日は沈んでいた。
時計の針はとっくに頂点を回り、真夜中と言うべき時間帯へと突入している。
それはつまり、時が来たということであった。
吸血鬼狩りの時間である。
「さてと。んじゃ可憐ちゃん、準備万端? 実はうっかり武器の仕込みを忘れているとか、そんなことはない?」
「ありません。こちらの準備はきちんと整っています。貴方の方こそどうなんですか?」
「自分は持つ必要があるのはナイフだけだし。準備もくそもないよ、そもそも。んー、やっぱ拳銃の一つでも貰っとけばよかったかな、使えやしないけど。やっぱカッコいいじゃん銃って? ビジュアル的にさ」
「武器は装飾じゃありません。振るわれない剣にいったい何の価値があるんですか、意味のない」
「すっごいクールな意見、どうもありがとう可憐ちゃん。ロマンに理解がないってのは寂しいね。例えてみて、親に漫画読んでる姿を見られて、いい年していつまでそんなものを読んでいるんだって言われるみたいな悲しさ? 可憐ちゃん。物事を意味のあるなしだけで片付けるのは、かなり人生を損していると思うよ、自分」
「少なくとも、今は意味のあるなしとかに関係なく、利点があるかないかで語るべき状況でしょう。ロマンなんてものは、一人で戦えるぐらいの実力を付けてから求めてください」
「ご尤もな正論。そりゃそうだ」
ホテルの部屋の中で、男と清江は意味のない雑談を交わしながら動き始めていた。
清江は寸鉄をはじめとした装備一式を身に携え、心を静かに落ち着ける。男は普段通りのだらけた雰囲気のまま、ポリポリと部屋に用意されていたお菓子をつまみながらナイフを持つ。
資料に書かれていた死徒の予想潜伏地は、おおよそ二つ。単純に一晩に一つ回ると考えても、要する日数は二日。頑張って一晩で回ろうと思えば、文字通り一日でケリが付く話であった。
これは男の持つ能力の特性ゆえのことだった。
基本的に他のハンターや退治屋に比べて、男の仕事は速く手軽に済むのである。その上、下手な専門家などよりもよっぽど完璧に、化け物に関わる有象無象たちの始末を付けられるのである。
吸血鬼退治など、まさに男の能力にとって最高の相性を持った相手であったのだ。
もっとも当の本人は、ドブ川に浮かぶ魚の目をしたまま、特に何の感慨も浮かべてはいなかったが。
エレベータに乗ってVIPルームを退出し、二人は一階へと向かう。
すでに深夜の時間帯へと入っているため、ロビーの明かりは一段階、明度が落とされたものとなっていた。
カウンターに立つ従業員に適当な英語を話してルームキーを預け、男は従業員の反応を一切顧みることなくスタスタと歩く。とっくに消灯時間を過ぎているにもかかわらず、外へ出ようとするその日本人の姿を見て、従業員は戸惑うような声を上げた。
しかし、いまさら非常識な行動の一つや二つを気にするほど、男は柔な性格ではない。背後に付き添う清江がぺこりと申し訳なさそうにお辞儀をして、少しばかりの詫びの姿勢を見せるだけであった。
外へと出て、男は真夜中のアメリカの町並みを視界に収める。
夜の街はところどころに文明の光があれども、やはりその大半は暗い闇に呑まれた姿を晒していた。
少し通りを外れれば、それだけで物騒な闇の世界が覗ける。そうだろうと、そう見る者に予想させた。
果たしてはそれは、町が発展途上であるゆえからなのか、それとも吸血鬼という闇の住人が巣食っているからなのか。
なんにせよ、それは男には関係のないこと。
男は町から発せられる印象など気にもかけず、眉をひそめて顎に手を当てて考え込む。
そしてしばしの黙考の後、清江とくるりと振り返り言った。
「んで、どうしようか可憐ちゃん? 現場に向かう方法。タクシーもないみたいだし、足がないことに今気が付いたんだけど。徒歩で行く? まぁぶっちゃけ、何を言おうがそれ以外の選択肢はないんだけど」
「貴方は………それならもう、初めから聞かないで下さい。聞かないでいるよりも余計に疲れます」
「コミュニケーションは大事だよ? 意味があるかどうかは知らんけどね」
戯言を口走りながら、男は大仰に肩をすくめる。
それに清江は可憐な様子のまま、呆れと諦観の混じった息を一つだけつく。
夜闇に閉ざされた道へと、男が踏み出し始める。どちらの方向であったか、悩んでいる様子を口から垂れ流しながら。
それも演技か、あるいはそのまま本当のことで、何も考えてはいないのか。背後から付き添う清江には分からなかったが。
そも狂人とは、すべからく“常識”という住処から飛び出た者である。
清江が男を理解できないのは当然のことであったし、それは今後一生も変わらない事柄であった。
「お待ちください、ミスター」
ふと、唐突に声が清江たちの背後から投げかけられた。
清江はそれに即座に反応し、可憐な動作で声元に構える。そしてワンテンポ遅れて、無警戒な仕草のまま男も振り返り、声の主を目に捉えた。
視線の先、夜の街の道。
そこにはきっちりとしたスーツに身を包んだ、見覚えのある褐色な肌の女性が立っていた。
その女性は数時間前に別れた、市長から紹介された部下。
カミラ・オルオフ。彼女であった。
正体を認めて警戒を解いた清江が、怪訝そうな表情のまま言葉を漏らす。
「貴女は、なぜこんな場所に、それに時間も………?」
「夜に動くと聞きましたので、お待ちしておりました」
そのカミラの後ろには、二台の黒塗りの車が停められている。
彼女が事前に手配していたものなのだろう。カミラは一歩横に動いてそれらの存在を指し示し、どうぞと誘った。
清江は思わず二の足を踏む。
何が、というわけではなかった。ただ好意を一方的に甘受するという行いに対する羞恥と、そして脳裏をよぎった一片の疑念。それがあったのだ。
「手回しがいいことで。それじゃ丁度いいことだったし、お言葉に甘えようか可憐ちゃん」
「ちょっと、待っ………」
しかし、そんな清江の横を何時も通りの様子のまま、男はあっさりと通り過ぎた。
相変わらずのマイペース。そして他者への無遠慮な行動。
清江の心労が軽くなる様子はない。
そんな、諦観の情を浮かべながら何か言いたげな表情を作る清江に、男はすでに身体を半分車内に入れながら問いかけた。
「どしたん? 早く乗ろうや可憐ちゃん。」
「………分かりました」
「ではこちらへ、どうぞ」
もう一台の車の扉を開いて促すカミラに従い、ため息をつきながら清江も身を車内に滑り込ませる。
そして男と同じ車に移動してカミラも乗り込むと、二台の黒い車は動き始めた。
夜闇に閉じられた街を、黒い車が走り抜けていく。
清江は流れる風景を窓から眺めながら、車内を観察する。
元々送迎用のものなのだろう。車内の空間は思ったよりも広く、震動も少ない快適なものであった。
その豪華さに、わざわざ二台も車を用意する必要もないだろうにと、そう清江は思う。
一人一台に使うには、随分と太っ腹が過ぎた。それとも価値観、発想のスケールが違うとでも言うべきか。
理解できそうにない。
良くて質実剛健、悪くて貧乏性とも言える性格な清江は、そんな率直な感想を連想する。
揺れる車内の中、清江がふと考えを巡らせるのはやはり、自らの雇用主であるあの男について。
素性不明、常人を逸脱した行動、そして完全に現実から踏み外したその姿の在り方。
何が彼をそうさせたのか。どういった来歴があるのか。
清江はそれを知らない。
付け加えて言えば、知る気もない。
好奇心が引かれることはあるが、しかし、それは決して清江にとって重要なことではないからだ。
清江は男のプライベートを知る気など、欠片もなかった。
だが、それならば自分はいったい“何”をしたいのであろうか?
突拍子もなく、ふわりとその疑問が清江の脳裏に浮かぶ。
自らの意思でわざわざ、正気の境目を迷う男の傍で働く。それはなぜなのか?
復讐であろうか?
父の、母の、兄の、仇。そう。
“自らの家族を全てその手で葬った、あの男に対しての?”
「ふう………」
吐息と共に、清江はその反芻を流し消した。
たわいもない、ただの時間潰しに過ぎない自問自答であった。
その答えは、とっくに清江の胸の内にあるものだ。
男の傍に近寄ることも、その下で働いていることも。
清江はある目的の下に男に仕えており、そして男もそれを理解した上で雇っているのである。
ふと、不意に清江はあることに気が付いた。
正面のフロントガラスから見えるその光景に、先行していた男とカミラの乗る車の姿がないことに。
怪訝そうな表情を浮かべながら周囲を見回すも、車の姿は一向に見当たらなかった。
はぐれた? 脳裏をよぎる一抹の疑問。
得体の知れぬ不安が走り、清江の身体に警戒が走る。
変わる様子なく走り続ける車の中、清江はドライバーへと声をかけた。
「すいません、Excuse me? Where did The car go?」
英語でかけられたその問いかけに、しかしドライバーは反応しない。
無言でハンドルを握ったまま、車を運転し続ける。
高まる不信と警戒心の中、清江はさらに語調を強くし詰問する。
「Please! Teach to me! hurry up!」
すると突然、ぐるりとそのドライバーが顔だけ清江へと振り向いた。
気圧され顔を退けさせる清江の顔を見て、ドライバーは己が顔を初めて晒す。
その表情はまるで力の入らぬ様子で弛緩しており、そして双眸からは不吉なほど赤い輝きを発していた。
「…ッ死者!?」
がくんと衝撃が走り、身を起しかけた清江の身体が再度座席へと引き戻される。
急加速した車は、もはや遠慮など無しと言うように荒い運転で道を駆け抜けていく。
窓から見える風景は人気も活気もない、何処かの倉庫街らしき様子を見せていた。
清江は舌打ちしながら腕を可憐に振り抜き、袖口から一本の寸鉄を取り出す。
そしてその寸鉄を素早い動作のまま逆手に持ち、一息の気合いと共にドライバーである死者の首筋へと叩き込んだ。
「ッふ!」
ズンと鈍い音が響き、寸鉄が死者の首筋深くまで埋没する。
死者の身体から力が抜け落ち、速度がそのままでハンドルが捻られたことで、車体が大きく傾く。
清江は流れるように蹴りを放ち座席の窓を粉砕し、跳ねるように車内から脱出を果たす。
くるりと可憐に一回転しながら、着地する清江。その背後で派手に横転し、ガソリンに引火したのか爆発炎上する車。
動悸する身体を落ち着かせながら、清江は辺りの様子を窺う。
いったい、ここは“どこ”なのであろうか?
住宅街ではなく、ビジネス街にも見えない。人気の見えない寂れた建物ばかりが覗く中の、その一つの大きな廃倉庫の中。そこに清江は炎上する車と一緒にいた。
当然、位置など分かる筈などもなし。もとより知らぬ土地であるがゆえに、清江にはさっぱり見当が付かなかった。
少なくとも言えるのは、当初の予定で向かう筈であった場所とは大きく異なる、ということだけであった。
ふと、倉庫の入り口に、ゆらりと一人の人影が現れる。
その姿に改めて四肢を緊張させながら、清江は人影へと向けて強い視線を向ける。
身体を舞わせ、手に取り出すは自らの得物である薙刀。
構えながら警戒する清江の前に、次々とゆらりゆらり人影は数を増やしていく。
倉庫の入口から姿を現した人影の数は、合わせて六人。
その双眸からはいずれも禍々しき赤い輝きを放ち、そして顔には生気が宿っていなかった。
間違いなく死者。清江は違うことなくそれを見抜く。
「これは、いったい……ッ」
明らかに、“待ち構えられていた”。
否。
「これは、罠? まさか、事前に張られていた?」
そのような状況を見て、清江は疑念と焦燥に駆られていた。
なぜか? 思索を深め、原因を露わにしようと必死に記憶を掘り返す。
そして、清江はようやく思い至った。
そもそも、自分をこの場所まで運んできた車。そのドライバーが死者であったこと。
これはまあいい。吸血鬼の張った罠。その吸血鬼の手駒である死者が、多数の死者を伏せている罠の場所まで敵を誘導してくる。これは理に叶っている。
問題は二つ。
一つは、“その車を手配した者は誰であったか”。
そして、致命的なもう一つの問題。
“今、その手配した人間は誰と一緒であるか?”
「不味いッ……」
事態を把握し、清江は唇の端を噛む。
そして何か行動を起こす前に、死者たちは彼女へと襲いかかった。
走行している黒い車の中、その後部座席に二人の人間がいた。
一人は、ドブ川に浮かぶ魚の目をした男。もう一人は、きっちりとした様子でスーツを着た黒人の女性。
“系譜殺し”と呼ばれた男と、市長の部下であるカミラ、その二人であった。
互いに互いが沈黙したまま、車内は重い静寂に満ちたまま時間を過ごしている。
「もうそろそろ、到着します」
「ん? ああ、そっか。ようやくか」
呆けたように外の光景を眺めていた男が、カミラの声にのそのそと動き始める。
男の様子はやはり何時もと変わらず、その行動一つ一つに怠惰が滲む在り様。
普通ならば眉の一つでも顰めそうなものだが、カミラは無表情のままであった。
「あれ? 後ろの車が見えないね」
背後を見やり、今気が付いたかのように男は言った。
何時から消えていたのかは知らないが、追走していた清江の乗る車が姿を消していた。
カミラがご心配なく、と言葉を綴る。
「別の道を辿る予定です。彼女とは、現地で落ち合えます」
「いや、嘘でしょそれ?」
さらりと、男は言った。
空気が凍る。沈黙が生まれ、男を見つめるカミラの視線が僅かに細まる。
雰囲気が、まるで粘性を帯びたかのように変質した。
「嘘、とは?」
一拍の間を置いて発せられる、カミラの言葉。
変質した雰囲気を意に介することもなく、男はその言葉にあっけらかんと答えた。
「だって、そっちの正体って吸血鬼側の人間でしょ? ならせっかく分断させた敵を、わざわざまた合流させる筈ないじゃん」
カミラの瞳が、驚きに開かれる。
今まで変わらなかったその表情が初めて塗り替えられる様子を見て、へえと男が物珍しげな声を上げた。
動揺が浮かんだのも、ほんの僅かの間。
カミラはその表情を大きく一変させ、口を開く。
さらけ出されたその顔には、妖しい笑みが浮かんでいた。
「フフ……驚きました。何時から気付いていたのですか?」
「疑ってたのはホテルの時から。んで、確信したのはさっき会った時。というか普通に怪し過ぎるでしょ? あんな時間に待ち構えられていたらさ。誰だって疑うと思うけどねぇ、シチュエーション的に」
「ホテルの時から、ですか? なぜ? 私が何か、間違いをしていましたか?」
心当たりがない風に、カミラが首を傾げながら尋ねる。
隠す気もないのか、男はドブ川に浮かぶ魚の目を向けたままペラペラと語った。
「依頼受けた時に、市長さんがこう言ってたのよ。事前報告も経過報告も一切いらん………ってね。けど部下さん、そっちホテルでわざわざ自分たちの今後の予定聞いてきた時にさ、理由を市長に報告するためって言ってたじゃん。矛盾でしょ、これ? 仮に黙って監視を付けるにしても、ああいう台詞を言ったすぐ後に、こんな馬鹿正直な手を使う訳もないだろうし。だとしたら、この部下さんの行動は独断ってことになる。んでそうだと考えると、部下さんがわざわざ独断で行動する理由について思い付いたのは二つ。一つが上司想いゆえの独断専行で、もう一つが実は敵側のスパイで情報収集。だけど、市長さんが直々に腹心の部下の一人って言ってるぐらいなんだから、そんな人が独断専行なんていう教育の行き届いてない行動をするのは不自然だし。という訳で、消去法に残った答えは一つだけになると。これでオーケー?」
「乱暴な理屈ではないのですか? 情報の出所が少なく、論理の飛躍が多い気がしますが?」
「合ってるなら問題ないでしょ。それに、ぶっちゃけ別に合ってようがなかろうが、どうでもいいし」
カミラが、理解しがたいといった風に首を振る。
それは男の非論理的な行動に対するものであった。
「分かりません。なぜ貴方はそこまで分かっていながら、車に乗ったのですか? それとも、あらかじめ何か対処法を持っていると?」
「いんや、別に。特に何も」
男は一切の気負いも緊張もなく、そう告げる。
その言葉は、はたして嘘か真か。
ため息をひとつ洩らし、カミラはその手を伸ばしふわりと男の左手を取った。
女性特有の柔らかさを持った手が男の手と触れ合い、その細い指が絡められる。
そしてそのまま指に力を込められ、ボキリと男の指の骨がへし折られた。
「痛ッ! あ、つ、つ、つッ」
「隠し事は、お互いの利益とはなりませんよ? 一流のハンターのようですが、少し理解が足りないようですね、ミスター?」
そっと男の手を両手で包み込みながら、口元まで持ち上げるカミラ。
そしてへし折った指に舌を伸ばして舐め上げると、パクリと咥え込んだ。口中で激しく指に舌を絡めて、ぐりゅぐりゅと翻弄する。
折られた指に触れられる度に、男の苦痛の声が打楽器のように響いた。
数分の間続く、粘膜に包まれた激しき濃密な時間。
やがて、車が目的地へと到着し停止した。
カミラは車が停止すると同時に、ちゅぷりと、咥え込んでいた指を解放する。
ぷっくりとした涎に濡れた唇を指でなぞりながら、妖しい笑みを浮かべて男を見つめる。
それをドブ川に浮かぶ魚の目をしたまま、男は見つめ返す。痛みに脂汗を滲ませながらも、その表情は先と変わらぬままで。
カミラの表情が冷める。
ベキリと、また一本の指が折られた。
「ッ……!」
「到着しました。降りてくださいミスター。乱暴な先導が好みでしたら、そのままで構いませんが」
先に扉を開いて外へと出ながら、カミラが無慈悲に告げる。
折れた二本の指の痛みを堪えながら、それは勘弁と男が言う。
「つつつ………エスコートなら何にしても、相手は美女にしてもらいたいね。それなら乱暴でもなんでも、とりあえず嬉しいし」
「残念ですが、貴方の相手は男性です」
っぬと、太い腕が車内へと入り込み男の襟元を掴んだ。
ぐるんと一転する視界。
強引に引きずり出され、そのまま勢いのままにアスファルトへ放り捨てられる男。
億劫そうに身を起こし男が周囲を見渡すと、そこは浮浪者でも居着いてそうな寂れた路地裏であった。ゴミが散乱し排水らしき濁った水溜りがある、映画などで有り触れた光景な場所である
そして見当たるは、怪しい複数の人間の姿。
妖しく微笑んだまま男を見下ろすカミラと、先程男を車内から引きずり出した、体格の良い刺青を彫った巨漢。それ以外にも複数、案山子のように並び立つ計七人の人影たち。
その表情、雰囲気。それは間違いなく死者。
薄汚い路地の中、男は完全に包囲されていたのだった。
どろりと、男の顔を血が伝う。
それは、投げ出された時に出来た傷からの出血であった。
「んー………死んだかな、こりゃ」
何時もと変わらぬマイペースな声色のまま、男は言う。
そのドブ川に浮かんだ魚の目も変わらず、目前に確実な死が迫っているにもかかわらず、取り乱すような仕草が一切見えない。
傍目からは、それは余裕にしか見えなかった。
不可解そうにカミラが眉を寄せ、不機嫌さを増した声色で詰問する。
「随分余裕がありますね。何か打つ手が残されているのですか? 武器でもお持ちで? 強いマジックを持っているのですか?」
「マジック? ああ、魔術ね。いや、自分はあいにく魔術師じゃないし。魔術なんて使えないよ。武器ならあるけど」
男は折れてない方の手である右手を使い、懐からあるものを取り出す。
構えられたものは、何の装飾もないシンプルなナイフであった。その刃渡りは10cmもない。
この状況においては、それはあまりにも頼りない武器であった。
「それが、貴方の最後の手段だと? そのナイフが? 正気ですかミスター?」
「正気かと言われてもねー………どう答えたらいいと思う?」
「訂正します。貴方は一流のハンターではなく、ただのクレイジーのようだ」
「あらら? 呆気ない」
無言のまま、首の動きだけでカミラが指示を出す。棒立ちであった死者たちが男へと向けて動き始めた。
男は右手に構えたナイフを握り直し、適当に迫る死者たちの中から、自分に最も近い位置にいる一人に目を付ける。
気負いもなく、覚悟もなく。
とんと男は踏み込むと、まっすぐにナイフを突き出し、身体ごとその死者へとぶつかりに行った。
ずぶりと、ナイフの刀身が全て死者の身体の中へと沈む。
人一人分の重量がそのまま後押しとなり、完全に死者の中心を刺し貫いていた。
………が、それだけ。
「げふッ」
顔面に拳が入り、男の身体が大きく後ろへ殴り飛ばされた。
倒れたその身体を別の死者が掴んで持ち上げ、壁際に叩きつけて抑え込む。
半ば宙に浮いた状態で拘束されたまま男が観察してみると、ナイフを突き刺した死者はその胸に刺されたナイフを生やしたまま、さして変わりない様子であった。
「また心臓外しちまったかー………面倒だなぁ、ホントに」
男の持つ能力は、強力である。
一度発動しようものならば、相手の強弱なぞ問わずことごとく葬るだけの致死性を誇る。
しかし、その発動条件はあくまでも、相手の心臓を刺し貫くこと。
心臓を刺し貫かなければ、その効力の片鱗すら全く発揮することはない。
呆れと疑いを混ぜて、カミラが言う。
「こんなナイフでアンデッドたちを止めることなど出来ないと、知っているのでは? 本当に貴方は Genealogy Destroyer と呼ばれていたハンターなのですか?」
「ジェネ? なにそれ? 固有名詞だったりする?」
男を抑えつけている腕の力が、どんどん強まり圧迫していく。
やがてぱきゅと音が鳴って、押し潰されるように男の腕の骨が一つ破砕された。
そして息つく暇もなく、さらに別の死者が無造作な蹴りを脇腹へ放ち、食い込ませる。
肋骨が砕け、口から血を吐いた。
「不可解ですが、いいでしょう。すでに私たちの勝ちは決まっています。ミスター、貴方はそのまま死んでください」
「ごほ、………その前に一つ質問するんだけど、部下さんって何? 昼日光に当たってたってことは吸血鬼じゃないし、見たところ死者でもないみたいじゃん。まぁ、別に答えなくてもどっちでもいいんだけどね」
「私は人間ですよ。ヴァンパイアと取り引きをしたのです。情報を流出させ助勢する代わりに、私も同じヴァンパイアの仲間へと招き入れてもらうという契約を結びました。不老不死は、全ての人類の持つ夢でしょう?」
「なるほど、納得」
フフフとカミラが声を洩らしながら言う台詞に、男は相槌を打つ。
明かされてみれば、単純な真相であった。
不老不死。古今東西にて追い求める者に限りのない、有り触れたお宝のシンボルの一つである。
そっと、カミラの片手が持ち上がった。見下し冷めきった視線を男へ向けたまま、その手が振られる。
同時、全ての死者が男の下へと殺到。
男はその自分へと迫る死に至る暴力の波を、ただドブ川に浮かぶ魚の目をしたまま見ていた。
中央市役所の中の一室、市長室。
そこに恰幅の良い、スーツ姿の中年白人男性が机に腰掛けて書類を捌いていた。
“系譜殺し”へと依頼をよこした、この町の市長である。
「………Wom?」
ふと、市長はチェックしていた書類の内容から面を上げた。
訝しげな声を上げて、静かに意識を耳に集中させる。その顔は鋭く、厳めしいものとなっていた。
不審な音は、何も聞こえてはこなかった。夜の冷えた静寂だけがそこにはあり、怪しげなヒトコマなど混じっていない。
しかし、市長はそこに何かを見出したようであった。
「Who? Hurry come out here!」
確信に満ちた態度のまま、虚空に向けて市長が命じる。
すると、まるで虚空から滲み出るように、市長の目の前に闇から一人の人間が現れた。
その人間は奇妙な笑い声を上げながら、身体の前でパチパチと拍手している。
「Hhw-Hhw-Hhw! It is terrible! wonderful! Why did you discover? Hhw-Hhw-Hhw!」
「The monster smells. Especially, it that rots in the soil is special. Are you understand? Vampire」
「Hhw-Hhw-Hhw, OK. Mayor isn't human but like the dog! Hhw-Hhw-Hhw!!」
そう言って、甲高い嘲笑を市長室の中に響かせる人間―――吸血鬼。
今この町を脅かし、そして巣食っている災厄の元凶が、市長の前に存在していた。
しかし、その化け物を前にしながら市長は何ら怯む様子を見せず、屹然とした眼差しを向けていた。
吸血鬼が口笛を吹き、市長へと告げる。
「Was the hunter employed? Do you kill me? Why No!! Hhw-Hhw-Hhw!! You have a good secretary. Un...Camera? non, Carly? non non non...oh, Camilla! Yeah! Yeah! Camilla! She is very good secretary! Why? Therefore, She's wise! She taught everything to me in exchange for She is changed into the vampire. About you, and about hunter! By now, they were caught in for I set a trap. They were already dead! Hhw-Hhw-Hhw!」
「Oh, I see. Camilla, she was a traitor...I'm disappointed. She gave way merely a temptation of vampire」
「Hhw-Hhw-Hhw! A foolish mayor must die here! and, it cries in the hell!!」
吸血鬼が大仰にパフォーマンスしながら、ゆっくりと市長へと近付いていく。
死徒に抗う手など、ただの一般人にあろう筈がなかった。ましてや今市長は仕事中であり、武装などしている筈もない。
だが、そうであるのにもかかわらず、市長は泰然とした構えを依然として崩す様子がなかった。
市長が机の引き出しに手をかけて、中へ手を突っ込む。
それを見て吸血鬼は、さらに市長を見下し嗤った。大方護身用の拳銃の一つでも入っているのだろうと、見当を付けたのだ。
当然、たかがそんなもので吸血鬼をどうこうすることなど出来やしない。拳銃は使えば頭に穴をあけられるだろうが、頭を吹き飛ばすことはできないのだ。
明け透けな余裕を顕示したまま、吸血鬼は市長のその動きを見逃す。
銃は殺傷力は高くても、破壊力はそれほど優れたものでない。ゆえに吸血鬼には効力が薄いのだ。
しかし、その吸血鬼の予想は非常に予想外な方向に覆された。
市長が机の引き出しから取り出したものは、確かに吸血鬼の予想した通り“護身用の銃”であった。
が、精々三十二口径以下の拳銃程度を予想していた吸血鬼のそれとは、現れた銃は大きく姿が異なっていた。
吸血鬼の眼前に晒される、市長の持つ巨大な銃火器の正体。
その名を、ベネリM4。
ベネリ社が開発した、軍用向け次世代散弾銃であった。
「What's!?」
「Go back hell, vampire」
驚愕する吸血鬼の眼前で、容赦なく市長は引き金を引いた。
銃声が響く。油断していた吸血鬼の身体に、至近距離から大量の鉛玉が食い込んだ。
例え、銃弾を見てから回避することが出来る吸血鬼といえど、至近距離から放たれた散弾までも避けることはできない。狭い室内にいたことが災いしたのだ。
「Eeeeeeeeek!!!!!」
悲鳴を上げて後退した吸血鬼に対し、なおも続けて市長が仕様は引き金を引く。
二発、三発、四発と、一般人ならばミンチになるだけの銃撃が降り注がれる。
やがて、六発目の銃撃が終わるとカチンとした音が響いた。
「Gwooooooo!! Son of a bitch! Kill you!!」
血走しり紅に染まった眼を全開にさせて、吸血鬼が咆哮を上げる。
その身体はあれだけの銃撃を受けたにもかかわらず、未だ原型を保ち動いていた。
死徒の持つ再生能力、復元呪詛。それによって随時、傷を受けると同時に回復していたのである。
今もなお現在進行形で、その身体に穿たれた銃撃の痕跡は修復されていた。
しかし、吸血鬼はそこでさらなる斜め上の現実を目撃する。
何時の間にやら部屋の壁際にまで下がっていた市長が、残弾を撃ち尽くしたベネリM4を捨て去り、壁のある一点に平手を叩きつける。
瞬間、その壁一面がスライドし、多くの銃火器が貯蔵されている隠し部屋が露わとなった。
何重にも存在するラックに、まるで武器庫のように大量の銃火器が吊り下げられている。
「No!? what's!? What are you doing!?」
「My subordinate is excellent, but thanks to it, I can't dabble directly in dangerous matter...」
隠し部屋から片手にショットガン、もう片手にアサルトライフルを取り出し、銃口を吸血鬼へと向ける。
心底楽しげな表情をしながら、市長は言った。
「Are you ready? Let's party time!」
弾けるマズルフラッシュ。
容赦加減のなき鉄の雨が、哀れな吸血鬼へと降り注いだ。
「Gyeeeeeeeeeeeevwiiiiiiiiii!!!!!!」
吸血鬼の絶叫が、それよりも強く響く銃声に掻き消される。
文字通りの意味で血肉が削られてゆき、死に物狂いで吸血鬼は地を這った。
いくらダメージは復元呪詛によって回復するといっても、それは絶対の命を保証するものではない。
吸血鬼に対して、通常の銃火器による攻撃は非効率的である。これは周知の定説だった。どれだけダメージを与えても、復元呪詛によって容易く回復するからだ。
だがしかし、これはあくまでも非効率的だけだということであり、吸血鬼に対して全くダメージがないわけではない。
復元呪詛という明確な“働き”がある以上、そこにはエネルギーの消費というものが多かれ少なかれ発生しているのだ。そして吸血鬼が不完全な永久機関しか持たぬ以上、この復元呪詛による過度のエネルギーの消費は吸血鬼の死を意味するのである。
つまり、逐次採算を度外視した攻勢をかけることさえ出来れば、現代兵装によっても吸血鬼は滅ぼせるのだ。
問題は、とてもではないがそこまでの火力を、個人どころから複数人がかりでもそう発生、集中出来るものではない、ということである。
が、ここにその問題を解決し、ただ一人で吸血鬼を圧倒する非常識な人間がいた。
驚異的な筋力によって片手で保持されたアサルトライフルが火を噴き、的確に吸血鬼を穴だらけにする。
そして弾が切れると同時にアサルトライフルを投げ捨てて、間断尽かせずに後ろのラックから新たに取り出したアサルトライフルを構え、銃撃する。
銃を取り替える隙を狙って吸血鬼が駆けようとするが、その瞬間にはもう片方の手に保持しているショットガンを撃ち放ち、動きを封じる。
市長室という狭い空間の中。豊富に取り揃えられた弾薬。そして吸血鬼の機先を捉える市長の観察眼。
これら全ての要素が合わさり、此処に人間による化け物の屠殺場という例外が完成していた。
「Ahhhhhhhhhh!!! Eeeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!」
数分の間に渡り、絶えず衰えぬ攻勢にさらされながら、しかし吸血鬼はしぶとく生き残っていた。再生が追い付かず血肉が飛び散っていても、なお絶叫するだけの元気が残っている。
それに市長は思わず、感嘆の声を洩らす。
それが一分の隙であったのだろうか。
ドンッと急に吸血鬼が踏み込んだ。
機先を制そうとした市長だが、引き金を引いたショットガンが中途半端な音を立てて止まる。
ここに来ての弾詰まり。
舌打ちする市長の前、吸血鬼は窓ガラスを突き破り宙へと逃走。夜の闇の中へと飛び出していく。
市長はショットガンとアサルトライフルを捨て、スナイパーライフルを持ち出し窓際へ駆け寄る。
構えてスコープを覗きこめば、一目散にビルの上を飛び跳ねながら逃げる吸血鬼の姿が写った。狙撃されることまで頭に入っていないのであろう。直線的な逃亡であった。
頭を砕こうと狙いを付け、引き金を絞る。
だが、市長が引き金を引くことはなかった。
スコープの中に捉えた吸血鬼。それが市長の目の前で、急に灰に変じたからだ。
「What?」
スナイパーライフルを下し、市長は疑問符を浮かべる。
その時間はほんの数秒ほどで、すぐに彼は答えに思い当った。
「Genealogy Destroyer...the work of his」
納得し、市長はならばと後ろに振り返る。
散々銃痕が穿たれたこの室内、そして割られた窓や壊れた備品類一式。
さしあたって自分がやらなければならないこと、つまりこの目の前の惨状を片付けることに意識を向けて、市長はため息をつきながら頭に手を当てた。
「...goddam!」
夜の街中を、清江は一人疾走していた。
可憐ながら無駄のない、それだけで見る者を魅させる走り。
魔術による強化を用いたその走行は、清江に軽自動車の低速に匹敵する移動速度を与えていた。
清江は決して弱くはない。が、一流の術者でもなかった。
複数の死者に取り囲まれて、その囲いを即座に打ち破るほど優れた実力はない。
ゆえに、彼女は罠と分かり、急がねばならない事態だと悟ってはいても、すぐにその場を切り抜けることが出来なかった。
薙刀を振るい、寸鉄を打ち、死者たちの手足を断ち。
そうして奮闘の末に追撃を防ぐ準備が出来てから、ようやくその場を後にすることが出来たのだ。
間に合うのか? 清江はその胸中に絶望的な予感を持ちながら、反芻する。
大雑把な見当を付けてから走り、何とか一旦見覚えのある場所まで戻り、そこでシティマップを確認し向かう筈であった目的地へと急ぐ。
大幅なタイムロスであった。加えて、それでも男のいる位置に確証がないという始末。
あまりにも無様。自らの未熟をこれ程痛感した日もなかっただろう。
汗がその白絹のような肌の上を流れ、荒れた呼気が空気を震わす。
強化の魔術を使い始めて、もう三十分を楽に越えていた。これだけの時間強化を維持するのは、清江にとって初めてであった。
しかし、それももう限界だった。
清江の魔術は、身振り手振りなどの動作を一定の型に嵌めて行う、“舞”によってコントロールされる。
ゆえに常日頃からその所作は繰り返されており、幼少から繰り返されてきたそれによって、今では無意識でも型通りの動きを身体は行うようになっている。
だが今は、蓄積された疲労がその型を崩そうとしていた。
コンディションの崩れは魔術の発動だけでなく、制御の失敗すら招く。そして制御の失敗は、死に直結する問題。
清江はその足を止める必要があったのだ。けれども、足を止める訳にもいかない。
ジレンマであった。
しかし幸運なことに、清江は程なくしてそのジレンマから解放されることとなる。
静まり返った通りを駆け抜けること、数分。
疲労で限界が迫っていた清江の、その目の前の角から、見覚えのある人影が姿を現した。
えっちらおっちらな様子で歩いているその人間の、さながらドブ川に浮かぶ魚の目としか形容の出来ないその双眸。
間違いなく、清江が急ぎ馳せ参じようとしていた男であった。
男も気付いたのか、その目を近付いてくる清江へと向ける。
「無事、だったのですか?」
「骨が何個もぼきぼきに折れてるのが無事なら、まあ無事なんじゃない? あー、痛たた………可憐ちゃん、なんか回復魔法プリーズ」
「そんな便利な業などありません。それに、命があるのです。男でしょう? 我慢してください」
「男女差別はんたーい。もっと平等に生きようや可憐ちゃん? 時代はインターナショナル、男も女もない関係ないって」
「差別などではありません、各々に与えられた役割というものです。屁理屈を言って誤魔化さないでください」
「痛いほどクールだねぇ、ホント可憐ちゃんは。もうちょっとサービスしてくんない? ほら、部下さんみたいに。動物的にペロペロと傷口舐めて治療するとか」
「怒りますよ?」
何時も通りの応酬をしながら、安堵と呆れの混ざったため息を清江は漏らす。
本人の申告通り、男の身体には多くの負傷があったが、しかし火急に命が危ないというものはないようであった。
しかし、清江はどうにも納得がいかなかった。
自身と同じく、男もまた罠にかかっていた筈である。風評を聞き知っていて張っていたのならば、自分よりもより規模の大きい罠にである。
にもかかわらず、なぜ男がこうも無事、否。命があって済んでいるのだろうか?
正直に言って、罠にかかったと判明したと同時に、清江はほぼ八割方、男の死を覚悟していた。
これは男の能力だとか力だとか、そういったレベルの話ではない。
清江の目の前にいる彼は、何よりも根本的に、自他の“命への執着”が欠けているのだ。
確かに殴られれば、反撃するだろう。溺れかけたら、泳ごうとするだろう。
しかし、それだけなのである。
男からは、命がどうなろうとも、別にどうでもいい。そういった考えが明け透けているのだ。
だから確実に死ぬだろうと予測できる状況に陥っても、積極的に予防しようとする行動を起こさない。常にマイペースな生き方を貫く。
死者の集団に追われながら走ることもせず、罠と分かっている状況であろうとも、むざむざそれにかかる。
どこまで行っても“本気”ではないのだ。
そんな男であるがゆえに、清江は彼が“窮地を脱して生き延びる”なんていう状況を想起することが出来なかったのである。
それだけの生へのハングリーなど、男にはないのだ。
では、なぜ男は生きているのだろうか?
考えても答えは出そうになく、清江は疑問をそのまま男へと問い質した。
「聞きたいのですが、いったいどうやって生き延びたのですか、貴方は?」
「簡潔な質問だね可憐ちゃん。わびさびがないよ、わびさびが。まぁ、どうでもいいけど。手を貸してくんない?」
プラプラ片手を揺らしながら求める男に、清江は仕方がないといった表情で頷いて肩を貸した。
華奢な外見によらず、思いのほか力強い清江の身体へと半身を預けながら、男は言った。
「にしても、この世界って何なんだろうねぇ………てっきり自分、シンプルにTYPE-MOONだと思っていたんだけど」
「タイプ、ムーン?」
独白なのか、問いかけなのか。はっきりとしない男の言葉に、清江が不可解そうに呟く。
意味は分からない。男はやはり何時も通り解説などせず、そのまま言葉を続ける。
「もしかして、実は色々混ざってたり? ちょっと聞くけどさ、可憐ちゃん。七つ集めると願いの叶うボールとか、そんな話って聞いたことある? アイテムとか伝説とかでさ」
「願い、ボール? ………いえ、すみませんが聞いたことがありません。何処かの伝承か何かですか、それは?」
「いんや、ただのエンターテイメント。そっか、聞いたことないかー。んじゃ、どういうことなんだろう。地球だけ混ざってなくて、宇宙の方が様変わりしてるのかね。だとしたらいるのかな。この宇宙の何処かに、あの星の地上げ屋とか」
「すみません。貴方が何を言っているのか、全く分かりません」
「んー、要するに助けられたってことだよ。こう、ご都合主義的に」
男はイマイチ要領を得ぬまま、清江に答えを教える。
ドブ川に浮かぶ魚の目を空へと向けて、何時も通りのマイペースのまま。
「変な服を着て尻尾を生やした、どっかの戦闘民族にさ」
その後、清江は入院している男に付き添い病院のベッドの上で、終わった依頼についての事後報告を受けた。
元凶である吸血鬼と、その傀儡であった死者たちは全て掃討を確認。この確認は市長子飼いの“ある部下たち”によって行われたらしく、絶対の保証が約束された。
また吸血鬼と密通していたカミラだが、夜の内に町を出て逃走していたものの、これもまた“部下たち”によって捕縛したと聞かされた。市長からは適当な処置を行うというメッセージが伝えられ、危険に陥った賠償として追加報酬がプラスされた。
以後カミラがどうなったか、清江は一切知らない。
そして男は市長による紹介で最高級の設備待遇を用いた治療を受け、約二週間ほどの入院の末に帰国することとなったのであった。
「素晴らしい仕事だったよ、ミスター。『系譜殺し』という名に、偽りはなかったということか。またいずれフリークスに関した依頼があるかもしれん。その時に備え、君とは良きビジネスパートナーとなりたいものだ」
帰国直前。最後に面談した時、市長はそう言って握手をした。
余談だが、なぜかこの時の面談には市長室ではなく、市役所の中の面会室が使われた。
聞いた話では市長室は現在改装中らしいのだが、いったい何が起こったのだろうか。
清江には知る由もない出来事であった。
日本という国の、一地方一都市一ビルの中の、その一室の中で。
退廃的な雰囲気を室内に蔓延させながら、主である男はドブ川に浮かぶ魚の目を彷徨わせていた。
ソファーに寝転び、手の届く位置にある机には冷茶の入れられたコップが置かれている。
部屋の隅では日課の掃除を行っている清江がおり、時折怠惰な姿勢を崩さない男へと向けて発破を飛ばしていた。
全くもって変わらない、何時も通りの事務所の一日であった。
しかし、今日はそこに一つだけ、変化が生じることとなる。
『只今速報が入りました、緊急のニュースです』
「あれ?」
「なんでしょうか?」
つけっぱなしだったテレビのニュースが、慌ただしくなる。
二人揃って画面へと目を向ける中、横から紙を貰ったニュースキャスターがその内容を述べた。
『今日午後未明、突如として南米アマゾン付近の熱帯雨林帯から、巨大な閃光の発生が確認されたとのことです。現地では一部の人々から閃光が発生する前後の時間で、爆弾が炸裂すかのような轟音を聞いた、地震のような揺れなどを感じたなどという報告なども未確認ながら寄せられており、軍の部隊が秘密裏の行動をしているのではないかというデマなどが飛び交っている模様です。またアマチュアの天文観測家の方たちから、閃光の発生が確認されたのとほぼ同時刻に、アメリカの人工衛星が原因不明の故障を起こしているという意見なども出されており、事態究明には並々ならざる困難が予想されそうです。なお、現地ブラジル政府ではこれらデマや………』
「きな臭い内容のニュースですね………大丈夫でしょうか」
眉を寄せて呟く清江の隣で、男があーと、口から間延びした音を出していた。
ニュースでは戦争発生の危機だとか、某国の秘密兵器の実験か? などといった物騒なテロップが出され、司会者たちや専門家たちが激しく弁を交わしている。
おそらく、この目の前の光景とそう変わらない内容のものが、今世界各地で繰り広げられているのだろう。
男はドブ川に浮かぶ魚の目を宙へ向けたまま、独り言のように小さな声量でボソボソと言葉を出した。
「そういえば、強い奴を知っているかって聞かれたから、テキトーに教えてたっけ? 確か南米にいる、とか。まさか、ホントにその足で探しに行くとはなぁ。これは予想外だった。でもいいのかね、こんなことして?」
そう言って口だけは悩んだ風にしていたが、男の表情はさして変わった様子もなかった。
程なく、その口から結論が出る。
「まぁ、別にどうでもいいか」
リモコンを手に取り、未だ騒がしいニュース画面を無視して、男はテレビのスイッチを切るのであった。
―――あとがき。
遅れてごめんなさい。長くなって御免なさい。英語が変で御免なさい。
覚えてる人いるかな? いませんか、そうですか。
次回更新出来たとしら、多分月姫編かな?
一読ありがとうございました。
感想と批評待ってマース。
『市長』
生家の関係でオカルトに関する知識を持つ、生けるパーフェクト超人。
確かな政治的な手腕と様々な方面への豊富なコネを持ち、加えてシュ○ルツ○ッガーばりな肉体を持つ。
一部の人たちからは将来の大統領も夢ではないと目される傑物。しかし本人としてはそれは、自身のオカルトに関する知識も含めた勘定だとして、妥当な評価とは思っていない。
現代に残る魔術・神秘などのオカルト全般を、時代の流れに消え損ねたガラクタだと判断しており、これからの人類文明に不要なもの断定。放っておいても今後百年の間に自然消滅するものとみている。
重度のトリガーハッピー。
大量の銃火器を己の政治力を駆使して貯蔵しており、合法的にこれを使用して暴れまわる機会を虎視眈々と狙っている。がしかし、自身の部下たちが優秀なためにその機会はほとんどなく、結果せっかく収集した大量の銃火器は死蔵された状態がデフォルトとなっている。
噂の『系譜殺し』の能力を確認するために、わざわざ解決できる案件を外部委託というで処理し、今回の事件を仕組んだ。ある意味影の立役者。
目論見通りの結果と予想外の幸運に恵まれ、本人はこの上なく満足している。
吸血鬼。
名もなきモブ。実はずっと遥か遠くに遡ると二十七祖に連なるために、今回の仕事でまた一つの派閥が滅んだ。
これで型月世界の吸血鬼人口は、軽く二十%近く減少している。
実は使われなかった設定に、超抜能力として普通よりも強力な催眠術を持っている設定で金の瞳を持っていたのだが、使うことはなかった。
色々と残念なヤツである。
カミラ。
クールビューティーな黒人女性で、実はサドエロい人。
ありきたりな永遠の美を求めるという動機で、吸血鬼に協力する。
洗脳された訳ではなく、完全な自分の意思での犯行である。
捕まった後にどうなったかは、神のみぞ知る。
まあエロい目にあったんじゃね?
????
オリジン・ブレイカー。
突如として世界に現れた、謎の存在。
正体不明、素性不明、経歴不明な何もかも分からない、吸血鬼や魔術師などという半端なオカルトなんぞよりも、ミステリアスに包まれた存在。
これまで世界各国の頭痛の種であったORTをいきなり消し飛ばすという、華々しいデビューによって世界に認知される。
この魔法使いよりも即物的で、なお且つ強大な上に迷惑でしかない野郎の存在に、世界各国は喧々囂々の騒ぎの中対策を急いでいる。
実は世界的に見て、相性が致命的に悪い人。そのため何度か死にかけることになったりする。
サテライト・マァキュリー。
突然参上しスピニングTMに乱入した、期待の超新人。
クール電波系長髪巨乳ビューティー。常識外れの身体能力で全てを力尽くで行く、衛星軌道からの使者。
実はその正体は本体が急ごしらえで作った端末。本体は現在、衛星軌道上で再生中で、再生完了までの見込み時間はおおよそ百年ほど。
当てなく全国を流浪し意味なく場を混乱させている。本人の目的は行方不明の父親を探し出し、自分の存在を認知してもらうこと。
血液から取り込んだ父親の情報によってか、父親と似た尾が生えていたりする。
後に全宇宙三味線化計画のため、グレート・キャッツ・ガーデンにアイキャンフライ。ネコアルクたちとの何時果てることもない、仁義なきバトルを繰り広げる。