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 山奥に軟禁されること二週間。
 ソロモンよ、私は帰ってきた!



 大変お待たせしました。第九話(前)です。
 お待ちになってくれていた方は勿論のこと、特に待っていないという方も是非お楽しみください。

※2010/9/21 11:20 一部修正
第九話(前)―とある事件の虚空爆破(グラビトン)
 学園都市に存在する多くの学校は、夏休みの二週間前には全ての学力試験を終えるように取り決めがされている。
 何故、このような取り決めがあるかと言うと、この学力試験後から夏休みまでの二週間という期間が各校に身体検査システムスキャンを実施するための期間として提供されるためだ。

 身体検査はその種類の多さや内容の複雑さから、兎角に時間が必要であり、また検査の内容によってはその分野を専門とする開発官デベロッパーが立ち会う必要が生じる。
 故に同じ日に一気に全ての学校で身体検査を行なう、というわけには行かず、二週間という長めの期間内に各校が順番に身体検査を行なうという訳だ。
 尤も学生達にとってはその辺りの事情は正直なところ、どうでも良かったりする。むしろ、生じる副次効果の方に興味と関心が向かうだろう。

 副次効果。それは身体検査後に残る期間が全て、短縮授業ないし午前授業になる点だ。
 これは先の理由で既に学力試験が終わっているため、夏休み前に下手に単元を進めるよりは……という考えに則った処置である。
 何だかんだで遊びたい盛りの学生達にとっては、嬉しい話と言える。

 そして、今日という七月十八日の昼下がり。
 副次効果を大いに満喫する学生達で溢れる第七学区の街角。
 その一角にあるファミリーレストランの前に、対照的な表情を浮かべた山城やましろ扶桑ふそう上条かみじょう当麻とうまの姿があった。

「ゴチになりました」

「……相変わらず容赦無く食べてくれやがりますね」

 片や満足げな表情で腹を擦る山城。
 片や紙で出来た現代貨幣社会における戦士達――主に野口さん――の散華により、一気に寂しくなった財布を沈痛の面持ちでポケットに仕舞う上条。
 ……何かこう、ある種の形式美すら感じられる明暗の一例である。

「いやいや、昨日逃げたお詫びに奢る……なんて言われたら、どう考えても食べなきゃ損だろ」

 上条の恨み節を右から左に受け流し、山城は言う。
 と言うのも、本日の朝に山城宛に上条から送られてきたメールが全ての発端なのだ。
 その内容は昨日の一件――脱ぎ女こと木山きやま女史との遭遇から上条、魂の咆哮のち逃亡までを指す――で、彼を置き去りにする形でバイト先に逃げたお詫びに昼食を奢る、というもの。
 山城はそれを承諾し、昼食をご馳走になっただけである。ただし、ほぼ遠慮せず、上条の財布に会心の一撃を与えんばかりに、だが。

 尤も良く食べる方の山城であるが、それでも普通は限度は存在する。
 だが、上条にとって不幸だったのは、本日はその限度が平時の遥か上に存在したことだろう。
 もちろん、これは上条の奢りだからと山城が上限を自身の意思で引き上げた訳ではない。

「それに実は昨日の夜辺りから碌に食べてなくてさ。ナイスでグッドなタイミングだったんだよな」

 その理由は単純にして明快。山城扶桑は純粋に飢えていたのだ。
 しかし、何故飢えていたのだろうか。それを説明するには、多少時間軸を遡らねばならない。

 昨日、七月十七日の夕方。
 山城扶桑は学園都市統括理事会のメンバーである貝積かいづみ継敏つぐとしのブレーンを務める少女、雲川くもかわ芹亜せりあの呼び出しに従い、夕食を取らずに出勤していた。
 その際に行なった仕事はアメリカ中央情報局(CIA)を相手取ったスパイ大作戦。
 相手が相手だけあり、全てが終わったのは日を跨いだ午前一時過ぎであった。

 帰り足に何処かで軽い夜食をと思っていた山城だが、運悪く夜間巡回中の警備員アンチスキルの高速警邏車両に呼び止められること二回。
 最終的には貝積発行の夜間外出許可証のお蔭で解放されたものの、確認作業に時間を奪われたため、学生寮に辿り着いたのは午前三時過ぎという有様だった。
 無論、夜食を買う暇、食べる暇は共に存在していない。

 ならば朝食まで我慢しようと泣く泣く午前四時ちょっと前に寝床に入った山城。
 しかし、翌朝には華麗な寝坊という現実が彼を出迎えてくれた。
 朝食を食べる暇があったか、と聞くのは野暮なことだろう。
 ……と言った具合にずるずると山城は、先程まで食事の機会を失し続けていたという訳だ。
 そこに運良く――上条にとっては運悪く――舞い込んでいたのが、上条が支払い持ちの昼食会だったのである。

「つまり、上条さんにとってはバッドでアンラッキーなタイミングだった訳ですね。分かります……不幸だ」

 僅かに残った幸せすら吹き飛ばしてしまいそうな勢いの溜め息を吐く上条。
 その姿に山城の胸中に、今更ながら罪悪感が湧き上がる。

(流石に六千円は食い過ぎたか……今度はこっちから何か奢るか)

 内心そう決意した山城は、取り敢えず上条を励ます作業を開始した。



 ▼ ▼ ▼



「えーと……」

 花柄のついたピンク色の小さな鞄を肩に掛けた小学校低学年くらいの少女が第七学区を歩いていた。
 少女は地図を片手にきょろきょろと辺りを見回す。しかし、彼女が目的としている建物は見当たらない。

「……こまったな」

 少女にとって、この辺りは初めて来る場所である。
 頼みの綱は手にしている地図一枚。
 だが、やはり地図で見るのと実際に見るのでは勝手が違うらしく、少女は既に迷いかけていた。

 地図というものは一度でも悪いツボに嵌ってしまうと、何処で道をたがったか解らなくなり、余計に混乱してしまう可能性を持つ。
 この時の少女は、まさにその一歩手前であったと言えた。
 
「あれ?」

 しかし、そんな迷子予備軍の少女に一つの幸運が舞い降りる。
 地図と風景を照らし合わせるように周囲を見回していた際に、目の前から歩いてくる二人の人影に気がついたのだ。

 一人はつんつんと立った髪の毛が特徴的な半袖ワイシャツに黒いスラックス姿の高校生くらいの少年。
 そして、もう一人は灰色の半袖ワイシャツに黒いスラックスという出で立ちの同じく高校生くらいの少年。

「あ! ジャッジメントのおにいちゃん!」

 このうち、少女は灰色半袖ワイシャツの少年に見覚えがあった。
 それは昨日、彼女の鞄を探してくれていた“偽”風紀委員ジャッジメントこと山城扶桑であった。

「え?」

 一方、山城は少女の口から発せられた“風紀委員のお兄ちゃん”という単語が、自身を指していることに最初は気がつかなかった。
 それもそのはずであり、彼はあくまで昨日限りの“偽”風紀委員なのである。
 今日は“偽”風紀委員モードではないし、腕章を身に付けてもいる訳でもない。
 風紀委員に間違われる要因など見当たらなかったからだ。

 だが、こちらにパタパタと駆け寄ってくる昨日の少女を見て、山城は風紀委員に間違われた理由を納得した。

「えーと、あの子はどちら様で? つーか、山城って風紀委員だったのか?」

「あの子は知り合いだ。それと話すと長くなるから省くが、少なくとも俺は正規の風紀委員じゃない」

 だが、山城と違い、状況を飲み込めていない上条は頭に複数の疑問符を踊らせる。
 その上条の疑問に手短に答えた山城は、走り寄ってくる少女の目線と同じになるように屈みながら、彼女に声をかけた。

「昨日の鞄の子か。こんにちは」

「きのうはありがとう、おにいちゃん!」

「どういたしまして、っと……お、今日はしっかり持ってるみたいだな」

 山城は少女が昨日の鞄を身に着けているのを確認すると、顔を綻ばせながら言う。
 それに答えるように、もう絶対に無くさないんだもん、と少女は小さな鞄を大事そうに胸元に掲げた。
 その意気なら大丈夫だ、と山城は少女の頭を優しく撫でる。

 傍目見れば、仲の良い兄妹に見えたかもしれない。
 ちなみに上条には実際にそのように見えていた。

「そういえば、今日はこんなところでどうしたんだ?」

 少女の頭を撫で終えた山城だが、新たに湧いた疑問を口にする。

「あ、えっとね、ふくやさんをさがしてるんだけど……ばしょがよくわからなくて」

「服屋?」

「ここにかいてあるおみせなの」

 山城の言葉に少女が手にしていた地図を山城に差し出す。
 その地図を山城は受け取ると、目を通し始めた。
 隣の上条も気になったのか、山城の持つ地図を横から覗き込む。

 地図には学園都市の学区の中でも、航空宇宙開発の拠点となっている最大の第二十三学区と並ぶ面積を持つ第七学区のうち、山城達が今現在居る場所の周辺……第七学区有数の商業区画が図示されていた。
 そして、後から手書きで付け足されたらしい赤い丸が地図上に描かれた一つの店舗を囲んでいる。
 ここが彼女の目的地のようだ。

「「……えーと、《セブンスミスト》?」」

 二人はほぼ同時に店名を読み上げた。

「なるほど。ここに行きたいのか」

「うん! テレビでオシャレなひとはそこにいくってやってたの!」

 山城の言葉に少女は元気に頷く。
 それを確認した山城は、自身の胸をトンと握った拳で叩いた。

「よし、それなら俺達が案内するとしよう。当麻、スマンが付き合ってくれるか?」

「ああ、いいぜ。特に用事も無いからな」

 こうして、二人の少年は小さな少女のエスコートを行なうこととなった。



 ▼ ▼ ▼



「そういえば、ジャッジメントのおにいちゃんはきょうもおしごと?」

「え? ああ、えーっと、昨日が特別だったというか何と言うか……ははは」

 そんな会話がゲームセンターの店頭にあるクレーンゲームを興じていた眼鏡の少年の耳に届いた。
 携帯音楽プレイヤーのイヤホンを耳に付けていた少年だったが、耳に届いた会話はすぐ近くで行われたらしく、聞き取ることが出来たらしい。
 その会話に含まれていた“風紀委員”という単語に少年は反射的に後ろを振り返る。

 すると、彼のすぐ後ろを二人の男子高校生と小学生らしき少女と並んで通り過ぎていった。
 様子から察するに、腕章は付けていないようだが、風紀委員の少年は半袖の灰色ワイシャツを着た男子高校生の方らしい。
 眼鏡の奥にある少年の瞳が、愉悦で細められる。

 ……今日の狙いはアイツだ、と。

 少年は黒い手袋を嵌め、先程まで興じていたクレーンゲームの戦利品……相撲取りのような格好をした蛙の縫いぐるみを取り出し口から取り出す。
 それを片手に持ち、少年は直ぐ様に三人を追い掛ける。
 折角の獲物を逃がす訳には行かない。

 そして、三人を尾行し始めてから間も無く。
 少年は三人が消えた建物の前で足を止め、その建物を見上げた。
 学園都市では、比較的有名な《セブンスミスト》と呼ばれる大手服飾チェーン店。
 その第七学区支店の姿が、少年の目に焼き付けられていた。

(皆、まとめて吹き飛ばしてやる)

 逸る気持ちに導かれるままに店内に入ろうとした少年であったが、その直後、ふと目に入ったある物に再び足を止める。

 少年の目が捉えたのは、とある腕章。
 三人組らしい少女達の一人。花をあしらった髪飾りを身に付けた少女の腕にある風紀委員を示す腕章であった。

「ククク……」

 その少女達が《セブンスミスト》店内に入っていく光景を見送った少年の顔には、笑みが浮かんでいた。
 いや、笑み崩れていたが正しいだろうか。

(スゴイッ!スバラシイッ!)

 不気味に笑み崩れる少年は胸中で狂喜する。
 憎き無能な風紀委員が、のこのこと二人も。
 これは神が自分にくれた新しい世界を作る大好機チャンスに違いない。
 狂気に酔う少年はそう信じて疑わなかった。

 もし、この場に相手に触れずに心を読み取れる高位の読心能力者サイコメトラーが居たのなら、彼の思考を読み取った瞬間に警備員アンチスキルに通報していたに違いない。
 だが、生憎この場には少年を止めるものは何一つ、誰一人として存在しない。

 そして、少年……介旅かいたび初矢はつやは今度こそ逸る気持ちに導かれるままに、少年達と少女達の後を追って《セブンスミスト》店内へと消えていった。
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