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[21602] 習作 田舎の貴族は土を嗅ぐ(ゼロ魔 オリ主転生)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/06 22:10
はじめまして。初めて書くことになります黒いウサギと申します。

 以前からssを書きたいと思い、今回載せていただきました。

 オリジナルの主人公での話ですが、「原作と違うじゃねーか」とかいろいろと変なところも出てくるかもしれませんが暖かく見守ってくれたらありがたいです。

 一人でも多く読んでくれることを願ってます。

 よろしくお願いします。 ではでは
  
 2010/9/1ドニエプル家の名前に関して修正を入れました。
     1話「ある婦人の悩みごと」に修正をいれました。

   9/4 side story 1話と2話を消しました。
      本篇を再開しました。

   9/6 ジョルジュの二つ名に関して直させてもらいました。



[21602] 1話目 ある婦人の悩みごと
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 20:36
トリステイン王国の最西部に位置する、ドニエプルという土地がある。そこの領主を務めているバラガン・ポルタヴァ・ド・ドニエプル伯の妻、ナターリアはその広大な屋敷の一室で一人溜息を吐いていた。

ドニエプルという土地は代々、麦や野菜が多く取れる広い穀倉地帯であり、海にも面しているため、漁業も盛んな土地である。そこで獲れた収穫物は、トリステインの王都トリスタニアやシュルピス、ラ・ロシェールの市場を賑わせ、トリステインの食糧庫として有名であった。そこの土地を代々任されている一族が、元々その土地に昔から住んでいるドニエプルであった。トリステインの西部は、アルビオンから入植してできたダングテール等の独立したところが多くあったのだが、これらに対して直接交渉して来たのはこのドニエプルの領主たちであった。

ナターリアはトリステイン南部の、貧乏な貴族の生まれではあったが、小さい頃から頭の回転が早く、その頭の良さと気転の良さとから若くして商売を始め、化粧品などを取り扱う店を王都に開いていた。彼女は商売することに才能があったらしく、店は順調にその売り上げを上げていった。おかげで貧乏であった彼女の屋敷は大分助かったのである。
ある日、商品の香水を卸してもらっているモンモランシ家に客人として招かれたのだが、ちょうど同じ日にバラガン伯も招かれていた。彼女を見るなりバラガン伯は一目惚をし、ドニエプル領に帰るその前日の夜、バラガンに呼ばれた彼女はプロポーズされた。

「お、おらの嫁さんになってくれねーだか?」

西部独特の方言なのだろうか、ひどく訛りが入った言葉に彼女の心は1サントも揺れはしなかったが、私がこのおっさんの妻に?でもドニエプルといえばかなり広い土地を持った場所だからかなり裕福な生活を送れるか?あれっ、これって結構いんじゃね?など自分の頭の中で高速回転で人生のソロバンをはじき、迷わずそのプロポーズを受けた。尚、翌日にそのことを伝えられたモンモランシ家の人はその急な話に、全員あいた口が塞がらなかった。

そして現在に至るわけであるが、大貴族の妻として勝ち組の人生を歩んでいるだろうナターリアの心は晴れ晴れとはしておらず、それどころかこちらに来てからは、彼女は胃に孔が空くような生活を送っていた。

まず彼女はドニエプル領のあまりの田舎っぷりにカルチャーショックを受けた。
なにせトリステインの西部は農業ばかりが発達した土地で、いうなればなにもない「ド田舎」なのである。しかもバラガンが「若いうちは平民でも世の中を見てくるべきだ」なんて貴族らしかぬ考えを持っており、農民の若い男や女に「領を自由に出ていいだよ」とナターリアからすれば、「なにふざけたことをぬかしやがる」的なことを言っていたのだ。おかげで若者の大部分は出稼ぎや、または何かしらの夢を持ってトリスタニアなんかに行ってしまうため、ドニエプル領に残っているのは老人や小さな子供ばかりである。当然、年頃の若い女性も街に出稼ぎに行っているため、屋敷の使用人もほとんどが50~70代の老人である。ナターリアが初め、バラガンの屋敷に来た時には「養老院?」と本気で思ってしまうぐらいであった。

さらに、彼女が嫁いできた後、領の近くであったダングテールでは「大きな火災」が発生し、さらに親交のあったド・オルニエールの領主が亡くなってしまったため、ますます西部は過疎ってしまった。そのくせ、トリステイン政府からは代わりの領主もくることもなく、代わりにドニエプル家に西部一帯の管理という仕事が来てしまったのである。ただでさえ広い自分の領地に加え、よそ様の土地も管理するという仕事はバラガン伯一人の手に負えず、かといって老人ばかりの彼の屋敷には、土地の管理を任せられる者がいなかった。そこでバラガンは、頭の回転が速い自分の愛する妻に、ドニエプル領の管理を任せ、自らは新たに任された土地の管理と開拓にあたったのだ。

ナターリアにとっては溜まったものではない。「大貴族の妻として贅沢な生活してやるぜ。ウヒョヒョーイ」と思ってたのに、待ってたのは養老院(屋敷)での暮らしと、広大な土地を管理するというなんともめんどくさい仕事だ。これだったら王都に出していた店でオーナーとして経営に精を出していたほうがよかったではないか。

このときナターリアは、「自分の選択は間違ってたんすかね~」と心のなかでブリミルに問いかけた。

そしてナターリアは、今では屋敷の爺さん婆さんに「ドニエプルの女領主様」なんかと呼ばれ、日々のストレスに胃腸をキリキリさせていたのだが、そんな彼女を悩ますものは土地の経営のみではなく、もうひとつあった。

それは自分の息子であり、ドニエプル家の三男である「変人ジョルジュ」ことジョルジュ・チェルカースィ・アン・ドニエプルのことであった・・・



[21602] 2話 変人ジョルジュ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 13:59
ドニエプル家は夫のバラガン、ナターリアの二人に男3人、女3人の子供たちがいる。

長男ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは18歳。長女のマーガレット・ティレル・ド・ドニエプルは17歳であり、二人とも、今はトリスタニアにあるトリステイン魔法学院で学生として、一人前の貴族になるために必要なことを日々学んでいる。

二男のノエル・マリウポリ・ド・ドニエプルも16歳となった今年の春に、魔法学院への入学が決まっている。
次女ステラも、三女サティも来年には魔法学院に行く予定だ。
ナターリアは忙しい毎日を送っていたが、子育ては自分の手で行っていた。今の貴族では珍しく、乳母を取らずに自分の乳を子供たちにあげ(近くに乳が出る年齢の女性がいなかった)、教育も彼女自らが教師として言葉や社会、魔法の基礎について子供たちに説いた(領内にいた家庭教師は70過ぎてボケがきていた)。

母の熱心な教育と愛情の甲斐あってか、ドニエプル家の子供たちは手もかからず、全員健やかに育ってくれた。
将来、ヴェルにはドニエプル家の長男として家を継いでもらい、他の子たちは一人前の貴族として立派に世に出ていってもらうことが母として、ナターリアの願いであった。

そんな彼女を悩ませている三男のジョルジュも、他の子と同様に育てたつもりなのだが、彼だけは他の兄妹達と大分違っていた。

ジョルジュは4つのころまで言葉を喋ることが出来ずにいた。いや、喋ることは出来たのだが、どこか途切れ途切れで、同い年の子供のように滑らかには喋れなかった。当初、ナターリアはジョルジュのことを「知恵遅れなのか」と心配したが、5つになった時には他の子と遜色なく話せるようになっていたので、その心配もなくなった。

ある時期に、「外の世界を少しでも早く見せたい」という気持ちで、父バラガンは家の男達を1カ月に2,3度、自らの領地の穀倉地帯と、当時開拓を行っていた、領から少し離れた土地まで連れていった。

長男と次男は、快適な屋敷から出て、面白くない土地に行くことが億劫であったが、三男のジョルジュだけは目を輝かせてついていった。いつしか長男と次男は屋敷からでていかなくなり、バラガンにはジョルジュだけがついていくようになった。


大きくなるにつれ、ジョルジュはドニエプルの家業ともいえる農業にのめり込むようになっていた。最初は領内の村に行き、簡単な手伝いなどをさせてもらっていた。村人も領主の息子だからと恐る恐る接していたが、やがては打ち解け、麦の刈り入れや種まきなどをジョルジュにやらせるようになった。

いつしかジョルジュは、屋敷よりも長く畑に立ち、机で勉強をするよりも長く畑を耕し、杖よりも鍬や鎌を多く振る生活が続いた。

父バラガンは「それでこそドニエプル家の男だぁ」と喜んでいたが、ナターリアは自分の息子の貴族らしからぬ行動を咎めた。しかし「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」と言われると彼女は何も言うことが出来なかった。

せめて魔法の勉強はちゃんとしなさいと彼女が言うと、ジョルシュは少し考えてこう言った。
「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさなぁ~」

それからジョルジュは日が昇っている間は外で農民と混じって畑作業をし、夜になると家で魔法の勉強に没頭した。その集中力は素晴らしく、瞬く間にコモンマジックを覚え、さらには兄妹の中で一番早くに系統魔法を使えるようになった。

ジョルジュが13になる頃、彼はラインレベルの魔法が使えるまでに成長した。家族はそのことを大変喜び、バラガンはその祝いとして屋敷の近くにある、小さな畑と牧場を与えた。
ジョルジュはそれを大層喜んだ。
「やっと自分の畑を持てた」とか「トリステイン1のカボチャを作ったる」とか言っていたことをナターリアは聞いていたが、とりあえずまた心配の種が出来そうなので聞かなかったことにした。彼はすぐに牧場に牛や羊を飼い、自らが錬金して作った鍬で畑を耕した。間もなく作物が出来、ジョルジュはとれた作物を王都の市場に卸してお金を稼ぐようになった。

しかし、農民に交じって畑を耕すということは他の貴族とってあり得ないことであり、王都へ作物を卸す過程で、畑を耕す貴族の少年の名はだんだんと広まっていった。またある時、ドニエプル家に王都からの貴族が訪れたことがあった。ジョルジュはその貴族の前を泥だらけの作業着で通り過ぎたことがあった。そんなこともあり、ジョルジュには侮蔑と嘲笑が向けられ、やがて貴族の間で「変人ジョルジュ」という名が彼に付けられた。また兄弟である上の二人の兄にも、「貴族の恥さらし」と呼ばれるなどしたが、本人はいたって気にせず、相変らず畑で作物を作り、また肥料の開発にも取り組むようになった。

彼が開発した肥料は、ドニエプル領に面している海で採れる小魚や貝殻を、乾燥させてから粉にし、それを畑に撒くというものであった。トリステインでは今までなかったこの肥料は、ドニエプル領の土地を今まで以上に豊かにさせ、農作物の量も一段と増やすことになった。
また領地に時々入ってくるイノシシやクマ、オーク鬼などの退治もジョルジュが請け負っていたので、領民からは絶大な信頼を得ていた。

そんなジョルジュは今年で15歳を迎えた。なんと自分で作った作物と肥料を売ったお金で土地をさらに広げていたのだ。牛や羊も増え、今ではハーブやブルーベリーなんかも作っており、最近では次女ステラや、三女のサティも彼の事を手伝っているようだ。しかも彼は母と話したあの日以来、休まず魔法の鍛錬をしており、トライアングルクラスの土メイジにまで成長していた。しかし、そんなよく出来た息子だからこそ、ナターリアは心配した。

ジョルジュはこれからも領地で畑を耕すだろう。しかし、ヴェルが長男である以上、この家の家長になるのはヴェルなのである。しかし領民に人気があるジョルジュが居れば、ヴェルが弟を疎ましく思うだろう。ジョルジュは気にしないだろうが、ヴェルはそうではないだろう。そこからドニエプル家の崩壊につながる恐れがある。だからジョルジュにはこの家を出ていってもらわなければならない。だけど彼はとてつもなく常識外れだ。もう貴族の礼儀なんて絶対忘れてるだろうし世の中に出たら礼儀がどれだけ大事か・・・・なんとか彼にそういう貴族としての教養を身につかせなくてはならない。

そこでナターリアはある決断をした。今日はそれを告げるため、ジョルジュに畑仕事が終わったら部屋に来るようにと告げていた。

外で照りつけていた太陽は大分沈み、窓からは夕闇がさして来た頃、ふと、コンコンコン、と小刻みに部屋のドアが叩かれた。

入ってきなさい、とナターリアが促すと、開かれたドアから、170サント程の背をした少年が入ってきた。肌は太陽に焼かれ続けて小麦色に染まっており、ぼさぼさに伸びている赤毛の髪は後ろでまとめられている。体は少年と呼ぶには、いや貴族と呼ぶには疑問がでてくるほどたくましく、顔には所々に傷が目立つ。

「母さま、言いつけ通りやってきただぁ」

その少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは今まで畑でも耕していたのか、額の汗をぬぐい、若干疲れた声でナターリアにそう告げた。

「ご苦労様、それとジョルジュ、何度も言うけど母さまじゃなくて‘お母様’でしょう」

「だって母さまは母さまだべ?意味が通じているんだからそれでいいだよ」

「おまっ...まあいいでしょう。今日はそんなことを話に呼んだのではありません。ジョルジュ、そこの椅子に座っ...あっ!!お前泥落とすなって何度もいってるだろうがぁぁ!!泥落としてから入ってこいやァァァッ!!」

「母さま落ち着いて!!口調が荒れているだよ」

「あら、いけませんね。貴族たるもの常に冷静に、知的に振る舞わらなくてはなりませんのに。さて、ジョルジュ、今日はあなたに言わなければならないことがあります。」

「とうとうおとんと別れるんだべか」

「そんな話どこから出てくるんですか。てか一度もそんな話出たことなかったでしょ」

「だってメイド長のアン婆ちゃん(79)たちが噂してただよ?」

「あんのクソババア共め、まあそれは後であの老い先短い奴らに問いただすとして、ジョルジュ、よく聞いてください。」

ナターリアの顔には多少青筋が浮いていたが、表情は真剣そのものであり、ジョルジュも姿勢を正して次の言葉をまった。



「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんとノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」



[21602] 3話 彼が彼であった頃
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 10:11
こんにづは。はづめまして。

オラの名前はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルっていいます。
長い名前なんで、婆ちゃんたつからは「ジョル坊」って言われていて、子供たつには「ジョルジョル」なんて言われてるだ。

オラ、突然こんなこと言って信じてもらうのもなんだども、オラ、どうやら別世界で死んで、この世界で生まれ変わったらしいだよ...

オラは前世では「鳩村呉作」という名前で、日本のN県で農家やってただよ。家族はおかあと爺ちゃんと婆ちゃん、3人の妹に猫のシュレディンガー(妹が付けただよ)の7人家族、おとんは妹達が生まれてから癌で死んでしまっただ。婆ちゃんは「タバコを一日1カートン吸ってたらそりゃ死ぬわ」と笑ってたけど、おかあは悲しそうだった。

男手がオラと爺ちゃんだけだから、小さい頃から家の田んぼや畑では毎日朝早く働いてただ。力仕事はオラと爺ちゃんが引き受けて、農薬まいたり機械動かすのはおかあや婆ちゃんたつ。妹たつも手伝ってくれたし、隣の家で林業やってる与作のよっちゃん家も、よく面倒見てくれたから高校を無事卒業できただ。

だけどもオラにも青春時代があってだな~、よっちゃんと一緒に仕事が終わった夜中にはヤンチャばっかしてただよ。高校ん時には二人して「血まみれゴサク」、「人斬りヨサク」なんかって呼ばれて県内ではちょっと有名だっただ。(ある時、学校の帰りにスーツ姿のおじさんに呼び止められて「二人ともウチの組に入らねえか?」と聞かれた時には焦っただよ)

卒業した後はすぐに家の農家継ごうと思ってたけんども、おかあに「今の時代ちゃんと学問をみにつけてなきゃだめだ」って言って大学さ通わせてくれただ。おかあ、ありがとう。
大学に行ったオラは農業の事について必死に勉強しただ。特に肥料と農具に関しては人一倍勉強したし、卒業するころには自分で開発した肥料が商品化されてうれしかっただ。

そして大学から帰った後は、家の田んぼで農業に勤しんださ。「日本一のコシヒカリ」を目標に頑張った甲斐もあってか、1ヘクタールあたりの収穫量も味も、近くの農村の中じゃ
一番だっただ!!妹たつは、都会の大学さ行ったし、爺ちゃんも婆ちゃんも死んじまっておかあと二人だけだったけども、最近農業がはやってるんだか、ある日、大学時代の友人の美代ちゃん達が「社員として働かせてほしい」って会社辞めてやってきたんで、またみんなで農業やれてうれしかっただ。

そんな生活が10年ほど続いたのだども、みんなとのお別れは突然やってきただ。
あれは暑い夏の8月の終わり、大雨が降ってた時のことだよ。オラは大雨で田んぼの稲が倒れねえか心配になって外に出たんだ。

実はこん時、こ、こ、婚約指輪買っててな、家に帰ったら美代ちゃんにプロポーズしようと思ってたんだけんども、ダメだったぁ...渡せんかったよぉ...

ちょうど田んぼについた時に雷が落ちてきて、オラはピシャーンッ!!と雷に当たっちまっただ。もう溜まったもんじゃねえさ。なんだか眼がチカチカ白く光っていたし、勝手に体が倒れていうこときかねんださ。そん時なんとなくこんな考えがよぎった。ああ、オラ死ぬんだなって。少ししたら美代ちゃんやおかあがやって来て、何かオラに向かって喋ってるんだけど、雷で耳が馬鹿になっちゃんだろうな、全く聞こえやしねぇ。

段々眠くなってきてさ、もう駄目だとなんか悟っちまった。倒れている最中、婆ちゃんや爺ちゃん、おとんもこんな感じにだったんかなぁって考えてるオラと、まだまだみんなとコメ作りたかったなぁって後悔しているオラがぐるぐる体を廻ってたよ。
美代ちゃん。ありがとう。オラ、実は大学ん時からオメェのこと好きだったんだ。オラの家に来て「働きたい」って言ってくれたときホントうれしかった。
美代ちゃんと一緒に来たくれたシゲルやマナブ、八千代も来てくれてホント感謝してるだ。

妹たつはみんな大丈夫かなあ。



一番上の楓はよっちゃんとこに嫁いだっけな。


真ん中の紅葉はオラと同じ大学で研究員しとるんだっけ。「私の研究で兄さんの畑を日本一にして見せます」って言ってくれたときは兄ちゃん涙が出ただよ。

一番下の柊は都内のOLさんになってけど、悪い奴に騙されてないべかなあ。なんか心配事があったら家族さ頼れよ。オラはもういなくなるけど、おかあやよっちゃんもいるからな。


よっちゃん。悪いけどおら先に行くよ。楓のことヨロスク頼むな。いままでオラのこと面倒見てくれたのにゴメンな...



おかあ、そんなに泣くなよ。オラのほうがつらくなるでねえか。ちゃんとおとんに「おかあは元気でやってるよ」と言ってくるから。





みんな。ほんとにありがと。ちょっと早かったけど、おとんと婆ちゃん達のところに先行ってるだ。







そして、オラは目を閉じただ。少しすると体がふわっと軽くなって、体の感覚がなくなってきただ。雷に打たれてから体の感覚なんてなかったんけども、今は手や脚が初めからなかったような気持ちだ。
天国にむかってるんだかなぁ?と考えてたんだけど、さっきまでなんも感じなかったのに、急に周りが暖かくなった。
どうやら水につかってるんだなと分かるんだけども目が開かんさね。でもなんだろう、この懐かしい感じは...遠い昔に味わったことのある、だども思い出せねえべさ。

そこで長いこと眠っていたように思えただ。おとん達には会えねえのかなあと少し諦めかけてた時、急に今まで浸かっていた水がなくなって、なんかいやに狭いところを通らされただ。通ったら体にひんやりとした風があたってきただよ。

やっと天国さについただろか?と思っていると、またオラの体に水がかけられた。そのあとふんわりとした毛布にくるまされた感覚があって、何かの入れ物に乗せられたようだっただ。周りはがやがやと何か喋っているようで、向こうの人たちが迎えにきただべか?と思っただ。

その頃には段々と瞼が開くようになってきて、初めて来る天国の景色はどんなもんかなぁとワクワクして目を開いたんだども...





そこにはおとうたちはいなかった。代わりに青い目や赤い髪、金髪の婆ちゃんたつがオラをまじまじと見つめてただ。
ありゃぁ~天国って随分と外人さんが多いなぁ。やっぱり天国でもグローバル化の波が打ち寄せてるんだろうかぁ。
オラは挨拶しなきゃと思い、起き上がろうとしたんだども、どうも起き上がることができねぇ。そういやあいやに頭が重いな。あれっ、なんか手がちっちゃくねぇだか?これじゃまるで赤ん坊...
そして気づいただ。オラ、赤ん坊さになってる。



後で母さまから聞いた時、オラが生まれたのはニイド(8月)からラド(9月)に変わった日の夜、外ではまるで誕生を祝福するかの様に、二つの月が屋敷の外で見えていたんだと。まるで「この世界にようこそ」と言っていかのように...



[21602] 4話 彼がジョルジュになってから
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 20:22
しばらくして歩けるようになった頃、始めに鏡で自分の姿を確認した時はびっくりしただぁ...

だってオラのチャームポイントだったそばかすは全くねぇし、短く刈り込んだ黒い髪は、赤く染まってたしよぉ~。ちょっと毛深かったオラの腕も女の子みてぇにツルツルだよ。
何よりオラはもう「呉作」じゃなくなって、ジョルジュっちゅう名前になってただ。

オラが生まれ変わったこの世界じゃと、月が二つあったり、漫画やTVでしか見たことねぇ怪物や動物がわんさかいて、見るもん全てにエライたまげたもんだぁ。しかも魔法なんちゅうもんもあるんだから、さながら映画で観た「ロード・オブ・ザ・リング」や「デズニー」なんかの世界だよほんとにもう。

生まれてからまんず難しかったのは言葉だったさ。生まれた時からこの世界の言葉ばっかさ聞いてたから、少しは喋れるんだども、やっぱ日本語さ覚えとるからどうも素直に聞きとれん。だから4歳ぐらいまで上手く喋ることが出来なかっただ。だどもな、オラを産んでくれた、ナターリアさんが丁寧に教えてくれたもんだから、5歳になるまでに人並に喋れるようになっただ。(ここの土地にはかなり独特な訛りが付いているんだとさ)ほんとナターリアさんはいい母さまだよ。
でも、しつけはすごく厳しい人でな、ある日の夕食で、間違えて母さまのデザートのプリン食べちゃったら、母さまオラの頭をつかんで「お前の脳みそプリンにしたろかコラ!!」って言われた時は、オラもう精神的には40近ぇのに漏らしてしまっただ...

こん時ぐらいにオラのおとんであるバラガンさんに、外に連れってってもらえるようになっただ。そすたらこの人えんらい広い畑もっとるんでびっくりしただぁ!!オラが農業やってたとこは県内では広いほうだども、それの何倍、何十倍ぐらいあるだよ。しかも漁業もやってるつうから、びっくらこいたわぁ。オラ、夢中で麦畑やら漁場なんか見てたら、おとんも「ジョルジュ!!オメェ畑や漁に興味あるっぺか?おとんうれしいっぺよ~」ってオラの頭をくしゃくしゃと撫でてきたんだ。
ああ、このおとんは前のおとうと似てるだなぁ~。(しかもおかあに対して頭上がらねえとこも一緒だった。)

そんで麦の種まきの時にな、おとうが飼ってるグリフォンのゴンザレスに乗って、空から一斉に種を撒いたときにゃあエライ感動しただ!!オラこんなのアメリカのテレビでしか見たことねぇだからな。
オラ、また農業やりてぇって思っちまってな。しかもこのハルケギニアっちゅうトコだと機械や農薬なんかないってゆうじゃねぇか。土もどこさ行ってもいい香りだし、この世界だったらオラが夢見てた究極の「無農薬有機栽培野菜」が実現できると思っただ。

んで、そうはいってもやることは沢山あるだ。オラが最初に知らなければならねぇのはこの国の農業の手法だった。なにせ、前世と違って機械や薬なんかもねぇどころか、肥料もままらねぇ世の中だ。しかも、農業の手法は中世の欧州各国のような手法だから大学の講義で聞いたぐらいの知識しかねーだ。一から教わんなきゃなんねえだよ。

そこで、オラは近くの農村の村長に、畑の作業を手伝わせて欲しいってお願いにいっただ。だけども、突然やってきたこともあったしみんなびっくりしてな、なにより村長も村の人も最初はオラのこと「領主さまのご子息」ってことでみんなよそよそしかっただ。だけどもな、その村でオラと同い年のターニャちゃんって女の子がオラを助けてくれてな、最初は子供同士の輪に入れてくれて、みんなと一緒に働いてたんだ。そするとだんだんと大人たつとも打ち解けることが出来ただよ。

ターニャちゃん...今ではすっかり成長して、美代ちゃんみたく可愛くなっただよ~。

しばらくはターニャちゃんの村で畑作業に勤しんでたんだけどもな、ある時ナターリアの母さまに「村なんかに遊びに行ってないで屋敷にじっとしてなさい!!」て叱れたんだよ。オラ、その言葉に少しムッとしたから「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」って言ってやったんさ。すると母さまは口をつぐんじまっただ。でもすぐに、

「ジョルジュ、確かに我が家の領地のため、畑仕事に精を出すことは大きな意味があります。それは立派です。しかしあなたは農民ではありません。このドニエプル家の三男なのです。あなたが世の中に出るときには平民ではなく貴族として見られるのです。それがどんなに嫌でも帰ることはできません。この世界に貴族の息子として生まれてきた者の運命といっていいでしょう。あなたはまだ小さい。これから大きくなったときに何が待ち受けているか分かりませんが、ドニエプル家の者として、貴族として、そして自分自身に恥をかかないようになってもらいたいのです。いま、難しいことを覚えろとは言いません。ですがあなたももう7歳ですし、そろそろ魔法を覚えていってもよい年齢です。だから、せめてこれからは魔法を覚えるようにしなさい」

オラは母さまの言葉に感動しただ。そこまでオラの事を思ってくれるなんて...それに、こっちの魔法は重いものを運んだり、火を出したり、果ては土から包丁なんかの道具も作れるんだから、魔法を身につければいろいろと出来ることが増えるだ。

「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさ~」

よーし、そうなったらオラの夢のため、そしてこんなにオラを気遣ってくれる母さまのために頑張って魔法の練習をするだよ!!

「それにね、上の三人がちーーーーーーっとも魔法覚えねぇからこちとらストレス溜まりまくってイライラしてるんだよぉ~。おめぇだけでも早く覚えろやぁ...」

母さま二面性激しいだよ・・・オラ、肉体的にも成長したのに大きいの少しでちゃったでねーか...

それからはな、畑作業が終わった後に、母さま先生の下、魔法の授業が始まっただ。そしたらこの魔法ってやつがすんげぇ面白くてな、すっかりのめり込んじまっただよ。何より覚えた魔法がそのまま仕事に使えるんだから、こりゃあやるしかないだよ。

そんな生活が何年も続いただ。13の誕生日にはおとんに自分の畑と牧場をもらって、自分で作物を作れるようになったし、妹のステラやサティも手伝ってくれるようになって、なんだかオラが死ぬ前の、家族みんなで農作をしていたころみたいで、毎日がとても楽しいだよ。魔法もいろいろ覚えただ。たまに領内に獣やらモンスターが作物目当てで来るけんど、大抵はひとりで追っ払えるようになったしな。

今はお金を貯めて自分の土地を少しでも広げようとしとるだ。そのためにはこれから頑張んなきゃなんねー。そういえばそろそろ麦の刈り入れの時期だ。オラ、大鎌ブンブン振って刈るの好きなんだよな~。

おっと、なんか過去に浸ってたらもうこんな時間になったさ。今日は母さまに部屋に来いって言われてるから早く急がねえと。しかし、なんの話だかなぁ~



[21602] 5話 母の説得、ステラの乱入
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/02 07:34
「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんのノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」

「いやださ」

ナターリアの言葉にすぐに拒絶の言葉を返したジョルジュを見たナターリアの視線は、実の子に向けるようなものではなかった。

ジョルジュはその視線に一旦はひるんだが、すぐに母に向け口を開いた。

「だって母さま。オラ15だよ?魔法学院に入るのに年齢は関係ねぇって聞いてるけど、別に今でなくてもよくねーか?オラ今忙しいだよ。来月には麦の刈り入れがあるし...せめて来年からいきてーだよ」

ジョルジュはナターリアにビクビクしながら自分の思っていることを話したが、ナターリアはジロリと睨んで、小さい頃、ジョルジュに魔法を覚えろといったあの時のような声で話した。

「ジョルジュ、あなたはひとりの男として立派に育ちましたけど、貴族らしさはさっぱりです。食事のマナーも出来ていないではないですか。この間も食事で出てきたフィンガーボールの水飲んでましたでしょ。あれは手を洗うものだと何回も教えてるではないですか。それに来年にはステラやサティも魔法学院に入れるつもりです。それなのに兄であるあなたが行かないでどうしますか?これからの将来のためにも、少しでも早く学校で貴族として必要なことを身につけにいくのがあなたにとって一番なのです」

「えっ、ステラやサティも入るんだべか!?ステラは頭がいいからともかく、サティは早過ぎるだよ。あの子さ、まだ10になったばかりでねーか!?あっ、それとこの前メイド長のアン婆ちゃん(79)達がグラスで入れ歯洗ってるの見ちまってな。とてもグラスで飲む気はしねーだよ」

「マジかよ!?あんの糞ババアァァァ!!今度あいつの脳みそ洗ってやる!!」

「母さま落ち着いて。口調が荒れているだよ」

「おっといけませんね。貴族たるもの常に紳士であるべきなのに。それはさておきジョルジュ、妹達の件ですがあなたも分かっている通り、ステラは14歳と幼いですが、非常に頭が良く、今ではあなたと同等、若しくはそれ以上の魔法を使えるのです。魔法学院に入れても問題ないでしょう。サティは・・・もう「特別」です。言わなくても分かるでしょ?あれが10歳の女の子に見えますか」

「母さまの言いたいことは分かるだよ。だどもそれって半ば育児放...」

「黙らっしゃい!!そんなものではありません。私は常にあなた達のためを思って行動をしているんですよ。決して「手に負えねー」だとか「もう子育て面倒」とかでは決してあり得ません。ええ違いますとも」



母の本音がちらちら見えている会話ではあるが、確かに母の気持ちも、ジョルジュには理解できるのだ。下の妹であるステラとサティは、ジョルジュから見ても変わり者だと思えるぐらい変わっているのだ。



次女であるステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと一つ違いの14歳であるが、ドニエプル家では一番の秀才である。
ジョルジュと違い、幼いころから本の虫になっており、彼女が呼んだ本の中には、父バラガンが頼み込んでもらってきた王立研究所の研究論文もあった。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に魔法を使えるのはステラなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、ステラは二つほど持ち上げるような感じである。ステラの魔法の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法なのかと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だに火の一系統のである。

実はステラ、通常のメイジと比べ遙かに魔力の放出が多く、単なるドットレベルの魔法でも通常の2倍3倍の威力を出すことが出来るのだ。
しかし、それゆえコントロールはかなり困難であり、しかもドットスペルの魔法でさえも莫大な魔力を消費する。当初はその魔力が暴走することが度々あったが、生まれついての類まれなる頭脳によって、様々な実験を経て、着々と制御を可能にしている。現在、使える魔法の「数」ならばジョルジュが優っているが、同じ魔法の強さとなるとではステラなのである。

ジョルジュのことは「兄様」といって慕っており、夜中での魔法の練習では、共に練磨し合い、畑や牧場での作業も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく母の血を受け継いだ」と言わせている。





家では一番幼い、サティ・オデッサ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと5つ違いの10歳であるが、ドニエプル家では一番の巨体である。
ジョルジュと違い、幼いころから体が大きく、6歳の時には身長は180サントに達しており、当時既に父バラガンの身長を抜いてしまっていた。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に体術を使えるのはサティなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、サティは素手で持ち上げるような感じである。サティの体術の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法かと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だにコモンマジックのみなのだ。

実はサティ、他人よりも成長が著しいことに加え、ジョルジュが前世で習っていたソ連の格闘術、「システマ」を護身術として教わり、単なる護身から自らが使える魔法と合わせることで独自の格闘術へと作りあげたのだ。
しかし、実戦への投入はかなり困難であり、しかも体を動かしながらの魔法の使用は莫大な体力を消費する。当初は兄ジョルジュに敗北することが度々あったが、生まれついての強靭な身体によって、様々な実戦を経て、着々と戦闘スタイルを完成させている。現在、戦闘自体ではジョルジュが優っているが、接近戦のみの強さとなるとサティなのである。

ジョルジュのことは「兄さん」といって慕っており、早朝での鍛錬では、共に練磨し合い、クマやオーク鬼の退治も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく闘神の生まれ変わり」と言わせている。


そんな個性が強い妹達は、確かにナターリアには手には負えないだろう。実際、教育を一手に担ってきたナターリアには、ジョルジュを含めた下の3人には早く独立してもらいたいという心境になっていた。

「とにかく、あなたたちには早く一人前の貴族として立派になってほしいのです。ヴェルやマーガレットも来年、再来年には学院を卒業するでしょう。きっと一人前の貴族になっているはずです。ジョルジュにもそうなってほしいのです。母の願いを聞いてはもらえませんか?」

目を潤ませながらじっと見つめられて言われたナターリアの言葉に、ジョルジュは反対の言葉を言うことは出来なかった。

「母さま、そんなにオラの事を思って...分かっただ!!オラ魔法学院さ行って一人前の貴族になってくるだよ」

「よっし・・・ああっ、分かってくれたのですね。それでこそドニエプル家の子供です。」

「今「よっしゃ」って言おうとしてなかっただか?でも母さま、学院には行くとしてもその間、誰がオラの畑や牧場見てくれるんさ。あとターニャちゃんとこの麦の刈り入れの約束も・・・・」



その時、ジョルジュの後ろのドアがバンッ!!と開いて、紅い髪を編み込んだ、黒いドレスを着た少女が舞い込んできた。
肌は健康的に程よく焼けており、160サント程の背丈でたってちいさいメガネをかけているその少女には、黒のドレスと燃えるような赤い髪がより一層彼女の存在を際立たせいた。

ドニエプル家次女、ステラであった。

「そのことなら大丈夫です兄様。兄様が学院へ行った後は私が責任を持って管理します。もちろん私が学院に行く前にはお父様に引き継ぎしますが...」

「ステラいきなり後ろから現れねーでくれさ!!オラこの年で出ちゃいけないもん出そうになっただよ」

「心配いりません兄様。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「おい娘よ。それはどーいう意味だコラ」

「しかしオメェいつから部屋の外にいたんだ?」

「兄様が「いやださ」って言っている時からです。あっちなみに学院のことは既にお母様から聞いていましたので、ターニャさんへはキャンセル入れておきました」

「おおおうぅい!!オラの返事さ聞かねぇでもう言っちゃったの!?先読みしすぎだよ」

「ターニャさん宅は快く了承してくれました。「ジョル坊頑張れって」伝言頼まれましたよ」

「お、おぅぅぅ...なんて良い人たちなんだべ~。よし、オラ頑張ってくるだよ!!ステラ、畑の事さ頼んだだよ」

「てかお前そこら中に泥落とすんじゃねえよ!!入って来た時から泥つきの作業着のまんまでいやがってこのヤロー。私の部屋だぞ」

「大丈夫です。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「この小娘がーッ!!あの婆共もろとも地獄に落としてやるわ」


その後、ナターリアの部屋はいろいろ汚れてしまったが、ジョルジュがこの春、トリステイン魔法学院に行くことが決まったのである。







「そういやステラ、サティはなにしてるだべか?」

「サティならお父様に魔法(挌闘)の訓練を受けてると思いますが…そういえば、先ほどお父様の声が聞こえてたのですが、今は何も聞こえませんね...」



[21602] 6話 それぞれ思うこと(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/02 11:25
トリステイン魔法学院は王都トリスタニアから馬で二時間ほどの場所に位置する、メイジを養成する学校である。
毎年、トリステイン国内のみならず、近隣諸国の貴族達の家からも留学として学院に入学してくる者が多数おり、生徒にとっては多くの同年代と接することが出来る社交場としての場でもある。
もちろん、入学してくる者には、親の爵位に鼻をかけ、貴族らしかぬ下劣な行為を行う者もいれば、真剣にメイジとしての道を進もうとする者、将来の妻を見つけに来る者、親に見放され、半ば屋敷から追い出されるようにこの学院に入らされる者と彼らが学院に来る動機、目的は様々である。

また学院の周囲は高い石壁に囲まれ、その壁からは石を割って伸びる木の芽のように、5本の塔がそびえたっているのだ。もっとも、各国の貴族の子息、令嬢が来るのだから、これぐらいの安全管理は当たり前かもしれない。

ジョルジュを乗せた馬車は巨大な正門から石の壁をくぐり、これから3年間を過ごすであろう学院寮の前で停まった。

「やっとこさ着いただ~」

ジョルジュはそう言って、長旅で強張った体を動かしながら馬車から下りると、ハァと息をはいた。彼の目の前には、自分の住んでた屋敷よりも広いトリステイン学院寮がドンッとそびえ、彼の到着を待っていた。

「あ~しっかしえれぇ広いところだなぁ~。だどもウチの領地より王都に近いって~のに、周りには何もないだなぁ。オラの前の家でも、SA○Yぐらいはあっただよ」

ジョルジュの言うとおり、学院の周囲には店や民家などはなく、ただ草原が広がるばかりであり、少し先に森があるくらいだ。なので、学院への物資は王都から取り寄せるしかなく、外出も馬を使用しなくてはとても移動することはできない。学院で働く平民たちも、学院内に作られた宿舎で寝泊まりしているのだ。これは見る人が見れば、貴族の息子、娘をまとめて捕まえている、半ば牢獄のように感じるだろう。そして周囲を囲む石壁と5つの塔が、一層その雰囲気を醸し出している。

そんなことはお構いなしのジョルジュであるが、彼には先程からひとつ考えていることがあった。

「せっかく広ぇトコがあるんだから、何か植えてぇなあ~。先生たつは許可してくれるだか?」

どうやら彼の農業への気持ちは、どこへいっても変わらないようだ。「そうだ、せっかくだから花でも植えてみるか」と、そんなことを考えながら、ジョルジュは馬車から荷物を降ろし、学院からの手紙に書かれていた部屋へと運ぼうと荷物を手に取った。御者としてついてきてくれたダニエル爺さん(65)は疲れて馬車の中で寝てしまっているが、彼はひとりで生活品や農具のはいった荷物を持ち、自分で持ちきれないものは「レビテーション」で浮かせた。

さて、いざ寮に入ろうとしたとき、ふと目に留まったのは、壁際で指で自分の金髪をクルクルしている男子に口説かれている、長い金髪を縦にロールしている女の子だった。彼のよく知っている人物だ。すぐに駆け足で彼女に近づきながら大きな声で彼女の名を呼んだ。

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」






モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは学院に入学するため、屋敷を出る前日の夜、母からこう告げられた。

「モンモランシー、あなたはこの春からトリステイン魔法学院へ入学しますが、ぶっちゃけ勉強とかどうでもいいので、少しでも大きい貴族のご子息を捕まえてきなさい」

「お母様ッ!?」

食事の最中、しかも家族で食べる最後の食事の途中に、モンモランシーはいつもの彼女からはあまり想像できない声が出た。それもそうだ。実の母から尻軽女になれと宣告されたようなものなのだから。

「いいですかモンモランシー、世の中ぶっちゃけお金です。わがモンモランシ家は夫やおじい様のアホな行動によって干拓に失敗し、借金で首が回りません。今ある収入は、私が友人から譲り受けた化粧品店からのみ。それでもアホなあなたの父のおかげで借金は無くならないのです。ですから我がモンモランシ家が立ち直るためには、アホに頼らず玉の輿に乗るのが一番なのです。ほんとあの人死ねばいいのに...」

なんてこと...いつも知的できれいなお母様からこんな言葉が出てくるなんて。てかお母様、どれだけお父様のこと恨んでるのよ。ほら、向かいに座っているお父様、半分涙目になってるんだけど!?

「それとモンモランシー、借金で経営難の我が家にはぶっちゃけあなたの生活費を見る余裕なんてありませんので、学費は出しますがあちらでのお小遣いは自分で何とかしなさい」

「そんな、あんまりよ!!自分の店に出している商品の香水は全部私に作らせてたクセに、お母様1エキューも私にくれたことないじゃない!!しかもお母様が作る化粧品さっぱり売れてないじゃない。なによ付けまつ毛って!?誰も買わないじゃない!!」

「時代が私についてきてないだけですモンモランシー。あと10年もすれば私の化粧品は世の女性を虜にします」

「もう、なんでそんなことを最後に言うのお母様...私明日にはこの家をでるのよ?それなのに最後の会話がこんなのって...」

「ぶっちゃけ人生は得てしてそういうものです。あっそれと香水で新作の出来たらレシピだけは送ってくださいね」

「ウっさい!!絶対お母様の言うとおりになるもんですか!!」

そんなやり取りをして、モンモランシーは学院に入った。自分だけはしっかりと自立してやる。恋人だって自分で決めるわ。そう心に誓い、寮への荷物を運び終わった彼女は少し学院内を歩いていると、

「ああ!!待ってくれそこで羽ばたいている美しい金の蝶よ!!」

いきなり現れたのは金髪をなびかせ、手には赤いバラを持った端正な顔立ちをした少年であった。モンモランシーは「早速変なのよってきたな」とは思いながら、この変な少年に自分の心を悟られないよう、

「あら、上手なこと言うじゃない。お名前は何というのかしら?」

「ああっ、僕は君への愛の奴隷ギーシュ・ド・グラモンさ。そして君のような美しい蝶を見つけることが出来た世界で最もな幸せな愛の探求者さ」

行ってることは理解不能だったが、そこまで好かれるのは女性として悪いものではない。顔は間違いなくイケメンであるし、グラモン家といえばトリステインの陸軍元帥を務める大貴族ではないか。
母と同じ考えは癪に障るが、なんか勝手に喋ってるこの少年に、ここでツバつけとくのも悪くないわねと考えていると、向こうのほうから

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」

と随分と聞きなれた声が飛んできた。その声のした方に顔を向けるとこれまた随分と見知った顔があった。まさか...ジョルジュ!?

「あんた、なんでココにいるのよ!?畑仕事が忙しいんじゃないの!!」

「いや~オラも急にこっちさ来ることがきまってな。モンちゃんのおかあにモンちゃんも入るって聞いてたからどっかで会えねぇかなあ~って思ってたんだどもさ、まっさかこんな早く会えるとは思わなかっただよ~」

「ハァ、わたしの周りには変な人がついて回るのかしら・・・」



モンモランシ家とドニエプル家は親交がとても深い。ジョルジュの母ナターリアが化粧品店を営んでた時、モンモランシーの母から香水を卸してもらっていたこともあり、ナターリアがバラガンへ嫁いでからもたびたびお互いの家を行ったり来たりするのだ。(ナターリアは時々「あの女が来るとちょくちょく私の宝石とか無くなるんだけど...」と家族に愚痴を漏らしていた)

その際、モンモランシーはジョルジュと知り合うのだが、領地の畑を耕している姿に最初は戸惑った。何度かドニエプル領を訪れた時、モンモランシーは自分からその少年に声をかけた




「あなた、貴族なのに畑なんて耕して、貴族としての誇りはないの?」




するとジョルジュは鍬をそっと置いてこう答えた。


「オラ、もともとこういう仕事好きだしな。それに植物さ作ってると、愛情が出てくるし、植物もオラに懐いてくれるみてぇでなぁ。なんかやめられねぇんだよ。それにオラん家の畑でいっぱい作物さ実れば、家族も村のモンもみんな笑顔になるんだ。オラ、その笑顔だけでも十分やる意味さあるんだ」

顔を泥に汚して、そう口にした後にニッと笑った少年の顔に、モンモランシーはドキッとした。そして彼女は自分が言ったことを謝り、少年と改めて知り合いになった。
そのことがきっかけとなり、モンモランシーとジョルジュはお互いの家に来る度、よく二人で話をした。どんな作物を植えるかや、最近香水を作り始めたのとか身の回りの話や、果ては最近アン婆ちゃんの夢遊病がひどいことや私の家なんてメイドが半分いなくなったのよとかの愚痴とかも喋り合った。二人で行動するときには常識外れのジョルジュにモンモランシーが幾度も手を焼いていたのだ。

いつしかモンモランシーにとって、ジョルジュは手間のかかる奇妙な友人となっていた。
しかし、そんなジョルジュだからこそ、素直な気持ちで、何でも喋ることができたのだ。


「てかアンタの荷物何よ?鍬に鎌に鋤にピッチフォークにじょうろに...あとそれなんかの種袋ね。アンタ学院の土地を畑にする気?」

「いんやぁ~まだ分かんねぇけどな?やっぱ土いじくってねぇと落ち着かないんだよ。だからなんか植えてもいいか先生に聞いてみるだよ」

「まて、君、今は僕が彼女に話しているんだ。だか『へぇ~そう。だったらいろいろ花なんか作ってよ。上手くいったら香水の材料に出来るかもしれないしね』

「いいかい。君が横から出てきて彼女が『モンちゃんはホント香水すきだなぁ~。でも香水作るとなると、えれぇいっぱい花がひつようだっぺ?』

「ちょっと君、人の話を聞いている『それは大丈夫よ。私だったらふつうの花束ぐらいの量があれば作れちゃうから。ジョルジュだったらすぐに咲かせれるでしょ?』

「なに?じゃあ君があの変じ『オラ、神様じゃあるめぇしそんなすぐには作れねぇだよ。モンちゃん相変らず地味にキツイこというだなあ』

「フンッ。噂どお『あら?みんなの笑顔で十分やる意味はあるんでしょ?私の笑顔だけじゃ物足りないって?』

「だ『それ言われると何も言えねぇだよ~。まあ花植えてぇっては思ってたし、気長に待っててよ。』

『ありがと。楽しみにまってるから』

ジョルジュとしては学院に来てすぐに親友と会えたことで十分嬉しかった。それになによりモンモランシーにいったあの時の言葉には偽りがなく、今でもそう思っている。
だからこの時彼は、普段領地では見られない花を咲かせていこうと決めたのだった...



「勝手に終わらすなーー!!人の話を聞けェーーーーー!!!!」

「「あ、ゴメン(だよ)なさい」」



[21602] 7話 それぞれ思うこと(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:27
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは学院に宛がわれた自分の部屋で、ヴァリエール家から持ってきた魔導書の一冊をめくっていた。
その本は幾度と読まれたのか、ページの所処がかすかに汚れていた。
ルイズは本をめくりながら、静かに溜息を吐いた。
自分は何度この本を読んだのだろう。もう開かなくても書いてあることが分かるぐらいなのだ。初めて読んだのがいつの頃かももう覚えていない...


私は貴族であるのに魔法が使えなかった...



お母様はかつて、「烈風のカリン」として魔法衛士隊の隊長を務めていた。その血を引き継いで産まれてきたエレオノールお姉さまは今では王立魔法研究所の研究員として国のために働いている。ちぃ姉さまだって、今は体の具合が悪いけど、トライアングルクラスの魔法を使うことができる。

私だけ...私だけが魔法を使えないなんて...

私は知っている。他の貴族や、領内の平民も、使用人でさえも、陰で私の悪口を言っていることを...。「貴族のくせに魔法も使えない」・・・・

お父様は「私の小さなルイズ、魔法が使えぬことを気にするな。魔法が使えようが使えなかろうが、お前は私の大事な娘なのには変わりない」って言ってくれたけど、

ちぃ姉さまは「ルイズ、焦らなくていいのよ。きっといつか魔法が使えるようになるから...」
って言ってくれたけど、その優しい言葉が余計私の心に傷を刺す。

嫌だ、嫌だいやだいやだいやだ!!私はヴァリエール家の三女なのだ。
今日から魔法学院の生徒となったのだ。きっと魔法を使えるようになってみせる。そして周りから認めてもらうんだ!!

バンッっと強く本を閉じたのと同時に、ふと、窓の外から声が聞こえた。ルイズは椅子から立ち上がり、窓のそばによって外を見た。
窓から下を見ると、貴族であろう少年がシャベルを使って土を耕しているのが見えた。

あれは確か...ジョルジュだっけ。以前、屋敷に両親と一緒に来ていたのを一度だけ見たことがあるわ。
貴族の息子なのに畑仕事をする...私にはわからない。貴族なのに平民の仕事をするなんて、考えられないわ。でもなんだろう、すごい楽しそうね...

ルイズはジョルジュと顔を合わせたのは一度きりである。実際に彼の顔を覚えてはいなく、土をいじっているその姿を見てやっと記憶から出てきたほどなのだ。しかし、彼女はなぜだか無性に、外にいるその少年と話をしたくなった。


彼は私のことを覚えているだろうか。


ふいに彼女はそう思い、少年に声が届く場所へ、寮を出ようと窓を離れ、自分の部屋のドアを開いた。








キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは開けた窓からその赤い髪を風になびかせ、下で土をいじくっている貴族?な少年を観察していた。

「変な子もいるものねぇ~。顔は人並みみたいだけど、土を耕す貴族なんて聞いたことないわね。それともトリステインじゃあれが流行ってるのかしら?」

歳の割に大人びた雰囲気と容姿を持つ彼女は、トリステインの出身ではなく、トリステインから北東に存在する国、ゲルマニアから留学してきた。

かつてキュルケは、ゲルマニアにあるヴィンドボナ魔法学校に通っていたのだが、そこではいろいろと問題沙汰を起こしており、その後もいろいろとあり、半ば逃げるようにトリステインへ来たようなものなのである。
(キュルケ本人は全く意に関してない)

「彼、土の扱いは上手でも女の扱い上手くなさそうね...まあ暇な時にでもからかってみようかしら」

キュルケはそんなことを考え、外へ出ようと窓から離れた。ゲルマニアの女性は、トリステインの女性と違い積極的だと言われている。キュルケもご多分にもれず、まだ寒さが残る春の夜に、自分を温めてくれる殿方を探しに行こうとしたのであった。

キュルケがドアを開けて廊下に出ると、向こうのほうで、階段を降りていく、桃色のブロンドが目に入った。

「あれはヴァリエールの...」

そう呟きながらキュルケが階段に向かって歩き始めたとき、ドンッと真正面に、誰かとぶつかった様な衝撃を受けた。
キュルケは左右に顔を動かして何とぶつかったのか確認しようとしたが、彼女の前には誰もいない。ふと、目線を下へ動かすと、青い髪の小さな頭が目に入ってきた。
その頭が下に下がると、眼鏡をかけた少女がキュルケの顔を見上げている。キュルケは自付と同じ色のマントを付けているのを見て、自分と同じ新入生だとは分かった。

(この子何歳なのかしら・・・15、6には見えないわね)「あ、あら、ごめんなさい。」

キュルケがそう言うと青髪の少女は少し何かを考えるような顔をし、やっと聞こえるかどうかの声で

「・・・・いい」

とだけ呟き、さっさとキュルケとは反対側のほうへ歩き出しっていった。

「アッ、待って!!」

キュルケはさっと振り向いて彼女を呼び止めた。なぜそうしたのかキュルケ本人も分からなかった。いままで会ったことのない、その少女の雰囲気に興味が湧いたのかもしれない。

「あなた。トリステイン出身じゃないでしょ?雰囲気でわかるもの。私キュルケっていうの。あなたの名前は?」

少女はスッと立ち止まり、まるで呼び止められたのが珍しいような顔でキュルケを見ていたが、やがてその小さな口を開いた。

「・・・・・・タバサ」

「そう、同じ学年同士、これからヨロシクね。タバサ」

するとタバサは表情を変えず、そのままキュルケに背を向けて歩いていってしまった。しかし、キュルケにはそんな彼女が、笑っていたように見えたのだ。

「・・・・フフッ、なんだかこっちは面白そうね」

キュルケはこれからの生活にかすかな期待を予感し、そして当初の目的を思い出して階段へと急いだ。








「オスマン校長、今年の新入生が全員寮に入ったとのことです」

魔法学院の中にあるひときわ大きい一室で、ジャン・コルベールは椅子の背もたれに寄りかかり、水タバコをふかしている老人、魔法学院校長オールド・オスマンにそう報告した。
その一室「校長室」には机が2つ置かれてあり、一つはオスマン校長の席であるが、もう一つの机の主人は、今は部屋を出ている。

「オスマン校長、ミス・ロングビルはどちらへ?」

「おお~。ミス・ロングビルなら女子寮のほうへ行って寮の様子を見に行ってもらっとるよ。ワシが行こうとしたんじゃが、「私が行きます」っていってのぉ~。ところで、今年の生徒はどうじゃね?ミスタ・コルヘーヌ」

「コルベールです。器用に間違えないでください。てかそこまで言えるんだから、間違えないで言おうよ。今年も例年と同様な人数ですオールド・オスマン。留学生も数人いますが、みんな無事に寮に入りましたし、問題はないと思います。」

「フム、そうかそうか。しかしコルペーヌ君。今年もあのドニエプルの息子たちが入ってくるのを知っとるじゃろ?」

「コルベールです。いい加減訴えますよ。ええ知っていますよ。しかしそれがなんだと...」

「ワシには隠さなくていいんじゃよぉ?コルベル君。実際、今日入ってきた弟たちが「どっち」に似ているかはお主たち教師たちには気になるトコロなんじゃないかのぉ?」

「ヴェル君とマーガレット君ですね。‘止水’と‘酒客’の二つ名で呼ばれて、それぞれの学年で有名ですからな。しかし、二人とも極端な性格ですからね、どちらも優秀な生徒なのですが...」

「ホッホッホ、先生たちは二人に手を焼かされてたからのぉ。今度の弟たちはどんな子たちか話題にしとったじゃろ。特に末の弟は、かなり変わった性格だと聞くぞ」

「私から見ればどんな子でも同じ生徒ですよオールド・オスマン。他の先生方は分かりませんが、私は分け隔てなく見ますぞ」

「ホッホ、さすがはゴルベール君じゃ。明日からが楽しみじゃわい」

そう呟いて笑ったオスマンの口から、紫色の煙が噴き出された。それは風船のように宙に舞い、窓の外で輝く双月を隠すかのように部屋の中を踊った。





 




 土は肥え、種もそろいつつ、


 そして種は物語を作る芽を出す



 様々な種は幾重にも物語を生み、

 時として彼らが予想もしない結末を咲かす



 それを知るは空で見つめている太陽と双月のみ


そしてジョルジュの物語はひとつの年を重ねてから伸びていくのです



[21602] 8話 春は始まり、物語も始まる
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 02:00
まだ夜も明けきらない早朝、トリステイン魔法学院にそびえる5つの塔が、まるで朝の光を一身に浴びようとするひまわりのように建っている。その中の一つ、土の塔の下を一人の女性が歩いていた。


同年代の女性では比較的、背の高い方であろうその身体は寝間着のままであり、下は裸足であった。
女性の足は歩くごとに左右に揺れ、地面につきそうに伸びている長い髪は、まだ明けきらない朝の闇に紅く光っていた。

右手にはワインの瓶だろうか、既に栓が抜けているその中身はほどんどなく、左手にはまだ栓が抜けていない小瓶が持たれていた。

しばらく歩くと、彼女は目当ての人物を見かけた。目的の人物は石で囲まれた花壇の前にいた。花壇の4分の1の広さに立てられた数本の木の棒には、弦を絡ませて実をつけている植物が育っている。その実をもいでいる少年の顔には、幾つもの傷痕があり、短く切られた髪は女性のものと同様、紅く光っている。

女性は少年の元に近づいていった。朝特有の涼しい風が、女性の長い髪を少し揺らした。


「あんたも朝からよくやるわね~」

少年は女性の声に気づき、額についた汗をぬぐって彼女の方を向いた。

彼女を見た少年は、寝間着に裸足の彼女を見て半ばあきれたような声を出した。


「マー姉...いくら朝早いからってその格好はないよ~」

「いいのよ...これから寝るし」

「寝るの!?ちゃんと朝食までに起きれるんだか!?」

「あんな重い朝食なんて私にとって飾りよ。私の主食はワインだから...」

「ちゃんと食べるだよ!!てかこんな朝早くからまた飲んでるだか?ものすごい酒臭いだよ」

「「から」じゃなくて「まで」よ。失敬な」

「余計悪いだよ!!どんだけ飲むんだか!?」

「いいのよ。‘酒客’のマーガレットにとって、お酒は命の源みたいなものだから。それよりジョルジュ、アンタ来た時に比べて大分訛りが抜けたんじゃない?来た時のあんたはドニエプル弁アリアリだったからね~」


そう言ってケラケラ笑っている女性、マーガレット・ティレル・ド・ドニエプルの奔放さは今に始まったことではないが、少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは少し溜息を吐いてからフフッと笑った。そして目の前にいる姉にこう答えた。


「もうここへ来てから一年たつだ。みんなと一緒に過ごしてたら、やっぱり馴染んでくるだね。自分でもびっくりしてるだよ。しかし...マー姉はこんな朝早くからなんでココに来たんだか?」

マーガレットは自分の左手に持っていた瓶を前に突き出し、右手にある酒瓶から一口だけ飲んでから、自分の弟に答えた。


「ホラ、あんた今日は使い魔召喚の進級試験でしょ?ノエルならともかくあんたは失敗はしないだろうけど、一応景気づけとお祝いを兼ねてのお酒よ。この時間なら大抵アンタはここにいるからね。コレ渡すためにここまで来たの。」


「あ、ありがとうだよマー姉。だけどコレ大丈夫だか?栓が閉まってるのに、アン婆ちゃんの口の臭いがするだよ...」


「名酒ほど臭いはキツイものよ。まあ、もっとも私のオリジナルのお酒だから。試飲も兼ねて、飲んだ後に感想をよろしくね」


「心配だよ~。なんだこれ?まだ栓も開けてないのにドキドキするだよ...」


弟の心配を他所に、マーガレットはケラケラ笑って踵を返すと、「じゃあ頑張りなよ」とだけ言って、その場から動いた。
魔法で飛んで帰ればいいのに、杖を忘れたのか揺れる足取りでジョルジュから離れていった。


ジョルジュはマーガレットが視界から消えたことを確認すると、異様な臭いのする瓶を地面に置き、まだ終わっていなかったヘチの実の残りをもいでいった。






トリステイン魔法学院では春の季節、新しい新入生が入ってくるのと同時に、「召喚の儀式」と呼ばれるものが行われる。
学院で1年間過ごした生徒が、2年生に上がれるかの進級試験でもあるこの儀式では、毎年生涯のパートナーとなる使い魔が召喚される。
そのため、生徒の学院生活の中ではかなりの重要度を占めており、当日となればだれが何を召喚するかしたかの話題があちらこちらで聞こえてくるのだ。


そんな、進級試験を受ける一人であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、召喚の儀式をする場所とは反対側の場所にいた。

「モンちゃんお待たせだよ。」

歩きながら彼女に声をかけたのは、先程まで花壇の土に水をかけていたジョルジュであった。彼は、召喚の儀式が始まる直前に、この花壇の土に水をやりに来ていたのだ。集合場所にいないことを知ったモンモランシーは、彼がいるであろう学院の花壇を2,3か所探し、ようやく見つけたのだ。


「ちょっとジョルジュ!!あなたもうすぐ儀式が始まるわよ!!あなた結構最初のほうなんだから急がないと!!」


「えっ、もうそんな時間だか?結構時間掛っちまってだよ」


「もう、今日は水やりを早めに済ましときなさいって言ってたのに...」


そう呟いたモンモランシーに、苦笑いを浮かばせながら、申し訳なさそうにジョルジュは謝った。

「ごめんだよ。あっ、そう言えば向こうの花壇で植えてたヘチの実を朝に収穫しただ。今日の夜でもモンちゃんの部屋に持っていくだ」


「あら、ありがとう。これでヘチの実の化粧水を作ることが出来るわね。少しはまとまったお金が出来るから...新しい原料でも買いに行こうかしら」


「モンちゃんなんだか逞しくなっただな~。昔からは考えられないだよ」

そう言ったジョルジュから顔をそらし、モンモランシーは遠い場所を見て、何かを悟ったかのように言葉を漏らした。





「女はね、一度やると決めたらトコトンやる生き物なのよ...」






一年前の夏、モンモランシーが実家に帰郷して、屋敷で過ごしてた時、ある日の朝食で母が彼女にあの時と同様な口調で語りかけてきた。


「モンモランシー、ぶっちゃけ我が家の家計は相変わらず火の車です。それなのにあなたったら玉の輿の「た」の字も出てこないような雰囲気。やる気あるのですか?全く」


「ホンキで言っているのですかお母様!?」


モンモランシーは少しキレ気味で母の言葉を確認した。冗談じゃない。入学のときに決めたのだ。自分の将来の相手は自分で決めると。この母の言うとおりになるのは本当に嫌なのだ。


「お母様、私は学校へ男を漁りに行ったのではありません。立派に自立できるよう、貴族として、メイジとして必要なことを学びに行っているのですよ」


「まだそんなことを言っているのですか。いいですか。わがモンモランシ家では男どもはぶっちゃけ役立たずです。アホ共は無視して、お金を持っている家に嫁いでいくことが、家を存続させるための唯一の方法なのです。自立されたらぶっちゃけ困るのです。主にわたしが」


「だからお母様も少しはまともな商品を作ってよ!!知ってるのよ。うちの化粧品店の売り上げの8割は、私が作った香水だってこと。そしてお母様の商品は全然売れてないってことも。なによ、こないだ発明したっていう「付けチクビ」って。なんでワザワザあるものを付けようとするのよ!?」


「時代はゲルマニア女性のような「エロス」に突入しているのですよモンモランシー。ドレスや服の布越しに見える...男はそんなところに心を打たれるのです。」


「ただの変態じゃないのよそれ!!どんな貴族よ!?とにかく、自分の相手は自分で見つけます」


「まあ、私としてはお金が入ればぶっちゃけ誰でもいいのですが...」


「ウっさい!!もうヤダこの家。絶対卒業と同時に自立してやるわ!!」


そして彼女は、卒業と同時に自分の商品を扱う店を持とうと決めたのだ。そこで彼女は実家から帰ってきてから、開業資金をためるようになった。
そのために現在、ジョルジュを巻き込んで学院内で自分が作った化粧品を販売しているのだった。
化粧品の材料となる植物を、ジョルジュに頼み込んで作ってもらっている。最初は戸惑ってた彼だが、

「変わったものを育てるのも楽しいだよ」


とヘチの実をはじめ、美容効果のある野菜や植物を作ってくれている。もちろん香水の原料となる花だって彼が育てたものだ。(母とは違い、売上の一部はジョルジュへ渡している)


そんな風に、貴族というよりも商売人として成長しているモンモランシーは、ふとジョルジュが持っている小瓶に目をとめた。


「ジョルジュ、あなたそれ何なの?なんか変な臭いするんだけど...」


「これか?今日の朝にマー姉からもらっただよ。なんでも景気づけに飲むお酒だって。変な臭いするけど...」


「ちょっとホント臭いわよそれ!!なんか魚臭いんだけど!?」


「ほんとに飲めるかオラドキドキだよ。正直召喚の儀式よりもこれを飲む方が緊張するだ」


「そうね...それ飲んだら出来るものもできなくなりそう...ってもう時間じゃない!!ほらっ、もういくわよ」


モンモランシーはジョルジュの瓶が握られていない方の手を取ると、生徒たちの集合場所へ向かうためにフライを唱えた。
引っ張られて浮かんでいくジョルジュも慌ててフライを唱え、二人はともに目的の場へ飛んでいったのだった。


その光景を、教室の窓からのぞいていたのは姉、マーガレットであった...



「へぇ、季節と一緒にあの子にも春がきたのかなぁ...フフフッ」


「ミス・マーガレット!!授業に集中しなさい!!」


「・・・ほ~い」



[21602] 9話 召喚の儀式
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:24
モンモランシーとジョルジュが集合場所に着いた時、既にあちらこちらに学院の生徒が集まっていた。各々グループを作って話していたり、一人でいたりする者もいる。
皆それとなく緊張しているのだろうか、普段とは違う空気が立ち込めている。


「いや~間に合って良かっただよ~」

「アンタが遅かったからでしょ。ほんと間に合って良かったわ。あっ、向こうでコルベール先生が出席を確認しているから行きましょ」


2人は20メイル程先にある、とりわけ生徒が集まっている場所へと歩いていった。その集団の中心には、今回の儀式の責任者でもある教師、ジャン・コルベールがおり、羊皮紙に出欠の確認を書いていた。羊皮紙には、今年で2年生となる学生の名前が書かれており、この場にいる者には名前の横に丸印を記している。もう、ほとんどの生徒がいるらしく、丸印が付いていない名前はジョルジュとモンモランシーの二人と、数名程度であった。


「コルベール先生!!今きただよ~!!」


「ん、おおっ、ミスタ・ドニエプルとミス・モンモランシですね。君たちも来たと・・・っと、そうなるとあとは3名ぐらいですね」


「先生、あとどれくらいで始まるだか?」

「みんなが揃い次第、説明をしてから始めますよ。召換は一人ずつ行いますので、呼ばれるまでは、比較的自由にしてくれても大丈夫ですぞ」


「分かっただ。ありがとう先生。」


2人がコルベールのもとを離れ、どこか腰かけるところはないかと探していると、数本の木が生えているその下に、見知った姿の女生徒がいた。



同じ場所をぐるぐる行ったり来たりして、何かブツブツ言っている。彼女の特徴でもある桃色がかかったブロンドの髪は、歩くごとに左右に揺れていた。

「・・・・・おおっ、ありゃルイズじゃねーだかよ。何やってるんだあ?そこらへん行ったり来たりして」


「あの子なりに悩みまくってるんでしょ。ちょっとあっちに行きましょ」


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今日の召喚の儀式の手順を、昨日から今に至るまで何度も確認していた。
今日の召喚の儀式は、一年生である彼女たちの進級試験も兼ねている。これで成功しなければ2年生に上がることができず、学院を去らなければならない。
それはヴァリエール家という大貴族の娘として産まれてきた彼女にとって、あってはならないことであった。ルイズは、この一年間における授業の成績は目を見張るものがあった。座学においては学年の中では1,2を争うほどの出来だ。
しかし、彼女はこの学院での生活の中で、魔法を成功したことはなかった。コモンマジックも系統魔法も、彼女が唱えるといつも爆発を起こしてしまう。

そんな彼女はいつしか、魔法の成功率ゼロ、「ゼロのルイズ」と呼ばれるようになっていた...





・・・よし、召喚の手順は完璧に覚えたわ...今日は何が何でも成功させてやるんだから!!由緒あるヴァリエール家の娘として、立派な使い魔を召喚してみせるわ。
そしたら誰も、私の事を「ゼロ」なんて呼ばせないんだから...!!


彼女の気持ちは時間と共に徐々に張りつめっていたのだが、そんな時、不意に彼女の背中から声がかかったのであった。


「あんた、なにそんな緊張しているのよ?」

「ルイズ、オメェ一人で何ブツブツつぶやいとるだぁ?」


ルイズが振り向くと、目の前にはモンモランシーとジョルジュ、いつもの二人組がいた。モンモランシーはこちらを心配するような目つきで、ジョルジュはいつも通りの、少し気の抜けた顔をこちらに向けていたのだった。




ジョルジュとモンモランシーは、ルイズにとって気の許せる数少ない友人であった。ジョルジュとは小さい頃には一度会っているのだが、学院に入学するまでに2人は再び顔を見せることはなかった。再び出会ったのは魔法学院の寮に入った日。寮の窓から下を眺めた場所に、ジョルジュが土を耕しているのを見て、彼女はかつて屋敷にきた少年の事を思い出した。
そして、彼と無性に話したくて、寮を出て少年に話かけた時のことを今でも覚えている。


「ちょっとアンタッ!!」

「ん?」

「わ、わたしのこと覚えてる?」

「なにさ急に...ってあっ、オメェたすか、ヴァリエール公爵んトコの娘さんでぇ~ルイズじゃねえべか?」


お、覚えててくれたっ!!



「フ、フンッ。良く覚えてたわね!!まあ由緒あるヴァリエール家の娘だから覚えてて当然でしょうけど...」

「だって~オメェさん...オラがオメェさん家に行った時、お姉さんだか?ほっぺ引っ張られて泣いてたでねぇかよぅ。忘れられねぇだよ~」


「そ、そんなことはいいわっ!!もう忘れなさい!!...それよりもあんた、入学初日に土いじくって何してんのよ?」


「モンちゃんがさ~。香水のための花育ててほしいっつてだな、先生に許可さもらって幾つか花の種蒔いてるだよ」


「誰よモンちゃんって...」


その会話がきっかけとなり、次の日から二人は気軽に話すようになった。やがてジョルジュの紹介もあって、モンモランシーとも知り合いとなった。それからルイズが落ち込んだ時や、魔法に失敗して落ち込んでいた時に、二人が励ましてくれるようになった。


「モンモランシーにジョルジュ...フ、フンッ!!別に緊張なんかしてないわよ!!」


「そう?どうでもいいけどアンタウロウロし過ぎよ、アンタが歩き回ってたところなんか草がなくなって道になってるわよ」


「そ、そんなわけないでしょ!?それよりも何しに来たのよ!!」


「ホラ、召喚の儀式が始まっても、順番が来るまで時間があるでしょ?だから話相手にでもなってもらおうかなって...」


「しょ、しょうがないわね...いいわ。私の番が来るまで話相手になってあげるわ」


若干顔を赤くしながらルイズはそう言うと、おもむろにジョルジュの方を向き、指をさし言った。

「ところで、私の心配よりもあんたのお兄さんを心配した方がいいんじゃないの?ジョルジュ。あれを見なさい。アイツの周りだけ空気が沈んでるわよ」

そしてルイズはジョルジュから指をそらし、別の方向を指した。3人の場所から離れた先には、膝を曲げ、腕で両足を抱え込んでいる、いわゆる体育座りのような体勢をとってしゃがんでいるモノがあった。

マントを着けていなければメイジとは分からないだろう。
頭から生える白い髪は、顔が隠れるほどに伸びており、表情は確認できない。しかしなにかを呟いている声だけはしており、2メイル周辺の空気は若干黒いオーラを漂わせていた。

「ノエル兄さは大事な行事となるといっつもあんな感じだよ?ああやって一人の世界に入り込まないと死にそうになるって子供の時に聞いたことがあるだ」


「なによソレ!?どんだけ心が弱いのよ!?」


「何でもあのせいで、学院に入るのが一年遅れてしまったって、母様言ってただ」


「まあ...あんな感じじゃあ貴族としてというより、人として大丈夫か疑いたくなるわね...アンタのお姉さんといい、なんであんたの家ってこう極端な人が多いの?」

モンモランシーがジョルジュにそう尋ねると、ジョルジュはケラケラ笑いながら言った。


「そんなこと言うなだよ~みんな個性的なだけさ~」


「「個性的すぎるわ!!」」





ジョルジュの一つ上でもある兄ノエルは、生まれつき極度の臆病、人見知りであった。
それは成長するにつれてだんだんひどくなり、屋敷の者としかうまく喋れないどころか、顔を合わせるのもできなくなってしまった。
そんなノエルは、自分とは正反対の性格である弟をうらやましく思うと同時に、弟の周りに自然と人が集まっていくことに嫉妬を覚えるようになった。
そのため、貴族らしからぬ行動をするジョルジュを「貴族の恥さらし」とよく呟いているのだが、母にはよく「あんたは人としてヤバい」とよく言われていたのだった。
彼もジョルジュと同様、15歳の時に魔法学院へ入学する予定ではあったのだが、家を離れる恐怖と、学校生活での心配に過剰になりすぎてしまい、結局、屋敷を出ることすらできなかった。


それから一年たって、ようやく本人が学院へ行く心の準備が出来たというので、弟のジョルジュと共に魔法学院に入ったのだが...一年たっても性格は変わらず、友達と言えば時折話しかけてくる数人の男子だけであった...


そんなノエルを見た三人の話は、今年入学したジョルジュの妹に話題が移っていた。モンモランシーが今気づいたかのように言った。


「そう言えばお母様から聞いたんだけど、あなたの妹今年入学してきたんでしょう?もう1年生の間じゃ話題になっているじゃない」


「ステラのことだか?ステラは頭がいいからな~。きっとうまくやれっと思うだよ」


「ちょっ、あんた妹もいるの!?いったい何人兄妹いるのよ!?」

ルイズはジョルジュの兄妹に関しては、上の兄と姉だけしか知らなかった。なので妹もいると知った彼女は眼を見開いて驚いた。

「ん~ヴェル兄さとノエル兄さだろぅ。あとマー姉とステラにサティっていう11歳の妹もいるだよ。サティも今年入学する予定だったけど、ヴェル兄さがそれを中止させただよ」


「じゅっ、11歳で入学!?そんなの前代未聞よ!!そんな幼い子が学院で生活できるわけないじゃない!!」


「サティは並の11歳じゃねぇだよ。それに母さまは育児を放...早く自立させるために学院に入れようとしたんだよ。だどもヴェル兄さが実家帰ってきてそれ聞いたら、「魔法学院はそんな甘いトコロじゃないっぺ!!」って母さまに言ってな、今はヴェル兄さがサティの家庭教師になってるだよ」


「あんたのトコロのお母さんもトンデモない人ね...」


ジョルジュの話でルイズが彼の家族にあきれた時、「皆さん静かに」と教師のコルベールが生徒たちの真ん中に立ち、話を続けた。


「全員揃いましたので、今から召喚の儀式をとり行いたいと思います。落ち着いて、みなさんがいつも通に魔法を行使すればきっと成功します。それでは今から名前を呼ばれた者はこちらに来てください。召喚の儀式を行ってもらいます。」


コルベールが一人目の名前を呼んだあと、ルイズはモンモランシーとジョルジュの方に再び顔を向け、二人の顔を見つめながら、虚勢を張るように言った。


「まあ、せいぜい失敗しないようにすることね。」


「それはアンタでしょ?ルイズ」


「なに言ってるのよ!!見てなさい!!クラスで一番素晴らしい使い魔を召喚してやるんだから!!」


「ハイハイ。せいぜい気張りすぎて失敗しないようにね」


「ルイズもモンちゃんもきっと成功するだよ。オラも二人に負けねぇよう頑張るだ」


三人がそんな会話をしている頃、広場でうずくまっているノエルからは、相変わらず消え入りそうな声が出ていた。

「・・・・もうやだ死にたい死にたい絶対失敗する失敗する失敗する失敗する畜生ジョルジュの奴め奴め奴め奴めああああんなに女の子と女の子と喋りやがって喋りやがって畜生畜生畜生おれも話したい話したい話したいくそくそくそくそくそもうやだ生まれてきてすいません・・・」


ちなみに彼の番は結構、最初の方だったりする。








「トコロでさっきから気になってるんだけど...ジョルジュアンタなに持ってるのよソレ?すごい臭いんだけど!?」


「これか?マー姉に景気づけにってくれたお酒だども...」

「ちょっとソレ、ホントにお酒なの!?栓が閉まってるのに暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわ!!」



[21602] 10話 新しき仲間、友達、使い魔
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/06 22:09
「じゃあ、こうしましょう。自分の名前が呼ばれた人から順に、これを飲んで行くってことで...」

「嫌よそんなの!!そんなの飲んだら召喚どころか、立っていられるかも疑わしいわ!!」

「ルイズは大げさだよ。マー姉は臭いがきついほど名酒だって言ってただ。きっと味はいいだよ」

「無理よムリムリ!!そんなの無理よ!!絶対飲めないわ!!」


召喚の儀式は順調に進み、既に半分の生徒が使い魔を召喚していた。召喚された使い魔は、生徒一人一人によって様々であり、尻尾に火が付いているトカゲや、中には風竜を召喚した者もいた。
ちなみにジョルジュの兄であるノエルも召喚に成功し、体長10メイルはあろうかという巨大な蛇、紅鱗のコアトルを召喚した。

そんな彼は現在、隅っこの方でコアトルに巻きつかれている。


そんな中、ルイズ達3人は、マーガレットから渡されたお酒をどうしようかと話していた。


「せっかくマー姉からもらったものだし...オラ、ためしに飲んでみるだよ」

「ちょっと本気で言ってるのジョルジュ!?こんなの飲んだら死ぬわよ!!」

「死ぬんだか!?」

「ちょっとルイズ落ち着きなさいよ。いくらキッつい臭いがするからってたかがお酒?よ。いくらなんでも死にはしないわよ。それにジョルジュが飲みたいって言ってるんだから飲ましてあげましょう」

「あんたも何言ってるのよモンモランシー!!あんたの恋人が死ぬかもしれないのよ!?」

モンモランシーは顔を赤くし、「バカッ!!」と言いながらルイズの背中を押して、ジョルジュと少し離れた場所までいき、ヒソヒソ声でルイズに話し始めた。

「だ、だ、誰が恋人よ!!そ、そんな...そんなんじゃないんだから。ってなに言わせんのよ!!いいルイズ。あんた、なんだかんだ言ってるけどあなただってあの瓶の中身に興味はあるでしょ?誰かしら毒味すればどんなお酒なのか分かるんだからちょうどいいじゃない。仮に死ぬほど不味かったとしても、私たちは安全だし...」


「モンモランシー...あんた結構腹黒いトコロあるのね...まあ、確かにあのお酒を持ってきたのはジョルジュだし...そうね。本人に味見してもらいましょう」


「二人とも~。オラに隠れてなにコソコソ話ししとるだよ?」


「な、何でもないわ!!そ、そ、それよりジョルジュ!!いいわッ!!あんたソレ飲んでみなさいッ!!」


「そうするつもりだよ。どしたんだ急にルイズ?...ああ、だどもいざ飲むとなると、なぜかドキドキしてきただよ」


ジョルジュは若干震える手でその小瓶の栓を開けた。
開けた瞬間、瓶の口から紫の煙がでたように見えたが、ジョルジュは気のせいであると思いこんだ。不思議と、栓がされていた時でさえも尋常ではなかったあの臭いは、ふたを開けた瞬間には何も感じなくなった。実際はあまりの異臭に、ジョルジュ本人の嗅覚が麻痺してしまったのだが...


「あれっ?なんかなんにも臭いがしねぇだよ...さっきまでアン婆ちゃん(80)の口の臭いがあんだけしたのに...慣れちまったのだかなぁ?だども...いざ蓋を開けてみると、やっぱり怖いだなぁ...」


ジョルジュは若干躊躇したが、女の子に行ってしまった手前、止めるわけにもいかず、エイヤと目を瞑り、瓶の中の液体を三分の一程度、口に流し入れた。その光景を、ルイズ、モンモランシーの二人は心配そうに見つめている。


「ジョ、ジョルジュ...どうなの?大丈夫?」


「ちょ、ちょっと。あんたなにか言いなさいよ...」


2人の少女は、中身を飲んでから全く反応のないジョルジュに声をかけたが、ジョルジュ本人には何も届いていなった。彼は飲んだ酒のあまりの味のキツさに、彼の魂は遠い昔にトリップしていたのだ。


あ、あれは...オラが高校ん時の...ああ、あの時も~進級試験で~苦労しただ~っけ~な~ぁ~~~...






『オオ~ミスターゴサク。アナタノタンイハ、トッテモアブナイデ~ス。コノママデハシンキュ~ガアヤウィデ~ス』


『そ、そんな!?お願いだよミハイル先生!!何とかしてほしいだ!!』


『ソレデハワタシノ「システマ」カラノガレルコトガデキタラ、タンイヲアゲマショ~』


『えっ?ミハイル先生?何で急に軍服に着替えるだか?えっ、てか今から?ってちょっ!!待つだよミハイル先生~ッ!!!』


『ワガソコクノセントージュツカラノガレルコトハデキマセ~ン。オトナシクリューネンスルデ~ス』


『おおお~ッ!!ミハイル先生~ッッッ!!』






「ミ、ミハイル先生ぇ...」


「ちょっとジョルジュ!!あんたこっちに戻ってきなさい!!誰よミハイル先生って!?」

「はッ!!お、オラは一体!!」


「あなた、それ飲んでから白目剥きながら立ってたのよ?大丈夫?なんかミハイルミハイルって言ってたけど...」


「す、少し昔に戻ってたような...あ、どうやらオラの番が来たようだよ。ちょっと行ってくるだぁ」


揺れる足取りでジョルジュは、コルベールのもとへ歩いていった。そんな様子を後ろから見ていた2人は、地面に置いてある兵器・・・もとい酒瓶の蓋を閉め、二人はその場から移動した。




「あれは、人が手を出してはいけない禁断の果実なんだわ...」


「そうねルイズ。きっと、あれは始祖ブリミルとかが飲むものなのきっと...私達ごときが手を出してはいけない代物なのよ...」


彼らがいた場所には、少し中身が減った瓶だけがさびしく置かれていた...






「さて、では次はミスタ・ドニエプル...ってジョルジュ君大丈夫ですか!?顔色が悪いですぞ!?」


「だ、大丈夫だよミハイ・・・コルベール先生ぇ...やれるだぁ」


幸い彼は飲んですぐにトリップしていたので、飲んだ量はそれほどでもなかった。それでも、まだ頭に残る虚脱感を振り払うと、彼は深呼吸を2.3回行ってから召喚のために呪文を紡ぎ始めた。
彼の周りでは、「あのジョルジュか...」「あんなやつが...」「失敗するんじゃないかい...」「くっ!!ジョルジュめ!!僕のモンランシーとあんなに...」などの声が聞こえてくるが、彼の集中力はだんだんと高まり、まるで水の底へ沈むかのような感覚で、やがて周りの声も聞こえなくなった。



「我が名はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプル...」

そして彼独自の詠唱が後に続いていく


「五つの力を司るペンタゴン。我と出会い、そして我が運命と相対する者よ。我の導きに答え姿を現せ!!」


ジョルジュは召喚の時の詠唱に、「使い魔」を入れることをしなかった。それは「使い魔」としてではなく、これから同じ人生を歩む「仲間」を呼び出すという、彼の性格から出来た詠唱であったのだ。


詠唱が終わると同時、彼の前に空気が爆発する音と、緑色の光が発生した。その光はやがて消え、爆発の音が周囲に溶けていった頃には彼の使い魔が姿を現した。


「こ、こ、こりゃあ驚いただぁ~」






それはジョルジュと同じか、やや低いであろう一人の女性であった。しかし、その女性の四肢は茶色く、汚れており、まるで老樹に絡まる蔓のようなものが彼女の体に巻きついていた。何よりも彼女の眼は人間のそれではなく、紅く、まるでルビーのような色をしている。
そして彼女の頭からは、髪ではなく、緑色をした何枚もの大きな葉っぱが生えていた。



教師コルベールも、彼女を見て、口をあんぐりと開けて驚きを隠せなかった。


「こ、これは非常に珍しい...こんなに成長したマンドレイクは初めて見ましたぞ...」


彼女は魔術や秘薬の原料ともなる植物、マンドレイクであった。マンドレイクは地面から引き抜くときに悲鳴をあげ、引き抜いた者の命を奪う危険な植物である。マンドレイクはある程度成長すると自らの意思を持ち、地中から出てきて新たな繁殖先を探して移動するのだが、マンドレイクはどんなに大きくても20~30サント程度であるのだ。人と同等な大きさのマンドレイクは、現在では文献上のなかでしか存在していない。
ジョルジュが召喚したマンドレイクは正にそれであり、その希少さは竜すらも凌ぐのではないだろうか。


「し、しかしジョルジュ君。彼女は‘園庭’の二つ名を持つ君にはピッタリではないのかね?君は土系統の魔法が優秀であるし...土メイジとしては非常に立派な使い魔ですぞ」


「いやぁ、オラもほんとおったまげたぁ~。こんな大きいマンドレイクはオラ、見たことねぇだよ。オメェ、ホントにオラに付いてきてくれるだか?」


ジョルジュが少し緊張した声でそのマンドレイクに話しかけると、彼の言った言葉が分かるのか、コクンと首を縦に振った。


「あ、ありがとさ~。これからよろしくだよ!!」

そしてジョルジュは契約の呪文、コントラクト・サーヴァントを唱え、彼女の唇(らしきとこ)に唇を合わせた...






「いや~。やっぱ契約のためだからって、女の子とキスするは、ちょっと恥ずかしかっただよ~」


―フフフッそうですか?私は主にキスされるのは嬉しかったですわよ―


「そ、そんなこというなよ~。オラ余計恥ずかしいだ...そういやルーナってどこで産まれたんだ?」

―私はゲルマニアの山奥で産まれました。私が生まれた場所は、幸い土壌が豊かで、人が入ってこないような場所でしたので、仲間たちよりも大きく育ちましたの―


「へぇ~そうなんだか。それじゃあ、改めてこれからヨロシクな。ルーナ」


―こちらこそお願いしますわ。我が主―


ジョルジュは召喚の儀式のあと、彼は、召喚した彼女と日の光が良く当たる場所に移動し、お互いの事について語り合っていた。

ちなみにルーナというのは、彼女の種族がマンドレイクではなく、その亜種といわれる「アルルーナ」というものであり(本人談)、ジョルジュはそこから取って「ルーナ」と名付けた。


コントラクト・サーヴァントの後、彼女とは会話ができるようになった。しかし、会話といってもルーナの声は口から出てくるのではなく、直接頭に響いてくる。半ばテレパシーの一種であろうか。


そんな彼らが喋っているところに、こちらも召喚の儀式を終えたモンモランシーが歩いてきた。彼女の肩には黄色い皮膚の、黒い斑模様をもったカエルが乗っていた。



「おお~。モンちゃんお帰りだよ。召喚上手く行ってよかっただなぁ~」


「これくらい普通よ。しかしジョルジュ。あなたすごいの召喚したわね~」


「ホントに、よくおらのトコに来てくれただよ~。ルーナ。この子はモンちゃんって言ってオラの大切な友達だよ」

―ルーナです。よろしくお願いしますね主のお友達のモンちゃん様―


「友達...ね。まあ今はね..ってじゃなくて!!なに今の!?頭に何か聞こえたけど...もしかしてこの子!?」


「そうだよ。ルーナは口では話せねぇけど、喋れるだよ」


「そ、そうなの?なんだかへんな感覚ね...よろしくルーナ。私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。モンちゃんでなくてモンモランシーって呼んで」


「ええぇ~。モンちゃんはモンちゃんだよ~」


「ウっさいアホ!!」


―マスター。少しは彼女の気持ちも察するべきですわ―


彼らが、召喚した新しき仲間たちと楽しそうに喋っている時、召喚の儀式もいよいよ最後の一人を残すだけとなった。


「次、ミスヴァリエール」

コルベールの呼び声に、多少上ずった声で「ハイッ」と答えると、ルイズは緊張した足取りでコルベールのもとへと歩いた。


「お、とうとうルイズの番だよ!!一体どんなの召喚するんだかなぁ?」


「まず召喚できるかが問題ね」


―彼女も主のお友達なのですか?随分と小さいですわね―



そんな彼らの声が聞こえてくる中、ルイズは意を決したかのような顔で、杖を持ち、詠唱を始めた。









「ふふ、ヴァリエールったら。ちゃんと召喚できるのかしら...ってタバサそれどうしたの?変な臭いするわよ?」


「・・・・そこで拾った」


「ちょ、ホント臭いわ!!何それ!?離れてるのに、暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわよ!!」


「・・・けっこう癖になる味・・・・・・お母様?なんでココにいるの?」



[21602] 11話 儀式は終わり、月は満ち
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 17:47
太陽は完全に沈み、代わりに、二つの向かい合った月が空に昇ってきた頃、寮の階段をジョルジュは昇っていた。

彼の肩には蔓で編んだ籠が背負われており、その中には今朝とれたヘチの実と、召喚の儀式が終わった後に摘んだハーブや花が揺れており、籠に入りきらなかったものは、レビテーションで浮かして運んでいた。
ハーブ特有の香りがついたその手には、長さ30サント程の杖が握られていた。


召喚の儀式を終えた後、コルベールは生徒に使い魔との親交を深める時間を設けた。そのため、生徒たちは皆各々の部屋へと戻り、使い魔とコミュニケーションを取ることとなった。ジョルジュも一旦モンモランシーと別れ、召喚したルーナと一緒に花壇へ行き、そこでルーナと喋ったり、ハーブや花を一緒に摘んだりしたのであった。しかし、夕方になるとルーナは「寝床はここがベスト」と言って花壇の空いている場所に潜ったかと思うと、頭の葉を外に出して眠りについてしまった。ジョルジュは唖然としたが、「植物だから当たり前か」と妙な納得をして、ルーナと摘んだハーブを自分の部屋へと運んでいった。

そして夕食後、彼はモンモランシーに頼まれていたヘチの実とハーブと花を彼女のもとへと届けに来たのだ。



しばらくしてジョルジュは目的の階まで昇り終えると、すでに何度も来た通路を歩いていった。そしてある屋の前にたどり着くと、彼は杖を持っていない方の手でドアをノックした。
しばらくするとガチャッとドアが開き、中からモンモランシーが顔を出した。入浴の後なのだろうか。彼女の顔は若干の赤みを帯び、象徴ともいえる縦のロールもしっとりと濡れている。

モンモランシーはジョルジュを部屋の中に入れると、そっとドアを閉め、くるっと彼の方を向いて喋り始めた。


「ジョルジュ、やっと来たわね。ちゃんと頼んだものは持ってきてくれた?」


「持ってきただよ。今朝採ったヘチの実だべ?それとハーブと~花をいくつか摘んできただ。これでたりるだか?」

ジョルジュは背中から籠を下し、また魔法で浮かせていた花やハーブの束も床に置いた。モンモランシーは床に置かれた収穫物をみてニンマリと笑った。


「上出来よジョルジュ。これだけあればヘチの化粧水は十分出来るし、香水の開発も出来そうね」


「モンちゃん眼が輝いてるだよ~」


「当たり前でしょ!?将来の開業資金を貯める事ができるし、新商品の開発もできるのよ?一石二,三鳥はあるわ!!それにジョルジュだって何かと都合がいいでしょ?」


「確かにそだけど...モンちゃんやっぱ逞しくなっただぁ」


「フフフッ、女は強い生き物なの。それはともかく、これからもよろしくね♪ジョルジュ」


頬をポリポリとかいて呟くジョルジュに、モンモランシーは花が咲いたような笑顔を浮かべた。そして彼の労をねぎらうためか、テーブルに置いていたワインをグラスに注ぎ、彼に渡した。



モンモランシーが入学したての頃、最初はジョルジュが育てた花で香水を作るだけであった。しかし、彼女が卒業と同時に自立を決意した後、彼女は香水だけでなく、今では化粧水や石鹸などの開発も行っている。
彼女が使用する材料は、ジョルジュが栽培した植物を使うため、こうして時々、自分の部屋に収穫されたものを運んできてもらっているのだ。


ジョルジュとしては、彼女が自分を頼ってくれるのが純粋に嬉しかったし、なにより彼女が新製品の開発に成功した時の笑顔が好きだったので、彼女に頼まれたことは大抵協力していたのだった。ちなみに、そんな仲の良い2人は、クラスの仲間たちから付き合ってると噂されている(ギーシュは「僕のモンモランシーがあんな男を相手にするはずがない!!」と主張している)が、本人たちはそれを否定している...


注がれたワインを口にしながら二人が話し合っているとき、遠くのほうから見知った声と、初めて聞く声が耳に届いてきた。ジョルジュは声がした方に顔を向き、何が起こっているかを想像しながらモンモランシーに言った。


「あれはルイズの声だなぁ~。なんかえっらい大きな声で喋ってるだよ」


「まったく...もう夜だってのにルイズったらあんなに騒いで...まあ、あんなの召喚すれば誰だって騒ぎたくもなるのかしら」


「んだなぁ...まさか人を召喚するとは思ってもなかっただよ」


そう言ったジョルジュは、目を窓に向けて、今日の召喚の儀式の事を思い返した...








ルイズが呪文の詠唱を終え、杖を振り下した時の爆発音は今でも耳に残っている。
砂埃が落ち着いてきた時に、その場になにかがいることは、離れた場所からでも見てとれた。
ルイズも成功しただぁ~とのんきに思っていたら、次の瞬間には目を疑った。

地面に倒れているのは人間だった...それもかつて、自分が呉作として生きていた世界にあった、青いパーカーを着ている。少し経つと、倒れていた者はぬっと起き上がった。顔を見る限りでは高校1,2年生くらいの少年だろうか。黒い髪と日本人特有の顔から、すぐに日本人ではないかと予想する。

ルイズが彼に語りかけた

『あんた誰?』


少年は少しの間ポカンとしてたが、やがて口を開いた。そこから出てきたのはまぎれもなく、自分の住んでいた世界の言葉、日本語であった。


『えっ、ちょっとこれなんだよ?どこだよここは...てか何語で喋ってるんだよ?』


懐かしい日本語が聞こえてはきたが、それはすぐに周りの野次に消された...

『ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?』


『ちょ、ちょっと間違っただけよ!』


『間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん』


『さすがはゼロのルイズだ!』


隣でモンモランシーも「あの子...平民を召喚しちゃった!!」なんて言ってるが、視線はあの少年から動くことはなかった。

ルイズが「ミスタ・コルベール!!もう一度召喚させて下さい!!」とコルベール先生に訴えたが、結局それは許されず、ルイズは未だに事態を把握しきれていない少年に口づけをした。少年は驚いていたけど、やがてルーンの刻まれる痛みのせいか、彼は気絶してしまった。

召喚の儀式が終わり、他の生徒たちはフライの魔法で学院に戻っていってしまった。ルイズに召喚された少年も、ギーシュがレビテーションで運んでいき、ルイズもそれに付いていってしまい、残ったのはモンちゃんと自分だけだった...


「・・・・・・って!!ちょっと?ジョルジュ?」


「んっ...ああっ!どうしたんだモンちゃん?」


「どうしたじゃないでよ。あなた、ルイズが召喚した平民の話になったとたん上の空になっちゃって...どこか気分でも悪いの?」


「な、何でもねぇだよモンちゃん...だどもルイズが召喚した子、どこから来たんだかなぁ?一度話してみてぇだよ」


「あの平民と?あなたも変なことに興味持つのね。あの平民が召喚されてからどこかおかしいけど...あなた、もしかしてあの平民のこと知っているの?」


モンモランシーはジョルジュに尋ねようとしたが、ジョルジュは「べ、別になんも知らねぇ~だよ!」と慌てて誤魔化し、そろそろ帰ると言って部屋から出ようとした。すると急にモンモランシーが彼右手をつかんで引き止め、彼のもう片方の手にガラス瓶を握らせた。そのガラス瓶は美しい形に製錬されており、中には薄紫色の液体が入っていた。


「何だべこれモンちゃん?もすかしてマー姉のお酒の残り・・・」


「違うわッ!!香水よ香水!!あなたが育てた花から作ったもの!!あなた、私の香水一度も使ったことないでしょ?だから日頃のお礼も兼ねてジョルジュにあげるわ。まだどこにも出していない新作なのよ?ありがたく頂きなさい」


そう言うモンモランシーはどこか気取った風にジョルジュを見つめていた。まるで絵本に出てくる王女様が、偉そうに家来の者に褒美を与える時のようだなと、ジョルジュはなぜかそう感じた。


「ははぁ~。ありがとうございますだぁ~。ありがたく頂戴いたしますぅ~」


彼はいかに大げさに頭を下げ、かしこまった風に香水の瓶を受け取った。モンモランシーはそれを見てニコッと笑い


「うむ。素直でよろしい」


と返事を返した。その後、顔を見合わせた2人は互いに笑い、少年のほうは扉を開いて部屋を後にした。後に残った少女の背中は、部屋のランプと、双月の淡い光でやさしく照らされていた。







ギーシュ・ド・グラモンは女子寮の一階の片隅で、とある人を待っていた。
そして待っている間、彼が恋い焦がれている少女、モンモランシーを思い浮かべては心を締め付けられ、その少女のそばにいる少年、ジョルジュを思い出しては憎しみの言葉を発していた。



「あああっ、僕のモンモランシー...君のその笑顔は妖精よりもかわいらしく、そして空に浮かぶあの月のように美しい...僕は君のその笑顔のためならば、君の盾にも杖にもなろうじゃないかぁ~」


金髪の少年は、毎年春によく出てくる変な人のような顔で、まだ誰もいないその空間に言葉を紡いでいた。
そしてその直後、彼の顔は一転して怒りに充ち溢れ、目からは火が出るのではないかというぐらい憎悪の念を燃やした。


「そ・れ・に・比べて、あの田舎者の貴族はぁぁぁッ!!僕の美しき蝶にまとわりついてッ!!あの男の土臭い臭いが彼女についたらどうするつもりなんだ!?全く、これだから辺境の貴族は...」


実際、ドニエプル家は彼の実家であるグラモン家となんら遜色ない力を持っているのであるが、彼は周りのジョルジュに対する噂と、彼の頭の中にある「西部=辺境の地=田舎」という図式が彼の見解を曇らせ、ジョルジュの事を「田舎から来た変わり者」という風にとらえている。

そんな奴に、グラモン家の4男である自分が負けるはずはないと彼は思っているのであるが、実際は魔法の実力はあちらの方がはるか上、恋した女性はあちらの方を見ていて、自分には振り向いてくれない。そんな現実が、ジョルジュへの憎しみをさらに増やしていた。それと同時に、彼のモンランシーへの思いはさらに深くなるのだった。


「待っていてくれ僕のモンモランシー、いつかきっと僕は君のそばにいくから...」


そんな彼に待ち人が階段を降りてやってきた。階段を降りてきた少女は、栗色がかった髪を肩まで伸ばし、くるりとした大きな目は、目の前にいる金髪の少年を見つめていた。


「お待たせしました...ギーシュ様...」


少し熱を帯びた声に反応して、ギーシュは彼女のそばに近寄り、先ほど想い人へ言葉を紡いだ時と同様な、やさしい声で彼女に囁いた。


「なにを言うんだ僕のケティ...君のためならば例え太陽が昇ることになっても、僕は君を待ち続けるさ...」




彼の名はギーシュ・ド・グラモン。「女の子を平等に愛することが僕の使命」と語る少年の、悲しき本性が見える風景であった...



そんなことが行われているとは知らず、ジョルジュはギーシュに遭遇することなく女子寮を出て、自分の部屋に帰ろうと外を歩いていた。
ところが男子寮にもうすぐ着くというその時、上の方からバッサバッサと翼をはためかせる音が響いてきた。ジョルジュがはてと見上げると、そこには懐かしい鷲の顔をしたグリフォンが、彼の前に降りてきた。

ドニエプル家領主、バラガンの元愛獣(現在、主人は末娘のサティ)、ゴンザレスであった。小さき頃、彼の背中から行った種まきで、再び土を耕そうと決めた思い出が、ジョルジュの胸によみがえってきた。

「ゴンザレス!!久しぶりだよ~♪元気にしとるだか?だども、一体何しにココに・・・ん?」

再会の言葉をかけたジョルジュは、古き友人の首に鎖が巻かれているのに気づいた。そして胸の方には、金属の箱が付けられている。ジョルジュが中を開けてみると、そこには一通の白い手紙が入れられてあった。
ゴンザレスは伝書鳩のごとく、ドニエプルから魔法学院へと飛んできたのであった。


「手紙...だれ宛だ..ってオラにか!?これは...ああ、母さまから来たんだなぁ~」


母が一体自分に何の用だろう...ジョルジュはその場で封を切り、中に入れられてあった羊皮紙に書かれている内容を読み始めた。
やがて手紙を読み終え、ゴンザレスに向けた彼の顔は、嬉しさと驚きとやるせなさを全て足したような表情をしていた。


「こ、こ、こ、こりゃぁ驚きだぁ~...ハッ!!いけねぇ!すぐに実家に帰る支度さしねぇといけねぇだよ!」


ジョルジュは羊皮紙を戻し、手紙をズボンのポッケにしまうと、彼は急いで実家へ帰る準備をするため、男子寮へと向かった。
しかし彼はその時、モンモランシーからもらった香水を落としたことを気付かずにいた。

新しい主人の手を離れて地面に落ちた香水は、ジョルジュの心の中を知ってか知らずか、月の光浴びて、紫に光っていた。


ちなみに、彼が微妙な表情を見せた手紙の内容とは...





我が息子ジョルジュへ

あなたがいつもお世話になっているターニャちゃんが結婚するそうです。

今週の末には結婚式が行われる予定です。

結婚式には一番親交の深かったあなたがドニエプル家の代表として出席しなさい。

この手紙を読んだらゴンザレスに乗ってすぐ帰ってくること。

遅れてきたら畑の肥料にしてやる。
                        母ナターリアより



[21602] 12-A話 ステラ、早朝、会話、朝食
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 23:21
みなさん。どうもおはようございます。



初めて方もいらっしゃると思うので、自己紹介をさせていただきます。

私の名はステラ。ステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルと申します。この春にトリステイン魔法学院に入学しました。
私の姉や兄も、魔法学院に在学しており、これからは私も、上の兄妹たちと同様、メイジと貴族に必要なことを学んでいきます。

さて、いつもならまだ寝所でまどろんでいる時間なのですが、今朝はそんな時間はありません。


実は昨夜、急に兄様が私の所に来まして、

「ステラ!さっき母さまから手紙がきてな。ターニャちゃんが結婚するって便りが来たんだよ!!オラ、家の代表ッつーわけで結婚式に出なきゃなんねぇ~から、今から実家さ帰るんだども、オラがいねぇ間、花壇と、ルーナお願いするだ」

と言われたのです。どうやら兄は村の結婚式に呼ばれたようですが...その人物がターニャさんということなので、兄様の顔色もすぐれない様子でした。
お祝い事なのに兄様の心の中は複雑なのでしょう...全く、あの人はいつも兄様を困らしますから腹立つのです。結婚なり離婚なりなんなり勝手にすればいいのです兄様を巻き込まないでほしいのですよホント胸や体にばかり栄養がいってるせいか頭の中身は1ドニエ並みすらも働かないのですからあの乳牛は........


というわけで、今朝は私が早起きをして、花壇の手入れをしに行くのです。
ちなみに、兄様の口から「ルーナ」という聞き覚えのない名前が聞こえてきましたので、私が尋ねたところ、今日の使い魔召喚の儀式で呼び出したマンドレイクの名前だそうです。「花壇に埋まってるから、他のと一緒に手入れ頼むだよ」と兄様は言ってましたが、マンドレイクは普通、山や森や墓場に生えているものです。採取はともかく、マンドレイクの世話なんてしたことない...というよりも使い魔が花壇で生えてるというのは聞いたことありませんし、非常にシュールだと思うのですが...おや、もうこんな時間ですか。


さて、必要な道具を持って出ますか...





・・・ふぅ、やはり早朝はひんやりと冷えていて気持ちのいいものですね。実家で兄様の手伝いをしていた頃を思い出します。
兄様の畑は無事に管理されているでしょうか...お父様は「心配すんな!!畑のこたぁオラに任せておくだよ!!」と言っていましたが、やはりいささか不安です。兄様を悲しませるようなことになってなければいいのですが...っとここですね。さすが兄様です。学院の花壇でこれだけの花や野菜を育てるなんて...なにしに学校来ているのか疑問に思うくらいです。

それで...ああ、あれですね。いやにバカでかい葉っぱがあります。


「おはようございます。ルーナさん?」

あっ、葉っぱが動きました。

―...おやっ?あなたは...―

ッッッ...これは奇妙な感覚ですね。頭に直接響いてくるようです。

「申し遅れました。あなたの主人であるジョルジュの妹でステラと申します。兄のジョルジュが急用で実家へと戻りましたので、代わりにあなたの世話をするよう言われてきました」

しかし...葉っぱに向かって喋りかける私はどれだけ奇妙なのでしょうか...

―主の妹様ですか。このような姿で失礼します。昨日、使い魔として召喚された「アルルーナ」のルーナといいます。よろしくお願いしますわステラ様―

「アルルーナ?マンドレイクとは違うのですか?」

―人が民族によって分けられるのと同じく、私たちの世界にもいくつかの集団があります。あなた達は我々を「マンドレイク」とひとまとめにしていますが、マンドレイクは我々の中の一つでしかありません―

そうだったのですか...知りませんでした。ところで、ルーナさんの周り(葉が出ている付近)には幾つも芽が出ております。一体何の植物なのでしょうか?兄様からは何かを撒いたとは聞いてないのですが...

「ルーナさん。あなたの葉っぱの周りになにやらたくさんの芽が出ているのですが、兄様から何か聞いておりませんか?」


―あっ、それは私の頭からこぼれた種が発芽したせいですわ。この時期は繁殖の時期なので、頭から種がポロポロ零れてくるのですよ全く―


「フケですかあなたの種は!?そこいらで繁殖させないでください」


―すみません。芽が邪魔でしたら引っこ抜いても構いませんわ。この主の育てた土はとても住み心地がいいので、そのままにしてたら勝手に成長していきますわよ―


なんて面倒なことを言ってくれるのですかこの植物は。
それに人に物事を言う時にはちゃんと顔?を見せて...とにかく兄様も知らないようですし芽は抜いておきませんと...っといけませんね。早く作業しないと...朝食に遅れてしまいます。


―ああっ、それとついでなのですがステラ様、肥料を溶かした水をまいて下さりませんか?―




・・・・・・・燃やしたろか






・・・・なんとか朝食には間に合いそうですね。まさかあれほど手間取るとは思いませんでいたわ。
芽を抜くたびに「ギャァ!!」とか「キーッ」とかいちいち悲鳴を上げますからうるさくって仕方ありませんでしたわ。それにルーナさん。私が水をやらないでいると土から出てきて勝手に飲みだしますし...出来るんなら自分でやればいいでしょうにあの植物は...そういえばルーナさんも植物のくせにかなり胸が大きかったですね...

私を困らすのは常に胸がデカイ人(と植物)と決まっているのでしょうか?


では身支度も済んだことですし、そろそろ食堂の方へ向かいますか。その前に鏡で確認と...うん。今日も髪型がバッチリ決まってます。去年は髪を編み込んでいましたが、今では背中の中ほどまで伸びましたので少しカールを入れてみました。自分でも言うのもなんですが...私の紅い髪の色に合ってますね。マーガレット姉様みたいにあそこまで伸ばそうとは思いませんが、しばらくはこれで過ごしましょうか...さて、では行きますか。


ドアに「ロック」の魔法をかけてと...おや?

「おはようございますケティさん。お隣同士とはいえ、一緒に部屋を出てくるなんて奇遇ですね」


「おはようステラちゃん。ホントに奇遇ね...ねぇ、もし良かったら一緒に食堂までいきましょう?」

この子は私の隣の部屋に住んでいる同じクラスのケティさんという方です。私と同い年で、栗色の髪が特徴的な女性です。私が入ったクラスで声を掛けてきて以来、お付き合いしています。
「燠火」の二つ名を持つ彼女とは時々お菓子などを作ったりするのですが、彼女が作るようには上手くはいきませんね...

一通りの調理本には目を通して見たのですが、それでも彼女の腕には敵いません。


「ええ、よろしいですよ。それにしても昨日は大分遅くに帰って来ましたが、どちらへ行かれていたのです?」

おや、急に顔を赤らめましたが...

「き、昨日の夜ね...ギーシュ様とお会いしてたの。それでつい話し込んじゃってね、遅くなっちゃったの」

ギーシュ様?どこかで聞いたことが...ああっ、あのグラモン元帥の息子の金髪ナルシストノンセンス馬鹿ですね。かなり女漁りが激しいとは噂で聞いていますが、なぜケティさんとお会いしているのでしょう?
二人は付き合ってるのでしょうか。


「それでね、それでね、ステラちゃん。私、ギーシュ様に「愛してるよケティ」とか「君というグラスだけに、僕の愛を注ぎたい」なんて言われちゃったんだぁ~~エヘヘ」


いやいやいやケティさん...あなた「言われちゃったんだぁ~」じゃありませんよ。なんですかそのダサいを通り越した臭いセリフは...大体ケティさんはあの金髪バカのどこに惚れてしまったのでしょう?口からバラが生えてるトコロでしょうか?


「しかしケティさん。あなたあの金髪バ・・・ミスタ・グラモンのどこがよろしいのですか?私から見たら、あの方の良いところなんて、バラが口から出てるぐらいなものですよ」


「そ、そんなこと言わないでステラちゃん。それにバラなんて出てないもん。銜えてるだけだし...確かにね、時々「うわぁ」って引くときもあるけどね、優しい方だし、あれだけ情熱的な人って私、初めてなの...」


「・・・まあ人の好みはそれぞれですし、これ以上は何も言いません。上手くいくとよいですね」

「うん。ありがとうステラちゃん。あっ、もう食堂に着いちゃった。喋りながらだと早く感じるね」

「そうですね。では私はあちらの席なので...ではまた、ケティさん」

「またねステラちゃん」

しかし、まだ数える程しか食べてはいませんが、この学院の朝食は無駄に豪華ですね...
実家では朝食はいつも魚料理とパンと野菜料理だけですのに...マーガレット姉様が「あんな重い朝食は飾りでしかないわ」なんて言ってましたけど、あながち間違いではありませんね...

「どうしたのよぉステラ。朝から重い顔して。こっちまで辛気臭くなっちゃうじゃない」


「毎朝こんな無駄に豪勢な食事を見てれば気分だって悪くなりますよララ。」

今、私の席の隣から話しかけてきた子はララといいまして、私と同じ学年で、ゲルマニアから留学してきた子です。元々は平民の身分だったそうですが、彼女の父が賞金稼ぎとして財をなし、領地を買い取って貴族となったそうです。彼女の母がメイジであったため、彼女にも魔法の才が備わったらしく、15歳になった今年の春にこちらへ留学しに来たというわけです。

「キャハハ。確かにね。あたしも初めて見た時にはびっくりしたわ。トリステインの貴族はこんなに豪勢な朝食を食べれて幸せね~。実家じゃ考えられないわ。食べるけど...」


「ドニエプル家も一緒にしないで下さいな。こんな無駄に豪華な食事なんて、見栄を張っているだけです。食べますけど...」


彼女もケティさん同様、初めてクラスで知り合って以来、お付き合いをしています。‘煤煙’の二つ名であるララは、私と同じ火のメイジです。
ケティさんといい、火のメイジというのはお互い相性がいいのでしょうか?って指で脇腹を突かないでくださいな。何ですか?ララ。


「いやぁ、アンタって上の学年に兄ちゃん2人いるじゃない?昨日の召喚の儀式の事について何か聞いてるかなぁ?って」


「聞いているも何も。兄様達がそれぞれバカでかい蛇とイラッとくる植物を召喚したことは聞いてますが...」


「いや、そうじゃなくてぇ。アンタ聞いてない?なんか昨日の儀式で、人間を召喚した人がいるんだって」









・・・心底どうでもいい話です。



[21602] 13-A話 朝食での一騒動
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/11 11:13
「どうでもいいってアンタ、人が召喚されたんだよ!?人が召喚されるなんて私、こっち来てからもゲルマニアでも聞いたことないわ!」


「静かに喋りなさいララ。全く、いったい何の話かと思えばそんなことですか。サモン・サーヴェントではグリフォンや蛇や植物、ドラゴンさえも召喚されるのです。今までに例がないだけで、別に人間が召喚されてもおかしくはないと思いますが...」


せっかく盛り上がりそうな話だと思ったのに...
ララはため息をつき、この変てこな友人は底が知れないなぁと深く感じた。
その時、ララは今話題に上がろうとしていた「人を召喚した」一つ学年が上のメイジを発見し、隣の友人の肩をバシバシ叩いた。


「見て見てホラ!!あれだよサティ!!私たちからずっと右の2年生のテーブルのトコ。隣に立ってる男の子がさっき話した召喚された人だよきっと。平民なのかな?髪黒いし変な服装してる...」


「分かりましたから肩を叩くのをやめなさい!ララ。どれどれ...あれがそうですか。別に変な服装だろうと全裸だろうと関係ありませんよ。人は人です」


「そんなこと言ったって...それにステラ、召喚したのは「あの」ラ・ヴァリエール公爵の娘さんよ?」


「ラ・ヴァリエール?すると...あの方が、兄様のおっしゃっていたルイズさんですか...っと、お祈りの時間ですね」


ステラ、ララもテーブルの前を向き、食事の前のお祈りを唱和した・・・ように口パクした。それはこの二人にとって、この唱和はひどく納得のいかないものであったからだ。



『偉大なる始祖、ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを 感謝いたします』



こんな豪勢な食事がささやか?じゃあ私が実家で食べてる物や、町や村のみんなが食べているのはなんなのさ?餌ってかチクショ―ッッッ!

そうララは心の中でぼやき、




ブリミルはともかく、パンの一つも作ることができない女王に何を感謝しろってんですか?テーブルに並ぶ野菜や麦を作るのにどれだけ苦労するのか分かってから出直してこいってんですよ!たくっ...


ステラは若干、口から漏らしていた。

周りの者が聞いたら、怒り狂うかもしれない彼女たちのその思いは、幸い他の生徒には伝わらなかった。

(二人にとってはアホくさい)唱和が終わり、食事の時間となったのだが、スープを飲もうとしていたステラの視界の端に、床に座り込んで食事をしている少年が入ってきた。どうやら彼の食事はスープとパンのみのようである。それにララも気づき、ステラだけに聞こえるような声で囁いた。


「うっわ...あの子の食事悲惨だね~。パンにスープだけって、ラ・ヴァリエールの娘さんって相当サド・・・ってステラ?何してんの?」


ララが囁いているのもお構いなく、ステラは自分が使用している皿の一枚に、トリ肉やチーズ、野菜などを盛り合わせていた。
彼女が皿に相当な量の食べ物を乗せ終えた後、彼女は席から立ち上がった。そして隣の友人が尋ねるのも無視して、その変な服装をした少年へと近づいていった。


急に席を立って歩き出したステラを食堂にいた生徒が全員見つめていたが、そんなことは彼女には関係なく、やがて床に座っている彼の前までやってくると、食べ物を乗せた皿を前に差し出した。







「ちょっと!!なによあなた!」


ルイズは目の前にいる少女に半ば叫ぶように尋ねた。
何なのだ一体この娘は?
昨日の召喚であろうことか平民の人間を召喚してしまって、イライラしているというのに...
今日のこの朝の食事で、この召喚した生意気な平民...「サイト」という名の少年にご主人様が誰なのかをきっちり教え込もうとしているのだ。邪魔しないでほしい。


しかし少女は、ルイズが言っていることなどお構いなしに、少年に料理が盛られた皿を渡して、こう尋ねた。

「あなた。お名前は?」

質問された少年、サイトも最初はぽかんとしていたのだが、やがて自分が話しかけられているのだとやっと気づき、その少女に自分の名前を告げた。


「ひ、ヒラガ。ヒラガサイトって言うんだけど...き、君は一体...」


「ヒラガサイト?発音からするとヒラガ・サイトってことですかね?ではヒラガさん。そのお皿に乗っている料理はあなたに差し上げます。その代わり、食堂をではなく外で食べて頂けませんか?」


「へっ?これ食べてもいい「ちょっとぉぉ!!!なんなのよアンタホントに!!ヒトの使い魔に勝手に食べ物を与えないでくれない!?」


ルイズはあたりの事を構わずに、思わず叫んだ。食堂は一瞬シンっと静まり、やがてあたりからは「ゼロのルイズが...」「あの娘1年生じゃない?...」「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?」とヒソヒソと声が聞こえてきた。
ルイズは自分の前に立っている紅い髪の少女を睨んでいたが、その少女はルイズの目をじっと見ると、幾度か首を左右に揺らしてから首を止め、口を開いた。


「「食べ物を与えないでくれない!?」...それは別に構いませんが、あなたの使い魔であるこのヒラガさんは外に出してほしいです。あなたがなに考えているのかは知りませんが、使い魔とはいえ食堂で人を床に座らして、粗末な食事を食べさせるのは貴族のすることとは思えませんが...」


少女の言葉に、ルイズは顔を赤くした。そして周りからクスクスと聞こえてくる笑い声をかき消すかのように大声で少女に反論した。


「召喚した使い魔をどうしようが私の勝手でしょ!?人の使い魔の教育に口を出さないで!!!あなた1年生ね!?ラ・ヴァリエールの娘である私にそ「黙りやがれです。このクソチビが」ヒッ!!...」


ルイズが喋っている途中で、少女の口から出たとは思えない言葉が聞こえてきた。
それを聞いたルイズは驚き、そして再び少女の顔を見たときに少し悲鳴を出してしまった。少女の顔の表情は先ほどと変わっていないにも関わらず、怒りのオーラに充ち溢れていた。


「やさしく事を収めようとしたけど、こうも分からず屋なバカガキだとは知りませんでした。だったらはっきりと言ってやりましょうか?人が椅子に座って食事をしている場所でこんなことされたら食事が不味くなるだろうがこのアンポンタンが。他人のメーワクを考えないのがヴァリエール様のお考えですかそうですかアホじゃないですか?テメーの使い魔がどんなモノ食べようとカンケーありませんが、見苦しい光景をヒトに見せるんじゃねーですよ。それともヴァリエールの貴族様は使い魔に十分食べさせることもできないぐらい金欠なのですか?だったら最初から召喚なんてするんじゃねぇーよこのボケ。歳が一つ上だろうが大貴族の娘だろうがアホな奴に敬う言葉なんて1ドニエ程度も持ち合わせてませんよ。おい、なに半泣きに・・・・」


そこまで言ったところで、少女の口は後ろから何者かの手によってふさがれた。彼女の友人なのか、汗をダラダラと流しているその女の子は無理に明るい声を出して、


「2年生の皆様!!私の学友が大変失礼しましたー!!では今日はこれで失礼しますねー!!ハハハハッ...どうぞお食事を続けてくださいなぁーーーーッ!!」


最後のほうは声がひきつっていたが、その少女は学友と呼んだ少女を半ば引きずるようにして食堂を出ていってしまった。生徒も給仕も静まり返っていた食堂は、やがて何事もなかったかのように、朝食を楽しむ音が聞こえてきた。


後に残ったのは、まるで溶岩のように顔を真っ赤にした涙目のルイズと、料理が盛られた皿を持ってポカンとしたルイズの使い魔だけであった...









「アホーッ!!何してんのよステラッ!あんた、こともあろうにラ・ヴァリエールの娘さんになんて口聞いているのよーッ!!!」


食堂を出た2人は、土の塔の近くにいた。
ちょうどあたりには誰もいなく、ステラの兄ジョルジュが管理する花壇が近くにあるこの場所までララは手元にある友人を引きずってくると、先ほどルイズを口撃していた友人に怒鳴った。


しかし、当の本人は至って静かで、


「静かにしなさいなララ。仕方ないじゃないですか。こっちが優しく注意しようと思ったら、あまりにもアホらしい言葉が返ってきたのですよ。そりゃあ誰だって怒りますよぅ」

っと若干拗ねるような口調で答えた。その発言にはララもあやうく怒りそうになるが、ぐっとこらえていった。


「「怒りますよぅ」じゃねぇよぅッ!? 入学早々、大問題起こしおってどうすんのよあんた~絶対、2年生の人達に睨まれたわ...それよりも勢いで食堂出ちゃったけど...まだスープぐらいしか飲んでないからおなかすいたわ...」


「済んだことをいちいち気に病むことはありませんよララ。それよりも、たくさん喋った所為か、確かにおなかが空きました。まだ時間もあるようですし...ララ、私の部屋にいきませんか?ケティさんから頂いたお菓子でも食べましょう」


「いいねッ、そうしよう。この際お「ララちゃ~ん。ステラちゃ~ん。待ってよ~」ってケティ!?あんたも何、食堂から出ちゃってんの!?」


2人がお菓子で腹を満たそうと計画を立て、女子寮の方へ向かおうとした時、食堂の方向からケティが、小走りでやってきた。彼女の手には、ナプキンで包まれた何かが持たれていた。


「二人とも大きな声出して出ていちゃったでしょ?まだ朝食は始まったばかりだったし、お腹空いているかなと思っていろいろ持ってきたの」


ケティはそう言って持ってきたナプキンを広げた。そこには切られたバケット、チーズ、ハムや果物が入れられており、2人の食欲を満たすには十分な量があった。


「ケティちゃんナイスだッ!!ホントにありがとう~ッ!!!でもアンタいいの?あんたもそんなに食べてないでしょ?」


「わ、私は大丈夫だよララちゃん。元々少食だし、今朝はあんまり食欲がね...」

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

「旺盛って訳だ」


「はぅぅ...」


ニヤニヤと笑うララの前でケティは、恐らくはルイズとは違う理由で顔を赤くした。そんなやりとりを見て、ステラはふっと笑うと二人にこう提案した。


「では、それを持って私の部屋へ参りましょう。ケティさんが持ってきて下さった食べ物と、ケティさんが焼いてくれたお菓子をみんなで仲良く食べましょうか。全てがケティさんからのお恵みなので、お茶ぐらいは入れさせていただきますよ」


その提案は、二人にすんなり受け入れられた。
しかし、今度こそ部屋へ行こうかという時、近くの花壇に埋まっているデカイ葉っぱがモゾモゾと動いた。そして土の中から人の形をした根っこらしきナニかが飛び出して来たのだ。
ララとケティは驚いたが、ステラはため息を吐きながら、今朝知り合ったその植物にこう尋ねた。


「ルーナさん。急に飛びだしてきて何ですか?まだ水やりの時間ではありませんよ?」


―ステラ様、私も皆様とご一緒したいですわ―


「ご一緒って...あなた植物のくせにお菓子なりパンなり食べれるの!?マンドレイクが人と同じものを食べるなんて聞いたことがないわ!!」


―マンドレイクではなく、「アルルーナ」ですステラ様。あんな野蛮な一族といちいち一緒にしないで下さいな。いいですか。世界には虫を捕まえて食べてしまう植物もあるのです。お茶を飲んで、お菓子を嗜む植物もいて不思議ではないと思いますが・・・―


「それはもう植物ってじゃないと思うのですが...」


急に飛び出てきた植物に語りかけているステラを見て、ポカンとしていたララとケティの頭上には、暖かい春の日差しが降り注いでいたのであった...









「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?...ってこの臭いは?ってタバサ!?あんたソレまだ持ってたの!?もう捨てなさい!!」


「アレは無くなった・・・・コレは私の試作品・・・・」


「あっ...そうね。確かに臭いが違う...って十分臭いわ!!栓を開けないで!!マリコルヌが腐ったような臭いがするわ!!」


「そんな臭い・・・・嗅いだことない癖に・・・・・・・・大げさ・・・・・グッ・・・・・失敗・・・コレはない・・・・」



[21602] 14-A話 ステラ、ルイズ、登校、授業
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce E-MAIL ID:258374a3
Date: 2010/09/15 22:32
トリステイン女子寮内―

今の時間であれば学院の生徒は食堂で朝食をとっているため、寮の中には生徒はいないはずである。ところが、とある女子生徒の一室にはまだ入学したばかりの少女が3人、そして昨日召喚されたばかりの使い魔が1匹、部屋の椅子に腰かけてハーブのお茶が入ったカップを持ちながら、話に.花を咲かせていた。
少女たちのそばにあるテーブルには、食堂から持ってきたと思われるパンやチーズ、部屋にあったお菓子が置かれている。

しかし、それも最初に比べると、随分と量を減らしていた。


―・・・なので私たちの種族は「マンドレイク」で統一されてしまっているのですが、数多くの種族がいるのです―

ジョルジュの使い魔であるルーナは、植物であるにも関わらず、ハーブのお茶を飲みながら自分の種族について3人に語っていた。

「ルーナさんみたいに、私たちくらいの大きさまで成長するのはやっぱり珍しいのですか?」

ケティがそうルーナに質問すると、ルーナはカップからお茶を飲みながら答えた。

―成長期の時、どれだけ環境や条件が揃っているかで、個体の大きさや魔力が決まっていきます。種族によって適した環境が違いますので…まあ運によるところが大きいですね―


「うううっ…やっぱり奇妙だわ。ホント、頭に直接語りかけられているみたい」

ララがそう思う様に、ルーナは口?から言葉を話すのではなく、いわば「テレパシー」のようなモノで三人へ語りかけていた。お茶を飲んでいるのに語りかけてくるルーナに、ララはまだ慣なかった。

―私たち「アルルーナ」は言葉を発せず、相手の心へ直接意思を伝えます。なので他の植物や、動物とも喋れるのですよ。あっ、ステラ様、お茶のおかわりをお願いします―

ルーナは空になったカップを、この部屋の主であるステラへと向けた。ステラはまるでハシバミ草でも食べたかのように顔をしかめ、自分の兄の使い魔にこう言った。

「水でも飲んでなさい。アナタ植物なのにどれだけお茶を飲むのですか!?多めに淹れたはずなのにもうポットが空ですよ!」


―既に摘まれているハーブですが、仲間の出汁を飲むのはどうかな?とは思いましたが、なかなか美味しいです。やはり人に好かれているモノたちですね―

「う~ん…共食いならぬ共飲みってことかしら?そう思うと結構グロイ気がする…」


「ララちゃんそんなこと言わないで。飲めなくなっちゃうよ~」


3人の少女たちは、自分の手に持っているカップを見た。
ルーナが言った「仲間の出汁」が3人の頭に浮かんできて、中に残っているお茶を飲む気が全員失せてしまった。

その時、この部屋の主であるステラが言葉を発した。


「…ではそろそろ教室へ行きましょうか。今から行けば丁度、始業のベルが鳴る頃には着きますし」


「…そ、そうね。教室に行きましょうかステラちゃん。ララちゃん」

3人は椅子から立ち上がると掛けてあった自分たちのマントをはおった。ルーナは「いらないならもらっていきますわ」といい、テーブルに残っていた食べ物を手で抱えると、そそくさと部屋を出ていってしまった。

「あの植物め…お茶飲んだりモノ食べたりと、アレはホントに植物なのですか?」


「ルーナさんぐらいの大きさになると、マンドレイク種はあんな風に食事するのかしら?」


「実は「植物」じゃなくて亜人だったりして…」



ありえそう…

少女たちは先ほどまでお茶を飲んでいた使い魔に疑問を持ちつつ、部屋をあとにした。

そんなことを思われているとは知らないルーナは、手に抱えた食べ物を食べながら、自分の住みかである花壇へと歩いていたのだった。













「まったく…なによあの娘ったらッ!!ラ・ヴァリエール家の三女に向かってく、く、く、くそちびですってぇぇぇぇっ~!!」


ルイズは口から静かに憤怒を漏らしながら、教室へとつながる廊下を歩いていた。その後ろには自分の使い魔である少年サイトが、彼女にどのように声をかけるか悩みながらついてきてた。
ステラが食堂を出ていった後、ルイズはあまりの怒りと羞恥で我を忘れそうになった。しかし、少ししてからルイズは椅子に座り直すと、怒りごと飲み込むかのようにモーレツな勢いでテーブルに置かれた料理を食べ始めた。そのあまりの彼女の気迫に、周りの生徒はイヤミも言うことが出来なかった。サイトも、ステラからちゃっかりもらった料理を食べていた。案外逞しい二人であった。


お腹が満たされて怒りも和らいだのか、食事を食べ終わった後、ルイズはサイトを連れて何事もなかったかのように食堂を後にした。しかし、教室に向かう途中に思い出したのか、ルイズは怒りに充ち溢れ、サイトは不安に充ち溢れていったのだった。だがそれも、お互い時が経つにつれて冷静になってきたのか、二人はこれからの事について考え始めた。

ルイズは考えた。あの赤い髪の娘が自分の事をバカガキとかクソチビだとかアホとか言ってきたのは許し難い…しかし、ここで腹を立ててしまうと、なんか負けた気がしてならない。あの赤髪娘の態度は気に食わないが、ここはヴァリエール家の三女として広い器で許してあげようではないか…いつか仕返ししてやるが…


サイトは考えた。どうやら今朝の出来事で、彼女は凄く不機嫌だ。昨日、急に日本から召喚されて、キスされて藁で寝させられてパンツ洗わせられて…やっと朝飯で女の子の優しさに触れたと思ったのにその女の子も怖かったし…このヴァイオレンスガール達がこの世界の標準なのだろうか…とにかく、この桃色の主人は気分によってコロコロと変わるらしい。しかし、このままだと昼には泥でも喰わされかねない状態だ…なんとか機嫌を直してもらわなければ…

ようやく決心がついたのか、サイトは恐る恐る自分の主人?に声をかけた。


「な、なぁルイズ…?そう怒るなっ「犬!!」ハイッ!なんでしょう!!」


サイトは自分が言いたいことの2割も言えず、「犬」と呼んできたルイズに思わず返事を返してしまった。ルイズはサイトの方に顔を向けると、据わった目で睨みながらこう言った。


「今朝は私も悪いトコロがあったと思うわ。だから、今度からはちゃんとした食事を出すようにしてあげる」


意外な言葉がルイズから聞こえてきて、サイトは彼女が何を言ったのか理解するのに少し時間がかかった。しかし理解した瞬間、嬉しさが心からこみあげてきた。

一体コレはどういうことなのだ?だが、彼女は自分の非を認め、食事を改善してくれると言っているのだ。なんだ、良いトコあるじゃんと思ったのだが、

「えっ!?マジでやっ「ただし!!その分は使い魔としての仕事もしっーーーかりとやってもらうわ。それに、ちゃんと食べモノは与えるんだから、他のヒトから施しを受けるなんてみっともないことはしないでよ!!特にあの赤髪の娘にまた貰うようなことがあったら…」


「あ、あったら…?」


「消す」


ルイズが喋った言葉はたった二文字であったが、サイトにとって、この世界に召喚されて聞いた彼女の言葉のなかで最も重みがあった。


こ、こいつ…マジだ。マジでやるつもりだよこの桃髪娘…


サイトが主人の言葉に青ざめた時、二人は丁度、目的の教室に着いたのであった...









ルイズとサイトが教室に入ると、生徒達が二人の方を見て、クスクスと笑った。
「1年に説教された…」「さすがゼロ…」「ホントに平民を召喚したのな…」
所々からヒソヒソ声が聞こえ、サイトはヒソヒソ声が聞こえてくる方を睨んだが、ルイズは平然とした顔で、前の空いている席へと座った。
サイトもどうすればいいか分からなかったので、とりあえずはルイズの隣の席に座った。
もう授業の時間が近いのか、教室の中は多くの生徒が教室におり、ルイズから離れた席にいるキュルケは、数人の男子生徒に囲まれている。その近くの席に座っているタバサは、何かの本に熱中しているようだ。
また、教室には生徒達の使い魔なのか、紅い鱗をまとった蛇がトグロを巻いていたり、大きな目玉が宙にフワフワと浮かんでいたりと様々な生き物たちが教室にいた。


始業のベルが鳴ったすぐ後、モンモランシーが慌てた様子で教室に入ってきた。モンモランシーは誰も座っていない、ルイズの隣の席に腰を下した。そして一つ息を吐いてから、ルイズにこう尋ねた。


「おはようルイズ。ねぇ、ジョルジュ見なかった?朝からいないみたいなの…アナタ、ジョルジュに会ってない?」


モンモランシーのその言葉で、ルイズはアアッそういえばと、いつもなら朝に挨拶してくるあの少年の顔を見ていないことに気づいた。
短く切られた紅い髪は彼の特徴の一つで、近くにいればすぐ気がつくはずなのであるが、今朝は同じ色の髪をした、あの少女の顔しか見ていない気がする…

「そういえば今日は見てないわね…って、モンモランシーも知らないなら、私が知るわけないじゃない」


「やっぱりルイズも会ってないのね…もう、どこ行ったのかしら。昨日あげた香水の感想、聞こうとしてたのに…」


「アンタ、ジョルジュに香水あげたの?アイツに香水あげても使うとは思えないんだけど…」


「あら?ジョルジュって結構そういうトコ気にする方だと思うけどな…あっ、そういえばルイズ、あなた朝ステラに怒られてたでしょ」


「へっ?ステラって…あの赤髪の…って!!じゃあ、あれがジョルジュの妹なの!?ウソよッ!全く性格似てないじゃない!!」

モンモランシーはルイズの言葉に溜息を吐くと、何をいまさらという風な様子で、ルイズにいった。

「あの兄妹たちは似てないのが普通なの。私は何度かステラに会ったことあるけど…まあ性格のキツさは一番でしょうね」


「まあそれは分かるわ…ホント、ジョルジュが一番マトモに見えるわね…」


ルイズとモンモランシーは、ジョルジュの兄妹達を思い返し、深い溜息を吐いた。ちなみにサイトは、女の子の会話に参加できなかったので、寄ってきた使い魔とじゃれ合っていた。
そしてそれから間もなく、教室の扉からふくよかな女性が入ってきて教卓についた。




「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」














「・・・・であるため、メイジであるからには・・・」


ルイズ達がいる教室で授業が始まった頃、少し離れた場所にある一年生の教室では、ステラ達がメイジの心得についての授業を受けていた。
教室の中には、黒板に書かれたコトを必死に書き写している者、隣と小声で話している者、寝てしまっている者など様々な様子の生徒達がいた。

そんな中でステラは、一番隅っこの席に座り、授業には耳だけを向け、王立研究所が発表した論文を読んでいた。その右隣では、ケティが黒板に書かれたコトを紙に書き写している。

そしてもうひとつ隣の席では、ララが教科書に顔をうずめて寝てしまっていた…



[21602] 12-B話 ジョルジュの帰省
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/11 02:54
「しっかし、屋敷に帰ってくるのも久しぶりだよ~。去年の夏に一度戻って以来だなぁ」

トリステイン魔法学院で手紙を受取った夜が明け、昇った太陽が再び沈んで双月が顔を出し始めた頃、ジョルジュは自らの実家であるドニエプル家の屋敷の前にいた。
彼の肩には少し大きめの袋がかけられており、中には着替えと、ちょっとしたお菓子だけが詰め込まれていた。彼が学院から出る際には、ある程度食べ物を入れていたのだが、グリフォンのゴンザレスと食べたらすぐになくなってしまい、袋はずいぶん軽くなっていた。


ジョルジュはゴンザレスの背から降りると、袋の中にあった残りのクッキーをゴンザレスの口の中に入れてやった。
そしてゴンザレスが嘴をモゴモゴするのを見て、一人と一匹は門をくぐって屋敷の玄関まで歩いていった。

「花壇大丈夫だかなぁ~。ルーナのこと置いてきちまったし、ステラが面倒見てくれたら良いんだけど~。それに寮の当直の先生には伝えてきたども、皆に何も言わずに出ちまったからな~驚いたんじゃねぇべかなぁ」

そんなことを考えながら、彼は屋敷の玄関口に着くと、ジョルジュは竜の形をした門扉錠をガンガンと叩いた。しばらくして、ガチャッという音と共に、懐かしい顔が扉の中から出てきた。

「おお~ジョルジュ坊ちゃま。お久しゅうございましゅ~」

久しぶりに見たメイド長の顔はいささか皺が増えたように感じた。

「ただいまだよアン婆ちゃん。母さまに皆は、いるだか?」

「ハイ~。皆さまは丁度ご夕食をとられたところでございましゅ~」

「そうだか~分かっただよアン婆ちゃん。あとアン婆ちゃん入れ歯はめるだよ。上のほうはみ出てきてるだよ」


そうメイド長に言ってからジョルジュは家の中へ入っていった。



屋敷の中に入り、広間の真ん中付近まで入ったところで、2階へと続いている中央の階段から、この家の末娘が降りてきたのが見えた。

「やあジョルジュ兄さん。久しぶりです。母上は明日の朝ぐらいに来ると言っていたけど、随分早い到着だね」


以前見た時よりも伸びた白い髪を、後ろで結わえている彼女は、兄の早い到着には驚く様子も見せず、口に微笑を浮かべながら話しかけてきた。


「いんや~母さまに肥料にされたくねぇだからな~ゴンザレスには頑張ってもらっただよ。だども久しぶりだなぁサティ...ってどうしたんだ、その格好は?」


ドニエプル家の3女サティは11歳という幼さにも関わらず、その身長は190サント程にまで達しており、家族の中で最も身長が高い。また、ジョルジュがかつて教えた格闘技「システマ」を改良し、オリジナルの戦闘スタイルを作るほどの格闘センスをもっているのだ。
そんな彼女は今、ゆったりと休憩をとるような服ではなく、かつてジョルジュとオーク鬼を退治しに行った時のような、戦闘服を着ている。


「ああ、これから夕食の後の手合わせをヴェル兄さんとやるのです」

「ヴェル兄さが!?それって大丈夫だか?」


ジョルジュはサティが言ったことが信じられなかった。
彼の記憶にある兄は、魔法学院を卒業した時には土のトライアングルクラスまでに成長していたが、争いや戦闘といったことにはあまり関心がなく、もっぱら読書とおかしな研究に没頭していたのだ。
その兄が、いくら家族とはいえ訓練を?しかも相手は父をも仕留めるほどの腕なのだ。いくら苦手な長男だからってそりゃあ心配だ。

ジョルジュが未だにサティの言葉に驚いていた時、2階からつい先ほどの話に出てきた人物が降りてきた。
180サントぐらいの背の高さの青年で、サティと同じ白い髪は、短く切りそろえられていた。服装は妹のような動きに特化したものとは異なり、髪の色に合わせたかのような白いローブを身にまとっていた。
そして彼の杖であろうか、青年の右手には自分の身長と同じくらいの長い杖が握られていた。


「帰ってきたんかジョルジュ。帰って来たのなら挨拶ぐらいするっぺ」


この青年、ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは訛りを含んだ低い声をジョルジュにかけた。ジョルジュは近づいてくるヴェルが発するその雰囲気に、飲まれかけそうになっていた。


(この威圧感・・・おら苦手だよ~)「ヴェ、ヴェル兄さただいまだよ...サティがヴェル兄さと手合わせするって言ってたけんど、だ、大丈夫だか?」


「フンッ!!お前に心配される理由はないっぺよ!!ほら邪魔だっぺ!サティッ!行くっぺよ!」


ヴェルは階段をおりると、ジョルジュをひと睨みしてからサティにそう叫んだ。そして扉から外に出た後、サティはジョルジュに小声で言った


「ジョルジュ兄さん。ヴェル兄さんは私の家庭教師を務めるようになってから、あんな風に私の相手をしてくれるようになったんだ。魔法も使ってくるから、ジョルジュ兄さん程ではないがいい相手になってくれるんだ。だから心配しなくても大丈夫さ」


外から「サティ!!早くするっぺ!!」っという声が聞こえてきたので、サティはジョルジュに微笑んでから外に出ていった。ジョルジュは少し溜息を吐き、両親のいるであろう2階へと行こうとした。すると先ほどの声で気付いたのか、階段の上から母ナターリアが彼を見ていた.....









「どうです?学校に入ってから1年が経ちましたが、学校には慣れましたか?」

ナターリアはジョルジュを2階の自分の部屋に招き入れた。庭に面している彼女の一室からは夜の闇が星と共に見えており、外で戦闘訓練をしている2人の声が聞こえてくる。


「オラは大丈夫だよ母さま。友達も出来たし、マー姉やノエル兄さ、ステラもいるから全然さびしくねぇだよ」         ―ではそろそろ行かせてもらうよヴェル兄さん―

「そうですか。まあ、あなたは兄妹の中ではステラに次いでしっかりしてますからね...マーガレットやノエルはどうですか?」   ―ふん!!来るっぺサティッ!!―


「マー姉もノエル兄さもあんま変わってねぇだよ...マー姉は最近、自分で酒さ作ってるだよ。だどもこの前、マー姉からもらった酒さ飲んだらあまりの臭さと不味さで昔に戻っちまったし...ノエル兄さは家いる時よりかは明るくはなったけど、まだ人と話すのは苦手だって」       ―ハァァァッ!!- バキッ!!!


「そうですか...マーガレットにはもう婚約者もいるというのに困ったものです。メイジとしては大分成長したようですが、貴族の娘としては全く成長していませんね...学院を卒業したら花嫁修業でもやらせましょうか」     
―グッ!!そんな蹴りでは全く効かんぞッ!!もっと強く来るんだ!!―


「マー姉が花嫁修業?あんま想像できねぇだよ...それよりもあの、ターニャちゃんの結婚式の事なんだけど...」     ―テヤッ!!―    ドカッ!!!


「・・・そのことですね。あなたも知っている通り、ドニエプルの領では代々、村民の結婚式にはドニエプル家の者が代表として、式の立会を行います。本来であるならば夫が行くはずなのですが、あちらの強い希望によってあなたが立会人として行くこととなりました」

    ―ウウッ!!ダメだッぺ!!そんなのでは生ぬるいッ!!―

「強い希望って...ターニャちゃんが?」     ―テリャァァァッ!!!―  バコッ!!!!


「・・・私もあなたの母です。あなたがかつて、彼女の事を好いていたのは知っていましたからどうかとは思いましたが、「ぜひジョルジュに祝福してもらいたい」と彼女から頼み込んできました」        

―アフッ!!!も、もっとだっぺ!!もっと強く来るんだぁぁッ!!―


「・・・・そ、そうだか...ターニャちゃんが...分かっただよ。大丈夫さ!オラだってこの家の子なんだよ?ちゃんと立派にやってくるだよ!!」      ―セイヤァァッ!!!!―     ドキャッ!!!!


「・・・・・・・・ジョ、ジョルジュ。あちらにも何か考えがあってあなたを呼んだはずです...あなたはドニエプル家の男です。いくら家督とはあまり関係のない三男だからといって、平民である彼女とは結ばれる運命にはありませんでした。しかし、あなたは貴族の前に一人の男です。後悔のないように行動するのですよ...」 

―アアアンッ!!!!もっと激し「ウルセェェェッ!!!!このマゾ息子!!妹にぶたれるたびによがるんじゃねぇぇっ!!!」


「母さま落ち着いて!!言葉が乱れてるだよ!!」

先程からジョルジュも気になっていたことに、とうとう母がキレてしまった。そしてジョルジュは外から聞こえてくる、兄ヴェルの異常な声を聞いてもしやと思ったが、嫌な予感があたってしまった。


「は、母さま...ヴェル兄ってもしかして...」


ナターリアはまだ興奮冷めやらぬ顔で椅子に座りなおすと、一度深呼吸してからジョルジュに話し始めた。


「い、いけませんね。貴族たるもの常にクールでなければなりませんのに...ええ、そうですよ。ヴェルは元々そっちのケがあるとは小さい頃から感じてましたが、学院から戻ってからそれが余計強くなってしまったようです。今では訓練と称してサティの打撃に...」


「もう何も言わなくていいだよ母さま!!ど、どうしよう。明日からヴェル兄にどう接していいか分かんなくなっただよ!!」


「ヴェル本人は気付かれてないと思っているようですから、今まで通りでよいです。幸い、サティは純粋に兄が稽古に付き合ってくれていると思っているのが幸いですが...」


「...なんか学院生活で、嫌なことでもあっただかなぁ~」


「それ以外では問題はないのですがね...ハァ、この家の男はなぜこうも普通ではないのか...」


「エッ!!オラも含まれるだか!?」


ジョルジュが兄ヴェルについて本気で心配したのはこれが生まれて初めてであろう...
そんな彼の心配をよそに、結婚式の日は近付いていることを彼はこの時ばかりは忘れていたのであった...





「そういえば母さま。おとんはどうしたんだ?」

「あの人は昨日、サティに打ちのめされて部屋で寝ています。全く、年甲斐もなく娘に挑んで敗れる領主なんて聞いたことありません...」


「お、オラの畑は大丈夫なんだか~?」



[21602] 13-B話 花嫁が頼むのは
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce E-MAIL ID:258374a3
Date: 2010/09/13 15:02
「もうズイブン来ただなぁ~」

実家の長男の真実を知った翌日の昼、ジョルジュはとある森の中を歩いていた。
本来ならば、頭上では太陽が容赦なく照りつけているのだろうが、その光はまるで密林のように茂った木の枝や葉によって奪われ、彼の歩いている土の上にほとんど届いてはいなかった。


「もう少す行けば、確か水が湧いてる泉があったはずだぁ~。そこで一休みするだよ」

そう、だれに言うでもなく一人で呟いたジョルジュの声は、静かな森の中に少し響いて、やがて森の中に吸い込まれていった。そして彼の枝と落ち葉を踏む音だけが聞こえるだけになった。




時は数時間前に遡る...



ジョルジュは朝起きてすぐ、今回帰省する理由の人物ターニャに会うため、また結婚式の手伝いをするためにジャスコの村へ向かった。
ジャスコの村は、ドニエプル家の屋敷から50リーグ離れた場所にある屋敷とは比較的近い村であり、そしてドニエプル領では最大の麦畑を受け持つ村でもある。毎年、収穫期になると男達が大鎌を豪快に操って穂を刈り取る光景はこの村の風物詩でもあるのだ。


グリフォンのゴンザレス(妹のサティが貸してくれた)の背に揺られることを1時間少々、ジョルジュはジャスコの村へと着いた。木で出来た村の門をくぐって中に入ると、まだ朝も明けたばかりだというのにも関わらず、村の人たちが大勢で、明日行われる結婚式の準備を行っていた。そして、手前の水くみ場で野菜を入れた籠を運んでいた少女と目があった。すると少女はジョルジュを指差して大きな声を張り上げた。


「ああああ~ッ!!!!ジョルジョルだぁ~ッ!!!!!!!」


その声に村の人たちが視線をジョルジュに向けた。すると、大勢の村人が彼のもとに駆け寄り、彼は大勢の人に揉みくちゃにされた。

「久しぶりだべ~ジョル坊!!」

「1年ぶりじゃねぇでかぁ~!!」

「ジョルジョルだぁ~」

「ジョル坊!!おめぇやっと戻ってきたんかぁ~!!」

ジョルジュは大人には頭を撫でられるは、子供には抱きつかれるわ蹴られるわでメチャクチャにされた。
通常、貴族に対してこのような農民の行動は考えられないだろう。しかし、幼いころから共に働いてきたジョルジュは村の者たちにとっては「家族」のようなものであり、ジョルジュ本人も村民の手厚い歓迎に胸が熱くなった。


「みんな、ホント~に久しぶりだなぁ...ところで村長さん...エマンさんはどこだぁ?」

ジョルジュがそう誰ともなしに尋ねると、先ほど大声をあげた女の子が答えた。

「村長さまなら家にいるはずだよ~。ターニャお姉ちゃんの衣装を仕上げるって言ってたもん」

「そうだか...ありがとうだよ」

ジョルジュはその女の子の頭をクシャクシャと撫でて微笑んだ。そして村の人たちに挨拶をしつつ、村の奥の方にある村長の家まで歩いていった。
村長の家はジャスコの村では珍しいレンガで造られた家である。他の石や木で作られた家の中にあるそのレンガの家は、赤く光るように建っていた。


ジョルジュは家のドアをノックすると、中から50歳ぐらいの黒鬚を蓄えた男性が出てきた。男はジョルジュの顔を見るとニカッと笑い、彼の肩を一つ叩いていった。


「久しぶりだなジョル坊!!いや、もう「ジョルジュ様」かな?...ようこそジャスコの村へお越し下さいました。今回、「娘」の結婚式の立会人として来て下さって、誠に感謝の極みでございます...」


その男は、先ほどの豪快な口調とは打って変わり、急にジョルジュに恭しく頭を下げると、別人のような声でジョルジュに挨拶をした。

ジョルジュはその老人の行動に驚き、慌てて男に声をかけた。

「や、やめてくれだよニッキーさん!!そんな風に話されるとむずかゆいだよ!!そもそも今までニッキーさんがそんな風に喋ってるの見たことがねぇだよ!!」


ジョルジュがそういうと、頭を下げている男の肩がプルプルと震えてきた。その数秒後にその男、ニッキーはまるで竜が叫ぶかのように頭を上げて大声で笑った。


「ゲハハハハッ!!!確かにな!!オレも格好にもつかんことを言ったから鳥肌が立ってきたぜ!!一年ぶりだなジョル坊!!まあ中に入れ!!歓迎するぜ」


そしてニッキーはジョルジュを家に入れた。家の中に入るとすぐ広間になっており、テーブルや椅子、そして煙突に続いているだろう暖炉が見える。
壁には木製のドアがいくつかついており、2階の階段は奥の方に見えている。

ニッキーはジョルジュに「今、嫁のところに案内するぜ」といってジョルジュをドアの方へと案内した。


「ニッキーさん。エマンおばさんは元気だか?」

ジョルジュはニッキーに尋ねたが、ニッキーはゲハハと笑いジョルジュの頭をはたいてこう言った。

「アホなこと言うなよジョル坊!!俺の嫁はいつも元気に決まってるだろーがッ!!このジャスコ村の村長が元気じゃなかったら婿である俺がみんなにどやされちまうよ」


ジャスコの村では、村長はニッキーではなく妻のエマンが務めている。
なんでもニッキーは元々は名の知れた傭兵であったらしく、とある戦争が終わった時にこの村にやって来たそうだ。そこで今の妻に惚れ、婿としてエマンの家に入ったとジョルジュは聞いたことがある。
小さい頃、農業を教わりたくてこの村で働き始めた時、大人がよそよそしくしていた時でも、ニッキーは貴族の息子とか関係なくジョルジュに接してくれたのだ。


そんな会話をしながらドアの前まで来たニッキーはドアをノックして開くと、部屋の中で裁縫をしていた女性に話かけた。

「エマン!!ジョル坊が到着したぜ!!見ないうちにすっかり逞しくなっちまってよ!!」


女性は少し茶色がかった髪が特徴的で、髪は後ろでまとめてあった。彼女は手に持っていた糸が繋がっている針を、脇にあるテーブルに置かれた針どめに刺すと、ジョルジュの方へ顔を向けた。
その顔はどこかこの世界の人とは少し異なり、むしろジョルジュが前世で暮らしていた、日本人のような顔であった。
少し皺が刻まれた顔を微笑ませ、彼女、エマンはジョルジュの前に立つと彼を抱きしめた。


「よく来たねジョルジュ...一年見ないうちにこんなに大きくなって...村に来て間もないんだろう?そこらに座って休んでな。今旦那にお茶入れさせるから」

そう言ってエマンはニッキーに「アンタッ!!茶を煎れな!私のもついでによろしく」というとニッキーは分かったよと言いながら部屋をでていった。
ジョルジュは部屋の中で空いている椅子に座ると、エマンが先ほどまで繕っていた衣装を見た。


少し黒いラインがはいている紅色がベースのドレスは、花嫁の体に合わせ、細長く作られており、上にはこれまた紅色のベールが作られてあった。


「すごいだよ...でもこれ、エマンおばさんが全部作ったんだか?」

エマンは先ほどまで座っていた椅子に腰かけると、首をコキコキと鳴らしながらふーっと息を吐いて、自慢そうに言った。


「そうだよ。別に嫁ぐワケじゃあないけど、女にとっての一度の晴れ舞台だ。私は派手だとは思うんだけど、あのコは好きな色だからコレがいいって言ったんだ」


そう喋ったエマンの顔は、嬉しさが詰まっているかのように笑っていた。ニッキー、エマンの家には娘のターニャしかおらず、他の村から、婿を迎えるということだから離れるという訳ではない。しかし、やはりメデタイことなのだから嬉しいに決まっている。ジョルジュはエマンの顔を見ながら恐る恐る尋ねた。


「あの...エマンおばさん。ターニャちゃんは...」


ジョルジュがそう言いかけた時、ニッキーが部屋に戻ってきた。ドアを閉めて彼はテーブルの上にお茶の入ったカップを4つ置くと、ジョルジュにこう告げた。


「おいジョル坊、ターニャは今2階にいたから呼んできたぞ。もうすぐこの部屋に...」

その瞬間、ドカッという大きな音と共に、ジョルジュはニッキーの視界の外へと飛ばされた。壁にぶつかったジョルジュが元いた場所には、代わりにジョルジュより頭一つ小さいぐらいの、茶色の混じった黒髪を靡かせた少女が立っていた。その顔は母エマンの血を引き継いでおり、日本人のような顔つきであった。


「痛いだよ~。急に何するだよターニャちゃん...」


その少女、ターニャは不機嫌な顔でジョルジュに大きな声でいった


「来るのが遅いよジョル坊!!アンタに頼むことがあるんだから早く来なさいっての!!」













「全く、たかが乙女のとび蹴りなんかで大げさにすっ飛ばないでよ...」


「かなり頭に響いただよ...ターニャちゃんが若干二人にみえるだよ」


「全く、ターニャもジョルジュとは久しぶりなのだから無茶なことするんじゃないよ」


「ゲハハッ!!ジョル坊がターニャの蹴り如きでくたばるかよ!あんなもんこの2人にとっちゃ挨拶のうちだ!!」


あの後、エマンの部屋で4人は多すぎるということで、4人は広間にあるイスに座り、テーブルを囲んで話し合っていた。
それぞれの手にはお茶の入ったカップが握られており、めいめいそのお茶で、喉を潤していた。


「まあ、ナターリア様にお願いした甲斐はあったわ。明日は私の結婚式...アンタが立会人として来てくれて良かったわ。やっぱり長い付き合いのあるあなたに祝福してもらった方が私としても気分がいいもの」


「それは..嬉しいだよ...でも、まだ聞いてないんだけど、ターニャちゃん誰と結婚するだ?」

こう尋ねてきたジョルジュの言葉に、ターニャは耳をぴくぴくとさせた。そして手にあるカップからお茶を一口飲んでから口を開いた。


「隣の村にポスフールって村があるじゃない?そこの村長の二男坊が、前からアプローチかけてたの。去年の秋にプロポーズされてそれを受けったてワケ」


「そ、そうなんだか...でもビックリしただよ。急に結婚するなんて連絡があったから...ターニャちゃんまだ16歳だし...」


「別にそんなこともないでしょ?16歳で結婚なんて、女の子だったら貴族でも平民でも普通じゃない。ウチのお母さんじゃあるまいし」


「うるさいよターニャ!!そこで私を出すんじゃないよ!!」


「ゲハハハハッ!!エマンは俺のコト待っててくれたんだよ!!ターニャオメェだってジョルジュの事を忘れずに...」


「なにいっちょるんだおどう!!結婚式の前に喋ることじゃねえっぺよっ!!」


「落ち着きなさいターニャ。せっかくなくした訛りが出ていますよ」


「いけないわね。年頃の女の子が喋る言葉じゃなかったわ...」


(・・・このやり取りってどこでもやってるんだかな?)

ジョルジュは実家でやっているような会話を思い出したが、さっきターニャ言っていたことが気になり、ターニャに聞いてみた。


「ターニャちゃん。オラに頼みてぇってことって何だ?さっき言ってたけど...」

ターニャは「アッ」とまるで先ほど自分が言っていたことを忘れていたかのように声を出し、カップの中のお茶を一気にグーっと飲み干した。そして向かいに座っているジョルジュを見ると、その内容をいった。


「そうそう、ジョルジュ!アンタに取ってきてもらいたいものがあるのよ...」











そして話は最初へと戻る。彼女から頼みを聞いたあと、ジョルジュはジャスコの村の近くにある森、通称「ノームの森」へと入っていった。
この森は、古くから土の妖精ノームが住むといわれており、鬱蒼と延びた樹木や蔓を住みかとしている生き物が多く存在する。それだけではなく、森の奥深くにはオオカミやクマのような獣、森に生息する中型の鳥獣、さらにはマンドレイクも生息しているといわれており、魔法を使えない村人などは滅多に奥へとは入らないのだ。


そんな危険な森の中をジョルジュは奥へと進んでいた。
既に陽の光はほとんどなく、ジョルジュは村から持ってきた松明に火をつけ、その明りを頼りに歩いていた。
ジョルジュはこの森に入ることは何度かあり、12,3歳の頃には姉マーガレットに連れられて、よくマンドレイクを取りに行った。(姉は「材料になりそう」としか話してなかったが、採取されたマンドレイクがどうなったかは今でも分からない)しかし、ここ1年は学院にいたため、森には入っていなかった。


ジョルジュが歩いてきてしばらくたった後、彼の前に水がわき出てきている泉が現れた。ジョルジュは倒れている木に腰かけると、息を吐いた。そして青く光る泉の水面を見ながらこう呟いた。


「ターニャちゃんも難しいコト言うだなぁ~。でも朝早く村に着いてて良かっただよ。じゃなかったら今日中に帰れるか分かんなかっただ」


ジョルジュはそう呟くと、ターニャが自分に頼んだ時の事を思い出したのだった。









「ジョルジュ、ノームの森に生えている「星降り草」を摘んできてほしいんだけど...」



[21602] 14‐B話 森での思い出、森の試練
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce E-MAIL ID:258374a3
Date: 2010/09/18 21:35
泉のほとりで休憩中、ジョルジュはぼんやりと、ターニャのことと、「星降り草」の事を思い返していた。


「「星降り草」かぁ~。懐かしいだよ…ターニャちゃんまだ覚えてたんだなぁ~」


星降り草は、ノームの森の奥深くに生えている、白い大きな花をつけている植物である。
その花びらは宝石をちりばめたかのように光る性質をもっており、暗いノームの森の深くで咲くこの植物はまるで、無数の星が降ってきたかのような光景を見せるため、この名が付いたといわれる。
だが、生えている場所はノームの森の奥深くということだけあり、その危険さから地元の村人はもちろん、ドニエプル家のメイジでさえも取りに行くことはあまりないのだ。


「今思えばよくあん時、無事に帰れただなぁ~…」


ジョルジュは小さい頃、ターニャに引っ張られてノームの森に入ってしまったことがある。
その頃から既に、ターニャの強い性格にジョルジュは否応なしに引きずられていたことをしみじみと思い出した。


―ジョルジュッ!!ノームの森にすっごくきれいな花が咲いてるってババ様から聞いたの!!明日の朝一番森に行くわよ!!―


―ちょっ!!ターニャちゃん!?ノームの森っていやぁ危険な森だっておとんも言ってただよ!!そんなトコロにオラ達だけで行くなんて危ないだよ!!―


―たかが花を見に行くだけじゃない!!どうせアンタ屋敷に帰るのは明日の昼ぐらいなんだからすぐ戻ってくれば大丈夫よ!!―


「・・・あん頃からターニャちゃん性格は変わってないだなぁ~」


ジョルジュが彼女に会ったのは7歳の頃、この世界で再び農業をやろうと決意した時であった。
農業の方法を学ぶため、ジャスコの村で働き始めたが、最初はジョルジュと村人の間には身分という壁があった。そのためジョルジュに普通に接してくれる大人は、村長のエマンとその夫ニッキーぐらいであったのだ。そんなとき、ニッキーは自分の娘のターニャにジョルジュの事を任そうと考えた。その時からジョルジュは彼女に引っ張られていたのである。



「まあ…森には入ったのは良かったけんど、そこからが大変だっただよ…」


そう過去を回想しながら、ジョルジュは腰かけていた木から立ち上がると、松明を持ってまた奥へと進み始めた。

泉から離れた時、心なしか森がざわざわとざわめいた風にジョルジュは感じたのだった。










ジョルジュが泉から先へと入ってから、1時間。ジョルジュは黙々と森の中を歩いていた。木の間を抜けて同じ景色が続く空間を延々と進んでいた。
やがてジョルジュは足を止め、額に掻いた汗をぬぐった。そしてだれに言うでもなく言葉を漏らした。

「どうやら、同じところをグルグル回ってるらしいだよ…」

ジョルジュは自分が何度も同じ道を歩いていることに気がついた。先ほどからは薄々は感じていたが、目印にキズを入れた木を発見し、やっと確信した。
本来、このような場所で迷うことは死を意味することはジョルジュも十分に知っている。しかし、彼の顔には焦りはなく、むしろやっと目的地に着いたかのような安堵の表情を浮かべていた。


「やっと「森」に入っただよ~。ホント、暗いから松明さ持っててもいつ迷ったか中々分かんないんだよ」


そう言いながらジョルジュは近くに生えている木の一本に近寄り、腰からナイフを取り出すと、刃の先端を自分の右手の小指に刺した。小指からは血が出てきて、ジョルジュは右手を掌を下にして木の方へ向けた。
小指から流れる血はやがて木の根元へと落ちた。
しばらくすると、さっきまでも静かであった森は風の音さえも聞こえないほど静かになった。

全く音のない世界では、ジョルジュの心臓の音がいやに大きく鳴っていた。

やがて、どこからともなくザワザワ、ザワザワと木の葉が揺れる音が聞こえてきて、段々と音が騒がしくなったと思うと、ジョルジュの周りの木が一斉に動き始めた。
木の根がまるで海岸に寄せる波のように動き、木の葉はザザザと動物が動き回るような音を鳴らし、地面からはドドドと鈍い音が響いてくる。
少し時間が経ち、ジョルジュを中心に半径20メイル程の円形な形をした空間が形成された。木が動いたため、土は所々盛り上がっており、木はジョルジュを逃がさないように周りを囲んでいる。
そして森の木が枝を伸ばしたのか、上は木の葉や枝で覆われていた。

これがノームの森の「奥」へ入る手段である。
ノームの森には森の精霊が住んでいるといわれているが、実際に住んでおり、この森自体が意思を持っている。
そして森の奥に入ろうとする者を迷わせてしまうため、奥に入るためには森の精霊と交渉しなくてはならない。先程ジョルジュが休憩していた泉こそ、森の奥へと入るための入口なのである。

このことを知っているのは長くこの土地に住んでいるドニエプル家の者と少数の村人だけである。しかし、幼き頃のジョルジュとターニャはそんなことは知らずに森に入っていったのだった。


―ターニャちゃん!!なんか同じとこ回ってねーでか!?もうかれこれ2時間は歩いてるだよ!!―

―うるさいわね!!黙って進みなさいよ!!ていうか暗くなってきたじゃない。ちゃんと「ライト」を唱えてよ!!―


―ムリムリムリイッ!!もう駄目!!もう魔力の限界だよ!!てかなんか変な鼻血出てきたんだけど・・・―


「ちょうど鼻血が木に落ちたから救われたんだっけなぁ~あん時。もう危なかっただよ…覚えたての「ライト」ずーーーっと使ってて、鼻血出てきたのには驚いただなぁ…」


あの時、ジョルジュから垂れた鼻血によって、まだ幼い彼は森の精霊と交渉することになったのだが、あの時の事を思い出すと未だに彼は身震いを起こすのだ。

そんなトラウマを抱えた時と同じ状況で、森の奥から皺枯れた、老人のような声がジョルジュに響いてきた。



―懐かしき「盟友」の子よ  お前の血は覚えている  最後に来てから森の葉の色が2回変わった―

「お久しぶりですだよ精霊様」


ジョルジュは声が聞こえてきた方に深々と頭を下げ、挨拶をした。ドニエプル家は代々この森と縁が深く、収穫の祈りや、秘薬の材料の採集などで父バラガンや姉のマーガレット、妹のサティが良くこの森に訪れる。
もちろんジョルジュもその一人であり、森の精霊とは幼かった時から、何度も交渉をしている。


―そして  「盟友」の子よ    私に何の用だ  ―

森の精霊は淡々とジョルジュへ語りかけてきた。ジョルジュは消えかかっている松明の明かりを気にしながら、精霊の声がする方へ数歩近づいていった

「オラの友達が今度結婚するだ。それで精霊様が育ててる花を少し分けてほしいだよ」


ジョルジュは大きな声で森の奥へと語りかけた。森がその形を変えたからなのか、先ほどは消えていった声は、あたりに木霊した。



―お前の願いはわかった   ではお前の力を試そう「盟友」の子よ   お前が願いにふさわしい力を見せたら     願いを叶えよう―


そうして森はシンと静まり返った。それと同時に松明の明かりも消えてしまい、あたりは闇に包まれた。


ジョルジュはこれを何度も経験している。


ノームの森の精霊に願いを聞いてもらう時、精霊は必ず試練を受けさせる。それは願いを言った者が、同等の力を持つモノと戦うこと。相手は森に住む獣や鳥獣などであるが、かつてジョルジュのご先祖様は、精霊その者と戦ったと家の伝記には記されてあった。もちろん自分と互角の力を持つ者と闘うのだから気は抜けない。そして勝てば願いを聞き入れてくれるのだ。


あたりが闇に包まれてから少し経ったか…上の方でザワザワと音が聞こえたと思うと、ジョルジュの頭上を覆っていた木の枝が開き、上から陽の光が降り注いできた。先ほどまで暗かった空間の視界は明るくなり、ジョルジュも容易にあたりを見渡せるぐらいまでになった。


そして、奥のほうから何かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

ジョルジュは考えていた。

(以前はでっけぇオーク鬼と戦っただよ…あん時よりかはオラ強くはなったと思うけんど、今回はどんなのが来るんだかなぁ~)


ちなみに、彼がターニャと来たときにも精霊の試練を行った。その時はでっかいトカゲであった。


―ジョルジュ!!しっかり!!それに勝てなかったら花のところに行けないのよ!!―


―ヤバいだよターニャちゃん!!もう魔法使いすぎて体が重いだよ~。うわっ!!こっち来ただ!!―


―なにさそんなトカゲくらい!!男の子なんだからしっかりしなさいよ!!―


―てか思ったよりデカイだぁ~って、ギャーッ!!なんか吐いてきただぁぁッ!!―


「・・・・あれっ?あん時勝ったんだかな?」


もう大分前のことだからか、あの後どうなったかのかジョルジュは思い出せなかった。それでも思い出そうと考えた瞬間、木の蔭からジョルジュの対戦相手が顔を出した。


それを見たジョルジュの頬を、一筋の汗が伝った。


「精霊様…少しオラに厳しくねぇだか?」


対戦相手は4つの足で地面に立っている犬であった。
しかし、その犬には3つも首があり、その顔は3つとも、ジョルジュの方を睨んで牙を向けている。
夜のように黒いその体毛の後ろでは、いかにも雄々しい尻尾がぶんぶんと振られており、今にも飛びかかってきそうである。



ケルベロス。ジョルジュが呉作の時、その手の本に載せられていた絵と同じ姿で存在していた。もちろんこの世界の図鑑でも見たことはあるが、そう簡単に見られるものではない。


―お前の相手だ     かつて森の住人であったモノである     我が記憶と魔力によって作りだした   「盟友」の子よ   その力を見せてみよ―



精霊が言い終ると同時に、ケルベロスの喉から唸り声が聞こえてきた。もう待ったなしだ。
ジョルジュは先ほどまでとは打って変わり、戦闘態勢へと移った。


(最近は学院の花壇ばっかだったからな・・・ちゃんと戦えるだか心配だよ)






頭の隅でそう思いつつ、ジョルジュは腰から杖を引き抜いた。



[21602] 15‐A話 授業でのひと騒ぎ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce E-MAIL ID:258374a3
Date: 2010/09/19 07:46

「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」


教壇の前に立った女性はそう名乗り、教室の中をぐるっと見回したあとに笑みを浮かべて言葉を続けた。


「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

そしてシュヴルーズは再び教室を見まわした。そして前の席に座っていたサイトに目を留めた。

「おや、変わった使い魔を召喚しましたね、ミス・ヴァリエール」

その言葉に教室からはクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。すると教室の後ろの方にいた、金髪の太った少年がガタっと席を立ちあがってルイズの方を見た


「ゼロのルイズ!召還が出来ないからってそこら「ところで、今日はミスタ・ドニエプルは実家の都合で欠席です」

少年が何かを言いかけていたが、それを知らずにシュヴルーズは、今日休みとなっているジョルジュの事を生徒達に伝えた。
その少年は途中で遮られたことについて何か言おうとしたのだが、そこで再び他の生徒から声が上がった。

「ちょっ、ミス・シュヴァルーズ!?僕まだ「ホントですかミス・シュヴルーズ!?なにがあったのですか?ノエルはいるのにジョルジュはいないって…」

「言葉を被せるなよモン「落ち着きなさいミス・モンモランシ。なんでも、彼と親交の深かった友人が結婚式するそうで、彼はその式に呼ばれたそうです」

「少しは僕に「モンモランシー!!彼氏がいないからって落ち込むなよ!」

「それ僕が「何言ってるのよ!!私はただジョルジュがいないから気になっただけで…」

「だから「全くだ!!モンモランシーとジョルジュが付き合っているなんてくだらないことを振りまくのはやめたまえ!!」

「おい、ギ「ギーシュ。アンタは黙ってなさい」


「お前らー!!僕を無視するんじゃない!!!てか少しは喋らせろーッ!!」

ついに大声を張り上げて主張した少年を、生徒全員が視線を向けた。別に大したコトはしてないのだが、少年にとってはキツかったらしく、顔に汗をかいてフーッ、フーッと呼吸を荒くしていた。

その様子を見て、ルイズはその少年を指差しながらシュヴルーズにいった。

「ミス・シュヴルーズ。「得体の知れないナニカ」のマリコルヌがなんか言ってます」


「ちょっと待てぇルイズッ!!なにその無駄に長いあだ名は!?せめて「風っぴき」…やっぱり「風上」って呼んでくれ!!」

少年、マリコルヌはルイズのその言葉に憤慨したが、ルイズはフヒーと鼻を鳴らしてマリコルヌの方を見た。


「「風上」?ちょっと冗談は臭いだけにしなさいよマリコルヌ。何、勝手に「風上」なんて名前つけてるのよ。アンタが風上にいたら私達がエライことになっちゃうでしょうが。主に臭いで」


「ルイズ。君、昨日なんかあった?そんなこと前まで言ってなかったじゃん…」

ルイズの毒舌ぶりに、マリコルヌの心はガラスのように砕け散った。そしてズルッと席に座ると頭を垂れて動かなくなってしまった。



教室が静かになったところで、シュヴルーズは授業を始めた。
授業は一年の頃に習った魔法の基本的なおさらいから始まり、土系統の魔法の説明までに至った。
見本として石を真鍮へと変化させ、シュヴルーズによる土系統の基本「錬金」のお手本が終わった所で、シュヴルーズは誰かに錬金の魔法をやってもらおうと、誰にあてようかと辺りを見た。

「では、ここにある石ころを…そうね~じゃあミス・ヴァリエール、あなたがこの石を望む金属へ変えてごらんなさい」

シュヴルーズがそうルイズに言うと、先ほどまでの教室の空気が一変した。
ザワザワと辺りが騒ぎ出し、さっきまで動かなかったマリコルヌもビクゥッと体を震わせて顔を上げた。
そしてキュルケが手を挙げてシュヴルーズに告げた。

「ミス・シュヴルーズ!!ルイズはやめたほうが…良いと思います」


「おや?どうしてですか」


「ミス・シュヴルーズはご存じないのですね。ルイズは「やります!!やらせて下さい!!」ってルイズ!?」

ルイズは席から立ち上がり、シュヴルーズの方へと近づいた。シュヴルーズは「心を落ち着かせて」などとアドバイスを送っているが、キュルケや他の生徒は気が気ではない。

「ちょっとルイズ。お願いだからヤメテ…」

「うるさいわよツェルプストーッ!!見てなさい。成功させて見せるんだから!!」

ルイズは杖を振りかぶると、錬成の詠唱を始めた。それと同時にキュルケや他の生徒達は机の下へと隠れ始めた。サイトもキュルケに促され、机の下へと身を隠した。

そして次の瞬間、ドカーンと大きな爆発音が響き、爆風と煙が教室を駆け巡った。その爆発が起こった爆心地には、少し黒こげになって気絶したシュヴルーズと、爆風で髪の乱れたルイズがいた。

「ちょっと失敗みたいね」

机の下に隠れていたキュルケは、まだ爆風で耳鳴りのする頭を手で抑えながら、机から頭を出した。周りでは数人の生徒が、爆発を起こしたルイズに文句を言っていた。
ふと、キュルケはさっきまで下の席にいたはずのタバサがいなくなっていることに気づいた。
タバサが座っていた場所には彼女の代わりに、今朝彼女が持っていた見覚えのある瓶が砕けて中の液体があたりに散乱していた。

(あの瓶ってもしかして・・・・)





ちょうどルイズが爆発を起こした時と同じ頃、タバサは教室を出て図書館への通路を歩いていた。歩きながらタバサは、自分が作ったモノを教室に忘れてきたことに気づいた。一旦は取りに行こうかと迷い歩みを止めたが、彼女は

「爆発で割れているかも・・・・・・諦めよう・・・・」


と呟き、何事もなかったかのように図書館へと再び歩き始めた….



「ちょっとタバサっていない!!瓶が割れて…臭ッ!!」

教室にこぼれた液体からは強い異臭が立ち上り、徐々に教室に広がり始めた。


「ちょっとじゃないだろ! ゼロの…って臭ッ!!なんだこの臭い!?」

「いつだ...ゴホゴホッ!!なんだコレ!?マリコルヌの腐った…」

「マリコルヌはこっちにいるぞ!!ダブルだ!!ダブルで臭いがグハッ!!」

「なんだよみんな!!僕何もしてないのに酷くねッ!?僕はそんなに臭くは…臭ッ!!」


教室は先ほどの爆発以上の騒ぎとなり、あまりの異臭に咳がでて、目からは涙を流し、中にはその場に倒れる者も出てきた。
教壇にいたルイズも異臭に気付いたが、すでに教室に臭いが広がっていたため、口と目がやられた。


「ちょっとこの臭い!!…ゴホゴホ…なんでゴホゴホゴホ…教室に…」


教室はむせる者、涙を流す者、気絶する者など出ていたが、



唯ひとり、マリコルヌだけは臭いは感じていたが何も異常は現れなかったのであった。






「なんか納得いかないんだけど!!なにこの扱いは!?」










「ああ~やっと終わった。なんか頭がすっきりするんだけど」


「あなたは授業の間ずっと寝ていただけでしょうが。全く、そのまま寝ていれば良かったのに」


午前の授業が終了し、太陽も真上に上がった時間、授業を受け終えたステラとララは昼食を取るために食堂へと向かっていた。食堂へ歩を進めるなか、ステラは外した眼鏡を拭きながらぼんやりと外を見つめ、今は実家へと向かっているだろう兄の事を想った。

(ジョルジュ兄様…無事に実家へと向かっているでしょうか…ドニエプル家の代表として出席するとはいえ急に決まったことですし、なにも起こらずに無事に済めば良いですが…)


ぼやけた視界に眼鏡をかけ、今日のメニューは何かなと考えているとき、隣を歩くララが声を掛けてきた。授業の間ずっと寝ていたためか、右のほっぺには赤い跡が残っている。

「あれっ?そう言えばケティはどうしたのステラ?」

ララの質問にステラはハァと息を吐き、言葉を返した。



「ケティは一旦部屋に戻るのだそうです。授業が終わってすぐに「ギーシュ様にあげるクッキーを持ってくるから、ステラちゃんは先に食堂に行ってて」なんて言ってましたよ…」


ステラはそうララにそういうと、先ほど身を案じていた兄の代わりに、部屋にお菓子を取りに行っている友人の事を想った。先ほどの授業の前にも、他の生徒があの金髪バカ(ギーシュ)の事を話していたのだ。
どうやら何人もの女生徒に声をかけているのは本当であるらしい。
誰を好きになるかはケティの自由ではあるが、どんな結末になろうとも友達に悲しい目にあってほしくないという思いがステラの中にはあったのだ。

(ホント、彼女には幸せになってもらいたいのですが・・・)


ステラがそんなことを思っているのを知ってか知らずか、ララは自分の腕に留めてある小さいナイフで、爪の間のゴミを取りながら再び話しかけてきた。その様子は貴族の娘というより、戦士の娘だなとステラは思った。


「あの娘も変な人を好きになるわね~。トリステインだとあれがカッコイイの?」


「…そうですね。それは個人の見方だとは思いますが、私はあの金髪バカはゴメンです。ファッションも「ダサいを通り越したナニか」ですし、あまりおススメはしませんね。ケティさんはその金髪バカに惚れてしまっているので何とも言えませんが…」

「アンタ…ホント誰に対しても容赦ないわね…」


そんな話を何度かしている内、二人は食堂へと着いた。ところがまだ授業が終わったばかりというのにも関わらず、2年生のメイジが大勢椅子に座り、食事を楽しんでいた。


「あら?今日は随分と早く席が埋まっているのですね。どうしたのでしょうか?」

そう疑問を浮かべるステラの横で、空いている席を探しながらララが、まるで今気づいたの?というような表情でステラを見ていった

「ん~さっき通路で2年のヒトが言ってたの聞いたんだけどさ、なんでも2年生のクラスの授業で爆発があって、2年生は早めに終わったらしいよ」


「爆発?火の魔法の授業でもしていたのですか?」


「んにゃあ~錬金だったらしいわよ。それと異臭騒ぎも起きたんですって」


そう言うとララは空いた席を見つけたらしく、あそこに座ろうとステラの手をひっぱりながら彼女に尋ねた。尋ねられたステラはララが言った言葉に思わずぽかんとなってしまった。






「錬金の授業で爆発に異臭って…一体、ノエル兄様やジョルジュ兄様は何を教わりになっているのでしょうか・・・・」


そんなことを思う彼女から離れた席に、ステラの友人ケティが惚れている男、ギーシュ・ド・グラモンが数人の男と一緒にいた。
そして雑談をしていた彼の足もとには、ジョルジュが落としていた紫色の香水が、再び落ちてあった


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