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長妻昭前厚生労働相は年金、医療など社会保障制度の改革で実績を上げることはできなかった。だが、無駄の削減とともに、「貧困」と向き合ったことは成果に挙げることができる。その象徴が、昨年10月に踏み切った「相対的貧困率」の公表だ。全国民の「中央値」の所得水準の半分(06年114万円)より低い人の割合を示す数値で、日本は15・7%。メキシコやトルコ、米国に次いで4番目に高い。
政府が貧困率の公表を避けてきたのは、削減目標設定を余儀なくされることを嫌ったのが一因とされる。しかし、長妻氏は算出を指示するとともに、昨年末には「ナショナルミニマム(政府が国民に保障する最低限の生活水準)研究会」を発足させた。
「社会保障オンチ」「理念が見えない」。長妻氏にはそうした批判がつきまとう。とはいえ、ナショナルミニマムが明確になれば、最低保障年金をはじめ、「国が維持すべき社会保障の水準」はおのずと定まる。
これまで10回開かれた同研究会に、長妻氏はすべて出席している。昨年暮れには研究会メンバーの一人、「年越し派遣村」を主導した湯浅誠内閣府参与を大臣室に招いた。就職と住居、生活支援を一括相談できる「ワンストップデー」が可能な都道府県を赤く塗った日本地図を指し、「日本中が赤くなるまで頑張りましょう」と湯浅氏に語りかけた。
それでも「少子高齢社会の日本モデル」の頓挫は、やはり長妻氏の選択肢を狭めたようだ。結局、視察とともに拍車がかかったのは、官僚に毛嫌いされた管理強化だった。
長妻氏が次々設置を指示した省内のプロジェクトチーム(PT)の一つに、「予算の支出状況に係る情報公開に関するPT」がある。
ネット上で業者名を検索すると、厚労省との契約関係が詳細に表示される仕組みを作るのが目的だ。米政府のシステムを参考に、長妻氏が検討を命じた。
ところが、9日の発足時から官僚側は消極的な態度に終始した。「他省庁の先駆的モデルにしてほしい」。そう訓示した長妻氏に、笹島貢会計課監査指導室長は「総務省が全省庁共通のシステムを開発中です」と伝え、厚労省独自では動けないと説明した。
「霞が関の悪い癖だ。全体の動きを待っていたらいつになるか分からない」。長妻氏は一喝したが、横並び意識が強い役人たちは腰が引けたままだ。
長妻氏にはそれが怠慢にしか映らない。一方、官僚側は「省単独では無理な指示を出し、『やる気がないのか』と責め立てる。言いがかりだ」(幹部)と感じている。
こうしたすれ違いの積み重なりが、長妻氏と職員の間に深い溝を生んだ。それは最後まで埋まることがなかった。【鈴木直】
毎日新聞 2010年9月21日 東京朝刊