというか、乱暴な言動をしている割には約束を守ったり、仕事はやる時はちゃんとやったりと彼の真面目な内面が現れているような感じがした。






それぞれ夕飯を終え、料理はできないが片付けくらいはできると皆で片付けを手伝い(その時アクセラレータさんはお皿を台所に運ぶ役だった。引き受けたのはまた食べたかったからかもしれない)、私たちは帰路につく。
と言っても、ミサカさんはまだアクセラレータさんの部屋に残るようだった。
アクセラレータさんの家を出て、神楽坂さんはため息をついた。
どうしたのかと聞くと、

「一方さんと同一人物なのはわかってるんだけど、やっぱり同じようには話せないのよ。私にとってアクセラレータは怖い広域指導員だし、一方さんはジョギング仲間っていう認識が抜けないのかも」

私はそれを聞いて、それも当然だと思った。
私がこうしてアクセラレータさんと話すようになったのも、彼と出会って何カ月も経ってからだ。
しかも神楽坂さんにとって、アクセラレータさんの立ち位置はひどくややこしいのだろう。
それについて悩んでいたせいで疲れた、と神楽坂さんは言っていた。
五人ですっかりと暮れてしまった空の下を歩きながら、私はふと思う。

こういった団体で行動する事はほとんどないと思っていた私だが、こう思えばかなり団体行動をしているように思える。

いつからこうなったのだろうか。
それが嫌というわけじゃない。
他人との触れ合いと言うものは良い。
だが、同時に怖くもある。
このごろ曖昧になってきているのだ。
こうやって触れ合い、親しみ合う中で、私の精神は緩んできているのではないか、と。
お嬢様を守ると言う心の柱が緩んできているんではないかと。
私も仕事の時とフリーな時との区別はついているつもりだが、どうしてもそうなっている感が否めないことも事実だ。

たるんでいる、と昔の私ならそう言っただろう。

だが、今はそう断言できない。
この皆で一緒に話すという暖かさを知ってしまったから。
一緒に話すというのがこれほど楽しいものだとは知らなかったのだ。
楽しいものに、人間は惹かれる。
そして惹かれすぎると堕落すると私は考えているが、惹かれすぎるのも無理はない、と思う。
楽しいというのがこれほど魅力的だったとは。
私はため息を抑えて、話している面々を見る。
超さんと古さん、そしてハカセさんは仲が良かったはずだが、神楽坂さんは古さんとしか接点がない。
こうして超さんやハカセさんと話すのも、アクセラレータさんという接点があってのことだ。
かく言う私もそうだ。
それぞれ二人きりで話す機会があったんだろうと思ったところで、今の自分にそれを強制的に当てはめてしまった。
このごろ、私はアクセラレータさんの家には訪れているが、その時には必ずミサカさんがいる。


二人きり、というのはこの頃ほとんどない。


仕事の時も二人きりにはなるが、戦場では殺伐とした雰囲気になり、とてもそういうことを話すような場所ではない。
というか、ああいう安心した感じは、アクセラレータさんの家にあるのだ。
外ではやはり緊張してしまうからだろう。
あそこが私にとって気を抜ける場所だった。
だが、今は違う。
ミサカさんが来た事で、私の『居場所』はなくなってしまった。

私だけの、空間。

落ち込んだ私をからかいながら励ましてくれたアクセラレータさんがいる、あの空間。
それはもう存在しない。
ミサカさんがあそこにいることで。
そのことを恨んでいるつもりはない。
むしろ、少し羨ましいと思う。
これが嫉妬と言う感情ならば、私はそうだと断言しよう。

私は竹刀と夕凪を背負いなおしながら、建物などの光でライトアップされたように見える世界樹を見た。

あそこで彼と一緒に見た夕日。
あれはとても綺麗だった。
今でも鮮明に思い出せる、彼の表情。
一回りも体格は良くなったが、それらの顔つきよりも、なんだか性格がその時よりも変わっているように思える。
アクセラレータさんも成長しているのだろうか。
それに比べ、私はなんと甘ったれた考えをしているのか。
いつまでもアクセラレータさんに頼れはしない。
甘えることだって、いつまでできるのか。
こういう風に、皆でわいわい騒ぐ時間があれば十分なのだ。
そう、それでいいのだ。


……それだけで。






~あとがき~

ものすごく長い一日でした。
展開としては前回が学校編、今回が放課後編でしょうか。
多分過去最長だと思います。ダレずに読んでくださった方、ありがとうございます。

次に投稿するのは、ちょっと課題とか打ち上げとかあるので、一週間後くらいになるかと思います。
しかもその時には学校が始まってるっていう……ああ、行きたくない。
なるべく早く投稿できるように頑張ります。


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