何故かこっちは筆もとい指が進む進む。なんたる不思議。
…そんなわけで、序章(前)をお楽しみください。
※2010/8/8 19:00 一部修正
序章(前)―とある転生の上書保存(オーバーライト)
学園都市第七学区。
東京西部の未開拓地を切り開いて造られた人口二三○万人を擁する学園都市の中心に位置する一際大きな学区である。
季節は冬。
マフラーやコートなどの防寒着を着た人々が行き交う、その第七学区の街角に二人の風紀委員が居た。
一人は肩口まで伸ばした黒髪に眼鏡をかけ、ブレザーにチェックのプリーツスカートを身に付けた女子高校生。
もう一人は茶髪をリボンでツインテールにして、パーカーを羽織り、短パンと縞柄のニーソックスを履いた小学生くらいの少女である。
「はい。今日の巡回はこれでお仕舞い」
小型情報端末を取り出しながら、固法美偉は巡回の終わりを後輩に告げた。
「何か気になったことや聞きたいことはある?」
ピッピッピッ、と小型情報端末に巡回報告を打ち込みながら、背後の後輩に問いかける。
問いかけられた後輩はと言うと、少し躊躇った後、口を開いた。
「……で、では、少しお聞きしたいのですが」
「なに?」
その言葉で固法は後輩の方を振り向く。
「風紀委員になって一年にもなりますのに、何でわたくしに任されるのは裏方や雑用、先輩同伴の巡回ばかりなんですの?」
ジト目がちに後輩…白井黒子は、抱いていた疑問を発した。
その様子を見た固法は小型情報端末を仕舞いながら、
「成績優秀な自分が半人前扱いされるのが不満?」
と優しく問いかけた。
「そ、そういう訳ではありませんけど……やはり、わたくしが小学生だからかと……」
固法の問いに黒子は拗ねるように顔を伏せた。
その黒子の頭に、固法は撫でるように軽く手を置く。
「年齢だけが問題じゃないわ。あなたの場合、なまじ素質が高い分、全てを一人で解決しようとするきらいがあるからね」
そう優しく諭すように固法は言う。
「もう少し、周りの人間を頼るようにならないと危なっかしいのよ」
黒子はむぅ、と今一納得がいかない表情で固法を見た。
それを見た固法は、置いた手を動かし、黒子の頭をよしよしと撫でた。
「そんな顔しないの。たくさん頑張ったご褒美に何か甘いもの奢ってあげる」
(……やっぱり子供扱いされてますの)
お金を下ろしてくる、と郵便局に向かった固法の背中を追いかけながら、黒子はそんな思いを抱いた。
郵便局に入り、自動現金預払機の列に向かった固法を待つために、黒子は列から少し離れた位置に立つ。
わりと混んでいるらしく、利用者の邪魔にならないように黒子は注意した。
それから何気なく郵便局を見回していると、
「あ、白井さん!」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
黒子が振り向くと、特徴的な花の髪飾りを付けた風紀委員志望の知人である初春飾利が、入口の自動ドアから入ってきたところであった。
「偶然ですねー」
「初春? 何故あなたが第七学区に?」
「もうすぐ中学生になるし、学校や寮の下見に来たんです」
「……中学生?」
初春の言葉を聞いて、黒子は思わず首を傾げる。
そして、初春の姉や兄のことだろうか、と考え、聞いてみることにした。
「どなたがですの?」
「へ?」
そして、暫しの間が流れる。
「私に決まってるじゃないですかー」
やだなー、と言いながら、初春はにこりと笑う。
「へ……へー」
(……同い年でしたの。てっきり二つ三つ年下とばかり……)
失礼な内心を悟られないように、何とか取り繕って黒子は相槌を打つ。
もっとも、声は裏返ってしまったが。
その後は春から通う中学校の話題となる。
初春が黒子の通う常磐台中学に憧憬を抱いたり、黒子がその幻想をぶち殺したり、噂の超電磁砲についての私意を語ったりした。
「そういえば、あなたは郵便局になにを……」
そう言いながら、何気なく視線を巡らせた黒子はあることに気がつく。
「どうしました?」
「ちょっと失礼」
初春に一言断り、黒子はその場を離れる。
向かった先は、険しい視線である方向を見続ける固法の傍であった。
「どうなさいました?」
黒子は小声で固法に話しかける。
それに気がついた固法は、手で静かに、とジェスチャーをしてから同じく小声で、
「あの男、さっきから職員の位置と視線ばかり気にしてる」
と、郵便局の受付の近くに立つ肩にスポーツバッグをかけたニット帽の男を指で示した。
そして、固法は黒子に話しかけるように屈むと、他人の持ち物を無断で透視するのは気が引けるけど、と呟いた後、男の方を“能力”でじっと見た。
あらゆるものを透かし見る能力、透視能力。
それが固法の持つ能力なのだ。
(妙な物は持ってないようね……)
固法は男が肩にかけたスポーツバッグとズボンのポケットの中を順に透視て、次に上着のポケットに視線を移す。
男の右手が右ポケットに突っ込まれており、その先には何かが握られていた。
「!! ……右ポケットに拳銃」
「強盗ですの!?」
固法の言葉に小さく驚きの声を上げる黒子。
この予想はほぼ間違いないだろう。そもそも郵便局を拳銃所持で訪問する理由など普通はあり得ない。
いや、考えられる理由が無くはないが、いずれもよろしくないものばかりだ。
「局員に伝えてくるわ。あなたは万が一に備え、利用客の誘導準備を……」
「逮捕しませんの!?」
「馬鹿なこと考えちゃ駄目よ。犯人の確保は警備員に任せなさい」
黒子の抗議を厳しい視線で制すると固法は、局員に知らせるために郵便局のカウンターへと向かった。
それを黒子は不満げに見送る。
(そんな消極的な……!)
そう黒子が思った時、
パァン!
乾いた銃声が局内に響き渡った。
* * *
「あれ? 確かこっちだったよな?」
既に葉の無い街路樹の袂を中学生くらいのパッとしない黒髪黒目の少年が歩いていた。
人口二三○万人のうち、八割が学生という学園都市でも珍しい黒いリーファージャケットを着ており、襟元には迷彩柄のマフラーを纏っている。
その少年はキョロキョロと街並みを見回し、目的地を探す。
すると、視界の端に求めていたマークを見つけた。
「あ、あったあった。郵便局」
春から高校生となる少年は、そのための書類一式を出すために郵便局を目指していたのだ。
少年はショルダーバッグから書類を取り出し、それを確認しながら郵便局に向かって歩いていく。
「ん?」
郵便局の前に辿り着いた少年は、その周りで困惑ぎみに佇む人々に気がついた。
何だろうと郵便局をよく見ると、全てのシャッターが閉まっている。
今日は休業日なのだろうか?
(……あれ? これ、何処かで……)
少年は今日、初めて訪れたはずの郵便局にデジャヴを感じた。
何処かで見たことがある。
何処であったか、と少年が思考しようとした時、“それ”は起きた。
「うわっ!」
郵便局の前に立っていた少年の目の前に一人の少女が突然現れたのだ。
その突然の出来事に少年は驚き、思わず仰け反った。
「え? ……外?」
花の髪飾りを頭に付け、同じく花の意匠をあしらったチュニックを着た小学生くらいの少女は、少年とはまた別の理由で驚いているようだ。
「白井さん!中にいるんですか!?どうして私だけ!」
我に返ったらしい少女は、中に呼びかけながら、郵便局のシャッターを叩き始める。
もちろんそんなことでシャッターがどうにかなるはずも無いのだが、それでも少女はシャッターを叩き続けた。
この光景を少年は“知っていた”。
そして、目の前の初対面であるはずの少女も、その口から出た名前も、少年は“知っている”。
間違いない。この場面は―…
「お、お願いします!」
…―と、そこで少年の思考は中断させられた。
目の前の少女、初春飾利が少年のリーファージャケットの裾を掴み、目に涙を溜めた必死の形相で懇願してきたのだ。
「助けてください! 中に強盗が! 風紀委員が襲われてて……!」
初春の言葉は掠れた涙声であり、後半はもはや言葉になっていなかった。
しかし、少年にはしっかりと伝わった。
「分かった」
「…え?」
初春の気を落ち着けるように、少年は頭に優しく手を置く。
「中の人は俺が助ける。だから落ち着いて」
不安そうにこちらを見上げる初春に少年はそう言うと、視線を閉じた郵便局のシャッターへと向けた。
(中の様子が俺には見えると“上書き”)
少年は頭の中で思考する。
すると、少年の視界からシャッターが突如消えた。
だが、実際に消えたわけではない。能力で自分には見えないようにしただけだ。
シャッターの向こう側、郵便局内でダウンジャケットを着た男がポケットから鉄球を取り出しながら、小学生くらいの少女に歩み寄る光景が目に飛び込んでくる。
「……よし」
(俺が移動したと“上書き”そして“保存”)
次の瞬間、頭に乗っていた手の感触と共に初春の前から少年の姿は消えた。
* * *
白井黒子は自分の迂闊さを呪っていた。
強盗が二人組と気がつかず、独断専行した結果、初春は強盗の片割れの人質に取られ、自分を庇った固法は負傷した。
これでは半人前以下ではないか。
だが、最後の力を振り絞り、初春を空間移動で外に逃がせたのは行幸だろう。
他に人質に取られそうな利用客は皆、隙を見計らって郵便局の奥に逃げ込んでいる。
後は警備員到着まで、この犯人の男を引き付ければ―…
「お前が何を考えているか、当ててやろうか?」
ダウンジャケットの男は、ポケットから何かを取り出しながら黒子に言う。
黒子はそれに反応するように、男の方を見た。
「警報が鳴って随分経つ。そろそろ警備員も来る。人質を取られないようにコイツを足止めできれば、こちらの勝ち……図星だろ?」
グッ、と黒子は言葉に詰まる。
残念ながら、男の言っていることは本当に図星だ。
それを見た男はニヤリと笑うと、手にした鉄球を片手でお手玉のように弄ぶ。
男が発する余裕から、あの鉄球が何らかの隠し玉があることが分かった。
「だがな。ここから出られないと決まったわけじゃ―…」
男はそう言うと、手首のスナップを利かせて、鉄球をシャッターに向かって放る。
「…―ないんだぜ?」
……。
………。
……………。
「……?」
「……あん?」
何も起こらない。
だが、黒子はこれから何かが起こるかもしれないと警戒を崩さない。
一方、男は何も起こらないことに焦ったかのように鉄球を放った方を見る。
そこには“何も”無かった。
「な……球はどうした!」
男の目が驚きで見開かれる。
そこには“何も”無い。男が放った鉄球さえも無いのだ。
想定外の出来事に、男は激しく動揺する。
「探し物はこれか?」
その男の動揺に拍車をかけるように、男の背後から声が聞こえた。
「!」
男が振り向くと、そこにはリーファージャケットを着て、迷彩柄のマフラーで口元を隠した中学生くらいの少年が佇んでいた。
その手には、先ほど男が放ったはずの鉄球が握られている。
「お前、一体何処から!」
男が後ずさりながら、得体の知れない少年を睨み付ける。
少なくとも男が把握していた郵便局の利用客や従業員にこんな少年はいなかった。
(突然現れた……?)
だが、黒子には見えていた。
男の背後に突然、少年が現れたの瞬間が。
そこから導き出される答えはつまり……。
(わたくしと同じ、空間移動能力者ですの?)
しかし、仮に空間移動能力者だとしても、あの少年がどうしてこんな場所に現れたかは分からない。
最初は警備員や風紀委員かとも思ったが、彼はそんな装備も腕章もしていないのだ。
「何処からなんて別にいいだろ」
少年はそう言い、先ほど男がしていたように鉄球をお手玉のように弄びながら、男に一歩近づく。
「そ、それ以上近づくんじゃねえ! 絶対等速!」
それに慌てた男はポケットから複数の鉄球を取り出し、能力を使って少年の方に放った。
絶対等速。能力を切るか、投げた対象物が破壊されるまで、対象物が一定速度を保ったまま進み続ける能力。
その能力に操られ、放られた複数の鉄球は落下せずに空中に浮かび、鈍い速度ながら一定の速さで山城へと向かっていく。
「……鉄球は鉄板だと上書き、そして保存」
だが、少年が小さく呟いた次の瞬間。
「なっ!」
鉄球が鉄板に変わった。
これには男のみならず、黒子も驚いた。
空間移動能力者だと思っていた少年が物質操作を使ったのだ。
《自分だけの現実》を土台に脳の演算によって行使される超能力だが、それを複数行使する、いわゆる多重能力は脳の演算処理能力の限界上、不可能と言われている。
しかし、目の前の少年は明らかに二種類の現象を行使した。
もし多重能力でないとするなら、少年の能力は一体何なのか。
そんな彼らの驚きに構わず、少年は跳躍し、空中に構成された鉄板の“足場”に乗った。
そして、そのまま空中に浮かぶ鉄板を飛び渡り、男へ一気に近づいていく。
その光景はさながら、アスレチックステージに挑むとある髭の配管工のようであった。
「うわっ!」
ここでようやく男は我に返り、自分の能力が利用されていると気がついたのだろう。
男は慌てて、絶対等速の能力を解除する。
能力が解除されたため、鉄板はガシャガシャンッ!と派手な音をたてて床に落下する。
しかし、落ちたのは鉄板ばかりで少年の姿はそこには無い。
「何処だ!?」
「上だよ」
その返答に男は律儀に上を見上げる。
だが、これは致命的であった。
何故なら次の瞬間には、全体重がのっているであろう少年の右踵による一撃が、男の顔面を意識もろとも打ち抜いたのだから。