太陽は完全に沈み、代わりに、二つの向かい合った月が空に昇ってきた頃、寮の階段をジョルジュは昇っていた。
彼の肩には蔓で編んだ籠が背負われており、その中には今朝とれたヘチの実と、召喚の儀式が終わった後に摘んだハーブや花が揺れており、籠に入りきらなかったものは、レビテーションで浮かして運んでいた。
ハーブ特有の香りがついたその手には、長さ30サント程の杖が握られていた。
召喚の儀式を終えた後、コルベールは生徒に使い魔との親交を深める時間を設けた。そのため、生徒たちは皆各々の部屋へと戻り、使い魔とコミュニケーションを取ることとなった。ジョルジュも一旦モンモランシーと別れ、召喚したルーナと一緒に花壇へ行き、そこでルーナと喋ったり、ハーブや花を一緒に摘んだりしたのであった。しかし、夕方になるとルーナは「寝床はここがベスト」と言って花壇の空いている場所に潜ったかと思うと、頭の葉を外に出して眠りについてしまった。ジョルジュは唖然としたが、「植物だから当たり前か」と妙な納得をして、ルーナと摘んだハーブを自分の部屋へと運んでいった。
そして夕食後、彼はモンモランシーに頼まれていたヘチの実とハーブと花を彼女のもとへと届けに来たのだ。
しばらくしてジョルジュは目的の階まで昇り終えると、すでに何度も来た通路を歩いていった。そしてある屋の前にたどり着くと、彼は杖を持っていない方の手でドアをノックした。
しばらくするとガチャッとドアが開き、中からモンモランシーが顔を出した。入浴の後なのだろうか。彼女の顔は若干の赤みを帯び、象徴ともいえる縦のロールもしっとりと濡れている。
モンモランシーはジョルジュを部屋の中に入れると、そっとドアを閉め、くるっと彼の方を向いて喋り始めた。
「ジョルジュ、やっと来たわね。ちゃんと頼んだものは持ってきてくれた?」
「持ってきただよ。今朝採ったヘチの実だべ?それとハーブと~花をいくつか摘んできただ。これでたりるだか?」
ジョルジュは背中から籠を下し、また魔法で浮かせていた花やハーブの束も床に置いた。モンモランシーは床に置かれた収穫物をみてニンマリと笑った。
「上出来よジョルジュ。これだけあればヘチの化粧水は十分出来るし、香水の開発も出来そうね」
「モンちゃん眼が輝いてるだよ~」
「当たり前でしょ!?将来の開業資金を貯める事ができるし、新商品の開発もできるのよ?一石二,三鳥はあるわ!!それにジョルジュだって何かと都合がいいでしょ?」
「確かにそだけど...モンちゃんやっぱ逞しくなっただぁ」
「フフフッ、女は強い生き物なの。それはともかく、これからもよろしくね♪ジョルジュ」
頬をポリポリとかいて呟くジョルジュに、モンモランシーは花が咲いたような笑顔を浮かべた。そして彼の労をねぎらうためか、テーブルに置いていたワインをグラスに注ぎ、彼に渡した。
モンモランシーが入学したての頃、最初はジョルジュが育てた花で香水を作るだけであった。しかし、彼女が卒業と同時に自立を決意した後、彼女は香水だけでなく、今では化粧水や石鹸などの開発も行っている。
彼女が使用する材料は、ジョルジュが栽培した植物を使うため、こうして時々、自分の部屋に収穫されたものを運んできてもらっているのだ。
ジョルジュとしては、彼女が自分を頼ってくれるのが純粋に嬉しかったし、なにより彼女が新製品の開発に成功した時の笑顔が好きだったので、彼女に頼まれたことは大抵協力していたのだった。ちなみに、そんな仲の良い2人は、クラスの仲間たちから付き合ってると噂されている(ギーシュは「僕のモンモランシーがあんな男を相手にするはずがない!!」と主張している)が、本人たちはそれを否定している...
注がれたワインを口にしながら二人が話し合っているとき、遠くのほうから見知った声と、初めて聞く声が耳に届いてきた。ジョルジュは声がした方に顔を向き、何が起こっているかを想像しながらモンモランシーに言った。
「あれはルイズの声だなぁ~。なんかえっらい大きな声で喋ってるだよ」
「まったく...もう夜だってのにルイズったらあんなに騒いで...まあ、あんなの召喚すれば誰だって騒ぎたくもなるのかしら」
「んだなぁ...まさか人を召喚するとは思ってもなかっただよ」
そう言ったジョルジュは、目を窓に向けて、今日の召喚の儀式の事を思い返した...
ルイズが呪文の詠唱を終え、杖を振り下した時の爆発音は今でも耳に残っている。
砂埃が落ち着いてきた時に、その場になにかがいることは、離れた場所からでも見てとれた。
ルイズも成功しただぁ~とのんきに思っていたら、次の瞬間には目を疑った。
地面に倒れているのは人間だった...それもかつて、自分が呉作として生きていた世界にあった、青いパーカーを着ている。少し経つと、倒れていた者はぬっと起き上がった。顔を見る限りでは高校1,2年生くらいの少年だろうか。黒い髪と日本人特有の顔から、すぐに日本人ではないかと予想する。
ルイズが彼に語りかけた
『あんた誰?』
少年は少しの間ポカンとしてたが、やがて口を開いた。そこから出てきたのはまぎれもなく、自分の住んでいた世界の言葉、日本語であった。
『えっ、ちょっとこれなんだよ?どこだよここは...てか何語で喋ってるんだよ?』
懐かしい日本語が聞こえてはきたが、それはすぐに周りの野次に消された...
『ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?』
『ちょ、ちょっと間違っただけよ!』
『間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん』
『さすがはゼロのルイズだ!』
隣でモンモランシーも「あの子...平民を召喚しちゃった!!」なんて言ってるが、視線はあの少年から動くことはなかった。
ルイズが「ミスタ・コルベール!!もう一度召喚させて下さい!!」とコルベール先生に訴えたが、結局それは許されず、ルイズは未だに事態を把握しきれていない少年に口づけをした。少年は驚いていたけど、やがてルーンの刻まれる痛みのせいか、彼は気絶してしまった。
召喚の儀式が終わり、他の生徒たちはフライの魔法で学院に戻っていってしまった。ルイズに召喚された少年も、ギーシュがレビテーションで運んでいき、ルイズもそれに付いていってしまい、残ったのはモンちゃんと自分だけだった...
「・・・・・・って!!ちょっと?ジョルジュ?」
「んっ...ああっ!どうしたんだモンちゃん?」
「どうしたじゃないでよ。あなた、ルイズが召喚した平民の話になったとたん上の空になっちゃって...どこか気分でも悪いの?」
「な、何でもねぇだよモンちゃん...だどもルイズが召喚した子、どこから来たんだかなぁ?一度話してみてぇだよ」
「あの平民と?あなたも変なことに興味持つのね。あの平民が召喚されてからどこかおかしいけど...あなた、もしかしてあの平民のこと知っているの?」
モンモランシーはジョルジュに尋ねようとしたが、ジョルジュは「べ、別になんも知らねぇ~だよ!」と慌てて誤魔化し、そろそろ帰ると言って部屋から出ようとした。すると急にモンモランシーが彼右手をつかんで引き止め、彼のもう片方の手にガラス瓶を握らせた。そのガラス瓶は美しい形に製錬されており、中には薄紫色の液体が入っていた。
「何だべこれモンちゃん?もすかしてマー姉のお酒の残り・・・」
「違うわッ!!香水よ香水!!あなたが育てた花から作ったもの!!あなた、私の香水一度も使ったことないでしょ?だから日頃のお礼も兼ねてジョルジュにあげるわ。まだどこにも出していない新作なのよ?ありがたく頂きなさい」
そう言うモンモランシーはどこか気取った風にジョルジュを見つめていた。まるで絵本に出てくる王女様が、偉そうに家来の者に褒美を与える時のようだなと、ジョルジュはなぜかそう感じた。
「ははぁ~。ありがとうございますだぁ~。ありがたく頂戴いたしますぅ~」
彼はいかに大げさに頭を下げ、かしこまった風に香水の瓶を受け取った。モンモランシーはそれを見てニコッと笑い
「うむ。素直でよろしい」
と返事を返した。その後、顔を見合わせた2人は互いに笑い、少年のほうは扉を開いて部屋を後にした。後に残った少女の背中は、部屋のランプと、双月の淡い光でやさしく照らされていた。
ギーシュ・ド・グラモンは女子寮の一階の片隅で、とある人を待っていた。
そして待っている間、彼が恋い焦がれている少女、モンモランシーを思い浮かべては心を締め付けられ、その少女のそばにいる少年、ジョルジュを思い出しては憎しみの言葉を発していた。
「あああっ、僕のモンモランシー...君のその笑顔は妖精よりもかわいらしく、そして空に浮かぶあの月のように美しい...僕は君のその笑顔のためならば、君の盾にも杖にもなろうじゃないかぁ~」
金髪の少年は、毎年春によく出てくる変な人のような顔で、まだ誰もいないその空間に言葉を紡いでいた。
そしてその直後、彼の顔は一転して怒りに充ち溢れ、目からは火が出るのではないかというぐらい憎悪の念を燃やした。
「そ・れ・に・比べて、あの田舎者の貴族はぁぁぁッ!!僕の美しき蝶にまとわりついてッ!!あの男の土臭い臭いが彼女についたらどうするつもりなんだ!?全く、これだから辺境の貴族は...」
実際、ドニエプル家は彼の実家であるグラモン家となんら遜色ない力を持っているのであるが、彼は周りのジョルジュに対する噂と、彼の頭の中にある「西部=辺境の地=田舎」という図式が彼の見解を曇らせ、ジョルジュの事を「田舎から来た変わり者」という風にとらえている。
そんな奴に、グラモン家の4男である自分が負けるはずはないと彼は思っているのであるが、実際は魔法の実力はあちらの方がはるか上、恋した女性はあちらの方を見ていて、自分には振り向いてくれない。そんな現実が、ジョルジュへの憎しみをさらに増やしていた。それと同時に、彼のモンランシーへの思いはさらに深くなるのだった。
「待っていてくれ僕のモンモランシー、いつかきっと僕は君のそばにいくから...」
そんな彼に待ち人が階段を降りてやってきた。階段を降りてきた少女は、栗色がかった髪を肩まで伸ばし、くるりとした大きな目は、目の前にいる金髪の少年を見つめていた。
「お待たせしました...ギーシュ様...」
少し熱を帯びた声に反応して、ギーシュは彼女のそばに近寄り、先ほど想い人へ言葉を紡いだ時と同様な、やさしい声で彼女に囁いた。
「なにを言うんだ僕のケティ...君のためならば例え太陽が昇ることになっても、僕は君を待ち続けるさ...」
彼の名はギーシュ・ド・グラモン。「女の子を平等に愛することが僕の使命」と語る少年の、悲しき本性が見える風景であった...
そんなことが行われているとは知らず、ジョルジュはギーシュに遭遇することなく女子寮を出て、自分の部屋に帰ろうと外を歩いていた。
ところが男子寮にもうすぐ着くというその時、上の方からバッサバッサと翼をはためかせる音が響いてきた。ジョルジュがはてと見上げると、そこには懐かしい鷲の顔をしたグリフォンが、彼の前に降りてきた。
ドニエプル家領主、バラガンの元愛獣(現在、主人は末娘のサティ)、ゴンザレスであった。小さき頃、彼の背中から行った種まきで、再び土を耕そうと決めた思い出が、ジョルジュの胸によみがえってきた。
「ゴンザレス!!久しぶりだよ~♪元気にしとるだか?だども、一体何しにココに・・・ん?」
再会の言葉をかけたジョルジュは、古き友人の首に鎖が巻かれているのに気づいた。そして胸の方には、金属の箱が付けられている。ジョルジュが中を開けてみると、そこには一通の白い手紙が入れられてあった。
ゴンザレスは伝書鳩のごとく、ドニエプルから魔法学院へと飛んできたのであった。
「手紙...だれ宛だ..ってオラにか!?これは...ああ、母さまから来たんだなぁ~」
母が一体自分に何の用だろう...ジョルジュはその場で封を切り、中に入れられてあった羊皮紙に書かれている内容を読み始めた。
やがて手紙を読み終え、ゴンザレスに向けた彼の顔は、嬉しさと驚きとやるせなさを全て足したような表情をしていた。
「こ、こ、こ、こりゃぁ驚きだぁ~...ハッ!!いけねぇ!すぐに実家に帰る支度さしねぇといけねぇだよ!」
ジョルジュは羊皮紙を戻し、手紙をズボンのポッケにしまうと、彼は急いで実家へ帰る準備をするため、男子寮へと向かった。
しかし彼はその時、モンモランシーからもらった香水を落としたことを気付かずにいた。
新しい主人の手を離れて地面に落ちた香水は、ジョルジュの心の中を知ってか知らずか、月の光浴びて、紫に光っていた。
ちなみに、彼が微妙な表情を見せた手紙の内容とは...
我が息子ジョルジュへ
あなたがいつもお世話になっているターニャちゃんが結婚するそうです。
今週の末には結婚式が行われる予定です。
結婚式には一番親交の深かったあなたがドニエプル家の代表として出席しなさい。
この手紙を読んだらゴンザレスに乗ってすぐ帰ってくること。
遅れてきたら畑の肥料にしてやる。
母ナターリアより