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 またまた長らくお待たせしました。第九話(中)になります。
 どうぞ、お楽しみください。
第九話(中)
 《セブンスミスト》。
 豊富な品揃えとお手頃価格を武器に、学園都市でも最大手に上り詰めた複合服飾販売店(アパレルショップ)の名称だ。
 お洒落はしたいが、常に懐と相談せざるを得ない学生達に対し、品揃えと価格の両面で応えるこの《セブンスミスト》の人気は高い。
 そのため、支店の一つである第七学区支店は今日も学生達で賑わいを見せている。

 そして、その賑わう店内の一角。
 友人の初春ういはる飾利かざり佐天さてん涙子るいこと共にここを訪れていた御坂みさか美琴みことは、視線を釘付けにされたまま惚けたように立っていた。

(……)

 洋服店の店内で視線を釘付けにするものと言えば、順当に考えれば服であろう。
 現にトリップ一歩手前にしか見えないキラキラと輝く美琴の瞳は、展示された一つの寝間着パジャマに向けられている。

 夏らしい半袖。生地の色はピンク。
 柄は大小散りばめられたカラフルな花柄。
 裾にはヒラヒラとしたフリル付き。

 一言で表すなら、まさに“少女趣味の塊”。
 それが学園都市が誇る超能力者(レベル5)の第三位たる《超電磁砲レールガン》、御坂美琴の心を射止めた寝間着の一般的な視点からの評価であった。
 だが、同時にそういうものに目がない人間にとっては実に魅力的な品と言える。
 美琴の場合は、間違いなく後者に当たるだろう。

「ねえねえ、これすっごく可愛い…―」

 しかし、大多数は一般的な視点……つまり、前者の見解を持つに違いない。
 これは初春と佐天という美琴の友人達にも当て嵌まった。

「うわー…見てよ初春、このパジャマ。こんな子供っぽいの今時着る人居ないよねー」

「小学生の時くらいまではこういうの着てましたけど、流石に今は……」

 故に嬉々と隣に立つ友人達に同意を求めようとした美琴の言葉は、佐天と初春が順に発した評価の言葉に遮られる。
 その評価は発した本人達の意図しないところで、美琴の心を貫く強力な徹甲弾へと姿を変えた。
 二発の徹甲弾は美琴の心を続け様に穿ち、撃ち抜かれた美琴は顔を引き攣らせながら、寝間着に向けていた人差し指を力無く下ろす。

「そ、そうよね! 中学生にもなってコレは無いわよね! うん!無い無い!」

「「?」」

 どうやら美琴は遅蒔きながらに自らの迂闊さに気がついたらしい。
 彼女の隠れた――隠しきれているかはかなり微妙だが――少女趣味。
 それは学生寮の同じ部屋で暮らすルームメイトで御坂美琴(お姉様)至上主義者な白井しらい黒子くろこですら、若干引くという筋金入りの代物である。
 ならば、それ以外の人間がその事実を知った時の反応など想像に難くない。
 故に徹甲弾の荒療治で多少冷静になった美琴は、慌てて場を取り繕うことで事態の隠蔽を図ったのだ。
 幸いにもこれは功を奏し、初春と佐天の二人は美琴の妙な反応に首を傾げつつも追求することは無かった。

「あ、私ちょっと水着見てきます」

「ああ、水着ならあっちにありましたよ」

「本当?」

 少々奇妙な沈黙が続いたのだが、その間にここを訪れた目的を思い出した佐天が美琴に一言断ってから移動を始めた。
 そして、ここの常連であるらしい初春は、佐天の言葉を聞き、彼女の案内へと赴く。

(……いいんだモン。どうせパジャマなんだから、他人に見せる訳じゃないし)

 一方、美琴はそんなことを考えながら、奥へと向かった二人の様子をちらりと横目で窺う。
 と言うのも、美琴は根本的には諦めていなかったのだ。
 何を諦めていなかったのかと言うと、あのファンシーな寝間着を着てみたいという思いを、である。
 先程は取り繕うためにああ言ったものの、寝間着が美琴の琴線に触れたという事実に変わりはない。 

 美琴はもう一度、気取られぬよう横目で二人の方を見た。
 すると、佐天と初春がやや離れた位置にある水着コーナーで二人仲良く水着を見ている光景が確認できる。
 こちらの方を見る気配は無い。ならば、今が好機チャンスだ。

(よーし、今のうち……一瞬合わせてみるだけだから!)

 内心決意してしまえば、後の彼女の行動は電撃使い(エレクトロマスター)の名に恥じぬ迅雷の如き速さで行われた。
 並べられていたピンクの寝間着の一着をさっと手に取り、近くにある姿見の前にざっと移動する。
 傍目見れば挙動不審極まるが、そこに突っ込んではいけない。
 美琴にとっては、そんな些細な事よりも自身にこの可愛い寝間着が似合うかどうかの方が重要なのである。

「んー…似合ってるとは思うが、夏場に暖色のピンクは暑くないか?」

「え? ……そう言われてみると」

 そして、その重要な案件に関する横からの声に美琴は姿見の中の自身を凝視した。
 確かに今は夏場である。暑苦しい気分になってしまう暖色は避けた方が良い気がしないでもない。
 しかし、折角見つけた可愛い寝間着を手離すのも惜しい。
 だが、やはり暑苦しい気分になるのは避けたい。
 そんな葛藤が美琴の中に巻き起こった。

「ほら、こっちのを試してみたらどうだ? 色合い的に涼しげだと思うぞ」

 その美琴の葛藤に切り込むような言葉と共に、美琴の手に一着の寝間着が手渡される。
 葛藤していた美琴は特に気にせずそれを受け取り、同じように姿見で自身と合わせてみた。

「あ、これ可愛い……」

 結果、彼女の琴線は再び揺れることとなる。
 手渡されたのは白を基調に、水色の肉球を模した絵柄で飾った寝間着であった。
 夏場に似合う涼しさを醸し出す白と水色の色合い。
 加えて、柄である大小の肉球プリントの可愛さは美琴のツボをしっかりと抑えている。
 先程の寝間着とはアプローチの仕方こそ違うものの、美琴のストライクゾーンを捉える逸品と言えた。

「これにしようかな」

「即決して良いのか?」

「気に入ったから良いのよ。私が着るパジャマなんだし……――ッ!?」

 そこで漸く美琴は“気がついた”。
 次の瞬間には、瞬間湯沸し器になったかのように一気に顔が真っ赤に染まる。
 その顔の紅潮が完熟トマトといえる状態まで達した直後、美琴はその場からまるで猫のように勢い良く飛び退いた。

「な、ななな、何でアンタがここに居んのよ!」

 ズビシッ!という擬音が聞こえてきそうな勢いで、美琴はある方向に人差し指を突き付ける。
 ちなみに羞恥に染まった恨めしそうな視線もセットだ。

「いや、用事があって来てたんだが……」

 そして、その人差し指を突き付けた方向。
 そこには美琴の猫じみた反応に若干驚きの顔を見せている山城やましろ扶桑ふそうの姿があった。

「よ、用事って、このフロアは女物の―…」

「ジャッジメントのおにいちゃん!」

 次なる言葉を繰り出そうとした美琴であったが、山城の方に誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
 その人物は小学生低学年くらいの少女。
 美琴はその少女に見覚えがあった。

「あ、トキワダイのおねえちゃんだ!」

「ああ、鞄の……もしかして、用事って、この子?」

 昨日の偽風紀委員(ジャッジメント)の件で知り合った少女の思わぬ登場に驚きの声をあげた美琴は、隣に立つ山城に確認を行なう。
 対する山城の答えは肯定であった。

「まあ、そんなところかな」

「あのね、おにいちゃんたちにつれてきてもらったんだ。わたしもテレビのヒトみたいに、おようふくでオシャレするんだもん!」

「そうなんだ。今でも十分お洒落で可愛いわよ」

 山城の言葉の後に、少女はにこにこと無垢な笑みを浮かべながら言う。
 その様子に美琴は思わず顔を綻ばせ、少女の頭を撫でた。

「ところで、連れって……他にも誰か居るの?」

「ん? ああ、それはだな―…」

「山城、ここに居たのか」

「…―丁度良いタイミングで登場したコイツだ」

 美琴の問いに山城が答えようとした矢先、くだんの人物……上条かみじょう当麻とうまが姿を現したため、山城は片手で彼を示す。
 上条は山城が誰を相手に話しているのか首を傾げながら歩み寄ってきたが、美琴の姿を確認するや否や顔を引き攣らせた。

「げっ、ビリビリ中学生」

「アンタか……ビリビリ言うなって言ってんでしょうが」

 普段の美琴なら上条の失言が耳に届き次第、脊髄反射とばかりに電撃を見舞っていただろう。
 しかし、今回は少女が近くに居たため、彼女はしっかりと自制した。
 尤も百獣の王も全力で逃げ出しそうな怒気を電撃の代わりに上条へ放ってはいたが。

「い、今の失言はわたくしが全面的に悪いです。はい」

 流石の鈍感上条でも放たれる凄まじい怒気は感じ取れたらしく、渾身の謝罪を実施する。
 だが、自制したが故に電撃という形で手っ取り早く鬱憤を発散出来なかった美琴の怒気は治まらない。じっとりとした視線を上条に送るだけだ。
 結果、一番効果的と思われた謝罪の選択肢を使用した上条は残る行動コマンドを試す余裕も作れず、おろおろとする他は無い。

「ねえねえ、おにいちゃん。あっちみたい!」

 そのままずっとおろおろしていると思われた上条であったが、唐突に彼のワイシャツの裾が少女の言葉と共に引っ張られた。
 これが少女の意図しないところで上条への助け舟となる。

「え? ……おお、分かった。それじゃ山城、俺は先に行ってるぞ」

 渡りに船とばかりにその助け舟にしがみ付いた上条は山城に先に行く旨を伝えた後、少女の手を引き、そそくさと奥の方へと歩き出す。
 見事な逃げ足……もとい、戦術的撤退だ。
 そんな上条を美琴は半目で睨み付けるように見送る。

「じゃあね、おねえちゃん! バイバイ!」

「ん、バイバイ」

 だが、そんな美琴も手を振る少女には優しげな視線を向け、小さく手を振り返した。

「うーん……不幸って、失言率も上がるもんなのかな」

 一連のやり取りを横から見ていた山城は感心したようなそうでないような表情で呟く。

「何を妙なこと言ってんのよ、アンタは」

 山城の呟きが聞こえていたらしい美琴が、山城の方を振り返る。
 上条に対しての怒りを引き摺っているのか、それとも先程の山城本人とのやり取りの方を根に持っているのか、やや言葉に棘が残っているように思える。

「まあ、そんなことは良いわ。それよりもさっきの事は黙ってなさいよ。良・い・わ・ね・?」

 どうやら後者の方であったようだ。顔が少しだけ赤い。
 ただし、羞恥の赤だけではなく、上条との不完全燃焼分も混じった怒りの赤も多少混じっているらしく、パチパチと極めて不穏な音が美琴の周りから聞こえてくる。

「わ、分かった分かった。俺は何も見てないし、何も言わない」

 流石の威圧感に山城は穏便に済ませることを選択する。
 故に彼は後退りつつ、美琴の要請――と書いて脅しと読む――を受け入れた。

「えーと、それじゃ俺も二人を追い掛けないと」

 そして、より後ろに後退っていた右足を基点に回れ右をして、山城は上条と少女の立ち去った方向に駆け出す。
 こちらも上条に負けず劣らずの逃げ足……否、戦術的撤退術である。
 あっという間にその姿は見えなくなってしまった。

「……ハァ」

 それを見送った後、美琴は小さく溜め息を吐く。
 どうもアイツ等が相手だと、調子を狂わされることが多い。
 しかも、それぞれで質が違うのだから対処に困る。

 そんなことを考えながら、上条が来た際に咄嗟に後ろ手にして隠していた寝間着に目線を落とす。
 どさくさに紛れて山城が手渡してきた白地に水色の肉球プリントの寝間着だ。

(どうしよう、これ)

 悔しいことだが、やはり可愛い。
 だが、山城が選んだものだと考えるとやはり悔しい。
 しかし、それでも可愛いことには代わりはない。
 買うべきか、買わざるべきか。

 結局、その美琴の葛藤は初春と佐天が戻ってくるまで続けられることとなった。



 ▼ ▼ ▼



「あれ? 当麻、あの子はどうした?」
 
 その頃、美琴から無事に逃げおおせ、上条と合流した山城は疑問の声を発していた。
 と言うのも、合流した上条の隣に少女の姿が無かったのだ。

「ちょっとトイレに行ったよ」

「! ……そうか」

 上条の話を聞き、山城が僅かに顔色を変える。
 彼の記憶の片隅にある原作知識が、頭の中で警鐘を鳴らしていた。
 このまま少女を一人にしてはいけない、と。 

「どうかしたのか?」

「実は俺もトイレに行きたくてさ。ちょっと行ってくるから、行き違いであの子が戻ってきたら頼むよ」

 手短に上条に告げると、山城は踵を返した。
 今ならまだ間に合うはずである。

 ……あの少女を巻き込ませる訳にはいかない。
 山城はそんな思いを抱きながら、その足を速めた。



 ▼ ▼ ▼



 妙な形のアルミ缶の破片。
 中途半端に折れたアルミニウム製のスプーン。
 爆発で焼け焦げた縫いぐるみの残骸。

「……ハァ」

 それらが置かれているのと同じ机の上に腰掛けていた白井黒子は、深い溜め息を吐く。
 風紀委員第一七七支部が僅かに確保できた連続虚空爆破(グラビトン)事件の証拠物件達。
 だが、精々材質がアルミニウムであったり、中にアルミニウム片が仕掛けてあったという共通点しか無く、読心能力者(サイコメトラー)が調べても何も感知出来なかったため、その証拠としての能力は芳しくない。
 結果として、捜査進展状況はまるで牛歩。これでは本当に溜め息しか出ない。

「もしかして、手口は同じだけど同一犯じゃない……とか」

「まさか」

 黒子と同じく証拠物件を前に考え込んでいた固法このり美偉みいが閃いたかのように推理を口にするものの、黒子はそれをばっさりと切り捨てる。

「……言ってみただけ。あまりにも関連性が見えないから」

 尤も言った本人もあまり良い推理とは思っていなかったようだ。

 と言うのも、既に爆発の威力は大能力者(レベル4)の半ばに近い。
 そんな強度レベルの能力を持ち、さらには書庫バンクから漏れているような人物が、複数も居ては堪らないだろう。


「急ぎませんと、また次の犠牲者が出るかもしれませんわ」

「せめて手掛かりを見つけないと……同僚が九人も負傷しているし」

 固法の言葉に黒子は内心頷く。
 確かに現状では、捜査そのものが雲を掴むような状態なのだ。
 何らかの行動パターンや犯人の目的に繋がるような手掛かりは必要である。

 しかし、その手掛かりが得られぬまま、この場で頭を捻っているのも事実。
 そして、連続虚空爆破事件に巻き込まれ、負傷した風紀委員も九人を超えているのだ。
 捜査は進まず、人的被害は増えている。
 いい加減、胸中に湧き上がってくる焦りの気持ちを抑えることが難しくなっていた。

(とはいえ、やはり捜査に焦りは禁物ですの)

 だが、黒子はそう思い直し、手にしていたマグカップを傾け、中の紅茶ごと焦る気持ちを飲み込む。
 ……そこで黒子ははたと気が付いた。

「……九人?」

 ぽつりと呟く。
 連続虚空爆破事件が始まったのは、ここ一週間の話だ。
 最初こそ悪戯のような規模であったが、さらにここ数日で急速に殺傷能力を帯びてきている。
 そのため、避難誘導に駆け付けた風紀委員の被害者が増えてきていた。
 理屈としては分からないでもない。

 だが、それにしても。
 それにしても、である。

「ん? どうかした?」

「幾らなんでも多すぎません?」

 あまりにも“多い”のだ。
 風紀委員の被害者の数が。

 黒子の言葉が場に水を打ったかのような沈黙を齎す。
 しかし、その沈黙の裏でバラバラであったはずのピースが組み上がったような感覚が二人には感じられた。

「! まさか、ターゲットは!」

 そして、その答えに二人が辿り着いた時、机上に置かれていたノートパソコンが激しい警報音を室内に撒き散らした。
 ここ数日で嫌と言うほど聞き慣れてしまった警報音に、二人は半ば条件反射的にノートパソコンの画面に目を向ける。

「衛星が重力子の加速を確認!」

「えっ!?」

 警報音と共に画面に表示された情報。
 それは学園都市が保有する監視衛星の一つが観測した重力子の異常加速……すなわち、虚空爆破による爆発の前兆であった。

「観測された場所は何処なんですの!?」

「第七学区の洋服店……《セブンスミスト》の店内よ! すぐに警備員アンチスキルに出動を要請するわ!」

 黒子の問いに答えながら、固法は次々に更新される情報ウィンドウから必要な情報だけを選び出していく。
 どうやら観測されたのは比較的初期の加速であり、爆発直前の終末の加速では無いようだ。
 しかし、加速が進めば、やがては限界に達する。
 その前に手を打たねばならない。

「分かりましたわ! 私は取り敢えず、初春を呼び戻しますの!」

 懐から携帯電話を取り出しながら、黒子は言った。
 現在、第一七七支部内には彼女と固法しか居ない。人手の確保は急務である。

 アドレス帳から初春の電話番号を選ぶと、黒子は電話を掛ける。
 そして、数コールの後、初春がその呼び出しに応えた。

『はい。もしも―…』

「初春! 虚空爆破事件の続報ですの!」

 焦りからか意図せぬ大声が出たが、黒子はそれに構わず、話を続ける。

「学園都市の監視衛星が、重力子の爆発的加速を確認しましたの!」

『か、観測地点は―…』

「今、近くの警備員アンチスキルを急行させるよう手配していますの! 貴方は速やかにこちらに戻りなさい!」

『ですから! 観測地点を!』

 黒子の一方的な言葉の雨を前に一度質問を遮られた初春だが、語気を強め、再度黒子に問い掛けた。

「第七学区の洋服店、《セブンスミスト》ですの!」

『……《セブンスミスト》?』

 黒子の答えに電話口の向こうの初春は、確認するように単語を呟いた。
 第七学区。洋服店。《セブンスミスト》。
 何れも先程まで見聞きしていた単語ばかりだ。
 だが、それもそうであろう。

『丁度良いです! 私、今そこに居ます! すぐに避難誘導を開始します!』

 彼女が居たのは、まさにその現場セブンスミストなのだ。
 “好都合”。何も知らぬ初春はそう感じただろう。

「初春!? もしもし? もしもし!?」

 しかし、“知っている”黒子にとって、電話口の初春が放った言葉は“最悪”のものであった。
 黒子は慌てて携帯電話に呼び掛けるが、初春は既に通話を切ってしまったらしく、黒子の耳に返ってくるのはツーツー、という虚しい電子音だけだ。

「何ですって……」

「初春さん、どうかしたの?」

 唖然と通話の切れた携帯電話を凝視する黒子。
 その様子にただならぬものを感じた固法が黒子に問い掛ける。

「……初春が《セブンスミスト》に居るらしいんですの」

「ええっ! ちょ、ちょっと、それって、まさか!」

 黒子と同じく“知っている”固法は焦りの色を顔に浮かべる。

 先程、二人が導き出した連続虚空爆破事件の一つの関連性と予測。
 それが黒子と固法の焦燥に繋がっていた。

「あの予測が正しければ、恐らく次のターゲットは……」

 すなわち、避難誘導に駆け付けるであろう“犯行現場周辺の風紀委員”を狙った犯行、という予測。
 そして、この予測が当たっているのなら、今回の標的は《セブンスミスト》に居る風紀委員……初春飾利である可能性が高い。

 最早、状況は別の意味でも一刻を争うものに変わりつつあった。

「固法先輩、私は《セブンスミスト》に向かいますわ!」

「分かったわ。他の部署への連絡は私の方から……! 白井さん、ちょっと待って!」

 固法の了解を得たため、文字通り飛んで《セブンスミスト》に向かうべく、空間移動テレポートの演算を開始しようとしたた黒子を固法は呼び止めた。

「監視衛星からの続報よ。重力子の加速が鈍化……いえ、停止したらしいわ」

「えっ! まさか爆発してしまったんですの!?」

「それとは違うみたい。爆発の時に見られる重力子の拡散は無いのよ」

 一体どういうことなのだ、と黒子は黙考する。

 爆発はしていないが、重力子の加速は治まった。
 今まではない事例。
 それが黒子の困惑を誘った。

「犯人側に何か予期せぬ事が起こった可能性もあるわ。……兎に角、今のうちに《セブンスミスト》に向かって頂戴」

「了解ですの」

 しかし、どちらにせよ、現場には向かわねばならないだろう。
 一度でも重力子の加速が観測されたのは事実。犯人が周囲にまだ残っている可能性があるのだ。
 黒子はそう思い直すと、それまでの思考を止め、代わりに空間移動の演算を再開した。
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