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【from Editor】「さくらんぼ」の持つ意味
今夏はご多分に漏れず、山形も猛暑に泣かされた。「フルーツ王国」を標榜(ひょうぼう)する県だけに、影響は大きかった。果物は色落ちし、米は出穂(しゅっすい)時期が平年より早まって早刈りを余儀なくされている。
山形といえば、サクランボだ。サクランボの中でも、「女王」とされる「佐藤錦」は同県東根市で生まれた。桐(きり)箱にきれいに並べられた真っ赤な粒は、時に1個数千円で取引され、「赤い宝石」ともいわれる。
同市のホームページによると、佐藤錦の生みの親は、故佐藤栄助氏。政府は明治の初め、全国20県にサクランボの苗木を配布し、栽培を試みていたが、収穫時期がサクランボの嫌う梅雨と重なるため、山形で細々と栽培されているだけだった。山形は梅雨の降雨は少ないが、それでも、赤く熟す前の「黄色いサクランボ」で納得するしかなかった。
佐藤氏はそんな苗木を買い取り、10年以上も交配を繰り返し、ようやく「食味が良くて、日持ちもいい」という山形にとっての救世主を世に出した。昭和3年のことである。「砂糖のように甘い」という意味も込められ、最高級ブランドとして全国区になった。
そんな東根市で“事件”は起きた。来春開校予定の市立「さくらんぼ小学校」が、アダルト系美少女アニメサイト「私立さくらんぼ小学校」と同名ということで、市側が校名変更に踏み切ったのだ。 土田正剛市長は当初、「正々堂々とつけた名前なので、変更の必要はない」と断固たる姿勢を見せていたが、その翌日、「児童の安全・安心を担保できない」として前言を翻した。「ネット社会の力を改めて認識した」という言葉に、苦渋の決断がにじんだ。
昨今のその種の犯罪の多発ぶりをみると、市長の胸中もわからないではない。しかし、サイト側は「さくらんぼ」が持つみずみずしくかわいいイメージをねじまげ、マニア受けを狙ったネーミングにすぎない。
一方、東根市や山形県にとって、サクランボは誇り、こだわる理由は十分すぎるほどある。実際、東根市の新幹線停車駅名は「さくらんぼ東根」、地元・山形銀行のマークはサクランボなど、街中にサクランボがあふれる。
市は28日の市議会最終日に新名称を提出する予定だ。まだ、時間はある。市側は「さくらんぼ小学校」に戻せないか。サクランボに生涯をかけた佐藤翁も、草葉の陰できっとそう思っているに違いない。(山形支局長 菊池昭光)