沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)近くで中国漁船が日本の海上保安庁巡視船に衝突した事件で中国政府が反発を強める中、21日から予定されていた日本の大学生ら1000人の上海訪問が新たに延期された。日中対立は深刻化するばかりだが、背景には双方の認識の差や国民感情のすれ違いが指摘されている。
日本外務省の20日の発表によると、延期が決まったのは「日本青年上海万博訪問団」。中国側受け入れ団体の共産党系組織「中華全国青年連合会」から19日夜、北京の日本大使館に電話があり、「現在の雰囲気でこのような交流事業の実施はふさわしくない」と延期を告げた。日本政府は「青少年交流事業は安定した日中関係の礎を築くうえで意義あるものであり、訪中直前の中国側の決定は極めて不適切かつ遺憾」と中国側に申し入れた。
この事業は今年5月に訪日した温家宝首相が当時の鳩山由紀夫首相との会談で提案したもので、21~24日まで上海に滞在し、万博視察や中国の大学生との交流会を予定していた。日中の公的機関が関与する交流事業の延期は、中国側による事実上の対抗措置の一環とみられる。
一方、上海の日本総領事館によると、20日午後、同館前で男性4人が横断幕を広げ、35分にわたり日本を非難した。浙江省杭州市の杭州日本人学校では19日夜、正門近くの鉄柵からレンガ5~6個が投げ込まれた。
中国人船長の拘置延長決定(19日)への対抗措置で中国政府が閣僚級以上の交流停止などを表明したことについて、20日付の中国各紙は1面トップで報じた。中国政府は台湾の李登輝元総統の訪日(01年)や小泉純一郎元首相の靖国神社参拝に抗議し、要人の訪日や首脳往来を停止したことがある。だが中国紙「環球時報」は、「小泉政権の時は副首相級以上の交流停止で、閣僚級以上は72年の国交正常化以来初めて」と、今回がより強硬な措置だと伝えた。閣僚級には省・自治区などのトップらも含まれ、地方レベルの交流にも波及することは確実だ。
中国政府の強硬な姿勢の理由の一つとして、04年の尖閣諸島・魚釣島への不法上陸事件の対応を念頭に置いているとの見方が強い。当時、中国政府が日本側を非難する中、沖縄県警に逮捕された中国人活動家7人は送検されず、強制送還された。当時の小泉首相は「大局的な判断」を強調。中国政府は今回の事件でも民主党政権に「政治判断」を期待したとみられる。
だが、司法も含めて共産党の指導の下にある中国と、司法に対する政治介入に厳しい目が注がれる日本との国情の違いから、日中両政府がそれぞれの立場を主張するたびに相手国の世論が反発する構図が生じている。
中国のインターネット上では武力行使の必要性を訴える声も多く、「政府が毅然(きぜん)とした対応を取らないと、国民はもっと強硬になる状況」(中国筋)にある。
また、日本の刑事手続きでは10日間の拘置延長が一般的であることも伝えられておらず、「日本政府が領有権を主張するために意図的に延長した」との論調も出ている。
さらに中国では「日本の巡視船が中国漁船に衝突してきた」とする国営・新華社通信の報道が前提となっており、日本の道義的責任を追及する意見も強い。「厳正に国内法に基づき粛々と対応する」(丹羽宇一郎駐中国大使)との日本の説明を中国側が受け入れようとしない背景には、領有権を巡る双方の立場の違いに加え、こうした事情もあるようだ。
北京大学国際関係学院の帰泳濤准教授は「領土問題は存在しないというのは日本政府の立場だが、衝突事件が外交問題に発展しているのは客観的な事実。民主党政権が国内向けのメッセージばかり発信していると、問題がさらに長期化する恐れがある」と指摘する。【上海・鈴木玲子、北京・成沢健一、政治部・西田進一郎】
毎日新聞 2010年9月20日 22時14分(最終更新 9月20日 23時56分)