2004年3月26日(金) 東奥日報 特集

断面2004

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■ 中国人活動家を強制送還/火種を懸念、早期決着図る

 尖閣諸島の不法上陸事件で政府は二十六日、逮捕した中国人活動家七人の送検をしないまま、強制送還した。急転直下の早期決着。その背景にはこれ以上問題の解決が長引けば、停滞する日中関係に新たな火種を抱え込みかねないとの懸念があった。深刻な影響を最小限にとどめたいとの両国政府の思惑から、日本政府がぎりぎりの政治決断に踏み切った。

 ▽「裁判にかける」

 「現場の判断、沖縄県警の判断だ。官邸はタッチしていない」「官邸が右に行け、左に行けというような指示はしていない」。今回の決定を政府関係者は一様に高度な政治決断ではないことを強調した。

 ただ二十六日午前中までは「しっかり取り調べて必要があれば起訴し、裁判にかけることになるだろう」(安倍晋三自民党幹事長)との見方が一転して、起訴しないまま強制送還となった。そこには「これ以上ことを荒立てたくない」(外務省筋)との思惑ものぞく。

 ▽ぎりぎりの判断

 事件発生後、日中両政府はともに「冷静な対応」を呼び掛け、外交ルートを通じて水面下で善後策を協議してきた。

 小泉純一郎首相は二十六日夕の記者会見で「日中関係に悪影響を与えないよう大局的な判断をするよう指示した」ことを明らかにした。今回の強制送還の決定には、こうした政府の意向が強く働いたことは疑いない。

 実際、外務省幹部は「官邸は七人の身柄を早く中国に帰したがっている」と打ち明けた。政府筋も事件発生の二十四日夜の段階で早くも「今後は官邸が全面的に関与していく」としていた。

 その一方で、「現場の判断」を強調する裏には、国内に対中強硬論を抱え、官邸が前面に出て政府間で政治決着を図る構図が浮き彫りになれば、「弱腰」との批判を浴び、国民の不満をあおることになりかねないとの判断があったようだ。

 「あまり短時間で釈放すると『ちゃんと取り調べたのか』ということになる。(身柄の確保が)長すぎると日中関係に影響が出る。これが難しいんだ」。政府関係者は国内世論の反応と日中関係への影響を踏まえ、ぎりぎりの判断だったことを吐露した。

 ▽幕引き歓迎の中国

 一方、七人の強制送還について中国外務省の高官は「不満も残るが日本の努力も分かっている」ともらした。日中関係への深刻な影響を最小限にとどめたことへの安ど感を言葉に込めた。

 エスカレートする民間団体の愛国精神発揚と日中関係への悪影響。二つの圧力のはざまに立って中国政府は事態の取り扱いに苦労した。

 当初は報道規制をして七人の上陸を国民に知らせず、日本が拘束した段階でトーンを高めて即時無条件釈放を要求。この声高な主張が功を奏して「外務省を信頼している」(童増・中国民間保釣連合会長)との言葉を引き出し支援運動の暴走を抑えた。

 一歩間違えば政府の弱腰批判に転化する恐れがあった。さらに全国に支援運動が広がれば国民の実力行動を伴う点で靖国神社問題よりも深刻な事態になるとの認識が中国政府にはあった。

 直接的な反日感情の高まりは、日中関係を傷付け、中国に進出している日本企業の動向にも影響する恐れがあるからだ。

 領土主権の大義と尖閣諸島海域のエネルギー資源の魅力も確かにある。ただ「大局から見たら早期解決しなければならない」(中国共産党筋)というのが中国側の本音で、強制送還による早期幕引きを歓迎していることは間違いない。



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